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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

照り返し
(えっ…?)
 なに、とブルーが見詰めた窓の外。今の光は何だったの、と。
 学校の帰り、いつもの路線バスの中。お気に入りの席に座って外を見ていたら、眩しい光が目を射たから。何の前触れも無く、突然に。
 光ったものの正体は、と眺めてみても分からない。光るものは何も無さそうな外。こんな昼間にライトを点けても、そう眩しくはならない筈。
 ますます変だ、と気になって外を見詰めるけれども、あの場所でだけの光だったら…。
(もう離れちゃって、何の光か…)
 分かんないよ、と思った所でピカッと来た光。あれだ、と光の方を追ったら、其処にいた車。
(……車……)
 対向車線を来た、車の屋根の照り返し。太陽の光をそのまま反射した車。
 信号停止で止まっているから、よく見てみると…。
(光ってる…)
 屋根のが特に眩しいけれども、ボンネットも弾いている光。まるで車が光っているよう。
 バスの車高が高いから見える、他の何台もの車の屋根。光っているのは、一台だけしか見えないけれど。他の車は、ごくごく普通。
(鏡の反射とかと同じで…)
 角度の問題。太陽と車と、車を見ている自分の視線の高さ。それが揃ったら、ピカリと光る。
 さっき「なあに?」と驚いた光も、きっと車が弾いた光。眩しいほどの照り返し。
 まるで気付いていなかったけれど、そうなる所を車が走って行ったのだろう。バスの窓から外を眺めていた時に。車など見てはいなかった時に。
 あんなに眩しく光るのだったら、太陽の光を弾くなら…。
(ハーレイの車も…)
 走っていたら、光る筈。太陽の光を浴びて、ピカッと。
 濃い緑色の車だけれども、いつも綺麗に磨いてあるから。鏡みたいにピカピカだから。



 バス停に着いて歩道に降りたら、もうさっきほどは光らない車。
 道ゆく車をじっと見ていても、高さも角度も、バスとは違っているのが今。照り返しが目を射ることはなくて、少し光った車が通り過ぎるだけ。光の加減で、ほんの僅かに。
 眩しいとは思わない車。
 家の方へと歩き始めても、やっぱり光る車は無い。ご近所さんのガレージにある車はもちろん、側を通って行った車も。家までの道で、向こうから来た一台の車。
(パパの車は、今は無いけど…)
 此処にあっても光らないよね、と家のガレージも観察した。太陽があそこなんだから、と。
 光る車は見られないまま、入った家。
 着替えてダイニングに出掛けて行って、美味しく食べた母の手作りのケーキ。
 「御馳走様」と二階の部屋に戻って、窓から外を見下ろしたけれど…。
(道路との間に、生垣があるから…)
 此処から見たって、車は光りそうにない。道を走って行ったとしても。どちらの方向から走って来たって、弾いた光は生垣の向こう。
(光、木の葉が飲み込んじゃう…)
 青々と茂った常緑樹の生垣、それの葉と枝が遮る光。車が光を反射したって。
 考えてみれば、ハーレイの愛車が光る所も…。
(見たことない…)
 ハーレイが車に乗って来る日は、休日だったら、雨模様か雨が近い空。そんな空では光らない。
 おまけにやっぱり生垣の向こうを走って来るから、光っても此処から見られはしない。
(晴れた日に、車…)
 出会って間も無い初夏の頃には、そういう日だって何回かあった。
 庭で一番大きな木の下、ハーレイが「デート用だぞ」と据え付けてくれた、キャンプ用の椅子とテーブルと。あれを運んで来てくれた頃は、晴れた日に車で来ていたハーレイ。
 けれど、照り返しを見た記憶は無い。ガレージまで車を眺めに行ったりしていたのに。



