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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

雑草のように
(あ…!)
 この草は駄目、とブルーが抜いた雑草。小さいのを一本。
 学校から帰って、門扉を開けて入った庭。玄関までにちょっと寄り道、庭で一番大きな木の下。其処に据えてある、白いテーブルと椅子。
 座るつもりは無かったけれども、寄りたい気分になったから。大好きな場所へ。
 そしたら見付けた悪い草。いわゆる雑草、芝生の邪魔者。
(此処だと、ママも気が付かないよ)
 白いテーブルと椅子を眺め回す内に、たまたま覗いたテーブルの下。悪い草が顔を出していた。まだ小さいから、もっと大きく育ってこないと目に付かない。
(でも、悪い草…)
 育ち始めたら、アッと言う間に広がる。上へ伸びるならまだマシだけれど、横にも茎を伸ばしてゆく。伸びた茎から根を下ろしては、芝生みたいに次から次へと増える株。
 そうなってから発見したって、取り除くのは難しい。土の下へと入り込んだ根が残っていたら、また新しい株が出来てくる。種が無くても根で増えるから厄介な草。
(育っちゃったら、芝生にハゲ…)
 根こそぎ取るには、芝生ごと。其処の芝生は禿げてしまって、真っ黒な土が残るだけ。それでは困るし、小さな間に発見して退治するのが一番。今、やったように。
 抜いた雑草を庭に捨てておいては駄目だから…。
(これで良し、っと…)
 運んだ裏庭、抜いた雑草を置くための場所。もう一度根を下ろさないよう、土の代わりに大きな石。母が退治した雑草たちが干されていたから、その上に乗せた。
(ちゃんと抜いたよ、ぼくだって)
 さっきの白いテーブルと椅子は、ハーレイと初めてのデートをした場所。最初の間はハーレイが持って来てくれた、キャンプ用の椅子とテーブルで。
 今ではすっかりお気に入りだし、父が買ってくれたのが白いテーブルと椅子。
 その大切な場所に生えた雑草、「手入れが出来た」と大満足。悪い雑草はもう抜いたから。



 家に入って、制服を脱いで。ダイニングでおやつを食べる間に、眺めた庭。ガラス窓の向こう、さっきのテーブルと椅子だって見える。庭で一番大きな木の下、大好きな場所。
(テーブルも椅子も、ママ任せだけど…)
 拭いてやったりもしないけれども、今日は自分で手入れが出来た。雑草が大きく育たない内に、芝生にハゲが出来てしまう前に。
(ぼくだって、ちゃんと出来るんだから…)
 気が付いたならば、雑草を抜くことくらい。小さな間に見付けてしまえば、かからない手間。
 テーブルと椅子も、置いてある場所が外でなければ、自分で手入れしていただろう。専用の布をギュッと絞って、せっせと磨いて、乾拭きだって。
(あのテーブルと椅子が来たのは、夏になる前で…)
 初夏だったから、じきに夏。暑い日も増えて来ていた頃だし、父や母がやっていた手入れ。ただ拭くだけのことにしたって、身体の弱い一人息子に外での作業は酷だから、と。
(それに、夏休みはハーレイが来てて…)
 柔道部などの用事が無い日は、午前中から訪ねて来てくれていた。そういう時には、外でお茶。朝の涼しさが残る時間を庭で過ごして、白いテーブルと椅子が大活躍。
 暑くなって来たら家に入って、夜までハーレイと部屋でのんびり。その間に母が手入れしていたテーブルと椅子。日盛りを避けて、上手い具合に木陰が出来る頃合いに。
(ぼくがやってる時間は無くて…)
 夕方までには済んでいた手入れ。夜の間に雨が降ったら、朝一番に父や母が綺麗に拭いたもの。
 そんな具合で自分の出番は全く無いまま、過ぎてしまった夏休み。
(ハーレイが家に来ない日だったら、ぼくにも時間はあったけど…)
 夏休みだけに、太陽が昇れば気温が上がる。朝食を食べている間にも。木陰でお茶なら、涼しく過ごせる時間にしたって、テーブルと椅子を拭くとなったら、やっぱり暑い。
 それではとても無理だから、と母が手入れをし続けてくれて、今も手入れの係は母。
 任せっ放しにしている以上は、たまには下の雑草くらい…。
(抜かなくっちゃね?)
 気が付いた時は、今日みたいに。
 母に手間をかけさせてしまわないよう、芝生にハゲが出来ないように。



