シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
街路樹と船
(街路樹、色々…)
一杯あるね、とブルーが眺めた新聞記事。学校から帰って、おやつの時間に。
遥かな昔に日本と呼ばれる島国があった、この地域。陸地の形はすっかり変わったけれど、今も日本を名乗っている場所。遠い昔の日本の文化を復活させて。
それほど広くはない地域だけれど、四季がある上、気候も様々。それに合わせて植える街路樹の種類も色々。南の方ならヤシの木だったり、寒い場所ならリンゴの木だって。
(歴史も、うんと長いんだ…)
何の気なしに見ている街路樹。バスが通るような道路だったら、街路樹もあるものだから。
当たり前のように思った街路樹、けれど歴史は長いという。人間が地球しか知らなかった頃に、街路樹はとうにあったから。
世界で最初の街路樹だったら、紀元前十世紀に植えられたもの。当時のヒマラヤ辺りにあった、街道に沿ってズラリと街路樹。
もっとも日本の街路樹の方は、もっと後のことになるけれど。千年どころか、ずっと後の時代。六世紀だとか、八世紀だとか。
植えられた目的の方も色々、六世紀の街路樹は単なる目印。「此処は都の道ですよ」と。
八世紀になると、同じ都でも桃と梨の木を植えることになった。どちらも美味しい実がなる木。貧しい人々が飢えないようにと、当時の皇后様が都に植えた。けれど、記録は残っていない。
優しかった皇后様の伝説なのか、本当にあったことなのか。
日本で一番最初の記録は、お坊さんの提案で決まった街路樹。きちんと法律まで作って。当時の有名な街道に沿って、果樹を育ててゆくようにと。それも一つではなかった街道、当時の人たちが旅をしていた範囲を殆どカバーするくらい。
そのお坊さんは遣唐使になって、中国の都を見て来ていた。都に植えられた街路樹たちを。夏は涼しい木陰を作って、秋は美味しい果物が実る。木陰で休むことも出来るし、飢えや乾きも果物が解消してくれる。「一つ貰おう」と手を伸ばしたら。
植えられた木は柿やタチバナや梨と言うけれど、定説は無い。記録に残らなかったから。
けれどもお坊さんのアイデア、それよりも少し前の時代は都だけだった果樹の並木を、旅をする人たちのために広げた。その時代ならば、「日本中」と言ってもいいほどの場所に。
なるほど、と読んだ街路樹の歴史。単に道路の彩りだけではなかったらしい。ずっと昔は。
今のように車も無い時代だから、休める木陰は有難いもの。道沿いには店も無かっただろうし、ちょっと入って食事も出来はしないから。
暑ければ木陰に入って休んで、お腹が空いたら木の実を貰う。梨でも桃でも、きっと美味しい。喉が渇いてしまった時にも、水場を探さなくてもいい。水気たっぷりの果物があれば。
(ちょっとシャングリラに似てるかも?)
遠い昔にあった日本で、街路樹を植えていた目的。
今はともかく、昔の時代。日本で最初の街路樹を植えようと決まった頃なら、何処か似ている。前の自分が暮らした船と。白い鯨に改造を終えて、自給自足で生きていた船と。
木を植えるのなら憩いや食べ物、そういう基準で選んだのが白いシャングリラ。どういう木を何処に植えるのがいいか、皆であれこれ検討して。
(食事のための食べ物だったら、農場の方だったんだけど…)
皆の胃袋を満たす食料、小麦も野菜も、果樹も育てていたけれど。
船のあちこちに鏤められた公園にもあった、何本もの果樹。憩いの緑を作る木たちに混じって。
サクランボなどがあった公園。
同じような花を咲かせるのならば、実など出来ない桜よりかはサクランボだったシャングリラ。綺麗な花を愛でた後には、赤いサクランボが実るから。皆で美味しく食べられるから。
公園は憩いの場でもあったし、果物が実る場所でもあった。遠い昔の街路樹に似ていた、植える木たちの選び方。「どうせだったら、実が食べられるものがいい」と。
(だけど、シャングリラには街路樹なんか…)
まるで植えてはいなかった。
巨大な白い鯨になったら、至る所に長い通路があったのに。船の中を結んでいた通路。道路とも呼べたかもしれない。幅はけっこう広かったのだし、車が走っていなかっただけ。
(運搬用のヤツが通るくらいで…)
人間優先だったけれども、あれも一種の道路だろう。一車線しか無かったとしても。
けれど街路樹は無かった通路。何処に行っても、一本も植わっていなかった。ブリッジが見える船で一番広い公園、あそこに繋がる通路でさえも。
無かったっけ、と思う街路樹。遠い昔の日本の街路樹、それと似たような基準で木たちを植えていたのに。同じ公園に植えるのだったら、憩いの緑と美味しい果物、と皆で選んで。
実のならない木も多かったけれど、人気を誇っていたのが果樹。サクランボだとか、色々と。
(通路、そんなに広くなくても…)
天井が見上げるほどでなくても、街路樹は可能だっただろう。今の記事にも載っている。大きくならない街路樹たち。高く聳えはしない低木。
(こういう木だって、使われてるのに…)
何車線もある道路の中央分離帯には、見通しのいい低木が人気。そうでない場所でも、小さめの街路樹を植えることだって。自慢の眺めを遮らないよう、あえて低めにしておく街路樹。
低く切り揃えてしまうのではなくて、最初から背の低い木を選ぶ。見た目なんかも考慮して。
(シャングリラでも植えれば良かったかな?)
通路は山ほどあったのだから、あそこに街路樹。通路の両脇だと狭くなるから、片方だけでも。あるいは通路の真ん中に植えて、中央分離帯みたいな感じで。
そうしていたなら、憩いのスペースが船の中に増えていたかもしれない。わざわざ公園に出掛けなくても、通路に出たなら憩いの緑。ほんの小さな、背の低い木でも。
船の中を移動してゆく時にも、歩く通路に緑の街路樹。通路の壁だの天井だのといった、単調な景色を眺める代わりに、通路を彩る街路樹たち。葉を茂らせて、季節になれば花だって。
(それが果物の木だったら…)
きっと子供たちが喜んだ筈。公園の木でも、「実はまだかな?」と心待ちにしていた子供たち。花が咲いたら、次は実がなるものだから。サクランボなどの果樹ならば。
チョコンと緑の小さな実がついたならば、「もうすぐかな?」と見上げて熟すのを待った。まだ青い実が大きく育って、色づいて食べられるようになる日を。
もしも通路に果樹があったら、本当に大喜びだったろう。丈が低い木で、桃のような実は無理なサイズでも。ほんの小さな実がなるだけでも、その実が美味しかったなら。
ワイワイと皆で通路を歩く途中で、「赤くなった」と毟ってつまみ食いしたり。
収穫の日なんか待ちもしないで、熟したものから、片っ端に。
街路樹ならばそれで良かった、農場の木とは違うのだから。勝手にもいで食べていたって、誰も咎めはしないのだから。
ちょっといいかも、と思った街路樹のこと。白いシャングリラにあったなら、と。
おやつの後で自分の部屋に帰って考えてみる。勉強机の前に座って、あのシャングリラに植えてやるなら、どんな街路樹が良かったろうか、と。
広いシャングリラの中を結んでいた通路。コミューターという乗り物でも移動できたけれども、それは長い距離を動くためのもの。船の端から端までだとか。
普段は通路を歩いていたのが仲間たち。時には急いで駆けて行ったり、のんびりだったり。
そんな仲間たちのために植えるなら、街路樹にピッタリだったろう木は…。
(やっぱり果物?)
