シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
(んーと…?)
席は幾つも空いているのに、と眺めたブルー。なんだか変、と。
学校の帰りに乗り込んだ路線バス。学校の側のバス停から。いつものバスで、混み合う時間とは違うのに。今日も座れる、と開いた扉から乗ったというのに、中で立っている若いカップル。
立っている乗客はその二人だけ。吊り革を握って、バスの真ん中辺り。
(…ぼく、座ってもいいんだよね?)
他にも席は空いているのだし、元気そうな若いカップルだから。
松葉杖を支えにしている人とか、赤ちゃんを抱いた母親などではないのだから。
大丈夫だよね、と空いた席の一つにストンと座った。お気に入りの一人掛けの席。通学鞄を膝に乗っけて、抱え直す間も気になること。
どうして二人は席に座ろうとしないのだろう?
座る場所なら幾つもあるよ、と車内をキョロキョロ見回したけれど…。
(そっか…!)
バスが走り出したら気が付いた。ほんの少し、車体が揺れたはずみに。
吊り革を握ったカップルも揺れて、仲良く笑い合っている。「驚いた」とでもいった具合に。
肩を並べて乗っている二人、お互いの顔は直ぐ隣同士にあるけれど。
(…空いている席…)
幾つもあるのに、二人掛けのシートが塞がっていた。友達同士らしい人やら、親子連れなどで。端から埋まって、余っていない。二人掛けのシートに限っては。
自分が座ったような一人用なら、あちこちに空いているけれど。
何人もが横に並んで座れる後部座席も、両端は空席なのだけれども…。
後ろから前まで順に数えても、二人掛けの空席は一つも無かった。一人用の座席か、一番後ろのシートの両端に一人分ずつか。
(席はあるけど、二人並んで座れないんだ…)
二人用の席が空いていないから。後部座席の二人分の空席、それも並んではいないから。
そういうことなら、二人が立っているのも分かる。席が幾つも空いていたって。
せっかく二人でバスに乗ったのに、離れ離れは悲しいから。一人用の座席が前後に並んだ場所もあるけれど、それは並んで乗るのとは違う。前後に分かれてしまうだけ。
(一人は後ろを向いて喋らなきゃ…)
きっと、それだと落ち着かない。二人一緒の気分になれない。顔だけこちらを向いていたって、身体も足も反対向け。首から下は、すっかり全部。
そんな風に分かれて座るよりかは、並んで立った方がいい。二人一緒に。
(一番後ろの席の両端が空いている分も…)
端っこ同士に腰を下ろしたら、話すことさえ出来ない有様。先に座っている人たちが気付いて、詰めてくれればいいけれど…。
(詰めて下さい、って頼めないよね?)
他にも席はあるのだから。前後に分かれて座れる場所なら、ちゃんと空席があるのだから。
その状態で「詰めて下さい」だと、ただの我儘。
二人並んで座りたいから、その席を空けてくれませんか、と言いに行くようなものだから。
これは駄目だ、と気付いた、立っている理由。吊り革を持って並んだカップル。
(ぼくだって…)
ハーレイと二人で乗っていたなら、そうするだろう。座席が幾つも空いたバスでも、立っている人が他に一人もいなくても。
乗った途端に、ハーレイに「お前、座れ」と、空いた座席を指差されたって。丁度いいだろ、と一つ選んで促されたって。
(ハーレイ、ぼくだけ座らせるんだよ…)
並んで座れる席が無いなら、座らせてくれて、ハーレイは側に立つのだろう。前や後ろが空いていたって、座らずに。ハーレイの身体が反対側を向いてしまわないように。
ハーレイの方が立っていたなら、ちゃんと向き合って話せるから。背の高いハーレイは、身体を屈めて。自分はハーレイの顔を見上げて。
(でも、そんな風に座るより…)
一人だけで席に腰掛けるよりは、吊り革を握って二人で立つ。隣同士で、仲良く並んで。
そっちの方が幸せだから。顔も身体も、離れてしまいはしないから。
(疲れていたら、座っちゃうかもしれないけれど…)
弱い身体が邪魔をしたなら、諦めて座るしかないけれど。それが正しいやり方だけれど。
今、カップルで乗っている二人。
女性はとっても元気そうだから、立っていたくもなるだろう。「座るといいよ」と男性が空いた席を指しても、「平気」と笑顔で断って。
下手に離れてしまうよりも、二人。横を向いたら、顔が見える場所で。
それで二人は立っているんだ、と分かったら羨ましくなった。仲の良さそうなカップルが。
席は幾つも空いているのに、座ろうとしない恋人たちが。
(いいな…)
何処かへ出掛けた帰りなのだろう、男性と女性。けして大声ではないのだけれども、耳に届いてくる会話。「楽しかったね」とか、「また行こう」だとか。
チビの自分には、まだまだ出来ないハーレイとのデート。二人一緒にバスにも乗れない。
いつか大きくなるまでは。前の自分と同じに育って、キスを許して貰えるまでは。
(ホントにいいな…)
あんな風にハーレイとデートしたいな、と膨らむ夢。それに憧れ。
早く大きくなりたいんだけど、とカップルの二人を見詰めていたら…。
(あっ…!)
