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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

頼みたい仕出し
(お寿司でパーティー…)
 ふうん、とブルーが眺めた広告の写真。学校から帰って、おやつの時間に。
 新聞ではなくて町の情報紙。其処に載っている和食のお店。美味しそうな料理の写真が沢山。
(家でパーティーするなら、お寿司…)
 そういう謳い文句の広告。「パーティーにどうぞ」と盛り合わせたお寿司の大皿だとか、一人分ずつ盛り付けてある器とか。他にも和食のお弁当が色々。
(お弁当って言うより、ちゃんとしたお料理…)
 そうとしか見えないものだって。お弁当用とは違った器に、綺麗に盛られた様々な料理。どれもそのまま届くという。家でするのは、お味噌汁などを温めることだけ。いわゆる仕出し。
 お刺身も天麩羅も、全部セットで家に届くから、何も作らずにパーティー出来る。お寿司でも、本格的な和食が並ぶコースでも。
(いくらママでも、こんなに沢山…)
 大勢の人に和食を作るのは無理。
 家でこういうパーティーをするなら、仕出しを注文するのだろう。お寿司でなくても。きっと、気軽に頼めるのがお寿司。だから広告には「お寿司でパーティー」。
 お寿司だったら、器は沢山要らないから。パーティー料理を並べる時も、片付ける時も、手間がそれほどかからないから。
(そんなパーティー、やってないけどね?)
 小さかった頃には友達を呼んで、誕生日パーティーをしたけれど。
 子供のパーティーに仕出しなんかは頼まないから、母が作った料理が並んだ。友達の家に行った時にも同じこと。子供が好きそうな料理ばかりで、お寿司を食べてはいないと思う。
(ぼくの年だと、誕生日パーティー、もうやらないし…)
 縁が無さそうな、お寿司のパーティー。本格的な和食の料理を並べた方も。
 こうして広告が載っているなら、やっている人も多そうなのに。その人たち向けの広告なのに。



 パパたちもやっていないよね、と考える仕出しを取るパーティー。お客さんは大勢来ないから。たまに来るのは父の友人、母が充分料理を作れるだけの人数。母の友達が大勢来るなら…。
(食事じゃなくって、お茶会の方…)
 その方がのんびり出来るから、と軽いランチとセットでお茶会。仕出し料理の出番は無い。
 もしかしたら自分のせいかもしれない。幼い頃から身体が弱くて、熱を出したり、寝込んだり。大勢が集まるパーティーをするには、向いていそうにない家だから。
(みんなで集まっても、その家の子が寝込んでいたら…)
 ワイワイ賑やかに話せはしないし、招かれた方も何かと心配。子供の様子を見てくるようにと、気を遣ったりもするだろう。「此処はいいですから、行ってあげて下さい」と。
 母のお茶会程度だったら、「息子が熱を出したから」と断れそうでも、仕出し料理を取るようなものは難しそう。お店も料理を用意しているし、前の日から仕入れもするだろうから。
(ぼくのせいかもね…)
 両親は何も言わないけれども、自然とそうなった可能性もある。母に訊いても、「違うわよ」と答えが返りそうだけれど。…本当は自分のせいだとしても。
 理由はどうあれ、家では見たことがない和食のパーティー。お寿司も、仕出し料理の方も。
 いつかする時が来るのだろうか、幼い頃よりは丈夫になったし、機会があれば。
(ハーレイのお父さんとお母さんも呼んだら…)
 普段の食卓よりも増える人数。それにちょっとしたパーティー気分。
 ハーレイと結婚したら、ハーレイの両親とも親戚になるし、この家に招くこともあるだろう。
 自分はお嫁に行くのだけれども、たまには帰って来そうな家。
 そうでなくても、父と母なら計画しそうな、ハーレイの両親も招いての食事。
(ぼくとハーレイも呼んで貰えて…)
 楽しい食事になりそうだけれど、問題は母。
 お菓子はもちろん、料理を作るのも得意なのだし、仕出し料理を取るよりは…。
(作っちゃいそう…)
 たった六人分だもの、と眺め回したダイニングのテーブル。「全部並べても、このくらい」と。
 六人分の料理くらいなら、お寿司だろうと和食だろうと、母なら作ってしまいそう、と。



