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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

あなたに御縁を  第2話

ゼル先生が教頭先生を呼び出したのはアルテメシアきっての花街、パルテノンにある料亭でした。花街といってもピンからキリまで。高級料亭が並ぶ華やかな街の裏へ一歩入ると怪しげな風俗店があったりしますし、私たちには馴染みの薄い場所です。会長さんが予約を入れたお店は表通りの料亭の一つ。タクシーで乗り付けたものの、女将の出迎えにちょっとアタフタ。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は馴れた様子でスタスタと入っていきますが…。
「い、いいのかな…。高そうだよ、ここ」
ジョミー君がキョロキョロと周りを見回し、マツカ君が。
「パルテノンなら普通ですよ。紹介が無いと入れないお店もありますし」
「ああ、そういう店も多いからな」
頷いたのはキース君。
「ここは親父もよく使うんだ。俺も何度か来たことがあるが、パルテノンでは普通とはいえ…俺たち全員が飲み食いした分を無断で教頭先生にツケるというのは…」
その言葉が終わる前に御座敷に通された私たち。今まで何度も教頭先生のお金で飲食してきたものの、今回ばかりは流石にマズイ気がします。だって了解を得てきたわけではないんですし。
「いいんだってば。座って、座って」
上座の座布団に陣取った会長さんが促しました。
「結婚話を断るために婚約してくれ、なんて侮辱じゃないか。請求書を見て青ざめてもらうさ」
「「「…………」」」
こういう時の会長さんには逆らうだけ無駄というものです。私たちは立派な机を囲んで座り、サム君は会長さんのお隣に。隣といえば、ゼル先生はもう来てるのでしょうか?
「ゼルたちなら先に来ているよ。ちなみに、こっち」
会長さんが指差した方は土壁でした。これでは音も聞こえませんし、覗き見どころではなさそうです。
「…何も聞こえてきませんね…」
シロエ君が机の上にあったコップを壁に当てて聞き耳を立て、首を左右に振りました。
「ああ、そんなんじゃ無理だろうね。ちゃんとサイオンを使わなきゃ」
「「「えぇっ!?」」」
絶対無理! と叫んだ所へ最初の料理が運ばれてきました。「先付だよ」と会長さん。綺麗に盛りつけられたお皿に、なんだか緊張しちゃいます。仲居さんが姿を消すまで、私たちの視線は料理と壁とを行ったり来たり。襖が閉まると会長さんがクスッと小さく笑いました。
「そろそろ始まるみたいだよ。君たちのサイオンをぼくと同調させるから…少しの間、心を空にして。いいかい、目は閉じないで…そう、そして視線をゆっくり壁に…」
ゆっくりと…壁に…? 誘われるままに眺めた先で壁がスーッと透けるように薄れ、その向こうに見えた光景は…。
「「「ヒルマン先生!?」」」
教頭先生を呼び出したのはゼル先生だと思っていたのに、ヒルマン先生も座っています。机の上には既に料理が並んでいますが、女性の姿はありません。お見合いだったら女の人もいるのでは?
「………おい」
キース君が低い低い声で。
「見合いのようには見えないぞ。あんた、騙したんじゃないだろうな?」
「…お見合いだなんて誰が言った?」
悪戯っぽい笑みを浮かべる会長さん。あれ? お見合いを覗きに来たんじゃ…?
