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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

奇跡の青から  <4>

 間もなく国家騎士団の制服を纏ったマツカがリボーン職員に連れられて到着した。彼もキースの
メッセージを聞いていたらしく、少し青ざめた顔でミュウの代表たちを見回している。
「マツカ。…グランド・マザーの所へ出掛ける。ミュウの方々に失礼のないようにな」
「は、はいっ!」
 最敬礼したマツカを従え、リボーン職員に先導されたキースが部屋を出てゆくのにジョミーが
続いた。ブルーがジョミーの背を追うように歩き始めるとハーレイが後ろについたのが分かる。


「…行ってくるよ。大丈夫、ハーレイも一緒だから」
 長老たちに微笑みかけると、その間からトォニィが一歩前に出てジョミーを呼び止めた。
「グラン・パ! 機械の思考は読めないんだ。そいつの目的が何か知らないけど、危険
なんじゃ…」
「さっきのメッセージを見ただろう? …キースにぼくたちへの敵意は無い。ぼくたちが
戻るまでの間に皆で話し合っておくがいい。人類は、ミュウはどうすべきかと。…行こう、
キース」
 ジョミーが促し、足を止めていたキースが再び歩き始めた。会談が行われていた部屋から
無機質な通路を進み、ユグドラシルの中央に出る。ブルーの思念でも探れなかった部分に
隠されていたのは地下へと降りる専用のエレベーターだった。乗り込み、降下が始まってから
かなり経っても一向に止まる気配が無い。


「…ずいぶん降りるんだな」
 ジョミーが漏らした声にキースが応じた。
「このユグドラシルはマントル層にまで到達している。そこから直接エネルギーを取り出し、
地上の浄化を進めている」
「浄化だって? そんな風には見えなかったが」
「…お前たちにもそう見えるか。だが、我々はそれを信じてやってきた」
 微かな揺れがエレベーターの停止を伝え、外に出てみたが其処にグランド・マザーの姿は
無かった。リボーン職員に導かれた先には不自然なまでに明るい空間。壁一面に青空と
大きな草花が描かれた広間の奥から大勢の子供たちが我先に此方へ駆け寄ってくる。


「ねえ、外に出られるの?」
「浄化は終わったの?」
 口々に問われてブルーたちは言葉を失った。何故、こんな所に子供がいるのか。外とは、
浄化とは地球のことなのか…? リボーン職員に視線を向ければ明快な答えが返って来た。
「カナリアと呼ばれる子供たちです。地球の浄化が終わった暁には彼らが大地を謳歌する
予定です」
「いつなんだ、それは! この子たちの世代で浄化が終わるとでも? それとも今すぐにでも
外へ出すつもりなのか?」
 ジョミーの厳しい表情と声音に子供たちは一瞬、怯えを見せたが、すぐに無邪気な笑顔に
戻った。広間を隔てた通路へと歩き出すブルーたちに「またね」と手を振り、笑い掛ける。


「カナリアか…。遙か昔に、空気に有毒なガスが含まれていないかを確かめるために
カナリアという小鳥を使っていたと聞いたことがある。その意味でカナリアと呼んで
いるのか、キース・アニアン?」
 ブルーの指摘にキースもリボーン職員も答えず、やがて巨大な女神のレリーフが施された
扉の前へと案内された。扉の奥にはリボーン職員も進めないらしい。其処に入れるのは……。

 

 

 

「国家主席、キース・アニアン!」
≪承認。キース・アニアン≫
 国家主席たる者の名乗りに耳障りなコンピューター・ボイスが響き、扉が左右にスライドする。
キースが中へと一歩を踏み出し、ブルーたちの方を振り返った。
「行くのだろう? グランド・マザーはこの下にいる」


