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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

解けない謎

(…キース…?)
 ぼくが会った時より老けてるけれど、とブルーが見付けたキースの写真。
 学校から帰って、ダイニングでおやつを食べていた時に。母が用意してくれたケーキと、紅茶。ふと目に留まったテーブルの新聞、それを広げたらキースがいた。国家主席の姿のキース。
 前の自分が出会った頃には、キースの顔には無かった皺。それが幾つか刻まれたキース、様々な苦労が皺の形で現れたろうか。国家主席に昇り詰めるまでには、色々とあったに違いないから。
(いくらマザー・システムが作った人間にしても…)
 周りの者たちはそうだと知らないのだから、妬みから来る嫌がらせなども多かっただろう。上に行けば行くほど、蹴落とそうとする人間も増えて、順風満帆ではなかったと思う。
(…この記事には何も書いてないけど…)
 キースが味わった苦労は何も。恐らく、キースは何をした人間だったかを紹介しようと書かれた記事。自分で新聞を読むようになった子供たちにも分かるように、と。
 学校で習う歴史の復習、そういった感じ。SD体勢を終わらせることを決断した指導者、機械に作り出された生命体でも人類の良心とも言える人間だった、と。
 国家主席として成し遂げた偉業と、その前の彼についても少し。
 メンバーズ・エリートだった頃には、ナスカを滅ぼしたミュウの敵だったとも。



 記事の殆どは国家主席のキースについてのものだから。
(前のぼくのことは…)
 名前だけしか書かれてはいない。
 シャングリラに囚われていたキースの脱出を阻もうとしたことも、メギドで対峙したことも。
 「ソルジャー・ブルーとも出会っていた」と簡潔に記され、たったそれだけ。前の自分が地球を目指したことが全ての始まりだと言われているから、出会った事実は書かねばならない。キースも歴史を変えた英雄の中の一人なのだし、英雄同士が顔を合わせたことは重要だから。
 出会って何があったわけでもないけれど。ただ会っただけで、それでおしまい。シャングリラの格納庫ではキースが逃亡しただけだったし、メギドの方でも似たようなもの。キースは前の自分と会ったけれども、メギドを沈められてしまったのだから。つまりはキースの作戦ミス。
 メギドの制御室で自分を取り押さえようとして失敗したのか、先を越されてしまったのか。今も真相は謎とされていて、何があったのかは誰も知らない。
(キースがぼくを撃ったっていうのも、仮説だしね…)
 聖痕が現れた頃の自分は、それすらも知らなかったのだけれど。瞳からの出血で受診した病院、そこで出会った医師の話で初めて耳にした仮説。
 本当に自分がソルジャー・ブルーの生まれ変わりだった、と分かった後に調べてみた。どうして仮説とされているのか、なんとも不思議だったから。
 撃たれた方の自分にしてみれば、一大事件。キースが最初から急所を狙っていたなら、あの場で倒れていただろうから。メギドを沈められずに死んでしまって、歴史も変わった筈なのだから。



