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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

つがいの鳥

(ペンギンのカップル…)
 雛もいるね、とブルーが眺めた新聞記事。学校から帰って、おやつの時間に。
 ダイニングのテーブルで広げた新聞、可愛らしいペンギンが並んでいた。此処からは遠い地域の動物園にいる、名物ペンギン。人気者で子育て上手なカップル。
 仲良く寄り添う二羽の足元、よちよち歩きだろう雛。なんとも微笑ましい写真。
(ふうん…?)
 ペンギンのことは良く知らないけれど、というのが正直な所。姿は分かりやすいけれども、生態などには詳しくない。ペンギンだよね、と思うだけ。
(寒い所に住んでるペンギンばかりじゃ…)
 ないらしい、と父に教わった程度。「氷の国だと思っていたら、大間違いだぞ?」と。
 ペンギンの中には、サボテンの生える所で暮らす種類もいるのだと聞いた。氷ではなくて、熱い砂地が大好きなのが。
 そういう所のペンギンだったら、飼育するのに特別な部屋は全く要らない。この地域の動物園で飼おうというなら、屋根さえあれば屋外だって。
(氷の国から、サボテンの生える所までって…)
 極端すぎるよ、と言えばいいのか、逞しいのか。ペンギンという名前の種族。
 このペンギンはどちらなのかも分からない。写真に氷は写っていないし、屋外なのだと見分けがつくような物も景色も何も無いから。
 氷の国のペンギンなのか、暖かい場所のペンギンなのか。
 そのくらいは書いて欲しいよね、と改めて見詰めたペンギンのカップル。可愛い雛つき。
 ヒゲペンギンだなんて言われても…、と捻った首。いったい何処のペンギンだろう、と。



 生息地が分からないペンギン。氷の国のペンギンだろうか、ヒゲペンギンは?
(ゼルにヒルマン…)
 ヒゲと言ったら、あの二人だよ、と遥かな時の彼方を思う。前の自分の仲間たち。髭を生やしていた二人。今でも直ぐに浮かぶくらいに。
 けれど、ヒゲペンギンというのは種類なのだし、髭とついてもメスだっている。ヒゲペンギンが全部オスだったならば、たちまち絶滅するのだから。
 髭のあるメスのペンギンも…、と記事を読み進めて驚いた。
(え!?)
 ニールとロイ。
 そういう名前のペンギンのカップル、名物ペンギンと書かれた二羽。左がロイで、右にいるのがニールだと解説してあった。「とても仲のいいカップルです」と。
(男みたいな名前だけど…)
 ニールもロイも、男性の名前だと思う。普通に聞いたら、そういう感じ。
 だから、どちらかは男っぽい名前のメスだろうか、と考えた。ニールか、もしかしたら、ロイ。鳥には雌雄の区別がつきにくい種類も多いものだ、と聞いているから。
 馴染みの深い鶏だって、ヒヨコの間はオスかメスかが分かりにくいもの。ヒゲペンギンの場合も同じで、オスのつもりでロイと名付けたら、メスだったとか。オスのニールがメスだったとか。
(猫で間違えた友達もいたし…)
 生まれた子猫たちに名前を付けて大失敗。男の子なのに、女の子だった失敗談。
 ニールとロイもきっとそうだ、と考えたのに。
 ペンギンのプロの飼育係も、間違えて名前を付けたのだろうと、クスッと小さく笑ったのに。



