シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
肌とお白粉
(お白粉…)
昔は有毒だったんだ、とブルーが驚いた新聞記事。学校から帰って、おやつの時間に。
記事に添えられている、昔の美女の絵。多分、江戸時代の浮世絵だろう。誰が描いたものかは、新聞には書かれていないけれども。
髪を結い上げた、白い肌の女性。今の感覚だと「美人なの?」と思うけれども、その時代ならば絶世の美女。だからこそ絵のモデルにもなる。女性の肌は雪のように白い。
(色の白いは七難隠す、って…)
言われたくらいに、白い肌が美しいとされていた時代。
当時の日本は小さな島国、おまけに鎖国をしていたほど。白人の血などは殆ど入って来なくて、日本人と言えば黄色人種。けして「白い」とは呼べない肌。肌が白くても、白人ほどには。
(この絵の人は真っ白だけど…)
実際、真っ白だったという。まるで雪のように、白い絵具を塗ったかのように。
その白い肌の秘密が「お白粉」。白い粉を溶いて、肌にたっぷりと塗り付けた。黄色人種の肌の色など、欠片も見えなくなるように。顔はもちろん、首にも、襟元から覗く胸にまで。
(そうすれば、誰でも真っ白な肌で…)
素晴らしい美人になれるのだけれど、お白粉には毒が含まれていた。
材料だった鉛の中毒、肌から身体に回ってゆく毒。本人の身体を蝕むばかりか、赤ん坊の乳母をしていた場合は、その子供にまで。
胸元まで塗り付けられたお白粉、それを飲んでしまう赤ん坊。お乳と一緒に、何も知らずに。
鉛の中毒は恐ろしいもので、毒が全身に回った時には命も失くしてしまったという。
(…そんな…)
お化粧で命を落とすなんて、と思うけれども、誰もやめようとはしなかった。お白粉の毒が原因なのだと分かった後にも、やめずに使い続けた人たち。
(鉛のお白粉の方が、肌に綺麗にのびるから…)
鉛を含まないお白粉なんて、と使いたがらなかった人が多かった。命よりも肌が大切だ、と。
そんな時代だから、女性ばかりか、役者も鉛の中毒になった。舞台に立つには、白い肌がいい。より美しく、と鉛の毒を知っても使い続けたという。「美しい」ことが役者の仕事だから。
女性も役者も、まさに命懸けだった白い肌。お白粉の毒で、命を落としてしまった時代。
なんてことだろう、と震え上がった。記事に添えられた浮世絵の美女も、お白粉で命を落とした可能性がある。こうして浮世絵に描かれた後には、鉛の中毒になってしまって。
其処まで誰もが追い求めていた「白い肌」。
当時の日本で生きた人なら、肌は「真っ白ではない」ものなのに。お白粉で覆い隠さない限り、何処か黄色くなるものなのに。
どんなに肌が白い人でも、白人の肌には敵わない。黄色人種に生まれた以上は。
(ぼくだと、生まれつき真っ白だけど…)
今の自分は、色素を全く持たないアルビノ。まるで色素を持っていないから、肌は真っ白、瞳も赤い。瞳の奥を流れる血の色、それを映した透き通る赤。
(昔の日本人だって…)
こういうアルビノに生まれて来たなら、理想の肌を手に入れただろう。七難隠すという肌を。
(だけど、肌だけ白くても…)
他が駄目だよ、と眺める浮世絵。古典の授業で教わるように、「緑の黒髪」が美女の条件。緑と言っても色とは違って、艶やかさをそう表すだけ。本当の髪の色は黒。夜の闇のように黒い髪。
(アルビノだったら、髪の毛が黒くなくなっちゃって…)
瞳の色も黒くなくなる。昔の日本人が見たなら、そういう女性は美人どころか…。
(雪女みたい、って怖がられちゃった…?)
人間離れしているのだから、どれほど美しい顔立ちでも。肌が雪のように白くても。
それでは駄目だ、と思うアルビノ。「昔の日本じゃ、誰も相手にしてくれないよね」と。
真っ白な肌を持つのがアルビノだけれど、自分のようなミュウに生まれなかったら、アルビノはとても大変らしい。今の時代は誰もがミュウだし、誰も困りはしないのだけれど…。
(お日様に当たったら、肌は火傷で…)
日焼けくらいでは済まなかった。真っ赤に焼けて、時には火ぶくれが出来たほど。
だから極力、避けた日光。日焼け止めを塗って、帽子を被って、手足も出来るだけ服で覆って。
(昔だったら…)
やっぱり真っ白な肌は大変。
お白粉の毒は無関係でも、場合によっては。
色素を持たないアルビノに生まれてしまった時には、弱すぎる肌を守らなければいけないから。
(お化粧だって、怖い時代があったんだね…)
鉛の中毒になっちゃうなんて、と驚かされた昔のお白粉。今日まで全く知らなかった。
今はもちろん、何の心配も無いけれど。お化粧品を使っていたって、どれも安全なものばかり。
遥かな昔に「身体に悪い」と騒がれたらしい、太陽からの紫外線だって…。
(ミュウには、なんの危険も無いから…)
まるで問題にはならない時代。夏の日盛りに外を歩いていたって、日が燦々と照ったって。
身体の中を流れるサイオン、それが防いでいる紫外線の害。遠い昔は恐れられたもの。
(日焼けしちゃったら、皺が増えるって…)
そう言われた時代もあったらしいけれど、今の時代は日焼けしたって、老化したりはしない肌。ミュウは外見の年齢を止められるのだし、若い姿で年を止めれば、若いまま。
(顔だけ若くて、皺が増えちゃう人もいないし…)
やはりサイオンは凄いと思う。アルビノの自分が、太陽の下でも平気なのと同じ。
夏になったら、日焼けしている人だって多い。子供でなくても、大人でも。
(お休みを取って、海とか山とか…)
出掛けて行って太陽を浴びて、すっかり日焼け。腕に半袖の跡がつく人や、水着の跡がくっきり残る人たちもいる。太陽の下で過ごした証拠で、本人たちは至って満足。
夏だけでなくて、一年中、日焼けで真っ黒な人も少なくはない。
きっと太陽が照っている時に、せっせと外でジョギングや散歩。そうして自慢の日焼けを保つ。日差しが弱い冬になっても、「今の内だ!」と外に飛び出して行って。
(真っ白よりかは、日焼けした方が…)
健康的に見えるものね、と自分だって思う。青白い肌より、断然、小麦色の肌。
アルビノの自分には無理だけれども、友達はみんな、自分みたいな「真っ白な肌」の代わりに、適度に日焼け。…夏になったら。
夏でなくても白すぎはしなくて、「男の子らしい」肌の色だから。
ああいう肌の方が健康的だよ、と新聞を閉じて、戻った二階の自分の部屋。空になったカップやお皿を、キッチンの母に返してから。
(夏になったら、友達はみんな…)
日焼けしているし、それ以外の季節も自分のように白くはない。「色の白いは七難隠す」という言葉は女性向けだから、男の自分が真っ白な肌をしていても…。
(江戸時代でも、誰も褒めてはくれないかも…)
役者になって舞台に立つなら、「お白粉無しでも白い肌」だけに、大人気かもしれないけれど。顔もこういう顔立ちだから、女性を演じる「女形」になっていたならば。
けれど自分は「今」の生まれで、江戸時代などに生きてはいない。真っ白な肌でも、いいことは何も無さそうな感じ。ひ弱に見えるというだけで。
(ぼくが日焼けをしていたら…)
どんな風だろう、と壁の鏡を覗いてみた。もっと健康的に見えるか、悪戯っ子のようにも見えるだろうか、と。
前にも少し、考えたことがあるけれど。…あの時はハーレイと二人だった。
今日は一人だし、鏡の向こうをじっと眺めて、自分の顔の観察から。日焼けしている肌を持った自分は、どんな具合になるのだろうか、と。
(んーと…?)
今と同じに銀色の髪でも、まるで違ってくる印象。肌の色が白くなかったら。
際立って見える赤い瞳も、肌が日焼けをしていたならば、今ほどには目立たないだろう。周りの肌色に溶けてしまって、「赤かったかな?」と思われる程度で。
(今だと、みんな振り返るけど…)
銀色の髪に赤い瞳で、ソルジャー・ブルー風の髪型の子供。すれ違ったら、誰もが驚く。本物のソルジャー・ブルーみたいだ、と振り返って見たりもするのだけれど…。
(日焼けしてたら、もうそれだけで…)
ソルジャー・ブルーとは変わる印象。同じ髪型でも、銀の髪でも。
(ああいう髪型の子供なんだ、って…)
眺めて終わりで、瞳の色にも気付かないまま、通り過ぎる人も多いと思う。真っ白な肌なら赤い瞳は目立つけれども、小麦色の肌に赤い瞳だと、「茶色かな?」と思われたりもして。
光の加減で瞳の色が違って見えるのは、よくあること。それと同じで、肌の色でも起こりそうな錯覚。白い肌なら赤く見える瞳が、小麦色の肌なら茶色っぽく見えてしまうとか。
(同じぼくでも、日焼してたら、かなり違うよ…)
ホントに違う、と勉強机の前に座って考えてみる。「日焼けした自分の姿」というのを。今とは全く違う肌の色、真っ白な肌でなかったならば、と。
(アルビノなんだし、日焼けは難しそうだけど…)
小麦色の肌など夢のまた夢、ほんのりと肌に色がついたら、それだけで上等だという気がする。真っ白な肌を少しだけでも、普通の肌色に近付けられたら。
(そうなったら、うんと健康的…)
自然に作れる肌の色はそれが限界でも、お化粧したなら、小麦色の肌にもなれるだろう。太陽の光をたっぷりと浴びて、こんがりと焼けた肌の色に。
遠い昔の人たちは「白い肌になりたい」と願ったけれども、その逆で。
鉛の毒を含んだお白粉、身体に毒だと分かった後にも、「白くなりたい」と使い続けた日本人。彼らとは逆に、真っ白な肌を日焼けした色に変えてみる。お白粉とは違う、化粧品で。
(いろんな色があるもんね?)