遠い昔の街路樹みたいに、美味しい果物をつけてくれる木。飢えや乾きとは無縁の船でも、同じ木ならば食べられる実をつける木がいい。公園に植えていた木も、そうだったから。
それに、あんまり大きくならない木。育ちすぎて通路を塞がないよう、通行を妨げないように。
(丈が低くて、食べられる実がなる木なら…)
コケモモやベリーがいいのだろうか。ブルーベリーは大きく育ってしまうらしいし、そうでないベリー。ラズベリーとか、ブラックベリーといった木苺。
コケモモは最初から丈が低いし、木苺だって低木の部類に入るだろう。枝が広がりすぎた時には剪定すれば、それで充分。
ベリーやコケモモを植えておいたら、子供たちがつまむのに丁度いい。小さな子だって、背伸びしないで好きなだけ毟り取れるから。そんなに高くない木なら。
(子供たちだけじゃなくって、大人だって…)
歩く途中でヒョイとつまんで口に入れたら、自然の中にいる気分。公園でなくても、壁や天井に囲まれている通路でも。
まるで野原の小道よろしく、ベリーが実っているのだから。緑の葉っぱも茂らせて。
(ホントに植えれば良かったよ…)
白いシャングリラの中の通路に、街路樹を。片側だけでも、中央分離帯みたいな具合にでも。
失敗だよね、という気がする。前の自分の大失敗。…街路樹に気が付かなくて。
アルテメシアに降りた時には、街路樹を目にしていたというのに。道路に沿って並ぶ木たちを。
白い鯨でも、やろうと思えば出来たのに。
街路樹を植えられるだけのスペースはあって、植えていたなら皆が喜んでくれた筈なのに。
前の自分が生きた間に、思い付きさえしなかったこと。白いシャングリラに植える街路樹。
長すぎるくらいの通路が幾つも、縦横に走っていたというのに。前の自分も視察などのために、其処を何度も歩いたのに。
(場所はあったのに、アイデア不足…)
生かせなかった通路のスペース。あそこに街路樹を植えておいたら、素敵な船になったのに。
前のぼくって駄目だよね、と頭をコツンと叩いていたら、チャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、街路樹の話を持ち出した。前の自分の失敗談は、まだ話さないで。
「あのね、街路樹って素敵だよね。広い道路には、色々なのが植わっているでしょ?」
学校へ行く時に乗るバスからも見えるよ、両側に幾つも植えてあるのが。
道路だけより、街路樹があった方がいいよね、断然。
見上げるみたいに大きな木でも、それほど大きくない木でも、と挙げた街路樹。ハーレイだって此処へ来るまでに、同じ道路を車で走った筈だから。
「街路樹か…。いいもんだよなあ、アレは。夏は緑で、秋は紅葉で」
冬は葉っぱを落としちまうが、それでも味わいたっぷりだ。今は冬だ、と一目で分かって。
春が近付いたら芽吹く前からほんのり緑で、「じきに春だな」と眺められるし…。
ドライブしてても楽しいもんだ、と今のハーレイも街路樹がある生活が好きらしい。ドライブの時も、仕事に行こうと車を走らせる時も、きっと観察しているのだろう。運転しながら。
「やっぱり、ハーレイも素敵だと思う?」
道があったら、街路樹が植わっているっていうのが。
ぼくの家の前の道路みたいに狭い道だと、街路樹、植わってないけれど…。邪魔になるから。
「その代わり、家の木が沢山だろうが。生垣もあるし、庭木の方もドッサリだ」
街路樹が無くても緑はたっぷり、植える必要も無いってこった。
もっとも統一は取れてないがな、同じ木ばかりが並んでるわけじゃないんだし…。何処の家でも好きな木を植えて、お揃いにしてはいないから。
だが、本物の街路樹の方も、それに負けてはいないってな。走っていく距離が長くなったら。
それぞれの場所に似合いのを植えてて、何処でも同じってわけじゃなから…。
親父の家に行く道にだって、色々なのが植わっているぞ。一種類だけじゃなくってな。
同じ木ばかりあってもつまらん、とハーレイも知っている街路樹の種類が沢山なこと。遠い昔の日本の名前を名乗る地域は、どちらかと言えば緑が優先らしいけれども…。
「他の地域だと、果物の木も多いらしいぞ。四季はあっても、此処より温暖だったりすると」
オレンジだとか、レモンだとか…。そりゃあ美味そうなのが道の両脇にズラリとな。
この地域だと、オレンジやレモンは難しいんだが…。冬が寒すぎて、世話が大変だから。
そうは言っても、北の方へ行けばリンゴだったり、まるで無いっていうわけじゃない。リンゴでなくても胡桃やトチノキ、その辺だったらお馴染みだから。
けっこう多いのがトチノキだよな、と挙げられた名前。トチノキというのは何だろう?
「トチノキって…。胡桃は分かるけど、トチノキも食べられる実がなるの?」
胡桃みたいな木なのかな、と思ったトチノキ。それとも柔らかな実なのだろうか?
「食える実には違いないんだが…。トチ餅の材料になるんだから」
ただ、食うまでに大層な手間がかかるんだよなあ、トチの実は。もいで直ぐには食べられない。
トチ餅にするにも、けっこう時間がかかっちまう、と教えて貰った。アク抜きしないと、渋くて食べられないという。そのアク抜きも、一度ではとても済まないのだとも。
「トチ餅、そういう木の実で出来てるお餅なんだ…」
パパが何処かで貰って来たから、食べてみたことはあるけれど…。どんな木の実か、どうやってお餅を作っているのか、考えないほど小さかったから…。下の学校に行ってた頃で。
トチノキは木の実で、果物と言っていいのかどうかが分かんないけど…。
ずっと昔の日本だったら、街路樹は果物の木だったんだよね。桃とか梨とか、アク抜きしないで食べられるヤツ。それに柿とか。
お腹が減ったら、採って食べても良かったんでしょ、と披露した知識。ほんの少し前に、新聞で仕入れたばかりだけれど。
「おっ、詳しいじゃないか。まだチビのくせに」
そんなの歴史じゃ習わないだろ、大したもんだな。何かの本で読んだのか?
ずっと昔の日本の歴史、とハーレイが感心してくれたから、ちょっぴり嬉しくて得意な気分。
「今日、新聞に載ってたから…。昔の日本の街路樹のお話」
旅をする人が食べられるように、果物の木を植えていたんだ、って。いろんな所の街道沿いに。
それでね…。
ちょっとシャングリラに似ているでしょ、と話した昔の街路樹の意味。ただ木を植えるだけではなくて、その木が役に立つように。憩いの緑に、飢えや乾きが癒える果物。
白いシャングリラの公園に植える木たちを、選んだ理由と似ているよ、と。
「果物の木ばかり、植えてたわけじゃないけれど…。そうじゃない木は、憩いの木だよ」
背が高い木は下でのんびり寛げたんだし、背の低い木だって眺めて緑を楽しめるように。
花を咲かせる木を植えるんなら、美味しい果物が実る木の方がいいに決まってる、って。だから桜は植えていなくて、サクランボ…。どっちも似たような花が咲くから。
花だけで終わる桜よりかは、サクランボだった船だったよ。後でサクランボが実るんだもの。
ちょっと街路樹みたいじゃない、と話してみたら、「そうだな」と頷いてくれたハーレイ。
「そういや、あの船はそうだった。実用的な植物優先、そんな船ではあったよな」
憩いの場所に、食える実か…。確かにそいつは、昔の日本の街路樹ってヤツにそっくりだ。船の中では誰も暑さで困りやしないし、飢えるってことも無かったが…。
アルタミラから逃げ出して直ぐの船の頃には飢えかけたがな、とハーレイが浮かべる苦笑い。
元はコンスティテューション号だった船は、沢山の食料を積んでいたけれど、いつか尽きるのがその食料。前のハーレイは食料倉庫の中を調べて悩んでいた。「あと一ケ月で無くなる」と。
食料が尽きれば、誰もが飢えて死ぬしかない。幸いなことに、前の自分が救ったけれど。人類の船から奪った物資で、皆の命を繋いだけれど。
そういう暮らしが長く続いて、けれどそれでは見えない未来。ミュウという種族がこれから先も生きていくには、自分たちの手で全てを賄うべき。
そして出来たのが白い鯨で、飢える心配など無かった船。何もかも船の中で作れて、果物だって栽培していたのだから。使えるスペースを最大限に生かして、公園にも果樹を植えたりして。
「ね、シャングリラはそうだったでしょ? だからね…」
街路樹も植えたら良かったのかな、って思ったんだよ。植える理由はそっくりだから。
昔の日本の街路樹だったら、シャングリラの頃と変わらないでしょ、植えた目的。
「街路樹だって?」
あんなのを何処に植えるというんだ、シャングリラの中に道路なんかは無かったぞ?
やたらとデカイ船ではあったが、船の中には車も無ければ、バスも走っていなかったしな…?
街路樹を植える場所が無いぞ、とハーレイは怪訝そうな顔。それはそうだろう、街路樹だったら道路の側にあるものだから。道路の両脇に植えるにしても、片方だけでも。中央分離帯にしたって道路の真ん中、道路無しでは有り得ないもの。…本当の意味での街路樹ならば。
けれど新聞の記事が切っ掛けで思い付いたのは、街路樹を植えられそうな場所。シャングリラの中でも植えることが出来て、皆が喜んでくれそうな所。
きっとハーレイも分かってくれるに違いないよ、と植えるべき場所を口にした。道路などは無い船の中でも、街路樹を植えておける場所。
「道路じゃなくって、通路だよ。…シャングリラの中には通路が一杯」
何処に行くにも通路だったでしょ、コミューターに乗って行くんじゃなければ。
前のぼくが視察に出掛ける時にも、いつも通路を歩いていたよ。あの通路なら、使えるってば。
だって街路樹なんだもの、と説明した今の自分のアイデア。白いシャングリラの通路を使って、育てる憩いの緑の街路樹。
大きくならない種類の木を使う街路樹だって存在するから、それに倣って背の低い街路樹。
皆の通行の邪魔にならないよう、片側だけとか、通路の真ん中にスペースを設けて植えるとか。
「シャングリラの通路に街路樹だってか?」
そりゃあ確かに、広い通路は山ほどあったが…。デカイ船だし、通路の幅も広かったんだが…。
だからと言って街路樹なのか、と驚いている今のハーレイ。「なんだ、そいつは?」と。
「ハーレイも、似てるって言っていたじゃない。…街路樹と、シャングリラに植えていた木と」
どっちもみんなの役に立つ木で、うんと喜んで貰える木。
公園だけじゃなくて、通路にも植えれば良かったんだよ。街路樹だったら、そんなものでしょ?
道路か通路かの違いくらいで、使い道の方は昔の日本の街路樹と同じ。…シャングリラならね。
植えるんだったら、実が食べられるベリーなんかが良さそうだよ。
あんまり大きくならないヤツなら、ブラックベリーとかラズベリーだとか…。そういう木苺。
コケモモだって美味しそうだし、ちょっと素敵だと思わない?
シャングリラの通路に植えてあったら、誰だって好きに食べられるんだよ。子供も、大人も。
自然の中の道を歩くみたいに、「熟してるな」と思った時にはヒョイとつまんで。
前のぼく、本物の街路樹があるの、アルテメシアで見てたのに…。外へ出る度に、何度もね。
街路樹のことは知っていたのに、船に植えようと思わなかったなんて、大失敗だよ…。
通路に植えれば良かったのにね、と零した溜息。「前のぼく、間抜けだったよ」と。
アルテメシアの街路樹は果樹とは違ったけれども、注目したなら、きっとヒントになったのに。
「ああいう風に木を植えるのか」と道路沿いの木に注意していれば、シャングリラにあった長い通路の活用法を思い付けたのに。
「ぼくって、ホントに馬鹿だよね…。せっかくのスペースを無駄にしちゃった」
シャングリラの仲間は緑が好きで、ブリッジの周りを公園にしてたほどなのに。本当だったら、あそこは公園なんかにしないで、空きスペースの筈だったのに…。
人類軍に攻撃されたら、ブリッジは狙われやすいんだから…。あんな所を公園にしたら、危険な場所になっちゃうのにね。避難用の場所に使うどころか、一番に逃げなきゃいけない公園。
それでも公園にするのがいい、って決めちゃったくらいの船なんだよ?
