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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

天才と才能
(天才作曲家…)
 うーん、とブルーが眺めた新聞記事。学校から帰って、おやつの時間に。
 SD体制の時代よりも遥かな昔に、「神童」と呼ばれたモーツァルト。前の自分も、彼の名前は知っていた。「かつて、そういう作曲家がいた」と。
 神童だけあって、最初の作曲は五歳の時。誰が聞いても幼児な年齢、今も昔も。
(この時代だから、天才作曲家になれたんだ…)
 新聞には、そう書いてある。天才作曲家が生まれた背景について。
 モーツァルトが生きた頃の時代は、人間は地球しか知らなかった。空を飛ぶ術も無かった時代。もちろん子供は自然出産、養父母ならぬ乳母や養育係に育てられた子もいたのだけれど…。
(才能を見せた子供を、そのまま親が育ててたから…)
 天才作曲家が誕生した。他の分野にも大勢の天才、早くに親元を離れた子でも。親を亡くして、あちこちの家を転々とした子供でも。
 彼らに共通していたことは、「記憶を失わなかった」こと。生まれた時からの一切を。
 けれど、SD体制の時代では、そうはいかない。十四歳になった子供は記憶を処理され、大人の社会へ旅立ってゆく。生まれ育った故郷を離れて。
 幼少期に見せた優れた才能、それについては、機械が記憶を消去する時に…。
(消さずに残しておいたけれども、才能、上手く開花しなくて…)
 どんな分野にも、群を抜いた天才は出なかった。後の時代にも称えられるほどの才能を持った、優れた者は。
(SD体制が終わったら…)
 現れるようになった神童たち。モーツァルトのように、幼少期からの才能を伸ばし続けて、その名声を轟かせる者。様々な分野で頭角を現し、語り継がれる偉大な天才たち。音楽家や、画家や。
(SD体制は文化と相性が悪かったものね?)
 多様な文化を消してしまって、一つに統一していた機械。その方が統治しやすいから。
 文化と相性が悪い時代なら、芸術の天才が現れないのも当然だろう。芸術は文化なのだから。
 芸術でなくても、きっと多くの才能の芽を摘んでしまったに違いない。
 記事には書かれていないけれども、一事が万事。子供時代に示した才能、それを見事に咲かせる代わりに、凡庸な人生を歩んだだろう人類たち。…どの分野でも。



 天才が生まれて来なかった時代。機械が統治していたせいで。
(記憶処理なんかをするからだよ)
 きちんと記憶が残っていれば、結果は違っていたんだから、と戻った二階の自分の部屋。新聞を閉じて、空になったカップやお皿をキッチンの母に返しに行って。
(…記憶がきちんと残っているのと、消えちゃったのとでは…)
 その後も変わってくるだろう。人は幾つもの経験を積んで、才能を開花させるもの。自分の力で道を見付けて、「これが自分にピッタリの道」と。
 機械が記憶を消した時代は、そうではなかった。才能を見せた子供がいたなら、それを生かせる道を機械が選ぶけれども、持っては行けない子供時代の記憶の全て。
(技術とかならそれでもいいけど、芸術の方は…)
 成人検査を境に途切れる、天才への道。どれほどの才能を持っていようとも、子供時代の記憶を失くせば消える天才の資質。才能を育んだ過去と一緒に、基盤が消えてしまうのだから。
(どういう切っ掛けで、どういう風に…)
 作曲したのか、絵を描いたのか。それが消えれば、どうにもならない。
 魂を失くしているのと同じで、もう蘇りはしない過去。インスピレーションも、何もかもが。
(そうなっちゃったら、誰だって…)
 神童と呼ばれた頃の才能は引き継げない。開花させてゆくことも出来ない。
 「自分」という人間が何者なのか、それも掴めない状態では。「今の自分」が出来上がるまでの記憶を消された、根無し草では。
(機械は上手にやったつもりでも、人間の心というヤツは…)
 そう単純じゃないんだから、と前の自分は知っている。
 成人検査で過去の記憶を消してしまうのは、機械に都合がいいというだけ。人間には、何の益も無いこと。…人間の方に、そういう自覚が無かっただけで。
(SD体制に疑問を持ったりしないように…)
 記憶を消去し、御しやすくしたのが成人検査。
 機械はそれで良かったけれども、幾つもの弊害が生まれ続けた。そしてどうやら、神童さえもが才能の芽を摘まれたらしい。
 ミュウが端から滅ぼされたのとは別の次元で、あの忌まわしい機械のせいで。