 そうして調べて分かったこと。生前のキースは何も語りはしなかった。書き残してもいない。
 あの時、メギドで何があったか、前の自分に何をしたのか。誰にも語らず、データすら残さず、キースは時の彼方へと消えた。SD体勢の崩壊と共に、地球の地の底に埋もれて消えた。
(キースがぼくを撃った話は…)
 弾倉の弾の残りを数えた、当時の部下から流れた仮説。弾倉が一つ足りなかったことも、部下は気付いて覚えていた。キースの銃の手入れをしていた一兵卒。
 階級の低い者の場合は銃の手入れも自分でするのが普通だけれども、キースほどの地位の者だと部下に任せてチェックをするだけ。きちんと手入れが終わった銃を調べて、「よし」と頷く。
 そんな具合だから、メギドで使われた銃も、当たり前に部下が手入れをしていた。普段と同じにキースから受け取り、不具合などが無いかどうかを確かめ、「どうぞ」と返した。
 彼にとっては仕事の一つで、弾倉の装填も任務の内。弾が、弾倉が使われたのなら。
(…それで使ったらしい、って気付いて…)
 かなりの数の弾が減っていて、弾倉も一つ消えていたから。キースが銃を使ったことは確かで、それも一発や二発ではないと気付いた部下。ならばキースは何を撃ったのか、銃口の先にいたのは誰か。状況を思えば、該当する者は一人しかいない。ソルジャー・ブルー。
 けれどキースは語らなかったし、一兵卒の身では質問など出来ない。訊いた所で、本当のことを話して貰えるとも限らない。「戯れに撃った」と言われれば終わり、単なる射撃練習だったと。
 だから沈黙を守った部下。上官が何も言わないのなら、と。
 その彼が口を開いた時には、SD体制は終わっていた。キースも死んでしまっていた。
 前の自分が英雄として讃えられ始めたからこそ、彼は沈黙を破って話した。遠い昔に数えた弾の残りと、一つ消えていた弾倉のことを。
 キースはソルジャー・ブルーを撃ったのだろうと、証拠は何も無いのだけれど、と。



 それが「キースはソルジャー・ブルーを撃った」と今も伝わる仮説。証拠が無いから、一兵卒の証言として記録されているだけ。
(キースと、前のぼくとのことは…)
 メギドで出会ったことしか知られてはいない。何らかの形で出会った筈だ、と。
 前の自分がメギドの内部に入り込んだ後、「狩りに出掛ける」と部下のセルジュに指揮を任せて出て行ったキース。彼を追い掛けたというマツカ。
 公式な記録はたったそれだけ、減っていた弾と消えた弾倉のことはあくまで仮説。
 データは残っていなかったから。長い沈黙を破って証言した部下、裏付けを取ろうと学者たちが調べにかかったけれども、当時の記録は何処にも無かった。破棄されたという形跡さえも。
 なにしろ、ただの銃だから。射撃練習に使っていようが、実戦だろうが、全てを記録しておくとなれば膨大な量になってしまって手に負えない。一日単位でデータを残しはしない。しかも個人の持ち物としての単位では。
 あったけれども、無かったも同然だった当時の記録。キースが所属していた部隊の者たちの銃は全て纏めて一つの記録で、前の自分を攻撃しようとして同士討ちになった船も含まれたから。
 爆沈した船と一緒に消えた銃やら弾倉やらは膨大な数で、特定出来なかったキースの銃。それに弾倉、真相は掴めないままになってしまった。本当に弾は減っていたのか、弾倉が一つ無かったというのは事実かどうか。
 だから今でも分からない。仮説は仮説で、公式記録になってはいない。
 キース自身が語らないまま、時の彼方に消えたから。何も言わずに死んでいったから。



(…どうして黙っていたんだろう…)
 前の自分を撃ったことを。どうしてキースは何も語らず、書き残すこともなかったのだろう。
 反撃されて巻き込まれそうになった所をマツカに救われたことが情けなかったか、守る筈だったメギドを沈められたことが恥だったのか。
 メンバーズ・エリートとしてのプライドが許さなかったかもしれない、どちらであっても。
(あの頃のキースは…)
 シロエが命懸けで手に入れた出生の秘密は知りもしなくて、メンバーズとしてミュウという種を殲滅しようとしていただけ。マザー・システムが命じるままに、疑いもせずに。
 そういう立場にいたキースだから、誰にも言わずにいたかもしれない。前の自分を撃ったということ。メギドの制御室にいるのを見付けて、撃ち殺そうとしていたこと。
 肝心の敵を殺し損ねてしまったのだから。
 息の根を止めてメギドを守るつもりが、瀕死の自分にまんまと沈められたのだから。
 キースは使命を果たせはしなくて、マツカが救いに来なかったならば命も失くしていた所。
 失敗と呼ぶには大きすぎた代償、メギドは破壊されてしまってシャングリラまで取り逃がした。とても成功とは言えなかった作戦、ナスカを崩壊させられただけ。ミュウの殲滅は叶わなかった。
 前の自分を殺せていたなら、結果は違っていたのだろうに。
 だからキースは誰にも言わずに、書き残しもせずに逝ったのか。
(それとも…)
 思う所があったのだろうか、前の自分に。
 撃ったことを話せなくなるような何か、黙っておこうと決意せざるを得なかった何か。
 メギドを沈められてしまった後には、残党狩りを命じたと伝わるキースだけれど。あえて命令を無視したマードック大佐、彼の決断と共に今も知られているのだけれど。



