シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
秋の午後、ハーレイと庭の白いテーブルと椅子でのティータイム。穏やかな日射しが暖かくて、ママが世話をしている薔薇の花が盛り。四季咲きだけれど、薔薇の花は夏よりもずっと生き生きとしてる。薔薇も暑いのは苦手なのかな、ぼくと同じで。
やっぱり春とか秋がいいよね、と思って薔薇の花の方を眺めていたら。
「おい、ブルー」
あの薔薇の花はジャムにするのか? と、ハーレイがぼくに訊いてきた。
「しないよ、なんで?」
ママは薔薇の花でジャムなんか作っていない。第一、そんなに沢山の花びらが採れるほど薔薇を植えてはいない。どうして薔薇のジャムなんて発想になるんだろう?
(…普通、薔薇の花っていうのは見るだけだよね?)
庭で愛でるか、花瓶とかに生けて楽しむか。そういう花だと思うんだけど…。
(なんで薔薇のジャム?)
ずいぶん変わったことを言うな、と首を捻ってから気が付いた。
(そうか、ハーレイのお母さん!)
ぼくのママは薔薇のジャムを作らないけれど、ハーレイのお母さんはきっと作るんだ。だって、庭の大きな夏ミカンの木から採れる実でマーマレードを作っているんだもの。沢山マーマレードを作って配って、ぼくにまで分けてくれるんだもの。
優しいハーレイのお母さん。
そのお母さんが作るんだろう、と思ったからハーレイに尋ねてみたのに。
「おふくろは夏ミカンのマーマレードが定番なんだが?」
あれだけで充分、一年分もあるからなあ…。あちこち配っても、お前の家の分が増えても、俺の実家にはマーマレードのでっかい瓶がドッサリだ。
マーマレードが山ほどあるのに、わざわざ薔薇までジャムにはしないさ。
イチゴとかリンゴなら、たまに作っているんだけどな。
「じゃあ、どうして薔薇のジャムなんて言ったの?」
「覚えていないか?」
シャングリラで薔薇のジャムを作っていたのを。
「ああ…!」
そういえば、と思い出した。
シャングリラに居た頃、薔薇のジャムが確かにあったっけ…!
遠い、遠い日のシャングリラ。
ぼくが守った白い船。ハーレイが舵を握っていた船。
そのシャングリラで一部の女性クルーが薔薇の花びらのジャムを作っていた。せっかくの薔薇の花をただ枯れさせるのはもったいないから、と薔薇のジャム。
新鮮な花びらを使うんじゃなくて、萎れかけた頃に作るのだけれど。
それでも充分に香り高かった薔薇のジャム。口に入れれば薔薇の香りが漂った。
薔薇は花と一緒に香りも楽しむものだと、香りの強い品種を選んで育てていたから、萎れかけの花でもいい香りがした。シャングリラが世界の全てだったミュウたちのためにと育てて咲かせた、観賞用の薔薇の花たち。
皆が眺めて憩えるように、香りで心が癒されるように。
そんな目的で薔薇を植えていたのに、いつの間にやら薔薇のジャムなんかが出来ていた。
もちろん全員に行き渡る分は無いから、作ったクルーと、後は希望者がクジ引きで。
でも、クジなんかを引かなくっても、貴重な薔薇のジャムを貰える人間が一人だけ居た。それが前のぼく、ソルジャー・ブルー。
薔薇のジャムが初めて出来た時にも、当然、ぼくには届けられた。
