シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
さて…、とハーレイが皆を見回した古典の授業。小さなブルーも座っている教室。
昼間だが怖い話でもするか、と。
「今は怪談の季節だからな。シーズンにピッタリというヤツだ」
職業柄、怖い話は山ほど知ってる。どんなのが聞きたい、怖くて眠れなくなるようなヤツか?
シーズンだしなあ、とびきり怖いのを話してもいいぞ。
「間違ってると思いますが!」
今が怪談の季節だなんて、と声を上げたクラスのムードメーカーの男子。怪談の季節はとっくに終わっているから、ハーレイ先生は間違えてます、と。
「間違えてるだと? それはお前だ、間違ってるのはお前の方だ」
だが…。お前だけでもないんだろうなあ、間違えてるのは。
よし、怪談の季節は夏だと思うヤツは手を挙げろ。俺が数えるから。
夏なヤツは、と訊かれてサッと挙がった何人もの手。もちろんブルーも。
(…夏だもんね?)
見回してみたら、全員の手が挙がっていたからホッとした。ぼくだけじゃない、と一安心。
けれど、ハーレイの方は「ふうむ…」と腕組みをして。
「みんな揃って夏だと来たか。何処で訊いてもこうなるんだが…」
間違ってるのは俺の方だと言い返されるのも、定番なんだが…。怪談は夏のものだとな。
作られたイメージは今も健在ってことか、SD体制の時代は遠い昔のことなんだが。
「え?」
クラス中がキョトンと見開いた瞳。SD体制の時代とは、いったいどういう意味だろう?
遥かな昔に機械が統治していた世界。機械が作った偽の情報を誰もが信じた時代。当時は死の星だった地球が青いと思い込まされたり、血縁の無い親子関係が普通なのだと思っていたり。
その時代はとうに過去のものになって、支配していたマザー・システムも壊された後。
なのにどうして、作られたイメージが今も残っているのだろう?
しかも怪談の世界なんかに、SD体制の名残などが。
変だ、と誰もが首を傾げる中、ハーレイは「マザー・システムは無関係だぞ?」と前のボードをコンと叩いた。俺の話とSD体制は関係無い、と。
「似てるトコはだ、作られたイメージを信じ込んでる所だな。怪談は夏のものなんだ、と」
だが、間違えて覚えてるのもいいことだ。
SD体制が消しちまってた、日本の文化が復活している証拠だからな。怪談は夏だ、というのは日本の文化の一つだ。他の地域じゃ、特に夏とは言わないんだから。
ついでに日本も、昔は夏とは決まってなかった。
…百物語というのがあるだろ、集まって怖い話を披露するヤツ。百話目を語り終わった途端に、本物の化け物が登場すると言われているが…。
百話だぞ、百話。それだけの怪談を繰り広げるなら、夜の時間が長くないとな?
夏は日暮れが遅いものだし、夜明けも早い。そんな季節にやっているより、時間がたっぷりある季節の方が雰囲気が出る。だから、元々は春雨の夜や、秋の夜長が怪談の季節だったんだ。
つまり今だな、秋は怪談のシーズンだった。ずっと昔の日本ではな。
ところが、とハーレイがボードに書いた「歌舞伎」の文字。江戸時代に流行った歌舞伎のことは授業で教わる。後の時代まで愛された芝居。
「こいつが季節を変えちまったんだ、怪談の。…歌舞伎は年中、やってたわけだが…」
夏になったら、芝居小屋の入りが悪くなる。今と違って冷房が無いから、人の集まる所なんかに行きたくないのが人情ってモンだ。
どうせお客は来ないんだから、と人気役者も休みを取ってた。そうなると残るのは若手だろ?