 SD体制が敷かれた時代は、出ずに終わった天才たち。消えてしまった優れた才能。
 前の自分たちは、成人検査と過酷な人体実験のせいで、子供時代の記憶を全て失くした。検査をパスした人類以上に、何もかもを、全部。
(なんにも思い出せなくて…)
 養父母の顔も、生まれた家も、おぼろにさえも浮かばないまま。
 メギドの炎で燃えるアルタミラから逃げ出したミュウは、一人残らずそうだった。誰も覚えてはいなかった過去。何処で育ったのか、どういう暮らしをしていたのかも。
(前のぼくたちだって、記憶を失くしていなかったなら…)
 凄い芸術家が、船で生まれたりもしたのだろうか。画家や音楽家や、他にも色々な才能が。
 ミュウの船では、行われなかった成人検査。白いシャングリラに来た子供たちは、機械に記憶を消されはしない。ミュウの世界に、成人検査は無いのだから。
 あの船にいた子供たちと同じに、前の自分たちも、子供時代の記憶を一つも失うことなく、船で暮らしていたならば…、と、考えてみた。
 誰か芸術家になっていたかも、と古参の者たちの顔ぶれを。ゼルやブラウや、ヒルマンたちを。
 芸術とは無縁な彼らだったけれど、記憶を失くしていなかったなら…。
(…ゼルたちでなくても、アルタミラから一緒だった仲間の中の誰かが…)
 とても見事な絵を描いたとか、作曲の才能を持っていたとか。その可能性はゼロとは言えない。成人検査と人体実験が記憶を白紙にしなかったならば、いたかもしれない芸術家。
(…芸術家…?)
 そういえば、と思い出したこと。
 芸術家に心当たりは無いのだけれども、発表の場ならあったっけ、と。
 白いシャングリラにあった劇場。ブリッジが見える船で一番広い公園、あそこに劇場が作られていた。野外劇場といった趣の、階段状になった観客席を設けたものが。
(古代ギリシャ風とか、ローマ風とか…)
 遠い昔の半円形の劇場、それに似ていたシャングリラの劇場。白い石で出来ていた観客席。
 船の中だから屋根は要らないし、観客席だけがあれば良かった。階段状になった席から、舞台を見下ろすことが出来れば。…催し物を楽しむことが出来れば。
 劇場は、芸術の発表の場所。音楽にしても、演劇にしても、踊りにしても。



 公園にあった、白い野外劇場。あれはいったい、誰が作ろうと声を上げたのだろう?
 発表の場ではあったけれども、あの劇場を思い付いた者は誰だったのか。
(ぼくは劇場では、何もしてないし…)
 子供たちが主役の芝居や、歌の発表会を見に行っただけ。観客席に座って眺めただけ。其処から拍手を送ってみたり、舞台の子たちに手を振ったりして。
 観客だっただけで、何も発表していなかった前の自分。歌いもしないし、芝居に出演したことも無い。舞台に立ちたいと思ったことも。
(自分が出たいと思わないなら、劇場なんか…)
 作ろうと言いはしないだろう。それが欲しいと思いはしないし、芸術とも無縁だったのだから。
 前の自分はそういった風で、ゼルたちも同じだったと思う。劇場で歌を歌いはしないし、芝居で舞台に立つことも無くて。
(それとも、忘れちゃってるだけ…?)
 今の自分に生まれ変わる時に、何処かに落としてしまった記憶。あるいは埋もれている記憶。
 そのせいで「知らない」と考えるだけで、本当はゼルたちも劇場の舞台で歌っていたとか、演劇などに出ていただとか。自分が覚えていないからといって、「無かった」と言うのは難しい。
(劇場は、ちゃんとあったんだしね…)
 それが必要だと思った誰かが、あの船にいた。白い鯨になる前の船に。
 誰だったのかは分からないけれど、芸術を愛していたのだろう誰か。発表の場になる劇場が船にあればいいのに、と考えた誰か。
(設計段階から組み込まないと、劇場は無理…)
 公園の斜面を利用する形で設けられていた、階段状の観客席。古代の劇場を真似た形の。
 白かった石は、何処かの星から採取して来た、本物の大理石だっただろう。本物が手に入るのであれば、合成品などは使わないのが改造の時の方針だから。
(あれだけの量の大理石だと…)
 纏めて採掘、それから加工。劇場の舞台と、観客席とを築き上げるために。
 一日や二日で出来るわけがない、採掘と加工と、劇場の建設。斜面の傾斜に合わせて石を積み、観客席の形に仕上げてゆくことは。
 それだけの工事が必要なのだし、後から作ってはいないと思う。公園と同時に出来ていた筈。