通路に街路樹を植えておいたら、みんな喜んでくれたのに…。
自分の部屋から通路に出たら街路樹が目に入るんだから、と前の自分の間抜けさに目を覆いたいけれど。前の自分の目は節穴かと、アルテメシアで見た街路樹たちのことを思うけれども…。
「おいおいおい…。アイデアとしては悪くないのが街路樹なんだが…」
スペースだって山ほどあったが、植えていなくて正解だったと思うがな?
コケモモにしてもベリーにしても…、とハーレイに否定されたアイデア。「悪くない」と評価をしてくれたくせに、何故そうなってしまうのだろう?
「…植えていなくて正解だって…。なんで?」
ぼくのアイデアは悪くないんでしょ、なのにどうして植えない方が良くなるわけ?
通路に街路樹はいい筈なんだよ、緑が増えるし、果物だって…。歩きながら見付けて、美味しい木の実をつまめるんだよ?
自分の部屋の前でだって、と疑問をぶつけた。いいことずくめのように思える街路樹の案。船のスペースを有効活用、その上、誰もが喜ぶだろうと思うから。
「お前の案は悪くない。しかし、そいつが実現してたら、とんでもないことになってたぞ」
公園だけでも係のヤツらは手一杯だったんだ、植物の世話で。水撒きは機械で出来てもな。
肥料をやったり、手入れをしたりと、忙しい日々を送ってたわけで…。公園の数が多いから。
なのに通路にまで植えちまってみろ、とてもじゃないが手が回らんぞ。
充分な世話が出来ないじゃないか、シャングリラ中の通路に街路樹が植わっていたら。
街路樹どもの世話に追われて疲労困憊、そういう仲間の憔悴し切った顔が見えるようだ、という指摘。公園だけでも大変だったのに、全部の通路の街路樹となったら追い付かない、と。
「毎日が戦場ってトコだったろうな、公園の係…。船中の通路を回るだけでも大変だ」
やっとこっちが片付いた、と思う間もなく次に移動で世話なんだぞ?
街路樹が枯れてしまうのが先か、係のヤツらが寝込むのが先か…。そうなるくらいに、ヤツらの仕事を増やしていたと思うんだがな?
お前が言ってる通路の街路樹、と言われてみればその通り。船の中の木が増えた分だけ、仕事が増えるのが公園の係。もしも街路樹を植えていたなら、休みさえろくに無さそうな彼ら。
「そうかもね…。街路樹、素敵なんだけど…」
係の仲間が倒れちゃったら、美味しい実がなるどころじゃないし…。無理だったかも…。
いいアイデアだと思ったのに、とガッカリしてしまった、街路樹を植えるという話。船の通路に植えておいたら、もっと緑が増えたのに。…通路でベリーやコケモモの実を摘めたのに。
でも、シャングリラでは無理だったよね、と思い知らされた厳しい現実。街路樹の世話までしていたならば、公園の係はきっと倒れてしまうから。
それじゃ無理だよ、と今の自分の考えの甘さを嘆いていたら…。
「待てよ、シャングリラのことはともかく…。街路樹ってヤツは本来、そういうモンか…」
お前は間違っちゃいないかもな、とハーレイが言うから、キョトンと見開いた瞳。いったい何が正しかったというのだろうか?
「間違ってないって…。何の話?」
ぼくのアイデアは使えないんでしょ、シャングリラでは。係のみんなが疲れてしまって、植えた木だって育たなくって。…途中で枯れたり、最初から根付かなかったりで…。
街路樹を植えてみても無駄になるだけなのに、と首を傾げた。何処も正しくなさそうだから。
そうしたら…。
「世話だ、世話。シャングリラに街路樹は無かったわけだし、そっちは話にならないが…」
植えるアイデアさえ出なかった船じゃ、どうすることも出来ないんだが…。
今の時代の街路樹ってヤツを考えてみろ。お前が乗ってるバスが通る道のヤツだとか。
他にも街路樹は山のようにあって、至る所で葉を茂らせているわけなんだが…。
その街路樹の世話をしているのは誰なんだ、とハーレイが唇に浮かべた笑み。大きな道路なら、何処にでもある色々な種類の街路樹たち。それを世話する係は誰だ、と。
「街路樹ってヤツは道沿いにズラリと植わっちゃいるが、世話をする人間が問題なんだ」
植えたり、枝を剪定するのは専門の業者が来るんだが…。
お前、バスに乗って走っている時、その連中をいつも目にするか?
いつも業者の車が停まっていたりするのか、街路樹の世話をしに来ていて…?
どうなんだ、と訊かれてみると、まるで覚えがない光景。茂りすぎた枝葉を剪定する時は、道に車があるけれど。…作業服を着た人が梯子を使って、木の上にいたりするけれど。
「えーっと…。そんなの滅多に見ないよ、係の人は。毎日なんかは、絶対、見ない…」
ぼくが通っている時間とズレているのかも、と返事をしたら笑われた。「間違ってるぞ」と。
「お前が出会っていないんじゃない。…業者なんかは来ていないんだ、毎日はな」
町中の街路樹の世話をしてたら、それこそシャングリラの街路樹の話と変わらんぞ。山のようにある木を端から回れば日が暮れちまう。仕事が終わる前に太陽が沈んじまうってな。
それじゃどうにもならないだろうが、本当の係が世話に来ることは滅多に無いんだ。
根元に草が生えちまった時も、秋に葉っぱが落ちる時にも、近所の人たちが世話をしてるんだ。誰に頼まれたわけでなくても、「せっかく植わっているんだから」と。
「…そうだったの?」
お仕事で世話をしてるんじゃなくて、近所の人がしてるんだ…。誰も頼んでいないのに。
「そういうことだな。こういう住宅街の中だと、街路樹が無いから分からんが…」
気が付かないでいるんだろうが、表通りに住んでりゃ分かる。…表通りに近い人でも。
それと同じで、もしもシャングリラの通路に街路樹を植えてたら…。
「植えてみたいが、係は其処まで手が回らない」と言いさえしたなら、誰もが世話を始めたな。自分の部屋の前にある木に、せっせと水をやるだとか。ついでに肥料なんかも入れて。
「…そうだったかもね…」
部屋に植木鉢を置いてた仲間もいたんだし…。そういう趣味が無い仲間にしたって、目に入った時は世話してくれそう。「水が足りないみたいだな」って水やりをしたり、肥料をあげたり。
放っておいたままで枯らしはしないよ、シャングリラの仲間たちだったら…。
どんなに忙しくしてる時でも、部屋に戻って水を汲んできてあげるくらいは出来そうだもの。
シャングリラでも可能だったのか、と気付いた街路樹たちの世話。通路に植わった木だけれど。
係たちの手が回らなくても、あの船にいた仲間たちなら、きっと世話してくれただろう。平和な今の時代と同じに、自分の身近にある街路樹を。
「…街路樹の世話って、いろんな人がしてたんだ…。係だけじゃなくて」
前のぼく、ホントに間抜けだったよ。街路樹のことに気付いていたなら、船に緑が増えたのに。
通路に植わっている木たちの世話、きっと誰でもしてくれたのに…。
「そうなったろうな、前のお前が街路樹を植えると言い出してたら」
ゼルあたりが「誰がそいつの世話をするんじゃ!」と怒鳴りそうだが、船の仲間が耳にしたなら実行されていただろう。あの船の通路に似合いの街路樹、ベリーやコケモモを植えて回って。
でもって、そいつが完成したなら、ゼルの姿も見られそうだぞ。ブリッジに行く前にジョウロを手にして、自分の部屋の近くの木たちに水やり中の。
「ふふっ、そうだね。…きっとゼルなら、そうなっちゃうね」
栗の木の世話をやっていたのがゼルだもの。「トゲがあるから危険なんじゃ」って、ゼルだけが上手に扱えるみたいな顔をして。
街路樹の世話も、毎日、せっせとしていそう。…墓碑公園のハンスの木みたいに可愛がって。
「うんと美味い実をつけるんじゃぞ」なんて、話しかけたりしているかもね。
「まったくだ。…ゼルなら、そんな所だろうな。頑固そうでも、根は優しかったヤツだから」
街路樹の世話もお手の物だぞ、あいつの部屋の前のが一番、美味そうな実をつけそうだ。
そういや、今の俺たちが知ってる街路樹。
色々な人が世話をしてるの、俺みたいにジョギングしてるだけでも分かるんだが…。
朝早くから走っていたなら、掃除をしている人にも出くわす。草むしりをしてる人だって。
出会った時には「ご苦労様です」と挨拶をして走って行くんだが…。
その街路樹に実がなる季節が、けっこう愉快なものなんだ。俺のコースだと、銀杏なんだが。
銀杏の実も美味いからなあ、そいつを拾いに来るヤツも多い。
しかも早起きして来るわけで、でないと先に拾われちまう。他のヤツらに。
「今日は見掛けない顔がいるな」と思った時には、銀杏が目当ての連中だな。