 頑張ったよね、と帰った二階の自分の部屋。空になったお皿やカップを母に渡して。
 たった雑草一本だけれど、抜いてデートの場所を守った。自分の力で、きちんと退治。
(雑草、大きくなったら大変…)
 どんな雑草でも、育ってしまうと抜くのも大変。手では抜けない雑草もある。根が深すぎたり、根の力がとても強すぎたりと。
 そういう雑草を引っこ抜いても、土の中に根が残っていたら…。
(今日みたいな草だと、また生えて来るし…)
 ウッカリ見落としたままになったら、種でも増えてしまう雑草。知らない間に咲かせている花、目立たないから分からない。種が膨らみ始めても。
 気付いた頃には、種が飛び散ってしまった後。あちこちに飛んだら新しいのが生えて来るから、抜く手間も増える。種の数だけ増える雑草。それでは、とても厄介だから…。
(小さい間に…)
 抜いてしまうのが一番なんだよ、と思ったはずみに掠めた記憶。
 遠く遥かな時の彼方で、前の自分が見ていたこと。ソルジャー・ブルーと呼ばれていた頃。
(……小さい間……)
 まさにそれだ、とドキリとした。あの時代のミュウという種族。
 前の自分が生きた時代は、今とは全く違ったもの。機械が統治していた時代で、生きられたのは人類だけ。機械は人類しか認めなかったし、ミュウは異分子だったから。
(ミュウの因子を持っていた子は…)
 大きくなれずに、子供の間に抹殺された。さっき退治した雑草のように、小さい間に。
 白いシャングリラが救えなかった子たちは、全て。一人残らず、子供の間にミュウは根絶やし。
 成人検査を受けるより前に、大抵の子は発見された。養父母や教師が「変だ」と気付いて、通報されて。そうはならずに育った子供も、成人検査は逃れられなくて…。
(バレてしまって、それでおしまい…)
 救出するのが遅れた時には、殺されてしまった子供たち。
 他の星でも、皆、殺された。ミュウに生まれたというだけで。ミュウ因子を持っていただけで。



 成人検査をパスした子供はいなかった。機械は思念波でコンタクトするし、ミュウなら反応してしまうから。人類の子ならば無反応な箇所で現れるらしい、ミュウならではの答えや思考。
 それでミュウだと発覚するから、逃れることは不可能だった。何処の星でも。
(シロエとマツカ…)
 今も知られる二人だけしか、確認されたケースは無い。成人検査を無事に通過し、次の段階へと進めたミュウ。養父母と暮らした育英都市から、大人社会への入口になる教育ステーションへ。
(シロエの方は、計算ずくで…)
 マザー・イライザが選んだ子供。機械が無から作ったキースを教育するため、ミュウのシロエを選び出した。キースと競わせ、反発させて、最後はキースに殺させるために。
 シロエはそういう子供なのだし、マツカだけが偶然パスした子供。きっとマツカは、幸運な子供だったのだろう。引っ込み思案だったというから、ミュウならば見せる反応さえも…。
(見せなかったか、見せても機械が気付かない程度で…)
 そのまま成人検査をパスした。「この子はミュウではないようだ」と判断されて。
 けれど、シロエとマツカを除いた、あの時代のミュウの子供は全員…。
(殺されちゃった…)
 小さい間に、雑草のように。宇宙にミュウが増えないようにと、子供の間に。
 大きくなったら厄介だからと、発見されたら直ぐに殺された。さっき退治した雑草のようだったミュウの扱い。「小さい間に」と処分されたミュウ。「大きくなると厄介だ」と。