 なんとも謎だ、とキースの記事が載った新聞を閉じて、おやつの残りを食べ終わって。それから自分の部屋に帰って、座った勉強机の前。
 机の上に頬杖をついて謎を考えてみるのだけれども、解けないパズル。
 キースが最後まで誰にも話さず、記録も残していなかった理由。ソルジャー・ブルーを撃ったというのに、彼自身が言った「伝説のタイプ・ブルー・オリジン」に弾を何発も撃ち込んだのに。
 キースが沈黙を守っていたから、前のハーレイでさえも知らなかった前の自分の最期。
 メギドでキースに撃たれていたことを、前のハーレイは知りもしなかった。キースが誇らしげに語っていたなら、何処かで記録を目にしたろうに。地球を目指した旅の途中で、キースの輝かしい過去の戦歴として見付け、怒り狂っていたろうに。
(あいつを殴り損なった、って…)
 地球で出会ったのに殴る代わりに挨拶をしてしまったのだ、と悔やんだハーレイ。
 キースが何をしたのか全く知らなかったから、人類を代表する国家主席に礼を取った、と。
 今もハーレイはキースを許してはいない。前のハーレイが殴り損なった分だとばかりに憎んで、嫌って、キースの名を冠した花さえも八つ裂きにしてやりたいと言っていたほど。
 けれども、自分の思いは違う。
 ハーレイのようにキースを嫌いはしないし、憎んでもいない。
(あの時のままで時間が止まっていたなら、嫌ってたかもしれないけれど…)
 青い地球の上に生まれ変わって、その後のキースを知ったから。
 どう生きたのかを知っているから、キースに対して憎しみなど無い。ほんの小さな欠片さえも。



 前の自分との出会いがどうあれ、最後にはミュウを認めてくれたのがキース。
 彼が動いてくれなかったら、SD体制が崩壊した後、ミュウと人類とが手を取り合えるまでには長い時間がかかっただろう。彼がスウェナ・ダールトンに託した、全人類に向けてのメッセージ。あれが放送されなかったなら、人類はミュウを敵だと思ったままだったかもしれないから。
 キースの心が何処で変わったのかも知りたいけれども、歴史の上ではマツカの功績。ひたすらにキースに尽くし続けたミュウの青年、彼がキースを変えたと言われる。それに出生の秘密を暴いたシロエと、この二人がキースの心を動かしたのだと。
 キースが考えを変える切っ掛けになった人物、その中に前の自分は含まれていない。何の影響も与えたことになってはいない。
 シャングリラとメギドで出会っていただけ、対峙しただけ。



