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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

星空と星座
(星空テラス…)
 ふうん、とブルーが眺めた新聞。学校から帰って、おやつの時間に。
 星空テラス、そういう名前のバーの紹介。たまに見かける、記者たちが書く店などの記事。
(なんだか素敵…)
 名前に惹かれてしまったお店。星空テラスだから夜だけの店。バーだけに、当然と言えば当然。
 けれども、ソフトドリンクも沢山あるという。アルコールが入っていないカクテル。女性たちに人気で、お酒は全く注文しないでソフトドリンクだけの人も多い店。
 その上、店の名前通りに…。
(一面の星…)
 庭に面した大きなガラス窓の外。街の中だから、見える星の数は郊外ほどではないけれど。天の川だって無理なのだけれど、それでも星が瞬く夜空。外にはテラス席だって。
 天気が良ければ星空の下で傾けるグラス。寒い冬でも希望したならテラス席。冬は空気が澄んでいるから、夏よりも星が綺麗だという。凍えそうな夜も、客が絶えないのがテラス席。
(多分、シールドするんだろうけど…)
 今の時代は人間は一人残らずミュウ。自分のようにサイオンが不器用でなければ、簡単に張れてしまうシールド。もっとも、シールド越しに眺める星は色がつくかもしれないから…。
(本当に星が好きな人だと、シールドは無しで厚着かも…)
 そんな感じがしないでもない。サイオンの光を帯びた星より、夜空に見えるままの星。そっちの方が遥かにいい、と外に座っていそうな人たち。
 テラス席の上には星空だけれど、空が無い店の中だって…。
(天井が星空…)
 星空テラスの名前通りに、暗い店内を彩る星たち。バーは照明が控えめだから、それを生かした店作り。天井を使って、プラネタリウムのように見せる季節の星空。
 春には春の星座が昇るし、夏に秋にと変わってゆく。本物の空の星座と同じに。
 いつでも星が見えるものだから、ロマンチックで恋人たちにも人気の店。一人で出掛けて、星を眺めながらゆったり楽しむ常連客も。
 隅っこの方で、有名人が飲んでいることもあるらしい。誰にも知られず、ひっそりと。



 ちょっといいよね、と熱心に読んでしまった記事。チビの自分は、バーの客にはなれないのに。
(いつかハーレイと…)
 行きたい気がする星空テラス。お酒を飲める年ではなくても、デートに行けるようになったら。結婚出来る年は十八歳でも、お酒は二十歳まで禁止。
 結婚しようという頃になったら、バーに行ってもいいだろう。ハーレイはお酒が飲める年だし、お酒は飲めない自分の方も…。
(アルコール抜きのソフトドリンク…)
 それを注文すればいい。お酒が飲めなくても、星空テラスに行く人たちはいるようだから。
 行ってみたいな、と考えながら戻った二階の自分の部屋。おやつを食べ終えて、新聞を閉じて。
(星空テラスっていうのが素敵…)
 名前だけでも惹かれたけれども、中身の方も素敵なバー。お酒が駄目でも憧れの店。今の自分もお酒は多分、まるで飲めないような気がしているけれど。
(前のぼく、少しも飲めなかったし…)
 ハーレイの真似がしたくて飲んでも、すぐに酔っ払ったソルジャー・ブルー。翌日の朝には酷い二日酔い、頭痛などに苦しめられていた。今の自分も、きっと変わりはしないだろう。
 そうは思っても、行きたくなるのが星空テラス。恋人たちに人気で、星が一杯。
 テラス席なら本物の星空、大きなガラス窓の向こうも星が幾つも瞬く夜空。それが売りのバー。窓辺の席に座らなくても、店の天井に輝く星たち。
(ロマンチックだよね…)
 曇りや雨が降る夜にだって、店の中には星空がある。天井を仰げば季節の星空。春ならば春の、夏には夏の星座を映した店の天井。
(プラネタリウムとおんなじ仕掛け…)
 きっとそういう仕組みだろう。プラネタリウムのような、ドーム型の天井ではなくたって。
 投影機さえあれば映し出せるのが季節の星座。ドームになっていないのならば、機械を調整してやればいい。上手い具合に映るようにと。