「違うよ、ハーレイが絞られる所を見に来たんだよ。これからみっちり二人がかりで…。さあ、もう声だって聞き取れるだろう? 覗き見しながら楽しく食べよう」
確かに隣の部屋の会話が聞き取れるようになっていました。大画面のテレビを前にして食事するような感覚ですが、とりあえず先付を食べようかな…。

ゼル先生とヒルマン先生は教頭先生を下座に座らせ、お銚子も何本か出ています。ゼル先生はお酒が入って上機嫌でした。
「どうじゃ、ハーレイ。気に入った女性が少しはおったか? 男でないと駄目かと思うて、その方面も当たっておいたぞ」
「…そ…それが……その……」
首をすくめる教頭先生。ヒルマン先生が「やれやれ」と溜息をついて。
「やはりブルーしか目に入らんかね? 困ったものだ」
「まったくじゃ。挙句の果てに不祥事なんぞを起こしおって…。ブルーに本気で抵抗されたら、アバラの二、三本は折れとるぞ。いや、いっそ折られとった方が良かったかもしれん」
そうすれば目が覚めるじゃろうて、とゼル先生は自慢の髭をしごきました。
「いつまでも夢を追いかけとるから、人生が上手くいかんのじゃ。現実に目を向けんかい! ブルーはお前を見向きもせんし、ここらで真面目に考えんと…」
「私もゼルに同感だね。いつまでもブルーしか見ていないから妙な未練が残るのだよ。ブルーと結婚したいと言っているからには独身主義ではないのだろう? 最初から駄目だと切って捨てずに、色々な人と会ってはどうかね」
ヒルマン先生が相槌を打ち、結婚について持論を展開し始めます。このお二人も独身だったと思うのですが、自分たちのことは棚上げですか?
「ああ、ゼルたちは構わないんだ」
私たちの疑問を読み取ったらしい会長さんが前菜の八幡巻をお箸でつまんで言いました。
「ゼルもヒルマンも独身だけど、パートナーはいるんだよね。エラもブラウもそれなりに…。結婚しないのは独身人生が気楽だからっていうことらしいよ」
「だったら教頭先生に結婚しろと説教するのは大きなお世話ってヤツなんじゃないか?」
キース君が尋ねましたが、会長さんは微笑んで…。
「ううん、全然。ハーレイは事情が事情だからね」
「でも結婚って…。簡単にいくとは思えないわ」
スウェナちゃんが首を傾げます。
「私たち、普通の人とは違うでしょう? ゼル先生が申し込んでた結婚相談所って有名な所ばかりだけれど、私たちみたいな人ばかりを扱う専門コースもあるのかしら?」
あ。それは失念してました。普段サイオンを意識して使わないので忘れがちですが、私たちは年を取りません。うっかり普通の人と恋に落ちたらどうなるんでしょう?
「専門コースなんかあるわけないよ。ぼくたちは特別に扱われているわけじゃないしね」
事も無げに答える会長さん。
「ただサイオンがあって寿命が長い、ってだけで問題もなく生活してる。普通の人に恋をしたって大丈夫。そのいい例がぼくとフィシスだ。ね、ぶるぅ?」
「うん!」
元気一杯に右手を挙げる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。そういえばフィシスさんはサイオンを最初から持っていたわけではない、と聞きましたっけ。会長さんが一目惚れして、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に頼んで赤い手形を押してもらって、自分の仲間にしたんです。スウェナちゃんたちのサイオンだって、入学式の日に赤い手形で…。
「なるほどな。俺たちみたいにぶるぅの手形を押してしまえばいいわけか」
キース君が頷き、壁の向こうを眺めながら。
「…つまり教頭先生の気に入る相手がありさえすれば、結婚に障害は無いわけだ。しかし、自分たちは気楽な独身人生のくせに、教頭先生には結婚しろって…。相当に無理があると思うが」
「そう言うだけの理由があるのさ。覗き見してれば分かると思うな。あ、ほら、次の料理が来たよ」
