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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

折れた枝と命
(折れちゃってる…)
学校の帰りにブルーが気付いたもの。バス停から家まで歩く途中で。
ポキリと折れてしまった小枝。道端の生垣の木の枝が一本だけ。折れているから、目に付いた。変な形に曲がっていたから。
(んーと…)
 萎れていないし、折れたばかり、と眺めるけれども、元には戻りそうもない。木の力では。枝は不自然に曲がってしまって、その皮だって少し浮いているから。皮が外れてしまえば、もう駄目。
(子供が悪戯したのかな?)
グイと引っ張ったら、力を入れすぎて折れてしまったとか。遊んでいて何かをぶつけたとか。
 花が咲いているわけでもないから、欲しがるとも思えない小枝。綺麗な花を咲かせているなら、持って帰ろうとする子供だっていそうだけれど。欲しかったのに、折り損なった枝。
 木の枝が丈夫に出来ていたなら、上手く折れないこともあるから。折っても木から外れない枝。皮が強くて、引き千切れなくて。
 けれど、そうではないらしい枝。花も蕾もつけていない小枝。
(可哀相…)
 折れちゃったなんて、と小さな枝を見詰める。
 この枝は今年、伸びたばかりの枝なのに。焦げ茶の幹とは違った緑色の皮。それで今年の枝だと分かる。冬を越したら、皮は焦げ茶に変わるから。
 せっかく今日まで伸びて来たのに、折れてしまって、もうくっつかない。このまま萎れて枯れてゆくだけ。折れた枝には、水も栄養も届かないから。
 この枝は道の方にあるから、家の人だって折れているとは気付かない。庭から見えるのは元気な生垣、何処も折れてはいない側。わざわざ外まで調べに出たりするとは思えない。
 花の手入れをするのだったら別だけれども、毎日毎朝、隅から隅まで点検してはいないだろう。折れているな、と気付いて貰えない小枝。
 すっかり枯れてしまうまで。葉っぱも茶色く枯れてしまって、一目で分かるようになるまで。



 今はまだ、他の枝と区別がつかない小枝。不自然に曲がっているのを除けば。
 けれども、もう水は届かない。栄養だって幹からは来ない。このまま萎れて枯れるしかない。
(そしたら、ゴミになっちゃって…)
 枯葉や咲き終わった花と同じで、家の人に取り除かれるだけ。生垣の見栄えが悪くなるのだし、きちんと手入れをしなくては、と。枯れているのを見付けたら。
 こんな風に折れてしまわなかったら、育って生垣を濃くしたろうに。来年には立派な焦げ茶色の皮、それを誇らしげに纏った枝に変身して。折れる代わりに、適当な長さに剪定されて。
 枝だって、きっとその日を夢見て、今日まで頑張って伸びて来たのに。もっと大きく、と。
(頑張ってたのに、折れちゃって…)
 家の人にも気付かれないままで、枯れてゆくしかない小枝。折れた枝は元に戻らないから。どう頑張っても、元のようにはくっつかないから。
(誰も気付いてくれないままで、枯れちゃうなんて…)
 可哀相だよ、と思った途端に、重なった前の自分たちの姿。人類に忌み嫌われたミュウ。
 人類の社会からは見えない所で、ミュウたちは処分されていた。存在してはならないから。処分するのが正しいやり方だから。
 この枝も折れてしまったからには、枯れるしかなくて、枯れた後にはゴミと同じ扱い。ゴミ箱にポイと放り込まれて、それでおしまい。
 もしかしたら、堆肥に利用されるかもしれないけれど。この家の人が堆肥を作っていれば。
 堆肥になるなら、枝は無駄にはならないけれど…。