 ドームでなくても映し出せること、それを自分は知っている。正確に言うなら、前の自分が。
(天体の間だって、そういうやり方…)
 あの広かった部屋の天井は、ドームにはなっていなかった。夜になったら。投影していた地球の星座たち。地球で夜空を仰いだならば、こう見えるのだ、と皆が仰いだ季節の星座。
 北半球のも、南半球のも自在に映せた投影機。前の自分もハーレイと眺めていたけれど…。
(あれ…?)
 もしかしたら、と気付いたこと。
 前のハーレイとは、天体の間に映し出される星座を何度も見に行ったのに…。
(本物の星空、見ていない…?)
 夜空に幾つも煌めく星たち。地球のそれとは違う星でも。
 考えてみたら、アルテメシアではシャングリラは雲の中にいた。消えることのない雲の海の中、それでは星を仰げはしない。星座でなくても、暮れ始めた空に最初に輝く一番星でも。
 船の外へと出た時だったら、雲の海の上にアルテメシアの星があっても…。
(ハーレイ、一緒じゃなかったから…)
 キャプテンは船を守るのが仕事、前の自分のように外へ出はしない。出たとしたって、せいぜい船体の確認程度で、前の自分と二人で出掛けることは無かった。ただの一度も。
 だからハーレイとは、星空などは見ていない。アルテメシアの夜空に輝く星は。
 それよりも前の、瞬かない星が幾つも散らばる宇宙を旅していた時代には…。
(恋人同士じゃなかったから…)
 二人で星を眺めただけ。友達同士で、船から見える星たちを。
 白い鯨になる前の船なら、窓の側を通りかかった時に。ブリッジからも星は見えていた。改造が済んで展望室が出来た後なら、あそこの大きなガラス窓から。
 アルテメシアに辿り着くまで、星は何度も二人で見ていたのだけれど…。
(…恋人同士で見ていないんだ…)
 夜空を彩る宝石箱。煌めき、星座を作る星たち。
 アルテメシアの星座でさえも、前の自分たちは仰いでいない。本物の星が輝く場所では、一度も過ごしていなかった。アルテメシアから逃げ出した後は、前の自分は臥せっていたから。
 あの時なら、星もあったのに。…展望室の窓の向こうに、瞬かない星があっただろうに。



 前のハーレイとは星を見ていなかった、と思い至ったら、俄かに行きたくなって来た。
 さっき新聞で見ていたバー。「ちょっといいよね」と記事を読んでいた星空テラスという店に。
(今はチビだから、無理だけど…)
 いつか絶対、ハーレイと二人で行かなくちゃ、と思う星空テラス。前のハーレイとは恋人同士で見ていなかった、本物の星空。その分を二人で取り戻さなくちゃいけないよ、と。
(大変…!)
 今の今まで、それに気付いていなかったなんて。一日も早く大きくなって、ハーレイとデートに行かないと、と考えていたらチャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、急いで用件を切り出した。テーブルを挟んで向かい合うなり、もう早速に。
「あのね、デートの話だけれど…」
 行きたい場所が、と言った所で、ハーレイに「はあ?」と呆れられた。
「デートって…。いつの話をしてるんだ、お前。ずいぶんと気の早いヤツだな」
 今は駄目だと言ってるだろうが、何度言ったら分かるんだ?
 前のお前と同じ背丈に育ってから言え、と聞く耳さえも持たない恋人。「寝言なのか?」とも。
「寝言なんかじゃないってば…! それに駄目なことも知ってるよ」
 チビのぼくだと、ハーレイとデートに行けないことは…。育たないと駄目っていうことも。
 それは分かっているんだけれど…。星空テラスってお店、知ってる?
 バーなんだけど、と尋ねてみたら、「聞いたことはあるな」という返事。
「けっこう知られたバーの筈だが…。星空が売りで、店の中にも星空らしいな」
 生憎と俺は行っていないが…。そういう機会が無かったから。
「そうなんだ…。じゃあ、今の間に下見しといて」
 お願い、と恋人の瞳を見詰めた。「星空テラスを下見してよ」と。
「下見だと?」
「そう。ぼくとデートに行く時のために、今から下見」
 他の先生とか、友達とかとバーに行くなら、星空テラスに出掛けて欲しいな。
 ハーレイだったら大人なんだし、バーに行くこともありそうだものね。
「なんだって?」
 俺に下見に行けと言うのか、わざわざ「行くなら其処にしよう」と誘ってまで…?