自分たちの人気では客を呼べんし、ただでも客が来ない季節だし…。
なんとか人を呼べないものか、と目を付けたのが怪談だった。大掛かりな仕掛けや、本物の水。そういったものを派手に使って、怖い芝居をやったわけだな。
そいつが人気を集めたもんで、夏に怪談をやることになった。客の方でも、夏は怪談を楽しみに出掛けてゆくって寸法だ。芝居小屋へと。
「へええ…。それで怪談は夏なんですか…」
江戸時代に決まっちゃったんですか、と目をパチクリとさせているクラスメイトたち。
まさか歌舞伎のせいだったとはと、それまでは春や秋だったのかと。
「そうなるな。夏になったら、怪談をやって客を集めるわけだから…」
芝居の中身も、本来は冬の場面だったヤツを夏に置き換えて演じるとかな。
季節感ってヤツも大切だろうが、芝居の世界に客を引き込むには。
「季節を変えるって…。そこまでやってたんですか!?」
「客を呼べないと話にならんし、サービス精神だったんだろうな」
芝居を見ている客の方でも、「おや?」と思うヤツはいたんだろうが…。
面白かったらそれで充分、と文句はつけなかっただろう。せっかくの芝居見物の席で、つまらん話はするもんじゃない。無粋な客だと思われちまうし、周りも楽しくないからな。
そういうわけで…、と続いた話。
江戸時代に出来てしまったイメージ、夏になったら怪談の季節。芝居小屋の目玉が怪談だけに、芝居小屋の外でも流行った怪談。怖い話は夏が似合う、と。
お蔭で後の時代になっても、怪談と言えば夏のもの。客を怖がらせるお化け屋敷も、夏に幾つも作られたという。
「怖いと背筋が寒くなるしな、暑い夏にはピッタリだったというわけだ。涼しくなって」
生憎、SD体制の時代には消されちまっていたが…。怪談は夏だというイメージは。
それが立派に復活して来て、お前たちも夏だと思い込んでる。日本の文化が戻ったからだ。
だが、秋だからと油断するなよ。年中、お化けは出るもんだ。
「出るんですか!?」
「夏は作られたイメージなんだ、と言った筈だぞ」
お化けや幽霊にシーズンオフは無いんだからな、と結ばれたハーレイの今日の雑談。
如何にも出そうな夜中なんかは気を付けるように、と。
(お化けにシーズンオフは無し…)
ちょっぴり怖い、と震えたブルー。
フクロウの声をお化けだと思って怯えた、幼かった頃。幸い、本物の幽霊やお化けに出くわしたことは無いのだけれど。
(一年中、出るってことだよね…?)
夜に一人で歩くのはやめよう、と肝に命じた。
元々、夜の散歩はしないけれども。庭がせいぜい、垣根の外へは行かないけれど。
学校が終わって家に帰って、おやつを食べて。
美味しかった、と部屋に戻ったら、ハーレイの雑談を思い出した。ずっと昔は、秋は怪談。夜の時間が長くなるから、百物語に丁度いい季節。気候も快適、寒くも暑くもない季節。
(本当は今が怪談の季節で、お化けとかにはシーズンオフが無いんだったら…)
出るのだろうか、お化けや幽霊。
夜にパチンと明かりを消したら、この部屋にだって。何処からかスウッと入り込んで。
ああいったものに、壁などは意味が無いだろうから。屋根だって通り抜けるだろうから。
(今のぼくだと、大丈夫だけど…)
お化けはともかく、幽霊の方は部屋に入って来ないだろう。恨まれるような人は誰もいないし、恐ろしい目にも遭ってはいないから。…幽霊のいそうな場所に行くとか。
(でも、前のぼく…)
チビの自分はいいのだけれども、生まれ変わる前の自分の方。
ソルジャー・ブルーだった頃の自分は、恨みを買ってはいないだろうか。普段はすっかり忘れてしまっているのだけれども、前の自分は人を殺した。ミュウの未来を守り抜くために。
躊躇いもなくぶつけた強いサイオン。いったい何人殺しただろうか、あのメギドで。前の自分が倒して進んだ警備兵たち、彼らの数だけ命も思いもあったのに。
(恋人がいた人とか、家に家族がいた人だとか…)
そんな兵士もいたかもしれない、あの中には。
メギドへと飛ぶ前の自分を撃ち落とそうとして、同士討ちになってしまった人類の船。幾つもの船が宇宙に散ったし、彼らも恨んでいたかもしれない。前の自分に出会わなければ、と。
恨まれてはいない、と言い切れないのが前の自分。人を殺して、人類軍の船に同士討ちをさせてしまった自分。もしも彼らが恨み続けて、幽霊になっていたのなら…。
(…もしかして、出る?)
