シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
地球の太陽
(超新星…)
あったっけね、とブルーが眺めた新聞記事。学校から帰って、おやつの時間に。
超新星、いわゆるスーパー・ノヴァ。寿命を迎えた恒星が最後に起こす爆発。一つの星が起こす大爆発だし、人間が思う「爆発」とは違いすぎるスケール。規模も、衝撃などが広がる範囲も。
今の時代は予測可能で、出現前に避けることが出来る、超新星が現れる宙域。
爆発したなら、宇宙船などには危険だから。爆発に巻き込まれることはもちろん、他にも様々な障害が起きる。通信が繋がらなくなってしまうとか、機器に故障が出るだとか。
そうならないように、避けて飛ぶよう出される指示。影響が出そうな範囲に資源採掘基地などがあれば、撤退させる命令だって。一時退避や、場合によっては基地の放棄も。
(前のぼくたちが生きた頃にも…)
出現の予測は可能だったけれど、それよりも遥か昔のこと。
人間が地球しか知らなかった時代、宇宙の仕組みもまるで分かっていなかった頃。太陽は地球の周りを回っていると信じて疑わなかった時代は、予測どころか星の爆発だとも思わなかった。
ある日いきなり夜空に明るい星が現れるから、新しい星だと思った人間。
前の自分たちが生きた時代にも残った唯一の神が、ベツレヘムの馬小屋で生まれた時にも…。
(夜空に星が現れた、って…)
光り輝く星に導かれて、馬小屋で眠る赤ん坊を訪ねて行った者たち。羊飼いやら、遠い国でその星を見付けた三人の博士。
その時の星も超新星だろうと早い時代から言われていた。他にも超新星の記録は色々、日本でも日記に書き残していた貴族が一人。
遠い昔は、珍しかったスーパー・ノヴァ。
滅多に現れることが無いから、現れた時は観測のチャンス。宇宙の仕組みを調べようと挑んだ、宇宙へ目を向け始めた時代の人間たち。
その時代には、まだ人間は月までしか行っていなかったけれど。
今はお馴染みの火星でさえも、観測用の機械を載せている船を送り込むのが精一杯。それでも、超新星の仕組みだけはもう知っていた。
新しく生まれる星ではないと、星が最後に大爆発を起こして輝くのだと。
超新星が現れる理由を人間たちが掴んだ時代は、銀河系から離れた星を観測していた。超新星が現れたから、と天文台やら、宇宙から飛んでくる粒子を捉えるための施設を総動員して。
それが今では、超新星の出現を予測する時代。「其処は避けろ」と宇宙船などに予報まで。
(銀河系だけでも…)
何十年かに一度は現れる超新星。昔の人間が夜空を仰いだ頃には、それは珍しかったのに。
けれど「増えた」というわけではない。地球が浮かんでいるソル太陽系、其処からは星の爆発が見えなかっただけ。星間物質に邪魔されたりして。
今の時代は銀河系から離れた宇宙に行く船もあるから、超新星の爆発は生きている間に耳にするニュース。「爆発するから、撤退命令が出ているらしい」といった具合に。
その上、人間は誰もがミュウだし、寿命が長いものだから…。どんな人でも、一生の間に何度か出会う。運が良ければ、地球から見える超新星に出会える人も。
(超新星、何処かに出そうなの?)
もしかして地球から見えるのかな、と抱いた夢。自分が住んでいる地域の夜空に、じきに明るい新しい星が出来るとか。
(最初はとても明るくて…)
それが爆発した瞬間。何光年も離れた所で起こるのだから、地球の夜空に輝くまでには何年も。その星までの距離の分だけ、待たないと見られない超新星。
突然夜空に生まれた星は、少しずつ輝きを失っていって、やがて見えなくなるけれど。そういう星が出来るのだろうか、近い間に?
(ぼくが生まれる前の爆発なら…)
超新星のニュースを知るわけがないし、地球で見られるのは何年後なのかも知る筈がない。遠い何処かで爆発した星、それがもうすぐ見えますよ、という記事かと期待したのだけれど。
ワクワクしながら文字を追い掛けたけれど、残念なことにただの読み物。
どうして超新星と呼ぶのか、昔はどういう扱いだったか。
人間が地球しか知らなかった時代に、ついた名前が超新星。「新しい星だ」と思われていた頃、夜空を観察していた何人もの人たちへの思いをこめて。
遠い昔に、不吉な兆しだと思った人やら、素晴らしいことが起こると感激した人やら。超新星の仕組みを知らなかったから、いきなり生まれた星を見上げて、思いは色々。
ふうん、と読み終えて戻った二階の自分の部屋。空になったお皿やカップを母に返してから。
勉強机の前に座って、さっきの記事を思い返した。恒星の爆発で夜空に生まれる星。
ずいぶん昔から、人間はそれを眺めていた。古い時代の記録に残った、超新星。今は現れる前に予測可能な、スーパー・ノヴァ。
(地球の太陽は…)
あの記事によると、超新星にはなれないらしい。恒星はどれも太陽だけれど、種類は様々。同じ太陽でも違う大きさ、それに重量。
地球があるソル太陽系の場合は、大きいようでも恒星としては小さめになる。この地球からは、充分に明るく見えるのに。夏になったら、暑すぎるくらいに眩しいのに。
それでも恒星の中では小さめ、太陽が寿命を迎えた時には、重量不足で赤色巨星になるという。超新星になる星と同じに膨らんでゆくのだけれども、爆発はしない。
膨らんだ後は縮み始めて、うんと小さくなっておしまい。もう輝かない星になってしまって。
とはいえ、その日は遥か先のこと。太陽が生まれてから今までの年数、それと同じほどの歳月が流れ去らない限りは、寿命は来ない。
(まだまだ長持ち…)
たっぷりとある地球の太陽の寿命。何億年どころか、何十億年。
まるで想像もつかない年月、太陽は元気に輝き続ける。滅びを迎える日までは遠い。赤色巨星になってしまう日は、まだずっと先。
太陽がちゃんと空にあるなら、ハーレイと何度でも地球に来られる。この青い地球に。青く輝く澄んだ水の星、太陽が生んだ奇跡の星に。
(ハーレイと一緒に、うんと沢山…)
生まれ変わって地球にやって来ては、あれもこれも、と大きく膨らませる夢。
今の自分は前の自分が地球に描いた夢を端から叶えてゆくから、それで満足だろう人生。沢山の夢が地球で叶ったと、とても幸せな人生だったと。
(そうやってハーレイと生きてた間に、また新しい夢…)
きっと幾つも出来るだろうから、叶える前に寿命が尽きたら、次の人生で夢を叶える。また青い地球に生まれ変わって、ハーレイと出会って、結婚して。
うんと沢山楽しめるよ、と思った人生。何十億年もある太陽の寿命、その間には次のチャンスも何度でも。前とそっくりに育つ身体と新しい命、それを地球の上で貰って生きて。
今の自分たちの待ち時間はかなり長かったけれど、同じように待つことになったって。また青い地球に生まれるためには、同じくらい待つよう神様に言われても、大丈夫。
なんと言っても、太陽の寿命は何十億年もあるんだものね、と考えたけれど。何回だって地球に来られる、と夢を描いていたのだけれど。
(えっと…?)
その太陽がいつか滅びる時。寿命を迎えて膨らみ始めて、赤色巨星になってしまう時。
さっき新聞で読んだ記事では、この地球どころか、火星の軌道までが膨らみ続ける太陽の中に、すっかり飲まれるらしいから…。
(太陽に飲まれてしまうより前に、地球に住めなくなっちゃうよ…)
今でも暑く感じる太陽、それが膨らんで近くなったら。地球にどんどん近付いて来たら。
何十億年も先だけれども、いずれ滅びてしまう地球。
太陽が輝きを失うよりも前に、その熱で青い海を失い、陸地も焼かれて砂漠になる。緑の欠片も残らなくなって、やがて太陽に飲み込まれてゆく地球。膨らみ続ける赤色巨星に。
(大変…!)
無くなっちゃうんだ、と慌てた地球。前の自分が焦がれた星。今の自分が住んでいる星。
何度でも地球に来たいと思っているのに、何度でも来るつもりなのに。…その青い地球が消えてしまった時には、何処へ行けばいいというのだろう?
いつか太陽に飲み込まれる地球。その前に人が住めなくなる地球。太陽に全て焼き尽くされて。
そうなったならば、もはや何処にも無い地球。前の自分が焦がれ続けた青い星。
ハーレイと二人で生まれ変われる、この青い地球が無くなったなら…。
(ぼくたち、もう生まれ変わることは出来ないの…?)
