シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
尻尾があれば
「こんにちは!」
学校の帰り道に、ブルーが出会った人。バス停から家まで歩く途中で。
顔馴染みの御主人で、家だって近い。でも、その家では犬を飼っていたろうか?
元気に挨拶したのだけれども、ついつい犬を見てしまう。御主人が握ったリードの先の。
「えっと、この犬…」
前からいたの、と訊いてみた。飼い始めたなら、母が教えてくれそうだから。子犬がいるとか、通ったら犬が座っていたとか。
「孫のだよ。預かってるんだ、旅行中でね」
ペットのホテルよりも犬は嬉しいだろう、と笑顔の御主人。好きな時間に散歩に行けるし、顔を知っている人の家でもあるし、と。
こうして話をしている間も、パタパタと尻尾を振っている犬。とても嬉しそうに。
犬には詳しくないのだけれど、多分、昔の日本の犬の一種。大きい犬だ、とは思わなかったし、柴犬という種類だろうか。茶色い毛皮で、ピンと立った耳。
「吠えないね」
ぼくを見たって、と見詰めた犬。散歩中の犬に近付きすぎたら、吠えることだって多いのに。
「人が好きなんだよ、撫でてみるかい?」
吠えないし、もちろん噛みもしないよ、と御主人が言ってくれたから。
「いいの?」
身体を屈めて撫でてみた背中。猫とは違った手触りだけれど、温かな身体。命の温もり。それにパタパタ振られる尻尾。ちぎれそうなほどに、右に左に。
御機嫌なのだ、と分かるのが尻尾。そうやってブンブン振られていたら。
顔を見たなら喜んでいると分かるけれども、それよりも分かりやすいのが尻尾。振られる尻尾は御機嫌な印、人に出会って振られる時は…。
(大好きの印…)
その人のことが大好きですよ、と尻尾を振って伝える犬。会えてとっても嬉しいです、と。
本当に人が好きなのだ、と尻尾のお蔭で分かるから。自分も好かれているようだから、御主人に尋ねることにした。今もパタパタ揺れている尻尾、それが気になってたまらない。
「尻尾、触ってみてもいい?」
嫌がられるわけじゃなかったら、と眺めた尻尾。きっと大事な尻尾だろうし、触られたら嫌かもしれないから。飼っている人なら大丈夫でも、会ったばかりの自分は駄目とか。
ちょっぴり心配だったのだけれど、「もちろんだよ」と答えた御主人。
「嫌がる犬もいるらしいけどね、触って貰うと喜ぶから」
どうぞ、と出して貰えたお許し。いきなり尻尾は失礼かな、と背中から撫でて、尻尾に触れた。そうっと、御機嫌そうな尻尾に。
(ちょっとだけ…)
引っ張るわけじゃないからね、と触った尻尾。犬は怒りはしなかった。代わりに尻尾がブンブン振られて、手にパタパタと当たったくらい。「もっと、もっと」と。
それが嬉しくて、暫く夢中で犬と遊んだ。背中を撫でたり、尻尾に触らせて貰ったり。御主人が犬を座らせてくれて、握手をさせて貰ったり。
いつまでも遊んでいたかったけれど、御主人も犬も散歩の途中。これから出掛ける所らしいし、あまり引き止めても悪いだろう。
(きっと沢山歩きたいよね?)
道端で止まって遊んでいるより、元気に散歩。公園に行くとか、他にも色々。
そう思ったから、「ありがとう」と御主人に告げたお別れ。「楽しかった」と頭を下げて。
さよなら、と手を振った時にも揺れていた尻尾。「また遊んでね」とパタパタと。学校の帰りに会った時には、また遊ぼうと。
御主人と一緒に歩き出しても、犬の尻尾は揺れたまま。「楽しかったね」と言うように。
初めて出会った、柴犬らしい茶色の犬。ご近所さんの家に、今だけいる犬。
(可愛かったな…)
小さい犬じゃなくても可愛いよ、と家に帰っても思い出す。おやつの間も、二階の部屋に戻った後も。なんて気のいい犬だったろうと、あんなに尻尾を振ってくれて、と。
勉強机の前に座って、楽しかった時間に思いを馳せた。初対面なのに、吠えたりしないで尻尾も触らせてくれた犬。うっかり名前を聞き忘れたほど、アッと言う間に仲良しになれた。
猫も好きだけれど、犬もいい。
さっきみたいに、尻尾で自分の気持ちを伝えてくれるから。嬉しい時にはブンブン振って。
(猫の尻尾は、ちょっぴり気取った感じ…)
犬とは全然違うよね、と考えてしまうのが猫たちの尻尾。しなやかな尻尾を得意そうに立てて、澄まし顔で歩いてゆく猫たち。
尻尾はピンと立てているもの、犬のようにパタパタ振ったりはしない。猫たちならば。
(怒った時には振っているけど…)
たまに見掛ける猫同士の喧嘩。道端とか、この家の庭とかで。
睨み合ったまま姿勢を低くして、右に左に振られる尻尾。不機嫌そうな声で唸りながら。尻尾を地面すれすれに振って、バサリ、バサリと音がするよう。
…ゆっくりと振るものだから。喧嘩の相手よりも自分が強い、と威嚇するために振る尻尾。
猫が尻尾を左右に振るのは、そういう時。普段はピンと立てているだけ、驚いた時は…。
(…尻尾、パンパンに膨らんじゃって…)
まるでブラシのようになる。怒った時にも、同じに膨らむ猫たちの尻尾。フーッと怒って、毛を逆立てて。身体中の毛が逆立ったならば、尻尾の毛だって逆立つから。
(犬でも猫でも、尻尾で分かるよ)
どういう気持ちか、眺めただけで。御機嫌なのか、不機嫌なのか。
仲間同士なら分かって当然、人間にだって通じる気持ち。「怒ってます」とか、「楽しいです」とか、尻尾の様子を見るだけで。
御機嫌でパタパタ振られる尻尾や、ションボリと垂れてしまった尻尾。それを見たなら、ピンとくる気持ち。まるで言葉が通じなくても。
便利だよね、と思った尻尾。犬や猫たちが持っている尻尾。仲間はもちろん、自分たちの言葉を知らない人間にだって、尻尾が気持ちを伝えてくれる。ブンブン振ったりするだけで。
(とっても便利に出来てるよね…)
ああいう風に、尻尾で気持ちを伝えられたら素敵なのに。犬や猫たちの尻尾みたいに、自分にも尻尾。今の自分はサイオンがとても不器用になって、思念波もろくに紡げないから…。
(代わりに尻尾…)
あったらいいな、と考えた尻尾。今の自分についていたなら、きっと尻尾は役に立つ。パタパタ振っていたならば。嬉しそうにブンブン揺れていたなら。
尻尾があったら、ハーレイも一目で分かってくれる。どんなに好きでたまらないのか、会えたら嬉しくてたまらないのか。
ハーレイに会ったら、パタパタ振られる自分の尻尾。帰り道に会った犬の尻尾みたいに。
(キスは駄目だ、って叱られたら…)
どれほどしょげてしまうのかだって、尻尾がハーレイに教えてくれる。
ついさっきまでパタパタ振られていたのが、ションボリとなって垂れ下がって。心そのままに、萎れた葉っぱみたいになって。
(…ホントに分かりやすいよね?)
ぼくの気持ち、と思う「尻尾がある」自分。言葉では上手く伝わらなくても、頼もしい尻尾。
それに尻尾は正直なのだし、嘘をついたりしないもの。心をそのまま映し出す鏡。
誰だってそれを知っているから、ハーレイにもきっと分かる筈。嬉しい気持ちも、悲しい気分も伝わる尻尾。
元気にパタパタ振られているのか、寂しそうに垂れてしまっているか。
見れば気持ちが分かるのが尻尾、思念波では伝えられなくても。…上手く言葉に出来なくても。
もしも尻尾を持っていたなら、今よりも素敵。そんな気分がしてくる尻尾。
とことん不器用になったサイオン、それの代わりに尻尾があったら便利なのに、と。
(尻尾、欲しいな…)
ぼくにも尻尾があればいいのに、と考えていたら、チャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合うなり、問い掛けた。
「あのね、尻尾があったらいいと思わない?」
「はあ?」
尻尾って何だ、と怪訝そうなハーレイ。「俺に尻尾があるといいのか?」と。
「違うよ、尻尾が欲しいのは、ぼく…。尻尾は尻尾で、本物の尻尾」
動物って、尻尾を見れば気持ちが分かるでしょ?
喜んでるとか、ガッカリだとか、怒ってるのとかも、全部、尻尾に出ちゃってる。
犬とか猫が持ってる尻尾はそういう仕組みで、心の中身が表れるよね?
