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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

押し花のカード

(えーっと…?)
 ブルーがしげしげと眺めたカード。学校から帰って、おやつの時間に。
 母宛に届いたカードだけれども、テーブルの上に置いてあったから。母の友人の一人らしくて、近況などを知らせる文面。飼っている二匹の猫の話に、通っている趣味の教室の話。
 短い文でも充分伝わる、差出人が過ごしている日々。カードに添えられた小さな押し花。それも習ったものなのだろうか、カードに貼ってある押し花。傷まないよう、剥がれないよう。
(これ、知ってる…)
 ぼく知ってるよ、と思ったカード。花の名前は分からないけれど、優しいカード。
 とても懐かしい誰か、と差出人の名前を眺めてみても、何故だかピンと来てくれない。カードと一緒にあった封筒、それに書かれた住所を見ても。
(誰なんだろう…?)
 カードは確かに知っているのに、心当たりのない名前。住所の方も。
 此処からは少し離れた町。母とお茶の時間を楽しむために来るには遠すぎる。他にも会いに行く人がいるとか、旅行を兼ねてやって来るとかいった距離。
(…ぼく、会ったことも無さそうだけど…)
 父や母の友人の家まで、遊びに出掛けたことはある。幼かった頃に、呼んで貰って。
 けれど、身体が弱かったのだし、家から近い所だけ。せっかく招待してくれたのに、先方の家に着いた途端に眠ったのでは悪いから。「気分が悪い」と言い出したならば、大変だから。
(こんな所まで行かないよね…?)
 わざわざ母の友達に会いに、身体の弱い自分まで。どう考えても、幼い自分だと旅行つき。大人だったら日帰りだって出来そうだけれど、弱い自分は今だって…。
(日帰りなんて、出来そうにないよ…)
 朝一番に家を出たって、家に戻る頃には夜になる。そういう所なのだから。



 絶対に無理、と思うのだけれど、何度眺めても懐かしい気持ちがするカード。添えられた小さな押し花を見たら、名前も知らない花の姿を目にしたら。
(この押し花のせいだよね…?)
 カードに惹かれる理由はそれ。綴られた文字より、押し花の方に目が行くから。
 きっとそうだ、と見詰めていたら、通り掛かったカードを貰った人。押し花のカードの持ち主の母。訊いてみたなら分かるだろう、と母を呼び止めて尋ねてみた。
「ママ、このカードなんだけど…」
 ぼく、これをくれた人に会ったこと、ある?
 住所は遠い所だけれども、前は近くに住んでいたとか…?
「昔から其処よ、ブルーが生まれる前から、あの町」
 でも、会ったことはあるわよ、ブルーも。今よりも、ずっと小さい頃にね。
 用事があってこっちに来たから、って家に寄ってくれて、ブルーも遊んで貰ったから。
「押し花のカード、ぼくも貰った?」
 こういう押し花がくっついたカード。この人、ぼくにも出してくれたの?
「カードって…。ブルーはお手紙、出してないでしょ?」
 まだ本当に小さかったし、ちょっぴり遊んで貰っただけで…。
 お土産のお菓子は貰っていたけど、お礼状を書くような年じゃなかったから…。



