シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
幽霊のぼく
(円山応挙…)
ふうん、とブルーが眺めた新聞記事。「幽霊の絵だ」と。
学校から帰って、おやつの時間に広げた新聞。其処に載っていた、遠い昔の日本で描かれた絵。まだ人間が地球しか知らなかった頃で、円山応挙は江戸時代の絵師。
今は失われた本物の絵。白い着物で悲しげな顔の女性の幽霊。長い黒髪も何処か寂しそう。この絵の大切なポイントは足で、女性には足が描かれていない。
(幽霊には足が無いもので…)
足の無い絵が多く描かれたけれども、この女性の絵が最初だという説がある。地球が滅びるより遥か昔の、円山応挙が生きた時代に近い頃から。
(こういうの、日本だけだったんだ…)
足が無かった日本の幽霊。本物の日本があった頃には、足の無い幽霊を見た人が多かった。白い着物で足はぼやけて見えないもの。「足が無かったから幽霊だ」という目撃談まで。
けれど、この絵が描かれる前には幽霊には足があったという。足が無くなったのは、円山応挙の絵が有名になってから。円山応挙が最初でなくても、足の無い幽霊の絵が広まったせい。
(絵の影響って、凄いよね…)
幽霊には足が無いものだ、と日本中の人々が思い込むほど。絵を見た人も、見て来た人から話を聞いた人までも。足の無い幽霊に出会った人も多いというから、本当に凄い影響力。
(でも…)
幽霊の足音を聞いた人もいたし、足のある幽霊は後の時代も健在。すっかり消えてしまわずに。
新聞記事には、そっちの方が本当なのだと書かれている。「幽霊にも足はあったのです」と。
要は人間の思い込み。想像力が生んだ産物、それが「足が無い」日本の幽霊。新聞にある絵は、如何にも「幽霊らしい」から。足が描かれていないだけのことで。
(これを見ちゃったら、怖かっただろうし…)
暗闇の中で幽霊のような人に会ったら、「足が無かった」と頭から思ってしまいそう。暗がりで見えなかっただけでも「無かったんだ」と思い込む「足」。目撃談を聞いた人も同じ思い込み。
そうやって消えた、昔の日本の幽霊の足。円山応挙か、他の誰かの絵のせいで。
他の国には、足音だけの幽霊だって多かったのに。足が無いなら、足音などはしないのに。
面白いね、と眺めた白い着物の幽霊の絵。「このせいで、幽霊の足が消えちゃったなんて」と。
絵を描いた画家も、きっとビックリだったろう。「幽霊らしく」と狙った効果が、幽霊から足を消したのだから。…本当は足がある筈なのに。
(幽霊の正体…)
新聞には絵の話しか書かれていないけれども、「思念体だ」というのが今の定説。人間の身体を離れて動ける、魂のようなものが思念体。優れたミュウなら、それで身体を抜け出せる。ベッドの上に横たわったままで、遠い場所まで行くだとか。椅子に座ったままで隣の部屋に行くだとか。
もっとも、今の時代は人間は一人残らずミュウ。
思念体はごく普通のものだし、「サイオンは使わないのがマナー」の時代でなければ、至る所で出会うだろう「思念体の人」。向こうが透けて見える身体の、昔の人の目には幽霊のような。
けれども、思念体が普通になってしまった今の時代は…。
(幽霊、何処にも出ないんだけど…)
昔の人たちがとても恐れた、生きている人に害を及ぼす幽霊。恨んでいる相手を取り殺したり、狂気の淵へと追いやったり。
そういう怖いものも出ないし、ただ暗がりに立っているだけの幽霊も出ない。ずっと昔は、同じ所に立ち続けている幽霊の話も多かったのに。
幽霊が出なくなった理由は、平和になって恨みなど何も無くなったからだ、と考えられている。特定の相手はもちろんのことで、様々な場所にも、恨みの心を残す必要が無い時代。
(宇宙船とかの事故があったって…)
やはり出ないと言われる幽霊。遠い昔なら、事故の現場には幽霊が出たものなのに。
人を乗せた船が海で沈没したなら、其処に出たのが船幽霊。通り掛かった船に乗っている人を、捕まえて仲間にしようとした。海の水を汲んでは船に注いで、船ごと沈んでしまうようにと。
なのに、今ではまるで聞かない幽霊の話。誰も見ないし、出会いもしない。
(死んじゃった人は、次の人生に行っちゃうんだよ、きっと)
生まれ変わりの自分だからこそ、そう言える。時を飛び越えて来たソルジャー・ブルー。それが自分で、前の自分だった頃の記憶も取り戻した。
前の自分は辛い時代を生きたけれども、今では違う。青い地球まで蘇った世界。
平和な時代の続きは平和に決まっているから、事故の現場に残るより…。
(天国に行って、また新しく生まれる順番…)
それを待つ方がずっといい。死んだら、真っ直ぐに向かう天国。「死んでしまった」とクヨクヨするより、いつまでも其処に残っているより。
この世界に残ってしまった分だけ、次の人生が遅れるから。残っていたって、新しい命と身体は貰えない。神様がそれをくれはしないし、新しく生まれることは出来ない。
新しい命を貰いさえすれば、また人生を生きられるのに。記憶は失くしてしまうけれども、次の人生が待っている。温かな家族に大勢の友達、美味しい食事も、旅に出掛けることだって。
その道を行かずに幽霊になって残っていたなら、楽しみ損ねてしまうだけ。他の人たちは、もう新しく生きているのに。広い宇宙の何処かの星で。
そのことに誰もが気付いているから、もう幽霊は出ないのだろう。「次の人生を楽しもう」と、天国に行ってしまうから。幽霊になるより、ずっといいから。
(ぼくとハーレイは、うんと長いこと待ったんだけど…)
死んでから直ぐには生まれ変われないで、気が遠くなるほどの時が流れた。こうしてもう一度、新しい命と身体を貰えるまでに。
死の星だった地球が青く蘇るほどに、流れてしまった長い長い時。すっかり変わっていた世界。
そうなった理由は、前とそっくり同じ姿に育つ身体を欲しがったせいだ、と思っている。
(違う姿で出会ったとしても、ハーレイを好きになるけれど…)
ハーレイもそう言ったけれども、どうせなら同じ姿がいい。前と少しも変わらない身体。遺伝子データを調べてみたなら別のものでも、見た目は同じに見える姿が。
おまけに二人一緒でないと、と強く願ったから、その分、余計にかかった時間。生まれ変わってこられるまでに。
(ぼくだけとか、ハーレイだけだったなら…)
どちらか片方だけだったならば、同じ身体も少しは見付けやすかっただろう。…神様だって。
けれど揃えるのは難しかったから、ハーレイと自分は今まで待った。新しい命と身体を貰って、次の人生を生き始めるまでに。
(それに、地球…)
前の自分が地球にこだわったことも、遅れた理由の一つだと思う。焦がれ続けた青い地球。その地球の上に生まれたい、という願いを叶えて、同じ身体も用意するのは大変だから。
長くかかった待ち時間。今の時代は幽霊さえも出ないくらいに、誰もが次の人生に向かって出発しているらしいのに。「新しい命と身体を貰おう」と、天国へ真っ直ぐに飛んで行って。
(だけど、幸せ…)
待っただけの甲斐はあったものね、と戻った二階の自分の部屋。新聞を閉じて、キッチンの母に空になったカップやお皿を返して。
勉強机に頬杖をついて、さっきの続きを考える。ハーレイと二人で青い地球に来られて、幸せな今。前の自分が夢見た以上に、素敵な未来の地球に来られた。青くて幸せ一杯の星に。
でも…。
(前のぼく、悲しかったのに…)
独りぼっちで迎えた最期。右手に持っていたハーレイの温もりを失くしてしまって、泣きながら死んだソルジャー・ブルー。
「もうハーレイには二度と会えない」と、「絆が切れてしまったから」と。
冷たく凍えてしまった右手。泣きじゃくりながら死んだというのに、幽霊になりはしなかった。そういう話は伝わっていない。ソルジャー・ブルーの幽霊を見たという話。
メギドの残骸にソルジャー・ブルーが出たとも聞かない。手つかずで放っておかれた残骸、その跡を片付けにトォニィたちが向かった時には。白いシャングリラで、多分、花束も持って。
トォニィたちは悲しい歴史が残る跡地で、前の自分のために祈りを捧げてくれた。それから皆で残骸をきちんと片付け、次はナスカへ慰霊の旅に。
(その時はもう、ハーレイだって…)
地球の地の底で死んでしまった後。ジョミーや長老たちと一緒に、燃え上がる星で。
ハーレイはとうに死んでいたから、きっと二人で何処かへ行った後だったろう。天国だったか、それとも二人きりで暮らせる幸せな何処か。…そういう所へ、手を繋ぎ合って二人一緒に。
そうして行ってしまった後なら、ソルジャー・ブルーの幽霊が出るわけがない。トォニィたちがメギドに行っても、その魂はもういないのだから。
けれど、それまでの間の自分。
ハーレイと二人で旅立つまでの前の自分は、どうだったろう?
メギドの残骸は放置されたまま、宇宙空間に浮かんでいた。人類には片付ける余裕など無くて、航行する船に注意をしていただけ。「残骸に気を付けるように」と。其処に自分はいたろうか?
散らばっていたメギドの残骸。衝突したら大変だから、人類の船は注意しながら航行していた。大きな残骸にぶつかったならば、大事故に繋がりかねないから。
恐らくは残骸との衝突を避けて、距離を取っただろう人類の船。軍の船も、民間船だって。
直ぐ側を通る船も無いような場所で、幽霊になってメギドの跡地にいたなら、なんとも悲しい。誰も恨んではいなかったけれど、泣きじゃくりながら死んだのだったら残りそうな思い。
「もう一度ハーレイに会いたかった」と、「独りぼっちになってしまった」と。
恨みではなくて、残した思い。それも人間を幽霊にする。とても寂しい、独りぼっちの幽霊に。
前の自分もそうなったろうか、ハーレイに想いを残していたから、あのメギドで…?
