シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
先生からのお歳暮ゲットを目指してスーパーボールを順調に集めた私たち。残りは体育館で貰える二個という所で思わぬ壁にぶつかりました。ゼル先生が出した課題です。先生の特製時限爆弾のオモチャを無事に解体しないとスーパーボールは貰えません。おまけに一つとして同じ仕掛けは無いのだとか…。
「ふん。いくら悪運の強いブルーといえども、こればっかりは無理じゃろうて」
専門家ではないからな、と箱を見下ろすゼル先生。
「爆弾処理は広いスペースでやるもんじゃ。万一のことがあるからな。わしがこの部屋を使っているのはそういうわけじゃが、誰が解体してくれるんじゃ?」
「「「………」」」
顔を見合わせている私たちに、ゼル先生は時限爆弾のタイムリミットは正午だと教えてくれました。お歳暮ゲットのための制限時間終了と共に、解体されなかった爆弾が一斉に煙を吐くのだそうです。
「…解体できた人って、いるんですか?」
質問したのはシロエ君でした。ゼル先生は「うむ」と大きく頷いて。
「運の問題もあるからのう。五人は成功しておるわい。…おお、そうそう、お前たちと同じクラスの何といったか…。ああ、rじゃ。あの子も成功したんじゃぞ」
「「「えぇっ!?」」」
rちゃんが時限爆弾を解体していたとは…。よっぽど運がいいのでしょう。それを聞いたシロエ君が拳をギュッと握り締めて。
「分かりました。…ぼくがやります」
「ほほう…。トップバッターというわけか。ほれ、道具はこれじゃ」
工具箱のようなモノを渡されたシロエ君は床に座り込み、慎重に箱の上蓋を外しました。私たちが息をつめて見守る中で、まずパチンと一本のコードが切られて…。幸い、煙は出ませんでした。
「ほう、タイマーを切りおったか。とりあえず正午に爆発するのは避けられたのう」
しかし問題は解体じゃ、とゼル先生は得意そうです。
「ここから先が大変なんじゃ。わしの爆弾はそう簡単には分解できん」
「………。でも人間が作ったものですから」
シロエ君がパチン、とコードを切ります。それから少し考え込んで…パチン。コードが一本切られる度に私たちはドキドキですが、シロエ君は顔色一つ変えません。ゼル先生も腕組みをしてシロエ君の手元を覗き込んでいます。
「…よし。これで終わりだと思うんですけど」
パチン、とコードを切断すると、シロエ君は箱の中を指差して。
「起爆装置は解除しました。どう転んでも白い煙は出ないんじゃないかと思います」
「……むむむ……。仕方ないわい、わしの負けじゃ。ほれ、持って行け!」
ゼル先生がスーパーボールを取り出し、私たちは歓声を上げてシロエ君を取り囲みました。
「すげえな、シロエ!」
サム君が叫び、キース君が。
「機械いじりが趣味だと聞いてはいたが…見事なものだな」
「ふふ、先輩に誉めて頂けると嬉しいですね。…実はちょっとした爆弾くらいなら作れちゃったりするんです」
恐ろしいことをサラッと言ってのけるシロエ君の手には、星が六個入ったスーパーボールが。これで残りは一個だけ。お歳暮ゲットは目前ですよ!
