シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
ハーレイが研修に出掛けて学校に来なかった日の帰り道。ブルーは家とは逆の方向へ行くバスに乗って、町の中心部に出て来ていた。
(…今日はハーレイ、来てくれないしね)
平日でも仕事が早く終わると家を訪ねて来てくれるハーレイ。しかし研修の日は遅くなることをブルーは知っていたし、今日がそうだと分かっていたため最初から寄り道を予定していた。母にもきちんと言って来たから時間の方は大丈夫だ。
(えーっと…)
目指す場所は書店。前にハーレイがシャングリラの写真集を見付けて買って来た店。本が好きなブルーも以前から何度も来ているけれども、前世の記憶を取り戻してからは初めてだった。ビルの入口を入って、真っ直ぐに歴史関連のコーナーへ。
其処へ向かう途中ですれ違った年上の女生徒のグループが肘でつつき合ってブルーを見ている。聞こえて来る「ソルジャー・ブルー」の名前。似ているだとか、そっくりだとか。
(…仕方ないよ、本人なんだもの!)
脹れっ面になりかかったら「可愛い!」と叫ぶ声まで聞こえた。
(見世物じゃないし!)
このせいだ、と辿り着いたコーナーの棚に並べられた写真集の表紙を睨む。売れ筋の本は表紙が見えるように陳列してあり、其処に諸悪の根源が居た。
一番有名な前の生でのブルーの写真。真正面を向いたソルジャー・ブルー。
ソルジャー・ブルーといえばこの写真、と誰もが知っている一枚なのだが、ブルー自身にはいつ撮られたのか記憶が無かった。こんな顔をしてカメラに向かった覚えは無いから、連続した映像の中の一瞬を抜き出したものなのだろうが…。
(…どうせ当分、こんな顔にはなれないし!)
前世の自分と同じくらいに育たなくては、こういう大人びた顔にはならない。この顔になるまでハーレイとキスも出来はしないし、見ているだけで恨めしくなる。こんな顔には用事は無い。
「えーっと…」
ぐるりと見渡した歴史書コーナー。写真集ばかりを集めた棚で一番目立つのが前の生のブルー。もちろんジョミーの写真集もあるし、キースのもある。トォニィのまでがあるというのに…。
(…やっぱり無いや…)
探している人の名前を冠した写真集は何処にも無かった。下調べをしたから出ていないらしいと知っていたけれど、自分の目で確認したかった。もしかしたら、と。
(…なんで無いわけ?)
写真集の棚から視線を移せば、其処にはズラリと航宙日誌が詰め込まれている。シャングリラのキャプテンだったハーレイが欠かさず付けていた毎日の日誌。超一級の歴史資料となった日誌は、文庫版からハーレイの筆跡をそっくり写し取った研究者向けの複製品まで揃っているのに。
(航宙日誌は山ほどあるのに、写真集は一冊も出てないなんて…)
片手落ちだよ、とブルーは深い溜息をついた。
(…ハーレイ、人気が無いのかな…)
ブルーにはそうは思えない。前の生でのブルーの恋人、キャプテン・ハーレイ。シャングリラの舵を握っていたハーレイは威厳があったし、人望もあった。それなのに何故、ハーレイの写真集は一冊も存在しないのか。
(出せば売れると思うんだけどな…)
真剣にそう考えるブルーは現実が見えていなかった。ハーレイよりは青年の姿のジョミーの方がモテただろうとは思うけれども、ブルーの認識はその程度。自分自身がハーレイを誰よりも好きで愛していたから、他の人の目にも素敵に映ると信じていた。
ゆえに全く気付いてはいない。そのハーレイには写真集を出して貰えるほどの華が無いことに。
(…ハーレイの写真集が欲しいのに…)
ハーレイの写真が欲しかった。
ブルーが持っているハーレイの写真はたった一枚。転任教師の着任を知らせる学校便りに載った小さなモノクロ写真しか無い、今のハーレイ。
キャプテン・ハーレイだった頃のハーレイなら教科書にあるが、それでは足りない。自分だけのハーレイの写真が欲しい。
前のハーレイの写真でもかまわないから。どうせハーレイは前とそっくりだから。
そう思ってやって来たというのに、ハーレイの写真集は無いなんて…。
航宙日誌に入っている写真は教科書のと同じ。如何にもキャプテンといった風情のお堅い表情。キャプテン・ハーレイの写真の定番中の定番。
(…どれもコレだよ…)
何冊もの航宙日誌を開いてみたが、ブルーの求めるハーレイの写真は其処には無かった。
(もしかしたらジョミーの写真集に入っているとか?)