 生垣の向こうを覗いてみたって、見付からない堆肥を作る場所。こうして道から見える庭では、堆肥を作りはしないけれども。
(…堆肥にしないなら、ゴミで処分で…)
 それは嫌だ、という気持ち。ミュウたちの姿が重なるから。前の自分が生きた時代は、ミュウに生まれたら、ゴミと同じに扱われたから。
(普通の人たちの目に入らないように、排除しちゃって処分だったよ…)
 この枝だって、そうなっちゃう、と思い始めたら、もう止まらない。この枝はまだ緑色だから。折れたばかりで、葉っぱは生きているのだから。
 まだ萎れてはいない、折れた枝の葉。「生きているよ」と、枝の声が耳に聞こえるよう。
 生きているなら、生きられる限りは生かしてやりたい。このまま枯れて、ゴミになるより。
(持って帰って…)
 コップの水に生けてやったら、もう何日かは生きられる筈。幹からの水はもう届かないけれど、代わりの水を吸えるのだから。
(この枝が自分で頑張る間は…)
 別の場所でも生きられる。生垣からも、元の幹からも、ぐんと離れてしまっても。
 よし、と鞄から取り出したハサミ。今日は学校で使うから、と持って出掛けて行ったから。
 手では上手く折れそうにない枝なのだし、ハサミで切るのがいいだろう。無理に引っ張るより、ハサミでチョキンと。
 幸い、そんなに力を入れずに切り取れた枝。折れた場所から、チョンと上手に。



 大丈夫かな、と手にした小枝。弱っていないといいけれど、と。
(頑張って生きてね…)
 すぐにお水をあげるから、と大切に持って帰った枝。「ぼくと一緒に帰ろう」と。時の彼方で、前の自分がミュウの子供にそうしたように。
 人類に処分されそうになったミュウの子たちを、シャングリラに連れて帰ったように。
 枝と一緒に家に着いたら、一番最初に母の所へ。洗面所で手を洗うより先に。
「ママ、これ…」
 見てよ、と差し出した小枝。キッチンにいた母に。
「あら、どうしたの? その枝、誰かに頂いたの?」
「違うよ、帰りに見付けただけ。途中でポキンと折れちゃってた…」
 放っておいたら枯れてしまうよ、それだと可哀相だから…。まだ生きてるのに…。
 お願い、何かに生けてあげて、と母に頼んだ。「コップの水でいいから」と。母は「見せて」と手に取ったけれど、枝を暫く眺めてから。
「この枝だったら、生きられそうよ」
「え?」
 思わぬ言葉にキョトンとした。生きられるとは、どういう意味だろう?
「大丈夫。強い木なのよ、この枝の木は。…だから挿し木に出来ると思うわ」
 ブルーも挿し木は知っているでしょ、ちゃんと根が出て枝から小さな木に育つのよ。
「ホント?」
 この枝、もう一度生きていけるの?
 折れておしまいになるんじゃなくて…?
「ええ、そうよ。上手く育ったら、うちの生垣に入れてあげてもいいわね」
「生垣って…。ホントのホントに、また生きられるの?」
 元の木よりも、ずっと小さくなるけれど…。この枝のサイズの木になっちゃうけど。
「生きられる筈よ、丈夫な木だから」
 折れて暫く経っているなら、お水が足りなくなってるから…。
 その分を吸わせてあげてから、挿し木にしなくちゃね。ママに任せておきなさいな。
「ありがとう、ママ!」
 持って帰って良かったよ、枝…。また生きられるんだね、枯れちゃわないで…!



