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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

奇跡の碧に…

    ※2011年7月28日に葵アルト様のサイトでUPして頂いた作品です。   
     続編『奇跡の青から』も宜しくお願いいたします。

 

 

 


「ソルジャーは? ソルジャー・ブルーはいらっしゃらないのか?」
 メギドの劫火がナスカを襲ってから暫く後。ハーレイは混乱が落ち着いてきたブリッジを
ブラウたちに任せ、メディカル・ルームを訪れていた。
 かつてアルタミラで見た忌まわしい炎がナスカ上空で四散したのは九人のタイプ・ブルーの
シールドがそれを未然に防いだためで、最初にシールドを張ったのはブルー。そのシールドを
強化するべく飛び立ったのがソルジャー・シンとナスカで生まれた七人の子供たちだった。
 しかし成長を早めてサイオンを使った子供たちの多くは意識を失い、メディカル・ルームに
収容されたとの連絡が先刻ブリッジに入っている。恐らくブルーも搬送された者たちの中に
含まれているのだろう、とハーレイは足早に其処へ急いだのだが…。
「ソルジャー・ブルーはおいでになってらっしゃいません」
 ノルディの答えにハーレイの心臓が凍りついた。ベッドにも、医療用カプセルの中にも
ブルーはいない。


 治療する手を休めることなくノルディが報告してくる内容によれば、子供たちを此処に運び
込んだのはソルジャー・シンで、ブルーの姿は無かったらしい。また、ソルジャー・シンは再び
ナスカに向かったとも。
 では、ブルーは? ブルーは何処に…?
『ジョミーはまだ若い。君たちが支え、助けてやってくれ』
 ブルーはハーレイにだけそう言い残すと、ソルジャー・シンと共にナスカへ降りるシャトルに
乗り込んで行った。あの時、不吉な予感を覚えなかったと言えば嘘になる。けれどハーレイは
それがブルーとの別れになるとは微塵も思っていなかったのだ。
 今もなおソルジャーであり続けようとするブルーの目的は、一人でも多くの仲間をナスカから
脱出させること。その結果として命を縮めることになるかもしれない、と覚悟した上での言葉で
あろうと受け止めたから、出てゆくブルーを止めなかった。
 どんなに傷つき、弱り果てようともブルーは必ず戻って来る。そうだと確信していたからこそ
メディカル・ルームに駆け付けたのに、ブルーは何処にいるのだろう?
 衰弱し切った彼の身体では、メギドの炎を受け止めるのが精一杯だった筈なのに…。


 ブルーの姿が見えはしないかと、うろたえ、せわしなく視線を走らせるハーレイの背後から
声がかかった。
「ソルジャー・ブルーはメギドに行ったよ」
「!?」
 振り返った先に立っていたのはオレンジ色の髪と瞳の子供。これはトォニィ? トォニィ
なのか? そしてブルーはメギドに行ってしまったと? 自分たちを置いて、たった
一人で…?
 嘘だ。そんなことがあるわけがない。ブルーはきっと、ジョミーと一緒にまだナスカに……。

 

 

 

 それから何処をどう歩いたのかすら、ハーレイには思い出せなかった。
 …ブルーがいない。何があっても守ると誓った、誰よりも大切な……出来るなら腕の中に永遠に
閉じ込めておきたいとも思った、この世の何よりも愛しい者が。
 トォニィの言葉を裏付けるように、ブルーの気配を感じない。呼び掛けても返事が返っては
来ない。ブルーが今もナスカにいるなら、その存在と強い思念とが此処に届かない筈がない…。
 本当に行ってしまったのだ。仲間たちが脱出するための時間を稼ぐべく、ナスカに狙いを定める
メギドに向かって。
 それが何を意味しているのか、考えるまでもなく答えは一つだけしか無かった。
 ブルーはメギドから戻れはしない。もうシャングリラにも帰っては来ない。
(ブルー…! どうして行ってしまったのですか!)
 血を吐くような叫びがハーレイの胸に木霊する。


