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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

急ぐ時には
(あっ、ハーレイ!)
 見付けた、と弾んだブルーの胸。お昼休みの学校の中庭。
 向こうから歩いて来るハーレイ。他の先生とはまるで違った立派な体格、一目で分かるその姿。同じようなスーツを着込んでいたって、「ハーレイだ!」と。
 ハーレイの手には沢山の荷物。大きく膨らんだ紙袋が幾つも、何処かへ運んでゆく途中。
(ぼく、予知能力があるのかも…!)
 そんな考えがポンと浮かんだ。
 どうしたわけだか、今日はランチの後に単独行動。ランチ仲間と食事をしたら、いつもは食堂でのんびり過ごして、皆と一緒に戻るのに…。「先に行くね」と出て来たのだった。一人きりで。
 何処かへ出掛ける用事も無いのに、食堂を後にして来た自分。単に教室へ戻るだけ。
 何故だかそういう気分だっただけで、教室でやりたいことだって無い。でも…。
 ハーレイに此処で会えたとなったら、予知かもしれない。「早く行かなきゃ」と出た食堂。
(ぼくのサイオン、不器用だけど…)
 予知なら、ちょっぴりフィシスみたい、とワクワクする間にグンと縮まったハーレイとの距離。ハーレイはとても大きな歩幅で、見る間に近付いて来るものだから。
「ハーレイ先生!」
 もういいよね、と呼び掛けた。手を振るわけにはいかないけれども、とびきりの笑顔。先生には挨拶もしなければ、と頭の方もピョコンと下げて。
「おう、一人か?」
 昼飯はもう食ったのか、とハーレイも笑顔を返してくれた。「元気そうだな」と。
「ハーレイ先生、荷物、手伝います!」
 何処まで運べばいいんですか、と横に並んで尋ねる間も急ぎ足。大股で歩くハーレイは止まってくれないから。前へ前へと、どんどん歩き続けるから。



 ハーレイの荷物運びを手伝いながら、色々と話がしたかった。学校では「ハーレイ先生」でも。敬語で話さなくてはいけない相手で、生徒らしい話題しか選べなくても。
 それでもハーレイと話せるものね、と懸命に急ぎ足なのに。ハーレイの隣を歩いているのに…。
「お前の気持ちは嬉しいんだが…。お前には、これは無理だってな」
 その気持ちだけ貰っておくさ、と荷物を寄越してくれないハーレイ。紙袋の中身がズシリと重い物にしたって、一つくらいなら持てそうなのに。
「でも…。紙袋、一つくらいなら…」
 ぼくにも持てます、と食い下がった。両手でしっかり握ればきっと、と。
「重さじゃないんだ、大して重くはないからな。…袋は見ての通りだが」
 見かけの割に中身は軽い。しかし、問題はお前の足だ。
「足?」
「お前、今の速さでも必死だろ?」
 俺の速さについてくるのは、とハーレイに言われてみればそう。今もせっせと急ぎ足だから…。
「は、はい…」
「なら無理だ。俺は端っこの校舎まで行って、あそこの最上階までだからな」
 今の速さを保ったままでだ、其処まで行こうとしてるわけだが…。
 ついて来られるのか、エレベーターは使わんぞ?
 俺の貴重な運動の機会を、あんなのに乗せて横から奪ってくれるなよ。
 階段を自分の足で上るのは、いい運動になるからな。平たい所を歩いて行くより、ずっと。
 だから歩いて上るんだ、とハーレイは今も大股で前へ。「お前、来るのか?」と。
 「エレベーター抜きでついて来られるなら、荷物くらいは持たせてやるが」と。



 荷物運びを手伝いたいのに、ハーレイがつけて来た条件。荷物は重くはないらしいけれど…。
(端っこの校舎…)
 其処まで行くなら、かなりの距離。急ぎ足のままだと息が切れそう。
 しかもハーレイが目指しているのは最上階。運動のためにとエレベーターは抜き、階段を上ってゆくしかない。この速さのままで、最上階まで。
(…ハーレイだったら、階段だって…)
 今の速度で楽々上って、もしかしたら一段飛ばしでヒョイヒョイ行くかもしれない。ハーレイの足なら充分出来るし、運動にだってなりそうだから。
(一段飛ばしをされちゃったら…)
 ますます速くなりそうな足。とても一緒に歩けはしないし、そうでなくても階段は無理。多分、途中でダウンする。自分のペースで歩いていいなら、なんとか辿り着けそうだけれど。
「どうなんだ、おい?」
 一緒に来るか、とハーレイが向けて来た視線。足は全く止めないままで。
「む、無理です…」
 ぼくは行けそうにありません、と掲げた白旗。いくらハーレイと歩きたくても、無理だから。
「だから言ったろ、無理だとな。…お前の気持ちは嬉しいんだが」
 人間、誰でも、向きや不向きがあるもんだ。お前には、これは向いてない。
 それじゃな、俺は急ぐから。
 こいつを向こうに届けたついでに、ちょいと話もしたいってわけで…。
 あっちは次は授業らしいし、急がないとな。
 昼休みが終わっちまうだろうが、と大股で歩き去ったハーレイ。紙袋を全く持たせてくれずに、手伝いの許可もくれないままで。
 アッと言う間に遠ざかる背中、速度は少しも落ちないから。
 荷物運びを手伝えない自分の足は止まって、中庭の端で見送ることしか出来ない。
 せっかくハーレイに会えたというのに、ポツンと置き去り。
 ハーレイと並んで歩けはしなくて、荷物運びも手伝えないのが自分だから。