 貰うわけがないわ、という答え。「カードを貰うには、先に手紙よ」と。
「ブルーが手紙を書いていたなら、ちゃんと返事が来るけれど…」
 小さな子供でも、返事を貰えるものだけど…。
 そうでないなら、ママ宛ね。「ブルー君にもよろしくね」って。
「…ぼく、このカードは貰ってないんだ…」
 貰ったのかな、って思っちゃった。
 この人の名前は知らないけれども、カード、懐かしい気がするから…。
 押し花がくっついたカードだよ、って思って、「これ、知ってるよ」って…。
「たまに来るから、そのせいじゃないの?」
 いつも見ているカードが来た、って。
 ママ宛のカード、よくテーブルに置いてあるでしょ?
 こういう可愛い押し花付きだと、ゆっくり眺めていたいものだし…。今度も素敵、って。
「…そうなのかな?」
 ママが置いてたのを見ていたからかな、押し花のカード…。
 おやつの時とかにチラッと眺めて、それで覚えているのかな…?
「押し花のカードをくれる人なら、他にも何人かいるけれど…」
 この人のは、いつでも押し花つきよ。花が少ない冬になっても。
 本当に花が好きな人なの、それに押し花のカード作りも。…押し花の栞なんかも作ってる人よ。
 そのせいで懐かしく思うんでしょ、と説明されたらそうかもしれない。
 何度も目にしたカードだったら、「小さい頃から見ているカード」と。
 今日はたまたま、心に引っ掛かっただけ。「押し花のカードが届いているよ」と。



 ようやく解けたカードの謎。名前も知らない差出人でも、懐かしく思った押し花のカード。
 やっと分かったよ、と帰った二階の自分の部屋。おやつをすっかり食べ終えてから。
 勉強机に頬杖をついて、さっきのカードを思い出してみる。母に届いた押し花のカード。
(そういうことって、ありそうだものね)
 自分宛ではないというのに、心に刻み込まれるカード。それがテーブルに置かれていたら。
 とてもいいことがあった日などに、たまたまカードが届いていたら。
(幼稚園から帰って来たら、押し花のカード…)
 テーブルの上に置いてあったら、御機嫌な気持ちとセットで覚えてしまいそう。押し花がついたカードまで届いた素敵な日だ、と。
 添えられた押し花が可愛いから。温かな手作りのカードだから。
(ぼくに届いたカードなんだよ、ってママから取り上げちゃったとか?)
 幼稚園の頃なら、やってしまっていたかもしれない。カードの文字もろくに読めないくせに。
 押し花つきのカードが欲しくて、特別なカードが欲しくなって。
 母が忘れているだけのことで、強引に貰ってしまったカード。「これは、ぼくの」と。
 強請って、母から奪い取って。



 如何にも子供がやりそうなこと。欲しい物なら、そのカードが母の持ち物だって。
 どうしても欲しいと駄々をこねた末に、大喜びで自分の物にしたカード。押し花つきの。
(きっとそうだよ)
 そうしていたなら、懐かしい気持ちにもなるだろう。カードは自分が貰ったのだから。自分宛に来たカードでなくても、嬉しい気分で手にしたカード。「ぼくが貰った」と。
 そうに違いない、と頷いたのだけれど。
 押し花のカードは幼かった自分が貰ったカードで、大切な宝物だったのだろうと思ったけれど。
(でも、もっと…)
 本当に懐かしい気持ち。心の底から湧き上がるように、ふうわりと温かい思い。
 まるで身体ごと包み込むように、こみ上げてくる懐かしさ。押し花のカード、と。
 これほど懐かしくなるものだろうか?
 幼かった頃の我儘だけで。「ぼくに来たんだ」と、母から奪ったらしいカードの思い出だけで。
 もっと色々あったにしたって、子供の記憶は頼りないもの。
(三つ子の魂百まで、って…)
 今の時代はそう言うけれども、それはあくまで性格のこと。
 三歳の頃に起こった出来事、そんなことまで覚えてはいない。百歳でなくても、十四歳でも。
(覚えていたって、ほんのちょっぴり…)
 好きだったオモチャや、そういったもの。懐かしいと思い出しはしたって、これほど心を持って行かれるとは思えない。たった一枚の押し花のカード、それを目にしたというだけで。
(…前のぼくなの?)
 もしかしたら、と心に引っ掛かったこと。今の自分とは違う自分が見ていただろうか、押し花がついた優しいカードを…?



