シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
ユグドラシルの内部は基本的にはテレポートで抜けてゆくことが出来る。グランド・マザーの
居場所たる地下はその限りではないが…。しかし、国家主席の部屋の周囲にはグランド・マザーの
力の一部が及んでいた。其処に至る最後の一区画だけは自分の足で歩くしかない。
だが、警備兵は眠らせてゆくつもりで来たというのに、一人もいないのはどうしたわけか。
(…罠か? だとしても……。いや、そうだとしたら余計に引き返すわけにはいかない)
ミュウに害意のある者を放ってはおけない、と唇を引き結び、ひと際大きな扉の前に立つと、
それは微かな音を立てて開いた。照明を落とした部屋の向こうに取られた窓から射し込む
光は……宇宙から見た残月ではなく、真円の月。地球の衛星が赤く濁った大気を通して
屍と化した高層建築群を煌々と照らし出している。
その月を窓際で仰ぐ国家主席は背後を振り向きもしなかった。
「…やはり来たか。ソルジャー・ブルー」
分かっていた、と言わんばかりの言葉と警備兵の不在と。訝るブルーの心を読んだかの
ように。
「お前が来ると思っていたからな。無粋な兵たちは遠ざけておいた。…メギドから生きて
戻れる程の男だ、来ないわけがない」
ゆっくりと向き直ったキースの唇の端が吊り上げられた。
「それは違う。…ぼくはメギドで死ぬ筈だった。地球にも来られる筈がなかった。此処まで
来られたのはジョミーの力だ」
相対しながらキースの心に入り込めないかと探ってみるが、ブルーが現れたことにすら
驚かない男は隙など見せない。
「ほう…。では、あいつがメギドから救ったのか。あの戦闘の最中に大した余裕があった
ものだな」
「…ジョミーではない」
「そういえば他にも何人かいたか、タイプ・ブルーが。…まあいい、お前は何処まで知って
いる? 私の所に来たということは何か目的がある筈だ。見抜いたのか、私の正体を?」
「…マザーが創り出した生命体。君の心を覗いた時に見えたイメージはフィシスのものと
同じだった。フィシスも君と同じ生まれだ。…その君がミュウをどうするつもりか、それを
探りに来たんだが」
隙が無いなら正面から突破するまでだ、とブルーは敢えて真実を口にしてみた。しかし
キースは低く笑うと、「分からないか?」と挑むような視線を向ける。
「そう簡単に心を読ませはしないからな…。オリジンといえども気付かないのも無理はない。
だが、そんなことではミュウの仲間をまた失うぞ、ソルジャー・ブルー」
「あのミュウのことか? 君の側にいるタイプ・グリーンの」
「ユグドラシルにいるミュウがマツカだけだと思うのか? お前たちはミュウだけで固まって
いるから気付かないのかもしれないな。…ミュウはいくらでも増やすことが出来る。人類もまた、
ミュウに変化する」
「知っている。…ぼくがフィシスをミュウにした。だが、このユグドラシルの中に他にも
ミュウが?」
信じられない、とブルーは赤い瞳を見開いた。ユグドラシルを探った時に見付けたミュウは、
キースがマツカと呼んだタイプ・グリーンの一人だけだ。長い年月、アルテメシアで仲間の思念を
見付け出しては救出してきた自分のサイオンがミュウの存在を見落とす筈がないのだが…。
「なるほど、あの女がミュウになったのはお前のせいか。…私の母親が世話になったようだな。
親子揃ってミュウになるとは、マザーにも計算外だっただろうが」
「君が…ミュウだと…? 馬鹿な……」
予想だにしなかった事を告げられ、ブルーは目の前の男を見据える。固い心理防壁は微動だに
せず、キースの心は今も読めない。本当にキースがミュウだというのか? これも罠では
ないのだろうか?