 良かった、と母に笑顔で御礼を言った。枝を生かしてくれるのだから。思いがけない方法で。
(挿し木だなんて…)
 まるで思いもしなかった。折れた小枝が、そのまま新しい木に育つだなんて。
 制服を脱いでダイニングにおやつを食べに行ったら、テーブルにあった一輪挿し。持って帰った小枝を挿して、水を吸わせている最中。
 おやつのケーキを頬張りながら、それを眺めては幸せな気分。「生きられたね」と。
 折れたままで放っておかれたならば、枯れてしまってゴミだったのに。葉っぱが萎れて、枯れて縮んで、「みっともない」と取り除かれて。
 なのに、生き延びられそうな小枝。頑張って水を吸いさえしたら。挿し木になって、根を何本も生やしたら。
 ホントに良かった、と小枝に微笑みかけて、戻った二階の自分の部屋。おやつの後で。ケーキも紅茶も、美味しく食べて大満足で。
 勉強机の前に座って、思い浮かべた小枝のこと。母が挿し木にしてくれる枝。
(あんな風に、ミュウも生きられたなら…)
 前の自分が生きた時代に生まれたミュウたち。ミュウだというだけで殺されていった。
 折れてしまって枯れた木の枝を、「みっともない」と取り除くように。ミュウは異分子で、あの時代にはゴミのように処分されておしまい。
 誰も生かしてはくれなかった。折れた小枝をコップに挿したり、挿し木で生かすような風には。
 生かしてくれたら良かったのに、と思うけれども、駄目だった。
 人類はミュウを処分しただけ。ミュウの存在が知られないように、密かに、ゴミ同然に。ゴミが社会を汚さないよう、美しく保ってゆけるよう。
 処分という形を取らないのならば、実験で殺した。やはり同じに、虫けらのように。
 死んでも弔ったりはしないで、ゴミのように捨てていっただけ。ゴミさながらに袋に詰めて。



 アルタミラの檻では、死んだ仲間がどうなったのかも知らずに生きていたけれど。考えることも無かったけれども、脱出してから色々と知った。アルタミラのことも、他の星でのことも。
 白いシャングリラが潜んだアルテメシアでも、ミュウは見付かったら殺されるだけ。SD体制の社会の不純物として。人間扱いされもしないで、処分されただけ。
(酷いよね…)
 何処の星でも、命を奪われていったミュウたち。ミュウに生まれたというだけのことで。
 ただ殺されてゆくだけのミュウを、誰も守ろうとはしなかったろうか?
 今日の自分が、折れた小枝を救ったように。ゴミになろうとしていた命に、新しい木へと生まれ変わる道を開いて助けたように。
(一人くらいは…)
 ミュウの理解者がいたっていいと思うのに。ミュウも人だと、人類と同じ命を持っているのだと考える誰か。助けなければ、と思ってくれる人間。あんな時代でも、一人くらいは、と。
 けれど、出会わなかった理解者。
 ミュウに手を差し伸べてくれた人類。「ミュウも人だ」と、「命の重さは同じ筈だ」と。
 そう考える人類が一人でもいれば、きっと歴史は変わっただろう。
 もっと早くに、赤いナスカが燃えるよりも前に。
 …もしも理解者がいたならば。ミュウを救おうと、誰かが声を上げてくれたら。
 前の自分は、ついに出会いはしなかったけれど。ミュウの理解者など、一人も知らないけれど。
 それとも自分が知らなかっただけで、何処かの星にはいたのだろうか?
 ミュウを救おうとした人類が。…救えないままで、その人の命が終わっただけで。



 どうなのだろう、と考えていたら、聞こえたチャイム。
 仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、早速訊いてみることにした。テーブルを挟んで、向かい合わせで。
「あのね、ハーレイ…。ミュウの理解者って、いたのかな?」
「はあ?」
 理解者も何も…、と鳶色の瞳が丸くなった。「今は誰でもミュウなんだが?」と。
「それは分かっているってば。前のぼくたちが生きてた頃の話だよ」
 あの頃は、ミュウは見付かったら処分されるだけ。…そうでなければ、研究施設に送って実験。
 どっちにしたって、殺されるしか無かったんだけど…。
 あんな時代でも、ミュウを助けようとした人類が誰かいたのかな、って…。
 ミュウだって同じ人間だから、って命を助けようとした人。
「無いな、そういう記録はな」
 前の俺も知らんし、俺だって知らん。…歴史の授業にも出ないだろうが。
「やっぱり、そうなの?」
 そういう人間、何処にもいないままだったの…?
「当然だ。お前だって覚えが無いだろう?」
 前のお前だ、そんな記憶は無い筈だ。人類に命を助けられたという記憶。
「助けられるって…。シャングリラはいつも隠れていたよ」
 アルテメシアだと雲海の中で、それよりも前は人類の船を避けて宇宙を旅してたから…。
 人類に助けて貰うようなことは、最初から起こりもしないんだけど…?
「シャングリラじゃない。…その前のことだ」
 あの船で逃げ出すよりも前だな、アルタミラにあった研究所。
 お前は誰よりも長い時間を檻で過ごしていたんだが…。実験ばかりされていたんだが…。