気持ちを伝えるためのもの、と説明したら、ハーレイも「そうだな」と頷いた。
「確かに尻尾は分かりやすいが、犬の尻尾が欲しいのか?」
犬の尻尾は、猫よりも分かりやすいしな。俺のお勧めは犬の尻尾だが…。
「ハーレイもやっぱり、そう思う? 猫より犬の尻尾がいい、って」
だけど欲しいのは、本物の犬の尻尾じゃなくって、猫の尻尾が欲しいわけでもなくて…。
ぼくに尻尾があったらいいな、って。
本当に本物のぼくの尻尾で、ぼくのお尻に生えてる尻尾。ちゃんと毛皮もくっついたヤツ。
尻尾があったら、思念波の代わりに直ぐに分かるよ。ぼくの気持ちがハーレイにもね。
ちょっと尻尾の方を見たなら、心の中身が丸ごと尻尾に出てるんだから。
ハーレイに会えて嬉しい気持ちも、ハーレイが好きでたまらないのも。
きっと今なら、ちぎれそうなくらいに振ってると思う。…ぼくに尻尾がついていたらね。
ハーレイが来てくれたから嬉しいんだもの、と言葉で伝えた自分の気持ち。
尻尾があったら、もうそれだけで伝わるのに。パタパタと振れば、直ぐに分かって貰えるのに。
「…こんな風に言葉にしなくてもいいよ、尻尾があれば」
ハーレイが尻尾を見てくれるだけで、ぼくの気持ちが分かるんだもの。
だから欲しいな、と話した尻尾。うんと不器用な思念波の代わりに、ぼくに尻尾、と。
「なるほどなあ…。そういう理由で尻尾が欲しい、と」
お前の気持ちは分からないでもないんだが…。
本物の尻尾を持つんだったら、お前の場合はウサギの尻尾になっちまうのか?
ウサギの尻尾か、と尋ねられたから、キョトンとした。質問の意味が掴めなくて。
「…ウサギ?」
どうしてウサギの尻尾になるわけ、ハーレイのお勧めの尻尾じゃないよ?
お勧めは犬の尻尾だって言っていなかった?
…ぼくにくっつける尻尾の話とは違ったけれど…。分かりやすい尻尾のことだったけれど。
心の中身を伝えやすいのは犬の尻尾なんでしょ、そうじゃないの?
猫よりも犬、と「俺のお勧めだ」と言われた尻尾を挙げたのだけれど。
「そいつは尻尾の分かりやすさで、お前の尻尾の話じゃないぞ」
お前が尻尾を持つんだったら、その方向で考えないとな。…お前に似合いそうな尻尾を。
それでウサギの尻尾なのかと訊いたんだ。
俺たちはウサギのカップルだからな、お互い、ウサギ年だから。
ついでにお前がチビだった頃は、ウサギになりたかったそうだし…。元気に走り回れるウサギ。
お前がウサギになっていたなら、俺も茶色のウサギになるって話をしてたと思うんだが…?
「そうだっけね! 白いウサギと茶色のウサギ…」
ぼくたちが一緒に暮らせるように、ハーレイが巣穴を広げてくれるんだっけ。ぼく用の巣穴だと狭すぎるから、もっと広くて立派な巣穴になるように。
それなら、ぼくが尻尾を貰うんだったら、ウサギの尻尾。
犬の尻尾よりも、ウサギの尻尾の方がピッタリ。…ぼくの姿は人間だけどね。
あれ?
でも、ウサギって…。
素敵な尻尾が見付かったよ、と思ったウサギの尻尾。自分らしくて、ハーレイもお勧め。
もしも尻尾をつけて貰えるなら
、断然、ウサギ、と考えたけれど。ウサギに決めた、と真っ白な尻尾を夢見たけれども、その尻尾。フワフワの毛皮のウサギの尻尾。
ウサギは尻尾をどう動かしているのだろう?
嬉しかったらパタパタ振るとか、ションボリしたら垂れ下がるとか。ウサギの尻尾は、そういう動きをしていたろうか…?
(…幼稚園の時、ウサギの小屋…)
お気に入りでいつも覗いていた。ウサギと友達になりたくて。友達になれたら、自分もウサギになれるだろうと考えて。
熱心に見ていたウサギだけれども、肝心の尻尾のことを知らない。ピョンピョン跳ね回っていたウサギたちは、尻尾で気持ちを伝えて来たりはしなかったから。
(…尻尾よりは、耳…)
ウサギの気持ちは耳で分かった。ピンと立てたり、神経質にピクピクさせていたりと。
嬉しい気持ちや悲しい気持ちを伝える時には、ウサギは耳を使ったろうか?
幼かった自分はそこまで観察しなかったけれど、尻尾の代わりに耳で表現していただとか。
(尻尾も使うかもだけど…)
人間にまでは通じない。ウサギ同士でしか分からないだろう、尻尾で表すウサギの気持ち。
これでは駄目だ、と気が付いた。
いくら自分に似合うとしても、ウサギの尻尾では気持ちが伝わらない。
誰よりもそれを知って欲しい人に、ハーレイに分かって貰えない。
ウサギが尻尾をどう動かしたら御機嫌なのか、ハーレイは知らないだろうから。ウサギの尻尾が欲しいと思った、自分だってまるで知らないから。
言葉を使って伝えなくても、思念波が駄目でも、自分の気持ちが伝わる尻尾。
欲しい尻尾はそういう尻尾で、ウサギの尻尾では話にならない。気持ちが伝わらないのでは。
「…ハーレイ、ウサギの尻尾は駄目だよ」
ウサギ年のぼくにはピッタリだけれど、素敵だと思ったんだけど…。
使えないよ、と小さな溜息。「ウサギの尻尾は、ちっとも役に立たないみたい」と。
「何故だ? お前に似合いそうだと思うんだが…」
真っ白でフワフワの尻尾だしなあ、犬よりもお前らしいぞ、ずっと。それに可愛いじゃないか。
ウサギの尻尾は何故駄目なんだ、とハーレイの鳶色の瞳が瞬く。「良く似合うのに」と。
「見た目は駄目じゃないんだけれど…。ウサギの尻尾、ぼくも好きだけど…」
でもね、ウサギが尻尾をどう動かすのか、ぼくは少しも知らないんだよ。
幼稚園の時に何度も見てたけれども、嬉しい時の動かし方とか、悲しい時の様子とか…。
どうなってたのか、ホントに知らない。耳の方なら、尻尾よりかは分かるけど。
普通の人はきっとそうだよ、ハーレイだって詳しくないでしょ?
ウサギの尻尾の動かし方、と言ったら「確かにな…」と苦笑したハーレイ。
「俺にもウサギの尻尾は分からん。見るなら耳だな、お前が正しい」
ウサギの尻尾は可愛らしくても、くっつける意味が無いってことか。お前の気持ちが伝わらない尻尾じゃ、ただの飾りになっちまうしな。
そうなってくると、犬の尻尾か、猫の尻尾になるんだろうが…。
お前に似合う尻尾となったら、どれなんだか…。ウサギがいいと思ったのになあ…。
ウサギの尻尾が駄目ってことはだ、何の尻尾が似合うんだろうな…?
犬にも猫にも、尻尾の種類は色々あるし…、と考え込んでいるハーレイ。腕組みまでして。
「俺のお勧めは犬なんだが…」と言っていたくせに、猫の尻尾も挙げてみている。長毛種の猫の尻尾もいいとか、シャム猫の尻尾も捨て難いとか。
「…チビのお前じゃ、シャム猫の尻尾は今一つ似合わないんだが…」
大きくなったら似合うと思うぞ、ああいう澄ました尻尾もな。とびきりの美人になるんだから。
フサフサの猫の尻尾も似合いそうだな、犬の尻尾も悪くはないが…。
猫もなかなか…、とハーレイの考えは「似合うかどうか」の方に傾いてゆくものだから。
「似合う尻尾が一番いいに決まっているけど、ウサギの尻尾は駄目だったでしょ?」
気持ちが伝わる尻尾でなくちゃ。…ぼくが言葉を使わなくても、思念波がまるで駄目でもね。
そういう尻尾、あったらホントに便利だろうと思わない?
ハーレイに会えて嬉しい時には、尻尾も御機嫌。ぼくが不機嫌なら、尻尾も不機嫌。
気持ちは尻尾が伝えてくれるわけだから…。
ハーレイがキスを断った時も、尻尾はとても便利だよ?
