シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
無かった休日
(ふふっ、お休み…)
今日は土曜日、と目覚めたブルー。自分の部屋のベッドの上で。
休みなんだ、と思った途端に幸せな気分。「ハーレイが来てくれるんだよ」と。仕事が何も無い週末なら、午前中から来てくれるハーレイ。いつの間にか出来た約束事。
カーテンの隙間から射し込む光で、いい天気だと分かる朝。こういう日には、歩いてやって来るハーレイ。何ブロックも離れた所に家があるのに、楽々と。
(回り道までしちゃうんだから…)
早すぎる時間に着きそうだったら、遠回りをするのが常らしい。「お母さんに悪いしな?」と。両親は「よろしかったら、朝食も」と言うのだけれども、ハーレイは来てはくれない朝食。
(たまには一緒に食べてくれてもいいのにね?)
朝御飯も、と考えたって、ハーレイの流儀なら仕方ない。その内に来てくれるのだから、と顔を洗って着替えて朝食。キツネ色のトーストを齧る間も心が弾む。もうすぐ会える筈の恋人。
食べ終わったら部屋の掃除で、そちらの方も張り切った。いつもハーレイと使うテーブルの上を綺麗に拭いて、椅子の置き場所も整えて。
(これで良し、っと!)
後はハーレイの到着を待つばかり。この時間なら、とっくに家を出ているだろう。どの辺りまで歩いて来たのか、それとも回り道しているか。
(今日はミーシャの家かもね?)
自分は見たことが無いのだけれども、真っ白な猫が日向ぼっこをしている家があるらしい。此処まで歩く途中の道に。何通りもあるルートの一つで、ハーレイのお気に入りの場所。
ハーレイが子供だった頃には、家に本物のミーシャがいたから。ハーレイの母が飼っていた猫。甘えん坊だった白いミーシャの写真を前に見せて貰った。
(ミーシャにそっくりの猫に会えたら、楽しいものね?)
きっとハーレイは声を掛けてやって、撫でてやったりもするのだろう。何度も顔を合わせる間にすっかりお馴染み、ミーシャの方でも「来ないかな?」と待っていたりして。
「お休みの日には通る人だ」と、「今日も通ってくれないかな?」などと。
そう、今日は休みで午前中からハーレイが家に来てくれる。用があるとは聞いていないし、母に通信も来なかったから。「明日は伺えません」という悲しい通信。
(ハーレイに用事が無くて良かった…)
ホントに良かった、と心から思う。学校の用事や、柔道部の生徒たちとの行事。そういう予定が入った時には、ハーレイは来てはくれないから。
ハーレイに何も用事が無ければ、週末は此処で一緒に過ごせる。土曜日も、それに日曜だって。明日も予定は入っていない筈だから…。
(二日も一緒!)
午前中から二人一緒で、夕食の後のお茶が済むまでハーレイと二人。夕食は両親も一緒の席で、食後のお茶も両親つきになることだってあるけれど。
それでも朝から晩までハーレイと一緒、幸せな日が二日も続く。今日と明日との二日間。二日も続けて休みなのだし、どうせなら泊まって欲しいけれども…。
(ママたちに頼めば、きっと大丈夫だと思うんだけどな…)
来客用のゲストルームもあるから、両親も歓迎だと思う。ハーレイはすっかり家族の一員、平日だって仕事の帰りに寄ってくれたら一緒に夕食。お客様用の御馳走ではない普段の料理で。
(ハーレイ専用の御飯茶碗とお箸が無いだけ…)
そんなハーレイが泊まるとなったら、大歓迎だろう父と母。「ごゆっくりどうぞ」と、お風呂も一番に入って貰ったりもして。
そうは思っても、ハーレイが断るに決まっているから、頼むだけ無駄。「泊まりに来てよ」と。
誘ってみたって、断られるだけ。「お母さんたちに迷惑かけられないしな?」と、やんわりと。
(でも、今日は夜までゆっくりで…)
土曜日なのだし、ハーレイが帰る時間も遅め。平日の夜に比べたら。
明日は日曜、今日と同じで午前中からハーレイと一緒。夕食の後のお茶が済むまで。
ハーレイが泊まりに来てくれなくても、それで充分。会えて、二人で過ごせるなら。ハーレイに用事が入っていなくて、二日も続けて会えるのならば。
(泊まりに来て、っていうのは無理でも…)
幸せ一杯の週末になる。今日に続けて、明日もハーレイに会えるのだから。
土曜と日曜、学校に行かなくてもいい日。時間を好きに使える週末。
(ぼくだって用事、作らないから…)
友達と遊びに出掛けてゆくより、断然、家で過ごすのがいい。ハーレイが家に来てくれるなら。駄目だと分かっている時だったら、友達と遊びもするけれど。
そうでない時は、土曜も日曜もハーレイと一緒。午前中から夜になるまで、ずっと。
(週末があって良かったよね)
ハーレイと二人で過ごせる週末。それにハーレイは学校の先生、その点でもとてもツイている。自分と同じで、週末は休みになるのだから。
(パパの仕事も…)
週末が休みになっているけれど、違う仕事も色々ある。週末も開いている店などだったら、働く人の休みは違う日。スポーツ選手なんかも同じ。週末も試合が当たり前のようにあるのだから。
(ハーレイがプロの選手になっていなくて良かった…)
柔道と水泳、どちらもプロの選手になれた筈のハーレイ。プロの選手になっていたなら、今日も試合があったかもしれない。週末に人気のスポーツ観戦、出掛ける友達も多いから。
もしもハーレイがプロの選手だったら、二人で過ごせはしない週末。ハーレイは試合で、自分は観戦しているだけ。他の地域や他所の星での試合だったら、観戦すらも出来ない始末。
そうならなくてホントに良かった、と思った所で気が付いた。
(今のハーレイは、土曜と日曜がお休みだけど…)
教師ではなかった前のハーレイ、キャプテンの休日はいつだったっけ、と。
前の自分と恋をしていたキャプテン・ハーレイ。きっと休日は二人で過ごしていたのだろうに、思い出せない休日のこと。それが何曜日だったのか。
(土曜と日曜…?)
休日といえば直ぐに浮かぶのが週末だけれど、そんな筈はなかったと思う。週末以外の曜日だとしても、キャプテンは連休などは取れない。…多分。
(シャングリラは毎日、飛んでたんだし…)
降りる地面を持たなかった船、前の自分が生きていたのはそういう船。けして休みはしない船。漆黒の宇宙を飛んでいた時も、アルテメシアに着いた後にもシャングリラは停まりはしなかった。
白い鯨への改造のために惑星に降りても、動き続けていたエンジン。でないと酸素や水の供給、照明などの設備も止まってしまうから。
船に休みが無いのだったら、キャプテンの方も二日続けて休むことなど出来そうにない。休みの間も船は休まず動き続けて、刻一刻と状況が変わってゆくのだから。
宇宙でも、アルテメシアの雲の中でも、事情は同じ。キャプテンの指示が必要な場面の方でも、時を選びはしないから。いつ呼び出しがかかったとしても、走ってゆかねばならないキャプテン。
前のハーレイはそういう仕事で、取れそうにないと思う連休。それが週末でなくたって。
(それとも、取れた…?)
ブリッジの仲間が頑張っていたら、キャプテンも休めたかもしれない。急な呼び出しがあったとしたって、基本は休みになる二日間。週末だとか、ブリッジの他の仲間とずらして平日だとか。
どうだったろう、と考えてみても思い出せないキャプテンの休み。
その上、前の自分にしても…。
(土曜と日曜、お休みだった?)
ソルジャー・ブルーと呼ばれた自分。シャングリラで一番偉い立場で、ミュウたちの長。
そのソルジャーに休みがあったという覚えがない。この曜日、と決まっていた休み。此処は必ず休みだから、と自分でも承知していた休日。週末にしても、平日にしても。
どうにも思い出せない休日、曜日も、それに連休が取れていたかも分からない。もしかしたら、休みは無かったろうか。前のハーレイが休めなかったように、ソルジャーだって。
(ソルジャーもキャプテンと同じだったかもしれないけれど…)
それにしたって、休みがまるで無いというのもどうだろう。今の時代は、誰でも持っているのが休日。幼稚園にも休みはあったし、休日は多分、欠かせないもの。どんな仕事でも。
(いくらソルジャーでも、休みが無いってことなんか…)
あったのかな、と頭を悩ませていたら、ハーレイが訪ねて来てくれた。思った通りに、青い空の下をのんびり歩いて。
回り道して、ミーシャとも遊んで来たらしい。家の表で日向ぼっこをしていたから。
ついでに朝にはジョギングまで。早い時間に目が覚めたからと走りに出掛けて、足の向くままに公園などを。まだ土曜日の午前中なのに、休日を満喫しているハーレイ。
そうとなったら、やはり訊かねばならないだろう。前の自分たちの休日のことを。
まずは質問、とテーブルを挟んで向かい合わせで問い掛けた。鳶色の瞳の恋人に。
「あのね、ハーレイは今日、お休みだよね?」
土曜日だから仕事はお休み。何も用事が入ってなければ、ハーレイが好きに使える日でしょ?