 誰か助けてくれたのか、と尋ねられた。「子供の姿をしていたんだし、有利そうだが」と。
 育ってしまったハーレイたちより、助けて貰えそうな印象ではある、と言われたけれど。子供の姿のままで成長を止めてしまって、長く過ごしていたのだけれど…。
 人類たちの反応はと言えば、恐れられたか、蔑まれたか。子供の姿をしていても。
 ミュウの力に目覚めた時から、その瞬間から。
「…誰も助けてくれなかったよ、最初から。…いきなり銃で撃たれちゃった」
 ぼくの力が目覚めた途端に、大人が大勢駆け込んで来て。
 何もしてない、って言ったのに…。話も聞こうともしないで撃ったよ、一斉に。
 機械の側についてた看護師さんだって、「殺さないで」って震えてただけ。
 ぼくを化け物だと思ってたんだよ、優しそうな看護師さんだったのに…。
「ほら見ろ、それが全てだってな」
 人類には理解出来ない力を持ってる、もうそれだけでミュウは化け物なんだ。
 化け物を守る必要は無いし、守るよりは退治しなくちゃいかん。…相手は化け物なんだから。
 前の俺だって、誰も優しくしちゃくれなかった。俺も最初は十四歳のガキだったのに。
 いくらデカくてもガキはガキだが、それよりも前に化け物だからな。
「どうしてだろう…。子供でも化け物扱いだなんて…」
 一人くらいは、分かってくれても良さそうなのに…。
 ミュウもおんなじ人間だ、って。…違う力を持っているだけの。
「お前の言いたいことは分かるが…。どうして、そういう考えになった?」
 分かってくれる人間がいれば、なんていう妙な話に。
 いきなりすぎるぞ、何処から思い付いたんだ?
「えっとね…。今日の帰り道に…」
 折れてる枝を見付けたんだよ、まだ若い枝。今年伸び始めたばっかりの。
 その枝、ポキンと折れちゃってて…。



 ミュウの姿と重なったのだ、と木の枝を助けた話をした。
 少しでも長く生きられたなら、と持って帰った小枝の話を。コップの水に生けてやろうと。
「ぼくはそのつもりだったんだけど…。ママに見せたら、生きられるって」
 挿し木が出来る木なんだって。だからね、ママが挿し木にしてくれるんだよ。
 今は一輪挿しの中。お水が足りなくなっていたなら、挿し木したって弱っちゃうから。
「それはいいことをしたなあ、お前」
 枝にとっては命の恩人というヤツだ。折れて死んじまう所を、助けて貰ったんだから。
「ぼくも生きられるとは思わなかったよ、新しい木に育つだなんて」
 ちょっぴり命が延びたらいいな、って思って持って帰って来たのに…。お水だけのつもりで。
 だからね、そんな風にミュウの命だって…。
 助けて貰えなかったかな、って。…誰か一人でも、助けようと思ってくれる人。
「そいつは難しかっただろうな。前の俺たちが生きてた頃だと」
 今の時代とは、考え方そのものが違うんだ。今と同じに考えちゃいかん。
「考え方って…?」
「前の俺たちのようなミュウはともかく、人類の社会が問題だ」
 人類は成人検査をやってたんだし、家族すらも紛い物だった。子供を育てるためだけの。
 目覚めの日が来たら、子供時代の記憶をすっかり消してしまっていたんだぞ?
 機械に都合がいいように。…社会に疑問を抱かないように、従順な人間に仕上げるために。
 そんな世界では、教え込まれたらおしまいだってな。
 人類以外は要らないんだ、と。他の種族は排除すべし、と教えられたら誰もが従う。
 折れた木の枝を助けようと思うヤツはいたって、ミュウとなるとな…。
「木の枝は人類でも助けるの?」
 折れちゃっていたら、ぼくみたいに…?
「そうするヤツもいるだろう。折れているな、と気が付いたなら」
 基本は優しく出来ていたんだぞ、人類だって。
 そうでなければ子供は育てられんし、社会だってギスギスしちまうだろうが。