 行ってしまった、沢山の荷物を持ったハーレイ。校舎の陰に入ってしまって、もう見えない。
(会えたのはラッキーだったけど…)
 嬉しくて心臓が跳ねたけれども、置いて行かれたことはどうだろう?
 ハーレイと一緒に歩く代わりに、こうして置き去り。「お前には無理だ」と断られて。手伝いをしたくて申し出たのに、あっさりと。
 一番端っこの校舎まで行って、最上階まで階段を上る。それがハーレイのやり方だから。身体の弱い自分はついて行けないから。
(エレベーター、使わせて貰っても…)
 きっとそれまでに息切れを起こす。端っこの校舎に着くよりも前に、ハーレイの速さに合わせて歩く間に。自分にとっては急ぎ足でも、ハーレイにとっては大した速さではない歩き方。
 普段よりは確かに速かったけれど、足の運びが少し大股だっただけ。
(…置き去りだなんて、酷いんだから…!)
 荷物を持つと言ったのに、と思うけれども、ハーレイにも、荷物の届け先にも都合。届けたら、少し話もしたいというのに、先方は昼休みが終わった途端に授業。
 そういうことなら、急いでいたのも仕方ない。届けるだけではないのだから。
(残念…)
 ハーレイと二人で歩きながら話せる、絶好のチャンスだったのに。
 向こうから来るハーレイの姿を見付けた時には、「ツイている」と胸を弾ませたのに。ある筈もない予知能力があるのかも、と。
「おーい、ブルー!」
 そんな所で何してんだよ、と声が聞こえて、現れたランチ仲間たち。「どうしたんだよ?」と。
「ううん、なんでもない」
 先に教室に行こうと思ってたんだけど…。
 ハーレイ先生が通り掛かったから、ちょっと話をしたりしていて…。
「…ハーレイ先生?」
 何処に、と訊かれて、「もう行っちゃった」と指差したハーレイが消えた方。ランチ仲間たちは行き先を聞くなり、「流石」と唸った。「エレベーターより階段かあ…」と。
 流石はハーレイ先生だよなと、「普段から鍛えているってことか」と。



 それからは皆でワイワイ喋って、賑やかに戻って行った教室。
 ハーレイに置き去りにされてしまったことも綺麗に忘れたけれども、放課後になって、帰ろうと中庭の所まで来たら思い出した。昼休みに起こった小さな事件。
(…此処で置き去り…)
 もう少し丈夫な身体だったら、ハーレイと一緒に行けたのに。
急ぎ足どころか、走ってだって。
 「エレベーターより階段かあ…」と唸ったランチ仲間たちでも、きっと出来る筈。
 実際、彼らは階段を走って上るから。「キツイよなあ…」と零しはしたって、最上階でも。
 彼らみたいに丈夫なら、と思ってはみても、学校の帰りもバスのお世話になるのが自分。元気な生徒は徒歩や自転車で通う距離なのに、自分はバス。
(これじゃ駄目だよ…)
 急ぐハーレイを追い掛けられるわけがないじゃない、と乗り込んだバスの中で溜息。
 バスがぐんぐん走ってくれて、着いた家から近いバス停。其処から家までの道もトボトボ、この距離でさえも…。
(全力疾走しようとしたら…)
 ほぼ間違いなく、倒れてしまうことだろう。カンカンと日が照り付けるような真夏でなくても、今のように穏やかな季節でも。運動するにはピッタリの陽気の時だって。
 クラリと眩暈を起こしてしまって、しゃがみ込むのだろう道の脇。
(そのまま、暫く動けなくって…)
 家に帰っても、玄関でパタリと伸びてしまうに違いない。制服のままで突っ伏して。靴も履いたままで、「もう動けない」と。
 そうやって玄関で伸びていたなら、「どうしたの?」と見に来るだろう母。「寝ていなさい」と額に冷たいおしぼり、落ち着いた後は…。
(…部屋で大人しくしていなさい、って…)
 きっと押し込まれるベッド。「大丈夫だよ」と言ったって。運が悪いと、そのまま病院。注射は嫌だと駄々をこねても、「駄目!」と母に叱り付けられて。
(病院の先生、注射を打つのが好きだから…)
 要らないと言っても、ブスリと打たれてしまいそう。「直ぐに元気になれるからね」と。