 けれど、そこまで。一向に戻らない記憶。
 「押し花のカード」と自分に言い聞かせたって、遠い記憶を探ってみたって。
 三世紀以上にわたるソルジャー・ブルーの記憶。とても全部は手繰れないけれど、キーワードがあれば事情は違う。押し花つきのカードだったら、ポンと出て来そうなものだから…。
(やっぱり違う…?)
 前の自分の思い出ではなくて、今の自分の方の思い出。母から取り上げてしまったカード。
 そっちだろうか、と考え込んでいたら、聞こえたチャイム。仕事の帰りにハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合わせに腰掛けるなり訊いてみた。
 母が運んでくれたお茶とお菓子があるというのに、放り出しそうな勢いで。
「ハーレイ、押し花のカード、知ってる?」
 押し花がくっついているカード…。本物の花だよ、それが模様になっているカード。
「あるなあ、色々綺麗なのがな。手作りもあるし、売ってるヤツも」
 生徒から貰うことだってあるぞ、女子だと好きなのがいるからな。押し花つきのカード作りが。
 「こんなのを作りましたから」って、半分は自慢してるんだな、アレは。
「そうじゃなくって、前のハーレイ…」
 今のハーレイは、もちろん知ってて、生徒からも貰うみたいだけれども、前のハーレイだよ。
 貰ってたかどうかは知らないけれど、押し花のカードを覚えていない?
 今日、ママ宛にカードが来てたんだよ。…押し花のカード。
 それがとっても懐かしい気がして、前のぼくかと思うんだけど…。
「…前の俺だと?」
 つまりはキャプテン・ハーレイってことだな、押し花のカードの記憶はあるか、と。
 シャングリラのことなら、俺の管轄ではあるんだが…。
 薔薇のジャムが似合わないという評判だったし、押し花事情に詳しかったとは思えないがな…?



 押し花がついていたカードか、と腕組みをして記憶を手繰るハーレイ。
 「あったとしたなら、白い鯨の時代だが」と。
「前のお前が奪ったヤツなら、お前が覚えているだろうしな。…忘れたりせずに」
 忘れていたって、アレだ、と思い出す筈だ。気になり始めていたんだったら。
 だから、お前が手に入れて来たカードじゃない。誰かが作ったカードだってことだ。
 押し花のカードを作るとなったら、花がふんだんに手に入らないと作れないんだし…。
 そうなると白い鯨なわけだが、あの船の中だとカードってヤツは…。
 押し花はともかく、カードがなあ…。
「郵便なんかは無かったものね、シャングリラには」
 今の時代は郵便ポストも、郵便屋さんもあるけれど…。
 ポストに手紙を入れておいたら、ずっと遠くの星にも手紙を出せるけど…。
「其処が問題だ、シャングリラではな」
 いくら頑張って作ってみたって、カードの出番というヤツが無い。
 まるで無いってわけではなくても、今の時代とは事情が全く違うんだから。
「限られちゃうよね、作ったカードの使い道…」
 招待状くらいしか思い付かないよ、シャングリラでカードを出すんなら。
 仲のいい友達に「部屋に遊びに来てね」って出すとか、そんな感じで。
「招待状か…。ああいうのはエラが好きでだな…」
 やたらと書き方にこだわってみたり、何かと凝っていたもんだが…。
 待て、それだ!



 エラだ、とハーレイがポンと打った手。カードと言えばエラだった、と。
「前のお前のためにと作っていたんだ、あいつがな」
 お前が言うような押し花のカード、それを幾つも手作りしてた。あの船の花で。
「エラは分かるけど…。前のぼく?」
 前のぼく、花が好きだった?
 押し花のカードをエラに作って貰うくらいに、前のぼくは花が好きだったの…?
「違う、お前はカードを選んでいたんだ」
 エラが作った押し花つきのカードの中から、「これにしよう」と。
 直ぐに決めたり、考え込んだり、カードを幾つも見比べながら。
「花が好きだから選ぶんじゃないの?」
 どれか一枚選ぶだけなら、迷う必要は無いんだもの。これ、って一つ選んでおしまい。
 だけど色々見比べてたなら、前のぼく、花が好きだったんだよ。
 どの花を使ったカードを貰うか、決められない時もありそうだものね。素敵な花が沢山あれば。
「花好きだったとは言っていないぞ、俺は一言も」
 エラが作ったと言っただろうが、前のお前のために手作り。
 その中からお前が選んでたわけで、カードはお前が選ぶためにあった。
 思い出さないか、エラがせっせと作っていたのは、招待状ってヤツなんだが…。
 押し花つきのカードの他にも、仰々しいのを拵えたってな。
 ソルジャー主催の食事会用の招待状を。
「ああ…!」
 そういうの、エラが作ってたっけ…。
 白い鯨になった後には、食事会なんかを始めちゃって。