お吸物とお刺身のお皿が運ばれて来ました。ゼル先生たちのお部屋の方は、お料理よりもお酒優先みたいです。またお銚子が追加されましたが、教頭先生は盃がさっぱり進みません。やっぱり話題のせいなのでしょうね。

「いいかね、ハーレイ」
ヒルマン先生が教頭先生にお銚子を勧め、自分の盃にもトクトク注いで。
「ブルーを追って三百年だよ。いくら一途に思い詰めても不毛すぎると思うのだが」
「そうじゃ、そうじゃ! しかもブルーは女たらしで好き放題にやっとるのじゃぞ。在校生にも手を出しとるし、いい加減に諦めて他を見んかい!」
あらら。アルトちゃんとrちゃんの件、学校にバレているようです。それとも他にも何人か…? 会長さんに非難の目を向ける私たちでしたが、当の本人は平然と…。
「ぼくの女好きは有名だしね。いちいち表沙汰にしてたら、相手の子たちが困るだろう? シャングリラ学園では男女の深い仲がバレると退学なんだよ。だけどソルジャーのぼくを退学になんて出来っこないし、男の方がお咎め無し
で女の子だけが退学なんて、どう考えても不公平じゃないか」
「あんた、どこまで悪人なんだ」
キース君が睨み付けても会長さんは動じません。
「悪人、ぼくは大いに結構。でなきゃシャングリラ・ジゴロ・ブルーの名が泣く」
「「「………」」」
これだから、と溜息をつく私たち。お刺身の次は夏野菜の煮物にスープジュレをかけたものでした。仲居さんは私たちが隣の部屋を覗き見していることには気付きません。もちろん教頭先生たちも。壁の向こうでヒルマン先生が軽く溜息をつきました。
「ハーレイ、君が一向に諦めないから、ブルーの魅力がどれほどのものか、実は調べてみたのだよ。私やゼルには理解できない妖しい色香でもあるのか、とね」
「…調べた…?」
教頭先生が顔を強張らせ、私たちも「えっ」と息を飲みます。会長さんったら、知らない間に呼び出しを受けていたのでしょうか。それに調べるって、どうやって? まさかエロドクターが協力を…?
「ああ、誤解しないよう言っておこう。ブルーを調べたわけじゃない」
ヒルマン先生の言葉に、教頭先生と私たちは胸を撫で下ろしました。
「蛇の道はヘビ、と言うだろう。ノルディに尋ねることも考えたのだが、ノルディもブルーにぞっこんだからね。冷静な分析は難しそうだ、と判断した。そこでボナールを呼んだのだよ」
ボナール…って、数学同好会のボナール先輩のことでしょうか? そっちの趣味があるとは知りませんでした。会長さんは可笑しそうに。
「なんだ、噂を知らないんだね。ボナールは君たちと同じ特別生だけど、在籍年数は百年を超える。グレイブと同期みたいなものかな。そして筋金入りの美少年好き。永遠の恋人は欠席大王のジルベールだと言ってるくせに、一方的な片想い。…ジルベールの方が振り向かないんだ」
教頭先生の報われなさを思い出してしまうプロフィールです。でも教頭先生とは決定的な違いがある、と会長さんは指摘しました。
「ボナールは気に入った子を寮に引っ張り込んでは、よろしくやって楽しんでるよ。ジルベールにベタ惚れしてても、それとこれとは別らしい。だけどハーレイは遊び相手もいないんだよね」
言われてみれば教頭先生は美少年はおろか、女っ気すらも無さそうです。会長さんに愛想を尽かされないよう、自重しているのかもしれません。隣の部屋ではヒルマン先生が続きを話し始めていました。
「ボナールにブルーをどう思う、と尋ねてみたら即答だった。あれはダメです、と断言したよ。その手の趣味の持ち主ならば誰もが惚れそうな外見なのだが、脈無しなのも分かるらしいね。アタックするのは余程の馬鹿か、恋に不馴れなヤツだろう…と」
「わしも聞いておった。ハーレイ、遥か年下の生徒ごときに馬鹿と言われてどうするんじゃ!」
「…………」
教頭先生の背中が小さく縮こまります。ゼル先生が「飲め!」とお酒を注ぎました。
「いいか、馬鹿ならばまだマシじゃわい。しかしお前は恋に馴れとらんヤツなんじゃ! わしが知らんと思っておるのか? お前はまるで経験が無い。それこそお子様レベルじゃろうが!」
お子様レベル? もしかしなくても教頭先生、恋愛経験ゼロだとか…?

