シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
記念墓地の薔薇
(うーん…)
これがそうか、とブルーが眺めた新聞記事。学校から帰って、おやつの時間に。
目を引いたものは、記事に添えられた写真。知っているけれど、一度も訪れたことが無い場所。
(記念墓地…)
SD体制を倒し、機械の時代を終わらせた英雄たちの墓地。前の自分の墓碑もある場所。宇宙のあちこちにあるのだけれども、ノアとアルテメシアのものが有名。
当時の首都惑星だったノアに最初に作られ、アルテメシアにもほぼ同時に出来た。記事の写真はアルテメシアの墓地の方だという。ミュウの歴史の始まりの星。
(…シャングリラの森は?)
トォニィがシャングリラの解体を決断した時、船にあった木たちを移植した森。アルテメシアの記念墓地の側へと。沢山の木があった船だから、木たちは直ぐに森を作って、代替わりだって。
今も木たちの子孫が沢山茂っている筈。シャングリラの森に行ったなら。
その森もあると書かれているのだけれども、写真は無い。残念なことに。
記事の中心は記念墓地だし、シャングリラの森とは直接関係無いものだから。
(記念墓地の写真は何度も見たけど…)
下の学校でも歴史の授業で教わったけれど、前の自分の記憶が戻ってからは、こうして見るのは初めてかもしれない。白いシャングリラの写真集には入っていないし、新聞記事などになることも一度も無かったから。
(何かの記念日ってわけでもないんだね)
ミュウと人類の戦いに纏わる記念日だとか、そういったもの。
単なる紹介、記者が取材のために出掛けて行っただけ。幾つもの墓碑に花を供えて、英雄たちに祈りを捧げて、それから写真撮影も。
(花が一杯…)
記者が捧げた花がどれだか、分からないほどに。
花束や花輪や、一輪ずつ供えられた花やら。
誰の墓碑にも添えられた花。ミュウはもちろん、人類側だったキースの墓碑にも。
どれも萎れてなどはいなくて、捧げられたばかりの花だと分かる。古くなった花は、記念墓地の管理係が毎日、きちんと片付けてゆくのだろう。見苦しいことにならないように。
毎日のように片付けをしても、減らない花たち。次から次へと、誰かが捧げてゆくものだから。
花束も花輪も、前の自分の墓碑に供えられたものが、断然多いのだけれど。
(前のぼくの人気がとても高いのか、無視できないのか…)
どっちだろう、と考えてしまう。
記念墓地の一番奥に、偉そうに立っている墓碑なのだし、他の墓碑に花を供えに行くなら、無視することは難しいかもしれない。
本当はジョミーに供えたい人も、キースのファンだという人も。
(そういうことって、あるかもね?)
記念墓地の主役であるかのように、一番奥に立つソルジャー・ブルーの墓碑。
誰の墓碑を目当てにやって来たって、嫌でもそれが目に入る。「ぼくに挨拶は?」という風に。
知らん顔をして、他の墓碑だけに花を供えるのは…。
(なんだか悪い、って思っちゃうかも…)
たとえキースのファンの人でも。…ジョミーに花を、と墓地を訪れた人も。
お目当ての墓碑に一番立派な花を捧げるにしても、ソルジャー・ブルーの墓碑にも花。それほど豪華なものでなくても、一輪だけの花にしたって。
そういったわけで、捧げられた花が一番多いのがソルジャー・ブルーということもある。人気が高いからだけではなくて、大勢の人が「挨拶代わりに」供えてゆくものだから。
(ハーレイも花を貰ってるよね…)
ちゃんとあるね、と写真で確認した、ハーレイの墓碑に供えられた花輪や花束。シャングリラを地球まで運んだキャプテンなのだし、花を貰えないわけがない。偉大なキャプテン・ハーレイが。
(写真集は出して貰ってないけど…)
ハーレイの写真だけを集めた写真集は編まれていないのだけれど、この花の数。
今のハーレイの行きつけだという理髪店の店主みたいに、ファンは何人もいるのだろう。あまり目立っていないだけのことで。
それに英雄になったキャプテン、あやかりたいと思うパイロットたちも多い筈。
(きっとそういう人たちなんだよ)
花を供えに来る人は…、と見詰めた写真。ハーレイのためだけに供えられた花たち。
ハーレイも人気、と笑みを浮かべる。花輪も花束も、其処に幾つもあったから。
前のハーレイのお墓にだって花が沢山、と大満足で戻った二階の自分の部屋。空になったお皿やカップをキッチンの母に返して、新聞を閉じて。
勉強机の前に座って、幸せな気分。「やっぱりハーレイは凄いんだから」と。
前の自分が恋をした人は、今の時代も立派に評価されている。死の星だった地球が青い水の星に蘇るほどの長い歳月、気の遠くなるような時が流れた今も。
(ちゃんと花輪に、花束に…)
幾つもあった、と嬉しい気持ちになる花たち。キャプテン・ハーレイの墓碑を彩る花。
前の自分ほどではなかったけれども、充分な数。前のハーレイのことを思ってくれる人が、今も大勢いる証拠。記念墓地まで足を運んで、花を捧げてくれるくらいに。
素敵だよね、と頬が緩んだ所で、ハタと気付いた。キャプテン・ハーレイに供えられた花たち。墓碑に捧げられた花束や花輪、さっき新聞で見た花たちの中には…。
(薔薇の花だって…)
混じっていた。白だけではなくて、供えた人の好みで色とりどりに。
花輪にも、それに花束にも。…控えめに一輪、リボンを結んで置かれていた薔薇の姿もあった。毎日供えに来る人だろうか、毎日ともなれば、花束や花輪だと凄い値段になってしまうから。
(それとも、恥ずかしがり屋さん…?)
パイロットの卵で、花束や花輪を抱えて来るのは、恥ずかしい気がする若者だとか。そういった花を抱えて道を歩けば、どうしても目立つものだから。
そんな人なのか、毎日のように来る人なのか。思いをこめて置かれていた薔薇。一輪だけでも、花輪や花束に負けないもの。けれど、その薔薇。花輪や花束に入った薔薇も…。
(薔薇の花、前のハーレイには…)
似合わないと噂されていたものだった。白いシャングリラがあった頃には。
人類との戦いが始まる前には、ミュウの楽園だった船。白い鯨の姿の箱舟。其処で開いた薔薇の花びら、それを使って作られたジャム。萎れかけた花びらたちを集めて。
いい香りがしたジャムだったけれど、沢山の数は作れない。ソルジャーだった前の自分には一瓶届いたけれども、他の仲間はクジ引きだった。
そのクジが入った、クジ引きの箱。それを抱えた女性はブリッジにも行ったというのに、クジの箱は前のハーレイの前を素通りしてゆくのが常。ゼルでさえもクジを引いていたって。
そうなった理由は、「キャプテンには、薔薇は似合わない」という思い込み。薔薇の花びらから作るジャムも同じに似合いはしない、と考えていた女性たち。なんとも酷い話だけれど。
(だけど今だと、ハーレイのお墓にも薔薇の花…)
供えている人がいるわけなのだし、本当は似合っていたのだろう。前のハーレイにも、ああいう薔薇の花たちが。…大切そうに、一輪だけ捧げられた薔薇もあったのだから。
(今の時代の人たちの方が、ずっと見る目があるんだよ)
白いシャングリラで暮らした仲間たちより、遥かに値打ちが分かっている。前のハーレイという人の素晴らしさが。キャプテン・ハーレイの偉大さが。
ハーレイのお墓に薔薇を供えてくれるんだしね、と悦に入っていたら、聞こえたチャイム。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合うなり切り出した。
「あのね…。今のハーレイ、薔薇の花束も貰えるんだね」
とても綺麗なのを。薔薇を沢山束ねたヤツとか、薔薇の花が混ざっているヤツだとか。
「それがどうかしたか?」
薔薇を貰っちゃいかんのか、と返った返事。まるで「貰うのが当たり前」のように。
「貰っちゃ駄目かって…。知ってたの?」
花束の中に薔薇があること、ハーレイ、ちゃんと知ってるの…?
「おいおい…。俺が貰った花束の話じゃないのか、それは?」
「そうだけど? ハーレイが貰った花束のことだよ」
薔薇の花が混ざっている花束も、薔薇が中心みたいなヤツも。…どれもハーレイのだけれど?
「そうなんだったら、知ってるも何も…。俺が貰った花束なんだぞ?」
俺はともかく、お前が知ってる方が不思議だ、とハーレイに逆に尋ねられた。何故、花の種類を知っているのかと。
「俺が貰った花束の話、花の種類も話したっけか…?」と。
「えっと…?」
ハーレイと花束の話って…。そんな話があったかな…?
「その話だろうが、何を妙なことを言っているんだか…。俺が貰った薔薇の花束だろ?」
優勝した時なんかに貰った花束、そりゃあ沢山あったもんだが…。
薔薇の花のは定番だ。なんたって見た目が豪華だからなあ、薔薇ばかりじゃない花束にしても。
他の花と一緒に束ねてあっても、薔薇は華やかなモンだから、とハーレイが口にする花束。今のハーレイが貰ったもので、柔道や水泳の試合や大会、そういった時に贈られたもの。
そういう花束もあったっけ、と思い出したから、勘違いを正しておかないといけないらしい。
「違うよ、今のハーレイじゃなくて…」
前のハーレイの方だってば。薔薇の花束を貰ってるのは。…薔薇が混じっている花束もね。
「薔薇の花束って…。前の俺なら貰っていないぞ?」
そんなのは一度も貰っていないな、前の俺は。それにお前は、「今のハーレイ」と言ってたが?