 ちょっと無理かも、と溜息をついて戻った二階の自分の部屋。
 お寿司でパーティーに憧れたけれど、仕出し料理を頼むパーティーも素敵だけれど…。
(ママなら絶対、作っちゃう方…)
 ハーレイの両親も来るとなったら、張り切って。仕出し料理を頼まなくても、ドッサリと。
 「家でパーティーすることにしたわ」と通信を貰ってやって来たなら、どんな料理でも、きっと手作り。頼んでいそうにない仕出し。たった六人分だから。
(…ぼくとハーレイの家でやっても…)
 料理は全部、ハーレイが作ってしまうのだろう。前のハーレイは厨房出身だったけれども、今のハーレイも料理が得意。プロ顔負けの腕前らしいし、六人分くらい、手際よく。
 そしてハーレイの両親の家で、パーティーということになったなら…。
(お母さんが作るか、お父さんの得意な魚料理か…)
 やっぱり無さそうな仕出しの出番。六人が集まるパーティーになっても、手作りの料理。魚まで釣って来るかもしれない、ハーレイの父は釣りの名人だから。「今の季節は、この魚」と。
(パーティーをするのが、ぼくだったら…)
 自分で料理は出来そうにないし、仕出し料理を頼むことになると思うけれども。
 広告を見ながら、どれにしようかと考えて注文出来そうだけれど…。
(そうなる前に、ハーレイが頑張るに決まっているじゃない…!)
 パーティーしたいと言った途端に、「いいな」と頷いてくれて、料理の準備。何を食べたいのか訊かれるだろうし、「和食にしたい」と言ったなら…。
 最初からハーレイの頭には無い、「仕出しを頼む」という選択肢。何を作ろうかと考えるだけ。
 作る料理が決まってしまえば、パーティーの日の前の夜から仕込みを始めていそう。
 当日の朝も、早起きをして買い出しに出掛けるかもしれない。市場が開いている日なら。
(ああいう市場は、朝が早いし…)
 暗い内から開いているらしい、新鮮な食材が入って来る市場。
 週末は休みかもしれないけれども、夏休みとかなら平日でも出来るのがパーティー。父の休みと合いさえしたなら、ゆっくりと。
 平日だったら、市場はもちろん開いているから…。



 お前は寝てろ、と一人で出掛けて行きそうなハーレイ。暗い間から車を出して、いそいそと。
 市場に着いたら、食材選び。この料理にはこれ、と思う魚や、野菜やら。
 明るくなってから、いつもの時間に目を覚ましたら…。
(もう、お料理の準備中…)
 ハーレイはとっくに帰って来ていて、キッチンに立っているのだろう。朝御飯だって、きちんと作ってテーブルの上。「お前の朝飯、そこだからな」と。
 せっかく市場に行ったのだから、と凝っていそうな朝御飯。なにしろ相手はハーレイだから。
 なんだか凄い、と眺めていたら、「俺は料理しながら、もう食ったから」と笑ったりもして。



(うーん…)
 きっとそうなる、と分かっているから、仕出し料理の出番は無さそう。集まる人数が六人では。もっと人数が増えてくれないと、仕出しは頼めそうもない。
 ハーレイが「流石に無理だ」と思う人数、どのくらいいればいいのだろう。十人はいないと駄目なのだろうか、八人くらいでもハーレイは諦めてくれるだろうか…?
(だけど、招待するような人…)
 いないもんね、と零れる溜息。両親と、ハーレイの両親と。それだけ呼ぶのが精一杯。六人しかいないパーティーだったら、料理はハーレイの手作りしか考えられないし…。
 仕出しを取るのは難しそう、と考えていたら、チャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合わせで訊いてみた。
「あのね、ハーレイ…。いつかパーティーするんなら…」
「パーティー?」
 なんだそりゃ、と怪訝そうなハーレイ。「お前の誕生日パーティーとかか?」と。
「それもあるかもしれないけれど…。家でパーティーだよ」
 今じゃなくって、もっと先のこと。
 いつかハーレイと結婚した後、家でパーティーしようって時は…。
 ぼくのパパとママも、ハーレイのお父さんとお母さんも呼んで、みんなでパーティー。
 そういう時には、お料理、どうする?
 パーティーするなら、お料理だって出さなくちゃ…。その時のお料理…。



