シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
「おーい、ブルー!」
(えっ?)
いきなり呼ばれて、ギョッとしたブルー。大きな声で叫んで駆けて来る友達。グラウンドの側に立っていた時、意外な方から。周りに生徒は大勢いるのに、友達は真っ直ぐ走って来て。
「何してんだよ、こんな所で?」
先に行くね、って言っていたから、教室の方か、図書室なんだと思ってたのにさ…。
なんでグラウンドの方なんかに、と訊かれたけれど。
「えーっと…」
どう答えようかと泳がせた視線、友達は直ぐに気付いたらしい。人が大勢いる理由にも。
「ああ、ハーレイ先生な!」
カッコいいよなあ、ハーレイ先生。柔道と水泳だけじゃないんだよなあ、なんでも出来て。
うっわー、今の見たかよ、ブルー!?
あんなトコからロングパスだぜ、しかも囲まれていたのによ…!
すげえ、と興奮している友達。もちろん周りの生徒たちだって、歓声を上げて大騒ぎ。昼休みにグラウンドでサッカーに興じているハーレイ。サッカー部の生徒に誘われてプレー中らしい。
食堂でランチを食べていた時、聞こえて来たハーレイの名前とサッカーの話。もう始まるから、急いで見物に行かなくては、と。
思わず耳を澄ませてしまったハーレイの名前。ウサギだったら、長い耳がピンと立っただろう。幸い、耳が立ちはしないから、ランチ仲間は気付かなかった。ハーレイの名にも、サッカー見物に行くと話した生徒の声にも。
見たい、と思ったハーレイのサッカー。それも誰にも邪魔をされずに、ワクワク心を躍らせて。感想を話し合ったりしないで、ハーレイの姿だけを見詰めて。
ランチ仲間が気付かなかったのは好都合だ、と考えた。彼らも話を聞いていたなら、見に行くに決まっているのだから。
「お前も行くだろ?」と肩を叩かれて、みんな揃ってゾロゾロと移動。グラウンドに着いたら、たちまち始まる賑やかな会話、ハーレイだけを見てはいられない。視線は逸らさずに済んだって。グラウンドをじっと見ていられたって、生返事することは出来ないから。
切れてしまうだろう集中力。友達の会話を聞き逃すまいと、生返事をしてしまわないよう、と。
ハーレイの姿に夢中になれないサッカー見物。そうならないよう、ランチ仲間と別れて行こうと決めたグラウンド。一人の方がきっと素敵で、ハーレイのプレーに酔えるだろうから。
そう思ったから、「先に行くね」と出て来た食堂。何気ないふりを装ってトレイを返して、まだ座っているランチ仲間に手を振って。行き先は教室でも図書室でもなくて、グラウンド。
もう始まっていたサッカーの試合、山と溢れる見物人。噂を聞き付けて一人、また一人と増える観客、ハーレイの腕と人気が凄いという証拠。
頬を紅潮させて見ていた試合。ハーレイが決める見事なシュートや、サッカー部の主将たちでも手も足も出ない巧みなドリブル。この腕だからこそ誘われたのだ、と誰が見ても分かる。
本当に凄い、と見入っていた所で、「おーい、ブルー!」と呼ばれてしまった。別れて来た筈のランチ仲間たちに発見されて。
(バレちゃった…)
サッカー見物に来ていたこと。たちまちランチ仲間に囲まれ、一緒に見るしかなくなった。先に心配していた通りに、自分に向かって掛けられる声。
皆、ハーレイを褒め称えるから、それは嬉しいのだけれど。あれこれ感想を話しながらの見物も楽しいものだけれども、ほんのちょっぴり、残念な気分。「一人で見ていたかったのに」と。
ハーレイはプレー中に気付いて、自分に向かって手を振ってくれた。余裕たっぷりのハーレイの姿に、またも上がった大きな歓声。ボールを追いつつ、観客の方へと手を振るのだから。
そのハーレイは、友達の声で自分に気付いてくれたのだけれど。
「おーい、ブルー!」と呼びながら駆けて来たランチ仲間がいなかったならば、きっと気付いてくれないままで終わっただろうと思うのだけれど…。
(手なんか、振ってくれなくていいから…)
ゆっくり眺めていたかった。他の生徒の中に混じって、ハーレイだけを。友達との会話に時間を割かずに、集中力を持って行かれずに。
ハーレイがボールを操る姿を、誰にも邪魔をされることなく。