(でも、本当に…?)
 そうだったろうか、キースは何も思いはしなかったのだろうか?
 前の自分を撃ったことを誰にも話さないまま、記録も残さずに逝ってしまったキース。ミュウの長に何発も撃ち込んだのなら、話を上手く持って行ったら英雄扱いだっただろうに。
 たとえメギドを沈められていようが、防ごうと戦ったのだから。メギドの炎も止められるほどの力を秘めたタイプ・ブルーと、伝説のタイプ・ブルー・オリジンと戦って生還したのだから。
(…だけど、キースは黙ったままで…)
 英雄にはならず、戦績も記録されなかったから、前のハーレイも気付かなかった。キースが前の自分を撃ち殺そうとしていたことに。
(あの時のキース…)
 言葉を交わす暇すら無かったけれども、心も読み取れなかったけども。
 前の自分に銃口を向けたキースの心を占めていたのは、使命感だけではなかった気がする。
 メギドを沈めにやって来たミュウ、それを倒すのなら弾は一発で済むのだから。最初に見舞った弾が心臓を貫いていたら、自分は斃れていたのだから。
 そうする代わりに、急所を外し続けたキース。今のハーレイは「嬲り殺しにしやがったのか」と怒ったけれども、それとは違ったように思える。
 前の自分への強い憎しみや恨みでそうしていたのではない、と。
 落ち着いて考えられる今だからこそ、余計にそうだと思えてくる。獲物を追い詰めた狩人の如く振舞っていたキースだけれども、自分は本当に単なる獲物だっただろうか、と。



 何発も、何発も撃って来たキース。銃弾を浴びても張れたシールド。最初は防げなかったのに。三発も撃ち込まれてから、ようやくシールドしたというのに。
 それだけの時間をキースは前の自分に与えた。最初の一発で倒す代わりに。
 使命感だけで撃っていたなら、有り得ない。狩りを楽しんでいたのだとしても…。
(蹲っていたってメギドは止められない、って…)
 反撃してみせろ、と言ったキースを覚えている。シールドを張っていた自分に。
 まるで自分がメギドを止めるのを待っていたようにも思えるキース。そうしてみせろとキースは確かに言ったのだ。メギドが止まれば、前の自分の勝ちなのに。
 どうしたら、そう考えるのか。そんな考えになったというのか。
 前の自分がメギドを止めていたら、キースの立場が無いというのに。追い詰めた筈の獲物に牙を剥かれて、散々な目に遭うというのに。
 結果的にメギドは沈んだけれども、キースの出世は止まらなかった。メギドを失ったことは罪に問われず、最後には国家主席にもなった。
 けれども、そこまでキースが読んでいたとは思えない。メギドを沈められても自分の戦績に傷は付かないと、まさか知ってはいなかったろう。
 あの時点では、キースは自分の生まれを知らなかったのだから。
 人類の指導者になるべくマザー・システムが生み出した生命、それゆえに何をしようとも頂点に昇り詰められるのだと気付いていたわけがないのだから。



 考えれば考えるほどに分からなくなる、キースの思い。
 最初の一発で前の自分を殺さなかったことも、反撃してみせろと言っていたことも。
 あの時に既に、キースの心は変わり始めていたのだろうか。ミュウに向ける目、それが少しずつ変わりつつあった時なのだろうか。
 単なる人類の敵とは違うと、ただの異分子とは違うらしいと。
 そう考えていたのなら分かる、前の自分が何処までやれるか、見定めようとしていたのなら。
 最初の一発で倒してしまえば、何も起こりはしないから。
 ミュウの長が何処まで出来るものなのか、それを見られはしないから。
 下手をすれば巻き添えになっていたというのに、キースは見ようとしたのだろうか。自分の身を危険に晒すことになっても、前の自分の覚悟のほどを。
 ミュウという種族を守るために何処まで出来るというのか、やれるのかを。
 命を捨てても仲間たちを守ることが出来るか、それとも果たせず倒れて死ぬか。ミュウの長には何が出来るか、どれほどの覚悟を持っているのか、それをキースは見たかったのか。
 …そして自分は望み通りの結果を出せたというのだろうか?
 キースがそれを待っていたなら、前の自分もキースの心を確実に変えた。
 記録は何も残されてはいないけれども、ミュウに対する考え方を。
 恐らくはナスカでミュウと出会って変わり始めていただろう心、それを大きく変えたのだろう。
 ミュウも人だと思う方へと。
 どう扱うかは別だけれども、マザー・システムに命じられるままに機械的に消していた考え方は終わったのだろう。
 異分子とはいえ人は人だと、慎重に見極める必要があると。
 そうしてキースはマツカを側に置き続け、子細に観察していたのだろう。利用するのではなく、どうするべきかを。ミュウという種族を、ミュウの今後をどうしてゆくのが最良なのかと。
 国家主席にまで昇り詰めた時、答えは恐らく出ていたのだろう。
 ミュウが何者かをグランド・マザーに問い質すことも、結果によってはマザー・システム自体に反旗を翻すことも。