肌に乗せてゆく化粧品。母がドレッサーの前で使っているもの。
元の肌の色に合わせて選ぶようだけれど、きっと色々な色がある筈。同じ人でも、日焼けしたら色が変わるから。日焼けする前の化粧品だと、それまでの肌の色には合わない。
(日焼けの色を隠したいなら、そのままの色でいいけれど…)
こだわる人なら、買い替えたりもするのだろう。「今の肌なら、この色がいい」と。
それから、生まれつきの肌の色も様々。自分みたいなアルビノもいれば、とても濃い色の人も。
(ブラウみたいに黒い肌だと、そういう色の…)
化粧品が売られていると聞いたことがある。白くなるための化粧品ではなくて、黒い肌をもっと美しく見せるためのもの。艶やかになるのか、どう変わるのかは知らないけれど。
(黒い肌でも、そうなんだから…)
ハーレイのような褐色の肌でも、それに合わせて様々な色合いの化粧品。
褐色の肌を引き立たせるとか、逆に控えめに見せるとか。真っ白にするのは不自然だとしても、ほんの少しだけ控えた褐色。それだけで印象が変わるだろうから。
思い浮かべた、褐色の肌を持つ恋人。前の生から愛した人。
(ハーレイかあ…)
青い地球の上に生まれ変わった今も、褐色の肌を持つハーレイ。前のハーレイと全く同じに。
あの褐色の肌は、とてもハーレイに似合うと思う。柔道も水泳もプロ級の腕を持っているから、なんとも強くて逞しい感じ。
(夏に半袖を初めて見た時は、ドキッとしたし…)
柔道着を着たハーレイだって、かっこいい。褐色の肌をしているお蔭で、より強そうに見えると思ってしまう。日焼けした人が健康的に見えるのと同じで、あの褐色も「元気の色」。
(ハーレイの肌が、あの色だから…)
自分が日焼けした肌になったら、ハーレイの横に並んで立てば似合うだろうか?
二人で街を歩いていたなら、「お似合いのカップル」だと誰もに思って貰えるだろうか…?
(今のぼくだと、全然違う色なんだけど…)
お白粉も塗っていないというのに、雪のように白い色素の無い肌。アルビノだから、もう本当に真っ白でしかない肌の色。
そんな自分があのハーレイと並んでいたら、とても弱そうに見えることだろう。空に輝く太陽の日射し、それを浴びてもいないような肌。
(お日様の下で散歩をしたり、ジョギングしたり…)
そういった運動などとは無縁の、ひ弱な人間。肌の色だけで、そう思われそう。
実際、弱く生まれたけれども、それ以上に弱く見えるアルビノ。…肌の色が白いというだけで。小麦色の肌になれはしなくて、日焼けしたとしても、ほんのちょっぴり。
(このままだったら、そうなるけれど…)
化粧品を使って「日焼けした肌」を作り出したら、ガラリと変わるだろう印象。銀色の髪と赤い瞳は同じままでも、今とは違って見える筈の姿。
「日焼けした肌」でハーレイと一緒に歩いていたなら、健康的なカップルだと思って貰えそう。二人とも運動が好きなカップル、ジョギングだとか、水泳だとか。
(ハーレイ、ひ弱な恋人を連れているんじゃなくて…)
趣味のスポーツで知り合ったような、元気一杯の恋人とデート。傍目にはそう映るのだろう。
真っ白な肌の自分でなければ、「化粧した肌」でも、日焼けした肌の恋人ならば。
そんな話もしたんだっけ、と思い出す。ハーレイと二人で、「ぼくが日焼けしたら?」と。
あの時は、自然な日焼けばかりを考えていた。海に出掛けて日光浴とか、ハーレイが引っ張ってくれるゴムボートに乗って沖まで出掛けて、その間に日焼けするだとか。
化粧品などは思いもしなくて、日焼け止めとか、日焼け用のオイルの話をしただけ。化粧品など縁が無いから、そうなって当然なのだけど。
けれども、今日の自分は違う。お白粉の記事を読んだお蔭で、化粧品というものに気が付いた。黒い肌でも、褐色の肌でも、それに似合いの化粧品がある。
(ぼくみたいな肌でも、小麦色になれる化粧品…)
きっと売られているだろうから、それを使えば出来上がるのが日焼けした肌。アルビノの自分の限界を越えて、ほんのりとした日焼けよりもずっと、こんがりと小麦色の肌。
化粧品で日焼けした肌を作ってみようかな、と思っていた所へ、聞こえたチャイム。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合わせで問い掛けた。
「あのね、ハーレイ…。ぼくが日焼けしてたら、どう思う?」
うんと元気な子供みたいに、小麦色に。…夏になったら沢山いるでしょ、日焼けした子供。
大人の人でも大勢いるよね、ああいう肌をした、ぼくはどう?
今じゃないけど…。前のぼくと同じ背丈に育って、ハーレイとデートに行ける頃だけど。
「日焼けって…。しかも、小麦色ってか?」
ハーレイは目を丸くした。「この前も言ったが、こんがり焼くのは無理ってモンだろ」と。どう考えても無理に決まってる、というのがハーレイの意見。「太陽で火傷しちまうぞ」と。
「分かってるってば、ぼくだと火傷しちゃうってことは…」
ほんのちょっぴり日焼けするだけでも、きっと火傷をしちゃうんだよ。真っ赤になって、痛くて皮も剥けちゃって…。それでもいいから、って頑張ったって、日焼け出来るのは少しだけ。
だからホントに小麦色になるのは無理だけど…。
どう頑張っても無理だけれども、お化粧品を使えば出来るよ。ぼくだってね。
「化粧品だと?」
いったい何を使うと言うんだ、日焼け止めだと日焼けを防いじまう方だぞ?
日焼け用のオイルは、肌を保護してくれるモンだが…。
そいつを何度も塗り重ねたって、お前の肌だと、小麦色にはなれそうもないが…?
その前に痛くて泣いちまうんだ、とハーレイは呆れたような顔。「無茶はいかんぞ」と。
「お前は、日焼けで泣いた経験、無いらしいから…。その分、余計に大変だ」
普通はチビの間に泣いて、日焼けで痛くなっちまうのを避けるサイオンを身につけるんだが…。
お前の場合はそうじゃないだろ、身体が大きくなっているから、痛い部分も増えるんだぞ?
子供の背中と大人の背中じゃ、大きさがまるで違うんだから。
小麦色の肌など、アルビノの身体じゃ無理なんだし…。やめておくんだな、そんな挑戦。
結果はとっくに見えてるじゃないか、とハーレイが言うから、首を横に振った。
「ホントに焼くって言っていないよ、お化粧品って言ったじゃない」
昔のお白粉の逆だってば。
今日の新聞に載っていたんだよ、ずっと昔はお白粉に毒があったんだ、って…。鉛の毒が入ったお白粉。肌が白いほど美人なんだ、って思われてたから、鉛の中毒が多かった、って…。
「おっ、そんな記事が載ってたか?」
化粧も命懸けだった時代の話だよなあ、毒だと分かっちまった後は。…きっとその前から、何か変だと思っていた人はいたんだろうが…。
鉛入りのお白粉は毒なんだ、と分かった後にも、使いたいヤツが大勢いたのが凄い所だ。
人間、綺麗になるためだったら、命も惜しくないのかもなあ…。
俺にはサッパリ分からんが、とハーレイがフウと零した溜息。「何も其処までしなくても」と。
「ぼくも分からないよ。いくら綺麗だって褒めて貰っても、死んじゃったらおしまい…」
生まれ変わって来られた時には、記憶は無くなっちゃってるから。…ぼくたちみたいに、神様が奇跡を起こしてくれない限りは。
それなのに命懸けでお化粧なんて、って考えていたら、日焼けの方に頭が行っちゃって…。
ぼくだと生まれつき真っ白だけれど、お化粧したら違う色にもなれるよね、って思ったんだよ。
肌の色って色々あるでしょ、ハーレイみたいな褐色だとか、ブラウみたいな黒だとか…。
どんな肌でも、それに合わせたお化粧品があるものね…?
「確かにあるなあ、黒い肌だとビックリだよな」
何度も見てるが、化粧をしようと取り出すケース。…なんて呼ぶんだか、小さな鏡つきのヤツ。
あれの蓋をパカッと開けてみるとだ、中身がちゃんと真っ黒なんだ。
顔にパタパタはたいてるんだが、俺が見たってよく分からん。化粧する前と、どう違うのか。
学生時代によく見たもんだ、とハーレイは懐かしそうな顔。柔道も水泳も、あちこちの地域から選手が来るから、黒い肌の女性もいたという。
試合で汗を流した後には、着替えて懇親会などもあった。其処で見ていた化粧する女性。
「そっか…。やっぱり黒い肌だと、お化粧品だって黒いんだよね?」
だったら小麦色のもあるでしょ、日焼けしている人用に。…顔だけ違う色にならないように。
ぼくが言うのは、そういうお化粧品のこと。それを使えば、ぼくだって小麦色の肌になれるよ。うんと健康的な感じで、ハーレイと並んだら絵になりそう。
スポーツで知り合ったカップルみたいで、ハーレイの恋人にピッタリじゃない…?
真っ白な肌のぼくよりも、と自信たっぷりで提案した。「ちゃんとお化粧すればいいよね」と。きっと賛成して貰えるだろう、と考えたのに…。
「お前なあ…。健康的なカップルってヤツは、ともかくとしてだ…」
俺の気持ちはどうなるんだ?
小麦色の肌に見えるよう、化粧しているお前を連れてる、俺の気持ちは…?