「そうでなければ、俺は此処にはいないんだが?」
お前だって今日は休みだろうが、と当然のように返った答え。「学校は週末は休みだしな」と。
「それなんだけど…。ハーレイに訊いてみたくって…」
前のハーレイ、お休みはいつ?
「はあ?」
休みってなんだ、キャプテン・ハーレイだった頃の俺の休みを言っているのか…?
仕事が休みになる日のことか、と質問の意図は通じたらしい。訊きたいことはそれだから。
「うん、キャプテンのお休みのこと。土曜と日曜じゃなかっただろうと思うんだけど…」
週末がお休みってことはないよね、と確認してみた。そういう記憶は自分には無い。
「違うだろうな、キャプテンは週末は休みじゃなかった」
「やっぱりそう? それでね、ぼくのお休みも思い出せなくて…」
ハーレイ、覚えているのかな…。それを訊こうと思ったんだよね、気になったから。
「訊きたいって何だ、お前は何が気になってるんだ?」
俺で分かるなら教えてやるが、とハーレイは怪訝そうな顔。「休みがどうかしたのか?」と。
「お休みだってば、前のぼくたちの。…今は土曜と日曜がお休みだけど…」
ぼくもハーレイも、週末が休みになっているけど、前のぼくたちはどうだったかな、って。
いつだったのかが思い出せなくて、朝から考えていたんだよ。
前のハーレイのお休みの日と、前のぼくの休み。…今はお休み、誰でもあるでしょ?
シャングリラでも、きっとあっただろうし…。
何曜日だったか、ハーレイ、覚えていないかな…?
覚えてるんなら教えてよ、と頼んでみたのに、ハーレイの方は「おいおいおい…」と呆れ顔。
「前の俺たちの休みだって?」と。
「ソルジャー・ブルーと、キャプテン・ハーレイの休みだよな?」と、念まで押して。
答えを教えてくれる代わりに、「大丈夫か?」と覗き込まれた顔。正気を疑うかのように。
「お前、寝ぼけていないだろうな? 俺が此処に来る少し前まで寝ていただとか…」
寝ぼけてるんなら、その質問でも俺は全く気にしないがな。
休みはいつかと尋ねられても、前のお前はソルジャーだったし、俺はキャプテンだったんだが?
忘れてるわけじゃないだろうな、と出された前の自分の肩書き。ハーレイの分も。
「それがどうかした? 忘れるわけがないと思うけど?」
ぼくは寝ぼけてなんかいないよ、ちゃんと起きたから気になって訊いているんだってば。
朝、起きた時に、「今日は土曜日でお休みだよね」って、とても嬉しくなったから…。
土曜と日曜はハーレイに用事が入らなかったら、絶対に会える日なんだもの。
幸せだよね、って考えてる内に、シャングリラにいた頃のお休み、気になっちゃって…。
そのお休みが思い出せないから訊いてるんだよ、と重ねて尋ねた。「お休みはいつ?」と。
「お前なあ…。全く分かっていないようだな、なら訊くが…」
ノルディの休日、いつだったのかを覚えているか?
答えてみろ、とハーレイにぶつけられた問い。今の話とは、まるで関係無さそうなのを。
「え? ノルディって…?」
「ノルディと言ったら、ドクター・ノルディだ。病院にも休みはあるだろう?」
今のお前が世話になってる、近所の病院なんかでも。診察は無しで、閉まっている日が。
「あるけれど…。今日は土曜だから午前中だけで、日曜日は休み」
後は、木曜日もお休みかも…。急患だったら、先生がいたら診てくれるけど。
そうだったと思う、と思い浮かべた診察券。裏に休日や診療時間が書いてあるから。
「俺の近所の病院もそんな具合だが…。シャングリラって船はどうだった?」
ノルディはメディカル・ルームにいたわけなんだが、あそこに休みはあったのか?
今の俺たちの言葉で言うなら休診日だな、と訊かれた休み。
白いシャングリラにあったメディカル・ルーム。其処が閉まっていた日はいつだ、と。
「えーっと…?」
お休みの日だよね、メディカル・ルームの…?
すっかり閉まって急患だけしか診ない時とか、午後は閉まっていた日とか…?
思い出そうとしたのだけれども、今の自分が行く病院とはまるで違ったメディカル・ルーム。
シャングリラの病院と言えば病院、けれど無かった診察券。船の顔ぶれは誰もが承知で、顔さえ見れば誰だか分かる。診察券を持って出掛けなくても、診て貰えたのがメディカル・ルーム。
(診察券があったら、お休みの日が書いてあるけれど…)
大抵の病院はそういう仕組み。規模の大きな病院だったら、診察券の裏に書かずに分かりやすい場所にプレートがある。玄関の脇や、診察室の前などに。診療科目が沢山あるから。
(眼科は休みでも、内科は診察してるとか…)
大病院なら珍しくない、診療科によって異なる休み。だからプレート、「此処が休み」と。
けれどシャングリラの病院の方は、プレートも出されていなかった。自分の記憶にある限りは。
お蔭で掴めない手掛かり。メディカル・ルームが休みだった日を問われても。
「…いつがお休みだったっけ?」
覚えていないよ、診察券が無かったから…。お休みの日を書いたプレートも無かったから。
思い出せなくても仕方ないでしょ、と開き直ったら、ハーレイが浮かべた苦笑い。
「寝ぼけてるんだか、そうじゃないんだか…。まったく、今日のお前ときたら…」
メディカル・ルームに休みなんかがあるわけないだろ、あそこは年中無休だったろうが。
病人と怪我人、いつ来るか分からないからな。
他に病院があるならともかく、シャングリラにはメディカル・ルームしか無かったんだから。
最初に医務室が出来た頃には、ノルディが一人で寝泊まりしていたぞ、と言われればそう。
白い鯨になる前の船で、ノルディが医務室を開設した時。
ノルディは独学で医者になったし、初期のシャングリラでは一人きりの医者。ヒルマンも医者の真似事くらいは出来たけれども、ノルディの腕には及ばなかった。
そんな船だから、ノルディの助手たちが育つまでの間は、ノルディの住まいは医務室そのもの。
頼りになる助手たちが立派に育った後にも、ノルディはいつも…。
「…メディカル・ルームにいたんだっけ…。昼間はずっと」
あそこに住んではいなかったけれど、直ぐ側の部屋で暮らしてたよね。
誰か病気になった時には、駆け付けないと駄目だから…。助手や看護師に呼ばれたら。
ノルディのお休み、無かったかも…。
メディカル・ルームに休みが無いなら、ノルディが休める日だって無いよね…。
今日は休み、と閉めるわけにはいかなかったのがメディカル・ルーム。その前身の医務室も。
病院が幾つもあるのだったら、閉めても問題無いけれど。…患者は他の病院に行くし、急ぐなら救急病院もある。年中無休で二十四時間、医師が詰めている救急病院。
メディカル・ルームはそれと似たようなもので、違いは医師が一人だったこと。ノルディだけが医者で、他は看護師と助手ばかり。つまりノルディには無かった休み。
「ほら見ろ、ノルディですらもそうだったんだ」
休み無しだぞ、年中無休で。…週末どころか、平日も休みじゃなかったってな。
シャングリラはそういう船だったんだし、ソルジャーとキャプテンに休みがあると思うのか?
もっともお前は、白い鯨が出来上がってからは暇そうだったが…。
物資を奪いに行く必要が無くなったせいで、暇を持て余しては子供たちと遊んでいたんだが…。
俺はそれまでよりも忙しくなったぞ、船が大きくなった分だけ。
おまけに自給自足の世界だ、船で全てを賄う以上は、キャプテンの仕事も増えるってな。報告が次々上がってくる上、目を配らないといけない場所もドカンと増えたんだから。
目の回るような忙しさだった、とハーレイは両手を広げてみせた。
「キャプテンだって年中無休だ」と、「メディカル・ルームと同じだよな」と。
やはり無かったキャプテンの休み。前の自分もそうらしいけれど、本当にそうだっただろうか?
「前のぼくたち、お休みの日は無かったんだ…。だけど、ホントにそうだった?」
シャングリラって、お休みが無い船じゃなかったように思うんだけど…。
船のみんなが年中無休で、ずっと働いてたわけじゃないような気がするんだけれど…。
「当然だろうが、あの船にだって休みはあった。でないと疲れてしまうからな」
毎日が同じような船でも、メリハリってヤツは必要だ。
いつでも全力で走っていたんじゃ、ここぞという時に走れやしない。力を発揮出来ないんだ。
それに何処かで休憩しないと、走り続けることも出来ない。…すっかり力を使い果たして。
船の仲間たちがそれじゃ困るし、全力の時と休む時とを作ってやった方がいい。
あれはヒルマンが言い出したんだったか…。
シャングリラにも、平日と休日を作るべきだと。白い鯨じゃなかった頃にな。
お前だって、まだリーダーだった頃の話だぞ。ソルジャーじゃなくて。
俺も厨房担当だったな、キャプテンになっちゃいなかった。そんな話も無かったんじゃないか?