「…ソルジャー、お味は如何ですか?」
緊張し切っていた女性たちの顔を今でも覚えている。
それはそうだろう、彼女たちが薔薇のジャムを手にして訪ねて来た場所は青の間だから。ぼくとしては誰が来たって気にしないんだけど、ソルジャーの私室。部屋付きの係や長老たちくらいしか足繁く通う人間はいない。
彼女たちが持って来た小さな器に盛られたジャム。添えられたスプーンで掬って食べた。薔薇の香りがふわりと口の中に広がる、薔薇そのものを食べたかと錯覚しそうなジャム。
「とても美味しいよ。ありがとう」
味見だけのつもりだったのに。小さな器に盛られた分だけ、貰えれば充分だったのに。
女性クルーたちは一気に緊張が解けたみたいで、笑顔になってこう言った。
「良かった…。それでしたら、後で一瓶お届けさせて頂きます」
えっ。
そんなに沢山は無いだろうに。薔薇の花の量からしたって少ないだろうに、と断ったけれど。
彼女たちは「いいえ」と微笑んだ。「ソルジャーのお気に召したなら光栄です」と。
貴重な筈の薔薇のジャム。それを一瓶もくれると言うから。
また彼女たちが来るのだろう、と御礼にキャンディーを用意して待った。彼女たちの顔と人数はちゃんと覚えていたから、厨房のクルーに頼んで人数分を個別に包んで貰って。
なのに、彼女たちは現れなくて。
代わりに部屋付きの係が薔薇のジャムが詰まった瓶をぼくに届けにやって来た。
味見用のジャムを持って来た時、緊張していた彼女たち。
そんなに敷居の高い部屋だったろうか、と申し訳なく思ったから。
キャンディーは自分で届けに出掛けることにした。彼女たちが集まるお茶の時間を狙って、他にお茶に合うお菓子もつけて。
ソルジャーのぼくがいきなり訪ねたわけだし、彼女たちはビックリしたようだけれど。
それでもジャムの御礼を言ったら、「スコーンにも合いますよ」と教えてくれた。お茶のためのテーブルに薔薇のジャムとスコーン。
お召し上がりになりますか、と訊かれたから、彼女たちと一緒に御馳走になった。思いがけないティータイム。焼き立てのスコーンに薔薇のジャムを添えて。
ソルジャーとのお茶の席だから緊張していた彼女たちだったけれど、最後の方には本物の笑顔が見られた。普段のぼくなら決して聞けないだろう、寛いだお喋りも聞くことが出来た。
ソルジャーのぼくが、女性クルーたちとティータイム。まるで昔からの友達みたいに。
それがとっても嬉しかったから、「薔薇のジャムにはスコーンだ」と決めた。心に残った素敵な時間を思い出しながら味わうために。
薔薇のジャムにはスコーンが似合う。たまに紅茶にも入れたけれども。
ぼくと過ごしたお茶の時間に、嬉しそうだった彼女たち。
まだ緊張が解けない間も、心がキラキラと零れていた。光みたいに弾けていた。
ソルジャーには薔薇がとても似合うと、お届けしてとても良かった、と。
彼女たちの目には、ぼくは薔薇のジャムならぬ薔薇の花が似合う人間に見えているらしい。
(…薔薇の花って…。これでもぼくは男なんだけどね?)
女性に薔薇の花が似合うんだったら、それは普通のことなんだけれど。
男のぼくに薔薇の花だなんて、ぼくはどう見えているんだろう?
