シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
キース君とジョミー君が坊主頭に見せかける訓練を続ける内に期末試験がやって来ました。1年A組はいつものように会長さんのお蔭で楽々クリア。私たちの打ち上げパーティーは教頭先生から貰ったお金で「そるじゃぁ・ぶるぅ」お薦めの北京ダックが美味しいお店へ…。今回は会長さんは熨斗袋の中身だけで満足だったようです。二学期は散々な目に遭わせてましたし、良心が咎めたのかもしれません。今日はいよいよ終業式。
「おはよう。明日から冬休みだね」
やって来たのは会長さんでした。アルトちゃんとrちゃんにプレゼントだとか言って洋菓子店の箱を渡しています。去年は指輪を贈っていたと思うのですが、今年はランクが落ちましたか…? でも二人とも嬉しそうですし…。
「あそこの焼き菓子は美味しいんだよ。それにメッセージカードつき」
そっちの方が大事なんだ、と会長さんの思念が届きました。
『冬休みの間にシャングリラ号のこととかをレクチャーしなきゃいけないからね。メッセージカードはぼくの家への招待状を兼ねている』
なるほど。きっと招待した時に改めてキザなプレゼントを渡すのでしょう。アルトちゃんたちもいよいよシャングリラ学園の秘密を知らされる日が来るようです。思えば私たちも一年前の今頃は沢山の『?』マークを抱えて会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に振り回されていましたっけ…。感慨に耽っているとカツカツと靴音が聞こえてきて。
「諸君、おはよう」
グレイブ先生が前の扉から入って来ました。会長さんの机が増えているのを見てフンと鼻を鳴らし、出席を取ります。
「やはりブルーが現れたか。…まあいい、二学期も今日で終わりだ。冬休みの宿題は出すだけ無駄と分かっているから一切無し。諸君、休みを存分に満喫したまえ」
「「「やったーっ!!!」」」
狂喜乱舞のクラスメイト。それから終業式会場の講堂へ移動し、校長先生の退屈なお話を聞いて、教頭先生から冬休み中の生活などに関する注意を聞いて…。
「では、クリスマスや正月だからといって羽目を外し過ぎないように。そして…」
教頭先生が重々しく咳払いをしてマイクを握り直しました。
「去年に続いて、今年も我々教師一同からのお歳暮を贈呈することになった」
「「「えぇーっ!?」」」
上級生から明らかなブーイングの声が上がりました。一年生は去年のことを知りませんけど、二年生と三年生はキッチリ覚えている筈です。先生からのお歳暮と聞いてゲットするのに学校中を走り回って…苦労の果てに手に入ったのはタダでも欲しくない物だったことを。
「話は最後まで聞きなさい! 去年の『お手伝い券』は失敗だった、と反省している。いくら勉強に悩んでいる生徒といえども、冬休み中に先生を呼び出して個人的な指導を受けてみたいとは思わんだろう。だから今年は勉強のお手伝い券は止めにした」
教頭先生、もっともらしい理由を言っていますが本当でしょうか? お手伝い券を会長さんに逆手に取られて家政婦代わりにこき使われたのは他ならぬ教頭先生です。先生方も事の次第は聞いてるでしょうし、お手伝い券が中止されたのは会長さんのせいなのでは…。ともあれブーイングは止み、教頭先生が続けます。
「今年のお歳暮は宿泊券だ。ただし二名以上からのグループ利用が条件になる。そして利用できる宿泊施設は一般のホテルなどではなくて、この学園の教師の自宅ということになった」
「「「えぇぇっ!?」」」
「民宿といった所だろうか。風紀の問題があるから女子生徒ばかりのグループが男性教師の家への宿泊を希望した場合は、当該教師が独身の場合、女性教師が同行する。男子生徒グループが独身の女性教師宅を希望した場合は男性教師がつくわけだ。宿泊条件は一泊二食」
どよめきが広がってゆく中、教頭先生は微笑んで。
「人数が多すぎて家に入り切れないこともあるかもしれん。そういう時は学園所有の合宿所などを手配する。宿泊中は先生の手料理など、心温まるもてなしを楽しんでくれたまえ。これが今年のお歳暮だ」
