シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
マリッジブルー
(お嫁さん…!)
花嫁さんだ、とドキンと跳ねたブルーの心臓。学校から帰って、おやつの時間に。
読んでいた新聞、其処に見付けた花嫁の横顔。髪を結い上げて頭にティアラ。真っ白なレースのベールも被って。
(えーっと…?)
キョロキョロと見回したダイニング。いるのは自分一人だけ。母はキッチンで、暫くは来ない。これはチャンス、と記事に集中することにした。おやつよりも気になる、花嫁の記事。
(ふふっ…)
思った通りに素敵な中身。婚約から始まる、結婚式までの準備が色々書かれていて。
新居を探す時のポイントや、用意するべき家具だとか。なんともワクワクする内容。自分一人で考えていても、詳しいことなど分からないから。
(ぼくだと、住む家は決まっているし…)
結婚したら、ハーレイの家に住もうと決めている。前はこの家とどっちにしようか、ちょっぴり悩みもしたけれど。
(結婚式で着る、ドレスも色々…)
真っ白にするか、華やかな色のドレスも着てみるか。白無垢もあるし、試着だけでも大変そう。第一、ドレスか白無垢なのかも決めていないから悩ましい。
結婚式の式場だって、と共感させられる、結婚式までに決めるあれこれ。思った以上に、花嫁になる前は忙しいらしい。人によっては美に磨きをかけ、習い事にも熱を入れたり。
そうなんだ、と読み進めていった記事の結びは…。
(マリッジブルーに気を付けて?)
なにそれ、と思った知らない言葉。初めて目にした「マリッジブルー」。
とても気になる言葉だけれども、母に尋ねるわけにはいかない。きっと変な顔をされるから。
(そんな言葉、何処で聞いてきたの、って…)
訊き返されたら困ってしまう。まさか、この記事で読んだなどとは言えないし…。
(前のぼくが知っていればいいけど…)
知っているかも、と期待をかけたソルジャー・ブルー。三世紀以上も生きた間に、一度くらいは耳にしているかもしれない。あるいはライブラリーの本で見たとか、そんな具合に。
前の自分の記憶を手繰るなら、続きは部屋で。ダイニングで考え込むよりも。
おやつの残りを綺麗に食べ終え、キッチンの母にお皿やカップを返して部屋に戻った。気になる言葉を心の中で繰り返しながら、けれど顔には出さないで。
(マリッジブルー…)
どんなのだろう、と勉強机の前に座って、さっきの続き。今の自分が知らない言葉。
マリッジブルーと言うほどなのだし、結婚式までの流れを追った花嫁向けの記事だったから…。
(結婚は分かるけど、ブルーって?)
マリッジは結婚、其処まではいい。続く「ブルー」が全くの謎。
自分の名前でないことは分かる。今の時代も大英雄の、ソルジャー・ブルーではないことも。
ブルーは色の名前だけれども、それのことでもないだろう。花嫁の衣装は純白なのだし、青色の出番は無さそうな感じ。「青いドレスを着たい」という場合は別として。
(他にブルーっていうものは…)
何か無いかな、と指を折ってみても、まるで分からない。ブルーはブルーで、青い色としか。
前の自分の遠い記憶を手繰っていっても、やはり無かった。マリッジブルーという言葉は。
(うーん…)
結婚しなかった前の自分。恋さえ秘密のままで終わって、結婚式を挙げてはいない。ハーレイと二人で地球に着いたら、と漠然と夢を見ていただけで。
(結婚式のことなんか…)
思い描けはしなかった。もちろん準備をするわけがないし、下調べさえもしていない。具体的な話を詰めるより前に、寿命の終わりが来てしまったから。
(地球まで辿り着けなかったら、結婚どころじゃないものね…)
ハーレイと二人きりで暮らすことは出来ず、死の瞬間までソルジャーとキャプテン。恋に落ちたことは誰にも言えずに、黙って死んでゆくしかない。
そうなることが分かってしまえば、夢さえも見られない結婚。
白いシャングリラで幸せそうな恋人たちを目にする度に、羨ましいと思っただけ。二人で生きてゆける彼らが、いつか地球まで行けるのだろうカップルたちが。
そんな日々では、結婚式について調べようとは思わない。自分とは縁が無いものなのだし、深く知るほど、悲しみが増してゆくだけだから。…「ぼくには無理だ」と。
そのせいで知らなかったのだろうか、マリッジブルーという言葉。
結婚式を挙げるつもりで調べていたなら、誰もが出くわすものかもしれない。本の中やら、白いシャングリラのデータベースの情報やらで。
(ぼくは知らないけど…)
前のハーレイも縁が無さそうな言葉だけれども、今のハーレイ。青い地球の上に生まれ変わったハーレイだったら、この言葉も知っているのだろうか?
なんと言っても大人なのだし、三十八年も生きている。友人たちの結婚式にも呼ばれたりして、沢山持っていそうな知識。それに自分との結婚のことも、心に留めてくれているから。
(ハーレイが来たら訊いてみたいけど、こんなの、メモに…)
書き留めて机に置いてはおけない。「マリッジブルー」などと記したメモは。
部屋の掃除は自分でしているけれども、母だって部屋に入ってくる。洗濯物を届けに来るとか、他にも色々。それも自分が学校に出掛けて留守の間に。
(机の上だと、ママが見ちゃうよ…)
だから駄目だ、と諦めた机。分かりやすくても、母に見付かるような場所には置けないメモ。
そうは思っても、引き出しの中に仕舞っておいたら、そのまま忘れてしまいそう。開けた時には思い出せても、肝心のハーレイが来ている時には、頭の端っこを掠めもせずに。
(メモの隠し場所…)
それさえあったら書いておくのに、使えそうな場所が閃かない。部屋のあちこちに視線を配って見回してみても、ただの一つも。
この調子だと、今日、ハーレイが来てくれなかったら、マリッジブルーという言葉は…。
(忘れてしまって、永遠の謎…?)
何のことだったかも分からないまま、日が経って記憶の海に沈んで。
それとも結婚を決めた時には、何処かで教えて貰えるだろうか?
(気を付けて、って書いてあったんだから…)
花嫁にとっては、とても大事で気を付けなければいけないこと。そうだとしたら、誰かが教えてくれそうでもある。「マリッジブルーに気を付けて」という注意とセットで。
結婚式に向けての準備の途中で、マリッジブルーの説明をして。
「こういうものに気を付けなさい」と、対処法とかも親切に話してくれたりして。
ちゃんと教えて貰えるかもね、と考えていたら聞こえたチャイム。窓から覗いたら、ハーレイが大きく手を振っていた。門扉の前で。
来てくれたからには訊かなくちゃ、と部屋でテーブルを挟んで向かい合うなり、ぶつけた質問。
「あのね、ハーレイ…。マリッジブルーっていうのを知ってる?」
「なんだって?」
いきなり何を言い出すんだ、とハーレイは怪訝そうな顔。「お前、いったいどうしたんだ?」と鳶色の瞳を丸くして。
「今日の新聞に載ってたんだけど…。ぼくの知らない言葉なんだよ」
前のぼくの記憶を探ってみたって、出て来ないから…。ハーレイなら知っているかと思って…。
花嫁さんの記事に書いてあった、と説明をした。それで初めて知ったのだから。
「結婚式までの流れって…。お前、そんな記事を読んでいたのか」
おやつの時間にダイニングでとは恐れ入ったな、しかも花嫁の写真付きだろ?
よくもまあ…、とハーレイは呆れ返った様子。「お前も大した度胸じゃないか」と。
「大丈夫、ママには見付かっていないから。…ちゃんと、いないの確かめたもの。読む前に」
それでね、その記事の一番最後にあったんだよ。マリッジブルーに気を付けて、って…。
結婚する人なら知っているから、書いてなかっただけなのかな…。ひょっとしたら。
だけど、ぼくは全然知らないし…。前のぼくだって知らないみたいだし…。
マリッジブルーってどういうものなの、結婚する時には当たり前なの?
ハーレイは聞いたことがあるの、と最初の言葉を繰り返した。「知っているの?」と。
「うーむ…。マリッジブルーと来たか…」
チビのお前の口から聞くとは、とハーレイが眉間に寄せた皺。心当たりはあるらしい。
「知ってるんだね、ハーレイは?」
その顔だったら、そうだもの。マリッジブルーを知ってるんでしょ?
「まあな。…今の俺くらいの年になってりゃ、普通は知っているだろう」
花嫁の方の事情にしたって、結婚相手は男だから。…男の方でも耳にするってな、その言葉。
「じゃあ、教えてよ」
ぼくに話しても問題ないなら、マリッジブルーの意味を教えて。
子供の間は早すぎる、って言うんだったら諦めるけど…。ハーレイ、其処は厳しいものね。
チビだからキスもしてくれないし、と上目遣いにチラと睨んだ。「ハーレイのケチ」と、日頃の恨みをこめた視線で。
マリッジブルーはどうなのだろうか、子供の自分は聞けないままに終わるだろうか…?
「知りたいと言うなら、仕方ないな…。チビには言えない話でもないし」
もっとも、お前が満足するかどうかは知らないが。…花嫁の気分の問題だからな、特別な何かが待っているってわけじゃないから。
マリッジブルーというヤツは…、とハーレイが教えてくれたこと。花嫁の気分を指す言葉。
嬉しい筈の結婚式を控えているのに、気分が沈んでしまう花嫁。結婚の日が近付くにつれて。
どういうわけだか、そうなる女性がとても多いから、出来た言葉がマリッジブルー。
マリッジは思った通りに結婚、ブルーの方には「落ち込む」という意味もあるらしい。結婚式に向けて心が弾む代わりに、涙ぐんだりする人も。
「えーっ!? マリッジブルーって、そういうものなの?」
結婚式って、最高に幸せな日だと思うんだけど…。その後もずっと幸せなんだよ、結婚して。
なのに悲しくなるなんて…。何か変だよ、本当にそれで合ってるの?