 多分そうだ、と思えるけれど。やっと答えが出て来たけれども、何処にも証拠は残っていない。
 キースが何を考えていたかも、何を思って前の自分を撃ったのかも。
(ぼくがメギドから生きて戻って、キースと話が出来ていたら…)
 国家主席になったキースと話せていたなら、キースの思いを聞けただろうか?
 どうしてメギドで一発で殺してしまわなかったか、反撃してみせろと言ったのか。
 それを自分が聞けていたなら…。
(歴史も変わった?)
 赤かったという地球に降りたミュウたちの中に、ジョミーの他に前の自分もいれば。
 キースと話が出来ていたなら、全てが変わっていたかもしれない。
 グランド・マザーをもっと容易く倒せていたとか、同じように地球が燃え上がっても、犠牲者は出ずに終わっていたとか。
 ジョミーもキースも、前のハーレイたちも死なずに地球から離れられる道。
 そういう道も開けていたかもしれない、キースと自分が話せていたら。分かり合うことが出来ていたなら、歴史がすっかり変わってしまって。



 どうなんだろう、と考え込んでいたら、来客を知らせるチャイムが鳴った。窓から見れば、手を振るハーレイ。門扉の所で、こちらに向かって。
 せっかくハーレイが来てくれたのだし、自分の考えを話したくなった。ハーレイはキースを嫌うけれども、誰かに聞いて欲しいから。
 テーブルを挟んで向かい合わせで、恐る恐るこう切り出してみた。
「あのね…。キースのことなんだけど…」
「なんだ?」
 キースの野郎がどうかしたか、と案の定、不快そうなハーレイ。眉間にも皺が刻まれたけれど、話したい気持ちは止められないから。
「…ぼくのこと、どう考えていたのかなあ、って…」
「はあ?」
 どうって、前のお前のことをか?
「そう。…嫌いだったのか、もっと他の感情もあったのか」
 単に憎んでいただけじゃなかった、っていう気がするんだよ。
 前のぼくがメギドから生きて戻っていたとしたなら、キースと話が出来たんだけど…。
 地球に降りた時に、キースとゆっくり。
 そしたら歴史も変わっていたかも、って思うんだけれど…。
「話だと? 問答無用で撃つようなヤツとか?」
 前のお前を嬲り殺しにしようとしたのがキースなんだぞ、分かっているのか?
「でも…。反撃してみせろって言ったよ、キースは」
 それじゃメギドは止められないぞ、って確かに言っていたんだよ。
 だからね…。



 ぼくは考えたんだけれど、と自分の見解を披露した。
 キースは前の自分が何処まで出来るかを見ていたのだと、ミュウの長の覚悟を知りたいと思って一発で殺さなかったのだ、と。
「お前なあ…。そいつは考えすぎってもんだろ」
 あいつがそういう考えだったら、もっと早くに決着がついていそうだが…。
 前の俺たちが必死に頑張らなくても、人類がさっさと降伏するとか、地球への道が開けるとか。
「…そうなのかな?」
 あれでもキースは頑張ってくれていたんだと思うんだけど…。
 シャングリラが地球まで早く行けるように、グランド・マザーにも働きかけて。
「おいおい、地球へ行こうと最後のワープをしたシャングリラを待っていたのはメギドだぞ?」
 それも六基と来たもんだ。…途中で止まりはしたんだが…。
 メギドなんぞを用意して待っていたのがキースだ、最終的にはグランド・マザーに逆らったが。
 いいか、キースはそういうヤツでだ、前のお前を撃った時からミュウに対する考え方を変えつつあったとは思えんが…。
 俺にはとても思えないんだが、お前の考えではそうなるんだな?
 …お前はつくづくキース好きだからな、いい方へと考えちまうんだろうなあ、どんなことでも。