 仕方ないよね、と零れた溜息。晴れた日にハーレイの車が来ていた時には、車より…。
(トランクの中身の方に夢中で…)
 車はろくに見ていなかった。ハーレイが魔法のように取り出すテーブル、それから椅子。
 そちらの方に目を奪われて、ついでにハーレイにも夢中。車を見ているわけがない。太陽の光を反射していても、きっと気にさえ留めてはいない。「眩しい」とさえも。
(今だと、ハーレイ、晴れた日は乗って来ないから…)
 見られないよ、と分かっているのが照り返し。
 学校のある日は帰りに車で来てくれるけれど、もうその頃には太陽の光は強くないから。西へと傾き始めているから、ガレージの辺りはとうに日陰になっている。
(ハーレイの車が太陽の光を弾くトコ…)
 自慢の愛車の照り返しに出会えそうな日は当分先、と思った所で頭を掠めていったこと。太陽の光を受けて輝く照り返し。
(あれ…?)
 どうだったかな、と本棚の中から引っ張り出した、白いシャングリラの写真集。前にハーレイに教えて貰った豪華版。父に強請って買って貰って、ハーレイとお揃いで持っている。
 その写真集のページをめくってゆくと…。
(光ってる…)
 太陽の光を弾く船体。晴れ渡ったアルテメシアの上空、其処で輝くシャングリラ。
 アタラクシアの町の上にでも浮かんでいるのか、飛んでゆく所を撮ったのか。真っ白な船体が、まるで鏡になったよう。綺麗に反射している光。白い鯨の巨大な船体、その一部分が光った瞬間。
 写真は見事に、照り返しを写し取っていた。
 白い鯨が光るのを。…太陽の光を眩く弾いて、青空に浮かんでいる所を。



 アルテメシアの太陽を浴びた、シャングリラ。白い船体が放つ光は、太陽の光の照り返し。
 その美しさは、写真集で見慣れていたけれど。
 何度も広げて眺めてみては、「綺麗だよね」と思っていた写真なのだけど…。
(前のぼく…)
 ソルジャー・ブルーだった前の自分は、こんなシャングリラは見ていない。ただの一度も。
 白い鯨は、いつも雲海の中だったから。
 前の自分が空を飛んでも、シャングリラは常に雲の中。太陽の光を直接浴びはしないし、船体が光ることもない。太陽の光を反射しようにも、その太陽が雲の向こうでは。
(…ぼくだけが空を飛んでいたって…)
 見えるわけがなかった照り返し。雲の中にいる白い鯨は、けして光りはしないから。
 そのシャングリラがアルテメシアを離れる時には、衛星兵器に狙い撃ちされて、雲の海から外へ一部が出た筈だけれど…。
 前の自分は、船の外には出ていない。船を守れるだけの力は、もう無かったから。
 青の間のベッドに横たわったまま、「ワープしよう」と決断するのが精一杯。そんな状態では、シャングリラを外から見られるようにと、思念体で抜け出す余裕さえ無い。
 だから見ていない照り返し。…船が光を浴びていたって。
(ジョミーは見たかな?)
 もしかしたら、白いシャングリラの照り返しを。
 ミュウの子供だと分かったシロエを救い出そうと、船を離れていたジョミー。慌てて船に戻ったけれども、その時に目にしていたろうか。太陽の光を浴びて輝く船体を。
(そんなの、気が付く暇も無かったかな…)
 衛星兵器からの攻撃、それを防ぐのがジョミーの役目だったから。
 白いシャングリラが沈まないよう、死力を尽くして守らなくてはいけなかったから。



 ジョミーでさえも、アルテメシアを離れる時には、そういう状態。
 きっと照り返しには気付きもしないで、船へと飛んで戻っただろう。白い鯨を守り抜くために。
 もう戦えなかった前の自分の代わりに、シールドを展開するために。
(照り返し、ジョミーも見ていなくって…)
 前の自分も、見ないまま。…白いシャングリラは、アルテメシアから宇宙へと逃げた。
 太陽の光はもう無い所へ、漆黒の宇宙空間へ。瞬かない星たちが散らばる場所へ。
 そうなるよりも前は、前の自分がシャングリラで旅をしていた頃には…。
(せいぜい、恒星…)
 見ていた光は、その程度。白いシャングリラから見えた光は。
 アルテメシアに辿り着くまでに、旅をした宇宙。幾つかの恒星の側も通ったけれども、それほど近付いてはいない。照り返しが船を照らすほどには。
(…あんまり近付きすぎるより…)
 距離を保って飛んでいたのがシャングリラ。前のハーレイが取っていた航路。
 キャプテン・ハーレイの愉快な口癖、「フライパンも船も似たようなモンだ」を忠実に守って。
 フライパンも船も焦がさないことが大切なのだし、恒星に近付きすぎたら焦げるのが船。
 いつも安全な距離を取っていただけに、其処で物資の調達のために宇宙へと出ても…。
(…照り返しなんか…)
 一度も見られはしなかった。太陽でもある恒星までは、遠かったから。
 白い鯨へと改造する時、船を下ろした惑星上でなら、月明かりの中に浮かぶシャングリラも見たけれど。船体がぼうっと白く光って、まるで発光しているようにも見えたけれども。
(こんなの、知らない…)
 眩しいほどに輝く、太陽からの照り返し。ピカリと反射する、目を射るほどに強すぎる光。
 それを浴びているシャングリラなどは、ただの一度も見なかった。
 写真集ではお馴染みだけれど、前の自分が全く知らないシャングリラの姿。