何か勘違いしていない、と信じられない気分で訊いた。「それって記憶違いじゃないの?」と。
「俺が間違いを教えてるってか? これに関しては、そいつは無いな」
やっぱり本当に知らなかったんだな、マリッジブルー。…チビのお前じゃ仕方がないが…。
耳にするような機会も無いしな、こんなチビだと。
結婚式に招待されても、御馳走しか見ていそうにないし、と痛い所を突かれたけれど。
「前のぼくだって知らないよ! 今のぼくなら、ハーレイに会う前はそうだけど…」
パパやママと結婚式に行った時には、ケーキの方ばかり見てたから。…美味しそう、って。
でも、前のぼくでも知らないんだから、ぼくが知らなくても仕方ないでしょ!
チビのせいだけにしないでよ、と尖らせた唇。前の自分はチビの子供ではなかったから。
「そりゃまあ、前の俺たちが生きてた時代じゃなあ…」
前のお前がいくら知識を増やしていたって、お目にはかかれなかっただろう。
結婚する気でデータベースを探してみてもだ、果たして出会えていたのかどうか…。
あの時代には、マリッジブルーなんかは無かったモンだから。
人類の世界にも無かったんなら、船だけが全てのミュウだって縁が無いってな。
SD体制の時代は今とは違う、とハーレイは説明してくれた。
機械が統治していた世界。大人の社会と子供の社会は、機械が分けてしまっていた。子供たちは十四歳になったら、養父母と別れて新たな生活。それまでの記憶を処理されて。
子供時代の記憶が薄れて、養父母の顔さえ曖昧になる成人検査。その後に教育ステーションへと送られ、やがて見付ける生涯の伴侶。結婚するコースに入ったならば。
結婚が決まれば、幸せ一杯の未来があるだけ。何処で暮らすか、養父母になるのか、一般社会の構成員の道を選ぶのか。そういったことを決めて始める生活。愛する人と結婚して。
順風満帆の結婚生活、それまでの道も希望に溢れた明るい道。マリッジブルーの出番は何処にも無かったという。花嫁は幸せを掴み取るだけで。
「…それじゃどうして、今の時代はマリッジブルーがあるの?」
前のぼくたちが生きた頃より、ずっと素敵な時代なのに。
人類とミュウのことはともかく、機械に記憶を消されるような時代じゃないし…。うんと平和な世界なんだし、幸せの量も桁違いだよ…?
悲しくなる筈がないじゃない、と首を傾げた。今は本当に幸せな時代なのだから。
「素敵な時代だからこそだな。…マリッジブルーになっちまうのは」
SD体制よりも前の時代にも、マリッジブルーはあったんだ。ずっと昔から言われていた。
しかし、機械が治めた時代じゃ、誰もそいつに罹りやしない。失うものが無いからな。
今の時代は、失くしちまうものが増えたんだ。結婚しようという花嫁たちは。
失くしちまったら悲しいだろうが、とハーレイが言うから驚いた。
「え…? 失くすって…。何を失くすの?」
いろんな幸せが手に入るのに、と訊き返した。結婚までの準備だけでも、忙しい中で幾つも掴む幸せ。二人で暮らすための家やら、その家に入れるための家具やら。
「そういったものは手に入るんだが…。幸せ一杯に見えるんだがな…」
よく考えてみろよ、結婚したら何処で二人で暮らすんだ?
親と一緒の家に住むなら、さほど問題は無いんだが…。大抵は家を出て行くだろうが。
生まれ育った大好きな家や、いつも一緒だった自分の家族。そいつがすっかり消えちまう。
近い所に引越しするなら、思い立った時に会いに行くのも簡単だが…。
人によっては、故郷の星を離れてゆくこともあるんだし…。ワープしなけりゃ行けない場所へ。
家も家族も、時には故郷も。…色々なものを失くす花嫁。
幸せになる代わりに失くしてしまう。愛する人と暮らせるけれども、それまでの日々は何処かへ消える。生まれ育った家での暮らしも、毎日顔を合わせた家族も、全てが過去になってしまって。
「SD体制の時代だったら、その心配は無かったんだが…。本物の家族じゃないからな」
ついでに機械が記憶を処理してしまうわけだし、子供時代に帰りたいとも思わない。
そういう風に育っていたなら、結婚となれば幸せだけしか無かったんだ。失くすものなど持っていないんだから。…育ててくれた親も、懐かしい家も。
ところが今だと、そうはいかない。マリッジブルーになっちまうわけだ、失うことが寂しくて。
だから、お前も気を付けろよ?
俺の嫁さんになるんだからな、と念を押されてもピンと来ない。マリッジブルーになるなんて。
「ぼく…? ぼくは平気だと思うけど…」
ずっと昔から、ハーレイと一緒。今のぼくに生まれてくる前からね。
今の方が寂しいくらいだと思うよ、ハーレイと離れ離れだもの…。せっかく会えても、一緒には暮らせないんだもの。今日もハーレイ、夜になったら帰っちゃうしね。
だけど、結婚した後は一緒。前のぼくたちだった時より、うんと近くにいられるよ。
ソルジャーとキャプテンなんかじゃないしね、部屋も別々じゃないんだから。
そうやってハーレイと暮らしてゆけたら、今よりもずっと幸せでしょ?
マリッジブルーになるわけがないよ、絶対に。結婚する日がまだ来ない、って悲しい気持ちで、カレンダーを見ていることはあっても。
きっとぼくには関係ないよ、と自信たっぷりで言ったのだけれど。マリッジブルーに陥るようなことは有り得ない、と思ったけれど…。
「本当か…? お前、きちんと考えてみたか?」
前のお前なら、結婚しても失うものは何も無かったんだが…。
SD体制の時代に生きていた上に、人類以上に記憶を失くしていたからな。
成人検査よりも前の記憶を、お前は持ってはいなかった。検査にパスした人類だったら、幾らか残っていたのにな。養父母のことも、育った家や故郷も。
そいつをすっかり失くしていたし、その辺りは人類のヤツらと同じだ。
結婚したって何一つ失くしはしないってわけで、未来への夢がたっぷりで。
失くすものと言ったらシャングリラだな、とハーレイが話す白い船。ミュウの箱舟だった船。
いつか地球まで辿り着いたら、二人で降りようと約束していた。ミュウを端から抹殺してゆく、忌まわしい機械が治める時代。それが終わって、箱舟が要らなくなったなら。
平和になったら、ソルジャーとキャプテンの役目も終わるし、恋を明かしても許される。
その時が来たら船を出ようと、地球の上にある小さな家で二人きりの暮らしを始めようと。
ハーレイと二人で生きてゆける代わりに、戻れなくなる白い船。シャングリラが宇宙に旅立って行っても、見送ることしか出来ない二人。
もうソルジャーではないのだから。…キャプテンでもないハーレイと二人、船を降りると決めた以上はもう戻れない。白い鯨が何処へ行こうと。
「シャングリラは失くしちゃうけれど…。青の間なんかは惜しくはないよ」
あんな大袈裟な部屋は要らないし、ハーレイと二人で暮らせるだけの家があれば充分。
シャングリラだって、二人きりでいられる家に比べたら、ずっと値打ちが落ちちゃうもの。
思い出は一杯詰まっているけど、幸せな思い出には、全部ハーレイがいるんだから。
そのハーレイと一緒だったら平気だよね、と微笑んだ。白いシャングリラを失くしたとしても、前の自分は少しも寂しくないのだから。
「前のお前なら、そうだった。お前が言ってる通りにな」
失くす家族や家の記憶は、とっくに失くしちまった後だ。人類のヤツら以上に、跡形も無く。
帰りたいと思う家も無ければ、会いたいと思う親だっていない。
ゼルやブラウたちがシャングリラと一緒に行っちまっても、あいつらは友達だったから…。
機会があったらまた会える、と手を振って別れられただろう。「またいつか」と。
そして何年も会えないままでも、そう寂しくはないんだろうな。俺と暮らしているのなら。
だが、今は…。
お父さんもお母さんもいるだろうが、とハーレイに覗き込まれた瞳。
「今のお前は、記憶を失くしちゃいないんだ」と。
生まれた時からずっと一緒で、血の繋がった本物の両親。SD体制の時代の養父母ではなくて。
この家で両親に守られて育って、結婚して家を離れる時まで、別れは来ない。
けれど、結婚した後は違う。
結婚式を挙げて帰ってゆくのは、この家ではなくてハーレイの家。其処が新しい家になるから。
ハーレイの家は、同じ町の中にあるけれど。ハーレイは歩いてやってくることもあるけれど。
その家は、此処の窓から覗いてみたって、屋根の端さえ見えない所に建っている。何ブロックも離れた場所に。
そんな所に移り住んだら、父と母には、今のようには会えなくなる。一日に何度も顔を合わせて笑い合ったり、食事をしたりも出来ない暮らし。
両親に会いに毎日帰ってゆけはしないし、何かの時に手を借りたいと思っても無理。
「お前が一人で留守番してても、お母さんのおやつは出て来ないんだぞ」
今のお前なら、お母さんが買い物に出掛けていたって、ちゃんとおやつがあるんだが…。
そいつが無くなっちまう上にだ、お前は昼間は独りぼっちだ。
上手く時間を潰せたとしても、待っていたって、俺しか帰って来ないんだし…。
お前の暮らしは変わっちまうぞ、というハーレイの指摘。今の暮らしと、結婚した後の暮らしは全く違うものだ、と。
「ホントだ、今と全然違う…」
ママのおやつが無いのは分かっていたけれど…。ママがいない家に行くんだから。
ハーレイが大好きな、ママのパウンドケーキのレシピを習って、お嫁に行こうと思ったけど…。
頑張ってケーキを焼いてみたって、味見してくれるママがいないんだね。
この家で練習している間は、ママが色々教えてくれて、味のアドバイスもしてくれるのに…。
そのママがいないよ、と気が付いた。「母がいない」という意味に。
今なら何処かに出掛けていたって、直ぐに帰って来てくれる母。そんなに長くは待たなくても。
ほんの少しでも遅くなったら、「ごめんなさいね」と謝られる日も。
父も昼間は仕事だけれども、夜になったら帰って来る。休日は家にいることも多い。庭の芝生を刈り込んでみたり、母の花壇を手伝ったりも。