わぁっ、と歓声が湧き起こります。先生方の自宅で一泊二日の民宿ライフ! これは素敵なお歳暮かも~。
全校生徒がワクワクする中、教頭先生はお歳暮ゲットの方法を説明し始めました。
「お歳暮は宿泊券という性質上、利用人数は最大でも十名にして貰いたい。有効期間はクリスマスと大晦日、三が日を除く冬休み中だ。お歳暮をゲットするためのグループは男女混合でも構わない。二名以上、十名以下のグループを結成したらグループ名をつけ、順次登録を済ませるように」
あちらで受付をする、と示された先にテーブルが設置されています。グループ名と登録が必要だなんて、抽選とかではなさそうな…。
「登録を済ませた者はリストバンドを付けて貰う。これは不正禁止の為だ。…七種類のスーパーボール…縁日などで売られているゴムのボールだが、それを揃えたグループがお歳暮を貰えることになっている。だが全て揃えるのは困難だろう。そういう時にグループを組み替えて「揃えました」と言われたのではたまらない」
あくまで最初に結成されたグループの中で頑張って貰う、と教頭先生は力説しました。
「宿泊券が多数出たのでは我々も苦労するからな…。まずはグループの結成と登録をしてほしい。それが終わったらスーパーボールの入手方法を説明しよう。迅速に行動するように」
講堂は蜂の巣をつついたような騒ぎになりました。クラスや学年を越えてグループを組もうという動きもあるようです。でも私たちはどう転んでも…。
「ぶるぅは今回、ダメなんだよね」
会長さんが悠然と近付いてきて私たちの頭数を確認しました。会長さんを入れて合計八名。どうして「そるじゃぁ・ぶるぅ」はダメなのでしょう?
「それはいずれ分かる。でも宿泊券をゲットできたら、ぶるぅも連れてってやりたいな。グループ名はどうしようか? 学園祭の時と同じでいいかい?」
「ああ、あのダサ…」
言いかけたキース君が慌てて口を閉じ、グループ名は再び『そるじゃぁ・ぶるぅを応援する会』に決定です。登録をしに出かけて行くと既に列が出来ていて、並んだ末に白いリストバンドを手首に付けて貰ったのですが…。
「……やっぱりね」
会長さんがリストバンドを指先でつつきました。
「君たちには分からないみたいだけれど、サイオンの検知装置が仕込まれている。サイオンを使ったらバレる仕組みだ。…つまり失格になるってことさ」
思念波レベルでも引っかかるから使っちゃダメだ、と会長さんは真剣です。
「こうなることは分かっていたから、今日はぶるぅは留守番なんだよ。それにサイオン禁止と暗に言うために、ぶるぅを使おうとしてるしね。…ほら、特別生は全員サイオンを持っているだろう?」
確かに特別生の姿も今日はちらほら見かけます。イベント好きが多いのかも…。やがて全員の登録が終わり、教頭先生が説明の続きを始めました。
「最初に注意事項がある。我が学園のマスコット、そるじゃぁ・ぶるぅが不思議な力を持っているのは全員知っていると思うが、あの力を借りてスーパーボールを入手するのは不正行為と認定される。ぶるぅの力が使われたらリストバンドがそれを検知し、我々に記録が送信されて自動的に失格だ」
あ。ホントに「そるじゃぁ・ぶるぅ」をサイオン禁止の隠れ蓑として使っています。「クソッ」という声は多分ボナール先輩でしょう。
「では、スーパーボールの入手方法を教えよう。ボールは七人の先生方が持っている。それぞれの先生方が出す条件をクリアすればボールが貰える仕組みだ。ボールを持っている先生の名前は講堂に掲示しておくが、ゼル先生、ヒルマン先生、ブラウ先生、グレイブ先生、シド先生、保健室のまりぃ先生、それに私ことウィリアム・ハーレイ」
「「「………」」」
統一性があるのか無いのか分からない面子を発表されて戸惑いの沈黙が流れます。
「制限時間は正午まで。ほぼ三時間あるわけだから、頑張ってチャレンジするといい。どの先生から回ってもいいし、先生方が居場所を変えることもない。先生方がおられる場所は…」
淡々と説明を終えると、教頭先生は他のスーパーボール担当の先生方と一緒に講堂を出て行きました。残ったエラ先生の合図を待って、一斉に飛び出す生徒たち。さあ、私たちはどうしましょうか…?
