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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

恋文

「…現代に生まれた君たちには想像も出来ないと思うのだが…」
 この前置きで始まったハーレイの授業はクラス中の興味を引き付けた。
 通信技術が発達した今の時代にも存在している手紙なるもの。投函用のポストに入れれば遠くの星にもちゃんと届くし、絵葉書だって旅の記念として人気。最先端の通信手段よりもかなり時間はかかるけれども、レトロな通信方法として愛されている手紙のシステム。
 ところがSD体制以前どころか、もっと遠い遙かな昔のこと。
 自分たちが住んでいる地域に日本という小さな島国があって、その国の固有の文字が出来てから間も無い頃。なんと其処では互いに手紙をやり取りするだけで恋が出来たと言うではないか。
 顔も見ないで、ただ手紙だけ。それで恋など出来たのだろうか?



「先生! 思念を手紙に乗せておくんですね!」
 したり顔で発言した生徒は「君は授業を聞いていたのか?」とハーレイに一笑されてしまった。
 そんな時代にサイオンなど無い。手紙に思念を乗せる、すなわち残留思念として籠めることなど誰も出来はしない。籠められるものは、あくまで真心。それに…。
「香りだな。香りと言っても香水じゃないぞ? 香と言ってだ、香りの素になる自然素材で出来た香料を燃やして色々な香りを出していたんだ」
 詳しく説明をするとこれだけで時間が終わりそうだから興味のある者は自分で調べろ、と授業は更に先へと進む。
 手紙に籠められた香りで書き手の人柄が分かる。お洒落な人か、奥ゆかしい人か。
 それから手紙が書かれた紙の色と種類。色は季節に応じて選ぶのが基本。違う色を重ねて意味を持たせたりも出来、どんな色かで教養が知れる。紙の種類にも人柄が出る。
 手紙には花の枝なども添えて出すもので、これまた人柄と教養が知れる。
 一番最後に、書き手の文字。書かれた文字と手紙の文面から、書いた人の姿を思い浮かべる。
「どんな趣味の持ち主か、どういう性格の人なのか。…どうだ、手紙だけで充分伝わるだろう?」
 これだけあれば、とハーレイが教室の前にあるボードを示す。のびのびとしたハーレイの文字。
「いいか、紙の色と種類と、香りと花だ。それに書き手の文字と文章。これで伝わる」
「本当ですか?」
「もちろん、時には思い違いもあったわけだが…。味わい深い時代だろうが」
 せっかく授業で習った知識。一世一代のラブレターを出す時にでも役立ててみろ、とハーレイは手紙の書き方をボードを指しながら繰り返した。熱心にノートを書く生徒たち。
「ちなみに、この授業をやった時には何処の学校でも色つきの紙のセットがよく売れるそうだ。ただし、実際にそいつを使ってラブレターを書き、成功した例は知らないからな」
 十年以上も教師をしてるが一つも知らん、とオチがついたから、大爆笑の渦に包まれたけれど。



「…買って来ちゃった…」
 その日の夜、ブルーの部屋の勉強机の上には、色とりどりの紙のセットがあった。学校の売店で買って来たセット。本来は美術の授業で使うためのもので、今のところ美術で使う予定など無い。
 つまりは今日のハーレイの授業。色とりどりの紙のセットとはおよそ無縁な古典の授業が思わぬ所で購買意欲を刺激した。
 ハーレイが授業で言ったとおりに、売店の本日の人気商品。ランチに出掛けた食堂の隣に売店があって、ブルーのクラスの生徒が挙って押し掛けていた。男子も女子も、次から次へと。
 いつも昼食を一緒に食べるランチ仲間も買っていたから、ブルーも買った。ランチ仲間は食堂で「買ってはみたけど、いつ使うんだ、コレ」と笑い合っていたし、ブルーも笑った。
 ラブレターを書くには早過ぎる年頃の自分たち。
 十八歳で結婚することは出来るけれども、平均寿命が三百歳を軽く超える時代、十四歳といえばまだまだ幼い。SD体制の頃は十四歳で成人検査などと言ったらしいが、今の時代は成人どころか子供時代の延長線上だ。
「いやもう、ホントにいつ使うんだよ?」
「ハーレイ先生が言っていたのって、これじゃねえのか? 成功例は知らねえってヤツ」
「そ、そうか…。使う前にすっかり忘れちまって、出さないってこともあるよな、うんうん」
 出さないのでは成功するわけがない、と大笑いした。
 飛ぶように売れていた色紙セットは引き出しの中で忘れ去られるか、はたまた美術の授業で使うことになった時、「あった、あった」と引っ張り出されて本来の用途で使用されるか。ハーレイのお勧めのラブレターとやらには使われないまま終わるのだろう、と。