 あれだ、と蘇って来た記憶。遠く遥かな時の彼方で、ソルジャーだった前の自分。
 シャングリラを白い鯨に改造した後、エラが始めたのがソルジャー主催の食事会。とても大袈裟だった行事で、呼ばれるのは船で功績のあった者やら、様々な部門の責任者やら。
 開催される時は、招待状が配られた。もちろん、出席する者にだけ。
 招待状にはミュウの紋章、金色のフェニックスの羽根。シャングリラの船体にも描かれた模様。
 それが如何にも偉そうな感じで、堅苦しく見えたものだから…。
 ある日、会議で提案してみた。長老たちが集まる会議。次の食事会は誰を招くか、そんな議題が終わった後に。
「…食事会の招待状だけど…。このデザイン…」
 堅苦しすぎるよ、今のはね。まるで昔の王様みたいだ、ミュウの紋章まで描いて。
 もう少し、優しい感じの招待状に出来ないのかい?
 こんな招待状を貰ってしまうと、受け取っただけで誰でも緊張しそうだけどね?
「ソルジャーにはこれがお似合いです」
 船で一番偉いのはソルジャーなのですから、と答えたエラ。
 デザインを変える必要は無いと、今の招待状は遠い昔の招待状を真似たものだから、と。
 王侯貴族が配ったらしい、晩餐会などの招待状。そのデザインを元に作ったのだ、と。
「…すると、子供たちを呼んだ時でも、これを出そうとするわけかい?」
 他のデザインは駄目だと言うなら、小さな子供たちにも、これを…?
「子供たち…ですか?」
 ソルジャー、子供たちなどは…。何の仕事もしておりませんし、功績だってありません。
 そもそもお呼びになれませんが、と大真面目な顔で返された。
 ソルジャー主催の食事会に招かれることは、シャングリラではとても名誉なこと。
 その食事会に、子供が招かれることなどは無い、と。



 招く理由がありませんから、と切り捨てられた子供たち。シャングリラのために役立つことは、何一つしてはいないから。次の世代を担うとはいえ、どちらかと言えばお荷物だから。
(だけど、前のぼく…)
 子供好きだったソルジャー・ブルー。養育部門に出入りもしていた。
 他の部署で仕事を手伝おうとしたら、断られてしまうものだから。場合によっては邪魔になる。視察と同じ扱いになって、仲間たちの仕事が中断される。
 けれど、養育部門は違った。子供好きなソルジャーが子供たちと一緒に遊んでいたって、止めに来る者は一人もいない。ソルジャーは遊んでいるのだから。
(ぼくが子供たちの相手をしてたら、他の仲間は手が空くんだし…)
 別の仕事を進められるわけで、結果的には手伝いになるのが養育部門で遊ぶこと。だから頻繁に出掛けて行っては、子供たちと遊ぶのを仕事にしていた。他に仕事は無かったから。
 それだけに、子供たちは親しい存在なのだし、「駄目だ」と言われたら呼びたくなる。
 ソルジャー主催の食事会にも、あの子供たちを。
「…子供たちを呼んでも、いいと思うけどね?」
 ぼくは子供たちと遊んでるんだし、たまには一緒に食事したって…。
「とんでもありません!」
 相手は子供なのですよ。お分かりですか、食事会に出る資格など無いのが子供たちです。
 さっきも申し上げましたでしょう、何の功績も上げてはいない、と。
 それに仕事もしておりません、とエラに一蹴されてしまった。
 単に招かれる資格が無いというだけではなくて、もっと厄介な存在なのが子供たち。
 じっとしてなどいられないのだし、食事会など向いてはいない、と。