両親の姿は、いつもあるのが当たり前。家族が揃う朝食と夕食、それ以外にも何度も会って。
夜中にだって、困った時には声を掛ければ起きてくれる両親。「どうしたの?」と母が部屋から顔を覗かせて、父も「どうした?」と出てきてくれて。
その人たちがいなくなる。…ハーレイの家に引越したら。
ハーレイの家と両親の家は全く違うし、家中の部屋を覗いてみたって父も母もいない。二人とも帰って来てはくれなくて、離れてしまって、独りぼっち。何ブロックも離れた場所で。
(でも、ハーレイが…)
いてくれるものね、と思ったけれども、そのハーレイも仕事に出掛けている間は留守。夏休みや春休みなどの時を除けば、週末以外はいつも学校。朝になったら出勤してゆく。
(帰って来るのは、早い時でも今日みたいな時間…)
午後のおやつには間に合わない。ポツンと一人で食べるしかない、三時のおやつ。
この家にいても、おやつを一人で食べている日も多いけど。今日もそうだったし、お蔭で新聞の花嫁の記事を読めたのだけれど。
(…ママはキッチンにいたか、庭に出てたか…)
とにかく家の何処かにはいたし、独りぼっちとは言えないだろう。「ママ、何処?」と呼べば、声が返っただろうから。「此処よ」と、「何か用事なの?」と。
けれど、ハーレイの家での独りぼっちは違う。本当に自分一人で留守番。
(ハーレイは今頃、授業中かな、って…)
時間割の写しを眺めてみても、ハーレイの様子は分からない。どんな教室で、生徒に何を教えているか。授業の途中の雑談の時間で、笑い声が上がっているかどうかも。
(前のぼくなら、ハーレイが船の何処にいたって…)
知りたいと思えば見ることが出来た。青の間から軽く思念で探って、居場所を見付けて。
あの頃のように、覗き見さえも出来ない自分。ハーレイが留守で寂しくなっても、悲しい気分になってしまっても。
(…留守番してたら、悲しい気分になっちゃうんだから…)
独りぼっちで留守番の日々が始まる前にも、そういう予感に包まれていそう。幸せ一杯の結婚と一緒にやってくる孤独、家にポツンと一人きりの日々を想像して。
(考えただけでも、寂しくなってしまっているし…)
そうなる時が近付いて来たら、本当に悲しくなるかもしれない。「もうすぐ独りぼっちだ」と。
昼の間は独りぼっちで、おやつの時間も一人きり。
気晴らしにパウンドケーキを作ろうと思い立っても、「おっ、焼いたのか?」というハーレイの声を聞ける時間はずっと先。仕事が終わって帰って来てから。
「上手く焼けたかな?」と試食するのも一人きりだし、母は味見をしてくれない。端っこの方を二人で食べてみたくても、母はいなくて一人だから。
結婚を控えた花嫁が罹る、マリッジブルー。幸せ一杯の日々が待っているのに、引き換えに何を失うのかを考えて。…それが寂しくて、とても不安で。
マリッジブルーがそういうものなら、今、こうやって考え事をしている自分も…。
「…ぼく、罹っちゃいそう…。ハーレイが言ってる、マリッジブルー…」
パパもママもいなくて独りぼっちで、ハーレイが仕事の間は留守番。
一人きりだよ、って気が付いちゃったら、悲しくてポロポロ泣いちゃうかも…。ハーレイの家に引越した後に。
そうなっちゃうのを想像したって、きっとホントに泣いちゃうから…。
これってマリッジブルーだよね、とハーレイに訊いたら、「間違いないな」という答え。
「やっぱり、そうなっちまうのか…。前のお前じゃないからな」
今のお前なら、本当にマリッジブルーになりかねん。今でもお前は不安そうだし、俺との結婚が決まった後には、本物のマリッジブルーというヤツに。
酷くなったら、「結婚なんかしたくない」と言い出すこともあるらしいから…。
そうならないよう、俺が気を付けてやらないと。
お前がマリッジブルーになっちまった時は、早めの治療を心掛けて。
未来の俺の嫁さんのために頑張らないとな、とハーレイは努力をするらしいけれど、結婚相手に治せるだろうか、マリッジブルーが?
その結婚が不安なのに。…ハーレイとの結婚が、寂しさや悲しさを運んで来るから怖いのに。
「ハーレイが治してくれるって…。どうやって?」
ぼくは結婚したら独りぼっちで、うんと悲しい日が待っていそうで不安なんだよ?
ハーレイに会ったら、もっと不安になりそうだけど…。もうすぐ結婚式の日が来ちゃう、って。
だってそうでしょ、ハーレイがデートに誘いに来るのは、ぼくと結婚するからで…。
そんなハーレイと会っていたって、ぼくは悲しくなる一方で…。
家から出たくなくなりそう、と正直な気持ちを口にした。マリッジブルーになってしまったら、きっと毎日が不安だから。結婚式のことを考えただけで、気分が沈みそうだから。
「俺だって、それは承知してるが…。たまには気晴らしといこうじゃないか」
まだ結婚もしない内から不安になってちゃ、人生、つまらないからな。
心配し過ぎは前のお前の時からの癖だ、もっと大らかに構えないと。今は平和な時代なんだし。
落ち込んでる時はデートに限る、とハーレイは自信満々だった。
「行かない」と言っても、宥めてデート。車で出掛けて、ドライブに食事。
不安な気持ちが消えるようにと、明るい話題を持ち出して。結婚した後の夢も沢山話して、心を軽くするという。「結婚したら素敵な暮らしが始まるんだ」と思えるように。
「頑張ってみても、なかなか治らないから、厄介なのがマリッジブルーらしいんだが…」
俺たちの場合は、普通のカップルとは事情が違う。…幸いなことに。
お前も俺も生まれ変わりで、前の俺たちは結婚できずに終わっちまった。いつか地球まで行けた時には、結婚しようと誓ってたのに。
その俺たちが青い地球まで来られたんだぞ?
前の俺たちが生きた頃には、何処にも無かった青い地球まで。…それも平和な世界にな。
そして俺たちは結婚するんだ、今度こそ誰にも邪魔をされずに。皆に祝福して貰って。
運命ってヤツに引き裂かれちまった、前の俺たちの約束の分まで果たせる結婚式なんだから…。幸せの量が桁違いだよな、他の沢山のカップルとは。
そうじゃないのか、と問われれば、そう。
前の自分たちは、恋したことさえ明かせなかった。本当に最後の最後まで。
けれど今度は恋を明かして、結婚式を挙げて、お揃いの指輪も嵌められる。左手の薬指に嵌める結婚指輪を、白いシャングリラには無かったものを。
「そうだね。前のぼくたちの分まで、一緒に結婚式だっけ…」
ぼくの中には前のぼくがいるし、ハーレイの中には前のハーレイ。
違う身体になっちゃったけれど、新しい別の命だけれど…。でも、魂はおんなじだから…。
今度こそ幸せになれるんだっけね、ハーレイも、ぼくも。
前のぼくが行きたかった地球で結婚して…、と遠く遥かな時の彼方に思いを馳せる。前の自分が諦めざるを得なかった夢。
青い地球まで辿り着くことと、ハーレイと二人で地球で暮らすこと。
それが叶うのが今の自分の結婚式で、結婚したら前の自分が諦めた夢がまた開き始める。地球でやりたいと願ったことを、ハーレイと一緒に実現させてゆくという夢。
ヒマラヤまで青いケシを見に行くとか、五月一日にスズランの花を贈り合うとか。
今の自分の夢も加えてゆくから、幾つもの夢。新婚旅行は宇宙から青い地球を見る旅。
そういう日々を始めるためには、まずはハーレイと結婚すること。
マリッジブルーで寂しいなどと言っていないで、悲しい気持ちになっていないで。今の自分には寂しいことでも、前の自分に比べたら…。
「…パパもママもいなくて、独りぼっちは寂しいけれど…。前のぼくより、ずっとマシだね」
待っていればハーレイが帰って来るから、ぼくは一人じゃないんだもの。
本当に悲しい独りぼっちは、前のぼくが知っているんだから…。
ぼくの右の手、と見詰めた右手。前の生の終わりに冷たく凍えた、悲しい記憶が残った右の手。
「そうだろう? お前が落ち込んじまっていたって、前のお前の悲しさよりかはマシなんだ」
そいつを思い出せとは言わんが、今のお前の幸せってヤツを噛みしめないとな。
どれだけ恵まれて生きているのか、これから先にも、どれだけの幸せが待っているのか。それを思えば、お前のマリッジブルーはだな…。
大したことではないだろうが、と鳶色の瞳がゆっくり瞬く。「じきに治るさ」と。
「うん、いっぺんに治ってしまいそうだね。…前のぼくの分まで、って思ったら」
今のぼくがどんなに寂しがっても、前のぼくには負けるから…。
メギドで独りぼっちになっちゃった時は、寂しいなんて思う余裕も無かったから…。ハーレイの温もりを失くしてしまって、右手がとても冷たくて。
もう二度と会えやしないんだ、って泣きじゃくりながら死ぬしかなくて…。
あの悲しさを思い出したら、マリッジブルーなんか消し飛んじゃうよ。直ぐに治って、元通り。
いつものぼくが戻って来るよ、と断言できる。「寂しいだなんて言ってられないよ」と。
ハーレイの温もりを失くしたことに気付いた、メギドで最期を迎えた時。
右手にハーレイの温もりは無くて、切れてしまったと思った絆。
あれよりも深い悲しみを前の自分は知らない。別れの痛みも、孤独も、それに絶望だって。
今の自分も知るわけがないし、きっと知ることも無いだろう。
マリッジブルーで沈み込んでいても、落ち込んでいても、あの悲しみには及ばないから。
「ほらな。今のお前は幸せなんだし、それをしっかり捕まえないと」
前のお前の夢だった結婚、今度は堂々と出来るんだから。
この家を出るのは寂しいだろうが、嫁に来るんだと言い出したのはお前だし…。
嫁に来るつもりで話を進めているしな、お前ってヤツは、いつだって。
それに…、とハーレイが浮かべた笑み。「俺の家は同じ町にあるしな?」と。
「お前の足では少し遠いが、俺なら歩いて来られる距離だ。たったそれだけしか離れてないぞ」
その気になったら、いつでも会いに行けるんだ。
俺が仕事に出掛けている間に、寂しくなったらバスにでも乗って。
SD体制の時代と違って、お母さんたちのことを忘れちまいはしないしな?