 あんな酷い目に遭ったくせに、とハーレイはフウと溜息をついて。
「お前ときたら、キースの嫁にまでなるくらいだしな?」
「えっ?」
 お嫁さんってなんなの、ぼくはキースと結婚なんかはしてないよ…?
「例のシリーズだ、お前が何度も見ている夢だ」
 チビのお前をキースが嫁にしようと待ち構えてるんだろ、何度結婚しかかったんだ?
「…三回かな?」
 覚えてるのは三回だけれど、もっと他にも見ているのかな…?
 起きたら忘れている夢もあるし、ひょっとしたら三回だけじゃないかも…。
「ほら見ろ、お前がキースに好意を持ってる証拠だってな」
 でなきゃ結婚しないだろうが、いくら夢でも。
 お前はキースを嫌うどころか、嫁に行くくらいに好きだってことだ。
「…嫌いじゃないけど、お嫁さんはちょっと…」
 お嫁さんになるならハーレイだけだよ、そうでないとホントに困るんだけど…。
 あの夢でもいつも困ってるんだし、キースのお嫁さんっていうのは嫌だよ。
「知らんぞ、今夜はその夢じゃないか?」
 キースのことをじっくり考え続けたみたいだからなあ、また結婚する夢だと思うが。
「そうなるわけ?」
 ぼくは真面目に考えてたのに、あの夢をまた見てしまうわけ…?
「そうじゃないかと俺は思うが…。よし、楽しみに待つとするかな」
 明日は土曜日だし、どうなったのかを訊くことにする。俺は朝から来るわけなんだし。
「酷い…!」
 酷いよ、ハーレイ、ぼくにあの夢、見ろって言うの?
 キースのお嫁さんになれって言うわけ、あの夢はもう懲り懲りなのに…!



 酷い、と抗議したのだけれども、ハーレイは取り合ってはくれなかった。「明日が楽しみだ」と面白がるだけで、キースの話も「考えすぎだ」の一言で終わり。
 そのハーレイが夕食を食べて帰って行った後、お風呂に入って、パジャマに着替えて。
(あんな夢なんかは見ないんだから…!)
 キースと結婚などしてたまるものかと、ぷりぷりと怒って入ったベッド。腹が立って眠れないと思っていたのに、いつの間にやらウトウトと落ちた眠りの世界。
 そうしたら…。
(えーっと…)
 ゆったりとソファに腰掛けたキース。その後ろ姿。
 あの夢なのだ、と直ぐに気付いた。悔しいけれども、本当に見てしまったらしい、と。
(…コーヒー飲んでる…)
 こちらに背を向け、コーヒーを傾けているキース。多分、マツカが淹れたコーヒー。
 けれどもマツカは見当たらなくて、どうやらキースは一人きりで部屋にいるらしいから。
(お嫁さんシリーズでも、この際、話…)
 話がしたい、と考えた自分。夢の中だから、難しいことはすっかり忘れていたけれど。
 前の自分をどう思ったのかを訊きたかったことなど思い出せなくて、けれど話がしてみたくて。
 キースの前へと回り込んだら、キースが「うん?」と視線を上げた。
 国家主席だけれども、若いキースが。前の自分が出会った頃と同じに若いキースが。
「どうした、何か用でもあるのか?」
「…えっとね、ちょっと話をしてみたくって…」
「お前のドレスのデザインのことか?」
 それならマツカも呼ばんといかんな、細かい打ち合わせはマツカに任せてあるんだし。
「ううん、そうじゃなくて…」
 ドレスはどうでもいいんだけれども、お嫁さんのこと…。
 キースがぼくを選んだことだよ、ウェディングドレスまで注文しちゃって。