「…みんなは使い道、ホントに無さそうだったんだけど…」
 クラスのみんなが我も我もと買い込んでいた色紙セット。ブルーが知る限り、買わなかった子は多分いないと思う。それほどに売れていたのだけれども、色紙セットを買ったクラスメイトたちにラブレターを書いて渡す相手はいないだろう。
 恋に恋するお年頃とさえ呼べないクラスメイトたち。恋よりも先に遊びに夢中で、男子も女子も互いを意識してさえいない。子供が身体だけ大きくなった、と表現するのが相応しそうだ。身体が大きくなったと言っても、そちらもまだまだ大人になるには程遠いのだが…。
 けれどブルーは皆とは違う。
 名実共に学年で一番のチビだけれども、中身が皆とは全く違う。三百歳を超えるまで生きた前の生での記憶があったし、前世ではちゃんと恋人がいた。ラブレターを書いて渡すどころか、キスを交わして身も心も固く結ばれた正真正銘の恋人同士。
 だからブルーは恋を知っているし、その恋人とも生まれ変わって出会うことが出来た。キスさえ出来ない仲だけれども、再会して今も恋人同士。
 ラブレターを書いて渡したい人がブルーにはいる。
 今日の授業でそのラブレターの話をしていた、褐色の肌の古典の教師。大好きでたまらない前の生からのブルーの恋人。
 そう、ハーレイにラブレターを書いて届けてみたい。
 習ったばかりの知識を使って、書き手の人柄が伝わると聞いた遠い昔のラブレターを…。



「んーと…」
 まずはラブレターを書くための紙の色を選ぶ所から。
 ハーレイの授業では紙の種類も大切なのだと教わったけれど、色つきの紙のセットに収められた紙は一種類だけ。色が違うだけで厚みも手触りもまるで同じだし、気にしなくても大丈夫だろう。ハーレイは自分がこの種の授業をした日は、これが売れると言ったのだから。
「季節に合わせて選ぶんだよね?」
 基本は季節に応じた色。今の季節なら何色だろう、と考えたけれど。
(…ハーレイ、確か教養って言った…)
 選んだ色で教養が知れるなら、細かい決まりがあるのだろう。ハーレイが挙げた例は桜だった。白と赤とを重ねれば、桜。同じ桜でも赤と緑や、赤と濃い赤、白と桃色もあったと思う。そんなに色々あるというのに、例に挙がったのは桜だけで。
「…今の季節って、何色なわけ?」
 調べようにも、色の決まりの約束事を何と呼ぶのか習わなかった。これでは如何にブルーの頭が良くても手も足も出ない。季節に応じた色なるものが選べない。
(季節の色が分からないってことは…)
 ラブレターの紙は自分らしい色にすべきだろう。手紙は人柄を表すものだし、ブルーが書いたと一目で分かって貰えそうな色。
「…やっぱり白と紫かな?」
 今のブルーにシンボルカラーは存在しないが、前世なら白と紫だった。
 ミュウの長だったソルジャー・ブルー。紫のマントと白い上着はブルーだけが着た組み合わせ。同じソルジャーでもジョミーのマントは赤であったし、白と紫がブルーの色だ。
「白と紫の紙に書いたら分かるよね、うん」
 手紙を読むのはハーレイだから。
 ソルジャー・ブルーだった頃のブルーを支えてくれたハーレイだから。
「えっと…」
 白と紫の紙を一枚ずつ出して、眺めてみて。
 紫よりも白い紙の方が書かれた文字が読みやすそうだ、とラブレターを書く紙は白に決定。白い紙の下に紫を添えて、ソルジャー・ブルーらしい色の取り合わせ。
(これで良し…、っと)
 ラブレターを綴る紙は決まった。でも、直ぐに書くのは恥ずかしいから、他に必要なアイテムを全部決めてから書くことにしよう…。



