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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

我儘な注文

(んーと…)
 何かお土産が欲しいんだけど、とブルーは勉強机の前に座って考える。明日、来てくれる予定のハーレイ。机の上に飾られたフォトフレームの中で笑顔のハーレイ。
 夏休み最後の日に庭で一番大きな木の下でハーレイと一緒に写した写真。ブルーの大切な宝物。ハーレイの左腕に十四歳の小さなブルーが両腕でギュッと抱き付いた写真。
 飴色をした木製のフォトフレームだって大切なもので、ハーレイとお揃いのフォトフレーム。
 ハーレイが買って来てくれて、ハーレイとブルー、それぞれに同じ写真を入れて暫く二つ並べて飾った。ハーレイが帰る時にお互いのフォトフレームを交換したから、ブルーの家にはハーレイが写真を入れたフォトフレームかある。ハーレイの家にはブルーが写真を入れていたものが。
 元はハーレイのものだったフォトフレーム。その中の写真の、笑顔のハーレイ。



(欲しいな、お土産…)
 ハーレイが何処かへ出掛けたわけではないのだけれども、欲しいお土産。
 たまに、何かを持って来てくれるハーレイ。予告無しの素敵なサプライズ。
 近所の店で売られていたとか、ブルーの家までやって来る途中で見付けただとか。
 それらは全て食べ物だけれど。
 目の前にあるフォトフレームを除いて、全て食べ物だったのだけれど。
 大切に取っておくことは出来ず、ハーレイと二人で食べれば無くなるものだったけれど。跡形もなく消えてしまうのだけれど、それでもハーレイが持って来てくれるのが嬉しいから。
(…何かお土産…)
 あるといいな、と金曜の夜に考える。
 明日はハーレイが家に訪ねて来てくれるから。



 ハーレイが「ほら」と渡してくれるお土産。
 どんなものでも心がじんわり温かくなるし、遠い昔の思い出を運んで来てくれる時もある。前の生で二人で暮らしていた頃を思い出させる記憶の欠片を。
 前世とは何も繋がらなくても、ハーレイのお土産は心が弾む。ブルーのために持って来てくれた何か、ハーレイが見付けて来てくれた何か。ブルーへの思いがこもった小さなサプライズ。
 そうしたお土産も嬉しいけれども、「欲しい」と思って考えていると欲が出て来る。
(注文出来たらもっといいのに)
 たとえばハーレイの家の近所に店があると聞く、柔道部員御用達だというクッキー。ハーレイの家を訪ねた彼らに徳用袋で振舞われるらしい美味しいクッキー。何度かお土産に貰ったけれども、食べたら綺麗に無くなってしまう。
 ハーレイが教え子たちに振舞うクッキーは憧れのハーレイの家とセットになった特別なもので、ブルーにとっては大切に取っておきたいもの。たった一度しか遊びに行けなかったハーレイの家。メギドの悪夢を見た夜にたった一度だけ瞬間移動で飛び込んだ時と、併せて二回しか見ていない。
 ブルーは遊びに行けない家で同じ学校の生徒が食べるクッキー。ハーレイの家の定番品。それを手元に置いておきたくても、クッキーだから食べれば無くなる。飾っておくことも出来ないし…。
(いつも貰えるなら、次まで飾っておけるんだけどな)
 見ているだけで幸せだろうと考えずにはいられないクッキーの袋。貰う度に即座に開封されて、ハーレイと二人で幾つか摘んで。残ったとしても、クッキーだから。母が保存用の容器に仕舞って階下のおやつ専用の場所に置かれてしまう。父と母も食べるから直ぐに無くなってしまう…。
(ハーレイのクッキー…)
 あれがいいな、と思ったけれども、まだ見たことのないハーレイお気に入りのお菓子でもいい。そういうお菓子もきっとある筈。