私たちにとって最後となる七個目のスーパーボールを持った教頭先生は、柔道部の道場が持ち場でした。階段を上がって近付いて行くと「どりゃあぁ!」という大きな声が。
「…もしかして、先生から一本取るのが条件ですか?」
不安そうな声のマツカ君。柔道部三人組の顔が一気に強張り、道場の方から男子グループが肩を落としてやって来ます。一番最後の一人は制服のシャツのボタンを留めながら…。
「柔道着は貸してくれるんだよ。制服じゃ上手く動けないからね」
会長さんの言葉に、私たちは真っ青になってしまいました。
「そ、そんな…。絶対無理だよ、キースたちも一度も勝てたことがないって…」
ジョミー君が全員の心を代弁します。せっかくここまでやって来たのに、七個目はゲットできないんでしょうか…。
「大丈夫。柔道だけだと不公平だから、他に対戦方法が二つ」
そう言いながら会長さんが扉を開けると、教頭先生が柔道着に黒帯を締めて仁王立ちに立っています。
「おお、来たのか。スーパーボールは今で幾つだ?」
「ここで七個目」
ニッコリと笑った会長さんは六個のボールを両手に乗せて得意そうでした。
「だから絶対貰わなくっちゃ。六個でおしまいなんて悲しいじゃないか」
「そうだろうな。しかし手加減は一切せんぞ。…チャンスは一人一回きりだが、対戦方法は三つある。一つは柔道で私に勝つこと。二つ目は腕相撲で私に勝つ。最後の一つは…女子用に用意した方法なのだが、男子が挑んでもかまわない」
「「「女子用?」」」
「そうだ。これが一番簡単だぞ。…にらめっこで私に勝てばいいのだ」
「「「にらめっこ?!」」」
ビックリ仰天の私たちでしたが、教頭先生は大真面目です。
「にらめっこを甘く見るんじゃないぞ。私を笑わせた生徒は殆どいない。そうだな…。半時間ほど前に数学同好会の連中が挑みに来たが、ジルベールでも勝てなかったと言っておこうか」
「「「ジルベール!?」」」
それは『欠席大王』の異名で知られる特別生の名前でした。会長さんとはベクトルの違った超絶美形で、滅多に姿を現わしません。よほど機嫌が良くないと微笑みもしないと評判ですが、そのジルベールが敗北…すなわち教頭先生の顔を見て笑う結果になったとは…。
「そんなわけだから、どの方法で対戦するか考えてから挑むんだな。…最初は誰だ?」
「くっ…。たとえ負けると分かっていても…」
柔道以外では挑めるもんか、とキース君が決意を固めました。続いてシロエ君とマツカ君も。三人は柔道着に着替えて順番に挑戦したのですけど、やっぱり勝てはしませんでした。キース君はそこそこ頑張ったのに…。
「…すまん、三人分も無駄にして…」
プライドにこだわらずに腕相撲にしておくべきだった、とキース君たちが頭を下げます。でも腕相撲でも勝てないのでは、と私たちは薄々気付いていました。
「ハーレイ。…参考までに聞きたいんだけど」
口を開いたのは会長さん。
「今までに柔道で勝った人はいる? 腕相撲は? にらめっこは勝った人がいるみたいだね」
「なるほど…傾向と対策か。にらめっこは男女合わせて六人、腕相撲は男子が五人、柔道はまだ一人もいない」
「そうなんだ。じゃあ、にらめっこか腕相撲なら可能性があるってことか…」
どうする? と言われても、柔道部三人組でさえ勝てない相手に腕相撲で挑もうという猛者がいるわけありません。
男子は会長さんを除けばジョミー君とサム君の二人しか残っていないんですし、スウェナちゃんと私も加わり、一人ずつ『にらめっこ勝負』をすることに…。対戦場所は腕相撲用のテーブルでした。
「ふむ、最初はジョミーか。では…始めっ!」
教頭先生の合図と共に、ジョミー君は思いっきり顔を歪めて対戦開始。次から次へと百面相を繰り広げますが、教頭先生は眉一つ動かしもせず、突然「べろべろばぁ~」と厳めしい顔を崩しました。
「「「ぶぶっ!!!」」」
破壊力抜群の攻撃に全員が笑い転げてしまい、気付けばジョミー君はアウトを宣言されていて。続くサム君は善戦したものの、教頭先生が二本の指を鼻の穴に突っ込んだ途端に苦労が全て水の泡です。スウェナちゃんはヒョットコ攻撃、私は『アッチョンブリケ』のポーズに敗れてしまい、残るは会長さんだけに…。
「ブルー、もうお前しかいないようだぞ」
勝てるかな、と余裕の笑みの教頭先生。
「うーん、にらめっこでは勝てそうにないね。シャングリラ・ジゴロ・ブルーの名前とプライドをかなぐり捨てても、元の造りが違いすぎるし…」
「…………。お前、さりげなく私の顔をけなしているか?」
「ううん、全然」
会長さんはそう言いましたが、口調と表情が逆であると雄弁に語っています。会長さんも勝てないとなれば、スーパーボールは諦めるしかないのでしょうか。でも、最後の最後で諦めるなんて悲しいです。駄目だと結果が分かっていても、せめて勝負を…。縋り付くような私たちの目を見て、会長さんは微笑みました。
「勝負しよう。…にらめっこじゃなくて柔道で」
「「「柔道!?」」」
私たちの声がひっくり返り、教頭先生も唖然としています。
「そう、柔道。…柔道着はそっちで借りられるのかな?」
「…ああ、サイズ別に棚に入れてある。使い終えたヤツは洗濯用の籠に…って、お前、本気なのか?」
「本気だよ。至って本気で、至って正気」
ヒラヒラと手を振って、会長さんは更衣室を兼ねた部屋に入って行きました。柔道って…まだ一人も勝者がいないと聞きましたけど、会長さんったら本気ですか~!?