 今日のハーレイの授業で習った遠い昔のラブレター。
 大切な要素は紙の色と種類、香りに花。紙が決まれば次は香りの出番だけれど。
「…香りで書き手が分かるんだよね?」
 これは困った、とブルーは小さな頭を抱えた。
 自分らしい香りなど思い付かない。それにソルジャー・ブルーだった自分と今の自分では違うと思う。ハーレイもそんなことを口にしていた。ハーレイの大きな身体に甘えている時、ハーレイはよく笑っている。同じ甘さでも全然違う、と。
 ハーレイに言わせれば、ブルーの身体は甘い香りがするらしい。前の生でも、今の生でも。
 ただ、甘い香りの種類が全く違うらしくて、今のブルーは「お菓子の匂い」。いつもハーレイと二人で食べているような、お菓子の香りがするのだと聞いた。ふんわりと甘いお菓子の香り。
(…前のぼくって、どんな甘さ?)
 お菓子の香りでないことは確か。しかし、これという香りに心当たりが無い。香水の類はつけていなかったし、ボディーソープも甘い香りではなかったような気がするし…。
(ハーレイにきちんと訊けば良かった…)
 まさに後悔先に立たず。あのラブレターの授業の後では、どんな香りかを訊けば目的が知れるというもの。ラブレターの書き手を匂わせるどころか、届ける前に知られてしまう。
(お菓子の匂いでも、ぼくだって分かる…?)
 白と紫の手紙にお菓子の匂い。前の生のブルーを表す色に、今の自分の香りの取り合わせ。些か似合わない気もするけれども、どちらも自分には違いないのだし…。
「お菓子の匂いがいいのかな?」
 子供っぽくても、それが今の生での自分の香り。この際、お菓子でいい気もしてきた。
(…お菓子も色々あるんだけれど…)
 どれにしようか、と迷う暇もなく閃いた。ハーレイの大好きなパウンドケーキ。母が焼くそれがハーレイの一番好きなお菓子で、一度だけ家に招かれた時も焼いて貰って持って出掛けた。
(パウンドケーキの匂いがいいよね、ハーレイの好きなパウンドケーキ)
 まさか本物のパウンドケーキの欠片を手紙に付けられはしないし、パウンドケーキを紙に包んで香りを移すわけにもいかない。仕方ないから、後で母に訊いてみることにした。
 パウンドケーキに使うであろうエッセンス。それを訊き出して、手紙に一滴。
(うん、パウンドケーキの匂いになるよね)
 今の自分の香りだというお菓子の香り。ハーレイの好きなお菓子が一番いい。



 ここまで決まれば、残るは花だけ。けれども、これまた難問だった。
(今の季節で、ぼくらしい花…)
 どういう意味で自分らしいと言えばいいのか。自分に似合う花という意味か、自分を連想させる花という意味か。どちらでも多分正解だろうが、それにしたって難しい。
(…白い花かな?)
 ソルジャー・ブルーだった頃には白い花が似合うとよく言われた。マントの色は紫だったのに、白い花。シャングリラにいた子供たちが被せてくれる花冠も白いクローバーのことが多かった。
(アルビノだったから白だよね、きっと)
 そうは思うが、今の自分に白い花が似合うという気がしない。白いクローバーの花冠なら今でも何とかなりそうだけれど、白い百合や薔薇を手にした姿が絵になるだろうか?
(…前のぼくなら「貰ったんだな」って感じだけれど…。今だと誰かにあげる前かな)
 自分が貰った花ではなくて、誰かに贈るための花。どうもそういう気がしてならない。そうした気持ちを抱くからには、今の自分に似つかわしい花ではないということ。
(どうしよう…。今のぼく、白い花とは違うみたい…)
 香りも前の生とは違って甘いお菓子の匂いなのだから、似合う花も違ってくるのだろう。前世の自分なら白だったけれど、今はいったい何色なのか。
(花なんか貰ったことないし…)
 今の生では一度も貰った覚えが無い上、花に譬えられたことも無かった。
(…それに、ハーレイにも花は貰わなかったし…)
 前の生で花を貰っていたなら、その花を添えればブルーが書いた手紙なのだと気付いてくれると思うけれども、生憎と花は貰っていない。誰にも内緒の仲だったから、花を貰えはしなかった。
「…花がこんなに難しいなんて…」
 いっそ自分に似合わなくても白い花で、と考えてみた。手紙は白と紫なのだし、前の自分が着ていた色。それなら白い花でもいい。ソルジャー・ブルーだったら白い花が似合う。
「よし!」
 白にしよう、と決断を下し、何の花にするかという段になって。
(…あれ?)
 花を添えた白と紫の手紙。
 選んだ花の種類によっては急がないと萎れてしまいそうなそれを、どうやってハーレイの家まで届ければいいというのだろうか?