その内に鳴ってしまったチャイム。昼休みが終わる時間が近い、と知らせる予鈴。それを合図に終わってしまったサッカーの試合。ハーレイが「今日はここまで」とボールを手にして。
試合を終えたハーレイはサッカー部の生徒たちのもので、彼らと一緒に去ってゆくから。やがて授業も始まるのだから、夢の時間はこれでおしまい。心が躍ったサッカー見物。
校舎の方へと歩く途中も、ランチ仲間たちはハーレイのプレーに感動しきりで、興奮していて。
「お前、いいよな…。あんな中で手まで振って貰えて」
あれって、お前に振ってたんだろ、名前は呼んでなかったけど。
ドリブルしていた最中なんだぜ、余裕だよなあ…。俺がやったら、ボールは消えるぜ。
「うんうん、俺でも取られて終わりだ。とても目なんか離せやしない」
ハーレイ先生、ちゃんと全部が見えてるんだよな、周りのヤツらがどう動くかも。
カッコいいよな、サッカーでも相当いい線いってたんだろうな、柔道とかが好きだっただけで。
本当にブルーが羨ましくなるなあ、あんなの見たら…。
ハーレイ先生と友達みたいなものなんだし…。家にだって来て貰えるんだし。
いいな、と羨ましがるランチ仲間たち。今日の昼休みのヒーローのハーレイ、皆が憧れる先生を独占できるなんて、と。
誰もが称賛していたハーレイ。何度も上がっていた歓声。
そんな試合の真っ最中に振って貰えた手は誇らしいけれど、やっぱり残念でたまらない。自分は注目を浴びなくていいから、一人でこっそり見たかった、と。
他の生徒の群れに混じって、ただの観客の一人になって。ハーレイだけを目で追い続けて、弾む心で。サッカーもあんなに上手なんだと、あの凄い人がぼくの恋人、と。
学校が終わって家に帰っても、まだ残念な気持ちが消えてくれない。ハーレイの雄姿をじっくり見ていたかったと、ランチ仲間が自分を見付けなかったなら、と。
グラウンドに行くとは言わなかったのに。いつもの自分の行動からすれば、グラウンドよりかは図書室で調べ物なのに。そうでなければ、教室の方。何か用事を思い出して。
(なんでバレちゃったの…?)
ぼくがあそこに混じっていたこと、と考えてみる。おやつをモグモグ頬張りながら。母が作った美味しいケーキを、フォークで口へと運んでは。
サッカーを見ようと群がっていた大勢の生徒たち。あの中でどうしてバレたのだろう、と。
(前のぼくならバレるだろうけど…)
白いシャングリラで共に暮らした仲間たち。ブリッジが見える広い公園や天体の間などに、皆を集めて混じったとしても、直ぐにバレただろう自分の居場所。
仰々しかったソルジャーの服で。紫のマントや、誰も着ていなかった白と銀との上着のせいで。他の仲間たちが着ていた制服、それとは全く違ったから。
でも、今は普通の制服なのに。同じ学校に通う男子は全員同じで、色も形もそっくり同じ。髪の色にしても、銀色の生徒は何人もいる。赤い瞳は自分一人だけれども、あれだけの群れに混じってしまえば分からない。幾つもの顔が周りに一杯、それにグラウンドを見ていたのだし…。
(ぼくの目、見えなかったと思うんだけどな…)
ランチ仲間たちが来た方からは。後ろか、せいぜい斜め後ろから自分の姿を見付けた筈。
だから違う、と断言出来る赤い瞳という特徴。他には何があるだろう?
(チビだけど…)
学校でもチビの部類に入るのだけれど、男子では一番のチビだけれども。似たような背丈のチビならいるし、と零れた溜息。
自分一人が目立つほどチビではない筈なのに、見付かっちゃった、と。
ハーレイのサッカーを一人でゆっくり見損ねちゃったと、どうして見付かったんだろう、と。
おやつを食べ終わって部屋に戻って、本を読んでいたら聞こえたチャイム。昼休みにサッカーをしていたハーレイ、友達も羨む今日のヒーローがやって来た。仕事が早く終わったからな、と。
母がお茶とお菓子を運んでくれたテーブル、それを挟んで向かい合わせに座ったら…。
「お前、見に来てくれたんだな。俺のサッカー」
サッカー部のヤツらが宣伝していたわけでもないのに、あんなに大勢見に来るとはなあ…。
まさか、お前まで来てくれるとは思わなかったぞ。何処で噂を聞き付けたんだか。
「食堂にいたら聞こえたんだよ、他の生徒が喋ってたのが」
もう始まるから急がないと、って。ぼくは食べてる最中だったけれど。
だから最初から見てはいないんだけど…。ぼくが見てたの、嬉しかった?