(……嘘……)
 間違えたんじゃなかったんだ、とポカンと眺めた新聞記事。もう一度、写真を確かめたほどに。
 驚いたことに、ニールとロイはオス同士。正真正銘、どちらもオス。
 けれども、二羽で暮らしている所に、他のメスたちを入れてやっても、知らん顔。そんな鳥などいないかのように、お互いしか目に入らない。ニールも、ロイも。
 いつも一緒に仲良く巣作り、とはいえオスだから生まれない卵。それを承知で、他のカップルがやって来る。オスとメスとのカップルだけれど、子育てする気が無いペンギンが。
 そういうカップルが置いて行った卵、ニールとロイは大喜び。預かった卵でも、自分たちの卵。温めてやれば雛が孵るし、子供を育てられるのだから。
 巣作りをした甲斐があった、と交代で温める卵。雛が孵ったら、きちんと世話する。餌を運んで食べさせてやって、一人前の大人になるまで。
 だから人気者のニールとロイ。動物園でも一番の子育て上手なカップル。
 オス同士でも、メスには見向きもしない二羽でも。
(…ペンギンだよ…?)
 人間同士ならばともかく、相手はペンギン。自然の中で生きてゆく動物。子孫を増やして。
 動物園で暮らすペンギンなのだし、自然界とは違うのだろうか?
 ニールとロイはそれでいいの、と読み進めた記事には「色々あります」と記されていた。
 実は多いらしい、オス同士でカップルになってしまう鳥。ヒゲペンギン以外の種類の鳥だって。動物園ではなくて、自然の中で暮らす鳥たちでも。
 一生、添い遂げる鳥だった時は、後からメスを加えてやってもオス同士のまま。もうカップルは決まっているから、生涯、二羽で生きるのだから。
 たまたまオスが多かった年に生まれた鳥なら、そうなるらしい。翌年にメスが余っていたって、取り替えないらしい自分の相手。
 オス同士では雛が生まれなくても。巣作りをしても、意味が無くても。



 ビックリした、と丸くなった目。ニールとロイは特別なペンギンなどではなかった。
 たまたま動物園にいたから、注目を浴びているというだけ。もしも自然の中にいたなら、普通に生活してゆくのだろう。やっぱり同じに、他のカップルの卵を預かって孵してやって。
(うーん…)
 鳥の世界にもオス同士のカップルがいるなんて、と戻った二階の自分の部屋。
 勉強机の上に頬杖をついて、思い返した新聞記事。ペンギンでなくても、オス同士でカップルになることが多いらしい鳥。種類は様々、一生、添い遂げる鳥だって。
 どういう鳥で起こり得るのか、あの記事には書かれていなかったけれど…。
(鶴は…?)
 丹頂鶴はどうなんだろう、と頭に浮かんだ美しい鳥。この地域のずっと北の方に棲む丹頂鶴。
 あれも一生、添い遂げる鳥。湿原の神という意味の名前を持っている鳥、サルルンカムイ。遠い昔のアイヌの言葉で。
 前に新聞で読んで、悲しくなった。つがいの丹頂鶴の愛の深さに、前の自分たちが重なって。
(パートナーの鶴が死んじゃっても…)
 その側を離れずにいるという鶴。死骸を狙うキツネやカラスを追い払いながら。
 すっかり骨になってしまっても、まだ離れないで守り続ける。雨で流されたり、雪の下に隠れて見えなくなってしまうまで。相手の身体が消える時まで。
 そうなってから、やっと何処かへ飛んでゆくという丹頂鶴。新しいパートナーを探して。
(…前のぼくの身体、メギドで無くなっちゃったから…)
 シャングリラに戻りはしなかった身体。漆黒の宇宙に消えてしまって。
 もしも身体が残っていたなら、ハーレイはそれを守れたのに。魂は飛び去ってしまっていても。語り掛けても、声が返りはしなくても。
 そう思ったから、悲しかった鶴。
 前のハーレイには、守りたくても守る身体が無かったから。きっと守りたかっただろうに、と。
 それをハーレイに尋ねてみたら、本当にその通りだった。地球に着くまで守っただろう、と。
 もう動かなくなった身体を、保存するための柩に入れて。青の間に置いて、何度も通って。