 きっとそうだ、と今の自分でも分かること。あの劇場は最初から公園にあったものだ、と。
(白い鯨になってからだと、色々、大変なんだから…)
 部屋の改築とは比較にならない手間がかかるのが、大理石を使った劇場作り。船に大理石の用意などは無いし、採掘から始めなければいけない。大理石がある星を探して。
(アルテメシアに着いてしまったら、もう探しには行かないし…)
 それよりも前の時期にしたって、劇場作りのためだけに航路を変更したりはしないだろう。行き先を決めない旅の途中でも、「大理石が欲しい」というだけのことで、採掘の旅を始めるなどは。
(やっぱり、最初からあったんだよね…?)
 どう考えても、それが一番自然なこと。公園を整備してゆく時に、劇場も其処に組み込むのが。
 けれど、劇場を思い付いたのは誰なのか。誰が「作ろう」と提案したのか、その辺りが謎。
(言い出しっぺは、誰だったわけ…?)
 芸術などとは無縁そうな船で、「劇場が欲しい」と考えた仲間。劇場の舞台で歌いたかったか、芝居をしようと夢を見たのか。
(歌も、お芝居も…)
 記憶にあるのは子供たちばかり。アルテメシアで船に迎えた、ミュウの子供たち。機械に記憶を消されはしないで、船で育った子供たちしか思い出せない。
(だけど、誰かが言い出さないと…)
 船に劇場は無かった筈。子供たちを船に迎えてからでは、あの劇場を作れはしない。野外劇場のような立派な劇場を公園に作るのは無理で、歌や芝居の発表会をしたいなら…。
(天体の間を使えばいい、って…)
 誰かが口にしただろう。元々、集会の場として設けた部屋だし、充分、使える。階段もあって、上の階から下を見下ろす観客席も可能な構造。
(同じ高さのフロアにしたって…)
 前の方の仲間は直接床に座らせたならば、幾らでも作れる観客席。舞台代わりになるスペースを決めて、その周りを区切っていったなら。椅子を並べたり、敷物を敷いてみたりもして。
(子供たちの発表会なんだから…)
 それで充分。劇場を新しく作らなくても、天体の間で出来る発表会。
 子供たちが船に来てからだったら、そうなったろう。「発表会なら、天体の間で」と。



 なのに、シャングリラにあった劇場。子供たちの姿がまだ無い頃から、アルテメシアに辿り着く前から。…劇場で何か発表したいと、考えそうな者がいない頃から。
(ホントに誰だったんだろう…?)
 劇場を作ろうと思った仲間。それが欲しいと言い出した誰か。
 いくら記憶を手繰ってみても、まるで見えない「誰か」の面影。「ホントに謎だ」と頭を抱えてしまった所へ、聞こえたチャイム。上手い具合に、仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、早速、訊いてみることにした。テーブルを挟んで、向かい合わせで。
「あのね、ハーレイ…。劇場のことを覚えてる?」
「劇場だって?」
 何処の劇場だ、とハーレイは怪訝そうな顔。「劇場と言っても色々あるが」と、今の時代にある劇場を思い浮かべているようだから…。
「今のじゃなくって、シャングリラのだよ。公園に作ってあったでしょ?」
 ずっと昔の野外劇場みたいなヤツが。白い大理石で、階段みたいな観客席になってた劇場。
「ああ、あれか。…もちろん、俺も覚えているが?」
 ブリッジからもよく見えていたしな、忘れるわけがないだろう。あれは立派な劇場だったし…。
 あそこで何かやってる時には、ブリッジまで声が聞こえたもんだ。歌も、芝居も。
 子供たちが賑やかにやっていたよな、とハーレイも懐かしんでいる。劇場のことを。
「あの劇場…。誰が言い出したか、覚えていない?」
 きっと最初から、公園にあったと思うんだけど…。子供たちが来てから作ったんじゃなくて。
 後から作るのは大変そうだし、そうするよりかは、天体の間を使った方が早そうだから…。
 子供たちの歌やお芝居だけなら、天体の間があれば充分だしね。
 だから劇場は最初からあって、白い鯨に改造する時に「作ろう」って決めて作ったもの。それを言ったの、誰だったのかを覚えてないかな、ハーレイだったら…?
 ぼくは忘れてしまったみたい、と項垂れた。「少しも思い出せないんだよ」と。
「それはまあ…。改造計画の中心だったのは、ゼルやヒルマンたちだしなあ…」
 ソルジャーのお前は、報告を聞くとか、そういった立場だったから…。
 忘れちまっても無理はあるまい、細かいことは。どういう具合に進めていたかも。
 俺の場合はキャプテンだったし、そんなわけにはいかないが…。船全体を掴んでいないとな。



