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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

彫刻家と魂
(あれっ、ウサギだ…)
 それに大きい、とブルーが眺めたもの。学校の帰りに、バス停から家まで歩く途中で。
 ウサギと言っても本物ではなくて、彫刻のウサギ。道沿いの家の門扉の前に置かれていた。道をゆく人によく見えるように、空きスペースの真ん中に。
 なんという石か、ブルーグレーの石を彫り上げて作ったウサギ。座った形でコロンと丸い。
(おじさんの趣味かな?)
 この家の御主人は顔馴染み。
 よく出来ている、と石のウサギの頭を撫でた。側に屈み込んで。
 膝の下あたりまで高さがあるほど、大きなウサギ。石は綺麗に磨き上げられて、触るとスベスベしている表面。いい天気だから、太陽の光で温まって…。
(本物のウサギみたいにホカホカ…)
 あったかい、と背中や尻尾も撫で回していたら、突然、上から声がした。
「ブルー君、今、帰りかい?」
 えっ、と見上げると、門扉の向こうに家の御主人。慌ててピョコンと頭を下げた。
「こんにちは! ウサギ、勝手に触っちゃって…」
 ごめんなさい、と謝ったけれど、御主人は「かまわないよ」と門扉を開けて表に出て来た。
「道を通る人に見て貰うために置いたんだしね。見るのも触るのも、お好きにどうぞ」
 でなきゃ置いてる意味がないよ、と笑顔の御主人。「撫でて貰えばウサギも喜ぶからね」とも。
「このウサギ、おじさんが作ったの?」
「まさか。粘土のウサギだったらともかく、石の彫刻なんかは作れないよ」
 腕も無ければ、道具も無いさ、と御主人はウサギの頭をポンと叩いた。「とても無理だね」と。
 ブルーグレーの石で出来たウサギは、御主人の友達が作ったらしい。石の彫刻を趣味にしている人。せっかく見事に出来たのだから、大勢の人に見て貰いたい、と巡回中。
 この家の御主人の所にやって来たように、彫り上げた人の友達の家を順番に。一週間ほど飾って貰って、次の家へと引越してゆく。運ぶ途中で壊れないよう、梱包されて。
 そう聞くととても立派だけれども、石のウサギは「趣味の作品」。
 何かの賞を取ったわけではないという。今の所は、コンクールなどに出されてもいない。本当にただの趣味の彫刻、知り合いの家を順に回ってゆくだけの。



 御主人の話では、「ただの趣味」のウサギ。ちゃんとウサギに見えるどころか、今にもピョンと跳ねそうなのに。座っているのに飽きてしまったら、「遊びに行こう」と。
 石で出来ていても、生き生きしているブルーグレーの大きなウサギ。いい彫刻だと思うのに…。
「これでも賞は取れないの?」
 凄く素敵なウサギなのに…。動き出しそうなほど、よく出来てるけど…。
「ただの趣味ではねえ…。コンクールなんかに出してみたって、難しいんじゃないかな」
 本人もそれが分かっているから、こんな具合に展覧会をしているんだよ。あちこちの家で。
 もっとも、趣味で彫るだけはあって、いっぱしのことを言ってるけどね。
 この石の中にはウサギがいたとか、そういう一人前の台詞を。
 上手なんだか、下手なんだか…、と御主人はウサギを眺めている。「それでウサギだよ」と。
「ウサギって…。この石の中に?」
 これ、とウサギを指差した。ブルーグレーの石の塊を。…今はウサギになっている石。
「そうさ。この石はウサギになりたかったらしいよ、こういうウサギに」
 同じ動物でも、ライオンとかでは駄目なんだ。犬も駄目だし、猫も駄目だね。ウサギでないと。
 ウサギになりたい石なんだから、と笑った御主人。
 このウサギを彫った人が言うには、ウサギになりたい石の中にはウサギがいるもの。ただの石にしか見えないようでも、中にはウサギが住んでいる。それを彫り出すのが彫刻家。
 石に隠れているウサギを見付けて、「出して欲しい」という声を聞いて。
「そうなんだ…。最初からウサギが入ってたんだね」
 この石の中に、このウサギが。…それを見付けたのが、おじさんの友達…。
「そうらしいねえ、彫った本人に言わせると。この石にはウサギが隠れてたようだ」
 昔からそう言われるようだよ、彫刻をする人の間では。…その友達から聞いたんだけどね。
 本当の彫刻家は、彫るものの声を聞くらしい。…いや、見付ける目を持ってるのかな?
 彫ろうとしている材料の中に何がいるのか、何になりたいと思っているか。
 石だけでなくて、木の彫刻でも同じだね。名作と言われる彫刻なんかは、どれも彫刻家が中身を上手く彫り出した結果だという話だよ。
 彼に言わせれば、このウサギだって「ウサギになりたい」と言っていたわけだから…。
 声だけは聞こえたというわけなのかな、ちゃんとウサギになっているしね。