(そんな所で、幽霊になって待っていたって…)
ハーレイは来やしないんだから、と思った所で気が付いた。
前の自分が会いたかったハーレイは、シャングリラで地球に向かったけれど。メギドの跡地には来るわけがなくて、待っているだけ無駄なのだけれど…。
今の時代は出なくなった幽霊、誰も幽霊に出会いはしない。それでも昔の話は沢山、幽霊が出た時代の目撃談が幾つも伝わる。子供たちにも人気の怪談、今の自分も聞いたり、読んだり。
(タクシーに乗ってく幽霊の話…)
人間が地球しか知らなかった時代は、かなり有名だったという。辛うじて月まで行った程度の、遠い昔の地球での話。
自分の家までタクシーに乗ってゆく幽霊とか、何処かまで乗る幽霊だとか。道でタクシーを拾うものだから、運転手はまるで気が付かない。新聞に載っていた絵とは違って、足もあるから。
知らずに乗せてしまう幽霊、目的地に着いて「着きましたよ」と振り返ったら、消えている客。
つまり幽霊は、タクシーに乗って移動していた。自分の行きたい場所に向かって。
(前のぼくだって、メギドの所で待ってたら…)
宇宙に幾つも散らばる残骸。それに座って待っていたなら、人類の船が通っただろう。回避する航路を取っていたって、船体の灯で気付く筈。「あそこを船が通っている」と。
船が通るなら、タクシーのようには使えなくても、何隻もの船を乗り継いで行けば…。
(シャングリラにだって…)
いつかは辿り着けたのだろう。あの懐かしい白い鯨に。
ミュウの版図が拡大する中、次から次へと乗り継いだなら。乗組員やら乗客の話を頼りに情報を集めて、白い鯨を追って行ったら。
「今はあそこだ」と見当をつけて。其処へと向かう船を見付けて、乗り換えて追い続けたなら。
そうすればきっと着けたんだ、と閃いた白いシャングリラに帰ってゆける方法。幽霊だったら、人類の船をタクシー代わりに、乗せて貰って行けばいい。運賃なんかは払わずに。
遠い昔の幽霊だって、乗車賃は払わなかったから。心優しい運転手たちは、家に帰ろうと乗った幽霊たちの気持ちを思って、それを肩代わりしたという。お客を乗せたら、会社に分かる仕組みになっていたから、誰かが支払うべき運賃。「幽霊を乗せた」と言いはしないで、自分がそっと。
(タクシーの運転手さんに払わせちゃったら、とっても申し訳ないけれど…)
人類の船に無賃乗車をするのだったら、心は少しも痛まない。どうせ誰一人、気付きさえしない幽霊になったミュウの乗客。食事もしないし、船の設備も使わない客。
無賃乗車なら、簡単に出来た。「あれに乗ろう」と決めた船へと飛んでゆくだけで。
(前のぼく、それに気が付かなかった…?)
タクシーとは違って宇宙船だから、正確に言うなら無賃乗船。そうすればいいということに。
人類の船に乗ればいいのに、気付きもしないで、ボーッとメギドの残骸に座っていたろうか…?
シャングリラは何処へ行ったのかと。…今頃は何処を飛んでいるかと、独りぼっちで。
(前のぼく、タクシーなんて知らなかったから…)
もちろん言葉は知っていたけれど、アルテメシアでタクシーも目にしていたのだけれど。本でも何度も読んでいたから、知識だけは持っていたのがタクシー。けれど無かった、乗った経験。
路線バスにさえ、乗った記憶がまるで無かったソルジャー・ブルー。子供時代にはきっと乗っただろうに、成人検査と人体実験の末に忘れてしまった、公共の交通機関というもの。
そのせいでタクシーを思い付きさえしないで、ただシャングリラを待っただろうか。ハーレイが舵を握っている船、懐かしい白い鯨が通りはしないかと。
地球へと向かう旅の途中で、運よく此処を通り掛かってくれればいいのに、と独りぼっちで。
(前のぼくの馬鹿…)
幽霊になった記憶は全く無いのだけれども、そうだったなら。
思いを残して幽霊になって、タクシー代わりの船に乗らずに、メギドの跡地でぼんやりと一人、白い鯨が通るのを待っていたなら、大馬鹿者でウッカリ者。
(人類の船に乗って行ったら、幾つも乗り継いで、シャングリラに着いて…)
再会できただろうハーレイ。思念体が幽霊の正体だったら、再会した後は側にいられた。
前の自分を失くして一人で悲しみ続けた、ハーレイの心を慰めることも出来たのに。
戻る方法はあったんだ、と今頃になって気付いた自分。幽霊になってメギドにいたなら、人類の船を探せばよかった。独りぼっちで座っていないで、タクシー代わりに乗ってゆける船を。
(大失敗…)
前のぼくってホントに馬鹿だ、と頭を抱えていたら、聞こえたチャイム。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合うなり謝った。迂闊だった前の自分のことを。
「ごめんね、ハーレイ。気が付かなくて…」
ホントにごめん。ぼくの失敗…。ウッカリしていて、うんと大馬鹿…。
「はあ? 失敗って…。お前は何をやらかしたんだ?」
今日の授業じゃ何も無かったと思うんだが…。俺が教室を出て行った後で何かあったのか?
お前が俺の株を下げていたのか、俺が授業中にやったミスでも暴露して…?
それも勝手な勘違いで、とハーレイに覗き込まれた瞳。「俺はミスしていないしな?」と。
「違うよ、そういうのじゃなくて…。ハーレイは関係ないんだってば」
ぼくが一人で失敗していて、失敗したのは今のぼくじゃなくて…。
前のぼくだよ、幽霊になっていたんだったら、大失敗…。前のぼくが幽霊だったらね。
「幽霊だって? …どういう意味だ?」
前のお前の幽霊の話は知らないが…。シャングリラの中にはいなかったからな、お前の幽霊。
いたなら評判だっただろうし、俺だって会いに出掛けてる。…幽霊になったお前でも。
それなのに何処で幽霊になると言うんだ、シャングリラの中じゃないんなら…?
「メギドだよ。幽霊は思いを残した場所に出るって言うじゃない」
今は幽霊が出ない時代だけど、ずっと昔の幽霊は、そう。自分が死んだ場所に出るとか、とても行きたかった場所に行くだとか…。
幽霊の話で有名なのがあるでしょ、タクシーに乗って行く幽霊。自分の家まで乗ったりするの。
前のぼくが幽霊になったかどうかは分かんないけど…。
もしも幽霊になっていたなら、メギドでぼんやりしてたかも…。残骸にポツンと座ってね。
前のぼくは今のぼくと違って、タクシーに乗るのを知らなかったから…。
「なんだって?」
どうして其処でタクシーになるんだ、宇宙にタクシーは飛んでいないと思うんだが…?
それに前のお前とタクシーの話も、俺にはサッパリ謎なんだがな…?
何処からタクシーが出て来るんだか、とハーレイは怪訝そうな顔。それはそうだろう、メギドで死んだソルジャー・ブルーとタクシーが繋がるわけがない。
今の自分が考えてみても、「前のぼくはタクシー、知らなかったよ」と思うくらいに無縁だった乗り物。ただの一度も乗っていなくて、乗る機会さえも無かったタクシー。
「えっとね…。前のぼくがメギドで幽霊になっていたのかも、っていうのは分かるでしょ?」
前のぼくの幽霊は誰も見ていないけれど、それは消えちゃった後だったせいなのかも…。
トォニィたちがメギドの残骸を片付けに行った時には、もうハーレイも死んじゃっていたし…。
前のぼくはハーレイと一緒に天国か何処かに行ってしまって、いなくなった後。
それまではメギドにいたのかも…。独りぼっちで残骸に座って、真っ暗な宇宙を眺めながら。
人類の船が通っていたって、残骸を避けて飛ぶわけだから…。誰も見ないよ、前のぼくの幽霊。いつもポツンと座っていたって、その直ぐ側を通らないなら、船の窓からは見えないよね?
それだと見落としてしまうだろうし、前のぼくの幽霊、ホントはあそこにいたのかも…。
前のハーレイが迎えに来てくれるまでは、メギドにいたかもしれないんだよ。
誰も知らなかったソルジャー・ブルーの幽霊が…、と幽霊のことから説明した。其処から話していかないことには、タクシーの話も出来ないから。
「メギドにお前の幽霊か…。前のお前の幽霊なあ…」
それはあるかもしれないな。寂しい話になってしまうが、まるで無かったとは言い切れん。
前のお前は泣きじゃくりながら死んだわけだし、幽霊になれる資格は充分あった。
誰にも恨みは持っていなくても、この世に思いが残っていたなら、幽霊になるそうだから…。
なっていて欲しくはないんだがな、とハーレイがフウと零した溜息。鳶色の瞳も悲しげだから、きっと前の自分を想ってくれているのだろう。
恋人のことが心残りで幽霊になってしまうなんて、と。そうなったならば、ハーレイにはとても悲しい結末。ソルジャー・ブルーが天国に行かずに、ハーレイのことを想い続けていたのなら。
それに気付いたから、「間違えちゃ駄目」とハーレイを軽く睨んだ。
「ハーレイのせいじゃないってば。前のぼくが幽霊になっちゃっていても」
前のぼくが自分で選んだ道だよ、そうするつもりは無かったとしても。
ハーレイのことを忘れられなくて、それで幽霊になっちゃったんなら、前のぼくは平気。
メギドで独りぼっちにしたって、ずっとハーレイのことを好きなままでいられたんだから…。
真っ直ぐに天国へ行ってしまうよりも幸せだよ、と心配性な恋人に微笑み掛けた。地球への道を進み続けるハーレイを天国から見守り、手を貸せたならばいいけれど…。
(きっと手なんか貸せないんだろうし、ただ天国から見てるってだけで…)
悲しみさえも無いと聞く天国。そんな所で安穏と暮らして、ハーレイが独りぼっちで歩み続ける姿を「見ているだけ」の日々なんて酷い。それよりは同じ独りぼっちで想い続ける方がいい。
メギドでポツンと一人きりでも、白い鯨は見えなくても。
「ホントだよ? ぼく一人だけで天国に行くより、ハーレイと同じ世界にいたいよ」
幽霊になったぼくの姿に、誰も気付いてくれなくても。
人類の船は残骸を避けて飛んでゆくから、幽霊のぼくを怖がってくれる人もいないままでも。
それでね…。
もしも、前のぼくがシャングリラに行けていたとしたなら、ハーレイ、どうした?