 劇場のことも覚えているぞ、とハーレイは大きく頷いた。「忘れちゃいない」と。
「あれを作るんだ、と言い出したヤツも覚えてる。最初から船にあったこともな」
 今のお前が言ってる通りに、あの劇場は公園と一緒に作ったヤツだ。後からじゃなくて、公園の計画を立てた時には組み込まれてた。此処に劇場、というプランがあって。
「…それ、誰だったの?」
 公園に劇場を作る計画を立てたのは?
 まだ子供たちもいなかった船だよ、劇場を作って、何をしようとしていたわけ…?
 歌やお芝居の発表会かな、と傾げた首。そういうものしか思い付かないし、前の自分が観客席に座って観たのも、子供たちの歌や演劇などだったから。
「モノが劇場なんだから…。好きそうなのは誰か、お前だって見当がつくと思うが?」
 ああいったものが好きだったヤツだ、あの船の中で。…アルタミラからの脱出組でな。
 俺ではないが、とハーレイが除外した「自分」。前のハーレイではないらしい。劇場で何か披露したいと考えた「誰か」は、ハーレイを除いた仲間の中の一人。
「…ゼルだったのかな?」
 そうなのかも、と挙げてみた名前。若かった頃のゼルの姿が浮かんだから。
「ゼルだって? どうしてゼルの名前が出るんだ」
 よりにもよって、という言葉からして、ゼルではなかったのだろう。公園を作りたがった仲間は他の誰かで、ゼルではない。
「だって、ゼル…。若い頃には、よく歌っていたから…」
 気分がいい時は、でたらめな歌を。「俺が一番強い」とかね。ハーレイも忘れていないでしょ?
 ゼルが何度も歌ってたこと、と理由を話した。「だからゼルかと思っちゃった」と。
「歌なあ…。確かに上機嫌で歌ってはいたが、それだけだったぞ」
 あれは芸術とは言えなかったな。芸術とは呼べない代物だったと俺は思うが…?
「芸術?」
「そうだ、芸術だ。劇場で披露するとなったら、やはり芸術が相応しい」
 ゼルが好き勝手に歌ってた歌では、まるで話にならないってな。
 同じ歌でも、きちんとしたヤツ。ずっと昔から歌い継がれた歌を歌うとか、そんなのでないと。
 あの劇場が生まれた理由は、芸術の発表の場としてだから。



 芸術的な歌を歌えないゼルは全く無関係だ、とハーレイが切って捨てたゼル。楽しそうに歌っていただけのゼルは、芸術とは無縁の輩なのだ、と。
「いいか、あそこに劇場を作った理由は、だ…。前のお前が絵本を残させたのと同じだ」
 絵本を読む子供は誰もいないのに、お前、絵本を残させていただろう?
 「これを読む子が、いつか来るかもしれないから」と。…古くなった絵本も、ちゃんと大切に。
 それと同じで、ミュウの未来を見詰めていたのがヒルマンとエラで…。
 絵本の話で、あいつらも思い付いたんだろう。シャングリラの未来の可能性ってヤツを。
 いつか子供たちが船に来ると言うなら、情操教育も必要になる、と言い出したわけで…。
 其処から劇場に繋がったぞ、というハーレイの話で蘇った記憶。前の自分も出ていた会議の席。
「思い出したよ…!」
 エラとヒルマンだったっけね。劇場が欲しいって言い出したのは。
 ブリッジの周りの広いスペース、本当は何も作らない予定だったのに…。危ないから。
 船が攻撃された時には、ブリッジの辺りは集中的に狙われるだろうし、何も作らずに放っておくつもりだったのに…。みんなが公園を欲しがっちゃって…。
 それで公園が出来ちゃった、と浮かべた苦笑。
 公園は本来、避難場所にもなるべき空間。危険な区域を公園にするなど言語道断、どんなに広いスペースだろうと、ブリッジの周りは無人の区画にしておくべき。
 けれど、緑の大切さを知った船の仲間たちは、「公園にしたい」と譲らなかった。避難場所には使えなくても、攻撃されたら退避しかない公園でもかまわないから、と。
 其処まで皆が望むのならば、とブリッジの周りは公園として整備することになった。何処よりも広い空間を持った、シャングリラ最大の公園に。
(それが決まったら、ヒルマンとエラが…)
 公園に欲しい、と言い出したのが劇場だった。
 「そんなに広い公園を作ると言うのだったら、其処に劇場を作りたい」と。
 スペースは充分すぎるほどにあるし、憩いの公園の中に劇場。それがあったら役立つだろうし、公園ならば観客も多く集まりやすい。「何かやっている」と気付けば、行けばいいのだから。
 わざわざ皆を呼び集めずとも、観客の方から舞台を覗きに来てくれる。公園という場所に作っておいたら、居合わせた者たちが気軽に、気楽に。



 ヒルマンとエラが出した案。一番広い公園の中に、皆が立ち寄れる劇場を一つ作ること。
「劇場じゃと? その劇場でワシが歌うのか?」
 歌うのはワシも好きじゃがのう…、と応じたゼル。「じゃが、ワシの歌で人が集まるか?」と。
「ゼルの歌だけじゃ無理だろうさ。お世辞にも上手くないからねえ…」
 あたしたちも歌うことになるのかい、とブラウが尋ねた。ゼルの歌だけで人は集まらないから、他にも歌い手が必要なのか、と半ばおどけて。
「それは好き好きだが…。ゼルもブラウも、歌いたいなら歌ってくれればいい」
 劇場を作るということになれば、誰が使うのも自由だろう。公園は公共のスペースだから。
 それに今の船では、これという才能を持った仲間もいないのだがね…。
 歌にしても、演劇などにしても…、とヒルマンは実に正直だった。劇場を作って貰えるくらいに素晴らしい才能、「それは船には無いのだ」と。
 けれども、それは今だけのこと。アルタミラから脱出して来た者たちの中には「いない」だけ。
 「いつか子供たちを、この船に迎えられたなら…」と、話したヒルマン。
 機械に記憶を消されていない子供が来たなら、目を瞠るような才能が育つ可能性がある、と。
「才能だって…?」
 それはどういう意味なんだい、と前の自分は問い返した。「才能」という言葉の意味なら分かるけれども、ヒルマンの意図が掴めない。
 機械に記憶を消されていない子供だったら、どんな才能を持つと言うのか。才能は個人が持っているもので、それぞれの資質の問題なのでは、と。
「言葉通りに才能です、ソルジャー。…私たちの仮説に過ぎないのですが…」
 ヒルマンと考えてみたのです、とエラがヒルマンの代わりに答えた。
 遠い昔には何人もいた、「神童」と呼ばれた子供たち。幼い頃から、飛び抜けた才能を輝かせる子供。とても小さな手で大人顔負けの演奏をしたり、作曲をしたり。
 誰もが驚く、見事な絵を描く子供たちもいた。彼らは長じて天才と呼ばれ、後の時代にも名前を残した。天才画家とか、天才作曲家などと褒め称えられて。
 ところが、SD体制の時代に入った後には、途絶える記録。
 何百年も経っているのに、一人も現れない天才。どの分野にも、優れた才能を持った人物は誰も姿を現さないまま。皆が等しく教育を受けて、才能を生かせる道に進んでいる筈なのに。