そいつは俺のことだろうが、とハーレイが指差す自分の顔。「今のハーレイの方なら俺だ」と。
「えっとね…。前のハーレイだけれど、今のハーレイ…」
記念墓地にあるお墓だってば、アルテメシアの記念墓地とか。…ノアとかにもある記念墓地。
新聞に写真が載っていたよ、と説明をした。前のハーレイの墓碑のこと。幾つも供えられていた花輪や花束、薔薇の花だって供えてあった、と。
「なんだ、そっちの方なのか。…前の俺でも、今の俺には違いないな」
今の時代まで墓碑があるんだし、本物の俺が此処にいることは、誰も知らないわけなんだし…。
普通の人が今の俺のことを考える時は、あそこの墓碑になるんだろうなあ…。
前の俺は死んでしまったからな、とハーレイが浮かべた苦笑い。
「あれが今の俺か」と、「薔薇の花束も確かに貰っているな」と。花輪もあるぞ、という話も。
新聞の写真には無かったけれども、薔薇を連ねた花輪が供えられる時もあるらしい。誰が供えた花輪なのかは、まるで分からないらしいのだけれど。
「花輪に花束…。知ってはいたの?」
前のハーレイのお墓に、花が沢山供えてあること。薔薇の花も混じっているヤツなんかが。
ぼくは今日まで知らなかったんだけど…、と瞬かせた瞳。記念墓地の写真を目にしていないと、前の自分の記憶が戻ってからは一度も、と。
「それはまあ…。俺の場合は、お前よりかは色々と調べているからな」
ダテにお前より年上じゃないし、興味があることは調べたくなる性分でもある。…元からな。
シャングリラの森のことも教えてやっただろう。アルテメシアの記念墓地の側にある、と。
ああいうのを調べているほどなんだし、記念墓地の方も、何度も写真を目にしてる。
誰かが供えてくれてるんだな、と嬉しい気分になるよな、あれは。…花輪や花束。
一輪だけの花でも嬉しいもんだ、とハーレイは目を細めている。今の時代も、覚えていてくれる人たちがいるという証。それを表す花や、花輪や花束などや。
本物のキャプテン・ハーレイが生きた時代が遠くなっても、直接知る人がいなくなっても。
「なかなか覚えていちゃ貰えんぞ? 今でも花を供えて貰えるくらいには」
ずっと昔は、王様だとか有名人だとか…。そういった人の墓碑に花束とかを供えていたらしい。
しかし、SD体制の時代になったら、地球と一緒に無くなっちまって…。
誰とも血縁関係の無い人間ばかりが生きた時代だ、そんな墓碑まで宇宙に移設したりはしない。その時代まで墓碑があったかどうかも、正確な記録は残っていないし…。
地球が滅びに向かった頃には、忘れられていたかもしれないな。植物が自然に育たなくなって、花というものが貴重だったから。…個人の家の庭では咲きもしないし。
とうの昔にいない人にまで、花束なんぞを贈れるものか、と言われてみればそうかもしれない。生きている人でさえ、本物の花を家に飾ることは贅沢だったという時代。この世にいない人たちの墓碑には、造花があれば上等だろう。何年経っても枯れない花が。
そうやって人は忘れ去られて、墓碑は地球の上に置いてゆかれた。機械が治める時代になったら不要なのだし、わざわざ移す必要は無い、と。
「そうなんだ…。じゃあ、今のぼくたちは王様並みだね、ずっと昔の」
大勢の人が花を供えてくれるし、記念墓地にも来てくれるんだし。…ぼくたちはとっくに死んでいるのに、知り合いに会いに行くみたいに。
それだけでも凄く嬉しいけれども、もっと嬉しいことがあったよ。今日のぼくには。
前のハーレイ…。ううん、今の時代の人にとっては、「今のハーレイ」。
記念墓地にお墓があるハーレイは、薔薇の花も供えて貰っているでしょ、ハーレイなのに。
薔薇の花だよ、と念を押したけれど、ハーレイには通じなかったらしくて。
「お前、さっきから何が言いたいんだ?」
やたら薔薇だと繰り返してるが、薔薇の花だと何か特別な意味でもあるのか?
今の俺には馴染みの花だぞ、今でこそ試合とかには出ないし、縁遠い花になっちまったが…。
現役時代は、それはドッサリ貰ったもんだ。
持って帰って、おふくろに生けて貰ったっけな。俺じゃ上手に生けられないから。
沢山の花束、おふくろが上手にアレンジしてたぞ、家にあった花瓶なんかに合わせて。
特に珍しくもなかったが、とハーレイが言う薔薇の花束。一輪ではなく、ドッサリ束ねた薔薇を貰っていたらしい。ハーレイの試合を応援しに来た人たちから。
「今の俺だと、貰うチャンスは無いんだが…。あの薔薇の花が何だと言うんだ」
貰おうと思えば、多分、今でも貰えないことは無いだろう。大きな試合に出さえすればな。
柔道部のヤツらが応援に来てくれるから…。卒業生なら、小遣いだって沢山持ってる。何人かが寄れば、薔薇の花束も充分買えるし、そいつを貰えるだけの戦果は挙げられるぞ?
貰って来いと言うなら、ちょいと登録してくるが、とハーレイは真顔。
「試合の日は此処に来られないから、お前が寂しい思いをするがな」と。けれど、薔薇の花束は貰えるだろうし、それを楽しみにしているといい、と。
「いいんだってば、そんなのは…。試合に出てまで、花束、貰ってくれなくても」
ハーレイだったら貰えるだろう、って分かるもの。柔道も水泳も、プロの選手になろうと思えばなれたんだから。…今でも充分、強い筈だし。
そっちじゃなくって、ぼくが言うのは、ハーレイのお墓に花を供えてくれる人だよ。
今の人たちは見る目があるよね、って思って、とっても嬉しかった。シャングリラで暮らしてた仲間たちより、よっぽど値打ちが分かってるってば。…ハーレイのね。
だって、お墓に薔薇の花を供えてくれるんだよ?
前のハーレイは、薔薇の花びらで作ったジャムも、薔薇の花も似合わないって言われてたのに。
薔薇のジャムを配る時のクジ引き、ハーレイの前だけ箱が素通りしちゃったくらいに。
みんなホントに酷いんだから…、と尖らせた唇。
前のハーレイは今よりもずっと立派な英雄。その筈なのに「薔薇は似合わない」と酷評していた女性たち。キャプテン・ハーレイがどれほど偉大か、船にいたなら分かるだろうに。
「あれか…。シャングリラの薔薇で作ったジャムだな」
前のお前には似合うってことで、いつも一瓶届いてたんだ。クジ引きなんかをしなくても。
お前がジャムを貰った時には、俺も食わせて貰ってたっけな。…お前の部屋で。
あれが似合わないと評判の俺が、クジも引かずに、前のお前のお相伴で。
「別にいいじゃない。…ぼくが貰ったジャムなんだから」
どう食べるのも、誰と食べるのも、ぼくの自由だと思うけど?
スコーンに乗っけて食べるのが好きで、いつもスコーンで食べてたっけね、ハーレイと。
白いシャングリラの薔薇で作られたジャム。盛りを過ぎた薔薇たちを朽ちさせるよりは、有効に使った方がいい、と女性たちが花びらを集めて回って。
香り高い品種を育てていたから、萎れかけた花から作ったジャムでも、充分に薔薇の香りがしていた。口に含めば、ふわりと広がった薔薇たちの香気。薔薇の花を食べているかのように。
「薔薇のジャムにはスコーンなんだよ、トーストなんかに塗るよりも」
あれが一番合うと思ったし、ホントに美味しかったから…。薔薇の香りを損なわなくて。
ハーレイと食べるの、好きだったっけ…。ジャムを貰ったら、厨房でスコーンを焼いて貰って、ぼくが紅茶を淹れたりしてね。
「あのジャムなあ…。とても言えないよな、前のお前にジャムをくれてたヤツらには」
俺には似合わないジャムなんだ、とクジ引きの箱も持って来ないで知らん顔だったヤツらだぞ?
ゼルでもクジを引いてたのにな、「運試しじゃ」と手を突っ込んで。
そうやって仲間外れにされてた俺がだ、クジも引かずに美味しくジャムを食ってたなんて。
…とはいえ、今も似合わんとは思っているんだがな。薔薇の花びらのジャムというヤツは。
薔薇の花束だったらともかく、ジャムの方はまるで似合わんだろう、と苦笑しているハーレイ。
「其処の所は今も変わらん」と、「生まれ変わっても、俺は俺だ」と。
「薔薇の花びらのジャム…。今でも駄目かな?」
うんと平和な時代になったし、ハーレイだって薔薇の花束を貰えるんだよ?
今のハーレイなら試合で山ほど貰ったわけだし、前のハーレイだって、お墓に薔薇の花が沢山。ぼくが見た写真には無かったけれども、薔薇だけの花輪もあったんでしょ?
ハーレイ、見たと言っていたよね、と記念墓地の写真を思い出す。自分が見た写真のハーレイの墓碑には無かったけれども、前の自分の墓碑にはあった。薔薇だけを編んだ立派な花輪が。
今のハーレイが見た写真の花輪も、きっとそういうものだったろう。
白い薔薇だったか、赤い薔薇なのか、とりどりの薔薇を編み上げたものかは知らないけれど。
「薔薇だけの花輪なあ…。俺が見た写真には写っていたな」
ずいぶんと豪華なのをくれたな、と見ていたもんだ。
前の俺のファンが置いて行ったのか、パイロットの卵の連中なのかは分からんが。
パイロットを目指すヤツらにとっては、俺は大先輩だから…。
卒業か何かの節目の時に、供えに来ることがあるかもしれん。みんなで金を出し合ってな。
誰からの花輪だったのだろう、とハーレイは首を捻っている。前のハーレイの墓碑に捧げられた薔薇の花輪は、誰が贈ってくれたのだろうかと。
「くれたヤツには申し訳ないが、やはり似合わん気がするなあ…。薔薇の花輪は」
なんと言っても、薔薇の花びらのジャムが似合わなかったのが俺だから。
シャングリラで暮らした女性の間じゃ、そいつが常識だったんだし…。ジャムを希望者に分けるクジ引きだって、俺だけがクジを引いていないんだぞ?