女性が片手で、嬉しそうに持ち上げた紙袋。吊り革を握っていない方の手で。
とても小さな袋だけれど。重さも殆ど無さそうだけれど。
(プレゼントなんだ…)
中身はきっと、男性からの。今日、贈られたプレゼント。
「ありがとう」という声が聞こえるから。
女性はとても幸せそうだし、男性の方も素敵な笑顔を向けているから。
贈り物だ、とチビの自分でも、ピンと来た小さな紙袋。今日のデートの途中の何処かで、女性が貰ったプレゼント。
(二人で見付けて買ったとか…?)
デートの目的は二人で買い物、其処で出会ったお店の商品。ショーケースの向こうに、たまたま何か。女性が惹かれて、「あれ、素敵ね」と覗き込んだら、男性が「欲しい?」とプレゼント。
それとも男性がデートの前に用意していて、食事の時に渡したとか。
誕生日のプレゼントや、記念日だとか。その可能性も充分にある、とても小さな紙袋。
(どっちなのかな?)
カップルはデートの先達なのだし、興味津々、耳を傾けてみたけれど。
どんなデートをして来たのかが、とても気になる所だけれど。
(喜んでることしか…)
二人の会話からは分からない。はしゃぐ女性の輝く表情、プレゼントはまるで宝物。
それと、早く紙袋を開けてみたくてたまらないこと。
家に帰ったら、二人一緒にゆっくり中身を眺めるらしい。幸せな気分に包まれて。
コーヒーを淹れて、テーブルで。二人きりの家は、何処よりも落ち着く場所だから。
(中身、何だか分からないけど…)
きっと素敵なものなのだろう。家に帰るのが楽しみなもので、二人でゆっくり眺めたいもの。
今日のデートの記念品。バスで座席に座れなくても、幸せなデートを締め括る何か。
(うんと幸せそうだよね…)
二人とも、と見ている間に、降りるバス停に着いたから。
まだ立っている二人を見詰めて、振り返りながら降りたほど。
いいなと、あんなデートがしたい、と。ハーレイと二人であんな風に、と。
家に帰って、ダイニングでおやつを食べる間も、思い出すのはバスで見たカップル。
二人一緒に立っていた姿が羨ましかったし、プレゼントも気になって仕方ない。嬉しそうだった女性の顔。「ありがとう」と持ち上げて見せていた紙袋。吊り革を握っていない方の手で。
(アクセサリーかな?)
女性が持っていたバッグよりも小さな紙袋。それに見合ったサイズの中身。
頭に浮かぶものと言ったら、アクセサリーくらい。お菓子の箱なら、もっと大きいだろうから。
女性が一目惚れしたペンダントだとか、「どれがいい?」と二人で相談して決めたとか。
あるいは男性のセンスで選んだアクセサリー。今日のデートに行く前に買って、食事の時とかにプレゼント。「誕生日だよね」だとか、他にも記念日。
(そういうのもいいよね…)
二人で買うのも楽しそうだけれど、サプライズで貰うプレゼント。「似合いそうだ」と見付けて来てくれた何か。
素敵だよね、と思ったけれど…。
(ぼくがつけるの?)