ぼくは怒ってプウッと膨れていなくても済むし、ハーレイも「ケチ!」って言われないしね。
「代わりに尻尾が言うんだろうが。…俺に向かって、「ハーレイのケチ!」と」
言葉かどうかはともかくとして、「ケチ!」と動いている尻尾。
その上、プウッと膨れてるんだな。お前の膨れっ面の代わりに、それは見事に。
尻尾が膨らんじまっているのか、そいつは見ないと分からんわけだが…。
それでも見れば分かるって仕組みなんだな、とハーレイはお手上げのポーズ。両手を軽く広げてみせて、「そりゃたまらんな」と。
言葉と顔とでケチ呼ばわりか、尻尾に「ケチ!」と言われるのか。どう転んだって、ハーレイはケチと言われる立場で、膨れっ面もされるわけだから。
「尻尾、良さそうだと思うんだけど…」
不器用なぼくでも、思念波の代わりに尻尾があったら、言葉無しでも伝わるから…。
尻尾はとても役に立つから、尻尾、ホントに欲しいんだけどな…。
ぼくの気持ちが伝わる尻尾、と繰り返したら、「ふうむ…」と少し翳ったハーレイの瞳。尻尾の話には似合わない、深い瞳の色。お日様が急に翳ったように。
「お前の気持ちが伝わる尻尾か…。その尻尾は、今のお前より…」
前のお前に欲しかったな、とハーレイは意外な言葉を口にした。ソルジャー・ブルーだった前の自分には、尻尾なんかは要らないのに。尻尾が無くても困らないのに。
最強のサイオンを誇っていたのがソルジャー・ブルー。思念波の扱いだって、誰よりも上。
なのに、どうして尻尾が欲しいと言うのか、まるで分からないものだから…。
「…前のぼくにって…。なんで?」
前のぼくなら、思念波、ちゃんと使えたんだよ。尻尾は要らなかったんだけど…。
尻尾がついていなくったって、前のぼく、困りはしなかったよ…?
「お前には必要無かっただろうな、尻尾なんぞは」
そのくらいは俺にも分かっている。前のお前に尻尾が要らないことは充分、承知してるが…。
欲しかったのは俺だ、お前に尻尾があったらな、と。
ソルジャー・ブルーに尻尾があったら、俺の役に立ってくれただろうに、と思うんだ。
「尻尾がハーレイの役に立つって…。どうしてなの?」
前のぼくの心、そんなに覗いてみたかった?
心は遮蔽していたけれども、ハーレイの前では緩めていたよ?
わざわざ尻尾で確かめなくても、前のハーレイはぼくの心を覗き込めたと思うんだけど…。
滅多に読まれなかったけれどね、と優しかった前のハーレイを想う。余程でなければ、読まれはしなかった心の中身。…隠し事を秘めていた時だって。フィシスを見付けた時のこととか。
前のハーレイなら心を覗けた筈なのだけれど、どうして尻尾が欲しいのだろう?
尻尾で何を知りたかったのだろう、と首を捻っていたら…。
「俺が尻尾を欲しがる理由か? 尻尾に気持ちが表れるからだ」
お前がいくら隠していたって、お前の心が丸分かりだろうが。…尻尾があれば。
誰が見たって、尻尾なら分かる。お前が何を考えてるのか、どういう気持ちでいるのかが。
だから、尻尾さえついていればだな…。
メギドに飛ぼうとしていた時だ、と真っ直ぐに覗き込まれた瞳。前のハーレイとの別れの時。
白いシャングリラのブリッジに行って、ハーレイにだけ告げていた別れ。触れた腕から、そっと思念を滑り込ませて。「ジョミーを支えてやってくれ」と。
ハーレイだけに密かに伝えた、前の自分が死に赴くこと。二度とシャングリラに戻らないこと。
それにブリッジの誰もが気付いた、と今のハーレイに指摘された。
尻尾は嘘をつけないから。心の中身が、そのまま尻尾に出てしまうから。
「どんなにお前が隠していたって、無駄だってな。…お前に尻尾がくっついていれば」
顔には出さずに立っていてもだ、尻尾にちゃんと出ているわけだ。…お前の気持ち。
もうシャングリラには戻れないんだ、と尻尾は知っているんだからな。
シュンと萎れてしまっているのか、元気が無いか。…どっちにしたって、言葉通りじゃないのは分かる。ナスカの仲間たちの説得、それだけだったら、尻尾はそうはならないからな。
「…そうなのかも…」
尻尾は心と繋がってるから、ホントに尻尾に出ちゃうかも…。前のぼくの心、隠していても。
「ほら見ろ、否定出来んだろうが」
そうなっていれば、みんなが気付いてお前を止めたぞ。ジョミーだってな。
お前に尻尾がありさえすれば、俺はお前を失くさなかった。…みんなが止めてくれるんだから。
俺が動けなかったとしたって、ブリッジのヤツらが全員でな。
止められちまえば、振り払ってまでは行けんだろうが。力にしたって、ジョミーがいるし。
違うのか、うん?
前のお前に尻尾があったら、お前は行けやしなかった。
俺にだけコッソリ言葉を残して、一人きりでメギドに行こうとしてもな。
尻尾は大いに役に立つんだ、というのがハーレイの主張。ソルジャー・ブルーを失わずに済む、とても大切で役立つ尻尾。本当は何をしようというのか、尻尾を見れば分かるから。
「お前の尻尾が、お前の命が消えちまうのを防ぐってな」
尻尾は嘘をつけないからなあ、お前の心をそっくりそのまま、鏡みたいに映すんだから。
お蔭で俺たちは前のお前を止められる、とハーレイが語る尻尾の役目。ブリッジの仲間に真実を伝えて、前の自分を止めさせること。「ソルジャー・ブルーを行かせては駄目だ」と。
「…そんな尻尾、マントで隠しておくよ」
どうせ尻尾はマントの下だし、誰も覗けはしないもの。…ぼくの尻尾がどうなっていても。
見えない尻尾はどうしようもないでしょ、気付く仲間は一人もいないよ。
最初から見えていないんだから、と尻尾を隠してくれるマントに感謝したのに…。
「マントに隠れて見えないってか? 其処の所は心配は要らん」
邪魔なマントは、俺が「失礼します」とめくるまでだ。お前の尻尾が良く見えるように。
お前からの思念を受け取った後に、掴んでめくっちまってな。
ブリッジのヤツらにも、ジョミーにも尻尾が見えるように…、とハーレイは笑う。マントの下に隠していたって、捲れば尻尾は出て来るから、と。
「めくるって…。ホントに失礼だと思うけど?」
ソルジャーのマントを、みんなの前で捲るだなんて。…尻尾を丸見えにしちゃうなんてね。
エラが怒るよ、と眉を顰めたけれども、「非常時だしな?」とハーレイは澄ました顔。
「失礼だとしても、ソルジャーの命には代えられん」
お前を失くしちまうよりかは、ソルジャーに無礼を働いた方が遥かにマシだ。そう思わんか?
「そんなことをしたら、恋人同士だってバレちゃうよ?」
ハーレイがぼくを失くしたくないこと、ブリッジどころか、船のみんなに。シャングリラ中に。
「いや、バレたりはしないってな」
お前の尻尾を皆に見せるのも、立派にキャプテンの仕事の内だ。マントをめくっちまうのも。
ソルジャー・ブルーは嘘をついているんだ、と全員に知らせなきゃいけないだろうが。
前のお前を失くしちまったら、大損害ってヤツなんだから。…それこそ取り返しがつかん。
お前の思念を受け取っただけじゃ、黙って見送るしか無かったんだがな…。
他のヤツらはお前の言葉を信じてたんだし、前の俺には証明しようがないんだから。
これは嘘だと、本当は二度と戻らないんだ、という俺だけが知っていたことを。
其処の所が変わってくる、とハーレイの顔に溢れる自信。「前のお前に尻尾があれば」と。
ソルジャー・ブルーをメギドに行かせはしないと、全員で止めてみせるから、と。
「俺の役目は、前のお前にちょいと無礼を働くことで…」
マントをめくって尻尾を披露だ、嘘をつけない正直なお前の尻尾をな。
お前がいくら嘘をついても、尻尾は正直者だから…。誰が見たって、嘘だと見破れるんだから。
これもキャプテンの役目なんだ、とハーレイが言うのも間違いではない。ソルジャー・ブルーを失う道より、失わない道を選ぶのもまた正しいから。
その道を選んで進んだ結果が、どうなろうとも。…地球に着くのが遅れようとも。
「…尻尾、そういう風に使うの?」
ぼくの尻尾、と見詰めた恋人。ソルジャー・ブルーの嘘を尻尾で、皆に暴きたかったハーレイ。
嘘をつけないだろう尻尾を、ブリッジの皆に「こうだ」とマントをめくって見せて。
「前のお前についていたならな」
俺の役に立つと言っただろうが、前のお前に尻尾がくっついていれば。…欲しかった、ともな。
しかしだ、今のお前じゃなあ…。尻尾、あっても大して変わりはしないぞ。
どんな尻尾がついていたって、今のお前の人生ってヤツは変わらんさ。
まるで同じだ、と笑ったハーレイ。「尻尾があろうが、無かろうが、全く同じだよな」と。
「大違いだと思うけど…」
尻尾はとても便利なんだし、ぼくの気持ちをハーレイに伝えてくれるから…。
ホントに尻尾があればいいのに、前のぼくには要らないけれど。前のぼくだと、尻尾があったら大変なことになっちゃうから…。メギドに行けなくなってしまって。
「今のお前も尻尾は要らんと思うがな?」
お前の心の中身だったら、俺には手に取るように分かるさ。…尻尾が無くても、表情だけで。
それにだ、心の欠片も幾つも零れているし…。前のお前だった頃と違ってな。
さっきまでは尻尾で弾んでいたぞ、とハーレイが浮かべた穏やかな笑み。
「あればいいな」と、心の欠片がキラキラ零れていたが、と。
「今はションボリしているようだが…。前のお前の話になって」
前の俺を独りぼっちにしちまったことや、メギドなんかを思い出してな。…尻尾のせいで。
どうだ、俺の読みは間違ってるか?