なんだか恥ずかしかったけれども、そう考えることで幸せなのなら、それでいい。
彼女たちが幸せに時を過ごせるなら、それでいい…。
それ以来、彼女たちは薔薇の季節が訪れる度に薔薇のジャムをくれた。
薔薇の花が似合うソルジャーのために、薔薇のジャムがお気に入りのソルジャーのために。
だけど、決して青の間には来ない。部屋付きの係が預かって来る。
(…気にしないで届けに来ればいいのに…)
そうしたら青の間で彼女たちのために、お茶とお菓子を御馳走することが出来るのに。
何度そう言っても、首を縦には振らないから。
薔薇のジャムを貰ったら御礼を届けて、一度は必ずお茶の時間にお邪魔した。
招待状でもくれればいいのに、恐縮して絶対に寄越さないから勝手な時に。それがぼくからの、ソルジャーからの御礼のサプライズ。
彼女たちは毎回、慌てふためきつつ、ぼくを歓待してくれた。最初は緊張し切った顔で慌てて、だけど心がキラキラ零れる。薔薇の花が似合うソルジャーが来て下さった、と零れて煌めく。時が経つにつれて本物の笑顔とお喋りが溢れるけれども、心はやっぱり煌めいていた。
お菓子はスコーンの時もあったし、ケーキだったり、それは色々。
それでも必ず、ジャムを出してくれた。貴重品の薔薇のジャムをガラスの器に盛って。
ぼくは御礼を言って味わう。「美味しいよ、いつもありがとう」と。
シャングリラで薔薇の花が咲く度、彼女たちがくれた薔薇のジャム。
スコーンで食べるのがお気に入りだった薔薇のジャム…。
「思い出したか? シャングリラに薔薇のジャム、あっただろう?」
「うん、思い出した。女の子たちと一緒にお茶を飲んだよ」
ちょっぴり恥ずかしかったけど。
薔薇の花が似合うと思われてたから、そんな心が零れていたから、少し恥ずかしかったけど…。
「その薔薇のジャムをだ、似合わない俺が食ってたんだよな…」
「そうだったっけね」
あれだけは言わぬが花だったよね、とハーレイと顔を見合わせて二人で笑う。
前のぼくが薔薇のジャムをくれた女性クルーたちとお茶を飲んでいた時、彼女たちの弾む心から零れていた声。ぼくに薔薇が似合うと煌めき零れる心の粒たちに混じっていた声。
「キャプテンには似合わないわよね、薔薇の花もジャムも」
とても失礼なのだけれど、と本当に悪く思っている気持ちとセットで零れていた心。
薔薇の花が似合わないハーレイ。
薔薇の花で作ったジャムだって似合わない、武骨なハーレイ。
よりにもよって、そのハーレイが「クジを引かずに」薔薇のジャムを食べていたもう一人。
ぼくの他には居る筈がない、「クジを引かないで貰える」人。
前のぼくとハーレイとで、青の間で二人、お茶の時間を楽しんでいた。
薔薇のジャムを塗って、スコーンを食べて。
ハーレイが庭に咲いている薔薇をチラリと眺めて、「うーむ…」と眉間の皺を深くする。
「いや、実に似合わない食い物だったな、この俺にはな…」
こうして改めて薔薇を見ても、だ。
やっぱり似合っていないと思うぞ、薔薇の花もジャムも、まるで似合わん。
「だけど嫌いじゃなかったじゃない」
食べていたでしょ、と指摘した。
薔薇のジャムなんか似合わないと言うハーレイだけれど、ちゃんとスコーンに塗っていた。前のぼくと二人で薔薇のジャムを食べて楽しんでいた。証人はぼくで、前のぼく。
「…おい。俺たちに好き嫌いは無いっていうのを忘れるなよ?」
お前が勧めてくれるから食っていたんだ、申し訳ないことをしたなあ…。似合わない俺が毎回、貴重なジャムを食ってたなんてな。
「だって、ハーレイにも食べて欲しかったんだよ」
ぼくの大切な恋人なのに。
ぼくが貰った特別なジャムを、ぼくの大切な人にも食べて欲しいよ…。
「お前の気持ちは嬉しかったんだが…。実に悪いことをしちまったな、と」
まさか俺まで食っているとは思ってなかっただろうしな。
薔薇の花が似合うお前のためにと一瓶届けて、半分を薔薇が似合わない俺に食われて。
作っていたヤツらにも申し訳ないし、薔薇の花にも悪い気がしてな。
お前のためにジャムになるなら薔薇も本望だったんだろうが、俺ではなあ…。
精一杯の香りを振り撒いて咲いて、俺の胃袋行きではな?
