シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
埋蔵金探しに別荘ライフと楽しかった夏休みが終わりました。今日からいよいよ二学期です。1年A組の教室に行くと、教室のあちこちで皆が夏の思い出話や完成しなかった宿題の言い訳対策をワイワイ語り合っていて、とても賑やか。特別生の私たちは宿題免除になっているので、宿題なんかやってませんが。
「おはよう! 今日はブルーは来ないのかな?」
ジョミー君が教室の一番後ろを眺めます。会長さんがA組に来る日はそこに机が増えるのでした。
「来ないんじゃないか? 机が無いし。…ということは、抜き打ちテストも無いってことだな」
面白くない、とキース君。テストの類が大好きなのは大学生になった今も変わりません。大学はまだ夏休みの最中だそうで、久しぶりの学校生活に期待していたようでした。
「グレイブ先生、夏休みは殆ど留守だったんだぜ? 抜き打ちテストなんか用意してるわけないって!」
「ハネムーン代わりのクルージングですからね。いくら先生でも無粋な仕事を持ち込んだりはしないでしょうし」
サム君とシロエ君が言っているとおり、グレイブ先生は夏休みの大部分をミシェル先生とのクルージングに費やしていました。その間は直接連絡や質問は不可。おかげで宿題が仕上がらなかった気の毒な人もけっこういます。まぁ、そういう人は情状酌量されるでしょうけど…。やがてカツカツと聞き慣れた靴音が響いてきて。
「諸君、おはよう。有意義な夏休みを過ごしたものと期待しているぞ」
現れたグレイブ先生は驚くほど日焼けしていました。集中する視線に、先生はニヤッと笑ってみせて。
「気になるか? 船のデッキで過ごした結果だ。諸君も勉学にいそしみ、真面目に人生の階段を登って行けば優雅なバカンスが出来る身分になるだろう。クルージングは素晴らしかった」
始業式の後のホームルームは、特別生の私たちも二年目にして初めて聞いたグレイブ先生の独演会。クルージング中の船での日々や、寄港した土地の風土に名物、現地の人との交流などの話は普段の先生からは想像もつかない面白いもので、全く退屈しませんでした。宿題の提出時間になっても先生はいつもより寛容で…。
「なに、今日までに出来なかった? では一週間の猶予を与えよう。その間に提出しに来るように」
阿鼻叫喚を免れた人たちは大喜びです。こんな調子で終礼も済み、私たち特別生は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に向かって出発しました。生徒会室に着いて入ろうとすると、いつもの壁の紋章の上に張り紙が。子供っぽい字は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が書いたのに違いありません。
「お客様が来ています。ちょっと待ってね…?」
朗読したのはジョミー君でした。こんな張り紙は初めてです。お客様って誰でしょう?
「とにかく待てってことなんだろう。…そこに麦茶と水羊羹が」
キース君が指差した先の机に人数分のコップとお菓子が置かれていました。生徒会室には一応ちゃんと会議用のテーブルと椅子があるので、私たちはそこに座ってティータイム。
「どのくらい待てばいいのかしら?」
「ちょっとと書いてあるんですから、一時間も待たされることはないでしょうけど…」
スウェナちゃんとマツカ君の会話が終らない内に、壁の向こうから会長さんが姿を現わし、続いてアルトちゃんとrちゃんが。お客様ってこの二人…?
「今日から新学期だし、呼んでおくのもいいかと思って。どうだい、まだ壁には何も見えないかい?」
張り紙を外した会長さんが壁の紋章を指差しましたが、アルトちゃんたちは首を傾げるばかりでした。会長さんはクスッと笑って、二人に「お土産」とピンクの紙でラッピングされた包みを渡します。
「ぶるぅの特製ビスケットだよ。アイスクリームを挟んで食べると美味しいんだ。壁の紋章が見えるようになったら、いつでも遊びに来てほしいな」
またね、と手を振る会長さんはシャングリラ・ジゴロ・ブルーの名に相応しい甘い微笑みを浮かべていました。
お客様を見送った私たちが「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入ると…。
「かみお~ん♪ 今日はフルーツパフェなんだ。アルトさんたちにも出したんだよ!」
手際よく人数分のパフェが盛られて運ばれてきます。会長さんの話によるとアルトちゃんたちが先に到着することになるよう、私たちを教室に踏み止まらせていたそうですが、言われるまで気付きませんでした。意識下に働きかける力が強い会長さんならではの技なのでしょう。
「わざわざ呼んで雑談だけか? まだサイオンは無いようだし…」
キース君が尋ねると、会長さんはクスッと笑って。
「他に何をするんだい? ぶるぅもいるのに口説くわけにはいかないよ。それはまた夜のお楽しみ」
「ちょっ…。夜って、あんた、本当に手を出してるんじゃないだろうな!?」
「どうだろうね? 退学にならないように気を付けてるし、ぼくたちの仲には口出し無用」
うーん、アヤシイ感じがします。夢を見せるだけだと聞いてましたが、会長さんが璃慕恩院の偉いお坊さんも認める女たらしだと知った今では、どこまで本当か分かりません。いつの間にか一線を越えていたとしても不思議はないかも…。でもアルトちゃんたちは最初から夢だと思っていないんですし、深く考えるだけ時間の無駄だという気もします。会長さんが真相を語ってくれるわけがないんですから。
「アルトさんたちって可愛いよね。仲間になっても君たちとは別に扱おう、って決めたんだ。友達扱いしちゃ申し訳ないし、恋人らしく付き合わないと。サムみたいに個人的に会うのもいいかな」
「「「えっ!?」」」
思いがけない言葉に私たちはビックリ仰天。会長さんとサム君が個人的に…って、もしかしてデートしたんですか?