お前に尻尾はついちゃいないが、俺にはこう見えているんだが…?
「…間違ってない…」
ハーレイが言うこと、当たっているよ。…尻尾が欲しくてはしゃいでいたのも、今はションボリしてるのも。…ちょっぴりだけどね、ションボリなのは。
「ほらな、きちんと当てただろうが。…だからお前に尻尾は要らない」
俺にはいつでも、お前の気持ちが分かっているんだ。尻尾が無くても、お前の気持ちは全部。
尻尾無しでも、何も問題無いってな。俺には伝わっているんだから。
「でも、キスをしてくれないじゃない!」
ぼくの気持ちが分かっているなら、ハーレイはキスをくれる筈だよ!
キスして欲しいの、本当にホントなんだから…。尻尾があったら、ちゃんと見えるんだから!
「そいつも俺には分かっているぞ。お前の心は尻尾無しでも丸見えだしな」
しかし、それとキスとは話が別だ。分かっていたって、叶えてやれないこともある。
キスが駄目な理由、嫌というほど何度も説明してやったがな?
まだ足りないなら、いくらでもお前に聞かせてやるが。
「ハーレイのケチ!」
分かってるんなら、キスしてくれてもいいじゃない…!
尻尾が無くても分かるほどなら、ぼくにキスしてくれてもいいのに…!
ケチなんだから、とプウッと膨れてやったら、「ふむふむ…」と楽しげなハーレイの顔。
「お前のお得意の膨れっ面だな。それを尻尾でやるとなったら…」
どんな具合になるやらなあ?
尻尾もプウッと膨れちまうのか、それとも怒った猫の尻尾みたいにユサユサ揺れるか。
犬の膨れっ面は知らんが、そういう時の尻尾はどうなっているのやら…。
もっとも、お前は尻尾でやるより、顔の方がいいと思うがな?
俺もお前の顔を見ていられるわけだし、尻尾よりかは顔でお願いしたいモンだが。
「え?」
顔って何なの、なんで尻尾より顔になるわけ?
ぼくに尻尾がついていたって、膨れるのは顔がいいって言うの…?
膨れた顔の方が好きなの、と丸くなった目。尻尾で気持ちを表せるのなら、膨れっ面をしなくていいのに。ハーレイだって、いつも「フグだ」と言っている顔を見なくて済むのに。
「お前が膨れないというのは、まあ、有難くはあるんだが…」
可愛らしい顔のままなわけだし、膨れっ面よりはいいんだが…。問題はお前の尻尾なんだ。
もしもお前に尻尾があったら、そっちにも気を配らなきゃいかん。
俺の考えで合っているのか、間違ってるのか、そういったトコ。
尻尾は嘘をつけないからなあ、念のために確認しておかないと。お前の顔と尻尾と、両方。
「…じゃあ、ハーレイの視線がズレちゃうの?」
ぼくの顔から尻尾の方に?
膨れっ面なのか、そうじゃないのか、ハーレイは尻尾を見て確かめるの?
「そうなるだろうな、尻尾があれば」
お前の心が零れていたって、顔も尻尾も確かめないと…。
そいつが礼儀というモンだろうが、お前には尻尾があるんだから。嘘をつけない尻尾がな。
正直者な尻尾がどうなっているか、それをきちんと確かめること。忘れないように、顔と両方。
顔は笑顔でも、尻尾は膨れてフグのようかもしれないから。…尻尾は嘘をつかないから。
「初めてのキスをしようって時になっても、まずは尻尾の確認かもな」
俺はともかく、お前の気持ちが大切だから…。
キスをしたい気分になってるかどうか、顔を見て、次は尻尾を見る、と。
尻尾の確認を忘れちゃならん、とハーレイは大真面目な顔だから。
「それって、雰囲気が台無しだよ!」
ぼくの顔から視線を逸らして、尻尾だなんて!
キス出来るんだ、ってドキドキしながら待っているのに、尻尾を確認するなんて…!
酷い、とプンスカ怒ってやった。「あんまりだよ」と、「それでもホントに恋人なの?」と。
「そう思うんなら、尻尾は要らないってことだろうが。…今のお前には」
俺だってお前の顔だけを見てキスをしたいし、尻尾にまで気を配るのは遠慮したいしな。
もっとも、その迷惑な尻尾ってヤツ。
前のお前には、ついていた方が良かったな、と思わないでもないんだが…。
尻尾がついてりゃ、前の俺はお前を失くしていないんだから。
「それはそうかもしれないけれど…。前のハーレイ、喜んだかもしれないけれど…」
前のぼくだって、尻尾を確認してからのキスは喜ばないよ!
マントをめくって、みんなに尻尾を見せる方なら、今のぼくなら許すけど…。
前のハーレイが辛かったことを知っているから、それは許してあげるんだけれど…。
だけど、キスの前に尻尾を確認してたら怒るよ?
今のぼくでも、前のぼくでも、それはホントに怒るんだからね…!
「よし。だったら尻尾は要らない、と」
尻尾があったらそうなっちまうし、尻尾は無いのが一番だ。
猫のも犬のも、ウサギの尻尾も。…欲しがらなくても、お前には必要無いんだから。
お前の心はきちんと顔で分かるから、という言葉。
褒められたのか、サイオンの扱いが不器用なのを馬鹿にされたのか。
少し複雑な気分だけれども、ソルジャー・ブルーに尻尾があれば、と思ったハーレイ。尻尾さえあればメギドに飛ぶのを止められたのだ、と考えるハーレイの気持ちは分かるから…。
「…今度は嘘はつかないよ」
前のぼくみたいな嘘は、絶対つかない。
ハーレイがぼくの尻尾をみんなに見せなくちゃ、って思うようなのは。…マントの下になってる尻尾を、「失礼します」って出さなきゃいけないようなのは。
もうやらない、と約束しようとしたのだけれど。
「その必要も無いだろ、今は」
お前が嘘をついたとしたって、その嘘にお前の命は懸かってないからな。
前のお前の頃と違って、今は平和な時代だから…。命懸けの嘘は無理なんだから。
「そうだっけ…!」
嘘をついても、ハーレイに叱られるだけでおしまい。
前のハーレイにやったみたいに、悲しませたりはしないから…。
ハーレイを置いて行ったりしないし、独りぼっちにさせもしないよ。…いつまでも一緒。
ぼくに尻尾が欲しかったなんて、もう絶対に言わせないから…!
サイオンが不器用になってしまって、気持ちを表す尻尾が欲しいと思うくらいの自分だけれど。
尻尾が欲しいと考えたけれど、不器用な自分に合わせたように、今は世界もすっかり平和。
だから尻尾を欲しがらなくても、幸せに生きてゆけるだろう。
猫の尻尾も犬の尻尾も、もちろんウサギの尻尾だって。
わざわざ尻尾を見て貰わなくても、心の中身はハーレイに筒抜けらしいから。
さっきもハーレイは心を見事に言い当てたのだし、尻尾は無くてもかまわない。
尻尾なんかを見てはいないで、顔だけを真っ直ぐ見ていて欲しい。
青い地球にハーレイと二人で生まれ変わって、一緒に生きてゆくのだから。
ハーレイの瞳で顔だけを見詰めて貰える世界の方が、ずっと幸せに違いないから…。
尻尾があれば・了
※ブルーが欲しいと思った尻尾。ハーレイは、前のブルーに尻尾が欲しかったとか。
確かに尻尾があった場合は、メギドへ飛べなかったかも。そして今は、尻尾は要らない世界。
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学校の帰り道に、ブルーが出会った人。バス停から家まで歩く途中で。
顔馴染みの御主人で、家だって近い。でも、その家では犬を飼っていたろうか?