 人類もペットを可愛がったりしていただろう、と言われればそう。人類以外の命も大切にして、家族同然に面倒を見たりしていたもの。犬やら猫やら、小鳥やらを。
 本当は優しいのが人類ならば、アルタミラで出会った研究者たちも、家に帰れば子供がいたかもしれない。彼らの帰りを待つ子供が。
「アルタミラにいた研究者…。子供、いたかな…」
 家に帰ったら、待ってる子供。研究者が子供を育てていたって、おかしくないよね?
「いたかもしれんぞ、お前が言う通り」
 研究所に所属してるってだけで、そいつはただの職業だから…。
 養父母としての顔も持つつもりならば、出来ないことはなかっただろう。
「それじゃ、前のぼくたちに酷い実験をした後、家に帰って…」
 ただいま、ってドアを開けたわけだね、そういう人は。…子供が待っていたのなら。
「そうなるなあ…。まるで想像出来なかったがな、実験中の姿からは」
 だが、人類の世界の中では、いい父親というヤツなんだろう。
 可愛がっただろうな、自分の子供を。「いい子にしてたか?」と抱き上げたりして。
「…その子がミュウになっちゃったら?」
 とても大事にしていた子供が、ミュウに変わってしまったら…。
 研究者なのは同じだけれども、理解者になっていなかった?
 だって、自分が大事に育てた子供が、ミュウだっていうことになるんだから。
 あの時代だと、成人検査を受けた子供だけが、ミュウに変化していたみたいだけれど…。
 子供は記憶を消されているけど、親の方は子供を覚えているでしょ?
 研究所の檻に自分の子供がいたなら、ミュウもおんなじ人間なんだ、って考えそうだよ?
「…そういうことなら、理解者になっていたかもしれん」
 いや、理解者になったことだろう。化け物じゃないと、親には分かっているんだから。
 しかし、そうなる前にだな…。
 親の方の記憶も、機械が処理してしまっただろう。子供のことを忘れるように。
 顔を見たって、それが誰だか気付かないように。
「そうなのかも…」
 機械ならやるよね、そのくらいのこと…。記憶を処理する機会は幾らでもあるんだものね。



 あの時代ならば、充分、有り得ただろう。
 研究者たちが育てていた子がミュウになったら、親の方の記憶も処理すること。彼らが育てた、大人の社会へ送り出したつもりでいた子供。…その子に関する記憶を消してしまうこと。
 記憶を処理され、忘れてしまえば、もう分からない。
 実験用のガラスケースの向こうに、自分の子供がいたとしても。ついこの間まで、ありったけの愛を注いで、大切に育てていた子供でも。
「ハーレイ、それって酷すぎるよ…」
 本当にあったことだとしたなら、研究者も子供も可哀相…。
 自分の子供に、そうだと知らずに酷い実験をしていたなんて…。
 実験されてた子供の方でも、大好きだったお父さんに殺されちゃうなんて…。
 どちらにも記憶が無かったとしても、ホントに酷すぎ。…お父さんが子供を殺すだなんて。
「確かにな。酷いし、なんとも惨い話だ。…考えただけで」
 もしかしたら、の話だが…。
 そいつの収拾がつかなくなって、アルタミラを滅ぼしちまったかもな。…グランド・マザーは。
「えっ…?」
 それって何なの、どういう意味?
「アルタミラでメギドを使ったことだ。どうして星ごと滅ぼしたのか」
 あそこで大勢のミュウが生まれたのは間違いないが…。凄い数だったことも確かだが…。
 それだけだったら、端から殺していけばいい。ミュウに変化した子供を全部。
 他の星へ送って実験動物にするんだったら、沢山いたって問題は無いと思わないか?
 何も星ごと滅ぼさなくても、方法は他にありそうだ。ミュウを始末するというだけだったら。
 アルタミラの真相は今も分からん。
 だが、今の話から、俺が思い付いたことなんだが…。