 知っているようなつもりでいたのに、と見詰めた写真。白い船体の一部が光ったシャングリラ。
 今日の帰り道、バスの窓から見ていた車の屋根みたいに。照り返しで眩しく感じた車。
(なんだか新鮮…)
 ぼくの知らないシャングリラ、と見ている姿を、ハーレイは知っているのだろう。この写真集で見たわけではなくて、肉眼で。前のハーレイだった頃の瞳で。
 アルテメシアを落とした後なら、きっとこういうシャングリラの姿も目にした筈。様々な惑星に降りていたから、照り返しで光るシャングリラだって。
 その筈だよね、と考えていたら、チャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合うなり訊いてみた。
「あのね、照り返しを見たことある?」
「照り返し?」
 なんだそれは、とハーレイは怪訝そうな顔。「照り返しがどうかしたのか?」と。
「えっとね…。今日の帰りに車が光っていたんだよ」
 バスの窓から外を見てたら、いきなりピカッと何かが光って…。
 さっきのは何の光だろう、って見ている間に、向こうから車が走って来て…。
 それで照り返しだって分かったんだよ、車の屋根が太陽の光を反射して光ってたんだ、って。
「アレか、お前もやられたんだな。バスに乗っかってて」
 なかなかに眩しいもんだぞ、あれは。運転してると、「かなわんな」と思うくらいに。
 夕方は特によく光る、とハーレイが言うのは車の話。道路を走っている車。
「そうじゃなくって…。元は車の照り返しだけど、ぼくが訊いてるのはシャングリラ…」
「シャングリラだと?」
 白い鯨か、お前が言うのは白い鯨の照り返しなのか?
「そう。…そっちに頭が行っちゃったんだよ」
 今のハーレイが乗ってる車の照り返し、ぼくは一度も見たことないから…。
 まだ当分は無理だよね、って思ってる内に、シャングリラのことに気が付いちゃって…。



 これ、と勉強机から、あのシャングリラの写真集を持って来て、広げて見せた。
 照り返しで光るシャングリラの写真。「ハーレイはこういうのも見たんでしょ?」と。
「アルテメシアを手に入れた後なら、あちこちの星で見られた筈だよ」
 大気圏の中に浮かんでいたでしょ、いろんな星で。
 そういう時なら、照り返しだって見えるから…。ハーレイが船の外に出ればね。
「確かに見たが…。お前、こいつが気になるのか?」
 照り返しなんぞ、何処で見たって同じだぞ。太陽の光は、何処も似たようなモンだから…。
 人間が住んでる惑星なんだし、それこそ夕日や、真っ昼間の光や、そんな程度の違いだけだ。
 緑や青色に光っているような太陽は無いしな、人間が暮らす恒星系には。
 特に珍しくも何ともないが、とハーレイが言うものだから。
「…そうだろうけど…。ハーレイが言う通りだけれど…」
 前のぼく、これを知らないんだよ。…こんな風に光るシャングリラ。
「なんだって?」
 前のお前が知らないだなんて…。今のお前なら当然だろうが、前のお前だぞ?
 自由自在に空を飛べたし、俺よりも先に見ていそうだが…。
 昼間に船の外に出たなら、太陽が昇っているんだから。
 前のお前も照り返しくらいは見ているだろう、とハーレイも気付いていなかった。雲海の中では船は輝かないことに。…照り返しで光りはしないことに。
「ハーレイだってそう思うんなら、ぼくが今日まで気付かないのも仕方ないかも…」
 前のぼく、アルテメシアで何度も外に出たけど、シャングリラは雲の中だったから…。
 こんな風には光らないんだよ、雲の中だと太陽の光を直接浴びることは無いから。
「そういや、そうか…。いつだって雲の中だったっけな」
 シャングリラが雲の中にいたんじゃ、お前が出たって照り返しを見るというのは無理か…。
 そいつをすっかり忘れてた。気付かなかったと言うべきか…。
 此処に載ってる、こういう姿。
 照り返しで眩しく光る姿は、お前が知らないシャングリラの顔というヤツなんだな。