 ハーレイと二人、鶴の姿に重ねた前の自分たち。
 前のハーレイを置いて行った自分と、置き去りにされたハーレイと。身体だけでも、ハーレイの許に残っていたなら、幾らかは救いになった筈。
 魂はもう戻らなくても、死んだ身体でも、寄り添うことは出来るのだから。
 手を握ることも、そっと口付けをすることも。
 パートナーを失くした丹頂鶴が、いつまでも側を離れないように。骨になっても、離れずに守り続けるように。
(きっとオス同士のカップルでも…)
 かまわないのだろう、と今になって思う丹頂鶴。湿原の神、サルルンカムイ。
 あの話をハーレイとしていた時には、其処まで思っていなかったけれど。鳥の世界では、オスとメスとがカップルなのだと考えていたし、鶴たちの愛の深さについて二人で語り合っただけ。
 鶴のように共に生きてゆこうと、今度こそ二人、離れはしないと。
(…鶴の舞…)
 雪解けの前に、鶴たちは雪原で舞うという。
 一生を共に生きる相手を見付け出すために、翼を広げて、鳴き交わして。
 とうに相手がいる鶴たちは、愛の絆を確かめるように。
 パートナーを探して舞う鶴たちは、若い鶴ばかり。これから共に生きる相手を求めて、初めての舞を舞う若い鶴たち。
 その中に混じって、パートナーを失くした鶴も舞うらしい。相手を失くして、たった一羽で。
 共に生きようと誓った相手は、もういないから。…身体さえも消えてしまったから。
 そういう悲しい鶴が舞う舞。
 愛を確かめ合うカップルたちの中で、新しい世代の鶴たちの中で、寂しく舞を舞い続ける。もう戻ってはこない相手を求めるように。本当だったら二羽で舞う筈の舞を、たった一羽で。
(…ぼくとハーレイも、離れちゃったら、そういう鶴になっちゃうよ…)
 独りぼっちで、悲しい舞を舞う鶴に。共に舞う相手は、もういないから。
 けれど、今度はハーレイと共に生きてゆく。死ぬ時も二人、何処までも一緒。
 そう約束を交わしているから、残されて一羽で舞わなくてもいい。
 お互い、悲しい舞は舞わない、という話で終わってしまったけれど。丹頂鶴よりもずっと、強い絆を育んでゆこうと、見詰め合って終わりだったのだけれど…。



 丹頂鶴も同じかどうかはともかく、オス同士でつがいになるという鳥。カップルになって、共に生きるオスたちは珍しくない。
 新聞に載っていたヒゲペンギンのニールとロイが、子供まで育てているように。
(ハーレイも、ぼくも…)
 人間の世界では珍しいけれど、鳥の世界なら、普通のカップル。周りの鳥たちも気にしない。
 そういうものだと考えているし、平気で卵も預けてゆく。「お願いします」と、産み落として。自分たちは子育てに向いていないから、孵して育ててやって下さい、と。
(巣作りも無駄にはならないんだよね…)
 自分たちの子供は生まれなくても、誰かが卵を置いてゆくから。きちんと温めて孵してやって、一人前になるまで育てる雛。餌を運んで、面倒を見て。
 おまけに、生きる場所によっては人気者。ニールとロイみたいに、新聞にも載って。
 きっとSD体制の時代だった頃も、人気者の鳥になれただろう。オス同士でも、子育てが上手い仲良しカップル。動物園で巣作りをして、他のカップルの卵を孵して。
(…前のぼくたち、鳥に生まれた方が良かった?)
 ミュウに生まれて酷い目に遭うより、ハーレイと二人。
 鳥なのだから二羽だけれども、頑張って二人でせっせと巣作り。オス同士でも、鳥の仲間たちは全く変だと思いはしない。鳥の世界では珍しくないことだから。
 そうやって巣が出来上がったら、誰かが卵を預けに来ないか、二人で待つ。巣はあるのだから、次は卵、と。早く卵を温めたいと、雛が孵ったら育ててやろうと。
 その内に預かる誰かの卵。子育てに向かないカップルの卵。
 ハーレイと交代で温めてやって、きちんと孵して、二人で育てて…。



(うんと幸せだったかも…)
 ミュウになるより、動物園で人気者の鳥。オス同士でも子育て上手だから。
 SD体制の時代でもきっと、幸せに生きられただろうカップル。そっちの方が良かったかな、と考えていたら、聞こえたチャイム。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、問い掛けた。
 お茶とお菓子が置かれたテーブルを挟んで、向かい合わせで。
「あのね、ヒゲペンギンって知ってる?」
 ペンギンの仲間なんだけど…。そういう名前の種類のペンギン。
「はあ?」
 なんだ、そいつは有名なのか?
 ヒゲペンギンというのは初めて聞いたが、何か変わったことでもするのか、そのペンギンは?
「やっぱり知らない?」
「すまん、ペンギンには詳しくないしな」
 この地域に棲んでる鳥じゃないから、そうそうお目にかかれんし…。どうも馴染みが薄いんだ。
 しかし髭とは、まるでゼルだか、ヒルマンなんだか…。そのヒゲペンギン。
「ニールとロイだよ」
 ゼルやヒルマンじゃなくって、ニール。…それからロイ。
「なんだそりゃ?」
 そういう名前がついているのか、何処のペンギンかは知らないが…。ニールとロイだと?
「うん、ペンギンの名物カップル」
 此処じゃなくって、遠い地域の動物園にいるんだけれど…。
 ニールとロイって名前なんだよ、オス同士のカップルなんだって。だけど、子育て上手で人気。
 ちゃんと巣を作って、他のカップルの卵を孵して、雛を育てているんだよ。