ジョミーと一緒に写っていないか、と端から開いて探したけれども、相手はジョミーの写真集。其処に長老たちの姿は全く無かった。もっと年若い世代の者たちがジョミーと共に収まっている。どれを開いてみても同じで、ハーレイは参考写真のみ。定番中の定番の写真。
(…うーん……)
ジョミーの写真集に写っていない以上は、前の生での自分の名がついた写真集を開いてみるしか無かった。これならば確実にハーレイが写っているだろう。
例の真正面を向いた自分が表紙の一冊を取って、ページを捲った。何処かにきっと…。
(いた…!)
胸がドキンと高鳴ったけれど、穏やかな顔のハーレイの隣に余計な人物。ハーレイの視線を独占している前の生の自分、ソルジャー・ブルー。
いかめしい顔つきのハーレイではなくて、大好きな優しい表情なのに。定番中の定番の写真とは違うハーレイの本来の姿が其処に在るのに、鳶色の瞳は写真集を広げるブルーを見てはくれない。ハーレイの視線の先には別の人物が居る。
(うー……)
よりにもよって、前の生の自分が恋のライバル。
小さなブルーよりもずっと大人の、ハーレイと本物の恋人同士だったソルジャー・ブルー。どう頑張ってもブルーは勝てない。大好きなハーレイの鳶色の瞳はブルーの方を向いてはくれない。
(なんだか悔しい…)
悔しいというより腹が立つ。
ミュウの長、ソルジャーの貌をして涼しげに立つソルジャー・ブルー。けれど隣にはハーレイがいる。穏やかにブルーを見詰めるハーレイ。
誰も気付きはしないけれども、ブルーには分かる。並んだ二人は恋人同士。大好きでたまらないハーレイを我が物顔で一人占めしているソルジャー・ブルー。これは非常に腹立たしい。
(もっとマシな写真が欲しいんだけど…)
写真集のページをパラリと捲って、「あっ!」と思わず息を飲む。
柔和な笑顔のキャプテン・ハーレイ。横顔だけれど、この顔が好きだ。
それなのにハーレイの視線が向けられた先に、恋敵。しっかりと前の自分が居た。
(…あんまりだよ…)
どうして自分まで写っているのか、と文句を言っても始まらない。これはソルジャー・ブルーを収めた写真集であって、ハーレイの方が明らかにオマケなのだから。
(…もっと他のは?)
手にした写真集を最後まで調べたブルーは次の一冊を手に取った。ソルジャー・ブルーの写真集ならば呆れるほどに何冊もある。きっと何処かに自分の求めるハーレイが、と頑張ってみることにした。いくらなんでも全部探せば一枚くらいはあるだろう。
憎々しいソルジャー・ブルーがハーレイと一緒に写っていようが、それを帳消しに出来る一枚。ブルーの意に適うハーレイの写真が一枚くらいは、きっと何処かに…。
(これは合格…、っと)
心の中でそう呟いて、ハーレイが写っていなかった写真集を元の棚に戻す。片っぱしから調べる間にブルーの頭に妙な基準が出来つつあった。
探しているものはハーレイが写った写真なのだが、そうした写真にはもれなく前の自分がつく。ハーレイと本物の恋人同士だったソルジャー・ブルー。今のブルーには手が届かない大人の身体を持ったソルジャー・ブルーがハーレイと一緒に写っているのだ。
ハーレイの表情が好ましいものであればあるほど、沸々と怒りがこみ上げて来る。どうして隣に自分ではなくてソルジャー・ブルーが澄ました顔で写っているのか、と。大好きなハーレイを奪うソルジャー・ブルーに腹が立つから、写真集の中にハーレイの姿が一枚も無いとホッとした。
ハーレイを連れていないソルジャー・ブルーの写真集は怒りを覚えないから合格。連れていれば当然不合格だが、そのハーレイが良い表情なら購入するかどうかの検討の対象で補欠扱い。
合格、不合格、それから補欠。
そういう基準でソルジャー・ブルーの写真集を分類してゆく小さなブルーは記憶力が良く、特に目印を設けなくても補欠がどれかはしっかり覚えた。
ソルジャー・ブルーの写真集は数多いだけに、調べ終えるまでに一時間近くかかっただろうか。ようやく作業を済ませたブルーは補欠扱いの写真集を纏めて籠に丁寧に入れた。
(…重い……)