お前だったら良かったんだろうが…。
似合わなさ過ぎていたたまれない、とハーレイが何度も繰り返すから。
庭の薔薇を眺めては「やはり似合わん」と唸っているから、ちょっとからかいたくなった。
薔薇の花が今でも似合わないハーレイ。
似合いそうにないと、薔薇のジャムだって似合いそうにないと今も唸っているハーレイ。
その薔薇のジャムを前のハーレイが食べるためには、前のぼくが必須だったから。
前のぼくは居なくなってしまったけれども、ぼくはハーレイの目の前に居るから、言ってみる。
「ハーレイ。薔薇のジャム、ぼくが死んだ後には食べずに済んだと思うけど?」
薔薇の花とジャムが似合うソルジャーが居なくなったら、誰も届けなかっただろうから。
青の間に薔薇のジャムは届かず、それを囲んでのティータイムも無かった筈だから。
こんな冗談は、ぼくしか言えない。
前のぼくを失くしたハーレイがどんなに辛くて悲しかったか、知ってる今のぼくしか言えない。前のぼくの代わりになることが出来る、今のぼくにしか言えない冗談。
きっとハーレイなら笑ってくれると思ったのに。
「馬鹿」
鳶色の瞳がスッと細くなって、「馬鹿」と真面目な顔で言われた。
「そんな頃に誰が薔薇のジャムなんか作る余裕があったと思うんだ、お前」
「……そっか……」
前のぼくは死んでしまっておしまいだったけど、シャングリラの方はそうじゃなかった。ぼくが死んだ後は地球を目指しての戦いの日々で、それが地球に辿り着くまで続いた。
(…薔薇のジャムどころじゃなかったんだ…)
薔薇のジャムを作って楽しむどころか、薔薇の花さえ誰も見ていなかったかもしれない。誰にも心の余裕が無くって、薔薇どころじゃない日々がずっと地球まで…。
もしかしたら薔薇は誰にも知られずに咲いて、知られずに散って。
枯れさせるのはもったいないから、と萎れかけた頃にジャムに作り替えて貰う代わりに、誰にも愛でて貰えさえせずに庭の片隅で朽ちていったのだろうか。
前のぼくがメギドで独りぼっちで死んでいったように、薔薇の花たちも独りぼっちで…。
幸せだった時代のシャングリラの薔薇たち。
閉ざされた船の中だけが世界の全てだったけれど、それでも愛でて貰えた薔薇たち。
気高く、あるいは華やかな姿で花開いては皆を楽しませ、その香りで皆の心を癒した。枯らしてしまってはもったいないから、と萎れかけた頃に摘まれて薔薇のジャムになった。
皆に愛でられて、愛された薔薇たち。大切にされていた薔薇の花たち。
幸せに咲いてはジャムになっていた薔薇たちが誰にも一顧だにされず、庭の片隅で独り開いて、知られぬままに朽ちてしまって。
薔薇のジャムにもなれないままに枯れていったかと思うと悲しかったから。
前のぼくを幸せにしてくれた薔薇のジャムの元になった薔薇たちのその後が、あまりに悲しくて寂しすぎたから、ぼくは俯いてしまったのだけれど。
ハーレイをからかって遊ぶつもりが、遊ぶどころじゃなくなってしまったのだけど…。
「…分かったか、馬鹿」
俺をからかうから、そんな目に遭うんだ。
いくらお前が目の前に居ても、俺は忘れていないんだ。
前のお前を失くした辛さを、お前を追い掛けることさえしなかった前の俺の馬鹿さ加減をな。
「……ごめん……」
ごめん、とぼくは頭を下げた。
前のぼくが居なくなった後にハーレイが独りぼっちで過ごした長い長い時間。
シャングリラを地球まで運ぶためにだけ、ハーレイは生きた。前のぼくがそれを頼んだから。
ジョミーを頼むと、支えてくれと言い残したから、ハーレイは独りぼっちで生きた。辛くて長い時間だったと何度も何度も聞いていたのに、つい、からかってしまった、ぼく。
考えなしの小さな子供で、ハーレイを思い遣れなかったぼく…。
仕返しされたって仕方ない。
ぼくの冗談を聞いて笑う代わりに、うんと悲しい現実ってヤツを突き付けられたって仕方ない。
仕方ないんだ、って俯いていたら、涙がポロリと落ちそうになる。
幸せだったシャングリラの薔薇たちが、ぼくが死んだ後は幸せでなくなってしまったように。
薔薇のジャムなんかは作って貰えず、誰にも見られずに朽ちていったように…。
ぼくの瞳から涙が零れかかった時。
「こら、泣くな」
頭にポンと大きな手が置かれた。
「俺が苛めたかと思われるだろうが、こんな所で泣かれちまったら」
お前のお母さんたちから見える場所だぞ、俺の立場も考えてくれ。
まあ、確かに俺が苛めたんだがな…。だが、その前に俺がお前に苛められたんだがな?