サム君を見ると、少し照れた顔をしています。
「今日は一緒に登校したんだ。朝、バスの中や校門の外でサムに会った人はいないだろ?」
「そういえば…」
同じ路線のバスを使っているジョミー君が反応しました。
「いつもだと同じバスなんだよね。今日は見かけなかったし、ぼくより後で教室に来たし、遅い方のバスかと思ったんだけど」
「残念でした。サムは始発のバスでぼくの家に来て、朝御飯を食べてから瞬間移動でこの部屋に…。何故かって? 朝の礼拝をしに来たのさ。埋蔵金探しで見つけた阿弥陀様を拝みにね。今日からぼくがお勤めを教えるんだよ」
ニッコリ笑う会長さん。なんとサム君は会長さんに弟子入りをしたというのです。
「毎日通うのは大変だから、最初は週に一回くらいでいこうと思う。慣れてきたら回数を増やして、その気があれば出家もいいね。とりあえず礼拝に来た日は一緒に食事して登校するっていうのが御褒美。ジョミーもどうだい?」
「え? …ええっ!? ぼ、ぼくは阿弥陀様を拝む気は…」
「そう? じゃあ、当分はサムと二人で健全な朝のデートができそうだ。阿弥陀様の前では邪心も消える。サムとぼくとの素敵な時間さ」
サムの側にいると癒されるんだ、と会長さんは幸せそうに言いました。うーん、やっぱりペット感覚? でもサム君は会長さんにベタ惚れですし、阿弥陀様の前で朝の勤行をするのが日課になっても喜んで精進しそうです。変わったデートもあるものだ、と私たちは苦笑するしかありませんでした。
フルーツパフェを食べながらの一番の話題は教頭先生のお風呂オモチャ。会長さんによると教頭先生はソルジャーに貰ったお風呂オモチャを大切にしていて、専用の湯桶まで買ったらしいです。
「それがね、ヒノキの最高級品なんだ。お風呂オモチャを入れて浮かべて楽しんでる。オモチャを取り出して浮かべる時が至福の時間みたいだよ。コツンと身体に当たったりすると、頬っぺたが赤く染まっちゃうんだから」
ブルーを連想するんだろう、と苦笑いする会長さん。
「ヘタレ直しの修行に行った時の記憶が蘇ってくるのかもしれないね。お風呂の中で一人で盛り上がってることもある。…まぁ、ぼくに言い寄ってくるんじゃないから実害はないし、ふやけるまで浸かっていてもいいんだけどさ」
でも、と会長さんは立ち上がりました。
「新学期が始まったからには挨拶をしておかないと。食べ終わったんなら、そろそろ行こうか」
どこへ? と尋ねる前に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が奥の部屋からプレゼント包装された平たい箱を運んできます。これって、もしかしなくても…。
「新学期の度に新品を五枚。そう、紅白縞のトランクスだ」
「またあれか…」
キース君が露骨な溜息をつき、「そうだった」と呟いて。
「あんたに聞こうと思ってたんだ。今まで何度も教頭先生のトランクスを見る機会があったが、いつも紅白縞だった。柔道部の合宿で見た時もだ。…教頭先生はあんたがプレゼントしたトランクスしか履かないのか?」
「違うよ。柔道部の指導をした日は学校でもシャワーを浴びてるんだし、そこで当然、履き替える。バレエのレッスン場に出かけた時も履き替えてるね」
「「「バレエ!?」」」