わざわざ手まで振ってくれたし…。あれで余計に大騒ぎだったよ、見てた人たち。
「そりゃまあ、なあ? お前がいると分かれば張り合いが出るさ」
いい所を見せたくなるってもんだろ、恋人が見に来ているんだから。
学校じゃ恋人扱い出来んが、カッコいいサッカーを見せてやるのは当然だ、うん。
「でも…。ぼくはコッソリ見ようと思っていたのに…」
他のみんなの中に混じって、ぼくがいるのが分からないように。手なんか振って貰うよりかは。
「どうしてコッソリ見たかったんだ?」
堂々と見てればいいだろうが。悪いことをするわけじゃないんだから、コソコソせずに。
「だって、ハーレイ、楽しそうだったから…」
サッカーに夢中のハーレイは凄く楽しそうだったし、カッコ良かったし…。
そういうハーレイを見たかったんだよ、ぼく一人だけで。ドキドキしながら、一人でこっそり。
誰にも邪魔をされない所で、ゆっくり見ていたかったのに…。
「おいおい、そいつは俺としては嬉しくないんだが?」
せっかくお前が来てるというのに、知らずにサッカーしているだなんて。
「そうなの?」
「決まってるだろう…! さっきも言ったが、恋人の前だぞ」
張り切っていこうって気になるじゃないか。生徒相手でも、昼休みのサッカー試合でも。
ヘマをしないで、カッコ良く。ボールは絶対に取らせないぞ、と。
同じ試合なら、観客の中に恋人がいる方がいいに決まっている、とハーレイは言うものだから。より素晴らしいプレーが出来る、と力説するから。
「じゃあ、バレちゃって良かったのかな…」
「バレた?」
いるのが俺にバレたってことか、それなら俺には最高の瞬間だったわけだが…。
お前が見に来てくれてるんだ、と嬉しくなるじゃないか。来ると思っちゃいなかったんだし。
「そうじゃなくって…。ハーレイにもいるのがバレちゃったけど…」
ぼくの友達にバレちゃったんだよ、グラウンドで試合を見ていたことが…!
一人で見よう、って別れて来たのに、いるのを見付けられちゃったんだよ…!
「なるほど…。それでお前の友達が叫んでいたのか、お前の名前を」
誰か遅れて来たヤツなのかと思ってたんだが、違ったんだな。
お前がいるのを発見したから、名前を呼びながら走って来たという所か。
「うん…。なんでバレたんだろ、ぼくだってことが」
先に行くね、って食堂を出たから、普段だったら図書室か教室。グラウンドにはいない筈だよ。あんなに大勢集まっていたら、ぼくなんかには気が付かないと思うんだけど…。
「目立つからだろ、お前の姿」
あそこにいるな、と直ぐに分かるさ。生徒が山ほど集まっていても。
「目立つって…。制服はみんな同じだよ? 学年とかで分かれていないし、それこそ山ほど…」
銀色の髪の生徒も多いし、ぼくと変わらないくらいにチビの生徒も、ちゃんといるのに…!
「やれやれ…。お前、分かっていないんだな。目立つってことが」
同じ制服で立っていたって、似たような背格好だって。何処か違うぞ、お前の場合は。
「何が違うの?」
他のみんなと何処が違うの、目の色は確かに違うけど…。ぼくだけ赤い瞳だけれど。
「それとは違うな、雰囲気ってヤツだ」
お前を取り巻く空気が違うと言うべきか…。とにかく、ハッと人目を引く。
俺がお前に惚れているのとは別の話で、お前は視線を惹き付けるんだ。其処にいるだけで。
遠目でも分かる、とハーレイが浮かべた穏やかな笑み。後姿でも充分に、と。
「俺でなくても分かる筈だぞ、お前なんだと。大勢の中に混じっててもな」
人混みだろうが、みんな揃って体操服で群れていようが。あれじゃないか、と直ぐに目がいく。
「そういうものなの?」
だからバレちゃったの、ぼくがサッカーを見に行ってたのが…?
探すつもりで来たんじゃなくても、ぼくがいるのが分かっちゃった?
「多分な。それに友達なら、俺と同じで親しいわけだし…」
普通以上に見付けやすいと思うぞ、特徴ってヤツを知っているから。まずは目がいく、そしたら誰かと考え始める。情報が多いほど答えが出るのが早いわけだな、お前なんだと。
それが分かれば、後は名前を呼ぶだけだ。お前の友達がやってたように。
ん…?