 どうして俺が下見に行かなきゃならんのだ、と訊かれれば答えは決まっている。
「デートで行ってみたいから!」
 星空テラスがいいんだってば、ハーレイとデートに行くんなら…!
 だから下見、と食い下がった。チビの自分はまだ行けないから、先に下見をしておいて、と。
「下見って…。何かいいもの見付かったのか?」
 星空テラスはバーなんだが、とハーレイは怪訝そうな顔。「お前、酒なんか飲めないのに」と。「前のお前は飲めなかったし、今度も多分、同じだろう?」と。
 「俺が誘うんだったらともかく、お前が酒か?」と、不思議がられても譲れない。
「バーだけれども、ソフトドリンクもある筈だよ?」
 アルコール抜きのカクテルだとか。お酒が飲めない人もいるしね、バーに行っても。
「そりゃ、あるが…。ソフトドリンクも出せないバーでは、まるで話にならないんだが…」
 飲めない女性も多いからなあ、カップルで来て欲しい店なら用意しないと。
 男ばかりの店でいいなら、そんなのは抜きでいいんだが…。花が欲しけりゃ女性も要るから。
 しかしだ、お前、そんなのを何処で見たんだ?
 いきなり店の名前を名指しで、ソフトドリンクなんて言葉まで…。チビらしくないぞ?
 お前の年だとソフトドリンクとは言わん筈だが、という質問。「ジュースってトコだろ?」と。
「…新聞に記事が載ってたんだよ」
 こういうお店があるんです、っていう紹介。広告じゃなくて、記者とかが書くヤツ。
 ソフトドリンクも其処に書いてあったよ、アルコール抜きのカクテルです、って。
 沢山あって、それしか飲まないお客さんも多いんだって。…女の人たちみたいだけれど。
「なるほど、新聞で知識を仕入れて来たわけか」
 その記事の中に、美味そうなカクテルが載っていたんだな?
 チビのお前でも飲めそうな感じの、甘そうなヤツ。でもって、見た目も綺麗なのが。
 そいつを飲みに行きたいんだな、とハーレイは勘違いしてくれた。カクテルの味は関係なくて、お店の方が大切なのに。
「違うよ、そういうのじゃなくて…。ぼくが行きたいのは、お店だってば」
 とっても素敵なお店なんだよ、名前を聞いたら分かりそうだと思うんだけど…。



 星空テラスなんだもの、とハーレイに店の説明をした。新聞の記事で読んだ通りに。
 庭に面した大きなガラス窓の向こうは星空。本物の星が見える夜には。そういう日ならば、外にあるテラス席に座って星空の下。夜空に輝く幾つもの星。
 曇り空や雨が降っている夜も、店の天井にある季節の星たち。まるでプラネタリウムみたいに、映し出される様々な星座。
「ね、本当に星空テラスでしょ? テラス席なら本物の星で、お店の中にも星座なんだよ」
 星が一杯で、うんと素敵だと思わない?
 行きたくなるのが分かるでしょ、と瞬かせた瞳。「星空テラスなんだから」と。
「ロマンチックな感じではあるな、店の名前もピッタリだ」
 いい雰囲気の店なんだろう、と見当はつく。カップルの客が多そうだがな、とハーレイは見事に言い当てた。名前しか知らないと口にしたくせに。
「それなんだってば、恋人たちに人気のお店。凄いね、ハーレイ、当てちゃった…」
 デートに行くのにちょっといいよね、って考えていたら、気が付いたんだよ。
 ハーレイと星を見ていなかった、って…。
「星だって? 見たじゃないか、ちゃんと夏休みに」
 お前の家の庭で、夜に飯を食いながら。…中秋の名月も見た筈だがな?
 あれは月見で主役は月の方だったが、というのがハーレイの言い分。確かに二人で見上げた星。家の庭からならば、何度も。夜にハーレイを見送りに出たら、頭の上には星があるから。
「見たけれど…。あれは今でしょ、前のぼくだよ」
 前のぼくだと、ハーレイとは星を見ていないんだよ。二人一緒には、一回もね。
「今度は何を言い出すんだか…。お前、本当に寝ぼけてないか?」
 でなきゃ新聞記事のお蔭で、ちょいとカクテル気分とばかりに紅茶にブランデーだとか。
 それで酔っ払っているというなら、妙な台詞を吐くのも分かる。
 前のお前と俺とだったら、星なんかは腐るくらいに見たぞ。それこそ掃いて捨てるほどだ。
 船の外には星だらけだった、とハーレイも気付いていないらしい。二人で一緒に星を見たのは、いつの時代のことだったのか。
「…アルテメシアに着く前でしょ、それ」
 星は一杯あったけれども、ぼくとハーレイ、友達同士だったんだよ…。