 名作と呼べるかどうかはともかく、と御主人はウサギを撫でていた。「でもウサギだね」と。
 それから暫くウサギを眺めて、撫で回したりして、「ありがとう」と御礼を言って家に帰った。石のウサギにも、「さようなら!」と手を振って。
 自分の部屋で制服を脱いで、ダイニングに行って、おやつを食べながら考えたこと。さっき見て来た、石で出来たウサギ。あの家の門扉の前に置かれて、今も座っているのだけれど…。
(ウサギになりたかった石…)
 御主人はそう言っていた。ブルーグレーの石の元の形は知らないけれども、中にウサギを隠していた石。今のウサギになる前は。
(丸い石だったか、ゴツゴツの石か、ぼくには分からないけれど…)
 御主人の友達はあの石に出会って、「ウサギの石だ」と中身を見抜いた。彫刻が趣味の人だから分かった、石の正体。さっきの御主人や自分が見たって、きっとウサギは見付からない。
(ああいう色の石の塊…)
 石があるな、とチラリと眺めて、そのまま通り過ぎるのだろう。ウサギには気付かないままで。石の中に隠れて、「外に出たいな」と、待ち焦がれているウサギが入っているのに。
(分かる人にしか、分からないウサギ…)
 そう考えると面白い。ウサギを隠していた石のこと。
 河原などにある丸い石だったか、山にあるようなゴツゴツの石か。ウサギは其処に隠れていた。あの御主人の友達が見付け出すまで、「ウサギを彫ろう」と考えるまで。
 自分はウサギを見付けることは出来ないけれども、とても素敵だという気がする。ああいう風にウサギなんかが、石の中から出てくるなんて。
(地球の上には、石が一杯…)
 山にも川にも、海辺にも石が転がっている。それは沢山、数え切れないほどの石たちが。
 丸い石やら、ゴツゴツの石や。抱え切れないような石から、ヒョイと持ち上げられる石まで。
 大理石のような石になったら、石切り場から切り出されもする。彫刻の素材や、建築用にと。
 そういう石に隠れたものを、見付け出すのが彫刻家。「この石は何になりたいのだろう?」と。
 石をじっくり見ている間に声がするのか、一目で中身が分かるのか。
 色々なものになりたい石を、彫刻家たちが彫ってゆく。石の声を聞いて、中に隠れたものを。
 今も昔も、せっせと彫っては石の中身を外に出す。帰り道に見たウサギみたいに。



 地球の上には石が沢山、ウサギになりたい石もいる。ライオンとかになりたい石も、他の動物が隠れている石も。
(地球じゃなくって、他の星でも…)
 探してみたなら、ウサギになりたい石が見付かるのだろうか?
 彫刻家ではない自分には無理でも、それが趣味の人や、プロの彫刻家が探しに出掛けたならば。
 地球は一度は滅びたけれども、生命を生み出した母なる星。
 その地球の上にある石だったら、ウサギもライオンも知っている。滅びる前の地球には、沢山の生き物たちがいた。地球は彼らの姿を見ていて、石たちも記憶しただろう。ウサギやライオンや、空を飛んでゆく鳥たちを。
(ちゃんと知ってるから、石の中にもウサギやライオン…)
 彼らの姿が入り込む。ウサギになりたい石も生まれれば、ライオンになりたい石だって。
 けれど、地球とは違う星。
 テラフォーミングされた星の上にも、そういった石はあるのだろうか?
 今は宇宙に幾つも散らばる、人間が暮らしている星たち。生命の欠片も無かった星でも、年月をかけて整備していって。木や草を植えて、海も作って。
 その星の上にも石はある。それこそ人が来るより前から、何も棲んでいない星だった頃から。
 其処にあった石はどうなのだろうか、中にウサギは入っているのか。
(最初からウサギがいない星でも、ウサギになりたい石とかがあるの?)
 中にウサギを隠している石。「早く出たいな」と、ウサギになれる日を待っている石。そういう石が他の星にもあるのか、それともまるで無いというのか。
(ウサギとかが住んでた、地球の石でないと…)
 中にウサギは入っていなくて、いい彫刻は作れないだとか。彫刻家たちが頑張ってみても、中にいるものが無かったならば、名作は生まれて来ないとか。
(まさかね…?)
 今の時代は、彫刻家だって大勢いる。あちこちの星で活躍している芸術家たち。
 石を相手にする彫刻家も多いわけだし、地球の石だけでは足りないだろう。どれほど地球の石が多くても、山にも川にも沢山の石が転がっていても。
 地球の石でしか名作を彫ることが出来ないのならば、彫刻家の数もグンと減ってしまいそう。