ちゃんと其処まで考えたのか、と問い掛けられた。「俺の気持ちまで考えてるか?」と。
「え? ハーレイの気持ちって…」
それならきちんと考えたってば、やっぱり絵になる方がいいでしょ?
真っ白な肌で、見るからに弱そうなぼくを連れているより、元気一杯に日焼けしている、ぼく。
ハーレイは運動が大好きなんだし、そういうぼくが好きだよね、って…。
ひ弱に見えるぼくよりも、と瞳を瞬かせた。中身は変わらず弱いままでも、見た目だけでも健康そうなら、ハーレイに似合いの恋人だから。
「何を考えているんだか…。お前らしいと言ってしまえば、それまでだがな」
いいか、俺は今のままのお前が好きなんだ。…今のお前が。
間違えるなよ、チビのお前っていう意味じゃない。チビなのは横に置いておいて、だ…。
俺はアルビノのお前が好きだと、前にも言ったと思うがな?
前のお前が成人検査で失くしちまった、金色の髪と水色の瞳。それを知ってはいるんだが…。
俺がこの目で見ていたお前は、出会った時からアルビノだった。金色と水色のお前は知らない。
だから、お前はアルビノに限る。…アルビノだからこそ、俺が知ってるお前なんだ。
なのに日焼けをするって言うのか、わざわざ化粧で小麦色の肌に…?
それはお前の姿じゃないぞ、とハーレイは少しも喜ばなかった。小麦色の肌の恋人になったら、とてもハーレイに似合うのに。…ひ弱な恋人を連れているより、絵になるのに。
「日焼けした、ぼく…。小麦色の肌のぼくだと、駄目なの…?」
本当に日焼けするんじゃないから、ぼくは「痛い」って泣いたりしないよ?
出掛ける前に、お化粧するのに時間がかかるかもしれないけれど…。でも、今のぼくより、肌の色はずっと、丈夫そうな感じになるんだから…。
いいと思うよ、と重ねて言った。本物の日焼けは大変な上に、小麦色の肌にもなれそうにない。けれど化粧をするなら簡単、そのための時間を取りさえしたら。
「小麦色の肌になったお前か…。試してみたいと言うんだったら、止めはしないが…」
化粧をするって手もあるんだが、俺としては白い肌のままのお前がいいな。
そういうお前しか知らない、ってことは抜きにしたって、真っ白な肌のお前がいい。健康そうに日焼けしている、小麦色の肌のお前よりもな。
断然、白だ、と一歩も譲らないハーレイ。「白い肌のお前の方がいい」と。
「どうして? …なんで、白い肌のぼくの方がいいわけ?」
白い肌だと、誰が見たって弱そうにしか見えないよ?
普通に白いだけならいいけど、ぼくはアルビノなんだから。…少しも色が無くて、真っ白。
そんな色のぼくを連れているより、小麦色の肌が良さそうだけど…。お化粧で小麦色に見せてるだけでも、本当は真っ白な肌のままでも。
ちゃんと上手にお化粧をすれば、きっと自然に見えるから…。お化粧だなんて、バレないから。
そういうぼくと並んでいたら、絶対に絵になりそうなのに…。
弱そうなぼくとデートするより、ハーレイだって鼻高々だと思うんだけど…。
元気そうな恋人の方がいいでしょ、と繰り返した。柔道と水泳で鍛えた今のハーレイ。その隣に並んで歩くのだったら、同じように鍛えていそうな恋人、と。
身体が華奢に出来ていたって、日焼けしていれば印象は変わる。「細いけれども、強いんだ」と勘違いだってして貰える。「ああ見えてもきっと、スポーツが上手いに違いない」と。
「俺はそのようには思わんが?」
柔道部のヤツらを連れて歩くのとは違うんだ。…誰と歩こうが俺の勝手で、俺の趣味だぞ。
俺が「素敵だ」と思ったからこそ、連れて歩くのが恋人だろうが。
それに、真っ白な肌のお前の方が守り甲斐がある、とハーレイは笑みを浮かべてみせた。
「そう思わんか?」と。「小麦色の肌をしたお前だったら、そうはいかんぞ」とも。
「お前が元気一杯だったら、俺の出番が無くなるだろうが」
化粧とはいえ、小麦色の肌になっちまったら、見た目は元気一杯だしなあ…。弱くはなくて。
そんなお前を連れていたって、俺としては、あまり愉快じゃないぞ?
お前と一緒なことは嬉しくても、さて、どう言えばいいんだか…。
真っ白な肌のお前だったら、もう見るからに弱そうだしなあ、強い俺が守ってやれるんだが…。小麦色の肌で元気一杯のお前となったら、守る必要、無さそうだろうが。
お前は充分、強いわけだし、俺の後ろに隠れる代わりに、一緒に戦いそうだから。
今はすっかり平和な時代で、戦う敵など何処にもいないわけだが、イメージってヤツだな。
強いお前だとそうなっちまうし、弱いお前の方がいい、とハーレイは至極真面目な顔。小麦色の肌の元気な恋人よりも、真っ白な肌の弱そうな恋人の方がいいのだ、と。
「弱いぼくがいいって…。そういうものなの?」
ハーレイが連れて歩く恋人、見た目からして弱そうなのがいいの…?
「俺としてはな。そっちの方が俺の好みだ」
恋人を守ってやれる強さを誇れるんだぞ、弱そうなのを連れてたら。…俺が守っているんだと。
しかしだ、元気一杯で強そうなのを連れていたなら、大人しく守られていそうにないし…。
俺が「隠れていろ」と言っても、「ぼくも戦う!」と出て来そうでな。
「でも、ハーレイには似合いそうだと思うんだけど…」
一緒に戦いそうな恋人。…柔道の技で投げ飛ばすだとか、そういうことが出来そうな、ぼく。
ハーレイも自慢できそうじゃない、と恋人の鳶色の瞳を見詰めた。今のハーレイはプロの道への誘いが来たほど、柔道も水泳も腕が立つ。とても強いのだし、それに相応しい恋人が似合い。
「そいつはお前の思い込みだな、残念ながら」
お前が何と言っていようが、俺の考えは変わりやしない。周りのヤツらがどう見ようとも。
「弱そうなのを連れているな」と思われたって、お前の肌はだ…。
健康そうな小麦色より、今の真っ白な肌がいい。少し日に焼けても、火傷しそうな白いのが。
そういうお前に俺は惹かれるし、わざわざ化粧で小麦色なんかにしなくても…。
お前が納得いかんというなら、逆を想像してみるんだな。…逆のケースを。
想像力を逆に働かせてみろ、と言われたけれども、分からない。逆というのは何だろう?
「…逆って?」
逆のケースって、どんな意味なの?
ぼくの肌の色は真っ白なんだし、逆になったら小麦色だよ。…もう何回も言ったけれども。逆にしたなら何だって言うの、ぼくが最初から小麦色の肌の子供っていう意味なの…?
今のアルビノのぼくじゃなくって…、と自分の顔を指差したけれど、ハーレイは「逆だぞ?」と即座に否定した。「逆と言ったら、逆なんだ」と。
「よく考えてみるんだな。…幸いにして俺たちは、前の通りに生まれ変わって来たが…」
お前も俺も、前とそっくり同じ姿になれる器を手に入れたんだが、其処の所が問題だ。
さっきからお前は、自分のことばかり言ってるが…。アルビノよりも小麦色の肌だとか、化粧で小麦色の肌を手に入れるとか。
そいつはお前の問題なんだが、もしもだな…。俺が白い肌だったらどうするんだ?
お前はアルビノのままだったとしても、今の俺の肌が、褐色じゃなくて白い肌だったら…?
真っ白なお前には及ばないにしても、白い肌をした人間ってヤツは幾らでもいるんだからな…?
こういう肌の俺でなければどうなんだ、とハーレイが指先でトンと叩いた自分の手。前と少しも変わらない色で、とても馴染みの深い褐色。
その肌の色が、この褐色ではなかったら。…白い肌に生まれたハーレイだったら、どうだろう?
(…顔立ちも身体も、前のハーレイと同じだけれど…)
肌の色が白くなってたら…、と恋人の姿をまじまじと見た。
眉間に刻まれた癖になった皺、それは同じでも、肌が白ければ見た目が変わる。鳶色の瞳を囲む肌だって、やはり同じに白くなる。武骨な手だって、逞しくて太い首筋だって。
「…なんだかハーレイじゃないみたい…」
ハーレイの顔だけど、ハーレイじゃないよ。…肌の色が白くなっちゃったら。
ぼくの知ってるハーレイじゃなくて、だけどやっぱりハーレイで…。ハーレイなんだけど…。
「よし。その俺の姿は、強そうに見えるか?」
今の俺と少しも変わらないくらい、強そうな姿のハーレイなのか…?
「…強そうかって…。うーん…」
どうなんだろう、白い肌でも、ハーレイには違いないんだけれど…。
白い肌を持っている人間でも、強い人なら大勢いる。プロのスポーツ選手も沢山。
だから「白い肌の人は弱い」などとは思わないけれど、それを見慣れたハーレイの身体で考えるならば、答えは違ってきてしまう。
褐色の肌に慣れているから、その色が白くなったなら。…今よりもずっと薄い色になって、白い肌だと言える姿になったなら。
「…ハーレイが白くなっちゃったら…。逞しさ、ちょっぴり減っちゃうかも…」
今とおんなじ強さのままでも、見た目が弱い気がするよ。ホントにそんなに強いのかな、って。
日焼けした人と、していない人なら、日焼けした人の方が強そうに見えてくるのと同じで。
…ハーレイの肌の色、日焼けなんかじゃないんだけれど…。
「ほら見ろ、お前もそうだろうが。ただし、俺とは逆なんだが」
俺が同じ強さを持っていたって、肌の色一つで印象が変わる。強そうなのか、弱そうなのか。
前の俺は柔道なんかは全くやっていなかったんだが、お前が知ってた俺はこういう姿だし…。
白い肌になってしまっていたなら、お前、ガッカリしていたかもなあ…。再会した時に。
ただのキャプテンでも、褐色の肌を持っていただけで、見た目の逞しさが何割かは増していたと思うし…。それがすっかり無くなっちまって、白い肌になった俺だとな。
白い肌だと、弱いハーレイに見えないか、という質問。「前よりも腕は立つんだがな」と。
「そうなのかも…。なんだか弱くなっちゃったかも、って…」
でも、ハーレイはハーレイなんだし、直ぐに慣れるよ。
最初はビックリしちゃいそうだけれど、今のハーレイが強いってこともじきに分かるし…。
ぼくなら少しも困らないってば、同じハーレイなんだもの。
肌の色が前とは違うってだけで、顔立ちとかは前のハーレイとおんなじだから…。
その内に慣れて平気になるよ、と言ったのだけれど、ハーレイは「そうか?」と返して来た。
「慣れてしまえば、それでいいのかもしれないが…」
だが、どちらかを選べるんなら、元のままの俺がいいだろう?