 恋人同士になってからは一度も見てはいない、と話した星たちのこと。宇宙に散らばる瞬かない星も、アルテメシアの夜空に輝く星たちも。
「アルテメシアにも、星はあったんだけど…。ぼくは何度も見ていたけれど…」
 ハーレイは船を離れていないよ、キャプテンは船の側にいなくちゃ。…どんな時でも。
 だからね、前のぼくとハーレイ、一緒に星を見ていないんだよ。
 恋人同士になった時には、アルテメシアに着いていたから…。そうだったでしょ?
「そういや、そうか…。あそこだと、いつも雲の中だな、シャングリラは」
 雲海が船の隠れ蓑だし、出てゆくことは一度も無かった。ジョミーを助けに浮上するまでは。
 星が見られるわけがなかったんだな、雲の中では。
 お前とは見ていなかったのか…、とハーレイもようやく気付いてくれた。恋人同士で星を眺めたことなどは無い、と。
「展望室からも、もう見られなかったよ。夜に行っても、雲だけしかね」
 アルテメシアに着く前だったら、あそこから星が見えたんだけど…。前のハーレイとも、何度も見に行ったんだけど。せっかくの展望室だから。
 でも、あの頃には友達同士で、恋人同士になった後には、星は無くって…。
 こういう星をいつか見たいよね、って天体の間のを見ていただけ…。
 夜になったら映していたでしょ、あそこの天井に地球の星座を。
「お前とも見たな、あの部屋で…」
 人気だったからなあ、天体の間の地球の星座は。デカイ投影機も置いてあったし、天体の間って名前通りの部屋だった。あそこに行けば星が見えるから。…夜だけだが。
「基本は集会室だったしね。大きなホールも必要だから」
 それだけだと何だか味気ないから、ああいう仕掛けがしてあっただけ。
 まさか雲海の星に潜むことになるとは思わなかったし、地球の星座が見られればいい、っていう考えで作ったけれど…。
 何処からも星が見えない船だと、人気が出るのも無理はないよね。
 展望室に行ってみたって、窓の外に星は無いんだから。…重たそうな夜の雲海だけで。



 星が見えなかったシャングリラ。白い鯨から星は見えなくて、天体の間にしか無かった星空。
 投影されただけの星でも、仲間たちには人気があった。季節に合わせた地球の星座たち。
 前のハーレイとは、皆が寝静まった後によく二人で出掛けた。地球の星座を眺めるために。今の季節はこう見えるのかと、もう少し経てば次の季節の星が昇ると。
 幻の星空だったけれども、「いつか本物を地球で見よう」と仰いでいた。きっと行けると思っていたから、地球は青いと前の自分は信じていたから。
「ハーレイとキスもしていたっけね、こっそりと」
 ぼくたちの他には誰もいなかったから、「いつか二人で地球に行こう」って。
「…俺は子供にキスはしないぞ、何を言われても」
 地球に来たから記念のキスだ、と注文されても、断固、断る。お前は子供なんだから。
 前と同じに育ってからだ、とハーレイが怖い顔をするから、慌てて「違うよ」と横に振った首。
「今のは思い出話だってば、前のぼくのね。…ホントだよ?」
 キスが駄目なのは分かっているから、我儘なんかは言わないってば。
 でもね、ハーレイと二人で地球まで来ちゃったから…。地球の星座も見られるから…。
 せっかく素敵なバーがあるんだし、星空テラスに連れて行ってよ。
 ハーレイとデートが出来るようになったら、あそこに行ってみたいんだけど…。
 お願い、とピョコンと頭を下げた。「ハーレイと一緒に星空テラス」と。
「かまわんが…。いくらでも連れて行ってやるがだ、店だとキスは出来ないぞ」
 人前でのキスは御免蒙る、二人きりの場所じゃないんだからな。
 天体の間の頃のようにはいかんぞ、と念を押されて頷いた。「分かってるよ」と。
「ちゃんとデートに行けるんだったら、キスは帰ってからでいいから」
 家の庭でも見えるでしょ、星は。…お店でなくても、星は頭の上にあるもの。
「違いないなあ、本物の地球の星座がな」
 正真正銘、地球の星座というヤツだ。前の俺たちの夢の通りに、二人で夜空を見放題だな。
 俺たちは地球の上にいるんだし、星座も本物の星で出来てて…。
 ん…?
 今の俺たちの頭の上には、本物の地球の星座でだな…。本物ってことは、星なんだから…。
 どれもこれも星で出来てるわけで…。