 リボーン職員だけを残して乗り込んだエレベーターは更に下へと降下してゆく。周囲は
壁面のライトを除いて一面の闇。何処まで降りるのか、何があるのか、ブルーのサイオンでも
捉えられない。その闇を眺めながらキースが呟いた。
「…愚かしいだろう、人類は。地球が浄化出来ると信じて全てをマザーに委ねた挙句にこの
有様だ。あのカナリアにしても矛盾している。仮に浄化が完了したとして、地球が彼らの
物になるなら、育英惑星で育てられた者たちの立場はどうなるのだ? 何もかもが欠陥
だらけなのだ…」


「キース! でも、あなたは人類を代表する者として…」
 遮ろうとしたマツカをキースが静かに振り返る。
「私は懸命に努力してきた。人類の理想の指導者たるべく、生ずる疑問を封じ続けて生きて
来た。…だが、マザーにミュウ因子の排除の禁止とミュウの抹殺という相反するプログラムが
施されていたと知った瞬間から、歯車が狂ってきたのだろうな」
 自分の心に嘘はつけない、とキースは深い溜息をついた。


「…私もまた、排除されるべきミュウの一人だ。しかしマザーは違うと言い切る。その上で
マザーは判断を私に委ねた。ミュウと交渉するも良し、焼き払うも良し…と。ならば賭けて
みようと思ったのだ。人類ではなく、新人種であるミュウの未来に」
「…あなたが……ミュウだと言うのですか…?」
 マツカの瞳が大きく見開かれ、キースは低い笑いを漏らした。
「お前には信じられないだろうな。だが、そこのミュウたちは全員が知っているのではないか?
誰も驚かないのがその証拠だ。お前が皆に話したのだろう、ソルジャー・ブルー?」
「ジョミーとハーレイの二人だけにね。…君の考えが読めない以上、皆に知らせれば混乱を招く」
「それは賢明な判断だったな。ミュウが挙って私を仲間扱いしていたならば、あの会談が無事に
終わったかどうか…。人類はミュウの意見に耳を傾けはしない。…今となっては違うだろうが」
 聞け、とキースが操作したのは胸に着けていた通信機だった。スピーカーに切り替えられた
それから流れて来るのは国家騎士団員たちの声。


≪…各地で戦線が崩壊していく…≫
≪戦闘を放棄した艦隊が多数…≫
≪我々はミュウに敗れたということなのか?≫
≪…そうではないだろうが…戦い続けるのは不可能だ…≫
 彼らの言葉は戦いの終わりを意味していた。人類とミュウとの間に横たわっていた溝が
崩れ落ち、まさに埋まろうとしているのだ。キースが賭けたミュウの未来が開けつつある。
人類とミュウとは、キースがあのメッセージで語ったとおりに手を取り合って進化の階段を
登ってゆくことになるのだろう。


「キース。ミュウの長として君の決断に感謝する。…ありがとう」
 ジョミーが頭を下げようとするのを、キースは「まだだ」と手で制した。
「礼を言うのはまだ早い。…グランド・マザーは私の意見をまだ聞いていない。決定権がマザーに
あるとは思いたくないが、グランド・マザーが存在する限りSD体制は続くのだ」
「では、グランド・マザーを……破壊するしかないというのか?」
「分からない。…マザーは私に任せると言った。私の答えは決まっている。しかし、マザーが
それを受け入れ、承認するかどうかはマザー次第だとしか答えられない。…ついて来てしまって
良かったのか? ジョミー・マーキス・シン。ソルジャー・ブルー。…そしてソルジャー・
ブルーの想い人…だったな」


 キースの鋭い視線がジョミーを、ブルーを、ハーレイを射る。けれど誰の心にも後悔は
無かった。
 ジョミーにはソルジャーとしての責任があり、ブルーにはジョミーを選び地球を目指した
前ソルジャーとして果たさねばならない目的がある。ブルーの命を繋ぎ続けて地球まで連れて
来たハーレイにもまた、ブルーの側を離れないという固い決意と約束とが…。