元気に挨拶したのだけれども、ついつい犬を見てしまう。御主人が握ったリードの先の。
「えっと、この犬…」
前からいたの、と訊いてみた。飼い始めたなら、母が教えてくれそうだから。子犬がいるとか、通ったら犬が座っていたとか。
「孫のだよ。預かってるんだ、旅行中でね」
ペットのホテルよりも犬は嬉しいだろう、と笑顔の御主人。好きな時間に散歩に行けるし、顔を知っている人の家でもあるし、と。
こうして話をしている間も、パタパタと尻尾を振っている犬。とても嬉しそうに。
犬には詳しくないのだけれど、多分、昔の日本の犬の一種。大きい犬だ、とは思わなかったし、柴犬という種類だろうか。茶色い毛皮で、ピンと立った耳。
「吠えないね」
ぼくを見たって、と見詰めた犬。散歩中の犬に近付きすぎたら、吠えることだって多いのに。
「人が好きなんだよ、撫でてみるかい?」
吠えないし、もちろん噛みもしないよ、と御主人が言ってくれたから。
「いいの?」
身体を屈めて撫でてみた背中。猫とは違った手触りだけれど、温かな身体。命の温もり。それにパタパタ振られる尻尾。ちぎれそうなほどに、右に左に。
御機嫌なのだ、と分かるのが尻尾。そうやってブンブン振られていたら。
顔を見たなら喜んでいると分かるけれども、それよりも分かりやすいのが尻尾。振られる尻尾は御機嫌な印、人に出会って振られる時は…。
(大好きの印…)
その人のことが大好きですよ、と尻尾を振って伝える犬。会えてとっても嬉しいです、と。
本当に人が好きなのだ、と尻尾のお蔭で分かるから。自分も好かれているようだから、御主人に尋ねることにした。今もパタパタ揺れている尻尾、それが気になってたまらない。
「尻尾、触ってみてもいい?」
嫌がられるわけじゃなかったら、と眺めた尻尾。きっと大事な尻尾だろうし、触られたら嫌かもしれないから。飼っている人なら大丈夫でも、会ったばかりの自分は駄目とか。
ちょっぴり心配だったのだけれど、「もちろんだよ」と答えた御主人。
「嫌がる犬もいるらしいけどね、触って貰うと喜ぶから」
どうぞ、と出して貰えたお許し。いきなり尻尾は失礼かな、と背中から撫でて、尻尾に触れた。そうっと、御機嫌そうな尻尾に。
(ちょっとだけ…)
引っ張るわけじゃないからね、と触った尻尾。犬は怒りはしなかった。代わりに尻尾がブンブン振られて、手にパタパタと当たったくらい。「もっと、もっと」と。
それが嬉しくて、暫く夢中で犬と遊んだ。背中を撫でたり、尻尾に触らせて貰ったり。御主人が犬を座らせてくれて、握手をさせて貰ったり。
いつまでも遊んでいたかったけれど、御主人も犬も散歩の途中。これから出掛ける所らしいし、あまり引き止めても悪いだろう。
(きっと沢山歩きたいよね?)
道端で止まって遊んでいるより、元気に散歩。公園に行くとか、他にも色々。
そう思ったから、「ありがとう」と御主人に告げたお別れ。「楽しかった」と頭を下げて。
さよなら、と手を振った時にも揺れていた尻尾。「また遊んでね」とパタパタと。学校の帰りに会った時には、また遊ぼうと。
御主人と一緒に歩き出しても、犬の尻尾は揺れたまま。「楽しかったね」と言うように。
初めて出会った、柴犬らしい茶色の犬。ご近所さんの家に、今だけいる犬。
(可愛かったな…)
小さい犬じゃなくても可愛いよ、と家に帰っても思い出す。おやつの間も、二階の部屋に戻った後も。なんて気のいい犬だったろうと、あんなに尻尾を振ってくれて、と。
勉強机の前に座って、楽しかった時間に思いを馳せた。初対面なのに、吠えたりしないで尻尾も触らせてくれた犬。うっかり名前を聞き忘れたほど、アッと言う間に仲良しになれた。
猫も好きだけれど、犬もいい。
さっきみたいに、尻尾で自分の気持ちを伝えてくれるから。嬉しい時にはブンブン振って。
(猫の尻尾は、ちょっぴり気取った感じ…)
犬とは全然違うよね、と考えてしまうのが猫たちの尻尾。しなやかな尻尾を得意そうに立てて、澄まし顔で歩いてゆく猫たち。
尻尾はピンと立てているもの、犬のようにパタパタ振ったりはしない。猫たちならば。
(怒った時には振っているけど…)
たまに見掛ける猫同士の喧嘩。道端とか、この家の庭とかで。
睨み合ったまま姿勢を低くして、右に左に振られる尻尾。不機嫌そうな声で唸りながら。尻尾を地面すれすれに振って、バサリ、バサリと音がするよう。
…ゆっくりと振るものだから。喧嘩の相手よりも自分が強い、と威嚇するために振る尻尾。
猫が尻尾を左右に振るのは、そういう時。普段はピンと立てているだけ、驚いた時は…。
(…尻尾、パンパンに膨らんじゃって…)
まるでブラシのようになる。怒った時にも、同じに膨らむ猫たちの尻尾。フーッと怒って、毛を逆立てて。身体中の毛が逆立ったならば、尻尾の毛だって逆立つから。
(犬でも猫でも、尻尾で分かるよ)
どういう気持ちか、眺めただけで。御機嫌なのか、不機嫌なのか。
仲間同士なら分かって当然、人間にだって通じる気持ち。「怒ってます」とか、「楽しいです」とか、尻尾の様子を見るだけで。
御機嫌でパタパタ振られる尻尾や、ションボリと垂れてしまった尻尾。それを見たなら、ピンとくる気持ち。まるで言葉が通じなくても。
便利だよね、と思った尻尾。犬や猫たちが持っている尻尾。仲間はもちろん、自分たちの言葉を知らない人間にだって、尻尾が気持ちを伝えてくれる。ブンブン振ったりするだけで。
(とっても便利に出来てるよね…)
ああいう風に、尻尾で気持ちを伝えられたら素敵なのに。犬や猫たちの尻尾みたいに、自分にも尻尾。今の自分はサイオンがとても不器用になって、思念波もろくに紡げないから…。
(代わりに尻尾…)
あったらいいな、と考えた尻尾。今の自分についていたなら、きっと尻尾は役に立つ。パタパタ振っていたならば。嬉しそうにブンブン揺れていたなら。
尻尾があったら、ハーレイも一目で分かってくれる。どんなに好きでたまらないのか、会えたら嬉しくてたまらないのか。
ハーレイに会ったら、パタパタ振られる自分の尻尾。帰り道に会った犬の尻尾みたいに。
(キスは駄目だ、って叱られたら…)
どれほどしょげてしまうのかだって、尻尾がハーレイに教えてくれる。
ついさっきまでパタパタ振られていたのが、ションボリとなって垂れ下がって。心そのままに、萎れた葉っぱみたいになって。
(…ホントに分かりやすいよね?)
ぼくの気持ち、と思う「尻尾がある」自分。言葉では上手く伝わらなくても、頼もしい尻尾。
それに尻尾は正直なのだし、嘘をついたりしないもの。心をそのまま映し出す鏡。
誰だってそれを知っているから、ハーレイにもきっと分かる筈。嬉しい気持ちも、悲しい気分も伝わる尻尾。
元気にパタパタ振られているのか、寂しそうに垂れてしまっているか。
見れば気持ちが分かるのが尻尾、思念波では伝えられなくても。…上手く言葉に出来なくても。
もしも尻尾を持っていたなら、今よりも素敵。そんな気分がしてくる尻尾。
とことん不器用になったサイオン、それの代わりに尻尾があったら便利なのに、と。
(尻尾、欲しいな…)
ぼくにも尻尾があればいいのに、と考えていたら、チャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合うなり、問い掛けた。
「あのね、尻尾があったらいいと思わない?」
「はあ?」
尻尾って何だ、と怪訝そうなハーレイ。「俺に尻尾があるといいのか?」と。
「違うよ、尻尾が欲しいのは、ぼく…。尻尾は尻尾で、本物の尻尾」
動物って、尻尾を見れば気持ちが分かるでしょ?
喜んでるとか、ガッカリだとか、怒ってるのとかも、全部、尻尾に出ちゃってる。
犬とか猫が持ってる尻尾はそういう仕組みで、心の中身が表れるよね?