待てよ、と首を捻ったハーレイ。前のお前もやらなかったか、と。
「やるって、何を?」
「コッソリってヤツだ、今日のお前が目指してたヤツ」
俺のサッカー、コッソリ見ようとしたんだろうが。友達にも俺にも気付かれずに。
お前は失敗しちまったんだが、前のお前もやっていたような…。そういうコッソリ。
「え…? 前のぼくって…」
コッソリと何を見に行くっていうの、ハーレイの日誌は見てないよ?
ホントに一度も読んじゃいないし、第一、他のみんなに混じって読みには行けないじゃない!
大勢でハーレイの部屋まで押し掛けてみても、絶対、入れてくれないんだから。
航宙日誌が目当てなんだ、って直ぐに見破られて、扉に鍵をかけられちゃって…!
「いや、そういうのじゃなくてだな…。コッソリ何かを見るんじゃなくて…」
お前がコッソリ隠れるってヤツだ、今日のお前が隠れたつもりでいたように。周りに生徒が大勢いるから、すっかり溶け込んだ気になって。…お前、いるだけで目立つのに。
前のお前も似たようなモンで、それがコッソリ…。そうだ、お忍びだったんだ…!
「お忍び?」
「そういう言葉があるんだが…。今の時代は、そうそう出番が無いからなあ…」
身分を隠して出歩くことだな、お忍びってのは。偉い人だと分かっちまったら、普通の暮らしが出来ない人たちがやっていたんだ。特別扱いされない暮らしをしてみたくってな。
今は存在しない貴族や王族、そんな人々。買い物に行こうが、旅に出ようが、何処でも特別扱いされる。気軽に買い食い出来はしなくて、一人で旅行も出来ない有様。
そういう暮らしは面白くない、と考えた人は、身分を隠して出掛けて行った。普通の身分の人に混じって、同じような服を身に着けて。普通の身分に見えていたなら、自由に動き回れたから。
「色々な人がいたらしいなあ、貴族は入りもしないような酒場がお気に入りだとか」
其処に入って飲むだけじゃなくて、楽器を奏でてチップを貰っていた人だとか。
もちろん客の方では知らない、貴族だなんて思いもしない。チップをはずんで、一緒に飲んで。朝まで歌って踊り明かして、すっかり友達になっちまうんだ。「また来いよ」ってな。
それと同じだな、前のお前も。王様や貴族ほどじゃなかったが、特別扱いを嫌がって…。
他のみんなと同じにしたくて、せっせと努力をしてたんだ。コッソリ普通の暮らしをしようと。
「そういえば…!」
やっていたっけ、みんなと違いすぎたから…。
ソルジャーなのは仕方ないけど、こんなのは望んでいないから、って。
やたらと目立つし、前よりもずっと偉そうな感じにされちゃって…。それが嫌だから、コッソリみんなと同じふり。これさえ無ければ普通だよね、って。
確かにアレってお忍びだったよ、いつも失敗してたけど…。一度も成功しなかったけど…!
