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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

洗濯物

「わっ…!」
 ママ、すまん、ってパパの声。
 土曜日の朝の食事のテーブル、パパのシャツの袖口にべったりケチャップ。元はオムレツの上に乗ってたケチャップ、それが袖口にくっついた。
 何か取ろうとして失敗したみたい。普段着のシャツだけど、見事に真っ赤。パパが慌てて拭いてみたって、トマトの染みは取れやしなくって。
「あらあら…。洗うから、脱いで別のに着替えて」
 下手に拭くよりその方がいいわ、ってママが止めに入った。
「悪いな、ママ」
「いいわよ、今日はお洗濯のついでもあるし」
 そのくらいの染み、なんでもないわ。ちょっと待っててね。



 新しいシャツを取って来るわ、って出て行ったママ。
 洗濯物を洗う機械はあるんだけれど。放り込んでおけば綺麗に洗って、乾かすところまで機械がやってくれるんだけど。
 ママのこだわり、それとは別に手洗いもある。機械任せにしておきたくない大切なものは、手で洗ってから機械に軽く絞って貰って、日陰に干して自然の風で乾かすとか。
 今日は朝から天気がいいから、そういうものを洗うんだろう。それと一緒にパパのシャツも。
「はい、どうぞ。こっちを着てね」
 ママが運んで来た、別のシャツ。パパが着替えをしている間に、ママはケチャップがくっついたシャツを抱えて持ってった。すぐに洗濯するのかな、って思っていたら。
「染みだけ先に落として来たわ。食事が済んだら洗って干すわね」
「すまんな、ママ。朝から余計な仕事を増やして」
「いいえ、全然。このくらいのことは当たり前でしょ?」
 サッと洗うくらいは何でもないのよ、早めに洗っておくのが一番。そうすれば手間も省けるの。
 ああいった染みは時間が経つほど取れにくくなって、跡が残ってしまうのよ。
 それより食事の続きにしましょ。トースト、もう一枚、食べるのよね?



 おかわり用のトーストを焼き始めたママ。
 パパが食べかけてたオムレツも温め直して渡してる。シャツにケチャップをつけてしまった例のオムレツ。嬉しそうに早速フォークを入れてる、新しいシャツに着替えたパパ。
(奥さんって感じ…)
 ママを見てたら、そう思った。パパの奥さん、つまりお嫁さん。
 汚れちゃったシャツをアッと言う間に綺麗にしちゃって、着替え用のシャツも運んで来て。
 朝御飯の予定には入っていないことをパッとこなして、もうダイニングに戻ってる。トーストを焼いたり、オムレツを温め直したり。
 ホントに手際よくやっちゃったママ。ケチャップがベッタリくっつく事件は、まるで起こってもいなかったように。すっかりいつもどおりの食卓。
(ぼくもあんな風に…)
 やってあげたいな、ハーレイに。
 食事の途中でハーレイが服に何か飛ばしちゃったら、急いで着替えを取って来て渡す。こっちに着替えて、って渡して、洗って。
 戻って来たら「綺麗になったよ」ってニッコリ笑って、食事の続きを始めるんだ。冷めちゃったものは温め直して、御飯のおかわりなんかもよそって。
(うん、お嫁さんっていう感じだよね!)
 それでこそハーレイのお嫁さん。慌てず騒がず、きちんと自分の役目を果たせるお嫁さん。
 洗濯は家庭科の授業でちょっと習っただけなんだけど。
 機械任せにしない方法、ほんのちょっぴり。