 でも珍しいことじゃないんだって、と話して聞かせた新聞記事。オス同士のカップルは普通だという鳥たちの世界。動物園でなくても、自然界でも。
 一生、添い遂げる鳥でも同じ、と言ったら「うーむ…」と唸っているハーレイ。鳥の世界では、そうだったのかと。
「…後からメスを入れてやっても、オス同士のカップルは壊れないんだな?」
 とうに相手は決まっているから、そのままでいいということか…。
 オス同士だと子孫は生まれないのに、他のカップルの卵を孵して育てたりもする、と。
「それ、ハーレイも知らなかった?」
 今のぼくより年上なのに…。色々なことを知っているのに。
「おいおい、何でも知ってるんだと思うなよ?」
 サッパリ分からんことも多いぞ、畑違いというヤツだ。そういう分野も多いんだから。
「そうかもだけど…。ハーレイ、鳥には詳しいから…」
 青い鳥が窓にぶつかった時も、オオルリだって直ぐに教えてくれたし…。
 ツバメが海を渡る時には、群れじゃなくって一羽ずつで飛ぶのも知っていたでしょ?
「それとこれとは、話が全く違うってな。オオルリやツバメはどうか知らんが…」
 鳥の世界じゃ、オス同士のカップルが普通だってか?
 しかも一生、同じカップルで暮らす鳥でも、一度オス同士でカップルになっちまったら、後からメスがやって来たって、見向きもしないと来たもんだ。
 比翼の鳥って言葉があるほどなんだし、夫婦なんだと思っていたが…。
 オスとメスとのカップルばかりで、オス同士のカップルがいたとしたって、珍しいのかと…。
「比翼の鳥は比翼の鳥だよ、いつも一緒に飛ぶんでしょ?」
 オス同士でも、一生、添い遂げるんだから。…メスが来たって、そっちの方には行かないで。
 前にハーレイと鶴の話をしたじゃない。一生、相手を変えないっていう丹頂鶴。
 パートナーの鶴が死んじゃった時も、死体がすっかり消えてしまうまで側を離れない鳥。
 あの鶴にだって、オス同士のカップル、いそうな感じ…。記事には書いてなかったけれど。
「いるかもなあ…」
 オス同士のカップルが壊れないなら、丹頂鶴の世界にもいるかもしれん。
 よくよく観察してみたら驚くかもなあ、「あのカップルはオス同士だぞ」とな。



 丹頂鶴の生態に詳しい人なら、きっと答えも知ってるだろうが、とハーレイは顎に手を当てた。
 「俺たちからすれば意外なんだが、普通なのかもしれないな」と。
 なにしろ鳥の世界の中では、珍しくないのがオス同士のカップル。一生、添い遂げるのが普通の鳥でも。丹頂鶴も、そのタイプの鳥。
「なんとも不思議な感じだなあ…。前にお前と話してた時は、まるで思いもしなかった」
 前の俺たちに鶴を重ねてはいたが、オス同士のカップルは俺たちくらいなモンだろうと…。
 きっと他にはいないだろうと思っていたのに、実は珍しくもなかったってか。
 丹頂鶴がそういう鳥とは限らないがな。
「でしょ? 鳥の世界では普通なんだよ、オス同士でカップルになってても」
 だからね…。前のぼくたちも、鳥同士だったら、とても幸せだったかな、って…。
「鳥同士?」
 前の俺たちって、ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイがか?
「そうだよ、名前は全然違っていたかもだけど」
 鳥なんだもの、ソルジャーとかキャプテンって呼ばれることは無いものね。
 ブルーとハーレイって名前でもなくて、それこそニールとロイだとか…。
 あっ、あそこ…。鳩!