褐色の肌を失くしちまって白い肌になった、何処か弱そうに見える俺よりは。
お前は強そうに見えた時代を知ってるんだし、その頃の俺と同じだったら、と思わんか…?
「うん…」
選べるんなら、その方がいいよ。…白い肌より、褐色の肌をしたハーレイの方が…。
肌の色で強さは変わらないけど、と頷いた。選べるものなら、褐色がいいに決まっているから。白い肌をしたハーレイよりかは、褐色の肌のハーレイがいい。
「分かったか? それと同じだ、俺の方もな」
生まれ変わって健康的な小麦色の肌になったお前より、真っ白な肌のお前がいいわけで…。
守り甲斐があるし、連れて歩きたいと思うお前は、真っ白な肌の弱そうなお前だ。
お前がアルビノに生まれてくれてて、本当に良かった。
弱い身体になっちまったのは可哀相だが、それでもやっぱり、今のお前が一番いい。…俺はな。
日焼けしたお前に再会してたら、俺も途惑う。
お前が白い肌をした俺に会うのと同じくらいに、いや、それ以上にショックだろうなあ…。
健康的なお前だなんて、とハーレイが嘆きたくなるのも分かる。
サイオンは不器用だったとしたって、とても健康に生まれていたなら、ハーレイには恋人を守ることが出来ない。「大丈夫か?」と気遣わなくても、健康そのもの。倒れもしなくて元気一杯。
「そうだよね…。パタリと倒れてしまいもしないし、病気で寝込んだりもしないし…」
いつ見ても元気一杯のぼくで、ハーレイの隣ではしゃいでるだけ。…疲れもせずに。
ハーレイはとてもガッカリだろうし、なんだか悪い気がするから…。
そうなっていたら、ぼく、白くなろうと頑張ったかも…。
ハーレイに前のぼくを見せたくて、せっせとお化粧するんだよ。白い肌で弱く見えるように。
二人で並んで歩いてる時は、ひ弱な感じになるように。
…命懸けでお化粧していた人の気持ちが、今、少しだけ分かったよ。
ハーレイが喜んでくれるんだったら、命懸けでも、お化粧、するかも…。
したくなるかも、と思った昔のお白粉。それが毒だと分かった後にも使い続けた、小さな島国で生きた人たち。肌を美しく見せるためにと、鉛が入っていた毒のお白粉を身体に塗って。
「命懸けで化粧するだって?」
穏やかじゃないな、お前、何をするつもりなんだ…?
「さっきの話だよ、昔のお白粉…」
毒なんだって分かっていたのに、使うなんて、と思ったけれど…。
ハーレイに素敵なぼくを見て貰うためなら、ぼくだって使っちゃうのかも…。毒のお白粉でも。
「ああ、あれなあ…」
そういう女性もいたかもしれんな、健気な人が。…毒でも、恋人に喜んで貰おうと使った人。
命が懸かっていたとしたって、やはり気になるものなんだろうな、とハーレイが言う肌の色。
遠い昔の日本の女性は、真っ白な肌が美人の条件だからと、毒のお白粉を使い続けた。少しずつ身体を蝕んでゆく鉛の毒に気付いた後にも、「これが一番いいお白粉だから」と。
毒入りではない新しいお白粉、それが毒入りのものと変わらない品質になるまでは。
(…ハーレイのためなら、ぼくだって…)
きっと使おうとするのだろう。小麦色に日焼けする肌に生まれていたなら、アルビノだった前の自分の真っ白な肌に近付けるために。
(…ぼくが小麦色の肌をしてたら、ハーレイだって気にするし…)
いくら慣れても、前の自分の白い肌を思い出すだろう。「ブルーの肌はこうじゃなかった」と。それと同じに自分も気にする。「前のぼくなら、こうじゃない」と。もっと白い肌をしていたと。
(真っ白な肌に戻れるんなら、毒のお白粉でも使っちゃいそう…)
前の通りであろうとして。ハーレイが今も見たいであろう、真っ白な肌を見せようとして。
「ねえ、ハーレイ…。ぼくがアルビノじゃない身体に生まれてしまってて…」
すっかり日焼けしてしまってたら、白くなろうと頑張るけれど…。
毒のお白粉は使わなくても、お日様に当たらないようにするとか、頑張って白くするけれど…。
ハーレイが白い肌に生まれていたら、どうするの?
ぼくと出会って記憶が戻っても、ハーレイの肌が今の褐色じゃなかったら…?
どうすると思う、と尋ねてみた。褐色の肌を手に入れようと努力するのか、しないのか。
「俺の場合か? もちろん、日焼けしようとするな」
元が白い肌がこの色になるまで、日焼けするのは大変そうだという気がするが…。
化粧よりかは、自然な日焼けが一番だ。
お前みたいに弱くはないしな、太陽の下を走り回っても倒れちまうことは無いモンだから。
暇を見付けてはせっせと日焼けで、こういう色を手に入れるまで頑張ることは間違いないぞ。
化粧なんぞは誤魔化しだ、とハーレイは日焼けするらしい。褐色の肌に生まれなかったら、前と同じ色を手に入れるために。
「肌の色だけで逞しさが増す」という、褐色の肌。
白い肌より強く見える色を、前のハーレイとそっくり同じな色を身体に取り戻すために、重ねる努力。夏の盛りの頃はもちろん、他の季節も太陽の光を浴び続けて。
化粧はしないで、自分で色を取り戻すのが今のハーレイ。褐色の肌になりたいのならば、化粧をすれば簡単なのに。いくらでも楽に染められるのに。
「お化粧じゃなくて、日焼けするなんて…。ハーレイらしいね、今のハーレイ」
うんと大変そうな道でも、日焼けの方を選ぶんだ。…直ぐに手に入る化粧品じゃなくて。
「当たり前だろうが、俺はお前とは違うしな?」
お前が日焼けしようとしたって限界があるし、化粧品だと言うのも分かる。
小麦色の肌に生まれちまった時にも、化粧品で白くしようとするのも。
しかしだ、俺の場合はガキの頃から外ばかり走り回っていたしな、白い肌でも日焼けしたろう。白い肌に生まれていたとしたって、お前と再会する頃になったら、この通りっていう褐色に。
もっとも、俺はこの肌の色が好きなんだが…。
生まれた時からこの色なんだし、白くなりたいと思ったことなど一度も無いぞ。
前の俺の記憶が戻って来ようが、戻って来るより前だろうが…、とハーレイは笑う。これが今の俺の肌の色だから、と。
「ぼくもそうだよ、生まれた時から真っ白だから」
日焼けした肌の方がいいよね、って思ったことは一度も無いけれど…。ぼくはぼくだから…。
ハーレイと日焼けの話をしていたりして、ちょっぴり憧れてしまっただけで。
…ぼくの肌の色、ハーレイだって、このままの色がいいんだね?
デートする時に連れて歩くの、弱そうに見える白い肌のぼくでも…?