生まれ変わる先が無いのだったら、そういうことになるかもしれない。
今の自分が地球に生まれてくるよりも前に、いただろう何処か。きっとハーレイと片時も離れず二人一緒で、生まれ変われる時を待っていた場所。
其処で永遠に足止めだろうか、生まれ変われないから出られなくなって。青い地球はもう消えてしまって、受け入れてくれはしないから。
そうなるのかも、と気付いたこと。何十億年も先だけれども、宇宙から青い地球が消えたら…。
生まれ変われる場所が無いから、ハーレイと二人で食らう足止め。其処から出られない何処か。
(うんと長いこと、其処にいたから…)
其処で過ごしていた筈だから、永遠に足止めになったとしたって、大丈夫だと思うのだけれど。天国かどうかは分からなくても、辛く苦しい所ではないと感じるけれど…。
(だけど、地球…)
前の自分があんなに焦がれた、青い地球が消えてしまったら。
今の自分も大好きな地球が、この美しい星が無くなったならば、どうすればいというのだろう?
行きたくても二度と行けない星。もうハーレイと生まれ変われない星。
そうなったら、とても困るんだけど、と思っていた所へ、チャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合うなり問い掛けた。
「あのね、ハーレイ…。地球が無くなったら、どうしたらいい?」
ねえ、どうしたらいいんだと思う、地球が無くなってしまったら…?
「はあ? 地球って…。此処にあるだろ?」
無くなっちまったのはずっと昔だ、人間が駄目にしちまって。…そいつが宇宙に戻ったから…。
もう滅びたりはしない筈だが、とハーレイは真っ当な意見を述べた。青い地球を二度と失わないよう、定められている幾つものこと。同じ過ちはもう繰り返すまい、と。
「そうなんだけど…。人間はちゃんと努力してるけど、そうじゃなくって…」
宇宙の法則は変えられないでしょ、人間がどんなに頑張ってみても。
新聞で読んだよ、超新星の爆発のこと。
地球の太陽は超新星にはならないけれども、いつか滅びてしまうんだもの…。
赤色巨星になってしまって、地球の軌道も飲み込んじゃうよ、と記事の中身を話したら。
「そりゃそうだろうな、太陽だって恒星だから」
何処の太陽でも寿命ってヤツはあるもんだ。もちろん、地球の太陽だって。
超新星爆発は引き起こさないが、いずれは寿命が来るってな。人間よりは遥かに長い寿命だが。
しかし、超新星爆発か…。前の俺だと、気を付けなければいけない代物だったが…。
今は気にさえせずに済むわけで、次に爆発しそうな星があるのは何処だったっけな?
まだ何年か先のことだし、注意するよう言われているだけの超新星の卵。
前に読んだが忘れちまった、とハーレイは至って呑気なもの。超新星の卵が爆発したって、今のハーレイには全く関係無いのだけれども、問題は地球の太陽のこと。
地球の太陽が寿命を迎えた時には、住める所が無くなるのに。青い地球の上に生まれたくても、地球は何処にも無いのだから。
「超新星の卵どころじゃないよ。ぼくたちの居場所、無くなるよ?」
無くなっちゃうよ、とハーレイの鳶色の瞳を見詰めた。「居場所が無くなるんだけど」と。
「居場所だって?」
俺たちのか、とハーレイは怪訝そうな顔。「此処にあるが?」と言わんばかりに。
「さっきも言ったよ、いつかは地球が無くなるんだ、って」
地球が無くなったら、ぼくたちは何処へ行ったらいいの?
無くなるまでなら、何度でも来られるだろうけど…。またハーレイと一緒に生まれ変わって。
だけど、この地球が無くなっちゃったら、もう行ける場所が無いんだよ?
ぼくたち、出られなくなってしまうの、死んだ後に行く所から…?
此処に来る前にいた所、と恋人にぶつけてみた疑問。地球にいない時は其処にいるだろうから。
「何を言ってるのかと思ったら…。そんなことを心配してたのか」
まだ当分は大丈夫そうだが、地球の太陽。…お前も俺も、地球を満喫出来ると思うぞ。
数え切れないほど生まれて来られそうだ、と心配してさえいないハーレイ。何十億年もあれば、何回ほど地球に来られるのだろう、と。
「でも、いつかは…。いつかは地球は無くなるんだよ?」
「いつのことだと思ってるんだ。そういう所は前のお前と変わらんな。心配性なトコ」
先へ先へと心配事を抱えなくても、案外、なんとかなるもんだ。お前は心配しすぎるんだな。
人生ってヤツは、どうとでもなる、とハーレイは本当に気にしていないようだから。
「そうなの? …ホントに、そんなものなの?」
ぼくは心配でたまらないのに、ハーレイは何とかなるって言うの…?
「そう思うが? …前のお前もミュウの未来を心配してたが、アッと言う間に片付いたろうが」
ジョミーを迎えて、たった一代で全部解決しちまった。
前のお前が山ほど抱えて、どうなるのかと心配していた未来は全部。
あんな展開は誰だって予想もしていなかったぞ、とハーレイが指摘する通り。
SD体制を終わらせるのも、ミュウと人類が共存できる世界を作るのも、自分の代では無理だと気付いた前の自分は…。
(そんな日が来るのは、何百年先か分かりやしない、って…)
思っていたのに、ジョミーを見付けた。人類の強さをも秘めたミュウの少年。もしかしたら、と抱いた夢。ジョミーならば自分の夢を叶えてくれるかもしれない、と。
(…ジョミーの代では無理だとしたって、シャングリラは守ってくれるよね、って…)
そう思って自分の意志を託した後継者。次のソルジャーに指名したジョミー。
明るい金髪と緑の瞳を持ったジョミーは、前の自分の期待以上のことを成し遂げてくれた。彼の代で地球まで辿り着いた上に、SD体制までをも崩壊させた。
前の自分は、それを見届けられなかったけれど。…ジョミーも命を失ったけれど。
「あれと同じだ、なんとかなるさ」
お前がジョミーを見付けたみたいに、きっと心配要らんと思うぞ。今から心配しなくても。
ずっと未来に、地球が無くなっちまったって。
もう一度くらいは行けるだろう、と思っていたのに、太陽の寿命が来ちまってもな。
太陽にすっかり飲み込まれる前に、焼かれて乾いちまうんだろうが…、とハーレイが言う地球。遠い未来に海を失い、灼熱の星になってしまうだろう地球。
せっかく青く蘇ったのに、地球を守ろうと人間が努力したのに、その甲斐もなく。
人の力ではどうしようもない、宇宙の摂理に逆らえなくて。
「…なんとかなるって言うけれど…。心配しすぎだって言われても…」
ホントのことだよ、いつかは地球が消えてしまうのは。
どんどん膨らむ太陽のせいで、人が住めない星になってから滅びちゃうのは。…真っ赤に焼けた地面も海も、全部太陽に飲み込まれて。
それは止めようが無いことなんだよ、誰にも止めることなんて無理。
ぼくもハーレイも、二度と地球には行けないんだから。…どんなに地球に生まれたくても。
今みたいに地球で暮らしたくても、その地球、何処にも無いんだから…。
ハーレイもぼくも出られないんだよ、死んだ後に帰って行く所から…。
其処が何処かは知らないけれど…、と縋るような目で訴えた。前の自分が命尽きた後、魂だけが飛び去った何処か。前のハーレイが来るのを待っていた場所。
今の自分たちの命が終われば、きっと其処へと帰るのだけれど。…またハーレイと二人で地球に来られるまで、其処で過ごすのだろうけれども。
「…地球が無くなったら、ぼくたち、出られなくなっちゃうよ…?」
出られなくなっても大丈夫だって言うの、天国みたいな所から…?
命も身体も持っていなくて、魂だけで住んでいる所から。
ハーレイと一緒なら寂しくないけど、もう新しい身体も命も貰えないんだよ?
今みたいに生きているんだったら、色々なことが出来るけど…。地球の空気も吸えるけど…。
そういうのも全部無くなっちゃうよ、と心配でたまらない未来のこと。地球の太陽が赤色巨星になってゆく時。地球を滅びに巻き込みながら、星の終わりを迎える時。
「全部無くなっちまうってか? そう思うのも無理はないんだが…」
お前は前から心配性だし、其処に気付いたら、どんどん心配になってゆくのも分かるがな…。
なあに、今から心配していなくてもだ、神様って方がいらっしゃる。
お前に聖痕を下さった神様、いらっしゃるのは分かるだろう?
俺たちをこうして生まれ変わらせて、ちゃんと出会わせて下さったのが神様だ。
その神様が放っておいたりはなさらないだろうさ、地球って星を。
人間は地球から生まれたんだし、この地球だって、神様がお創りになった星だと思わんか?