 前のお前が知らない顔か、とハーレイが紡いだ言い回し。それが心に響いて来た。
 白いシャングリラには違いないけれど、前の自分は見ていない顔。
「うん、その言葉! ぼくも思った!」
 上手く言葉に出来なかったけど、ハーレイが言った言葉がピッタリ。
 照り返しで光るシャングリラの姿は、前のぼくが知らない顔なんだよ。…シャングリラのね。
 あの船でずっと暮らしていたのに、一度も見せてくれなかった顔。前のぼくが生きてた間には。
 いなくなった後には、前のハーレイも、他のみんなも見た顔だけど…。
 この照り返し、地球の太陽だとどう見えたの、と尋ねたら。
「地球か? あの時は、シャングリラは衛星軌道上に置いて行ったから…」
 それに俺たちは真っ直ぐ地球に降下したから、見てないな。
 降りる前に船の周りを飛んでいたなら、少しくらいは光っていたかもしれないが…。太陽までは遠かったんだが、地球の太陽は充分な明るさを持ってたからな。
 しかし、生憎と前の俺は見てはいないんだ。
 シャングリラが地球の大気圏内まで降りた時には、もう地殻変動が始まっていた。
 前の俺は地面の遥か下にいたし、生きていたって見えやしないさ。…照り返しはな。
「そうだったんだ…」
 地球の太陽で光るシャングリラは、前のハーレイも見ていないんだね。…ぼくだけじゃなくて。
「トォニィたちが見ただけだろうな、眺める余裕があったなら」
 多分、無かったとは思うんだが…。余裕も、外に出るようなことも。あの時の大気圏内では。
 それにだ、仮に船から出たとしたって、あんなに酷く汚れちまった大気だと…。
 大して綺麗じゃなかっただろう。照り返しってヤツを目にしていても。
 今の大気の中に降りたら、きっと綺麗に光るんだろうが…。
 此処に載ってる写真みたいに、真っ青な空に浮かんでな。
 こいつはアルテメシアの空だが、本物の地球の、抜けるように青い空の上で。
 太陽の光を一面に浴びて、キラリと眩しく弾き返して。



 さぞかし見事なんだろうな、とハーレイの目が細められた。
 シャングリラが其処にあるかのように。…地球の太陽を浴びて光っているかのように。
「…じゃあ、シャングリラは、本物の地球の太陽の光を知らないんだね」
 汚染された大気圏内だけしか、飛んでいないから。…宇宙空間だと少し違うから。
 前のぼくがシャングリラの照り返しを一度も見てないみたいに、本物の太陽を知らないまま。
 こんな風に澄んだ空気を通して、射して来る地球の太陽は。
 シャングリラは見ていないんだよね、と眺めた窓の外。夕方だけれど、まだ明るい。
「そうなるのかもな、あれも太陽ではあったんだが…」
 月だって赤くなっちまうような、濁った大気の中を通って来たんじゃ、ちょっと違うか…。
 同じ太陽の光にしても。…シャングリラが見たのと、今のとではな。
 太陽だが「月とスッポン」ってヤツか、とハーレイが持ち出した絶妙な言葉。確かにそのくらい違っただろう。白いシャングリラが浴びた太陽と、今の地球を照らす太陽とは。
 太陽そのものは変わらなくても、地球を覆う大気が違うから。
 シャングリラが地球までやって来た頃は、地球は死の星。それが今では青い水の星で、元の姿を取り戻した、まさに母なる星。その差はとても大きなものだし、別の星と言ってもいいくらい。
「…ホントに月とスッポンだよね、地球の太陽…。前のぼくたちの頃と、今では」
 前のぼくはシャングリラの照り返しを一度も見られなくって、シャングリラは本物の太陽の光を知らなくて…。
 シャングリラはもう何処にも無いから、どっちも見られないままってこと。
 ぼくは照り返しを見られないままで、シャングリラは今の太陽の光を見られないから。
「うむ…。そうなっちまうな、残念だがな」
 シャングリラはとっくに消えちまったし、地球に持っては来られない。
 今のお前に見せてやりたくても、無いものはどうしようもないからなあ…。
 シャングリラが今もありさえしたなら、お前に見せてやれるのに。…照り返しってヤツを。
 普段は他所の星にあっても、地球まで来るってことになったら、見に連れてやって。
 もちろん結婚してからなんだが、シャングリラさえ残っていたならな…。
 いや、待てよ…?



