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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

奇跡の青から  <2>

 ユグドラシルの内部、格納庫に隣接した広間に人類側の代表たちが待っていた。握手も
交わせぬ距離を隔てて互いに向き合う、その距離こそがミュウと人類の間に横たわる溝だ。
 ミュウの長として毅然と立つジョミーと、国家主席になったキースと。ナスカ以来の再会
だったが、感情を見せない二人の間に音も無く散るのは冷たい火花。張り詰めた空気の中、
ミュウの代表たちへと移されたキースの視線がブルーの姿に僅かに揺らぐ。


(…気付いたか、ぼくに。キース・アニアン。…殺した筈のぼくを見付けた気分はどうだ?)
 かつてシャングリラで対峙した時のようにキースの心を読もうとしたが、以前よりも更に
強固になった心理防壁はブルーの侵入を許さなかった。ブルーを見詰めるキースの唇に薄い
笑みが浮かぶ。その意味すらも今のブルーには掴めない。
(あの男…。何を考えている? グランド・マザーに最も近しいあの男から情報を得るのが
得策だろうが…。敵の懐に飛び込んだからには、出来るだけ多くの情報を得ねば)


 まだ若いジョミーは其処まで考えが及んでいないのが分かる。トォニィも同じだ。地球に
至る道を力で勝ち取り切り開いたように、この先もまた真っ直ぐに前へ突き進むのみという
強い意志。それこそが彼らの武器であるから否定はしないが、敵陣の真っ只中という状況は
利用して然るべきだろう。
 ジョミーたちが動かないなら代わりに自分が情報を集め、万一に備えておかなければ…、と
キースの背後を固める国家騎士団の面々の顔を頭に叩き込もうとした時。


(あの時のミュウだ…!)
 強い気を放つ者たちの間にひっそりと隠れるようにして立っていたから、今の今まで
気付かなかった。
 メギドの制御室へキースを救いに駆け込んで来た一人のミュウ。ほんの一瞬だけの出会い
だったが、ハーレイと同じ碧のサイオンを纏った彼の姿はブルーの心に焼き付いている。
 彼のサイオンの色がハーレイのそれを思わせたから、ブルーは最期に恋人を呼んだ。
 ハーレイへの想いをソルジャーとして捨て、ジョミーにミュウの全てを託して散る筈だった
ブルーの命。けれど意識が消える間際にハーレイの名を呼び、叶うものならば会いたかったと
願ったことが奇跡を起こした。


 ハーレイに救われ、生き延びたブルー。なのに、奇跡の切っ掛けとなったミュウの瞳に
驚きの色は見られない。恐らく自分がそうしたように、ブルーもまた自力で脱出したと
頭から信じているのだろう。
(タイプ・グリーンの身でテレポートまでやってのけたミュウだ、そう考えるのが自然
だろうが…。その彼が此処にいるとなると…)
 ブルーは思念を届ける相手を注意深く絞り、ジョミーとハーレイにだけ囁きかけた。
『彼だ。…ぼくが話した、あのミュウが此処に』
『『彼が!?』』
 同時に返して来た二人に心の奥で頷き返す。
『今もキースの側にいたとは…。いくら探しても行方が全く分からない筈だ。国家主席の
側近ではね』
 淡い色の瞳のミュウをジョミーたちは注視しなかった。そうすることで彼の身に危険が
及びはしないか、と気遣い、敢えて知らないふりを装う。国家騎士団の制服のミュウも
ブルーたちに思念を送ってはこない。


(…地球の中枢にまで連れて来たのなら、キースはミュウの存在を認めているということに
なる。サイオンを利用しているだけだとしても、価値が無ければ側には置かない。…完全
否定ではないわけだ)
 希望の光が見えた気がした。地球を統べるSD体制の要、グランド・マザーの意向は
ともかく、人類の代表たる国家主席にはミュウへの理解があるかもしれない。単に便利な
道具としての使い道であったとしても、キースは一人のミュウを手許に置いて側近として
いるのだから。
(キースの心を探らなければ…。ミュウをどのように思っているのか、グランド・マザーの
目的は何か。…焦らずに待てば機会はある)
 その機を逃さずキースの心に入り込むまで、とブルーは密かに決意を固めた。

 

 

 