船であの話が出て来た時は…、というハーレイの言葉で蘇った記憶。「そうだったっけ」と。
アルタミラから脱出した後、名前だけがシャングリラだった船。もう人類のものではないから、新しい名前の船にしようと皆で名付けた。
船の名前を変えるほどだし、各自の持ち場も出来ていた頃。前のハーレイならば厨房、ゼルならブリッジといった具合に。
持ち場があるなら仕事も当然あるのだけれども、まだ平日も休日も無かった船。予定表が食堂の壁に貼られていただけ。カレンダーの形で、主な予定を書き込むものが。
そんな日々の中、ある日、夕食後にヒルマンがそれを指差した。
「あのカレンダーを、もっと生かすべきだと思うんだがね。…せっかく貼ってあるのだから」
予定を書き込むだけではなくて、と言うから、ブラウが首を傾げた。
「生かすって、何のことなのさ?」
もう充分に生かしているだろ、みんなの予定がビッシリじゃないか。けっこう先の方までね。
「書くスペースのことではなくて…。曜日の方だよ、カレンダーには曜日がつきものだ」
日曜日を是非、生かしたい。それに土曜日もだね、この二つだ。
カレンダーというものがあるからにはね、とヒルマンが挙げた日曜と土曜。続きに並んだ曜日というだけ、他には何ということもない。
「日曜に土曜? 何の意味があるというんだ、それに?」
ただの曜日の呼び名だろうが、と若かったゼルも訝しがった。「あれが何だと?」と。
「休日だよ。…日曜日は本来、休むためにあったものらしい」
世界を創った神様も日曜は休んだと伝えられている。神様さえも休んだくらいだ、人間も日曜は休まないとね。ずっと昔は、日曜は仕事をしない決まりもあったそうだよ。
日曜日に働くことは悪いことだったのだ、という話に皆が驚いた。働くことが悪いなんて、と。
「へえ…? いいことのように思うけどねえ…」
働くことは、とブラウが言ったけれども、ヒルマンは「そうでもないだろう」と返した。
「人類の世界でも、日曜は休みが基本のようだ。…仕事によって変わりはしても」
この船でも取り入れるべきだと思うよ、日曜日は休むという習慣を。
ああしてカレンダーもあるから、じきに定着するだろう。
そうすればこの船も変わると思うね、いい方向へと劇的に。
きっと変身する筈だ、とヒルマンが提案した休日。カレンダーの通りに休むこと。日曜日には。更に日曜日の前の土曜日、その日も出来れば休むべき。一日は無理なら、午後だけでも。
そのようにすれば船は変わる、というものだから、ブラウが飛ばした質問。
「どう変わるって言うんだい? 休日ってのを船で作ったら?」
まさか神様が褒めてくれるわけでもないだろうに、と茶化すのもブラウは忘れなかった。ずっと昔は、日曜日は仕事をしないことが正しかったのだから。
「簡単なことだよ。休みを作れば、その日を励みに頑張れる。どんな仕事でもね」
もうすぐ休みが貰えるんだから、と思えば辛い仕事でも軽くなるだろう?
今のこの船では、疲れが溜まって来たら、自分の判断で休む形になっているんだが…。
そうなる前に、休みの日を決めておけばいい。休む日が初めから決まっていたなら、力の配分も楽になる筈だよ。じきに休みだ、と頑張るのも良し、まだ先だからと無理をしないのも良し、だ。
いい方法だと思うのだがね、というヒルマンの案に皆が頷いた。
「なるほどなあ…!」
そいつは俺も賛成だ。同じ仕事なら、自分の力に合わせてやるのが効率的だしな。
いいじゃないか、とゼルが真っ先に高く挙げた手。他の仲間も賛成する中、決まった休み。
まだ重要な役職も無かった時代だったし、日曜日は大抵の者が休みになった船。土曜日も殆どの者が休みで、午後だけ休む者たちも。
日曜日は大切な休日だから、と休むためのシフトも組まれたほど。同じ持ち場でも交代で休み、仕事への英気を養うために。
「しかしだな…。俺がキャプテンになった頃から、風向きがだ…」
変わっていったぞ、「休める時に休め」という風に。
ノルディは一人で医者の仕事を頑張っていたし、俺もノルディを見習ったし…。
休まないのが偉い、といった雰囲気になりかかったんだ、船全体が。
俺やノルディはともかくとして、休める立場にいた連中まで休まないのはマズイだろうが。
休み無しだと、ブッ倒れるヤツも出て来るからなあ…。頑張りすぎて、限界を越えて。
それでは皆が倒れてしまうし、そうなったら船の暮らしにも響いてきちまうから…。
なんとかして休ませないと駄目だろ、頑張りすぎてる連中を。
休んでも問題がない仕事のヤツらは、決めた通りに日曜日はキッチリ休むってことで。
それでだな…、とハーレイの話は続いた。日曜日はきちんと休む習慣、それを取り戻そうとしたシャングリラ。皆が頑張り続けたままだと、いつか倒れる時が来るから。
「お前は物資の調達の都合で、休めない時もあるもんだから…」
ヒルマンたちが休みを取ったんだ。ヒルマンとゼルとブラウとエラ。あの四人がな。
まだ長老にはなってなかったが、船じゃリーダー格だったから…。
日曜は休む、と四人で宣言したってわけだ。緊急の仕事以外は一切受け付けない、と。
あいつらが完全に休むとなったら、連絡が必須の仕事をやっても意味なんか全く無いだろう?
お蔭でまた日曜日が復活したんだ、シャングリラにな。
それからはずっと日曜日があったし、土曜日も半日休むヤツらが多かった、という懐かしい船の思い出話。一度は消えて、また復活した日曜日。それに土曜日も。
「あったね、そういう事件もね…。せっかく作った日曜日が消えてしまったこと」
本当に消えて無くなる前に、ちゃんと戻って来たけれど…。ヒルマンたちの作戦のお蔭で。
だけど、前のハーレイと、前のぼくとは…。
あれから後もお休みは無しで、日曜日も土曜日も無くて…。
他の曜日も決まった休みは無かったっけ、と蘇った前の自分の記憶。週末は休みだった船でも、休みが無かったソルジャー・ブルー。それにキャプテン・ハーレイだって。
「俺たちだけじゃないぞ、ノルディもだからな。其処の所を忘れてやるなよ」
その代わり、いつでも休めるという特権も持っていたっけな。日曜だろうが、平日だろうが。
日頃、仕事を頑張っているから、此処で休ませて欲しい、と言えば休みが取れたんだ。
もっとも、俺は殆ど使っていなかったが…。
キャプテンの役目ってヤツを思えば、そうそう休んでいられやしない。
俺の指示が無いと全く進まないことや、始められさえしない仕事が山のようにあった船だから。白い鯨になった後には、そいつがドカンと増えたってわけで…。
「覚えてるよ、ハーレイが頑張ってたこと」
仲間たちが色々尋ねるんだものね、ハーレイに。「これをやってもいいでしょうか」って。
ハーレイがブリッジで仕事してても、別の場所から呼ばれたり…。
その度に走って行っていたものね、やってた仕事をキリのいい所までやって。
「直ぐに行くから、ちょっと待ってろ」って、どんな時でも。
前のハーレイはそうだった、と忙しかったキャプテンの姿を思い出す。まるで無かった、日曜と土曜。殆どの者たちが休んでいたって、仕事をしていた仲間がいたから。週末だって。
シャングリラが宇宙を、雲の海の中を飛んでいる限り、キャプテンの仕事に終わりは無い。船と一緒に生きるのがキャプテン、船の全てを掴んでいないと話になりはしないから。
「前のハーレイ、決まった休みは無かったけれど…」
特別に取れる休みも滅多に使ってないけど、前のぼくだって使っていないよ。
白い鯨になった後には暇だったから、お休みみたいなものだったかもしれないけれど…。
改造前の船だった頃も、お休みは使っていないんだよ。…ハーレイが頑張っていたんだもの。
ハーレイをキャプテンにしたのは、前のぼくだったんだし…。
キャプテンが休んでいないんだったら、ぼくだけ休むのは悪いような気がしてたから…。
でも、寝込んじゃったら、お休みと一緒…。
白い鯨じゃなかった船でも、前のぼく、休んじゃってたね、と肩を竦めた。今と同じに弱かった前の自分の身体。弱い身体は、休み無しだと悲鳴を上げてしまうから。
そうなった時はベッドで休んでいるしかなくて、休暇ではなくても事実上の休み。ソルジャーにしか出来ない仕事は少なかったけれど、休んだことには変わりはない。
たとえ仕事が無かった日でも。…船の中をウロウロ歩いてみたって、手伝う仕事も見付からないような日曜日や暇な日だったとしても。
「前のお前は休んでたっけな、休むつもりがまるで無くても」
寝込んじまったら、自動的に休みになっちまうから。…ソルジャーでも、それにリーダーでも。
前の俺もそういう休みだけだな、ノルディもだが。
いくら頑丈でも、俺も人間には違いない。…たまにはダウンしちまうこともあるってな。
ゼルやブラウには「鬼の霍乱」と言われたもんだが、と笑うハーレイ。
実際、前のハーレイが寝込んでしまったことなど、滅多に無かった。
寝込むと言うより、大事を取っての早めの休み。