デートに出掛けて、ハーレイに貰ったペンダントを。ブレスレットとか、そういうものでも。
二人一緒に選ぶにしても、ハーレイが買って来て「ほら」と贈ってくれるにしても…。
さっきの女性が持っていたような紙袋。それに収まりそうなサイズのアクセサリー。
(うーん…)
アクセサリーをつける趣味は無かった。
チビの自分はつけはしないし、前の自分もつけてはいない。ペンダントも、他の色々な物も。
前の自分はただの一度もつけなかったし、今の自分もつけてみたいとは思わない。
(ペンダントとか、ブレスレットとか…)
身を飾る物は何も要らない。
欲しいアクセサリーは一つだけ。アクセサリーと呼ぶよりは、むしろ…。
あれは印、と思う物。いつか左手の薬指に嵌める結婚指輪。
ハーレイとお揃いのデザインの指輪、結婚式の日に互いの指に嵌めるもの。ずっと二人、と。
(シャングリラ・リング…)
それだけだよね、と考えながら帰った二階の自分の部屋。
欲しいアクセサリーがあるとしたなら、結婚指輪で、シャングリラ・リング。
でも…。
(シャングリラ・リングは…)
何処かの店へ買いに出掛けるのとは違うらしいから、ああいう風には貰えない。バスで見掛けたカップルのように、デートの時に二人で買ったり、贈られたりは無理。
シャングリラ・リングは結婚するカップルがたった一度だけ、申し込めるという結婚指輪。遠い昔に解体された、白いシャングリラから生まれる指輪。
白い鯨があった記念に、保存されている船体の一部の金属。それがシャングリラ・リングを作る材料、毎年、決まった数の分だけ指輪が出来る。
応募者多数だったら抽選、当たれば費用は加工賃だけ。
結婚指輪を嵌めるのならば、断然、シャングリラ・リングがいい。白いシャングリラの思い出の指輪、それをハーレイと二人で嵌めたい。
けれど人気のシャングリラ・リング、まずは抽選に当たらなければ。
当たった時には、きっと送られて来るのだろう。結婚式に間に合うように。結婚式が抽選よりも先に済んでいたなら、ハーレイと二人で暮らす家へと。
(デートの時には貰えないよね…)
それに二人で買う物ではないし、ハーレイがくれる物でもない。
シャングリラ・リングが入った小さな袋を、デートの帰りに提げられはしない。
プレゼントされる物ではないから。…普通の結婚指輪にしたって、きっと事情は同じこと。
残念、と零れてしまった溜息。勉強机に頬杖をついて。
(プレゼント、持ってみたいのに…)
ハーレイと二人、楽しく出掛けたデートの帰り。街で食事や、買い物をして。
車に乗って出掛けてゆかずに、行きも帰りも路線バス。プレゼントを持つなら、バスがいい。
今日の帰りに見掛けたカップル、あの二人のようにバスに乗る。他にも乗客がいるバスに。
二人並んで座れる座席が無かったとしても、気にしない。二人で立てば済むことだから。
吊り革を握って立つにしたって、空いた席に二人で座るにしたって、きっと見て貰える紙袋。
小さな袋を提げて乗ったら、「プレゼントなんだ」と。
他の人たちも乗っているバスで、プレゼントの入った袋を提げて幸せ自慢。「貰ったんだよ」と声にしなくても、あの女性のように「ありがとう」と少し持ち上げてみせて。
(ハーレイの車でドライブするのも素敵だけれど…)
路線バスに乗って幸せ自慢もしてみたい。
買って貰ったプレゼントを提げて、デートの帰りに。席が無くても、立ちっ放しでも。
ドキドキと胸が高鳴っていたら、足も疲れはしないだろう。
早く帰ってプレゼントを二人で開けようと。袋から出して、包みを解いて、眺める中身。
とても素敵だと、今日のデートの記念にピッタリ、と。
(でも、アクセサリーは…)
二人で選んでも、困るだろうか。ハーレイが買ってくれたとしても。
欲しいアクセサリーは、シャングリラ・リングだけなのだから。前の自分も、今の自分も、身を飾りたいとは思わないから。
(…だけど、デートの帰りに持つなら…)
プレゼントの袋を提げてみたいなら、きっとアクセサリーが一番。重たくはなくて、片方の手で提げられるから。吊り革を握っていない方の手で、ヒョイと持ち上げられるから。
(誰も気付いてくれなかったら…)
今日の女性がやっていたように、「ありがとう」と持ち上げてみせる紙袋。
あんな風に提げて幸せ自慢をしてみたいのに、と考えていたら、聞こえたチャイム。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合うなり、ぶつけた質問。
「あのね、ぼくって、ペンダント、似合う?」
似合いそうかな、ペンダント…。アクセサリーの。
「はあ? ペンダントって…」
なんだそりゃ、と丸くなっている鳶色の瞳。「アクセサリーのペンダントだと?」と。
「そう。…ブレスレットとかでもいいけれど…」
ぼくに似合うかな、ブレスレットとか、ペンダントとか。
「お前、そういうのが欲しいのか?」
「ちょっとだけ…」
似合わないなら、諦めるけど…。ぼくには似合いそうにない…?