(…注文出来たらいいんだけどなあ…)
 お土産をお願い、と注文してみたい。クッキーでも、ハーレイお気に入りのお菓子でもいい。
 目の前の写真の中で笑顔のハーレイに、「お願い」とお土産を頼んでみるとか。
 頑張って思念を集中させても届きそうにはないのだけれど。
 何ブロックも離れたハーレイの家までの距離もさることながら、今の世界は人間は全てミュウとなっているから、何処の家にもサイオンによる覗き見防止の仕掛けが施されていた。当然、思念も通さないそれ。誰にでも聞こえる大声並みの思念波だったら別だけれども。
 そんな時代になったとはいえ、家族や親しい者同士ならば能力さえあれば思念波は届く。相手を定めて送ったものなら、ちゃんと仕掛けを通り抜けて届く。人の思いとはそうしたもの。
(…前のぼくなら簡単だったのに…)
 ハーレイに届く思念を紡げた筈なのに、今のブルーはサイオンの扱いがとことん不器用だった。家の中でさえ両親に宛てて思念を送れはしないし、タイプ・ブルーとも思えぬレベル。
 前の自分なら、ハーレイと一緒に写した写真などという立派な媒体があれば確実に思念を届けることが出来たのに。写真が無くても呼吸するように楽々と届けられたのに…。
(あれ?)
 そういえば。
 前の自分も何か注文しなかったか?
 お土産ではなかった筈だけれども、ハーレイに何か。何か注文していたような…。



 何だったっけ、と引っ掛かった記憶を懸命に手繰り寄せていて。
(…頼んでたよ、出前!)
 脳裏に鮮やかに蘇った記憶。遠い遠い遙かな昔の、シャングリラに在ったブルーの青の間。
 あれも出前と言うのだろうか。
 青の間からブリッジで仕事中のハーレイに思念を飛ばして頼んでいた。
 「こっちに来る時にサンドイッチを持って来て」だとか、「何か果物が食べたい」だとか。
 部屋付きの係に頼めばいいのに、何故かハーレイ。
 そう、ハーレイが困ったような笑顔で持って来てくれるそれらが好きだった。
「まったく、あなたときたら…」
 どうしてソルジャーがお召し上がりになる物をキャプテンが配達するのです?
 しかも私の勤務が終わってからだと、かなり遅いと思うのですが…。
「君に頼みたかったんだよ」
 君だから頼みたいんだよ。
 係に頼んだら意味が無いんだ、君が持って来てくれるのがいいんだよ…。



 ハーレイに甘えてみたかった。
 キャプテンの仕事があるのを承知で、我儘を言ってみたかった。
 ハーレイが勤務を終えた後で厨房に寄って、「ソルジャーの御注文だから」と作るように頼んで持って来てくれるサンドイッチや、綺麗にカットされた果物などが乗っかったトレイ。
 ソルジャーであるブルーのために、と厨房担当のクルーが作ってくれた品々。
 トレイを持ったハーレイが「お待たせしてすみませんでした」と現れる時の笑顔が好きだった。これは自分の仕事ではないのに、と困りながらも嬉しそうな笑顔。
 そして届いたサンドイッチを二人で食べる。
 ハーレイと二人、青の間のテーブルで語り合いながら分け合って食べる。
 果物ももちろん二人で食べた。果物の器に添えられたフォークは一人分しか無かったけれども、青の間のキッチンにはフォークも常備されていたから、それを使った。
 サンドイッチも果物も、他の様々な注文品も、ハーレイと分けて二人で食べた。
 食べ終えたらハーレイがお皿などを洗って、キッチンのテーブルに揃えて置いておく。それらは翌朝、朝食を作りに来た係が厨房へと持って帰ってゆく…。



(ハーレイの出前かあ…)
 今のブルーには絶対に無理だ。
 同じ屋根の下に住んでいたって、多分、思念は届かない。両親に思念が届かないように、相手がハーレイでも届けることは出来そうにない。
 目の前の写真が思念を届ける媒体の意味を成さないくらいに、今のブルーはとことん不器用。
 タイプ・ブルーとも思えぬレベルのサイオンしか扱えないブルー。
 出前を頼むなど夢のまた夢、前の自分のようにはいかない。
(…結婚したって出前は無理だよ…)
 出前どころか、きっと先に目覚めたハーレイに朝食の注文さえも飛ばせない。
 少し遅れて起きて行ったら、オムレツを食べたい気分だったのに卵焼きが用意されていたとか。卵焼きくらいで済めばいいけれど、もしかしたら魚の干物が焼き上がっているかもしれない。
(それも悪くはないんだけどね…)
 オムレツの代わりに魚の干物と味噌汁の朝食もいいのだけれど。
 シャングリラに居た頃は考えもしなかった、お箸を使っての朝食も素敵なのだけど。
(……でも……)
 せっかく平和な地球に来たのに。
 青い地球の上に二人で生まれて来たのに。
 料理上手なハーレイが居るのに、結婚したのに、朝御飯さえも注文を飛ばせないなんて…。