実を入れる袋を提げているから直ぐ分かる。掃除に使う箒の代わりに、銀杏を拾うための袋を。
朝一番のジョギング中にハーレイが出会う、銀杏を拾いに来る人たち。銀杏が実る街路樹の葉の掃除はしないで、お目当ては銀杏を拾うこと。
「あの連中は、もちろん普段に掃除なんかはしていない。見掛けない顔ばかりなんだから」
そろそろだな、と頃合いを見てやって来るんだ、銀杏だけを拾いにな。一緒に落ちてる葉っぱの方は、拾うどころか放りっ放しで。
しかし、そういう連中が来ても、誰も文句は言いやしないぞ。「どうぞ拾って行って下さい」とニコニコしながら掃除をしてる。いつも通りに箒を持って。
ついでに箒で掃除してると、銀杏も拾えちまうから…。
それを袋に集めて持ってて、俺がジョギングしている時にも、声を掛けたりしてくれるんだ。
「良かったら持って行きませんか」と愛想よく。
そういうわけで、貰っちまうってこともあるなあ、銀杏を。…木から落っこちたばかりのを。
ジョギング中の俺にくれるほどだし、銀杏を拾いに来る連中も歓迎なのさ、という話。せっせと世話をして来た街路樹、それがつけた実を惜しげもなく譲ってくれる人たち。
街路樹の世話は、誰に頼まれたわけでもないのに。仕事ではなくて、手間賃さえも出ないのに。
「銀杏、ハーレイにもくれるんだ…」
自分が世話した木なんだから、って一人占めにはしないんだね。みんな優しい人ばかり。
街路樹の世話を頑張ってるのも、きっと木たちのためなんだよね。
「うむ。暑い夏だと、水やりだってしているぞ。その水も家から運んで来て」
そうやって育てた銀杏の実を貰っちまうのは、悪いような気もするんだが…。向こうはちっとも気にしていないし、有難く貰って走って行くんだ。…少し臭いのが困りものだが。
とはいえ、後で食ったらこいつが格別に美味い。臭かったのが嘘のようにな。
「ハーレイらしいね、銀杏、ちゃんと食べるんだ。貰った時には臭くったって」
「当然だろうが、自分できちんと手間暇かけて食う銀杏は最高だってな」
臭い部分は綺麗に掃除で、匂いがすっかり消えちまうまで頑張って。
なのに、その最高の銀杏の実を、だ…。
「あれは臭いから」と、実をつけない木ばかり植えた時代もあったらしいぞ。
今の時代は、ごくごく普通に植えているがな。自然のままが一番なんだし、街路樹もそうだ。
イチョウを植えてやるんだったら、雄株も雌株も植えてこそ、ってな。
ハーレイが朝のジョギング中に出くわす、街路樹の世話をしている人たち。銀杏がドッサリ実るイチョウも、違う種類の街路樹なども。
何処でも誰かが世話をする。街路樹を植えたり剪定したりといった業者が来なくても。世話など頼まれていないというのに、「せっかく植わっているのだから」と。
「…俺が思うに、シャングリラでも同じだったろう。さっきも言った通りにな」
前のお前が「通路にも木を」と思い付いていたら、本当に通路に植えていたなら。
係じゃなくても誰かが世話して、きっと立派に育ったろうさ。どれも枯れたりしないでな。
ベリーやコケモモが実った時には、実だけちゃっかり貰っていくヤツらもいたりして。
「俺は仕事が忙しいんだ」と世話なんか一度もしていないくせに、「美味そうだな」とヒョイと毟っちまって。
それでも誰も怒ったりなんかしないんだ、とハーレイが言うから頷いた。白いシャングリラは、皆が優しい船だったから。今の平和な時代と同じに、誰もがミュウだったのだから。
「そういう船も素敵だね。みんなで通路の街路樹を世話して、世話していない人も実を貰って」
美味しそうだ、って毟って食べていたって、誰も文句を言わない船。
「世話をしていない人は食べちゃ駄目」なんて、ケチなことは誰も言わない船…。
「まさに楽園だっただろうなあ、公園があった以上にな」
船の通路に街路樹があって、みんなで世話をしていたら。…自分の部屋の前でなくても。
向こうの方も世話しておくか、と張り切るヤツらも現れたりして。
農場とはまるで縁が無いのに、やたらと世話が上手い仲間がいるだとか…、というのも有り得る話だと思う。意外な才能を発揮する人は、何処にでもいるものだから。
そう話しながら、ハーレイが「植えとけば良かったのか、街路樹を?」と言うものだから。
「…そんな気がするけどね、今のぼくだと」
街路樹としても役に立つんだし、仲間の間でもきっと人気の話題だよ。育ち具合とか、美味しい実がなる育て方とか。食堂とかでも、いつも賑やか。
「俺もそういう気がしてきたが…。街路樹、植えるべきだったのかもしれないが…」
もう手遅れってヤツなんだよなあ、今となっては。
「うん。シャングリラ、とっくに無いものね…」
通路に街路樹を植えてみたくても、白い鯨が無いんだもの。…何処を探しても。
残念だよね、とハーレイと二人で苦笑した。時の彼方に消えてしまったシャングリラ。
木を植えられるスペースが沢山あったというのに、活用し損ねたかもしれない、と。
「やっぱり駄目だな、本物の地面を知らない暮らしをしてたんじゃ…」
こういう場所にも植えられるぞ、とキャプテンの俺にも分からなかった。…なにしろ外の世界を知らんし、データだけでは実感ってヤツが伴わないから。
街路樹くらいは知ってたんだが、とハーレイがフウと零した溜息。データベースで見たし、本の中にも出て来るんだから、と。
「そうみたい…。前のぼくだって、少しも思い付かなかったんだから」
アルテメシアで街路樹を見ても、「人類の世界」だと思うだけ。ミュウの世界と重ならなくて、植えようとも思わないままで…。船の通路にベリーがあったら、本当に素敵だったのに。
だけど今だと、街路樹、色々あるんだね。新聞の記事にも種類が沢山あったよ。
「この町だけでも多いぞ、種類は。ジョギングしてても色々出会える」
他の町でも自慢の街路樹、色々と植えているらしいしな。其処の気候に合わせたヤツを。
そういう所で走ってみるのも楽しいだろう、と言うハーレイは走ったことも多分ある筈。柔道や水泳の試合で遠征、そういう時には他の町にも行ったのだから。
「…今のハーレイが走っていると、銀杏を貰えたりするんでしょ?」
「銀杏の実が落ちる季節に、其処を走って行ったらな」
朝一番でないと出遅れちまうが…、とハーレイは銀杏を巡る先陣争いを口にするけれど。掃除の人や、朝早くから拾いに来る人、その人たちに出会う時間でないと駄目だと言うけれど。
「ぼくも貰えるかな、一緒に行けば?」
ちょっぴり欲しいよ、その銀杏。ハーレイと一緒に出掛けて行って。
「俺と一緒にって…。お前、走れるのか?」
ジョギングなんだぞ、俺のペースで走ってくれんと、お前、置き去りになっちまうんだが…?
とても走れるとは思えないぞ、と尋ねられたから笑顔で答えた。「ううん」と首を横に振って。
「ぼくは散歩だよ、ぼくが一緒の時はハーレイも散歩」
二人で一緒に散歩に行こうよ、落っこちている銀杏の実を貰いに。
拾いに来るだけの人もいるなら、散歩に行っても、銀杏、分けて貰えそうだし…。
ジョギングでなくても良さそうだけど、と頼んでみた。「ぼくと散歩」と。
いつかハーレイと暮らし始めたら、銀杏を貰いに出掛けてみたい。白いシャングリラには銀杏も街路樹も無かったから。今の時代だから、街路樹に実った銀杏を貰えるわけだから。
「散歩に行くのはかまわんが…。朝が早いぞ?」
歩いて行くなら時間がかかるし、ジョギングよりかは早めに家を出ないとな。
「早めって…。それって、とっても?」
「そうなるな。銀杏の季節は、欲しいヤツらは朝がとびきり早いんだ」
掃除している人はともかく、俺みたいに走って行くだけのヤツに踏まれちまったら潰れるから。
それじゃ駄目だし、早く行こうと頑張って早起きしているからな。
暗い内に家を出るんじゃないか、とハーレイが言うから仰天した。いくらなんでも早すぎる。
「ぼく、そんな時間に起きられないかも…」
起こしてくれても、また寝ちゃいそう。もう少しだけ、って言って、そのまま…。
「お前はそういう感じだな。無理をしないで家で寝ていろ、俺が貰って来てやるから」
これが欲しかったんだろう、と袋に入れて貰った銀杏を。
ただし臭いが、と鼻をつまんでみせるハーレイ。「銀杏の匂いは、そりゃ凄いから」と。
「でも、ハーレイが食べられるようにしてくれるんでしょ?」
手間暇かけたらとても美味しくなるんだ、って…。それに臭いのも消えちゃうって。
「お前、食べるだけか?」
銀杏を貰いに散歩だなんて言ってたくせに、お前は食べるだけだってか…?