幽霊のぼくが船に戻ったら…、と投げた質問。それがタクシーに繋がるから。
「戻るって…。お前、どうやって戻るつもりだったんだ?」
前のお前は幽霊になってメギドの跡地にいるんだろうが、と丸くなった瞳。そんな所から戻れはしないし、「現に、お前は来なかった」とも。
「そうなんだけど…。それをハーレイに謝ったんだよ、さっきのぼくは」
気が付かなくて失敗したって言ったでしょ。ウッカリしていた大馬鹿者だ、って。
メギドで幽霊になっていたなら、シャングリラに行ける方法だってあったんだよ。幽霊だしね。
幽霊だけが使える方法が…、と小首を傾げてみせた。「ハーレイ、知らない?」と。
「…幽霊って…。魂は一日で千里を駆けるって言うが、そのことか…?」
凄い速さで飛んで行けると昔から言われているんだが…。前のお前は瞬間移動で飛べたしな。
生きてる時から速かったんだし、幽霊はもっと速いってことか?
自分の力に全く気付いていなかったのか、とハーレイは見当違いなことを言い出した。幽霊なら速く飛べたというのに、シャングリラを追い掛けて来なかったのか、と。
「ううん、前のぼくが持ってた力じゃなくて…。もっと普通の幽霊にだって出来ることだよ」
今の時代は幽霊はいないらしいけど…。見たっていう話も聞かないけれど…。
ずっと昔の話は今でも残っているでしょ。その中に沢山あるんだってば、幽霊が移動する方法。
ハーレイもきっと知ってる筈だよ、タクシーに乗って行く話。
自分の家までタクシーに乗って帰る幽霊とか、何処かまで乗って行く幽霊、と例を挙げてみた。今の自分も幾つも聞いたり、本で読んだりした話を。
「運転手さんは幽霊だって知らずに乗せて、目的地までちゃんと走って行って…」
着きましたよ、って後ろを向いたら消えちゃってた、っていう話。
幾つもあるから、ハーレイも知っていそうだけれど…。タクシーに乗った幽霊のこと。
お金は払ってくれないみたいだけどね、と真面目な顔で言ったら、「あれか…」と頷いてくれた恋人。「昔、よくあったらしいよな」と。
「俺も色々と話は知ってる。運転手さんが乗車賃を払っておいたってことも」
幽霊は払ってくれないからなあ、仕方ないよな。
だが、運転手さんたちも優しかったという話だから…。家に帰りたかったんだろう、と誰一人、怒りやしなかった、とも伝わってるし。うんと長い距離を乗せてしまった人だって。
しかしだ、そいつを前のお前がどう使うんだ…?
宇宙にタクシーは飛んでいないぞ、とハーレイはまだ分かってくれない。ソルジャー・ブルーが幽霊だったら、どうやってシャングリラに戻るのかを。
「タクシーだってば、前のぼくもそれで帰るんだよ。…タクシーに乗って」
確かに本物は飛んでないけど、船は幾つも飛んでいたから…。人類軍の船も、民間船も。
メギドの残骸を避けていたって、船の光は見える筈だよ。幽霊のぼくの所から。
それが見えたら船まで飛んで行ってね、後はタクシーみたいに乗せて貰えばいいと思わない?
何処へ行く船でもかまわないから、乗っていれば何処かの星に着くんだろうし…。
運が良ければ、最初の船でも噂を耳にするかもね。…モビー・ディックとか宇宙鯨の。
「おい…。人類の船でシャングリラを追い掛けようっていうのか?」
目撃情報とかを頼りに、船を幾つも乗り継いだりして。…タクシー代わりに無賃乗車で…?
そうやって俺たちを追って来るのか、とハーレイが驚いた顔で瞬きするから「うん」と答えた。
「お金なんかは払わなくても誰も困らないでしょ、本物のタクシーじゃないんだから」
それに幽霊だし、御飯を食べたりしないもの。船の物資は減ったりしないよ。
何隻も船を乗り継いでいったら、きっとシャングリラに追い付けたんだと思うんだけど…。
何処かの星で同じ宙港に着陸するとか、宇宙ですれ違うことになるとか。
噂を頼りに追い掛けて行けば捕まえられるよ、と自信たっぷりに宣言した。
タクシーの代わりに、人類が乗った宇宙船で追うシャングリラ。いつかは必ず追い付いた筈で、船に戻れていたと思う、と。
「今のぼくなら無理だろうけど、前のぼくだよ? きっと出来たよ」
その方法さえ思い付いていたら、メギドなんか直ぐに離れたってば。人類の船の光が見えたら、もう大急ぎで乗り込んで。…行き先なんかは気にもしないで。
そうやって旅を始めたとしても、前のぼくなら辿り着けたと思うんだけど…。
きっとシャングリラに帰れた筈なのに、前のぼく、ウッカリしちゃってて…。ホントに失敗。
幽霊だったらタクシーに乗って行けばいいのに、タクシー、知らなかったから…。
乗ったことなんか一度も無いから、思い付かずにメギドで座ったままだったみたい…。
ホントにごめん、と謝った。
ハーレイの所に戻る方法があったというのに、そうしなかったソルジャー・ブルー。ぼんやりと座っていただけだったらしい、前の自分の幽霊のことを。
「そういうことか…。前のお前がタクシーってヤツを知っていたなら、戻れたんだな?」
ただし、お前が幽霊になっているっていうのが大前提だが…。
天国に行ってしまっていたなら、その方法は使えないんだが…。
そうなっちまうと、俺も悩むな。お前が戻って来てくれるんなら、幽霊でもかまわないんだし。
幽霊のお前は辛いんだが…、と考え込んでしまったハーレイ。
天国に行けずに幽霊になったソルジャー・ブルーは辛いけれども、シャングリラに戻れるのなら話は別らしい。たとえ幽霊の姿でも。…メギドからタクシーに乗って戻って来た恋人でも。
「…ハーレイ、もしも幽霊のぼくが船に戻ったら、どうしてた…?」
シャングリラを頑張って追い掛け続けて、何処かの星で追い付いた、ぼく。
一番最初はハーレイの所へ会いに行くから、ハーレイ、ビックリするだろうけど…。
仕事が終わって部屋に帰ったら、幽霊のぼくがいるんだから。…「ハーレイ、ただいま」って。
そういう幽霊に出会ったら…、と尋ねてみた。「ハーレイは、それからどうするの?」と。
「決まってるだろう、お前を思いっ切り抱き締めるんだ。…透けちまっていても」
触れようとしても触れられなくても、お前はお前なんだから…。誰よりも大事な俺の恋人。
ついでに、誰にも言わんだろうな。ソルジャー・ブルーが戻ったことは。
俺の部屋に大切に隠しておくんだ、とハーレイは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「お前は俺の所に戻って来てくれたんだし、俺のものだ」と。
「隠しておきたくもなるだろうが。…誰も気付いていないんだから。船のヤツらは」
お前がブリッジに戻ったんなら、隠しておくのはとても無理だが…。他のヤツらも気付くから。
しかし真っ先に俺の部屋に来たなら、まだ誰一人として気付いちゃいない。
そんな幸運、俺が見逃すと思うのか…?
せっかく恋人が戻って来たのに、他のヤツらに知れちまったら、恋は秘密のままなんだぞ?
それだと、お前が生きていた頃と何も変わらん。お前が幽霊になっていたって。
そういう思いをするのは辛いし、部屋にこっそり隠しておくのが良さそうだがな…?
誰もお前がいることに気付かないように…、と一人占めをする気でいるハーレイ。幽霊になった前の自分が船に戻ったら、キャプテンの部屋に隠しておいて。まるで宝物か何かのように。
「いいね、それ。…シャングリラのみんなには内緒だなんて」
ハーレイ、ちゃんと恋人同士なんだね、幽霊のぼくと。
ソルジャー・ブルーだったぼくじゃなくって、ただのブルーで恋人だったぼくと…。
内緒にしておいてくれるんだ、と胸がじんわり温かくなった。船に戻ろうとは思ったけれども、その先のことは考えてさえもいなかったから。
ただ「戻ろう」というだけで。戻り損ねた前の自分の、迂闊さを嘆いていただけで。
考えてみれば、船に戻っても皆に知れたら、「ソルジャー・ブルー」でしかいられない。幽霊の姿になっていたって、前と同じに皆を導くしかないのだろう。
…そのために戻ったと思われて。ハーレイの所に戻ったのだとは言えもしなくて、恋は変わらず秘密のまま。命を失くした後になっても、ハーレイの側だけにいられはしない。
そんな自分を、ハーレイは「隠す」と言い切ってくれた。船の仲間に見付からないよう、自分の部屋にこっそりと。…幽霊になった恋人だけれど、恋を大切に守り抜くために。
「内緒にするのが一番いいし、戻って来てくれたお前のためだ」
ソルジャーの役目を続けるために戻ったのなら、俺はお前を止めやしないが…。
俺の所に来たってことは、お前にその気は無いんだからな。
戻って来たのは俺の恋人で、ソルジャー・ブルーじゃないってことだ。俺の所に戻って来たくてタクシーに乗って、やっとシャングリラに着いたんだろう…?
お前の気持ちを大切にしてやらないと…、と優しい瞳で見詰められた。幽霊になってまで戻って来たなら、もうソルジャーにはさせないから、と。
「死んじまった後までソルジャーだなんて、それじゃお前も辛いだろう?」
俺の側でゆっくり休めばいいんだ、生きてた間に頑張り続けた分までな。…死んじまうほどに。
もっとも、お前に触れようとしても無理なんだろうし、キスさえ贈れはしないんだろうが…。
そうだとしても、お前が何処にもいないよりかは、ずっといいしな?