 どの星座だって星なわけだ、と当たり前のことをハーレイが言い出したから、首を傾げた。
 夜空に散らばる幾つもの星を、様々な形に見立ててゆくのが星座。遠い昔に考え出されて、今の時代も空にある。ギリシャ神話から生まれた星座や、中国生まれの二十八宿などが。
「ハーレイ、星がどうかした?」
 急にいったいどうしちゃったの、何か気になることでもあるの…?
「いや、ちょっと…。星座ってヤツは地球の星だよな?」
 今の俺たちが見ている星座は、まさにそのものズバリなんだが…。
 ずっと昔に、前の俺たちが天体の間で見てたヤツなんだが…、と考え込んでいるハーレイ。今は本物が頭の上にあるわけで…、と。
「そうだよ、前のぼくたちが地球で見たかった星座。天体の間のとホントにそっくりだよね」
 シャングリラの自慢の設備だったよ、あそこにあった投影機。船の中だったけど、夜はいつでも地球の星座が見られたから。
 あれで覚えたよね、いろんな星座を。季節の星座も、北半球のも、南半球のも…。
 今のぼくたちが見ている星座は北半球の星座だけれど、と窓の向こうを指差した。まだ昇ってはいないけれども、日がとっぷりと暮れた後には輝く星たち。今夜もきっと見えるだろう。
「その星座だ。北半球でも、南半球でもいいんだが…」
 星座は何で出来ているんだ?
 何が星座を作ってるんだ、とハーレイが訊くから、「星だよ」と胸を張って答えた。
「星に決まっているじゃない。星を幾つも繋いだのが星座」
 こういう形に見えるよね、って覚えやすい形に繋いで、名前をつけてあるんだよ。
 ずっと昔の人が考えて、それを今でも使ってて…。星占いにも使ってるよね、今の時代でも。
 ぼくは牡羊座だったかな…、と少し自信がない星座。あまり興味が無いものだから。
「何座でもいいが、その星座を作っている星たち。どれを取っても分かりやすいよな」
 そこそこ明るい星でないとだ、何処ででも見えるわけじゃないから。
 見えない星座じゃ意味が無いんだし、どの星も地球からよく見えるんだが…。
 星座になってる、その星はだ…。
 明るい星でも惑星じゃなくて、どれでも全部、恒星なわけで…。



 なんてこった、と呻くハーレイ。「俺としたことが」と。
 深く刻まれた眉間の皺。それを指先で押さえているから、「どうしたの?」と問い掛けた。
「何があったの、星座が星だと何か駄目なの…?」
 古典の授業で習う時には、星が人だったりするけれど…。彦星も織姫もそうなんだけど…。
 授業で何か間違えちゃったの、教える時に…?
「それどころの騒ぎじゃないってな。授業だったら、訂正すればいいんだから」
 前に教えたのは間違いだった、と頭を下げれば済むことだ。教師としては赤っ恥でも。
 しかし、こいつはそうじゃない。…痛恨のミスだ、もう時効だが。
 とっくの昔に時効なんだが…、と言われても意味が掴めない。前の学校での出来事だろうか?
「時効って…。前の学校でやっちゃったとか?」
 それとも、もっと前の話で、訂正したくても、生徒は卒業しちゃってるとか…?
「生徒を相手にやらかしたんなら、痛恨のミスとまで言いはしないぞ」
 やっちまった、と頭を抱えておくか、ゴツンとやっておけばいい。それで生徒に笑われたって、笑い話になるだけだしな。他の先生にも広まったって。
 とうに時効だと言っただろうが。…前の俺なんだ、ミスをしたのは。
 今となっては取り返しがつかん、とハーレイは溜息をつくのだけれども、そんなミスなど自分は知らない。キャプテン・ハーレイはミスを犯さなかったし、常に冷静だったから。
「前のハーレイって…。何をやったわけ?」
 ぼくは報告を受けてもいないし、ミスをしたかも、と思ったことは一度も無かったけれど…?
 それにブラウやゼルたちもいたよ、何かあったら気付くってば。「それは変だ」って。
 直ぐに訂正させてただろうし、ハーレイがミスをするなんてことは…。
 有り得ないよ、と否定したミス。実際、それは起こり得なかったことだから。
 けれどハーレイは、「いいや」と首を左右に振った。「本当にやっちまったんだ」と。
「もう取り返しがつかないが…。今頃になって気付いた所で、俺はどうにも出来ないんだが…」
 地球の座標だ、前の俺たちが必死になって探していたヤツ。
 あれのヒントは、いつでも側にあったってな。…前の俺たちの、直ぐ目の前に。
「え…?」
 ヒントって、地球の座標のヒント…?
 それがあったら、地球の座標が分かったってこと…?