「…着くぞ。無事にマザーと折り合いがつくよう祈るがいい。…生きて地上に戻りたければ」
 エレベーターが止まり、通路を抜けて辿り着いたのは円形の部屋。扉が開き、広がった光景に
ブルーたちの息が一瞬、止まった。地下とは思えない高い青空。人工的ではあるが、夢に描いた
青い地球の空そのもののように澄み、地平線まで続く緑の大地がその空の下に広がっている。
 だが、そのままであれば美しいとも形容できる風景の中央にそそり立つ白い巨像と緑の大地を
埋め尽くす黒いモニュメントが禍々しい空気を地下空間いっぱいに満たしていた。


(これが……グランド・マザー……)
 ブルーと時を同じくしてジョミーも掠れた声で呟く。凄まじい威圧感に押し潰されそうな中、
巨像の胸の辺りの空間に不釣り合いなほど大きな女性の目が浮かび上がり、ゆっくりと開いて
ブルーたちを遙かな高みから睥睨した。

 

 

 

 地球の浄化と再生の名の下、SD体制を維持し続けて来た永遠の命を持つ機械の女神。
数多のミュウの血を贄として啜り、犠牲の命を貪りながらも地球を蘇らせられなかった
グランド・マザー。
 明らかに人間のものとは異なる瞳がブルーたちを見下ろし、異質な声で問い掛ける。


≪キース・アニアン。結論は出たか? …ミュウの根絶は我に与えられし絶対命令。この
プログラムを変更できるのはそのために創られた完璧な人間のみ。…答えを聞こう。
人類は我を、必要や、否や?≫
「「「…キース!?」」」
 この質問に答えるためにキースは此処まで降りて来たのか、とブルーたちはキースの表情を
窺う。キースはSD体制にミュウを受け入れるためのプログラムは存在しないと語っていた。
プログラムの変更とは即ち、グランド・マザーの停止を意味しているのだろう。


 マザーに判断を任された時から考え続けてきたというキース。自らがミュウであることを認め、
全宇宙に向けてマザー・システムを否定するメッセージを発信した以上は、彼の答えは…。
「もういい、あなたは時代遅れのシステムだ。我々はあなたを必要としない」
≪理解不能。我は人類が造りし最後の良心である。SD体制は人類の欲望を制御し、世界に
恒久的な秩序と調和を齎した≫
「あなたが排除してきたミュウこそが次の時代を担う種族だ! 人類の進化を妨げるあなたが
良心でなどあるものか! プログラムを変更して貰おう。ミュウを根絶してはならない!」


 叩き付けるようなキースの叫びの後、暫しの沈黙が地下の空間を支配した。グランド・マザーが
停止するのか、あるいはプログラムを書き換える方法があるというのか。針が落ちる音すら
聞こえそうなほどの静寂が破られたのは、巨像に至る真っ直ぐな道の両脇に並ぶ甲冑が
捧げ持つ剣たちによって。
≪…精神解析終了。キース・アニアンはミュウ化の傾向あり。これを速やかに処分すべし≫
 無数の剣が甲冑から離れ、グランド・マザーに答えを告げるべく前に出ていたキース目掛けて
降り注ぐのを目にしたブルーが、ジョミーが動くよりも早く。


「キース!!!」
 テレポートにも近い速さで飛び出して行ったのはマツカだった。キースを庇うように覆い
被さったマツカの背に深々と一本の剣が突き刺さるのを認め、ジョミーの全身から青い
怒りの焔が立ち昇る。
「貴様…。機械め…!」
 ジョミーが地を蹴り、グランド・マザーの懐に飛び込んで行った。タイプ・ブルーのサイオンと
グランド・マザーが造り出すシールドが拮抗し、強大なエネルギーの激突に青いプラズマが
地下空間を走り抜ける。


「ハーレイ! 頼む、キースとマツカを!」
 咄嗟に自分たちの周囲に張り巡らしたシールドの中でブルーは叫んだ。キースが自らを
庇って倒れたマツカの名前を呼び続けているが、マツカの意識は戻らない。そうさせた
のは……ブルー。
「此処ではマツカの手当てが出来ない。ぼくが彼の身体を凍らせた。…ぼくの力が
及ばなくなったら君が力を引き継いでくれ。そして二人のシールドを頼む。君の
力なら大丈夫だ」
「ブルー、あなたは!?」
「ソルジャーに戻る。ジョミーだけに血は流させない…!」