とにかく飲め、と教頭先生に盃を押しつけるゼル先生とヒルマン先生。ゼル先生が「うひひひ」と下卑た笑いを漏らして。
「ハーレイ、お前、ブルーに惚れ込んだせいで、まだ誰一人として付き合ったことがないじゃろう? 男も女も見向きもせずにブルーを追って三百年。これではいかんとわしは思うぞ。のう、ヒルマン?」
「ああ。男の方はともかくとして、女性の一人も知らないのでは…。いや、知人がいないという意味じゃないよ。俗に言うところの、その…なんというか…」
「ええい、じれったい! そういうのはズバッと言わんかい! 三百年以上も生きてきとって、その図体で…童貞じゃとは、情けなさすぎて涙も出んわ!」
「「「!!!」」」
教頭先生が…なんですって? 下品を通り越した驚愕の内容に、私たちは食べかけの鮎や田楽をお箸からポトリと取り落としました。いくらなんでもそんなことが…。いえ、何かといえば鼻血を出している教頭先生、そうであっても不思議では…。
「やっぱり君たちも驚くよねぇ」
笑いを堪えながら教頭先生の方を指差す会長さん。
「でも本当のことなんだ。ハーレイは誰とも経験なし。経験値ゼロっていうヤツさ。文字通りお子様レベルなわけ。パートナーを作って楽しむ甲斐性も持っていないんだから、結婚しろってことじゃないかな」
「……そうなのか……」
キース君が呆然とした顔で呟き、壁の向こうではゼル先生が。
「ほれ見ろ、何も言えんじゃろう! 強姦未遂で謹慎を食らったのは何故じゃと思う? 日頃から溜まっておるからじゃ! そういうのは他で発散しとかんかい! 柔道くらいでは足りんのじゃ!」
「まったくゼルの言うとおりだよ。色々とそういう店もあるのに…」
「……教師が…そんな店に行くのは……」
しどろもどろの教頭先生。そういうお店って…えっと…このお店の近くの路地裏とかにある、その手のお店のことですよね? 顔を見合わせる私たちに「大当たり」と会長さんが頷きました。確かに先生方が出入りするのはまずそうですが、ゼル先生は実に堂々としたもので…。
「いちいち気にしてられるかい! 生徒の父兄と顔を合わせようが、向こうも同じ穴のムジナじゃぞ。お互いに見ないふりをするのが礼儀なんじゃ。わしの若い頃はパルテノンの夜の帝王と呼ばれたもんじゃが、お前ときたら三百年も…。その図体は飾り物か!?」
情けない、と盃を傾けるゼル先生。パルテノンの夜の帝王だなんて、凄い武勇伝を聞いちゃったような気がします。会長さんは今度も「嘘じゃないよ」と微笑みました。
「ゼルはけっこうモテたんだ。そして目標は生涯現役。…ハーレイ、圧倒的に形勢不利だな」
ゼル先生は教頭先生を罵倒しまくり、その間に私たちは焼玉葱のスープ煮からメインディッシュらしき牛ステーキに移っています。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお墨付きだけに、確かに美味しいお料理でした。隣の部屋のお皿は手つかずのままで下げられるものも多いんですけど。
「ゼル、そのくらいで許してやりたまえ」
肝心の話が流れてしまう、とヒルマン先生が割って入りました。
「…ハーレイ、私も考えたのだがね。君のようなタイプに風俗店は向かないだろう。しかし今のままでは、また不祥事を起こさないとも限らない。発散できる相手を作るべきだよ。だが、割り切って付き合えるパートナーを持つというのも君には少し荷が重そうだし…。どうかね、きちんと手順を踏んでみるのは」
「………?」
意味が分からない、という表情の教頭先生。ヒルマン先生は咳払いをして。
「さっきから何度も話したように、君には結婚が向いている。結婚相談所に頼るのもいいが、昔ながらの口利きという方法も…。お見合いをしてみないかね? いや、ぜひとも一度してみるべきだ」
お見合いですって? 教頭先生が童貞だった、と知った衝撃があまりに大きく、お見合いの話など忘れ去っていた私たち。結婚相談所に申し込みをしたのがゼル先生なら、口利き担当がヒルマン先生…? 強姦未遂事件が会長さんの狂言だと知らない先生方は既に暴走し始めています。…まさか本気でお見合いを?