 力尽きて倒れたブルーを看取ることになるかもしれないという漠然とした不安はあったが、
いなくなるとは想像もしていなかった。
 こんな形で自分の腕からすり抜け、手の届かない場所へ行ってしまうとは夢にも思って
いなかったものを…。
 ブルーには二度と触れられない。抱き締めることも、その手を握ることも叶わないまま、自分は
ブルーを失うのだ…。
 ナスカからの脱出は惑星崩壊の兆しの中で継続しており、ブリッジは緊迫した空気に包まれて
いる。生き残った者たちを収容し終えたら、ワープして人類の追撃を振り切るしかない。
ソルジャー・シンの命が下れば即座にナスカを離れられるよう、ハーレイはシャングリラの
舵を握った。
 真に握りたいと望んでいるのは舵輪などではないというのに。この手を伸ばして掴めるもの
なら、ブルーの腕をこそ強く握って胸に抱き寄せ、何処へも行かせはしないというのに…。

 

 

 

(……ハーレイ!?)
 メギドの制御室に入り込んでいたブルーは、信じられない思いで残された左の瞳を見開いた。
 サイオンを使いすぎた身体に何発もの銃弾を容赦なく撃ち込まれ、右の瞳ももう見えはしない。
最後に残った力を破壊のエネルギーに変えた瞬間、狭くなった視界に飛び込んで来たのは懐かしい
碧の光だった。
 タイプ・グリーンのミュウだけが持つサイオン・カラー。そう、ハーレイのサイオンの色だ。
(……何故……)
 どうして此処へ、と思う間もなく碧は空間の狭間に消え失せ、ブルー自身が起こしたサイオン・
バーストの青い光が制御室を覆い尽くして膨れ上がってゆく。その中でブルーは確かに見た。
ハーレイと同じ色のサイオンを纏った一人のミュウが、自分を撃った地球の男を背後から抱え、
テレポートしていったのを。
 テレポートは並外れたサイオンを持つタイプ・ブルーだけにしか出来ない、空間を越えて
移動する技。今の今までそう思っていた。…だが、あのミュウはそれを目の前でやって
のけたのだ。


 キース、と声の限りに叫んでいたミュウ。ブルーが仲間を守るためだけに此処へ来たように、
あのミュウもまた地球の男を…。強い思いはサイオンの限界をも超え、その能力を超えた力を
引き出すことが出来るのか…。
(逃がしてしまった…。あの男を)
 キース・アニアンを取り逃がした。自分の命と引き換えに葬り去ろうと思った地球の男を。
彼を此処から救い出したミュウと彼とが、どういう関係なのかは分からない。だが、あの男が
生きている限り、ミュウはまたしても全滅の危機に追い込まれてしまうことだろう。だから。
(ジョミー! みんなを頼む)
 このメギドだけは壊して逝くから。…ジョミー、シャングリラを……仲間たちを。…そして…。
(………ハーレイ…)
 どうか無事で。さっきの光が君でなくて良かった。君が来てくれたのかと思ったけれど、
君には生き延びて欲しいんだ。
 君は生きて…地球をその目で…。
 ああ……暖かい。君のサイオンの碧が見える。この碧色の光に抱かれてぼくは眠ろう…。

 

 

 

「キャプテン!」
 シャングリラのブリッジに立つハーレイの背後でジョミー…いや、ソルジャー・シンの声が
響いた。
「ソルジャー!?」
 ナスカからテレポートしてきたソルジャー・シンが間を置かずに叫ぶ。
「ワープ!」
 その指示に従い、ハーレイは迷いなく舵を大きく切った。白い船体の先に拡がる亜空間の奥へ
シャングリラが滑るように吸い込まれてゆき、ナスカの在る時空から切り離される。
シャングリラとナスカを結んでいた糸が消える間際に、ハーレイの心を貫いていった切ない
『想い』。それはブルーの最期の願い。
『……ハーレイ…。どうか無事で…』
(ブルー!?)
 ナスカへ降りる彼を見送ってから後、一度も捉えられなかったブルーの思念。逃げろと……
逃げて生き延びてくれと、ブルーはハーレイに伝えてきた。もう意識すら保てないブルーの心の
遮蔽が外れて、碧色の光がその奥底で微かに揺らめく。
 自分自身のサイオンと同じ碧が見えた瞬間、ハーレイの中で何かが弾けた。