 SD体制が始まってからは、見られなくなった「天才」たち。かつては何人もいたというのに、今の時代ならば、より才能を上手く伸ばせる筈なのに。
「もしかしたら、と考えたのだよ。…天才と呼ばれた人物の多くは、神童だった」
 中には遅咲きの天才もいたし、全てがそうだとは言わない。だが、遅咲きの天才も、神童だった天才の方も、共通していることはある。…彼らは誰も、子供時代を失くしてはいない。
 今の時代は、機械が記憶を処理してしまう。成人検査で、子供時代の記憶の殆どを曖昧にして。
 それが影響しているのかもしれない、と思ってね…。
 才能が芽生えた子供時代を、機械が処理してしまうから…。才能は残したつもりでいても、人の心は複雑なものだ。記憶の全てが揃っていてこそ、天才になれると思わないかね…?
 あらゆる要素が絡み合って初めて、天才と呼べる才能がこの世に生まれるのでは、とヒルマンは自分の見解を述べた。「今の時代のシステムの中では、天才は生まれそうにない」と。
「私も同じ考えです。ヒルマンと何度も話し合う内に、そうではないかと思い始めました」
 ですから、いつか私たちの船に、子供たちを迎えられたなら…。
 記憶処理をされていない子たちを迎えられたら、素晴らしい才能が目を覚ますかもしれません。
 その時に備えて、劇場が欲しいと思うのですが…。ヒルマンも、私も。
 公園の中に作りたいのです、とエラは願ったし、ヒルマンも「欲しい」と望んだ劇場。
 ブリッジの周りに広い公園を作るのだったら、劇場も其処に作っておきたい、と。
「同じ作るのなら、古代風の劇場にするのがいいと思うのだがね?」
 人間が自然と共に暮らして、芸術を愛した昔のような劇場がいいね、どうせなら。
 古代ギリシャや、ローマといった時代の劇場が似合いそうだよ。公園の中に作るのならば。
 観客席が階段のようになっていてね…、とヒルマンは具体的なイメージを既に頭に描いていた。白い大理石を使った劇場がいいと、遠い昔の劇場の姿を真似てみようと。
「ほほう…。悪くないのう、気に入ったわい」
 これならば手間もさほど要らんし、とゼルが賛成した古代風の劇場。
 大理石の採掘や加工は必要だけれど、他には特にかからない手間。公園の端の方に出来る斜面を利用し、階段のように客席を作ってゆくだけだから。
 舞台も大理石を敷くだけでいいし、天井も壁も必要としない。それでいて、威厳がある佇まい。
 古代風の白亜の劇場となれば、小さいながらも、きっと立派なものになるから。