「…ごめん…。ごめん、ハーレイ…」
「泣くな、泣き虫。その涙、一発で止めてやろうか?」
聞けよ、とハーレイはおどけた顔をしてみせた。
「薔薇のジャムだが、お前、何か勘違いをしてないか? お前が生きてた間から既に、俺の口には入らなかったぞ」
「えっ?」
「お前が眠っちまったのが運の尽きっていうヤツだ。お前にジャムは届かなかったし、当然、俺の口にも入らん。…なにしろクジ引きの話さえ来なかったしな」
「クジ引き…」
そういえば希望者はクジ引きをしてたんだっけ、と記憶が蘇って来たんだけれど。
ハーレイにクジ引きの話なんかはあったっけ?
薔薇のジャムを作っていた女性クルーたちが「薔薇のジャムは如何ですか」って、クジを作ってシャングリラ中を回っていた時、ハーレイにも声を掛けていたっけ?
クジ引きの時、ぼくはブリッジには行かなかったけれど、青の間からサイオンで様子を見てた。ブリッジでクジを引いていたのは、エラにブラウに…。
(あれ?)
如何ですか、とブリッジクルーに差し出されるクジが入った箱。
ゼルでさえもが「どれ、運試しじゃ」と手を突っ込んでいたんだけれども、キャプテンの椅子に座ったハーレイの前を箱は素通りして行った。
ゼルみたいに「わしもじゃ!」と呼び止めないハーレイが悪いんだけれど、箱は素通り。
クジ引きの話が来るとか来ないとかそういう以前に、箱は素通りだったっけ…。
「ハーレイ、それ…。クジ引きの話が来なかったって…」
それ、ぼくが起きてた時からじゃない…!
ぼくは思わず吹き出してしまって、ハーレイが「ほらな?」と笑顔になった。
「止まっただろう、涙。ちゃんと一発で」
「…と、止まったけど…。止まったけど、ハーレイ、クジが素通り…」
「悪かったな! 似合わない俺にはクジは無いんだ、素通りされて当然なんだ!」
「でも、ゼルだってちゃんと引いてたのに…!」
ハーレイ、ゼルよりも似合わないんだ?
薔薇のジャムとか、薔薇の花とか。
「こら、笑うな! ああいうものはな、一度目に声を掛け損なったら二度目は無いんだ!」
「で、でも…。ゼルは毎回、ちゃんと声を掛けてクジを引いてたよ?」
その内、お馴染みさんになってしまって、声を掛けなくてもクジ引きの箱が止まったよ?