 どうするの、と首を傾げたら、「そりゃ作るさ」と思った通りの答え。
「張り切って美味いのを作らなくっちゃな、パーティーとなれば」
「…ハーレイが?」
 念のために、と訊き返したけれど、「当然だろう?」と微笑むハーレイ。「俺の出番だ」と。
「他に誰がいるんだ、料理となったら俺だよな。今の俺だって、料理は得意だ」
 お前は手伝わなくてもいいぞ。俺に任せておいてくれれば、最高の料理を作ってやるから。
「やっぱり…」
 パーティー料理はそうなっちゃうよね、と頷いたものの、仕出し料理の出番は来ない。いつまで経っても来てはくれなくて、パーティーの時にはハーレイの料理。
「なんだ、残念そうな顔をして。…俺の料理じゃ駄目なのか?」
 溜息が聞こえて来そうな顔だ、とハーレイも気付いたらしい落胆ぶり。それなら、いっそ話してみようか。仕出し料理を頼んでみたかったこと。
「えっと…。ハーレイの料理が駄目なんじゃなくて…」
 美味しいだろうし、パパやママも喜んでくれそうだけど…。ぼくも美味しく食べるけど…。
 それはいいんだけど、今日、広告を見たんだよ。新聞広告じゃなかったけれど。
 お寿司でパーティーって書いてあってね、和食のお店の広告で…。
 仕出し料理の写真も沢山、と広告のことを説明した。そういう仕出しを頼むパーティー、それが家には無いことも。…多分、自分が弱く生まれてしまったせいで。
「なるほどなあ…。それはあるかもしれないな」
 お母さんたちは「違う」と答えてくれるんだろうが、その可能性は充分にある。
 ただでも子供が小さい間は、大勢の人を招くというのは難しいからな。…料理は仕出しを頼むにしたって、家の片付けが大変だ。小さな子供はオモチャも絵本も、出したら出しっ放しだから。
「ハーレイだってそう思うんなら、ホントにぼくのせいだったかも…」
 だけど今なら、小さい頃よりは身体も丈夫になったから…。ホントだよ?
 しょっちゅう熱を出したりするけど、小さかった頃より減ったから…。
 自分できちんと気を付けてるから、酷くなる前に治すしね。ちょっと休憩したりして。
 だから仕出しを頼むパーティー、今のぼくなら出来そうだけど…。



 肝心の仕出し料理の出番が無さそう、と項垂れた。
 いつかハーレイと結婚したって、パーティーの時にはハーレイが料理を作るのだから。
「それでガッカリしちゃったんだよ、ハーレイの料理のせいじゃなくって…」
 仕出し料理の出番は無いよね、って思っちゃったら、残念で…。
 ちょっと頼んでみたかったのに…。お寿司でパーティーするのもいいけど、仕出し料理を。
「そういうことか…。出来上がった料理が届く所がいいんだな?」
 テーブルに並べていくだけで済むし、買ってくるより遥かに本格的だから…。盛り付ける器も、料理が一番映えるのを選んで来るからな。
 お前が頼んでみたいんだったら、注文すればいいんじゃないか?
 俺は作るのをやめておくから、仕出し料理でパーティーだ。寿司も一緒に頼んでもいいな、俺が作るなら両方となると大変だが。
 寿司が手抜きになりそうだ、とハーレイのお許しを貰ったけれども、引っ掛かった言葉。
「…それだと手抜きみたいじゃない。お寿司を一緒に頼んでなくても」
 今、ハーレイが自分で言ったよ。お料理とお寿司と、両方だったら、お寿司が手抜き…。
 それと同じで、パーティー、六人だけだから…。どう頑張っても、六人しか思い付かないし…。
 六人分なら、ハーレイ、簡単に作れちゃうんでしょ?
 なのに仕出しを頼んでるなんて、手抜きで注文したみたい。自分で作るのが面倒だから。
 仕出しを頼むなら、もっと大勢呼ばなくちゃ駄目で、お料理が作れないほどの人数だとか…。
 たった六人分で仕出しは駄目かも、と心配な気分。ハーレイは許してくれたけれども。
「手抜きって…。そうでもないんだぞ、仕出しってヤツは」
 お客様にお出しするなら仕出しがいい、って人も少なくないからな。
 家で料理を作るとなったら、お客様のお相手をしている時間が減るもんだから…。
 次はこれだ、と温め直したりしてるだけでも、時間、かかってしまうだろ?
 キッチンまで来て喋っているようなお客様なら、まるで問題無いんだが…。
 それが出来ないお客様もあるから、そういう時には仕出しだってな。
 もちろん出されたお客様の方も、手抜きだなんて思っちゃいない。仕出しは立派な文化だぞ。
 宅配ピザとは違うってことだ、仕出し料理は。