そいつが滅びてゆくというのに、黙って放っておかれるわけがない、とハーレイは神様の助けを信じているけれど。その神様を疑うわけではないけれど…。
(…いくら神様でも、宇宙の決まりを変えることなんて…)
出来ないのでは、という気がする。人間ではなくて神だからこそ、それは無理だと。
かつて人間は地球を壊したけれども、神は青い地球を返してくれた。もう一度、人が地球の上でやり直せるように。地球と共に生きてゆけるようにと。
けれど、そうなる前は死の星だった地球。人間が好き放題をやった挙句に滅ぼした星。
人間がその手で滅ぼした地球を、神は救いはしなかった。人間が地球を求めるまで。人間の手で地球を蘇らせようと敷いたSD体制、それを自ら覆すまで。
神が守るのは宇宙の摂理。人間の都合で変えようとしても、けして変えられはしないもの。
青い地球を人間に返した神だけれども、その地球が太陽と共に滅びるなら、神は救いはしないと思う。太陽が寿命を迎えるように、地球の滅びも寿命だから。
火星の軌道まで膨らむらしい赤色巨星に飲まれてゆくのが、宇宙が定めた地球の最期だから。
「…神様が地球を助けてくれるっていうの?」
地球の太陽が滅びてしまうのに、どうやって地球を助けられるの?
そんなの無理だよ、神様でも無理。…ううん、神様だから無理だと思う。
神様は奇跡を起こすけれども、地球の太陽が滅びるのは宇宙の決まりだから…。それを変えたら神様じゃないような気がするよ。
人間が地球を滅ぼした後に、SD体制を敷いたのと同じ。…ユグドラシルまで造っていたけど、何も変えられなかったじゃない。人間の自分勝手なやり方では。
神様だって、きっとおんなじ…。どんなに人間がお願いしたって、宇宙の決まりは変えないよ。ハーレイはそう思わない…?
神様はきっと、地球を助けてくれないよ…、と恋人に向かってぶつけた思い。いくら神様でも、太陽もろとも滅びゆく地球は、黙って見ているだけだろうから。
「俺だってそれは分かっているさ。地球だけが助かる道なんて無いということは」
地球があるのは、あの太陽のお蔭だからな。…ソル太陽系だったからこそ、地球が生まれた。
他の恒星には作り出せなかった、奇跡の星が地球なんだ。前のお前が憧れた星。
太陽無しでは、青い地球は決して生まれて来ないし、存在することも出来やしない。
だから太陽が滅びる時には、地球も一緒に滅んでゆくのが正しい道だ。太陽から生まれた地球の寿命も、其処で終わるというわけだな。
だが、今の時代でも見付かっちゃいない、第二の地球。…この地球と双子のような星。
その頃までにはきっと見付かる、神様が教えて下さる筈だ。それが必要な時になったら。
俺が言う神様の助けってヤツはそいつだ、とハーレイが挙げた新しい地球。本物の地球が滅びてゆく時、何処かで見付かるだろう星。
前の自分たちが生きた時代にも、人類はそれを探していた。探して、見付けられないまま。
ミュウの時代になり、青い地球が宇宙に蘇って来ても、まだ人間は探し続けている。今は純粋な興味だけで。「地球と同じような星はあるのか」と、「奇跡の星を見付けてみたい」と。
気が遠くなるような長い年月、探し続けても見付からない星。地球に似た星。
本物の地球が滅びる時には、その星がきっとあるのだろう、とハーレイは笑んだ。
「神様は地球で暮らしている人間を、お見捨てになることはない筈だ。きっと見付かる」
第二の地球と呼べるような星が、宇宙の何処かで。…人間が頑張って探し続けていれば。
銀河系の中じゃないかもしれんがなあ…。
かなり昔から探し続けて、大抵の場所は探し尽くしているようだから。
それでも何処かにきっとあるさ、とハーレイが見ている遠い未来の第二の地球。滅びゆく地球の代わりのように、何処かで見付かるだろう星。
「地球そっくりの星が見付かるの?」
それが神様の助けだって言うの、地球の代わりに新しい星…。地球じゃない星。
ぼくもハーレイも其処に行くことになるの、地球が無くなっちゃった時には?
地球とは違う星なんだけど…、と少し寂しい。前の自分が焦がれ続けて、今の自分も何処よりも好きだと思う地球。其処を離れて、別の星に行かねばならない時が来るのか、と。
「お前の気持ちは俺にも分かるが…。本物の地球が一番なのは、俺も同じではあるんだが…」
考えてもみろよ、今の地球だって、実は似たようなモンだってな。第二の地球っていうヤツと。
地球の座標と、ソル太陽系の惑星無しでだ、昔の人間が今のこの地球を見たならば…。
これが地球だと気付くと思うか、青い星には違いないがな。
地球とそっくり同じサイズだというだけの星だぞ、今の俺たちが住んでる地球は。
大陸も海も、形がすっかり違うんだから。…SD体制が始まった時代にあった地球とは。
前の俺が見た地球とも違うな、とハーレイが軽く広げた手。「あれは死の星だったがな」と。
けれど、生き物は何も棲めない星でも、地球の地形はかつてと同じだったという。大陸も海も、人間が地球を離れた時と同じまま。「地球だ」と思わざるを得なかった星。其処に生命の欠片さえ無くても、汚染された海と乾いた砂漠が広がる星でも。
「そういえば、そうかも…」
昔の人たちが宇宙から今の地球を見たって、同じ星だとは気が付かないよね。
青くて地球に良く似ているけど、別の星にしか見えないんだっけ…。
海も大陸も、昔の地球とは違うから。比べてみたって、何処も重ならないんだから。
昔の人たちに見せてあげたら、「地球にそっくりの星を見付けた」って思うよね、きっと…。
今の地球はそういう星だったっけ、と改めて思う蘇った地球。青く輝く水の星。
SD体制が崩壊した時に引き起こされた、地球全体が燃え上がるほどの地殻変動。激しい地震や火山の噴火で、すっかり変わってしまった地形。大陸も海も、何もかもが。
そうやって全てが失われた後、青い地球が宇宙に戻って来た。前とは全く違う姿で、前と同じに水の星として。今の地球でも、地表の七割は海に覆われているのだから。
「分かったか? まるで別物になっちまったのが今の地球だな」
其処でのんびり生きてるんだし、新しい地球に引越す時が来たって、直ぐに慣れるさ。
本物の地球を懐かしく思い出すことがあったとしたって、悲しい気持ちにはならないだろう。
今みたいに生まれて来ることが出来て、新しい命を貰えるんなら。
それにだ、今の地球の姿ってヤツを思えば、これからも地球は変わってゆきそうだよな?
俺たちが次にやって来る時は、陸地の形が違っているかもしれないぞ。
丸ごと変わりはしないだろうが、一部くらいなら有り得るよな、というのがハーレイの読み。
また新しい身体と命を貰えるまでには、長い時間が必要なのかもしれないから。今の自分たちが待っていたのと同じくらいに、待たされることも起こり得るから。
「うーん…。陸地の形が変わっちゃうほど、うんと先のことになっちゃうの?」
次にハーレイと地球に来るのが、そんなに遠い未来だったら…。
そしたら、文化も変わっちゃうかな?
今の間に色々約束したって、それが無くなっちゃっているとか…。
次も日本の文化がいいよね、って思っていたって、お寿司も天麩羅も、もう無いだとか…。
旅行に行こうと思っていた場所の文化も変わっちゃったりしてるのかも、と心配な気分。
前の自分が地球でやりたいと描いた夢は、今の人生で叶いそうなのに。…より素敵になった形で叶う筈なのに、今の自分が夢を見たって、次の人生では叶わないのだろうか…?