「うむ。日焼けしたように見える化粧まではしなくていい」
俺は守り甲斐のあるお前が好きだし、そういうお前を連れて歩くのが俺の幸せなんだから。
自然に日焼けをしちまった時は、話は別になるんだがな。
それに、お前が…。
どうしてもやってみたいと言うなら、止めないが。
人間、誰しも、持っていないものに憧れる。お前が小麦色の肌が欲しいなら、俺は止めない。
化粧してでも、そういう色になってみたいと思うんだったら、それもいいだろう。
好きにしていいぞ、と言われたけれども、化粧する気は無くなった。
いいアイデアだと考えたけれど、ハーレイに似合いの恋人の肌だと思ったけれど…。
(…でも、ハーレイが好きな肌の色は真っ白で…)
アルビノだったソルジャー・ブルーの肌の色。今の自分が持っている色。
自分もハーレイの肌は褐色がいいし、ハーレイも本当に白い肌の「ブルー」が好きなのだろう。
そう繰り返して言っていたから、小麦色をした肌の「ブルー」より、白い肌の「ブルー」。
ハーレイが好きな、その色に生まれて来た自分。
色素を持たないアルビノに生まれて、小麦色には日焼けできない真っ白な肌。
違う色に生まれて来たのだったら、懸命に白くしようとしたって、今の自分の肌の色は…。
(今のハーレイだって、一番好きな真っ白の筈で…)
小麦色の肌など必要ない、とハーレイが断言しているのだから、化粧はしない。
健康的な肌の色も素敵だと思うけれども、自分はこの色。
ハーレイが一番好きでいてくれる色は、前と同じに真っ白な色のアルビノの肌。
その色なのだと分かっているから、小麦色の肌になってみたりはしない。
命懸けで毒のお白粉を使って白くしなくても、最高の色の肌を持っているのが自分だから。
ハーレイが好きな色の肌があるなら、それ以上は何も望まないから…。
肌とお白粉・了
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昔は有毒だったんだ、とブルーが驚いた新聞記事。学校から帰って、おやつの時間に。
記事に添えられている、昔の美女の絵。多分、江戸時代の浮世絵だろう。誰が描いたものかは、新聞には書かれていないけれども。
髪を結い上げた、白い肌の女性。今の感覚だと「美人なの?」と思うけれども、その時代ならば絶世の美女。だからこそ絵のモデルにもなる。女性の肌は雪のように白い。
(色の白いは七難隠す、って…)
言われたくらいに、白い肌が美しいとされていた時代。
当時の日本は小さな島国、おまけに鎖国をしていたほど。白人の血などは殆ど入って来なくて、日本人と言えば黄色人種。けして「白い」とは呼べない肌。肌が白くても、白人ほどには。
(この絵の人は真っ白だけど…)
実際、真っ白だったという。まるで雪のように、白い絵具を塗ったかのように。
その白い肌の秘密が「お白粉」。白い粉を溶いて、肌にたっぷりと塗り付けた。黄色人種の肌の色など、欠片も見えなくなるように。顔はもちろん、首にも、襟元から覗く胸にまで。
(そうすれば、誰でも真っ白な肌で…)
素晴らしい美人になれるのだけれど、お白粉には毒が含まれていた。
材料だった鉛の中毒、肌から身体に回ってゆく毒。本人の身体を蝕むばかりか、赤ん坊の乳母をしていた場合は、その子供にまで。
胸元まで塗り付けられたお白粉、それを飲んでしまう赤ん坊。お乳と一緒に、何も知らずに。
鉛の中毒は恐ろしいもので、毒が全身に回った時には命も失くしてしまったという。
(…そんな…)
お化粧で命を落とすなんて、と思うけれども、誰もやめようとはしなかった。お白粉の毒が原因なのだと分かった後にも、やめずに使い続けた人たち。
(鉛のお白粉の方が、肌に綺麗にのびるから…)
鉛を含まないお白粉なんて、と使いたがらなかった人が多かった。命よりも肌が大切だ、と。
そんな時代だから、女性ばかりか、役者も鉛の中毒になった。舞台に立つには、白い肌がいい。より美しく、と鉛の毒を知っても使い続けたという。「美しい」ことが役者の仕事だから。
女性も役者も、まさに命懸けだった白い肌。お白粉の毒で、命を落としてしまった時代。
なんてことだろう、と震え上がった。記事に添えられた浮世絵の美女も、お白粉で命を落とした可能性がある。こうして浮世絵に描かれた後には、鉛の中毒になってしまって。
其処まで誰もが追い求めていた「白い肌」。
当時の日本で生きた人なら、肌は「真っ白ではない」ものなのに。お白粉で覆い隠さない限り、何処か黄色くなるものなのに。
どんなに肌が白い人でも、白人の肌には敵わない。黄色人種に生まれた以上は。
(ぼくだと、生まれつき真っ白だけど…)
今の自分は、色素を全く持たないアルビノ。まるで色素を持っていないから、肌は真っ白、瞳も赤い。瞳の奥を流れる血の色、それを映した透き通る赤。
(昔の日本人だって…)
こういうアルビノに生まれて来たなら、理想の肌を手に入れただろう。七難隠すという肌を。
(だけど、肌だけ白くても…)
他が駄目だよ、と眺める浮世絵。古典の授業で教わるように、「緑の黒髪」が美女の条件。緑と言っても色とは違って、艶やかさをそう表すだけ。本当の髪の色は黒。夜の闇のように黒い髪。
(アルビノだったら、髪の毛が黒くなくなっちゃって…)
瞳の色も黒くなくなる。昔の日本人が見たなら、そういう女性は美人どころか…。
(雪女みたい、って怖がられちゃった…?)
人間離れしているのだから、どれほど美しい顔立ちでも。肌が雪のように白くても。
それでは駄目だ、と思うアルビノ。「昔の日本じゃ、誰も相手にしてくれないよね」と。
真っ白な肌を持つのがアルビノだけれど、自分のようなミュウに生まれなかったら、アルビノはとても大変らしい。今の時代は誰もがミュウだし、誰も困りはしないのだけれど…。
(お日様に当たったら、肌は火傷で…)
日焼けくらいでは済まなかった。真っ赤に焼けて、時には火ぶくれが出来たほど。
だから極力、避けた日光。日焼け止めを塗って、帽子を被って、手足も出来るだけ服で覆って。
(昔だったら…)
やっぱり真っ白な肌は大変。
お白粉の毒は無関係でも、場合によっては。
色素を持たないアルビノに生まれてしまった時には、弱すぎる肌を守らなければいけないから。
(お化粧だって、怖い時代があったんだね…)
鉛の中毒になっちゃうなんて、と驚かされた昔のお白粉。今日まで全く知らなかった。
今はもちろん、何の心配も無いけれど。お化粧品を使っていたって、どれも安全なものばかり。
遥かな昔に「身体に悪い」と騒がれたらしい、太陽からの紫外線だって…。
(ミュウには、なんの危険も無いから…)
まるで問題にはならない時代。夏の日盛りに外を歩いていたって、日が燦々と照ったって。
身体の中を流れるサイオン、それが防いでいる紫外線の害。遠い昔は恐れられたもの。
(日焼けしちゃったら、皺が増えるって…)
そう言われた時代もあったらしいけれど、今の時代は日焼けしたって、老化したりはしない肌。ミュウは外見の年齢を止められるのだし、若い姿で年を止めれば、若いまま。
(顔だけ若くて、皺が増えちゃう人もいないし…)
やはりサイオンは凄いと思う。アルビノの自分が、太陽の下でも平気なのと同じ。
夏になったら、日焼けしている人だって多い。子供でなくても、大人でも。
(お休みを取って、海とか山とか…)
出掛けて行って太陽を浴びて、すっかり日焼け。腕に半袖の跡がつく人や、水着の跡がくっきり残る人たちもいる。太陽の下で過ごした証拠で、本人たちは至って満足。
夏だけでなくて、一年中、日焼けで真っ黒な人も少なくはない。
きっと太陽が照っている時に、せっせと外でジョギングや散歩。そうして自慢の日焼けを保つ。日差しが弱い冬になっても、「今の内だ!」と外に飛び出して行って。
(真っ白よりかは、日焼けした方が…)
健康的に見えるものね、と自分だって思う。青白い肌より、断然、小麦色の肌。
アルビノの自分には無理だけれども、友達はみんな、自分みたいな「真っ白な肌」の代わりに、適度に日焼け。…夏になったら。
夏でなくても白すぎはしなくて、「男の子らしい」肌の色だから。
ああいう肌の方が健康的だよ、と新聞を閉じて、戻った二階の自分の部屋。空になったカップやお皿を、キッチンの母に返してから。
(夏になったら、友達はみんな…)
日焼けしているし、それ以外の季節も自分のように白くはない。「色の白いは七難隠す」という言葉は女性向けだから、男の自分が真っ白な肌をしていても…。
(江戸時代でも、誰も褒めてはくれないかも…)
役者になって舞台に立つなら、「お白粉無しでも白い肌」だけに、大人気かもしれないけれど。顔もこういう顔立ちだから、女性を演じる「女形」になっていたならば。
けれど自分は「今」の生まれで、江戸時代などに生きてはいない。真っ白な肌でも、いいことは何も無さそうな感じ。ひ弱に見えるというだけで。
(ぼくが日焼けをしていたら…)
どんな風だろう、と壁の鏡を覗いてみた。もっと健康的に見えるか、悪戯っ子のようにも見えるだろうか、と。
前にも少し、考えたことがあるけれど。…あの時はハーレイと二人だった。
今日は一人だし、鏡の向こうをじっと眺めて、自分の顔の観察から。日焼けしている肌を持った自分は、どんな具合になるのだろうか、と。
(んーと…?)
今と同じに銀色の髪でも、まるで違ってくる印象。肌の色が白くなかったら。
際立って見える赤い瞳も、肌が日焼けをしていたならば、今ほどには目立たないだろう。周りの肌色に溶けてしまって、「赤かったかな?」と思われる程度で。
(今だと、みんな振り返るけど…)
銀色の髪に赤い瞳で、ソルジャー・ブルー風の髪型の子供。すれ違ったら、誰もが驚く。本物のソルジャー・ブルーみたいだ、と振り返って見たりもするのだけれど…。
(日焼けしてたら、もうそれだけで…)
ソルジャー・ブルーとは変わる印象。同じ髪型でも、銀の髪でも。
(ああいう髪型の子供なんだ、って…)
眺めて終わりで、瞳の色にも気付かないまま、通り過ぎる人も多いと思う。真っ白な肌なら赤い瞳は目立つけれども、小麦色の肌に赤い瞳だと、「茶色かな?」と思われたりもして。
光の加減で瞳の色が違って見えるのは、よくあること。それと同じで、肌の色でも起こりそうな錯覚。白い肌なら赤く見える瞳が、小麦色の肌なら茶色っぽく見えてしまうとか。
(同じぼくでも、日焼してたら、かなり違うよ…)
ホントに違う、と勉強机の前に座って考えてみる。「日焼けした自分の姿」というのを。今とは全く違う肌の色、真っ白な肌でなかったならば、と。
(アルビノなんだし、日焼けは難しそうだけど…)
小麦色の肌など夢のまた夢、ほんのりと肌に色がついたら、それだけで上等だという気がする。真っ白な肌を少しだけでも、普通の肌色に近付けられたら。
(そうなったら、うんと健康的…)
自然に作れる肌の色はそれが限界でも、お化粧したなら、小麦色の肌にもなれるだろう。太陽の光をたっぷりと浴びて、こんがりと焼けた肌の色に。
遠い昔の人たちは「白い肌になりたい」と願ったけれども、その逆で。
鉛の毒を含んだお白粉、身体に毒だと分かった後にも、「白くなりたい」と使い続けた日本人。彼らとは逆に、真っ白な肌を日焼けした色に変えてみる。お白粉とは違う、化粧品で。
(いろんな色があるもんね?)