 

 

 

 それからどのくらいの時が経ったのか…。ワープアウトしたシャングリラには深い悲しみと
嘆きが満ち溢れ、啜り泣く声が途切れない。
 多くの仲間を、ブルーを喪い、誰もが呆然と立ちつくすだけで、これから何処へ行くべき
なのかを指し示す者の姿さえ無い。
「ブルー…」
 ハーレイの頬に堪え切れない涙が伝う。誰よりも愛し、守り抜きたいと願っていた者を守れ
なかった。最期まで自分を想ってくれたブルーを、たった一人で逝かせてしまった。
 あの時、自分も声の限りにブルーの名を叫んだ気がするのに。ブルーをシャングリラに連れ
戻してくれと、ジョミーに向かって絶叫したと思ったのに……。


 全ては幻に過ぎなかった。
 ジョミーは……ソルジャー・シンはワープアウトする直前に倒れ、今はメディカル・ルームに
いる。ナスカでサイオンを使い過ぎたがゆえの一種の過労と言える症状。そんな状態にあった
ソルジャー・シンにブルーを救うことが出来る筈もなく、また、そのような願いをソルジャー
相手に叩き付けられる筈も無かった。
 我を失って取り乱したのかと我が身を振り返り、苦い後悔に苛まれたが、周囲の者たちの心の
表面を軽くサイオンで探ってみても、そんな形跡は微塵も無い。それにキャプテンである自分が
恐慌状態に陥ったなら、ブリッジの雰囲気はもっと騒然としているだろう。
(…ブルー…。申し訳ありません。…あなたを失った瞬間でさえ、私はキャプテンとして冷静に
立っていたようです。ですから今は……今は少しくらい、あなたを想うことを許して下さい…)
 溢れる涙を拭おうともせず、ハーレイは永遠に失ってしまったブルーを想ってただ唇を噛み
締めていた。

 

 

 

 メディカル・ルームから戻ったソルジャー・シンがアルテメシアに向けて出発すると宣言した
のは、その日の内。ハーレイはブリッジで航路設定の指揮を執り、今後についての打ち合わせを
終え、シャングリラの舵をシドに任せて自分の部屋へと引き揚げた。
 キャプテンゆえの責任感のみで動いていた身体は鉛のように重く、酷く疲れ果て、歩くことすら
おぼつかない。
 船内で一人きりになってしまうと嫌でも思い知らされる。
 この船の中にブルーはいない。いくら呼んでも戻ってはこない。ブルーの命が潰えた場所すら、
探すことさえ叶わないほど遙か彼方に離れて遠い…。
(ブルー……)
 どうして行かせてしまったのか。一人逝かせると分かっていたなら、何と罵られ謗られ
ようとも、船から出したりしなかったものを。…追い掛け、この両腕に閉じ込めてでも、
シャングリラに留めておいたものを…。


 後悔してもし切れぬ思いに胸を押し潰されながら扉を開き、暗い室内に足を踏み入れる。灯りを
点ける気にすらなれず、足許に淡く灯った非常灯に導かれるままに暗がりの奥の寝台へ向かう。
 何度、この部屋でブルーと夜を過ごしただろう? 幾度、互いの身体を重ねて熱い想いを
交わしただろう…。
 ふらつく足で寝台に倒れ込もうとしたハーレイの瞳がシーツの上に信じられないものを
見付けた。
 ぐったりと力なく投げ出された、折れそうに細く華奢な手と足。闇の中に仄白くぼんやりと
浮かぶ、血の気の失せた蒼白な顔と乱れて広がる銀色の髪…。