 朝御飯が終わって部屋に帰って、掃除をして。
 ハーレイが来てくれるのを待ちながら、少し考えてみた。
 朝からママの凄さを見せられちゃったし、ぼくもあんな風にならなくちゃ、って。
 ハーレイのために色々と出来るお嫁さん。どんなことでも、上手にこなせるお嫁さん。
(洗濯も覚えておかないと…)
 機械に入れれば出来るとはいえ、ハーレイは自分でプレスするくらいにマメだから。
 もちろん機械も使うだろうけど、きっと手洗いもしているタイプ。
(…お気に入りのネクタイだとか?)
 それくらいしか思い付かないけれども、他にも何かあるかもしれない。上等のシャツとか。
(スーツはクリーニングだけれど…)
 他にクリーニングに出しているものは何だっけ?
 冬のセーター、これはクリーニング。だけどそれだけじゃなさそうだし…。
(どれを家で洗って、どれがクリーニング…?)
 考えてみたけど、分からない。ネクタイもクリーニングに出すんだったか、違うのか。



(…ぼくって全然、分かってないよ…)
 学校の家庭科で習った中身は、ぼくが普段に着ているような服の洗濯。
 シャツやズボンにくっついてるタグで素材を調べて、洗い方をきちんと選びましょう、って。
 たったのそれだけ、ハーレイみたいな大人が着ている服のことは何も教わらなかった。スーツやネクタイはどうすればいいのか、どうやって洗うものなのか。
(…クリーニングだって…)
 何処かに染みがついちゃった時は、印をつけたりするのかもしれない。ケチャップとかの染みと普通の汚れは全く違うし、洗い方だってきっと違うだろうから。
(こういう風に洗って下さい、ってお願いするだけでいい…のかな?)
 そう言えばお店で染みのついた場所を調べてくれるか、それとも自分で印をつけて行くのか。
(ママはどうしてるんだっけ…?)
 そんなことさえ知らない、ぼく。まるで分かっていない、ぼく。
 だけどママには訊けやしないし、クリーニングに出すのを見学することだって出来ないし…。
 それに家庭科の授業でも習えやしないだろう。自分の服の洗濯がせいぜい、大人用の服の洗い方までは教えて貰えそうにない。



(結婚するまでに覚えなくっちゃいけないことは多いよね…)
 十八歳になったら結婚するんだ、って決めているけど、知らないことが多すぎる。今のぼくには出来ないことも。
 そう、今朝のママがパパッとこなした洗濯みたいに。
(ああいうお嫁さんになりたいのにな…)
 ハーレイの役に立つお嫁さん。喜んで貰えるお嫁さん。洗濯や他にも色々、沢山。
 でも、お嫁さんになるための勉強が出来る学校にはまだ行けないし…。
 なんていう名前の学校だったっけ、上の学校とは違う学校。お嫁さんのお稽古が出来る学校。
(お料理とかだって、教えて貰える筈だけど…)
 婚約してから入学したって間に合うんだろうか、結婚までに?
 立派なお嫁さんになれるんだろうか、結婚式を挙げる日までに…?
(ああいう学校って、何ヶ月くらい通うものなの?)
 短期集中講座があればいいのに、一ヶ月くらいで習えるコース。
 本物の学校に通うつもりで頑張って通って、誰よりも熱心に勉強するから、短いコース。
 そうしたら、ぼくもママみたいになれると思うんだけど…。アッと言う間に。



(食事はハーレイが作るって言っているけれど…)
 料理が得意なハーレイだから。料理をするのが大好きだから。
 「お前は何もしなくていいいのさ」がハーレイの口癖なんだけど。
 ぼくは家に居て、ハーレイに「いってらっしゃい」と「おかえりなさい」って言うだけでいいと何度も言われているんだけれど。
 それでもやっぱりお嫁さんだし、掃除や洗濯は出来た方がいいと思うんだ。
 洗濯は今のぼくには難しそうだけど、掃除だったら得意だから、と部屋をグルリと見回した所で気が付いた。ぼくが掃除をしている場所って、この部屋だけだということに。