気持ちを伝えるためのもの、と説明したら、ハーレイも「そうだな」と頷いた。
「確かに尻尾は分かりやすいが、犬の尻尾が欲しいのか?」
犬の尻尾は、猫よりも分かりやすいしな。俺のお勧めは犬の尻尾だが…。
「ハーレイもやっぱり、そう思う? 猫より犬の尻尾がいい、って」
だけど欲しいのは、本物の犬の尻尾じゃなくって、猫の尻尾が欲しいわけでもなくて…。
ぼくに尻尾があったらいいな、って。
本当に本物のぼくの尻尾で、ぼくのお尻に生えてる尻尾。ちゃんと毛皮もくっついたヤツ。
尻尾があったら、思念波の代わりに直ぐに分かるよ。ぼくの気持ちがハーレイにもね。
ちょっと尻尾の方を見たなら、心の中身が丸ごと尻尾に出てるんだから。
ハーレイに会えて嬉しい気持ちも、ハーレイが好きでたまらないのも。
きっと今なら、ちぎれそうなくらいに振ってると思う。…ぼくに尻尾がついていたらね。
ハーレイが来てくれたから嬉しいんだもの、と言葉で伝えた自分の気持ち。
尻尾があったら、もうそれだけで伝わるのに。パタパタと振れば、直ぐに分かって貰えるのに。
「…こんな風に言葉にしなくてもいいよ、尻尾があれば」
ハーレイが尻尾を見てくれるだけで、ぼくの気持ちが分かるんだもの。
だから欲しいな、と話した尻尾。うんと不器用な思念波の代わりに、ぼくに尻尾、と。
「なるほどなあ…。そういう理由で尻尾が欲しい、と」
お前の気持ちは分からないでもないんだが…。
本物の尻尾を持つんだったら、お前の場合はウサギの尻尾になっちまうのか?
ウサギの尻尾か、と尋ねられたから、キョトンとした。質問の意味が掴めなくて。
「…ウサギ?」
どうしてウサギの尻尾になるわけ、ハーレイのお勧めの尻尾じゃないよ?
お勧めは犬の尻尾だって言っていなかった?
…ぼくにくっつける尻尾の話とは違ったけれど…。分かりやすい尻尾のことだったけれど。
心の中身を伝えやすいのは犬の尻尾なんでしょ、そうじゃないの?
猫よりも犬、と「俺のお勧めだ」と言われた尻尾を挙げたのだけれど。
「そいつは尻尾の分かりやすさで、お前の尻尾の話じゃないぞ」
お前が尻尾を持つんだったら、その方向で考えないとな。…お前に似合いそうな尻尾を。
それでウサギの尻尾なのかと訊いたんだ。
俺たちはウサギのカップルだからな、お互い、ウサギ年だから。
ついでにお前がチビだった頃は、ウサギになりたかったそうだし…。元気に走り回れるウサギ。
お前がウサギになっていたなら、俺も茶色のウサギになるって話をしてたと思うんだが…?
「そうだっけね! 白いウサギと茶色のウサギ…」
ぼくたちが一緒に暮らせるように、ハーレイが巣穴を広げてくれるんだっけ。ぼく用の巣穴だと狭すぎるから、もっと広くて立派な巣穴になるように。
それなら、ぼくが尻尾を貰うんだったら、ウサギの尻尾。
犬の尻尾よりも、ウサギの尻尾の方がピッタリ。…ぼくの姿は人間だけどね。
あれ?
でも、ウサギって…。
素敵な尻尾が見付かったよ、と思ったウサギの尻尾。自分らしくて、ハーレイもお勧め。
もしも尻尾をつけて貰えるなら
、断然、ウサギ、と考えたけれど。ウサギに決めた、と真っ白な尻尾を夢見たけれども、その尻尾。フワフワの毛皮のウサギの尻尾。
ウサギは尻尾をどう動かしているのだろう?
嬉しかったらパタパタ振るとか、ションボリしたら垂れ下がるとか。ウサギの尻尾は、そういう動きをしていたろうか…?
(…幼稚園の時、ウサギの小屋…)
お気に入りでいつも覗いていた。ウサギと友達になりたくて。友達になれたら、自分もウサギになれるだろうと考えて。
熱心に見ていたウサギだけれども、肝心の尻尾のことを知らない。ピョンピョン跳ね回っていたウサギたちは、尻尾で気持ちを伝えて来たりはしなかったから。
(…尻尾よりは、耳…)
ウサギの気持ちは耳で分かった。ピンと立てたり、神経質にピクピクさせていたりと。
嬉しい気持ちや悲しい気持ちを伝える時には、ウサギは耳を使ったろうか?
幼かった自分はそこまで観察しなかったけれど、尻尾の代わりに耳で表現していただとか。
(尻尾も使うかもだけど…)
人間にまでは通じない。ウサギ同士でしか分からないだろう、尻尾で表すウサギの気持ち。
これでは駄目だ、と気が付いた。
いくら自分に似合うとしても、ウサギの尻尾では気持ちが伝わらない。
誰よりもそれを知って欲しい人に、ハーレイに分かって貰えない。
ウサギが尻尾をどう動かしたら御機嫌なのか、ハーレイは知らないだろうから。ウサギの尻尾が欲しいと思った、自分だってまるで知らないから。
言葉を使って伝えなくても、思念波が駄目でも、自分の気持ちが伝わる尻尾。
欲しい尻尾はそういう尻尾で、ウサギの尻尾では話にならない。気持ちが伝わらないのでは。
「…ハーレイ、ウサギの尻尾は駄目だよ」
ウサギ年のぼくにはピッタリだけれど、素敵だと思ったんだけど…。
使えないよ、と小さな溜息。「ウサギの尻尾は、ちっとも役に立たないみたい」と。
「何故だ? お前に似合いそうだと思うんだが…」
真っ白でフワフワの尻尾だしなあ、犬よりもお前らしいぞ、ずっと。それに可愛いじゃないか。
ウサギの尻尾は何故駄目なんだ、とハーレイの鳶色の瞳が瞬く。「良く似合うのに」と。
「見た目は駄目じゃないんだけれど…。ウサギの尻尾、ぼくも好きだけど…」
でもね、ウサギが尻尾をどう動かすのか、ぼくは少しも知らないんだよ。
幼稚園の時に何度も見てたけれども、嬉しい時の動かし方とか、悲しい時の様子とか…。
どうなってたのか、ホントに知らない。耳の方なら、尻尾よりかは分かるけど。
普通の人はきっとそうだよ、ハーレイだって詳しくないでしょ?
ウサギの尻尾の動かし方、と言ったら「確かにな…」と苦笑したハーレイ。
「俺にもウサギの尻尾は分からん。見るなら耳だな、お前が正しい」
ウサギの尻尾は可愛らしくても、くっつける意味が無いってことか。お前の気持ちが伝わらない尻尾じゃ、ただの飾りになっちまうしな。
そうなってくると、犬の尻尾か、猫の尻尾になるんだろうが…。
お前に似合う尻尾となったら、どれなんだか…。ウサギがいいと思ったのになあ…。
ウサギの尻尾が駄目ってことはだ、何の尻尾が似合うんだろうな…?
犬にも猫にも、尻尾の種類は色々あるし…、と考え込んでいるハーレイ。腕組みまでして。
「俺のお勧めは犬なんだが…」と言っていたくせに、猫の尻尾も挙げてみている。長毛種の猫の尻尾もいいとか、シャム猫の尻尾も捨て難いとか。
「…チビのお前じゃ、シャム猫の尻尾は今一つ似合わないんだが…」
大きくなったら似合うと思うぞ、ああいう澄ました尻尾もな。とびきりの美人になるんだから。
フサフサの猫の尻尾も似合いそうだな、犬の尻尾も悪くはないが…。
猫もなかなか…、とハーレイの考えは「似合うかどうか」の方に傾いてゆくものだから。
「似合う尻尾が一番いいに決まっているけど、ウサギの尻尾は駄目だったでしょ?」
気持ちが伝わる尻尾でなくちゃ。…ぼくが言葉を使わなくても、思念波がまるで駄目でもね。
そういう尻尾、あったらホントに便利だろうと思わない?
ハーレイに会えて嬉しい時には、尻尾も御機嫌。ぼくが不機嫌なら、尻尾も不機嫌。
気持ちは尻尾が伝えてくれるわけだから…。
ハーレイがキスを断った時も、尻尾はとても便利だよ?