肌に乗せてゆく化粧品。母がドレッサーの前で使っているもの。
元の肌の色に合わせて選ぶようだけれど、きっと色々な色がある筈。同じ人でも、日焼けしたら色が変わるから。日焼けする前の化粧品だと、それまでの肌の色には合わない。
(日焼けの色を隠したいなら、そのままの色でいいけれど…)
こだわる人なら、買い替えたりもするのだろう。「今の肌なら、この色がいい」と。
それから、生まれつきの肌の色も様々。自分みたいなアルビノもいれば、とても濃い色の人も。
(ブラウみたいに黒い肌だと、そういう色の…)
化粧品が売られていると聞いたことがある。白くなるための化粧品ではなくて、黒い肌をもっと美しく見せるためのもの。艶やかになるのか、どう変わるのかは知らないけれど。
(黒い肌でも、そうなんだから…)
ハーレイのような褐色の肌でも、それに合わせて様々な色合いの化粧品。
褐色の肌を引き立たせるとか、逆に控えめに見せるとか。真っ白にするのは不自然だとしても、ほんの少しだけ控えた褐色。それだけで印象が変わるだろうから。
思い浮かべた、褐色の肌を持つ恋人。前の生から愛した人。
(ハーレイかあ…)
青い地球の上に生まれ変わった今も、褐色の肌を持つハーレイ。前のハーレイと全く同じに。
あの褐色の肌は、とてもハーレイに似合うと思う。柔道も水泳もプロ級の腕を持っているから、なんとも強くて逞しい感じ。
(夏に半袖を初めて見た時は、ドキッとしたし…)
柔道着を着たハーレイだって、かっこいい。褐色の肌をしているお蔭で、より強そうに見えると思ってしまう。日焼けした人が健康的に見えるのと同じで、あの褐色も「元気の色」。
(ハーレイの肌が、あの色だから…)
自分が日焼けした肌になったら、ハーレイの横に並んで立てば似合うだろうか?
二人で街を歩いていたなら、「お似合いのカップル」だと誰もに思って貰えるだろうか…?
(今のぼくだと、全然違う色なんだけど…)
お白粉も塗っていないというのに、雪のように白い色素の無い肌。アルビノだから、もう本当に真っ白でしかない肌の色。
そんな自分があのハーレイと並んでいたら、とても弱そうに見えることだろう。空に輝く太陽の日射し、それを浴びてもいないような肌。
(お日様の下で散歩をしたり、ジョギングしたり…)
そういった運動などとは無縁の、ひ弱な人間。肌の色だけで、そう思われそう。
実際、弱く生まれたけれども、それ以上に弱く見えるアルビノ。…肌の色が白いというだけで。小麦色の肌になれはしなくて、日焼けしたとしても、ほんのちょっぴり。
(このままだったら、そうなるけれど…)
化粧品を使って「日焼けした肌」を作り出したら、ガラリと変わるだろう印象。銀色の髪と赤い瞳は同じままでも、今とは違って見える筈の姿。
「日焼けした肌」でハーレイと一緒に歩いていたなら、健康的なカップルだと思って貰えそう。二人とも運動が好きなカップル、ジョギングだとか、水泳だとか。
(ハーレイ、ひ弱な恋人を連れているんじゃなくて…)
趣味のスポーツで知り合ったような、元気一杯の恋人とデート。傍目にはそう映るのだろう。
真っ白な肌の自分でなければ、「化粧した肌」でも、日焼けした肌の恋人ならば。
そんな話もしたんだっけ、と思い出す。ハーレイと二人で、「ぼくが日焼けしたら?」と。
あの時は、自然な日焼けばかりを考えていた。海に出掛けて日光浴とか、ハーレイが引っ張ってくれるゴムボートに乗って沖まで出掛けて、その間に日焼けするだとか。
化粧品などは思いもしなくて、日焼け止めとか、日焼け用のオイルの話をしただけ。化粧品など縁が無いから、そうなって当然なのだけど。
けれども、今日の自分は違う。お白粉の記事を読んだお蔭で、化粧品というものに気が付いた。黒い肌でも、褐色の肌でも、それに似合いの化粧品がある。
(ぼくみたいな肌でも、小麦色になれる化粧品…)
きっと売られているだろうから、それを使えば出来上がるのが日焼けした肌。アルビノの自分の限界を越えて、ほんのりとした日焼けよりもずっと、こんがりと小麦色の肌。
化粧品で日焼けした肌を作ってみようかな、と思っていた所へ、聞こえたチャイム。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合わせで問い掛けた。
「あのね、ハーレイ…。ぼくが日焼けしてたら、どう思う?」
うんと元気な子供みたいに、小麦色に。…夏になったら沢山いるでしょ、日焼けした子供。
大人の人でも大勢いるよね、ああいう肌をした、ぼくはどう?
今じゃないけど…。前のぼくと同じ背丈に育って、ハーレイとデートに行ける頃だけど。
「日焼けって…。しかも、小麦色ってか?」
ハーレイは目を丸くした。「この前も言ったが、こんがり焼くのは無理ってモンだろ」と。どう考えても無理に決まってる、というのがハーレイの意見。「太陽で火傷しちまうぞ」と。
「分かってるってば、ぼくだと火傷しちゃうってことは…」
ほんのちょっぴり日焼けするだけでも、きっと火傷をしちゃうんだよ。真っ赤になって、痛くて皮も剥けちゃって…。それでもいいから、って頑張ったって、日焼け出来るのは少しだけ。
だからホントに小麦色になるのは無理だけど…。
どう頑張っても無理だけれども、お化粧品を使えば出来るよ。ぼくだってね。
「化粧品だと?」
いったい何を使うと言うんだ、日焼け止めだと日焼けを防いじまう方だぞ?
日焼け用のオイルは、肌を保護してくれるモンだが…。
そいつを何度も塗り重ねたって、お前の肌だと、小麦色にはなれそうもないが…?
その前に痛くて泣いちまうんだ、とハーレイは呆れたような顔。「無茶はいかんぞ」と。
「お前は、日焼けで泣いた経験、無いらしいから…。その分、余計に大変だ」
普通はチビの間に泣いて、日焼けで痛くなっちまうのを避けるサイオンを身につけるんだが…。
お前の場合はそうじゃないだろ、身体が大きくなっているから、痛い部分も増えるんだぞ?
子供の背中と大人の背中じゃ、大きさがまるで違うんだから。
小麦色の肌など、アルビノの身体じゃ無理なんだし…。やめておくんだな、そんな挑戦。
結果はとっくに見えてるじゃないか、とハーレイが言うから、首を横に振った。
「ホントに焼くって言っていないよ、お化粧品って言ったじゃない」
昔のお白粉の逆だってば。
今日の新聞に載っていたんだよ、ずっと昔はお白粉に毒があったんだ、って…。鉛の毒が入ったお白粉。肌が白いほど美人なんだ、って思われてたから、鉛の中毒が多かった、って…。
「おっ、そんな記事が載ってたか?」
化粧も命懸けだった時代の話だよなあ、毒だと分かっちまった後は。…きっとその前から、何か変だと思っていた人はいたんだろうが…。
鉛入りのお白粉は毒なんだ、と分かった後にも、使いたいヤツが大勢いたのが凄い所だ。
人間、綺麗になるためだったら、命も惜しくないのかもなあ…。
俺にはサッパリ分からんが、とハーレイがフウと零した溜息。「何も其処までしなくても」と。
「ぼくも分からないよ。いくら綺麗だって褒めて貰っても、死んじゃったらおしまい…」
生まれ変わって来られた時には、記憶は無くなっちゃってるから。…ぼくたちみたいに、神様が奇跡を起こしてくれない限りは。
それなのに命懸けでお化粧なんて、って考えていたら、日焼けの方に頭が行っちゃって…。
ぼくだと生まれつき真っ白だけれど、お化粧したら違う色にもなれるよね、って思ったんだよ。
肌の色って色々あるでしょ、ハーレイみたいな褐色だとか、ブラウみたいな黒だとか…。
どんな肌でも、それに合わせたお化粧品があるものね…?
「確かにあるなあ、黒い肌だとビックリだよな」
何度も見てるが、化粧をしようと取り出すケース。…なんて呼ぶんだか、小さな鏡つきのヤツ。
あれの蓋をパカッと開けてみるとだ、中身がちゃんと真っ黒なんだ。
顔にパタパタはたいてるんだが、俺が見たってよく分からん。化粧する前と、どう違うのか。
学生時代によく見たもんだ、とハーレイは懐かしそうな顔。柔道も水泳も、あちこちの地域から選手が来るから、黒い肌の女性もいたという。
試合で汗を流した後には、着替えて懇親会などもあった。其処で見ていた化粧する女性。
「そっか…。やっぱり黒い肌だと、お化粧品だって黒いんだよね?」
だったら小麦色のもあるでしょ、日焼けしている人用に。…顔だけ違う色にならないように。
ぼくが言うのは、そういうお化粧品のこと。それを使えば、ぼくだって小麦色の肌になれるよ。うんと健康的な感じで、ハーレイと並んだら絵になりそう。
スポーツで知り合ったカップルみたいで、ハーレイの恋人にピッタリじゃない…?
真っ白な肌のぼくよりも、と自信たっぷりで提案した。「ちゃんとお化粧すればいいよね」と。きっと賛成して貰えるだろう、と考えたのに…。
「お前なあ…。健康的なカップルってヤツは、ともかくとしてだ…」
俺の気持ちはどうなるんだ?
小麦色の肌に見えるよう、化粧しているお前を連れてる、俺の気持ちは…?