(…掃除…)
 書斎やリビングは、多分なんとか出来る筈。それにダイニングも。
(キッチンとかバスルームも…)
 前のぼくが時々やっていたから、出来ないこともないだろう。道具は違うかもしれないけれど。
(…掃除くらいは出来そうかな…?)
 他に掃除をする場所は…、と指を折ってたら、出て来た寝室。
 ぼくの部屋と基本は変わらないよね、って思ったけれど。ベッドが大きくなるだけだよね、って考えたけれど、そのベッド。
(ハーレイと一緒に寝たベッド…!)
 それも寝てたっていうだけじゃない。恋人同士なんだから。
(……ベッドメーキング……)
 きっと皺だらけになってるベッド。それをきちんとしなくちゃならない。
 前のぼくみたいにサイオンでサッと出来たなら。一瞬でベッドリネンを入れ替えることが出来たなら…。
 あれなら恥ずかしがってる暇も無いけど、今のぼくだとそうはいかない。
(シーツを剥がして、上掛けだって…)
 上掛けもクシャクシャになってるだろう。それを元通りに引っ張って直して、おまけにシーツ。こっちは洗うしかなさそう。皺だけじゃなくて、もっととんでもない状態だから。



(…出来ないかも…)
 酷いことになってしまったシーツをベッドから剥がしてゆくなんて。
 新しいシーツを敷く方だったら、大した手間ではないけれど。その前に剥がしたシーツの方には皺が一杯、汚れだって、きっと。
 そんなシーツを腕に抱えて、洗濯する場所まで持って行くなんて、とても出来ない。
 恥ずかしくて、とても。
 寝る前に着ていたパジャマか、服か。そういうのだって、寝室に落ちているかもしれない。
 ハーレイと二人、脱ぎ散らかしたままで。
(…普通に脱いだ服ならいいけど…!)
 ベッドに入る前に脱いで畳んだ服ならいいけど、そうでなければ恥ずかしい。
 どうやって脱いだか、脱がされたのかを思い出すような服なんて…!



 寝室の掃除はちょっと無理かも、と行き詰まった挙句に服まで無理そう。
 ベッドに入る前のあれやこれやが蘇る服は洗えないかも、と顔を真っ赤にしたけれど。
(それに下着…!)
 服だけじゃなくて下着があった。一番最後に脱ぐ一枚が。
(それ、絶対に落っこちてる筈…)
 寝室に、きっと。落ちてなくても、洗濯物の中に混じってる。
 ハーレイが最後に脱いだ下着が。ベッドに入る前に脱いだ下着が。
(…ど、どうしよう…!)
 前のぼくはハーレイの下着なんかは洗っていない。ただの一度も洗っちゃいない。
 本当に本物の恋人同士で、ハーレイは何度も何度も、数え切れないほど下着を脱いだけど。前のぼくの部屋で、青の間で下着を脱いでいたけど、ちゃんと自分で持って帰って洗ってた。
 ハーレイが洗ったわけじゃなくって、専属の係がいたんだけれど。
 キャプテンの下着や制服を洗う係が洗っていたんだけれど…。
 今度はそういう係はいない。ハーレイの下着を洗ってくれる係なんかは何処にもいない。
 ハーレイが自分で洗濯をするか、お嫁さんのぼくが洗うか、どっちか。
 そして洗濯はぼくがやるんだ、と張り切ってたけど…。



(洗えないかも…)
 汚れたシーツも恥ずかしいけど、下着はもっと恥ずかしい。
 ハーレイが脱いだ下着だなんて、恥ずかしくてとても洗えやしない。
 いくら機械が洗って乾かしてくれても、機械に入れるのと畳んで仕舞うのは人間の仕事。それは人間がやらなきゃいけない。こう洗って、って機械に指示を出すのと、洗い上がって乾いた下着を機械から出して、きちんと畳んで片付けるのとは。
(…機械に入れるのも恥ずかしいけど…)
 ハーレイの下着に触るのも恥ずかしいと思うけれども、エイッと掴んで放り込むなら、そっちは一瞬だけのこと。後は機械が洗ってくれる。でも…。
(仕舞えないかも…)
 洗い上がった下着が畳めなくて。
 畳むためには触らなくちゃ駄目だし、畳まずに突っ込むわけにはいかない。ママが毎日やってるみたいに、下着には下着の畳み方がある。
 折って、畳んで、皺を伸ばすみたいにサッと撫でるだけ、たったそれだけなんだけど…。
(…ハーレイの下着…)
 ぼくのより、ずっと大きな下着。ぼくが育っても、ハーレイの方が遥かに大きい。
 そのハーレイが履いたり脱いだりしてる下着を畳むだけの度胸はぼくには無い。
 度胸って言葉は違うかもだけど、とにかく畳めそうにない。