「どうなんだかなあ、文化ってヤツは…」
今の文化はSD体制が始まるよりもずっと昔の、色々な地域の文化を復活させてるわけだし…。
そういうやり方がいいと思ってやってるわけだし、今の文化を貫きそうな気もするが…。
時代に合わせて変わりはしたって、基本の部分は変えないままで。
この地球がいい、と誰もが思っているんだから。文化も、それに生き方もな。
どんなに時が流れようとも、そうそう変わりはしないだろう、とハーレイは微笑む。次に二人で地球に来る時も、きっと似たような世界だろうと。
「少しばかり地形が変わっていたって、暮らしている人間は同じじゃないか?」
もちろん顔ぶれは変わる筈だが、それでも同じに今の平和な世界のままで。
…前の俺たちが生きてた時代みたいな世界に、逆戻りしちまうわけがないからな。
今の平和と青い地球とを大切に守って、みんなのんびり地球の上で生きているんだろう。他所の星でも、きっと幸せに。…地球が宇宙の中心で。
「変わらないといいな、今の地球…」
次に来る時も同じだといいな、色々なものが。…いろんな地域も、今の文化も。
やりたいことが山ほどあるもの、これからだって増えていくんだよ。
前のぼくたちの夢を叶えてゆくのが一番だけれど、今のぼくたちの夢も一杯出来るだろうから。
生きてる間に全部叶っても、次もやりたいことが沢山。「また来ようね」っていう約束だとか。
次に来た時も、思い出の場所に行ったりしてみたいよね、と強請ってみた。これからハーレイと行くだろう場所、其処がお気に入りになったなら。何度も行きたい土地になったら。
「そういうのもいいなあ、今の俺たちは、前の俺たちの憧れの場所を目指すんだが…」
其処が気に入りになることもあれば、今の俺たちが旅に出掛けて、気に入る場所もあるだろう。
美味い料理があった場所やら、綺麗な景色に出会った場所やら。
思い出はきちんと取っておこうな、次に来た時も、忘れずに二人で出掛けて行けるように。
俺だって今の地球が好きだからなあ、このまま変わらずにいて欲しいトコだな、この星には。
前の俺が生きてた時代なんかより、断然いいのが今なんだから。
そしてだ、そう思って今の時代を築いているのが、俺たちミュウって種族なわけで…。
キースの野郎が最後に認めた進化の必然、それに相応しく進化したよな。
すっかり丈夫になっちまって…、とハーレイが言うから、「ホントだよね」と頷いた。
今の自分は前と同じに弱いけれども、今の時代は同じミュウでも健康なのが普通だから。かつて人類がそうだったように、健康な身体を持っているから。
前の自分たちが生きた時代は、ミュウは「何処かが欠けている」のが殆どのケースだったのに。頑丈だった前のハーレイでさえも、補聴器が必要だったのに…。
変わったよね、と思うミュウという種族。サイオンを使わないのが社会のマナーだとか、本当に面白い時代。前の自分には、想像すらも出来なかった世界が今の時代。それに青い地球。
「今のぼく、ホントに幸せだよ。ミュウばかりになった世界に来られて」
おまけに地球だよ、本物の青い地球の上に住んでいるなんて…。
地球の太陽はまだまだ沢山寿命があるから、ハーレイと何度でも地球に来ようね。
絶対だよ、と鳶色の瞳を覗き込んだら、「もちろんだ」と頼もしい返事。
「お前と何度も地球に来ないとな、前の俺たちが憧れ続けた星なんだから」
ミュウはこれからも進化し続けてゆくんだろうし、地球と一緒に生きるんだろうが…。
お前が心配している頃には、どんな感じになってるやらなあ…。
あの太陽が滅びようかってほどの遠い未来だ、進化したミュウはどういう姿なんだか…。
なにしろ、人間ってヤツは元が猿だしな、とハーレイが考え込んでいるから。
「…ミュウが進化して、違う姿になっていったら…。今の人間の先へ進んじゃったら…」
ぼくたちの姿も変わってしまうの、其処に生まれて来るんだから。
進化した人間の子供なんだもの、ぼくの姿も変わっちゃう…?
前のぼくとは違う姿になっちゃうだとか…、と見詰めた自分の細っこい手足。いつか育ったら、前の自分とそっくり同じになる筈だけれど。…今の自分はそうだけれども、未来の自分。
地球の太陽が滅びる頃には、自分の姿は今とは違っているのだろうか…?
「お前が別の姿にか…。人間が違う姿になっているなら、無いとは言えんが…」
その方がむしろ自然なんだが、俺の目に映るお前の姿は、ずっとお前のままだろう。
チビの間は今のお前みたいな姿で、育てばソルジャー・ブルーになって。
そんな気がするな、俺の目にはそう見えるんだ、と。
お前が何に生まれて来たって、俺はお前に恋をする、って何度も言っているだろう?
小鳥だろうが、子猫だろうが、必ず見付けて恋をするとな。
ミュウがこれから進化していって、違う姿のお前が地球に生まれて来ても…。
何に生まれてもお前はお前で、人間の姿が変わっちまっても、俺にとってはお前のままだ。
赤い瞳で銀色の髪で、抜けるように白い肌のアルビノ。
そんなトコまで変わらんだろうな、俺の目に映るお前はな…。
お前がどんな姿になっても、お前は変わらずに俺のブルーだ、とハーレイが信じる自分の瞳。
その瞳の色が、形が姿ごと変わってしまったとしても、ハーレイなら見付けてくれるのだろう。今と全く同じ自分を、何処も変わっていない姿で。…今の姿とそっくり同じに映し出して。
ハーレイの瞳がそうだと言うなら、自分の方でも同じこと。ハーレイの姿がどう変わったって、瞳に映って見える姿は今のハーレイと何処も違わない。
「ぼくもハーレイはハーレイなんだと思うよ、いつまで経っても」
人間の姿が変わっちゃっても、ハーレイはハーレイに見えると思う。…ぼくの目にはね。
他の人が見たら、違う姿でも。今のハーレイとは違っていても。
それでもハーレイに見える筈だよ、と確信できる自分の瞳。ハーレイと一緒に生まれ変わって、出会い続けるなら、そうなるから。…きっとハーレイの姿が見える筈だから。
「ほらな、お前もそういう気がするだろう?」
俺とお前は何処までも一緒だ、何度も生まれ変わっても。…人間の姿が変わっちまっても。
だから、俺たちさえ、お互いをきちんと見ていれば…。手を離さないで一緒にいれば…。
地球が滅びてしまったとしても、神様が引越しさせて下さるさ。新しい地球へ。
きっとその頃には見付かってる筈の、誰もが好きになる第二の地球にな。
お前も俺も其処へ行くんだ、とハーレイが話してくれる地球。いつか太陽が寿命を迎えて、今の地球うが滅びてしまう時。…その時は新しい地球に行ける、と。
「本当に?」
ちゃんと行けるの、地球が太陽に飲まれて無くなっちゃっても、新しい地球に?
ぼくたちは其処に引越し出来るの、今の青い地球が消えちゃっても…?
大丈夫かな、と首を傾げたけれども、ハーレイに覗き込まれた瞳。「お前なあ…」と。
「お前、神様を疑うっていうのか、引越しなんかさせて下さらないと?」
俺たちがずっと一緒にいたって、もう新しい地球に生まれ変わらせては下さらない、と。
神様はケチな方ではないと思うがなあ…。「新しい地球には行かせてやらない」と仰るような、心の狭い方ではないと思うんだが…?
「疑ってないよ、ちょっぴり心配になっただけ…」
本当にほんのちょっぴりだけだよ、ぼくは聖痕を貰っているものね。
神様のお蔭でハーレイに会えて、今はとっても幸せだから…。
ハーレイが「行けるさ」と言ってくれるのが、新しい地球。いつか太陽が寿命を迎えた時は。
地球の軌道も飲み込んでしまって、青い地球が消えてしまった時には。
「…いつかハーレイと一緒に行けるね、新しい地球へ」
地球が無くなっちゃった時にも、太陽が地球に近付きすぎて、地球に住めなくなった時にも。
神様の力で引越しなんだね、新しい地球にハーレイと生まれ変われるように。
ハーレイも来てくれるんだよね、と念を押さずにはいられない。自分一人が新しい地球に引越ししたって、意味が無いから。…ハーレイと二人で行きたいのだから。
「当然だろうが、一緒でなくてどうするんだ」
俺はお前を離しやしないし、お前の側を離れやしない。…生まれ変わって出会った時にも、二人一緒に生まれ変われるのを待っている時も。
地球が滅びてしまうどころか、たとえ宇宙が終わってもだな…。
何処までも俺はお前と一緒にいよう、と約束して貰えたから、いつまでも一緒なのだろう。遠く遥かな未来に地球が滅びても。…太陽に飲まれて消えてしまって、新しい地球に行く時にも。
けれど、そうなる時までは…。
「ねえ、ハーレイ。地球が無くなっちゃうまでは…」
太陽の寿命が終わるまでには、何度でも地球に生まれて来ようね。ハーレイと二人で何度でも。
ぼくは青い地球が前のぼくだった頃から好きだったんだし、今も大好きなんだから。
約束だよ、と小指を絡めようとしたら、「こら」と弾かれてしまった手。
「ずいぶんと気の早いヤツだな。お前の人生、これからだろうが」
まずは一度目を満喫しろよ、と小突かれた額。「次の約束まで焦るんじゃない」と。
「分かってるけど、地球でやりたいことが一杯…」