 ガックリと項垂れたブルーは翌日、「やっぱり…」と溜息をつくことになる。
 昨夜あんなに願っていたのに、手ぶらのハーレイ。
 ブルーが欲しかったクッキーはおろか、お土産の一つも持ってはいない。
 母がお茶とお菓子を置いて行ったテーブルを挟んで向かい合わせで座ったけれど。お土産が何も無かったものだから、俯き加減になってしまって。
 ハーレイが気付かないわけがないから、鳶色の瞳で覗き込まれた。
「なんだ、どうした? 今日は何だか元気が無いな」
 ん? と訊かれて、小さく呟く。
「……お土産……」
「土産?」
「…何かお土産、欲しかったのに…」
 そう口にすれば、呆れたようなハーレイの顔。
「おいおい、ブルー。そうそう毎回、持って来ているわけじゃないだろうが」
 土産がある方が珍しいんだぞ、そのくらい分かっているだろう?
「でも……」
 ブルーは赤い瞳を揺らした。
「こんなんじゃ、出前、どうしたらいいの?」
 どうしたらいいの、出前のお願い…。



「出前?」
 ハーレイにはまるで謎の質問。
 何のことだ、と目を白黒とさせる恋人に、ブルーは「出前だってば」と繰り返した。
「前のぼくだよ、色々頼んでいたじゃない。青の間に来る時に持って来て、って」
「…あれか……」
 思い当たったらしいハーレイだけれど、返った答えは当然と言えば当然のもの。
「しかしだ、今の俺はお前の出前係じゃないわけで…」
 だから出前の心配なんぞは要らんだろう?
 出前の注文が出来なくっても、問題はないと思うがな?
「今じゃなくって、結婚してからだよ!」
 ブルーはむきになって言い返した。
「朝御飯の注文も出来やしないよ、今のぼく…」
 どうしたらいいの?
 ぼくがオムレツ気分な時でも、起きて行ったら卵焼きとか魚の干物とか…。
 ねえ、ハーレイ。
 ぼくの朝御飯の注文、どうしたらいいの…?



 ブルーには切実な悩みだったが、ハーレイにとっては可笑しすぎる悩み。
 サイオンがとことん不器用なブルーには重大な問題なのだろうけれど。
 その前に未だ結婚してはいないし、出来るとしても四年も先。
 ブルーが結婚出来る十八歳を迎えない限り、朝御飯のことで悩む日などは来はしない。
(…まったく、何を心配するやら…)
 結婚という大切な段階をすっ飛ばしてしまって、遙か先を心配している小さなブルー。
 そういう所が可笑しくて可愛くてたまらない。
 もう可愛くて、可笑しくて。
 ギュッと抱き締めて頬ずりをして頭を撫でてやりたいけれども、そうしたらブルーは膨れっ面になるだろう。
 恋人ではなくて子供扱いされてしまったと、自分の悩みを全く分かってくれていないと。
(そうなりそうなのも可愛いんだがな?)
 うんと可愛くて髪がクシャクシャになるほど頭を撫でたくなるんだがな、と思うけれども。
 ブルーの悩みも無視は出来ない。
 可笑しくてたまらない悩みであっても、大切な恋人の悩みだから。



「ふむ…」
 お前のための朝御飯な、とハーレイは小さな恋人を見詰めた。
「思念で注文を飛ばせないなら、俺がベッドから起き出す時にだ。叩き起こして注文を取るか?」
 それとも寝かしておいて欲しいか、どっちがいい?
「どっちだろう…」
 問われたブルーは考え込んだ。
 起こして貰うことさえ出来れば、間違いなく希望を伝えられる。ゆっくりと眠ってはいられないけれど、注文通りの朝御飯が出来上がるまでには暫く時間がかかるだろうし…。
(ウトウトしててもかまわないよね、眠たかったら)
 それにすっかり眠り込んでいたなら、ハーレイがきっと起こしに来てくれるだろう。
(…そうしようかな?)
 一度眠りを破られたとしても、眠り直せるのならば問題は無い。ハーレイが起き出す時に声だけ掛けて貰って、朝御飯に食べたいものを伝えて。それだけというのはハーレイに悪いから、朝食の支度に出掛ける背中を見送ってからもう一度眠り直して…。
(うん、それがいいよ)
 ベッドの中から見送ればいい。大好きなハーレイの広い背中をベッドから。
(きっと朝御飯を作る前にシャワーを浴びるんだよね)
 前の生ではそうだった。
 朝御飯は作っていなかったけれど、「ソルジャーに朝の報告に来たキャプテン」を装うためにとシャワーを浴びてから身支度を整えてキャプテンの制服をカッチリ着込んでいたハーレイ。
 今の生だと何を着るのか知らないけれども、とにかくシャワー。
 そうに違いない、と思ったところでハタと気付いた。
(ひょっとして、裸のハーレイを見るの!?)
 本物の恋人同士の夜を過ごしたのだから、ベッドから出てゆくハーレイは裸。
 部屋を出る時は何か着ているだろうけれども、それまでは裸。
(…………)
 起こして貰って朝御飯の注文をするなら、ハーレイの裸を見ることになる。逞しい褐色の身体に何ひとつ着けず、一糸纏わぬ姿のハーレイ。
 それはちょっと、とブルーは真っ赤になってしまった。