 いけません、としか言わないエラ。子供たちを食事会に招くなんて、と厳しい顔をするばかり。
「本当に駄目かい?」
 ソルジャーのぼくが呼びたいと言っても、子供たちは招待出来ないと…?
 招待状はぼくの名前で出しているのに、そのぼくが呼んであげたくても…?
「当然です。…いくらソルジャーの御希望でも」
 ソルジャー主催の食事会に出席するとなったら、招かれた方も礼儀作法が大切です。
 招待して下さったソルジャーに対して、失礼があったら大変ですから。
 大人でもそういう席なのですよ、食事会は。
 其処へ食事のマナーも覚えていないような子供たちを招待するなんて…。
 有り得ないことです、とエラは眉を顰めていたのだけれど。
「食事のマナーねえ…。使えそうじゃないか、そのマナーってヤツがさ」
 あたしはいいと思うんだけどね、とブラウが横から割って入った。
 ソルジャー主催の食事会だと思うから、子供は駄目なだけ。マナー教室ならいいだろう、と。
「マナー教室ですって?」
 何なのです、それは。いったいどういう意味なのです?
「そのまんまだよ、マナー教室さ。ヒルマンも一緒に出りゃいいんだよ、食事会に」
 子供たちにマナーを教えるってね。将来、食事会に招待された時に備えてさ。
 食事のマナーも分かってないなら、教えてやればいいんだから。…それこそ一から。
 現場で教えりゃいいじゃないか、というのがブラウの意見だった。
 食事会という名のマナー教室、ミュウの未来を担う子供たちを集めて開くもの。
「面白そうじゃの、食事のマナーを学ばせるんじゃな」
 そういうことなら問題ないわい、作法を覚える会なんじゃから。ソルジャーの望みも叶って一石二鳥じゃ、と賛成したゼル。
「私も全く異存はないね。…教育者として」
 やると言うなら子供たちを連れて出席しよう、とヒルマンも穏やかな笑みを浮かべた。
 子供たちにはきちんと目を配るけれど、子供なのだし、お手柔らかに、と。



 思いがけないブラウの提案。食事会という名のマナー教室、それをソルジャーが主催すること。それならば何の問題も無いし、子供たちを呼んでも大丈夫だから。
「エラ。…ヒルマンたちはいいと言っているけれど?」
 食事会には違いないけれど、子供向けだからマナー教室だ。これでも駄目だと言うのかい?
 ハーレイからも反対意見は出ていないからね、キャプテンも賛成しているわけだ。
 この状況でも、まだ駄目だと…?
「仕方ないですわね…」
 一理あることは認めます。子供たちには、食事のマナーを覚える機会も大切ですから。
 考えましょう、と折れたエラ。「次の会議の議題の一つは、この件です」と。
 数日後に開かれた会議の席では、決定事項だった子供たちのためのマナー教室。開催するには、どういう風にすればいいかと。
 ソルジャー主催の食事会には欠かせないものが、ミュウの紋章入りのソルジャー専用の食器。
 子供たちを招く時には、専用の食器は使わないこと。食堂で使う普段の食器で、メニューも子供向けの料理と皿数に。他にも色々、案が出されていったから…。
 これはチャンスだ、と招待状の話を持ち出した。
「あの偉そうな招待状も、なんとかならないのかい?」
 デザインは変えられない、と前に言われてしまったけれど…。相手は子供たちなのだし…。
「子供たちだからこそ、正式なものを、と思うのですが」
 本物に触れるということは役に立ちます。たとえ招待状一つでも。
 専用の食器などを一切使わない分、招待状の方は大人と同じものを配ってこそです。
「そういうものかもしれないけれど…」
 子供たちだよ、もう少し優しいデザインにしてあげられないのかい?
 紋章は外せないとしたって、もっと子供たちが喜びそうな招待状は作れないのかな…?