 飛んで来たよ、と見付けた鳩。窓の向こうに、つがいの鳩。
 庭の木の枝に並んで止まって、仲が良さそうなカップルだけれど…。
「あれもオス同士かもしれないよ?」
 だって鳥だし、鳩の世界でもオス同士のカップル、普通なのかもしれないもの。
「鳩は見た目じゃ分からんからなあ、どれがオスだか、メスなんだか」
 オス同士が普通の世界だったら、そういうカップルかもしれん。巣を作っていても、卵を温めていても、まるで区別がつかんだろう。…他のカップルの卵だなんて、誰も夢にも思わないしな。
 しかし、どうして前の俺たちの話になるんだ?
 鶴の話をしていたからか、ああいう風に生きたかったのか…?
「そうじゃなくって…。あの時代だと、鶴だって、きっと動物園にいただろうしね」
 今みたいに自由に飛んではいなくて、保護して貰って、安全に生きていたと思うよ。動物園で。
 その動物園、決められたスペースはあるだろうけど、同じ檻でもミュウより立派。
 あんな狭苦しい檻じゃなくって、運動するための場所だってあるよ。
 鶴でも、他の色々な鳥でも、オス同士のカップルは人気者だよ、動物園なら。子育てが上手で、仲良しカップル。…ヒゲペンギンのニールとロイみたいに。
 動物園の鳥でなくても、オス同士のカップル、鳥の世界では普通でしょ?
 恋人同士だってことを隠さなくても平気なんだよ、何処で暮らしていたとしたって。
 シャングリラの中では、誰にも言えなかったけど…。
 最後まで秘密にするしかなくって、「さよなら」のキスも出来ないままで…。
「其処か、前の俺たちが鳥同士だったら、と考えた理由…」
 誰にも隠す必要は無くて、動物園なら人気者にもなれていて…。
 ミュウじゃないから追われもしないし、酷い人体実験なんかも一切無いっていうことか…。



 確かに幸せだったかもな、とハーレイも見ている鳩のカップル。枝に止まった、つがいの鳩。
 羽繕いをしてやったりもして、仲睦まじくて、本当に微笑ましいカップル。一休みしたら、また何処かへと飛んでゆくのだろう。離れないで、二羽で。
「きっと幸せだったと思うよ、前のぼくたち…」
 ミュウじゃなくて、鳥に生まれていたら。動物園の鳥でも、外で暮らしている鳥でも。
 今の地球みたいに沢山の自然は無いだろうけど、動物園でなくても、きっと安全。
 天敵がいたって、ミュウに生まれるより、ずっと安全な時代だったよ。
 ミュウだと、ホントに殺されるしかなかったから。…檻に入れられて酷い実験だとか。
 でもね、鳥だと、追い掛けられても頑張って逃げればいいんだし…。
 人間だって、鳥が追われていることに気が付いた時は、助けようとしてくれるでしょ?
「まあな…。人類も基本は、優しい生き物ってヤツには違いなかった」
 平和に暮らして、友達を作って、助け合って生きていたからな。
 ミュウの子供を通報していた養父母にしても、そういう子供じゃなかったら…。ごくごく普通の子供だったら、きちんと世話して可愛がってた。機械が教えた通りにな。
 キースみたいな軍人でなけりゃ、殺すことなんて考えやしない。人間はもちろん、動物だって。
 鳥が天敵に追われていたなら、皆、助けようとしただろう。それこそ大勢、集まって来て。
「ほらね、鳥の方がミュウより安全な時代だったんだよ」
 ミュウは見付かったら撃ち殺されておしまいだけれど、鳥を撃つ人は誰もいないよ?
 追い掛けられてる鳥を助けようとして、オモチャの銃を撃つ子供とかはいるんだろうけれど…。
 前のぼくたちが生きてた時代は、そういう時代。
 だから、前のハーレイとぼくも、鳥に生まれていたら幸せ。
 人類に殺されかけたりすることはないし、狭い檻に閉じ込められもしないし…。