「…まさか色仕掛けじゃないでしょうね…」
心配そうに言ったのはシロエ君でした。
「寝技に持ち込んで仕掛けられたら、いくら教頭先生でも負けそうです」
「そんな反則は認めないぞ」
仏頂面で応じる教頭先生。
「お前たちも柔道部員なら分かっているな? 道場と勝負は神聖なものだ。ブルーが妙な手を仕掛けてきたら、その時点で反則負けとする。…証拠を出せといいそうなヤツだし、録画しておけ」
「「「はいっ!」」」
柔道部三人組は慌ててカメラをセットしました。本来は柔道部の練習試合とかを録画するためのカメラだそうです。色仕掛けが効かないとなれば、会長さんに勝算なんか無いのでは…。
「お待たせ。あれ、カメラまでセットしたんだ? 信用ないなあ」
柔道着を着け、初心者用の白帯を締めた会長さんが裸足でスタスタ歩いてきます。
「早いとこ勝負をつけようか。…持久戦には自信がないし」
「妙な真似をしたら反則負けを宣告するぞ。今からでも別の勝負に切り替えられるが」
試合用の畳に立った教頭先生が尋ねましたが、会長さんは。
「にらめっこも腕相撲も自信無いんだ。これが一番いいんだよ」
「後悔しても知らんからな」
本気でいくぞ、と教頭先生が言い、試合開始を宣言すると…。
「「「!!!」」」
ダッと飛び出した会長さんが教頭先生に足払いをかけ、次の瞬間。
「とりゃぁぁぁっ!!」
柔道十段、赤帯の巨体がドスンと勢いよく畳に叩きつけられました。会長さんは両手を軽くはたいています。
「う、嘘だ…」
キース君が呟き、教頭先生が腰をさすりながら起き上がって。
「いててて…。ブルー、サイオンを使ったな? 失格だぞ」
「残念。失格も反則もしてないよ。…今のは実力」
「しかし、お前は柔道なんか…」
習ったこともないだろう、と顔を顰める教頭先生に会長さんはニッコリ笑って。
「習ってないし、サイオンでコピーした技も持ってない。…ただ、護身術だけは習ったんだ。それの応用」
「護身術? そんなモノをいつの間に…」
「お寺に修行に入る前。ほら、ぼくって見た目がコレだから。習っておいて役に立ったよ、修行中にね。布団部屋に連れ込まれそうになる度に投げ飛ばしてた」
「「「………」」」
修行中に布団部屋…。しかも見た目がどうこうとくれば、会長さんの身体目当ての不逞の輩を投げ飛ばしたということでしょう。お坊さんの世界も大変そうです。教頭先生は溜息をつき、道場の壁際にあった箱からスーパーボールを取って来ました。
「お前に投げ飛ばされるとは思わなかった。…持って行け」
「ありがとう。これで七個揃った」
赤い星が七個入ったスーパーボール。着替えを終えた会長さんと私たちは大喜びで講堂へ戻ることにしました。正午まで残り半時間。七個のボールを集められるグループは全部で幾つあるのでしょうね?