 そうやって消されたミュウの子供たち。彼らが全員、小さい間に殺されたのは…。
(ぼくたちのせいなの…?)
 もしかしたら、と恐ろしい符号に気が付いた。機械がミュウを子供の間に殺した理由。
 前の自分たちは、アルタミラからの脱出組。人類が星ごと滅ぼした筈の、アルタミラのミュウの生き残りだった。メギドの炎に焼かれはしないで、船で脱出できたミュウ。
 元は人類のものだった船で、宇宙を放浪していた間は、誰も気付かなかったけれども…。
(アルテメシアに着いた後には…)
 白い鯨に改造した船、それで雲海に潜んだ星。人類が暮らす都市があるなら、きっと何かと便利だろうと。自給自足で全てを賄える船といえども、万一の時には人類の物資が役に立つから。
 此処にしよう、と雲の海の中に隠れ住んだら、外から聞こえて来た悲鳴。
 あの星にあった二つの育英都市でも、ミュウの子供を殺していたから。
(悲鳴、放っておけやしなくて…)
 飛び出して行って、助けた子供。それが最初で、後には専門の救助班まで出来ていた。ミュウの子供を救い出すのを、仕事にしていた仲間たち。必要だったら、育英都市にも潜入して。
 シャングリラの存在は知られていなかったけれど、上層部は知っていたソルジャー・ブルー。
 それが誰なのか、何処から来たか。ミュウの長だと名乗っているのは、何者なのか。
(アルタミラで滅ぼし損なったから…)
 厄介なものが現れた、と上層部の者たちは思った筈。彼らを統治していた機械も。
 だから余計に、必死に殺していたのだろうか。ミュウの子たちを。
 第二、第三のソルジャー・ブルーが出ないようにと。ミュウが纏まり、新たな組織を立ち上げて歯向かわないように。
(ぼくが名乗っていなかったら…)
 あそこまで酷くはならなかったろうか、と思ってしまう。
 小さい間に殺してしまえ、と機械が命じたミュウの子供たち。ミュウだと判断したら、その場で銃で撃ち殺していたのが常。周りに他の子供がいたなら、他の場所へと連れ出して。
 大人を疑うことも知らない、幼い子まで殺された。よちよち歩きの幼児でさえも。
 彼らが育つと厄介だから。大きくなったら、ソルジャー・ブルーのようになりかねないから。



 前の自分が名乗らなかったら、子供たちは殺されなかったろうか。ソルジャー・ブルーと名乗る厄介なミュウが、アルテメシアの何処かに住み着かなかったら。
(ぼくのせいなの…?)
 雑草のように抜かれたミュウたち。小さい間に命を断たれた、大勢のミュウの子供たち。
 アルテメシアでも、他の星でも、ミュウを殺すなら子供の間に。
 人類が、機械が其処まで徹底したのは、前の自分のせいだったろうか?
 ミュウの子供を生かしておいたら、ソルジャー・ブルーが出来上がることを、彼らは身をもって学んだから。…アルタミラで殺し損ねたばかりに、アルテメシアに住み着かれたから。
(ソルジャー・ブルーって名乗る代わりに、他の名前を名乗るとか…)
 でなければ、名前を口にしないとか。何処から来たのか、何者なのかが分からないように。
 そうしていたら、と考えたけれど、きっと姿でバレただろう。
 アルビノのミュウは、ただ一人だけ。タイプ・ブルーだったミュウも、前の自分だけ。
 テラズ・ナンバー・ファイブがデータを照会したなら、答えは直ぐに弾き出される。アルタミラから逃れたミュウだと、それが育って戻って来たと。
(…物凄く厄介なミュウだよね、ぼく…?)
 アルタミラでは、心も身体も成長を止めて、檻の中に蹲っていた子供だったのに。どんなに酷い実験をしても、逆らいさえもしなかったのに。
 けれど、育ったらソルジャーになった。ミュウの子供を救うためなら、戦いも厭わない戦士。
 まさかソルジャーに育つなどとは、誰も思っていなかったろう。実験をしていた研究者たちも、アルタミラごとミュウを滅ぼそうとしたグランド・マザーも。
(あそこにいた頃は、小さい雑草…)
 その気になったら殺せた筈。いともたやすく、息の根を止めて。
 過酷な人体実験の後に、治療しないで放っておいたら、間違いなく死んでいたのだから。
 そうする代わりに生かしておいたら、アルタミラから逃げられた。逃げたばかりか、サイオンを自由自在に操るソルジャーになって戻って来た。
 まるで逞しい雑草のように。抜かないままで放っておいたら、芝生にハゲが出来る雑草。とても厄介で困る存在、大きく育ってしまったら。