 そうなっちゃうに決まってる、と考えながら帰った家。母が焼いてくれたケーキは美味しかったけれど、食べ終えて二階の部屋に戻ったら悔しい気分。
 またまた思い出したから。昼休みにポツンと中庭に置き去りにされたこと。
(ハーレイに会えてツイていたのか、ツイてないのか分からないよ…!)
 こんな思いをするくらいならば、会わない方がマシだったろうか?
 ランチ仲間たちと一緒に食堂を出れば、ハーレイには会わなかった筈。とっくの昔に通り過ぎた後で、背中さえも見えはしなかったろう。「もっと早くに来ていれば」と思うことさえ。
 そっちの方が良かったかな、と一瞬、考えたのだけれども。
(でも、あれだって貴重なチャンス…)
 学校では「ハーレイ先生」だけれど、ハーレイには違いないのだから。
 敬語を使って話さなくては駄目な相手でも、やっぱりハーレイ。そのハーレイと話が出来たし、少しだけ一緒に歩けたのだし、会えないよりは会えた方がいい。
 残念なのは置き去りにされたこと。もっと丈夫な身体だったら、ハーレイについて行けたのに。
 前の自分とそっくり同じに、虚弱な身体。すぐに息切れ、階段を走って上るのも無理。
(…鍛えるなんて出来ないし…)
 次があっても置き去りだよね、と項垂れていたら、チャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたけれど、テーブルを挟んで向かい合うなり、「すまん」と頭を下げられた。
「今日の昼間は悪かった。この通りだ」
「えっ…?」
 どうしたの、と驚いて見開いてしまった瞳。ハーレイは何を謝るのだろう?
「お前、手伝うって言ってくれてたのにな」
 断っちまってすまん。後からゆっくり考えてみたら、可哀相なことをしちまった、って…。
 急いでいたのも、階段を使って行こうというのも、俺の勝手な都合ってヤツで…。
 お前にしてみりゃ、エレベーター、使って欲しかったよな?
 もっとも、それで「来るか?」と俺が誘っても、お前、途中でダウンだったろうが…。
 エレベーターの所まで行けもしないで、すっかり息切れしちまって。



 それでも一緒に来たかっただろう、とハーレイは済まなそうな顔。
「お前、あそこに置いて行かれるより、途中まででも俺と歩きたかっただろう?」
 荷物を持たせてやれば良かった、お前が行ける所まで。
 ダウンしちまったら、それから「じゃあな」と俺が一人で行くべきだった。
 最初から断ったりはしないで、お前の気持ちを最優先で。
 俺の考えが足りなかった、とハーレイが詫びるものだから。
「ううん、ぼくの身体がもっと丈夫だったら…。そしたら一緒に行けたんだよ」
 駄目だったのは、ぼくのせいだから…。ハーレイは少しも悪くなんかないよ。
 確かにちょっぴり寂しかったけど、ぼくさえ丈夫に生まれていたなら、置き去りになんか…。
 されちゃうことは無かったしね、と微笑んでみせた。「ハーレイのせいじゃないんだから」と。
「こらこら、そこで鍛えようだなんて思うなよ?」
 もっと丈夫な身体になろう、と無茶なトレーニングをするのはいかん。
 昼間も言ったが、向き不向きってのがあるんだから。お前の身体は鍛えるようには出来てない。
 無茶な運動をしたら壊れちまうし、今のお前のままでいいんだ。
 弱い身体を壊さないよう、維持してゆくのも大事なことだ、と諭された。それも健康作りの内。今の健康を損ねないのも、とても大切なことなのだから、と。
「鍛えたいなんて、思ってないよ。…失敗しちゃったこともあるから」
 丈夫になろう、って体育の時間に頑張りすぎたの、一度じゃないから…。
 前はそんなの思ったことさえ無かったけれども、ハーレイに会ってから何回か…。
「よし。覚えてたんだな、無茶したことは」
 俺のスープのお世話になってしまったこと。…寝込んじまって、野菜スープのシャングリラ風。
 あれは良くない、無茶は無茶でしかないってな。自分の限界をきちんと掴んで貰わんと。
 まあ、俺が急いでいない時なら、またお前にも手伝わせてやるから。
 俺もお前と歩けるチャンスを、無駄にしたくはないんだし…。
 少しばかり荷物が重すぎたってだ、お前が手伝えそうな分だけ頼んでやらなくっちゃな。