今のぼくじゃなくて、育ったぼく、と付け加えた。チビの自分には似合わないのだし、デートの時に買って欲しいものがアクセサリーだから。
大切なことを言い忘れていたと、其処が肝心だったっけ、と。
案の定、ハーレイは「なんだ、育ったお前のことか」と納得した風で。
「アクセサリーなあ…。まあ、男性用のもあるけどな」
お前がどういうのを想像したかは知らんが、女性用のとそっくりのもあるし、違うのもあるな。
デザインはそれこそ色々だ。同じ男性用と言っても。
「ホント!?」
男の人用のアクセサリーって、ちゃんとあるんだ…。女の人用のを買わなくっても。
「お前の年だと縁が無いしな、知らないのも無理はないだろう」
嘘は言わんが、なんだって急にアクセサリーの話になるんだ?
前のお前は、アクセサリーなんかつけてなかったが…。つけたいって話も聞いちゃいないが…。
まるで初耳だが、今のお前はアクセサリーが好きなのか?
いつかつけたいと思っているとか、お母さんがつけているのを見て欲しくなったとか…。
それとも新聞で何か読んだか?
ラッキーアイテムってヤツもあるらしいしな、幸運のシンボルをあしらったのとか。
「そうじゃなくって…」
欲しいよね、って思っただけだよ、アクセサリーじゃなくって、袋!
アクセサリー入りの袋が欲しいと思ったんだよ、買ったら入れてくれる袋が…!
今日の帰りのバスで見掛けた、と話したカップルとプレゼント入りの小さな袋のこと。
席に座らずに立っていた二人、空いた席には隣同士で座れないから。吊り革を握って立ちっ放しでも、幸せそうだった若いカップル。女性の手には、とても小さな紙袋。
あれがやりたい、と見詰めた恋人の鳶色の瞳。
買って貰ったプレゼントが入った袋を提げて、デートの帰りに二人一緒に路線バス、と。
「あの袋、絶対、アクセサリーだと思うんだよ。うんと小さい袋だったから」
このくらいだったよ、きっと中身はアクセサリーだよ。
ぼくも、ああいう紙袋を持って乗りたいよ、バスに。幸せ自慢をしてみたいもの。周りの人に。
「なんだ、そういうことだったのか」
アクセサリーは似合うかだなんて、いきなり言い出すもんだから…。
てっきりお前はアクセサリーが好きなのかと、とクックッと笑っているハーレイ。
今のお前は、つけてみたいのかと思ったぞ、と。
「笑わないでよ、ぼくは真剣なんだから!」
きっと幸せに決まってるんだよ、ああいうのって。
ホントのホントに幸せそうなカップルだったし、立ちっ放しでも幸せ一杯のまま。
だから羨ましくなっちゃって…。ぼくもやりたくなってしまって…。
ぼく、ペンダントが似合いそう?
「ペンダントか…。育ったお前なら美人なんだし、似合うだろうとは思うんだが…」
お前、そういうのは好きだったか?