 前の自分はそれだろうか、と恐ろしい考えに囚われる。人類が、機械が、ミュウの子供を小さい間に処分したのは、ソルジャー・ブルーの存在で懲りていたからか、と。
(前のぼくが出て行かなかったら…)
 けして姿を現すことなく、雲の海の中に隠れていたら。正体を把握されなかったら…。
 ミュウの子たちは生き延びたろうか、徹底的に殺されずに。ただ「怪しい」というだけならば、直ぐに処分しないで、暫く様子見。
(そういう風にしてくれていたら…)
 マツカのように、成人検査をパスするケースも増えただろう。成人検査を受ける年まで、生きる子供が多ければ。小さい間に処分されずに、成人検査を受けられたなら。
 けれども、そうはいかなかった世界。ミュウの子供は小さい間に消され続けて、その原因は前の自分にあるかもしれない。育ってしまうと厄介なことを、人類に知らせたのだから。
(ぼくが出たのは失敗だった…?)
 ミュウが育つと何が起こるか、人類が知らないままだったなら。ソルジャー・ブルーがいるとは知らずに生きていたなら、ミュウの子たちは生き延びたろうか。マツカのように。
 そうなったかも、と前の自分のやり方のことで悩んでいたら、聞こえたチャイム。仕事の帰りにハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合わせで問い掛けた。
「あのね、ハーレイ…。前のぼく、出たら駄目だった…?」
「はあ? 出たら駄目って…。何処からだ?」
 何の話だ、青の間のことか?
 あそこから出ずに何をするんだ、と返った見当違いな答え。だから急いで言い直した。
「青の間じゃなくて、シャングリラだよ。飛び出して行ってた、ミュウの子供の救出…」
 あれでバレたよ、前のぼくが生きていたことが。…アルタミラで死んでいなかったことが。
 ミュウの子供たち、そのせいで余計に殺されちゃった?
 前のぼくが死なずに生きていたのが、人類と機械にバレちゃったから…。
「おいおい、いきなり何の話だ?」
 何処からそういう話になるんだ、前のお前が姿を見せたら、ミュウの子供が殺されるなんて。
「えっとね、雑草…」
 庭とかに雑草が生えて来るでしょ、あれとおんなじ…。



 今日、小さいのを抜いたんだよ、と説明した。庭のテーブルの下に生えた雑草のこと。
 小さい間に抜くべき雑草。増えて厄介になる前に。大きく育って、抜いたら芝生にハゲが出来てしまう結果になる前に。
「ミュウもね、それとおんなじかな、って…」
 子供の間に処分しておいたら、厄介なことにならないから。…どうせ雑草なんだから。
 生やしておいても困るだけの草で、抜いたり刈ったりするのが雑草。
「そりゃまあ、なあ…? 今でこそミュウの時代だが…。人間はみんなミュウなんだが…」
 SD体制の時代からすりゃ、雑草だろう。進化の必然だったことさえ、隠し続けてたんだしな。
 存在自体が許せないなら、雑草と同じ扱いだよな、とハーレイも頷く雑草扱い。
「それじゃ、やっぱり前のぼくのせいで…」
 小さい間に殺されちゃったんだ、ミュウの子供たち…。本物の雑草をそうするみたいに。
 雑草は小さい間に抜かなきゃ、うんと面倒なことになるから。
「ミュウが雑草扱いだったことは、俺も納得出来るんだが…。そいつは理解出来るんだが…」
 どうしてお前のせいになるんだ、雑草と同じ扱いなこと。
 前のお前はミュウの子供を助けてただけで、他には何もしちゃいないがな…?
 ジョミーを助けた時はともかく、とハーレイは怪訝そうな顔。「何かやったか?」と。
「さっきも言ったよ、ぼくが出て行ったことが問題…」
 アルタミラの檻で生きていた頃は、ぼくは何にもしていないから…。何をされても。
 だけど、生き延びて大きくなったら、ソルジャー・ブルーになっちゃった。ミュウの子供たちを助けに出て来て、テラズ・ナンバー・ファイブを相手に戦ったりもするミュウに。
 あれで人類とグランド・マザーに、大きくなると厄介なんだ、って知らせちゃった。
 他にも仲間はいるんだろうし、増えると厄介になることもね。
 そうなるんだ、って気が付いたから、ミュウの子供は小さい間に端から殺していたのかも…。
 前のぼくみたいに、厄介なミュウが出て来ないように。
「ふむ…。確かにそうかもしれないが…」
 お前の正体に気付いちまったら、雑草並みだとゾッとしたかもしれないが…。
 そのことと、ミュウの子供を小さい間に殺したこととは、繋がっていないと思うがな…?