講堂ではエラ先生とミシェル先生が待っていました。他の生徒はまだいません。
「おかえりなさい。あなたたちが一番ですが、ボールが揃ったのですか?」
エラ先生の前の机に会長さんがスーパーボールを並べてゆきます。一個、二個…。
「凄いわ、七個揃えたのね!」
感激の声はミシェル先生。七個のボールが燦然と輝く中、二人の先生はパソコンを前に何やらチェックしています。
恐らくサイオンを使ってないかの確認作業なのでしょうが…。それからリストバンドが外されました。
「よろしい、『そるじゃぁ・ぶるぅを応援する会』はお歳暮の権利獲得です」
エラ先生が紙に何かを記入し、ミシェル先生がウインクして。
「おめでとう! この紙が宿泊申込書になるわ。どの先生の家に泊まるか、じっくり考えて決めてちょうだい。私の家も大歓迎よ」
お客様は大好きなの、とミシェル先生は楽しそうです。新婚さんのお宅に押し掛けるのはお邪魔かも…なんて気遣いは不要みたい。グレイブ先生の家もいいかも、と思った所へ…。
「失礼します。ボールを揃えたのですが」
ヌッと現れたのはボナール先輩と数学同好会の面々でした。アルトちゃんにrちゃん、欠席大王のジルベールまで!
私たちは受付を譲り、申込書を持って講堂の椅子に座ります。
「ブルー、どの先生の家にするんだ?」
サム君の質問に会長さんは。
「まだだよ、ぶるぅが来てから決めよう。ほら、サイオンのことがあるから…正午までぶるぅは来られないんだ。何かのはずみでサイオンを使ってしまって、罪もない人が失格になると大変だからね」
好奇心旺盛な子供だから、と言われればそのとおりです。思念波で「何してるの?」と尋ねられただけでもリストバンドのサイオン検知装置が反応しますし、そしたらその場で失格で…。もちろん「そるじゃぁ・ぶるぅ」のことですから、お部屋からサイオンで見物しているのでしょうけど。あ、アルトちゃんたちがやって来ました。早速、情報交換が始まります。
「へえ~、ブルーが教頭先生をねぇ…」
大したもんだ、と眼鏡を押し上げるパスカル先輩。数学同好会の方はボナール先輩が腕相撲で勝利を収めたそうです。わんこそばの大食い大会を勝ち抜いたのは驚いたことにジルベールで…。
「痩せの大食いってヤツか…」
すげえ、と目を丸くして驚くサム君。その一方でシロエ君が。
「ゼル先生の爆弾を解体したのはrさんだと聞いたんですけど…。まぐれです…よね?」
「ああ、爆弾な。あれはなかなか大変だった」
男子全員やられたんだぜ、とボナール先輩が白煙が上がった瞬間を語ります。それじゃrちゃんは強運の人!
「いやいや、それが…。こいつの場合は運じゃない。遠慮深いのが欠点だ」
最初から名乗り出ればいいのに、とパスカル先輩がrちゃんの頭をコツンとつつきました。え? 名乗りって…? それって何…?
「爆弾の解体なら見よう見真似で出来るんだと。…いや、正式に習ったんだったけか?」
「…正式に、じゃないです」
控え目な声で答えるrちゃん。
「シュウちゃんに習っただけですから」
「「「シュウちゃん?」」」
「従兄らしいぜ」
ボナール先輩が肩を竦めて先を促し、rちゃんは。
「えっと…シュウちゃん、専門は多分、銃なんですけど。爆弾処理も出来るんだぜ、って言って前に教えてくれたんです。でも振動感知装置つきのヤツとかがあるから解体しようなんて思うんじゃねえぞ、と言われてて…」
シュウさんとやらが持ってきた物体以外のモノを解体したのは初めてだった、とrちゃん。いったいどういう従兄なんだか…。特殊部隊か何かなのかな? そうこうする内に二組のグループがボール持参で受付を済ませ、そのすぐ後にチャイムが鳴って制限時間は終了しました。
「かみお~ん♪ 終わったね!」
クルクルと宙返りしながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」がパッと現れ、生徒たちが講堂に戻ってきます。全員が着席すると間もなくスーツに着替えた先生方が揃って教頭先生がマイクを握りました。
「諸君、よく健闘してくれた。スーパーボールが揃ったグループは申込書に必要事項を記入し、事務局に届け出るように。また、揃えられなかったグループにはボールの獲得数に合わせて参加賞が出る。ゼロでもシャングリラ学園の紋章つきのポケットティッシュが貰えるからな」
一個は食堂のコーヒーチケット、二個は一番安い定食のタダ券…と賞品が発表されて、講堂の中は大騒ぎ。六個だとアルテメシアの大抵のお店で使える金券ですよ~!