いつもお前と一緒にいられる、とハーレイが描いてくれる夢。前の自分が死んでしまった後に、幽霊になって白いシャングリラに戻っていたら、という幸せな夢。
思念体でも姿を消すことは可能なのだし、部屋を出る時はそうしていればいいという。いつでもハーレイの側を離れず、ブリッジに行く時も、会議も一緒。
誰も気付きはしないから。…ハーレイの側には、幽霊の恋人がついていることに。
「なんだか素敵…。いつもハーレイと一緒なんだね」
生きてた頃よりずっと素敵だよ、ブリッジでも食堂でもハーレイと一緒。
前のぼくには、そんなこと出来なかったのに…。ハーレイの側にくっついて過ごすことなんて、もう絶対に無理だったのに…。
ハーレイはキャプテンで忙しかったし、ソルジャーのぼくでも一日中、側にいるのは無理。
でも、幽霊なら、ホントにいつでも一緒なんだね…。
誰も気付きやしないんだもの、と幸せな気持ち。たとえ身体も命も失くしていたって、どんなに心が満たされていたことだろう。ハーレイの側を離れることなく、いつも一緒にいられたら。
「お前がいるのがバレちゃマズイし、外では声は掛けられないがな」
それに思念も無理かもしれん。…鋭いヤツが船にいたなら、見抜かれることもありそうだから。
視線しか向けてやれなかったかもしれないが…、と言われたけれど。
「充分だってば、視線だけでも。ハーレイの目がぼくを見てくれればね」
壁を眺めるふりをしてても、ぼくにはちゃんと分かるもの。「見てくれた」って。
気付いたら、ぼくもハーレイを見詰め返すから。…ハーレイの手を握ったりもして。
思念体だから触れない手だけど、ぼくの気持ちは伝わるだろうし…。
何も言わずに立っていたって、ハーレイならきっと分かるでしょ?
ぼくにもハーレイの気持ちが分かるよ、言葉も思念も貰わなくても。
キャプテンの部屋から外に出たなら、寄り添うことしか出来ない幽霊。言葉も思念も皆の前では交わせないから、本当にただ側にいるだけ。思念体さえも、ハーレイにしか捉えられない淡い姿にしてしまって。…もう文字通りに幽霊の自分。
それでも心は通じただろう。いつも一緒にいられただろう。
二人きりの部屋に戻った時には、触れ合えなくても恋人同士の優しい時間。地球を目指して続く戦いの日々が激しくなっていっても、ハーレイの心を癒せた筈。
激務に追われる恋人の側にそっと寄り添い、ソルジャー・ブルーとして生きた頃よりも、ずっと役立てたことだろう。「ただの恋人」なのだから。ハーレイに安らぎを与えるだけの。
「…前のぼく、そうすれば良かったのにね…」
タクシーに乗って帰るってことを思い付いて。…シャングリラを宇宙船で追い掛けて行って。
ハーレイの所に帰っていたなら、ハーレイの役に立てたのに…。
独りぼっちにしてしまう代わりに、いつだって側にいられたのに…。
気付かなくってホントにごめん、と頭を下げた。幽霊になっていたなら、本当に大失敗だから。
「そんなに何度も謝らなくても、俺は気にしちゃいないんだが…。むしろお前が心配だ」
幽霊になって側にいたなら安心だったが、メギドで一人じゃ可哀想だから。
俺の所に来るべきだったな、お前。…タクシーに乗ったことは無くても、宇宙船を幾つも眺める間に思い付いて。「あれに乗ろう」と、タクシー代わりにして。
いや、しかし…。いなかったのが正解かもしれん。俺の側には。
お前がメギドで一人寂しく座っていたにしたってな…、とハーレイが言うものだから。
「いない方がいいって…。どうして?」
独りぼっちでメギドにいるより、ハーレイの側がいいに決まっているじゃない。
なのにどうして、と問い掛けた。「どうして、いなかった方がいいなんて言うの?」と。
「…俺は地球まで行ったんだぞ。そいつをよくよく考えてみろ」
辿り着いた地球は死の星だったわけで、お前が最後まで憧れた星があの有様だ。
お前、見るなり泣いちまうだろうが。夢がすっかり砕けてしまって、消えてしまって。
だから知らない方がいいんだ、とハーレイは気遣ってくれるけれども、死の星の地球。青くない地球を前の自分が目にしていたなら、どうなったろうか。
幽霊になってハーレイと一緒に辿り着いたら、其処に死の星があっただなんて。
前の自分が夢見た地球。焦がれ続けた青い水の星。それの代わりに死の星を見たら、涙が零れたことだろう。ハーレイたちが驚き、悲しんだように。
幽霊の瞳でも涙は零れて、何粒も頬を伝っただろう。けれど…。
「…そうだね、泣いてしまうと思う…。ハーレイたちと同じで、きっと本当に悲しくて…」
でも、ハーレイが一緒だよ?
ぼくが死の星を見て泣いている時も、隣にはハーレイがいてくれるから…。
夢だった星は何処にも無くても、ハーレイと二人で地球を見たなら、ぼくは満足だと思う。青くなくても、生き物は何も棲めない星でも。
それに一緒に地球に降りられるよ、もうそれだけで充分じゃない。残念に思うことはあっても、地球に着いたらミュウの未来が手に入るから。
ぼくは平気だよ、そんな地球でも。SD体制を終わらせるために行くんだから。
どんな星でも満足だから、と口にした後で気が付いた。前のハーレイは地球に降りた後、地の底深くで命尽きたのだったと。燃え上がり、崩れゆく地球から脱出できずに。
ならば、ハーレイと地球に降りたら…、と途切れた言葉。自分たちの恋がバレたろうか、と。
「バレるって…。そういや、ゼルたちが一緒だったな」
あそこで俺が死んじまったら、俺たちの恋がバレるってか…?
「そうならないかな…。みんなが死んだら、ぼくと同じで幽霊みたいになるわけだから…」
ぼくの姿も見えてしまうよ、それまではハーレイにしか見えない姿でくっついていても。
見えた途端に、どうしてぼくが一緒にいるんだろう、ってことになるから…。
それとも嘘をつけばいいのかな、「迎えに来たよ」って。
ぼくは先に死んでいるんだものね、と考え付いた言い訳。それなら少しも変ではないし、と。
「嘘としては上出来なんだがな…。誰も疑いやしないだろう。しかし、その後が問題だ」
ゼルたちも一緒に行くことになるぞ、天国まで。…お前、迎えに来たんだからな?
俺と二人で恋人同士で行くんじゃなくって、賑やかな旅になりそうだが…?
それでいいのか、と尋ねられたから「困るってば!」と悲鳴を上げた。
「困るよ、そんなの…。ずっとハーレイと一緒にいたのに、なんで最後にそうなっちゃうの?」
「迎えに来たんじゃそうなっちまうし、咄嗟の嘘が命取りってな」
とっくに命は失くしていたって、命取りってことでいいだろう。みんな揃って天国行きだと。
恋人同士で旅立ちたいなら、お前はメギドにいた方が…、と言われればそういう気もしてきた。
ハーレイも自分も独りぼっちで寂しいけれども、そっちだったらハーレイの命が尽きて出会えた途端に、恋の続きが始まるから。
魂は千里を駆けると聞いたし、ハーレイが駆けて来てくれるのだろう。幽霊になって、メギドの残骸にポツンと座っていたら。
タクシーに乗ることさえも思い付かずに、ぼんやりと一人で暗い宇宙にいたならば。
「…前のぼく、やっぱりメギドにいたのかな…?」
ソルジャー・ブルーの幽霊の話は聞かないけれども、見た人が誰もいなかっただけで…?
「さてなあ…?」
そいつは俺にも謎なわけだが、前の俺はお前を何処かで見付け出したんだろう。
お前が俺を迎えに来たなら、ゼルたちと一緒に旅立つコースになっちまうからな、賑やかに。
二人で旅に出ようと言うなら、俺がお前を探さないと。
でないと賑やかに天国行きだぞ、とハーレイが指摘する通り。そういう具合に旅立ったのなら、此処にはいないことだろう。シャングリラの仲間とずっと一緒で、二人きりにはなれないまま。
「そっか…。それじゃ、やっぱりメギドなのかな?」
前のぼくはメギドで独りぼっちで、残骸に座ってハーレイを待っていたのかな…?
「そうかもしれんし、違うかもしれん。…こればっかりは、今の俺たちには知りようもないし」
だが、きっといつかは分かるだろうさ。俺たちは其処に還るんだから。
お前と二人で其処へ還って、また地球の上に生まれてくる、という寸法だ。
まだまだ先の話だがな、とハーレイが話す遠く遥かな未来のこと。いつか命が終わった時。
「そうだよ、今度はハーレイと一緒なんだから」
ハーレイと一緒でなくちゃ嫌だよ、死ぬ時も二人一緒でなくちゃ。
「お前、そうしたいらしいしなあ…」
俺より長生き出来る筈なのに、寿命の残りは捨てちまって。…もったいないと思うんだが。
もう少し一人で生きてみようと思わないのか、と訊かれたけれど。
「嫌だってば!」
今度こそ絶対にハーレイと一緒。
二人で幸せに生きた後には、ハーレイと一緒に死ぬんだからね…!