 袋の中身を半分ほど移動させてでも…、とハーレイは手伝わせてくれるつもりらしいから。
「ホント?」
 ぼくでも持てる重さの袋に変えてくれるの、ハーレイの荷物…?
「当然だろうが、袋さえ頑丈に出来てりゃな」
 沢山詰めたら底が抜けちまうって時だと無理だが…。そうでないなら、そうしてやる。
 お前は手伝いがしたいわけだし、俺の方でも、お前と一緒に話しながら歩きたいんだから。
 …そういや、お前、昔からだな。うん、そうだった。
 今も昔も変わっちゃいない、というハーレイの言葉が分からない。昔からとは、何だろう?
「変わらないって…。何が?」
「俺が急いでても、追い掛けようとするってヤツだ」
 まるでヒヨコか何かみたいに、せっせと俺を追い掛けるんだな。ヒヨコ、そうだろ?
 アヒルなんかだと、親鳥の後ろをヨチヨチ歩いて、頑張ってついて行くんだから。
「ぼくがハーレイを追い掛けたわけ?」
 急いでいるのを追い掛けてたって、それ、いつの話?
 知らないよ、と傾げた首。急ぐハーレイを追い掛けたなんて、まるで記憶に無かったから。
「言っただろう? 昔からだと。…ずっと昔さ」
 昔と言ったら、シャングリラしか無いってな。白い鯨になる前からだ。
 前のお前がチビだった頃から頑張っていたぞ、俺が急いでいた時は。
 俺を追い掛けて急ぎ足どころか、負けない速さでちゃんとくっついて来るんだから。
「ハーレイに負けない速さって…。そんなの無理だよ、走れない筈だよ?」
 前のぼくも今のぼくと同じで、身体が弱かったんだから。
 身体を鍛えられるわけがなくって、走るのだってそんなに沢山は無理。…速く走るのも。
 絶対に無理、と返したけれども、「それがだ…」と可笑しそうなハーレイ。
「どう考えても無理なわけだが、前のお前には反則技があったんだ」
 前のお前は正真正銘、最強のタイプ・ブルーだったし、サイオンの扱いも上手かった。
 そいつを生かして、瞬間移動でせっせと距離を稼いだってな。
 俺との間が開いちまう前に…、と聞かされてハタと気が付いた。
「…瞬間移動…」
 やってたっけね、ハーレイが歩く速さについて行けない時は…。



 そうだったっけ、と蘇って来た遠い遠い記憶。白い鯨ではなかったシャングリラ。
 最初の間は、ハーレイは備品倉庫の管理人だった。厨房の責任者と兼任で。
「思い出したよ、ハーレイが急いで歩いている時だっけ…」
 倉庫に何かを運ぶ時とか、倉庫から出して来た時だとか…。
 両手で荷物を山ほど抱えて、今日のハーレイみたいに大股…。「これは急ぎだ」って。
 冷凍になってた食材だとか、仕分けが終わって倉庫に入れる物資だとか。
「追い掛けて来ただろ、俺と歩きながら色々喋ろうとして」
 俺は仕事の真っ最中だし、喋るんだったら歩きながらしか無いモンだから…。
 仕事が終わって暇になるまで待っていないで、お前、追い掛けて来ちまったんだ。
 瞬間移動を繰り返しながら、俺に置き去りにされないように。
 ついでに荷物も、「ぼくも運ぶよ」と横から奪い取ったり、奪おうと手を出したりしてな。
 あれは本当に凄かった、とハーレイも半ば呆れ顔。「其処までして追い掛けて来るなんて」と。
「だって…。ハーレイと話したかったから…」
 仕事中だと、仕事しながらしか話せないでしょ?
 厨房で料理をしている時とか、倉庫で整理をしてる時なら、ハーレイ、動かないけれど…。
 何かを運んでいる時だって、急いでなければ一緒に歩いていけるんだけど…。
 急ぎの荷物を運んでる時は、ぼくの足だと追い付けないから…。
 どんなに頑張って歩いてみたって、ハーレイの方がずっと速くて、走っても無理。
 ぼくの足では追い付けないなら、瞬間移動がピッタリじゃない。
 宙を飛ぶより、歩いてる方がいいものね。…ハーレイと同じ通路を、ちゃんと。
「あれを歩いていると言うのか、確かに通路に足がついてはいたんだが…」
 歩いたわけでも走ったわけでもなかっただろうが、前のお前は。
 滑るような速さで追って来るんだ、歩いてるような顔をして。…しかし実際は歩いちゃいない。
「ああしないと置いて行かれるじゃない…!」
 ハーレイはぼくより歩幅が広くて、おまけに大股。
 それで急いで歩かれちゃったら、ぼくの足では無理なんだってば…!
 歩きながら話をしたい時には、ああやってハーレイを追い掛けていくしかなかったんだよ…!