「だって、お料理、ハーレイがしてくれるって…。ぼくがハーレイと結婚したら」
ハーレイの方がずっとお料理上手なんだし、銀杏の料理もきっと上手いと思うから…。
「まあ、いいがな。…確かに俺は、前の俺だった頃から料理ってヤツとは縁が深いし」
俺の嫁さんの頼みとあれば…、とハーレイが引き受けてくれた銀杏の料理。
今は街路樹が普通にあるから、銀杏だって貰える世界。季節になったら出掛けてゆけば。
シャングリラでは植え損ねた街路樹だけれど、いつかハーレイと結婚したら楽しもう。
デートで色々な木を眺めたり、ドライブで車の窓から見たり。
ジョギングの途中で貰ったという、銀杏の実が臭くて悲鳴を上げてみるのもいい。
街路樹は今は何処にでもあるし、シャングリラの通路に植えてみなくてもいいのだから…。
街路樹と船・了
※実が食べられる木を公園に植えていたシャングリラ。でも、街路樹はありませんでした。
植えておいたら、きっと喜ぶ人が多くて、世話をしたがる人もいた筈。あれば良かったかも。
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一杯あるね、とブルーが眺めた新聞記事。学校から帰って、おやつの時間に。
遥かな昔に日本と呼ばれる島国があった、この地域。陸地の形はすっかり変わったけれど、今も日本を名乗っている場所。遠い昔の日本の文化を復活させて。
それほど広くはない地域だけれど、四季がある上、気候も様々。それに合わせて植える街路樹の種類も色々。南の方ならヤシの木だったり、寒い場所ならリンゴの木だって。
(歴史も、うんと長いんだ…)
何の気なしに見ている街路樹。バスが通るような道路だったら、街路樹もあるものだから。
当たり前のように思った街路樹、けれど歴史は長いという。人間が地球しか知らなかった頃に、街路樹はとうにあったから。
世界で最初の街路樹だったら、紀元前十世紀に植えられたもの。当時のヒマラヤ辺りにあった、街道に沿ってズラリと街路樹。
もっとも日本の街路樹の方は、もっと後のことになるけれど。千年どころか、ずっと後の時代。六世紀だとか、八世紀だとか。
植えられた目的の方も色々、六世紀の街路樹は単なる目印。「此処は都の道ですよ」と。
八世紀になると、同じ都でも桃と梨の木を植えることになった。どちらも美味しい実がなる木。貧しい人々が飢えないようにと、当時の皇后様が都に植えた。けれど、記録は残っていない。
優しかった皇后様の伝説なのか、本当にあったことなのか。
日本で一番最初の記録は、お坊さんの提案で決まった街路樹。きちんと法律まで作って。当時の有名な街道に沿って、果樹を育ててゆくようにと。それも一つではなかった街道、当時の人たちが旅をしていた範囲を殆どカバーするくらい。
そのお坊さんは遣唐使になって、中国の都を見て来ていた。都に植えられた街路樹たちを。夏は涼しい木陰を作って、秋は美味しい果物が実る。木陰で休むことも出来るし、飢えや乾きも果物が解消してくれる。「一つ貰おう」と手を伸ばしたら。
植えられた木は柿やタチバナや梨と言うけれど、定説は無い。記録に残らなかったから。
けれどもお坊さんのアイデア、それよりも少し前の時代は都だけだった果樹の並木を、旅をする人たちのために広げた。その時代ならば、「日本中」と言ってもいいほどの場所に。
なるほど、と読んだ街路樹の歴史。単に道路の彩りだけではなかったらしい。ずっと昔は。
今のように車も無い時代だから、休める木陰は有難いもの。道沿いには店も無かっただろうし、ちょっと入って食事も出来はしないから。
暑ければ木陰に入って休んで、お腹が空いたら木の実を貰う。梨でも桃でも、きっと美味しい。喉が渇いてしまった時にも、水場を探さなくてもいい。水気たっぷりの果物があれば。
(ちょっとシャングリラに似てるかも?)
遠い昔にあった日本で、街路樹を植えていた目的。
今はともかく、昔の時代。日本で最初の街路樹を植えようと決まった頃なら、何処か似ている。前の自分が暮らした船と。白い鯨に改造を終えて、自給自足で生きていた船と。
木を植えるのなら憩いや食べ物、そういう基準で選んだのが白いシャングリラ。どういう木を何処に植えるのがいいか、皆であれこれ検討して。
(食事のための食べ物だったら、農場の方だったんだけど…)
皆の胃袋を満たす食料、小麦も野菜も、果樹も育てていたけれど。
船のあちこちに鏤められた公園にもあった、何本もの果樹。憩いの緑を作る木たちに混じって。
サクランボなどがあった公園。
同じような花を咲かせるのならば、実など出来ない桜よりかはサクランボだったシャングリラ。綺麗な花を愛でた後には、赤いサクランボが実るから。皆で美味しく食べられるから。
公園は憩いの場でもあったし、果物が実る場所でもあった。遠い昔の街路樹に似ていた、植える木たちの選び方。「どうせだったら、実が食べられるものがいい」と。
(だけど、シャングリラには街路樹なんか…)
まるで植えてはいなかった。
巨大な白い鯨になったら、至る所に長い通路があったのに。船の中を結んでいた通路。道路とも呼べたかもしれない。幅はけっこう広かったのだし、車が走っていなかっただけ。
(運搬用のヤツが通るくらいで…)
人間優先だったけれども、あれも一種の道路だろう。一車線しか無かったとしても。
けれど街路樹は無かった通路。何処に行っても、一本も植わっていなかった。ブリッジが見える船で一番広い公園、あそこに繋がる通路でさえも。
無かったっけ、と思う街路樹。遠い昔の日本の街路樹、それと似たような基準で木たちを植えていたのに。同じ公園に植えるのだったら、憩いの緑と美味しい果物、と皆で選んで。
実のならない木も多かったけれど、人気を誇っていたのが果樹。サクランボだとか、色々と。
(通路、そんなに広くなくても…)
天井が見上げるほどでなくても、街路樹は可能だっただろう。今の記事にも載っている。大きくならない街路樹たち。高く聳えはしない低木。
(こういう木だって、使われてるのに…)
何車線もある道路の中央分離帯には、見通しのいい低木が人気。そうでない場所でも、小さめの街路樹を植えることだって。自慢の眺めを遮らないよう、あえて低めにしておく街路樹。
低く切り揃えてしまうのではなくて、最初から背の低い木を選ぶ。見た目なんかも考慮して。
(シャングリラでも植えれば良かったかな?)
通路は山ほどあったのだから、あそこに街路樹。通路の両脇だと狭くなるから、片方だけでも。あるいは通路の真ん中に植えて、中央分離帯みたいな感じで。
そうしていたなら、憩いのスペースが船の中に増えていたかもしれない。わざわざ公園に出掛けなくても、通路に出たなら憩いの緑。ほんの小さな、背の低い木でも。
船の中を移動してゆく時にも、歩く通路に緑の街路樹。通路の壁だの天井だのといった、単調な景色を眺める代わりに、通路を彩る街路樹たち。葉を茂らせて、季節になれば花だって。
(それが果物の木だったら…)
きっと子供たちが喜んだ筈。公園の木でも、「実はまだかな?」と心待ちにしていた子供たち。花が咲いたら、次は実がなるものだから。サクランボなどの果樹ならば。
チョコンと緑の小さな実がついたならば、「もうすぐかな?」と見上げて熟すのを待った。まだ青い実が大きく育って、色づいて食べられるようになる日を。
もしも通路に果樹があったら、本当に大喜びだったろう。丈が低い木で、桃のような実は無理なサイズでも。ほんの小さな実がなるだけでも、その実が美味しかったなら。
ワイワイと皆で通路を歩く途中で、「赤くなった」と毟ってつまみ食いしたり。
収穫の日なんか待ちもしないで、熟したものから、片っ端に。
街路樹ならばそれで良かった、農場の木とは違うのだから。勝手にもいで食べていたって、誰も咎めはしないのだから。
ちょっといいかも、と思った街路樹のこと。白いシャングリラにあったなら、と。
おやつの後で自分の部屋に帰って考えてみる。勉強机の前に座って、あのシャングリラに植えてやるなら、どんな街路樹が良かったろうか、と。
広いシャングリラの中を結んでいた通路。コミューターという乗り物でも移動できたけれども、それは長い距離を動くためのもの。船の端から端までだとか。
普段は通路を歩いていたのが仲間たち。時には急いで駆けて行ったり、のんびりだったり。
そんな仲間たちのために植えるなら、街路樹にピッタリだったろう木は…。
(やっぱり果物?)