時の彼方から戻って来た記憶。ソルジャー・ブルーだった前の自分がやっていたこと。なんとか普通になろうとして。他の仲間たちと同じになりたくて。
遠い昔に、前のハーレイと暮らしたシャングリラ。まだ白い鯨になる前の船で、制服が生まれて間もない頃に。
(あの服、目立ち過ぎたから…)
ソルジャー用にと作られた制服は、思った以上に特別すぎた。誰も着てはいない白と銀の上着、大袈裟に過ぎる紫のマント。それを普段から着ろと言われても、迷惑なだけ。やたらと目立つし、他の仲間たちからも「特別な人」という目で見られてしまう。制服のせいで。
(あれを着せられる前は、もっと普通に色々話してくれたのに…)
エラが「ソルジャーには敬語で話すように」と注意したって、聞かない者も多かった。リーダーだった頃と同じに、親しい口調で話してくれた仲間たち。立ち話だって普通に出来た。
ところが、御大層な例の制服。あれを着た途端、明らかに変わった仲間たちの自分への接し方。何処から見たって、彼らとはまるで違うから。ソルジャーの上着も、紫のマントも。
(注意しなくちゃ、って顔に書いてあって…)
誰もが敬語に切り替えてしまい、たまに普通に話してくれても、気付いた瞬間、謝罪の言葉。
何処へ行っても、誰と話しても、それは変わりはしなかった。ソルジャーなのだ、と服が教える肩書き。近くに寄って向き合う前から、姿が見えたその時から。
つまりは充分に準備できた時間、ソルジャー向けの敬語に切り替える時間。あの制服を見たら、心の中で。きちんと敬語で話さなければと、ソルジャーに失礼がないように、と。
(みんな、緊張しちゃってて…)
今までとは違う付き合いになった仲間たち。自分は何も変わらないのに、開いてしまった皆との距離。これは困る、と前の自分は考えた。元の関係に戻すためには、どうすれば…、と。
明らかに制服が悪いと分かる。それを着るまでは、こんな風ではなかったのだから。
前と同じに仲間たちの中に溶け込みたいから、普通に話して欲しかったから。
(あの制服さえ無かったら、って…)
脱いでしまえば、きっと緊張しないだろう仲間。ソルジャーなのだ、と身構えないで済むから、口調も元に戻る筈。敬語なんかは出て来なくなるに違いない。
そう思ったから外したマント。何処から見たって偉そうなのだし、これが一番悪いのだ、と。
マントを脱いだら、後はせいぜい上着だけ。皆は着ていない上着だけれども、マントとは性質が全く違う。単なる制服、そういうデザイン。威圧感などは与えない筈。
(それに、上着さえ着ていれば…)
ちゃんと制服は着ているのだから、誰も文句はつけないだろう。マントを省略したというだけ。たまにはそういう着こなしだって、と心の中で作った言い訳。今日はマントを着けない日、と。
これで仲間たちの口調も元の通り、と颯爽と出掛けて行ったのに。どうしたわけだか、たちまちバレた。「ソルジャー、今日はマントは無しですか?」などと掛けられた声。出会う仲間に。
せっかくマントを外して来たのに、と途惑う間に、飛んで来たエラ。そのお姿では困ります、と着けるように言われた紫のマント。「直ぐにマントを着て下さい」と。
そうなるからには、どうやら上着も問題らしい。自分一人しか着ていないのだし、白い上着では何かと目立つ。それさえ脱いだら皆と変わりはしない筈、と次は上着も脱ぐことにした。ブーツが少し気になるけれども、足元までは誰も見ないだろう、と。
今度こそ、と皆と同じになったつもりで歩いた船の中。けれど、やっぱりバレてしまった自分の正体。敬語で会話をすべきソルジャー、出会う誰もがそう扱った。「上着は窮屈ですか?」とか。
(誰も普通に喋ってくれなくて…)
エラにも苦情を言われる始末。「ご自分の立場がお分かりですか?」と。
これでは何の意味も無い、とスゴスゴと戻った自分の部屋。上着まで脱いでも駄目なのだから。
(一度、しみついちゃったことって…)
変わらないのだ、と前の自分が零した溜息。制服のせいで皆が敬語に切り替えること。
そうすべきだと皆は思っているから、自分が姿を見せた途端に、口調がガラリと変わるらしい。あの制服を着ていなくても、自分の姿を見ただけで。…前はそうではなかったのに。
その日、仕事を終えたハーレイが部屋を訪ねて来てくれたから。
「入って」と勧めた、いつもハーレイが座る椅子。そして早速、今日の出来事を打ち明けて…。
「どうしてバレてしまうんだろう? ぼくだってことが」
ぼくはぼくだけど、敬語で話さなければ駄目になっちゃった方の、制服のぼく。
あの服のせいだ、って思ったから脱いで行ったんだけど…。あれさえ着てなきゃ、みんな普通に話してくれると思ったんだけど…。
駄目だったんだよ、みんながぼくだと気付いちゃうから。近付くよりも前に。
直ぐ側に行くまでにバレるってことは、服のせいだけじゃないってことで…。やっぱり髪かな?
この色の髪は目立つ色だし、それのせいかな…?
「さあ…。ソルジャーの他にも、銀の髪の者はおりますが?」
確かに目立つ色ではありますが、彼らをソルジャーと見間違える者がおりますでしょうか?