「そっか…。ヒルマンの意見で、古代風の劇場になったんだっけ…」
 すっかり忘れてしまっていたけど、ちゃんと理由があったんだね。ずっと昔の劇場風に、って。
 ああいう劇場、今の時代の劇場とは全く違うけど…。
 シャングリラの写真集しか知らない人だと、説明を読まないと、何の施設か分からないかも…。
 完全に古代風ってわけでもないし、と思い浮かべてみた劇場。本物の古代ギリシャやローマ風の劇場だったら、半円形にすべきだから。ただの階段状ではなくて。
「前の俺たちが生きてた時代にだって、ああいう劇場は無かった筈だぞ」
 劇場と言ったら建物の中だ、SD体制の時代には。…野外劇場なんかは無かった。
 今の時代なら、古代風のも探せば無いことはないだろう。野外劇場も珍しくない時代だから。
 それに平和な時代だからな、とハーレイが笑む。「文化も沢山復活してるし、古代風のが好きな人たちも多いから」と。
「今の時代なら、昔のとそっくりに作れそうだけど…。ちゃんと半円形にして」
 でも、シャングリラだと真似事だったね、其処まで凄いのは作れなくって。
 だけど、それでも文化を復活させてたことになるのかな…。ぼくたちの船で。
 昔の通りには作れなくても、古代風の劇場を目指して作って、それを使っていたんなら…。
「そうなるな。…一足お先に、文化の復活をやっていたようだ」
 ミュウの時代も来ない内から、ずいぶんと気の早い話だが…。
 子供たちさえ来ていなかった船で、いったい何をしてたんだかな…?
 使い道も特に思い付かない劇場なんて…、と今のハーレイでも思う劇場。船の改造の必要性なら皆が感じていたことなのだし、誰も不思議に思いはしない。公園を作る計画も。
 けれど、皆が望んだ、船で一番大きな公園。ブリッジの周りのスペースを生かした、何処よりも広い公園の中に「劇場が出来る」と聞いた仲間たちは驚いた。
 其処で何をすればいいのだろう、と。
 劇場などとは無縁だったのが船の仲間で、使い方さえピンと来ないのだから。
 どうすれば、と途惑う仲間たちを前にして、前の自分は微笑んだ。
 「思い付いた人が、好きに使えばいいと思うよ」と。
 音楽だろうが、芝居だろうが、誰もが好きに使ってこそ。公園の中に設けるのだから、使い方は皆のアイデア次第。娯楽用の施設なのだし、観客になるのも、演じるのも好きにすればいい、と。



 そうは言っても、それまでが芸術とは全く無縁だった船。才能を持つ者もいなかった。
 白いシャングリラが無事に完成して、公園も劇場も出来たけれども、船にあったのは歌くらい。その歌だって、あくまで個人の趣味のもの。機嫌がいい日に口ずさんでいるという程度。
 楽器を演奏する者もいないし、芝居をしたい者もいなかった船。それでは、誰も舞台に立とうと考えはしない。誰も舞台に立たないのだから、観客が集まる筈もない。
 白い大理石で築かれた劇場、それは放っておかれたまま。観客の代わりに、公園を訪れた誰かが座って休憩するとか、そんな具合に使われ続けた観客席。
 そういった日々が長く続いて、劇場はただの「階段」と化していたのだけれど…。
「子供たちが来てから変わったんだっけね、あの劇場も」
 公園の中の階段みたいになっていたのに、ちゃんと本物の劇場になったよ。
 観客席に何人も人が座って、拍手をしたり、応援したりで。
「うむ。ヒルマンが発表会を計画したのが最初だったな、子供たちを集めて」
 あそこは劇場なんだから、と練習もさせて、発表会の日には、船中の仲間たちにも知らせて。
 「是非、見に来てくれ」と言われなくても、誰だって興味はあるもんだから…。
 大入り満員というヤツだったな、とハーレイが懐かしむ、一番最初の発表会。子供たちの歌や、踊りや、演劇。初めて使われた白亜の劇場。
 それが評判になったお蔭で、劇場は子供たちの発表の場になった。歌だけの時や、芝居などや。
 いつも観客が入るわけだし、ヒルマンの指導にも熱が入ってゆくというもの。
 そして指導をするとなったら、エラもブラウも張り切った。大の子供好きだったゼルだって。
 普段はヒルマン任せの教育、其処に何度も顔を出しては、批評や助言や、色々なことをしていたゼルたち。ヒルマンも「実に貴重な意見だ」と、彼らを見守ったものだから…。
「客演だってしてたっけ…。ゼルやブラウたち」
 歌は一緒に歌ってないけど、劇に出てるのは何度も見たよ。とても楽しそうに。
「誘われるからな、子供たちに。…何度も顔を出してる内に」
 俺だって危なかったんだが…。指導に出掛けたわけじゃなくって、視察だったのに。
 これもキャプテンの仕事の内だ、と見に行く間に誘われちまった。「一緒に出てよ」と。
 前のお前も、そうだっただろ?
 子供たちと一緒に遊ぶのが好きで、それを自分の仕事みたいにしていたからな。