前のぼくたちの夢もそうだし、今のぼくのも。ハーレイと一緒にやりたいことが。
ホントに山ほど、と指切りの約束をしておきたいのに、ハーレイは絡めてくれない小指。
「俺も同じだ。だがな…。大きくなるのはゆっくりだぞ?」
そっちの方も慌てるな、と釘を刺されたから、ゆっくり育とう。子供時代を楽しむために。
いつかこの地球が消えてしまっても、ハーレイとずっと一緒だから。
宇宙が無くなっても一緒なのだし、いつまでも何処までも、けして離れはしないのだから…。
地球の太陽・了
※いつかは滅びる、地球の太陽。その運命は神にも変えることは出来ず、地球も道連れ。
けれども、地球が無くなった後も、ハーレイとブルーは、きっと離れずに生きてゆくのです。
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あったっけね、とブルーが眺めた新聞記事。学校から帰って、おやつの時間に。
超新星、いわゆるスーパー・ノヴァ。寿命を迎えた恒星が最後に起こす爆発。一つの星が起こす大爆発だし、人間が思う「爆発」とは違いすぎるスケール。規模も、衝撃などが広がる範囲も。
今の時代は予測可能で、出現前に避けることが出来る、超新星が現れる宙域。
爆発したなら、宇宙船などには危険だから。爆発に巻き込まれることはもちろん、他にも様々な障害が起きる。通信が繋がらなくなってしまうとか、機器に故障が出るだとか。
そうならないように、避けて飛ぶよう出される指示。影響が出そうな範囲に資源採掘基地などがあれば、撤退させる命令だって。一時退避や、場合によっては基地の放棄も。
(前のぼくたちが生きた頃にも…)
出現の予測は可能だったけれど、それよりも遥か昔のこと。
人間が地球しか知らなかった時代、宇宙の仕組みもまるで分かっていなかった頃。太陽は地球の周りを回っていると信じて疑わなかった時代は、予測どころか星の爆発だとも思わなかった。
ある日いきなり夜空に明るい星が現れるから、新しい星だと思った人間。
前の自分たちが生きた時代にも残った唯一の神が、ベツレヘムの馬小屋で生まれた時にも…。
(夜空に星が現れた、って…)
光り輝く星に導かれて、馬小屋で眠る赤ん坊を訪ねて行った者たち。羊飼いやら、遠い国でその星を見付けた三人の博士。
その時の星も超新星だろうと早い時代から言われていた。他にも超新星の記録は色々、日本でも日記に書き残していた貴族が一人。
遠い昔は、珍しかったスーパー・ノヴァ。
滅多に現れることが無いから、現れた時は観測のチャンス。宇宙の仕組みを調べようと挑んだ、宇宙へ目を向け始めた時代の人間たち。
その時代には、まだ人間は月までしか行っていなかったけれど。
今はお馴染みの火星でさえも、観測用の機械を載せている船を送り込むのが精一杯。それでも、超新星の仕組みだけはもう知っていた。
新しく生まれる星ではないと、星が最後に大爆発を起こして輝くのだと。
超新星が現れる理由を人間たちが掴んだ時代は、銀河系から離れた星を観測していた。超新星が現れたから、と天文台やら、宇宙から飛んでくる粒子を捉えるための施設を総動員して。
それが今では、超新星の出現を予測する時代。「其処は避けろ」と宇宙船などに予報まで。
(銀河系だけでも…)
何十年かに一度は現れる超新星。昔の人間が夜空を仰いだ頃には、それは珍しかったのに。
けれど「増えた」というわけではない。地球が浮かんでいるソル太陽系、其処からは星の爆発が見えなかっただけ。星間物質に邪魔されたりして。
今の時代は銀河系から離れた宇宙に行く船もあるから、超新星の爆発は生きている間に耳にするニュース。「爆発するから、撤退命令が出ているらしい」といった具合に。
その上、人間は誰もがミュウだし、寿命が長いものだから…。どんな人でも、一生の間に何度か出会う。運が良ければ、地球から見える超新星に出会える人も。
(超新星、何処かに出そうなの?)
もしかして地球から見えるのかな、と抱いた夢。自分が住んでいる地域の夜空に、じきに明るい新しい星が出来るとか。
(最初はとても明るくて…)
それが爆発した瞬間。何光年も離れた所で起こるのだから、地球の夜空に輝くまでには何年も。その星までの距離の分だけ、待たないと見られない超新星。
突然夜空に生まれた星は、少しずつ輝きを失っていって、やがて見えなくなるけれど。そういう星が出来るのだろうか、近い間に?
(ぼくが生まれる前の爆発なら…)
超新星のニュースを知るわけがないし、地球で見られるのは何年後なのかも知る筈がない。遠い何処かで爆発した星、それがもうすぐ見えますよ、という記事かと期待したのだけれど。
ワクワクしながら文字を追い掛けたけれど、残念なことにただの読み物。
どうして超新星と呼ぶのか、昔はどういう扱いだったか。
人間が地球しか知らなかった時代に、ついた名前が超新星。「新しい星だ」と思われていた頃、夜空を観察していた何人もの人たちへの思いをこめて。
遠い昔に、不吉な兆しだと思った人やら、素晴らしいことが起こると感激した人やら。超新星の仕組みを知らなかったから、いきなり生まれた星を見上げて、思いは色々。
ふうん、と読み終えて戻った二階の自分の部屋。空になったお皿やカップを母に返してから。
勉強机の前に座って、さっきの記事を思い返した。恒星の爆発で夜空に生まれる星。
ずいぶん昔から、人間はそれを眺めていた。古い時代の記録に残った、超新星。今は現れる前に予測可能な、スーパー・ノヴァ。
(地球の太陽は…)
あの記事によると、超新星にはなれないらしい。恒星はどれも太陽だけれど、種類は様々。同じ太陽でも違う大きさ、それに重量。
地球があるソル太陽系の場合は、大きいようでも恒星としては小さめになる。この地球からは、充分に明るく見えるのに。夏になったら、暑すぎるくらいに眩しいのに。
それでも恒星の中では小さめ、太陽が寿命を迎えた時には、重量不足で赤色巨星になるという。超新星になる星と同じに膨らんでゆくのだけれども、爆発はしない。
膨らんだ後は縮み始めて、うんと小さくなっておしまい。もう輝かない星になってしまって。
とはいえ、その日は遥か先のこと。太陽が生まれてから今までの年数、それと同じほどの歳月が流れ去らない限りは、寿命は来ない。
(まだまだ長持ち…)
たっぷりとある地球の太陽の寿命。何億年どころか、何十億年。
まるで想像もつかない年月、太陽は元気に輝き続ける。滅びを迎える日までは遠い。赤色巨星になってしまう日は、まだずっと先。
太陽がちゃんと空にあるなら、ハーレイと何度でも地球に来られる。この青い地球に。青く輝く澄んだ水の星、太陽が生んだ奇跡の星に。
(ハーレイと一緒に、うんと沢山…)
生まれ変わって地球にやって来ては、あれもこれも、と大きく膨らませる夢。
今の自分は前の自分が地球に描いた夢を端から叶えてゆくから、それで満足だろう人生。沢山の夢が地球で叶ったと、とても幸せな人生だったと。
(そうやってハーレイと生きてた間に、また新しい夢…)
きっと幾つも出来るだろうから、叶える前に寿命が尽きたら、次の人生で夢を叶える。また青い地球に生まれ変わって、ハーレイと出会って、結婚して。
うんと沢山楽しめるよ、と思った人生。何十億年もある太陽の寿命、その間には次のチャンスも何度でも。前とそっくりに育つ身体と新しい命、それを地球の上で貰って生きて。
今の自分たちの待ち時間はかなり長かったけれど、同じように待つことになったって。また青い地球に生まれるためには、同じくらい待つよう神様に言われても、大丈夫。
なんと言っても、太陽の寿命は何十億年もあるんだものね、と考えたけれど。何回だって地球に来られる、と夢を描いていたのだけれど。
(えっと…?)
その太陽がいつか滅びる時。寿命を迎えて膨らみ始めて、赤色巨星になってしまう時。
さっき新聞で読んだ記事では、この地球どころか、火星の軌道までが膨らみ続ける太陽の中に、すっかり飲まれるらしいから…。
(太陽に飲まれてしまうより前に、地球に住めなくなっちゃうよ…)
今でも暑く感じる太陽、それが膨らんで近くなったら。地球にどんどん近付いて来たら。
何十億年も先だけれども、いずれ滅びてしまう地球。
太陽が輝きを失うよりも前に、その熱で青い海を失い、陸地も焼かれて砂漠になる。緑の欠片も残らなくなって、やがて太陽に飲み込まれてゆく地球。膨らみ続ける赤色巨星に。
(大変…!)
無くなっちゃうんだ、と慌てた地球。前の自分が焦がれた星。今の自分が住んでいる星。
何度でも地球に来たいと思っているのに、何度でも来るつもりなのに。…その青い地球が消えてしまった時には、何処へ行けばいいというのだろう?
いつか太陽に飲み込まれる地球。その前に人が住めなくなる地球。太陽に全て焼き尽くされて。
そうなったならば、もはや何処にも無い地球。前の自分が焦がれ続けた青い星。
ハーレイと二人で生まれ変われる、この青い地球が無くなったなら…。
(ぼくたち、もう生まれ変わることは出来ないの…?)