「うーん…。この髪、染めたらいいかな?」
もっと目立たない、黒とか茶色に。そしたら誰も身構えないから、普通の言葉に戻りそうだよ。
敬語で話す準備が出来ていない内に、目の前にぼくが来ちゃうんだから。
「髪を染めておいでになっても、直ぐにバレると思うのですが…?」
どんなに目立たない色になさっても、ついでに制服も脱いでおられても。
ソルジャーは独特の雰囲気を纏っておいでですから、直ぐ分かります。きっと、誰が見ても。
ずっと前からそうでしたよ。…ご自分では全くお分かりになっておられないだけで。
何処におられても、どんな格好でも分かりますね、とハーレイに断言されてしまった。髪の色を変えても、制服を脱いでも無駄だろうと。きっと誰もが敬語で話すに違いないと。
「そんなの、ぼくは困るんだけれど…。普通に話して欲しいんだけど…」
バレない方法、何か無いかな?
ぼくが纏っている雰囲気とやらを消せる方法。君なら何か思い付かないかな、いい方法を。
「そうですねえ…。これと言った方法は思い付かないのですが…」
私と一緒にお歩きになるのは、控えられたらどうでしょう?
「どうしてだい?」
「私も目立ちますからね。この図体もそうですが…。キャプテンですから」
皆とは制服も違っていますよ、あなたと同じで。
悪目立ちする私と一緒にいらっしゃったら、あなたも余計に目立たれるわけで…。
ソルジャーがキャプテンと一緒においでになった、と皆が緊張しますから。普段以上に。
つまり、あなたが望んでおられる普通の会話が遠ざかります。お一人で歩いておられるよりも。
ですから、制服を脱いだり、髪を染めたりと努力をなさるおつもりでしたら、お一人で。
私が目印になってしまいますからね、ソルジャーが此処にいらっしゃる、と。
「それじゃ、君と一緒に歩こうとしたら…。バレるってことだね、どう努力しても?」
頑張って方法を見付け出しても、独特の雰囲気を消せたとしても。
他のみんなと変わらないように見える方法、なんとか手に入れられたとしても…。
君と一緒に歩いているだけで、それの効き目は無くなってしまうわけなんだ?
「そうなるでしょうね、私がお側にいたのでは…」
私の身体は小さく出来ませんから、どうしても目立ってしまいます。
これからも努力をなさるのでしたら、何処へ行かれるにも、お一人でどうぞ。
より目立たない道をお求めならば、とハーレイは提案してくれた。キャプテンとしての役目以外では、近付かないようにするから、と。目立ちたくない前の自分を、無駄に目立たせないように。
「あなたのお気持ちは分かりますよ」と、穏やかに微笑んでいたハーレイ。
特別扱いは嫌なものだし、元の通りに話して欲しいと願う気持ちも理解できると。
(いい方法が早く見付かるといいですね、って言ってくれたけれど…)
それが見付かっても、ハーレイと一緒に歩いていたなら、効き目は全く無くなるらしい。自分は目立っていなかったとしても、ハーレイが皆の目を引き付けるから。
(キャプテンだ、って誰でも気付くし…)
そうなれば、一緒にいる人間にも向くだろう視線。あれは誰か、と浴びる注目。正体を知ろうと思って見たなら、きっと分かってしまうだろう。目立たないけれどソルジャーだ、と。
其処で正体がバレてしまえば、元の木阿弥。皆は敬語で話し始めて、いつもと何も変わらない。前と同じに話の輪の中に加わりたくても、開いてしまう距離。ソルジャーだから。
(…せっかくハーレイも一緒なのに…)
仲間たちと楽しく話したいのに、ハーレイがいるとそれが出来ない。自分一人ならば上手くいく方法を見付け出せても、ハーレイが効き目をすっかり消してしまうから。
それでは少しも楽しめない、と思った自分。一番の友達だったハーレイ、そのハーレイと一緒に仲間たちの間に溶け込むことが出来ないなんて、と。
一番の友達と歩くことさえ出来ないのでは意味が無い、と諦めたお忍び。正体を知られないよう努力すること。制服を脱ぐのも、髪を染めようかと考えるのも。
(ハーレイと一緒に歩けないなんて…)
つまらないから、と前の自分は結論付けた。
まだハーレイと恋人同士ではなかったけれども、二人でいるのが好きだったから。二人で一緒に歩きたかったし、それをやめたくはなかったから。
そう決めたのが前の自分で、目立たないよう努力するのを諦めたのに。髪を染めるのも、制服を脱ぐのもやめたというのに、今のハーレイは「そういえば…」と顎に手を当てて。
「お前、あれっきり、やらなくなったが…」
どうすればいいのか俺に相談してから後は、バッタリやらなくなっちまったが…。
心境に変化があったのか?