 劇場に出るよう、誘われてたぞ、というハーレイの指摘。「お前もだが?」と。
「えーっと…? 前のぼくって…?」
 いつも客席で観ていただけだよ、と答えたけれども、そういえば誘われたのだった。子供たちと一緒に遊んでいたら、「ソルジャーも出る?」と。
 発表会の準備を兼ねての遊びの時間に、子供たちと鳴らしたタンバリン。それを舞台で鳴らすというだけ、音楽に合わせて軽やかに。
(とても簡単だし、出てみたくって…)
 子供たちと劇場の舞台に立とう、と胸を躍らせたのに、ヒルマンとエラに止められた。すっかりその気で練習していたら、それは厳しい顔つきで。
 「ソルジャーの威厳が台無しだ」と苦言を呈した二人。タンバリンを叩いている所に現れて。
「…出ては駄目だって…。どうしてだい?」
 こうして練習しているじゃないか、本番で失敗しないようにと。大丈夫、ちゃんと鳴らすから。
 此処でタンタンと二回叩いて、シャンと鳴らして、その次は…。
 こうだろう、と子供たちと揃って打ち鳴らしたのに、ヒルマンとエラは頷かなかった。
「いいえ、ソルジャー。…タンバリンや鈴などはいけません」
 それはオモチャのような楽器で、とても高尚とは言えませんから。誰でも鳴らせる楽器ですし。
「皆が驚くような楽器だったらいいのだがね…」
 流石はソルジャー、と驚いて貰えるような楽器を演奏しようと言うのだったら。
 しかし、タンバリンや鈴の類は…、と二人が揃って否定するから、面白くなくて訊き返した。
「どういう楽器ならいいと言うんだい?」
「バイオリンやピアノでしたら、よろしいかと。ソルジャーにも、とてもお似合いです」
 舞台でも良く映えますから、とエラが真顔で答えた。そういう楽器が相応しいのです、と。
「バイオリンやピアノって…。そんな楽器は、船に無いじゃないか!」
「ソルジャーが演奏なさるのでしたら、船の者たちに作らせますが?」
 手先の器用な者たちもおります、きっと作ってくれるでしょう。バイオリンも、ピアノも。
 ただし、上手に演奏して頂きませんと…。流れるように美しく、とエラは難しい注文をつけた。ソルジャーたるもの、何処からも文句の出ない演奏をしなくては、と。
「無理に決まっているだろう!」
 それが出来るなら、とっくにしている! タンバリンなんかを叩いていないで!



 無茶を言うな、と怒ったけれども、許してくれなかったエラ。…それにヒルマンも。
 タンバリンや鈴では駄目だと言うから、出損ねてしまった、劇場での音楽発表会。それと同じで芝居の方も出られなかった。
 ゼルやブラウは客演できても、ソルジャーが出たら「ソルジャーの威厳が台無し」だから。
「あの船、ホントにうるさかったよ…。ソルジャーの威厳がどうのこうの、って…」
 ぼくは劇場に出たかっただけで、タンバリンでも鈴でも気にしないのに。
 バイオリンとかピアノなんかじゃなくても、全然かまわなかったのに…。
 それにお芝居の方もそうだよ、どんな役でも良かったんだけどな…。子供たちと一緒に発表会に出て、あそこの舞台に立てるのならね。
 だけど一度も立てなかった、と零した溜息。「とうとう一度も立てなかったよ」と。
「劇場の舞台に立っていないのは、俺の方だって同じだぞ。いつも客席で観ていただけだ」
 俺の場合は、威厳がどうのとヒルマンたちに言われはしていないんだが…。
 キャプテンって仕事は何でもアリだし、舞台に立っても特に問題無かっただろう。威厳とかより船の雰囲気が大切だから。
 そいつは充分承知だったが、俺の方から断ったんだ。才能が無いのは分かっていたしな。
 お前みたいに無邪気に遊べはしなかったから…。自分の限界ってヤツが見えちまって。
 下手でもいいから舞台に立ちたいとは思わなかった、というのが前のハーレイ。せっかく劇場があったというのに、出演したくはなかったらしい。前の自分とは逆様で。
「才能なんかは、ぼくにも無かったけれど…。でも、出たかったよ、発表会…」
 だって、子供たちと遊んでいると幸せだったんだもの。みんなキラキラ光って見えて。
 誰もが宝石の原石みたいで、未来がぎっしり詰まった塊。ミュウの未来っていう名前の宝石。
 でも…。あの船の中では、凄い才能…。出なかったね。
 劇場まで作って、それが出るのを待っていたのに…。
 機械に記憶を消されていない子供たちなら、凄い天才にもなれただろうに…。
 一人も出て来なかったんだよね、と今の自分だから言えること。子供たちと船で遊んだ頃には、まだまだ未来というものがあった。
 「この子たちの中から、凄い天才が生まれるのかも」と、「きっと、いつか」と。
 寿命が尽きると分かった後にも、見ていた夢。白いシャングリラから、いつか生まれる天才。