 会談は明朝、十時から。
「それまでは部屋でお休み下さい。お一人ずつ、個室を用意させて頂きました」
 そう告げた国家騎士団員にジョミーが強い口調で異を唱えた。
「その条件は受け入れられない。…こちらには一人、体調の優れない者がいる。一人きりに
させてはおけない。二人用の部屋が無いなら、そのように使える部屋の用意を」
「ジョミー! ぼくなら大丈夫だ」
 体調の悪い者とは誰を指すのか理解したブルーはそれを止めたが、聞き入れられる筈も無い。
 メギドからハーレイによって連れ戻されて以来、ブルーが眠りに落ちる時には必ず傍らに
ハーレイが居た。
 ブルーの命を繋ぎ続ける恋人としてミュウの誰もが認める存在。そのハーレイとブルーの
部屋を分かつことなど、ジョミーには考えられないのだ。
 リボーンの職員が呼び付けられて指示を与えられ、駆け出してゆく。


(…一人の方が都合が良かったんだが…。無理を言えば却って怪しまれるか…)
 仕方が無い、と微かな溜息をついたブルーをキースの瞳が見据えていた。
「ほほう…。タイプ・ブルー・オリジンはお加減が良くなかったのか。それは色々と失礼を
した。…では、明朝」
 皮肉な笑みを湛えたキースが踵を返し、騎士団員たちを従えて退室するのをトォニィが
睨み付けている。ナスカでキースに刺された上に母までも失った過去を持つだけに、思う所が
あるのだろう。ブルーに投げ掛けられた言葉であっても、自分に対するそれであるように
聞こえていたに違いない。
(キース。実に色々とやってくれたよ、君という男は。…ぼくはともかく、トォニィやナスカで
死んでいった多くの仲間たちに…。だが、必要ならば恨みは忘れよう。全ては君の心次第だ…)
 ナスカの惨劇を齎した男とはいえ、ミュウとの和解を受け入れてくれるのならば禍根は此処で
断たねばならない。その可能性があるのか否かを探るためには一人きりの部屋が好都合だったと
思うのに…。


「お待たせして申し訳ございません。お部屋の用意が整いました」
 どうぞこちらへ、と戻って来たリボーン職員が先に立ってユグドラシルの奥の通路へと向かう。
ブルーたちが案内されたのは大きく取られた窓から地球の大地を望む部屋。皆それぞれの部屋に
入ってゆき、ブルーもハーレイと共に与えられた場所に足を踏み入れた。
 背後で扉が閉まる音がし、正面に設けられた窓の向こうには荒れ果てた砂漠と朽ちた高層建築の
群れ。うっすらと赤く染まる大気はどれほどの毒素を含んでいるのか…。


「ブルー。あなたは御覧にならない方が…」
 カーテンを引こうとするハーレイを止め、ブルーは窓の外に広がる惨い現実を赤い瞳で
見下ろした。青い海と澄んだ空を持つ水の星だった母なる地球。その地球が病んだ時、再生の
ために人類の変革をも辞さぬ覚悟でSD体制を敷いたというのに、どうして地球は死に絶えた
星のままなのか…。
「…ハーレイ…。人類は間違っていたんだと思う。こんな地球ならSD体制には意味が無い。
…でも、間違いを犯したという点では、人類もぼくも同罪だ。地球は青いと……地球へ
還ろうと言い続けた結果がこれなのだから。ぼくは大嘘つきだったんだよ…」
 ソルジャーだなんてお笑い種だ、と唇を噛むブルーの身体をハーレイの腕が背後から強く
抱き締める。
「いいえ…。ブルー、あなたも騙されていただけです。…地球は素晴らしい所なのだ、と
言い続けたのは人類とマザー・システムです。あなたはそれを信じただけで、あなたに
罪などありはしません」


 こんな景色は忘れて下さい、とハーレイはブルーを胸に抱き込み、片手を伸ばして
カーテンを閉めた。
「ジョミーも言っていた筈です。未来は築けると…。私たちが地球へ来た目的は物見遊山では
ありません。どんなに荒れた星であろうと、地球であるだけで充分なのです…」
 青い星は確かに見たかったですが、というハーレイの言葉にブルーは身体を強張らせたが、
その背を大きくて温かな手が宥めるように撫で、耳元で熱い声が囁く。
「私には地球よりも大切に思っている青があるということを御存知でしょう? あなたですよ、
ブルー…。私が地球を目指していたのは地球があなたの夢だったからです。あなたに青い地球を
見て欲しかった。けれど、私自身が欲しかった青は、地球ではなくて……あなたでしたよ」