「こういうのは闇雲にやっても労力の無駄だ」
会長さんが私たちを集めて言いました。講堂に生徒はもう私たちしか残っていません。エラ先生とミシェル先生がグループ登録に使った机で和やかにお茶を飲んでいます。
「…腹立たしいことに、このリストバンドはぼくのサイオンにも反応する。だからスーパーボールを持った先生たちの現状は全く分からないんだ。でも条件は知っているから、一人ずつ確実に潰していこう。…一番近いのはグランドだね」
グランドにはシド先生がいる筈です。会長さんはジョミー君を指差しました。
「サッカー少年、君の出番だ」
「ぼく!?」
「そう。サッカー部でたまに遊んでるだろ? 君なら多分、大丈夫」
行ってみるとグランドでは男子生徒が騒いでいました。シド先生がホイッスルを持って立っています。宙を飛んでいるのはサッカーボール? ホイッスルが鳴り、シド先生が。
「終了! 次は誰だ?」
進み出た男子がラインの引かれた場所に立ち、思い切りボールを蹴りました。ディフェンスも何もないガラ空きのゴールに向かってシュートを決めればいいようですが、これはちょっと…距離がありすぎ…。しかも三本しか打てないようです。会長さんはニッコリ笑って。
「ジョミー、君には余裕だろう? 決めてくれると信じているよ」
列に並ばされたジョミー君は不安そうでしたが、少し前に並んでいたサッカー部員がゴールを決めたのを見て俄然、闘志が湧き上がったらしく。
「「「やったぁ!!!」」」
一本目のシュートが見事にネットを揺らしました。シド先生が足元の箱からスーパーボールを取り出します。ジョミー君はすぐに受け取るものと思っていたら、更に二本のシュートを決めてスーパーボールを貰って来ました。
「ちぇっ…。三本決めてもボールは一個だけなんだって。他のグループに譲っちゃうかもしれないから、って」
つまんないの、と言うジョミー君の手には透明なスーパーボールが一個。ボールの中には赤い星が四個入っていました。
「おめでとう、ジョミー。これで一個目ゲットだよ」
会長さんがジョミー君の肩をポンポンと叩き、次に目指したのは数学科準備室。隣の部屋に『試験中』の張り紙があり、廊下では何人かの生徒が難しい顔をしています。会長さんは私たちを見回し、「どうする?」と尋ねました。
「グレイブが用意してるのは証明問題。能力があれば簡単だけど、無ければそこで一巻の終わり。もっともグループ全員にチャンスはあるからね…。一人目が駄目でもリベンジ可能。で、誰が受ける? 誰も受けないというなら、ぼくが」
「俺が行く」
名乗りを上げたのはキース君でした。
「そう? 字を書くのは面倒だから助かるよ。君なら言ってくれると思った」
「はめられたような気もするが…試験だと聞いて後ろを見せるのは癪だからな」
キース君は「失礼します」と準備室に入り、そこから直接試験会場に行ったようです。十五分ほど待ったでしょうか、準備室の扉がガチャリと開いて。
「貰ってきたぞ、スーパーボール。他のヤツらは何をあんなに苦労してるのか分からんな」
ほれ、とキース君が広げた手には赤い星が二つ入ったスーパーボールが載っていました。シド先生に貰ったボールは星四個。七種類のボールは星が幾つ入っているかで簡単に区別できるのでしょう。
「ヒルマンはクイズ形式なんだ」
下のフロアでやってるよ、と会長さん。