「賞品の引き換え券はリストバンドと交換で渡す。引き換え場所は券の裏面を見るように。…それでは諸君、楽しく節度ある冬休みを!」
わぁっ、と歓声が上がって生徒たちが受付に行列します。その一方で私たちは…。
「ぼくらは宿泊券だよね? しかも一泊二食付き!」
どの先生の家に行こうかなあ、とジョミー君。
「グレイブ先生の家も楽しそうですよね」
ミシェル先生にも誘われましたし、とシロエ君は乗り気です。確かに素敵な提案かも…。グレイブ先生の私生活には大いに興味がありますし! あれで案外、家の中にはハート型のレースひらひらなクッションとかの新婚グッズが溢れてるとか…?
「そうだな、グレイブ先生の家っていいかも! 面白そうだぜ、なあ、ブルー?」
サム君がウキウキと会長さんを振り向くと…。
「却下」
爽やかな声で一刀両断、会長さんは微笑んで。
「ぼくがラスボスを倒したんだ。それも誰一人として勝てなかったハーレイを…ね。だからリクエストの権利はぼくにあるんだと思うけどな。…違うかい?」
「「「………」」」
誰も反論できませんでした。横では「そるじゃぁ・ぶるぅ」が無邪気にピョンピョン飛び跳ねながら。
「ブルー、ほんとに凄かったよね! ハーレイを一発で投げたんだもんね♪」
「そうだろう? でね、ぼくはハーレイの家に泊まりたくって。…それでいいかな?」
「「「えぇっ!?」」」
教頭先生の家ですって? 普段から会長さんが避けまくっている、教頭先生が『会長さんとの甘い生活』を夢見てあれこれこだわりまくった家に?
「そこが楽しい所じゃないか。ぼくが泊まりに現れるなんて、ハーレイが聞いたら感激するよ。他の先生の家じゃ我儘を言ったりできないけれど、ハーレイの家なら無礼講だ。食べ放題の遊び放題」
ゴクリ、と私たちの喉が鳴りました。好き放題にやれる、という点で教頭先生の家の右に出るものはないでしょう。悪戯しようが大暴れしようが、それこそ家の中でサッカーしようが、笑って許して貰えそう…。
「よし、それにするか」
キース君がニヤリと笑い、ジョミー君が親指を立てています。こうして行先は決定しました。日にちは早速、明後日から。明日からでも別に良かったんですが、教頭先生が準備や掃除に追われる時間をたっぷり取っておきたいというのが会長さんの意向です。
「明日は大掃除に燃えて貰うさ。年末大掃除の前倒しでね」
サラサラと必要事項を記入し、事務局へ提出に向かう私たち。その耳に数学同好会のメンバーのジャンケンの声が聞こえてきました。
「くぅ~っ、アルトか! お前、ジャンケンだけは強いのな」
「ちびゴマちゃんを見破ったのもアルトちゃんです!」
「分かった、分かった。…お前が爆弾を処理しなかったら七個揃っていないんだし…。で、アルトの希望は?」
「……教頭先生……」
どうやら教頭先生の家には、少なくとも二組が宿泊するようです。私たち八人に「そるじゃぁ・ぶるぅ」を加えたグループの方が面倒事を引き起こす可能性が高そうですが、教頭先生が惚れ抜いている会長さんが入っているのはそのグループ。数学同好会と私たちのグループ、どっちが歓迎されるんでしょうね?