キャプテンの仕事に判断ミスは許されないから、疲れが溜まった時などに。
「…ハーレイ、寝込んでいないよね…」
前のぼくみたいに、ホントに動けなくなっちゃうような形では。
部屋のベッドで寝てたってだけで、ちゃんと自分で食事もしてたし、休みも一日程度だから。
凄かったよね、と感心してしまう前のハーレイのこと。週末どころか、決まった休みも取りさえしないで働き続けたキャプテン・ハーレイ。
「俺も改めて考えてみると、凄い働きぶりだったんだな…」
我ながらよく頑張ったもんだ、休みも無しで。…週末は全く無かった上に、他の日にも決まった休みは貰っていなかったわけで…。
前のお前もそうだったんだな、病気で寝込んだ時くらいしか休みは無しだ。
とはいえ、お前は、白い鯨じゃ暇だったんだが。
物資を奪いに出掛けなくても、何もかも船で賄えていたし…。大抵は暇そうだったよな。
ミュウの子供を助け出す時は、お前の出番だったんだが…。
あれにしたって、救出班が出来た後には、お前はサポート役だったから。…それと情報収集と。
毎日が休みみたいなモンだな、とハーレイが言うのは当たっている。白いシャングリラに思念の糸を張っていたって、それの出番も殆ど無かった。船の中は平和だったから。
「…ぼくはのんびり過ごしていたけど、ハーレイは忙しかったじゃない」
シャングリラを改造しちゃった後には仕事が増えた、ってハーレイも自分で言ってたものね。
船が大きいと仕事も増えるし、仲間の数も増えていったから…。
アルテメシアに着いた途端に、ミュウの子供たちが船に来るようになったから。
最初の間は、キャプテンが子守りもしていたでしょ、と今の自分も覚えていること。養育部門を立ち上げる前は、キャプテン自ら子供たちの相手を務めたりもした。
他にも仕事があったのに。
子供たちの相手に時間を割いたら、その分、ハーレイが使える時間が減ってゆくのに。
「まあな、色々やったよなあ…」
あれも仕事だと思っていたから、子守りもやっていたんだが…。
子供と言っても、シャングリラに乗って来たってことはだ、立派な乗組員なんだ。
キャプテンが世話をしないでどうする、知らん顔など出来ないぞ…?
どんな船でも、キャプテンって仕事は、船に乗ってる全員の面倒を見るモンだからな。
「そうなんだけど…。でも、ハーレイは凄すぎたよ」
お休みも無しで頑張り続けて、それで倒れもしなかったなんて。
ちょっと疲れたら早めに休んで、ベッドで一日寝ていた後には、仕事に戻っていたなんて…。
ホントに凄すぎ、と前のハーレイを手放しで褒めた。休み無しで働いたキャプテン・ハーレイ、疲れた時にも少し休んだらブリッジに戻ったキャプテンを。
「ハーレイのお休み、前はホントに無かったんだね…。船のみんなは休んでたのに」
シャングリラでも週末はお休み、って決まっていたのに、前のハーレイにはお休みは無し…。
そんなのでよく頑張れたよね、と考えるほどに偉大なキャプテン・ハーレイ。同じように休みが無かった前の自分は、寝込んで休みを取っていたのに。
「あれを思うと今は天国だな、土曜も日曜もあるってな。…カレンダーの通りに」
ついでに俺は教師だからなあ、夏休みとかもあると来たもんだ。春と夏と冬に長い休みを貰えるわけだな、他の仕事の連中よりも。
「そうだね、先生も夏休みとかは休みだもんね…」
今のハーレイ、お休みが無くなったら困る?
夏休みとかは例外にしても、土曜日と、それに日曜日。…どっちも休みじゃなくなったら。
「当たり前だろう、俺も人間だぞ?」
休み無しの生活なんぞは考えられんな、前の俺だって休みは取っていたんだから。
傍目には休み無しに見えても、俺自身もそう思っていても。…きっと何処かで、きちんとな。
だからだ、今の俺だって休みが消えたら困る。休みは無しで頑張ってくれ、と言われたら。
そいつは断固、御免蒙る、とハーレイは休みが欲しいらしい。今は休みの週末の日々が。
「…プロのスポーツ選手だったら?」
今のハーレイ、そういう話も来ていたんでしょ?
プロの選手は日曜日だって試合をしてるよ、お休みの日が無さそうだけど…。
試合が無い日も練習だものね、プロはそういうものだ、って…。
練習しないと身体が駄目になるんでしょ、と尋ねたら「そうなんだが…」とハーレイは笑う。
「そうは言っても、プロのスポーツ選手にしたって、休みはちゃんとあるもんだ」
体力が落ちてしまわないよう、自主的に練習したりはするがな。
今の俺がジョギングしているみたいに、身体を保つための運動。休みの日にはその程度だ。
休み無しの仕事なんかは無いだろうなあ、宇宙の何処を探しても。
人間、何処かで休まないことには、力を保てやしないから。
前の俺だって、何処かで休んだ筈なんだ、というのが今のハーレイの話。休み無しで働き続けたキャプテン・ハーレイ、そう見えていた前のハーレイも休んだだろう、と。
「前の俺たちが生きた時代でも、休み無しの仕事なんていうのは…」
無かっただろうな、人類どもの世界にしても。
ミュウとの戦いが始まってからの人類軍の連中くらいか、休みが無かった人間と言えば。
それでも休んでいたとは思うが…。移動の途中の船とかではな。
なんと言っても、ミュウの方でも休んでいたんだ、あの時だって。
週末の休みは何処かへ消えてしまっていたがだ、シャングリラにも休みはあったんだぞ。
ジョミーは見て見ぬふりをしていたっけな、とハーレイが言うものだから。
「…本当に?」
人類と戦っていた最中でも、シャングリラにお休み、ちゃんとあったの…?
「前に言ったろ、買い物に出掛けたヤツらもいたって話。人類の住む星を落とした時は」
船のヤツらに、ちゃんと休みは取らせてた。もちろん、トォニィたちにもな。
土曜や日曜が駄目だった時は、他の曜日に代休だとか…。
星を落としたら、其処で休みにするだとか。そんな具合で、休みにしたんだ。
船の連中の休みを確保するのも、キャプテンの大切な仕事だろうが、と微笑むハーレイ。休みが無ければ、人は疲れてしまうから。
「そっか…。お休みって、とても大切なんだね」
人類軍との戦いの中でも、ハーレイが休みを作ってたなら…。船のみんなを休ませたのなら。
ハーレイはお休み無しのままでも、船の仲間には、きちんとお休み。
「俺も改めて実感したぞ。…休みってヤツの大切さをな」
今の俺だと、前の俺の一生分を休んでしまったかもなあ、とうの昔に。…もしかしたら。
週末は大抵休みなんだし、他の仕事には無い夏休みや春休みまであるんだから。
ちょいと休みを取り過ぎだろうか、とハーレイは苦笑するけれど。
「いいじゃない、今度は沢山お休み」
前のハーレイが頑張った分までお休みなんだよ、今のハーレイは。
これからもお休みは沢山あるでしょ、夏休みも、春休みも、冬休みだって。
ハーレイ、先生なんだから。
結婚したら、お休みには旅行に行ったりしようね、と強請ってみた。前の自分たちには、旅行は出来なかったから。船で宇宙を旅しただけで。
「いろんな所に行けると思うよ、ハーレイのお休み、長いんだから」
夏休みが一番長いけれども、他にもお休み、沢山あるしね。
「もちろんだ。まだまだ沢山休めるからなあ、今の俺はな。キャプテンだった頃と違って」
お前と二人で、あちこち出掛けて行かないと…、とハーレイがパチンと瞑った片目。
「今度こそ地球で、前の俺たちの沢山の夢を叶えよう」と。
前の自分たちが行きたかった場所は山ほどあるから、其処へ二人で出掛けてゆこうと。
キャプテンだった前のハーレイに休日は無かったけれども、今度は沢山ある休み。
前のハーレイの分まで楽しんで貰おう、そして自分も楽しもう。今のハーレイが貰える休みを。
土曜も日曜も、他の休みも。一番長くなる休みの夏休みも。
今のハーレイは、もうキャプテンではないのだから。
ただの教師で、土曜と日曜は休みになるのが当たり前の暮らしなのだから…。
無かった休日・了
※前のブルーとハーレイには、決まった休日が無かったのです。立場上、仕方ないですが。
けれどシャングリラの仲間たちには、ちゃんと休日がありました。土曜と日曜は、休みの日。
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今日は土曜日、と目覚めたブルー。自分の部屋のベッドの上で。
休みなんだ、と思った途端に幸せな気分。「ハーレイが来てくれるんだよ」と。仕事が何も無い週末なら、午前中から来てくれるハーレイ。いつの間にか出来た約束事。
カーテンの隙間から射し込む光で、いい天気だと分かる朝。こういう日には、歩いてやって来るハーレイ。何ブロックも離れた所に家があるのに、楽々と。
(回り道までしちゃうんだから…)
早すぎる時間に着きそうだったら、遠回りをするのが常らしい。「お母さんに悪いしな?」と。両親は「よろしかったら、朝食も」と言うのだけれども、ハーレイは来てはくれない朝食。
(たまには一緒に食べてくれてもいいのにね?)