 可愛らしい絵を添えるとか、と食い下がってみたら、エラは暫く考えてから。
「…絵を添えたのでは、ソルジャーの威厳が保てません。どう見ても子供向けですから」
 ですが、仰りたいことは分かります。子供たちのための招待状を、という御意見も。
 押し花というのは如何でしょうか、絵の代わりに。
「…押し花だって?」
「はい。…そういうカードを作ったことがあるのです」
 作り方を本で読みましたので、どういうものかと試しに幾つか。
 この船では出番がありませんから、出来たカードは誰にも出してはおりませんが…。
 押し花をあしらったカードなのです、とエラが思念で披露したイメージ。出席していた全員に。
 白いカードに貼られた押し花。白いシャングリラの公園で咲いた花たち、それの形に。
 押し花だから、生きた花とは色が違っているけれど。色褪せた花や葉っぱだけれども、花の姿は充分に分かる。元はどういう花だったのかも、何処に咲くかも。
「いいね、これなら子供たちだって喜びそうだ」
 絵よりもずっと大人びているし、招待状の端に添えたら、いいアクセントになるだろう。
 でも、これを誰が作るんだい?
 招待状なら、印刷すれば済む話だけれど…。押し花つきの招待状だと、そうはいかないし…。
「私しかおりませんでしょう」
 言い出したのは私ですから、子供たちの分の招待状には、私が押し花をつけることにします。
 元々、趣味で作っていたものなのですし、それが仕事になるだけです。
 嫌いな作業ではありませんから、暇を見付けて作ってゆけば…。
 食事会までには充分出来ます、押し花つきの招待状が。



 お任せ下さい、とエラが引き受けてくれた、子供たち用の招待状作り。
 大人用のと同じカードが出来て来たなら、端に押し花をつけてゆく。一つずつ丁寧に、花の形がよく分かるように。剥がれてしまわないように。
 そうやってエラが幾つも作った、子供たちのための押し花つきの招待状。完成したら、青の間に届けに来てくれた。「今回の分は、これになります」と。
 押し花の種類は、いつも色々。エラは心を配って選んだ。その時々の花を、公園に行って。
 招待状に貼られた押し花、どれ一つとして同じ形になってはいなかったものだから…。
(前のぼく、カードを選んでたんだよ…)
 受け取る子供たちの顔を思い浮かべながら、どのカードを誰に送ろうかと。
 これはあの子に、これはこの子、と。
 招待状を入れる封筒、それに書かれた宛名を眺めて、決めたものから封筒の中へ。全部入れたら部屋付きの係や、ハーレイに渡した。「これを頼むよ」と。
 招待状には大人用のと同じに専用の封が施されて、子供たち一人一人に配られて…。
 初めての食事会の時には、胸を弾ませて会場にやって来た子供たち。ヒルマンの引率で、騒ぎもしないで行儀よく。きちんと列を乱さずに。
 食事が始まったら、はしゃいだ声が弾けたけれども、誰も会場を走り回りはしなかった。大声で叫ぶ子供もいなくて、ヒルマンがマナーを教える時には、真剣だった子供たち。
 「いいかね、ナイフはこう使って…」と示されたお手本通りに、子供たちは皆、頑張った。肉や魚を上手く切ろうと、上手に口へ運ぼうと。