 少しで良ければ見られるんじゃないか、とハーレイはポンと手を打った。
 ほんの少しなら、シャングリラの照り返しを見られるかもな、と。
「そいつを見るには、運ってヤツが必要なんだが…」
 俺たち二人の運が良くないと、無理な話ではあるんだが…。
 運次第だ、とハーレイは言ったけれども、雲を掴むような話に聞こえる。白いシャングリラは、時の彼方に消え去った船。時の流れに消えてしまって、今は写真集の中にあるだけ。
「運次第って…。ハーレイ、シャングリラはもう無いよ?」
 遊園地になら、シャングリラの形の乗り物だってあるけれど…。あれは違うよ。
 いくら見た目がそっくりだって、シャングリラの形に作ってあるだけ。
 あれの照り返しが見られたとしても、それだと紛い物だから…。
 写真集の方がずっといいよね、と指差した写真。「これは本物のシャングリラだもの」と。
 地球のとは違うアルテメシアの太陽だけれど、ハーレイも指摘していた通り。
 人間が暮らす惑星だったら、太陽の光はそれほど違いはしないのだから。
「いいや、本物、あるだろうが。…遊園地の乗り物なんかじゃなくて」
 うんと小さくなっちまったが、今もシャングリラはあるってな。
 このくらいのサイズで、とハーレイの指でトンと叩かれた薬指の付け根。左の手の。
「え…?」
 オモチャよりも小さそうな船。とても小さなシャングリラ。薬指の幅くらいしか無いのなら。
 それが本物のシャングリラだなんて、いったいどういう意味なのだろう…?
「俺だともう少しデカくなるなあ、俺の指だとコレだから」
 お前の指よりずっと太いし、いつかお前が大きくなっても、俺の方が指は太いまま、と。
 俺の指まで言ってやっても分からんか?
 いいか、左手の薬指だぞ、この指には意味があるんだが…。
 前の俺たちとは縁が無かったが、今の俺たちには大切な指になるってな。今度は堂々と、お前と結婚出来るんだから。
 左手の薬指の指輪だ、シャングリラ・リングというヤツだ。
「あ…!」
 あったね、シャングリラ・リング…。あれはホントにシャングリラだっけ…!



 そういえば、と思い出したこと。今の時代にも残り続ける、本物の白いシャングリラ。
 トォニィが解体を決めたシャングリラは、時の彼方に消えたのだけれど。役目を終えたミュウの箱舟、白い鯨は今は何処にも無いけれど…。
 白いシャングリラの船体の一部だった金属、それが今でも残されている。その塊から、決まった数だけ作られる指輪。一年に一度、作り出される結婚指輪。
 今の宇宙では、結婚を決めたカップルだったら、誰でも指輪を作って貰える。白いシャングリラから採られた金属、それを使って対の指輪を。
 けれど、申し込めるチャンスは一度だけ。抽選に当たれば「シャングリラ・リング」と呼ばれる指輪がやって来る。ハーレイの分と、自分の分と。
 いつかハーレイと結婚する時、シャングリラ・リングを手に入れることが出来たなら…。
「…指輪の分だけ、照り返し、あるね」
 ほんの少しでも、シャングリラだから…。小さくても本物なんだから。
 指輪に太陽の光が当たれば、それがシャングリラの照り返し。…ぼくのも、ハーレイが嵌めてる指輪も、ちゃんと光を反射するから。
「そういうことになるってな。指輪サイズでも、本当に本物のシャングリラだ」
 白い鯨と同じように光るかもしれないな。あの船と全く同じ具合に。
 シャングリラ・リングは、銀色だとも、白っぽい金のようだともいう話だし…。
 白い鯨にそっくりらしい、とハーレイが浮かべた優しい笑み。「指輪になっても白い鯨だ」と。
「それって…。色は決まっていないの?」
 銀色だとか、白っぽい金だとか…。似てるようでも少し違うよ。
 同じ塊から作る筈なのに、違うだなんて…。指輪にする時、何か入れたりするのかな?
 加工しやすいように別の何かを、と傾げた首。
 白い鯨の船体だけでは、指輪を作れはしないのだろうか、と。
「そう思うだろうが、そうじゃないらしいぞ」
 どの指輪も出来上がりは全部同じだ、混ぜ物は何もしていないから。
 元はシャングリラの一部だったヤツを、溶かして指輪に加工し直すだけなんだしな。