 値段もけっこう高いだろうが、と言われてみれば、そうだった。広告で見たのは、パーティーに相応しい値段。お寿司でパーティー、そう謳われても充分、納得出来そうな。
「パーティーだから、って思ってたけど…。お寿司、安くはなかったかも…」
 お店で食べるような値段で、他のお料理だってそう。安いお料理、無かったかも…。
「ほらな。店の器を貸して貰って、料理も盛り付けて貰うんだから」
 仕出しはきちんとした料理なんだ、お客様にお出ししても恥ずかしくない料理ってことで…。
 柔道部のヤツらに御馳走するには、仕出しは上等すぎるってな。パーティー用の寿司も。
 あの連中には、宅配ピザが丁度いいんだ、と教わったけれど。仕出し料理は立派な文化で、注文したっていいらしいけれど。
「そうなんだ…。でも、お客さん…」
 誰かいないかな、パパやママの他にもいればいいのに…。家に呼べそうなお客さんたち。
 仕出しを頼んでも良さそうな人で、うんと賑やかに。
「お前の友達なんかはどうだ? 今だと、ただのガキなわけだが…」
 その内に立派な大人になるしな、人数もけっこういるだろうが。お前のランチ仲間とか。
 ああいうのを呼んでやったらどうだ、とアイデアを出して貰ったけれども、どうだろう…?
 ハーレイと二人で暮らしている家に、友達を呼んでみたいだろうか…?
(今はランチも楽しいけれど…。ハーレイと暮らしてる家に呼びたいかな…?)
 ぼくたちには秘密も多いんだから、と記憶のことを考えた。ハーレイも自分も生まれ変わりで、前の生の記憶を持っている。両親の前なら当たり前のように話すけれども、友達となると…。
(…ぼくたちの正体、内緒のままだと、とても大変…)
 何かのはずみに喋ってしまって、慌てて口を押さえるだとか。「冗談だよ」と誤魔化すとか。
 ハーレイも自分も、前の自分たちにそっくりなのだし、冗談だと思って貰えそうでも…。
(やっぱり大変…)
 いつものように話せないのでは、つまらない。
 せっかく仕出しを頼んでパーティー、好きなように話題を選びたいのに。
 ハーレイとも普段通りに話して、「前のぼくたちの頃には、仕出しなんかは無かったね」などと語り合ってもみたいのに。…あの時代に仕出し料理は無かったのだから。



 そういう話も出来る人たち、両親以外で分かってくれるゲストがいれば…、と思っても、それは無理なこと。前の自分たちを知っている人、その人たちは遠く遥かな時の彼方にしかいない。
 白いシャングリラで共に暮らした仲間たち。彼らしか分かってくれはしないから…。
「仕出しを頼むお客様…。ゼルたちがいればいいのにね」
「ゼル?」
 どうしてゼルの名前が出るんだ、とハーレイが目を丸くする。「今は仕出しの話だぞ?」と。
「前に言ったじゃない。同窓会が出来たらいいね、って」
 無理なのは分かっているけれど…。夢だけれども、ゼルたちを呼んで地球で同窓会。
 その同窓会を家でするんなら、仕出しも注文出来そうだよ?
 人数は六人のままだけど…。ぼくの友達を呼んで来るより、ずっと少ない人数だけれど。
 でも、同じ六人で仕出しだったら、パパやママより、ゼルたちの方が面白そうだと思わない?
 ハーレイもお料理しなくていいもの、仕出しを頼んでおいたらね。
 お料理を作りにキッチンに行かずに済みそうでしょ、と話した思い付き。けして叶いはしない夢でも、ハーレイと夢を見たいから。
「あいつらか…! そうか、ゼルたちと同窓会なあ…。俺たちの家で」
 そりゃ賑やかになりそうだよな、とハーレイの顔も綻んだ。「六人でも充分、賑やかだぞ」と。
「ね、素敵でしょ?」
 ゼルたちだったら、前のぼくたちの話をしたって大丈夫だし…。
 ぼくの友達を家に呼んだら、そういう話は無理だけど…。喋っちゃったら大変だけど。
 誤魔化すのがね、と肩を竦めたら、「ゼルたちの場合は、別の意味で大変そうだがな?」という意見。「前の俺たちの話はともかく」と。
「仕出し料理を頼むんだろう? もうそれだけで大変なことになっちまうぞ」
 ひと騒動って感じだろうな、仕出しだけに。
「なんで?」
 ハーレイ、仕出しは手抜きじゃないって言ってたよ…?
 それとも手抜きだと言われてしまうの、ゼルもブラウも口がとっても悪いから…。
 料理も作れなくなったのか、ってハーレイが苛められちゃうだとか…?