(…ちょっとずつやれば慣れるかな…?)
 いきなり下着を洗おうとせずに、まずは普通の洗濯物から。
 ハーレイが普段に着てるシャツとか、ズボンとか。そういうので慣れて…。
 少しずつ度胸をつけていったら、下着だっていつかは洗えるようになるだろう。機械が乾かしてくれた下着を畳むことだって出来るだろう。
 だけど…。
(いつ慣れるの?)
 結婚してからやっていたんじゃ間に合わない。ハーレイの下着だけは洗わずにおいて、シャツやズボンだけを洗っていたんじゃどうにもならない。
(それじゃお嫁さん失格だよ…!)
 洗濯が出来ないお嫁さん。毎日取り替えなくちゃいけない、下着が洗えないお嫁さん。
 情けないなんてものじゃないから何とかしたいと思うけれども、今からハーレイのシャツとかを洗えるチャンスなんかは多分、何処にも…。



 ありやしない、って溜息をついた所で思い出した。
(今朝のパパみたいに…!)
 ぼくが洗濯をしようと考え始めた原因、今朝、パパの袖口についたケチャップ。
 あんな風にハーレイの服に何か起きたら、洗っちゃおう。ぼくの部屋で食事をしてる時とかに、シャツやズボンが汚れちゃったら。
(うん、それだったら…!)
 まるでチャンスが無いこともないし、「ぼくが洗うよ」って言えばいいんだ、ハーレイに。
 家庭科の授業で習ったみたいにタグを調べて、汚れた部分を手洗いで。
 何度もシャツやズボンを洗って、経験を積んでいくのがいい。そうすればハーレイのシャツには慣れるし、ズボンにだって。慣れて来たなら、きっと下着も…。



 そんな決心をぼくがしてたら、チャイムの音。
 洗濯物でぼくを悩ませていたハーレイがやって来ちゃって、決心も洗濯も綺麗に忘れて。
 ぼくの部屋で二人、テーブルを挟んで向かい合わせ。お茶とお菓子をお供に午前中を過ごして、お昼御飯。トマトソースのスパゲティ。
 お喋りしながら食べてたんだけど…。
「しまった…!」
 やっちまった、ってフォークを置いたハーレイ。
 シャツの胸元、はねちゃったソース。点々とついたトマトのソース。
 ぼくは一気に思い出した。決心のことと、洗濯のこと。
 なんて幸運なんだろう。
 決心した日に洗うチャンスがやって来た。ハーレイのシャツを洗えるチャンスが。
(洗わなくっちゃね?)
 だって、トマトのソースだもの。赤い点々がシャツに飛び散っているんだもの。
 ぼくは勇んで立ち上がった。椅子から、ガタンと。



「ハーレイ、脱いで」
「はあ?」
 鳶色の瞳が丸くなった。それはそうだろう、いきなり「脱いで」と言われちゃったら。
 急ぎ過ぎちゃって、説明不足。ぼくは慌てて言い直した。
「そのシャツ、脱いでよ。洗わなくっちゃいけないから」
 染みになっちゃうよ、トマトのソースは。放っておいたら跡が残るよ、消えなくなって。
「いや、洗面所を貸してくれれば…」
「えっ?」
「こういうのはだ、軽くつまみ洗いをしておけば…」
 帰ってからきちんと染み抜きをすれば、すっきり綺麗になるもんだ。ちょっと失礼して借りるとするかな、洗面所。
「駄目だってば、そんなやり方じゃ! ママー!」
 部屋の扉を開けて、「ママ!」って叫んだ。
 「急いで来て」って、「ハーレイのシャツにトマトソースがついちゃった!」って。