 指輪は丸ごとシャングリラだ、とハーレイは説明してくれた。「混ぜ物は一切無しなんだ」と。
 形を指輪に作り替えるだけ、それがシャングリラ・リングだという。白い鯨の船体だった金属、他には一切何も入れない。
「そういう仕組みになっているんだ、シャングリラ・リングは」
 シャングリラそのものの記念だからなあ、手を加えたら駄目だろう。
 金属の比率を変えちまったら、もうシャングリラじゃなくなっちまう。ただの合金で、あの船の思い出にはならない。そのままの姿で残さないと。
 シャングリラ・リングは、白い鯨の船体の色じゃなくてだ、船を作っていた金属だから…。
 あの上から塗装していた船だろ、シャングリラは。色々な都合で、真っ白な船に。
 金属だけで出来てる指輪だったら、白い鯨には見えない筈だが…。
 何も塗ってはいないんだしなあ、銀なら銀で、白っぽい金なら、そういう色の筈なんだが…。
 どうしたわけだか、白い鯨にそっくりな色に見えちまう時があるそうだ。
 前の俺たちの船と同じに、真っ白に光って見える時が。
「不思議だね…。銀色だったり、白っぽい金だったりっていうのは分かるけど…」
 金属なんだし、光の具合で見え方は変わるかもしれないけれど…。
 シャングリラみたいに塗装してないのに、白い鯨の色に見えるだなんて。
 それって、とっても不思議な感じ。シャングリラで出来てる指輪だからかな…?
「どうなんだかなあ…? 俺にもサッパリ分からんが…」
 其処が光のマジックだってな、白い鯨にも見えちまうのが。…銀色とかの筈の指輪が。
 だが、色の仕組みの方はどうあれ、照り返しはちゃんと見られるぞ。
 前のお前が見損ねちまった、シャングリラの。
 指輪の分だけのヤツにしたって、本物には違いないからな。塗装してない金属でも。
「欲しいよ、シャングリラ・リング…!」
 シャングリラの照り返しが見られる指輪で、前のぼくたちが暮らした船の記念なんだから…。
「俺たちだったら、当たるって気もするんだが…」
 外れやしない、って気はしているんだが、こればっかりは運だからなあ…。
 どうなるのかは分からないよな、申し込むまで。…申し込んで抽選の結果が出るまで。



 当たってくれるといいんだがな、とハーレイにも読めないシャングリラ・リング。当たるのか、作って貰えるのか。二人揃って薬指に嵌める時が来るのか、またシャングリラに会えるのか。
「俺の運、悪くはないんだが…。お前はどうだ?」
 ラッキーな方か、と尋ねられたけれど、どうなのだろう。クジなど、滅多に引かないから。
「分かんない…。悪くないとは思うんだけど…」
 神様にお願いしておかなくちゃね、シャングリラ・リングを申し込んだら。
 抽選でハズレになりませんように、って毎日、お祈りしなくっちゃ。
 シャングリラ・リングを貰えるように、と眺めた左手の薬指。いつか結婚指輪を嵌める予定の、今はまだ細い子供の指。
 前の自分とそっくり同じ姿に育って、結婚式を挙げられる日が来たならば。…ハーレイの花嫁になる日が来たなら、この指に結婚指輪が嵌まる。ハーレイと指輪の交換をして。
(…結婚指輪に、シャングリラ・リングを貰えたら…)
 指輪を嵌めた手が本物の地球の太陽を浴びたら、白いシャングリラの照り返しが見られる。前の自分は見られなかった、太陽の光を弾く姿が。
 そしてシャングリラは、本物の地球の太陽を見ることが出来る。とても小さな指輪だけれども、今の自分の指に嵌まって。
 白いシャングリラが見られないままで終わってしまった、蘇った地球を眩く照らす太陽を。
 薬指に嵌まったシャングリラ・リング。小さな指輪に姿を変えた、懐かしい白いシャングリラ。
 それはいつでも指にあるのだし、何処へ行く時も嵌めておくのが結婚指輪。
(…ということは…)
 シャングリラ・リングを貰えて嵌めていたなら、白いシャングリラは色々な所へ行ける。薬指に嵌まって、自分と一緒に移動して。
 地球のあちこちへ出掛けてゆけるし、もちろん自分がハーレイと二人で暮らす家へも。
(それって凄い…)
 ホントに凄い、と丸くなった目。
 白いシャングリラは、本物の地球の太陽を知らないままで終わったけれども、今度は青い地球の上。真っ青な海も、緑の森も、シャングリラは見ることが出来るんだ、と。
 今の自分がシャングリラ・リングを嵌めたなら。…白いシャングリラと一緒だったら。