 いったい何処にあったわけ、と目を丸くした。そういう風にしか聞こえないから。
(地球の座標は、謎だった筈で…)
 前の自分が生きた間には、ついに得られないままだった。いくら努力を重ねてみたって、まるで無かったその手掛かり。座標の一部分さえも。
 テラズ・ナンバー・ファイブを倒して、やっと手に入れたと歴史の授業で教わる。今のハーレイからもそう聞いた。アルテメシアを落としただけでは、地球の座標は掴めなかったと。
 それほど厳重に隠されていたのが、前の自分が生きた時代の地球の座標。国家機密よりも重要なもので、ヒントなどがあったわけがないのに。
「地球の座標のヒントだなんて…。そんなの、何処にも無かった筈だよ?」
 あったとしたって、シャングリラにあるわけないじゃない。
 元は人類の船だけれども、ただの民間船だから…。軍の船なら違っていたかもしれないけどね。
「だからミスだと言っているんだ、今の俺がな」
 キャプテンなら気付くべきだった。直ぐ側にあった座標のヒントに。
 俺のミスだ、と繰り返されても分からない。ハーレイが言うヒントとは何のことなのか。
「気付くべきだったって…。何に?」
 シャングリラにどんなヒントがあったの、ぼくはそんなの知らないよ…?
 心当たりも無いんだけれど、と首を捻ったら、「天体の間だ」と返った答え。
「あそこで見ていた地球の星座だ。…俺もお前も、何度も見たヤツ」
 星座が恒星で出来ているなら、あれを詳細に分析すれば…。
 ああいう具合に繋がって見える場所は何処にあるかを、きちんと計算してゆけば…。
 地球の座標を弾き出せたんだ、と言われれば、そう。
 星座を作る星の中には有名な恒星が幾つもあったし、それが何処からどう見えるのかを、細かく計算してゆけば。星と星とがどう繋がるのか、星間距離も考慮してゆけば。
(白鳥座が白鳥に見える場所とか、北斗七星が柄杓に見える場所とか…)
 それを計算していったならば、地球の座標が明らかになる。全ての星座が揃う地点は、銀河系の中に一ヶ所しかない。ソル太陽系の第三惑星がある所しか。
 人間の手だけで計算するなら、途方もない手間がかかるけれども…。



 そうだったのか、と目から鱗が落ちるよう。地球の座標は、天体の間が常に知らせていた。夜の天井に輝く星たち、投影されていた地球の星座が。
「…ハーレイ、地球の座標なんだけど…」
 船のコンピューターに解析させたら、簡単に分かっていたのかな?
 星座のデータを全部放り込んで、この通りに見える座標を出せ、って計算させたら…?
「多分な。そういう作業は、コンピューターの得意技だから」
 アッと言う間に出せたんじゃないか、地球の座標はこれだ、とな。
 前の俺が其処に気付いていたなら、前のお前もきっと地球まで行けたんだろう。堂々と降りては行けないとしても、ワープして一瞬、側を掠めて飛ぶとかな。
 もっとも、そうして出掛けていたなら、前の俺たちは地球という星を諦めたのかもしれないが。
 なんと言っても、あの有様だ。青い地球の代わりに、死の星が転がっていたんだから。
 誰があんな地球を欲しがるもんか、とハーレイは苦い顔をする。「俺は要らんぞ」と。
「そうなのかも…。前のぼくだって、青くない地球を見ちゃったら…」
 地球に行こう、って思うのはやめて、他の星を探していたかもね。人類の船なんか来ない辺境の星で、ナスカみたいにミュウが暮らしていける星。
 あれっ、だけど…。
 恒星がある場所は分かってたっけ、と投げ掛けた問い。
 星座を詳細に解析したなら、得ることが出来る地球の座標。そのために使う、地球の星座を構成していた恒星の位置は分かっていたのか、と。アルタイルだとか、ベガだとか。
「それはまあ…。基本の中の基本だからな?」
 キャプテン稼業をやっていたなら、「知りません」では済まないぞ。
 座標を丸ごと暗記するのは流石に無理だが、この辺りのコレだ、と見当はつく。
 アルテメシアから逃げ出した後は、宇宙を放浪していたついでに地球を探していたんだし…。
 あちこちの恒星系を回って、地球は無いかと確認してた。有名どころは端からな。
 …ありゃ?
 そういや、アルタイルが地球を連れているわけがなかったんだな、考えてみれば。
 あそこにも行って来たんだがなあ、第三惑星は青い地球じゃないかと。