遠い昔の街路樹みたいに、美味しい果物をつけてくれる木。飢えや乾きとは無縁の船でも、同じ木ならば食べられる実をつける木がいい。公園に植えていた木も、そうだったから。
それに、あんまり大きくならない木。育ちすぎて通路を塞がないよう、通行を妨げないように。
(丈が低くて、食べられる実がなる木なら…)
コケモモやベリーがいいのだろうか。ブルーベリーは大きく育ってしまうらしいし、そうでないベリー。ラズベリーとか、ブラックベリーといった木苺。
コケモモは最初から丈が低いし、木苺だって低木の部類に入るだろう。枝が広がりすぎた時には剪定すれば、それで充分。
ベリーやコケモモを植えておいたら、子供たちがつまむのに丁度いい。小さな子だって、背伸びしないで好きなだけ毟り取れるから。そんなに高くない木なら。
(子供たちだけじゃなくって、大人だって…)
歩く途中でヒョイとつまんで口に入れたら、自然の中にいる気分。公園でなくても、壁や天井に囲まれている通路でも。
まるで野原の小道よろしく、ベリーが実っているのだから。緑の葉っぱも茂らせて。
(ホントに植えれば良かったよ…)
白いシャングリラの中の通路に、街路樹を。片側だけでも、中央分離帯みたいな具合にでも。
失敗だよね、という気がする。前の自分の大失敗。…街路樹に気が付かなくて。
アルテメシアに降りた時には、街路樹を目にしていたというのに。道路に沿って並ぶ木たちを。
白い鯨でも、やろうと思えば出来たのに。
街路樹を植えられるだけのスペースはあって、植えていたなら皆が喜んでくれた筈なのに。
前の自分が生きた間に、思い付きさえしなかったこと。白いシャングリラに植える街路樹。
長すぎるくらいの通路が幾つも、縦横に走っていたというのに。前の自分も視察などのために、其処を何度も歩いたのに。
(場所はあったのに、アイデア不足…)
生かせなかった通路のスペース。あそこに街路樹を植えておいたら、素敵な船になったのに。
前のぼくって駄目だよね、と頭をコツンと叩いていたら、チャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、街路樹の話を持ち出した。前の自分の失敗談は、まだ話さないで。
「あのね、街路樹って素敵だよね。広い道路には、色々なのが植わっているでしょ?」
学校へ行く時に乗るバスからも見えるよ、両側に幾つも植えてあるのが。
道路だけより、街路樹があった方がいいよね、断然。
見上げるみたいに大きな木でも、それほど大きくない木でも、と挙げた街路樹。ハーレイだって此処へ来るまでに、同じ道路を車で走った筈だから。
「街路樹か…。いいもんだよなあ、アレは。夏は緑で、秋は紅葉で」
冬は葉っぱを落としちまうが、それでも味わいたっぷりだ。今は冬だ、と一目で分かって。
春が近付いたら芽吹く前からほんのり緑で、「じきに春だな」と眺められるし…。
ドライブしてても楽しいもんだ、と今のハーレイも街路樹がある生活が好きらしい。ドライブの時も、仕事に行こうと車を走らせる時も、きっと観察しているのだろう。運転しながら。
「やっぱり、ハーレイも素敵だと思う?」
道があったら、街路樹が植わっているっていうのが。
ぼくの家の前の道路みたいに狭い道だと、街路樹、植わってないけれど…。邪魔になるから。
「その代わり、家の木が沢山だろうが。生垣もあるし、庭木の方もドッサリだ」
街路樹が無くても緑はたっぷり、植える必要も無いってこった。
もっとも統一は取れてないがな、同じ木ばかりが並んでるわけじゃないんだし…。何処の家でも好きな木を植えて、お揃いにしてはいないから。
だが、本物の街路樹の方も、それに負けてはいないってな。走っていく距離が長くなったら。
それぞれの場所に似合いのを植えてて、何処でも同じってわけじゃなから…。
親父の家に行く道にだって、色々なのが植わっているぞ。一種類だけじゃなくってな。
同じ木ばかりあってもつまらん、とハーレイも知っている街路樹の種類が沢山なこと。遠い昔の日本の名前を名乗る地域は、どちらかと言えば緑が優先らしいけれども…。
「他の地域だと、果物の木も多いらしいぞ。四季はあっても、此処より温暖だったりすると」
オレンジだとか、レモンだとか…。そりゃあ美味そうなのが道の両脇にズラリとな。
この地域だと、オレンジやレモンは難しいんだが…。冬が寒すぎて、世話が大変だから。
そうは言っても、北の方へ行けばリンゴだったり、まるで無いっていうわけじゃない。リンゴでなくても胡桃やトチノキ、その辺だったらお馴染みだから。
けっこう多いのがトチノキだよな、と挙げられた名前。トチノキというのは何だろう?
「トチノキって…。胡桃は分かるけど、トチノキも食べられる実がなるの?」
胡桃みたいな木なのかな、と思ったトチノキ。それとも柔らかな実なのだろうか?
「食える実には違いないんだが…。トチ餅の材料になるんだから」
ただ、食うまでに大層な手間がかかるんだよなあ、トチの実は。もいで直ぐには食べられない。
トチ餅にするにも、けっこう時間がかかっちまう、と教えて貰った。アク抜きしないと、渋くて食べられないという。そのアク抜きも、一度ではとても済まないのだとも。
「トチ餅、そういう木の実で出来てるお餅なんだ…」
パパが何処かで貰って来たから、食べてみたことはあるけれど…。どんな木の実か、どうやってお餅を作っているのか、考えないほど小さかったから…。下の学校に行ってた頃で。
トチノキは木の実で、果物と言っていいのかどうかが分かんないけど…。
ずっと昔の日本だったら、街路樹は果物の木だったんだよね。桃とか梨とか、アク抜きしないで食べられるヤツ。それに柿とか。
お腹が減ったら、採って食べても良かったんでしょ、と披露した知識。ほんの少し前に、新聞で仕入れたばかりだけれど。
「おっ、詳しいじゃないか。まだチビのくせに」
そんなの歴史じゃ習わないだろ、大したもんだな。何かの本で読んだのか?
ずっと昔の日本の歴史、とハーレイが感心してくれたから、ちょっぴり嬉しくて得意な気分。
「今日、新聞に載ってたから…。昔の日本の街路樹のお話」
旅をする人が食べられるように、果物の木を植えていたんだ、って。いろんな所の街道沿いに。
それでね…。
ちょっとシャングリラに似ているでしょ、と話した昔の街路樹の意味。ただ木を植えるだけではなくて、その木が役に立つように。憩いの緑に、飢えや乾きが癒える果物。
白いシャングリラの公園に植える木たちを、選んだ理由と似ているよ、と。
「果物の木ばかり、植えてたわけじゃないけれど…。そうじゃない木は、憩いの木だよ」
背が高い木は下でのんびり寛げたんだし、背の低い木だって眺めて緑を楽しめるように。
花を咲かせる木を植えるんなら、美味しい果物が実る木の方がいいに決まってる、って。だから桜は植えていなくて、サクランボ…。どっちも似たような花が咲くから。
花だけで終わる桜よりかは、サクランボだった船だったよ。後でサクランボが実るんだもの。
ちょっと街路樹みたいじゃない、と話してみたら、「そうだな」と頷いてくれたハーレイ。
「そういや、あの船はそうだった。実用的な植物優先、そんな船ではあったよな」
憩いの場所に、食える実か…。確かにそいつは、昔の日本の街路樹ってヤツにそっくりだ。船の中では誰も暑さで困りやしないし、飢えるってことも無かったが…。
アルタミラから逃げ出して直ぐの船の頃には飢えかけたがな、とハーレイが浮かべる苦笑い。
元はコンスティテューション号だった船は、沢山の食料を積んでいたけれど、いつか尽きるのがその食料。前のハーレイは食料倉庫の中を調べて悩んでいた。「あと一ケ月で無くなる」と。
食料が尽きれば、誰もが飢えて死ぬしかない。幸いなことに、前の自分が救ったけれど。人類の船から奪った物資で、皆の命を繋いだけれど。
そういう暮らしが長く続いて、けれどそれでは見えない未来。ミュウという種族がこれから先も生きていくには、自分たちの手で全てを賄うべき。
そして出来たのが白い鯨で、飢える心配など無かった船。何もかも船の中で作れて、果物だって栽培していたのだから。使えるスペースを最大限に生かして、公園にも果樹を植えたりして。
「ね、シャングリラはそうだったでしょ? だからね…」
街路樹も植えたら良かったのかな、って思ったんだよ。植える理由はそっくりだから。
昔の日本の街路樹だったら、シャングリラの頃と変わらないでしょ、植えた目的。
「街路樹だって?」
あんなのを何処に植えるというんだ、シャングリラの中に道路なんかは無かったぞ?
やたらとデカイ船ではあったが、船の中には車も無ければ、バスも走っていなかったしな…?
街路樹を植える場所が無いぞ、とハーレイは怪訝そうな顔。それはそうだろう、街路樹だったら道路の側にあるものだから。道路の両脇に植えるにしても、片方だけでも。中央分離帯にしたって道路の真ん中、道路無しでは有り得ないもの。…本当の意味での街路樹ならば。
けれど新聞の記事が切っ掛けで思い付いたのは、街路樹を植えられそうな場所。シャングリラの中でも植えることが出来て、皆が喜んでくれそうな所。
きっとハーレイも分かってくれるに違いないよ、と植えるべき場所を口にした。道路などは無い船の中でも、街路樹を植えておける場所。
「道路じゃなくって、通路だよ。…シャングリラの中には通路が一杯」
何処に行くにも通路だったでしょ、コミューターに乗って行くんじゃなければ。
前のぼくが視察に出掛ける時にも、いつも通路を歩いていたよ。あの通路なら、使えるってば。
だって街路樹なんだもの、と説明した今の自分のアイデア。白いシャングリラの通路を使って、育てる憩いの緑の街路樹。
大きくならない種類の木を使う街路樹だって存在するから、それに倣って背の低い街路樹。
皆の通行の邪魔にならないよう、片側だけとか、通路の真ん中にスペースを設けて植えるとか。
「シャングリラの通路に街路樹だってか?」
そりゃあ確かに、広い通路は山ほどあったが…。デカイ船だし、通路の幅も広かったんだが…。
だからと言って街路樹なのか、と驚いている今のハーレイ。「なんだ、そいつは?」と。
「ハーレイも、似てるって言っていたじゃない。…街路樹と、シャングリラに植えていた木と」
どっちもみんなの役に立つ木で、うんと喜んで貰える木。
公園だけじゃなくて、通路にも植えれば良かったんだよ。街路樹だったら、そんなものでしょ?
道路か通路かの違いくらいで、使い道の方は昔の日本の街路樹と同じ。…シャングリラならね。
植えるんだったら、実が食べられるベリーなんかが良さそうだよ。
あんまり大きくならないヤツなら、ブラックベリーとかラズベリーだとか…。そういう木苺。
コケモモだって美味しそうだし、ちょっと素敵だと思わない?
シャングリラの通路に植えてあったら、誰だって好きに食べられるんだよ。子供も、大人も。
自然の中の道を歩くみたいに、「熟してるな」と思った時にはヒョイとつまんで。
前のぼく、本物の街路樹があるの、アルテメシアで見てたのに…。外へ出る度に、何度もね。
街路樹のことは知っていたのに、船に植えようと思わなかったなんて、大失敗だよ…。
通路に植えれば良かったのにね、と零した溜息。「前のぼく、間抜けだったよ」と。
アルテメシアの街路樹は果樹とは違ったけれども、注目したなら、きっとヒントになったのに。
「ああいう風に木を植えるのか」と道路沿いの木に注意していれば、シャングリラにあった長い通路の活用法を思い付けたのに。
「ぼくって、ホントに馬鹿だよね…。せっかくのスペースを無駄にしちゃった」
シャングリラの仲間は緑が好きで、ブリッジの周りを公園にしてたほどなのに。本当だったら、あそこは公園なんかにしないで、空きスペースの筈だったのに…。
人類軍に攻撃されたら、ブリッジは狙われやすいんだから…。あんな所を公園にしたら、危険な場所になっちゃうのにね。避難用の場所に使うどころか、一番に逃げなきゃいけない公園。
それでも公園にするのがいい、って決めちゃったくらいの船なんだよ?