 前のハーレイも身体が大きかったし、頑丈でもあった。ミュウの中では珍しく丈夫。
 だから大股で歩き去ったし、何度も追い掛けたハーレイの背中。ハーレイが急いでいる時は。
 ポツンと置き去りにされてしまう前に、瞬間移動で前へ進んで追い付いて。
(あの方法だと、ちゃんと一緒に歩けたんだよ)
 歩くのとは全く違うけれども、感覚としては似たようなもの。急がなくちゃ、と追い掛けた。
 そうやって瞬間移動をしながら、時にはハーレイの荷物も持った。「手伝うよ」と。
 渡して貰った荷物を抱えて、やはり繰り返した瞬間移動。
 ハーレイに置いて行かれないよう、話しながら歩いてゆけるよう。歩くのとは違って瞬間移動をしたのだけれども、ハーレイの方は歩いていた。急ぐのだからと、かなりの速さで。
「お前の瞬間移動だが…。チビの間だけじゃなかったな」
 ソルジャーになった後にもやってたぞ、お前。…白い鯨が出来上がった後も。
 歩くどころか、俺が急ぎで全力疾走の時にも来たってな。
 走っていたって、あのやり方なら平気でついて来られるから。
「うん、ハーレイに取り残されそうな分だけ、瞬間移動して先回り…」
 何処へ行くんだい、って訊いていたでしょ、走ってた時は。
 ハーレイの心を読んだりするより、直接聞くのが一番だものね。
 ブリッジとかの様子を探っても分かるけれども、やっぱりハーレイと話したいじゃない。
 走ってる時は、「はい」とか「ええ」とか、そういう答えが多かったけど…。
 いくらハーレイが丈夫な身体を持っていたって、走りながら喋るのは大変だものね。
「そう言うお前は、凄い速さで俺と一緒に移動しながら、平気で喋り続けたわけだが…」
 お前の身体は走っちゃいないし、喋ると舌を噛んじまうことも無いからなあ…。
 喋れても別に不思議じゃないがだ、凄い速さで俺について来られた方。
 あれはどういう理屈になっていたんだ、瞬間移動で走るってヤツ。
 急ぎ足にくっついて来た時もそうだが、お前、地面に足だけはつけていたからな。
 そうやって器用に追い掛けて来たが、あれの仕組みはどうなっていた…?
 俺にはサッパリ分からんのだが、とハーレイにぶつけられた質問。急ぎ足を追った瞬間移動。
「えっと…?」
 とにかく瞬間移動なんだよ、ハーレイを追い掛けなくちゃ、って…。



 前の自分が考えたことは、たったそれだけ。「ハーレイと一緒に歩きたい」とだけ。
 走るハーレイを追っていた時も同じ。ハーレイと同じ速さで走って、ついでに話をしたかった。返って来る返事が「ええ」や「はい」でも、それがハーレイの精一杯でも。
(一緒に急いだら、ハーレイが仕事中でも話が出来るから…)
 そう思うだけで、息をするように操れたサイオン。今の不器用な自分と違って、いくらでも。
 ソルジャーの称号はダテではなくて、ただ一人きりのタイプ・ブルー。誰よりも強いサイオンを自在に使いこなして、シャングリラを守れたほどだから…。
 ハーレイの速度と歩幅に合わせて、前へ、前へと繰り返していた瞬間移動。速すぎてハーレイを抜いてしまわないよう、遅すぎて置き去りにされないように。
 それは覚えているのだけれども、今の自分はサイオンがまるで駄目だから…。
「仕組みは分かっているんだけど…。ぼくの頭では分かるんだけど…」
 上手く説明出来ないよ。速すぎないよう、遅すぎないよう、調整していたことくらいしか。
 前のぼくだと、「ハーレイと一緒に歩きたい」って思うだけで簡単に出来たんだけど…。
 ハーレイが走っていた時も同じで、「追い掛けなくちゃ」って。
 急いでいるハーレイと話をするには、あの方法しか無かったんだもの…。
「ふうむ…。前のお前には簡単だった、と」
 しかし今だと、仕組みが分かっていると言っても、上手く説明出来ないんだな。
 説明も上手く出来ないのならば、あれは真似られないってか?
 真似が出来たら、俺がどんなに急いでいたって、お前、追い掛けて来られるんだが…。
 今日みたいな時にも楽々とな、と言われても困る。
 今の時代はサイオンを使わないのが社会のマナーだけれども、そのサイオンが上手く操れない。前と同じにタイプ・ブルーでも、名前だけ。思念さえ上手く紡げないレベル、とことん不器用。
「…瞬間移動が出来ないことくらい、知っているでしょ?」
 一度だけハーレイの家まで飛んで行ったけど…。あれっきりだよ?
 飛ぼうとしたって飛べやしないし、前のぼくみたいに器用なことは出来ないってば…!
「だろうな、今のお前じゃなあ…」
 普通に瞬間移動をするのも無理だと、あんな凄すぎる芸当は夢のまた夢か…。
 歩きも走りもしちゃいないのに、俺の隣にピタリとついて、せっせと喋りまくるのは…。