誰一人として、「キャプテンにも」と言いやしなかった。新しくブリッジに来たヤツだって。
その顔は今も変わっていないんだから…、とハーレイが示す自分の顔。「前と同じだ」と。
キャプテン・ハーレイだった頃とそっくり変わらない顔で、背格好だってまるで区別がつかない姿。この顔に薔薇の花びらのジャムが似合うのか、と。
「似合わないっていうことはないでしょ。薔薇の花束、今なら貰えるんだから」
試合に行ったらきっと勝てるし、そしたらハーレイの教え子だった人たちから薔薇の花束だよ。
その人たちが似合わないって思うんだったら、そんなの、用意しないだろうし…。
ハーレイも貰える自信があるから、「貰って来ようか」って言うんじゃない。此処に来ないで、試合に行って。…どんな相手にも負けはしないで、優勝して。
今のハーレイならきっと似合うよ、と微笑んだ。薔薇の花束も、薔薇の花びらのジャムも。
そうしたら…。
「お前、本気で言っているのか、その台詞を…?」
薔薇の花束の方なら、俺も頭から否定はせんが…。当たり前のように貰った時代があるからな。
しかし、薔薇の花びらのジャムとなったら、話は別だ。
俺に似合うと思うのか、お前?
あれを食ったら、暫くの間は薔薇の香りがするんだぞ。…俺自身には自覚が無くても。
前のお前は、俺が食う時には一緒に食っていたから、気付かなかったかもしれないが…。
俺は一日中、青の間にいたってわけじゃない。ブリッジに詰めているのが普通で、夜になるまで青の間には行けない日だって山ほどあっただろうが。
そうやって俺がいない間に、お前が一人で薔薇のジャムを食ってた日も多かった。夕食の後に、ほんの少しとか。
そんな時には、お前から薔薇の香りがしたんだ。…ジャムの香りが残っていて。
香水とは少し違うんだがな、とハーレイが覚えているらしい薔薇の残り香。より正確に言えば、薔薇の花びらのジャムが残した、その香り。
ハーレイは何度も出会ったという。薔薇の香りがするソルジャー・ブルーに、前の自分に。
「お前から薔薇の香りがしたなら、俺の方でも同じだった筈だ。…あのジャムを食えば」
口中が薔薇の香りで一杯になっちまうようなジャムだったしなあ…。香りも充分、残るだろう。
お前はともかく、俺から薔薇の香りとなったら、どういう具合に見えると思う…?
キャプテン・ハーレイから薔薇の香りがするんだが、とハーレイが軽く広げた両手。
「こういう顔で、こういう姿の男から薔薇の香りだぞ?」と、「薔薇の花は持ってないのにな」などと。薔薇の花束を手にしていたなら、薔薇の香りの元は花束だと思えるけれど…。
「…ハーレイから薔薇の香りって…。なんだか似合わないかもね…」
薔薇の花束だったら似合いそうだけど、花束は無しで、ハーレイから薔薇の香りがするのは。
そういう匂いの香水なのかな、って眺めちゃうけど、他の匂いの方が良さそう…。
ハーレイは香水を使ってないけど、男の人向けの香水なんかもあるものね?
きっとそっちの方が似合うよ、と思った男性向けの香水。具体的な香りは考え付かないけれど。
「ほらな。俺だって、そう思うんだ」
香水とまではいかないにしても、俺に似合いの香りとなったら、ボディーソープか石鹸だな。
あの手の爽やかな匂いだったら、前の俺でも似合わないことはなかっただろう。「朝っぱらから風呂に入って来たらしいな」と思われるだけで。
実際、そうしていたんだし…。お前と同じベッドで眠って起きたら、まずはシャワーだ。
その後に飯を食っていたから、匂いが消えてしまっただけで。ソルジャーとキャプテンが一緒に朝食を食うっていうのは、青の間が出来て直ぐの頃からの習慣だったしな。
そういったわけで、俺の顔には、薔薇の香りは似合わない。…薔薇のジャムを食ったら、薔薇の香りが漂うわけだし、そいつも駄目だ。
前の俺の墓に薔薇を供えて貰った場合も、結果は似たようなモンだと思うが…。
俺から薔薇の香りだから、というのがハーレイの言い分。
「幸い、墓碑だし、俺の姿が無いってだけだ」と。
記念墓地にあるのは、誰の墓碑も名などが刻まれたもの。生前の姿は刻まれていない。もちろん写真もついていなくて、ただ墓碑だけ。ソルジャー・ブルーも、キャプテン・ハーレイも。
墓碑にハーレイの姿が無いから、なんとかなるのが薔薇の花束。それに花輪や、一輪だけ捧げてある薔薇や。…どれも薔薇だから香りは高い。一輪だけの薔薇にしたって。
ハーレイはそう言いたいらしくて、「似合わないぞ」と眉間に皺。「俺なんだから」と。
「俺の姿がどんなだったか、墓碑だけじゃ分からないからなあ…」
お蔭で薔薇の花束が来ても、花輪があっても、似合わないとは誰も思わん。…俺がいないから。
薔薇の花を供えてくれるヤツらは、俺の姿を百も千も承知なんだろうとは思うが…。
本物の俺が其処にいたなら、「別の花の方がいいだろうな」と、交換しに戻って行きそうだぞ。薔薇の花束とかを買った花屋へ、「これと取り替えて貰えませんか」と。
何の花を持ってくるかは知らんが…、と愉快そうにも見えるハーレイ。「薔薇は駄目だな」と、「俺に似合いの地味な花とか、そういうのを持って来ないとな」と。
「花を交換しに戻って行くって…。薔薇の花だと、そうなっちゃうわけ?」
ハーレイの姿が記念墓地にあったら、花を持って来た人、戻って行くの…?
薔薇の花だと似合わないから、他の何かと替えて貰いに、花屋さんに戻って行っちゃうわけ…?
何も其処までしなくても…、と思うのだけれど。薔薇の花でいいのに、と考えたけれど。
「いいか、墓碑だと思っているから駄目なんだ。見た目に惑わされちまって」
あそこにあるのは、俺の身体だと考えてみろ。…もちろん、生きてはいないんだが。
死んでしまった俺の身体が、そのまま保存されていたとして…。傷跡とかは抜きにしてな。
生きていた時の姿そのままで、キャプテン・ハーレイの身体が横たわっていたとする。遠い昔の英雄なんだし、そういう保存をしていたとしてもおかしくはない。
そいつの周りを、薔薇の花で飾りたくなるか?
ガラスの柩か何かは知らんが、俺の姿がそっくりそのまま見える状態、其処に薔薇だな。
顔の周りに飾るにしても、身体の上に載せるにしても…、と言われて想像してみた光景。沢山の花に埋もれたハーレイ。それだけならばいいのだけれども、その花たちが薔薇だったなら…。
(…薔薇の香りもするんだよね?)
ハーレイの身体を包むようにして、あの薔薇のジャムと同じ香りが。
シャングリラの女性たちを魅了していた、高貴で気高い薔薇たちの香り。それを纏って横たわるハーレイ、キャプテンの制服をカッチリと着て。
二度と目覚めない眠りとはいえ、薔薇の香りが漂うキャプテン・ハーレイは…。
確かに似合わないかもしれない、と頷かざるを得ない薔薇の花。墓碑だけだったら、薔薇の花が幾つ供えてあっても大丈夫なのに。花束も花輪も、一輪だけの薔薇も似合うのに。
「…ホントだ、ハーレイの身体があるんだったら、薔薇の花はちょっと…」
似合わないかもしれないね。さっきからハーレイが言ってる通りに。
薔薇の花束を持って来た人も、他の何かと替えて貰いに、花屋さんに戻って行っちゃいそう…。墓碑の代わりに前のハーレイの身体があったら、回れ右して。
もっとハーレイに似合う花とね…、とは言ってみたものの、何がいいかは分からない。どういう花を選べばいいのか、薔薇が駄目なら、同じような値段でハーレイに似合う花があるのかどうか。
ハーレイも其処を思っているのか、こんな台詞が飛び出した。
「前のお前なら似合うんだがなあ…。花で埋め尽くされていたって」
薔薇でも百合でも、それこそ、どんな花だって。…俺の場合は、似合いそうな花を探すのに苦労しそうなんだが…。交換して来よう、と花屋に戻ったヤツらも、それを任された花屋の方も。
しかしだ、前のお前だったら何の心配も要らん。花なら何でも似合うからなあ、綺麗だったら。
盛りの花ならどれでも似合う、とハーレイは穏やかな笑みを浮かべた。華やかな花でも、地味な色合いの小さな花でも、どれも似合うに決まっていると。
「前のぼくって…。今はハーレイと薔薇の話をしてたんじゃあ…?」
どうしてぼくの話になるの、とキョトンと見開いた瞳。前の自分の墓碑に供えられた花束などは他の誰よりも多いわけだし、そのことを言っているのだろうか…?