そして始まった冬休み。二日目のお昼過ぎに私たちは荷物を持って校門前に集合しました。教頭先生の家へはバス一本です。住宅街の中を歩いて着くと、門扉にクリスマス・リースが飾られていて、庭にはイルミネーション用のライトが沢山…。夜になれば綺麗にライトアップされるのでしょう。
「凄いね、お庭にトナカイがいるよ!」
二階の窓にサンタさんも、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大はしゃぎ。独身生活の教頭先生にライトアップの趣味があるとは思えませんし、私たち…いえ、会長さんのために飾り立てたのは間違いないかと。会長さんがチャイムを鳴らすと、すぐに扉が開きました。
「おお、来たか! 遠慮しないで入ってくれ」
普段着の教頭先生に招き入れられたリビングには大きなクリスマス・ツリーが立っていました。
「ハーレイ、ロマンチストだねぇ…」
呆れたような会長さん。
「もしかして…ぼくがハーレイと結婚したら、毎年こんなクリスマス?」
「ん? もっとシックな方が好みだったか?」
「ううん…。尋ねたぼくが馬鹿だった」
そんな会長さんや私たちを教頭先生は手放しで歓迎してくれ、荷物を置くとすぐにお菓子が出てきました。
「ここの焼き菓子は美味いんだぞ。…紅茶とコーヒー、どっちがいい? 大きなテーブルが無くてすまんな」
テーブルには六人しか座れなかったので、教頭先生と柔道部三人組は絨毯の上でティータイムです。賑やかなお茶の時間が終わると教頭先生はキッチンに向かい、やがて美味しそうな匂いが漂ってきて…。エプロン姿の教頭先生が作ってくれたのはビーフストロガノフと三種類のサラダにピロシキでした。
「ぶるぅの腕には及ばんだろうが、これが私の精一杯だ。おかわりもバターライスも沢山あるから、好きなだけ食べてくれればいい」
「ふうん…。冬らしいメニューでいいね」
外の眺めもとても素敵だ、と会長さんがライトアップされた庭を誉めると教頭先生は嬉しそう。夕食は会長さんが和室用の机を瞬間移動させてきたので、教頭先生と柔道部三人組が正座です。テーブルについた会長さんの隣にはサム君がいたのですが…。
「はい、サム。…こっちのサラダ、好きだろう?」
会長さんが温製サラダをサム君のお皿に取り分けました。
「サンキュ! 言ってないのに分かるんだ?」
「そりゃあ…ね。サムの好みはだいたい分かるよ。ピロシキはこれが好きだと思うな」
「うん、これ、これ! すげえや、ブルー!」
五種類の中からピタリと当てた会長さんはサイオンなんか使っていない、と得意顔です。
「何度も食事を一緒に食べれば分かるものさ。…ぼくとサムとの仲だもんね」
え。会長さんとサム君は今も公認カップルですが、教頭先生はそんなこととは知りません。会長さんだって「わざわざ教える必要はない」と言っていたのに、これはいったい…? 案の定、教頭先生は怪訝そうな顔をしています。
「…おい、ブルー。ぼくとサムとの仲って何のことだ?」
「ん? …別に気にするほどのことじゃあ…。うん、どの料理も美味しいや。ハーレイ、いつでもお嫁にいけるよ」
「そうか。お前に誉められると嬉しくなるな」
頑張った甲斐があった、と喜んだ教頭先生ですが、食後の紅茶の時間になって…。
「ごめん、ブルー」
サム君がロシアンティーのグラスとジャムの器を交互に見ながら会長さんに謝りました。
「…砂糖の数なら分かるんだけど、これはちょっと…。ジャムはどれだけ?」
「そうだね、スプーン山盛りで一杯かな」
「オッケー!」
いそいそとジャムを掬うサム君の姿に、教頭先生は再び疑問が湧いたようです。砂糖の数だの、ジャムの量だの…。会長さんの弟子である以上、お世話するのは当然ですけど…知らなかったら怪しいですから! いえ、本当は公認カップルだったりするわけですが、会長さんったらカミングアウトをする気ですか~?