 あくまで俺の考えだぞ、とハーレイはきちんと前置きをした。「単なる想像に過ぎないが」と。
「いいか、アルタミラにいた研究者だとか、市長だとか…」
 重要な職に就いていたヤツらが育ててた子供。…きっと大勢いただろう。
 そういう子たちが、次々にミュウになってしまったら…。
 アルタミラという育英都市は、いったい、どうなると思う?
「いくら記憶を処理していっても、追い付かないかも…」
 研究者同士で友達だったりするんだから…。
 他の人たちの子供の顔も知っているから、そういう人の記憶も処理しなくっちゃ…。
 市長とかなら、もっと知り合い、増えるしね…。
「それだけじゃない。その記憶処理を命令する立場の人間だっているんだぞ?」
 上の立場になればなるほど、下のヤツらに命令を出すことになってゆくから…。
 指示を出すのは機械にしたって、現場で作業するのは人間だ。ああしろ、こうしろと。
 大勢のミュウの子供が出たなら、立ち止まるヤツがいるかもしれん。記憶を処理する人間たちのリストを見ていて、「これは、あの子のことじゃないか」と。
 自分が一緒に遊んでやった誰かの子だとか、そんな具合で。
 一度気付けば、そいつは慎重になるだろう。明日は我が身になるかもしれん、と。
 気付いちまったら、ミュウの理解者が現れないとは限らない。「ミュウだって同じ人間だ」と。
 ミュウになった子供と知り合いだった、と考えるヤツら。あの子は普通の子供だった、と。
 疑問ってヤツは、生まれちまえば膨らんでゆく。
 それまで自分が信じてた世界、それが嘘かもしれないとなれば。
 疑問を解こうと考え始めて、何処かおかしいとも気付き始める。今の世界はどうも変だ、と。
 ミュウも本当は人じゃないかと、化け物なんかではない筈だ、と。
 間違いに気付けば、自分が正しいと信じる道へと歩き出すのが人間だから…。
 世界が間違っているというなら、それを正そうと努力したりもするだろう?
 あんな時代でも、自分に力があったなら。…自分の意見を発表する場を持っていたなら。



 そうなっちまったからこそ、焼いちまったかもな、とハーレイがついた大きな溜息。
 アルタミラを星ごと消したんだ、と。
「そうかもしれんと思わんか? あそこで殺されたのは、ミュウだけじゃなかったかもしれん」
 自分の子供がミュウになっちまって、ミュウの理解者になりそうなヤツら。
 大きな発言権ってヤツを持ってて、社会を動かすだけの力がありそうだった人間。
 そういう人類たちも一緒に、グランド・マザーが星ごと焼いてしまったかもな。
 前の俺たちが全く知らなかっただけで、あの騒ぎの中で、殺されちまった人類が何人も。
 研究者か、それとも市長やユニバーサルのお偉方といったトコなのか…。
 今の社会は間違っている、と声を上げようとしていたヤツらが、密かに撃ち殺されてしまって。
 保安部隊じゃ出来ない仕事だ、メンバーズでも送り込んで来たかもしれんな。
「そんな…。それじゃ、殺されたのって…」
 ミュウの子供を持ってしまった、お父さんとか、お母さんたち…。
 お父さんの方が気が付いたんなら、お母さんにも話をするものね…。大事な子供のことだもの。
 ミュウと人間は同じなんだ、って気付いて子供を守りたいなら。
 そういう優しかった人たち、それを殺してしまったわけ?
 星ごとメギドで焼いたんだったら、事故に見せかけることも出来るから…。
「…あくまで俺の想像だがな」
 前の俺でさえ、真相は知らん。
 テラズ・ナンバー・ファイブを倒して引き出したデータに、其処までは入っていなかった。
 どうしてメギドを使用したのか、その理由までは。
 今の時代も同じに分からん、グランド・マザーが持ってたデータは地球ごと燃えちまったから。
 実はそうだったのかもしれないな、と俺が考えているだけのことだ。
 根拠なんかは何処にも無い上、証拠だって何処からも出て来やしないさ。…今となっては。
「そっか…」
 前のハーレイでも知らなかったなら、今の時代に研究したって無駄だよね…。
 学者たちが謎を解こうとしたって、手掛かりは残っていないんだから。