(…石を探しに地球に来るのも…)
 大変だよね、と思う宇宙の広さ。ソル太陽系の第三惑星、水の星、地球。
 此処まで来ないと「名作を作れる石」に出会えないなら、彫刻家を志す人だって減る。ふらりと山や河原を歩いてみたって、「石の声」に出会えないのなら。地球でしか、それが出来ないなら。
(地球に来るには、時間もお金も…)
 かかるのだから、彫刻家の卵たちは諦めてしまうことだろう。余程の才能が無い限り。師と仰ぐ人が褒めちぎってくれて、「君なら出来る」と何度も励ましてくれない限り。
(褒めて貰ったら、いつかは地球の石を使って名作を、って思うだろうけど…)
 そうでない人は「どうせ才能が無いのだから」と投げ出してしまって、それでおしまい。地球の石にさえ出会えていたなら、名作を彫れたかもしれないのに。
(そんなのだったら、彫刻をする人、ホントにうんと少なくなって…)
 高名な彫刻家は地球の人ばかりで、でなければ地球から近い星の人。いつでも気軽に石を探しに地球まで旅が出来る人。
 けれど、そうなってはいない。ソル太陽系から遠く離れた星にも、彫刻家たちは大勢いる。石があったら、とても見事な作品を彫り上げる人たちが。
 「地球の石でないと駄目だ」と聞いたことなどは無いし、何処の星でも彫刻に向いた石はある。大理石だって、他の様々な石だって。
(他所の星でも、きっと、神様が色々な魂…)
 それを石の中に入れるのだろう、と考えながら戻った二階の自分の部屋。
 空になったカップやケーキのお皿を、「御馳走様」とキッチンの母に返してから。
(…さっきのウサギは、地球の石だけど…)
 地球の石だから、中にウサギが入っていたって少しも不思議は無いけれど。
 他の星でも、きっと神様が、石の中に色々入れてくれるに違いない。人間が暮らすようになった星なら、石の中にもウサギや、ライオン。犬や猫だって、鳥だって。
(人が暮らせる星になったら、彫刻家になりたい人も生まれてくるし…)
 その人たちが困らないよう、神様が石に魂を入れる。ウサギやライオンを隠しておく。
 今の仕組みはきっとそうだ、と勉強机の前に座って頬杖をついた。
 何処の星でも、ウサギが入った石が見付かるのだろう、と。人間が暮らす星なら、きっと。



 今日の自分が出会ったウサギは、石の彫刻。ブルーグレーの石を彫り上げたもの。
 あのウサギを家の前に飾っていた御主人の友達は、石の中に隠れたウサギを見付けた。彫刻家が石を目にした時には、「何になりたい石」なのか分かる。ウサギだろうと、ライオンだろうと。
(木彫りも同じなんだよね?)
 石と同じで、木の中に何かが隠れているもの。御主人はそう話していた。石と木とでは、素材が違うというだけのこと。中にいるものを「見付けて」外に出してやるのが彫刻家。
 あちこちの星の石に神様が魂を入れるのだったら、木だって同じことだろう。テラフォーミングして木を植えたならば、その星の上には人間が住む。ちゃんと環境が整ったなら。
(海を作って、川とかも出来て…)
 もう充分だ、と判断されたら、作業員たちは引き揚げて行って、代わりに移住してゆく人たち。其処で人間たちが暮らし始めたら、石にも木にも、神様が魂を入れてゆく。
(彫刻をする人がそれに出会ったら、中のウサギとかが見付かるように…)
 中に隠れたものを見付けて彫っては、いろんな彫刻が出来るのだろう。地球でなくても、元々は何も棲んでいなかったような星でも。
 神様が中に入れた魂、ウサギやライオンを見付け出しさえすれば。木や石を彫る彫刻家たちが、中に隠れた色々なものを、上手く彫り上げてやったなら。
(そうやって、何処の星でも、名作…)
 地球でなくても、素晴らしい彫刻が生まれるのだ、と思った所で気が付いた。
 帰り道に見た石のウサギは、なかなかの出来。今にも跳ねてゆきそうだったのに、コンクールで賞を取ってはいない。あの御主人は「難しいだろうね」と言ったけれども、上手ではあった。
 けれど、あれとは正反対のものを、前の自分は知っている。
(前のハーレイ…)
 遠く遥かな時の彼方で、前の自分が愛した人。キャプテン・ハーレイと呼ばれていた人。
 前のハーレイは木彫りを趣味にしていたけれども、とても下手くそな腕前だった。あれが本当の下手の横好き、「彫らない方がマシ」と言えるほど。
 何を彫っても、ハーレイが目指した「芸術品」が出来はしなかった。彫ろうとしていたものとは違った彫刻が出来て、誰もが笑ったり、顔を顰めたり。
 どう見ても、「そうは見えない」から。まるで違った「変なもの」しか出来ないから。