この部屋にだって、と見回したけれど、前の自分は彼らの幽霊に出会ってはいない。前の自分が見ていないものは出ない筈、と安堵しかけて気が付いた。
(ぼく、死んじゃったし…)
それでは出会うわけがない。恨んで出たって相手も幽霊、まるで話にならない状況。幽霊同士で会った所で、怖がっては貰えないのだから。
(じゃあ、今のぼくに…)
その分を返しに来るだろうか、と肩をブルッと震わせたけれど、今の自分はもう時効だろう。
ソルジャー・ブルーにそっくりなチビでも、同じ魂でも、時間が経ちすぎているのだから。
自分がこうして生まれ変わって来たのと同じで、彼らも何処かで新しい命を貰った筈。人類軍にいたことは忘れて、今の時代ならミュウとして。
ひょっとしたら、何処かで会っているかもしれない。幼かった自分に、公園でお菓子をくれたりした人たち。その中に混じっていたかもしれない、温かな笑顔の人たちの中に。
今は平和な時代だから。人殺しなどは起こらない時代、人を恨みもしないから。
どうやら会わなくて済みそうな幽霊。前の自分が、誰かの恨みを買っていたとしても。
心配なのはお化けくらいで、幽霊の方は大丈夫だよ、と思った所で気が付いた。
(シャングリラ…)
前の自分が暮らした船。三百年以上もの時を過ごしたけれども、幽霊が出るとは聞かなかった。ただの一度も聞いてはいないし、幽霊はいないのかもしれない。
(怪談、沢山あるんだけれど…)
今の時代も語られるけれど、シャングリラには無かった幽霊話。あれだけ大きな船になったら、一つくらいはありそうなのに。
(アルタミラで殺されてしまった仲間が、夜になったら歩き回るとか…)
あるいは助けられずに殺されてしまったミュウの子供たち、彼らの声が聞こえるだとか。照明を落とした夜の通路で、はしゃぎ回る子供たちの声や足音。
あってもおかしくない話。見た人がいたり、聞いた仲間が何人もいたり。
けれど、一つも無かった怪談。幽霊の話は誰もしなくて、前の自分も聞いてはいない。そういう話があったのならば、確かめに行こうとする筈だから。
アルタミラで死んでしまった仲間や、助け損ねた子供たち。
彼らが船に乗っているなら、助けてやらねばならないから。…いつまでも船に乗っていないで、また幸せに生きられるように。
どうしても船に残りたいなら、船の仲間たちを怖がらせないように注意もして。
前の自分はソルジャーだったし、それも仕事の内だったろう。船に幽霊が出るというなら、皆が怯えてしまわないよう、手を打つことも。
その必要は無かったけれど。
シャングリラに幽霊は乗っていなくて、怪談も無かったのだから。
でも…。
ふと思い出した、幽霊のこと。前の自分が聞いていた言葉。
(誰か、幽霊って…)
幽霊などはいなかった筈のシャングリラ。なのに幽霊を探していた誰か。
誰だったのか思い出せないけれども、確かに誰かが探していた。出る筈もない幽霊を。あの船で誰も見なかったものを。
(誰…?)
いったい誰が探していたのか、何故、幽霊を探すのか。怪談が好きで探すにしたって、そういう噂も無かった船では、探し回るだけ無駄だったろうに。
探していた人も、理由も全く分からないや、と小さな頭を悩ませていたら、聞こえたチャイム。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合うなり切り出した。
「あのね、幽霊なんだけど…」
幽霊のことで、ハーレイに教えて欲しいんだけど。
「お前、幽霊、見たことあるのか?」
「ううん、一度も見たこと無いけど…」
ぼくも、前のぼくも、幽霊には会っていないんだけど…。
「なら、怪談をしてくれってか? とびきりの怖い話ってヤツを」
今日の授業では話さなかったが、今は怪談のシーズンだしな?
どんなのがいいんだ、俺が帰ったらガタガタ震え出すほど怖い話か?
この部屋で一人で眠れなくなって、お母さんたちの部屋に行くようなヤツ。…風呂もトイレも、とても一人じゃ入れません、って泣きながら付き添いを頼むくらいの。
「そうじゃなくって…!」
本物の怖い話じゃなくって、幽霊の方。
幽霊が出て来る話を聞かせて欲しいんじゃなくて、幽霊のことを訊きたいんだよ…!