 妙だぞ、とハーレイが顎に手をやる。「何故、アルタイルに行ったんだ?」と。
 アルタイルと言ったら、鷲座のアルファ星。今も昔もそれは変わらず、明るく輝く一等星。日本では彦星と呼ばれていた星、七夕の夜に天の川を渡ると伝えられた星。
 地球の夜空にある筈の星が、地球を連れているわけがない。空に瞬く小さな恒星、それが地球のあるソル太陽系の中心になりはしないのだから。
「…俺は確かに地球を探していたんだが…」
 地球があるかもしれないからな、とアルタイルに行ってしまったんだが…。
 どう間違えたら、アルタイルに行こうと思うんだ?
 アルタイルが地球から見えるんだったら、地球の太陽では有り得ないことになるんだが…。
 どういうことだ、とハーレイの眉間の皺が深くなる。「地球を探しに行っただなんて」と。
「ほらね、変だと思わない?」
 アルタイルに行っても、そんな所に地球は無いんだよ?
 地球からアルタイルが見えているなら、地球からはずっと遠いんだから。…何光年もね。
 なのに、どうして其処に行ったの、と尋ねてみたら、ハーレイは「分からん」と両手を広げた。
「俺にもサッパリ分からないんだが、それでいいんだと思っていた」
 アルタイルは有名な恒星だったし、地球がある可能性はかなり高いと踏んだんだが…。
 そのアルタイルは鷲座で光ってたわけで、天体の間でもお馴染みの星と来たもんだ。
 其処に向かって行ったってことは、もう間抜けとしか言いようがないし…。
 これまたミスってことになるのか、航路設定をしていたキャプテン・ハーレイの?
 だが、ゼルたちも反対しなかったしなあ、ヒルマンもエラも。
 誰も「アルタイルは違う」と言わなかったぞ、とハーレイにも解けないミスの理由。有り得ない場所へ、地球を探しに出掛けて行ったシャングリラ。
「どうなんだろう…。それって、もしかして機械のせい?」
 マザー・システムの仕業なのかな、シャングリラがアルタイルに行っちゃったのは…?
 SD体制があった時代は、地球の正確な地図も作れなかったじゃない。機械がデータをすっかり隠して、正確な位置をぼかしてしまって。
 そんなことをしていた機械だったし、地球の星座を見るのは許してくれたって…。
 星座を分析していけば分かる、地球の座標を引き出す方法とかは…。



 考え付かないように、思考をブロックされていたのかも、と話してみた。
 あの時代の子供は人工子宮から生まれていたから、胎児の間に細工は出来る。地球の座標を割り出す方法、それに気付きはしないよう。…恒星の位置と地球の座標を、決して結び付けないよう。
「そうだとしたなら、ハーレイたちがアルタイルに行った理由も分かるよ」
 天体の間で何度アルタイルを見ても、それは星座の星だというだけ。
 地球からどういう風に見えるか、そんな所までは考えられないようにされていたなら…。
 昔から有名な恒星なんだ、っていうだけの理由で、地球を探しに行くと思うよ。
 有名な星なら、本当に地球がありそうだもの。…アルタイルの第三惑星としてね。
「そうなのかもなあ…。生まれる前からブロックされてりゃ、そうなっちまうのも当然か…」
 ヒルマンもエラも、ゼルもブラウも、揃って同じ生まれなんだし…。
 ジョミーにしたって其処は全く同じだからなあ、変だとは思わないだろう。
 あの頃はブリッジに顔を見せない日も多かったが、行き先くらいは俺が報告していたから。
 もしも妙だと思ったんなら、「検討し直した方がいい」と言ってはいたんだろうし…。
 待てよ、そうなってくると、トォニィなら思い付いたのか?
 トォニィが急な成長をしちまった後は、もう天体の間で投影してはいなかったんだが…。
 地球を目指しての戦いだからな、そんな娯楽は必要無い、とジョミーが止めさせちまったから。
 だが…。
 それから後も、あそこに地球の星座があったなら…、というハーレイの言葉は一理ある。
「思い付いたかもね、トォニィがあれを見ていたら」
 トォニィは自然出産で生まれて来た子供だから…。機械の影響を全く受けていなかったから。
 あそこで地球の星座を見てたら、ピンと来たかもしれないね。地球の座標が分かるかも、って。
 育つ前にしか見ていなかったし、結び付けたりしなかっただけで。
 小さい子供には、ナスカの星座も地球の星座も、きっと同じに見えただろうから。
 どっちも星が光ってるだけで、どういう風に繋がってるかの見え方が違うだけなんだもの。
「ふうむ…。トォニィだったら、星座のカラクリにも気付けたのか…」
 天体の間にずっと昔から転がってたのに、誰も気付かなかった凄い宝物の地図。
 それの読み方に気付けたんだな、投影をやめずに、地球の星座を毎晩あそこに映していたら…。