 木彫りが趣味でも、お世辞にも「上手い」とは言えなかったのが、前のハーレイ。懸命になって芸術品を彫れば彫るほど、「下手だ」と呆れられ、墓穴を掘っていたようなもの。
 スプーンやフォークといった実用品なら、それは上手に彫れたのに。頼んで彫って貰う仲間も、何人もいたほどなのに。
 けして「腕が悪かった」わけではない彫刻家が、前のハーレイ。腕が悪いのなら、実用品などを彫っても下手くそな筈。曲がったようなスプーンが出来たり、歪んだフォークが出来上がったり。
 けれど、そうなってはいない。
 実用品なら引っ張りだこの腕前、芸術品だけが「とんでもない出来」に仕上がったのなら…。
(…ひょっとして、ハーレイ…)
 神様が木の中に入れた魂、それを見ないで芸術品を彫っていたのだろうか?
 石や木たちの声が聞こえる、本物の彫刻家たちとは違って。…「これを彫るのだ」という自分の考えだけで、木に挑んでいた「彫刻家」。
 木という素材を相手にするのが上手かっただけの、芸術とは無縁の製作者。学校の授業で工作をするのと同じレベルで、「上手く彫れる」というだけのことで。
(前のハーレイ、そうだったのかも…)
 なまじ上手に彫れるものだから、ハーレイ自身は芸術家気取り。ナイフ一本で器用に仕上げて、スプーンもフォークも誰もが喜ぶ出来だったから。
 ところがハーレイの中身はと言えば、「木の声なんかは聞こえない人」。本物の彫刻家の域には達していなくて、木の塊の中に「何かがいる」とは気付かないタイプ。
 木の中に何が隠れているのか、それを見ないで強引に彫っていったなら…。
(…ナキネズミだって、ウサギになるよね?)
 前のハーレイが、彫ろうとしていたナキネズミ。
 赤いナスカで生まれたトォニィ、SD体制始まって以来の初めての自然出産児。ミュウの未来を担う子供で、誰もが誕生を喜んだ。古い世代も、新しい世代も。
 そのトォニィの誕生を祝って、前のハーレイは自慢の木彫りを始めた。ブリッジで仕事の合間を見付けて、いつものナイフ一本で。トォニィにオモチャを作ってやろうと。
 きっとトォニィも喜ぶだろうと、ナキネズミを彫ることにしたハーレイ。ミュウとは馴染み深い生き物、思念波を使える動物を。…けれど出来上がったものは、誰が見たってウサギそのもの。



 ああなったのは、ハーレイの腕のせいではなくて、「彫刻家ではなかった」せいなのだろう。
 前の自分は深い眠りの中にいたから、現場を見てはいないけれども…。
(…ハーレイがナキネズミを彫るために…)
 倉庫に出掛けて、取り出して来た木の塊。趣味の彫刻のためにと残しておいた、シャングリラで育てた木材用の木の切れ端。狂いが出ないよう乾燥させては、取り出して彫っていたけれど…。
(これにしよう、って選んで、倉庫の中から出して来たヤツ…)
 その木の中に隠れていたのは、ナキネズミではなくて、ウサギだったに違いない。ナキネズミになりたい木とは違って、ウサギになりたいと思っていた木。
(でもハーレイには、木の声なんかは聞こえなくって…)
 木の中にいるものも見えはしなかった。彫刻家ではなくて、「木」という素材を彫るのが得意なだけだから。スプーンやフォークを上手く作れる、器用なだけのただの人間。
 ハーレイは「ウサギになりたい」木とは気付かず、木の塊を彫り進めた。自分が彫ろうと思った動物、ナキネズミを木から彫り出すために。
 けれど中には、ウサギだけしか入っていない木。ナキネズミなどは何処にもいない。ハーレイが頑張って彫れば彫るほど、ウサギは外に出たくなるから…。
(中のウサギが、我慢できずに出て来ちゃって…)
 ハーレイの木彫りが完成した時、其処にいたのは一匹のウサギ。…ナキネズミとはまるで違った尻尾の、長い二本の耳をしたウサギ。
(…出来上がったのが、ウサギだったから…)
 トォニィの母のカリナはもちろん、他の仲間たちも「ウサギなのだ」と思い込んだ。ハーレイも「違う」と言えはしなくて、それっきり。
 トォニィは「ウサギになった」ナキネズミを大切にし続け、後の時代まで残った「ウサギ」。
 「ミュウの子供が沢山生まれるように」という祈りがこもった、お守りなのだと信じられて。
 今ではウサギは宇宙遺産で、博物館の収蔵庫の中。レプリカの展示も大人気。
(…なんでナキネズミがウサギになるの、って思ってたけど…)
 前のハーレイの木彫りの腕にも呆れたけれども、原因は「ウサギになりたかった木」。
 それなら分かる、ナキネズミがウサギに変身したこと。前のハーレイが選んだ木には、ウサギが入っていたのなら。…ナキネズミが入っていなかったなら。