でも、その前に、と釘を刺すのも忘れなかった。「怖い話はしないでよ?」と。
とびきり怖い怪談とやらを、聞かされたのではたまらないから。小さなチビの自分が聞いたら、きっと酷い目に遭うだろうから。
「ホントに怪談は要らないからね。…授業中に聞かされちゃったら諦めるけど、今は嫌だよ」
それで、幽霊の話なんだけど…。
今日のハーレイの話を聞いたら、色々と思い出しちゃって…。
シャングリラには幽霊、出なかったでしょ?
見たって話も聞かなかったし、出るって話も無かった筈。だけど、誰かが探してたんだよ。幽霊なんかは出ない筈の船で、幽霊探し。
「なんだって?」
そんな酔狂なヤツがいたのか、シャングリラに…?
怪談を楽しむ余裕があるなら結構なんだが、出て来ないものは探しても無駄だと思うがな?
「そう思うんだけど…。だけど、確かに幽霊を探していたんだってば」
誰だったか思い出せないんだけど…。何故、幽霊を探してたのかも。
「それは、いつ頃のシャングリラだ?」
「えっ?」
「アルタミラから逃げ出した後か、白い鯨になった後かだ」
時期によって探す幽霊が変わって来そうだからな。
白い鯨なら、助け損ねた子供の幽霊。…アルタミラの方なら、船に乗れなかった仲間たちだ。
逃げ出す前に死んじまった仲間は大勢いたから、幽霊になって乗っていたっておかしくないし。
「そうだね、時期は手掛かりになりそう…」
誰だったのかも分からないけど、船の景色とかで思い出せるかな…?
改造してすっかり変わっちゃったし、幽霊探しの場所くらいなら分かるかも…。
えーっと、と遠い記憶を手繰る。幽霊を探して歩いていた誰か、その人が行った所は、と。
(誰だっけ…?)
それに何処、とハーレイに貰ったヒントを頼りに探ってゆく。場所は何処なのか、いつの話か。おぼろげな記憶は頼りなさすぎて、何も掴めそうにないのだけれど。
(…乗降口…?)
其処だ、と浮かんだ小さな手掛かり。いつも閉まっていた扉。
白いシャングリラに乗降口と呼ばれるものなどは無くて、改造前の船にあったもの。宇宙空間に乗り降りをする場所は無いから、常に閉まっていたわけで…。
(ハンス…!)
たった一度だけ、乗降口を使った時。アルタミラから脱出する時、皆が其処から乗り込んだ。
もう生き残りは一人もいない、と確認した後もギリギリまで待って離陸した船。誰かいるなら、助けたいという一心で。誰もいないと分かってはいても。
そうして地面を離れてゆく時、閉めるのを誰もが忘れた扉。ブリッジの者たちは全く気付かず、乗降口から外を見ていた前の自分たちも、閉めることに思い至らなかった。開けたままだと危険なことにも、離陸するなら閉めるものだという鉄則にも。
其処から放り出されたハンス。ゼルの弟。
ゼルはハンスの手を握り締めて、引き上げようと力を尽くしたけれど。その手は離れて、燃える地獄へ落ちて行ったハンス。「兄さん」という叫びを残して、ただ一人きりで。
思い出した、と蘇った記憶。
ゼルが弟を探していた。夜を迎えて明かりを落とした船の中で。暗くなった乗降口の辺りで。
もしや姿が見えはしないかと、幽霊でもかまわないからと。乗っているのかと、ハンスの幽霊を探したゼル。いるのなら、きっとこの辺りだと。ハンスは此処しか知らないから、と。
「ゼルだった…!」
幽霊、ゼルが探していたんだよ。ホントだよ、ずっと若かったゼルが。
「あいつがか?」
「うん…。ハンスの幽霊を探していたよ。乗降口の所に行って」
夜になったら探してたんだよ、毎日かどうかは知らないけれど…。
前のぼくが泣きそうな思念を拾った時には、いつだってゼル。…ハンスの幽霊を探してたゼル。
知ってたの、前のぼくだけなのかな?
そういう話は聞いていないし、前のハーレイも知らなかったのかな…?
「ゼルなあ…。待てよ、そういえば…」
俺も会ったな、幽霊を探していたゼルに。
夜に通路を歩いていた時、妙な方から来たもんだから…。そっちに用があったのか、と訊いたらハンスを探していたんだ。乗降口まで行った帰りだと答えたっけな。
幽霊でもいいから会いたいんだが、と話していた。「今夜も会えなかったがな」と。
「ゼル…。ハンスの幽霊に会えたのかな?」
会えたから、探さなくなったのかな?