 関係があるように思っちまうのは無理もないが…、とハーレイは肯定しなかった。雑草のような扱いだったことについては、直ぐに認めていたというのに。
「お前が言いたいことは分かるが、俺には違うように思える。…同じ時代を生きたんだがな」
 前の俺たちが、アルテメシアに辿り着いた時のことを考えてみろ。
 ミュウの子供たちは既に殺されていたぞ、ほんの小さな子供の頃に。
 お前、悲鳴で船を飛び出して行ったんだから。…殺されそうな子供の思念を感じ取って。
「それでバレたんだよ、ぼくが生きていたことが」
 アルタミラで星ごと滅ぼされずに、アルテメシアまでやって来たこと。逃げ延びたんだ、って。
 雑草を退治し損ねたことが、人類と機械にバレちゃった…。厄介なミュウに育ったことも。
 アルタミラの檻にいた頃は無害だったのに…、と顔を曇らせた。実際、無害だったから。
「それはそうだが、殺されかかった子供たちの方が先だろう?」
 お前が来るなんて考えもせずに、「殺せ」と命令してたんだ。…違うのか?
 俺たちがアルテメシアに着くよりも前から、もう殺してた。小さい間に。
 お前の存在とはまるで関係なく、ミュウは雑草なんだから、とな。
 元々、ヤツらは排除するつもりだったんだ。…ミュウという名の雑草を全部、宇宙から。
 アルタミラでメギドを使ったみたいに、消せるものなら星ごと殲滅したかったろうな。
「そうなのかな…?」
 前のぼくが姿を見せなくっても、人類はミュウを殺したのかな、小さい間に…?
 大きくなったら厄介だとか、そういう根拠が何も無くても…?
「雑草なんだし、邪魔だと思えば小さい頃から邪魔だろう。育っても邪魔なだけなんだから」
 どんなに立派に育ったとしても、庭や花壇のためにはならん。どう転んでも、雑草だしな。
 前のお前が現れたせいで、酷くなったということはないさ。…ミュウは処分だという方針。
 そいつを言うなら、前のお前というよりは…。ナスカから後の俺たちだな。
「え…?」
 どういう意味、と目を瞬かせた。前の自分が生きていたことが知れたら、ミュウの処分に拍車がかかりそうだけれども、ハーレイたちなら、それほどの害は無かった筈。…船はともかく。
「ジョミーだ、あいつが問題だった」
 それまで追われていただけのミュウが、アルテメシアを落としたモンだから…。
 前のお前どころの騒ぎじゃなかった、ミュウがどれほど危険なのかを人類は思い知ったんだ。



 燃えるナスカから、命からがら逃げ出したミュウ。大勢の仲間と、先の指導者を喪って。
 彼らには船しか残っていないし、人類は高を括っていた。滅びるのは時間の問題だろうと、白い鯨を発見したなら沈めればいいと。
 けれどシャングリラは、それから間もなく再び姿を現した。…人類に追われる種族ではなくて、侵略者を乗せた船として。人類が暮らす星への侵攻、ただそれだけを目的として。
 ミュウに襲われたアルテメシアは、僅かな時間で陥落した。テラズ・ナンバー・ファイブだけは破壊を免れたものの、途絶えた通信。マザー・システムから切り離されて。
 もはや人類には手も足も出せず、アルテメシアはミュウの手に落ちた。その直前まで、ミュウの子供を殺していたのに。ミュウは忌むべき雑草だったし、抜いて捨てれば良かったのに。
「…あれで慌てたのが人類だ。ミュウはとんでもない化け物だった、と」
 それまでは口で「化け物」と呼んでいただけで、「気味が悪い」と嫌っていれば良かったが…。
 もう、それだけでは済まなくなった。本物の化け物なんだから。
 人類に牙を剥いたんだからな…、とハーレイは軽く両手を広げた。「化け物だろうが」と。
 その化け物の力に驚き、大慌てでミュウの処分を始めたのが人類。
 処分しないで生かしておいた実験体でも、片っ端から。
「…処分って…。どうせ殺すんだろうけど…」
 実験体なら、役目が済んだら直ぐに殺すだろうけれど…。でも…。
 そうする前に殺したわけ、と見開いた瞳。アルテメシアでのミュウの勢いに恐れをなして、と。
「人類から見りゃ、どれも化け物なんだから…。処分したくもなるだろう?」
 必要な数だけを残して、他は殺しちまった。生かしておくとロクなことはない、と。
 サイオンを無効化するための装置、アンチ・サイオン・デバイススーツ。あれの開発にミュウは欠かせないから、幾らかは残しておいたようだが…。
 開発していた場所はノアだし、その近辺にだけミュウを残せばいいわけだから…。
 前の俺たちが落とした星で見付けた、ミュウの収容施設はだな…。