 あなたがいれば青い星など要りません、とハーレイはブルーの髪を無骨な指で優しく梳いた。
「…こんな星は忘れてお休み下さい。酷く疲れておいでの筈です。…大丈夫ですよ、誰かが
来たら私が起こして差し上げますから」
 抱き上げられてベッドに運ばれ、横たえられる。そっと毛布をかけるハーレイにブルーは
小さく頷き、銀色の睫毛を静かに閉ざした。

 

 

 

 目を閉じたブルーを見守るようにハーレイのサイオンが傍らに寄り添う。ベッドの脇に置かれた
椅子に腰を下ろしているのだろう。ブルーの眠りを守ろうとする恋人を欺くのは不本意だったが、
今が絶好のチャンスだった。ハーレイのサイオンの横をすり抜け、意識を深く、ユグドラシルの
内部へと広げてゆく。


 国家騎士団員やリボーン職員の居室はすぐに分かった。警備の兵士たちの配置を探って
見付け出した国家主席の居室にはあのミュウがおり、キースの前にコーヒーが入ったカップを
差し出している。
(側近の中でも最も近しいというわけか…。害意を持つ者に飲食の世話はさせられない。それを
ミュウに任せていながら、その一方でミュウを抹殺し続けるとは…。この男の心が分からない…)
 コーヒーに口を付けるタイミングを見計らって心理防壁をくぐり抜けようとしたが、あっさりと
弾き返された。遠く離れた場所から送った思念でさえも通さないとは、フィシスと同じ生まれだけ
あってマザーに完璧に創り上げられ、鍛え抜かれているのだろう。


 そのマザー・システムを束ねる巨大コンピューターがグランド・マザー。地球に在るという
それを探してユグドラシルの中を隈なく廻ったが、ある地点から更に下層へと降りようとした
思念を分厚い壁に阻まれた。
 物理的にも厚い壁なのか、そうではないのか。それすらもブルーには掴めない。
(グランド・マザーはこの下か…。これ以上先へ進めないなら、やはりキースを狙うしかない)
 離れていても隙を見せない恐ろしい男。彼の真意を読み取りたければ直に向き合うより他に
無かった。近付くのなら警備が手薄になる深夜。ハーレイに気取られないように部屋を抜け出し、
あの男の部屋に入り込む…。


 事を抜かりなく進めるために予め手順を決めておこう、と意識を一旦身体に戻し、再度キースの
部屋へと向かった。どの区間ならテレポートで抜けてゆけるのか。自らの足で進むしかないのは
どれだけの距離か…。
 そうやって意識を滑り込ませた部屋の中ではキースが何かを話していた。しかし。
(…誰もいない…?)
 真剣な表情で話し続ける国家主席の視線の先には誰一人おらず、あのミュウの姿も
見当たらない。端末を通して指示を下しているのだろうか? だとすれば…何を?
 ミュウの命運に関わる事なら絶対に聞いておかねばならぬ、と思念と意識を研ぎ澄まそうと
集中しかけた所でブルーは不意に肩を揺さぶられ、自分の身体に引き戻された。


「ブルー? …ブルー、私が分かりますか…?」
 ハーレイがブルーの肩に手を添え、心配そうに覗き込んでいる。
「…すみません、何度か声を掛けたのですが…。深く眠っておられるのかとも思いましたが、
あなたの心が此処には無いように感じられて……もしや地球を見に行かれたのでは、と…。
それならばお止めしなくては、と…」
 いつの間に声を掛けられたのか、探索に夢中で全く気付いていなかった。意識だけ抜け出して
何をしていたのかがハーレイに知れれば、密かに部屋を抜け出すどころではない。
 ハーレイのサイオン・タイプはグリーン。防御を得意とする彼の力は、ブルーの意識も身体も
部屋ごと固く封じて閉じ込め、出られないようにしてしまうことも可能だ。そしてハーレイは
ブルーの身を深く案じるがゆえに、間違いなくその道を選ぶだろう。
 今、悟られるわけにはいかない。ハーレイに捕まるわけにはいかない…。