 きっとそういうことなんだ、と納得がいった「宇宙遺産のウサギ」。今のハーレイに聞かされるまでは、今の自分も「ウサギなのだ」と思い込んでいた、ナキネズミの木彫り。
(前のハーレイが作った、他の木彫りも…)
 あれと同じで、無理やり彫るから変な出来上がりになったのだろう。
 ヒルマンが頼んだ、知恵の女神ミネルヴァの使いのフクロウ。それはトトロになってしまった。SD体制が始まるよりもずっと昔の日本で愛された、可愛いオバケのトトロの姿に。
 他にも酷い彫刻は沢山、どれも原因は同じだと思う。前のハーレイが強引に彫ったこと。
(木の声を聞いてあげないから…)
 神様が木たちに与えた魂、その声を聞かずに彫ったハーレイ。自分が彫ろうと思ったものを。
 そのせいで酷くなったんだ、と考えていたら、チャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合わせで訊いてみた。
「あのね…。前のハーレイ、木の声をちゃんと聞いていた?」
 神様に貰った魂の声を、前のハーレイは、きちんと聞こうとしていたの…?
「はあ? 魂って…?」
 魂の声を聞いていたかと言われても…。前の俺は、そういう仕事をしてはいないが…?
 俺がキャプテンだったことを抜きにしてもだ、前の俺たちが生きた時代に、そんな仕事は…。
 今の時代も無いんじゃないのか、ずっと昔の地球にだったら、幾つもあった職業なんだが。
 神様の声を聞く人間とか、魂を呼び出す人間だとか、と見当違いなことを言い出したハーレイ。とうの昔に廃れてしまった、古典や歴史の世界の職業の名前を挙げ始めて。
「そうじゃなくって、木彫りだってば!」
 前のハーレイ、いろんなものを彫っていたでしょ、シャングリラで!
 あれを彫る前に、木の声を聞いてあげていたのか、それを質問しているんだよ…!
「木の声だって?」
 いったいお前は何が言いたいんだ、木は喋らないと思うがな…?
 黙って生えているだけなんだし、せいぜい葉っぱや枝が擦れて鳴るだけで…。
「それは生きてる木のことじゃない! ぼくが言うのは、木彫り用の木!」
 伐採した木の残り、貰って倉庫に仕舞っていたでしょ?
 あれを使って何かを彫る時、その木の声を聞いていたのか、知りたいんだよ…!



 今日の帰りに聞いたからね、と披露した話。顔馴染みの御主人に教えて貰ったこと。
 ブルーグレーの石の中にいて、御主人の友達に彫って貰って出て来たウサギ。中にウサギがいる石なのだ、と見付けて貰えて、今は立派なウサギの彫刻。門扉の前にチョコンと座って。
 彫刻の類はそういったもので、「中にいるもの」を彫り出してゆく。木の彫刻でも同じだ、と。
「ぼくが見たウサギは、あの石の中にいたんだよ。…ウサギの彫刻になる前にはね」
 丸い石だったのか、ゴツゴツの石かは知らないけれど…。中にウサギが入った石。
 そういう石を何処かで見付けて、中のウサギを出してあげたのがアレなんだよ。
「中に入っているってか…。その手の話はよく聞くな」
 古典の世界でも、定番ではある。
 木の中に有難い神様の姿が隠れているとか、そんな具合で。…それを彫ったら霊験あらたかで、お参りの人が大勢やって来たという話は多いぞ。
 今の時代も、何になりたいのか、耳を傾ける彫刻家とかは少なくないよな、うん。
 いい素材なんかが手に入った時は…、と今のハーレイは知っていた。石や木の声、それを捉えて中に隠れたものたちを彫ってゆく人。彫刻家と呼ばれる人たちのことを。
「ほらね。昔もそうだし、今だって同じなんだけど…」
 前のハーレイ、そういうのをちゃんと見付けてた?
 木彫りをしようと木を取り出したら、木の声を聞いてあげていたわけ?
 中には何が隠れているのか、何になりたいと思ってる木か。…声の通りに彫ってあげてた?
 石の中にいたウサギみたいに…、と問い掛けたけれど。
「いや…? なんたって、木彫りは俺の趣味だったしな?」
 今の俺は全くやっていないが、前の俺はあれが好きだった。いい息抜きにもなるもんだから。
 木の塊とナイフさえあれば、何処でも直ぐに始められるし…。
 空いた時間にポケットから出せば、ブリッジだろうが、休憩室だろうが、俺の憩いの空間だ。
 其処で気ままに彫ってゆくんだから、何を彫ろうが俺の自由だと思わんか?
 木の塊なんかの指図は受けんぞ、俺は彫りたいものを彫るんだ。…その時の気分で。
 スプーンやフォークの注文が入っていたなら別だが、そうでなければ気の向くままだな。
 こいつがいいな、と思い立ったら、そいつを彫ってゆくだけだ、と返った答え。
 予想した通り、ハーレイは「聞いていなかった」。木の塊の中に隠れたものたちの声を。