 何処も空っぽか、僅かな人数が残っていただけ。星を落としたら、急いで救助に向かったのに。
 生き残った者たちは運が良かったのだという。
 処分命令を受けた人類、彼らが自分の命の方を優先して逃亡した結果。ミュウの処分をしているような暇があったら、他の星へ逃れた方がいいと。…少しでもノアに近い所へ、と。
「そうだったんだ…。コルディッツのことは知っていたけど…」
 ジョミーのお父さんとお母さんが、子供と一緒に行ってしまった収容所。
 あれも酷いと思ったけれども、人質だったら生かしておかなきゃいけないから…。
 マシだったんだね、コルディッツは。…それまでにミュウを処分しちゃった施設よりかは。
「酷いもんだろ、人類ってヤツは」
 ミュウは危険だと知った途端に、その始末だ。そうする前には、散々いたぶったくせに。
 前の俺たちがいたのと変わらない檻で、餌と水だけを突っ込んで飼っていたのにな?
 どうせ雑草で、人類よりも遥かに劣る生き物なんだ、と実験動物扱いで。
 それをいきなり処分なんだぞ、危険だからと。
 …誰も、何もしちゃいなかったのに。檻の中で飼われていただけなのに。
 その引き金を引いちまったのが俺たちだ。…お前じゃない。
 ミュウを端から殺しちまえ、と命令させる切っ掛けを作ったのはジョミーだったんだ。
 前のお前は悪くないさ、と言われたけれども、ジョミーの方も悪くない。アルテメシアは最初に落とすべき星で、別の星を陥落させていたって、結果は同じだっただろうから。
「…酷い結果になっちゃったけれど、それは人類がしたことだから…」
 ジョミーは何処も悪くなんかないよ、必要なことをやっただけ。…地球に行くために。
 殺されちゃった仲間たちには悪いけれども、そうしないともっと殺されるから…。
 いつまで経ってもミュウは殺されるだけで、生き残れる道が開けてくれないんだから…。
 そうでしょ、ジョミーが戦う道を選ばなければ、ミュウは生きられなかったんだよ。
 SD体制を倒さない限りはね…、とジョミーの澄んだ瞳を思った。
 あの明るかった瞳の少年、地球を目指したジョミーの瞳は氷のように冷たかったという。優しい心を殺さなければ、戦うことは出来なかったから。
 凍てた瞳をしていたジョミーも、心の底ではきっと悲しんでいたのだろう。自分が始めた戦いのせいで、処分されたミュウの仲間たち。罪も無いのに殺されていった、多くの仲間たちの死を。



 ジョミーは悪くなんかなかった、とハーレイの鳶色の瞳を見詰めた。きっと仲間たちも分かってくれると、分かってくれたに違いないと。
「殺される時は、悔しくて悲しかっただろうけれど…。でも…」
 ちゃんと分かってくれたと思うよ、みんなミュウだったんだから。…ミュウのためだ、って。
 自分みたいなミュウが殺される世界を終わらせるには、それも必要だったんだ、って…。
「ジョミーが許して貰えるんなら、前のお前もだろ」
 前のお前も、人類には脅威だったかもしれん。…ジョミーほどではなかったとしても。
 ミュウは端から殺しちまえ、と思わせるのには充分だったかもしれないが…。
 お前だって必要なことをしたんだ、ミュウの子供を沢山助けて。
 ジョミーもお前が見付けたわけだろ、そして船まで連れて来させた。逃げられた後も、きちんと後を追い掛けて行って連れ戻したし…。命懸けでな。
 そしてだ、お前やジョミーが頑張ったお蔭で、ミュウは立派に生き残った。
 なにしろ雑草だったからなあ、前の俺たちは。
「雑草だから?」
 ミュウが生き延びられた理由は、雑草だったからだって言うの?
 ジョミーが頑張ってくれたことは分かるけれども、雑草っていうのは何なの、ハーレイ…?
「そのままの意味だな、雑草ってヤツは逞しいんだ」
 お前、自分で言ったじゃないか。…俺が来た時に、雑草の話。
 庭に生えてたのを退治したんだろ、小さい間に抜いておかないと、と。
 残しちまうと厄介だしなあ、雑草は。
 ほんの少しの根っこからでも、新しい株が出来たりするし…。
 うっかり種でも出来ちまったら、とんでもない数の雑草が生えて来るんだから。