 …頼んだよ、ハーレイ。
 同じ言葉を遠い昔に口にしたような記憶がある。そういえば、あれはナスカ上空での
ことだったか、と走馬灯のように流れてゆく過去とハーレイへの想いを振り捨ててブルーは
翔んだ。
「ブルー!!!」
 ハーレイの血を吐くような叫びにブルーの胸が微かに痛む。
(…ごめん、ハーレイ。…戦うことになってしまって……ごめん)
 けれど、戦いはこれで最後。人類とミュウとが和解しつつある今、グランド・マザーを倒しさえ
すればSD体制は終わり、もうソルジャーは要らなくなる。そのためにジョミーと共に戦うのが
自分の最後の務めなのだ、とブルーは渦巻くプラズマの只中に向かって滑り込んで行った。

 

 

 

 ぶつかり合うサイオンとマザーの電気エネルギーとが作り出す磁場。平衡感覚さえ狂わせる
ほどの電磁波が荒れ狂う地下の空高くブルーが舞う。
(ジョミー! ぼくも今、行く)
 グランド・マザーと死闘を繰り広げるジョミーはブルーの参戦に気付いてはいない。ブルー
自身も機械のエネルギーに抗い、サイオンを高め続ける間にジョミーのことを気遣う余裕など
無くなっていった。マントル層に根差すグランド・マザーはタイプ・ブルーのサイオンをも
軽く凌駕する圧倒的な破壊力を持つ。


≪お前たちの力で勝てはしない。我は永遠。我の力は地球と共にある≫
 嘲笑うグランド・マザーが放つ力に高く投げ上げられ、振り回されて地面に叩き付けられる。
その衝撃をシールドでかわし、合間に青いサイオンを炸裂させては巨像と巨大な瞳とを少しずつ
切り裂き、出来た裂け目を押し広げてゆく。あと少し。…あと少しだけの力があればグランド・
マザーを倒すことが出来る…。


『全てのミュウよ。ぼくに力を! …地の底へ。地球へ向けて…!』
 ジョミーの思念が協力を求めて呼び掛けるのがブルーにも聞こえた。瞬時に意識をジョミーへと
飛ばし自分のサイオンを同調させれば、ミュウたちの思念をその身に集めた若きソルジャーが
一筋の青い光となってグランド・マザーの瞳を破魔の矢の如くに射抜き、撃ち抜く。瞳の奥に
聳え立つ白い巨像をも。
(ジョミー…!!)
 地下空間を揺るがす爆発が起こり、グランド・マザーは二人のソルジャーとミュウたちの
エネルギーの前に屈した。空からの光もプラズマも全て消え失せ、漆黒の闇が訪れる。その中に
灯る淡い光はジョミーとブルーが纏う青いサイオンと、激しい戦いの最中も消えることがなかった
ハーレイのシールドを示す碧と。


≪…この力。破滅の力。力は欲望により解放される。我…欲望を制御し…世界に秩序と…≫
 崩れ落ちた機械が発する音声は急速に乱れ、やがて沈黙していった。
 終わった。…ついに終わったのだ、長い戦いが。そして…。
(…ハーレイ…。ありがとう、ハーレイ…。君のお蔭で戦うことが出来た。…ソルジャーの務めを
果たすことが出来た…)
 先に地表に降りたジョミーがハーレイたちの元へ駆けてゆくのが見える。消耗してはいるの
だろうが、流石に健康で若い身体は疲れを知らない。
『ハーレイ…。ごめん、ぼくの身体では走れないよ。もう少し待っていてくれるかい…?』
『ブルー、御無事で…! どうぞ、ごゆっくりお戻り下さい』
 待っていますよ、と返すハーレイの隣ではジョミーがマツカの身体に手を翳していた。この地下
深くから地上に脱出するまでの間、仮死状態が解けないように力を注いでいるのだろう。