「ハーレイ、これはチャンスなのだよ」
ヒルマン先生が身を乗り出して、教頭先生の盃にお酒を注ぎました。
「君が…そのぅ、誰とも付き合わずに過ごしてきた理由は、ブルーだろう。…ブルー以外の誰かと付き合う、あるいは誰かと遊んだ後ではブルーに愛を語る資格は無いと、そう考えていないかね?」
「……まぁ…そうだが……」
盃に視線を落としてボソボソと呟く教頭先生。ヒルマン先生は大きく頷き、「飲みたまえ」と微笑んで。
「ハーレイ、その考えが間違いだ。君は一途にブルーを想い続けて、よそ見もせずに三百年だが…ブルーの方はどうだった? フィシスという相手が出来た今でも女好きの性分は直らない。ブルーはそういう人間だ。万が一、君の想いを受け入れたとしても、君の過去をほじくり返してとやかく言いはしないだろう。だから安心して気の合う相手を探すといい」
それにはお見合いが一番だ、とヒルマン先生は自信満々でした。
「ハーレイ、素晴らしい人を見つけて身を固めたまえ。なあに、結婚したって浮気はできる。浮気は男の甲斐性だ。もしもブルーが振り向いたなら、存分に浮気すればいい。しかしボナールの分析によれば、ブルーは追っても無駄だそうだし…。君が幸せを掴む早道は結婚にあると私は思うね」
「そうじゃ、そうじゃ! 結婚すればブルーのことなぞ、憑き物が落ちたようにコロッと忘れてしまうわい。行け、ハーレイ! 見事結婚に持ち込むんじゃ!」
応援しとるぞ、とゼル先生が手酌で盃を飲み干して。
「ハーレイの未来に乾杯ーっ! シャングリラ・ジゴロ・ブルーを追い越せーっ!」
うーん、ゼル先生、かなり出来上がってきています。ヒルマン先生が困ったような笑顔を向けて。
「ブルーを追い越せとまでは言わないがね…。結婚すれば誰はばかることなく、欲求不満を解消できる。ゼルの言うとおり、ブルーのことを忘れられるかもしれないよ。…そうでなくても、これは非常に条件のいい縁談だ」
縁談! やはりヒルマン先生には手持ちの牌があったようです。私たちはいつの間にか酢の物も食べ終え、止椀と御飯、香の物が机に並んでいました。みんな御椀やお箸を持った手をピタリと止めて、聞き耳を立てているのが分かります。ヒルマン先生、どんな縁談を調達してきたというのでしょう?