もう一度会えて、もしかしたら話も出来たとか…?
「会えていないと思うがな…?」
ずいぶん後になってからでも、酔った時にたまに零してた。
ハンスときたら、会いにも来ないと。幽霊になって来ればいいのに、一度も会いに来ないとな。
だから会えてはいないんだろう、とハーレイはフウと溜息をついた。ゼルがいつまで幽霊探しをしたかはともかく、ハンスには会えなかったようだ、と。
「幽霊ってヤツは、この世に思いを残して死んだ人間の霊だという話だから…」
そいつが本当の話だったら、ハンスの幽霊が出てもおかしくはないが…。
ゼルと一緒にシャングリラにいたくて、乗っていたって少しも不思議じゃないんだが。
「幽霊、いないの?」
ハンスの幽霊が出なかったんなら、幽霊は存在しないものなの…?
「そう思うのか?」
「だって、見たことがないよ、前のぼくは」
三百年以上も生きていたって、ただの一度も。
アルタミラだったら、幽霊、山ほどいそうなのに…。研究所の中、ミュウの幽霊だらけで。
それにシャングリラだって、幽霊は沢山いそうな感じ。ハンスもそうだし、アルタミラで死んだ仲間たちが大勢、「乗せてってくれ」って乗っていそうだし…。
アルテメシアで助け損ねた子供たちだって、乗せて欲しくて来そうだよ?
だけど幽霊の話は一つも無くって、前のぼくも見てはいないんだから。
「前の俺も、其処は同じだが…」
あの船で幽霊を見てはいないが、幽霊が存在するかどうかってことになったら…。
今の時代もいるかはともかく、昔はいたんじゃないかと答える。魂は存在するんだから。
お前も俺も生まれ変わりだ、魂があるって証拠だろうが。
身体を持たずに此処にいるなら、俺たちは立派に幽霊なわけだ。
つまり、幽霊は存在する。魂があるなら、幽霊だって存在しないわけがないからな。
ただ、問題は出るかどうかで…、とハーレイの指がトンと叩いたテーブル。魂があっても、姿を見せに行かない限りは幽霊になれはしないから、と。
「お前も俺も、魂を持っているわけで…。こうして生まれ変わる前なら、幽霊になれた」
思いを残して死んだ人間しか出ないにしたって、残した思いがあったなら…な。
俺はお前を追い掛けることしか考えていなかったわけだから…。
思い残すことは無かったわけだが、お前は違う。…地球を見たかった、という気持ちはどうだ?
本当に微塵も思わなかったか、地球を見ないままで死ぬのは嫌だ、と。
「…ちょっぴりなら…」
ほんの少しなら思っていたかも…。
シャングリラが地球に行くんだったら、幽霊になって一緒に行きたかったかも…。
それに船にはハーレイもいるし、幽霊になることが出来るなら。
「ほらな、お前は幽霊になれる資格があったんだ。…何処にも生まれていなかったんなら」
死んだ途端に、何処かに生まれ変わっていたなら、幽霊になってる暇は無いんだが…。
今頃になって俺と二人で地球にいるんだ、生まれ変わっていたとは思えん。お前も、俺もな。
そして、お前が幽霊になって出てゆきたいなら、俺も一緒に行っただろう。
アルテメシアでも、解体される前のシャングリラでも。
「…でも、前のぼくの幽霊、出ていないよね?」
ハーレイと二人で出てはいないよね、出たなら記録がありそうだから。
「まったくだ。…ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイの幽霊なんだぞ」
怪談じゃなくて、神様が現れたみたいな扱いになっていそうじゃないか。
此処に確かにいたんです、って像が出来たりして、観光名所になっちまってな。
「ホントだね…」
恨んでます、っていう顔で出るんじゃないから、見た人、大喜びしそう…。
凄い幽霊に出会ったんだ、って自慢して回っていそうだよ。
もしもカメラを持っていたなら、ぼくたちの幽霊、写真に撮ろうと大慌てかも…。撮影するまで消えないで下さい、ってカメラを向けて、うんと沢山、写真を撮るかも…。
幽霊の写真、撮れるとは限らないのにね…?