どんな顔だったか、家は何処だったか、お前はいつでも鮮やかに思い出せるってわけだ。会いに行こうと思えば行けるし、実に素晴らしい時代じゃないか。
結婚しようが、何年経とうが、お前の家は此処にある。お母さんたちも此処で待っててくれて、いつでも迎えてくれるんだから。
寂しがってる暇があったら、家に帰るためのバスの路線でも考えておけ、と笑われた。
まだ結婚もしない内から、あれこれ頭を悩ませないで。寂しい独りぼっちの時間を思って、涙を溢れさせないで。
「うん…。寂しい気持ちになってしまったら、そうするよ」
ハーレイの家から此処に来るには、どのバスに乗れば良かったっけ、って考える。何分くらいで着くバスだったか、途中のバス停の名前は何か。
本当にそんなに遠くないものね、他の星に行くんじゃないんだから…。
パパもママも家に帰れば会えるし、寂しくなったら会いに帰ればいいんだから…。
家の場所も、パパとママの顔も覚えているもの、と今の自分の幸せを思う。きっと一生、忘れることは無い両親。自分が生まれ育った家。何歳になろうと、何百年と生きようと。
(…でも、前のぼくは覚えていなかったんだよ…)
前の自分は、十四歳の誕生日まで育ててくれた養父母を忘れた。成人検査で忘れたものか、後の過酷な人体実験がそうさせたのか。それさえも今は分からない。
SD体制の時代の仕組みからして、成人検査を受けた直後は覚えていた可能性もある。おぼろにぼやけた顔になっても、「これがパパとママ」と思える人を。
けれどアルタミラの檻にいる間に、何もかも忘れて消えてしまった。両親の顔も、育った家も。
あの時代には、成人検査をパスした子供たちさえ、ごく曖昧な記憶しか持っていなかった。誰が自分を育てていたのか、どういう家で育ったのかも。
そういう時代を生きて死んでいった、前の自分に比べたら…。
とても贅沢な悩みなのだ、と気付かされたマリッジブルーというもの。
独りぼっちが寂しいだとか、両親のいない家で暮らすのが悲しいだとか。両親のことも、育った家の場所も、記憶はとても鮮やかなのに。…望みさえすれば会いに行けるのに。
「ねえ、ハーレイ…。今の時代の花嫁さんたちは仕方ないけど…」
ぼくがマリッジブルーに罹ったなんて言っていたなら、とても我儘で贅沢だよね。
パパもママもちゃんと覚えているのに、会いたい時には会いに行けるのに…。
寂しくなるから結婚するのが不安だなんて、とコツンと叩いた自分の額。前の自分の悲しすぎる記憶を思い出したら、贅沢はとても言えないから。…我儘なことも。
「分かったか? 前のお前の頃に比べりゃ、今のお前は幸せ者だということが」
しかしだ、マリッジブルーになっちまうお前も今だからこそで…。
前のお前なら、そんな風には決してならない。…失くしちまうものが無かったからな。
マリッジブルーは今のお前の特権なんだし、今ならではの花嫁の気分を味わっちゃどうだ?
うんと我儘なマリッジブルーになれる贅沢、それを存分に楽しむのもいいと思うがな…?
なってみるのもいいかもしれん、と言われたけれども、マリッジブルーになったら辛い。寂しい気持ちに包まれるのだし、楽しみな筈の結婚式の日が近付いて来たら落ち込むらしいし…。
「楽しんでみろって…。ぼくは落ち込んでるんだよ?」
ハーレイと結婚するのが不安で、とても寂しくて…。パパとママの家にいようかな、って…。
もう結婚は断ろうかな、って思ってるかもしれないのに…?
それでどうやって楽しむの、とハーレイの顔を睨んでやった。楽しめる筈が無さそうだから。
「普通はそうかもしれないが…。浮上した時の気分が最高だろうが、お前の場合は」
前のお前のことを思い出して、今がどれほど幸せなのかに気付いたら。
俺としては味わって欲しいんだがなあ、落ち込んだ気分から一気に天国気分ってヤツを。
お前の気分が浮上する度に、そりゃあ素晴らしい笑顔が見られそうだから。
「早くハーレイと結婚したいな」と言いそうだしなあ、落ち込んでたお前は消えちまって。
そいつを是非とも見たいもんだ、とハーレイは半ば本気のようだから…。
「罹ってもいいの、マリッジブルー…?」
治すのはとても厄介なんでしょ、普通の人が罹ったら…。ぼくだと治せそうだけど。
ホントに治ってしまいそうだけど、治るまでは、涙がポロポロ零れていたりもするんだよ…?
もうハーレイとは結婚しない、と家から一歩も出たがらないかも、と最悪のケースを挙げてみたけれど。…ハーレイがデートに誘いに来たって、部屋に閉じこもりそうだと話したけれど。
「そういうことなら、お前は部屋で踏ん張っていろ」
俺はお前の部屋の前に座って、せっせと話し掛けてやるから。…お前が浮上しそうなことを。
その内に扉がそうっと開くんだ、「やっぱり、ちょっと出掛けたいかも」と。
そしたらお前を外に連れ出して、とびきりの笑顔に戻してやる。最高の気分で過ごせるように。早く結婚したい気持ちで、ワクワクと家に帰れるように。
お前のマリッジブルーを治せる俺の特権、俺だって楽しみたいからなあ…。
結婚が決まったら是非、罹ってくれ、とハーレイがパチンと瞑った片目。「よろしく頼む」と。
「マリッジブルーのお前も素敵に違いないぞ」と、「本当に今ならではだから」と。
ハーレイには期待されているけれど、マリッジブルーに罹った時には、落ち込む自分。楽しみに指折り数えた結婚式の日、それが不安に思えてきて。…寂しい気持ちで一杯になって。
今の自分は、色々と失くすらしいから。
両親と暮らす今の家やら、いつも自分を見守ってくれる両親がいてくれる生活やら。
前の自分なら、何も失くさなかったのに。…白いシャングリラを失うだけで、手に入れる幸せの方が遥かに多かったのに。
(だけど、今だって、ハーレイが…)
結婚した後は、とても幸せにしてくれるのだし、両親も家も消えてしまいはしない。
会いたくなったら会いにゆけるし、バスに乗ったら一人で遊びに行ける家。ハーレイが出掛けて留守の間に、寂しい気持ちになったなら。…母のおやつが食べたくなったら。
(たまにはバスで家に帰って、ママと一緒にパウンドケーキ…)
ハーレイの大好物のケーキを作って、持って帰るのもいいかもしれない。「ママと焼いたよ」と綺麗に包んで、リボンをかけてみたりもして。
(大丈夫だよね、マリッジブルーになっちゃったって…?)
きっとハーレイが慰めてくれるし、治してくれるに違いない。不安な気持ちになったって。
「結婚しない」と言い出すようなマリッジブルーも、きっと怖くはないだろう。
落ち込んだって、ハーレイがいてくれるから。
ハーレイが笑顔に戻してくれて、幸せな気分で結婚式の日を二人で待てる筈なのだから…。
マリッジブルー・了
※前のブルーの記憶には無かった、マリッジブルー。SD体制の時代は無かったのです。
平和な今の時代ならでは、ブルーも罹ってしまいそう。でも、きっとハーレイが治療する筈。
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花嫁さんだ、とドキンと跳ねたブルーの心臓。学校から帰って、おやつの時間に。
読んでいた新聞、其処に見付けた花嫁の横顔。髪を結い上げて頭にティアラ。真っ白なレースのベールも被って。
(えーっと…?)