 きっと幸せに生きてゆけたよ、と見詰めた恋人の鳶色の瞳。前の生から愛したハーレイ。
 けれど、恋人同士だったことは、誰にも言えはしなかった。最後の別れを告げる時さえ、キスも出来ずに終わった二人。…ミュウに生まれてしまったから。鳥には生まれ損なったから。
「鳥のハーレイと二人だったら、絶対、幸せだった筈だよ」
 二人じゃなくて、二羽だけど…。それでも鳥の目から見たなら、二人でしょ?
 おんなじ姿の鳥同士だから、やっぱり二人。…オス同士でも、鳥の世界だったら普通。
 一生、一緒に生きてゆく鳥で、ハーレイとカップルになるんだよ。一目で好きになっちゃって。
 いつもハーレイと二人で暮らして、巣だって頑張って一緒に作って…。
 そういうの、素敵だと思わない?
 あそこにいる鳩も、本当にオス同士かも…。幸せそうだよ、ああいう風に暮らせていたら。
 前のぼくたちが、ミュウじゃなくて鳥に生まれていたら…。
「それはそうかもしれないが…。幸せに生きてゆけたんだろうが…」
 お前、本当にそれで良かったのか?
 前のお前と前の俺とが、ミュウじゃなくて鳥のカップルだったら…。
 オス同士のカップルが普通の世界で、俺もお前も一目惚れして、一緒に生きてゆけたなら。



 幸せなのは間違いないだろう、とハーレイも認めた鳥たちの世界。SD体制の時代でも。
 ミュウのように追われて狩られはしないし、人類だって守ってくれる。天敵に襲われそうな姿を見たなら、大人も子供も助けようとしてくれる筈。「鳥が危ない」と大騒ぎして。
 そういう平和な世界で暮らして、場合によっては人気者。動物園で脚光を浴びる名物カップル、「オス同士なのに、子育て上手な鳥たちがいる」と。
 二人一緒に巣作りをして、他のカップルの卵を孵したりもして生きてゆく日々。寿命の長い鳥もいるから、人類と変わらない年月だって共に生きられるのだけれど…。
「いいか、幸せ一杯の人生だったとしても…。鳥なんだが、此処は人生ってことにしておこう」
 前のお前も、前の俺だって、大満足の人生を生きて、死ぬ時も一緒だったとしても…。
 心臓が同時に止まるくらいに、仲のいいカップルだったとしても。
 その時限りのカップルってことになっていたかもしれないぞ?
 うんと幸せに生きて死んでいっても、それっきりでな。
「…それっきりって?」
 その時限りのカップルだなんて、どういうことなの…?
「俺たちみたいに、生まれ変わりはしないってことだ。…こんな風には」
 前とそっくり同じ姿に生まれもしないし、前の自分が誰だったのかも思い出さない。
 記憶を持ってはいないわけだな、今の俺たちとは全く違って。
 それじゃ、会っても分からんだろうが。俺もお前も、お互いに何一つ覚えていないんだから。
「なんで…?」
 どうしてそういうことになってしまうの、鳥でも、ぼくとハーレイだよ?
 運命の恋人同士なんだし、生まれ変わっても、きっと分かるよ。…ハーレイも、ぼくも。
「お前なあ…。忘れちまったのか、お前の聖痕を…?」
 今のお前が持っているヤツだ。俺は一度しか見てはいないが…。
 そいつがお前に現れるまで、俺もお前も、前の自分が誰だったのかを全く知らなかったんだぞ?
 俺は散々、「キャプテン・ハーレイの生まれ変わりか?」と訊かれたモンだが、笑ってた。
 他人の空似だと思い込んでいたし、前のお前の写真を見たって、何も思いはしなかった。
 こういう顔の人がいたなら好きになるとか、そんなことさえ、一度も考えなかったってな。