通路に街路樹を植えておいたら、みんな喜んでくれたのに…。
自分の部屋から通路に出たら街路樹が目に入るんだから、と前の自分の間抜けさに目を覆いたいけれど。前の自分の目は節穴かと、アルテメシアで見た街路樹たちのことを思うけれども…。
「おいおいおい…。アイデアとしては悪くないのが街路樹なんだが…」
スペースだって山ほどあったが、植えていなくて正解だったと思うがな?
コケモモにしてもベリーにしても…、とハーレイに否定されたアイデア。「悪くない」と評価をしてくれたくせに、何故そうなってしまうのだろう?
「…植えていなくて正解だって…。なんで?」
ぼくのアイデアは悪くないんでしょ、なのにどうして植えない方が良くなるわけ?
通路に街路樹はいい筈なんだよ、緑が増えるし、果物だって…。歩きながら見付けて、美味しい木の実をつまめるんだよ?
自分の部屋の前でだって、と疑問をぶつけた。いいことずくめのように思える街路樹の案。船のスペースを有効活用、その上、誰もが喜ぶだろうと思うから。
「お前の案は悪くない。しかし、そいつが実現してたら、とんでもないことになってたぞ」
公園だけでも係のヤツらは手一杯だったんだ、植物の世話で。水撒きは機械で出来てもな。
肥料をやったり、手入れをしたりと、忙しい日々を送ってたわけで…。公園の数が多いから。
なのに通路にまで植えちまってみろ、とてもじゃないが手が回らんぞ。
充分な世話が出来ないじゃないか、シャングリラ中の通路に街路樹が植わっていたら。
街路樹どもの世話に追われて疲労困憊、そういう仲間の憔悴し切った顔が見えるようだ、という指摘。公園だけでも大変だったのに、全部の通路の街路樹となったら追い付かない、と。
「毎日が戦場ってトコだったろうな、公園の係…。船中の通路を回るだけでも大変だ」
やっとこっちが片付いた、と思う間もなく次に移動で世話なんだぞ?
街路樹が枯れてしまうのが先か、係のヤツらが寝込むのが先か…。そうなるくらいに、ヤツらの仕事を増やしていたと思うんだがな?
お前が言ってる通路の街路樹、と言われてみればその通り。船の中の木が増えた分だけ、仕事が増えるのが公園の係。もしも街路樹を植えていたなら、休みさえろくに無さそうな彼ら。
「そうかもね…。街路樹、素敵なんだけど…」
係の仲間が倒れちゃったら、美味しい実がなるどころじゃないし…。無理だったかも…。
いいアイデアだと思ったのに、とガッカリしてしまった、街路樹を植えるという話。船の通路に植えておいたら、もっと緑が増えたのに。…通路でベリーやコケモモの実を摘めたのに。
でも、シャングリラでは無理だったよね、と思い知らされた厳しい現実。街路樹の世話までしていたならば、公園の係はきっと倒れてしまうから。
それじゃ無理だよ、と今の自分の考えの甘さを嘆いていたら…。
「待てよ、シャングリラのことはともかく…。街路樹ってヤツは本来、そういうモンか…」
お前は間違っちゃいないかもな、とハーレイが言うから、キョトンと見開いた瞳。いったい何が正しかったというのだろうか?
「間違ってないって…。何の話?」
ぼくのアイデアは使えないんでしょ、シャングリラでは。係のみんなが疲れてしまって、植えた木だって育たなくって。…途中で枯れたり、最初から根付かなかったりで…。
街路樹を植えてみても無駄になるだけなのに、と首を傾げた。何処も正しくなさそうだから。
そうしたら…。
「世話だ、世話。シャングリラに街路樹は無かったわけだし、そっちは話にならないが…」
植えるアイデアさえ出なかった船じゃ、どうすることも出来ないんだが…。
今の時代の街路樹ってヤツを考えてみろ。お前が乗ってるバスが通る道のヤツだとか。
他にも街路樹は山のようにあって、至る所で葉を茂らせているわけなんだが…。
その街路樹の世話をしているのは誰なんだ、とハーレイが唇に浮かべた笑み。大きな道路なら、何処にでもある色々な種類の街路樹たち。それを世話する係は誰だ、と。
「街路樹ってヤツは道沿いにズラリと植わっちゃいるが、世話をする人間が問題なんだ」
植えたり、枝を剪定するのは専門の業者が来るんだが…。
お前、バスに乗って走っている時、その連中をいつも目にするか?
いつも業者の車が停まっていたりするのか、街路樹の世話をしに来ていて…?
どうなんだ、と訊かれてみると、まるで覚えがない光景。茂りすぎた枝葉を剪定する時は、道に車があるけれど。…作業服を着た人が梯子を使って、木の上にいたりするけれど。
「えーっと…。そんなの滅多に見ないよ、係の人は。毎日なんかは、絶対、見ない…」
ぼくが通っている時間とズレているのかも、と返事をしたら笑われた。「間違ってるぞ」と。
「お前が出会っていないんじゃない。…業者なんかは来ていないんだ、毎日はな」
町中の街路樹の世話をしてたら、それこそシャングリラの街路樹の話と変わらんぞ。山のようにある木を端から回れば日が暮れちまう。仕事が終わる前に太陽が沈んじまうってな。
それじゃどうにもならないだろうが、本当の係が世話に来ることは滅多に無いんだ。
根元に草が生えちまった時も、秋に葉っぱが落ちる時にも、近所の人たちが世話をしてるんだ。誰に頼まれたわけでなくても、「せっかく植わっているんだから」と。
「…そうだったの?」
お仕事で世話をしてるんじゃなくて、近所の人がしてるんだ…。誰も頼んでいないのに。
「そういうことだな。こういう住宅街の中だと、街路樹が無いから分からんが…」
気が付かないでいるんだろうが、表通りに住んでりゃ分かる。…表通りに近い人でも。
それと同じで、もしもシャングリラの通路に街路樹を植えてたら…。
「植えてみたいが、係は其処まで手が回らない」と言いさえしたなら、誰もが世話を始めたな。自分の部屋の前にある木に、せっせと水をやるだとか。ついでに肥料なんかも入れて。
「…そうだったかもね…」
部屋に植木鉢を置いてた仲間もいたんだし…。そういう趣味が無い仲間にしたって、目に入った時は世話してくれそう。「水が足りないみたいだな」って水やりをしたり、肥料をあげたり。
放っておいたままで枯らしはしないよ、シャングリラの仲間たちだったら…。
どんなに忙しくしてる時でも、部屋に戻って水を汲んできてあげるくらいは出来そうだもの。
シャングリラでも可能だったのか、と気付いた街路樹たちの世話。通路に植わった木だけれど。
係たちの手が回らなくても、あの船にいた仲間たちなら、きっと世話してくれただろう。平和な今の時代と同じに、自分の身近にある街路樹を。
「…街路樹の世話って、いろんな人がしてたんだ…。係だけじゃなくて」
前のぼく、ホントに間抜けだったよ。街路樹のことに気付いていたなら、船に緑が増えたのに。
通路に植わっている木たちの世話、きっと誰でもしてくれたのに…。
「そうなったろうな、前のお前が街路樹を植えると言い出してたら」
ゼルあたりが「誰がそいつの世話をするんじゃ!」と怒鳴りそうだが、船の仲間が耳にしたなら実行されていただろう。あの船の通路に似合いの街路樹、ベリーやコケモモを植えて回って。
でもって、そいつが完成したなら、ゼルの姿も見られそうだぞ。ブリッジに行く前にジョウロを手にして、自分の部屋の近くの木たちに水やり中の。
「ふふっ、そうだね。…きっとゼルなら、そうなっちゃうね」
栗の木の世話をやっていたのがゼルだもの。「トゲがあるから危険なんじゃ」って、ゼルだけが上手に扱えるみたいな顔をして。
街路樹の世話も、毎日、せっせとしていそう。…墓碑公園のハンスの木みたいに可愛がって。
「うんと美味い実をつけるんじゃぞ」なんて、話しかけたりしているかもね。
「まったくだ。…ゼルなら、そんな所だろうな。頑固そうでも、根は優しかったヤツだから」
街路樹の世話もお手の物だぞ、あいつの部屋の前のが一番、美味そうな実をつけそうだ。
そういや、今の俺たちが知ってる街路樹。
色々な人が世話をしてるの、俺みたいにジョギングしてるだけでも分かるんだが…。
朝早くから走っていたなら、掃除をしている人にも出くわす。草むしりをしてる人だって。
出会った時には「ご苦労様です」と挨拶をして走って行くんだが…。
その街路樹に実がなる季節が、けっこう愉快なものなんだ。俺のコースだと、銀杏なんだが。
銀杏の実も美味いからなあ、そいつを拾いに来るヤツも多い。
しかも早起きして来るわけで、でないと先に拾われちまう。他のヤツらに。
「今日は見掛けない顔がいるな」と思った時には、銀杏が目当ての連中だな。
実を入れる袋を提げているから直ぐ分かる。掃除に使う箒の代わりに、銀杏を拾うための袋を。
朝一番のジョギング中にハーレイが出会う、銀杏を拾いに来る人たち。銀杏が実る街路樹の葉の掃除はしないで、お目当ては銀杏を拾うこと。
「あの連中は、もちろん普段に掃除なんかはしていない。見掛けない顔ばかりなんだから」
そろそろだな、と頃合いを見てやって来るんだ、銀杏だけを拾いにな。一緒に落ちてる葉っぱの方は、拾うどころか放りっ放しで。