「うん。かるた大会の余興でやらせたバレエ、謝恩会でグレードアップしただろう? 覚えてるかな、四羽の白鳥。グレイブとミシェルは今もペアを組んでレッスンしてるし、ゼルも健康に良さそうだからと続けてる。三人もの仲間に誘われちゃったら断れなくて、ハーレイもたまにレッスンするんだ」
ひぇぇ! 先生方がバレエの稽古を続けていたとは知りませんでした。新婚ほやほやのグレイブ先生たちはともかく、教頭先生とゼル先生まで…。
「バレエのレッスンはトランクスでは無理らしくって、それなりのヤツに履き替えてる。だけど終わってシャワーを浴びたら、即、トランクス。履き慣れたものがいいらしいね。…そんな調子だから、ぼくがプレゼントした5枚だけでは足りないよ。ぼくのプレゼントは『とっておき』で、普段の分は自分で買うのさ」
「「「とっておき!?」」」
「そう、とっておき。勝負下着みたいなものかな。…だからヘタレ直しの修行でブルーに会いに行った時も履いてたね。今日も履いていると思うよ、ぼくが来るって決まってる日だし」
「「「…………」」」
紅白縞は教頭先生のお好みだったらしいです。会長さんのプレゼントの他にも自分で買っているなんて…。
「だってさ、ぼくとお揃いなんだよ? ハーレイはそう信じてる。メーカーがちゃんと分かってる以上、いつだって紅白縞を履いていたいと思ってるわけ。青月印の紅白縞を…ね」
ぼくは黒白縞も青白縞も御免だけど、とニッコリ笑う会長さん。こんな人に騙されて紅白縞を履き続けている教頭先生が気の毒になってきましたよ…。けれど会長さんは意にも介さず、トランクスの箱を持って微笑んで。
「キースの疑問も解けたことだし、お届けものに出発しよう。ハーレイが首を長くして待ってる筈だ。君たちも一緒に行くんだよ。ボディーガードが必要だ。相手はお風呂オモチャでトリップできる危険なセクハラ教師だからね」
だったらやめておけばいいのに、と心で突っ込む私たち。けれど声に出す勇気は誰も持ち合わせていませんでした。会長さんを先頭に壁を抜け、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も連れてトランクスを届けに行く行列は…何度経験しても気恥ずかしさが抜けません。行列のメインが紅白縞のトランクスだというのが悪いんでしょうね。
中庭を横切り、本館に入って教頭室へ。会長さんが扉をノックし、いつものように「失礼します」と入ってゆきました。私たちも続いてゾロゾロと…。
「ハーレイ、いつものプレゼントを届けに来たよ。青月印の紅白縞を五枚」
はい、と差し出された箱を教頭先生は笑顔で受け取り、大切そうに机に置いて。
「いつもすまんな。…今日は私もプレゼントを用意してあるんだ」
「へえ…。珍しいね。美味しい物でも見つけたのかな?」
好奇心いっぱいの会長さんが引出しを覗き込もうと近づいた時、教頭先生の逞しい手が会長さんの左手を掴んでグッと引き寄せたからたまりません。
「―――!!!」
バランスを崩した会長さんは教頭先生の胸にドンとぶつかり、そのまましっかり捕まえられて…。
「何するのさ!!」
教頭先生を突き飛ばすように必死で逃れた会長さんは赤い瞳を怒りに燃え上がらせました。
「こんなプレゼント、受け取れないよ! 前にハッキリ断ったのに!!」
左手の薬指にルビーの指輪が嵌められています。それは教頭先生が贈って突き返された、お給料の三ヶ月分の婚約指輪。会長さんが受け取るわけがないというのに、教頭先生、お風呂オモチャで正気を失くしてしまいましたか…?