「…すまない、ハーレイ。心配をかけてしまったね…。ほんの少しと思っていたけど、
深く眠ってしまったようだ。…やはり疲れていたんだろう。大丈夫、地球を見ていた
わけじゃない」
 本当に眠っていただけだから、と微笑んでみせるとハーレイの瞳が気遣わしげに
細められた。
「では、もう少しお休みになられますか? 眠っておられたのを無理に起こしてしまい
ましたし…。皆は夕食に向かいましたが、あなたの分は部屋に運んで貰いましょうか?
私も御一緒いたしますから」
 知らない間にかなりの時間が経過していたようだった。夕食は皆が揃う席。ブルーが
地球へと降りた目的の一つを其処で果たしてこなければならぬ。
 この星へ皆を導いたことを詫び、自らが犯した過ちを曝け出さねばならぬ…。


「いいよ、具合が悪いわけではないし…。それに皆に謝らなくてはいけない。…そうだろう、
ハーレイ? ぼくはまだ謝っていないんだ。地球へ還ろうと言ったことをね。…行こう」
 身体を起こしてベッドから降りたブルーをハーレイの腕が強く抱き締め、顔を上げさせて
唇を重ねた。軽く触れ合うだけの口付け。そこからハーレイの深い思いが流れ込む。
『ブルー…。そんなに思い詰めないで下さい。…本当にあなたのせいではないのですから。
地球は青いと騙されていたのは、人類にしても同じでしょうに…。皆も分かっている筈です。
あなたには何の責任も無い、と…』
 それでもあなたは詫びるのでしょうね、とハーレイはブルーの頬を大きな手で包む。
「…あなたがそういう方だと分かっているから、心配せずにはおれないのです。御自分の
ことは常に後回しで、皆のことばかり考えて…。私がどんなに守ろうとしても、すり抜けて
行ってしまわれる…」


 もっと御自分を大切に、と説くハーレイに、ブルーは遮蔽をかけた心の奥底で詫びた。
こんなにも自分を大切に思い、全ての危険から遠ざけたいと願い続けるハーレイを裏切り、
またソルジャーとして動こうとしている。
 ごめん、と決して届かない声で謝り、ハーレイと並んで部屋を出た。自分が何をしようと
しているのかはジョミーたちにも決して知られるわけにはいかない。動くのはハーレイが、
ミュウの皆たちが寝静まってから。
 その前にブルーが為すべきことは、死の星だった地球へと皆を導いた前ソルジャーとして
詫びること。青い水の星が何処にも無かった事実は覆しようがないのだから…。

 

 

 

 遅れて着いた夕食の席で皆は和やかに談笑していた。その部屋に窓は無く、荒廃した地球の
風景は見えない。ブルーはホッとすると同時に、まだ現実から逃れようとする己の弱さを
叱咤する。外はもう暮れているのだろうが、たとえ夜の帳に包まれようとも地球が死の星な
事実は変わらないのだ。
 遅くなったことを謝りながら、ハーレイと並んでテーブルに着くと。


「あたしたちも偉くなったもんだねえ」
 ブラウが軽いウインクを寄越し、楽しげな声を投げ掛けてきた。
「ご覧よ、人類のお歴々がミュウに御馳走してくれるんだよ? アルタミラじゃあ食事も
満足に食べた覚えが無いっていうのに、コース料理ときたもんだ。おまけに遅れて来た
連中には温め直しのサービスってね」
 皆がメインディッシュに移っている中、ブルーとハーレイの前には前菜と温かいスープが
運ばれてくる。SD体制から弾き出されたミュウにとっては信じられない光景だった。人類が
ミュウを客人として遇するなど…。
 若いジョミーやトォニィはともかく、迫害を受けた過去を持つ長老たちには感慨深いものが
あるだろう。


「本当に地球まで来たんじゃのう…。途方もなく長い道のりじゃったが」
 とにかく辿り着いたんじゃ、と語るゼルの言葉の裏に潜んだ喪失感。それは誰の心の底にも
等しく蹲り、蟠る思い。この地球が夢に見続けた青い水の星でさえあれば……と。
「……すまない……」
 ブルーは立ち上がり、沈痛な面持ちで頭を下げた。皆の視線が集まるのを痛いほどに
感じつつ、乾きそうになる喉の奥から懸命に声を絞り出す。