 ハーレイが語った、アルタミラがメギドに焼かれた理由。
 あの星でミュウの理解者たちが生まれて、声を上げようとしていたのかも、という話。
 彼らが大切に育てた子供が、成人検査でミュウになったから。
 ミュウも人類と同じに人だ、と彼らは気付いて、子供たちを守ろうと考えたから。
(…研究所にだって、手を回したかも…)
 自分の子供が実験動物にされないように、と懸命に。研究所のデータを書き換えてでも。
 人類も基本は優しいのだから、自分の子供は守りたい。皆が「化け物だ」と言っていたって。
 SD体制の時代を統治する機械、それが「殺せ」と命令したって。
(…ミュウになった子供の、お父さんとか、お母さん…)
 研究者たちや、市長や、ユニバーサルの実力者たち。彼らがそうなら、守っただろう。化け物にされてしまった子供を。…成人検査に送り出すまで、大切に育てて来た子供たちを。
 機械が、社会が「殺せ」と言うなら、そういう社会を変えればいい。
 「ミュウも人だ」と認めるように。ミュウが殺されない、正しい世界に。
 そういう人々が生きた星なら、グランド・マザーがメギドを使って消したのも分かる。記憶処理では済まないレベルで、社会が変わろうとしているから。
 放っておいたら、他の星にも飛び火するかもしれないから。
(…本当に、みんな殺しちゃったの…?)
 自分の子供を守ろうとしていた、ミュウの理解者になりつつあった養父母たちを。
 ミュウを化け物と断じる世界の誤り、それに気付いて正そうとしていた人々を、星ごと全部。
 社会的地位のある人間なら、簡単に殺せはしないから。下手に消したら、怪しまれるから。
(…メギドを使うよりも前に、殺してしまって…)
 星ごと焼いたら、何の証拠も残らない。「あれは事故だ」と言い訳も出来る。
 彼らを乗せて脱出した船、それが途中で沈んだとか。エンジンの不調で飛び立てないまま、炎に飲まれてしまっただとか。
 そうしていたって、機械なら消せる事件の真相。
 あらゆるデータを書き換えた上に、彼らを殺したメンバーズたちの記憶も消し去って。
 アルタミラで事故死とされた人たち、彼らの存在自体も何処かで丸ごと消してしまって。



 今も分からない、本当のこと。アルタミラでメギドが使われた理由はいったい何だったのか。
 けれど、アルタミラから後の時代に、あんな惨劇は起こっていない。
 ミュウは変わらず生まれ続けていたというのに、ただの一度も。…何処の星でも。
「…ハーレイの説が合ってるのかな…?」
 アルタミラには、ミュウの理解者がいたってこと。…自分の子供を守ろうとした人たちが。
 それなら分かるよ、アルタミラだけがメギドに焼かれてしまった理由。
 ミュウが爆発的に増えたの、アルタミラだけじゃない筈だから…。
 子供を生み出す交配システムは何処も同じで、ミュウの子供は何処でも生まれていた筈だから。
「さあな? さっきも言ったが、俺の想像に過ぎないわけで…」
 それも今の俺だ。前の俺は疑問を持ちさえしなかったからな、アルタミラの件に関しては。
 引き出したデータで色々分かって、それで満足しちまったから…。
 だから実際、どうだったのかは分からんが…。
 ミュウの理解者が生まれていたのか、宇宙の何処にもいなかったのかは掴めんが…。
 そんな時代でも、前の俺たちは生き延びた。
 一人の理解者も現れなくても、誰も助けてくれなくても、だ。
 それでも俺たちは懸命に前を目指して進み続けて、ついに未来を手に入れたってな。
 …前のお前も、ナスカも失くしちまっても。
 やっとの思いで辿り着いた地球が、まるで青くない死の星でも。
 俺の命も終わっちまったが、立派にミュウの時代になった。
 ミュウというだけで殺されちまった時代は、グランド・マザーと一緒に滅びてしまって。