「連続で三問正解しないとアウトになる。ただし身内の応援は可能。これもリベンジ可能だけれど…誰が行く?」
「やらせてくれ」
言ったのは無論、キース君。問題と聞くと黙っていられないのでしょう。会場前に人は殆どおらず、五分も待たずに中へ入った私たちですが…ヒルマン先生のクイズはいきなり難問でした。何を訊かれたのかサッパリ分からない私を他所に、キース君は素早く解答します。二問目も軽くクリアし、三問目。
「君は獣医だ。診察台に猫の患者がいる。助手に小麦粉を渡された君が、すべき治療を答えたまえ」
「………」
キース君が沈黙しました。もしかして…答えられないとか? いえ、私も答えは知りませんけど。
「分からないかね? これが最後の問題だよ?」
「…………」
「仲間の応援を希望するなら黙って右手を挙げなさい。答えられる、と思った人は名乗ること。残り時間は一分だ」
カウントが始まり、四十秒を切った時。キース君の右手が上がり、すかさず声が。
「ジョナ・マツカです!」
「よろしい、代理を認めよう。…答えは?」
「毛刈りです!!」
「ふむ。…おめでとう、毛刈りで正解だ」
ヒルマン先生がスーパーボールを取り出し、マツカ君に渡しました。赤い星が三つ入っています。キース君も凄かったですが、マツカ君も凄すぎるかも…。廊下に出てから皆で誉めるとマツカ君は照れながら。
「母の猫が何をくっつけたのか、身体中ベタベタになったことがあったんです。獣医さんに連れて行ったら、その場で小麦粉をまぶされて…」
毛刈りされちゃって大変でした、と語るマツカ君。洗ったりするのは猫の身体に悪いのだそうです。これでスーパーボールは三個。残り四個も頑張らなくちゃ!
次の戦場は、なんと学食。ブラウ先生の持ち場というのが驚きですが、料理対決か何かでしょうか?
「違うよ。サムに期待をかけてるんだけど、どうかなぁ?」
会長さんに連れられて入って行くと大勢の生徒が来ています。奥の方が特に賑やかですけど…。
「さあ、あと十秒で終了だよ!」
ブラウ先生がカウントダウンする声が聞こえて、ゼロの瞬間にホイッスル。それから俄かに騒がしさが増し、「ダメか~」と半泣きの男女生徒が…。
「片付いたら次を始めるからね。希望者は奥のテーブルに来ておくれ」
「ほら、サム。行っておいで」
会長さんがサム君を促しました。
「え、でも…俺、何をすれば…?」
「わんこそばの大食い大会。ブラウの記録を破ればいいんだ。…えっと…」
崩れた人垣の向こうに『340杯』と大書された紙があり、隣のモニタが生徒と一緒にたべまくっているブラウ先生の映像を映し出しています。
「今日は三百を超えていたのか…。だけどサムならいけると思う。制限時間は五分間だ」
「わ、分かった…。ジョミーもキースも頑張ったんだし、俺も頑張る」
サム君がテーブルにつくと、他の挑戦者も次々と。…ブラウ先生が皆を見回し、得意そうにモニタを指差して。
「いいかい、これが最初の挑戦者たちと一緒に競った私の証拠映像だ。私に勝ったらスーパーボールを渡そうじゃないか。え、無理だって? 情けないことを言うんじゃないよ。十人以上に渡したんだから」
頑張りな、とウインクをするブラウ先生。間もなく開始のホイッスルが鳴り…。サム君はとても頑張りました。リズムよく噛まずに飲み、ひたすら食べて、食べまくって…結果はブラウ先生より一杯だけ多い341杯。
「ふーん…。ま、健闘した方じゃないかね」