キョロキョロと見回したダイニング。いるのは自分一人だけ。母はキッチンで、暫くは来ない。これはチャンス、と記事に集中することにした。おやつよりも気になる、花嫁の記事。
(ふふっ…)
思った通りに素敵な中身。婚約から始まる、結婚式までの準備が色々書かれていて。
新居を探す時のポイントや、用意するべき家具だとか。なんともワクワクする内容。自分一人で考えていても、詳しいことなど分からないから。
(ぼくだと、住む家は決まっているし…)
結婚したら、ハーレイの家に住もうと決めている。前はこの家とどっちにしようか、ちょっぴり悩みもしたけれど。
(結婚式で着る、ドレスも色々…)
真っ白にするか、華やかな色のドレスも着てみるか。白無垢もあるし、試着だけでも大変そう。第一、ドレスか白無垢なのかも決めていないから悩ましい。
結婚式の式場だって、と共感させられる、結婚式までに決めるあれこれ。思った以上に、花嫁になる前は忙しいらしい。人によっては美に磨きをかけ、習い事にも熱を入れたり。
そうなんだ、と読み進めていった記事の結びは…。
(マリッジブルーに気を付けて?)
なにそれ、と思った知らない言葉。初めて目にした「マリッジブルー」。
とても気になる言葉だけれども、母に尋ねるわけにはいかない。きっと変な顔をされるから。
(そんな言葉、何処で聞いてきたの、って…)
訊き返されたら困ってしまう。まさか、この記事で読んだなどとは言えないし…。
(前のぼくが知っていればいいけど…)
知っているかも、と期待をかけたソルジャー・ブルー。三世紀以上も生きた間に、一度くらいは耳にしているかもしれない。あるいはライブラリーの本で見たとか、そんな具合に。
前の自分の記憶を手繰るなら、続きは部屋で。ダイニングで考え込むよりも。
おやつの残りを綺麗に食べ終え、キッチンの母にお皿やカップを返して部屋に戻った。気になる言葉を心の中で繰り返しながら、けれど顔には出さないで。
(マリッジブルー…)
どんなのだろう、と勉強机の前に座って、さっきの続き。今の自分が知らない言葉。
マリッジブルーと言うほどなのだし、結婚式までの流れを追った花嫁向けの記事だったから…。
(結婚は分かるけど、ブルーって?)
マリッジは結婚、其処まではいい。続く「ブルー」が全くの謎。
自分の名前でないことは分かる。今の時代も大英雄の、ソルジャー・ブルーではないことも。
ブルーは色の名前だけれども、それのことでもないだろう。花嫁の衣装は純白なのだし、青色の出番は無さそうな感じ。「青いドレスを着たい」という場合は別として。
(他にブルーっていうものは…)
何か無いかな、と指を折ってみても、まるで分からない。ブルーはブルーで、青い色としか。
前の自分の遠い記憶を手繰っていっても、やはり無かった。マリッジブルーという言葉は。
(うーん…)
結婚しなかった前の自分。恋さえ秘密のままで終わって、結婚式を挙げてはいない。ハーレイと二人で地球に着いたら、と漠然と夢を見ていただけで。
(結婚式のことなんか…)
思い描けはしなかった。もちろん準備をするわけがないし、下調べさえもしていない。具体的な話を詰めるより前に、寿命の終わりが来てしまったから。
(地球まで辿り着けなかったら、結婚どころじゃないものね…)
ハーレイと二人きりで暮らすことは出来ず、死の瞬間までソルジャーとキャプテン。恋に落ちたことは誰にも言えずに、黙って死んでゆくしかない。
そうなることが分かってしまえば、夢さえも見られない結婚。
白いシャングリラで幸せそうな恋人たちを目にする度に、羨ましいと思っただけ。二人で生きてゆける彼らが、いつか地球まで行けるのだろうカップルたちが。
そんな日々では、結婚式について調べようとは思わない。自分とは縁が無いものなのだし、深く知るほど、悲しみが増してゆくだけだから。…「ぼくには無理だ」と。
そのせいで知らなかったのだろうか、マリッジブルーという言葉。
結婚式を挙げるつもりで調べていたなら、誰もが出くわすものかもしれない。本の中やら、白いシャングリラのデータベースの情報やらで。
(ぼくは知らないけど…)
前のハーレイも縁が無さそうな言葉だけれども、今のハーレイ。青い地球の上に生まれ変わったハーレイだったら、この言葉も知っているのだろうか?
なんと言っても大人なのだし、三十八年も生きている。友人たちの結婚式にも呼ばれたりして、沢山持っていそうな知識。それに自分との結婚のことも、心に留めてくれているから。
(ハーレイが来たら訊いてみたいけど、こんなの、メモに…)
書き留めて机に置いてはおけない。「マリッジブルー」などと記したメモは。
部屋の掃除は自分でしているけれども、母だって部屋に入ってくる。洗濯物を届けに来るとか、他にも色々。それも自分が学校に出掛けて留守の間に。
(机の上だと、ママが見ちゃうよ…)
だから駄目だ、と諦めた机。分かりやすくても、母に見付かるような場所には置けないメモ。
そうは思っても、引き出しの中に仕舞っておいたら、そのまま忘れてしまいそう。開けた時には思い出せても、肝心のハーレイが来ている時には、頭の端っこを掠めもせずに。
(メモの隠し場所…)
それさえあったら書いておくのに、使えそうな場所が閃かない。部屋のあちこちに視線を配って見回してみても、ただの一つも。
この調子だと、今日、ハーレイが来てくれなかったら、マリッジブルーという言葉は…。
(忘れてしまって、永遠の謎…?)
何のことだったかも分からないまま、日が経って記憶の海に沈んで。
それとも結婚を決めた時には、何処かで教えて貰えるだろうか?
(気を付けて、って書いてあったんだから…)
花嫁にとっては、とても大事で気を付けなければいけないこと。そうだとしたら、誰かが教えてくれそうでもある。「マリッジブルーに気を付けて」という注意とセットで。
結婚式に向けての準備の途中で、マリッジブルーの説明をして。
「こういうものに気を付けなさい」と、対処法とかも親切に話してくれたりして。
ちゃんと教えて貰えるかもね、と考えていたら聞こえたチャイム。窓から覗いたら、ハーレイが大きく手を振っていた。門扉の前で。
来てくれたからには訊かなくちゃ、と部屋でテーブルを挟んで向かい合うなり、ぶつけた質問。
「あのね、ハーレイ…。マリッジブルーっていうのを知ってる?」
「なんだって?」
いきなり何を言い出すんだ、とハーレイは怪訝そうな顔。「お前、いったいどうしたんだ?」と鳶色の瞳を丸くして。
「今日の新聞に載ってたんだけど…。ぼくの知らない言葉なんだよ」
前のぼくの記憶を探ってみたって、出て来ないから…。ハーレイなら知っているかと思って…。
花嫁さんの記事に書いてあった、と説明をした。それで初めて知ったのだから。
「結婚式までの流れって…。お前、そんな記事を読んでいたのか」
おやつの時間にダイニングでとは恐れ入ったな、しかも花嫁の写真付きだろ?
よくもまあ…、とハーレイは呆れ返った様子。「お前も大した度胸じゃないか」と。
「大丈夫、ママには見付かっていないから。…ちゃんと、いないの確かめたもの。読む前に」
それでね、その記事の一番最後にあったんだよ。マリッジブルーに気を付けて、って…。
結婚する人なら知っているから、書いてなかっただけなのかな…。ひょっとしたら。
だけど、ぼくは全然知らないし…。前のぼくだって知らないみたいだし…。
マリッジブルーってどういうものなの、結婚する時には当たり前なの?
ハーレイは聞いたことがあるの、と最初の言葉を繰り返した。「知っているの?」と。
「うーむ…。マリッジブルーと来たか…」
チビのお前の口から聞くとは、とハーレイが眉間に寄せた皺。心当たりはあるらしい。
「知ってるんだね、ハーレイは?」
その顔だったら、そうだもの。マリッジブルーを知ってるんでしょ?
「まあな。…今の俺くらいの年になってりゃ、普通は知っているだろう」
花嫁の方の事情にしたって、結婚相手は男だから。…男の方でも耳にするってな、その言葉。
「じゃあ、教えてよ」
ぼくに話しても問題ないなら、マリッジブルーの意味を教えて。
子供の間は早すぎる、って言うんだったら諦めるけど…。ハーレイ、其処は厳しいものね。
チビだからキスもしてくれないし、と上目遣いにチラと睨んだ。「ハーレイのケチ」と、日頃の恨みをこめた視線で。
マリッジブルーはどうなのだろうか、子供の自分は聞けないままに終わるだろうか…?
「知りたいと言うなら、仕方ないな…。チビには言えない話でもないし」
もっとも、お前が満足するかどうかは知らないが。…花嫁の気分の問題だからな、特別な何かが待っているってわけじゃないから。
マリッジブルーというヤツは…、とハーレイが教えてくれたこと。花嫁の気分を指す言葉。
嬉しい筈の結婚式を控えているのに、気分が沈んでしまう花嫁。結婚の日が近付くにつれて。
どういうわけだか、そうなる女性がとても多いから、出来た言葉がマリッジブルー。
マリッジは思った通りに結婚、ブルーの方には「落ち込む」という意味もあるらしい。結婚式に向けて心が弾む代わりに、涙ぐんだりする人も。
「えーっ!? マリッジブルーって、そういうものなの?」
結婚式って、最高に幸せな日だと思うんだけど…。その後もずっと幸せなんだよ、結婚して。
なのに悲しくなるなんて…。何か変だよ、本当にそれで合ってるの?