さっきも訊いたが、つけてなかっただけで、前のお前はアクセサリーが欲しかったのか?
でなきゃ、お前の好みだとか。今のお前は興味があるとか…。
「欲しいと思ったことはないけど…」
シャングリラ・リングだけでいいんだけれど。…当たらなかったら、普通の結婚指輪で。
でも、ハーレイとデートするんなら…。
プレゼントが入った袋を提げて幸せ自慢、と訴えた。幸せ自慢をしてみたいよ、と。
ハーレイの車で出掛けるドライブも素敵なのだけれども、たまには二人で路線バスに乗って。
二人並んで座れる座席が無かった時には、二人で吊り革を握って立って。
「バスに乗ってる人たちにだって、見て欲しいもの…。幸せそうなカップルだよね、って」
あの紙袋にはプレゼントが入っているんだな、って見て貰えるのがいいんだよ。
ぼくも帰りのバスで見てたし、うんと幸せそうだったから…。
いつか大きくなった時には、ああいうデート。…帰りのバスではプレゼント入りの袋を提げて。
それにはアクセサリーでしょ?
吊り革を握っていない方の手で、「これ」って持ち上げられそうなのは。小さくて軽くて。
「ふうむ…。お前が見掛けたカップルの場合は、そうなんだろうが…」
俺もアクセサリーだろうと思うが、お前、勘違いをしてないか?
色々とあるぞ、プレゼントには。
アクセサリーだと決めてかからなくても、他にも色々あるもんだ。
「そうなの? だけど、紙袋…」
こんなのだったし、アクセサリーしか入らないんじゃないの?
もっと大きな袋でなくっちゃ、違うプレゼントは無理なんじゃない…?
「其処が勘違いというヤツだ。アクセサリーだと思ったばかりに、頭が固くなってるってな」
小さな袋で贈れる物も、世の中、色々あるわけで…。
チビのお前でも分かりやすい物なら、文房具の類が一番だろうな。
たとえば、ペン。
お前が俺の誕生日にくれた羽根ペンの箱はデカかったわけだが、あれが特別すぎるんだ。
普通のペンなら、もっと小さい。ペンだけ入ればいいんだから。
現に、俺が使っているペンが入っていた箱、あれよりもずっと小さいヤツだったしな。
こいつだ、とハーレイがポケットから取り出した、瑠璃色のペン。
人工のラピスラズリだと聞いた、金色の粒が幾つも不規則に散っているそれ。宇宙のようだ、と一目惚れして、ハーレイが買った。教師になって直ぐに、記憶が戻るよりもずっと昔に。
なのに、ペンにはナスカの星座が隠れていた。鏤められた金色の粒の中の七つが描き出す星座。赤いナスカで種まきの季節に昇ったという、七つの星たち。
ハーレイはペンをチョンとつついて、「このくらいだっけな」と手で形を作った。
「箱に仕舞おうってことはないから、箱の方が仕舞いっ放しなんだが…」
これが入ってた箱は、こんなモンだぞ。
箱がこうだから、入れてくれた袋も小さかった。そっちのサイズは忘れちまったが…。
「ペンダントの箱くらいだね…」
ママの部屋に行ったら、たまに見掛けるペンダントの箱。
小さい箱に入っている物、アクセサリーだけじゃないんだね…。
「そうだろ? ペンなら、この程度ってな」
羽根ペンの箱が例外なんだ。羽根ペン自体がデカイもんだし、インク壺とかもつくからな。
だから、小さなプレゼントの箱が欲しいと言うなら、ペンはけっこうお勧めだ。
お前にも似合いのペンが見付かるかもしれないぞ。俺と一緒に文房具の店に出掛けたら。
ペンというのもいいよな、うん。
それに腕時計が入ってる箱も、小さい箱だと思わないか?