「信じられないか、私の言葉が? 我々は様々な実験をしてきた。その過程で分かったことは、
ミュウと人類を一緒にしておけば人類はミュウに変わるという事実だ。お前たちは人類に
向かって常に意識下で働きかける。自分と同じように変革しろ…と。そして人類はミュウに
なってしまう」
「……そんなことが……」
「あるわけがない、と言いたいのか? だが、これは本当のことなのだ。若い者ほど変化は
早い。幼い子供ならば一週間もあれば変化する。そして私ほどの訓練を受けた者であっても、
逃れることは不可能だったようだ。私を創る元になった遺伝子データの持ち主もミュウに
なっていたのは運命の皮肉と言うべきか…」
キースは深い溜息をついた。
「グランド・マザーは私にミュウ化の傾向は無いと断じている。しかし自分が何者なのかにも
気付かないほど私は愚かではない。…マザー・システムにミュウ因子を取り除くシステムは
無いが、生まれて来たミュウは抹殺する。その矛盾したシステムが認めた指導者がミュウでは
何かと都合が悪いのだろうな」
「…では、君は……」
「私がミュウをどうするつもりかは、今は言えない。お前がミュウの指導者であれば、明かして
いたかもしれないが…。でなければ私をミュウと見抜くか。それが出来なかった者に多くを語る
つもりはない」
帰るがいい、と再び背を向けたキースが送って寄越したものは……思念。
『私をミュウに変えたのはマツカだ。…マツカに自覚は全く無いが、彼を側に置いていたのが
原因なのだと思っている。もっとも、マツカも私がミュウだとは未だに知りはしないのだがな』
そう簡単に読ませるものか、と笑う思念は正しくミュウのそれだった。人類が心を読まれる
ままに任せるものとは根本的に性質が違う。
『キース…。君は本当に……』
『分かったのなら、せいぜい努力するがいい。マツカと私、少なくとも二人の仲間を失くさない
よう気を付けることだ。…明日の会談が楽しみだな。お前は体調が優れないと聞いた。よく
眠っておけ、ソルジャー・ブルー』
こんな夜中にウロウロするな、と言い捨てたキースは二度と振り返りはしなかった。心も
完璧に閉ざされ、僅かな感情すらも漏れてはこない。しかし、キースがミュウであるなら、
明日の会談がブルーたちにとって不利な展開になったとしても希望は残る。
「…君を信じよう、キース・アニアン。ぼくからも一つ、明かしておく。…メギドから
ぼくを救い出したのはハーレイだ。タイプ・ブルーなどではない。…マツカと同じタイプ・
グリーンだ」
「マツカと同じ…? その程度の力でメギドから救い出しただと? モビー・ディックは
ジルベスター・セブンに在った筈だ。それとも別の船で近くに潜んでいたというのか?」
背を向けたままのキースの表情は見えなかったが、驚いているのは間違いない。何処までを
話しておくべきか、とブルーは一瞬、迷ってから。
「…ぼくはマツカのサイオンを見てハーレイを思い出したんだ。ハーレイを呼ばずには
いられなかった。…その思念を受け止めたハーレイがジョミーのサイオンを無意識に操り、
ぼくをメギドから連れ戻した。ナスカの上空にいたシャングリラ………君たちの言う
モビー・ディックの中に居ながら」
「キャプテンゆえの責任感というヤツか。命拾いをしたわけだな。…お前の捨て身の戦いぶりに
敬意を表した私にすれば、なんとも残念な結末だが」
「そうだったのか? それは御期待に添えなくて申し訳ないことをした。では、更に失望して
貰おうか。…ハーレイがぼくを救い出したのはキャプテンとしての行動ではない。…ぼくを
助けたかった、ただそれだけだ。ぼくがハーレイの何であるかは御想像にお任せしておく」
「なんだと!?」
それ以上を話すつもりはなかった。頭脳明晰なマザーの申し子ならば考えた末に答えに
辿り着くだろう。踵を返して部屋を出てゆき、テレポートで抜けられる地点まで歩く途中で
微かなキースの思念を拾った。確固たる信念に基づき、動こうとする者の強い意志。
(…あの時の…。だが、あれの中身は何なのだ…?)