 そうして食事会は成功、時々やろうということになった。子供たちにも正式な席を、と。
 ソルジャー主催の食事会が決まれば、子供向けの時は、招待状のカードに添えられた押し花。
 エラが作って、前の自分が子供たちのためにと選び出して。
 どの花のカードを、どの子に届けてやろうかと。この花が好きそうな子供は誰か、と。
「…そっか、子供たちのための食事会…」
 あれの招待状が押し花のカードだったんだ…。いつでもエラが作ってくれて。公園の花を幾つも探して、季節の花で飾ってくれて。
 それで懐かしい気持ちがしたんだ、押し花のカード…。
 ママ宛に届いたカードだったけど、前のぼく、押し花のカードを何度も選んでいたから…。
「俺もすっかり忘れていたがな、カードどころか食事会さえ」
 子供向けの食事会の時だと、俺は出番が無かったからなあ…。ヘマをしなくてもいいわけだし。
 本物の食事会の方なら、招かれたヤツらが緊張する度、お前に目配せされてたもんだ。
 「場が和むようにヘマをしろ」とな。
 合図されたら、肉を皿から飛ばしちまうとか、ナイフを派手に落っことすとか…。そいつが俺の役目だったが、子供たちだと必要無いし…。
 なにしろマナー教室だからな。失敗するのは子供たちの方で、手本はヒルマンだったんだし。
「だけどハーレイ、来ていたじゃない」
 子供たちのための食事会でも、ハーレイ、いつも来ていたよ?
 ぼくの頼みで失敗をしていないだけ。ちゃんと食事をしていたよ。子供向けの料理ばかりでも。
「出席したというだけだ」
 エラがきちんと出ろと言うから…。本物の食事会の時には、キャプテンは必ず出席だからな。
 キャプテン用の席に座って、大真面目に食うしかないだろうが。
 大人用にと量が多めなだけでだ、子供たちが喜びそうな料理ばかりが出て来たってな。
 まあ、好き嫌いは全く無かったんだし、まるで困りはしなかったが。



 賑やかだった、子供たちとの食事会。ソルジャー主催の食事会という名のマナー教室。
 ソルジャー専用の食器は使わず、割れてもかまわない食堂の食器で、子供向けのメニューで。
 招待状にはエラが作った押し花のカード。
 正式な招待状の端っこ、其処に貼られた綺麗な押し花。白いシャングリラで咲いた花たち。
 食事会に招く子たちを思い浮かべながら、押し花のカードを選んでいた。どのカードを選んで、封筒に入れてやろうかと。この花だったら、あの子だろうかと。
(…子供たちを呼ぶ食事会…)
 最後はカリナたちとやったのだったか。ジョミーが来るより、ほんの少し前に。
 とうに身体は弱っていたけれど、命の終わりが見えていたけれど。
(…ぼくの思い出、ちゃんと持ってて欲しかったんだよ…)
 ニナやカリナや、トキたちに。青い地球まで行く子供たちに。
 そう思いながら選んだカード。押し花がついた招待状。これはカリナにと、これはニナにと。
 何も知らなかった無邪気な子たちは、いつもと同じに元気一杯。
 その姿にずいぶん励まされたのだった。まだ死ねない、と。
 ジョミーを迎えて、ソルジャーの跡を継いで貰うまで。白いシャングリラを託すまで。
 一緒に食事をしている子たちを、ニナやカリナやトキの未来を託す時まで。