お前がマントを脱いでいたとか、挙句に上着も着なかっただとか、エラから報告は来てたんだ。俺も一応、キャプテンだしなあ、ソルジャーの情報も入ってくる、と。
ところが、お前、二度とやらかさなかったんだ。せっかく相談に乗ってやったのに…。
一緒に歩かないようにしよう、と提案してやったのに、きちんと制服を着込んじまって…。髪を染めると言っていたのも、一度も試さないままで。
いったい何があったと言うんだ、俺に相談した後で?
「ハーレイに相談したからだってば!」
「はあ?」
俺は真面目に答えたじゃないか、俺と一緒に歩かないのが一番だ、とな。
目立たないようにしたいんだったら、悪目立ちする俺とは離れておくのがいい、と。
「それだよ、ハーレイと一緒にいられないんだよ!」
ハーレイといるだけで、ぼくの正体もバレる、って言ったの、ハーレイじゃない!
キャプテンなのと、身体のせいとで、ハーレイはとても目立つから…!
「その通りだが、どうしてお前が努力するのをやめるんだ?」
お前はお前で頑張ってみればいいと思うのに、なんだって試しもしなかったんだか…。
髪の毛を染めて制服を脱ぐとか、お前らしさを消す方法を。
「ハーレイが一緒にいると効かない方法なんて、探しても意味が無いんだよ!」
上手に誤魔化せるようになったとしたって、ハーレイのいない時だけだなんて…。
君と一緒に他の仲間と楽しめないなら、努力する意味が無いじゃない!
ぼくの一番の友達はハーレイだったし、いつも一緒にいたかったんだよ、離れるんじゃなくて!
恋だと気付いてはいなかったけれど、特別な存在だったハーレイ。前の自分の一番の友達。
お忍びに未練はあったけれども、ハーレイと一緒にいる時は正体を隠せないらしい自分。一番の友達が側にいるだけで、誰なのかバレるらしいから。
それでは駄目だ、と諦めた自分。誰よりも一緒にいたい人と離れなければいけないなんて、と。
「…そうだったのか…」
お前が努力を投げ出した理由、俺だったんだな。…俺と一緒だとバレちまう、と。
髪の毛を染めようかとまで言っていたのに、やけにアッサリ諦めたなと思っていたら…。
「うん。…だって、ハーレイと離れていないと効かないだなんて、そんな方法…」
見付け出しても意味が無いでしょ、いくら普通に扱って貰える方法でも。
みんなが普通に話してくれても、きっと楽しくないんだよ。…其処にハーレイがいなかったら。
どうしてハーレイはいないんだろう、って考えてしまうに決まっているもの。
…でも、今のぼくでも、ハーレイといたらバレちゃうね。
目立たないように隠れようとしても、今日よりも、ずっと。周りが普通の生徒ばかりなら、まだマシだけど…。ハーレイと二人なら、アッと言う間に見付かっちゃうよ。あそこにいるな、って。
「お前、今度も隠れたいのか?」
「そんなことないけど…」
ハーレイをコッソリ見られなかったのは残念だけれど、今は普通の生徒だもの。
みんなが敬語で話しはしないし、正体がバレても、前みたいに困りはしないんだけど…。
「今のお前は普通の生徒で、将来も普通の嫁さんだろ?」
男にしたって、嫁さんには違いないんだから。
俺と一緒に暮らす嫁さんで、誰もお前を特別扱いして困らせることはない筈だぞ。
俺の嫁さん、それで全部だ。今度のお前は。…俺と一緒に何処に行っても。
だからバレてもかまわないよな、とハーレイの顔に浮かんだ笑み。
俺と一緒にいるばっかりに、お前が此処にいるんだとバレてしまっても、と。
「いいよ、ハーレイと二人でいられるのなら。バレちゃっても」
だけど、制服は学校の生徒の間だけしか着られないから…。
制服を着なくなった後だと、今よりもうんと目立つかも、ぼく…。
「おいおい、其処は逆なんじゃないか?」
制服の群れの中にいる方が目立つぞ、お前。…前のお前の制服みたいな感じでな。
みんなの個性が減っている分、分かりやすくなっているんだな。あそこにお前、と。
だからだ、普通の服になっちまったら、バレにくくなると思うんだが?
色々な服の人がいるしな、実に賑やかに。
「前と同じだよ、ハーレイといたら目立つんだよ!」
ぼくが制服を着ていなくても、同級生とかはハーレイのことを知っているもの!
街とかでハーレイを見付けた途端に、隣のぼくまで見付けるんだよ!
前のぼくがハーレイと一緒にいたなら、直ぐにソルジャーだとバレた頃みたいに!