「俺の話で思い出したんだ。…前の俺の身体を花で飾ろうって話からだな」
薔薇はもちろん、他の花でも似合いそうにないのが俺なんだが…。前のお前の場合は違った。
そりゃあ美しくて、誰もが見惚れたもんだ。俺たちの自慢のソルジャーだった。…俺にとっては大事な恋人だったし、花で埋め尽くしてやりたかったから…。いつか、お前が逝っちまった時は。
そうするつもりでいたんだがな、と聞かされた話に驚いた。
ハーレイが言うのは、前の自分の葬儀のこと。…ソルジャー・ブルーと呼ばれた頃の。
アルテメシアの雲海に長く潜む間に、少しずつ弱り始めた身体。寿命を迎えつつあった肉体。
生きて地球には辿り着けない、と諦め、涙していた自分。ハーレイとの別れも、とても辛くて。
そんな自分に、ハーレイは何度も誓ってくれた。「お一人で逝かせはしませんから」と。
後継者としてシドを選んで、着々と準備を進めてもいた。…ソルジャーを送る葬儀のことも。
前のハーレイが思い描いていた、ソルジャー・ブルーを見送る時。船の仲間たちと共に、逝ってしまったソルジャーを悼む葬儀の場などをどうするか。
魂が飛び去った後の器を、沢山の花で囲むこと。それがハーレイの計画の一つ。
「船中の花を集めてやろうと思っていた。…お前のために」
普段は摘むのを許されない花も、咲いたばかりの花も、どれも残らず。
お前を送るための花なら、誰も文句は言わないからな。子供たちだって手伝うだろうさ、公園の花を端から摘んで。…ソルジャー・ブルーの身体を花で埋め尽くすために。
花に囲まれたお前を送って、葬儀が済んだら追って行こうと俺は思っていたのにな…。
ずいぶん前から決めていたのに、お前は戻って来なかった。一人きりでメギドに飛んじまって。
俺はお前の葬儀どころか、後を追うことさえ出来ずじまいだ。
…後を追えないなら、せめて葬儀をしたかったのに…。船中の花で、お前を飾って。
それが出来ていたなら、どんなにか…、とハーレイが悔む気持ちは分かる。亡骸さえも残さず、前の自分は消えたから。
ハーレイの前から永遠に消えて、二度と戻りはしなかったから。
「ごめんね…。前のぼく、戻らなくって…」
前にもこういう話をしたけど、あの時は鶴のつがいの話だったけど…。
前のぼくの身体だけでも戻っていたなら、ハーレイの悲しさ、ちょっぴりは減っていたんだよ。
そんなこと、何も考えてなくて、形見さえも残して行かなくて…。
ホントにごめんね、前のハーレイに辛い思いをさせちゃって…。
「いや、いいんだ。…お前が謝ることはない。前のお前も、あの時はとても辛かったんだしな」
それにお前は、こうして戻って来てくれた。
チビの姿になっちまったが、それでもお前は俺のブルーだ。…前のお前と変わっちゃいない。
お前が戻ってくれたお蔭で、墓の話をすることも出来る。
前の俺の墓には、似合いもしない薔薇が幾つも供えてあるとか、そういったことを。
同じ花でも、前のお前なら何でも似合って、船中の花を集めて、お前の葬儀をしたかったとか。
どっちの話も、生きていないと出来やしないぞ。
死んじまっていたら、俺もお前も、墓に入るしかないわけだしな?
前のお前の葬儀にしたって、お互い、死んでちゃ、どうにもこうにもならないじゃないか。
生きていてこそ出来る話だ、とハーレイは自信たっぷりだけれど、二人で生まれ変わる前。
ハーレイと天国で暮らした間は、どんな風に過ごしていたのだろう?
雲の上にある別の世界の天国、其処で青い地球が蘇る日を待っていた間なら…。
「死んでいたって、こういう話をしていたのかもしれないよ?」
ぼくもハーレイも、きっと一緒にいた筈だから。
天国から下の世界を眺めて、「ハーレイに薔薇を供えに来た人がまた一人」って数えたりして。
記念墓地の景色が見えているなら、そういうのも分かると思うんだけど…。
薔薇の花束が来ても、薔薇の花輪でも…、と話してみた。「数えてみるのも楽しいかも」と。
「うーむ…。俺には似合わない、薔薇の花が届けられる所か…」
天国からなら、よく見えそうだな。ノアの記念墓地も、アルテメシアの方も。
「そう思うでしょ? それに、もしかしたら天国にも届くのかもね」
墓碑に供えて貰った花がそのまま、雲の上にポンと届いちゃうとか…。供えて貰ったら直ぐに。
薔薇でも花輪でも、花束でも、全部。…誰かが置いてくれたら、そっくり同じのが天国にね。
でないと供える意味が無いでしょ、と考えてみる。せっかく墓碑に供えて貰った、豪華な花束や清楚なものや。雲の上から見ているだけでは、絵に描いた餅でしかないのだから。
「なるほどなあ…。神様のお計らいで全く同じのが来るってわけだな、俺たちの所に」
するとお前は花輪や花束まみれの毎日ってヤツで、俺にも薔薇の花だってか?
似合わないなんて誰も思っちゃいないし、薔薇の花束や花輪が供えられちまった時は…?
俺の所に薔薇の花輪なあ…、とハーレイは目を丸くする。「似合わなくても届くんだな?」と。
「そうじゃないかな、届くんならね」
神様が届けてくれるんだったら、ハーレイにも薔薇が届くんだよ。誰かが供えてくれた時には。
薔薇の花がドッサリ届いちゃったら、ハーレイがジャムにしてたかも…。
萎れて駄目になっちゃうよりかは、ジャムにした方がいいじゃない。シャングリラではジャムにしてたんだものね、天国でもジャムにするのがいいよ。薔薇の花が沢山あるのなら。
有効活用しなくっちゃ、と頭に思い浮かべた薔薇。萎れて駄目になるよりはジャム、と。
「そのジャム、俺が作るってか?」
俺はシャングリラじゃ作っていないぞ、薔薇の花びらのジャムなんかは。
あの頃にはとっくにキャプテンだったし、厨房とは無縁の日々だったんだが…?
第一、レシピも知りやしない、とハーレイは顔を顰めるけれど。薔薇の花びらでジャムを作っていたのは、一部の女性たちだったのだけれど…。
「ぼくが頼んだなら、作ったでしょ?」
薔薇の花を沢山貰ってしまって、ハーレイの分と、ぼくの分とでホントに山ほど。
飾って毎日眺めていたって、その内に萎れてしまうんだろうし…。そうする間も、次から次へと新しい薔薇が届きそうだし…。
きっと思い出すよ、薔薇の花びらで作ったジャムのこと。ハーレイと一緒に食べていたことも。
薔薇のジャム、とっても懐かしいよね、っていう話をしたなら、作ってくれると思うけど…。
レシピを知らないジャムにしたって、ハーレイなら作れそうだけど…?
何度か試作をしている間に、きちんとしたのが出来そうだよ、と前のハーレイの料理の腕前と、舌の確かさを考えてみる。果物のジャムなら厨房時代に作ったのだし、薔薇の花びらのジャムも、作れないことはなさそうだから。…青の間で何度も食べていたから、その味わいも覚えている筈。
「俺が天国で薔薇のジャム作りってか…」
貰っちまった薔薇の花輪や花束、どんどん増える一方だから…。次々に天国に届けられて。
でもって、そいつが駄目になる前に、ジャムにしろって言うんだな…?
俺には似合わない薔薇の花びらのジャムってヤツに…、とハーレイは困り顔だけど。似合わないジャムを作るなんて、と呻くけれども、「しかし、作っていたかもな」とも。
恋人からの注文なのだし、せっかくの薔薇を無駄にしないよう、花びらを煮詰めて試作から。
上手く作れるようになったら、薔薇の花が沢山届いた時には、せっせと薔薇のジャム作り。
「そういうのも、きっと楽しいよ」
天国に花が届くんだったら、ハーレイにジャムを作って貰って、昔話もしなくっちゃ。
シャングリラでも食べた薔薇のジャムだし、「またハーレイと二人で食べられるね」って。
そうだ、スコーンもハーレイに作って貰わないと…。薔薇のジャムにはスコーンが一番。
薔薇の香りを損なわないから、スコーンもお願い、と言ったのだけれど。
「薔薇のジャムには、スコーンだっけな…」
そいつを焼くのは別にかまわないが、天国でそうして暮らすよりかは…。
此処に生きていてこそだろう。…この地球の上に。
花束も花輪も此処には無いが、お前と二人で過ごせるんだから。お前の言う、昔話もして。
それに未来の話も出来るし…、とハーレイの鳶色の瞳が優しく瞬く。
「人間、生きてこそだと思うぞ」と、「お前も俺も、此処に生きてるだろうが」と。
「ぼくは、どっちでもいいけれど…。ハーレイと二人でいられるんなら」
今は一緒に暮らしてないけど、ちゃんと二人で話してるよ、此処で。…ぼくの部屋でね。
場所は何処でも、ぼくはちっとも気にならないから、天国の方でもかまわないかな。
ハーレイはどう…?
二人だったら、何処でもいいと思わない、と尋ねてみた。地球でも、雲の上にある天国でも。
「其処に関しちゃ、否定はしない。お前と二人でいられるんなら、俺も何処でもいいんだが…」
だがなあ、今は生きてるんだし、貰った命を楽しまないと。…お前も、俺も。
生きてりゃ薔薇のジャムも作れる、とハーレイがパチンと瞑った片目。
「天国で薔薇が届くのを待ってなくても、地球に咲いてる薔薇で幾らでも作れるしな?」と。
白いシャングリラの思い出の味と言うのだったら、似合わなくても作って食べる、と。
「薔薇の花びらで作ったジャム…。買おうっていう話もあったよね?」
前に薔薇のジャムの話をした時、いつか二人で買いに行こう、って。
「買いに行くのもいいんだが…。作ろうって気がして来たぞ、俺は」
俺には似合わない薔薇の話をたっぷりとして、天国でも作っていたかもしれん、っていうことになっちまったら。薔薇の花輪や花束がドッサリ届いた時には、作ったのかもしれないなら。
薔薇のジャムがお前のリクエストだというなら作ろう、とハーレイが引き受けてくれたから。
今のハーレイも料理はとても得意なのだから、いつか薔薇のジャムを頼んでみようか。
ハーレイには似合わないジャムらしいけれど、「作ってよ」と薔薇のジャムをおねだり。
いつか結婚して、二人で暮らし始めたら。
薔薇のジャムを二人で食べる時間を持てる生活、それがハーレイの家で始まったら。
いい香りのする薔薇をドッサリと買って、愛でた後には薔薇のジャム。
「萎れて来たからジャムにしてよ」と、「シャングリラでは、薔薇はそうしてたよね?」と…。
記念墓地の薔薇・了
※薔薇の花びらで作ったジャムは似合わない、と評されていたのがキャプテン・ハーレイ。
けれど今では、記念墓地の墓碑に沢山の薔薇が。青い地球の上で、薔薇のジャムも作れそう。
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これがそうか、とブルーが眺めた新聞記事。学校から帰って、おやつの時間に。
目を引いたものは、記事に添えられた写真。知っているけれど、一度も訪れたことが無い場所。
(記念墓地…)
SD体制を倒し、機械の時代を終わらせた英雄たちの墓地。前の自分の墓碑もある場所。宇宙のあちこちにあるのだけれども、ノアとアルテメシアのものが有名。
当時の首都惑星だったノアに最初に作られ、アルテメシアにもほぼ同時に出来た。記事の写真はアルテメシアの墓地の方だという。ミュウの歴史の始まりの星。
(…シャングリラの森は?)