(良かった…。これで皆で揃って地上に帰れる。誰も欠けずに済んだんだ…)
 疲労で崩れそうになる足で瓦礫に覆われた地面を踏みしめながらハーレイたちの所へと歩いて
ゆく。シールドを解いたハーレイがブルーの微かな足音に気付き、振り返って微笑むと迎える
ために立ち上がった。
「おかえりなさい。ブルー…」
 ああ…。帰って来た。ぼくは生きて……また生き延びて、ハーレイの所へ帰ることが出来た…。
 涙が溢れそうになるのを堪えて懐かしい温もりに身を委ねようとしたブルーの意識を、
冷やかな殺意が不意に掠めた。


「危ない、ジョミー!」
 グランド・マザーの残骸から放たれた一本の剣。
 真っ直ぐに飛んだ剣が貫こうとした若きミュウの長を、ブルーは残された渾身の力で
突き飛ばす。脇腹に鈍い衝撃と熱く鋭い痛みとが走り、ハーレイの絶叫が地下空間の
暗闇に響き渡った。
「ブルー!!!」
(……ごめん。ごめん、ハーレイ……)
 夢を見ているような気がした。唇から血が溢れ、身体がゆっくりと……酷くゆっくりと
倒れてゆく。こんな筈ではなかったのに。…ハーレイを最後の最後で悲しませるつもりなど
なかったのに。
 本当に…ごめん。
 ハーレイ…。ぼくは君と一緒に帰りたかったよ……。ごめん…。

 

 

 

 ハーレイが一杯に伸ばした腕に抱き止められたブルーは自分の命が消えてゆくのを感じていた。
グランド・マザーとの戦いで力を使い果たした身体に時間はいくらも残されていない。右の
脇腹から流れる鮮血と共に残り僅かな命までもが砂粒のように零れ落ちてゆく。
(ハーレイ…)
 愛する者の名を呼ぼうとした口から溢れ出したものは血の色の泡。もうハーレイに声すら
届けられない。
『…ごめん…』
 薄れかける意識を懸命に繋ぎ止め、ブルーは最期の思念を紡いだ。
『……ごめん、ハーレイ……。でも……約束は守ったから…。君の…腕の届かない所で、死んで
いったりはしないから……』
「ブルー! 生きて下さい、ブルー!」


 ハーレイの歪んだ泣き顔がブルーの霞んだ瞳に映る。けれどブルーを生かし続けて来た
ハーレイの祈りは弱り切った身体を満たす代わりに傷口から虚しく流れ去るばかり。もう
この身体は限界なのだ、とブルーはハーレイを切ない思いで見詰めた。
 ハーレイの腕の中に戻れて良かった。…最期に見るものがハーレイの姿で本当に良かった。
出来ることなら泣き顔ではなく、微笑んでいて欲しかったけれど。でも、そんな我儘は
言えないから…。
(……ありがとう、ハーレイ……。ついてきてくれて……)
 最期の想いを届けようとして果たせず、一粒の涙を零して重い瞼が閉じてゆく。これで終わり。
呆気ない幕切れだったけれども、ハーレイと交わした約束だけは……。


『ブルー!!』
 ハーレイのそれとは違う強い思念がブルーを揺さぶり、消えかけた命の底で弾けた。
『ここで諦めてどうするんです! 生きるのでしょう、ブルー、あなたは!!』
(…ジョミー? 君…なのか? ……ぼくは…もう……)
『自分で生きるのは無理かもしれない。でも、ぼくがあなたを死なせません! この傷口さえ
閉じてしまえば、あなたの命は消えない筈だ!!』
 キィン、と剣が砕け散る音を聞いた気がした。ジョミーの一途な、直向きなサイオンが
流れ込んでくる。遠い日にアルテメシアの上空から落ちてゆく自分の身体に送り込まれたものと
同じ、熱い思いが…。