 朝御飯の注文はしたいけれども、もれなくついてくるハーレイの裸。
 「おはよう」のキスを交わしてベッドから出てゆくハーレイの姿は今も記憶に残っている。前の自分は当たり前のように見ていたけれども、今の自分はどうなのだろう?
(……む、無理かも……)
 恥ずかしくてとても見ていられないかも、と耳まで赤く染めたブルーに、ハーレイがクックッと喉の奥で笑う。
「叩き起こされるのは御免か、ブルー?」
「……起きたいけど……」
 その先の言葉を口に出来ない。「恥ずかしいよ」と言うのさえ恥ずかしい。
 ブルーが何を思っているのか、ハーレイには未だ幼い心から零れる思念で手に取るように分かるから。小さな恋人には大きすぎる悩みが、幼いがゆえの悩みが分かってしまうから。
 だから可笑しくて笑い出したい気持ちをグッと堪えて、恋人の顔で対応してやる。
「うんうん、起きたくても起きられない、と」
「……そうなんだけど……」
 でも、と真っ赤な顔をしているブルーは、つい先刻まで朝御飯をどうやって注文しようかと頭を悩ませていたわけで。
 悩みの中身がすり替わってしまったようだけれども、朝御飯の件は何とかせねばなるまい。
 愛らしい恋人が悩まないように、悩まなくても済むように。
(俺の裸で悩む辺りが可愛すぎるな、まだまだ子供だ)
 ハーレイとキスさえ交わせないことが不満でたまらない小さなブルー。
 一日も早く本物の恋人同士になりたいと願っているブルー。
 そのくせにハーレイの裸が恥ずかしくて見られないからと、朝は起きられないらしい。
 あまりにも愛らしすぎる小さな恋人。
 朝御飯の注文はしたいけれども、起きられないらしい小さな恋人…。



 ハーレイはまだ頬を染めているブルーに向かって「安心しろ」と片目を瞑った。
「起きられないなら、起きなくていい。だが、朝飯は希望通りに作ってやろう」
 俺に任せろ。
 今のお前が不器用な分は、俺がきちんとカバーするから。
「どうやって?」
 ブルーはキョトンと目を見開いた。
 頬の赤さも消えてしまうほどに驚いたけれど、ハーレイは「簡単なことさ」と柔らかな笑顔。
「眠ってるお前に訊いてやるのさ、朝飯に何が食いたいかを。…それくらいのこと、前のお前なら実に簡単なことだっただろう?」
「…そ、そうだけど…」
 確かに前のブルーなら出来た。
 相手が深く眠っていようと、思念で質問をすることが出来た。もちろん答えを聞くことも。
「お前が俺の思念の侵入を許してくれるんだったら、お望み通りの朝飯にするさ。ただし、朝飯にしか使えん手だな」
 朝だけだな、とハーレイが「うーむ…」と腕組みをする。
「前のお前のような出前はとても出来んか…」
 お前が別の部屋に居る時、昼飯だの晩飯だのの注文を飛ばして来られてもなあ…。
 俺に届けばいいんだがな?
 届かなかったら、諦めて出来上がったものを食うんだな。
 お前、好き嫌いは無いんだろうが?