ちゃんと其処まで考えたのか、と問い掛けられた。「俺の気持ちまで考えてるか?」と。
「え? ハーレイの気持ちって…」
それならきちんと考えたってば、やっぱり絵になる方がいいでしょ?
真っ白な肌で、見るからに弱そうなぼくを連れているより、元気一杯に日焼けしている、ぼく。
ハーレイは運動が大好きなんだし、そういうぼくが好きだよね、って…。
ひ弱に見えるぼくよりも、と瞳を瞬かせた。中身は変わらず弱いままでも、見た目だけでも健康そうなら、ハーレイに似合いの恋人だから。
「何を考えているんだか…。お前らしいと言ってしまえば、それまでだがな」
いいか、俺は今のままのお前が好きなんだ。…今のお前が。
間違えるなよ、チビのお前っていう意味じゃない。チビなのは横に置いておいて、だ…。
俺はアルビノのお前が好きだと、前にも言ったと思うがな?
前のお前が成人検査で失くしちまった、金色の髪と水色の瞳。それを知ってはいるんだが…。
俺がこの目で見ていたお前は、出会った時からアルビノだった。金色と水色のお前は知らない。
だから、お前はアルビノに限る。…アルビノだからこそ、俺が知ってるお前なんだ。
なのに日焼けをするって言うのか、わざわざ化粧で小麦色の肌に…?
それはお前の姿じゃないぞ、とハーレイは少しも喜ばなかった。小麦色の肌の恋人になったら、とてもハーレイに似合うのに。…ひ弱な恋人を連れているより、絵になるのに。
「日焼けした、ぼく…。小麦色の肌のぼくだと、駄目なの…?」
本当に日焼けするんじゃないから、ぼくは「痛い」って泣いたりしないよ?
出掛ける前に、お化粧するのに時間がかかるかもしれないけれど…。でも、今のぼくより、肌の色はずっと、丈夫そうな感じになるんだから…。
いいと思うよ、と重ねて言った。本物の日焼けは大変な上に、小麦色の肌にもなれそうにない。けれど化粧をするなら簡単、そのための時間を取りさえしたら。
「小麦色の肌になったお前か…。試してみたいと言うんだったら、止めはしないが…」
化粧をするって手もあるんだが、俺としては白い肌のままのお前がいいな。
そういうお前しか知らない、ってことは抜きにしたって、真っ白な肌のお前がいい。健康そうに日焼けしている、小麦色の肌のお前よりもな。
断然、白だ、と一歩も譲らないハーレイ。「白い肌のお前の方がいい」と。
「どうして? …なんで、白い肌のぼくの方がいいわけ?」
白い肌だと、誰が見たって弱そうにしか見えないよ?
普通に白いだけならいいけど、ぼくはアルビノなんだから。…少しも色が無くて、真っ白。
そんな色のぼくを連れているより、小麦色の肌が良さそうだけど…。お化粧で小麦色に見せてるだけでも、本当は真っ白な肌のままでも。
ちゃんと上手にお化粧をすれば、きっと自然に見えるから…。お化粧だなんて、バレないから。
そういうぼくと並んでいたら、絶対に絵になりそうなのに…。
弱そうなぼくとデートするより、ハーレイだって鼻高々だと思うんだけど…。
元気そうな恋人の方がいいでしょ、と繰り返した。柔道と水泳で鍛えた今のハーレイ。その隣に並んで歩くのだったら、同じように鍛えていそうな恋人、と。
身体が華奢に出来ていたって、日焼けしていれば印象は変わる。「細いけれども、強いんだ」と勘違いだってして貰える。「ああ見えてもきっと、スポーツが上手いに違いない」と。
「俺はそのようには思わんが?」
柔道部のヤツらを連れて歩くのとは違うんだ。…誰と歩こうが俺の勝手で、俺の趣味だぞ。
俺が「素敵だ」と思ったからこそ、連れて歩くのが恋人だろうが。
それに、真っ白な肌のお前の方が守り甲斐がある、とハーレイは笑みを浮かべてみせた。
「そう思わんか?」と。「小麦色の肌をしたお前だったら、そうはいかんぞ」とも。
「お前が元気一杯だったら、俺の出番が無くなるだろうが」
化粧とはいえ、小麦色の肌になっちまったら、見た目は元気一杯だしなあ…。弱くはなくて。
そんなお前を連れていたって、俺としては、あまり愉快じゃないぞ?
お前と一緒なことは嬉しくても、さて、どう言えばいいんだか…。
真っ白な肌のお前だったら、もう見るからに弱そうだしなあ、強い俺が守ってやれるんだが…。小麦色の肌で元気一杯のお前となったら、守る必要、無さそうだろうが。
お前は充分、強いわけだし、俺の後ろに隠れる代わりに、一緒に戦いそうだから。
今はすっかり平和な時代で、戦う敵など何処にもいないわけだが、イメージってヤツだな。
強いお前だとそうなっちまうし、弱いお前の方がいい、とハーレイは至極真面目な顔。小麦色の肌の元気な恋人よりも、真っ白な肌の弱そうな恋人の方がいいのだ、と。
「弱いぼくがいいって…。そういうものなの?」
ハーレイが連れて歩く恋人、見た目からして弱そうなのがいいの…?
「俺としてはな。そっちの方が俺の好みだ」
恋人を守ってやれる強さを誇れるんだぞ、弱そうなのを連れてたら。…俺が守っているんだと。
しかしだ、元気一杯で強そうなのを連れていたなら、大人しく守られていそうにないし…。
俺が「隠れていろ」と言っても、「ぼくも戦う!」と出て来そうでな。
「でも、ハーレイには似合いそうだと思うんだけど…」
一緒に戦いそうな恋人。…柔道の技で投げ飛ばすだとか、そういうことが出来そうな、ぼく。
ハーレイも自慢できそうじゃない、と恋人の鳶色の瞳を見詰めた。今のハーレイはプロの道への誘いが来たほど、柔道も水泳も腕が立つ。とても強いのだし、それに相応しい恋人が似合い。
「そいつはお前の思い込みだな、残念ながら」
お前が何と言っていようが、俺の考えは変わりやしない。周りのヤツらがどう見ようとも。
「弱そうなのを連れているな」と思われたって、お前の肌はだ…。
健康そうな小麦色より、今の真っ白な肌がいい。少し日に焼けても、火傷しそうな白いのが。
そういうお前に俺は惹かれるし、わざわざ化粧で小麦色なんかにしなくても…。
お前が納得いかんというなら、逆を想像してみるんだな。…逆のケースを。
想像力を逆に働かせてみろ、と言われたけれども、分からない。逆というのは何だろう?
「…逆って?」
逆のケースって、どんな意味なの?
ぼくの肌の色は真っ白なんだし、逆になったら小麦色だよ。…もう何回も言ったけれども。逆にしたなら何だって言うの、ぼくが最初から小麦色の肌の子供っていう意味なの…?
今のアルビノのぼくじゃなくって…、と自分の顔を指差したけれど、ハーレイは「逆だぞ?」と即座に否定した。「逆と言ったら、逆なんだ」と。
「よく考えてみるんだな。…幸いにして俺たちは、前の通りに生まれ変わって来たが…」
お前も俺も、前とそっくり同じ姿になれる器を手に入れたんだが、其処の所が問題だ。
さっきからお前は、自分のことばかり言ってるが…。アルビノよりも小麦色の肌だとか、化粧で小麦色の肌を手に入れるとか。
そいつはお前の問題なんだが、もしもだな…。俺が白い肌だったらどうするんだ?
お前はアルビノのままだったとしても、今の俺の肌が、褐色じゃなくて白い肌だったら…?
真っ白なお前には及ばないにしても、白い肌をした人間ってヤツは幾らでもいるんだからな…?
こういう肌の俺でなければどうなんだ、とハーレイが指先でトンと叩いた自分の手。前と少しも変わらない色で、とても馴染みの深い褐色。
その肌の色が、この褐色ではなかったら。…白い肌に生まれたハーレイだったら、どうだろう?
(…顔立ちも身体も、前のハーレイと同じだけれど…)
肌の色が白くなってたら…、と恋人の姿をまじまじと見た。
眉間に刻まれた癖になった皺、それは同じでも、肌が白ければ見た目が変わる。鳶色の瞳を囲む肌だって、やはり同じに白くなる。武骨な手だって、逞しくて太い首筋だって。
「…なんだかハーレイじゃないみたい…」
ハーレイの顔だけど、ハーレイじゃないよ。…肌の色が白くなっちゃったら。
ぼくの知ってるハーレイじゃなくて、だけどやっぱりハーレイで…。ハーレイなんだけど…。
「よし。その俺の姿は、強そうに見えるか?」
今の俺と少しも変わらないくらい、強そうな姿のハーレイなのか…?
「…強そうかって…。うーん…」
どうなんだろう、白い肌でも、ハーレイには違いないんだけれど…。
白い肌を持っている人間でも、強い人なら大勢いる。プロのスポーツ選手も沢山。
だから「白い肌の人は弱い」などとは思わないけれど、それを見慣れたハーレイの身体で考えるならば、答えは違ってきてしまう。
褐色の肌に慣れているから、その色が白くなったなら。…今よりもずっと薄い色になって、白い肌だと言える姿になったなら。
「…ハーレイが白くなっちゃったら…。逞しさ、ちょっぴり減っちゃうかも…」
今とおんなじ強さのままでも、見た目が弱い気がするよ。ホントにそんなに強いのかな、って。
日焼けした人と、していない人なら、日焼けした人の方が強そうに見えてくるのと同じで。
…ハーレイの肌の色、日焼けなんかじゃないんだけれど…。
「ほら見ろ、お前もそうだろうが。ただし、俺とは逆なんだが」
俺が同じ強さを持っていたって、肌の色一つで印象が変わる。強そうなのか、弱そうなのか。
前の俺は柔道なんかは全くやっていなかったんだが、お前が知ってた俺はこういう姿だし…。
白い肌になってしまっていたなら、お前、ガッカリしていたかもなあ…。再会した時に。
ただのキャプテンでも、褐色の肌を持っていただけで、見た目の逞しさが何割かは増していたと思うし…。それがすっかり無くなっちまって、白い肌になった俺だとな。
白い肌だと、弱いハーレイに見えないか、という質問。「前よりも腕は立つんだがな」と。
「そうなのかも…。なんだか弱くなっちゃったかも、って…」
でも、ハーレイはハーレイなんだし、直ぐに慣れるよ。
最初はビックリしちゃいそうだけれど、今のハーレイが強いってこともじきに分かるし…。
ぼくなら少しも困らないってば、同じハーレイなんだもの。
肌の色が前とは違うってだけで、顔立ちとかは前のハーレイとおんなじだから…。
その内に慣れて平気になるよ、と言ったのだけれど、ハーレイは「そうか?」と返して来た。
「慣れてしまえば、それでいいのかもしれないが…」
だが、どちらかを選べるんなら、元のままの俺がいいだろう?