ハーレイと一緒でなくちゃ嫌だ、と褐色の小指に小指を絡めて指切りをした。
「約束だよ」と何度も念を押しては、繰り返し。
指をほどいては、また絡め合わせて指切りの約束。「ずっと一緒」と。
死んだ時にも、幽霊になって待っているより、待って貰うより、一緒がいい。
二人一緒に旅に出たなら、どちらも待たなくていいのだから。
何処かにある筈の世界に向かって、手を繋ぎ合って還ってゆけばいいのだから。
前の自分はタクシーに乗ってハーレイの所へ行きそびれたから、二度と失敗したりはしない。
いつまでも、何処までも、ハーレイと一緒。
青い地球の上で生きた後にも、還ってゆく場所で過ごして再び、地球に生まれてくる時にも…。
幽霊のぼく・了
※幽霊になる資格はあった筈なのに、ソルジャー・ブルーの幽霊を見た人は一人も無し。
メギドの残骸にポツンと一人でいたなら、人類の船を乗り継いでシャングリラを追えたかも。
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ふうん、とブルーが眺めた新聞記事。「幽霊の絵だ」と。
学校から帰って、おやつの時間に広げた新聞。其処に載っていた、遠い昔の日本で描かれた絵。まだ人間が地球しか知らなかった頃で、円山応挙は江戸時代の絵師。
今は失われた本物の絵。白い着物で悲しげな顔の女性の幽霊。長い黒髪も何処か寂しそう。この絵の大切なポイントは足で、女性には足が描かれていない。
(幽霊には足が無いもので…)
足の無い絵が多く描かれたけれども、この女性の絵が最初だという説がある。地球が滅びるより遥か昔の、円山応挙が生きた時代に近い頃から。
(こういうの、日本だけだったんだ…)
足が無かった日本の幽霊。本物の日本があった頃には、足の無い幽霊を見た人が多かった。白い着物で足はぼやけて見えないもの。「足が無かったから幽霊だ」という目撃談まで。
けれど、この絵が描かれる前には幽霊には足があったという。足が無くなったのは、円山応挙の絵が有名になってから。円山応挙が最初でなくても、足の無い幽霊の絵が広まったせい。
(絵の影響って、凄いよね…)
幽霊には足が無いものだ、と日本中の人々が思い込むほど。絵を見た人も、見て来た人から話を聞いた人までも。足の無い幽霊に出会った人も多いというから、本当に凄い影響力。
(でも…)
幽霊の足音を聞いた人もいたし、足のある幽霊は後の時代も健在。すっかり消えてしまわずに。
新聞記事には、そっちの方が本当なのだと書かれている。「幽霊にも足はあったのです」と。
要は人間の思い込み。想像力が生んだ産物、それが「足が無い」日本の幽霊。新聞にある絵は、如何にも「幽霊らしい」から。足が描かれていないだけのことで。
(これを見ちゃったら、怖かっただろうし…)
暗闇の中で幽霊のような人に会ったら、「足が無かった」と頭から思ってしまいそう。暗がりで見えなかっただけでも「無かったんだ」と思い込む「足」。目撃談を聞いた人も同じ思い込み。
そうやって消えた、昔の日本の幽霊の足。円山応挙か、他の誰かの絵のせいで。
他の国には、足音だけの幽霊だって多かったのに。足が無いなら、足音などはしないのに。
面白いね、と眺めた白い着物の幽霊の絵。「このせいで、幽霊の足が消えちゃったなんて」と。
絵を描いた画家も、きっとビックリだったろう。「幽霊らしく」と狙った効果が、幽霊から足を消したのだから。…本当は足がある筈なのに。
(幽霊の正体…)
新聞には絵の話しか書かれていないけれども、「思念体だ」というのが今の定説。人間の身体を離れて動ける、魂のようなものが思念体。優れたミュウなら、それで身体を抜け出せる。ベッドの上に横たわったままで、遠い場所まで行くだとか。椅子に座ったままで隣の部屋に行くだとか。
もっとも、今の時代は人間は一人残らずミュウ。
思念体はごく普通のものだし、「サイオンは使わないのがマナー」の時代でなければ、至る所で出会うだろう「思念体の人」。向こうが透けて見える身体の、昔の人の目には幽霊のような。
けれども、思念体が普通になってしまった今の時代は…。
(幽霊、何処にも出ないんだけど…)
昔の人たちがとても恐れた、生きている人に害を及ぼす幽霊。恨んでいる相手を取り殺したり、狂気の淵へと追いやったり。
そういう怖いものも出ないし、ただ暗がりに立っているだけの幽霊も出ない。ずっと昔は、同じ所に立ち続けている幽霊の話も多かったのに。
幽霊が出なくなった理由は、平和になって恨みなど何も無くなったからだ、と考えられている。特定の相手はもちろんのことで、様々な場所にも、恨みの心を残す必要が無い時代。
(宇宙船とかの事故があったって…)
やはり出ないと言われる幽霊。遠い昔なら、事故の現場には幽霊が出たものなのに。
人を乗せた船が海で沈没したなら、其処に出たのが船幽霊。通り掛かった船に乗っている人を、捕まえて仲間にしようとした。海の水を汲んでは船に注いで、船ごと沈んでしまうようにと。
なのに、今ではまるで聞かない幽霊の話。誰も見ないし、出会いもしない。
(死んじゃった人は、次の人生に行っちゃうんだよ、きっと)
生まれ変わりの自分だからこそ、そう言える。時を飛び越えて来たソルジャー・ブルー。それが自分で、前の自分だった頃の記憶も取り戻した。
前の自分は辛い時代を生きたけれども、今では違う。青い地球まで蘇った世界。
平和な時代の続きは平和に決まっているから、事故の現場に残るより…。
(天国に行って、また新しく生まれる順番…)
それを待つ方がずっといい。死んだら、真っ直ぐに向かう天国。「死んでしまった」とクヨクヨするより、いつまでも其処に残っているより。
この世界に残ってしまった分だけ、次の人生が遅れるから。残っていたって、新しい命と身体は貰えない。神様がそれをくれはしないし、新しく生まれることは出来ない。
新しい命を貰いさえすれば、また人生を生きられるのに。記憶は失くしてしまうけれども、次の人生が待っている。温かな家族に大勢の友達、美味しい食事も、旅に出掛けることだって。
その道を行かずに幽霊になって残っていたなら、楽しみ損ねてしまうだけ。他の人たちは、もう新しく生きているのに。広い宇宙の何処かの星で。
そのことに誰もが気付いているから、もう幽霊は出ないのだろう。「次の人生を楽しもう」と、天国に行ってしまうから。幽霊になるより、ずっといいから。
(ぼくとハーレイは、うんと長いこと待ったんだけど…)
死んでから直ぐには生まれ変われないで、気が遠くなるほどの時が流れた。こうしてもう一度、新しい命と身体を貰えるまでに。
死の星だった地球が青く蘇るほどに、流れてしまった長い長い時。すっかり変わっていた世界。
そうなった理由は、前とそっくり同じ姿に育つ身体を欲しがったせいだ、と思っている。
(違う姿で出会ったとしても、ハーレイを好きになるけれど…)
ハーレイもそう言ったけれども、どうせなら同じ姿がいい。前と少しも変わらない身体。遺伝子データを調べてみたなら別のものでも、見た目は同じに見える姿が。
おまけに二人一緒でないと、と強く願ったから、その分、余計にかかった時間。生まれ変わってこられるまでに。
(ぼくだけとか、ハーレイだけだったなら…)
どちらか片方だけだったならば、同じ身体も少しは見付けやすかっただろう。…神様だって。
けれど揃えるのは難しかったから、ハーレイと自分は今まで待った。新しい命と身体を貰って、次の人生を生き始めるまでに。
(それに、地球…)
前の自分が地球にこだわったことも、遅れた理由の一つだと思う。焦がれ続けた青い地球。その地球の上に生まれたい、という願いを叶えて、同じ身体も用意するのは大変だから。
長くかかった待ち時間。今の時代は幽霊さえも出ないくらいに、誰もが次の人生に向かって出発しているらしいのに。「新しい命と身体を貰おう」と、天国へ真っ直ぐに飛んで行って。
(だけど、幸せ…)
待っただけの甲斐はあったものね、と戻った二階の自分の部屋。新聞を閉じて、キッチンの母に空になったカップやお皿を返して。
勉強机に頬杖をついて、さっきの続きを考える。ハーレイと二人で青い地球に来られて、幸せな今。前の自分が夢見た以上に、素敵な未来の地球に来られた。青くて幸せ一杯の星に。
でも…。
(前のぼく、悲しかったのに…)
独りぼっちで迎えた最期。右手に持っていたハーレイの温もりを失くしてしまって、泣きながら死んだソルジャー・ブルー。
「もうハーレイには二度と会えない」と、「絆が切れてしまったから」と。
冷たく凍えてしまった右手。泣きじゃくりながら死んだというのに、幽霊になりはしなかった。そういう話は伝わっていない。ソルジャー・ブルーの幽霊を見たという話。
メギドの残骸にソルジャー・ブルーが出たとも聞かない。手つかずで放っておかれた残骸、その跡を片付けにトォニィたちが向かった時には。白いシャングリラで、多分、花束も持って。
トォニィたちは悲しい歴史が残る跡地で、前の自分のために祈りを捧げてくれた。それから皆で残骸をきちんと片付け、次はナスカへ慰霊の旅に。
(その時はもう、ハーレイだって…)
地球の地の底で死んでしまった後。ジョミーや長老たちと一緒に、燃え上がる星で。
ハーレイはとうに死んでいたから、きっと二人で何処かへ行った後だったろう。天国だったか、それとも二人きりで暮らせる幸せな何処か。…そういう所へ、手を繋ぎ合って二人一緒に。
そうして行ってしまった後なら、ソルジャー・ブルーの幽霊が出るわけがない。トォニィたちがメギドに行っても、その魂はもういないのだから。
けれど、それまでの間の自分。
ハーレイと二人で旅立つまでの前の自分は、どうだったろう?
メギドの残骸は放置されたまま、宇宙空間に浮かんでいた。人類には片付ける余裕など無くて、航行する船に注意をしていただけ。「残骸に気を付けるように」と。其処に自分はいたろうか?
散らばっていたメギドの残骸。衝突したら大変だから、人類の船は注意しながら航行していた。大きな残骸にぶつかったならば、大事故に繋がりかねないから。
恐らくは残骸との衝突を避けて、距離を取っただろう人類の船。軍の船も、民間船だって。
直ぐ側を通る船も無いような場所で、幽霊になってメギドの跡地にいたなら、なんとも悲しい。誰も恨んではいなかったけれど、泣きじゃくりながら死んだのだったら残りそうな思い。
「もう一度ハーレイに会いたかった」と、「独りぼっちになってしまった」と。
恨みではなくて、残した思い。それも人間を幽霊にする。とても寂しい、独りぼっちの幽霊に。
前の自分もそうなったろうか、ハーレイに想いを残していたから、あのメギドで…?