トォニィがシャングリラの解体を決断した時、船にあった木たちを移植した森。アルテメシアの記念墓地の側へと。沢山の木があった船だから、木たちは直ぐに森を作って、代替わりだって。
今も木たちの子孫が沢山茂っている筈。シャングリラの森に行ったなら。
その森もあると書かれているのだけれども、写真は無い。残念なことに。
記事の中心は記念墓地だし、シャングリラの森とは直接関係無いものだから。
(記念墓地の写真は何度も見たけど…)
下の学校でも歴史の授業で教わったけれど、前の自分の記憶が戻ってからは、こうして見るのは初めてかもしれない。白いシャングリラの写真集には入っていないし、新聞記事などになることも一度も無かったから。
(何かの記念日ってわけでもないんだね)
ミュウと人類の戦いに纏わる記念日だとか、そういったもの。
単なる紹介、記者が取材のために出掛けて行っただけ。幾つもの墓碑に花を供えて、英雄たちに祈りを捧げて、それから写真撮影も。
(花が一杯…)
記者が捧げた花がどれだか、分からないほどに。
花束や花輪や、一輪ずつ供えられた花やら。
誰の墓碑にも添えられた花。ミュウはもちろん、人類側だったキースの墓碑にも。
どれも萎れてなどはいなくて、捧げられたばかりの花だと分かる。古くなった花は、記念墓地の管理係が毎日、きちんと片付けてゆくのだろう。見苦しいことにならないように。
毎日のように片付けをしても、減らない花たち。次から次へと、誰かが捧げてゆくものだから。
花束も花輪も、前の自分の墓碑に供えられたものが、断然多いのだけれど。
(前のぼくの人気がとても高いのか、無視できないのか…)
どっちだろう、と考えてしまう。
記念墓地の一番奥に、偉そうに立っている墓碑なのだし、他の墓碑に花を供えに行くなら、無視することは難しいかもしれない。
本当はジョミーに供えたい人も、キースのファンだという人も。
(そういうことって、あるかもね?)
記念墓地の主役であるかのように、一番奥に立つソルジャー・ブルーの墓碑。
誰の墓碑を目当てにやって来たって、嫌でもそれが目に入る。「ぼくに挨拶は?」という風に。
知らん顔をして、他の墓碑だけに花を供えるのは…。
(なんだか悪い、って思っちゃうかも…)
たとえキースのファンの人でも。…ジョミーに花を、と墓地を訪れた人も。
お目当ての墓碑に一番立派な花を捧げるにしても、ソルジャー・ブルーの墓碑にも花。それほど豪華なものでなくても、一輪だけの花にしたって。
そういったわけで、捧げられた花が一番多いのがソルジャー・ブルーということもある。人気が高いからだけではなくて、大勢の人が「挨拶代わりに」供えてゆくものだから。
(ハーレイも花を貰ってるよね…)
ちゃんとあるね、と写真で確認した、ハーレイの墓碑に供えられた花輪や花束。シャングリラを地球まで運んだキャプテンなのだし、花を貰えないわけがない。偉大なキャプテン・ハーレイが。
(写真集は出して貰ってないけど…)
ハーレイの写真だけを集めた写真集は編まれていないのだけれど、この花の数。
今のハーレイの行きつけだという理髪店の店主みたいに、ファンは何人もいるのだろう。あまり目立っていないだけのことで。
それに英雄になったキャプテン、あやかりたいと思うパイロットたちも多い筈。
(きっとそういう人たちなんだよ)
花を供えに来る人は…、と見詰めた写真。ハーレイのためだけに供えられた花たち。
ハーレイも人気、と笑みを浮かべる。花輪も花束も、其処に幾つもあったから。
前のハーレイのお墓にだって花が沢山、と大満足で戻った二階の自分の部屋。空になったお皿やカップをキッチンの母に返して、新聞を閉じて。
勉強机の前に座って、幸せな気分。「やっぱりハーレイは凄いんだから」と。
前の自分が恋をした人は、今の時代も立派に評価されている。死の星だった地球が青い水の星に蘇るほどの長い歳月、気の遠くなるような時が流れた今も。
(ちゃんと花輪に、花束に…)
幾つもあった、と嬉しい気持ちになる花たち。キャプテン・ハーレイの墓碑を彩る花。
前の自分ほどではなかったけれども、充分な数。前のハーレイのことを思ってくれる人が、今も大勢いる証拠。記念墓地まで足を運んで、花を捧げてくれるくらいに。
素敵だよね、と頬が緩んだ所で、ハタと気付いた。キャプテン・ハーレイに供えられた花たち。墓碑に捧げられた花束や花輪、さっき新聞で見た花たちの中には…。
(薔薇の花だって…)
混じっていた。白だけではなくて、供えた人の好みで色とりどりに。
花輪にも、それに花束にも。…控えめに一輪、リボンを結んで置かれていた薔薇の姿もあった。毎日供えに来る人だろうか、毎日ともなれば、花束や花輪だと凄い値段になってしまうから。
(それとも、恥ずかしがり屋さん…?)
パイロットの卵で、花束や花輪を抱えて来るのは、恥ずかしい気がする若者だとか。そういった花を抱えて道を歩けば、どうしても目立つものだから。
そんな人なのか、毎日のように来る人なのか。思いをこめて置かれていた薔薇。一輪だけでも、花輪や花束に負けないもの。けれど、その薔薇。花輪や花束に入った薔薇も…。
(薔薇の花、前のハーレイには…)
似合わないと噂されていたものだった。白いシャングリラがあった頃には。
人類との戦いが始まる前には、ミュウの楽園だった船。白い鯨の姿の箱舟。其処で開いた薔薇の花びら、それを使って作られたジャム。萎れかけた花びらたちを集めて。
いい香りがしたジャムだったけれど、沢山の数は作れない。ソルジャーだった前の自分には一瓶届いたけれども、他の仲間はクジ引きだった。
そのクジが入った、クジ引きの箱。それを抱えた女性はブリッジにも行ったというのに、クジの箱は前のハーレイの前を素通りしてゆくのが常。ゼルでさえもクジを引いていたって。
そうなった理由は、「キャプテンには、薔薇は似合わない」という思い込み。薔薇の花びらから作るジャムも同じに似合いはしない、と考えていた女性たち。なんとも酷い話だけれど。
(だけど今だと、ハーレイのお墓にも薔薇の花…)
供えている人がいるわけなのだし、本当は似合っていたのだろう。前のハーレイにも、ああいう薔薇の花たちが。…大切そうに、一輪だけ捧げられた薔薇もあったのだから。
(今の時代の人たちの方が、ずっと見る目があるんだよ)
白いシャングリラで暮らした仲間たちより、遥かに値打ちが分かっている。前のハーレイという人の素晴らしさが。キャプテン・ハーレイの偉大さが。
ハーレイのお墓に薔薇を供えてくれるんだしね、と悦に入っていたら、聞こえたチャイム。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合うなり切り出した。
「あのね…。今のハーレイ、薔薇の花束も貰えるんだね」
とても綺麗なのを。薔薇を沢山束ねたヤツとか、薔薇の花が混ざっているヤツだとか。
「それがどうかしたか?」
薔薇を貰っちゃいかんのか、と返った返事。まるで「貰うのが当たり前」のように。
「貰っちゃ駄目かって…。知ってたの?」
花束の中に薔薇があること、ハーレイ、ちゃんと知ってるの…?
「おいおい…。俺が貰った花束の話じゃないのか、それは?」
「そうだけど? ハーレイが貰った花束のことだよ」
薔薇の花が混ざっている花束も、薔薇が中心みたいなヤツも。…どれもハーレイのだけれど?
「そうなんだったら、知ってるも何も…。俺が貰った花束なんだぞ?」
俺はともかく、お前が知ってる方が不思議だ、とハーレイに逆に尋ねられた。何故、花の種類を知っているのかと。
「俺が貰った花束の話、花の種類も話したっけか…?」と。
「えっと…?」
ハーレイと花束の話って…。そんな話があったかな…?
「その話だろうが、何を妙なことを言っているんだか…。俺が貰った薔薇の花束だろ?」
優勝した時なんかに貰った花束、そりゃあ沢山あったもんだが…。
薔薇の花のは定番だ。なんたって見た目が豪華だからなあ、薔薇ばかりじゃない花束にしても。
他の花と一緒に束ねてあっても、薔薇は華やかなモンだから、とハーレイが口にする花束。今のハーレイが貰ったもので、柔道や水泳の試合や大会、そういった時に贈られたもの。
そういう花束もあったっけ、と思い出したから、勘違いを正しておかないといけないらしい。
「違うよ、今のハーレイじゃなくて…」
前のハーレイの方だってば。薔薇の花束を貰ってるのは。…薔薇が混じっている花束もね。
「薔薇の花束って…。前の俺なら貰っていないぞ?」
そんなのは一度も貰っていないな、前の俺は。それにお前は、「今のハーレイ」と言ってたが?