 朝食の注文は解決したものの、今度は昼食に夕食と来た。
 ブルーは再び小さな頭を悩ませる。
 前の生のようにハーレイに出前を頼みたくても、出来ない自分。
 あれが食べたい、これが食べたいと我儘を言って、困ったようなハーレイの笑顔を見るのが好きだった。あの顔が見たくて出前を頼んだ。
 それに二人で食べる内緒のサンドイッチや果物。厨房のクルーがブルーが一人で食べると信じて作った一人分の出前。それを二人で分け合って食べる幸せな時間が好きだった…。
 あの頃のように二人の仲を隠して、隠れて食べる必要は無いのだけれど。
 堂々と二人一緒に暮らして、二人きりの食卓を囲めるのだけれど。
 それでも幸せを追い掛けたくなる。もっともっと幸せが欲しくなる。
 ハーレイが作ってくれる昼食に夕食。
 出来上がったものを食べるのも幸せだと思うけれども、どうせならその日に食べたいもの。
 食べたい気分の食事が出たなら、もっと幸せになれると思う。
 どうにも諦め切れない出前。
 前の自分ならいとも容易く頼むことが出来た、ハーレイに飛ばせた出前の注文。
「…出前、お願いしたいんだけど…」
 出前じゃなくって、注文っていうの?
 お昼御飯はあれがいいとか、晩御飯にこれが食べたいんだとか。
 今のハーレイにも頼んでみたいよ、前のぼくみたいに出前の注文…。



「なら、頑張れ」
 頑張ってみろ、とハーレイはブルーに微笑みかけた。
「お前が不器用なのは分かっているがな、出前を希望なら頑張ることだ」
 思念波が苦手でも、出前を頼むには思念波だろうが。
 頑張って俺に向かって飛ばして来い。
「俺が仕事に出掛けていてもだ、晩飯にこれを食いたいんだ、とな」
「えっ!?」
 ブルーは思いもよらないハーレイの言葉に赤い瞳を丸くした。
「ハーレイ、仕事に出掛けた時でも晩御飯、ぼくに作ってくれるの!?」
 そういう日には自分が夕食を用意するのだとばかり思っていたのに、ハーレイが作ってくれるという。自分が出前を頼みたかった日はあくまで休日、ハーレイが休みの日だけの我儘だったのに。
「なんだ、俺が作ったら可笑しいのか?」
「そうじゃないけど、ハーレイ、仕事にも行って食事も作るの?」
 疲れてしまったりしないだろうか、とブルーは心配になったのだけれど、ハーレイは「体力には自信があるからな」と余裕たっぷりに笑った。
「お前が望むなら晩飯くらいは作ってやるさ。今だって俺は作ってるんだぞ」
 一人分も二人分も、作る手間はそんなに変わらないからな。
 その代わり、お前、出前の注文、頑張れよ?
 失敗したなら、毎日、毎日、俺の好みの献立だからな…?
「うん、頑張る!」
「いい返事だ。失敗したって文句は聞かんぞ、お前の努力不足の結果だしな」
 食いたいメニューは自分で伝えろ。
 本物の出前もそういうものだろ、何を幾つかハッキリ言わんと別の物が届いてしまうしな?



 夕食に何を食べたいのかは、思念波で毎日、注文をする。
 成功したなら帰宅したハーレイが食べたい料理を作ってくれて、失敗した時はハーレイの好み。
(…ぼくが料理をするんじゃないんだ…)
 ハーレイのお嫁さんになるのだと決めているから、料理もせねばと考えていた。
 お嫁さんは料理をするものなのだと頭から決めてかかっていたのに。
(ハーレイ、料理が得意だもんね)
 財布を忘れて登校した日に御馳走になった、ハーレイ手作りの豪華弁当。こだわりの料理が沢山詰まったお弁当はとても美味しかったし、たった二回しか行ったことがないハーレイの家で食べた食事も舌が大喜びをしていたものだ。
 そんな料理を普段から作って食べているハーレイ。
 結婚して自分がお嫁さんになっても、ハーレイが料理を続けるのか、と少し驚いたけれど。
 それも素敵だ、とブルーは思う。
 思念波で出前を注文しないと、その日に自分が食べたい料理は夕食に出ないらしいけど。
 出前の注文に失敗したなら、ハーレイの好きな献立ばかりが食卓に並ぶらしいけど。
(…だけど、ぼく、好き嫌いだけは無いもんね?)
 出前の注文を失敗したってかまわないや、とブルーは微笑む。
 ハーレイと二人で暮らせるのならば、それだけで毎日が幸せだから。
 毎日がハーレイ好みの献立になってしまったとしても、それが二人の食卓だから…。




            我儘な注文・了

※ハーレイに出前を頼みたかったら、思念波の上達が必須らしいです。夕食の注文も。
 そして結婚した後も、ハーレイが料理を作るとか。ブルーの注文、無事に届くといいですね。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv






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