 なんでお嫁さんがぼくになるの、と訊いてみた。
 ぼくはソルジャー・ブルーだけれど、と。
「…キースの敵だよ、なのにどうしてお嫁さんなの?」
 ぼくの他にも、人間は沢山いるんだけれど…。ぼくにしなくても、ホントにいっぱい。
「俺は運命だと思っているが?」
 お前と出会ったのも、結婚しようと色々と準備していることもな。
「なんで運命?」
「メギドに来たのはお前だろうが」
 俺が待っていると承知の上で来たわけだろうが、違うのか?
「それはそうだけど…。ぼくが自分で行ったんだけど…」
 でも、お嫁さんになりに行ったわけではないんだから、と反論した。
 ぼくには役目があったから、と。
 夢の中でも、ほんの少しだけ微かに覚えていた自分の正体。メギドを目指した本当の理由。
「ミュウの長としてか?」
「うん。…ぼくがみんなを守らなくちゃ、って」
 だから行ったんだよ、メギドまで。…お嫁さんになろうと思ったんじゃないよ、ホントだよ。
 キースが間違えちゃってるだけだよ、ぼくはソルジャー・ブルーなんだから。
「…俺はそいつに興味があったな、お前が何処まで出来るのかに」
「え…?」
 何処までって…。ぼくはみんなを守るだけだよ、お嫁さんになりに行ったんじゃなくて。
 ソルジャー・ブルーだからメギドに行ったよ、たったそれだけ。
 だけどキースがぼくを見付けて、お嫁さんにするって…。



 何処まで出来るかっていうのはどういう意味、と尋ねたけれど。
 キースが何を言っているのか掴めないから、キョトンと見詰めてしまったけれど。
「…さあな? どういう意味なんだろうな」
 とにかく、俺はお前が嫌いではないぞ。ミュウの長だろうが、ソルジャー・ブルーだろうが。
 でなければ嫁に欲しいと思わん、とキースがポンと叩いたソファ。自分の隣。
 俺と話がしたいんだったら、此処に座って話さないか、と。
(…キースの隣?)
 話をしたい気はするのだけれども、キースの隣は危なそうで。
 座ったら最後、キスの一つもされてしまいそうで、座っていいのか、断るべきか。
(…どうしよう…)
 悩んでいる内に、パチリと覚めた目。
 とうに朝日が照らしている部屋、キースの答えは聞き損なった。
 今になって思い出した問い。前の自分をどう思っていたか、それを訊こうとしていたのだった。
 夢の中でも、夢の世界のキースでも。
 憎んでいたのか、そうではないのか、前の自分を最初の一発で殺さなかった理由は何なのか。
(…キース、何処まで出来るのか、って…)
 それに興味があったと言った。
 夢の中の自分は首を傾げるしかなかったけれども、あれがキースの答えだろうか。
 前の自分が仲間たちを守るために何処まで出来るか、それを知りたいと思っていたと。
 あくまで夢の世界のキースで、本物のキースではないのだけれど。