写真集は紙の質が良いから、並みの本より遙かに重い。それが何冊も詰まった籠はブルーの細い腕にズシリときたけれど、棚の前では比較しながら選べないから仕方ない。重たい籠を引っ提げて歩き、フロアの中央に設えられたテーブルへ。
其処は購入前の本を広げて読める場所。コーヒーや紅茶、ジュースといった飲み物を購入すれば誰でも座れて、本を買うべきか買わざるべきかを好きなだけ検討出来る場所。
もちろん買わずに帰っても良い。飲み物の代金が一種の立ち読み料金だから。
ソルジャー・ブルーの写真集を山のように詰めた籠を運んで行ったブルーは椅子を確保し、次にオレンジジュースを買った。冷たいジュースをストローで一口、腕の疲れが取れた気がする。籠の中身をテーブルに積み上げ、どれにしようかと広げては眺めた。
(こっちはコレで、こっちのがコレで…)
どの写真集にもハーレイが居る。キャプテンの制服を着た前の生のハーレイ。少し厳しい表情もいいし、柔らかな笑みも捨て難い。どのハーレイもブルーの目には魅力的だし、素敵に映る。
(…どれもいいよね…)
とてもハーレイらしい表情。そういうハーレイが写った本ばかりを選んだのだから、決め難い。どれか一冊、と思いはしても選べない。
(…こっちより、こっち? でも、さっきのとコレとなら…)
何冊ものソルジャー・ブルーの写真集をテーブルに並べ、検討を続ける小さなブルー。
買ったジュースも飲むのを忘れて見入っているブルーは格好の広告塔だった。なにしろ顔立ちがソルジャー・ブルーの少年時代にそっくりなのだし、人目を惹かない筈が無い。
「ソルジャー・ブルー」だの「凄く可愛い!」だのという声が交わされ、ソルジャー・ブルーの写真集を探しに歴史書のコーナーへ足を運ぶ客の多いこと。ブルーが合格と不合格に分類して棚に戻した写真集はもちろん、補欠扱いで検討中の本に代わって補充された本も次々と売れた。
しかし広告塔になっているブルーの頭の中では…。
(…なんで、ぼく抜きのハーレイって無いの!?)
素敵なハーレイの写真は一枚残らずソルジャー・ブルーだった自分がセット。ハーレイの表情がブルーの気に入れば入るほど、対になったソルジャー・ブルーの存在が目障りでたまらない。
今のハーレイが自分を見てくれるような瞳がソルジャー・ブルーに向いていることが気に障る。どうして自分を見てくれないのかと苛ついてしまう。
写真の中のハーレイがこちらを向くことは無いし、その視線の先のソルジャー・ブルーは前世の自分だと頭では分かっているのだけれども、感情がそれについていかない。
(ハーレイがぼくを見てくれないなんて…!)
ソルジャー・ブルーを見てるだなんて、と前の生の自分に対してこみ上げてくる理不尽な怒りを抑え切れない。
前の自分に嫉妬するだなんて、愚かにもほどがあるけれど。
馬鹿馬鹿しいにもほどがあるのだけれども、どうにもこうにも我慢がならない。
ハーレイがこういう表情を向ける相手が自分以外の人間だなんて、それが前世の自分であってもあんまりだ。この写真が自分の所有物ならハサミでジョキジョキと切ってしまって、余計な人間が写った部分を屑籠に放り込みたいくらいに。居なかったことにしたいくらいに…。
見れば見るほど腹が立ってくる、キャプテン・ハーレイと前世の自分のツーショット。ブルーが素敵だと思うハーレイの写真には必ず、ソルジャー・ブルーが写っている。ハーレイのいい表情を引き出せる恋人、ソルジャー・ブルー。前世の自分が居るからこそのハーレイの顔。
(…仕方ないんだけど…。本当に仕方ないんだけど…!)
恋敵なソルジャー・ブルーがくっついていてもいいから素敵なハーレイの写真が載った写真集を買うか、見る度に腹が立つだろうから買わずに帰るか。
散々悩んで、悩み続けて、ブルーはとうとう負けを認めざるを得なかった。ソルジャー・ブルーだった自分に今の小さな自分は勝てない。ハーレイと本物の恋人同士だったソルジャー・ブルーに敵う筈が無い。素敵な表情をしたハーレイの写真はどれもこれもソルジャー・ブルーのもので…。
(やっぱりやめた!)