「ブルー!?」
 その姿を見誤るわけがなかった。慌てて点けたベッドサイドの灯りに血まみれの姿が照らし
出される。どれほどの攻撃に晒されたのか、その整った白い顔にも、細い身体にもどす黒い血が
べったりとこびりついている。
「ブルー!!!」
 思わず腕を取り、氷のようなその冷たさにハーレイの背筋がゾクリと冷えたが、仮死状態だと
すぐに分かった。身体のあちこちに受けた深い傷から大量の血が流れ出すのを、凍った身体が
防いでいる。ブルーの命は消えてはいない。
(すぐに手当てを…!)
 震える指で通信画面を開くとメディカル・ルームのノルディを呼び出し、医療チームを派遣して
くれと怒鳴り付けるように叫んでいた。
 慌てていたため、ブルーの名前を告げるのも忘れ、とにかく早くと急き立てたのだが、優秀な
医師は怪我人の状態について幾つか質問を投げかけただけで、すぐに向かうと通信を切った。
今頃は既に長い通路を懸命に走っているだろう。
 生きている。ブルーが生きて……この部屋にいる。ハーレイは呼吸すら止めて横たわっている
ブルーの傍らで声を押し殺して泣き続けていた。

 

 

 


 駆け付けた医療チームはブルーを見るなり声を失くした。驚いたことも大きいだろうが、
明らかに瀕死の重傷と知れるブルーの外見から受けたその衝撃も、また大きい。
 しかし彼らは手際良く応急措置を施し、ノルディが矢継ぎ早に指示を飛ばして手術の準備を
整えながらブリッジの長老たちに緊急連絡を入れる。
 ソルジャー・ブルー、帰還。
 思いがけない知らせにシャングリラ中に広がってゆく安堵と歓喜の思念の漣。テレポートして
現れたソルジャー・シンですら、大粒の涙を零していた。
 やがてブルーはストレッチャーでメディカル・ルームに運ばれてゆき、ハーレイとソルジャー・
シンだけが残される。ここから先はノルディたちの腕に任せるしかない。ブルーの命を繋ぎ止める
ための手術は何時間もかかることだろう。
「…ハーレイ。…ブルーを連れ戻してくれてありがとう」
「ソルジャー…?」
 ソルジャー・シンがポツリと口にした意外な言葉に、ハーレイは瞳を見開いた。ソルジャー・
シンは何と言った? 自分がブルーを連れ戻した? …違う。そんなことが出来る筈がない。
第一、自分はずっとブリッジで舵を握っていたではないか。
 それなのに、ソルジャー・シンはハーレイに真っ直ぐ視線を向ける。ありがとう、と。


「君がいなければ、ぼくたちはブルーを失っていた。…連れ戻してくれと言っただろう?
ナスカで、ぼくに」
「…えっ?」
 あれは夢だと思っていた。混乱の極みの中で自ら紡いだ白昼夢だと。まさか自分は本当に…?
ソルジャー・シンに、ブルーをメギドから連れ戻してくれと懇願したのか…?
「思い切り頭を引っぱたかれたような感じだったよ。あそこに、メギドにブルーが居る。連れ
戻してくれ、ジョミー! とね。それから後はどうなったのか、ぼくにも全く分からない。
…意識を乗っ取られたとでも言うのかな? 君はぼくのサイオンをその意思で支配し、勝手に
使ってブルーを此処まで運んだんだ」
「わ、私には……そんな力は…」
「でも、そうとしか思えないだろう? ぼくはブルーを運んではいない。おまけに意識を失くして
倒れた。ドクターはサイオンの使い過ぎだと言っていたけれど、そこまで使った覚えは無いんだ。
…だけど、ブルーを運んだのなら納得がいく。あれだけの距離を一気に跳ぶのは…とても力を
消耗するから」
 淡々と語るソルジャー・シンには結論が見えているようだった。ブルーを救いたいと願う
ハーレイの強い意思の力がタイプ・ブルーの力を凌駕したと。重傷を負ったブルーを仮死状態に
して大量出血を防いでいたのも、ハーレイが無意識にやったことだと。


「ハーレイ。ぼくはこれから忙しくなる。…ブルーにまで手が回らない。君もキャプテンとして
多忙なことは分かっているけど、ブルーを頼むよ」
 君の………大事な人なんだろう?
 ソルジャー・シンは踵を返してハーレイの部屋を出て行った。ハーレイはふらふらとベッドに
腰掛け、ブルーの体重で窪んだシーツをゆっくりと撫ぜる。
(…知られてしまいましたよ、ブルー…。私があなたに抱く想いを。…私の部屋などに運んで
しまってすみません…。けれど、本当に私がそれをやったのでしょうか? ソルジャー・シンを
操るなどと…)
 その実感はまるで無かった。だが、ソルジャー・シンがそう言うのならそれが真実なのだろう。
タイプ・ブルーの力を借りるなど、未だ想像もつかないけども。
 それでも、それが事実だとしたら…。
 自分はブルーを守れたのだ。今はまだ予断を許さない状態とはいえ、ブルーは戻って来たの
だから。