ぼくは怒ってプウッと膨れていなくても済むし、ハーレイも「ケチ!」って言われないしね。
「代わりに尻尾が言うんだろうが。…俺に向かって、「ハーレイのケチ!」と」
言葉かどうかはともかくとして、「ケチ!」と動いている尻尾。
その上、プウッと膨れてるんだな。お前の膨れっ面の代わりに、それは見事に。
尻尾が膨らんじまっているのか、そいつは見ないと分からんわけだが…。
それでも見れば分かるって仕組みなんだな、とハーレイはお手上げのポーズ。両手を軽く広げてみせて、「そりゃたまらんな」と。
言葉と顔とでケチ呼ばわりか、尻尾に「ケチ!」と言われるのか。どう転んだって、ハーレイはケチと言われる立場で、膨れっ面もされるわけだから。
「尻尾、良さそうだと思うんだけど…」
不器用なぼくでも、思念波の代わりに尻尾があったら、言葉無しでも伝わるから…。
尻尾はとても役に立つから、尻尾、ホントに欲しいんだけどな…。
ぼくの気持ちが伝わる尻尾、と繰り返したら、「ふうむ…」と少し翳ったハーレイの瞳。尻尾の話には似合わない、深い瞳の色。お日様が急に翳ったように。
「お前の気持ちが伝わる尻尾か…。その尻尾は、今のお前より…」
前のお前に欲しかったな、とハーレイは意外な言葉を口にした。ソルジャー・ブルーだった前の自分には、尻尾なんかは要らないのに。尻尾が無くても困らないのに。
最強のサイオンを誇っていたのがソルジャー・ブルー。思念波の扱いだって、誰よりも上。
なのに、どうして尻尾が欲しいと言うのか、まるで分からないものだから…。
「…前のぼくにって…。なんで?」
前のぼくなら、思念波、ちゃんと使えたんだよ。尻尾は要らなかったんだけど…。
尻尾がついていなくったって、前のぼく、困りはしなかったよ…?
「お前には必要無かっただろうな、尻尾なんぞは」
そのくらいは俺にも分かっている。前のお前に尻尾が要らないことは充分、承知してるが…。
欲しかったのは俺だ、お前に尻尾があったらな、と。
ソルジャー・ブルーに尻尾があったら、俺の役に立ってくれただろうに、と思うんだ。
「尻尾がハーレイの役に立つって…。どうしてなの?」
前のぼくの心、そんなに覗いてみたかった?
心は遮蔽していたけれども、ハーレイの前では緩めていたよ?
わざわざ尻尾で確かめなくても、前のハーレイはぼくの心を覗き込めたと思うんだけど…。
滅多に読まれなかったけれどね、と優しかった前のハーレイを想う。余程でなければ、読まれはしなかった心の中身。…隠し事を秘めていた時だって。フィシスを見付けた時のこととか。
前のハーレイなら心を覗けた筈なのだけれど、どうして尻尾が欲しいのだろう?
尻尾で何を知りたかったのだろう、と首を捻っていたら…。
「俺が尻尾を欲しがる理由か? 尻尾に気持ちが表れるからだ」
お前がいくら隠していたって、お前の心が丸分かりだろうが。…尻尾があれば。
誰が見たって、尻尾なら分かる。お前が何を考えてるのか、どういう気持ちでいるのかが。
だから、尻尾さえついていればだな…。
メギドに飛ぼうとしていた時だ、と真っ直ぐに覗き込まれた瞳。前のハーレイとの別れの時。
白いシャングリラのブリッジに行って、ハーレイにだけ告げていた別れ。触れた腕から、そっと思念を滑り込ませて。「ジョミーを支えてやってくれ」と。
ハーレイだけに密かに伝えた、前の自分が死に赴くこと。二度とシャングリラに戻らないこと。
それにブリッジの誰もが気付いた、と今のハーレイに指摘された。
尻尾は嘘をつけないから。心の中身が、そのまま尻尾に出てしまうから。
「どんなにお前が隠していたって、無駄だってな。…お前に尻尾がくっついていれば」
顔には出さずに立っていてもだ、尻尾にちゃんと出ているわけだ。…お前の気持ち。
もうシャングリラには戻れないんだ、と尻尾は知っているんだからな。
シュンと萎れてしまっているのか、元気が無いか。…どっちにしたって、言葉通りじゃないのは分かる。ナスカの仲間たちの説得、それだけだったら、尻尾はそうはならないからな。
「…そうなのかも…」
尻尾は心と繋がってるから、ホントに尻尾に出ちゃうかも…。前のぼくの心、隠していても。
「ほら見ろ、否定出来んだろうが」
そうなっていれば、みんなが気付いてお前を止めたぞ。ジョミーだってな。
お前に尻尾がありさえすれば、俺はお前を失くさなかった。…みんなが止めてくれるんだから。
俺が動けなかったとしたって、ブリッジのヤツらが全員でな。
止められちまえば、振り払ってまでは行けんだろうが。力にしたって、ジョミーがいるし。
違うのか、うん?
前のお前に尻尾があったら、お前は行けやしなかった。
俺にだけコッソリ言葉を残して、一人きりでメギドに行こうとしてもな。
尻尾は大いに役に立つんだ、というのがハーレイの主張。ソルジャー・ブルーを失わずに済む、とても大切で役立つ尻尾。本当は何をしようというのか、尻尾を見れば分かるから。
「お前の尻尾が、お前の命が消えちまうのを防ぐってな」
尻尾は嘘をつけないからなあ、お前の心をそっくりそのまま、鏡みたいに映すんだから。
お蔭で俺たちは前のお前を止められる、とハーレイが語る尻尾の役目。ブリッジの仲間に真実を伝えて、前の自分を止めさせること。「ソルジャー・ブルーを行かせては駄目だ」と。
「…そんな尻尾、マントで隠しておくよ」
どうせ尻尾はマントの下だし、誰も覗けはしないもの。…ぼくの尻尾がどうなっていても。
見えない尻尾はどうしようもないでしょ、気付く仲間は一人もいないよ。
最初から見えていないんだから、と尻尾を隠してくれるマントに感謝したのに…。
「マントに隠れて見えないってか? 其処の所は心配は要らん」
邪魔なマントは、俺が「失礼します」とめくるまでだ。お前の尻尾が良く見えるように。
お前からの思念を受け取った後に、掴んでめくっちまってな。
ブリッジのヤツらにも、ジョミーにも尻尾が見えるように…、とハーレイは笑う。マントの下に隠していたって、捲れば尻尾は出て来るから、と。
「めくるって…。ホントに失礼だと思うけど?」
ソルジャーのマントを、みんなの前で捲るだなんて。…尻尾を丸見えにしちゃうなんてね。
エラが怒るよ、と眉を顰めたけれども、「非常時だしな?」とハーレイは澄ました顔。
「失礼だとしても、ソルジャーの命には代えられん」
お前を失くしちまうよりかは、ソルジャーに無礼を働いた方が遥かにマシだ。そう思わんか?
「そんなことをしたら、恋人同士だってバレちゃうよ?」
ハーレイがぼくを失くしたくないこと、ブリッジどころか、船のみんなに。シャングリラ中に。
「いや、バレたりはしないってな」
お前の尻尾を皆に見せるのも、立派にキャプテンの仕事の内だ。マントをめくっちまうのも。
ソルジャー・ブルーは嘘をついているんだ、と全員に知らせなきゃいけないだろうが。
前のお前を失くしちまったら、大損害ってヤツなんだから。…それこそ取り返しがつかん。
お前の思念を受け取っただけじゃ、黙って見送るしか無かったんだがな…。
他のヤツらはお前の言葉を信じてたんだし、前の俺には証明しようがないんだから。
これは嘘だと、本当は二度と戻らないんだ、という俺だけが知っていたことを。
其処の所が変わってくる、とハーレイの顔に溢れる自信。「前のお前に尻尾があれば」と。
ソルジャー・ブルーをメギドに行かせはしないと、全員で止めてみせるから、と。
「俺の役目は、前のお前にちょいと無礼を働くことで…」
マントをめくって尻尾を披露だ、嘘をつけない正直なお前の尻尾をな。
お前がいくら嘘をついても、尻尾は正直者だから…。誰が見たって、嘘だと見破れるんだから。
これもキャプテンの役目なんだ、とハーレイが言うのも間違いではない。ソルジャー・ブルーを失う道より、失わない道を選ぶのもまた正しいから。
その道を選んで進んだ結果が、どうなろうとも。…地球に着くのが遅れようとも。
「…尻尾、そういう風に使うの?」
ぼくの尻尾、と見詰めた恋人。ソルジャー・ブルーの嘘を尻尾で、皆に暴きたかったハーレイ。
嘘をつけないだろう尻尾を、ブリッジの皆に「こうだ」とマントをめくって見せて。
「前のお前についていたならな」
俺の役に立つと言っただろうが、前のお前に尻尾がくっついていれば。…欲しかった、ともな。
しかしだ、今のお前じゃなあ…。尻尾、あっても大して変わりはしないぞ。
どんな尻尾がついていたって、今のお前の人生ってヤツは変わらんさ。
まるで同じだ、と笑ったハーレイ。「尻尾があろうが、無かろうが、全く同じだよな」と。
「大違いだと思うけど…」
尻尾はとても便利なんだし、ぼくの気持ちをハーレイに伝えてくれるから…。
ホントに尻尾があればいいのに、前のぼくには要らないけれど。前のぼくだと、尻尾があったら大変なことになっちゃうから…。メギドに行けなくなってしまって。
「今のお前も尻尾は要らんと思うがな?」
お前の心の中身だったら、俺には手に取るように分かるさ。…尻尾が無くても、表情だけで。
それにだ、心の欠片も幾つも零れているし…。前のお前だった頃と違ってな。
さっきまでは尻尾で弾んでいたぞ、とハーレイが浮かべた穏やかな笑み。
「あればいいな」と、心の欠片がキラキラ零れていたが、と。
「今はションボリしているようだが…。前のお前の話になって」
前の俺を独りぼっちにしちまったことや、メギドなんかを思い出してな。…尻尾のせいで。
どうだ、俺の読みは間違ってるか?