 階段を上がってやって来たママに、「駄目だよね?」って指差して見せた。
 この染みはきちんと洗わなくちゃ、って。
「ハーレイったら、洗面所で洗うって言うんだよ!」
 軽く洗って、家に帰ってから洗い直すって…。それじゃ綺麗に取れないよね?
「そうねえ、落ちないこともあるわね。トマトのソースは色が残ってしまいがちだし」
 色もそうだし、お帰りになる時に残ったままだわ、薄い染みがね。
 ハーレイ先生、そのシャツ、洗わせて頂きますわ。夕食までには乾きますから。
「いえ、私は…」
 大したシャツでもありませんしね、この程度でしたら洗って頂くほどでも…。
「いけませんわ、本当に染みが残ってしまいますもの」
 ブルーの言う通り、早めに洗うのが一番ですわ。今なら跡も残りませんわよ、間違いなく。



 少しだけお待ち下さいね、って出て行ったママ。
 何処へ行くのかな、と首を傾げたぼくだったけれど、戻って来たママの手にパパのバスローブ。お風呂上がりによく着てるヤツで、確か何枚かあった筈。
「すみません、ハーレイ先生に合いそうなサイズの服が無くって…」
 これを羽織っていて下さいな。シャツは今から洗いますから。
「申し訳ありません…!」
 お世話になります、ってシャツを脱いだハーレイ。下着の上にパパのバスローブを羽織ったら、脱いだシャツはママが持ってった。乾いたら持って来ますわね、って。
 トントンと階段を下りてゆく足音が消えて…。
「良かったね、ハーレイ」
 これでトマトソースは綺麗に落ちるよ、染みにならずに。帰る時には元通りだよ。
「ああ、お母さんには手間をかけるが…」
「平気だってば、ママ、手洗いのプロなんだよ」
 アッと言う間に洗っちゃうんだよ、あのくらいならね。
 今朝だってパパがケチャップをベッタリつけちゃってたけど、直ぐに洗いに持って行ったよ。
 もう染みだけは落としておいたから、って戻って来てパパのトーストを焼いてたくらいだもの。
 ホントに早くて、ほんの一瞬。



 そう言った途端に気が付いた。
 ぼくが洗うんだった、ってことに。
 トマトソースが飛んでしまったハーレイのシャツは、ママじゃなくて、ぼくが。
「…失敗した…」
 失敗しちゃった、って肩を落としたら、ハーレイが変な顔をした。
「なんでお前が失敗するんだ、失敗したのは俺の方だろ?」
 いい年をしてる大人のくせにだ、トマトソースを飛ばしちまうなんて。
「ぼくもなんだよ、大失敗だよ…」
 ハーレイも失敗したかもだけれど、ぼくも失敗。
「何をだ?」
 お前が何を失敗したんだ、トマトソースは服に飛んではいないようだが?
「…洗い損ねちゃった…」
 ハーレイが汚しちゃったシャツ。
 ママが洗いに持ってっちゃったよ、すっかり綺麗に洗われちゃうんだ、トマトソース。
 ぼくが洗いたかったのに…。
 洗おうと思って、「脱いで」ってハーレイに言ったのに…!



 ハーレイのシャツを洗い損ねた、ってションボリと項垂れてしまった、ぼく。
 さっきのシャツはぼくが洗う予定だったのに、って。
「洗う予定って…。何故だ?」
 どうしてお前が俺のシャツを洗う予定になるんだ、トマトソースは偶然だぞ?
 それとも俺がやって来たならシャツを洗おうと決めていたのか、俺には理解しかねるが。
 どう転んだらシャツを洗うなんていう発想になるんだ、お前?
 お客さんのシャツを洗ってもてなすだなんて、俺は一度も聞いたことすら無いんだがな…?
「お客さんだからっていうんじゃなくって、慣れようと思って…」
 今から慣れておかなきゃ駄目だと思ったんだよ、そういうことにも。
「何に慣れるんだ?」
「洗濯…」
 ハーレイのシャツとかズボンを洗って、洗濯に慣れておかないと…。
 でないと困ったことになりそうなんだよ、ハーレイのお嫁さんになった時に…!