朝御飯も、と考えたって、ハーレイの流儀なら仕方ない。その内に来てくれるのだから、と顔を洗って着替えて朝食。キツネ色のトーストを齧る間も心が弾む。もうすぐ会える筈の恋人。
食べ終わったら部屋の掃除で、そちらの方も張り切った。いつもハーレイと使うテーブルの上を綺麗に拭いて、椅子の置き場所も整えて。
(これで良し、っと!)
後はハーレイの到着を待つばかり。この時間なら、とっくに家を出ているだろう。どの辺りまで歩いて来たのか、それとも回り道しているか。
(今日はミーシャの家かもね?)
自分は見たことが無いのだけれども、真っ白な猫が日向ぼっこをしている家があるらしい。此処まで歩く途中の道に。何通りもあるルートの一つで、ハーレイのお気に入りの場所。
ハーレイが子供だった頃には、家に本物のミーシャがいたから。ハーレイの母が飼っていた猫。甘えん坊だった白いミーシャの写真を前に見せて貰った。
(ミーシャにそっくりの猫に会えたら、楽しいものね?)
きっとハーレイは声を掛けてやって、撫でてやったりもするのだろう。何度も顔を合わせる間にすっかりお馴染み、ミーシャの方でも「来ないかな?」と待っていたりして。
「お休みの日には通る人だ」と、「今日も通ってくれないかな?」などと。
そう、今日は休みで午前中からハーレイが家に来てくれる。用があるとは聞いていないし、母に通信も来なかったから。「明日は伺えません」という悲しい通信。
(ハーレイに用事が無くて良かった…)
ホントに良かった、と心から思う。学校の用事や、柔道部の生徒たちとの行事。そういう予定が入った時には、ハーレイは来てはくれないから。
ハーレイに何も用事が無ければ、週末は此処で一緒に過ごせる。土曜日も、それに日曜だって。明日も予定は入っていない筈だから…。
(二日も一緒!)
午前中から二人一緒で、夕食の後のお茶が済むまでハーレイと二人。夕食は両親も一緒の席で、食後のお茶も両親つきになることだってあるけれど。
それでも朝から晩までハーレイと一緒、幸せな日が二日も続く。今日と明日との二日間。二日も続けて休みなのだし、どうせなら泊まって欲しいけれども…。
(ママたちに頼めば、きっと大丈夫だと思うんだけどな…)
来客用のゲストルームもあるから、両親も歓迎だと思う。ハーレイはすっかり家族の一員、平日だって仕事の帰りに寄ってくれたら一緒に夕食。お客様用の御馳走ではない普段の料理で。
(ハーレイ専用の御飯茶碗とお箸が無いだけ…)
そんなハーレイが泊まるとなったら、大歓迎だろう父と母。「ごゆっくりどうぞ」と、お風呂も一番に入って貰ったりもして。
そうは思っても、ハーレイが断るに決まっているから、頼むだけ無駄。「泊まりに来てよ」と。
誘ってみたって、断られるだけ。「お母さんたちに迷惑かけられないしな?」と、やんわりと。
(でも、今日は夜までゆっくりで…)
土曜日なのだし、ハーレイが帰る時間も遅め。平日の夜に比べたら。
明日は日曜、今日と同じで午前中からハーレイと一緒。夕食の後のお茶が済むまで。
ハーレイが泊まりに来てくれなくても、それで充分。会えて、二人で過ごせるなら。ハーレイに用事が入っていなくて、二日も続けて会えるのならば。
(泊まりに来て、っていうのは無理でも…)
幸せ一杯の週末になる。今日に続けて、明日もハーレイに会えるのだから。
土曜と日曜、学校に行かなくてもいい日。時間を好きに使える週末。
(ぼくだって用事、作らないから…)
友達と遊びに出掛けてゆくより、断然、家で過ごすのがいい。ハーレイが家に来てくれるなら。駄目だと分かっている時だったら、友達と遊びもするけれど。
そうでない時は、土曜も日曜もハーレイと一緒。午前中から夜になるまで、ずっと。
(週末があって良かったよね)
ハーレイと二人で過ごせる週末。それにハーレイは学校の先生、その点でもとてもツイている。自分と同じで、週末は休みになるのだから。
(パパの仕事も…)
週末が休みになっているけれど、違う仕事も色々ある。週末も開いている店などだったら、働く人の休みは違う日。スポーツ選手なんかも同じ。週末も試合が当たり前のようにあるのだから。
(ハーレイがプロの選手になっていなくて良かった…)
柔道と水泳、どちらもプロの選手になれた筈のハーレイ。プロの選手になっていたなら、今日も試合があったかもしれない。週末に人気のスポーツ観戦、出掛ける友達も多いから。
もしもハーレイがプロの選手だったら、二人で過ごせはしない週末。ハーレイは試合で、自分は観戦しているだけ。他の地域や他所の星での試合だったら、観戦すらも出来ない始末。
そうならなくてホントに良かった、と思った所で気が付いた。
(今のハーレイは、土曜と日曜がお休みだけど…)
教師ではなかった前のハーレイ、キャプテンの休日はいつだったっけ、と。
前の自分と恋をしていたキャプテン・ハーレイ。きっと休日は二人で過ごしていたのだろうに、思い出せない休日のこと。それが何曜日だったのか。
(土曜と日曜…?)
休日といえば直ぐに浮かぶのが週末だけれど、そんな筈はなかったと思う。週末以外の曜日だとしても、キャプテンは連休などは取れない。…多分。
(シャングリラは毎日、飛んでたんだし…)
降りる地面を持たなかった船、前の自分が生きていたのはそういう船。けして休みはしない船。漆黒の宇宙を飛んでいた時も、アルテメシアに着いた後にもシャングリラは停まりはしなかった。
白い鯨への改造のために惑星に降りても、動き続けていたエンジン。でないと酸素や水の供給、照明などの設備も止まってしまうから。
船に休みが無いのだったら、キャプテンの方も二日続けて休むことなど出来そうにない。休みの間も船は休まず動き続けて、刻一刻と状況が変わってゆくのだから。
宇宙でも、アルテメシアの雲の中でも、事情は同じ。キャプテンの指示が必要な場面の方でも、時を選びはしないから。いつ呼び出しがかかったとしても、走ってゆかねばならないキャプテン。
前のハーレイはそういう仕事で、取れそうにないと思う連休。それが週末でなくたって。
(それとも、取れた…?)
ブリッジの仲間が頑張っていたら、キャプテンも休めたかもしれない。急な呼び出しがあったとしたって、基本は休みになる二日間。週末だとか、ブリッジの他の仲間とずらして平日だとか。
どうだったろう、と考えてみても思い出せないキャプテンの休み。
その上、前の自分にしても…。
(土曜と日曜、お休みだった?)
ソルジャー・ブルーと呼ばれた自分。シャングリラで一番偉い立場で、ミュウたちの長。
そのソルジャーに休みがあったという覚えがない。この曜日、と決まっていた休み。此処は必ず休みだから、と自分でも承知していた休日。週末にしても、平日にしても。
どうにも思い出せない休日、曜日も、それに連休が取れていたかも分からない。もしかしたら、休みは無かったろうか。前のハーレイが休めなかったように、ソルジャーだって。
(ソルジャーもキャプテンと同じだったかもしれないけれど…)
それにしたって、休みがまるで無いというのもどうだろう。今の時代は、誰でも持っているのが休日。幼稚園にも休みはあったし、休日は多分、欠かせないもの。どんな仕事でも。
(いくらソルジャーでも、休みが無いってことなんか…)
あったのかな、と頭を悩ませていたら、ハーレイが訪ねて来てくれた。思った通りに、青い空の下をのんびり歩いて。
回り道して、ミーシャとも遊んで来たらしい。家の表で日向ぼっこをしていたから。
ついでに朝にはジョギングまで。早い時間に目が覚めたからと走りに出掛けて、足の向くままに公園などを。まだ土曜日の午前中なのに、休日を満喫しているハーレイ。
そうとなったら、やはり訊かねばならないだろう。前の自分たちの休日のことを。
まずは質問、とテーブルを挟んで向かい合わせで問い掛けた。鳶色の瞳の恋人に。
「あのね、ハーレイは今日、お休みだよね?」
土曜日だから仕事はお休み。何も用事が入ってなければ、ハーレイが好きに使える日でしょ?