ユグドラシルを探っていた時、誰もいない部屋で話すキースを目にした。何をしているのかと
気になったそれは、メッセージの収録であったらしい。キースはそのデータを何処かへ送信
するべく机の上の端末を操作している。
だが、内容も誰に向けてのメッセージなのかも読み取ることが出来なかった。ミュウと化した
ことを明かしてもなお、キースは心を読ませない。
(キースが我々のことを前向きに考えてくれていればいいのだが…。人類側の代表としてでは
なくて、一人のミュウとして冷静な判断を下してくれるよう祈るしかない…)
最悪のシナリオとしては、キースが自らのミュウ化を明かすと共に自分とマツカの処分という
道を選ぶ可能性もゼロではなかった。
『…キース…。何を考えている…?』
そっと送った思念に対する応えは無い。ブルーは後にしてきた部屋の方角へチラと視線を
走らせてから、ハーレイが眠る部屋に向かってテレポートで瞬時に空間を抜けた。
戻った部屋は暗く、閉ざされたカーテンは満月の光も通さない。それとも月は見えない位置に
あるのだろうか、と埒もないことを考えながらクローゼットの扉を音を立てないように注意して
開く。マントを肩から外そうとした手が後ろから不意に掴まれた。
「…ブルー。何処へ行っておられたのですか?」
「ハーレイ? …君には敵わないな…。これから出掛けようとしていたんだよ」
少しだけね、と誤魔化そうとして強い力で捕えられる。
「嘘を仰られては困ります。お身体がこんなに冷えておられるのに…。正直にお話し頂け
ませんか? ベッドを抜け出して、いったい何処へ…? 話して下さらないのなら私にも
考えがありますが」
そう言いながらハーレイはブルーのマントを外し、上着を脱がせてクローゼットに片付けて
ゆく。
「アンダーも着替えて頂きます。夜着では流石にお出掛けもお出来にならないでしょうし」
これを、と強引に押し付けられたのはブルーのための夜着だった。
「大人しく着替えて下さらないなら、私がお手伝いいたします。…あなたの肌を目にして
心静かにいられる自信は今は全くございませんが…。抜け出そうなどとお思いになれぬように
するには、何が一番かは分かっておられる筈ですね、ブルー?」
顎を捉えられ、口付けられる。ただ触れるだけの口付けだったが、ハーレイが何を
言わんとしているのかはそれで充分に伝わった。拒否すればブルーを抱き、心身ともに
融け合わせてから遮蔽を外すと脅しているのだ。そうされたくなければ自分で着替え、
行き先も素直に話すように…と。
以前のブルーなら、そんな脅しは通用しない。けれどハーレイの祈りと願いで生かされて
いる今の身体は、その命を繋ぐ力の主の前では簡単に同調し、遮蔽も脆く崩れてしまう。
ハーレイがそれをしたことは一度も無いが、そのくらいは互いに理解していた。
「…ごめん。ちゃんと着替えて話すから…。君には叱られそうだけれども」
「悪いことをしたという自覚はおありのようですね。…では、あちらでお待ちしております」
ハーレイがベッドに腰掛けて背中を向ける。その間にブルーはアンダーを脱ぎ、夜着に
着替えてからハーレイの隣に腰を下ろした。
「…いつ気付いたんだい、ぼくが部屋から抜け出した…って」
「恐らく、すぐだと思いますが…。まだ温もりが残っていました」
本当に困ったことをなさる方だ、とハーレイはブルーの身体を抱き寄せ、ベッドに入る
ようにと促す。ブルーは逆らわずにハーレイと共に横になり、逞しい腕に頭を乗せた。
「何から話せばいいんだろう…。ぼくの心を読んで貰った方が早いと思うけど、これだけは
言葉で言うべきだろうね。…キースの所に行っていたんだ」
「なんですって!?」
ハーレイは酷く驚き、ブルーの身体を折れんばかりに抱き締めた。
「よく……。よく、御無事で……。どうして、お一人でそんな所へ…。キースはあなたを
殺そうとした男ですよ? 今の状況では殺されることは無かったにしても、それでも