買うもんか、とブルーは氷がとっくに溶けてしまったオレンジジュースをストローで一息に吸い上げ、写真集を全部、籠の中へと詰め直した。椅子から立ち上がり、係の店員に「買いません」と告げればそれでおしまい。重たい籠を運んで行かずとも、係員が棚に戻してくれる。
籠を運んでゆく係員が向かう歴史書コーナー。其処がソルジャー・ブルーの写真集の定位置。
ブルーには無い、ハーレイと本物の恋人同士になれる身体を持った忌々しくて憎い恋敵。あんなヤツの写真集なんか、と心の中で「ベーッ!」と舌を出す。
貴重なお小遣いを使って写真集なんか買ってやるもんか。
ハーレイの写真は欲しいけれども、あんなヤツの写真集なんか買ってやらない。
教科書に載ったキャプテン・ハーレイの写真があれば充分、それと学校便りの写真。モノクロの小さな写真でも今のハーレイの写真なのだし、そっちの方がよっぽど値打ちがあるってば…!
ぷりぷりと怒りながら書店を後にし、帰ってゆくブルーは夢にも思いはしなかった。
ハーレイの写真が一枚も載っていないから合格、とテーブルに持って行きもしないで棚に戻した写真集。その中の一冊、「もうこの先は見なくてもいいや」とメギドの写真で始まる章を開かずに終わった『追憶』というタイトルの写真集をハーレイが買って持っていることを。
自分が見ずに終わった章がソルジャー・ブルーの最後の飛翔からメギドの爆発までの写真で構成された悲しすぎる章で、ハーレイが夜更けの書斎で独り号泣したことを。
ソルジャー・ブルーの一番有名な写真が表紙になった『追憶』。
その『追憶』がハーレイの書斎の机の引き出しの中で、ハーレイの日記を上掛けのようにそっと被せられ、温かな想いに優しく守られていることを……。
家とは反対方向の町の中心部まで出掛けて行って、帰りがすっかり遅くなったブルー。寄り道の成果は無かったどころか、前世の自分に嫉妬した挙句に腹が立ったというだけだった。
ハーレイの写真は手に入らなくて、結局、今も学校便りの小さなモノクロ写真を見ている。学校便りは一人一枚、失くしたら二度と手に入らない。だから大切に仕舞ってあるのだけれど。
(なんでハーレイの写真集って一冊も無いんだろう……)
今のハーレイは古典の教師で、水泳と柔道の腕が凄くてもプロの選手になったわけではないから写真集が無いのも分かる。しかしキャプテン・ハーレイだったらシャングリラの初代のキャプテンなのだし、写真集があっても良さそうなのに…。
(…ソルジャーとか国家主席とか…。トップでないと写真集は売れないのかな?)
きっとそうだ、と小さなブルーは考える。
前世の自分も、ジョミーもトォニィもソルジャーであり、キースは国家主席。歴史書コーナーに写真集があった四人の共通項はトップの地位に立っていたこと。
(ハーレイはシャングリラのキャプテンだったけど、トップじゃなくて二番手だしね…)
いくら偉くても二番手では本が売れないのだろう、と理解し、納得する。そうでなければ沢山の航宙日誌が歴史書コーナーに並ぶキャプテン・ハーレイの写真集が出版されないわけがない。
(ハーレイ、かっこいいんだけどなあ…。かっこよくてもトップじゃないからダメなんだ…)
ハーレイの写真集が欲しかったのに、と溜息をつく十四歳の小さなブルー。
恋は盲目という有名な言葉を小さなブルーは思い付きさえしなかった。
キャプテン・ハーレイの写真集を作った所でニーズが無いことに気付きもしない。
写真集を出して貰うには華が無いことも、渋くはあっても地味に過ぎるということにも。
何故ならハーレイはブルーにとっては最高だから。
前の生でも今の生でも、誰よりも大好きなハーレイだから。
そしてブルーは今日も学校便りを見詰める。
一枚きりの小さな小さなモノクロ写真の、着任を知らせる記事に刷られたハーレイを…。
写真が欲しくて・了
※前の自分に嫉妬してしまって、前のハーレイの写真を手に入れられなかったブルーです。
可哀相ですけど、傍で見ている分には可愛い姿かも…?
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