褐色の肌を失くしちまって白い肌になった、何処か弱そうに見える俺よりは。
お前は強そうに見えた時代を知ってるんだし、その頃の俺と同じだったら、と思わんか…?
「うん…」
選べるんなら、その方がいいよ。…白い肌より、褐色の肌をしたハーレイの方が…。
肌の色で強さは変わらないけど、と頷いた。選べるものなら、褐色がいいに決まっているから。白い肌をしたハーレイよりかは、褐色の肌のハーレイがいい。
「分かったか? それと同じだ、俺の方もな」
生まれ変わって健康的な小麦色の肌になったお前より、真っ白な肌のお前がいいわけで…。
守り甲斐があるし、連れて歩きたいと思うお前は、真っ白な肌の弱そうなお前だ。
お前がアルビノに生まれてくれてて、本当に良かった。
弱い身体になっちまったのは可哀相だが、それでもやっぱり、今のお前が一番いい。…俺はな。
日焼けしたお前に再会してたら、俺も途惑う。
お前が白い肌をした俺に会うのと同じくらいに、いや、それ以上にショックだろうなあ…。
健康的なお前だなんて、とハーレイが嘆きたくなるのも分かる。
サイオンは不器用だったとしたって、とても健康に生まれていたなら、ハーレイには恋人を守ることが出来ない。「大丈夫か?」と気遣わなくても、健康そのもの。倒れもしなくて元気一杯。
「そうだよね…。パタリと倒れてしまいもしないし、病気で寝込んだりもしないし…」
いつ見ても元気一杯のぼくで、ハーレイの隣ではしゃいでるだけ。…疲れもせずに。
ハーレイはとてもガッカリだろうし、なんだか悪い気がするから…。
そうなっていたら、ぼく、白くなろうと頑張ったかも…。
ハーレイに前のぼくを見せたくて、せっせとお化粧するんだよ。白い肌で弱く見えるように。
二人で並んで歩いてる時は、ひ弱な感じになるように。
…命懸けでお化粧していた人の気持ちが、今、少しだけ分かったよ。
ハーレイが喜んでくれるんだったら、命懸けでも、お化粧、するかも…。
したくなるかも、と思った昔のお白粉。それが毒だと分かった後にも使い続けた、小さな島国で生きた人たち。肌を美しく見せるためにと、鉛が入っていた毒のお白粉を身体に塗って。
「命懸けで化粧するだって?」
穏やかじゃないな、お前、何をするつもりなんだ…?
「さっきの話だよ、昔のお白粉…」
毒なんだって分かっていたのに、使うなんて、と思ったけれど…。
ハーレイに素敵なぼくを見て貰うためなら、ぼくだって使っちゃうのかも…。毒のお白粉でも。
「ああ、あれなあ…」
そういう女性もいたかもしれんな、健気な人が。…毒でも、恋人に喜んで貰おうと使った人。
命が懸かっていたとしたって、やはり気になるものなんだろうな、とハーレイが言う肌の色。
遠い昔の日本の女性は、真っ白な肌が美人の条件だからと、毒のお白粉を使い続けた。少しずつ身体を蝕んでゆく鉛の毒に気付いた後にも、「これが一番いいお白粉だから」と。
毒入りではない新しいお白粉、それが毒入りのものと変わらない品質になるまでは。
(…ハーレイのためなら、ぼくだって…)
きっと使おうとするのだろう。小麦色に日焼けする肌に生まれていたなら、アルビノだった前の自分の真っ白な肌に近付けるために。
(…ぼくが小麦色の肌をしてたら、ハーレイだって気にするし…)
いくら慣れても、前の自分の白い肌を思い出すだろう。「ブルーの肌はこうじゃなかった」と。それと同じに自分も気にする。「前のぼくなら、こうじゃない」と。もっと白い肌をしていたと。
(真っ白な肌に戻れるんなら、毒のお白粉でも使っちゃいそう…)
前の通りであろうとして。ハーレイが今も見たいであろう、真っ白な肌を見せようとして。
「ねえ、ハーレイ…。ぼくがアルビノじゃない身体に生まれてしまってて…」
すっかり日焼けしてしまってたら、白くなろうと頑張るけれど…。
毒のお白粉は使わなくても、お日様に当たらないようにするとか、頑張って白くするけれど…。
ハーレイが白い肌に生まれていたら、どうするの?
ぼくと出会って記憶が戻っても、ハーレイの肌が今の褐色じゃなかったら…?
どうすると思う、と尋ねてみた。褐色の肌を手に入れようと努力するのか、しないのか。
「俺の場合か? もちろん、日焼けしようとするな」
元が白い肌がこの色になるまで、日焼けするのは大変そうだという気がするが…。
化粧よりかは、自然な日焼けが一番だ。
お前みたいに弱くはないしな、太陽の下を走り回っても倒れちまうことは無いモンだから。
暇を見付けてはせっせと日焼けで、こういう色を手に入れるまで頑張ることは間違いないぞ。
化粧なんぞは誤魔化しだ、とハーレイは日焼けするらしい。褐色の肌に生まれなかったら、前と同じ色を手に入れるために。
「肌の色だけで逞しさが増す」という、褐色の肌。
白い肌より強く見える色を、前のハーレイとそっくり同じな色を身体に取り戻すために、重ねる努力。夏の盛りの頃はもちろん、他の季節も太陽の光を浴び続けて。
化粧はしないで、自分で色を取り戻すのが今のハーレイ。褐色の肌になりたいのならば、化粧をすれば簡単なのに。いくらでも楽に染められるのに。
「お化粧じゃなくて、日焼けするなんて…。ハーレイらしいね、今のハーレイ」
うんと大変そうな道でも、日焼けの方を選ぶんだ。…直ぐに手に入る化粧品じゃなくて。
「当たり前だろうが、俺はお前とは違うしな?」
お前が日焼けしようとしたって限界があるし、化粧品だと言うのも分かる。
小麦色の肌に生まれちまった時にも、化粧品で白くしようとするのも。
しかしだ、俺の場合はガキの頃から外ばかり走り回っていたしな、白い肌でも日焼けしたろう。白い肌に生まれていたとしたって、お前と再会する頃になったら、この通りっていう褐色に。
もっとも、俺はこの肌の色が好きなんだが…。
生まれた時からこの色なんだし、白くなりたいと思ったことなど一度も無いぞ。
前の俺の記憶が戻って来ようが、戻って来るより前だろうが…、とハーレイは笑う。これが今の俺の肌の色だから、と。
「ぼくもそうだよ、生まれた時から真っ白だから」
日焼けした肌の方がいいよね、って思ったことは一度も無いけれど…。ぼくはぼくだから…。
ハーレイと日焼けの話をしていたりして、ちょっぴり憧れてしまっただけで。
…ぼくの肌の色、ハーレイだって、このままの色がいいんだね?
デートする時に連れて歩くの、弱そうに見える白い肌のぼくでも…?
「うむ。日焼けしたように見える化粧まではしなくていい」
俺は守り甲斐のあるお前が好きだし、そういうお前を連れて歩くのが俺の幸せなんだから。
自然に日焼けをしちまった時は、話は別になるんだがな。
それに、お前が…。
どうしてもやってみたいと言うなら、止めないが。
人間、誰しも、持っていないものに憧れる。お前が小麦色の肌が欲しいなら、俺は止めない。
化粧してでも、そういう色になってみたいと思うんだったら、それもいいだろう。
好きにしていいぞ、と言われたけれども、化粧する気は無くなった。
いいアイデアだと考えたけれど、ハーレイに似合いの恋人の肌だと思ったけれど…。
(…でも、ハーレイが好きな肌の色は真っ白で…)
アルビノだったソルジャー・ブルーの肌の色。今の自分が持っている色。
自分もハーレイの肌は褐色がいいし、ハーレイも本当に白い肌の「ブルー」が好きなのだろう。
そう繰り返して言っていたから、小麦色をした肌の「ブルー」より、白い肌の「ブルー」。
ハーレイが好きな、その色に生まれて来た自分。
色素を持たないアルビノに生まれて、小麦色には日焼けできない真っ白な肌。
違う色に生まれて来たのだったら、懸命に白くしようとしたって、今の自分の肌の色は…。
(今のハーレイだって、一番好きな真っ白の筈で…)
小麦色の肌など必要ない、とハーレイが断言しているのだから、化粧はしない。
健康的な肌の色も素敵だと思うけれども、自分はこの色。
ハーレイが一番好きでいてくれる色は、前と同じに真っ白な色のアルビノの肌。
その色なのだと分かっているから、小麦色の肌になってみたりはしない。
命懸けで毒のお白粉を使って白くしなくても、最高の色の肌を持っているのが自分だから。
ハーレイが好きな色の肌があるなら、それ以上は何も望まないから…。
肌とお白粉・了
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