「…ぼくを信じてついて来てくれた皆と、ジョミーに従ってくれた皆とに心から詫びる。
…見ての通り、この地球は死の星だった。それを母なる青い星だと……還るべき場所だと
言ったのはぼくだ。本当の地球の姿に、皆、傷ついたことだろう。……こんな星へと導いた
ことを、ぼくは謝らなくてはいけない」
「いいえ、ブルー! あなたのせいでは…!」
 ジョミーが即座に否定し、長老たちも皆、ブルーが詫びる必要は無いと口々に言い募った。
地球をこのような姿にしたのは人類であり、偽りのイメージを流布したのもまた人類と
マザー・システムなのだと。しかし…。


「…過去は変えられなくても未来は築ける。ジョミーが言った通りだと思うし、それは
正しい。…だが、地球を夢見て死んでいった仲間たちには過去が全てだ。詫びられる
ものなら彼らに詫びたい。…ぼくが地球にこだわらなければ、ナスカは今でも在ったかも
しれないと思わないか?」
「まさか! キースに発見された時からナスカはもう…」
 捨てるしかない星でした、とジョミーが返す。
「第一、地球に来なければSD体制は壊せない。ブルー、あなたにもそれは分かって
いるのでしょうに」
「そうだけれども…。しかし、ナスカを拠点に勢力を広げる道も在ったんだ。より慎重に
隠れ棲んで…ね。そう出来なかったのは長老たちが地球へ行かねばと唱え続けていたから
だろう? そう仕向けたのは他ならぬぼくだ。…十五年間眠ったままでも、ぼくの思いが
長老たちを…ミュウの未来を呪縛した」


 その結末がこの星だ、とブルーは皆の瞳を正面から見詰めた。
「踏みしめる大地だったナスカを失い、多くの仲間を喪った末に辿り着いた地球はとても
住めるような星じゃなかった。来なければならなかった星といえども、失ったものが
多すぎる。…地球へ還ろうと言い続けたぼくを憎んでくれ。…道の半ばで命を落とした
仲間たちの嘆きと涙の分まで…」
 恨み、憎んで、決して許さないでくれ…。心の底からそう思った。自分が犯した罪は
それほどに重く、死んでいった者たちは怨嗟の声すら届けることが出来ないのだから。
 けれど心優しく繊細なミュウたちに憎しみの感情はそぐわない。エラが涙ぐみ、ゼルたちから
伝わってくるのは自責の念と深い戸惑い。自分たちもまた地球に対して夢を見過ぎたのでは、と
後悔に揺れ動く心が見える。そんなつもりではなかったのに…、とブルーが口を開こうとした時。


「なんでブルーが悪いんだよ!」
 声を上げたのはトォニィだった。
「地球が青くなかったからって、なんでブルーが謝るんだよ! こんな星にしたのは人類
じゃないか! ぼくたちの敵が死の星にしたのに、ブルーに責任があるわけがない!」
 オレンジ色の瞳を持つ新しい世代のミュウは、若者ゆえの純粋さでもってブルーに食って
かかってきた。
「ぼくたちはミュウのために戦ってきたんだ、その先に地球があっただけだ! 地球が
どんな星なのかなんて、ぼくは気にしていなかった。地球に着いたら戦いが終わる、
それだけの場所だろ、地球って星は!」
 だから謝るな、と叫ぶトォニィには地球を恋い慕う感情は無い。SD体制の下、
人工子宮から生まれたブルーたちと違って、地球への憧れを機械によって植え付けられた
わけではないから。だからこそ鋭く地球の現状を見抜き、ミュウが進むべき道をもしっかりと
見据えているのだろうか…。


「そうじゃ、トォニィの言う通りじゃ。…まずは戦いを終わらせんとのう」
 ゼルが頷き、ハーレイがブルーの肩を抱くようにして椅子に座らせる。ジョミーも、そして
長老たちもブルーを責める代わりに食事に戻り、明日の会談について話し始めた。
 失望しか与えてくれなかった地球だからこそ、変えてゆかねばならないのだと。


 熱を帯びてゆく会話に加わりながら、ブルーは赦された己の罪の深さを改めて思い、SD体制の
打破を心に誓った。自分を赦した皆のためにも、ミュウの未来を拓かねばならぬ。ハーレイが
くれた命を散らすことになってしまったとしても、青くなかった地球の代わりに、希望に満ちた
約束の地を…。

 

 

 