 洗えないものが出来ちゃいそう、って俯いたぼく。
 下着なんて言葉は口に出せなくて、でも、洗えそうにないものはそれで。
 本当に駄目なお嫁さんになっちゃうんだ、ってしょげてたら。
「慣れないと洗えないものか…。シャツやズボンじゃないとすると、だ…」
 下着ってトコか、俺の下着。
 このバスローブから覗いているようなヤツじゃなくって、ズボンの下の方のヤツだな?
「………」
 ぼくは返事をしなかったけれど、出来なかったけれど。
 ハーレイにはそれだけで分かったらしくて、額をコツンと小突かれた。
「馬鹿。いつも言ってるだろうが、俺がやるって」
 家のことは俺が全部やるんだ、と言った以上は洗濯も俺がやるってことだ。
 洗濯も掃除も料理も、全部。
「でも、お嫁さん…」
 ぼくはハーレイのお嫁さんだよ、お嫁さんになるんだよ?
 料理はハーレイに敵いっこないから任せるとしても、洗濯くらいは出来ないと…。
「お前は何もしなくていいって何度も言ってる筈だがな?」
 嫁に来てくれさえすればいいんだ、俺と暮らしてくれればな。
 それだけで俺は幸せなんだし、お前のためなら洗濯も掃除も喜んで…、だ。
 いくらでもやるさ、お前の代わりに。
 それは嫁さんの仕事じゃないのか、と誰が言おうが、俺がやりたくてやるんだからな。
 だが…。



 やりたいんなら話は別だ、ってニヤリと笑みを浮かべたハーレイ。
 お前がどうしても洗いたいのなら止めないぞ、って。
 シャツでもズボンでも好きに洗えと、下着だって洗ってかまわないと。
「お前の意志は尊重せんとな、やりたいことまで止めてはいかん」
 是非洗いたいと言うんだったら、洗濯はお前に任せるが?
「…ど、どうしよう…」
 洗えるのかな、ぼくなんかでも?
 慣れてなくっても、お嫁さんになったら洗えるようになるのかな…?
「さてなあ、そいつは俺にも分からんが…」
 どうするんだ、お前?
 俺のシャツだのズボンだのをだ、お前が洗ってくれるのか…?
「え、えーっと…。機械が洗ってくれるから…」
 手で洗うものは難しいかもしれないけれど…。
 そうじゃないものは機械が洗うし、乾かしてくれるから出来るかな…?
 ぼくは機械に入れるだけだし、後は畳んで片付けて…。



 そういえば畳めないんだったっけ、って真っ赤になった。
 シャツやズボンはきちんと畳んで片付けられても、さっきハーレイに言われたもの。
 ハーレイの下着はちょっと無理かも、って。
 パパのバスローブから覗いてるような下着はいいけど、そうじゃないのは…。
 そういう下着を折って、畳んで、皺を伸ばして。
(…触らなくっちゃ出来ないんだけど…!)
 恥ずかしくって触れやしない、と耳の先まで赤くなってたら、ハーレイに顔を覗き込まれた。
「どうした?」
 お前、耳まで真っ赤だぞ。なんで洗濯でそうなっちまうか謎なんだが…。
「……畳めないかも……」
 ハーレイの洗濯物、畳めないかも、恥ずかしくって。
 だって、触らなくっちゃ畳めないんだし…。



「ほほう…。触るのも恥ずかしいと来たか、お前は」
 うん、間違いなく俺が考えてるような下着で合ってるってな、お前を困らせる洗濯物はな。
 そういうことなら、放っておけ。
「えっ?」
 放っておくって…。洗濯しないで?
「そうなるな。そして洗濯も俺の係ということは、だ…」
 機械が乾かした洗濯物も俺が畳むのさ。俺のはもちろん、お前のもな。
 シャツだけじゃないぞ、お前の小さな下着もだな。
「ぼくのも!?」
 ハーレイがぼくのも畳んじゃうわけ、洗濯をして?
 そして片付けに運んで行くわけ、ぼくの分まで…!