 夢の続きを見るには、もう遅い時間。眠り直す前に目覚ましが朝だと告げそうな時間。
(…夢は見たけど、ちゃんと訊けなかった…)
 けれども、夢の世界のキースは答えをくれた。「何処まで出来るか、興味があった」と。
 本物ではないキースの言葉。夢の世界に住むキースの言葉。
 ベッドから起きて、顔を洗って着替えをして。朝食も食べて待っている内に、ハーレイが訪ねて来てニヤリと笑った。「昨夜の夢はどんな具合だった?」と。
「夢の世界でキースに会えたか?」
 今度こそ結婚しちまった…ってわけじゃなさそうだな、お前、機嫌がいいからな。
 あの夢を見たら俺に文句を言うのが常だし、あの夢、見ないで済んだのか?
「…見たんだけど…。結婚する夢じゃなかったよ」
 キースのお嫁さんになる予定だったけど、結婚式を挙げる中身じゃなくて…。
 少しだけキースと話したんだよ、前のぼくのことを。
 メギドに行った理由もちゃんと言ったよ、みんなを守るためだった、って。
 夢の中だから、ちょっぴり間違えていそうだけれど…。
 ソルジャー・ブルーだったことは覚えていたけど、深刻さは分かっていなかったかも…。
 でもね、キースは言ったんだよ。
 ぼくが何処まで出来るというのか、それに興味があったんだ、って。
 …夢の中のぼくには意味が分かっていなかったけれど、起きたら分かった。
 キースはやっぱり、前のぼくが何処まで出来るのかを見てみたかったんだ、って。



 ぼくの願望が入っているかな、と話した夢のキースの言葉。
 考えていたことが夢にそのまま現れただけで、現実はそうではなかったのかな、と。
「…本物のキースは、そうは思っていなかったのかな?」
 前のぼくが何処まで出来るかなんて、キースはどうでも良かったのかな…?
「そうだと思うが?」
 だからこそ前のお前を嬲り殺しにしようとしたんだ、あいつはな。
 お前が何を考えていたか、どれだけの覚悟でメギドに行ったか、キースに分かるわけがない。
 第一、あの野郎がお前と話をするか、とハーレイは苦い顔付きだから。
 それが正しいのかもしれないけれど。
 キースは前の自分を獲物としてしか見ていなかったのかもしれないけれど。
(真相は謎…)
 弾倉に残った弾の数を数えたキースの部下の証言だけが根拠になっている仮説よりも謎。
 キースが何を思っていたのか、どうして前の自分を最初の弾で殺さなかったのか。
 謎は今でも解けはしないし、前の自分がキースに撃たれた事実でさえもが未だに仮説。決定的な証拠は出なくて、「そういう説もある」と言われているだけ。
 けれど、何処かで本物のキースに出会えたら。
 尋ねてみたいという気がする。
 何を思って前の自分を撃ったか、反撃してみせろと言ったのか。



(…夢のキースが言っていたのが、本当だったら…)
 そうしたら、きっとハーレイだって。
 キースが嫌いで今も許さず、憎み続けているハーレイだって。
(…キース嫌いが治りそうだよ)
 前の自分を嬲り殺しにしようとしたのではなくて、見定めようとしていたのなら。ミュウの長の覚悟を見たかったのなら、あのやり方にもキースの信念があったのだから。
(でも、キースとは会えないよね…)
 会えはしないと分かっている。そんな奇跡は起こりはしないと。
 だから気長に説得するしかないのだろう。キースが嫌いなハーレイを。
 いつか結婚するハーレイ。二人で暮らしてゆくハーレイ。
 そのハーレイとは、SD体制を終わらせてくれたキースの話もしたいから。
 前の自分が出会ったキースの思い出も語り合いたいから。
 何より、いつまでも悲しんで欲しくないから、「殴り損なった」と悔やんで欲しくないから。
 ハーレイの傷を癒すためにも、キース嫌いを治したい。
 たとえキースと結婚してしまう夢が立派なシリーズになろうとも。
 いつかはハーレイにも笑顔でキースを語って欲しい。癒えた心で、穏やかな顔で。
 「あいつも決して悪いヤツではなかったんだな」と、「ヤツも英雄には違いないしな」と…。




             解けない謎・了

※今の時代も仮説のままの、キースがブルーを撃ったこと。証拠は残っていないのです。
 どうして撃ったか、それを知りたいと思ったブルー。夢で出会ったキースの言葉も謎のまま。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv












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