 

 

 

 ノルディたちの長時間に渡る努力と手腕が功を奏して、ブルーの手術は成功した。
 銃弾は全て摘出されたが、粉砕された右の瞳は移植再生手術以外に元通りに治す方法が無い。
その手術に耐えられるだけの体力がブルーには無い、と告げるノルディに、ハーレイは拳を白く
なるほど握り締めたが、ブルーが生きているだけで充分なのだ、と懸命に自分に言い聞かせた。


 体力を使い果たしたブルーの意識が戻るまでには一ヶ月以上の月日を要し、ハーレイはその
病室に毎日足を運んで、眠り続けるブルーの姿を確認しては祈るようにその手に額をつける。
夜も自分の部屋には戻らず、傍らの簡易ベッドで眠りにつく。


 そんな日々を重ね、ブルーの眠りを見守り続けて……ついにその日はやって来た。ブルーが
ジョミーに託した補聴器はこの時に備えて元の持ち主の許へと戻り、その姿はソルジャーの衣装を
着けていないだけで以前と殆ど変わりはしない。
 ノルディに呼び出され、ベッドの脇に控えるハーレイの目の前で銀色の睫毛がゆっくりと……
上がる。
(……ハー…レイ……?)
 ブルーの唇が形作った自分の名前に、ハーレイは痩せた白い手を強く握った。
「…ブルー、私は此処にいます。…あなたは戻って来たのですよ」
「…………」
 片方だけになってしまった赤い瞳がハーレイを見詰め、確かめるように瞬きをして。
『…やっぱり君のサイオンだった…』
 伝わって来たブルーの思念に、ハーレイは怪訝な顔をする。何のことを言っているのだろう?
『…ぼくは碧の光を見たんだ。…あのミュウがまた来たのかと思った。でも…ぼくを呼んだのは
君の声だった』
 それが限界だったのだろう。ブルーは再び眠りに落ちてゆき、ハーレイはブルーが語った言葉を
思い返してみる。あのミュウというのは誰のことか。この船にいる仲間のことなら、ブルーは
名前で呼ぶ筈なのに…?

 

 

 

 ブルーの目覚めは途切れ途切れで、いつその命が消えてしまうかとハーレイは不安で堪ら
なかった。しかしブルーは目覚める度に少しずつ力を取り戻してゆき、ある日、ハーレイに
微笑みかける。
「…ハーレイ…。あまり無理はしなくていいから。ぼくは眠っている時の方が多い」
「何のことです?」
「力だよ。いつもぼくを呼んでいるだろう? 生きてくれ…と。その声が届くと身体に力が満ちて
ゆくんだ。…あれはジョミーにしか出来ないのだと、ぼくは信じていたんだけどね…?」
 ふわりと笑ったブルーの思念が、アルテメシアで起きた出来事をハーレイに余すことなく伝えて
くる。サイオンも力も尽きて落ちてゆくブルーの身体をその腕で捉え、「生きて」と願った
ジョミーの思いが自分を生かし続けたのだ……と。
「君にも出来るとは思わなかった。…ぼくが今、生きていられるのは君が願ってくれている
から…。でも、君だって忙しい身だ。ぼくにばかり構っていてはいけないよ」
 差し伸べられた手がハーレイの頬に優しく触れる。
「行って。…ぼくはまた眠るから…」
「ブルー?」
 すうっ、とブルーの意識が沈んでゆく。眠るまでの間だけ、側にいて…と微かな囁きだけを
残して。

 

 

 