 その厄介な雑草だったから、ミュウは生き延びられたんだ、と笑うハーレイ。
 虚弱な種族のように見えても逞しかった、と。「潜在的には、きっと雑草並みだったよな」と。
「俺たちの代だと、頑丈なミュウは俺くらいしかいなかったが…」
 ジョミーの代でも、ジョミーの他には健康なミュウはいなかったんだが…。
 トォニィたちは健康だったし、あの辺りから変わり始めていたんだな。雑草並みの生命力に。
 元から強い種族でなければ、そう簡単には変わらんぞ?
 誰も気付いていなかっただけで、本来のミュウは、きっと頑丈だったんだろう。そうでなければ進化と呼べんし、弱い種族じゃ退化だろうが。…弱って消えたら話にならん。
 今じゃ虚弱なミュウってイメージ、もう無いだろう?
 かつての人類と何処も変わりはしないぞ、寿命が長くなったってだけで。
「うん…。ハーレイみたいに頑丈な人も多いよね」
 プロのスポーツ選手じゃなくても、うんと丈夫な人が沢山…。ジョギングが趣味の人だとか。
 前のぼくが生きてた時代だったら、ジョギングなんてハーレイかジョミーしか無理…。
 他の仲間だと倒れちゃう、とシャングリラの顔ぶれを思い浮かべた。前のハーレイが後継者にと考えていた、シドでもジョギングは無理だったろう。体力はある方のミュウだったけれど。
「ほら見ろ、そいつがミュウが逞しく生き抜いた結果だ」
 すっかり丈夫になってしまって、身体が弱い人間の方が珍しい。お前は今も弱いままだが…。
 逞しいミュウは人類の代わりに広い宇宙を覆い尽くして、地球にもしっかり根付いてる。
 前の俺たちが生きた頃には、死の星だった筈の青い地球にな。
 これだけ宇宙にはびこってるなら、もう間違いなく雑草だ、とハーレイは可笑しそうだから。
「雑草なの、今のぼくたちも?」
 前のぼくたちは嫌われる雑草だったけれども、今もやっぱり雑草のまま…?
「お前は綺麗な花を咲かせる筈なんだが…。前のお前とそっくり同じに、それは綺麗に」
 しかし、そういう雑草だってあるからな。やたらと綺麗な花が咲くヤツ。
 今も雑草ってことでいいと思うぞ、雑草はとても強いんだから。



 ミュウという雑草が逞しく宇宙を征服したんだな、というのがハーレイの例え。
 人類が嫌って、せっせと抜いては捨てた雑草、それが今では宇宙の主役になっちまった、と。
「きっと捨て方が悪かったんだな、今日のお前はきちんと捨てに出掛けたようだが…」
 もう一度根っこを下ろさないよう、土なんかが無い捨て場所まで。
 人類もそうして努力してれば、いくら雑草でも根絶やしに出来ていたかもしれないが…。
 生憎と失敗しちまったってな、一番最初に捨てる所で。
 アルタミラで星ごと焼いたつもりが、前のお前に逃げられちまった。…前の俺もだが。
 あそこで捨て損なったばかりに、根っこが残って、其処からジョミーが出ちまったんだ。根から直接出たわけじゃないが、前のお前が残っていなけりゃ、ジョミーも殺されたんだしな?
 それを考えると、捨て方ってヤツは大切だ。抜いた雑草の処分の仕方。
 其処を間違えたら、こんな具合に、雑草に征服されちまう、とハーレイが指差す窓の外。
 「もう人類は何処にもいないぞ」と、「地球も宇宙も、今や雑草だらけだから」と。
「雑草だらけって…。ミュウは宇宙を征服したわけ?」
 人類とは和解した筈だけど…。トォニィの代に、ちゃんと文書も交わして。
 征服したって感じはしないし、人類とミュウは自然に混じって、人類の方が消えたんだけど…。
 ミュウは進化の必然だったから、人類もミュウに進化しちゃって。
「しかしだ、雑草という考え方でいったら、そうなるだろうが」
 最初の間は抜かれてたミュウが、逞しく根を下ろしたわけで…。花壇の花の間にな。
 でなきゃ芝生だ、そういう所に残った根っこが始まりだった。
 気付けばすっかり雑草だらけで、元の花壇も芝生も残っちゃいないってな。もう雑草しか生えていなくて、雑草たちの天国だ。花壇も芝生も征服したんだ、雑草が。
「そうなのかも…」
 雑草だらけの庭は困るけど、ハーレイの例えがピッタリかも…。
 ミュウは雑草だったんだものね、小さい間に抜いて捨てられちゃってた雑草。
 こんな草なんか邪魔だから、って引っこ抜かれて、生きる場所さえ貰えなくって…。