危険な所でしょうに…」
「そうだね…。それは分かってた。だけど……行かずにはいられなかったし、今では
行って良かったと思う。君には謝るしかないんだけれど…。黙って危ないことをして
しまってごめん」
後はぼくの心を読んで…、とブルーはハーレイに心を明け渡す。キースとの会話、見て
来たことの全て。ハーレイが息を飲み、ブルーの身体を抱き込んだ腕に力が籠る。
「…まさか…。まさか、キースがミュウだったとは…。ミュウと居るだけで人類がミュウに
変化してしまうとは…」
「ぼくも本当に驚いたよ。…でも間違いなく、キースはミュウだ。それをキースがどう考えて
行動するかは分からない。仲間を失わないように気を付けろ、と言っていたから生き残る意思は
あるんじゃないかと思わないでもないんだけれど…」
彼の心は分からない、とブルーはハーレイの胸に頬を擦り寄せた。
「マザー・システムは矛盾しているとキースは言った。そのシステムを彼はどうしたいのか…。
明日には全てが分かる筈だけど、地球でさえもこの有様だ。…確かな未来など在りはしないと
いう気もするよ」
「それでも……ソルジャーに戻ろうと仰るのですね、あなたは」
「ハーレイ!?」
弾かれたように顔を上げたブルーをハーレイが引き戻し、その腕の中に閉じ込める。
「…先ほど見えてしまったのです、あなたの心が。…ソルジャーにお戻りになることを止めは
しません。けれど、グランド・マザーの下へ行かれるのなら必ず私もお連れ下さい。それだけが
私の命をお使いになる条件です。…お分かりですね? あなたの命は私が差し上げたものなの
ですから」
「駄目だ、ハーレイ! 危険すぎる」
「だからこそ…です。私の腕が届かない所であなたを喪うのは二度と御免です」
それだけは約束して下さい、と強く請われたブルーは頷かざるを得なかった。ハーレイを
危険な目に遭わせたくはない。なのに、その一方で嬉しいとも思ってしまう自分がいる。
もう二度と……ハーレイの側を離れたくはない…。
「ブルー。私のことなら気になさらなくていいのですよ。あなたは約束して下さいましたね、
メギドから戻ってきた時に。…私の腕が、心が届かない場所で一人逝ったりは決してしない…と。
その約束を果たして頂くために私がついてゆくだけですから」
今は安心して眠って下さい、とハーレイはブルーの銀の髪を撫でた。
「朝食は部屋に運んで頂くように言っておきます。ですからごゆっくりお休み下さい。
…いいですか、お疲れになったお身体では何もお出来にならないのですよ。充分に
眠って頂かないと…」
「…うん…。心配ばかりかけて、本当に…ごめん…」
勝手なことばかりして、無茶ばかりして…ごめん。何度も声で、思念で謝りながらブルーは
眠りに落ちていった。傍らにはハーレイの優しい温もり。この腕が…ハーレイの心が側にいて
くれるなら、どんな相手にも向かっていける。一人きりで戦うしかなかったメギドとは比較に
ならない力を誇るグランド・マザーであろうとも………きっと。
会談の日の朝、ブルーが目覚めたのは太陽が高く昇ってから。閉ざされたカーテンが地球の
景色を遮っていたが、ブルーはハーレイに頼んでそれを開けさせ、荒れ果てた大地と朽ちた
廃墟を静かに見詰める。
「…会談の結果がどう転ぶかは分からないけれど…。こんな星でも来て良かった、と思える
方向に行って欲しいな…」
ブルーの呟きに隣に立っていたハーレイが頷き、肩に手を置いた。
「そうですね…。しかし、まだどうなるかは分かりません。場合によっては戦うおつもり
なのでしょう? 朝食をしっかり召し上がって下さい。あまり時間がございませんし…。
ジョミーには会談の前に寄ってくれるようにと言っておきました」
「ジョミーに?」
「はい。キースのことをお話しになるかもしれない、と思いましたので…。そのおつもりが
無いのでしたら、朝の挨拶だけでよろしいでしょう」