 自分の願いがブルーの命を繋いでいると知ったハーレイは、それまで以上にブルーの傍に居る
ようにした。激務の合間を縫って病室を見舞い、夜はブルーの病室で休む。体調が落ち着いた
ブルーが青の間に戻れば、ハーレイの寝台も共に青の間に移された。ソルジャー・シンの命令に
よって。
「…ジョミーは全部知ってるんだね」
 勤務を終えて青の間に入ったハーレイを、ブルーの穏やかな笑顔が迎えた。
「君がぼくを生かしていることだけじゃなくて、ぼくたちのことは……全部。さっきジョミーが
教えてくれたよ。恋人を救い出してくれ、とソルジャーを怒鳴り付けたキャプテンの話を」
「私は怒鳴り付けたわけでは…!」
 抗議するハーレイに、ブルーが白い指を自分の唇に当てる。
「ほら、怒鳴った。そんな風にジョミーも怒鳴られたんだろうね。…でも…君のサイオンに
包まれた時は嬉しかった。死ぬ間際に見る夢だとばかり思っていたけど、それでも…」
 一人ぼっちで死ぬんじゃないんだ、と感じられただけで嬉しかった。
 そう呟いて儚く微笑むブルーをハーレイは強く抱き締める。もう二度とこの腕を離しはしない、
とブルーの身体に刻み込むように。
「…苦しいよ、ハーレイ…」
「もっと。…もっと、生きて下さい。いくらでも祈り続けますから。どんなに疲れ果てた時でも、
あなたを想っていますから…」


 あなたがまだ弱り切っていなかった頃のように。身も心をも重ね続けて過ごした頃のように、
あなたが力を取り戻すまで…。
 そう告げると、ブルーはクスッと小さく笑った。
「…欲張りだね、ハーレイ…。ぼくにそこまで望むのかい…?」
「あなたは望んでらっしゃらないのですか?」
「………。君は……狡い」
 フイと顔を背けたブルーの顎を捉えて口付ける。今はまだ、ただ唇に触れるだけ。けれどそう
遠くない日に恋人同士の口付けを交わせる時が来るだろう。
 それは願望ではなく、確信だった。ブルーはもっと元気になれる。自分が強く望みさえすれば。
 失われてしまった右の瞳も、再生手術の準備が進められていた。ブルーがこの船に戻った
時には、それは不可能だとノルディが判断を下していたし、ハーレイもまた断腸の思いで
その宣告を受け入れたのに。


 ブルーの身体は順調に回復し続けていて、じきに元通りになるだろう。片方しかない瞳を見る
度に胸を締め付けられるような思いをするのも、あと少しだけ。
 守れなかった自分の不甲斐なさを詫びる度に、ブルーは「ぼくを連れ戻してくれたじゃないか」
と柔らかな笑みを返すのだったが、閉ざされたままの右の瞳がハーレイを映すことは決して
無かった。
 それこそが自分の罪な気がして、ハーレイの胸は数え切れないほどの痛みを何度ズキリと
覚えたことか…。

 

 

 

 そしてブルーの美しい一対の瞳が蘇る。
 麻酔から醒めた紅玉の瞳に映る己の姿に、ハーレイはまた涙ぐんだ。全ての傷が癒えた
ブルーの身体に、もう忌まわしい痕跡は無い。メギドでの惨劇は塗り替えられて、遠い過去の
ものとなったのだ。
 ブルーを喪ったと思ったあの日から今日まで、いったい何度泣いただろうか。
 けれど、そんな日々ももうすぐ終わる。ブルーの容体は安定していて、生命が危うくなる
ような兆候は無い。その双眸が戻ったからには、次は健康を取り戻せばいい。もう一度、身体を
重ねられるほどに。互いの熱い鼓動と息とを分け合い、心まで一つに溶け合えるほどに…。


「ハーレイ…。君はまた泣いているのかい?」
 二つの紅玉が静かに瞬く。
「君がそんなに泣き虫だったとは知らなかったよ」
「…私が泣くのは可笑しいですか? では、泣き顔はこれで最後にしておきます。
その代わり……生きて下さいますね? 私を残して……私の腕が、心が届かない場所で一人
逝ったりはなさいませんね…?」
 そう念を押すハーレイに、ブルーは困ったような笑みを浮かべた。
「…届いたじゃないか。腕も、心も」
 だから、ぼくはシャングリラに戻って来たんだろう…? 君がジョミーに願ったから。
ジョミーのサイオンを支配してまで、ぼくを連れ戻したいと願ったから…。
「あなたの声が聞こえたからですよ。そして碧の光が見えたと思った。…何度も言っている
でしょう? あの時、あなたも私も奇跡を願った。私はあなたを連れ戻したかったし、あなたは
私に会いたかった。…違いますか?」
「そう……かもしれない」
 地球の男を救い出して行った碧の光が羨ましかった。ハーレイが此処に来たのだろうか、と
見誤ったほどのタイプ・グリーン。あのミュウが起こした能力の限界を超える奇跡に、思わず
自分も縋りたくなった。叶うのならばもう一度だけ、自分だけの碧に会いたかった……と。