 理解者はいなくても生き延びられた、とハーレイが言うから、「それは違うよ」と訂正した。
「…前のぼくが生きてた間は、そうだったけど…。ミュウの理解者、いなかったけど…」
 最初にキースが分かってくれたよ、ミュウと人類は同じなんだ、って。
 キースはマツカを助けたんだよ、殺すことだって出来たのに…。
 あれが最初で、ナスカの時だって、マードック大佐が残党狩りをしなかった話は有名でしょ?
 ミュウの理解者は増えていったよ、ナスカから後は。
 シャングリラが地球まで辿り着く頃には、いろんな人類がミュウを助けてくれたんだよ?
 あちこちの星でも、ノアや地球でも。
 キースのメッセージを放送してくれたスウェナもそうだし、キースの部下のセルジュたちも。
「…それはそうだが、ミュウの理解者が大勢現れたのは、だ…」
 時代がミュウの味方をしてくれたっていうことだろう?
 前の俺たちは戦いながら前へと進んでただけで、ジョミーは人類と話し合おうとはしなかった。
 それこそ地球に着く直前まで。
 ミュウは恐ろしい存在だ、と怖がられたって仕方ないのに、人類は分かってくれたんだぞ?
 忌み嫌う代わりに、理解する方へと向かってくれた。
 時代が変わる時だったんだ。…機械の時代から、人の時代に。
 ミュウも人類も、同じ人だと気付く時代に。
 それから長い時が流れて、今じゃすっかりミュウの時代だ。宇宙にはもう、ミュウしかいない。
 誰も殺されたりはしないし、今のお前は木の枝だけを助けていればいいってな。
「木の枝って…?」
「帰りに助けてやったんだろ? ミュウの姿が重なっちまって」
 お母さんが挿し木をしてくれる枝。…折れちまって、枯れる筈だった枝の命をお前は助けた。
 木の枝の命を助ける程度でいいんだ、今のお前の頑張りは。
 前のお前がやったみたいに、命まで捨てて、仲間たちの命を守らなくても。
 お前が必死に頑張らなくても、ミュウは誰でも、幸せに生きてゆけるんだから。
「そうかも…」
 ぼくのサイオン、不器用だけれど、木の枝くらいは助けられるね。
 サイオン、使ってないけれど…。
 ハサミでチョキンと切って帰ったら、ママが木の枝、ちゃんと助けてくれたんだけれど…。



 今のぼくだとサイオンも駄目で、ハサミだったよ、と不器用っぷりを披露したけれど。
 「平和な時代になったからだな」と、ハーレイが微笑んでいる通り。
 前の自分は命を捨ててメギドを沈めたけれども、今の自分は木の枝を救えばいいらしい。学校の帰りに見付けた木の枝、ポキリと折れた枝の命を。
 あの枝にミュウの仲間たちの姿を重ねたけれど。
 ふとしたことから、アルタミラの話になったけれども、今はもうミュウは殺されない時代。
 平和な世界で、あの枝のように元気に生きてゆけるから、ハーレイと幸せに歩いてゆこう。
 生まれ変わって来た青い地球の上で、手を繋ぎ合って。
 折れてしまった枝を見付けたら、助けてやって。
 挿し木するのは無理な枝でも、綺麗な水に生けてやる。
 枝の命が少しでも延びて、緑色の葉っぱと元気を保てるように。
 折れたせいで命を断ち切られないで、ゴミにされずに生きてゆけるよう。
 どんな命にも、幸せでいて欲しいから。
 今の平和な世界だからこそ、折れた枝にも、命の輝きを長く保っていて欲しいから…。




           折れた枝と命・了


※アルタミラがメギドで焼かれた理由は、今でも謎。もしかしたら、というハーレイの推理。
 育てた子がミュウになった人類が、社会を変えようと考えたのかも。彼らを消すための惨劇。

 ハレブル別館は、今年、2022年から月に2回の更新になります。
 毎月、第一月曜と第三月曜を予定しております。
 よろしくお願いいたします~。
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