 あの二人なら言いそうだ、と思った嫌味。前のハーレイの料理の腕前を知っているだけに…。
 ブラウだったら「呆れたねえ…。今のあんたは料理も作れやしないなんてさ」といった具合で、ゼルの方なら「わしらを納得させる味が出せんのじゃ。腕が落ちたんじゃ!」となるだろうか。
 ハーレイにすれば、不本意極まりない話。仕出し料理は立派な文化らしいのに。
「…ゼルたちだって分かってくれるよ、仕出しをきちんと説明すれば」
 おんなじ料理はハーレイにだって作れるけれども、これはそういう文化だから、って。
 それに仕出しを頼みたがったの、ハーレイじゃなくて、ぼくなんだしね。
 ぼくが頑張って説明するよ、と言ったのだけれど、「そうじゃなくて…」と苦笑したハーレイ。
「お前の気持ちは嬉しいんだが、俺が言うのは其処じゃない」
 あいつら、嫌味どころじゃないと思うぞ、仕出し料理をドンと出してやったら。
 まるで知らない料理だろうが、あいつらが。…寿司にしたって、本格的な和食にしたって。
 前の俺たちが生きてた頃には、和食は無かったんだから、とハーレイがトンと叩いたテーブル。
 「仕出し料理も、もちろん無いが」と。
「そうだっけ…!」
 ホントだ、ゼルもブラウもビックリだよね…。見たことのないお料理ばかり。
 仕出しについてるお味噌汁だって、「何のスープだい?」ってキョトンとしてそう…。
「だから賑やかだと言ったんだ。…ついでに、大変そうだともな」
 どれも食えるっていう所から教えてやらんと、きっと警戒されちまう。…美味いのにな?
 あいつらに仕出しを取るんだったら、寿司は外せん。是非とも食って貰わないと。
 「生の魚を食べるのか」と驚きそうだが、食えば喜ぶと思うぞ、きっと。
 それに天麩羅も頼まないとな。ずっと昔はスシ、テンプラと言ったらしいから。
 この辺りに日本があった時代は、他所の国から来た観光客たちに大人気のメニューだったんだ。寿司と天麩羅。
 大昔から人気の料理なんだし、あいつらの口にも合うだろう。
 「こいつは美味い」と褒められそうなのが、寿司と天麩羅ってトコだよな、うん。



 寿司と天麩羅は頼まないと…、とハーレイが挙げるものだから。
「他には…?」
 喜んで貰えそうなお料理もいいし、ビックリされそうなお料理だって。…何があるかな?
 お刺身も生のお魚なんだし、お寿司と一緒で用心されてしまいそうだけど…。
「茶碗蒸しも要るだろ、前にお前がお母さんに作って貰っていたぞ」
 今じゃ当たり前の料理なんだが、前の俺たちが見たらどう思うのか、って話でな。
「プリンだっけね、茶碗蒸し…」
 前のぼくなら、プリンの仲間と間違えるんだよ。きっと甘いよ、って食べたら甘くないプリン。
 それにプリンには入っていない中身が色々…。茶碗蒸しはお料理なんだから。
「甘くないだけで驚くだろうな、あいつらは」
 妙なプリンだ、と食っていったら、中に海老だの百合根だの…。
 海老は一目で分かるだろうが、百合根は謎の食べ物だしな?
 俺たちは何度、毒味する羽目になるんだろうなあ、「これは立派な食い物だから」と。
「そうなっちゃうかも…」
 きっと、ぼくよりハーレイだよ。毒味させられる係はね。…怪しい食べ物になればなるほど。
 元は厨房にいたんだろう、って言われちゃって。
「目に見えるようだな、その光景…。お前が食え、とゼルにせっつかれるんだ」
 でもって、毒味する時に、だ…。俺やお前が使っている箸、そいつも大いに問題だってな。
 ゼルたちには箸は使えんだろうし、ナイフやフォークも用意しないと…。
 変わった道具で食べていやがる、と珍獣扱いされちまうかもなあ…。
 お前も俺も、とハーレイが軽く広げた両手。「どう見たって、ただの棒だから」と。
「食べにくい道具だろうけれど…。挑戦しそうだよ、ブラウとかが。これで食べる、って」
 つまむ代わりに、グサリと刺しちゃいそうだけど…。フォークみたいに。
 前にそういう話をしたこと、あったっけね。お箸なんかは知らなかったよ、って気が付いた時。
「あの時も俺が気付いたんだよな、料理をしてて。…箸って道具は優れものだと」
 だが、箸がどんなに優秀でもだ、使いこなせないと二本の棒のままなんだから…。
 ナイフとフォークを用意してなきゃ、ゼルとブラウは手づかみで食おうとするかもなあ…。
 寿司なら手でもかまわないんだが、他の料理も遠慮しないで。