「……ハーレイ…」
 ブルーは両腕を伸ばし、ハーレイはそれを受け止めた。華奢な身体をベッドから起こし、
その腕の中に抱き締める。今はまだこうして抱き締めるだけ。ブルーの体力が完全に戻って
くるまでは…。
 ハーレイの温もりに包まれ、夢見るように瞳を閉じたブルーが消え入りそうな声で囁いた。
「ねえ、ハーレイ…。あの時、あのミュウに出会わなかったら、ぼくは此処には戻れなかった。
君の心を引き寄せる程に、会いたいと願わなかっただろうから。……あのミュウは……今、
幸せなのかな…?」
 地球の男との戦いは今も続いている。しかし碧のサイオンを持ったミュウの消息は杳として
知れない。生きているのか、実験体として処分されたか、それすらも全く定かではない。
それでも…。
「…ブルー…。ジョミーには全て話してあります。あの男の傍にミュウがいたことも、私が
ジョミーの力を使った切っ掛けがそのミュウが放った碧の光であったことも。……もしも、
あのミュウに出会えたならば…」
 悪いようにはならないでしょう、とハーレイはブルーの銀色の髪を愛しげに梳いた。
「あちら側にもミュウがいるなら、対話の糸口になるかもしれない。…あなたが戻ってこられた
ように、奇跡は起こせるものなのですから」

 

 

 

 地球を目指して進撃を続けるシャングリラの中で、ブルーはハーレイに守られて生きる。
ハーレイはすっかり過保護になってしまって、ブルーが青の間から外へ出る時には傍らを
決して離れはしない。
「……ハーレイ。もうジョミーだけでなくて、シャングリラ中に知られてしまったみたい
だけれど…?」
 ぼくたちがどういう関係なのか、とベッドの上で苦笑するブルーにハーレイは深く口付けた。
「…まだですよ」
 唇を離したハーレイが熱を帯びた瞳でブルーを見詰める。
「皆が思っているような繋がりは、まだ持つことが出来ないでしょう? もっと……もっと
元気になって頂かなくては。でなければ…」
 私が生きている意味がありません。
 あなたが生きていることこそが、私の生きる意味なのですから…。
「…本当に君は欲張りだよね。でも…」
 此処に戻ってこられて良かった。…君の腕の中に戻れて良かった…。
 そう繰り返すブルーを腕に閉じ込め、ハーレイは今一度、奇跡を願う。願わくば、ブルーが
自分を置いて逝ってしまうことが無いように…。自分がブルーを残して先に逝くことも
無いように、と。


 逝くのならブルーを連れて逝きたい。ブルーが逝ってしまうのならば、どうか自分の
命も共に…。
 それはシャングリラのキャプテンとして、多分、持ってはいけない願い。この船はまだ戦いの
只中にあり、その果ても見えはしないというのに。
 だから、ブルーを置いては逝かない。ブルーにも置いて逝かせはしない。
 強い想いは奇跡を起こす。…この戦いを越えて、いつか平和を掴み取るまで……ブルーが
焦がれた青い水の星に辿り着くまで、ブルーを決して離しはしない。
 今、腕の中にいる愛しい者を守り抜くためなら幾度でも奇跡を起こしてみせる。タイプ・
グリーンのサイオンにかけて。
 あの日、ブルーがその目で捉え、自分の心に送って寄越した奇跡の碧の色に誓って…。

 

 

 行きましょう、ブルー。
 二度とこの手を離しませんから………地球へ。

 

 

 


            奇跡の碧に…・了

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