 あの聖痕が現れなければ、俺もお前も記憶は戻っていない筈だ、という指摘。
 それまでは前世のことなど忘れて、全く違う人生を生きていた二人。ハーレイは今のハーレイの人生だけしか見てはいなくて、ソルジャー・ブルーだったチビの自分も。
「俺が思うに、きっと聖痕に意味があったんだろう」
 あの傷がお前に現れたこと。…お前が聖痕を持っていたこと。
 前のお前がメギドで撃たれた時の傷だろ、あの聖痕は。…傷そのものは何も残っちゃいないが、同じ場所から血が噴き出した。前のお前が撃たれた通りに。
 そういう傷を負ったお前の生まれ変わりだ、と分かる印が聖痕なんだ。
 だから、お前も俺も気付いた。今のお前は誰なのか。…それを知っている自分は誰か、と。
 そして記憶が戻ったわけだな、自分が誰かが分かったから。
「そうだけど…。聖痕が無ければ、ぼくたちの記憶は戻っていないの?」
 ハーレイに会っても何も思い出せないままなの、あの聖痕が無かったら…?
「多分な。現に、聖痕が俺たちの記憶を戻してくれたんだから」
 その聖痕を、誰がお前に刻んだのかが問題だ。…今のお前の身体にな。
 前のお前は、命と引き換えに未来を作った。シャングリラを守って、ミュウの未来を。
 お前がメギドを沈めなかったら、今の平和なミュウの時代も、青い地球もありはしないんだ。
 いつかは出来ていたとしたって、きっと遥かに長い時間がかかっただろう。…実際の歴史より、ずっと長くて気の遠くなるような時間がな。
 そいつを短縮したのがお前で、だからこそ今も英雄なんだ。…ソルジャー・ブルーは。
 お前だからこそ、俺と一緒に此処まで来られた。聖痕を持って、生まれ変わって。
 俺はそうだと思ってる。神様が奇跡を起こしたんだと、それがお前の聖痕なんだと。
 お前も聖痕は奇跡だと思っているだろう?
 だがな…。



 ただの鳥だと、そんな奇跡は起こりやしない、と真っ直ぐに見詰めてくる鳶色の瞳。
 どんなに人気者の鳥のカップルでも、SD体制の時代に注目を浴びていた鳥だとしても、と。
「…鳥は鳥だというだけに過ぎん。未来を変える力などは持っていないんだからな」
 だから、前の俺たちが鳥のカップルに生まれていたなら、その時限りの仲ってことだ。
 鳥のお前は、聖痕を貰えやしないだろうが。
 世界の役に立ってはいないし、神様が奇跡を起こす理由が無いからな。…ただの鳥では。
 聖痕が無けりゃ、俺もお前も、前の俺たちの記憶を思い出すことは無い。
 鳥として幸せに生きて死んだら、次に巡り会うことがあっても、もう覚えてはいないんだ。同じお前に出会えたとしても、もう一度恋に落ちたとしても。
「そんな…。ハーレイもぼくも、忘れてしまうの?」
 二人で一緒に生きていたのに、とても幸せだったのに…。
 オス同士でも二人で巣作りをして、他のカップルの卵を温めて孵して、雛を育てて…。
「酷なようだが、そうなるだろうが」
 鳥だった時は、俺たちに奇跡は起こらない。…聖痕が現れる前の俺たちと同じ状態だ。
 お互いに何も覚えていなくて、出会っても何も思い出さない。
 恋に落ちても、今のお前と今の俺とがいるだけだ。…ただの教師と教え子のな。
 前と同じに幸せに生きてはゆけるんだろうが、巣作りしたことも、卵を温めていたことも…。
 一緒に孵した雛のことさえ、思い出すことはないわけだな。
 神様が奇跡を起こさなかったら、記憶は戻りはしないんだから。



 それでも鳥が良かったのか、と訊かれたら、否。鳥が良かったとは、とても言えない。
 ハーレイと一緒に生まれ変わっても、恋に落ちても、それがハーレイだと気付かないなら。
 新しい人生を二人で幸せに生きてゆけても、前の生のことを忘れてしまっているのなら。
 鳥のカップルに生まれていたなら、聖痕を貰うことは出来ない。前の記憶は戻りはしない。どう頑張っても、鳥は鳥だから。…世界を、未来を変える力を持たないから。
「…鳥に生まれてたら、うんと幸せだっただろうと思うけど…」
 ハーレイと幸せに生きて行けたと思うけど…。
 だけど、やっぱり人間でいい。…ミュウに生まれた前のぼくでいいよ。
 生きてゆくのが辛い人生でも、アルタミラで酷い目に遭わされても。…何度も何度も死にそうになって、死んだほうがマシだと思ったくらいの地獄でも。
 やっと逃げ出しても、幸せになれても、ハーレイとは秘密の恋人同士で…。
 さよならのキスも出来ずに別れて、独りぼっちで死んじゃっても。
 それでも、こうしてハーレイに会える人生が断然いいよ。…どんな目に遭っても、辛くっても。
 鳥に生まれてたら、もっと幸せに生きていられたとしても。
「俺も全く同感だ。前のお前を失くしちまって、辛かったが…」
 魂は死んでしまったような気持ちで、地球までの道を生きたわけだが…。
 それでも頑張って生きただけあって、もう一度、お前と青い地球で巡り会えたしな?
 お前の辛さには敵いやしないが、俺だって苦労はしてたんだ。鳥に生まれてれば楽だったのに。本当に鳥のカップルだったら、ずいぶんと楽な人生で…。
 ありゃ…?