 きっとガツガツ食っちまうぞ、とハーレイが挙げてゆく料理。手づかみで食べられそうなもの。
 「天麩羅もいけるし、刺身もいける」と、「茶碗蒸しは、ちょっと無理そうだがな」と。
「茶碗蒸しだと、箸で崩して飲んじまうのかもしれないなあ…」
 ちょっと濃いめのスープってトコで、具入りのスープも無いわけじゃないし…。
 前の俺たちの時代でもな、と懐かしい料理の名前が挙がった。今もあるブイヤベースなどが。
「茶碗蒸し、スープにされちゃうんだ…。確かに崩せば飲めそうだけど」
 楽しそうだよね、家で仕出しで同窓会をやるっていうのも。夢の同窓会だけど…。
 本当にやるのは無理なんだけれど、同窓会なら、キースも呼んであげたいな…。
「またキースか!?」
 お前、俺たちの家にもキースを呼ぼうというのか、あんな野郎を…?
 あいつがお前に何をしたのか、お前、覚えている筈だがな…?
 それなのに家に御招待か、とハーレイが見せた苦い顔。ハーレイはキースを嫌っているから。
「…駄目?」
 呼んじゃ駄目なの、せっかくの同窓会なのに…。仕出しも頼んで、みんなで楽しめそうなのに。
 キースは仲間外れになるの、と瞬かせた瞳。「ハーレイに嫌われてるから、駄目?」と。
「いや、いいが…。お前が呼びたいのなら、仕方がないが…」
 仕出し料理で同窓会ってのは、お前が主催者なんだしな。好きなゲストを呼んでいいんだが…。
 キースの野郎には、俺の特製料理を食わせてやりたい気もするな。
 もちろん仕出し料理も出すがだ、俺が腕によりをかけて作った料理も。
「なに、それ?」
 特製料理を御馳走するなら、キースを許してあげるわけ?
 さっきは文句を言っていたけど、ちゃんと御馳走してあげるんだ…?
 ちょっと意外、と驚いたけれど、ハーレイは「人の話は最後まで聞けよ?」とニヤリと笑った。
「俺の特製料理ってヤツは、前のお前の仕返しなんだ」
 いくらお前が許していたって、俺はキースを許していない。…前のお前を撃ったこと。
 メンバーズだったら、多分、何でも食えるだろうし…。
 そういう訓練も受けた筈だし、好き嫌いの無い俺なりに知恵を絞ってだな…。



 不味い料理を作ってやる、と恐ろしい話が飛び出した。
 ゼルたちは美味しい仕出し料理を食べているのに、キースの分だけ、ハーレイ特製。メンバーズならば食べられるだろう、と出されるらしい不味すぎる料理。
「不味い料理って…。ハーレイ、何をする気なの?」
 わざと焦がすとか、煮詰めすぎるとか、そういう失敗作のお料理…?
 失敗したなら、不味い料理も作れそうだものね。お砂糖とお塩を間違えるだとか。
「その程度だったら、それほど不味くはならないだろうが。…まだ充分に食い物だからな」
 常識ってヤツを捨ててかからないと、本当に不味い料理は作れん。直ぐには思い付かないが…。
 なあに、闇鍋の要領でいけば何か作れるってな、不味すぎるヤツを。
「闇鍋…。前に聞いたよ、そういうお鍋…」
 運動部の人たちがやってる遊びなんでしょ、ヘンテコなものを入れちゃうお鍋。
 ハーレイに聞いた話だと、あれは色々な食べ物を入れるから酷い味付けになっちゃうわけで…。
 一人用の闇鍋なんか無理だよ、元々の量が少ないんだから。
 きっと食べられる味のお鍋、と指摘したけれど、ハーレイの方も譲らない。
「いや、出来る。俺がその気になりさえすれば」
 一人用の鍋じゃ無理だと言うなら、デカイ鍋でグツグツ作ってもいいし…。全部食え、とな。
 キースの野郎が腹一杯になっていようが、「俺の料理が食えんのか」と凄むまでだ。
 その辺をちょいと走ってくればだ、腹が減るからまた食える。…不味くたってな。
 なんたって、ヤツはメンバーズだぞ、とハーレイは闇鍋を食べさせるつもり。キースが来たら。
「…ハーレイ、そこまでキースが嫌い?」
 運動させてまで、闇鍋を全部食べさせようって…。酷くない?
 同窓会に来てくれたのに…。ゼルたちの分は、美味しいお料理ばかりなのに。
「俺に言わせりゃ、好きになれというお前の方が間違ってるぞ」
 あいつが何をしでかしたのかを知っていればだ、誰だって嫌いになると思うが…?
「間違ってないよ…!」
 キースに撃たれたのは前のぼくだし、ぼくはキースを嫌ってないから…。
 もう一度会えたら、友達になれると思っているから…。ホントに間違っていないってば…!