 やめちまったのは失敗だったか、とハーレイは惜しそうな顔をしたけれど。
 「ジョミーがやめろと言った後にも、投影しとけば良かったか?」とも、ぼやいたけれど…。
「そうでもないよな、あのまま投影を続けていたとしたって、だ…」
 トォニィがお宝に気付く頃には、あの忌々しいテラズ・ナンバー・ファイブもだな…。
 そろそろ年貢の納め時ってトコだったかもな、という結論。それほど時間は経っていない、と。
「うん、ジョミーが倒しちゃっているよね」
 あれを倒したら、地球の座標が分かったんだし…。
 トォニィが星座から割り出せることに気付いたとしても、ほんのちょっぴり早いか、遅いか。
 きっとそのくらいの違いしかないよ、地球の星座を手に入れるまでの時間はね。
「あれが宝の地図だったとはなあ…。お前と何度も見てた星座が」
 地球に着いたら本物の星座が見られるんだ、と思っていたのに、間抜けなもんだ。
 そいつが地球の座標を割り出すヒントだったとは気付かなかった、と苦笑するハーレイ。
 「お前も気付いていなかっただろ?」と。
「当たり前だよ、ハーレイが駄目なら、ぼくも駄目だよ」
 船のことなら任せておけ、ってハーレイでも解けなかった謎なんだから。
 ぼくなんかに分かるわけがないでしょ、星座が地球の座標を教えてくれるだなんて。
 …前のぼくたちは星座のヒントに気が付かなくって、宝の持ち腐れになっちゃったけど…。
 今のぼくたちは地球に来たんだし、大きくなったら星空テラスに連れてってくれる?
 二人でゆっくり星を見たいよ、と強請ってみた。「恋人同士で星を見なくちゃ」と。
「その時まで覚えていたならな」
 前のお前とは恋人同士で星を見損ねちまったことと、お前が行きたいバーの話を。
「それなら、下見をしておいてよ!」
 下見をしとけば忘れないでしょ、そういうお店があるってこと。…ぼくと行くことも。
「いや、せっかくいい店があるんだから…」
 他の連中と行っちまうよりは、お前と一緒に行きたいんだが…。駄目か?
 忘れちまうからそれは駄目だ、と言うんだったら、誰かと下見に出掛けてくるが…。
「ううん、嬉しい!」
 最初はぼくと一緒がいい、って言ってくれるんなら、楽しみにしてる。
 忘れちゃっても怒りやしないよ、その内に思い出せるから…!



 思い出したら二人で行こうね、と指切りをした星空テラス。
 チビの自分は行けないけれども、星が一杯の憧れのバー。雨が降る日でも天井に夜空。
 いつか大きく育った時には、ハーレイとデートに出掛けてゆこう。
 今は本物の地球の星座が見えるけれども、前のハーレイとは恋人同士で眺め損ねた本物の星。
(…今度は一緒に見られるんだよ、恋人同士で)
 ハーレイと青い地球に来たから、ロマンチックな星空テラスで、星をゆっくり見上げてみよう。
 遠い昔に天体の間で見た四季の星座を、今は本物の地球の夜空に煌めき瞬く星の姿を…。




              星空と星座・了


※恋人同士で星を見たことは無かった、前のハーレイとブルー。天体の間で投影された星だけ。
 其処で見ていた地球の星座が、実は宝の地図だったのです。地球の座標は、あの星座の中に。
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