何か勘違いしていない、と信じられない気分で訊いた。「それって記憶違いじゃないの?」と。
「俺が間違いを教えてるってか? これに関しては、そいつは無いな」
やっぱり本当に知らなかったんだな、マリッジブルー。…チビのお前じゃ仕方がないが…。
耳にするような機会も無いしな、こんなチビだと。
結婚式に招待されても、御馳走しか見ていそうにないし、と痛い所を突かれたけれど。
「前のぼくだって知らないよ! 今のぼくなら、ハーレイに会う前はそうだけど…」
パパやママと結婚式に行った時には、ケーキの方ばかり見てたから。…美味しそう、って。
でも、前のぼくでも知らないんだから、ぼくが知らなくても仕方ないでしょ!
チビのせいだけにしないでよ、と尖らせた唇。前の自分はチビの子供ではなかったから。
「そりゃまあ、前の俺たちが生きてた時代じゃなあ…」
前のお前がいくら知識を増やしていたって、お目にはかかれなかっただろう。
結婚する気でデータベースを探してみてもだ、果たして出会えていたのかどうか…。
あの時代には、マリッジブルーなんかは無かったモンだから。
人類の世界にも無かったんなら、船だけが全てのミュウだって縁が無いってな。
SD体制の時代は今とは違う、とハーレイは説明してくれた。
機械が統治していた世界。大人の社会と子供の社会は、機械が分けてしまっていた。子供たちは十四歳になったら、養父母と別れて新たな生活。それまでの記憶を処理されて。
子供時代の記憶が薄れて、養父母の顔さえ曖昧になる成人検査。その後に教育ステーションへと送られ、やがて見付ける生涯の伴侶。結婚するコースに入ったならば。
結婚が決まれば、幸せ一杯の未来があるだけ。何処で暮らすか、養父母になるのか、一般社会の構成員の道を選ぶのか。そういったことを決めて始める生活。愛する人と結婚して。
順風満帆の結婚生活、それまでの道も希望に溢れた明るい道。マリッジブルーの出番は何処にも無かったという。花嫁は幸せを掴み取るだけで。
「…それじゃどうして、今の時代はマリッジブルーがあるの?」
前のぼくたちが生きた頃より、ずっと素敵な時代なのに。
人類とミュウのことはともかく、機械に記憶を消されるような時代じゃないし…。うんと平和な世界なんだし、幸せの量も桁違いだよ…?
悲しくなる筈がないじゃない、と首を傾げた。今は本当に幸せな時代なのだから。
「素敵な時代だからこそだな。…マリッジブルーになっちまうのは」
SD体制よりも前の時代にも、マリッジブルーはあったんだ。ずっと昔から言われていた。
しかし、機械が治めた時代じゃ、誰もそいつに罹りやしない。失うものが無いからな。
今の時代は、失くしちまうものが増えたんだ。結婚しようという花嫁たちは。
失くしちまったら悲しいだろうが、とハーレイが言うから驚いた。
「え…? 失くすって…。何を失くすの?」
いろんな幸せが手に入るのに、と訊き返した。結婚までの準備だけでも、忙しい中で幾つも掴む幸せ。二人で暮らすための家やら、その家に入れるための家具やら。
「そういったものは手に入るんだが…。幸せ一杯に見えるんだがな…」
よく考えてみろよ、結婚したら何処で二人で暮らすんだ?
親と一緒の家に住むなら、さほど問題は無いんだが…。大抵は家を出て行くだろうが。
生まれ育った大好きな家や、いつも一緒だった自分の家族。そいつがすっかり消えちまう。
近い所に引越しするなら、思い立った時に会いに行くのも簡単だが…。
人によっては、故郷の星を離れてゆくこともあるんだし…。ワープしなけりゃ行けない場所へ。
家も家族も、時には故郷も。…色々なものを失くす花嫁。
幸せになる代わりに失くしてしまう。愛する人と暮らせるけれども、それまでの日々は何処かへ消える。生まれ育った家での暮らしも、毎日顔を合わせた家族も、全てが過去になってしまって。
「SD体制の時代だったら、その心配は無かったんだが…。本物の家族じゃないからな」
ついでに機械が記憶を処理してしまうわけだし、子供時代に帰りたいとも思わない。
そういう風に育っていたなら、結婚となれば幸せだけしか無かったんだ。失くすものなど持っていないんだから。…育ててくれた親も、懐かしい家も。
ところが今だと、そうはいかない。マリッジブルーになっちまうわけだ、失うことが寂しくて。
だから、お前も気を付けろよ?
俺の嫁さんになるんだからな、と念を押されてもピンと来ない。マリッジブルーになるなんて。
「ぼく…? ぼくは平気だと思うけど…」
ずっと昔から、ハーレイと一緒。今のぼくに生まれてくる前からね。
今の方が寂しいくらいだと思うよ、ハーレイと離れ離れだもの…。せっかく会えても、一緒には暮らせないんだもの。今日もハーレイ、夜になったら帰っちゃうしね。
だけど、結婚した後は一緒。前のぼくたちだった時より、うんと近くにいられるよ。
ソルジャーとキャプテンなんかじゃないしね、部屋も別々じゃないんだから。
そうやってハーレイと暮らしてゆけたら、今よりもずっと幸せでしょ?
マリッジブルーになるわけがないよ、絶対に。結婚する日がまだ来ない、って悲しい気持ちで、カレンダーを見ていることはあっても。
きっとぼくには関係ないよ、と自信たっぷりで言ったのだけれど。マリッジブルーに陥るようなことは有り得ない、と思ったけれど…。
「本当か…? お前、きちんと考えてみたか?」
前のお前なら、結婚しても失うものは何も無かったんだが…。
SD体制の時代に生きていた上に、人類以上に記憶を失くしていたからな。
成人検査よりも前の記憶を、お前は持ってはいなかった。検査にパスした人類だったら、幾らか残っていたのにな。養父母のことも、育った家や故郷も。
そいつをすっかり失くしていたし、その辺りは人類のヤツらと同じだ。
結婚したって何一つ失くしはしないってわけで、未来への夢がたっぷりで。
失くすものと言ったらシャングリラだな、とハーレイが話す白い船。ミュウの箱舟だった船。
いつか地球まで辿り着いたら、二人で降りようと約束していた。ミュウを端から抹殺してゆく、忌まわしい機械が治める時代。それが終わって、箱舟が要らなくなったなら。
平和になったら、ソルジャーとキャプテンの役目も終わるし、恋を明かしても許される。
その時が来たら船を出ようと、地球の上にある小さな家で二人きりの暮らしを始めようと。
ハーレイと二人で生きてゆける代わりに、戻れなくなる白い船。シャングリラが宇宙に旅立って行っても、見送ることしか出来ない二人。
もうソルジャーではないのだから。…キャプテンでもないハーレイと二人、船を降りると決めた以上はもう戻れない。白い鯨が何処へ行こうと。
「シャングリラは失くしちゃうけれど…。青の間なんかは惜しくはないよ」
あんな大袈裟な部屋は要らないし、ハーレイと二人で暮らせるだけの家があれば充分。
シャングリラだって、二人きりでいられる家に比べたら、ずっと値打ちが落ちちゃうもの。
思い出は一杯詰まっているけど、幸せな思い出には、全部ハーレイがいるんだから。
そのハーレイと一緒だったら平気だよね、と微笑んだ。白いシャングリラを失くしたとしても、前の自分は少しも寂しくないのだから。
「前のお前なら、そうだった。お前が言ってる通りにな」
失くす家族や家の記憶は、とっくに失くしちまった後だ。人類のヤツら以上に、跡形も無く。
帰りたいと思う家も無ければ、会いたいと思う親だっていない。
ゼルやブラウたちがシャングリラと一緒に行っちまっても、あいつらは友達だったから…。
機会があったらまた会える、と手を振って別れられただろう。「またいつか」と。
そして何年も会えないままでも、そう寂しくはないんだろうな。俺と暮らしているのなら。
だが、今は…。
お父さんもお母さんもいるだろうが、とハーレイに覗き込まれた瞳。
「今のお前は、記憶を失くしちゃいないんだ」と。
生まれた時からずっと一緒で、血の繋がった本物の両親。SD体制の時代の養父母ではなくて。
この家で両親に守られて育って、結婚して家を離れる時まで、別れは来ない。
けれど、結婚した後は違う。
結婚式を挙げて帰ってゆくのは、この家ではなくてハーレイの家。其処が新しい家になるから。
ハーレイの家は、同じ町の中にあるけれど。ハーレイは歩いてやってくることもあるけれど。
その家は、此処の窓から覗いてみたって、屋根の端さえ見えない所に建っている。何ブロックも離れた場所に。
そんな所に移り住んだら、父と母には、今のようには会えなくなる。一日に何度も顔を合わせて笑い合ったり、食事をしたりも出来ない暮らし。
両親に会いに毎日帰ってゆけはしないし、何かの時に手を借りたいと思っても無理。
「お前が一人で留守番してても、お母さんのおやつは出て来ないんだぞ」
今のお前なら、お母さんが買い物に出掛けていたって、ちゃんとおやつがあるんだが…。
そいつが無くなっちまう上にだ、お前は昼間は独りぼっちだ。
上手く時間を潰せたとしても、待っていたって、俺しか帰って来ないんだし…。
お前の暮らしは変わっちまうぞ、というハーレイの指摘。今の暮らしと、結婚した後の暮らしは全く違うものだ、と。
「ホントだ、今と全然違う…」
ママのおやつが無いのは分かっていたけれど…。ママがいない家に行くんだから。
ハーレイが大好きな、ママのパウンドケーキのレシピを習って、お嫁に行こうと思ったけど…。
頑張ってケーキを焼いてみたって、味見してくれるママがいないんだね。
この家で練習している間は、ママが色々教えてくれて、味のアドバイスもしてくれるのに…。
そのママがいないよ、と気が付いた。「母がいない」という意味に。
今なら何処かに出掛けていたって、直ぐに帰って来てくれる母。そんなに長くは待たなくても。
ほんの少しでも遅くなったら、「ごめんなさいね」と謝られる日も。
父も昼間は仕事だけれども、夜になったら帰って来る。休日は家にいることも多い。庭の芝生を刈り込んでみたり、母の花壇を手伝ったりも。