 とても素敵で、素晴らしいこと。シャングリラ・リングを貰えさえしたら…。
「ねえ、ハーレイ。ぼくたちの指に、シャングリラ・リングを嵌められたら…」
 抽選に当たって、ちゃんと結婚指輪に出来たら、とっても素敵。
 シャングリラ、うんと小さくなっちゃうけれど…。指輪サイズのシャングリラだけど…。
 でも、シャングリラは何処へでも行けるよ、ぼくたちと一緒に。
 結婚指輪はいつも嵌めてるものでしょ、だから旅行にも食事にも、ドライブだって。
 何処へ行く時もシャングリラと一緒で、あちこちに連れてあげられそう。前のぼくたちが生きていた船を、いろんな所へ、色々な場所へ。
 それに、ぼくたちの家の中にも入れちゃうんだよ。指輪サイズのシャングリラだから。
 玄関からでも、庭からでも…、と披露した。小さな自分が気付いたことを。
「家の中まで入れるってか? 俺の車でも、家の中には入れないんだが…」
 ガレージまでしか入れやしないし、玄関なんかは、とても通れやしないんだが…。
 シャングリラ、大した出世だな。
 人間様と一緒にあちこち出掛けて、家に入って、ゆっくりのんびり暮らせるとはなあ…。
 俺の指に嵌まってコーヒーなんかも飲むらしいぞ、と可笑しそうに笑っているハーレイ。きっと紅茶も飲むんだろうと、「お前、コーヒーじゃなくて紅茶だしな?」と。
「ケーキなんかも食べると思うよ、ぼくたちと一緒なんだから」
 シャングリラ、とても頑張った宇宙船だもの…。そのくらいの御褒美、当たり前だよ。
 家に入れるのも、コーヒーや紅茶を飲めるのも。…ケーキを食べられることだって。
 だけど、シャングリラ、凄くビックリしちゃうかも…。
 コーヒーや紅茶は美味しく飲んでも、それよりも前にビックリ仰天。
 地球が青いことにも驚くだろうけど、ぼくとハーレイが結婚だなんて。
 ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイが結婚しちゃって、シャングリラ・リングを二人で指に嵌めてるなんて…。



 もしかしたら腰を抜かしちゃうかも、と瞬かせた瞳。「青い地球よりビックリだよね」と。
「…ぼくたちがシャングリラ・リングを当てたら、ホントに大変」
 どういうカップルが嵌めるんだろう、って顔を出したら、ぼくとハーレイだよ?
 シャングリラ・リング、ビックリして床に落っこちちゃうかも、届いた箱を開けた途端に。
 ぼくとハーレイが覗き込んだら、ホントのホントに驚いちゃって。
 落ちちゃうかもね、と心配になったシャングリラ・リング。驚いて箱から転がり落ちて。揃いの指輪の片方どころか、両方ともが。
「その心配は無いってな。俺とお前の所へ来たって、シャングリラだったら大丈夫だ」
 驚くだろうが、きっと喜んでくれると思うぞ。あの船は全部知っていたしな、俺たちのことを。
 前のお前と、俺とのこと。
 船の仲間たちは知らなかったが、シャングリラは知っていたんだから。…何もかもをな。
「そっか…。そうだよね、シャングリラで暮らしていたんだから」
 前のぼくたちが恋をしてたのも、みんなに内緒で一緒にいたのも、全部知ってた筈だよね。
 ハーレイもぼくも、あの船で生きていたんだもの。
 でも…。それじゃ、何もかも全部、シャングリラに見られちゃってたの?
 前のぼくたちが抱き合ってたのも、キスしていたのも、シャングリラは全部見ていたわけ…?
 シャングリラの中にいたんだものね、と染まった頬。きっと真っ赤に違いない。
 あまりにも恥ずかしすぎるから。白いシャングリラに見られていたとは、思ったことさえ一度も無かったものだから。
「そうなるんだろうが、今度もそうだぞ。…今の俺たち」
 運良くシャングリラ・リングが当たって、指輪を嵌めっ放しなら。
 シャングリラは俺たちと一緒なんだし、今度も何もかも見られちまうってな。
 俺たちがシャングリラの中にいるのか、シャングリラが俺たちにくっついてるかの違いだけで。
 シャングリラは此処から見てるってわけだ、とハーレイがつついた自分の左の薬指の付け根。
「うーん…」
 やっぱり今度も見られちゃうわけ、シャングリラ・リングを嵌めてたら…?
 ハーレイとぼくが指輪を嵌めていたなら、何をしててもシャングリラと一緒なんだから…。