「そういうことか…。あの頃と同じか」
俺の隣にお前がいるな、とバレるわけだな、俺が発見されちまうから。
そいつは確かにそうなんだろうな、教師ってヤツは教え子に直ぐに見付かっちまうし。
歩いていようが、買い物に行こうが…、と苦笑するハーレイ。あいつらは目ざとい、と。
「前の学校で教えたヤツらも覚えているしな、俺のことを」
思わん所で声を掛けられたりするもんだ。「ハーレイ先生!」と、いろんなヤツらに。すっかり大人になったヤツから、今の学校の連中までな。
いつかはお前も巻き添えなわけか、そうやって俺が見付かった時は。
「そうなんだけど…。いいよ、バレちゃっても」
だって、ハーレイはぼくのだから。
「おっ?」
お前のと来たか、この俺が?
「そう! ぼくのハーレイだよ、って自慢するからバレても平気」
バレたら、みんなに自慢するんだよ。いいでしょ、って。ハーレイはぼくのだからね、って。
「自慢って…。今日のコッソリと違っていないか?」
友達にも内緒で、俺を見ようとしていたくせに。
他の生徒の中に混じって、誰にも見付からないように。…バレちまってたが。
「今だからだよ、ハーレイと一緒にいられる時間が少ないからだよ!」
だから誰にも邪魔をされずに、ゆっくり見ていたかっただけ!
結婚したら、いつもハーレイと一緒だし…。隠れなくても、いろんなハーレイを見られるし…。
だから、コッソリはやめて、バレた時には見せびらかすよ!
ぼくの大好きなハーレイだもの。ぼくのハーレイなんだもの…!
それに、今の自分は、もうソルジャーとは違うから。
正体がバレても、特別扱いされてしまいはしないから。仲間たちとの距離が開きもしないから。
目立ってもいいし、注目されてもかまわない。
どんなに目立ってしまったとしても、ただのブルーで、ハーレイのお嫁さんだから。
「そう思うでしょ? 前のぼくとは全然違うよ」
見付かっちゃっても、ぼくは困りはしないんだよ。得意になれることはあっても。
ぼくがハーレイのお嫁さん、って嬉しくなることは何度もあっても。
「ふむふむ、ただのブルーで嫁さんなんだな、今度のお前は」
バレちまっても、周りのヤツらの態度が変わるってわけでもない、と。誰もが敬語になっちまうことも、特別扱いを始めることも。
「ホントにただのブルーだもの。…ただのハーレイのお嫁さんの」
今度はハーレイの方が、ぼくより特別。みんなに人気のハーレイ先生。
柔道と水泳の腕がプロの選手並みで、サッカーだって上手くって…。今日みたいに大勢の生徒が集まっちゃうしね、ハーレイがいるっていうだけで。
「まあなあ…。生徒に人気はあるな」
ずっと前にいた学校のヤツらも、街で出会ったら声を掛けてくるし…。
クラブで教えた生徒だったら、未だに憧れのヒーローみたいな扱いになるのも間違いない、と。
俺は今度も目立つわけだな、キャプテンじゃなくなったんだがなあ…。
お前を巻き添えにするのも同じか、とハーレイは苦笑いをしているけれど。
そのハーレイと一緒にいたなら、今の自分も前と同じに目立ってしまうのだけれど。
(…ぼくは今度は平気だしね?)
友達が敬語になってしまったり、距離が開いたりはしないから。本当にただのブルーだから。
ハーレイのお嫁さんになるというだけで、他には何も変わらないから。
正体がバレてしまった時には、今は大人気のハーレイの隣で、ハーレイは自分のものだと自慢をすることにしよう。「ぼくのハーレイなんだから」と。ハーレイの腕にギュッと抱き付いて。
そう、今度はバレてしまってもいい。目立つ姿でもかまわない。
自分が特別扱いされない世界で、幸せに生きてゆけるのが今の自分だから。
ハーレイの方が目立つ世界で、大きな身体と一緒に歩いて。
早く見付けて欲しいくらいに、きっと心が弾むのだろう。
幸せを自慢したいから。「ぼくのハーレイだよ」と、幸せ一杯で誰もに自慢出来るのだから…。
目立つのは嫌・了
※雰囲気だけで人目を惹いてしまうのがブルー。前の生でも、普通なふりをするだけ無駄。
ハーレイと一緒だと、更に人目を惹くのですけど、ソルジャーではない今は、それも幸せ。
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