 消えちまったな、とハーレイが眺めた窓の外。
鳩のカップルはもういなかった。
 いつの間に姿を消していたのか、止まっていた枝さえ揺れてはいない。きっと二人で話していた間に、何処かへ飛んで行ったのだろう。二羽で仲良く翼を広げて。
「…鳩のカップル、行っちゃったね…」
 たっぷり休んで満足したから、次の所へ行っちゃったかな。…公園だとか、でなきゃ自分の巣に戻ったとか。
「そうなんだろうな、あそこじゃ餌も多くはないし…」
 もっと沢山食える場所を目指して行っちまったか、巣に帰ったか。
 二羽で揃って来ていたんだし、巣には卵は無いだろうがな。卵があるなら、片方は残って温めてやらんと駄目なんだから。
「卵…。あの鳩、やっぱりオス同士かな?」
 巣は作ったから、誰か卵を産んでおいてね、って二人で遊びに出てたとか…?
 「お願いします」って言いにくい鳩のカップルでも、留守の時なら勝手に卵を置いて行けるし。
 帰ったら卵があるといいね、って言いながら帰って行くのかな…?
「さてなあ…?」
 その辺の事情は俺にも分からん、どうやって卵を預かるのかは。
 第一、あれがオス同士のカップルだったのかどうか、それも分からなかったんだが…?
「んーと…。オス同士だったら、ヒルマンとゼル?」
 さっきのカップル、ずっと昔はヒルマンとゼルって名前だったとか…?
「…それだけは無いだろ、ヒルマンたちだぞ?」
 あいつらが恋人同士だったとは、俺は全く聞いたことすら無いんだが…?
「そうだよね…」
 ヒルマンとゼルなら、隠す必要は無いんだし…。堂々と恋人宣言したよね、恋をしてたら。
 みんなの前でキスなんかもして、手だって繋いで歩いてるよね…。



 鳩のカップルがオス同士でも、ヒルマンとゼルのわけがないよね、と目をやった外。
 ハーレイも「当たり前だろうが」と笑って見ている、鳩のカップルがいた辺りの木の枝。
 きっとヒゲペンギンの名物カップル、ニールとロイも、ヒルマンとゼルではないだろう。彼らが鳥に生まれ変わって、カップルになってはいない筈。
 白いシャングリラでは多分、前の自分たちだけだった。男同士のカップルは。
 だから隠すしかなかったけれど。…鳥の世界では当たり前でも、人の世界では普通ではなかった男同士のカップルで恋をしていたから。
 その上、ソルジャーとキャプテンだった二人。
 シャングリラの命運を左右しかねない二人だったから、余計に隠し通したけれど。
 今度は恋を隠さなくても済む世界だから、二人、幸せに生きてゆく。
 鳥に生まれた方が良かったかも、とは少しも考えないで。
 いつか結婚出来る時が来たなら、ハーレイと同じ家で暮らして。
 前の生からの恋の続きを、前よりもずっと幸せな生を。
 いつまでも、何処までも、手を繋ぎ合って、生まれ変わって来た、この地球の上で…。




          つがいの鳥・了


※鳥の世界では珍しくない、雄同士のカップル。SD体制の時代でも、鳥だったなら安全。
 ミュウよりも幸せに暮らせそうですけど、前の生の記憶がある、今の人生を貰える方が幸せ。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv







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