(そんな所で、幽霊になって待っていたって…)
ハーレイは来やしないんだから、と思った所で気が付いた。
前の自分が会いたかったハーレイは、シャングリラで地球に向かったけれど。メギドの跡地には来るわけがなくて、待っているだけ無駄なのだけれど…。
今の時代は出なくなった幽霊、誰も幽霊に出会いはしない。それでも昔の話は沢山、幽霊が出た時代の目撃談が幾つも伝わる。子供たちにも人気の怪談、今の自分も聞いたり、読んだり。
(タクシーに乗ってく幽霊の話…)
人間が地球しか知らなかった時代は、かなり有名だったという。辛うじて月まで行った程度の、遠い昔の地球での話。
自分の家までタクシーに乗ってゆく幽霊とか、何処かまで乗る幽霊だとか。道でタクシーを拾うものだから、運転手はまるで気が付かない。新聞に載っていた絵とは違って、足もあるから。
知らずに乗せてしまう幽霊、目的地に着いて「着きましたよ」と振り返ったら、消えている客。
つまり幽霊は、タクシーに乗って移動していた。自分の行きたい場所に向かって。
(前のぼくだって、メギドの所で待ってたら…)
宇宙に幾つも散らばる残骸。それに座って待っていたなら、人類の船が通っただろう。回避する航路を取っていたって、船体の灯で気付く筈。「あそこを船が通っている」と。
船が通るなら、タクシーのようには使えなくても、何隻もの船を乗り継いで行けば…。
(シャングリラにだって…)
いつかは辿り着けたのだろう。あの懐かしい白い鯨に。
ミュウの版図が拡大する中、次から次へと乗り継いだなら。乗組員やら乗客の話を頼りに情報を集めて、白い鯨を追って行ったら。
「今はあそこだ」と見当をつけて。其処へと向かう船を見付けて、乗り換えて追い続けたなら。
そうすればきっと着けたんだ、と閃いた白いシャングリラに帰ってゆける方法。幽霊だったら、人類の船をタクシー代わりに、乗せて貰って行けばいい。運賃なんかは払わずに。
遠い昔の幽霊だって、乗車賃は払わなかったから。心優しい運転手たちは、家に帰ろうと乗った幽霊たちの気持ちを思って、それを肩代わりしたという。お客を乗せたら、会社に分かる仕組みになっていたから、誰かが支払うべき運賃。「幽霊を乗せた」と言いはしないで、自分がそっと。
(タクシーの運転手さんに払わせちゃったら、とっても申し訳ないけれど…)
人類の船に無賃乗車をするのだったら、心は少しも痛まない。どうせ誰一人、気付きさえしない幽霊になったミュウの乗客。食事もしないし、船の設備も使わない客。
無賃乗車なら、簡単に出来た。「あれに乗ろう」と決めた船へと飛んでゆくだけで。
(前のぼく、それに気が付かなかった…?)
タクシーとは違って宇宙船だから、正確に言うなら無賃乗船。そうすればいいということに。
人類の船に乗ればいいのに、気付きもしないで、ボーッとメギドの残骸に座っていたろうか…?
シャングリラは何処へ行ったのかと。…今頃は何処を飛んでいるかと、独りぼっちで。
(前のぼく、タクシーなんて知らなかったから…)
もちろん言葉は知っていたけれど、アルテメシアでタクシーも目にしていたのだけれど。本でも何度も読んでいたから、知識だけは持っていたのがタクシー。けれど無かった、乗った経験。
路線バスにさえ、乗った記憶がまるで無かったソルジャー・ブルー。子供時代にはきっと乗っただろうに、成人検査と人体実験の末に忘れてしまった、公共の交通機関というもの。
そのせいでタクシーを思い付きさえしないで、ただシャングリラを待っただろうか。ハーレイが舵を握っている船、懐かしい白い鯨が通りはしないかと。
地球へと向かう旅の途中で、運よく此処を通り掛かってくれればいいのに、と独りぼっちで。
(前のぼくの馬鹿…)
幽霊になった記憶は全く無いのだけれども、そうだったなら。
思いを残して幽霊になって、タクシー代わりの船に乗らずに、メギドの跡地でぼんやりと一人、白い鯨が通るのを待っていたなら、大馬鹿者でウッカリ者。
(人類の船に乗って行ったら、幾つも乗り継いで、シャングリラに着いて…)
再会できただろうハーレイ。思念体が幽霊の正体だったら、再会した後は側にいられた。
前の自分を失くして一人で悲しみ続けた、ハーレイの心を慰めることも出来たのに。
戻る方法はあったんだ、と今頃になって気付いた自分。幽霊になってメギドにいたなら、人類の船を探せばよかった。独りぼっちで座っていないで、タクシー代わりに乗ってゆける船を。
(大失敗…)
前のぼくってホントに馬鹿だ、と頭を抱えていたら、聞こえたチャイム。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合うなり謝った。迂闊だった前の自分のことを。
「ごめんね、ハーレイ。気が付かなくて…」
ホントにごめん。ぼくの失敗…。ウッカリしていて、うんと大馬鹿…。
「はあ? 失敗って…。お前は何をやらかしたんだ?」
今日の授業じゃ何も無かったと思うんだが…。俺が教室を出て行った後で何かあったのか?
お前が俺の株を下げていたのか、俺が授業中にやったミスでも暴露して…?
それも勝手な勘違いで、とハーレイに覗き込まれた瞳。「俺はミスしていないしな?」と。
「違うよ、そういうのじゃなくて…。ハーレイは関係ないんだってば」
ぼくが一人で失敗していて、失敗したのは今のぼくじゃなくて…。
前のぼくだよ、幽霊になっていたんだったら、大失敗…。前のぼくが幽霊だったらね。
「幽霊だって? …どういう意味だ?」
前のお前の幽霊の話は知らないが…。シャングリラの中にはいなかったからな、お前の幽霊。
いたなら評判だっただろうし、俺だって会いに出掛けてる。…幽霊になったお前でも。
それなのに何処で幽霊になると言うんだ、シャングリラの中じゃないんなら…?
「メギドだよ。幽霊は思いを残した場所に出るって言うじゃない」
今は幽霊が出ない時代だけど、ずっと昔の幽霊は、そう。自分が死んだ場所に出るとか、とても行きたかった場所に行くだとか…。
幽霊の話で有名なのがあるでしょ、タクシーに乗って行く幽霊。自分の家まで乗ったりするの。
前のぼくが幽霊になったかどうかは分かんないけど…。
もしも幽霊になっていたなら、メギドでぼんやりしてたかも…。残骸にポツンと座ってね。
前のぼくは今のぼくと違って、タクシーに乗るのを知らなかったから…。
「なんだって?」
どうして其処でタクシーになるんだ、宇宙にタクシーは飛んでいないと思うんだが…?
それに前のお前とタクシーの話も、俺にはサッパリ謎なんだがな…?
何処からタクシーが出て来るんだか、とハーレイは怪訝そうな顔。それはそうだろう、メギドで死んだソルジャー・ブルーとタクシーが繋がるわけがない。
今の自分が考えてみても、「前のぼくはタクシー、知らなかったよ」と思うくらいに無縁だった乗り物。ただの一度も乗っていなくて、乗る機会さえも無かったタクシー。
「えっとね…。前のぼくがメギドで幽霊になっていたのかも、っていうのは分かるでしょ?」
前のぼくの幽霊は誰も見ていないけれど、それは消えちゃった後だったせいなのかも…。
トォニィたちがメギドの残骸を片付けに行った時には、もうハーレイも死んじゃっていたし…。
前のぼくはハーレイと一緒に天国か何処かに行ってしまって、いなくなった後。
それまではメギドにいたのかも…。独りぼっちで残骸に座って、真っ暗な宇宙を眺めながら。
人類の船が通っていたって、残骸を避けて飛ぶわけだから…。誰も見ないよ、前のぼくの幽霊。いつもポツンと座っていたって、その直ぐ側を通らないなら、船の窓からは見えないよね?
それだと見落としてしまうだろうし、前のぼくの幽霊、ホントはあそこにいたのかも…。
前のハーレイが迎えに来てくれるまでは、メギドにいたかもしれないんだよ。
誰も知らなかったソルジャー・ブルーの幽霊が…、と幽霊のことから説明した。其処から話していかないことには、タクシーの話も出来ないから。
「メギドにお前の幽霊か…。前のお前の幽霊なあ…」
それはあるかもしれないな。寂しい話になってしまうが、まるで無かったとは言い切れん。
前のお前は泣きじゃくりながら死んだわけだし、幽霊になれる資格は充分あった。
誰にも恨みは持っていなくても、この世に思いが残っていたなら、幽霊になるそうだから…。
なっていて欲しくはないんだがな、とハーレイがフウと零した溜息。鳶色の瞳も悲しげだから、きっと前の自分を想ってくれているのだろう。
恋人のことが心残りで幽霊になってしまうなんて、と。そうなったならば、ハーレイにはとても悲しい結末。ソルジャー・ブルーが天国に行かずに、ハーレイのことを想い続けていたのなら。
それに気付いたから、「間違えちゃ駄目」とハーレイを軽く睨んだ。
「ハーレイのせいじゃないってば。前のぼくが幽霊になっちゃっていても」
前のぼくが自分で選んだ道だよ、そうするつもりは無かったとしても。
ハーレイのことを忘れられなくて、それで幽霊になっちゃったんなら、前のぼくは平気。
メギドで独りぼっちにしたって、ずっとハーレイのことを好きなままでいられたんだから…。
真っ直ぐに天国へ行ってしまうよりも幸せだよ、と心配性な恋人に微笑み掛けた。地球への道を進み続けるハーレイを天国から見守り、手を貸せたならばいいけれど…。
(きっと手なんか貸せないんだろうし、ただ天国から見てるってだけで…)
悲しみさえも無いと聞く天国。そんな所で安穏と暮らして、ハーレイが独りぼっちで歩み続ける姿を「見ているだけ」の日々なんて酷い。それよりは同じ独りぼっちで想い続ける方がいい。
メギドでポツンと一人きりでも、白い鯨は見えなくても。
「ホントだよ? ぼく一人だけで天国に行くより、ハーレイと同じ世界にいたいよ」
幽霊になったぼくの姿に、誰も気付いてくれなくても。
人類の船は残骸を避けて飛んでゆくから、幽霊のぼくを怖がってくれる人もいないままでも。
それでね…。
もしも、前のぼくがシャングリラに行けていたとしたなら、ハーレイ、どうした?