 あの芸当が出来ないんだな、とハーレイはフウと溜息をついた。
「まさに芸当といった感じで、前の俺は感心していたわけなんだが…」
 よくも平気でついて来るなと、しかも全速力で走っていたって喋れるなんて、と思ったが…。
 それが駄目だということになると、お前、今度は俺に置き去りにされるしかないんだな。
 今日みたいに、「俺は急ぐから」と放って行かれちまって。
 ポツンと残されちまうわけだな、とハーレイが言うから、コクリと頷いた。
「そうだよ、ハーレイがゆっくり歩いてくれないと無理」
 でなきゃ一緒に連れてってくれるか、どっちかでないと…。
「はあ? ゆっくり歩けというのは分かるが…」
 一緒に連れて行くっていうのは、いったい何なんだ?
 お前でも歩けるような速さで歩いていくのと、一緒に行くのは同じだろうが。
 全く同じに聞こえるんだが…、とハーレイは怪訝そうだけれども、同じではない、その二つ。
「えっとね…。一緒に歩いていくのと、連れてってくれるのとは別なんだよ」
 一緒に歩いていく方だったら、ぼくは自分で歩くんだけど…。遅れないように頑張って。
 でもね、連れてって貰う方だと、歩かなくてもいいんだってば。
 ハーレイの背中におんぶで行くとか、抱っこして運んで貰うとか…。
 それならハーレイと同じ速さで行けるし、ぼくは少しも頑張らなくてもハーレイと一緒。
 お喋りだって出来そうだよね、と微笑んだ。「ハーレイが走っていないなら」と。
「俺がお前を運ぶだと?」
 その状態で急ぐだなんて、俺の用事はどうなるんだ?
 何処かへ急いでいるというのに、お前を背負うとか、抱いて運ぶとか…。
 俺の用事がサッパリだろうが、お前の面倒を見るのに時間を割かれちまって。
 荷物も満足に運べやしないぞ、俺が頑丈に出来ていたって。



 お前だけで身体が塞がっちまう、とハーレイは苦い顔をした。「それは出来ん」と。
 急ぐのは用があるからなのだし、今日と同じで用事の方を優先すべき。「すまん」と詫びたら、後は一人で急ぐだけだ、と。
「お前はチビだが、そのくらいのことは分かるだろう?」
 用を済ませるのが大切なことで、お前と一緒に行くかどうかは、考えちゃいられないってな。
 後できちんと謝りはするが、俺は一人で行かせて貰う、と言われたけれど。
「その用事…。ぼくを運ぶのが用事だったらいいじゃない」
 大急ぎでぼくを運ぶんだったら、ぼくと用事はセットだから。…切り離せないよ?
 今のぼくはハーレイが急ぐ時には置き去りなんだし、暇な時には、ぼくを運んでくれたって…。
 いいと思う、と駄々をこねてみた。「ぼくを急いで運んでよ」と。
「お前を急いで運ぶって…。どんな用事だ、怪我は困るぞ。病気だってな」
 怪我や急病なら、お前を抱えて全力疾走したっていいが…。頼まれなくてもするんだが…。
 そんなのは駄目だ、そんな物騒な用事はな。
 お断りだ、と睨まれた。「とんでもない用を作るんじゃない」と。
「駄目…?」
 ハーレイ、運んでくれないの…?
 ううん、運んでくれるだろうけど、そういう用事は駄目だって言うの…?
「当たり前だろうが、怪我に病気だぞ?」
 よく考えてものを言うんだな。お前が痛かったり、苦しかったりするんじゃ困る。
 怪我や病気は痛いし、苦しいわけなんだから…。
 それは駄目だな、いくらお前を運んでやれる用事でも。…お前の注文通りでも。
 もっと平和で、お前を急いで運ばなければならない理由というヤツをだな…。
 考えてから出直して来い、と叱られた。「怪我と病気は論外だ」と。
「でも、そんなのしか無いじゃない…!」
 ハーレイが急いで運んでくれそうなのは、怪我か病気で…。
「だから駄目だと言っている。運ばないとは言わないが…」
 歓迎出来る用じゃないしな、出来れば御免蒙りたい。
 お前の気持ちは分からないでもないんだが…。それとこれとは別だってな。