「そうでなければ、俺は此処にはいないんだが?」
お前だって今日は休みだろうが、と当然のように返った答え。「学校は週末は休みだしな」と。
「それなんだけど…。ハーレイに訊いてみたくって…」
前のハーレイ、お休みはいつ?
「はあ?」
休みってなんだ、キャプテン・ハーレイだった頃の俺の休みを言っているのか…?
仕事が休みになる日のことか、と質問の意図は通じたらしい。訊きたいことはそれだから。
「うん、キャプテンのお休みのこと。土曜と日曜じゃなかっただろうと思うんだけど…」
週末がお休みってことはないよね、と確認してみた。そういう記憶は自分には無い。
「違うだろうな、キャプテンは週末は休みじゃなかった」
「やっぱりそう? それでね、ぼくのお休みも思い出せなくて…」
ハーレイ、覚えているのかな…。それを訊こうと思ったんだよね、気になったから。
「訊きたいって何だ、お前は何が気になってるんだ?」
俺で分かるなら教えてやるが、とハーレイは怪訝そうな顔。「休みがどうかしたのか?」と。
「お休みだってば、前のぼくたちの。…今は土曜と日曜がお休みだけど…」
ぼくもハーレイも、週末が休みになっているけど、前のぼくたちはどうだったかな、って。
いつだったのかが思い出せなくて、朝から考えていたんだよ。
前のハーレイのお休みの日と、前のぼくの休み。…今はお休み、誰でもあるでしょ?
シャングリラでも、きっとあっただろうし…。
何曜日だったか、ハーレイ、覚えていないかな…?
覚えてるんなら教えてよ、と頼んでみたのに、ハーレイの方は「おいおいおい…」と呆れ顔。
「前の俺たちの休みだって?」と。
「ソルジャー・ブルーと、キャプテン・ハーレイの休みだよな?」と、念まで押して。
答えを教えてくれる代わりに、「大丈夫か?」と覗き込まれた顔。正気を疑うかのように。
「お前、寝ぼけていないだろうな? 俺が此処に来る少し前まで寝ていただとか…」
寝ぼけてるんなら、その質問でも俺は全く気にしないがな。
休みはいつかと尋ねられても、前のお前はソルジャーだったし、俺はキャプテンだったんだが?
忘れてるわけじゃないだろうな、と出された前の自分の肩書き。ハーレイの分も。
「それがどうかした? 忘れるわけがないと思うけど?」
ぼくは寝ぼけてなんかいないよ、ちゃんと起きたから気になって訊いているんだってば。
朝、起きた時に、「今日は土曜日でお休みだよね」って、とても嬉しくなったから…。
土曜と日曜はハーレイに用事が入らなかったら、絶対に会える日なんだもの。
幸せだよね、って考えてる内に、シャングリラにいた頃のお休み、気になっちゃって…。
そのお休みが思い出せないから訊いてるんだよ、と重ねて尋ねた。「お休みはいつ?」と。
「お前なあ…。全く分かっていないようだな、なら訊くが…」
ノルディの休日、いつだったのかを覚えているか?
答えてみろ、とハーレイにぶつけられた問い。今の話とは、まるで関係無さそうなのを。
「え? ノルディって…?」
「ノルディと言ったら、ドクター・ノルディだ。病院にも休みはあるだろう?」
今のお前が世話になってる、近所の病院なんかでも。診察は無しで、閉まっている日が。
「あるけれど…。今日は土曜だから午前中だけで、日曜日は休み」
後は、木曜日もお休みかも…。急患だったら、先生がいたら診てくれるけど。
そうだったと思う、と思い浮かべた診察券。裏に休日や診療時間が書いてあるから。
「俺の近所の病院もそんな具合だが…。シャングリラって船はどうだった?」
ノルディはメディカル・ルームにいたわけなんだが、あそこに休みはあったのか?
今の俺たちの言葉で言うなら休診日だな、と訊かれた休み。
白いシャングリラにあったメディカル・ルーム。其処が閉まっていた日はいつだ、と。
「えーっと…?」
お休みの日だよね、メディカル・ルームの…?
すっかり閉まって急患だけしか診ない時とか、午後は閉まっていた日とか…?
思い出そうとしたのだけれども、今の自分が行く病院とはまるで違ったメディカル・ルーム。
シャングリラの病院と言えば病院、けれど無かった診察券。船の顔ぶれは誰もが承知で、顔さえ見れば誰だか分かる。診察券を持って出掛けなくても、診て貰えたのがメディカル・ルーム。
(診察券があったら、お休みの日が書いてあるけれど…)
大抵の病院はそういう仕組み。規模の大きな病院だったら、診察券の裏に書かずに分かりやすい場所にプレートがある。玄関の脇や、診察室の前などに。診療科目が沢山あるから。
(眼科は休みでも、内科は診察してるとか…)
大病院なら珍しくない、診療科によって異なる休み。だからプレート、「此処が休み」と。
けれどシャングリラの病院の方は、プレートも出されていなかった。自分の記憶にある限りは。
お蔭で掴めない手掛かり。メディカル・ルームが休みだった日を問われても。
「…いつがお休みだったっけ?」
覚えていないよ、診察券が無かったから…。お休みの日を書いたプレートも無かったから。
思い出せなくても仕方ないでしょ、と開き直ったら、ハーレイが浮かべた苦笑い。
「寝ぼけてるんだか、そうじゃないんだか…。まったく、今日のお前ときたら…」
メディカル・ルームに休みなんかがあるわけないだろ、あそこは年中無休だったろうが。
病人と怪我人、いつ来るか分からないからな。
他に病院があるならともかく、シャングリラにはメディカル・ルームしか無かったんだから。
最初に医務室が出来た頃には、ノルディが一人で寝泊まりしていたぞ、と言われればそう。
白い鯨になる前の船で、ノルディが医務室を開設した時。
ノルディは独学で医者になったし、初期のシャングリラでは一人きりの医者。ヒルマンも医者の真似事くらいは出来たけれども、ノルディの腕には及ばなかった。
そんな船だから、ノルディの助手たちが育つまでの間は、ノルディの住まいは医務室そのもの。
頼りになる助手たちが立派に育った後にも、ノルディはいつも…。
「…メディカル・ルームにいたんだっけ…。昼間はずっと」
あそこに住んではいなかったけれど、直ぐ側の部屋で暮らしてたよね。
誰か病気になった時には、駆け付けないと駄目だから…。助手や看護師に呼ばれたら。
ノルディのお休み、無かったかも…。
メディカル・ルームに休みが無いなら、ノルディが休める日だって無いよね…。
今日は休み、と閉めるわけにはいかなかったのがメディカル・ルーム。その前身の医務室も。
病院が幾つもあるのだったら、閉めても問題無いけれど。…患者は他の病院に行くし、急ぐなら救急病院もある。年中無休で二十四時間、医師が詰めている救急病院。
メディカル・ルームはそれと似たようなもので、違いは医師が一人だったこと。ノルディだけが医者で、他は看護師と助手ばかり。つまりノルディには無かった休み。
「ほら見ろ、ノルディですらもそうだったんだ」
休み無しだぞ、年中無休で。…週末どころか、平日も休みじゃなかったってな。
シャングリラはそういう船だったんだし、ソルジャーとキャプテンに休みがあると思うのか?
もっともお前は、白い鯨が出来上がってからは暇そうだったが…。
物資を奪いに行く必要が無くなったせいで、暇を持て余しては子供たちと遊んでいたんだが…。
俺はそれまでよりも忙しくなったぞ、船が大きくなった分だけ。
おまけに自給自足の世界だ、船で全てを賄う以上は、キャプテンの仕事も増えるってな。報告が次々上がってくる上、目を配らないといけない場所もドカンと増えたんだから。
目の回るような忙しさだった、とハーレイは両手を広げてみせた。
「キャプテンだって年中無休だ」と、「メディカル・ルームと同じだよな」と。
やはり無かったキャプテンの休み。前の自分もそうらしいけれど、本当にそうだっただろうか?
「前のぼくたち、お休みの日は無かったんだ…。だけど、ホントにそうだった?」
シャングリラって、お休みが無い船じゃなかったように思うんだけど…。
船のみんなが年中無休で、ずっと働いてたわけじゃないような気がするんだけれど…。
「当然だろうが、あの船にだって休みはあった。でないと疲れてしまうからな」
毎日が同じような船でも、メリハリってヤツは必要だ。
いつでも全力で走っていたんじゃ、ここぞという時に走れやしない。力を発揮出来ないんだ。
それに何処かで休憩しないと、走り続けることも出来ない。…すっかり力を使い果たして。
船の仲間たちがそれじゃ困るし、全力の時と休む時とを作ってやった方がいい。
あれはヒルマンが言い出したんだったか…。
シャングリラにも、平日と休日を作るべきだと。白い鯨じゃなかった頃にな。
お前だって、まだリーダーだった頃の話だぞ。ソルジャーじゃなくて。
俺も厨房担当だったな、キャプテンになっちゃいなかった。そんな話も無かったんじゃないか?