両親の姿は、いつもあるのが当たり前。家族が揃う朝食と夕食、それ以外にも何度も会って。
夜中にだって、困った時には声を掛ければ起きてくれる両親。「どうしたの?」と母が部屋から顔を覗かせて、父も「どうした?」と出てきてくれて。
その人たちがいなくなる。…ハーレイの家に引越したら。
ハーレイの家と両親の家は全く違うし、家中の部屋を覗いてみたって父も母もいない。二人とも帰って来てはくれなくて、離れてしまって、独りぼっち。何ブロックも離れた場所で。
(でも、ハーレイが…)
いてくれるものね、と思ったけれども、そのハーレイも仕事に出掛けている間は留守。夏休みや春休みなどの時を除けば、週末以外はいつも学校。朝になったら出勤してゆく。
(帰って来るのは、早い時でも今日みたいな時間…)
午後のおやつには間に合わない。ポツンと一人で食べるしかない、三時のおやつ。
この家にいても、おやつを一人で食べている日も多いけど。今日もそうだったし、お蔭で新聞の花嫁の記事を読めたのだけれど。
(…ママはキッチンにいたか、庭に出てたか…)
とにかく家の何処かにはいたし、独りぼっちとは言えないだろう。「ママ、何処?」と呼べば、声が返っただろうから。「此処よ」と、「何か用事なの?」と。
けれど、ハーレイの家での独りぼっちは違う。本当に自分一人で留守番。
(ハーレイは今頃、授業中かな、って…)
時間割の写しを眺めてみても、ハーレイの様子は分からない。どんな教室で、生徒に何を教えているか。授業の途中の雑談の時間で、笑い声が上がっているかどうかも。
(前のぼくなら、ハーレイが船の何処にいたって…)
知りたいと思えば見ることが出来た。青の間から軽く思念で探って、居場所を見付けて。
あの頃のように、覗き見さえも出来ない自分。ハーレイが留守で寂しくなっても、悲しい気分になってしまっても。
(…留守番してたら、悲しい気分になっちゃうんだから…)
独りぼっちで留守番の日々が始まる前にも、そういう予感に包まれていそう。幸せ一杯の結婚と一緒にやってくる孤独、家にポツンと一人きりの日々を想像して。
(考えただけでも、寂しくなってしまっているし…)
そうなる時が近付いて来たら、本当に悲しくなるかもしれない。「もうすぐ独りぼっちだ」と。
昼の間は独りぼっちで、おやつの時間も一人きり。
気晴らしにパウンドケーキを作ろうと思い立っても、「おっ、焼いたのか?」というハーレイの声を聞ける時間はずっと先。仕事が終わって帰って来てから。
「上手く焼けたかな?」と試食するのも一人きりだし、母は味見をしてくれない。端っこの方を二人で食べてみたくても、母はいなくて一人だから。
結婚を控えた花嫁が罹る、マリッジブルー。幸せ一杯の日々が待っているのに、引き換えに何を失うのかを考えて。…それが寂しくて、とても不安で。
マリッジブルーがそういうものなら、今、こうやって考え事をしている自分も…。
「…ぼく、罹っちゃいそう…。ハーレイが言ってる、マリッジブルー…」
パパもママもいなくて独りぼっちで、ハーレイが仕事の間は留守番。
一人きりだよ、って気が付いちゃったら、悲しくてポロポロ泣いちゃうかも…。ハーレイの家に引越した後に。
そうなっちゃうのを想像したって、きっとホントに泣いちゃうから…。
これってマリッジブルーだよね、とハーレイに訊いたら、「間違いないな」という答え。
「やっぱり、そうなっちまうのか…。前のお前じゃないからな」
今のお前なら、本当にマリッジブルーになりかねん。今でもお前は不安そうだし、俺との結婚が決まった後には、本物のマリッジブルーというヤツに。
酷くなったら、「結婚なんかしたくない」と言い出すこともあるらしいから…。
そうならないよう、俺が気を付けてやらないと。
お前がマリッジブルーになっちまった時は、早めの治療を心掛けて。
未来の俺の嫁さんのために頑張らないとな、とハーレイは努力をするらしいけれど、結婚相手に治せるだろうか、マリッジブルーが?
その結婚が不安なのに。…ハーレイとの結婚が、寂しさや悲しさを運んで来るから怖いのに。
「ハーレイが治してくれるって…。どうやって?」
ぼくは結婚したら独りぼっちで、うんと悲しい日が待っていそうで不安なんだよ?
ハーレイに会ったら、もっと不安になりそうだけど…。もうすぐ結婚式の日が来ちゃう、って。
だってそうでしょ、ハーレイがデートに誘いに来るのは、ぼくと結婚するからで…。
そんなハーレイと会っていたって、ぼくは悲しくなる一方で…。
家から出たくなくなりそう、と正直な気持ちを口にした。マリッジブルーになってしまったら、きっと毎日が不安だから。結婚式のことを考えただけで、気分が沈みそうだから。
「俺だって、それは承知してるが…。たまには気晴らしといこうじゃないか」
まだ結婚もしない内から不安になってちゃ、人生、つまらないからな。
心配し過ぎは前のお前の時からの癖だ、もっと大らかに構えないと。今は平和な時代なんだし。
落ち込んでる時はデートに限る、とハーレイは自信満々だった。
「行かない」と言っても、宥めてデート。車で出掛けて、ドライブに食事。
不安な気持ちが消えるようにと、明るい話題を持ち出して。結婚した後の夢も沢山話して、心を軽くするという。「結婚したら素敵な暮らしが始まるんだ」と思えるように。
「頑張ってみても、なかなか治らないから、厄介なのがマリッジブルーらしいんだが…」
俺たちの場合は、普通のカップルとは事情が違う。…幸いなことに。
お前も俺も生まれ変わりで、前の俺たちは結婚できずに終わっちまった。いつか地球まで行けた時には、結婚しようと誓ってたのに。
その俺たちが青い地球まで来られたんだぞ?
前の俺たちが生きた頃には、何処にも無かった青い地球まで。…それも平和な世界にな。
そして俺たちは結婚するんだ、今度こそ誰にも邪魔をされずに。皆に祝福して貰って。
運命ってヤツに引き裂かれちまった、前の俺たちの約束の分まで果たせる結婚式なんだから…。幸せの量が桁違いだよな、他の沢山のカップルとは。
そうじゃないのか、と問われれば、そう。
前の自分たちは、恋したことさえ明かせなかった。本当に最後の最後まで。
けれど今度は恋を明かして、結婚式を挙げて、お揃いの指輪も嵌められる。左手の薬指に嵌める結婚指輪を、白いシャングリラには無かったものを。
「そうだね。前のぼくたちの分まで、一緒に結婚式だっけ…」
ぼくの中には前のぼくがいるし、ハーレイの中には前のハーレイ。
違う身体になっちゃったけれど、新しい別の命だけれど…。でも、魂はおんなじだから…。
今度こそ幸せになれるんだっけね、ハーレイも、ぼくも。
前のぼくが行きたかった地球で結婚して…、と遠く遥かな時の彼方に思いを馳せる。前の自分が諦めざるを得なかった夢。
青い地球まで辿り着くことと、ハーレイと二人で地球で暮らすこと。
それが叶うのが今の自分の結婚式で、結婚したら前の自分が諦めた夢がまた開き始める。地球でやりたいと願ったことを、ハーレイと一緒に実現させてゆくという夢。
ヒマラヤまで青いケシを見に行くとか、五月一日にスズランの花を贈り合うとか。
今の自分の夢も加えてゆくから、幾つもの夢。新婚旅行は宇宙から青い地球を見る旅。
そういう日々を始めるためには、まずはハーレイと結婚すること。
マリッジブルーで寂しいなどと言っていないで、悲しい気持ちになっていないで。今の自分には寂しいことでも、前の自分に比べたら…。
「…パパもママもいなくて、独りぼっちは寂しいけれど…。前のぼくより、ずっとマシだね」
待っていればハーレイが帰って来るから、ぼくは一人じゃないんだもの。
本当に悲しい独りぼっちは、前のぼくが知っているんだから…。
ぼくの右の手、と見詰めた右手。前の生の終わりに冷たく凍えた、悲しい記憶が残った右の手。
「そうだろう? お前が落ち込んじまっていたって、前のお前の悲しさよりかはマシなんだ」
そいつを思い出せとは言わんが、今のお前の幸せってヤツを噛みしめないとな。
どれだけ恵まれて生きているのか、これから先にも、どれだけの幸せが待っているのか。それを思えば、お前のマリッジブルーはだな…。
大したことではないだろうが、と鳶色の瞳がゆっくり瞬く。「じきに治るさ」と。
「うん、いっぺんに治ってしまいそうだね。…前のぼくの分まで、って思ったら」
今のぼくがどんなに寂しがっても、前のぼくには負けるから…。
メギドで独りぼっちになっちゃった時は、寂しいなんて思う余裕も無かったから…。ハーレイの温もりを失くしてしまって、右手がとても冷たくて。
もう二度と会えやしないんだ、って泣きじゃくりながら死ぬしかなくて…。
あの悲しさを思い出したら、マリッジブルーなんか消し飛んじゃうよ。直ぐに治って、元通り。
いつものぼくが戻って来るよ、と断言できる。「寂しいだなんて言ってられないよ」と。
ハーレイの温もりを失くしたことに気付いた、メギドで最期を迎えた時。
右手にハーレイの温もりは無くて、切れてしまったと思った絆。
あれよりも深い悲しみを前の自分は知らない。別れの痛みも、孤独も、それに絶望だって。
今の自分も知るわけがないし、きっと知ることも無いだろう。
マリッジブルーで沈み込んでいても、落ち込んでいても、あの悲しみには及ばないから。
「ほらな。今のお前は幸せなんだし、それをしっかり捕まえないと」
前のお前の夢だった結婚、今度は堂々と出来るんだから。
この家を出るのは寂しいだろうが、嫁に来るんだと言い出したのはお前だし…。
嫁に来るつもりで話を進めているしな、お前ってヤツは、いつだって。
それに…、とハーレイが浮かべた笑み。「俺の家は同じ町にあるしな?」と。
「お前の足では少し遠いが、俺なら歩いて来られる距離だ。たったそれだけしか離れてないぞ」
その気になったら、いつでも会いに行けるんだ。
俺が仕事に出掛けている間に、寂しくなったらバスにでも乗って。
SD体制の時代と違って、お母さんたちのことを忘れちまいはしないしな?