 物騒じゃない用事を思い付いてから言ってくれ、と注文をつけたハーレイだけれど。
 「お前を急いで運ぶ用事は、何処にも無いと思うがな?」と軽く両手を広げたけれど…。
「…待てよ、全く無いこともないか」
 急ぎでお前を運ぶって用事。…急がないと話にならないヤツが。
 俺だけ急いで出掛けて行っても、お前を置き去りにしてしまったら駄目だよなあ…。
 あれだと駄目だ、と顎に手をやるハーレイ。「時間との戦いなんだから」と。
「急ぐって…。急がないと駄目って、何かあるの?」
 ハーレイだけが急いで行っても、ぼくがいないと駄目な用事が…?
「先着何名様ってイベント、お前も聞いたことはあるだろ?」
 ああいうヤツなら、お前をヒョイと抱えて走っても大丈夫だな。一緒に着かんと駄目なんだし。
 俺だけ一人で行っちまっても、お前の恨みを買うだけだ。
 小さな子供を抱えて走ってる親も、珍しくなんかないからなあ…。
 親だけ着いても、子供の分が足りないだろう。だから抱えて走ってるってな。
「小さい子供向けのイベント…?」
 お菓子が貰えるとか、ゲームに参加できるとか…。あんなのに行くの、ハーレイと?
 ぼくを抱えて走ってくれるんなら、子供向けでもいいけれど…。
「子供向けじゃないのも色々あるぞ。気を付けて情報を集めていれば」
 そうだ、夏にアユを食わせるヤツがあったな。…アユの塩焼き。
「アユ…?」
 魚だよね、と思ったアユ。夏になったら川で釣っている人が大勢。
「郊外の方だが、知らないか?」
 たまに新聞にも載ってるぞ。その場で焼いて食わせてくれるイベントで…。
 この日にやります、って案内が出たり、焼いてる所や、美味そうに食ってるヤツらの写真とか。
「あるね、そういうのが…!」
 今年も見たっけ、沢山のアユを焼いてる写真。
 川のすぐ側で、焼けるのを待って、大人も子供も凄い行列…。



 そういえばあった、と思い出した夏の風物詩。
 郊外の川の中洲で開催される名物イベント、塩焼きのアユが食べられる。焼き立てのが。
 とても人気のイベントだけれど、整理券などは出されない。その日に其処に出掛けて行って…。
「走り込んだ順に並ぶ筈だぞ、あのイベントは」
 朝早くから並んだりするのは禁止で、この時間から、というのがあるんだ。
 其処から中洲に急ぐってわけで、先着順だぞ。アユがある間に中洲に着いたら食えるわけだな。
 数は沢山用意してるが、欲しい連中も多いから…。
 もう文字通りに急いで行くしかないってな、というのがハーレイの説明。塩焼きのアユを食べるためには、アユが無くなってしまわない内に中洲に向かって急ぐこと。
(橋は架かっているけれど…)
 スタート地点になる駅やバス停、其処からは少し離れた中洲。自分の足では、とても走れそうにない距離があることが分かるから…。
「あれに出掛けるの?」
 ぼくじゃ走れないよ、中洲までは。橋くらいは渡れそうだけど…。
「そうだろう? 悪くないと思うんだがな、あれ」
 お前の足だと間に合いやしないし、俺がお前を担いで走る。
 そうすりゃ間に合う筈だから…。俺もお前も、美味しいアユにありつけるんだ。
「ハーレイ、ぼくを担いじゃうわけ?」
 担ぐんだったら、背中じゃなくって肩の上だよね?
 なんだか荷物になったみたいだけど、ぼくを担いで走るって言うの…?
「そいつが一番走りやすいしな、担ぐのが」
 運動会だと、デカイ荷物を担いで走る競争なんかがあったりもする。米俵とかな。
 担いで走るのが早いからこそ、そういう競争になるわけで…。
 俺がお前を担いで走れば大いに目立つが、間に合うことは保証してやるぞ。
 なんたって俺の足だからなあ、お前を一人担いだくらいじゃ、簡単に抜かれやしないから。
 チビでなくても、前のお前と同じに育ったお前でもな。