「これは理事長直々の紹介でね」
理事長という言葉に顔を引き攣らせる教頭先生。シャングリラ号のキャプテンを務める教頭先生は本来、ソルジャーである会長さんに次いで二番目に偉い立場の筈なんですが、その肩書きはシャングリラ学園の中では役に立たないようでした。会長さんが生徒会長として先生方に指導される立場なのと同じで、教頭先生の上には校長先生や理事長が…というわけです。その理事長の紹介となれば、無視したら最後お給料とかにも響きそうで…。
「……理事長からか……」
苦渋に満ちた声の教頭先生に、ヒルマン先生はニッコリ笑って。
「ああ、理事長だ。気に入らなければ会った後で断ればいいが、悪い話ではないと思うよ。実に気立てのいいお嬢さんでね」
「…そう言われても困るのだが…」
「話は最後まで聞きたまえ。あちら様は君のブルーへの想いを承知で、お会いしたいとおっしゃっている」
「「「えぇっ!??」」」
教頭先生と私たちの叫びは同時でした。ヒルマン先生は驚き慌てる教頭先生に盃を勧め、その隣からゼル先生が。
「いい人じゃぞ! 結婚してもブルーを想い続けてかまわない、と言っとるんじゃからな。こんな良縁はそうそう無いわい。会うんじゃ、ハーレイ! 会って結婚に漕ぎ付けるんじゃ!」
「……しかし……」
「ええい、じれったい! 知らん人ではないというに!」
ゼル先生が机をバン! と叩きました。
「ヒルマン、さっさと言わんかい! もったいつけても仕方なかろう!」
「うむ。…実はな…」
ヒルマン先生が鞄から見合い写真と釣書を取り出し、教頭先生に差し出しながら。
「お相手というのは保健室のまりぃ先生なのだよ」
「「「!!!」」」
とんでもない名前に私たちは御椀をひっくり返すところでした。
「君とは去年の親睦ダンスパーティーでタンゴのパートナーを組んで以来の付き合いだというから、親しみが持てる相手だろう。ブルーのことを知っていたのは驚きだったが…」
本当にいい話だと思う、と繰り返すヒルマン先生と、「ハーレイの前途を祝して乾杯!」と叫んでは盃を重ねるゼル先生。まだまだ盛り上がりそうな隣の部屋を他所に、私たちの前にはデザートの果物のお皿が並びました。
「…教頭先生とお見合いだなんて…。まりぃ先生、本気なのかな?」
ジョミー君の疑問に、会長さんが。
「本気だよ。少なくとも、お見合いをしようって程度には」
「…少なくとも…? なんだ、それは」
キース君が不審そうに眉を寄せます。
「うん、だからね…。お見合いする気は満々だけど、本当に結婚したいのかどうか分からない。ゼルがハーレイを呼び出す、って話を聞いてサイオンで探ってみたら、まりぃ先生の件に行きついた。でも、まりぃ先生の心が読めないんだ。お見合いを控えてハイになってて、心の中がハートマークで埋まっちゃってる」
そして隣の部屋の中では…。
「というわけで、ハーレイ」
姿勢を正したヒルマン先生が改まった口調で言いました。
「今週の土曜日にホテル・アルテメシアに席を設けた。まずは会うだけ会ってみたまえ。私と理事長も同席するが、食事の後は二人で過ごしてみればいい。映画に行くも良し、芝居も良し。…そうそう、まりぃ先生は今評判の女形の舞台が好きらしいね」
「…そこまで話が決まっているのか…」
「ああ。君が来なければ、私と理事長、まりぃ先生の三人でランチだ。後でどうなっても私は知らんよ」
突き放すようなヒルマン先生の言葉にゼル先生が「減俸じゃ!」と囃し立てます。進退極まった教頭先生はお銚子を掴み、ヤケ酒を呷り始めました。会長さんは楽しそうに見ていましたが…。
「ふふ、独身最後の夜じゃあるまいし、あんなに飲まなくってもいいのにね。そろそろ、ぼくらはお開きにしよう。サイオン中継はこれでおしまい」
スゥッと壁が視界を閉ざし、隣の部屋が見えなくなります。会長さんは私たちに「土曜日だよ」と言いました。
「ハーレイのお見合い、やっぱり覗き見しなくっちゃ。今度の土曜日、空けておくこと。今日はすっかり遅くなったし、表へ出たら瞬間移動で家まで送るよ。…お見合い見物、楽しみだな。あのハーレイがどうするか…」
気の毒な教頭先生の名前で食事代をツケにした会長さんは、「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒に私たちを一人ずつ家に送ってくれました。女の子優先でスウェナちゃんの次に送り出された私ですけど…なんだか色々ありすぎちゃって、今夜はロクに眠れないかも~!




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