そいつは俺のことだろうが、とハーレイが指差す自分の顔。「今のハーレイの方なら俺だ」と。
「えっとね…。前のハーレイだけれど、今のハーレイ…」
記念墓地にあるお墓だってば、アルテメシアの記念墓地とか。…ノアとかにもある記念墓地。
新聞に写真が載っていたよ、と説明をした。前のハーレイの墓碑のこと。幾つも供えられていた花輪や花束、薔薇の花だって供えてあった、と。
「なんだ、そっちの方なのか。…前の俺でも、今の俺には違いないな」
今の時代まで墓碑があるんだし、本物の俺が此処にいることは、誰も知らないわけなんだし…。
普通の人が今の俺のことを考える時は、あそこの墓碑になるんだろうなあ…。
前の俺は死んでしまったからな、とハーレイが浮かべた苦笑い。
「あれが今の俺か」と、「薔薇の花束も確かに貰っているな」と。花輪もあるぞ、という話も。
新聞の写真には無かったけれども、薔薇を連ねた花輪が供えられる時もあるらしい。誰が供えた花輪なのかは、まるで分からないらしいのだけれど。
「花輪に花束…。知ってはいたの?」
前のハーレイのお墓に、花が沢山供えてあること。薔薇の花も混じっているヤツなんかが。
ぼくは今日まで知らなかったんだけど…、と瞬かせた瞳。記念墓地の写真を目にしていないと、前の自分の記憶が戻ってからは一度も、と。
「それはまあ…。俺の場合は、お前よりかは色々と調べているからな」
ダテにお前より年上じゃないし、興味があることは調べたくなる性分でもある。…元からな。
シャングリラの森のことも教えてやっただろう。アルテメシアの記念墓地の側にある、と。
ああいうのを調べているほどなんだし、記念墓地の方も、何度も写真を目にしてる。
誰かが供えてくれてるんだな、と嬉しい気分になるよな、あれは。…花輪や花束。
一輪だけの花でも嬉しいもんだ、とハーレイは目を細めている。今の時代も、覚えていてくれる人たちがいるという証。それを表す花や、花輪や花束などや。
本物のキャプテン・ハーレイが生きた時代が遠くなっても、直接知る人がいなくなっても。
「なかなか覚えていちゃ貰えんぞ? 今でも花を供えて貰えるくらいには」
ずっと昔は、王様だとか有名人だとか…。そういった人の墓碑に花束とかを供えていたらしい。
しかし、SD体制の時代になったら、地球と一緒に無くなっちまって…。
誰とも血縁関係の無い人間ばかりが生きた時代だ、そんな墓碑まで宇宙に移設したりはしない。その時代まで墓碑があったかどうかも、正確な記録は残っていないし…。
地球が滅びに向かった頃には、忘れられていたかもしれないな。植物が自然に育たなくなって、花というものが貴重だったから。…個人の家の庭では咲きもしないし。
とうの昔にいない人にまで、花束なんぞを贈れるものか、と言われてみればそうかもしれない。生きている人でさえ、本物の花を家に飾ることは贅沢だったという時代。この世にいない人たちの墓碑には、造花があれば上等だろう。何年経っても枯れない花が。
そうやって人は忘れ去られて、墓碑は地球の上に置いてゆかれた。機械が治める時代になったら不要なのだし、わざわざ移す必要は無い、と。
「そうなんだ…。じゃあ、今のぼくたちは王様並みだね、ずっと昔の」
大勢の人が花を供えてくれるし、記念墓地にも来てくれるんだし。…ぼくたちはとっくに死んでいるのに、知り合いに会いに行くみたいに。
それだけでも凄く嬉しいけれども、もっと嬉しいことがあったよ。今日のぼくには。
前のハーレイ…。ううん、今の時代の人にとっては、「今のハーレイ」。
記念墓地にお墓があるハーレイは、薔薇の花も供えて貰っているでしょ、ハーレイなのに。
薔薇の花だよ、と念を押したけれど、ハーレイには通じなかったらしくて。
「お前、さっきから何が言いたいんだ?」
やたら薔薇だと繰り返してるが、薔薇の花だと何か特別な意味でもあるのか?
今の俺には馴染みの花だぞ、今でこそ試合とかには出ないし、縁遠い花になっちまったが…。
現役時代は、それはドッサリ貰ったもんだ。
持って帰って、おふくろに生けて貰ったっけな。俺じゃ上手に生けられないから。
沢山の花束、おふくろが上手にアレンジしてたぞ、家にあった花瓶なんかに合わせて。
特に珍しくもなかったが、とハーレイが言う薔薇の花束。一輪ではなく、ドッサリ束ねた薔薇を貰っていたらしい。ハーレイの試合を応援しに来た人たちから。
「今の俺だと、貰うチャンスは無いんだが…。あの薔薇の花が何だと言うんだ」
貰おうと思えば、多分、今でも貰えないことは無いだろう。大きな試合に出さえすればな。
柔道部のヤツらが応援に来てくれるから…。卒業生なら、小遣いだって沢山持ってる。何人かが寄れば、薔薇の花束も充分買えるし、そいつを貰えるだけの戦果は挙げられるぞ?
貰って来いと言うなら、ちょいと登録してくるが、とハーレイは真顔。
「試合の日は此処に来られないから、お前が寂しい思いをするがな」と。けれど、薔薇の花束は貰えるだろうし、それを楽しみにしているといい、と。
「いいんだってば、そんなのは…。試合に出てまで、花束、貰ってくれなくても」
ハーレイだったら貰えるだろう、って分かるもの。柔道も水泳も、プロの選手になろうと思えばなれたんだから。…今でも充分、強い筈だし。
そっちじゃなくって、ぼくが言うのは、ハーレイのお墓に花を供えてくれる人だよ。
今の人たちは見る目があるよね、って思って、とっても嬉しかった。シャングリラで暮らしてた仲間たちより、よっぽど値打ちが分かってるってば。…ハーレイのね。
だって、お墓に薔薇の花を供えてくれるんだよ?
前のハーレイは、薔薇の花びらで作ったジャムも、薔薇の花も似合わないって言われてたのに。
薔薇のジャムを配る時のクジ引き、ハーレイの前だけ箱が素通りしちゃったくらいに。
みんなホントに酷いんだから…、と尖らせた唇。
前のハーレイは今よりもずっと立派な英雄。その筈なのに「薔薇は似合わない」と酷評していた女性たち。キャプテン・ハーレイがどれほど偉大か、船にいたなら分かるだろうに。
「あれか…。シャングリラの薔薇で作ったジャムだな」
前のお前には似合うってことで、いつも一瓶届いてたんだ。クジ引きなんかをしなくても。
お前がジャムを貰った時には、俺も食わせて貰ってたっけな。…お前の部屋で。
あれが似合わないと評判の俺が、クジも引かずに、前のお前のお相伴で。
「別にいいじゃない。…ぼくが貰ったジャムなんだから」
どう食べるのも、誰と食べるのも、ぼくの自由だと思うけど?
スコーンに乗っけて食べるのが好きで、いつもスコーンで食べてたっけね、ハーレイと。
白いシャングリラの薔薇で作られたジャム。盛りを過ぎた薔薇たちを朽ちさせるよりは、有効に使った方がいい、と女性たちが花びらを集めて回って。
香り高い品種を育てていたから、萎れかけた花から作ったジャムでも、充分に薔薇の香りがしていた。口に含めば、ふわりと広がった薔薇たちの香気。薔薇の花を食べているかのように。
「薔薇のジャムにはスコーンなんだよ、トーストなんかに塗るよりも」
あれが一番合うと思ったし、ホントに美味しかったから…。薔薇の香りを損なわなくて。
ハーレイと食べるの、好きだったっけ…。ジャムを貰ったら、厨房でスコーンを焼いて貰って、ぼくが紅茶を淹れたりしてね。
「あのジャムなあ…。とても言えないよな、前のお前にジャムをくれてたヤツらには」
俺には似合わないジャムなんだ、とクジ引きの箱も持って来ないで知らん顔だったヤツらだぞ?
ゼルでもクジを引いてたのにな、「運試しじゃ」と手を突っ込んで。
そうやって仲間外れにされてた俺がだ、クジも引かずに美味しくジャムを食ってたなんて。
…とはいえ、今も似合わんとは思っているんだがな。薔薇の花びらのジャムというヤツは。
薔薇の花束だったらともかく、ジャムの方はまるで似合わんだろう、と苦笑しているハーレイ。
「其処の所は今も変わらん」と、「生まれ変わっても、俺は俺だ」と。
「薔薇の花びらのジャム…。今でも駄目かな?」
うんと平和な時代になったし、ハーレイだって薔薇の花束を貰えるんだよ?
今のハーレイなら試合で山ほど貰ったわけだし、前のハーレイだって、お墓に薔薇の花が沢山。ぼくが見た写真には無かったけれども、薔薇だけの花輪もあったんでしょ?
ハーレイ、見たと言っていたよね、と記念墓地の写真を思い出す。自分が見た写真のハーレイの墓碑には無かったけれども、前の自分の墓碑にはあった。薔薇だけを編んだ立派な花輪が。
今のハーレイが見た写真の花輪も、きっとそういうものだったろう。
白い薔薇だったか、赤い薔薇なのか、とりどりの薔薇を編み上げたものかは知らないけれど。
「薔薇だけの花輪なあ…。俺が見た写真には写っていたな」
ずいぶんと豪華なのをくれたな、と見ていたもんだ。
前の俺のファンが置いて行ったのか、パイロットの卵の連中なのかは分からんが。
パイロットを目指すヤツらにとっては、俺は大先輩だから…。
卒業か何かの節目の時に、供えに来ることがあるかもしれん。みんなで金を出し合ってな。
誰からの花輪だったのだろう、とハーレイは首を捻っている。前のハーレイの墓碑に捧げられた薔薇の花輪は、誰が贈ってくれたのだろうかと。
「くれたヤツには申し訳ないが、やはり似合わん気がするなあ…。薔薇の花輪は」
なんと言っても、薔薇の花びらのジャムが似合わなかったのが俺だから。
シャングリラで暮らした女性の間じゃ、そいつが常識だったんだし…。ジャムを希望者に分けるクジ引きだって、俺だけがクジを引いていないんだぞ?