どんな顔だったか、家は何処だったか、お前はいつでも鮮やかに思い出せるってわけだ。会いに行こうと思えば行けるし、実に素晴らしい時代じゃないか。
結婚しようが、何年経とうが、お前の家は此処にある。お母さんたちも此処で待っててくれて、いつでも迎えてくれるんだから。
寂しがってる暇があったら、家に帰るためのバスの路線でも考えておけ、と笑われた。
まだ結婚もしない内から、あれこれ頭を悩ませないで。寂しい独りぼっちの時間を思って、涙を溢れさせないで。
「うん…。寂しい気持ちになってしまったら、そうするよ」
ハーレイの家から此処に来るには、どのバスに乗れば良かったっけ、って考える。何分くらいで着くバスだったか、途中のバス停の名前は何か。
本当にそんなに遠くないものね、他の星に行くんじゃないんだから…。
パパもママも家に帰れば会えるし、寂しくなったら会いに帰ればいいんだから…。
家の場所も、パパとママの顔も覚えているもの、と今の自分の幸せを思う。きっと一生、忘れることは無い両親。自分が生まれ育った家。何歳になろうと、何百年と生きようと。
(…でも、前のぼくは覚えていなかったんだよ…)
前の自分は、十四歳の誕生日まで育ててくれた養父母を忘れた。成人検査で忘れたものか、後の過酷な人体実験がそうさせたのか。それさえも今は分からない。
SD体制の時代の仕組みからして、成人検査を受けた直後は覚えていた可能性もある。おぼろにぼやけた顔になっても、「これがパパとママ」と思える人を。
けれどアルタミラの檻にいる間に、何もかも忘れて消えてしまった。両親の顔も、育った家も。
あの時代には、成人検査をパスした子供たちさえ、ごく曖昧な記憶しか持っていなかった。誰が自分を育てていたのか、どういう家で育ったのかも。
そういう時代を生きて死んでいった、前の自分に比べたら…。
とても贅沢な悩みなのだ、と気付かされたマリッジブルーというもの。
独りぼっちが寂しいだとか、両親のいない家で暮らすのが悲しいだとか。両親のことも、育った家の場所も、記憶はとても鮮やかなのに。…望みさえすれば会いに行けるのに。
「ねえ、ハーレイ…。今の時代の花嫁さんたちは仕方ないけど…」
ぼくがマリッジブルーに罹ったなんて言っていたなら、とても我儘で贅沢だよね。
パパもママもちゃんと覚えているのに、会いたい時には会いに行けるのに…。
寂しくなるから結婚するのが不安だなんて、とコツンと叩いた自分の額。前の自分の悲しすぎる記憶を思い出したら、贅沢はとても言えないから。…我儘なことも。
「分かったか? 前のお前の頃に比べりゃ、今のお前は幸せ者だということが」
しかしだ、マリッジブルーになっちまうお前も今だからこそで…。
前のお前なら、そんな風には決してならない。…失くしちまうものが無かったからな。
マリッジブルーは今のお前の特権なんだし、今ならではの花嫁の気分を味わっちゃどうだ?
うんと我儘なマリッジブルーになれる贅沢、それを存分に楽しむのもいいと思うがな…?
なってみるのもいいかもしれん、と言われたけれども、マリッジブルーになったら辛い。寂しい気持ちに包まれるのだし、楽しみな筈の結婚式の日が近付いて来たら落ち込むらしいし…。
「楽しんでみろって…。ぼくは落ち込んでるんだよ?」
ハーレイと結婚するのが不安で、とても寂しくて…。パパとママの家にいようかな、って…。
もう結婚は断ろうかな、って思ってるかもしれないのに…?
それでどうやって楽しむの、とハーレイの顔を睨んでやった。楽しめる筈が無さそうだから。
「普通はそうかもしれないが…。浮上した時の気分が最高だろうが、お前の場合は」
前のお前のことを思い出して、今がどれほど幸せなのかに気付いたら。
俺としては味わって欲しいんだがなあ、落ち込んだ気分から一気に天国気分ってヤツを。
お前の気分が浮上する度に、そりゃあ素晴らしい笑顔が見られそうだから。
「早くハーレイと結婚したいな」と言いそうだしなあ、落ち込んでたお前は消えちまって。
そいつを是非とも見たいもんだ、とハーレイは半ば本気のようだから…。
「罹ってもいいの、マリッジブルー…?」
治すのはとても厄介なんでしょ、普通の人が罹ったら…。ぼくだと治せそうだけど。
ホントに治ってしまいそうだけど、治るまでは、涙がポロポロ零れていたりもするんだよ…?
もうハーレイとは結婚しない、と家から一歩も出たがらないかも、と最悪のケースを挙げてみたけれど。…ハーレイがデートに誘いに来たって、部屋に閉じこもりそうだと話したけれど。
「そういうことなら、お前は部屋で踏ん張っていろ」
俺はお前の部屋の前に座って、せっせと話し掛けてやるから。…お前が浮上しそうなことを。
その内に扉がそうっと開くんだ、「やっぱり、ちょっと出掛けたいかも」と。
そしたらお前を外に連れ出して、とびきりの笑顔に戻してやる。最高の気分で過ごせるように。早く結婚したい気持ちで、ワクワクと家に帰れるように。
お前のマリッジブルーを治せる俺の特権、俺だって楽しみたいからなあ…。
結婚が決まったら是非、罹ってくれ、とハーレイがパチンと瞑った片目。「よろしく頼む」と。
「マリッジブルーのお前も素敵に違いないぞ」と、「本当に今ならではだから」と。
ハーレイには期待されているけれど、マリッジブルーに罹った時には、落ち込む自分。楽しみに指折り数えた結婚式の日、それが不安に思えてきて。…寂しい気持ちで一杯になって。
今の自分は、色々と失くすらしいから。
両親と暮らす今の家やら、いつも自分を見守ってくれる両親がいてくれる生活やら。
前の自分なら、何も失くさなかったのに。…白いシャングリラを失うだけで、手に入れる幸せの方が遥かに多かったのに。
(だけど、今だって、ハーレイが…)
結婚した後は、とても幸せにしてくれるのだし、両親も家も消えてしまいはしない。
会いたくなったら会いにゆけるし、バスに乗ったら一人で遊びに行ける家。ハーレイが出掛けて留守の間に、寂しい気持ちになったなら。…母のおやつが食べたくなったら。
(たまにはバスで家に帰って、ママと一緒にパウンドケーキ…)
ハーレイの大好物のケーキを作って、持って帰るのもいいかもしれない。「ママと焼いたよ」と綺麗に包んで、リボンをかけてみたりもして。
(大丈夫だよね、マリッジブルーになっちゃったって…?)
きっとハーレイが慰めてくれるし、治してくれるに違いない。不安な気持ちになったって。
「結婚しない」と言い出すようなマリッジブルーも、きっと怖くはないだろう。
落ち込んだって、ハーレイがいてくれるから。
ハーレイが笑顔に戻してくれて、幸せな気分で結婚式の日を二人で待てる筈なのだから…。
マリッジブルー・了
※前のブルーの記憶には無かった、マリッジブルー。SD体制の時代は無かったのです。
平和な今の時代ならでは、ブルーも罹ってしまいそう。でも、きっとハーレイが治療する筈。
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