 あれが最後の食事会になってしまったけれども、ジョミーのお蔭でナスカまで生きた。ミュウの未来を、新しい世代を見ることが出来た。
 赤いナスカで生まれた子たちを、トォニィやアルテラや、タージオンたちを。
 七人のナスカの子供たちとは、最後の最後に出会えたけれど…。
「…出来なかったね、食事会…」
 ナスカの子たちと出来なかったよ、トォニィやアルテラたちとはね。
 ちゃんと会えたのに、食事会は無し。…押し花のカードも選べなかったよ。
「やりたかったのか、食事会?」
 あの頃のお前の身体だったら、座っているだけでも辛かったろうに…。
 飯はなんとか食えたとしたって、子供たちの前で笑っているのも大変だったと思うんだが…。
「そうだろうけど…。ぼくの分だけ、別のメニューになっていたかもしれないけれど…」
 初めての自然出産で生まれた子供たちだよ、招待状を出したいじゃない。
 赤ちゃんだったツェーレンとかは無理でも、トォニィやアルテラ。
 あの子たちなら、きっと来てくれたよ。招待状の字は読めなくっても、食事会に。
「そうかもなあ…」
 カリナやユウイに招待状を読んで貰って、ナスカの家からシャングリラに来て。
 ヒルマンと一緒に行儀よく座っていたのかもなあ、どんな料理が出て来るだろう、ってワクワクした顔で。目だって、キラキラ輝かせて。
「うん、きっと…。きっと、そうだったと思う…」
 招待状を出せていたなら、トォニィたちと食事会だよ。ホントに小さい子供向けのメニューで。
 ナスカで採れた野菜も使って、子供が喜びそうなお料理、色々、作って貰って…。



 きっと出来た、と思うけれども、出せなかった押し花のカードの招待状。
 前の自分が長い眠りから目覚めた時には、ナスカは滅びに向かっていたから。
 子供たちのための食事会をしようと提案するよりも前に、自分の命も終わったから。
「押し花のカード…。トォニィたちには、出せないままになっちゃった…」
 それに、今のぼくだと、出す人、いないね。
 ソルジャーじゃないから食事会なんかは開けないんだし、招待状も無理…。
「そうでもないぞ。俺のおふくろに出せばいいだろう。親父にだって」
 もちろん、お前のお母さんとお父さんにも。押し花のカードで、招待状を。
「え?」
 招待状って…。それに、ハーレイのお母さんたちとか、ぼくのママたちって…。
 なんでそういうことになるわけ、どういう招待状なの、それは?
「決まってるだろうが、本当に本物の招待状だ」
 ミュウの紋章は入っちゃいないが、「家へ遊びに来て下さい」とな。
 今じゃなくてだ、ずっと未来の話だが…。まだ何年も先のことだが、お前、結婚するんだろ?
 俺の嫁さんになって、俺と一緒に俺の家で暮らす。
 そうなった時に出せばいいんだ、押し花のカードの招待状を。
 子供用の料理を用意する代わりに、俺が美味いのを作ってやるから。…うんと豪華な料理をな。
「そうだね…!」
 ぼくも出せるね、押し花のカードで作った招待状。
 ハーレイのお父さんとお母さんにも、ぼくのパパとママにも、「遊びに来てね」って。
 子供用の食事会じゃなくって、みんなでパーティー。
 ぼくも手伝うよ、パーティーの料理。ハーレイの邪魔をしちゃわないよう、気を付けて。



 前の自分がナスカの子たちに、出し損なった招待状。押し花がついていたカード。
 けれど、ハーレイが素敵なアイデアをくれたから。
 ナスカの子たちに出し損ねた分を、幸せ一杯の今の自分が出せるから。
 今度は自分で作ってみようか、エラの真似をして、庭に咲いている花たちを摘んで。
 押し花がついた招待状を、温かな手作りの優しいカードを。
 大切な人たちの顔を思い浮かべて、これはパパにと、これはハーレイのお父さんに、と。
 ママにはこれで、ハーレイのお母さんに出すのは、このカード、と。
 きっと幸せが溢れるのだろう、ハーレイと暮らす家の食卓。
 大切な人たちを其処に呼ぶために、「遊びに来て下さい」と送る招待状。
 前の自分が出し損ねてしまった押し花のカード、それを今度は自分で作って。
 出来上がったら、ハーレイと二人でポストに入れに出掛けてゆこう。
 大切な人たちの家にきちんと届くようにと、押し花がついた素敵な招待状を…。




            押し花のカード・了


※前のブルーが子供たちのために選んだ、押し花つきのカード。食事会への招待状に、と。
 ナスカの子たちとは、出来なかった食事会。でも、今度は自分で、カードを手作り出来そう。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv








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