(えーっと…)
 手紙を送るなら投函用のポストに入れるか、配達員の人に託すか。そしてハーレイの家へと届くわけだが、花を添えた手紙なんて聞いたことがない。配達の対象になるかどうかも分からない。
(授業では、なんて言ってたっけ…)
 SD体制の時代よりも遠い昔のラブレター。今のような配達制度が無かった時代。
(んーと、んーと…)
 手紙を書いたら、花の枝を添えて、お使いの人が届けにゆく。専門の配達機関ではなく、自分の家だけの配達係。小さな男の子が持って行ったり、大人だったり。
 ハーレイの授業ではそう言っていた。ということは、ブルーの場合は…。
(パパかママなの!?)
 自分の家だけの配達係と呼べそうな人は両親だけしかいなかった。
 頑張ってハーレイ宛のラブレターを書いて、花を添えて両親のどちらかに…?
(ダメダメダメ~~~っ!)
 父も母も不思議な顔をしながら届けてくれるかもしれないけれども、もしもハーレイに教わったようなラブレターの書き方を両親が知っていたならば…。
 ブルーが想いを籠めて書いた手紙がラブレターだと両親にバレる。ハーレイに恋していることがバレる。手紙を開いて中を読まずとも、ブルーはハーレイが好きなのだと。
(それは困るよ…!)
 とっても困る、とブルーは泣きそうな気持ちになった。
(ママにもパパにも頼めないよ…!)
 あれこれ考えて、何の花を添えるか決めたら後は書くだけだったラブレター。
 文章はまだ練っていなかったけれど、出すつもりだったラブレター。
 ハーレイに出したくて色とりどりの紙のセットを買ったのに…。
(この手紙、ハーレイに届けられないよ…!)
 習ったばかりの遠い昔のラブレター。
 大好きなハーレイに白と紫の紙で、パウンドケーキの香りをつけて、白い花を添えて。ブルーが書いたと分かる手紙をそっと届けたかったのに…。
(……送れないなんて……)
 ガックリと項垂れる小さなブルーは、ラブレターを書けずに終わりそうだったけれど。



「…買っちまったな…」
 俺としたことが、とハーレイが書斎で苦笑する。机の上には色とりどりの紙のセットがあった。
 自分は授業で話したけれども、ブルーは果たして色紙のセットを買っただろうか?
(…どうなったんだかな?)
 何かといえばキスを強請ってくる小さなブルー。
 ハーレイと早く本物の恋人同士になりたいと願う小さなブルー。
 小さな身体で心も幼いブルーだけれども、ラブレターと聞けば勇んで買いに行きそうだ。
(しかしだ、相手はブルーだしな?)
 買っていたとしても、可愛い手紙はきっと届きはしないだろう。
 ハーレイの家まで朝早い内に、ラブレターをポストに入れに来られるブルーじゃないから。
 瞬間移動が出来たとしても、そんな度胸は無さそうだから。
(手紙を届けてくれる人が無い、と気付いてショックで終わるんだろうな)
 ハーレイはクックッと喉を鳴らして笑った。
 そのハーレイのラブレターもまた、書いたとしても届ける方法が無いのだけれど。
(…あいつのパパとママにバレちまったら大変だしな?)
 それでもブルーが小さな頭を悩ませていそうな気がしてくるから、ハーレイも椅子に深く座ってラブレターの書き方を考えてみる。
 自分が出すなら前の生での制服の色と、マントの色とを重ねてみようか。
 香りは前世でも好きだった酒。合成だった酒の代わりに、今度は本物の酒を一滴。
(さて、添える花は何にするかな…)
 今の季節なら…、と古典の教師としての知識と、前の生の記憶とを混ぜながらハーレイも悩む。
(…俺に相応しい花と言ってもなあ…)
 前の生では木彫りをしていたし、この際、花より木の枝でもいい。
 それもまたいい、とハーレイの唇に微笑みが浮かぶ。
 ブルーに送ってやりたいけれども、送れはしないラブレター。
 そしてブルーからもラブレターは来ない。来ないけれども、ブルーならきっと…。
(うん、絶対に考えていたな、大真面目にな)
 どんなラブレターだったのか、訊いてみたいけれど。
 ブルーは脹れっ面になるだろうから、尋ねる代わりに想像してみる。
 選びそうな紙は白と紫。それだけは多分、間違いない。
 小さくてもブルーはブルーだから。前の生から愛し続けた、白と紫が似合うブルーだから…。




          恋文・了


※ブルーとハーレイ、お互い、書いてみたくても書けないものがラブレターです。
 教師と生徒の間柄では、流石にちょっと…。素敵な恋文、いつか出せるといいですよね。
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