 人類がせっせと捨てていたのに、ついに根絶出来なかった雑草、それがミュウ。
 ひ弱な種族だったけれども、実は逞しかったから。進化の必然だった種族で、潜在的には雑草と同じくらいの生命力を秘めていたものだから…。
(雑草、宇宙にはびこっちゃって…)
 今ではすっかりミュウの時代。何処を探しても、人類はもう見付からない。
 そういう時代を迎えたのならば、その雑草が小さい間に人類が抜こうとしていたことも…。
(前のぼくのせいじゃないよね、きっと…?)
 子供の間にミュウが殺されていったこと。
 成人検査を迎える年まで、疑わしい例は生かしておいてくれたら、生存率が上がったろうに。
 それをしないで、ミュウを端から殺した人類。機械が「殺せ」と命じるままに。
 よちよち歩きの子供でさえも、彼らは容赦しなかった。ミュウの片鱗を見せたなら。
 それは自分のせいだったのかも、と恐ろしい考えに囚われたけれど。
 前の自分が生き延びたことが、引き金になったのかもしれない、と怖かったけれど…。
(雑草だったら、小さい間に抜いちゃわないと…)
 後で大変なことになる。抜いたら芝生にハゲが出来るとか、種を飛ばされて雑草だらけとか。
 ミュウはそういう種族なのだ、と機械には最初から分かっていた筈。
 進化の必然だったことを隠して、せっせと殺していたのだから。ミュウ因子の排除は不可能だと承知していた上で。排除するためのプログラムは存在しなくて、それでも殲滅しようとした。
 雑草だからと、逞しすぎる雑草は小さい間に抜いておかねばと。
 大きくなったら厄介なのだし、子供の間に処分する。…それも出来るだけ小さい内に。
 雑草を根絶しようとするなら、そうすることが鉄則だから。
(…前のぼくが逃げて生きていることを、知らなくっても…)
 機械はミュウを殺しただろう。小さい間に、子供の内に。ミュウは雑草なのだから。



 良かった、とホッとした心。前の自分が姿を現したせいで、殺されたわけではなかったミュウ。小さい間に処分したのは、その方法が正しかったから。雑草を退治するならば。
(ハーレイのお蔭…)
 前のお前のせいじゃない、とハーレイは言ってくれたから。
 慰めの言葉をかけるのではなくて、納得のゆく説明もして貰えたから…。
「ありがとう、ハーレイ。…ハーレイのお蔭」
 もう怖くない、と御礼にピョコンと頭を下げたら、ハーレイは不思議そうな顔。
「ありがとうって…。俺が何かしたか?」
 お前と話をしていただけでだ、礼を言われるようなことなんか、何もしていないがな…?
「雑草のこと…。ミュウの子供たちが、小さい間に殺されてしまっていたことだよ」
 前のぼくのせいじゃなかったんなら、安心だから…。
 ぼくの正体がバレちゃったせいで、小さい間に殺さなくちゃ、と決めたわけではなかったら…。
「そいつは俺が保証してやる、違うとな」
 ジョミーと一緒に地球まで行った俺の言葉だ、信じておけ。…俺は最後まで見たんだから。
 キースの野郎がスウェナに託したメッセージだって、前の俺は全部見てたってな。
 だが、雑草か…。今も昔も、ミュウって種族は逞しく生きる雑草らしい。
 前のお前は、とびきり綺麗な花を咲かせる雑草だったが…。
 お前はチビだし、花はまだだな。
 蕾もついちゃいないようだ、とハーレイが顔を覗き込むから。
「じきに花が咲くよ、前と同じに」
 ハーレイだって早く見たいでしょ、蕾が出来て花が咲くのを…?
「駄目だな、お前はゆっくり咲くんだ。楽しみに待っていてやるから」
 前のお前の分まで充分、子供時代を楽しむんだな。今のお前は幸せなんだし、のんびりと。



 急いで花を咲かせなくてもいいんだから、とハーレイがパチンと瞑った片目。「急ぐなよ」と。
 それがハーレイの注文なのだし、急がずにゆっくり育ってゆこう。
 今の自分も前と同じに雑草だけれど、のんびりと。
 前と違って、引っこ抜かれはしないから。
 急いで育って広がらなくても、誰も抜きには来ないから。
 今は地球まで、ミュウという名の雑草が生えて覆い尽くしている時代。
 テーブルの陰に隠れてこっそり育たなくても、堂々と生えて育ってゆける。
 前と同じにミュウのままでも。人間がみんなミュウになったら、雑草が主役なのだから…。



             雑草のように・了


※SD体制の時代のミュウは雑草のよう、と思ったブルー。抜かれて処分されてゆくだけ。
 けれど雑草だったからこそ逞しく生きて、今の時代があるのです。宇宙という庭に広がって。
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