 任せておけ、とハーレイが請け合ってくれたアユの塩焼きを食べるイベント。先着順で。
 自分の足では間に合わないから、ハーレイが担いで走ってくれる。
 前の自分がやっていたように、走るハーレイの速度に合わせて、瞬間移動は無理だけれども…。
「それ、行きたい…! アユの塩焼き!」
 美味しそうだし、それにハーレイと同じ速さで走れるし…。
 ぼくが走っているんじゃないけど、ハーレイに運んで貰うんだけど…。
 でも、ハーレイとおんなじ速さ、と担いで走って貰いたくなった。大勢の人に見られていても。
 他に担がれて走っているのは、小さな子供だけだとしても。
「だったら、お前と行くことにするかな」
 あれがある日は、朝から郊外まで行って。…スタートの時間になったら、お前を肩に担いで。
 親父がアユを提供してるし、わざわざ必死で走らなくても、裏方特権で食えるんだが…。
 前の日までに「二人行きます」と言っておいたら、ちゃんと残しておいてくれるが…。
 お前が、俺の急ぎ足を追い掛けるのが無理になっちまって、担いで走って欲しいと言うなら…。
 そっちの方を優先するが、と鳶色の瞳が瞬いた。「俺と一緒に走りたいか?」と。
「裏方特権っていうの、あるんだ…」
 ハーレイのお父さんだから出来るんだよね、釣り名人でアユも釣るから…。
 特権を使えば、走らなくてもアユは二人で食べられるんだ…。
「そういうことだな、どっちがいい?」
 俺に担がれて走るのがいいか、のんびり出掛けて食うのがいいか。
 アユの味は変わらないと思うんだが…。どっちのコースで食ったって。
 お前が満足する方でいいぞ、裏方特権を行使するのも、俺が担いで走るのもな。
 どっちがお前の好みなんだ、と訊かれたけれども、そう簡単には出せない答え。アユの塩焼きは聞いたばかりだし、まだハーレイとはデートにも出掛けられないのだから。
「…来年とかには、まだ行けないでしょ!」
 ぼくがデートに行けるようになるまで、アユを食べには行けないんだから…。
 それまでに悩むよ、どっちにするか。
 ハーレイに担いで貰って走るか、裏方特権で食べる方にするか。



 まだ何年も悩めそう、と零れた溜息。背丈は少しも伸びてくれなくて、前の自分には遠いから。
 前の自分と同じ背丈にならない限りは、ハーレイとキスも出来ないから。
 デートだって無理、と悲しいけれども、学校だったら、二人で歩けるチャンスもたまに訪れる。今日は置き去りにされたけれども、そうでない時も、きっとある筈。
「…アユの塩焼きは、まだ無理だけど…。でも…」
 また学校で何か運ぶ時には、手伝っていい?
 ハーレイの荷物、ぼくでも持てる重さだったら…。行き先が遠くなかったら。
「もちろんだ。…俺が急がない時ならな」
 さっきも言ったが、荷物も軽めに作ってやる。お前、手伝いたいわけだしな?
 それと、いつかお前と二人きりでだ、学校以外の場所も歩けるようになったら…。
 お前と一緒に歩く時には、急がせたりはしないから。
 前の俺みたいに急ぎ足とか、全力疾走というのは無しだ。…ゆっくり歩こう。
 せっかくお前と歩くんだから、という申し出は嬉しいけれど。
「急がせてもいいよ?」
 ハーレイに急ぐ用事があるなら、ぼくも頑張って歩くけど…。少しくらいなら走れるし…。
「駄目だ、お前が倒れちまう」
 前と同じに弱いんだからな、お前の身体は。…それに反則技も出来ない。
 そんなお前に無理をさせたら、後悔するのは俺なんだ。なんで急がせちまったんだ、と。
 お前は良くても俺が嫌だし、お前に急ぎ足はさせない。走る方だって。
 ゆっくり歩け、とハーレイが強く念を押すから、今度は急ぎ足のハーレイは追えない。反則技が使えたとしても、きっとハーレイは急ぎ足も全力疾走もしない。
(…急ぐ時には、担いで走ってくれるだけだよね?)
 アユの塩焼きイベントにしても、他にも何か急ぐような用が出来たとしても。
 それなら、今度はハーレイと二人、のんびりと地球の上を歩いて行こう。
 急ぐ時には肩に担いで貰って、他の人たちをハーレイが軽々と追い越していって。
 ハーレイと同じ速さで走れる自分を、肩の上から楽しんだりして…。




             急ぐ時には・了


※前のブルーには出来た、急ぎ足のハーレイを追い掛けること。瞬間移動で距離を稼いで。
 今は出来なくなった芸当、ハーレイが急ぎ足でも追うのは無理。一緒に歩いてゆくのが一番。
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