幽霊のぼくが船に戻ったら…、と投げた質問。それがタクシーに繋がるから。
「戻るって…。お前、どうやって戻るつもりだったんだ?」
前のお前は幽霊になってメギドの跡地にいるんだろうが、と丸くなった瞳。そんな所から戻れはしないし、「現に、お前は来なかった」とも。
「そうなんだけど…。それをハーレイに謝ったんだよ、さっきのぼくは」
気が付かなくて失敗したって言ったでしょ。ウッカリしていた大馬鹿者だ、って。
メギドで幽霊になっていたなら、シャングリラに行ける方法だってあったんだよ。幽霊だしね。
幽霊だけが使える方法が…、と小首を傾げてみせた。「ハーレイ、知らない?」と。
「…幽霊って…。魂は一日で千里を駆けるって言うが、そのことか…?」
凄い速さで飛んで行けると昔から言われているんだが…。前のお前は瞬間移動で飛べたしな。
生きてる時から速かったんだし、幽霊はもっと速いってことか?
自分の力に全く気付いていなかったのか、とハーレイは見当違いなことを言い出した。幽霊なら速く飛べたというのに、シャングリラを追い掛けて来なかったのか、と。
「ううん、前のぼくが持ってた力じゃなくて…。もっと普通の幽霊にだって出来ることだよ」
今の時代は幽霊はいないらしいけど…。見たっていう話も聞かないけれど…。
ずっと昔の話は今でも残っているでしょ。その中に沢山あるんだってば、幽霊が移動する方法。
ハーレイもきっと知ってる筈だよ、タクシーに乗って行く話。
自分の家までタクシーに乗って帰る幽霊とか、何処かまで乗って行く幽霊、と例を挙げてみた。今の自分も幾つも聞いたり、本で読んだりした話を。
「運転手さんは幽霊だって知らずに乗せて、目的地までちゃんと走って行って…」
着きましたよ、って後ろを向いたら消えちゃってた、っていう話。
幾つもあるから、ハーレイも知っていそうだけれど…。タクシーに乗った幽霊のこと。
お金は払ってくれないみたいだけどね、と真面目な顔で言ったら、「あれか…」と頷いてくれた恋人。「昔、よくあったらしいよな」と。
「俺も色々と話は知ってる。運転手さんが乗車賃を払っておいたってことも」
幽霊は払ってくれないからなあ、仕方ないよな。
だが、運転手さんたちも優しかったという話だから…。家に帰りたかったんだろう、と誰一人、怒りやしなかった、とも伝わってるし。うんと長い距離を乗せてしまった人だって。
しかしだ、そいつを前のお前がどう使うんだ…?
宇宙にタクシーは飛んでいないぞ、とハーレイはまだ分かってくれない。ソルジャー・ブルーが幽霊だったら、どうやってシャングリラに戻るのかを。
「タクシーだってば、前のぼくもそれで帰るんだよ。…タクシーに乗って」
確かに本物は飛んでないけど、船は幾つも飛んでいたから…。人類軍の船も、民間船も。
メギドの残骸を避けていたって、船の光は見える筈だよ。幽霊のぼくの所から。
それが見えたら船まで飛んで行ってね、後はタクシーみたいに乗せて貰えばいいと思わない?
何処へ行く船でもかまわないから、乗っていれば何処かの星に着くんだろうし…。
運が良ければ、最初の船でも噂を耳にするかもね。…モビー・ディックとか宇宙鯨の。
「おい…。人類の船でシャングリラを追い掛けようっていうのか?」
目撃情報とかを頼りに、船を幾つも乗り継いだりして。…タクシー代わりに無賃乗車で…?
そうやって俺たちを追って来るのか、とハーレイが驚いた顔で瞬きするから「うん」と答えた。
「お金なんかは払わなくても誰も困らないでしょ、本物のタクシーじゃないんだから」
それに幽霊だし、御飯を食べたりしないもの。船の物資は減ったりしないよ。
何隻も船を乗り継いでいったら、きっとシャングリラに追い付けたんだと思うんだけど…。
何処かの星で同じ宙港に着陸するとか、宇宙ですれ違うことになるとか。
噂を頼りに追い掛けて行けば捕まえられるよ、と自信たっぷりに宣言した。
タクシーの代わりに、人類が乗った宇宙船で追うシャングリラ。いつかは必ず追い付いた筈で、船に戻れていたと思う、と。
「今のぼくなら無理だろうけど、前のぼくだよ? きっと出来たよ」
その方法さえ思い付いていたら、メギドなんか直ぐに離れたってば。人類の船の光が見えたら、もう大急ぎで乗り込んで。…行き先なんかは気にもしないで。
そうやって旅を始めたとしても、前のぼくなら辿り着けたと思うんだけど…。
きっとシャングリラに帰れた筈なのに、前のぼく、ウッカリしちゃってて…。ホントに失敗。
幽霊だったらタクシーに乗って行けばいいのに、タクシー、知らなかったから…。
乗ったことなんか一度も無いから、思い付かずにメギドで座ったままだったみたい…。
ホントにごめん、と謝った。
ハーレイの所に戻る方法があったというのに、そうしなかったソルジャー・ブルー。ぼんやりと座っていただけだったらしい、前の自分の幽霊のことを。
「そういうことか…。前のお前がタクシーってヤツを知っていたなら、戻れたんだな?」
ただし、お前が幽霊になっているっていうのが大前提だが…。
天国に行ってしまっていたなら、その方法は使えないんだが…。
そうなっちまうと、俺も悩むな。お前が戻って来てくれるんなら、幽霊でもかまわないんだし。
幽霊のお前は辛いんだが…、と考え込んでしまったハーレイ。
天国に行けずに幽霊になったソルジャー・ブルーは辛いけれども、シャングリラに戻れるのなら話は別らしい。たとえ幽霊の姿でも。…メギドからタクシーに乗って戻って来た恋人でも。
「…ハーレイ、もしも幽霊のぼくが船に戻ったら、どうしてた…?」
シャングリラを頑張って追い掛け続けて、何処かの星で追い付いた、ぼく。
一番最初はハーレイの所へ会いに行くから、ハーレイ、ビックリするだろうけど…。
仕事が終わって部屋に帰ったら、幽霊のぼくがいるんだから。…「ハーレイ、ただいま」って。
そういう幽霊に出会ったら…、と尋ねてみた。「ハーレイは、それからどうするの?」と。
「決まってるだろう、お前を思いっ切り抱き締めるんだ。…透けちまっていても」
触れようとしても触れられなくても、お前はお前なんだから…。誰よりも大事な俺の恋人。
ついでに、誰にも言わんだろうな。ソルジャー・ブルーが戻ったことは。
俺の部屋に大切に隠しておくんだ、とハーレイは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「お前は俺の所に戻って来てくれたんだし、俺のものだ」と。
「隠しておきたくもなるだろうが。…誰も気付いていないんだから。船のヤツらは」
お前がブリッジに戻ったんなら、隠しておくのはとても無理だが…。他のヤツらも気付くから。
しかし真っ先に俺の部屋に来たなら、まだ誰一人として気付いちゃいない。
そんな幸運、俺が見逃すと思うのか…?
せっかく恋人が戻って来たのに、他のヤツらに知れちまったら、恋は秘密のままなんだぞ?
それだと、お前が生きていた頃と何も変わらん。お前が幽霊になっていたって。
そういう思いをするのは辛いし、部屋にこっそり隠しておくのが良さそうだがな…?
誰もお前がいることに気付かないように…、と一人占めをする気でいるハーレイ。幽霊になった前の自分が船に戻ったら、キャプテンの部屋に隠しておいて。まるで宝物か何かのように。
「いいね、それ。…シャングリラのみんなには内緒だなんて」
ハーレイ、ちゃんと恋人同士なんだね、幽霊のぼくと。
ソルジャー・ブルーだったぼくじゃなくって、ただのブルーで恋人だったぼくと…。
内緒にしておいてくれるんだ、と胸がじんわり温かくなった。船に戻ろうとは思ったけれども、その先のことは考えてさえもいなかったから。
ただ「戻ろう」というだけで。戻り損ねた前の自分の、迂闊さを嘆いていただけで。
考えてみれば、船に戻っても皆に知れたら、「ソルジャー・ブルー」でしかいられない。幽霊の姿になっていたって、前と同じに皆を導くしかないのだろう。
…そのために戻ったと思われて。ハーレイの所に戻ったのだとは言えもしなくて、恋は変わらず秘密のまま。命を失くした後になっても、ハーレイの側だけにいられはしない。
そんな自分を、ハーレイは「隠す」と言い切ってくれた。船の仲間に見付からないよう、自分の部屋にこっそりと。…幽霊になった恋人だけれど、恋を大切に守り抜くために。
「内緒にするのが一番いいし、戻って来てくれたお前のためだ」
ソルジャーの役目を続けるために戻ったのなら、俺はお前を止めやしないが…。
俺の所に来たってことは、お前にその気は無いんだからな。
戻って来たのは俺の恋人で、ソルジャー・ブルーじゃないってことだ。俺の所に戻って来たくてタクシーに乗って、やっとシャングリラに着いたんだろう…?
お前の気持ちを大切にしてやらないと…、と優しい瞳で見詰められた。幽霊になってまで戻って来たなら、もうソルジャーにはさせないから、と。
「死んじまった後までソルジャーだなんて、それじゃお前も辛いだろう?」
俺の側でゆっくり休めばいいんだ、生きてた間に頑張り続けた分までな。…死んじまうほどに。
もっとも、お前に触れようとしても無理なんだろうし、キスさえ贈れはしないんだろうが…。
そうだとしても、お前が何処にもいないよりかは、ずっといいしな?