「とにかく返す!」
抜き取った指輪を会長さんが放り投げようとするよりも早く、土下座したのは教頭先生。
「受け取ってくれ、ブルー! 頼む!」
「……何の真似?」
ポカンとしている会長さんと私たちの前で、教頭先生は絨毯に頭を擦りつけて。
「私と婚約してほしい。結婚はお前が卒業してからでいいんだ」
「…ハーレイ…? もしかして派手に暑気あたり? 頭、煮えてる?」
「いいや、私は至って正気だ。無理を承知で頼んでいる」
顔を上げた教頭先生は思い詰めたような表情で会長さんを見詰めました。
「…婚約してくれるだけでいい。お前は卒業する気は無いのだろう? だから結婚は卒業してからでいい、と言ったんだ。つまり…その…結婚してくれとは言っていない」
「………???」
「それは…結婚してくれるなら嬉しいが…無理だと分かっているからな。頼む、婚約者になってくれないか」
「独身を馬鹿にされでもしたってわけ?」
会長さんの言葉に教頭先生の肩がビクッと震えます。図星だったみたいですけど、それで婚約しようだなんて凄い短絡思考なのでは…。けれど教頭先生は大真面目でした。
「馬鹿にされたというわけではない。…正確に言うなら罵倒された。いつまでも身を固めないから、お前への強姦未遂で謹慎処分を受けるような羽目になるのだ、と。結婚すれば邪な考えなど起こさないだろうと言われてな…」
「……誰に?」
教頭先生は答える代わりに立ち上がり、机の引き出しを開けました。
「久しぶりに教頭室に来たら、これが山積みになっていた。…どれもこれも紹介者はゼルだ」
バサッと放り出されたものは結婚相談所の名前が入った封筒の山。封が切られているので顔写真やプロフィール付きの書類が覗いているものも…。これっていったい何事ですか!?
「へえ…。もう入会申し込みは済んでるんだね」
興味津々で書類の一つを手に取ったのは、他ならぬ会長さんでした。ルビーの指輪は机の上に置かれてしまい、教頭先生が悲しそうな目で眺めています。
「ブルー、本当に婚約だけでいいんだが…」
「何を馬鹿なこと言ってるのさ。こんなに沢山プロフィールがあれば、気に入る人があるかもしれない。ちゃんと全部に目を通したかい? ぼくなんかを追っかけてるより、結婚した方が絶対いいって! 女性はとても素敵だよ。ぼくもフィシスに出会って人生がずっと充実したし」
「…私はお前しか考えられないんだ」
「ぼく? それって女性よりも男が好きだってこと? だったらこっちの方はどうかなぁ」
会長さんが山と積まれた中から薄紫の封筒を選び出します。そこには『マニアックなあなたに』という大きな文字が躍っていました。
「ゼルも分かっているじゃないか。ほら、同性婚専門の会社だってさ。登録されたデータに合わせて色々選んでくれたみたいだ。詳しい情報は今の段階じゃ分からないようにしてあるんだね。この名前も本名かどうかは不明ってことか。…あっ、この人なんか良さそうだよ。ねえ?」
見てごらん、と会長さんが私たちの所に持ってきたプロフィールには赤茶色の髭をたくわえた逞しいオッサン…いえ、おじ様の写真がついています。このオッサ…いいえ、おじ様の何処が教頭先生に相応しいと?
「名前はグレッグ。趣味は格闘技と剣術。酒と女と美少年に目がありませんが、どうぞよろしく…って素直な所が好感が持てる」
「酒はともかく、女ってあたりが間違ってないか? 同性婚専門の会社だろう」
正直な感想を述べるキース君。シロエ君も首を捻りながら。
「美少年と書いてありますしね…。教頭先生とは合わないんじゃないかと思いますけど」
「そうかなぁ? 案外、同好の士で上手くいきそうに思えるけど。美少年好きで格闘技が趣味だしさ。会ってみたら? ハーレイ」
教頭先生は渋々プロフィールに目を通してから「ダメだ」とキッパリ言い切りました。
「会ったとしても結婚などは考えられんが、意気投合して友人になる可能性はゼロではない。そうなればお前が危険なんだ。目をつけられたら大変だぞ」
「ぼくのことなんか考えなくてもいいんだってば! でもさ、友達になる可能性があるってことは…データマッチングがいい線いってる証拠だよね。友達から始めるのは王道だし。…この会社からは他にも色々来ているよ。誰か選んで会えばいいのに」
会長さんが面白がっているのは明らかでした。他の封筒の中身も引っ張り出して私たちに回してきます。マニアックな会社からのプロフィールが五人分。まっとうな結婚相談所からの女性のプロフィールは…三十人分はあったでしょうか。お見合いパーティーの案内状も混ざってますし、ゼル先生の本気度はかなり高そうです。
「お願いだ、ブルー。ゼルの暴走を止めてくれ」
ワイワイ騒いでいる私たちを遮って、教頭先生が会長さんに頭を下げました。