小さい箱入りのプレゼントってヤツは、探せばいくらでも見付かるわけだ。
探そうというつもりがなくても、偶然、バッタリ出会っちまうこともあるだろう。
それこそデートの醍醐味だってな、お前と二人で見付けて、選んで、俺がその場でプレゼント。
包んで貰って、袋つきだ。お前の憧れになっているらしい、幸せ自慢が出来る紙袋。
大きな袋でもかまわないなら、服だって、とハーレイが挙げるプレゼント。
贈れる物なら幾らでもあるぞと、デートに出掛けて買ってやれる物、と。
「店は山ほどあるからなあ…。売られている物も山ほどだろうが」
小さな袋に入る物から、デカイ袋が出て来る物まで。
プレゼントする物に合わせて袋のサイズも変わるってわけだ、大きかったり、小さかったり。
「そうなるね…。だったら、ぼくがデートで貰ったプレゼント…」
大きい袋を提げてバスに乗ったら、もっと幸せ自慢が出来るかな…。
こんなに大きなプレゼントの袋を貰ったよ、って。
「それはかまわないが、欲張りすぎると、お前、自分で持てないぞ?」
重たすぎるとか、袋がやたらデカすぎるとか…。提げるには邪魔になっちまって。
お前が貰ったプレゼントなのに、お前の代わりに俺が持つことになるとかな。
それじゃ幸せ自慢が出来んぞ、見ている人には持ち主が誰か謎なんだから。俺が持ってちゃ。
舌切り雀の話があるだろ、大きい葛籠と小さな葛籠。
デカけりゃいいってモンでもないから、その辺の所は気を付けてくれよ?
「プレゼント…。買ってはくれるの?」
いつかハーレイとデートに行ったら、大きい物でも、小さい物でも。
アクセサリーじゃなくっても。…ペンとか服とか、腕時計でも。
「もちろんだ。お前が欲しい物があるなら、俺の予算の範囲内でな」
べらぼうに高いのは買ってやれんが、お前、そういう高いのを欲しがるタイプじゃないし…。
きっと大丈夫だろうと思うぞ、俺の財布の方だったら。
何かあるのか、欲しい物が?
今から目星を付けたいくらいに、これだと思うプレゼントが。
「どうだろう…?」
デートに行ったら、買って欲しいと思ったけれど…。
買って貰ったプレゼントが入った袋を提げて、幸せ自慢がしたかったけど…。
欲しい物はあるか、と改めてハーレイに尋ねられたら、出て来ない答え。「これが欲しい」と。
アクセサリーは欲しくない。シャングリラ・リングか、結婚指輪があれば充分。
(ホントに思い込んじゃってたから…)
デートに出掛けたらプレゼントはこれ、と思い込んだから、アクセサリーだと考えただけ。
ペンダントは自分に似合うだろうかと、ブレスレットでもいいんだけれど、と。
男性用のアクセサリーがあると聞いても、少しも弾まない心。欲しいだなんて思わない。
(…どんなのがあるの、って思いもしないし…)
きっと店にも行かないだろう。ハーレイとデートに出掛けたとしても、男性用のアクセサリーを扱う店なんかには。
(前を通って、ハーレイが「前にお前に話したヤツだぞ」って言ったって…)
入ってみるか、と訊かれたとしても、「ううん」と首を横に振りそう。
話の種にと入ってみたって、買わずに出て来ることだろう。欲しいと思っていないのだから。
(ペンも、腕時計も…)
チビの自分には、今、持っている物が似合いの品。大きくなったら欲しいと思う物が無い。
服だって、まるで思い付かない。自分で買いには出掛けないから。
(欲しい物、なんにも出て来ないよ…)
考えてみても、何一つとして。
あんなに「いいな」と憧れたのに、思い付かない袋の中身。
ハーレイと二人でデートに出掛けて、帰りに提げる紙袋。プレゼント入りの袋の中に、いったい何を入れたいのかが。
欲しい物はきっと、プレゼント入りの袋だけ。貰ったんだ、と幸せが心に満ちて来る袋。
それを見て欲しいと、路線バスに乗りたくなる袋。
ハーレイと並んで座れる座席が、一つも空いていなくても。二人で立ちっ放しになっても。
欲しい物なんか何も無い。ただ幸せなデートがしたい。
ハーレイに買って貰ったプレゼントが入った袋を提げて、幸せ一杯の帰り道。路線バスに二人で乗り込んで。並んで座れる席が無ければ、吊り革を握って、二人で立って。
「…欲しい物、今は無いみたい…」
アクセサリーは要らないし…。腕時計もペンも、服とかだって…。
袋が欲しいだけだったみたい、帰りのバスで幸せ自慢が出来るから。貰ったんだよ、って。
「そう来たか…。要はプレゼントが入った袋が欲しい、と」
俺に貰ったプレゼントの袋。小さい袋でも、大きいのでも。
それなら、中身のプレゼントだが…。
選ぶ所から俺と二人でやるのか、俺が一人で決めてプレゼントか、どっちがいい?