ブラウ先生がサム君にスーパーボールを渡します。戻ってきたサム君は「当分、蕎麦は見たくないぜ」と言いましたけど、会長さんに誉めて貰ってニコニコ顔。赤い星が一個入った四個目のスーパーボールをゲットした私たちは、サム君の食後の運動がてら保健室へと向かったのでした。
「うーん、やっぱり食い過ぎたかも…」
「サムはよくやってくれたと思うよ。まりぃ先生に胃薬を貰わなくっちゃね」
会長さんが保健室のドアを開けるなり…。
「あらぁ、いらっしゃ~い! スーパーボールは渡さなくってよ」
闘志満々のまりぃ先生が仁王立ちで子供用ビニールプールを背にして立っています。
「えっと…。その前にサムに胃薬をあげて欲しいんだけど。わんこそばを食べ過ぎたんだ」
「ブラウ先生と戦ったのね。で、結果は?」
「もちろん勝った」
「んまぁ…」
憎らしいわね、と言いながらもサム君に胃薬と水を手渡すまりぃ先生。サム君が飲み終わるのを見届けてから、まりぃ先生は「うふん♪」と笑いました。
「私との勝負は簡単よぉ? ちびゴマちゃんを見つければいいの。でも、この中から探せるかしら? 間違えたら一度外へ出てって貰うわよ。挑戦は一人一回だけだし、八人いてもダメかもね~」
スーパーボールをゲットしていったグループは三つしかない、とまりぃ先生は得意そうです。ちびゴマちゃんといえば先生のペット。探しだすのは簡単だろう、とビニールプールを覗いてみると…。
「「「えっ…」」」
水が入っていないプールの中には同じサイズのゴマフアザラシがドッサリ入っていたのでした。あ、でも…確か、ちびゴマちゃんはアザラシのくせに泳げなかった筈なんです。ビニールプールに水を入れれば簡単に…。
「うふ、水を入れるっていうのはナシよん? 泳げない子が溺れちゃいそうな危険なコトはやめてよねぇ」
さあどうする? と余裕の笑みのまりぃ先生。私たちはゴマフアザラシの群れに目を凝らしましたが、ちびゴマちゃんがどれかはサッパリ見分けがつきません。
「おい、泳げない他に特徴ってあったのか?」
キース君が言いましたけど、誰もが首を左右に振るばかり。頼みの綱の会長さんも今度ばかりはアテが無いのか、誰を指名してくるわけでなく…。
「イチかバチかでやってみますか?」
シロエ君の提案に私たちは一斉に頷き、シロエ君が。
「じゃあ、ぼくが一番手ってことでやってみましょう。…これなんか怪しそうですけど」
指差されたのは動きが鈍いアザラシでした。このトロさ加減は怪しいかも…。
「コレってことでいいですか? よござんすね?」
どこぞの博徒のような啖呵を切って、シロエ君がガシッと掴んだゴマフアザラシ。キュキュ~ッという悲鳴に間違いない、と確信した私たちですが…。
「残念でした~。はい、外へ出てね。シロエ君の発言権は無くなったわよ~」
ポポイッと追い出されてしまって扉が閉まり、再び中へ呼ばれた時にはゴマフアザラシの群れはシャッフルされてしまっていました。プールを囲んでみたものの…どうすれば…。と、スウェナちゃんが。
「水じゃなければ入れていいんですか?」
「ダメよ、ダメ、ダメ。溺れちゃうようなモノは絶対ダメ! お酒も禁止!」
「いえ、そうじゃなくて…。紙切れとかも禁止ですか?」
「紙切れねぇ…。何をするのか分からないけど、それくらいなら…。あ、紐は禁止よ、縛るのはダメ!」
絶対ダメ、とまりぃ先生。けれど紙切れは許可が出ました。スウェナちゃん、何をする気でしょう?