「いや…。ありがとう、ハーレイ。ジョミーも多分怒るだろうけど、伝えておくべき情報だしね。
会談に向かう途中で思念で送るつもりでいたんだ」
時間が取れるとは思わなかったし…、とブルーはハーレイの心配りに感謝していた。
キースがミュウと化していた事実は仲間たち全員に明かすには時期尚早だ。トォニィも重要な
戦力とはいえ、ミュウの未来を左右しかねない判断を委ねられるほどの経験を積んではいない。
伝えるならばジョミーだけに、と思っていたのをハーレイは感じ取ってくれたのだろう。
そのハーレイはテーブルを挟んだ向かい側に座り、ブルーに窓の向こうの地球を意識させまいと
他愛ない会話を交えたりしながら朝食を摂り、細々と世話を焼いてくれている。トーストに
バターを塗りつけるくらい、大した手間ではないというのに。
「この地球が青い星だったなら…。きっと幸せな朝だったろうね…」
「私にはこれで充分です。あなたが生きていて下さるだけで本当に幸せなのですよ。…約束は
守って頂きます。何処までも私をお連れ下さい」
「…分かってる…。それが君の望みだと言うのならば」
決して一人で行きはしない、と誓えば、ハーレイは満足そうな笑みを湛えてブルーの右手を
強く握った。
二人が朝食を終えて間もなくジョミーの思念が来室を告げ、入って来たのは若き指導者。
朝食の席に現れなかったブルーの体調を気遣った彼は、そのブルーから知らされた昨夜の
出来事に息を詰めた。
「キースがミュウだと言うのですか…。だとすれば、今日の会談は…」
「そう。実質上、代表者はミュウ同士だということになる。キースが自分のミュウ化を誰にも
明かしていない以上は、人類とミュウとの会談だが…。だから、君も慎重に動いて欲しい」
「そうですね…。人類側の反感を買わないように気を付けます。キースの決断次第によっては
退却も視野に入れておきましょう。敵の懐の中に居たというのに、ぼくも些か甘過ぎたようです」
ぼくが行動するべきでした、と詫びてジョミーが部屋を出てゆく。会談の時間が迫っていた。
ブルーはハーレイを見上げ、背伸びして唇に軽く口付けて。
「行こう、ハーレイ。…これからミュウの未来が決まる」
「ええ。…あなたは御自分のお心のままに動いて下さい。私はあなたについてゆくだけです」
これだけは絶対に譲れません、とブルーの細い身体を力の限りに抱き締めてから、ハーレイは
先に立って通路へと繋がる扉を開いた。恋人同士でいられる時間は終わったのだ。甘い時間を
生きて再び持てるのかどうか、ブルーにも先は分からない。
(…でも、ハーレイが来てくれる…。今度は一人きりじゃないんだ、ぼくは)
一人きりで戦ったメギドでも沈められたのだから、必要とあらばグランド・マザーをも倒して
みせる。其処で自分は命尽きようとも、ミュウたちの未来を切り開くために…。
人類側の代表団との会談の席。現れたのは国家主席たるキースと八人のリボーン職員だった。
席に着き、口火を切ったのはキース。
「ミュウが此処まで辿り着いたことと、圧倒的な戦力は認めざるを得ないと言えるだろう。
だが、我々にミュウを受け入れる用意は無い。ミュウは何処までも異端なのだ」
自らもまたミュウだというのに、キースの発言はミュウに対する否定そのもの。たまらず
ハーレイが口を開いた。
「それがあなた方自身の意志なら我々も考えよう。しかし、コンピューターの意志は
受け入れない!」
「マザーを否定するのですか!」
すかさず上がったリボーン職員の声が合図であったかのように、会談の席は相反する発言の
応酬となった。
しかしキースは黙したままで動かない。ジョミーも動かず、ブルーも自ら動くことはしない。
「マザー・システムを否定するなら誰が地球を再生すると!?」
「再生じゃと? この地球の何処が!」
会談はマザー・システムとSD体制の是非を巡って平行線を辿り、ついにジョミーが声を
発した。
「そんなにもSD体制が人類にとって大切ならば、遠くの星に我々は去ってもいい。生まれて