『ブルー、あなたが望んだ地球です。見届けて下さい、地球が、ミュウと人類が何処へゆくのか。
生きて未来を見届けるのでしょう、ソルジャー・ブルー!!』
(…ジョミー…)
 ブルーは意識しなかったのに、閉じていた瞼が自然に開いた。驚きに揺れる赤い瞳をジョミーの
深い緑の瞳が覗き込む。
「傷口だけを凍らせました。本当は仮死状態にするべきでしょうが、あなたはそれを望まないと
思いましたから。…脱出します。此処はもうすぐ崩れ落ちてしまう」


 ハーレイ、と若き指導者は傍らに控えていたキャプテンを呼んだ。
「ブルーを頼む。今までどおりに祈ればいい。それでブルーは生き延びられる。傷の手当ては
此処を脱出してからだ」
「分かりました。…ブルー、痛むかもしれませんが、上に着くまで暫く我慢していて下さい」
 逞しい腕がブルーの身体を抱き上げる。ブルーは思念で「うん」と頷き、ハーレイの腕の中から
地下の空間を見渡した。ジョミーが見届けろと言っていた未来。新しい地球の未来が、今、胎動を
始めている。


(…ぼくは未来を見られるのか…。ハーレイと一緒に、地球の未来を)
 もう無いものと思っていた命が再び満ちてゆくのが分かった。それはハーレイの心からの祈り。
ブルーの命をひたすらに守り、生かそうと願い続けるハーレイの祈り。
『…ごめん、ハーレイ…。ぼくがいては動きづらいだろうに』
「そうお思いなら、気をしっかりとお持ち下さい。気を失ってしまわれれば重くなります」
 私の事なら大丈夫ですよ、と返してくれる声が嬉しい。そして、今度こそ消えると思った命が
まだ未来へと繋がっていて、ハーレイと共にこの地の底から出てゆけることが…。

 

 

 

 グランド・マザーの制御を失った大地は鳴動していた。揺れる度に地下空洞の天井が崩れ、
落ちて来た岩が次から次へと行く手を塞ぐ。
 怪我人を伴って歩くことも覚束ない道をゆくのはハーレイ一人だけではなかった。背を血に
染めて意識を失くしたマツカを背負い、キースがジョミーのすぐ後を進む。キースの周囲に
張られたシールドの色は、マツカの碧とは異なるイエロー。それこそがキースがミュウである証。
 落下してくる岩をシールドで防ぎつつ歩むキースの後ろに続くのはハーレイ。防御に優れた
タイプ・グリーンだけに、キースの力では防ぎ切れないと判断した場合はサイオンの補助を
惜しまない。


 先頭をゆくジョミーは立ちはだかる岩を破壊し、あるいは抜け道を求めて岩壁を砕いては上へ、
上へと向かっていた。
「…キース。君の飲み込みが早くて助かった。シールドを張るのは初めてだろう?」
 通路を塞いでいた巨岩を少しずらして通り抜けられる隙間を確保したジョミーが振り返って
訊くと、キースが不敵な笑みを浮かべる。
「当然だ。ミュウの力を使える立場にはいなかったからな。…だが、私を誰だと思っている?
メンバーズの戦闘訓練を受けてきた身だ、使えない力など持ってはいない」
「なるほどね…。流石に大した自信だ。しかし、これは…」
 どうしたものか、と首を捻ったジョミーの視線の先には完全に崩落した通路があった。
グランド・マザーが据えられていた地下空洞と地上を繋ぐのは専用のエレベーターと非常用の
脱出通路のみ。エレベーターが使えない今は階段とスロープで構成された通路を行くしか
ないのだが…。