 それでは駄目だ、と零れた溜息。前のハーレイの彫刻が「下手だ」と評判だったのは、木の中にいるものを無視したから。…声を聞こうとしなかったから。
「やっぱりね…。ハーレイ、聞いていなかったんだ…」
 木の塊が何になりたいのか、まるで聞こうとしなくって…。中にいるのは何だろう、って眺めてみたりもしなかったから…。
 それでウサギになっちゃったんだよ、ウサギになるのも仕方がないよ。
「ウサギだと? 俺はウサギを見てもいないが…?」
 お前が言ってる、ブルーグレーの石で出来てるウサギってヤツ。石の彫刻で、そこそこ大きさがあるんだったら、夜の間も出しっ放しだと思うんだが…。
 気を付けて車を走らせていれば、此処へ来る途中に気付いただろうが、生憎と…。
 違う方でも見てたんだろうな、ウサギは知らん。…それで、ウサギがどうかしたのか?
 見ておけと言うなら帰りに見るが、とハーレイは勘違いをした。ブルーグレーの石で出来ていたウサギ、それが話の中心なのだと。…石のウサギではなくて、木のウサギのことを言いたいのに。
「違うってば。…石のウサギに出会ったお蔭で、前のハーレイのことに気が付いたんだよ」
 前のハーレイがやっちゃったことで、宇宙遺産になってるウサギ…。
 博物館でレプリカが展示されてるけれども、ハーレイ、あれはウサギじゃないって言ったよね?
 ぼくには今でもウサギに見えるし、博物館の説明なんかもウサギになっているけれど…。
 でも、本当は前のハーレイが彫ったナキネズミ。
 トォニィが生まれたお祝いに作って、プレゼントしてあげたナキネズミで…。
 いったい何処がナキネズミなの、って思っていたけど、今日のウサギで分かったよ。あの石の中にはウサギが入っていたらしい、って聞いて来たから。
 宇宙遺産のウサギになった木、ウサギが入った木だったんだよ。…あの石と同じで。
 ウサギになりたい、って思っていたのに、前のハーレイが無理やり彫ったから…。
 木の声は少しも聞いてあげずに、中にいるものも探さないままで…。
 ハーレイ、自分が彫りたいものが出来たら、好きなように彫っていたんでしょ?
 あの木もそうだよ、中にはウサギが隠れてたのに…。ウサギになりたい木だったのに…。
 トォニィにナキネズミを贈るんだ、って決めて勝手に彫っていくから…。
 ウサギの木なのに、ナキネズミにしようと思ってどんどん彫っちゃったから…。



 それでウサギになったのだ、と今のハーレイに向かって詰った。彫刻家の魂を持っていなかった前のハーレイを。実用品なら上手に彫れても、芸術品はまるで駄目だった彫刻家を。
「ハーレイが酷いことをするから、ウサギも酷い目に遭ったんだよ…!」
 いい彫刻家と出会えていたなら、ちゃんと最初から素敵なウサギになれたのに…。
 前のハーレイに捕まってしまったお蔭で、ナキネズミにされそうになっちゃって…。そんなの、ウサギも嫌だろうから、頑張ったんだよ。
 ハーレイがせっせと彫ってる間に、必死に抵抗し続けて。「ウサギになるんだ」って。
 うんと頑張って暴れ続けて、なんとかウサギになれたんだと思う。…下手なウサギだけど。
 でも、ナキネズミにされちゃうよりかはずっといいよね、ウサギなんだから。
 下手くそな出来のウサギでもね、と赤い瞳を瞬かせた。「ナキネズミにされるよりはマシ」と。
「おいおいおい…。そういう話になっちまうのか?」
 俺はナキネズミを彫ったというのに、ウサギなんだと思われちまって…。今もやっぱりウサギのままで、宇宙遺産にされちまってて…。
 あれが悔しいと思っているのに、お前はウサギだと言いたいのか?
 俺はナキネズミを彫ったつもりでも、出来上がったものは、木の中にいたウサギなんだと…?
 正真正銘、ウサギなのか、とハーレイが目を丸くするから、「そうだけど?」と返してやった。
「あれはウサギだよ、何処から見ても。…誰が見たってウサギだものね」
 そうなっちゃうのも当然だってば、元からウサギなんだから。…木の中に隠れて、ウサギになる日を待っていたウサギだったんだから。
 ヒルマンに彫ってあげたんだっていう、フクロウの木彫りだってそうでしょ?
 トトロにしか見えないフクロウだったけど、あれもハーレイが無茶をしたからだよ!
 本当はトトロになりたかった木を、フクロウにしようと彫ったから…。
 フクロウが出来上がるわけがないよね、木の中にいたのはトトロなんだもの…!
 どれもハーレイが悪いんだよ、と恋人の顔を睨み付けた。「木の声を聞いてあげないから」と。
「ちょっと待ってくれ。ウサギはともかく、トトロはだな…」
 トトロは子供向けの映画で、それに出て来たオバケに過ぎん。トトロは実在してなくて…。
「でも、魂はありそうじゃない!」
 魂があったら、ちゃんと神様が入れてくれるよ。木の中にも、石の中にもね…!