「そこのメモ用紙を一枚もらっていいですか?」
「いいわよ」
「それとマジックをお借りします」
スウェナちゃんは先生の机の上でサラサラと何かをメモに書き付け、プールの方へ戻ってくるとメモをヒラッとプールの中へ…。
「「「!!?」」」
メモに極太マジックで書かれた文字は『R-18』というものでした。これって…これって、まさか…。ちびアザラシの群れは怪しげなメモを気にも留めずに動いていますが、じっと見守る内に一匹のアザラシがメモのすぐそばを通ろうとして…。
「「「あっ!」」」
そのアザラシはメモをまじまじと見つめ、それから大慌てでメモの上に乗り、文字を身体でピッタリ隠して動かなくなってしまいました。
「これよ」
スウェナちゃんがビシッとメモの上のアザラシを指差して。
「まりぃ先生、このアザラシがちびゴマちゃんです!」
「……参ったわね……」
まりぃ先生は額に手をやり、大袈裟な溜息をつくと机の引き出しを開けたのでした。
「すげぇな、スウェナ! さすが未来のジャーナリスト!」
サム君が絶賛し、会長さんも上機嫌で赤い星が五つ入ったスーパーボールを手のひらで転がしています。
「本当によく思い付いたね。まりぃ先生のペットだったら、あの文字列には敏感だ。生徒とかが急に入って来た時、身体を張って隠さなくっちゃいけないし」
クスクスと笑う会長さん。スウェナちゃんは「ちょっと自分が嫌になるけど」と苦笑しつつも、まんざらではない様子でした。これでスーパーボールは五個です。残り二つを持っているのはゼル先生と教頭先生。ゼル先生は剣道七段、居合道八段の剣道部顧問。教頭先生は柔道部。二人の持ち場は体育館です。
「ゼル先生、剣道部の道場じゃないんだね」
何故だろう? とジョミー君が首を傾げます。ゼル先生が陣取っているのは屋内競技に使う一階の一番大きな部屋。そんな所で真剣を振り回してのバトルをするとも思えませんが…。
「いや、ある意味、真剣勝負だよ」
会長さんが言いました。
「本物の刀で勝負するより凄いかも…。考えようによってはね」
先頭を歩く会長さんが扉を「よいしょ」と開けた瞬間。
「馬鹿者!!」
ゼル先生の凄い罵声が響きました。
「今、お前の上半身は確実に吹っ飛んだぞ!!」
「「「えっ!?」」」
なんのこっちゃ、と目をむく私たちの視線の先で男子生徒が床に尻餅をついています。身体に隠れて何があるのか見えませんけど、白い煙がモクモクと…。
「ふん、これでグループ全滅じゃな」
諦めて帰れ、とゼル先生が言い、男子の六人グループが私たちと入れ替わりにトボトボと肩を落して出てゆきました。ゼル先生は私たちの姿に気付くとニヤリと笑って。
「来おったか。…スーパーボールは幾つ集めた?」
「五個だよ。もうすぐ六個になる」
ゼルから貰うつもりだから、と会長さんは澄まし顔です。
「五個とはな。サイオンを使わずによく集めた、と誉めてはやるが…残念ながら五個で終わりじゃ。もう一人が誰の分かは知らんが、わしのを貰えなかった以上は他を集める意味がなかろう」
「そうだねえ。…でも貰おうと思ってるんだ」
「相変わらず自信満々じゃな。で、誰がやるんじゃ」
ゼル先生は白煙を上げている四角い箱を無造作に足で蹴り飛ばしました。そこには同じサイズの箱がゴロゴロ転がっています。壁際には別の箱が整然と積まれ、ゼル先生はそこから一つを選んで床の上に。
「わしの課題じゃ。好きなヤツを選びたいなら、取り換えても別にかまわんぞ」
「…何、これ?」
煙が上がるみたいだけれど、と尋ねたジョミー君に、ゼル先生は呵呵大笑しました。
「わはは、煙と言いおったか! 煙が出たら終わりなんじゃ。煙イコール爆発の意味じゃ!」
「「「爆発!?」」」
「そうじゃ。わしの特製時限爆弾オモチャじゃぞ! 起爆させずに解体出来たらスーパーボールを渡してやろう。ふん、八人もいれば一人くらいは何とか出来ると思っとるじゃろう? 甘い、甘いぞ! オモチャとはいえ精巧なんじゃ。どれ一つとして同じ仕掛けはしておらん!」
げげっ。時限爆弾の解体なんて出来るのでしょうか? そういえばゼル先生はシャングリラ号の機関長。メカいじりのエキスパートかもしれませんけど、いくらなんでもハードすぎます。会長さんが真剣勝負と言っていた意味が分かりました。…スーパーボール、残り二個。連勝記録はここでおしまい?