「この上が崩れ落ちている。通れる隙間も作れそうにない。…テレポートでなら抜けて
いけるが、今のぼくでは一人を連れて飛ぶのが限度だ。一人ずつ運ぶ間に大きな地震が
起こったりしたら…」
「なら、怪我人から先に運べばいいだろう」
 キースの意見にジョミーは首を左右に振った。
「それは出来ない。運んだ先で怪我人がどうやって身を守る? 次の一人を運ぶまでの
時間が危険すぎる。最初にハーレイを移動させれば向こうでのシールドは完璧だろうが、
今度はこっちが…」
「私だけでは心許ないということか…」
 そうだろうな、とキースが唇を噛む。キースのシールドは此処までは保ったが、ハーレイの
補助があってこそだ。キース一人の身を守るだけでも場合によっては危ういというのに、
ブルーとマツカまで守り抜くことは難しい。そして地震は間断なく襲い、今も小規模な
揺れが続いていた。


 ブルーはハーレイの腕に抱かれたまま、辛うじて使えるサイオンで周囲の空間を探ってみる。
崩壊した通路の先までは見えず、かなりの距離が崩れ落ちてしまっているらしい。更に
自分たちがいる辺りの天井にも亀裂が走っており、次の揺れで其処が崩れれば果たして
脱出できるかどうか…。
『…ジョミー…。ハーレイを連れて先に飛ぶんだ』
 体力の消耗を避けるため、ブルーは思念で呼び掛けた。
『ぼくの力でも少しの間ならシールドを張れる。…その間にキースとマツカを向こうへ』
「ブルー! それは……今のあなたにそんなことは…!」
『このままでは誰も助からない。…だから最善の道を行くんだ、ジョミー。…それにハーレイも』


 行って、とハーレイの心に直接語りかければ、出来ないと思念が返ってくる。
『…出来ません、ブルー…。もしもあなたに何かあったら…!』
『此処までぼくが生きているのが奇跡だろう? これ以上はもう望まない。ぼく一人のために
全員を巻き添えにしたくないんだ。…こんな地球へと皆を導いたぼくに、それ以上の罪を
重ねさせようというのかい?』
 行くんだ、と強く思念を送ってハーレイの腕に手を掛けた。ハーレイが自分を置いて
行けないのならば、その手から逃れてしまうまで。…自分さえいなければ、少なくとも
キースやマツカたちは…。


「…分かりました。ブルー、私が先に行きます。いいですか、力は最小限に留めるのですよ」
 苦渋の決断を下したハーレイはブルーを通路の端にそっと下ろすと、傷に響かないように
横たえた。キースを呼び、その脇に座らせる。
「キース。ブルーはこのお身体です。あなたとマツカの身は、出来るだけあなたの力で
守って下さい」
「言われなくても分かっている。早く行け、でないとまた崩れるぞ」
 キースのシールドがマツカとブルーをも包み込むのを確認したジョミーは、ハーレイを連れて
テレポートした。間もなく戻り、今度はマツカを。次はキースを。


(それでいい、ジョミー)
 ジョミーとキースが消えるのを認めた瞬間、突き上げるような揺れが襲った。すかさず張った
シールドの上に天井が崩れ落ちてくる。ジョミーが戻るまで持ち堪えねば、と思いはしたが、
予想を上回る重量の岩にブルーのシールドは軋み、サイオンも急速に失われてゆく。
 最後に残った者がキースだったらシールドを保つことが出来ただろうか、と浮かんだ考えを
ブルーは即座に打ち消した。
 シールドを使うのは初めてだと言っていたキースが無事でいられる保証は無い。それに人類は
国家主席たるキースの力を必要としているだろう。グランド・マザーを失った人類を導いて
行けるのはミュウの前ソルジャーなどではなくて、あくまで人類であったキースだ。


(…ぼくは間違っていなかったと思う。…でも……)
 ハーレイ。…君との約束を果たせなかった。
 ごめん。此処まで連れて来てくれたのに……一緒に帰ることが出来なくて……ごめん。
 ぼくの分まで地球の未来を生きて見届けてくれるかい?
(……ハーレイ……)
 巨大な岩の直撃を受けたシールドが微塵に砕け散ってゆく。
(…ハーレイ…。ごめん……)
 ぼくは先に行って待っているから。君は全てを見届けてから、遠い未来にぼくの所へ…。








 

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