船であの話が出て来た時は…、というハーレイの言葉で蘇った記憶。「そうだったっけ」と。
アルタミラから脱出した後、名前だけがシャングリラだった船。もう人類のものではないから、新しい名前の船にしようと皆で名付けた。
船の名前を変えるほどだし、各自の持ち場も出来ていた頃。前のハーレイならば厨房、ゼルならブリッジといった具合に。
持ち場があるなら仕事も当然あるのだけれども、まだ平日も休日も無かった船。予定表が食堂の壁に貼られていただけ。カレンダーの形で、主な予定を書き込むものが。
そんな日々の中、ある日、夕食後にヒルマンがそれを指差した。
「あのカレンダーを、もっと生かすべきだと思うんだがね。…せっかく貼ってあるのだから」
予定を書き込むだけではなくて、と言うから、ブラウが首を傾げた。
「生かすって、何のことなのさ?」
もう充分に生かしているだろ、みんなの予定がビッシリじゃないか。けっこう先の方までね。
「書くスペースのことではなくて…。曜日の方だよ、カレンダーには曜日がつきものだ」
日曜日を是非、生かしたい。それに土曜日もだね、この二つだ。
カレンダーというものがあるからにはね、とヒルマンが挙げた日曜と土曜。続きに並んだ曜日というだけ、他には何ということもない。
「日曜に土曜? 何の意味があるというんだ、それに?」
ただの曜日の呼び名だろうが、と若かったゼルも訝しがった。「あれが何だと?」と。
「休日だよ。…日曜日は本来、休むためにあったものらしい」
世界を創った神様も日曜は休んだと伝えられている。神様さえも休んだくらいだ、人間も日曜は休まないとね。ずっと昔は、日曜は仕事をしない決まりもあったそうだよ。
日曜日に働くことは悪いことだったのだ、という話に皆が驚いた。働くことが悪いなんて、と。
「へえ…? いいことのように思うけどねえ…」
働くことは、とブラウが言ったけれども、ヒルマンは「そうでもないだろう」と返した。
「人類の世界でも、日曜は休みが基本のようだ。…仕事によって変わりはしても」
この船でも取り入れるべきだと思うよ、日曜日は休むという習慣を。
ああしてカレンダーもあるから、じきに定着するだろう。
そうすればこの船も変わると思うね、いい方向へと劇的に。
きっと変身する筈だ、とヒルマンが提案した休日。カレンダーの通りに休むこと。日曜日には。更に日曜日の前の土曜日、その日も出来れば休むべき。一日は無理なら、午後だけでも。
そのようにすれば船は変わる、というものだから、ブラウが飛ばした質問。
「どう変わるって言うんだい? 休日ってのを船で作ったら?」
まさか神様が褒めてくれるわけでもないだろうに、と茶化すのもブラウは忘れなかった。ずっと昔は、日曜日は仕事をしないことが正しかったのだから。
「簡単なことだよ。休みを作れば、その日を励みに頑張れる。どんな仕事でもね」
もうすぐ休みが貰えるんだから、と思えば辛い仕事でも軽くなるだろう?
今のこの船では、疲れが溜まって来たら、自分の判断で休む形になっているんだが…。
そうなる前に、休みの日を決めておけばいい。休む日が初めから決まっていたなら、力の配分も楽になる筈だよ。じきに休みだ、と頑張るのも良し、まだ先だからと無理をしないのも良し、だ。
いい方法だと思うのだがね、というヒルマンの案に皆が頷いた。
「なるほどなあ…!」
そいつは俺も賛成だ。同じ仕事なら、自分の力に合わせてやるのが効率的だしな。
いいじゃないか、とゼルが真っ先に高く挙げた手。他の仲間も賛成する中、決まった休み。
まだ重要な役職も無かった時代だったし、日曜日は大抵の者が休みになった船。土曜日も殆どの者が休みで、午後だけ休む者たちも。
日曜日は大切な休日だから、と休むためのシフトも組まれたほど。同じ持ち場でも交代で休み、仕事への英気を養うために。
「しかしだな…。俺がキャプテンになった頃から、風向きがだ…」
変わっていったぞ、「休める時に休め」という風に。
ノルディは一人で医者の仕事を頑張っていたし、俺もノルディを見習ったし…。
休まないのが偉い、といった雰囲気になりかかったんだ、船全体が。
俺やノルディはともかくとして、休める立場にいた連中まで休まないのはマズイだろうが。
休み無しだと、ブッ倒れるヤツも出て来るからなあ…。頑張りすぎて、限界を越えて。
それでは皆が倒れてしまうし、そうなったら船の暮らしにも響いてきちまうから…。
なんとかして休ませないと駄目だろ、頑張りすぎてる連中を。
休んでも問題がない仕事のヤツらは、決めた通りに日曜日はキッチリ休むってことで。
それでだな…、とハーレイの話は続いた。日曜日はきちんと休む習慣、それを取り戻そうとしたシャングリラ。皆が頑張り続けたままだと、いつか倒れる時が来るから。
「お前は物資の調達の都合で、休めない時もあるもんだから…」
ヒルマンたちが休みを取ったんだ。ヒルマンとゼルとブラウとエラ。あの四人がな。
まだ長老にはなってなかったが、船じゃリーダー格だったから…。
日曜は休む、と四人で宣言したってわけだ。緊急の仕事以外は一切受け付けない、と。
あいつらが完全に休むとなったら、連絡が必須の仕事をやっても意味なんか全く無いだろう?
お蔭でまた日曜日が復活したんだ、シャングリラにな。
それからはずっと日曜日があったし、土曜日も半日休むヤツらが多かった、という懐かしい船の思い出話。一度は消えて、また復活した日曜日。それに土曜日も。
「あったね、そういう事件もね…。せっかく作った日曜日が消えてしまったこと」
本当に消えて無くなる前に、ちゃんと戻って来たけれど…。ヒルマンたちの作戦のお蔭で。
だけど、前のハーレイと、前のぼくとは…。
あれから後もお休みは無しで、日曜日も土曜日も無くて…。
他の曜日も決まった休みは無かったっけ、と蘇った前の自分の記憶。週末は休みだった船でも、休みが無かったソルジャー・ブルー。それにキャプテン・ハーレイだって。
「俺たちだけじゃないぞ、ノルディもだからな。其処の所を忘れてやるなよ」
その代わり、いつでも休めるという特権も持っていたっけな。日曜だろうが、平日だろうが。
日頃、仕事を頑張っているから、此処で休ませて欲しい、と言えば休みが取れたんだ。
もっとも、俺は殆ど使っていなかったが…。
キャプテンの役目ってヤツを思えば、そうそう休んでいられやしない。
俺の指示が無いと全く進まないことや、始められさえしない仕事が山のようにあった船だから。白い鯨になった後には、そいつがドカンと増えたってわけで…。
「覚えてるよ、ハーレイが頑張ってたこと」
仲間たちが色々尋ねるんだものね、ハーレイに。「これをやってもいいでしょうか」って。
ハーレイがブリッジで仕事してても、別の場所から呼ばれたり…。
その度に走って行っていたものね、やってた仕事をキリのいい所までやって。
「直ぐに行くから、ちょっと待ってろ」って、どんな時でも。
前のハーレイはそうだった、と忙しかったキャプテンの姿を思い出す。まるで無かった、日曜と土曜。殆どの者たちが休んでいたって、仕事をしていた仲間がいたから。週末だって。
シャングリラが宇宙を、雲の海の中を飛んでいる限り、キャプテンの仕事に終わりは無い。船と一緒に生きるのがキャプテン、船の全てを掴んでいないと話になりはしないから。
「前のハーレイ、決まった休みは無かったけれど…」
特別に取れる休みも滅多に使ってないけど、前のぼくだって使っていないよ。
白い鯨になった後には暇だったから、お休みみたいなものだったかもしれないけれど…。
改造前の船だった頃も、お休みは使っていないんだよ。…ハーレイが頑張っていたんだもの。
ハーレイをキャプテンにしたのは、前のぼくだったんだし…。
キャプテンが休んでいないんだったら、ぼくだけ休むのは悪いような気がしてたから…。
でも、寝込んじゃったら、お休みと一緒…。
白い鯨じゃなかった船でも、前のぼく、休んじゃってたね、と肩を竦めた。今と同じに弱かった前の自分の身体。弱い身体は、休み無しだと悲鳴を上げてしまうから。
そうなった時はベッドで休んでいるしかなくて、休暇ではなくても事実上の休み。ソルジャーにしか出来ない仕事は少なかったけれど、休んだことには変わりはない。
たとえ仕事が無かった日でも。…船の中をウロウロ歩いてみたって、手伝う仕事も見付からないような日曜日や暇な日だったとしても。
「前のお前は休んでたっけな、休むつもりがまるで無くても」
寝込んじまったら、自動的に休みになっちまうから。…ソルジャーでも、それにリーダーでも。