 ハーレイがぼくの下着を洗って、畳んで、仕舞って。
 あの大きな手がぼくの下着を折って、畳んで、皺を伸ばして片付ける。
(んーと…)
 考えただけで顔がもっと真っ赤に染まりそう。ぼくの下着をハーレイが畳んで片付けるなんて。
 ハーレイが片付けてくれた下着を、ぼくが取り出して履くなんて…。
 それはそれで、とても恥ずかしいような気がするんだけれど。
 恥ずかしいどころか、ハーレイが洗ってくれた下着なんて、着けるのもちょっと…。
「ハーレイ、ぼくのは洗わなくていいよ!」
 ちゃんと自分で洗うから!
 自分の分くらい、自分できちんと洗えるから…!
「いいじゃないか、ついでに洗うんだしな?」
 それに、お前は俺の嫁さんになるんだし。そんなに恥ずかしがらなくっても…。
 お前の下着は俺だって見るし、何度も触って脱がすんだしなあ?
 そうだろ、チビ?
 お前がしょっちゅう俺に言ってる、本物の恋人同士とやら。
 そうなるためには、俺に下着を触られたくらいで恥ずかしがってちゃ、どうにもこうにも…。
「恥ずかしいんだよ!」
 だから嫌だよ、洗わないでよ、ぼくの分まで!
 洗濯はハーレイに任せておくけど、ぼくの分だけは放っておいてよ…!



「分かった、分かった。お前の下着だけは俺は洗わない、と…」
 しかしだ、他の洗濯物はだ。俺のと一緒に洗っちまうぞ、その方がうんと手間要らずだしな?
 お前は自分の下着だけを洗っていればいいのさ、俺に「触るな」と怒鳴りながらな。
 その調子じゃベッドメーキングも無理だろ、恥ずかしくてな?
 そいつも俺がやってやる。もちろんシーツも俺が洗うさ、お前が無理をしなくってもな。
 俺は何度も言ってるからなあ、嫁に来てくれれば充分だと。
 本当に俺はそれでいいんだ、お前を嫁に貰えさえすれば。
 料理も掃除も洗濯も出来ない嫁さんで全くかまわないんだぞ、俺は満足してるんだからな。
 今度こそお前を幸せにすると決めてるんだし、そいつが俺の仕事ってヤツだ。
 お前が幸せに暮らせるようにと、家のことを全部するのもな。



 だから安心して嫁に来い、ってパチンと片目を瞑られた。
 洗濯なんかは頑張らなくていいと、ぼくが洗われて嫌なものだけ自分で洗っていればいいと。
(…自分の下着しか洗わないなんて…)
 役立たずのお嫁さんになりそうな、ぼく。
 料理も掃除も洗濯もしなくて、ベッドメーキングも出来ない酷いお嫁さん。
 それでいいいんだ、ってハーレイは微笑んでくれるけど。
 ぼくが家に居るだけでいいって言ってくれるけど、満足だって言うけれど。
(だけど、ちょっとはお嫁さんらしく…)
 せっかくハーレイのお嫁さんになった以上は、出来れば頑張ってみたいから。
 お嫁さんらしいこともしてみたいから。
 まずは洗濯、出来そうなことからやってみようと思うんだ。
 シャツを洗って、ズボンを洗って、少しずつ慣れて…。
 次のチャンスにはママに取られてしまう前にハーレイに脱いで貰って、ぼくが手洗い。
 家庭科でちょっぴり習っただけで少し危ういけれども、ハーレイのシャツをぼくの手で…。




           洗濯物・了

※ハーレイの服を洗濯したい、と夢見たブルーですけれど。服だけでは済まないのが洗濯。
 出来そうにない、と真っ赤になってしまった顔。いつかは洗濯できるんでしょうか…?
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv









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