生まれ変わる先が無いのだったら、そういうことになるかもしれない。
今の自分が地球に生まれてくるよりも前に、いただろう何処か。きっとハーレイと片時も離れず二人一緒で、生まれ変われる時を待っていた場所。
其処で永遠に足止めだろうか、生まれ変われないから出られなくなって。青い地球はもう消えてしまって、受け入れてくれはしないから。
そうなるのかも、と気付いたこと。何十億年も先だけれども、宇宙から青い地球が消えたら…。
生まれ変われる場所が無いから、ハーレイと二人で食らう足止め。其処から出られない何処か。
(うんと長いこと、其処にいたから…)
其処で過ごしていた筈だから、永遠に足止めになったとしたって、大丈夫だと思うのだけれど。天国かどうかは分からなくても、辛く苦しい所ではないと感じるけれど…。
(だけど、地球…)
前の自分があんなに焦がれた、青い地球が消えてしまったら。
今の自分も大好きな地球が、この美しい星が無くなったならば、どうすればいというのだろう?
行きたくても二度と行けない星。もうハーレイと生まれ変われない星。
そうなったら、とても困るんだけど、と思っていた所へ、チャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合うなり問い掛けた。
「あのね、ハーレイ…。地球が無くなったら、どうしたらいい?」
ねえ、どうしたらいいんだと思う、地球が無くなってしまったら…?
「はあ? 地球って…。此処にあるだろ?」
無くなっちまったのはずっと昔だ、人間が駄目にしちまって。…そいつが宇宙に戻ったから…。
もう滅びたりはしない筈だが、とハーレイは真っ当な意見を述べた。青い地球を二度と失わないよう、定められている幾つものこと。同じ過ちはもう繰り返すまい、と。
「そうなんだけど…。人間はちゃんと努力してるけど、そうじゃなくって…」
宇宙の法則は変えられないでしょ、人間がどんなに頑張ってみても。
新聞で読んだよ、超新星の爆発のこと。
地球の太陽は超新星にはならないけれども、いつか滅びてしまうんだもの…。
赤色巨星になってしまって、地球の軌道も飲み込んじゃうよ、と記事の中身を話したら。
「そりゃそうだろうな、太陽だって恒星だから」
何処の太陽でも寿命ってヤツはあるもんだ。もちろん、地球の太陽だって。
超新星爆発は引き起こさないが、いずれは寿命が来るってな。人間よりは遥かに長い寿命だが。
しかし、超新星爆発か…。前の俺だと、気を付けなければいけない代物だったが…。
今は気にさえせずに済むわけで、次に爆発しそうな星があるのは何処だったっけな?
まだ何年か先のことだし、注意するよう言われているだけの超新星の卵。
前に読んだが忘れちまった、とハーレイは至って呑気なもの。超新星の卵が爆発したって、今のハーレイには全く関係無いのだけれども、問題は地球の太陽のこと。
地球の太陽が寿命を迎えた時には、住める所が無くなるのに。青い地球の上に生まれたくても、地球は何処にも無いのだから。
「超新星の卵どころじゃないよ。ぼくたちの居場所、無くなるよ?」
無くなっちゃうよ、とハーレイの鳶色の瞳を見詰めた。「居場所が無くなるんだけど」と。
「居場所だって?」
俺たちのか、とハーレイは怪訝そうな顔。「此処にあるが?」と言わんばかりに。
「さっきも言ったよ、いつかは地球が無くなるんだ、って」
地球が無くなったら、ぼくたちは何処へ行ったらいいの?
無くなるまでなら、何度でも来られるだろうけど…。またハーレイと一緒に生まれ変わって。
だけど、この地球が無くなっちゃったら、もう行ける場所が無いんだよ?
ぼくたち、出られなくなってしまうの、死んだ後に行く所から…?
此処に来る前にいた所、と恋人にぶつけてみた疑問。地球にいない時は其処にいるだろうから。
「何を言ってるのかと思ったら…。そんなことを心配してたのか」
まだ当分は大丈夫そうだが、地球の太陽。…お前も俺も、地球を満喫出来ると思うぞ。
数え切れないほど生まれて来られそうだ、と心配してさえいないハーレイ。何十億年もあれば、何回ほど地球に来られるのだろう、と。
「でも、いつかは…。いつかは地球は無くなるんだよ?」
「いつのことだと思ってるんだ。そういう所は前のお前と変わらんな。心配性なトコ」
先へ先へと心配事を抱えなくても、案外、なんとかなるもんだ。お前は心配しすぎるんだな。
人生ってヤツは、どうとでもなる、とハーレイは本当に気にしていないようだから。
「そうなの? …ホントに、そんなものなの?」
ぼくは心配でたまらないのに、ハーレイは何とかなるって言うの…?
「そう思うが? …前のお前もミュウの未来を心配してたが、アッと言う間に片付いたろうが」
ジョミーを迎えて、たった一代で全部解決しちまった。
前のお前が山ほど抱えて、どうなるのかと心配していた未来は全部。
あんな展開は誰だって予想もしていなかったぞ、とハーレイが指摘する通り。
SD体制を終わらせるのも、ミュウと人類が共存できる世界を作るのも、自分の代では無理だと気付いた前の自分は…。
(そんな日が来るのは、何百年先か分かりやしない、って…)
思っていたのに、ジョミーを見付けた。人類の強さをも秘めたミュウの少年。もしかしたら、と抱いた夢。ジョミーならば自分の夢を叶えてくれるかもしれない、と。
(…ジョミーの代では無理だとしたって、シャングリラは守ってくれるよね、って…)
そう思って自分の意志を託した後継者。次のソルジャーに指名したジョミー。
明るい金髪と緑の瞳を持ったジョミーは、前の自分の期待以上のことを成し遂げてくれた。彼の代で地球まで辿り着いた上に、SD体制までをも崩壊させた。
前の自分は、それを見届けられなかったけれど。…ジョミーも命を失ったけれど。
「あれと同じだ、なんとかなるさ」
お前がジョミーを見付けたみたいに、きっと心配要らんと思うぞ。今から心配しなくても。
ずっと未来に、地球が無くなっちまったって。
もう一度くらいは行けるだろう、と思っていたのに、太陽の寿命が来ちまってもな。
太陽にすっかり飲み込まれる前に、焼かれて乾いちまうんだろうが…、とハーレイが言う地球。遠い未来に海を失い、灼熱の星になってしまうだろう地球。
せっかく青く蘇ったのに、地球を守ろうと人間が努力したのに、その甲斐もなく。
人の力ではどうしようもない、宇宙の摂理に逆らえなくて。
「…なんとかなるって言うけれど…。心配しすぎだって言われても…」
ホントのことだよ、いつかは地球が消えてしまうのは。
どんどん膨らむ太陽のせいで、人が住めない星になってから滅びちゃうのは。…真っ赤に焼けた地面も海も、全部太陽に飲み込まれて。
それは止めようが無いことなんだよ、誰にも止めることなんて無理。
ぼくもハーレイも、二度と地球には行けないんだから。…どんなに地球に生まれたくても。
今みたいに地球で暮らしたくても、その地球、何処にも無いんだから…。
ハーレイもぼくも出られないんだよ、死んだ後に帰って行く所から…。
其処が何処かは知らないけれど…、と縋るような目で訴えた。前の自分が命尽きた後、魂だけが飛び去った何処か。前のハーレイが来るのを待っていた場所。
今の自分たちの命が終われば、きっと其処へと帰るのだけれど。…またハーレイと二人で地球に来られるまで、其処で過ごすのだろうけれども。
「…地球が無くなったら、ぼくたち、出られなくなっちゃうよ…?」
出られなくなっても大丈夫だって言うの、天国みたいな所から…?
命も身体も持っていなくて、魂だけで住んでいる所から。
ハーレイと一緒なら寂しくないけど、もう新しい身体も命も貰えないんだよ?
今みたいに生きているんだったら、色々なことが出来るけど…。地球の空気も吸えるけど…。
そういうのも全部無くなっちゃうよ、と心配でたまらない未来のこと。地球の太陽が赤色巨星になってゆく時。地球を滅びに巻き込みながら、星の終わりを迎える時。
「全部無くなっちまうってか? そう思うのも無理はないんだが…」
お前は前から心配性だし、其処に気付いたら、どんどん心配になってゆくのも分かるがな…。
なあに、今から心配していなくてもだ、神様って方がいらっしゃる。
お前に聖痕を下さった神様、いらっしゃるのは分かるだろう?
俺たちをこうして生まれ変わらせて、ちゃんと出会わせて下さったのが神様だ。
その神様が放っておいたりはなさらないだろうさ、地球って星を。
人間は地球から生まれたんだし、この地球だって、神様がお創りになった星だと思わんか?