誰一人として、「キャプテンにも」と言いやしなかった。新しくブリッジに来たヤツだって。
その顔は今も変わっていないんだから…、とハーレイが示す自分の顔。「前と同じだ」と。
キャプテン・ハーレイだった頃とそっくり変わらない顔で、背格好だってまるで区別がつかない姿。この顔に薔薇の花びらのジャムが似合うのか、と。
「似合わないっていうことはないでしょ。薔薇の花束、今なら貰えるんだから」
試合に行ったらきっと勝てるし、そしたらハーレイの教え子だった人たちから薔薇の花束だよ。
その人たちが似合わないって思うんだったら、そんなの、用意しないだろうし…。
ハーレイも貰える自信があるから、「貰って来ようか」って言うんじゃない。此処に来ないで、試合に行って。…どんな相手にも負けはしないで、優勝して。
今のハーレイならきっと似合うよ、と微笑んだ。薔薇の花束も、薔薇の花びらのジャムも。
そうしたら…。
「お前、本気で言っているのか、その台詞を…?」
薔薇の花束の方なら、俺も頭から否定はせんが…。当たり前のように貰った時代があるからな。
しかし、薔薇の花びらのジャムとなったら、話は別だ。
俺に似合うと思うのか、お前?
あれを食ったら、暫くの間は薔薇の香りがするんだぞ。…俺自身には自覚が無くても。
前のお前は、俺が食う時には一緒に食っていたから、気付かなかったかもしれないが…。
俺は一日中、青の間にいたってわけじゃない。ブリッジに詰めているのが普通で、夜になるまで青の間には行けない日だって山ほどあっただろうが。
そうやって俺がいない間に、お前が一人で薔薇のジャムを食ってた日も多かった。夕食の後に、ほんの少しとか。
そんな時には、お前から薔薇の香りがしたんだ。…ジャムの香りが残っていて。
香水とは少し違うんだがな、とハーレイが覚えているらしい薔薇の残り香。より正確に言えば、薔薇の花びらのジャムが残した、その香り。
ハーレイは何度も出会ったという。薔薇の香りがするソルジャー・ブルーに、前の自分に。
「お前から薔薇の香りがしたなら、俺の方でも同じだった筈だ。…あのジャムを食えば」
口中が薔薇の香りで一杯になっちまうようなジャムだったしなあ…。香りも充分、残るだろう。
お前はともかく、俺から薔薇の香りとなったら、どういう具合に見えると思う…?
キャプテン・ハーレイから薔薇の香りがするんだが、とハーレイが軽く広げた両手。
「こういう顔で、こういう姿の男から薔薇の香りだぞ?」と、「薔薇の花は持ってないのにな」などと。薔薇の花束を手にしていたなら、薔薇の香りの元は花束だと思えるけれど…。
「…ハーレイから薔薇の香りって…。なんだか似合わないかもね…」
薔薇の花束だったら似合いそうだけど、花束は無しで、ハーレイから薔薇の香りがするのは。
そういう匂いの香水なのかな、って眺めちゃうけど、他の匂いの方が良さそう…。
ハーレイは香水を使ってないけど、男の人向けの香水なんかもあるものね?
きっとそっちの方が似合うよ、と思った男性向けの香水。具体的な香りは考え付かないけれど。
「ほらな。俺だって、そう思うんだ」
香水とまではいかないにしても、俺に似合いの香りとなったら、ボディーソープか石鹸だな。
あの手の爽やかな匂いだったら、前の俺でも似合わないことはなかっただろう。「朝っぱらから風呂に入って来たらしいな」と思われるだけで。
実際、そうしていたんだし…。お前と同じベッドで眠って起きたら、まずはシャワーだ。
その後に飯を食っていたから、匂いが消えてしまっただけで。ソルジャーとキャプテンが一緒に朝食を食うっていうのは、青の間が出来て直ぐの頃からの習慣だったしな。
そういったわけで、俺の顔には、薔薇の香りは似合わない。…薔薇のジャムを食ったら、薔薇の香りが漂うわけだし、そいつも駄目だ。
前の俺の墓に薔薇を供えて貰った場合も、結果は似たようなモンだと思うが…。
俺から薔薇の香りだから、というのがハーレイの言い分。
「幸い、墓碑だし、俺の姿が無いってだけだ」と。
記念墓地にあるのは、誰の墓碑も名などが刻まれたもの。生前の姿は刻まれていない。もちろん写真もついていなくて、ただ墓碑だけ。ソルジャー・ブルーも、キャプテン・ハーレイも。
墓碑にハーレイの姿が無いから、なんとかなるのが薔薇の花束。それに花輪や、一輪だけ捧げてある薔薇や。…どれも薔薇だから香りは高い。一輪だけの薔薇にしたって。
ハーレイはそう言いたいらしくて、「似合わないぞ」と眉間に皺。「俺なんだから」と。
「俺の姿がどんなだったか、墓碑だけじゃ分からないからなあ…」
お蔭で薔薇の花束が来ても、花輪があっても、似合わないとは誰も思わん。…俺がいないから。
薔薇の花を供えてくれるヤツらは、俺の姿を百も千も承知なんだろうとは思うが…。
本物の俺が其処にいたなら、「別の花の方がいいだろうな」と、交換しに戻って行きそうだぞ。薔薇の花束とかを買った花屋へ、「これと取り替えて貰えませんか」と。
何の花を持ってくるかは知らんが…、と愉快そうにも見えるハーレイ。「薔薇は駄目だな」と、「俺に似合いの地味な花とか、そういうのを持って来ないとな」と。
「花を交換しに戻って行くって…。薔薇の花だと、そうなっちゃうわけ?」
ハーレイの姿が記念墓地にあったら、花を持って来た人、戻って行くの…?
薔薇の花だと似合わないから、他の何かと替えて貰いに、花屋さんに戻って行っちゃうわけ…?
何も其処までしなくても…、と思うのだけれど。薔薇の花でいいのに、と考えたけれど。
「いいか、墓碑だと思っているから駄目なんだ。見た目に惑わされちまって」
あそこにあるのは、俺の身体だと考えてみろ。…もちろん、生きてはいないんだが。
死んでしまった俺の身体が、そのまま保存されていたとして…。傷跡とかは抜きにしてな。
生きていた時の姿そのままで、キャプテン・ハーレイの身体が横たわっていたとする。遠い昔の英雄なんだし、そういう保存をしていたとしてもおかしくはない。
そいつの周りを、薔薇の花で飾りたくなるか?
ガラスの柩か何かは知らんが、俺の姿がそっくりそのまま見える状態、其処に薔薇だな。
顔の周りに飾るにしても、身体の上に載せるにしても…、と言われて想像してみた光景。沢山の花に埋もれたハーレイ。それだけならばいいのだけれども、その花たちが薔薇だったなら…。
(…薔薇の香りもするんだよね?)
ハーレイの身体を包むようにして、あの薔薇のジャムと同じ香りが。
シャングリラの女性たちを魅了していた、高貴で気高い薔薇たちの香り。それを纏って横たわるハーレイ、キャプテンの制服をカッチリと着て。
二度と目覚めない眠りとはいえ、薔薇の香りが漂うキャプテン・ハーレイは…。
確かに似合わないかもしれない、と頷かざるを得ない薔薇の花。墓碑だけだったら、薔薇の花が幾つ供えてあっても大丈夫なのに。花束も花輪も、一輪だけの薔薇も似合うのに。
「…ホントだ、ハーレイの身体があるんだったら、薔薇の花はちょっと…」
似合わないかもしれないね。さっきからハーレイが言ってる通りに。
薔薇の花束を持って来た人も、他の何かと替えて貰いに、花屋さんに戻って行っちゃいそう…。墓碑の代わりに前のハーレイの身体があったら、回れ右して。
もっとハーレイに似合う花とね…、とは言ってみたものの、何がいいかは分からない。どういう花を選べばいいのか、薔薇が駄目なら、同じような値段でハーレイに似合う花があるのかどうか。
ハーレイも其処を思っているのか、こんな台詞が飛び出した。
「前のお前なら似合うんだがなあ…。花で埋め尽くされていたって」
薔薇でも百合でも、それこそ、どんな花だって。…俺の場合は、似合いそうな花を探すのに苦労しそうなんだが…。交換して来よう、と花屋に戻ったヤツらも、それを任された花屋の方も。
しかしだ、前のお前だったら何の心配も要らん。花なら何でも似合うからなあ、綺麗だったら。
盛りの花ならどれでも似合う、とハーレイは穏やかな笑みを浮かべた。華やかな花でも、地味な色合いの小さな花でも、どれも似合うに決まっていると。
「前のぼくって…。今はハーレイと薔薇の話をしてたんじゃあ…?」
どうしてぼくの話になるの、とキョトンと見開いた瞳。前の自分の墓碑に供えられた花束などは他の誰よりも多いわけだし、そのことを言っているのだろうか…?