「この中から決めろとまでは言われていないが、結婚を考えるようにと言われたんだ。今夜はその件で呼び出されている。気に入った人があったかどうか報告しろと厳命された。無ければ無いで次があるからと電話で脅しをかけられてな…。だから婚約してほしい。そうすれば…」
「お断りだね」
会長さんはピシャリと撥ねつけ、結婚相談所からの書類の山を教頭先生の机に戻して。
「縁談を断るために婚約しようだなんて最低だよ。ぼくと結婚したいって言うならともかく、結婚はしなくていいから婚約だけって、馬鹿にするにも程がある。ぼくへの気持ちはその程度なんだ。…よく分かった」
「ちっ…違う、ブルー、誤解だ! 私は本当にお前だけを…。お前しか考えられないから縁談を全て円満に断ろうと…!」
「何か言ってるみたいだけれど、帰ろうか。トランクスは届けたんだし、もういいよね」
クルリと踵を返す会長さん。教頭先生は必死に言い訳していましたが、馬耳東風というヤツです。全員が廊下に出ると「そるじゃぁ・ぶるぅ」が全体重をかけて扉を閉ざし、気の毒な教頭先生は取り残されてしまったのでした。
お届けものを終えて「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に戻った私たちは堰を切ったように話し始めて上を下への大騒ぎ。教頭先生が結婚だなんて、本当に実現するんでしょうか? 教頭室からの帰り道では人目があるので触れずに帰って来ましたけれど、これはとんでもない事件です。
「あんた、この話を知っていたのか?」
キース君の問いに、会長さんは首を左右に振りました。
「ううん、初耳。知っていたならもっと楽しい趣向を考えてるさ。…ぼくも縁談を持って行くとか」
「それは確かにそうかもな…って、あんた、縁談なんか何処で探してこようっていうんだ」
「一声かければ簡単だよ。坊主は顔が広いのさ。君だって知っているだろう?」
ふふふ、と笑う会長さんは見るからに自信たっぷりでした。
「お寺にはいろんな人が来るじゃないか。政財界とも繋がりがあるし、その気になればハーレイを逆玉に乗せることだって可能なんだ。…ちょっと探してみようかな」
「可哀相だよ、教頭先生」
ジョミー君が言い、サム君が。
「だよなあ…。ブルーに縁談を持ちかけられたら、断れないかもしれないし。断ったら嫌われちゃうんじゃないか、って思ってそのまま結婚しちゃうかも…」
「それは相手の人にも悪いわ。そうでしょ、みんな?」
スウェナちゃんの言葉にコクリと頷く私たち。会長さんは「冗談だよ」と微笑んで…。
「ぼくが縁談を持って行ったら、その展開になりかねないんだよね。なにしろ相手はハーレイだから。それに比べるとゼルはまだまだ罪が軽い方かな。勝手に結婚相談所に登録したっていうのが凄いけど」
「個人情報も何もあったもんじゃないな…」
呆れ果てた様子のキース君に会長さんはクスッと笑いました。
「大丈夫、君たちの個人情報は厳重に管理されてるさ。ゼルの暴走は長年の付き合いがあるハーレイを落ち着かせようとの善意からで…決して悪意は無いんだよ。他にも色々と手を打ったようだ」
他にも? 他にも色々って…ゼル先生はいったい何を?
「ハーレイが今夜はゼルの呼び出しがあるって言ってただろう? 送られてきてたプロフィールの中に気に入った人が無ければ次を考えてる…って。どうやらお見合いらしいんだよね」
「「「お見合い!?」」」
お見合いパーティーじゃなくて、いきなり本物のお見合いですか? まさか今夜? 蜂の巣をつついたような私たちのパニックぶりを会長さんは笑って眺めていましたが…。
「そうだ、みんなで見に行こうか。今ならゼルが頼んだ部屋の隣が押さえられる」
「「「えぇっ!?」」」
「うん、楽しいんじゃないかと思うよ。美味しいものを食べながら覗き見。ぶるぅも外で食べたいよね?」
会長さんが口にしたお店は聞いたことがある料亭でした。私たちが返事をする前に会長さんは電話をかけてお座敷を押さえてしまったようです。えっと…本気で覗き見をしに行くんですか…?
「ちゃんと予約をしといたよ。食事代はツケが効くから心配ない。…もちろんハーレイの名前でね」
「「「鬼!!」」」
思わず叫んだ私たちでしたが、会長さんは平然と…。
「ハーレイだって、ぼくを利用しようとしてたじゃないか。縁談よけに婚約だって? 冗談じゃない。ぼくを馬鹿にした罪は重いんだ。九人分の飲食代を負担したくらいじゃ償えないさ。みんな、家に連絡しておくんだよ、今夜は遅くなります…って」
ゼル先生が教頭先生を呼び出した部屋の隣で宴会をすることになった私たち。料亭なんて初めてですし、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「そこのお店は美味しいよ」と太鼓判を押しているので楽しみですが、隣の部屋が気になります。新学期早々、とんでもない展開になっちゃいました。教頭先生、大丈夫かな…。