そいつが滅びてゆくというのに、黙って放っておかれるわけがない、とハーレイは神様の助けを信じているけれど。その神様を疑うわけではないけれど…。
(…いくら神様でも、宇宙の決まりを変えることなんて…)
出来ないのでは、という気がする。人間ではなくて神だからこそ、それは無理だと。
かつて人間は地球を壊したけれども、神は青い地球を返してくれた。もう一度、人が地球の上でやり直せるように。地球と共に生きてゆけるようにと。
けれど、そうなる前は死の星だった地球。人間が好き放題をやった挙句に滅ぼした星。
人間がその手で滅ぼした地球を、神は救いはしなかった。人間が地球を求めるまで。人間の手で地球を蘇らせようと敷いたSD体制、それを自ら覆すまで。
神が守るのは宇宙の摂理。人間の都合で変えようとしても、けして変えられはしないもの。
青い地球を人間に返した神だけれども、その地球が太陽と共に滅びるなら、神は救いはしないと思う。太陽が寿命を迎えるように、地球の滅びも寿命だから。
火星の軌道まで膨らむらしい赤色巨星に飲まれてゆくのが、宇宙が定めた地球の最期だから。
「…神様が地球を助けてくれるっていうの?」
地球の太陽が滅びてしまうのに、どうやって地球を助けられるの?
そんなの無理だよ、神様でも無理。…ううん、神様だから無理だと思う。
神様は奇跡を起こすけれども、地球の太陽が滅びるのは宇宙の決まりだから…。それを変えたら神様じゃないような気がするよ。
人間が地球を滅ぼした後に、SD体制を敷いたのと同じ。…ユグドラシルまで造っていたけど、何も変えられなかったじゃない。人間の自分勝手なやり方では。
神様だって、きっとおんなじ…。どんなに人間がお願いしたって、宇宙の決まりは変えないよ。ハーレイはそう思わない…?
神様はきっと、地球を助けてくれないよ…、と恋人に向かってぶつけた思い。いくら神様でも、太陽もろとも滅びゆく地球は、黙って見ているだけだろうから。
「俺だってそれは分かっているさ。地球だけが助かる道なんて無いということは」
地球があるのは、あの太陽のお蔭だからな。…ソル太陽系だったからこそ、地球が生まれた。
他の恒星には作り出せなかった、奇跡の星が地球なんだ。前のお前が憧れた星。
太陽無しでは、青い地球は決して生まれて来ないし、存在することも出来やしない。
だから太陽が滅びる時には、地球も一緒に滅んでゆくのが正しい道だ。太陽から生まれた地球の寿命も、其処で終わるというわけだな。
だが、今の時代でも見付かっちゃいない、第二の地球。…この地球と双子のような星。
その頃までにはきっと見付かる、神様が教えて下さる筈だ。それが必要な時になったら。
俺が言う神様の助けってヤツはそいつだ、とハーレイが挙げた新しい地球。本物の地球が滅びてゆく時、何処かで見付かるだろう星。
前の自分たちが生きた時代にも、人類はそれを探していた。探して、見付けられないまま。
ミュウの時代になり、青い地球が宇宙に蘇って来ても、まだ人間は探し続けている。今は純粋な興味だけで。「地球と同じような星はあるのか」と、「奇跡の星を見付けてみたい」と。
気が遠くなるような長い年月、探し続けても見付からない星。地球に似た星。
本物の地球が滅びる時には、その星がきっとあるのだろう、とハーレイは笑んだ。
「神様は地球で暮らしている人間を、お見捨てになることはない筈だ。きっと見付かる」
第二の地球と呼べるような星が、宇宙の何処かで。…人間が頑張って探し続けていれば。
銀河系の中じゃないかもしれんがなあ…。
かなり昔から探し続けて、大抵の場所は探し尽くしているようだから。
それでも何処かにきっとあるさ、とハーレイが見ている遠い未来の第二の地球。滅びゆく地球の代わりのように、何処かで見付かるだろう星。
「地球そっくりの星が見付かるの?」
それが神様の助けだって言うの、地球の代わりに新しい星…。地球じゃない星。
ぼくもハーレイも其処に行くことになるの、地球が無くなっちゃった時には?
地球とは違う星なんだけど…、と少し寂しい。前の自分が焦がれ続けて、今の自分も何処よりも好きだと思う地球。其処を離れて、別の星に行かねばならない時が来るのか、と。
「お前の気持ちは俺にも分かるが…。本物の地球が一番なのは、俺も同じではあるんだが…」
考えてもみろよ、今の地球だって、実は似たようなモンだってな。第二の地球っていうヤツと。
地球の座標と、ソル太陽系の惑星無しでだ、昔の人間が今のこの地球を見たならば…。
これが地球だと気付くと思うか、青い星には違いないがな。
地球とそっくり同じサイズだというだけの星だぞ、今の俺たちが住んでる地球は。
大陸も海も、形がすっかり違うんだから。…SD体制が始まった時代にあった地球とは。
前の俺が見た地球とも違うな、とハーレイが軽く広げた手。「あれは死の星だったがな」と。
けれど、生き物は何も棲めない星でも、地球の地形はかつてと同じだったという。大陸も海も、人間が地球を離れた時と同じまま。「地球だ」と思わざるを得なかった星。其処に生命の欠片さえ無くても、汚染された海と乾いた砂漠が広がる星でも。
「そういえば、そうかも…」
昔の人たちが宇宙から今の地球を見たって、同じ星だとは気が付かないよね。
青くて地球に良く似ているけど、別の星にしか見えないんだっけ…。
海も大陸も、昔の地球とは違うから。比べてみたって、何処も重ならないんだから。
昔の人たちに見せてあげたら、「地球にそっくりの星を見付けた」って思うよね、きっと…。
今の地球はそういう星だったっけ、と改めて思う蘇った地球。青く輝く水の星。
SD体制が崩壊した時に引き起こされた、地球全体が燃え上がるほどの地殻変動。激しい地震や火山の噴火で、すっかり変わってしまった地形。大陸も海も、何もかもが。
そうやって全てが失われた後、青い地球が宇宙に戻って来た。前とは全く違う姿で、前と同じに水の星として。今の地球でも、地表の七割は海に覆われているのだから。
「分かったか? まるで別物になっちまったのが今の地球だな」
其処でのんびり生きてるんだし、新しい地球に引越す時が来たって、直ぐに慣れるさ。
本物の地球を懐かしく思い出すことがあったとしたって、悲しい気持ちにはならないだろう。
今みたいに生まれて来ることが出来て、新しい命を貰えるんなら。
それにだ、今の地球の姿ってヤツを思えば、これからも地球は変わってゆきそうだよな?
俺たちが次にやって来る時は、陸地の形が違っているかもしれないぞ。
丸ごと変わりはしないだろうが、一部くらいなら有り得るよな、というのがハーレイの読み。
また新しい身体と命を貰えるまでには、長い時間が必要なのかもしれないから。今の自分たちが待っていたのと同じくらいに、待たされることも起こり得るから。
「うーん…。陸地の形が変わっちゃうほど、うんと先のことになっちゃうの?」
次にハーレイと地球に来るのが、そんなに遠い未来だったら…。
そしたら、文化も変わっちゃうかな?
今の間に色々約束したって、それが無くなっちゃっているとか…。
次も日本の文化がいいよね、って思っていたって、お寿司も天麩羅も、もう無いだとか…。
旅行に行こうと思っていた場所の文化も変わっちゃったりしてるのかも、と心配な気分。
前の自分が地球でやりたいと描いた夢は、今の人生で叶いそうなのに。…より素敵になった形で叶う筈なのに、今の自分が夢を見たって、次の人生では叶わないのだろうか…?