前の俺もそういう休みだけだな、ノルディもだが。
いくら頑丈でも、俺も人間には違いない。…たまにはダウンしちまうこともあるってな。
ゼルやブラウには「鬼の霍乱」と言われたもんだが、と笑うハーレイ。
実際、前のハーレイが寝込んでしまったことなど、滅多に無かった。
寝込むと言うより、大事を取っての早めの休み。
キャプテンの仕事に判断ミスは許されないから、疲れが溜まった時などに。
「…ハーレイ、寝込んでいないよね…」
前のぼくみたいに、ホントに動けなくなっちゃうような形では。
部屋のベッドで寝てたってだけで、ちゃんと自分で食事もしてたし、休みも一日程度だから。
凄かったよね、と感心してしまう前のハーレイのこと。週末どころか、決まった休みも取りさえしないで働き続けたキャプテン・ハーレイ。
「俺も改めて考えてみると、凄い働きぶりだったんだな…」
我ながらよく頑張ったもんだ、休みも無しで。…週末は全く無かった上に、他の日にも決まった休みは貰っていなかったわけで…。
前のお前もそうだったんだな、病気で寝込んだ時くらいしか休みは無しだ。
とはいえ、お前は、白い鯨じゃ暇だったんだが。
物資を奪いに出掛けなくても、何もかも船で賄えていたし…。大抵は暇そうだったよな。
ミュウの子供を助け出す時は、お前の出番だったんだが…。
あれにしたって、救出班が出来た後には、お前はサポート役だったから。…それと情報収集と。
毎日が休みみたいなモンだな、とハーレイが言うのは当たっている。白いシャングリラに思念の糸を張っていたって、それの出番も殆ど無かった。船の中は平和だったから。
「…ぼくはのんびり過ごしていたけど、ハーレイは忙しかったじゃない」
シャングリラを改造しちゃった後には仕事が増えた、ってハーレイも自分で言ってたものね。
船が大きいと仕事も増えるし、仲間の数も増えていったから…。
アルテメシアに着いた途端に、ミュウの子供たちが船に来るようになったから。
最初の間は、キャプテンが子守りもしていたでしょ、と今の自分も覚えていること。養育部門を立ち上げる前は、キャプテン自ら子供たちの相手を務めたりもした。
他にも仕事があったのに。
子供たちの相手に時間を割いたら、その分、ハーレイが使える時間が減ってゆくのに。
「まあな、色々やったよなあ…」
あれも仕事だと思っていたから、子守りもやっていたんだが…。
子供と言っても、シャングリラに乗って来たってことはだ、立派な乗組員なんだ。
キャプテンが世話をしないでどうする、知らん顔など出来ないぞ…?
どんな船でも、キャプテンって仕事は、船に乗ってる全員の面倒を見るモンだからな。
「そうなんだけど…。でも、ハーレイは凄すぎたよ」
お休みも無しで頑張り続けて、それで倒れもしなかったなんて。
ちょっと疲れたら早めに休んで、ベッドで一日寝ていた後には、仕事に戻っていたなんて…。
ホントに凄すぎ、と前のハーレイを手放しで褒めた。休み無しで働いたキャプテン・ハーレイ、疲れた時にも少し休んだらブリッジに戻ったキャプテンを。
「ハーレイのお休み、前はホントに無かったんだね…。船のみんなは休んでたのに」
シャングリラでも週末はお休み、って決まっていたのに、前のハーレイにはお休みは無し…。
そんなのでよく頑張れたよね、と考えるほどに偉大なキャプテン・ハーレイ。同じように休みが無かった前の自分は、寝込んで休みを取っていたのに。
「あれを思うと今は天国だな、土曜も日曜もあるってな。…カレンダーの通りに」
ついでに俺は教師だからなあ、夏休みとかもあると来たもんだ。春と夏と冬に長い休みを貰えるわけだな、他の仕事の連中よりも。
「そうだね、先生も夏休みとかは休みだもんね…」
今のハーレイ、お休みが無くなったら困る?
夏休みとかは例外にしても、土曜日と、それに日曜日。…どっちも休みじゃなくなったら。
「当たり前だろう、俺も人間だぞ?」
休み無しの生活なんぞは考えられんな、前の俺だって休みは取っていたんだから。
傍目には休み無しに見えても、俺自身もそう思っていても。…きっと何処かで、きちんとな。
だからだ、今の俺だって休みが消えたら困る。休みは無しで頑張ってくれ、と言われたら。
そいつは断固、御免蒙る、とハーレイは休みが欲しいらしい。今は休みの週末の日々が。
「…プロのスポーツ選手だったら?」
今のハーレイ、そういう話も来ていたんでしょ?
プロの選手は日曜日だって試合をしてるよ、お休みの日が無さそうだけど…。
試合が無い日も練習だものね、プロはそういうものだ、って…。
練習しないと身体が駄目になるんでしょ、と尋ねたら「そうなんだが…」とハーレイは笑う。
「そうは言っても、プロのスポーツ選手にしたって、休みはちゃんとあるもんだ」
体力が落ちてしまわないよう、自主的に練習したりはするがな。
今の俺がジョギングしているみたいに、身体を保つための運動。休みの日にはその程度だ。
休み無しの仕事なんかは無いだろうなあ、宇宙の何処を探しても。
人間、何処かで休まないことには、力を保てやしないから。
前の俺だって、何処かで休んだ筈なんだ、というのが今のハーレイの話。休み無しで働き続けたキャプテン・ハーレイ、そう見えていた前のハーレイも休んだだろう、と。
「前の俺たちが生きた時代でも、休み無しの仕事なんていうのは…」
無かっただろうな、人類どもの世界にしても。
ミュウとの戦いが始まってからの人類軍の連中くらいか、休みが無かった人間と言えば。
それでも休んでいたとは思うが…。移動の途中の船とかではな。
なんと言っても、ミュウの方でも休んでいたんだ、あの時だって。
週末の休みは何処かへ消えてしまっていたがだ、シャングリラにも休みはあったんだぞ。
ジョミーは見て見ぬふりをしていたっけな、とハーレイが言うものだから。
「…本当に?」
人類と戦っていた最中でも、シャングリラにお休み、ちゃんとあったの…?
「前に言ったろ、買い物に出掛けたヤツらもいたって話。人類の住む星を落とした時は」
船のヤツらに、ちゃんと休みは取らせてた。もちろん、トォニィたちにもな。
土曜や日曜が駄目だった時は、他の曜日に代休だとか…。
星を落としたら、其処で休みにするだとか。そんな具合で、休みにしたんだ。
船の連中の休みを確保するのも、キャプテンの大切な仕事だろうが、と微笑むハーレイ。休みが無ければ、人は疲れてしまうから。
「そっか…。お休みって、とても大切なんだね」
人類軍との戦いの中でも、ハーレイが休みを作ってたなら…。船のみんなを休ませたのなら。
ハーレイはお休み無しのままでも、船の仲間には、きちんとお休み。
「俺も改めて実感したぞ。…休みってヤツの大切さをな」
今の俺だと、前の俺の一生分を休んでしまったかもなあ、とうの昔に。…もしかしたら。
週末は大抵休みなんだし、他の仕事には無い夏休みや春休みまであるんだから。
ちょいと休みを取り過ぎだろうか、とハーレイは苦笑するけれど。
「いいじゃない、今度は沢山お休み」
前のハーレイが頑張った分までお休みなんだよ、今のハーレイは。
これからもお休みは沢山あるでしょ、夏休みも、春休みも、冬休みだって。
ハーレイ、先生なんだから。
結婚したら、お休みには旅行に行ったりしようね、と強請ってみた。前の自分たちには、旅行は出来なかったから。船で宇宙を旅しただけで。
「いろんな所に行けると思うよ、ハーレイのお休み、長いんだから」
夏休みが一番長いけれども、他にもお休み、沢山あるしね。
「もちろんだ。まだまだ沢山休めるからなあ、今の俺はな。キャプテンだった頃と違って」
お前と二人で、あちこち出掛けて行かないと…、とハーレイがパチンと瞑った片目。
「今度こそ地球で、前の俺たちの沢山の夢を叶えよう」と。
前の自分たちが行きたかった場所は山ほどあるから、其処へ二人で出掛けてゆこうと。
キャプテンだった前のハーレイに休日は無かったけれども、今度は沢山ある休み。
前のハーレイの分まで楽しんで貰おう、そして自分も楽しもう。今のハーレイが貰える休みを。
土曜も日曜も、他の休みも。一番長くなる休みの夏休みも。
今のハーレイは、もうキャプテンではないのだから。
ただの教師で、土曜と日曜は休みになるのが当たり前の暮らしなのだから…。
無かった休日・了
※前のブルーとハーレイには、決まった休日が無かったのです。立場上、仕方ないですが。
けれどシャングリラの仲間たちには、ちゃんと休日がありました。土曜と日曜は、休みの日。
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