「…ブルー。その格好でお休みになるのですか?」
 食事を終えて戻った部屋でハーレイが驚いた顔をする。彼はバスルームから出て来たばかりで
備え付けのバスローブを纏っていたが、先にシャワーを済ませたブルーはソルジャーの衣装を
着けて自分のベッドに腰掛けていたのだ。
「可笑しいかい? 此処は敵陣の中だしね…。ソルジャーとしては当然の備えじゃないかと
思ったけれど」
「あなたはソルジャーの称号をお持ちなだけでしょう? 今のソルジャーはジョミーです。
…そのジョミーも今はマントも上着も脱いで寛いでいるようですが」
 ソルジャーだけに余裕ですね、と微笑みながらハーレイがブルーのマントに手を掛けた。
「とにかくこれは脱いで下さい。上着も……それにブーツも手袋もです。落ち着かないと
仰るのならアンダーだけは大目に見ますよ」


 本当は夜着をお召しになって欲しいのですが、と溜息をつかれて仕方なくアンダーウェアだけの
姿になる間にハーレイは持参したパジャマに着替えていた。ベッドは二つ置かれているのに、
躊躇いもなくブルーのベッドに近付く。
「大きいベッドで良かったですね。これならあなたを離さずに済みます」
 口付けて腕を回してくるハーレイの身体を押し戻そうとすると、強い力で抱き締められた。
「御心配なく。今夜は何もしませんよ。…もう長いこと、独りでお休みになられたことは
ないでしょう? ましてやこんな地球での夜にお一人では…。側にいますから、どうぞ
安心してお休み下さい」
 それが困るんだ、とは言えるわけもなく、ブルーはハーレイの胸に閉じ込められたままで
ベッドに横たわることになった。ハーレイの匂いと温もりに包まれ、ゆっくりと背を撫でられる。


「ブルー…。青い地球は今も私の中にあります。私の地球は青いままです。…ブルー、あなたが
焦がれた地球だからですよ。あなたを連れてゆこうと誓った地球は青く輝く星でなくては…」
 御覧下さい、と遮蔽を解いたハーレイの心の中に青い水の星が浮かんでいた。遠い昔に
フィシスの記憶の地球を取り込み、約束の場所として心に刻み付けたのだろう。フィシスの
映像のように近付いてゆくことは出来はしないが、ハーレイが抱く地球もまた……悲しいほどに
美しかった。


(…ああ……。君はこんなにも……)
 ぼくを連れてゆきたいと願っていたのか、とブルーの頬に一筋の涙が零れる。シャングリラの
キャプテンになった時からの夢だった、とハーレイは地球を前にして語っていた。その地球が
無残な星になり果てた後も、ハーレイは自分を気遣ってくれる。今もブルーの夢を守り続けようと
懸命に心を砕いてくれる…。
『おやすみなさい、ブルー…。あなただけの青い地球を見ながら……。あなたの地球は此処に
あります。あなたが夢見た青い水の星は、いつまでも私の心の中に……』
 夢を見ていていいのですよ、とハーレイの思念が囁きながらブルーを眠りへと導いてゆく。
その誘いに乗るふりをして暖かな胸に抱かれ、ハーレイに意識を添わせて青い地球の夢に
揺惚いつつも、ブルーはソルジャーとしての自分を呼び覚ましていた。


(もう少し……。もう少し深く…。もっと深く……)
 ハーレイの思念と意識を気取られないよう慎重に絡め取り、逆に眠りの淵へ導く。ブルーを
抱き締めて青い地球を望む宇宙に浮かんでいる夢。それがハーレイの心からの願いだというのが
辛く悲しい。…あんな現実を見せられてもなお、ハーレイはブルーのためにと青い地球を夢見て
くれるのか…。
(…ごめん。そこまで想ってくれるのに……。ごめん、君を騙して抜け出そうだなんて…。
でも、行かなくてはいけないんだよ。ジョミーもトォニィも寝てしまったから、ぼくにしか
出来ないことなんだ…)


 そうっとハーレイの腕を外して身体を起こし、寝息が途切れないことを確認すると、額に
手を置いて暗示を与えた。自分はハーレイの腕の中で変わらず深く眠っている、と。
 ベッドから滑り降り、ハーレイがクローゼットに片付けていた上着や手袋、マントなどを
着ければ、暗い室内にソルジャーとしての自分の姿が浮かび上がる。目指すのは探っておいた
国家主席、キース・アニアンの部屋。青いサイオンの光を纏うと、ブルーは迷わずテレポートで
通り抜けられる区画を一気に飛び越えていった。











 

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