店に入って、お前が迷って、俺が「これなんかどうだ?」と言ったりして決めるプレゼント。
そういうのも出来るし、俺が勝手に「これがいいな」と買って来ちまうことだって出来る。
そっちだったら、お前はデートの時に受け取るだけだ。
とっくに結婚していたとしても、隠し方は幾つもあるってわけで…。デートの途中で、いきなり袋が出て来るわけだな、俺が持ってた荷物の中から。「プレゼントだ」と。
そのやり方だと、小さな袋になっちまうがなあ、隠せるサイズの。
お前、どっちが欲しいんだ?
俺と二人で選ぶプレゼントか、俺が決めちまったプレゼントか。
「…どっちだろう…?」
ハーレイと二人でお店で選ぶか、ハーレイが選んだのを貰うかだよね?
選びに行くなら、何を貰えるかは分かるけど…。ハーレイが選んで来るんだったら、貰った袋の中身が何かは、開けてみるまで謎なんだよね…?
どっちがいいんだ、と尋ねられても、それだって悩む。
プレゼントは何かとドキドキしながら開けるのもいいし、二人で選ぶのも楽しそうだから。袋の中身が決まっているのも、自分で決めるのも素敵だから。
「…それも、とっても悩むんだけど…」
ハーレイが選んでくれたのもいいし、二人で選ぶのもいいし…。
欲しい物が何か決まってないから、ぼくの好みが無いんだもの。これがいいな、って思う物が。
「要は決まっていないんだな?」
アクセサリーだなんて言い出したくせに、本当に欲しいプレゼントは。
自分で選ぶか、俺に任せるかも、それさえ選べやしない状態、と。
お前が欲しいプレゼントってヤツは、今の時点じゃ、プレゼント入りの袋だけらしいな。
さっきお前が言ってた通りに、デートの帰りに提げて歩ける袋さえあれば大満足、と。
「そうみたい…」
もちろん中身は入っていないと困るけど…。空っぽの袋じゃ駄目なんだけど。
何を袋に入れたいんだ、って訊かれても思い付かないよ。
多分、ホントに何でも良くって、提げて帰れたらそれで幸せ。
ハーレイと二人でバスに乗れたら、バスに乗ってる人たちに袋を見て貰えたら…。
中身さえあれば、プレゼントは何でもいいんだけれど、と困り顔をするしか無いけれど。
欲しいプレゼントも、自分で選ぶかどうかも決められないのだけれど。
ハーレイは「欲の無いヤツだな」と微笑んだ。「しかし、如何にもお前らしい」と。
「前のお前もそうだったが…。欲が無いんだ、お前はな」
だったら、俺からのプレゼントは、だ…。お楽しみに取っておくといい。
お前が何か思い付くまで。これが欲しい、と言える時まで。
「え…?」
取っておくって、どういうことなの?
ぼくはプレゼントを決められなくって、中身がちゃんと入っているなら、袋だけでいいのに…。
「それじゃ、お前もつまらんだろうが。俺だって張り合いが全く無いぞ」
何でもいいから袋に入ったプレゼントをくれ、と言われても…。
どうせ、俺とデートが出来るようになるまで、そういうプレゼントは贈れないからな。
食ったら消えて無くなる菓子とか、そんな物しか渡してやれないんだし…。
その分、きちんと取っておくんだ、俺への貸しで。
そうしておいたら、初めてのデートの時かどうかはともかく、欲しい物が出来たら買ってやる。
二人で選ぶか、俺が勝手に選んで買うかも、お前の自由で。
お前の好きにするといい。
「こんなのが欲しい」と強請るのもいいし、俺を連れて店に行くのもいいし。
「…いいの?」
ぼく、欲張りで、うんと我儘かもしれないよ…?