「俺の話で思い出したんだ。…前の俺の身体を花で飾ろうって話からだな」
薔薇はもちろん、他の花でも似合いそうにないのが俺なんだが…。前のお前の場合は違った。
そりゃあ美しくて、誰もが見惚れたもんだ。俺たちの自慢のソルジャーだった。…俺にとっては大事な恋人だったし、花で埋め尽くしてやりたかったから…。いつか、お前が逝っちまった時は。
そうするつもりでいたんだがな、と聞かされた話に驚いた。
ハーレイが言うのは、前の自分の葬儀のこと。…ソルジャー・ブルーと呼ばれた頃の。
アルテメシアの雲海に長く潜む間に、少しずつ弱り始めた身体。寿命を迎えつつあった肉体。
生きて地球には辿り着けない、と諦め、涙していた自分。ハーレイとの別れも、とても辛くて。
そんな自分に、ハーレイは何度も誓ってくれた。「お一人で逝かせはしませんから」と。
後継者としてシドを選んで、着々と準備を進めてもいた。…ソルジャーを送る葬儀のことも。
前のハーレイが思い描いていた、ソルジャー・ブルーを見送る時。船の仲間たちと共に、逝ってしまったソルジャーを悼む葬儀の場などをどうするか。
魂が飛び去った後の器を、沢山の花で囲むこと。それがハーレイの計画の一つ。
「船中の花を集めてやろうと思っていた。…お前のために」
普段は摘むのを許されない花も、咲いたばかりの花も、どれも残らず。
お前を送るための花なら、誰も文句は言わないからな。子供たちだって手伝うだろうさ、公園の花を端から摘んで。…ソルジャー・ブルーの身体を花で埋め尽くすために。
花に囲まれたお前を送って、葬儀が済んだら追って行こうと俺は思っていたのにな…。
ずいぶん前から決めていたのに、お前は戻って来なかった。一人きりでメギドに飛んじまって。
俺はお前の葬儀どころか、後を追うことさえ出来ずじまいだ。
…後を追えないなら、せめて葬儀をしたかったのに…。船中の花で、お前を飾って。
それが出来ていたなら、どんなにか…、とハーレイが悔む気持ちは分かる。亡骸さえも残さず、前の自分は消えたから。
ハーレイの前から永遠に消えて、二度と戻りはしなかったから。
「ごめんね…。前のぼく、戻らなくって…」
前にもこういう話をしたけど、あの時は鶴のつがいの話だったけど…。
前のぼくの身体だけでも戻っていたなら、ハーレイの悲しさ、ちょっぴりは減っていたんだよ。
そんなこと、何も考えてなくて、形見さえも残して行かなくて…。
ホントにごめんね、前のハーレイに辛い思いをさせちゃって…。
「いや、いいんだ。…お前が謝ることはない。前のお前も、あの時はとても辛かったんだしな」
それにお前は、こうして戻って来てくれた。
チビの姿になっちまったが、それでもお前は俺のブルーだ。…前のお前と変わっちゃいない。
お前が戻ってくれたお蔭で、墓の話をすることも出来る。
前の俺の墓には、似合いもしない薔薇が幾つも供えてあるとか、そういったことを。
同じ花でも、前のお前なら何でも似合って、船中の花を集めて、お前の葬儀をしたかったとか。
どっちの話も、生きていないと出来やしないぞ。
死んじまっていたら、俺もお前も、墓に入るしかないわけだしな?
前のお前の葬儀にしたって、お互い、死んでちゃ、どうにもこうにもならないじゃないか。
生きていてこそ出来る話だ、とハーレイは自信たっぷりだけれど、二人で生まれ変わる前。
ハーレイと天国で暮らした間は、どんな風に過ごしていたのだろう?
雲の上にある別の世界の天国、其処で青い地球が蘇る日を待っていた間なら…。
「死んでいたって、こういう話をしていたのかもしれないよ?」
ぼくもハーレイも、きっと一緒にいた筈だから。
天国から下の世界を眺めて、「ハーレイに薔薇を供えに来た人がまた一人」って数えたりして。
記念墓地の景色が見えているなら、そういうのも分かると思うんだけど…。
薔薇の花束が来ても、薔薇の花輪でも…、と話してみた。「数えてみるのも楽しいかも」と。
「うーむ…。俺には似合わない、薔薇の花が届けられる所か…」
天国からなら、よく見えそうだな。ノアの記念墓地も、アルテメシアの方も。
「そう思うでしょ? それに、もしかしたら天国にも届くのかもね」
墓碑に供えて貰った花がそのまま、雲の上にポンと届いちゃうとか…。供えて貰ったら直ぐに。
薔薇でも花輪でも、花束でも、全部。…誰かが置いてくれたら、そっくり同じのが天国にね。
でないと供える意味が無いでしょ、と考えてみる。せっかく墓碑に供えて貰った、豪華な花束や清楚なものや。雲の上から見ているだけでは、絵に描いた餅でしかないのだから。
「なるほどなあ…。神様のお計らいで全く同じのが来るってわけだな、俺たちの所に」
するとお前は花輪や花束まみれの毎日ってヤツで、俺にも薔薇の花だってか?
似合わないなんて誰も思っちゃいないし、薔薇の花束や花輪が供えられちまった時は…?
俺の所に薔薇の花輪なあ…、とハーレイは目を丸くする。「似合わなくても届くんだな?」と。
「そうじゃないかな、届くんならね」
神様が届けてくれるんだったら、ハーレイにも薔薇が届くんだよ。誰かが供えてくれた時には。
薔薇の花がドッサリ届いちゃったら、ハーレイがジャムにしてたかも…。
萎れて駄目になっちゃうよりかは、ジャムにした方がいいじゃない。シャングリラではジャムにしてたんだものね、天国でもジャムにするのがいいよ。薔薇の花が沢山あるのなら。
有効活用しなくっちゃ、と頭に思い浮かべた薔薇。萎れて駄目になるよりはジャム、と。
「そのジャム、俺が作るってか?」
俺はシャングリラじゃ作っていないぞ、薔薇の花びらのジャムなんかは。
あの頃にはとっくにキャプテンだったし、厨房とは無縁の日々だったんだが…?
第一、レシピも知りやしない、とハーレイは顔を顰めるけれど。薔薇の花びらでジャムを作っていたのは、一部の女性たちだったのだけれど…。
「ぼくが頼んだなら、作ったでしょ?」
薔薇の花を沢山貰ってしまって、ハーレイの分と、ぼくの分とでホントに山ほど。
飾って毎日眺めていたって、その内に萎れてしまうんだろうし…。そうする間も、次から次へと新しい薔薇が届きそうだし…。
きっと思い出すよ、薔薇の花びらで作ったジャムのこと。ハーレイと一緒に食べていたことも。
薔薇のジャム、とっても懐かしいよね、っていう話をしたなら、作ってくれると思うけど…。
レシピを知らないジャムにしたって、ハーレイなら作れそうだけど…?
何度か試作をしている間に、きちんとしたのが出来そうだよ、と前のハーレイの料理の腕前と、舌の確かさを考えてみる。果物のジャムなら厨房時代に作ったのだし、薔薇の花びらのジャムも、作れないことはなさそうだから。…青の間で何度も食べていたから、その味わいも覚えている筈。
「俺が天国で薔薇のジャム作りってか…」
貰っちまった薔薇の花輪や花束、どんどん増える一方だから…。次々に天国に届けられて。
でもって、そいつが駄目になる前に、ジャムにしろって言うんだな…?
俺には似合わない薔薇の花びらのジャムってヤツに…、とハーレイは困り顔だけど。似合わないジャムを作るなんて、と呻くけれども、「しかし、作っていたかもな」とも。
恋人からの注文なのだし、せっかくの薔薇を無駄にしないよう、花びらを煮詰めて試作から。
上手く作れるようになったら、薔薇の花が沢山届いた時には、せっせと薔薇のジャム作り。
「そういうのも、きっと楽しいよ」
天国に花が届くんだったら、ハーレイにジャムを作って貰って、昔話もしなくっちゃ。
シャングリラでも食べた薔薇のジャムだし、「またハーレイと二人で食べられるね」って。
そうだ、スコーンもハーレイに作って貰わないと…。薔薇のジャムにはスコーンが一番。
薔薇の香りを損なわないから、スコーンもお願い、と言ったのだけれど。
「薔薇のジャムには、スコーンだっけな…」
そいつを焼くのは別にかまわないが、天国でそうして暮らすよりかは…。
此処に生きていてこそだろう。…この地球の上に。
花束も花輪も此処には無いが、お前と二人で過ごせるんだから。お前の言う、昔話もして。
それに未来の話も出来るし…、とハーレイの鳶色の瞳が優しく瞬く。
「人間、生きてこそだと思うぞ」と、「お前も俺も、此処に生きてるだろうが」と。
「ぼくは、どっちでもいいけれど…。ハーレイと二人でいられるんなら」
今は一緒に暮らしてないけど、ちゃんと二人で話してるよ、此処で。…ぼくの部屋でね。
場所は何処でも、ぼくはちっとも気にならないから、天国の方でもかまわないかな。
ハーレイはどう…?
二人だったら、何処でもいいと思わない、と尋ねてみた。地球でも、雲の上にある天国でも。
「其処に関しちゃ、否定はしない。お前と二人でいられるんなら、俺も何処でもいいんだが…」
だがなあ、今は生きてるんだし、貰った命を楽しまないと。…お前も、俺も。
生きてりゃ薔薇のジャムも作れる、とハーレイがパチンと瞑った片目。
「天国で薔薇が届くのを待ってなくても、地球に咲いてる薔薇で幾らでも作れるしな?」と。
白いシャングリラの思い出の味と言うのだったら、似合わなくても作って食べる、と。
「薔薇の花びらで作ったジャム…。買おうっていう話もあったよね?」
前に薔薇のジャムの話をした時、いつか二人で買いに行こう、って。
「買いに行くのもいいんだが…。作ろうって気がして来たぞ、俺は」
俺には似合わない薔薇の話をたっぷりとして、天国でも作っていたかもしれん、っていうことになっちまったら。薔薇の花輪や花束がドッサリ届いた時には、作ったのかもしれないなら。
薔薇のジャムがお前のリクエストだというなら作ろう、とハーレイが引き受けてくれたから。
今のハーレイも料理はとても得意なのだから、いつか薔薇のジャムを頼んでみようか。
ハーレイには似合わないジャムらしいけれど、「作ってよ」と薔薇のジャムをおねだり。
いつか結婚して、二人で暮らし始めたら。
薔薇のジャムを二人で食べる時間を持てる生活、それがハーレイの家で始まったら。
いい香りのする薔薇をドッサリと買って、愛でた後には薔薇のジャム。
「萎れて来たからジャムにしてよ」と、「シャングリラでは、薔薇はそうしてたよね?」と…。
記念墓地の薔薇・了
※薔薇の花びらで作ったジャムは似合わない、と評されていたのがキャプテン・ハーレイ。
けれど今では、記念墓地の墓碑に沢山の薔薇が。青い地球の上で、薔薇のジャムも作れそう。
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