ゼルの席の前で、「クジ引きをどうぞ」って。
「だから言っただろう、俺には薔薇の花も薔薇のジャムもまるで似合わないんだ、と!」
「そうだね、ゼルより似合わないんだね」
「うむ。…シャングリラで一番似合わなかったらしいな、この俺がな」
そんな俺が、薔薇の花が似合うお前と恋人同士だったというわけだが。
美女と野獣どころの騒ぎではないな、薔薇のジャムを作っていたヤツらが腰を抜かしかねん。
「…う、うん…。似合わなさすぎる恋人同士って?」
「シャングリラ史上最低最悪のカップルだろうさ、俺にはクジも来ないんだからな」
「来なかったね…。ゼルでもクジ引きしていたのにね」
どうやらゼル以下の扱いだったらしい、薔薇が似合わなかったハーレイ。
薔薇のジャムがまるで似合わないから、クジさえ引けずに箱が素通りしていたハーレイ。
あまりに可笑しくて、可笑し過ぎて。
ハーレイと二人で笑い転げた。
庭の白いテーブルと椅子で、二人して涙が出るまでお腹を抱えて笑った。
もしも窓からママが見てたら、何の話だと思っただろう?
薔薇だなんて絶対思わないよね、薔薇の花と薔薇のジャムで笑っていたなんて…。
シャングリラで一番、薔薇の花が似合わなかったらしいハーレイ。
でも、今のぼくも薔薇の花は似合いそうにない。薔薇のジャムだって貰えそうにない。
前のぼくだったから、女性クルーたちの心がキラキラ零れてた。
薔薇の花が似合うと、薔薇のジャムもとても良く似合うのだ、と。
「…ねえ、ハーレイ…。今のぼく、ハーレイと同じ扱いかもしれないよ」
「俺と同じだと?」
「うん。…クジ引きの箱が素通りしそう。子供たちはクジを引いてなかったよ」
「ふうむ…。確かにそうかもしれんな、クジは素通りするかもな?」
しかしだ、お前は俺と違って、いずれとびきりの美人になるしな?
前のお前と全く同じに、薔薇の花が似合う姿に育つさ。
「そしたら薔薇のジャムを買って来て二人で食べるか? 昔を懐かしんでお前と二人で」
「ハーレイには薔薇の花とジャム、似合わないんだけどね?」
「こらっ!」
「でも、ハーレイが自分で何度も言ったんじゃない! 似合わないって!」
それに薔薇のジャム。
もしもハーレイが買っていたなら、自分用だとは思われないよ、きっと。
「お店の人がじっと見てそうだよ、似合わないものを買ってるなあ、って」
「お前用だからかまわないんだ!」
薔薇の花が似合うお前用のジャムだから、俺が買いに行っても問題無いんだ。
俺のためのジャムじゃないんだからな。
(…えーっと…)
いつか、ぼくが前のぼくと同じくらいに育って、薔薇の花が似合うようになったなら。
そうしたらハーレイと結婚して一緒に暮らすんだけれど…。
ハーレイが薔薇のジャムを買いに行くのか、二人で買いに出掛けるか。
その頃に薔薇のジャムのことを覚えていたなら、スコーンを焼いて……。
ひょっとしたら、スコーンはハーレイが焼いてくれるのかな?
料理が上手な今のハーレイ。パウンドケーキだって焼けるハーレイ。
(…ハーレイが焼くのか、それともぼくか…)
とにかく、美味しいスコーンを焼いて。
それから紅茶をたっぷりと淹れて、焼き立てのスコーンで薔薇のジャムを食べよう。
遠い日にぼくに薔薇のジャムをくれていた、シャングリラの女性クルーたちを思い浮かべて。
彼女たちの笑顔を思い浮かべて。
ぼくは青い地球まで無事に着けたと、地球の薔薇のジャムを食べているよ、と。
薔薇の似合わないハーレイが一緒に来てしまったことは黙っていよう。
きっと知ったらガッカリされるし、言わずが花って言うんだものね。
それでも、ぼくはハーレイと一緒。薔薇の似合わないハーレイと、いつまでも一緒……。
薔薇で作るジャム・了
※薔薇のジャムも花も似合わないと評されていた、前のハーレイ。クジも素通りしたくらい。
今度も似合いそうにないのですけど、薔薇のジャム、二人で食べるのでしょうね。
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