 間違ってるのはハーレイの方、と睨んだけれども、「どうだろうな?」と不敵に笑う恋人。
「お前の考えじゃ、キースは悪くはないらしいんだが…」
 ゼルたちはどう言うんだろうなあ、俺の肩を持つか、お前の方か。
 いったい、どっちにつくんだと思う、キースの野郎をどう扱うかって件に関しては…?
「ぼくに決まっているじゃない!」
 ソルジャーはぼくだよ、ハーレイよりも上なんだから…!
 ぼくが嫌っていないんだったら、ゼルたちだって、ぼくの意見を尊重しなくちゃ。ナスカのこととかで恨みがあっても、ソルジャーが言うなら従わないとね。
 ぼくがキースを許してるんなら、許さなくちゃ、と自信たっぷりだったのに。
「ほほう…。今のお前もソルジャーなのか?」
 でもって俺はキャプテンってことで、お前よりも立場が下になるのか…?
 少なくとも今は俺は教師で、お前は生徒だと思ったが…。お前、俺より偉いってか…?
「…違うかも……」
 前のぼくならソルジャーだけれど、今のぼくだと生徒だし…。ソルジャーじゃないし…。
 これから先も、ソルジャーになれる予定も無いし、と口ごもるしかなくなった。ハーレイの方が正しいのだから、どうやら悪いらしい旗色。
「お前がソルジャーではないってことは、だ…。俺の方が上だと思うがな?」
 特製料理を用意するのは俺だし、パーティー会場も俺の家だし…。
 お前の立場は俺より弱くて、俺に勝てるとは思えんが…?
「その家なら、ぼくも住んでるよ!」
 ハーレイと一緒に暮らしているから、その家でパーティーするんだし…。仕出し料理を頼むのもぼくで、パーティーしようって言ったのもぼく…。
「そうは言っても、元々は俺の家だしな?」
 俺が一人で住んでいた家に、お前が嫁に来たわけで…。お前、居候のようなモンだろ?
 キースの件では俺に分がある、ゼルたちもそう言ってくれそうだが…?
「えーっ!?」
 お嫁さんだと居候なの、確かにそうかもしれないけれど…。
 料理も出来ないお嫁さんだし、仕出し料理を頼まないとパーティーするのも無理なんだけど…!



 居候のようなお嫁さん。将来は本当にそうなるわけだし、ハーレイに負けてしまいそう。
 ゼルたちに意見を訊いてみたなら、ハーレイの方に票が入って。居候では勝てなくて。
(ぼく、負けちゃう…?)
 負けてしまって、ハーレイはキースに酷い料理を出すのかも、と思ったけれど。そうなるのかと諦めかけたけれども、相手は夢の同窓会。キースまで呼べるほどだから…。
「ゼルたちの意見、ハーレイの読みとは違っているかもしれないよ?」
 ぼくがハーレイよりも弱くなってる世界なんだし、ソルジャーもキャプテンも無いんだし…。
 人類もミュウも無くなってるから、ゼルたち、案外、キースと気が合っちゃうかも…。
「なんだって?」
 あいつらがキースの肩を持つのか、俺が文句を言っていたって…?
 前のお前をメギドで撃った極悪人だ、と主張してみても、キースの野郎と気が合うってか?
 ゼルたちが、とハーレイは愕然としているけれども、ただの人同士として出会ったのなら、争う必要は何処にもない。まして同窓会となったら、和やかに語り合いたいもの。
「ハーレイは今もキースを許してないけど、ぼくは生まれ変わって今のぼくだよ?」
 いくらハーレイが「撃ったんだ」って頑張ってみても、今のぼくには弾の痕は無いし…。
 聖痕が出ても、怪我なんか何処にもしていないしね?
 それならキースを悪く言うだけ無駄じゃない。みんなで仲良く食事する方がよっぽどいいよ。
 ブラウは「国家主席様だ」って、キースをオモチャにしちゃいそうだし、ゼルだって。
 ヒルマンは色々と話が出来て喜んじゃうかも…。SD体制のシステムだとか、他にも沢山。
 エラも話を聞きたがると思うよ、今ならキースがどうやって生まれて来たのか分かってるもの。
 「水槽の中から外は見えましたか?」とか、熱心に質問しそうだってば。
「うーむ…」
 そういうことも無いとは言えんか、特にヒルマンとエラが危ない。
 人類側の指導者をやってた男だ、ユグドラシルの仕組みとかまで聞きたがるかもしれないな…。
 キースしか知らないままの話も多い筈だし、今ならではのインタビューってか?
 ゼルとブラウも興味津々で質問しそうで、あいつらの場合は茶化すんだな。面白がって。
 そうなると、キースは格好の話し相手ってことで…。