きっと撮っても写らないよね、とハーレイに言ったら、「そうでもないぞ?」と返った返事。
遠い昔には、幽霊の写真が流行った時代があったのだという。人間が地球しか知らなかった頃、大流行した心霊写真。人間の目には何も見えなくても、カメラが捉えた幽霊の姿。
「本物かどうかは分からないがな、ずいぶん流行っていたそうだ」
此処へ行ったら撮れるらしい、って場所に大勢、カメラを持って押し掛けるとか。
「そうなんだ…。じゃあ、撮れたのかもしれないね。前のぼくとハーレイの幽霊だって」
だけど、幽霊が出たっていう記録も無いみたいだし…。ハーレイも知らないみたいだし。
出ていないんだね、前のぼくたち。…幽霊になり損なっちゃった。
ジョミーたちなら出ていたのかなあ、アルテラだとか。
「そっちも知らんな、もしも出たなら有名になってる筈だから…。出ていないんだろう」
ジョミーはともかく、アルテラだったらトォニィのことが心残りで出そうだが…。
出ても少しも不思議じゃないのに、出ていない。…ハンスと同じだ。
「ミュウは幽霊になれないのかな?」
魂はあっても、幽霊になれる資格がありそうな人も、ミュウだと幽霊になれないだとか…?
だからハンスもアルテラも駄目で、幽霊は出ないままだったのかな…?
「そうかもなあ…。ミュウは幽霊になれないのかもな」
アルタミラにあった研究所とかなら、物凄い数の幽霊が出そうな気がするんだが…。
あそこでさえも一つも見てはいないし、前のお前も知らないと言うし。
第一、ミュウが幽霊になれるとしたなら、人体実験をやめちまったかもなあ、研究者どもは。
「夜になったら幽霊が出て来て、怖くて腰を抜かすから?」
「そういうことだ。…それに幽霊は昼でも出るぞ」
本当に強い恨みがあったら、昼間でも遠慮はしないんだ。それが幽霊の怖いトコだな。
しかし、アルタミラにミュウの幽霊は出なかった。
シャングリラにも幽霊は出ないままでだ、アルテラの幽霊だって出てはいないんだよなあ…。
実に不思議だ、と考え込んでいるハーレイ。今の今まで気付かなかったが、なんとも妙だと。
「アルタミラにしても、シャングリラにしても…。幽霊は出そうな感じなんだが」
実験で殺されちまったヤツらや、シャングリラに乗れなかった子供の幽霊やらが。
ところが、まるで出なかったもんで、そういうもんだと思ってた。
キャプテンだった俺にしてみれば、有難いことではあったわけだが…。
幽霊が出るって噂が立ったら、きちんと対処しなくちゃならん。怖がるヤツらも多いだろうし、夜勤をしないと言い出すヤツらも増えそうだ。それは大いに困るからなあ、キャプテンとしては。
「そっか、ハーレイの仕事になるんだ…。幽霊対策」
前のぼくだと思っちゃってた、仲間たちの幽霊なんだから。ぼくが話を聞いてあげたり、いてもいい場所を教えてあげたり。
「いや、まあ…。俺の仕事だというだけのことで、俺には何も出来んしなあ…」
昔話の坊さんみたいに、出なくなるような有難い話も聞かせてやれんし、前のお前に頼むことになっていただろう。あそこに出るから、なんとか出ないようにしてくれないか、と。
幸い、何も出なかったが…。お蔭で俺は助かったんだが。
「ミュウの幽霊、なんでいないんだろ?」
どうして一人も幽霊にならなくて、アルタミラにもシャングリラにも出なかったんだろ…?
「俺が思うに、思念体ってヤツのせいかもなあ…」
「思念体って…。どういうこと?」
なんで幽霊にならなくなるわけ、思念体のせいで?
「俺は思念体になって抜け出すことは出来ないんだが…。昔も今も」
しかし、前のお前やジョミーは抜け出せたろうが。身体からヒョイと、精神だけで。
魂が自由に出入り出来るようなモンだろ、あれは?