今は何にも決まってないけど、欲しい物が出来たらうるさいかも…。
ハーレイに選んで貰うどころか、お店を幾つも端から回って、決めるまでに時間がかかるかも。
もう一軒、ってあちこち引っ張り回して、最後の最後に、最初のお店がいいって言うとか…。
欲張りで我儘で、自分勝手な買い物かも、と心配になった未来の自分。
前の自分には出来なかったことが多すぎたから、その分、今度は我儘かも、と。
ミュウの未来は背負っていないし、ソルジャーでもない幸せ一杯の普通の子供。それが育てば、前の自分とは比較にならない、我儘な自分が出来上がるかも、と。
「…我儘な買い物でもいいの、ハーレイ?」
ぼくの気に入る物が見付かるまで、無駄にあちこち歩き回っても…?
それで勝手にくたびれちゃって、休憩しよう、って騒いでばかりのデートでも…?
「当然だろうが、デートってヤツはそういうもんだ」
我儘な恋人に振り回されて、荷物を持てとか、疲れただとか。
それに付き合えるのも楽しみの内だ、お前と二人で思う存分、デートなんだから。
プレゼントを決めるのに散々迷って、決まったら、そいつを俺に買わせて…。
ついでに帰りはバスに乗るんだな、そのプレゼントが入った袋を見せびらかすために?
「そう! デートの帰りは幸せ自慢!」
デートで買って貰ったんだよ、ってバスの中で自慢しなくっちゃ。
大きな袋でも、小さな袋でも、ぼくが自分で提げるから。
ぼくが持たなきゃ、幸せ自慢にならないもの。ぼくの袋だ、って気付いて貰えないから。
「よしよし、あちこち歩き回って買い物なんだな」
お前がバスで帰れるだけの元気、残しておかんといけないし…。
疲れすぎないように見張るのも俺の役目だな。歩きすぎだぞ、と注意をして。
お前が「疲れちゃった」と言い出す前に、その辺の喫茶店とかに入って休ませる、と。
そっちの方も任せておけ、とハーレイはパチンと片目を瞑ってくれたから。
帰りに乗るバスは、二人並んで座れる座席が空いているといいな、と言ってくれるから…。
「んーと…。ぼくは、立っている方が幸せかな?」
空いている席があるより、そっちの方。ハーレイと二人で立って乗る方。
「何故だ? 座れる方が幸せだろうが」
お前、歩き回って疲れてるんだし、空いている席がある方が…。
俺と二人で座れる方が断然いいだろ、楽なんだから。
「足は楽かもしれないけれど…。立つ方がいいよ、吊り革を持って」
だって、その方が、プレゼントの袋を持っているのが目立つから…。
座っている人にも、立ってる人にも、提げてる袋を見て貰えるでしょ?
沢山の人に幸せ自慢が出来るよ、立っている方が。
その方が絶対、ぼくは幸せ。
「おいおい、無理はするなよ、お前」
散々歩き回って疲れてるのに、帰りのバスでも立ちたいだなんて…。
我儘ってヤツにも程があるだろ、俺はお前と並べなくても、お前を絶対、座らせるからな…!
混んでいたって、誰かに頼んで空けて貰って座らせる、とハーレイは苦い顔だけど。
それが無理なら、バスは諦めてタクシーだ、と眉間に皺まで寄せているけれど。
足がすっかり疲れていたって、プレゼント入りの袋を提げて、ハーレイと二人で立っていたい。
デートの帰りに、「ぼくのだよ」と見せて、幸せ自慢をしたいから。
座ってしまって膝の上の袋が見えにくくなるより、大勢の人に見せて自慢をしたいから。
ハーレイと二人、デートに出掛けて、買って貰ったプレゼント。
それが入った袋さえあれば、きっと幸せ一杯だから…。
提げたい袋・了
※ブルーがバスで見かけたカップル。女性が幸せそうに持っていたのは、小さな紙袋。
そういう袋を、いつか提げられる日が来るのです。ハーレイから貰ったプレゼント入りの…。
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