「どうなんだかなあ、文化ってヤツは…」
今の文化はSD体制が始まるよりもずっと昔の、色々な地域の文化を復活させてるわけだし…。
そういうやり方がいいと思ってやってるわけだし、今の文化を貫きそうな気もするが…。
時代に合わせて変わりはしたって、基本の部分は変えないままで。
この地球がいい、と誰もが思っているんだから。文化も、それに生き方もな。
どんなに時が流れようとも、そうそう変わりはしないだろう、とハーレイは微笑む。次に二人で地球に来る時も、きっと似たような世界だろうと。
「少しばかり地形が変わっていたって、暮らしている人間は同じじゃないか?」
もちろん顔ぶれは変わる筈だが、それでも同じに今の平和な世界のままで。
…前の俺たちが生きてた時代みたいな世界に、逆戻りしちまうわけがないからな。
今の平和と青い地球とを大切に守って、みんなのんびり地球の上で生きているんだろう。他所の星でも、きっと幸せに。…地球が宇宙の中心で。
「変わらないといいな、今の地球…」
次に来る時も同じだといいな、色々なものが。…いろんな地域も、今の文化も。
やりたいことが山ほどあるもの、これからだって増えていくんだよ。
前のぼくたちの夢を叶えてゆくのが一番だけれど、今のぼくたちの夢も一杯出来るだろうから。
生きてる間に全部叶っても、次もやりたいことが沢山。「また来ようね」っていう約束だとか。
次に来た時も、思い出の場所に行ったりしてみたいよね、と強請ってみた。これからハーレイと行くだろう場所、其処がお気に入りになったなら。何度も行きたい土地になったら。
「そういうのもいいなあ、今の俺たちは、前の俺たちの憧れの場所を目指すんだが…」
其処が気に入りになることもあれば、今の俺たちが旅に出掛けて、気に入る場所もあるだろう。
美味い料理があった場所やら、綺麗な景色に出会った場所やら。
思い出はきちんと取っておこうな、次に来た時も、忘れずに二人で出掛けて行けるように。
俺だって今の地球が好きだからなあ、このまま変わらずにいて欲しいトコだな、この星には。
前の俺が生きてた時代なんかより、断然いいのが今なんだから。
そしてだ、そう思って今の時代を築いているのが、俺たちミュウって種族なわけで…。
キースの野郎が最後に認めた進化の必然、それに相応しく進化したよな。
すっかり丈夫になっちまって…、とハーレイが言うから、「ホントだよね」と頷いた。
今の自分は前と同じに弱いけれども、今の時代は同じミュウでも健康なのが普通だから。かつて人類がそうだったように、健康な身体を持っているから。
前の自分たちが生きた時代は、ミュウは「何処かが欠けている」のが殆どのケースだったのに。頑丈だった前のハーレイでさえも、補聴器が必要だったのに…。
変わったよね、と思うミュウという種族。サイオンを使わないのが社会のマナーだとか、本当に面白い時代。前の自分には、想像すらも出来なかった世界が今の時代。それに青い地球。
「今のぼく、ホントに幸せだよ。ミュウばかりになった世界に来られて」
おまけに地球だよ、本物の青い地球の上に住んでいるなんて…。
地球の太陽はまだまだ沢山寿命があるから、ハーレイと何度でも地球に来ようね。
絶対だよ、と鳶色の瞳を覗き込んだら、「もちろんだ」と頼もしい返事。
「お前と何度も地球に来ないとな、前の俺たちが憧れ続けた星なんだから」
ミュウはこれからも進化し続けてゆくんだろうし、地球と一緒に生きるんだろうが…。
お前が心配している頃には、どんな感じになってるやらなあ…。
あの太陽が滅びようかってほどの遠い未来だ、進化したミュウはどういう姿なんだか…。
なにしろ、人間ってヤツは元が猿だしな、とハーレイが考え込んでいるから。
「…ミュウが進化して、違う姿になっていったら…。今の人間の先へ進んじゃったら…」
ぼくたちの姿も変わってしまうの、其処に生まれて来るんだから。
進化した人間の子供なんだもの、ぼくの姿も変わっちゃう…?
前のぼくとは違う姿になっちゃうだとか…、と見詰めた自分の細っこい手足。いつか育ったら、前の自分とそっくり同じになる筈だけれど。…今の自分はそうだけれども、未来の自分。
地球の太陽が滅びる頃には、自分の姿は今とは違っているのだろうか…?
「お前が別の姿にか…。人間が違う姿になっているなら、無いとは言えんが…」
その方がむしろ自然なんだが、俺の目に映るお前の姿は、ずっとお前のままだろう。
チビの間は今のお前みたいな姿で、育てばソルジャー・ブルーになって。
そんな気がするな、俺の目にはそう見えるんだ、と。
お前が何に生まれて来たって、俺はお前に恋をする、って何度も言っているだろう?
小鳥だろうが、子猫だろうが、必ず見付けて恋をするとな。
ミュウがこれから進化していって、違う姿のお前が地球に生まれて来ても…。
何に生まれてもお前はお前で、人間の姿が変わっちまっても、俺にとってはお前のままだ。
赤い瞳で銀色の髪で、抜けるように白い肌のアルビノ。
そんなトコまで変わらんだろうな、俺の目に映るお前はな…。
お前がどんな姿になっても、お前は変わらずに俺のブルーだ、とハーレイが信じる自分の瞳。
その瞳の色が、形が姿ごと変わってしまったとしても、ハーレイなら見付けてくれるのだろう。今と全く同じ自分を、何処も変わっていない姿で。…今の姿とそっくり同じに映し出して。
ハーレイの瞳がそうだと言うなら、自分の方でも同じこと。ハーレイの姿がどう変わったって、瞳に映って見える姿は今のハーレイと何処も違わない。
「ぼくもハーレイはハーレイなんだと思うよ、いつまで経っても」
人間の姿が変わっちゃっても、ハーレイはハーレイに見えると思う。…ぼくの目にはね。
他の人が見たら、違う姿でも。今のハーレイとは違っていても。
それでもハーレイに見える筈だよ、と確信できる自分の瞳。ハーレイと一緒に生まれ変わって、出会い続けるなら、そうなるから。…きっとハーレイの姿が見える筈だから。
「ほらな、お前もそういう気がするだろう?」
俺とお前は何処までも一緒だ、何度も生まれ変わっても。…人間の姿が変わっちまっても。
だから、俺たちさえ、お互いをきちんと見ていれば…。手を離さないで一緒にいれば…。
地球が滅びてしまったとしても、神様が引越しさせて下さるさ。新しい地球へ。
きっとその頃には見付かってる筈の、誰もが好きになる第二の地球にな。
お前も俺も其処へ行くんだ、とハーレイが話してくれる地球。いつか太陽が寿命を迎えて、今の地球うが滅びてしまう時。…その時は新しい地球に行ける、と。
「本当に?」
ちゃんと行けるの、地球が太陽に飲まれて無くなっちゃっても、新しい地球に?
ぼくたちは其処に引越し出来るの、今の青い地球が消えちゃっても…?
大丈夫かな、と首を傾げたけれども、ハーレイに覗き込まれた瞳。「お前なあ…」と。
「お前、神様を疑うっていうのか、引越しなんかさせて下さらないと?」
俺たちがずっと一緒にいたって、もう新しい地球に生まれ変わらせては下さらない、と。
神様はケチな方ではないと思うがなあ…。「新しい地球には行かせてやらない」と仰るような、心の狭い方ではないと思うんだが…?
「疑ってないよ、ちょっぴり心配になっただけ…」
本当にほんのちょっぴりだけだよ、ぼくは聖痕を貰っているものね。
神様のお蔭でハーレイに会えて、今はとっても幸せだから…。
ハーレイが「行けるさ」と言ってくれるのが、新しい地球。いつか太陽が寿命を迎えた時は。
地球の軌道も飲み込んでしまって、青い地球が消えてしまった時には。
「…いつかハーレイと一緒に行けるね、新しい地球へ」
地球が無くなっちゃった時にも、太陽が地球に近付きすぎて、地球に住めなくなった時にも。
神様の力で引越しなんだね、新しい地球にハーレイと生まれ変われるように。
ハーレイも来てくれるんだよね、と念を押さずにはいられない。自分一人が新しい地球に引越ししたって、意味が無いから。…ハーレイと二人で行きたいのだから。
「当然だろうが、一緒でなくてどうするんだ」
俺はお前を離しやしないし、お前の側を離れやしない。…生まれ変わって出会った時にも、二人一緒に生まれ変われるのを待っている時も。
地球が滅びてしまうどころか、たとえ宇宙が終わってもだな…。
何処までも俺はお前と一緒にいよう、と約束して貰えたから、いつまでも一緒なのだろう。遠く遥かな未来に地球が滅びても。…太陽に飲まれて消えてしまって、新しい地球に行く時にも。
けれど、そうなる時までは…。
「ねえ、ハーレイ。地球が無くなっちゃうまでは…」
太陽の寿命が終わるまでには、何度でも地球に生まれて来ようね。ハーレイと二人で何度でも。
ぼくは青い地球が前のぼくだった頃から好きだったんだし、今も大好きなんだから。
約束だよ、と小指を絡めようとしたら、「こら」と弾かれてしまった手。
「ずいぶんと気の早いヤツだな。お前の人生、これからだろうが」
まずは一度目を満喫しろよ、と小突かれた額。「次の約束まで焦るんじゃない」と。
「分かってるけど、地球でやりたいことが一杯…」
前のぼくたちの夢もそうだし、今のぼくのも。ハーレイと一緒にやりたいことが。
ホントに山ほど、と指切りの約束をしておきたいのに、ハーレイは絡めてくれない小指。
「俺も同じだ。だがな…。大きくなるのはゆっくりだぞ?」
そっちの方も慌てるな、と釘を刺されたから、ゆっくり育とう。子供時代を楽しむために。
いつかこの地球が消えてしまっても、ハーレイとずっと一緒だから。
宇宙が無くなっても一緒なのだし、いつまでも何処までも、けして離れはしないのだから…。
地球の太陽・了
※いつかは滅びる、地球の太陽。その運命は神にも変えることは出来ず、地球も道連れ。
けれども、地球が無くなった後も、ハーレイとブルーは、きっと離れずに生きてゆくのです。
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