しかし、そういう連中が来ても、誰も文句は言いやしないぞ。「どうぞ拾って行って下さい」とニコニコしながら掃除をしてる。いつも通りに箒を持って。
ついでに箒で掃除してると、銀杏も拾えちまうから…。
それを袋に集めて持ってて、俺がジョギングしている時にも、声を掛けたりしてくれるんだ。
「良かったら持って行きませんか」と愛想よく。
そういうわけで、貰っちまうってこともあるなあ、銀杏を。…木から落っこちたばかりのを。
ジョギング中の俺にくれるほどだし、銀杏を拾いに来る連中も歓迎なのさ、という話。せっせと世話をして来た街路樹、それがつけた実を惜しげもなく譲ってくれる人たち。
街路樹の世話は、誰に頼まれたわけでもないのに。仕事ではなくて、手間賃さえも出ないのに。
「銀杏、ハーレイにもくれるんだ…」
自分が世話した木なんだから、って一人占めにはしないんだね。みんな優しい人ばかり。
街路樹の世話を頑張ってるのも、きっと木たちのためなんだよね。
「うむ。暑い夏だと、水やりだってしているぞ。その水も家から運んで来て」
そうやって育てた銀杏の実を貰っちまうのは、悪いような気もするんだが…。向こうはちっとも気にしていないし、有難く貰って走って行くんだ。…少し臭いのが困りものだが。
とはいえ、後で食ったらこいつが格別に美味い。臭かったのが嘘のようにな。
「ハーレイらしいね、銀杏、ちゃんと食べるんだ。貰った時には臭くったって」
「当然だろうが、自分できちんと手間暇かけて食う銀杏は最高だってな」
臭い部分は綺麗に掃除で、匂いがすっかり消えちまうまで頑張って。
なのに、その最高の銀杏の実を、だ…。
「あれは臭いから」と、実をつけない木ばかり植えた時代もあったらしいぞ。
今の時代は、ごくごく普通に植えているがな。自然のままが一番なんだし、街路樹もそうだ。
イチョウを植えてやるんだったら、雄株も雌株も植えてこそ、ってな。
ハーレイが朝のジョギング中に出くわす、街路樹の世話をしている人たち。銀杏がドッサリ実るイチョウも、違う種類の街路樹なども。
何処でも誰かが世話をする。街路樹を植えたり剪定したりといった業者が来なくても。世話など頼まれていないというのに、「せっかく植わっているのだから」と。
「…俺が思うに、シャングリラでも同じだったろう。さっきも言った通りにな」
前のお前が「通路にも木を」と思い付いていたら、本当に通路に植えていたなら。
係じゃなくても誰かが世話して、きっと立派に育ったろうさ。どれも枯れたりしないでな。
ベリーやコケモモが実った時には、実だけちゃっかり貰っていくヤツらもいたりして。
「俺は仕事が忙しいんだ」と世話なんか一度もしていないくせに、「美味そうだな」とヒョイと毟っちまって。
それでも誰も怒ったりなんかしないんだ、とハーレイが言うから頷いた。白いシャングリラは、皆が優しい船だったから。今の平和な時代と同じに、誰もがミュウだったのだから。
「そういう船も素敵だね。みんなで通路の街路樹を世話して、世話していない人も実を貰って」
美味しそうだ、って毟って食べていたって、誰も文句を言わない船。
「世話をしていない人は食べちゃ駄目」なんて、ケチなことは誰も言わない船…。
「まさに楽園だっただろうなあ、公園があった以上にな」
船の通路に街路樹があって、みんなで世話をしていたら。…自分の部屋の前でなくても。
向こうの方も世話しておくか、と張り切るヤツらも現れたりして。
農場とはまるで縁が無いのに、やたらと世話が上手い仲間がいるだとか…、というのも有り得る話だと思う。意外な才能を発揮する人は、何処にでもいるものだから。
そう話しながら、ハーレイが「植えとけば良かったのか、街路樹を?」と言うものだから。
「…そんな気がするけどね、今のぼくだと」
街路樹としても役に立つんだし、仲間の間でもきっと人気の話題だよ。育ち具合とか、美味しい実がなる育て方とか。食堂とかでも、いつも賑やか。
「俺もそういう気がしてきたが…。街路樹、植えるべきだったのかもしれないが…」
もう手遅れってヤツなんだよなあ、今となっては。
「うん。シャングリラ、とっくに無いものね…」
通路に街路樹を植えてみたくても、白い鯨が無いんだもの。…何処を探しても。
残念だよね、とハーレイと二人で苦笑した。時の彼方に消えてしまったシャングリラ。
木を植えられるスペースが沢山あったというのに、活用し損ねたかもしれない、と。
「やっぱり駄目だな、本物の地面を知らない暮らしをしてたんじゃ…」
こういう場所にも植えられるぞ、とキャプテンの俺にも分からなかった。…なにしろ外の世界を知らんし、データだけでは実感ってヤツが伴わないから。
街路樹くらいは知ってたんだが、とハーレイがフウと零した溜息。データベースで見たし、本の中にも出て来るんだから、と。
「そうみたい…。前のぼくだって、少しも思い付かなかったんだから」
アルテメシアで街路樹を見ても、「人類の世界」だと思うだけ。ミュウの世界と重ならなくて、植えようとも思わないままで…。船の通路にベリーがあったら、本当に素敵だったのに。
だけど今だと、街路樹、色々あるんだね。新聞の記事にも種類が沢山あったよ。
「この町だけでも多いぞ、種類は。ジョギングしてても色々出会える」
他の町でも自慢の街路樹、色々と植えているらしいしな。其処の気候に合わせたヤツを。
そういう所で走ってみるのも楽しいだろう、と言うハーレイは走ったことも多分ある筈。柔道や水泳の試合で遠征、そういう時には他の町にも行ったのだから。
「…今のハーレイが走っていると、銀杏を貰えたりするんでしょ?」
「銀杏の実が落ちる季節に、其処を走って行ったらな」
朝一番でないと出遅れちまうが…、とハーレイは銀杏を巡る先陣争いを口にするけれど。掃除の人や、朝早くから拾いに来る人、その人たちに出会う時間でないと駄目だと言うけれど。
「ぼくも貰えるかな、一緒に行けば?」
ちょっぴり欲しいよ、その銀杏。ハーレイと一緒に出掛けて行って。
「俺と一緒にって…。お前、走れるのか?」
ジョギングなんだぞ、俺のペースで走ってくれんと、お前、置き去りになっちまうんだが…?
とても走れるとは思えないぞ、と尋ねられたから笑顔で答えた。「ううん」と首を横に振って。
「ぼくは散歩だよ、ぼくが一緒の時はハーレイも散歩」
二人で一緒に散歩に行こうよ、落っこちている銀杏の実を貰いに。
拾いに来るだけの人もいるなら、散歩に行っても、銀杏、分けて貰えそうだし…。
ジョギングでなくても良さそうだけど、と頼んでみた。「ぼくと散歩」と。
いつかハーレイと暮らし始めたら、銀杏を貰いに出掛けてみたい。白いシャングリラには銀杏も街路樹も無かったから。今の時代だから、街路樹に実った銀杏を貰えるわけだから。
「散歩に行くのはかまわんが…。朝が早いぞ?」
歩いて行くなら時間がかかるし、ジョギングよりかは早めに家を出ないとな。
「早めって…。それって、とっても?」
「そうなるな。銀杏の季節は、欲しいヤツらは朝がとびきり早いんだ」
掃除している人はともかく、俺みたいに走って行くだけのヤツに踏まれちまったら潰れるから。
それじゃ駄目だし、早く行こうと頑張って早起きしているからな。
暗い内に家を出るんじゃないか、とハーレイが言うから仰天した。いくらなんでも早すぎる。
「ぼく、そんな時間に起きられないかも…」
起こしてくれても、また寝ちゃいそう。もう少しだけ、って言って、そのまま…。
「お前はそういう感じだな。無理をしないで家で寝ていろ、俺が貰って来てやるから」
これが欲しかったんだろう、と袋に入れて貰った銀杏を。
ただし臭いが、と鼻をつまんでみせるハーレイ。「銀杏の匂いは、そりゃ凄いから」と。
「でも、ハーレイが食べられるようにしてくれるんでしょ?」
手間暇かけたらとても美味しくなるんだ、って…。それに臭いのも消えちゃうって。
「お前、食べるだけか?」
銀杏を貰いに散歩だなんて言ってたくせに、お前は食べるだけだってか…?
「だって、お料理、ハーレイがしてくれるって…。ぼくがハーレイと結婚したら」
ハーレイの方がずっとお料理上手なんだし、銀杏の料理もきっと上手いと思うから…。
「まあ、いいがな。…確かに俺は、前の俺だった頃から料理ってヤツとは縁が深いし」
俺の嫁さんの頼みとあれば…、とハーレイが引き受けてくれた銀杏の料理。
今は街路樹が普通にあるから、銀杏だって貰える世界。季節になったら出掛けてゆけば。
シャングリラでは植え損ねた街路樹だけれど、いつかハーレイと結婚したら楽しもう。
デートで色々な木を眺めたり、ドライブで車の窓から見たり。
ジョギングの途中で貰ったという、銀杏の実が臭くて悲鳴を上げてみるのもいい。
街路樹は今は何処にでもあるし、シャングリラの通路に植えてみなくてもいいのだから…。
街路樹と船・了
※実が食べられる木を公園に植えていたシャングリラ。でも、街路樹はありませんでした。
植えておいたら、きっと喜ぶ人が多くて、世話をしたがる人もいた筈。あれば良かったかも。
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