お前に尻尾はついちゃいないが、俺にはこう見えているんだが…?
「…間違ってない…」
ハーレイが言うこと、当たっているよ。…尻尾が欲しくてはしゃいでいたのも、今はションボリしてるのも。…ちょっぴりだけどね、ションボリなのは。
「ほらな、きちんと当てただろうが。…だからお前に尻尾は要らない」
俺にはいつでも、お前の気持ちが分かっているんだ。尻尾が無くても、お前の気持ちは全部。
尻尾無しでも、何も問題無いってな。俺には伝わっているんだから。
「でも、キスをしてくれないじゃない!」
ぼくの気持ちが分かっているなら、ハーレイはキスをくれる筈だよ!
キスして欲しいの、本当にホントなんだから…。尻尾があったら、ちゃんと見えるんだから!
「そいつも俺には分かっているぞ。お前の心は尻尾無しでも丸見えだしな」
しかし、それとキスとは話が別だ。分かっていたって、叶えてやれないこともある。
キスが駄目な理由、嫌というほど何度も説明してやったがな?
まだ足りないなら、いくらでもお前に聞かせてやるが。
「ハーレイのケチ!」
分かってるんなら、キスしてくれてもいいじゃない…!
尻尾が無くても分かるほどなら、ぼくにキスしてくれてもいいのに…!
ケチなんだから、とプウッと膨れてやったら、「ふむふむ…」と楽しげなハーレイの顔。
「お前のお得意の膨れっ面だな。それを尻尾でやるとなったら…」
どんな具合になるやらなあ?
尻尾もプウッと膨れちまうのか、それとも怒った猫の尻尾みたいにユサユサ揺れるか。
犬の膨れっ面は知らんが、そういう時の尻尾はどうなっているのやら…。
もっとも、お前は尻尾でやるより、顔の方がいいと思うがな?
俺もお前の顔を見ていられるわけだし、尻尾よりかは顔でお願いしたいモンだが。
「え?」
顔って何なの、なんで尻尾より顔になるわけ?
ぼくに尻尾がついていたって、膨れるのは顔がいいって言うの…?
膨れた顔の方が好きなの、と丸くなった目。尻尾で気持ちを表せるのなら、膨れっ面をしなくていいのに。ハーレイだって、いつも「フグだ」と言っている顔を見なくて済むのに。
「お前が膨れないというのは、まあ、有難くはあるんだが…」
可愛らしい顔のままなわけだし、膨れっ面よりはいいんだが…。問題はお前の尻尾なんだ。
もしもお前に尻尾があったら、そっちにも気を配らなきゃいかん。
俺の考えで合っているのか、間違ってるのか、そういったトコ。
尻尾は嘘をつけないからなあ、念のために確認しておかないと。お前の顔と尻尾と、両方。
「…じゃあ、ハーレイの視線がズレちゃうの?」
ぼくの顔から尻尾の方に?
膨れっ面なのか、そうじゃないのか、ハーレイは尻尾を見て確かめるの?
「そうなるだろうな、尻尾があれば」
お前の心が零れていたって、顔も尻尾も確かめないと…。
そいつが礼儀というモンだろうが、お前には尻尾があるんだから。嘘をつけない尻尾がな。
正直者な尻尾がどうなっているか、それをきちんと確かめること。忘れないように、顔と両方。
顔は笑顔でも、尻尾は膨れてフグのようかもしれないから。…尻尾は嘘をつかないから。
「初めてのキスをしようって時になっても、まずは尻尾の確認かもな」
俺はともかく、お前の気持ちが大切だから…。
キスをしたい気分になってるかどうか、顔を見て、次は尻尾を見る、と。
尻尾の確認を忘れちゃならん、とハーレイは大真面目な顔だから。
「それって、雰囲気が台無しだよ!」
ぼくの顔から視線を逸らして、尻尾だなんて!
キス出来るんだ、ってドキドキしながら待っているのに、尻尾を確認するなんて…!
酷い、とプンスカ怒ってやった。「あんまりだよ」と、「それでもホントに恋人なの?」と。
「そう思うんなら、尻尾は要らないってことだろうが。…今のお前には」
俺だってお前の顔だけを見てキスをしたいし、尻尾にまで気を配るのは遠慮したいしな。
もっとも、その迷惑な尻尾ってヤツ。
前のお前には、ついていた方が良かったな、と思わないでもないんだが…。
尻尾がついてりゃ、前の俺はお前を失くしていないんだから。
「それはそうかもしれないけれど…。前のハーレイ、喜んだかもしれないけれど…」
前のぼくだって、尻尾を確認してからのキスは喜ばないよ!
マントをめくって、みんなに尻尾を見せる方なら、今のぼくなら許すけど…。
前のハーレイが辛かったことを知っているから、それは許してあげるんだけれど…。
だけど、キスの前に尻尾を確認してたら怒るよ?
今のぼくでも、前のぼくでも、それはホントに怒るんだからね…!
「よし。だったら尻尾は要らない、と」
尻尾があったらそうなっちまうし、尻尾は無いのが一番だ。
猫のも犬のも、ウサギの尻尾も。…欲しがらなくても、お前には必要無いんだから。
お前の心はきちんと顔で分かるから、という言葉。
褒められたのか、サイオンの扱いが不器用なのを馬鹿にされたのか。
少し複雑な気分だけれども、ソルジャー・ブルーに尻尾があれば、と思ったハーレイ。尻尾さえあればメギドに飛ぶのを止められたのだ、と考えるハーレイの気持ちは分かるから…。
「…今度は嘘はつかないよ」
前のぼくみたいな嘘は、絶対つかない。
ハーレイがぼくの尻尾をみんなに見せなくちゃ、って思うようなのは。…マントの下になってる尻尾を、「失礼します」って出さなきゃいけないようなのは。
もうやらない、と約束しようとしたのだけれど。
「その必要も無いだろ、今は」
お前が嘘をついたとしたって、その嘘にお前の命は懸かってないからな。
前のお前の頃と違って、今は平和な時代だから…。命懸けの嘘は無理なんだから。
「そうだっけ…!」
嘘をついても、ハーレイに叱られるだけでおしまい。
前のハーレイにやったみたいに、悲しませたりはしないから…。
ハーレイを置いて行ったりしないし、独りぼっちにさせもしないよ。…いつまでも一緒。
ぼくに尻尾が欲しかったなんて、もう絶対に言わせないから…!
サイオンが不器用になってしまって、気持ちを表す尻尾が欲しいと思うくらいの自分だけれど。
尻尾が欲しいと考えたけれど、不器用な自分に合わせたように、今は世界もすっかり平和。
だから尻尾を欲しがらなくても、幸せに生きてゆけるだろう。
猫の尻尾も犬の尻尾も、もちろんウサギの尻尾だって。
わざわざ尻尾を見て貰わなくても、心の中身はハーレイに筒抜けらしいから。
さっきもハーレイは心を見事に言い当てたのだし、尻尾は無くてもかまわない。
尻尾なんかを見てはいないで、顔だけを真っ直ぐ見ていて欲しい。
青い地球にハーレイと二人で生まれ変わって、一緒に生きてゆくのだから。
ハーレイの瞳で顔だけを見詰めて貰える世界の方が、ずっと幸せに違いないから…。
尻尾があれば・了
※ブルーが欲しいと思った尻尾。ハーレイは、前のブルーに尻尾が欲しかったとか。
確かに尻尾があった場合は、メギドへ飛べなかったかも。そして今は、尻尾は要らない世界。
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