あそこまでの技は、生きてる間はサイオンが強いヤツにしか出来ない芸当なんだが…。
ミュウは誰でも、死んじまったら思念体のようになるんだろう。ああ、これか、と気付くんだ。
だから、魂が本当に身体を離れちまった時に抵抗が無いのかもしれん。
死んじまった、とは思うんだろうが、「まあいいか」と、そのまま飛んでっちまう。この世への未練が少ないわけだな、しがみ付いてなくても次があるさ、と。
幽霊になって恨みがましく残るよりかは、次の世界に行くんじゃないか、というハーレイの説。言われてみれば、そんな気がしないでもない。今の自分は思念体にはなれないけれど。
(ぼくのサイオン、不器用だから…)
とても抜け出せない身体。けれども、前の自分は違った。思念体で身体を抜け出していた。
精神だけがスルリと身体を離れて、様々な場所へ。…あまり遠くへは行けなかったけれど。
(身体に戻れなくなったら困るし…)
このくらいかな、と考えていた限界。これより先へ行っては駄目だ、と。
その限界が無くなったなら、と思ったことは何度もあった。いつか寿命が尽きた時には、身体を離れるだろう魂。その時が来たら、地球へまでも飛んで行けるだろうか、と。
青い地球まで飛んで出掛けて、心ゆくまで眺めてみたいと。
(でも、ハーレイがいないんだよね…)
死んでしまったら、ハーレイとの間に出来てしまう溝。死者と生者を隔てる壁。
それが恐ろしくて、離れたくなくて、いつも途中で打ち消した思い。魂だけで地球に行くより、ハーレイの側がいいのだから、と。
前の自分が考えていたことを思い出したら、腑に落ちた思念体のこと。
アルタミラの研究所で殺されていった多くの仲間も、アルテメシアで救い損ねて死んだ子供も、幽霊になって残る代わりに未来へと飛んで行ったのだろう。希望の光が見える方へと。
「ハーレイの言う通りかも…」
前のぼくもね、たまに思っていたんだよ。いつか死んだら、青い地球まで行けるかも、って。
思念体だと遠い所へは行けないけれども、魂だけになったなら、って…。
「なるほどなあ…。前のお前は、そうやって飛んで行ったんだな」
シャングリラで地球を目指して行くより、その方がずっと速いんだから。
幽霊になって船をウロウロするより、断然、そっちだと思ったわけか。
「…どうだったのかは分からないけどね」
ぼくは地球に行くより、ハーレイの側にいたかったから…。
幽霊になってハーレイの側で暮らせるんなら、そっちを選んだだろうけど…。
でも、前のぼくの幽霊、出ていないんだし、真っ直ぐに地球に行っちゃったかも…。
だけど、青い地球は無くてガッカリしちゃって、その後は何処へ行ったのかな…?
「行くべき所ってトコじゃないのか?」
俺の所へ戻って来るより、これだと思う道があったんだろう。先に死んだ仲間が行った道がな。
思念体になれるミュウの場合は、前向きに未来を目指してゆこうとするのかもしれん。…幽霊になって過去にしがみ付くより、とにかく先へ進もう、ってな。
「そうかもね…」
ハーレイの所へ戻らなかったの、そのせいかもね。
幽霊になって戻って行くより、先に行って待っていよう、って。
いつかハーレイが来てくれた時は、あちこち案内しなくっちゃ、って。
何があるのか、どんな所か、うんと詳しく調べておいて。こっちだよ、って迎えに出掛けて。
きっとそうだよ、と綻んだ顔。ハーレイが来るのを待っていようと、前の自分は考えたろう。
幽霊になって、元の世界にしがみ付くよりも。…他の仲間たちも通ったろう道、その道を行った先の世界で、ハーレイが来るまで待つのがいいと。
「ふむ…。お前が言うなら、そうなんだろうな。ミュウの幽霊が出ない理由は」
そういや、今の時代もだ…。幽霊が出たという話は全く聞かないし。
いない幽霊が出るわけがないな、誰も幽霊にはならないんだから。
「んーと…。夏の怪談は?」
怖い話はハーレイも沢山知ってるんでしょ、幽霊はやっぱりいるんじゃないの?
「それはそうだが…。具体的な情報ってヤツを、聞いたことがあるか?」
あそこに出るのは誰の幽霊で、生きていた時の住所は此処で、といった具合に。
漠然と白い影が出たとか、そういう話はアテにならんぞ。誰の幽霊か、知っているのか?