 前の自分が夢見た天才、それは一人も現れなかった。SD体制の時代が終わって、あの白い船が役目を終えるまで。…ミュウの箱舟が、ただの宇宙船になる時代が来るまで。
「…なんで、天才、出なかったのかな…」
 ヒルマンもエラも、きっと出るだろうって言っていたのに。
 SD体制が終わった後には、天才っていう人、昔みたいに、また何人も出始めたのに…。
「仕方ないだろう、元の素質の問題だ」
 天才ってヤツは、滅多にいない人間だからこそ、天才なんだ。…神童にしても。
 前の俺たちはミュウの子供を何人も船に迎え入れたが、その中に天才がいなかったってな。
 アルフレートが出たというだけでも奇跡だろうが、あいつが作った曲は今も残っているからな。
 それだけで我慢しておくことだ、と今のハーレイは言うのだけれど。
「アルフレートが作った曲…。確かに残っているけれど…」
 名曲として…っていうわけじゃないでしょ、あれは。
 前のぼくやフィシスが聴いていた曲で、シャングリラで演奏されていた曲。そういう曲だから、うんと人気で、ハープを弾く人たちが習っているだけで…。
 名曲じゃないよね、と思うアルフレートの曲の扱い。今の時代も演奏されてはいるけれど。
「それはどうだか分らんぞ。…アルフレートは天才だったかもしれないからな」
 天才作曲家とは言われていないが、ミュウの最初の作曲家ではある。
 船には無かったハープを欲しがって、そいつを貰って、ちゃんと演奏していた子供だ。ハープを弾く子は、船に一人もいなかったのにな?
 英才教育を施していたら、アルフレートの才能は、もっと伸びたのかもしれん。それこそ神童と呼ばれるレベルで、後には天才になれるくらいに。
 ただ、そのための才能がだな…。残念なことに、船に無かったというだけで。
 教えてやれる師匠がいなかったぞ、とハーレイが浮かべた苦笑い。「それでは駄目だ」と。
 いくら天性の資質があろうと、それを伸ばすには導きが要る。才能を見出し、より良い方へと、その才能を伸ばしてやれる誰かが必要。
「そうだね…。あの船には、ハープや音楽のプロは、何処を探しても…」
 いなかったっけね、そういうのが得意だった人。
 ヒルマンは何でも知っていたけど、ハープや音楽が得意かって言うと、違ったから…。



 アルフレートが得意としていた、ハープの達人がいなかった船。プロの音楽家も。
 そういう人材が船にいたなら、アルフレートも名声を馳せていたのだろうか?
 記憶を消されていない子供だったのだし、神童として育って、天才になって。あの船に作られた劇場で見事な演奏を何度も披露し、今の時代まで称え続けられる天才作曲家に…?
「…前のぼくたち、失敗したかな? アルフレートの育て方…」
 凄い才能を持つ子供が来たのに、上手く才能を伸ばせなくって。…天才に育て損なっちゃって。
「今となっては分からないんだが…。可能性ってヤツはあるだろう」
 劇場を作っておいただけでは足りないんだなあ、才能を伸ばそうと思ったら。
 本物の神童をきちんと育てて、天才を送り出したかったら…。
「そうみたい…。ホントに失敗しちゃったのかもね、アルフレートの育て方は」
 今は神童、ちゃんと沢山いるんだから。…ヒルマンとエラが言ってた通りに。
「お前は違うみたいだな? 神童ってヤツとは」
 普通のチビにしか見えないが…、とハーレイが顔を覗き込むから、尖らせた唇。
「ぼくは普通だけど、ハーレイもでしょ?」
 神童だったって話は聞いていないよ、柔道と水泳の腕は凄かったらしいけれども…。違うの?
 そっちの道では神童だったの、と睨んでやった。上目遣いに、「神童だった?」と。
「いや、神童ってトコまでは…。これは一本取られたな」
 俺の腕前は、其処までじゃない。天才と呼んで貰えるほどには凄くないんだ、残念ながら。
 柔道も、それに水泳もな。…もっとも今じゃ、その方が良かったようにも思うわけだが。
 俺たちは普通でいいじゃないか、とハーレイが笑う。
 「神童だったら忙しすぎて、ゆっくり会ってもいられないぞ」と。
 もしもハーレイが神童で天才だったとしたなら、此処にはいないことだろう。プロの選手の道に進んで、宇宙のあちこちを転戦中で。…天才となれば、誰もが放っておかないから。
 そして自分が神童だとしても、やっぱりとても忙しくなる。
(バイオリンだとか、ピアノとか…)
 弱い身体でも出来るものなら、きっとそういう音楽の道。神童と呼ばれる子供だったら、毎日が練習の日々だろう。ハーレイとお茶を飲むより、練習。この時間だって、きっと練習。
 ハーレイが側で聴いていてくれても、練習ばかりの日々では恋もゆっくり語れないから…。



「そうだよね…。ぼくたち、普通で丁度いいよね」
 ハーレイも、ぼくも、神童でも天才でもない方がいいよ。
 その方がずっと幸せだものね、こうして話していられるから。…練習や試合に行かなくても。
「うむ。普通の人生ってヤツが一番だってな」
 もちろん、前の俺たちのことも内緒のままで。…話そうと思う時が来たなら、それは別として。
 普通の人生を生きてゆこうじゃないか、とハーレイも言うから、二人でのんびり生きてゆこう。
 神童でなくても、天才でなくても、今の自分たちの新しい人生を、幸せに。
 芸術も文化も、山のようにある今の時代。
 お互い、才能は無かったけれども、平和な時代に二人で生まれて来られたから。
 神童たちが再び現れる時代に、青く蘇った水の星の上に。
 それだけで、とても幸せなこと。
 天才とは呼んで貰えなくても、誰もが羨む才能は持たない人生でも…。



              天才と才能・了


※天才が一人も現れなかった、SD体制の時代。神童が出て来なかったせいなのかも。
 シャングリラの公園にあった劇場は、いつか迎える子供たちの才能のために、作られた施設。
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