 困ったことになっちゃった、と見詰めた自分の左の手。今はまだ細い薬指。
 いつかハーレイと結婚したなら、シャングリラ・リングを其処に嵌めたいけれど。
 白いシャングリラを、あちこちに連れて行きたいけれど。
(旅行に、食事に、他にも色々…)
 満喫して欲しい、蘇った青い地球での暮らし。あの白い船に、白い鯨に。
 前の自分が守った船。ハーレイが舵を握っていた船。
 誰にも言わずに終わってしまった、前の自分たちの恋を守っていてくれた船。
 白いシャングリラには、どんなに御礼を言っても足りない。言葉ではとても言い尽くせないし、紅茶もケーキも、コーヒーも御馳走してあげたい。
(本物の地球の太陽だって…)
 その照り返しを指輪の姿で見せられるよう、左手を空へと伸ばしたいけれど。眩い光を、本物の太陽が放つ光を、シャングリラに浴びさせてあげたいけれど。
(ぼくとハーレイが結婚したら…)
 前と同じに恋人同士の日々が始まる。今は許して貰えないキスや、その先のことも。
 ハーレイと二人でベッドに入って愛を交わす時も、白いシャングリラは左手の薬指にちゃんと、くっついて眺めているわけで…。
「…恥ずかしいから外そうかな…」
 シャングリラ・リング、お風呂の前に。…外して箱に入れておいたら、見られないから。
 朝に起きたら嵌めればいいでしょ、寝る時まで嵌めていなくっても…?
 「お風呂に入る前に、外してもいい?」と訊いてみた。シャングリラに全部見られているのは、やっぱりどうにも恥ずかしいから。
「好きにすればいいが、その話、そこでやめておけよ?」
 指輪はいつでも嵌めておくんだ、って話なら可愛らしいがな…。
 いつ外そうかと相談だなんて、お前、いったい何歳なんだ。結婚出来る年じゃないだろうが。



 お前みたいなチビには早い、とハーレイにコツンと小突かれた額。
 「もっと大きくなってからだ」と、「前のお前と同じ背丈に育ってから相談するんだな」と。
 「指輪を外すタイミングなんぞ、俺は知らん」と、腕組みをして軽く睨まれたけれど。
 チビのくせに、とハーレイは顔を顰めるけれども、いつかシャングリラを指に嵌めたい。
 シャングリラ・リングを抽選で当てて、左手の薬指に嵌める小さなシャングリラ。
 指輪サイズになった白い鯨を、前のハーレイと長く暮らした懐かしい船を、大切な左の薬指に。
(結婚指輪は、いつも嵌めてるものだから…)
 白いシャングリラに、本物の地球の太陽の光をプレゼントしてあげて、前の自分が知らなかったシャングリラの顔を少しだけ覗かせて貰う。
 太陽の光を受けて輝くシャングリラを。白いシャングリラの照り返しを。
(いつも、シャングリラと一緒…)
 それがいいな、とシャングリラ・リングが当たるようにと夢を見る。
 あの懐かしい白い鯨に、沢山の御礼をしたいから。
 綺麗な景色も、御馳走なんかも、ハーレイと二人で、たっぷりと味わわせてあげたいから…。




           照り返し・了


※前のブルーは見られなかった、シャングリラの船体の照り返し。それに今はもう無い船。
 けれど、指輪になったシャングリラに、また会うことが出来るかも。何処へ行く時にも一緒。
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