 前にハーレイに見せて貰った、遠い昔のトトロの映画。断片しか残っていない映画だけれども、ハーレイの記憶に刻まれた中身は温かかった。人間が自然を愛していた頃、思いをこめて作られた映画だったから。
 SD体制の時代までデータが残ったほどだし、オバケのトトロにも、立派に魂が宿っていそう。
 地球が滅びてしまった後にも、神様の手で拾い上げられて。…壊れないように守られて。
 白いシャングリラの中で育った、木にまで入り込むほどに。トトロになりたいと願う木の塊が、あの船の中にも生まれるほどに。
「うーむ…。トトロが入った木だったと言うのか、俺がフクロウを彫っていた木は?」
 ヒルマンがフクロウを頼んで来たから、腕によりをかけて彫ろうと選んだ木だったんだが…。
 あれの中にはフクロウはいなくて、代わりにトトロがいたんだな?
 でもって、トォニィにナキネズミを彫ってやった木には、ウサギが入っていやがった、と…。
 どっちも中身が外に出たがるから、フクロウはトトロになってしまって、ナキネズミはウサギに化けたってか…?
 俺の彫刻が下手だったのは、俺が選んだ木に入っていたヤツらのせいか…?
 フクロウもナキネズミも、そのせいで変になっちまったのか、とハーレイが嘆くものだから…。
「自業自得って言うんでしょ、それ。…木の声を聞いてあげないんだもの」
 何になりたいと思っている木か、ちゃんと聞いてから彫っていたなら、前のハーレイでも上手く彫ることが出来たんじゃないの?
 スプーンやフォークは上手に彫れたし、不器用だったわけじゃないんだから。
 だけど、芸術品は無理。…木の声を聞いてあげもしないし、中にいるものも探さないんだもの。
 これが本物の彫刻家の人たちだったら、きちんと探して彫るんだものね?
 ぼくが見て来たウサギもそうだよ、趣味の彫刻らしいけど…。コンクールに出しても、賞とかは取れないみたいだけれども、とても上手に出来てたってば。今にも跳ねて行きそうなほどに。
 あれを彫った人は、ちゃんと「石の中にウサギがいる」って見抜いていたんだよ…?
 ウサギの石だって分かってたんだよ、それでウサギを彫ったんだよ…!
 同じ趣味でも、前のハーレイのとは大違い。
 石の声を聞いて、中に隠れたウサギを見付けて、きちんと出してあげたんだから。
 ウサギになりたい木を捕まえて、ナキネズミにしようとしたハーレイとは違うんだから…!



 ホントのホントに大違いだよ、と下手な彫刻家だった恋人を責めた。「あんまりだよ」と。
 ウサギになりたかった木や、トトロになりたいと思っていた木。そういう木たちの声を聞こうとしないで、好き勝手に彫ろうとしたハーレイ。
 それでは木だって可哀相だし、出来上がった彫刻も可哀相。ウサギになろうと思っていたのに、「ナキネズミだ」と主張されるとか、トトロなのにフクロウにされるとか。
「ぼくだったら、悲しくて泣いちゃうよ…。自分が自分じゃなくなるだなんて…」
 ウサギに生まれたのにナキネズミだとか、トトロだったのにフクロウだとか。…悲しすぎるよ。
 宇宙遺産になったウサギは、みんなが間違えてくれたお蔭で、ちゃんとウサギになれたけど…。
 でも、ハーレイは今も「ナキネズミだ」って言うんだから。…本当はウサギの筈なのに。
 ハーレイに木の声が聞こえていたなら、そんなことにはならないんだよ…?
 出来上がった彫刻も褒めて貰えて…、と尖らせた唇。「前のハーレイ、ホントに酷すぎ」と。
「…要するにお前は、前の俺は彫刻家として、失格だったと言いたいんだな?」
 彫ろうと向き合った木の声が聞こえる才能が無くて、木の中身だって見えなくて。
 中身はウサギだと気付きもしないで、そいつで無理やりナキネズミを彫ろうと悪戦苦闘していた大馬鹿野郎。…そんなトコだろ、木の魂に逆らっちまって、下手なヤツしか彫れない人間。
 彫刻家としては失格な上に、才能の欠片も皆無だった、と。
 やらない方がマシな趣味だと言うわけか、とハーレイが眉間に寄せた皺。「下手だったが」と。
「スプーンやフォークは上手だったし、やらない方がマシだとまでは言わないけれど…」
 だけどウサギやトトロなんかは、芸術性の欠片も無いから…。
 その割に、ウサギが残っているけど…。百年に一度の特別公開、大人気のウサギなんだけど…。
 博物館をぐるっと取り巻く行列が出来るらしいもんね、と思い浮かべた宇宙遺産のウサギ。今はウサギとして知られている、キャプテン・ハーレイが彫ったナキネズミ。
「宇宙遺産のウサギだったら、立派なもんだぞ。…名前が少々、不本意だが」
 俺はナキネズミを彫ったというのに、ウサギだなんて間違えやがって…。今もそのままで…。
 とはいえ、芸術は後世に残ってこそだし、前の俺にも才能ってヤツがきちんとだな…。
「あったって言うの? あれが今でも残っているのは、ウサギが出て来てくれたからでしょ!」
 ハーレイがナキネズミにしようとしたって、ウサギになろうと頑張ったウサギ。
 ナキネズミだったら宇宙遺産になるのは無理だ、ってハーレイも言っていたじゃない…!