来るミュウの存在を認め、我らの許に送り届けてくれるならば」
「それは出来ない!」
キースが即答し、ジョミーが切り返す。
「何故、出来ない!?」
「我らの尊厳に関わるからだ!」
返された答えに会談の場にどよめきと緊張が走った。予想だにしない発言だったらしく、
リボーン職員たちの間に困惑が広がる。
「…どういう意味ですか、閣下!」
「ミュウが我々の尊厳にどう関わると?」
動揺するのはミュウもまた同じ。人類の尊厳と急に言われても、人類がミュウ化する事実を
知らない仲間たちには意味が全く掴めないだろう。
人類とミュウ、双方の混乱を制するかの如くキースが右手を上げ、その動きにつれてテーブルの
上に複数のスクリーンが前触れもなく迫り出した。
「質問の答えは今から全宇宙規模で放送される。私が自由アルテメシア放送のスウェナ・
ダールトンに託したデータだ。人類側の放送システムには弾かれてしまう内容だからな。
…よく見るがいい」
「閣下!?」
「何を放送するというんじゃ!」
リボーン職員やミュウたちの声はスクリーンに映し出された女性のアナウンスによって
中断され、続いて始まったキースのメッセージに誰もが食い入るように見入った。
(…キース…。昨日、君が収録していたメッセージがこれか。君は全てを明らかにしようと
いうのか、マザー・システムに逆らってまで…)
スクリーンの中のキースは衝撃的な内容を表情を変えることなく話し続ける。一個人としての
話だと前置きしつつもミュウは進化の必然だと説き、マザー・システムの欠陥をも。
≪SD体制にミュウを受け入れるためのシステムは存在しない。プログラムは完璧ではないのだ。
マザーに全てを委ねていられる時代は終わった≫
静まり返った室内にキースのメッセージだけが響いていた。
≪だが、諸君。ミュウという種は寛容だ。我々人類を劣等種として蔑みはしない。共に進化の
階段を登るべく、手を差し出すのがミュウに備わった特徴なのだ。手を取り合うか、頑なに
旧人種の殻に籠って生きるか。…これからは一人々々が、何をすべきかを考えて行動せよ≫
そう告げてキースの姿が画面から消える。同時にスクリーンも元の場所へと収納されてゆき、
あちこちからキースへの声が上がった。
「か、閣下…。今の放送は…」
「あたしたちが進化の必然だって? だったらあんたはどうするのさ!」
「そうです、閣下! この会談をどうすれば…」
キースは薄く笑って人類側の代表たちを見詰める。
「自分で考えて行動せよ、と言った筈だが? …私はグランド・マザーの所に行く。お前も
来るか? ジョミー・マーキス・シン」
「勿論だ! ミュウを抹殺し続けてきた機械をこの目で見ずに帰れるとでも?」
ジョミーが立ち上がり、キースの随行員として一人のリボーン職員がついた。その機を逃さず、
ブルーも進み出る。
「ぼくも行く。…ミュウの長として長い年月、ぼくはマザー・システムと戦ってきた。その要を
一目見ておきたい。そして…」
「私がブルーに同行することをどうか許して頂きたい。詳しい説明は省略するが、ブルーの命は
私から離れると危うくなる。体調が優れないと言っていたのはそのためだ」
ハーレイの申し出にキースは頷き、リボーン職員たちが異を唱えた。ミュウの方の数が
多すぎると。
「なるほどな。…では、私の随行員を一人増やそう。マツカを此処に呼んで来るように」
ジルベスター・セブン以来の側近の名に安堵の空気が広がってゆく。そのマツカもまた
ミュウであると知ったら、彼らはどんな顔をするのだろう?
いや、それよりも前にキース自身がミュウなのだ。それをメッセージで明かさなかったのは
恐らくパニックを避けるため。既にミュウと化した国家主席の言葉を受け入れることは難しい。
だが、メッセージを聞かされた後に国家主席がミュウ化したなら、人類からミュウへと変化する
ことを人類は恐れはしないだろうから…。