いつもお前と一緒にいられる、とハーレイが描いてくれる夢。前の自分が死んでしまった後に、幽霊になって白いシャングリラに戻っていたら、という幸せな夢。
思念体でも姿を消すことは可能なのだし、部屋を出る時はそうしていればいいという。いつでもハーレイの側を離れず、ブリッジに行く時も、会議も一緒。
誰も気付きはしないから。…ハーレイの側には、幽霊の恋人がついていることに。
「なんだか素敵…。いつもハーレイと一緒なんだね」
生きてた頃よりずっと素敵だよ、ブリッジでも食堂でもハーレイと一緒。
前のぼくには、そんなこと出来なかったのに…。ハーレイの側にくっついて過ごすことなんて、もう絶対に無理だったのに…。
ハーレイはキャプテンで忙しかったし、ソルジャーのぼくでも一日中、側にいるのは無理。
でも、幽霊なら、ホントにいつでも一緒なんだね…。
誰も気付きやしないんだもの、と幸せな気持ち。たとえ身体も命も失くしていたって、どんなに心が満たされていたことだろう。ハーレイの側を離れることなく、いつも一緒にいられたら。
「お前がいるのがバレちゃマズイし、外では声は掛けられないがな」
それに思念も無理かもしれん。…鋭いヤツが船にいたなら、見抜かれることもありそうだから。
視線しか向けてやれなかったかもしれないが…、と言われたけれど。
「充分だってば、視線だけでも。ハーレイの目がぼくを見てくれればね」
壁を眺めるふりをしてても、ぼくにはちゃんと分かるもの。「見てくれた」って。
気付いたら、ぼくもハーレイを見詰め返すから。…ハーレイの手を握ったりもして。
思念体だから触れない手だけど、ぼくの気持ちは伝わるだろうし…。
何も言わずに立っていたって、ハーレイならきっと分かるでしょ?
ぼくにもハーレイの気持ちが分かるよ、言葉も思念も貰わなくても。
キャプテンの部屋から外に出たなら、寄り添うことしか出来ない幽霊。言葉も思念も皆の前では交わせないから、本当にただ側にいるだけ。思念体さえも、ハーレイにしか捉えられない淡い姿にしてしまって。…もう文字通りに幽霊の自分。
それでも心は通じただろう。いつも一緒にいられただろう。
二人きりの部屋に戻った時には、触れ合えなくても恋人同士の優しい時間。地球を目指して続く戦いの日々が激しくなっていっても、ハーレイの心を癒せた筈。
激務に追われる恋人の側にそっと寄り添い、ソルジャー・ブルーとして生きた頃よりも、ずっと役立てたことだろう。「ただの恋人」なのだから。ハーレイに安らぎを与えるだけの。
「…前のぼく、そうすれば良かったのにね…」
タクシーに乗って帰るってことを思い付いて。…シャングリラを宇宙船で追い掛けて行って。
ハーレイの所に帰っていたなら、ハーレイの役に立てたのに…。
独りぼっちにしてしまう代わりに、いつだって側にいられたのに…。
気付かなくってホントにごめん、と頭を下げた。幽霊になっていたなら、本当に大失敗だから。
「そんなに何度も謝らなくても、俺は気にしちゃいないんだが…。むしろお前が心配だ」
幽霊になって側にいたなら安心だったが、メギドで一人じゃ可哀想だから。
俺の所に来るべきだったな、お前。…タクシーに乗ったことは無くても、宇宙船を幾つも眺める間に思い付いて。「あれに乗ろう」と、タクシー代わりにして。
いや、しかし…。いなかったのが正解かもしれん。俺の側には。
お前がメギドで一人寂しく座っていたにしたってな…、とハーレイが言うものだから。
「いない方がいいって…。どうして?」
独りぼっちでメギドにいるより、ハーレイの側がいいに決まっているじゃない。
なのにどうして、と問い掛けた。「どうして、いなかった方がいいなんて言うの?」と。
「…俺は地球まで行ったんだぞ。そいつをよくよく考えてみろ」
辿り着いた地球は死の星だったわけで、お前が最後まで憧れた星があの有様だ。
お前、見るなり泣いちまうだろうが。夢がすっかり砕けてしまって、消えてしまって。
だから知らない方がいいんだ、とハーレイは気遣ってくれるけれども、死の星の地球。青くない地球を前の自分が目にしていたなら、どうなったろうか。
幽霊になってハーレイと一緒に辿り着いたら、其処に死の星があっただなんて。
前の自分が夢見た地球。焦がれ続けた青い水の星。それの代わりに死の星を見たら、涙が零れたことだろう。ハーレイたちが驚き、悲しんだように。
幽霊の瞳でも涙は零れて、何粒も頬を伝っただろう。けれど…。
「…そうだね、泣いてしまうと思う…。ハーレイたちと同じで、きっと本当に悲しくて…」
でも、ハーレイが一緒だよ?
ぼくが死の星を見て泣いている時も、隣にはハーレイがいてくれるから…。
夢だった星は何処にも無くても、ハーレイと二人で地球を見たなら、ぼくは満足だと思う。青くなくても、生き物は何も棲めない星でも。
それに一緒に地球に降りられるよ、もうそれだけで充分じゃない。残念に思うことはあっても、地球に着いたらミュウの未来が手に入るから。
ぼくは平気だよ、そんな地球でも。SD体制を終わらせるために行くんだから。
どんな星でも満足だから、と口にした後で気が付いた。前のハーレイは地球に降りた後、地の底深くで命尽きたのだったと。燃え上がり、崩れゆく地球から脱出できずに。
ならば、ハーレイと地球に降りたら…、と途切れた言葉。自分たちの恋がバレたろうか、と。
「バレるって…。そういや、ゼルたちが一緒だったな」
あそこで俺が死んじまったら、俺たちの恋がバレるってか…?
「そうならないかな…。みんなが死んだら、ぼくと同じで幽霊みたいになるわけだから…」
ぼくの姿も見えてしまうよ、それまではハーレイにしか見えない姿でくっついていても。
見えた途端に、どうしてぼくが一緒にいるんだろう、ってことになるから…。
それとも嘘をつけばいいのかな、「迎えに来たよ」って。
ぼくは先に死んでいるんだものね、と考え付いた言い訳。それなら少しも変ではないし、と。
「嘘としては上出来なんだがな…。誰も疑いやしないだろう。しかし、その後が問題だ」
ゼルたちも一緒に行くことになるぞ、天国まで。…お前、迎えに来たんだからな?
俺と二人で恋人同士で行くんじゃなくって、賑やかな旅になりそうだが…?
それでいいのか、と尋ねられたから「困るってば!」と悲鳴を上げた。
「困るよ、そんなの…。ずっとハーレイと一緒にいたのに、なんで最後にそうなっちゃうの?」
「迎えに来たんじゃそうなっちまうし、咄嗟の嘘が命取りってな」
とっくに命は失くしていたって、命取りってことでいいだろう。みんな揃って天国行きだと。
恋人同士で旅立ちたいなら、お前はメギドにいた方が…、と言われればそういう気もしてきた。
ハーレイも自分も独りぼっちで寂しいけれども、そっちだったらハーレイの命が尽きて出会えた途端に、恋の続きが始まるから。
魂は千里を駆けると聞いたし、ハーレイが駆けて来てくれるのだろう。幽霊になって、メギドの残骸にポツンと座っていたら。
タクシーに乗ることさえも思い付かずに、ぼんやりと一人で暗い宇宙にいたならば。
「…前のぼく、やっぱりメギドにいたのかな…?」
ソルジャー・ブルーの幽霊の話は聞かないけれども、見た人が誰もいなかっただけで…?
「さてなあ…?」
そいつは俺にも謎なわけだが、前の俺はお前を何処かで見付け出したんだろう。
お前が俺を迎えに来たなら、ゼルたちと一緒に旅立つコースになっちまうからな、賑やかに。
二人で旅に出ようと言うなら、俺がお前を探さないと。
でないと賑やかに天国行きだぞ、とハーレイが指摘する通り。そういう具合に旅立ったのなら、此処にはいないことだろう。シャングリラの仲間とずっと一緒で、二人きりにはなれないまま。
「そっか…。それじゃ、やっぱりメギドなのかな?」
前のぼくはメギドで独りぼっちで、残骸に座ってハーレイを待っていたのかな…?
「そうかもしれんし、違うかもしれん。…こればっかりは、今の俺たちには知りようもないし」
だが、きっといつかは分かるだろうさ。俺たちは其処に還るんだから。
お前と二人で其処へ還って、また地球の上に生まれてくる、という寸法だ。
まだまだ先の話だがな、とハーレイが話す遠く遥かな未来のこと。いつか命が終わった時。
「そうだよ、今度はハーレイと一緒なんだから」
ハーレイと一緒でなくちゃ嫌だよ、死ぬ時も二人一緒でなくちゃ。
「お前、そうしたいらしいしなあ…」
俺より長生き出来る筈なのに、寿命の残りは捨てちまって。…もったいないと思うんだが。
もう少し一人で生きてみようと思わないのか、と訊かれたけれど。
「嫌だってば!」
今度こそ絶対にハーレイと一緒。
二人で幸せに生きた後には、ハーレイと一緒に死ぬんだからね…!
ハーレイと一緒でなくちゃ嫌だ、と褐色の小指に小指を絡めて指切りをした。
「約束だよ」と何度も念を押しては、繰り返し。
指をほどいては、また絡め合わせて指切りの約束。「ずっと一緒」と。
死んだ時にも、幽霊になって待っているより、待って貰うより、一緒がいい。
二人一緒に旅に出たなら、どちらも待たなくていいのだから。
何処かにある筈の世界に向かって、手を繋ぎ合って還ってゆけばいいのだから。
前の自分はタクシーに乗ってハーレイの所へ行きそびれたから、二度と失敗したりはしない。
いつまでも、何処までも、ハーレイと一緒。
青い地球の上で生きた後にも、還ってゆく場所で過ごして再び、地球に生まれてくる時にも…。
幽霊のぼく・了
※幽霊になる資格はあった筈なのに、ソルジャー・ブルーの幽霊を見た人は一人も無し。
メギドの残骸にポツンと一人でいたなら、人類の船を乗り継いでシャングリラを追えたかも。
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