 宇宙遺産のウサギは、ミュウの子供が沢山生まれるようにという祈りがこもった大事なお守り。
 ウサギは豊穣と多産のシンボル、皆が勘違いをしてしまったから、ウサギは残った。宇宙遺産の指定を受けて、博物館に収められて。
 ただのナキネズミの木彫りだったら、オモチャとして扱われただろう。宇宙遺産になって残りはしないで、時の流れに消えていたのに違いない。
 ウサギにしか見えなかったお蔭で、ナキネズミの木彫りは今まで残った。前のハーレイがいくら頑張って「ナキネズミにしよう」と彫り進めたって、「ウサギになりたい」と思った木。
 彫ろうとしている木の声も聞かない、酷い彫刻家の腕にも負けずに、表に姿を現したウサギ。
「あのウサギが頑張ってくれたお蔭で、前のハーレイの彫刻が今でも残ってるんだよ」
 ナキネズミにされてたまるもんか、って、諦めないで、ちゃんとウサギになったから。
 ウサギに見える姿を手に入れたから、宇宙遺産のウサギなんだよ。
 木の中にいたウサギに感謝してよね、ハーレイの才能だなんて言わずに。無理やりナキネズミにしようとされても、ウサギは頑張ったんだから。
「…俺の腕ではないってか?」
 宇宙遺産のウサギがあるのは、前の俺が心をこめて彫ったお蔭だと思うんだが…。
「違うよ、木の中のウサギのお蔭!」
 ウサギが隠れていてくれたことと、頑張って表に出てくれたこと。その両方だよ、あのウサギが今も宇宙に残っている理由はね…!
 いつか本物の宇宙遺産のウサギに会えた時には御礼を言わなきゃ、とハーレイに注文をつけた。
 展示ケースの前に立ったら、「出て来てくれてありがとう」と。
 木の中のウサギが出て来たお蔭で、立派に宇宙遺産になれたし、今でも残る芸術だから。彫ったハーレイの腕はどうあれ、美術の教科書にも載るほどだから。
「御礼を言えって言われてもだな…。俺にとってはナキネズミだが…」
 あれは断じてウサギじゃなくてだ、ナキネズミというヤツなんだが…?
 訂正できる機会が無いだけだ、とハーレイは不満そうだけれども。
「ウサギになったから、宇宙遺産になって今まで残れたんでしょ!」
 ナキネズミじゃ残れないんだから!
 ただのオモチャの一つなんだし、何処かに消えて行方不明でおしまいだから…!



 絶対、残っていないからね、とハーレイに言葉をぶつけてやった。「残るわけが無いよ」と。
 木彫りのオモチャのナキネズミなどは、実際、残りそうにないから。
「しかしだな…。俺はナキネズミを彫ったのに…」
 そいつをウサギにされちまった上に、そのウサギにだな…。
 御礼を言わなきゃいけないのか、とハーレイは呻いているけれど。情けなさそうな顔をしているけれども、ナキネズミは今もウサギ扱い。前のハーレイが彫った頃から、ずっと。
 木の中のウサギの声も聞かずに、ナキネズミにしようと彫ったから。…ウサギらしい姿になってきたって、強引に彫った結果だから。
(木の声を聞いてあげもしなかった、酷い彫刻家が悪いんだしね?)
 ナキネズミがウサギになってしまうのは当たり前だし、悪いのは前のハーレイだと思う。
 それに、そんな彫刻家の作品が今まで残っているのも、木の中にいたウサギのお蔭。懸命に声を上げていたって、ナキネズミにされてゆくだけだから、と抵抗を続けたウサギが強かったお蔭。
 いつか本物の彫刻に会えた時には、ハーレイが何と文句を言っても、御礼を言おう。
 「出て来てくれてありがとう」と。
 前のハーレイがナキネズミにしようと彫り続けても、ちゃんと姿を見せたウサギに。
 ナキネズミにならずに、ウサギの姿になったウサギに。
 お蔭で、前のハーレイがトォニィのために作った木彫りを、今の自分が見ることが出来る。赤いナスカでは深い眠りの中にいたから、見そびれてしまったのだけど。
 とても下手くそな木彫りを眺めて、「ウサギだ」「いやいやナキネズミだ」と喧嘩も出来る。
 「ナキネズミだ」と譲ろうとしないハーレイと二人、傍から見たなら馬鹿みたいな喧嘩を。
(…ウサギに、御礼を言わなくちゃね…)
 今の時代まで宇宙遺産になって残れたのは、木の中のウサギのお蔭だから。
 ハーレイは無視して彫ったけれども、ウサギが頑張ってウサギの形になってくれたから。
 木の中に隠れていたウサギ。なりたかった姿を手に入れたウサギ。
 それにペコリと頭を下げよう、ハーレイが隣で「ナキネズミだぞ?」と低く唸っていても…。



              彫刻家と魂・了


※前のハーレイが作った、宇宙遺産の木のウサギ。実はナキネズミだったそうですが…。
 ウサギの形になったのは、木の中に隠れていた魂のせいかも。ウサギの姿になりたかった木。
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