 俺の分が悪くなっちまう、と複雑な顔をしているハーレイ。「キースには手出し出来んぞ」と。
「…マズイな、話が盛り上がっているのに、俺だけキースを睨んでいても…」
 場の雰囲気が台無しってヤツか、お前もキースの肩を持つんだし…。
 仕返ししようと不味い料理を作って出しても、ゼルたちにまで文句を言われるってか…?
「言うと思うよ、「何をするんじゃ!」ってゼルが怒鳴りそう」
 ハーレイの料理の腕が落ちた、って言われちゃうかもね、不味いんだから。
 それが嫌なら、キースにも、ちゃんと普通のお料理。みんなと同じで、美味しい仕出し。
 楽しくみんなで食べるのがいいでしょ、せっかく仕出しを取るんだから。
 どれがいいかな、って考えて注文するんだものね、と鳶色の瞳の恋人を見詰めた。キース嫌いの恋人だけれど、「意地悪は駄目」と。
「…キースの野郎にも、美味いのを御馳走しろってか?」
 とびきり美味い仕出し料理を食わせてやって、俺の特製料理は出番が無いままか…。
 まあ、所詮はお前の夢の話だし、それでもいいがな。…キースに美味い仕出し料理でも。
 茶碗蒸しだろうが、寿司だろうが…、とハーレイは渋々頷いてくれた。「仕方ないな」と。
「ありがとう! 夢の話でも、キースに御馳走してくれるんだね」
 ハーレイが許してくれるんだったら、美味しいのを頼んであげたいな。キースたちのために。
 でも、仕出し…。夢の同窓会をするなら、ちゃんと注文出来るけど…。
 ぼくたちじゃ無理だね、ホントに人数が足りないから…。
 パパやママたちを呼んで来たって、六人だけしかいないんだから…。
 ちょっと残念、と肩を落としたら、「さっきも言ったろ?」と穏やかな笑み。
「お前の夢なら頼んでもいいと言ってやったぞ、仕出し料理」
 俺と二人で頼んでもいいし、好きな時に注文するといい。…一緒に暮らすようになったら。
「二人って?」
「店の方で駄目だと言わなかったら、二人分でも頼んでいいんだ。仕出しってヤツは」
 家で作るのとは器が違うし、作る時間も要らないし…。
 わざわざ店まで出掛けなくても、ちょっとしたデート気分だが?
「それ、いいかも…!」
 ハーレイと二人で仕出しなんだね、お料理、二人分、届くんだね…!



 まるで思いもしなかったこと。二人分だけ注文する仕出し。
 いつかハーレイと暮らし始めたら、たまには仕出しを頼んでみようか。
 お客さんを大勢招かなくても、ハーレイと二人でゆっくりと。お寿司や、色々な仕出し料理を。
 美味しそうな広告を見付けた時には、「これがいいな」と指差したりして。
 デートに出掛けて、外で食事をする代わりに…。
(いつもの部屋で、お料理だけ…)
 お店の味のを食べてみる。器も、普段とは違ったもので。…お店から届けて貰ったもので。
 そういう食事も、きっと素敵に違いないから、いつかは仕出しを二人分だけ。
 ハーレイと二人でのんびりと食べて、懐かしい思い出話もして。
 家でゆっくりデートするなら、仕出し料理も悪くない。
 いつものテーブルは変わらないけれど、お店の人を気にしなくてもいいのが仕出しの良さ。
 食事の途中でキスしていたって、誰も困りはしないから。
 食べ終えたら直ぐにベッドに行っても、叱る人は誰もいないのだから…。




            頼みたい仕出し・了


※ブルーが頼みたくなった、仕出し料理。けれど取るのは難しいかも、と思えるのが将来。
 夢のまま終わりそうでしたけど、二人分だけ、注文することも出来るのです。いつか二人で。
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