「ううん、知らない…」
名前や住所は聞いたことがないよ、怖い話を聞かされたって。
ずうっと昔の幽霊だったら、ぼくにも名前は分かるけど…。地球が滅びる前の人なら。
「ほらな、ミュウじゃない幽霊だろうが」
でもって、そういう時代の幽霊は、だ…。
きっと、とっくに生まれ変わって何処かで生きていると思うぞ。
こんなに平和でいい時代なんだ、幽霊のままで踏ん張ってたって、損をしてると思わんか?
美味いものも食えなきゃ、あちこち旅にも行けないってな。
そんなつまらん幽霊なんかをやっているより、新しい命を貰うべきだろうが。
幽霊なんぞはいないだろうな、今の世界は。とうの昔に生まれ変わって、全部絶滅しちまって。
絶滅と言うかどうかは知らんが、多分、一人もいないだろうさ。
今も残っている可能性があるのは、お化けの方だ、と笑ったハーレイ。
幽霊は絶滅しただろうけれど、お化けだったら出るかもな、と。
「お化け…。ハーレイ、夏に探してたっけね」
帰り道で会えるかもしれないな、って帰って行ったよ、楽しそうに。
夏だけのものじゃなさそうだけど…。今日のハーレイの話を聞いたら。
「うーむ…。俺もすっかり毒されていたか、今の文化に」
これは一本取られたな。夏にやってた、俺のお化け探し。
「秋もお化けのシーズンなんでしょ、本当は?」
おまけにシーズンオフは無くって、一年中、いつでもお化けのシーズン。
気を付けろよ、ってハーレイ、授業で言ったんだから。
「よし。…ここは前向きに受け止めるとするか、ミュウの幽霊が出ない理由を見習って」
せっかく怪談のシーズンなんだし、失敗をバネにお化け探しだ。
今もいるかどうか、頑張って探すことにするかな、次に歩いて帰る時から。
今日は車で来ちまってるから、今度の土曜の帰り道からだ。
「お化け探し…。それ、見付けちゃったら怖くない?」
凄く怖そうだよ、今の時代まで生き残ってるほどのお化けだなんて。
「何が出るかは知らないが、だ…。かかってくるなら、投げ飛ばす!」
ダテに柔道はやっていないぞ、投げてしまえばこっちのもんだ。
参りました、と降参するまで押さえ込んでギュウギュウ締め上げるってな。
お化けなんぞはただの化け物、と言うハーレイなら、確かに投げ飛ばせそうだから。カッコ良く投げて、ギュウギュウ締め上げて、お化けを降参させそうだから。
「お化け、見付けたら教えてね」
どんなのだったか、ぼくに詳しく説明してよ?
怖くて寝られなくならない程度に、姿とか、お化けの声だとか。
「もちろんだ。俺の武勇伝つきで語ってやるさ」
それにだ…。いいか、年中、お化けのシーズンなんだぞ?
お前も一緒に探しに行こうな、いつかはな。結婚したなら夜のデートで、お化け探しだ。
出るそうだという噂を聞いたら、俺と二人で出掛けて行って。
「えーっ!」
待ってよ、なんで二人で行くの!?
ハーレイが行けば充分じゃないの、お化けが出たらどうするの…!
今のぼくはサイオンが上手く使えないから、見付かっちゃったらおしまいだってば…!
お化けを投げ飛ばせるのはハーレイだけだし、ぼくは逃げるしかないんだから…!
怖いじゃない、と叫んだけれども、楽しそうではある、お化け探し。
今の時代は幽霊がいなくて、シャングリラの時代はお化けの方がいなかった。
昔話に出て来る沢山のお化け、百鬼夜行の化け物だって。
けれども、今は幽霊の代わりに、お化けの方がいそうだから。
何処かの闇からヒョイと出て来て、人間をビックリさせそうだから。
シャングリラの時代はいなかったお化け、それを二人で探してみようか。
青い地球なら、何かいるかもしれないから。
SD体制よりも古い時代に生まれたお化けに、バッタリ会えるかもしれないから。
シーズンオフが無いらしいお化け。
出会って怖い思いをしたって、きっとハーレイなら、カッコ良く投げてくれるだろうから…。
怪談の季節・了
※ハンスの幽霊を探していたゼル。けれど出会えず、シャングリラには出なかった幽霊。
何故かは全く謎ですけれど、今の時代にいそうなのは、お化け。いつか探すのも楽しそう。
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