シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
賑やかだったクリスマスが済むと普通の日々が待っていました。冬休みですからジョミー君たちとドリームワールドに行ったり、スウェナちゃんと街でお買い物をしたりしている内にパパのお仕事もお休みになって…。特に旅行の予定とかも無く、明日は大掃除かな…なんて考えていた夜のことです。
『起きてるか!?』
いきなり飛び込んできた思念波の主はキース君でした。みんなに一斉に呼び掛けたらしく、ジョミー君やサム君も思念波で返事をしています。…なんでメールじゃダメなんでしょう?
『すまん、メールではうまく伝わらないんだ。思念波の方が間違いがない』
『『『………?』』』
『みんな、年末年始は暇か? …いや、忙しいなら仕方がないが…』
キース君にしては歯切れの悪いもの言い…いえ、思念波です。暇かと言われれば暇ですけれど、私たちに何か用事があるのでしょうか。
『暇なら頼まれてほしいんだ。年末年始は…』
そこまで思念波が届いた時です。
『ふうん? 楽しそうな相談だねえ』
割り込んできたのは他ならぬ会長さんの思念波でした。
『サイオンもろくに扱えないレベルのヒヨコが夜中に揃って密談かい? チャットの方がマシじゃないかな』
その方が楽だし確実だよ、と笑う気配が伝わってきて…。
『まあ、心意気だけは買ってあげよう。今、チャット部屋を用意するから』
『『『は?』』』
会長さんって、そういうのをやってましたっけ? 聞いたこともないんですけど…って、ええっ!?
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
突然の青い光と浮遊感に包まれた直後、目の前に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が立っていました。そこは見慣れた会長さんの家のリビングで、キース君たちもポカンとした顔で揃っています。
「こんばんは。チャット部屋へようこそ」
パジャマ姿の会長さんが微笑み、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は誕生日に私たちがプレゼントしたアヒルちゃんパジャマ。ああっ、いけない! 私もパジャマでしたっけ~! スウェナちゃんもピンクのパジャマです。男の子たちも全員パジャマ。
「パジャマ・パーティーってところかな。…でも女の子はそれじゃマズイか」
会長さんの指先がキラッと光って、私の手の中にバサッとガウンが降ってきました。スウェナちゃんもガウンを手にしています。
「フィシスのだよ。ぼくの家にも置いてあるんだ。遠慮しないで借りるといい」
フィシスさんの置きガウン…。そんなものが何故あるのかを考え始めたらドツボですから、私たちはお礼を言って素早くガウンを羽織りました。軽くて暖かくて…見た目も華やか。ううん、これ以上は考えたら負けというヤツです。
目の前では「そるじゃぁ・ぶるぅ」が嬉しそうに飲み物とお菓子を用意していて…。
「ブルーがね、パウンドケーキは日持ちするから多めに焼こうって言ったんだ。そしたらお客様がこんなに沢山…。ねえねえ、ブルー、お客様が来るって知ってたの?」
「まあね。…フィシスに占ってもらわなくても分かる時には分かるものさ。さあ、遠慮なく相談を始めたまえ」
どうぞ、と笑顔の会長さん。…えっと…とりあえず座ればいいかな?
みんなが腰掛けてココアや紅茶を飲み始める中、キース君は沈黙していました。コーヒーカップを両手で包み、複雑な表情をしてますけれど…。
「キース。君がみんなを呼んだんだろう? 黙っていたんじゃ失礼だよ」
会長さんが促しましたが、キース君は口を開きません。ひょっとして私たちへの頼みというのは会長さん絡みの何かだったとか…?
「いいけどね。喋る気がないんだったらそれはそれで…。だけど呼ばれた方はいい迷惑だ。ぶるぅのパウンドケーキくらいじゃ時間外労働には足りやしない」
「………」
「君が言わないのなら、ぼくが話そう。キースが君たちを呼んだのは…」
「いいっ!」
俺が話す、とキース君が会長さんを遮って。
「…仕方ない、ブルーに気付かれないように…だなんて、考えるだけ時間の無駄だったんだ。こういうヤツだと分かっていたから、みんなに頼もうと思ったんだしな」
「「「???」」」
「頼む、年末年始に特に予定が無いんだったら、俺の家へ泊まりに来て欲しい。…除夜の鐘が撞けるし、甘酒のお接待もある」
「除夜の鐘?」
楽しそうだね、とジョミー君が反応しました。会長さんから仏門に入れと脅されてるくせに、自分の方からお寺に近付いていっていいのでしょうか? まあ、除夜の鐘は大晦日の最大のイベントですし、抹香臭いイメージも全然ありませんけど。
「来てくれるか? 他のみんなは?」
「そうですね…。家にいたって別になんにもありませんし…先輩の家に行こうかな」
シロエ君は行く気のようです。私も除夜の鐘に興味津々でしたが、キース君からの急な思念波が心に引っ掛かっていてすぐには返事できません。他のみんなも同じような考えらしく、探るような視線を交わしていると…。
「…すまん…。理由も言わずに頼みごとをしようという俺が間違っていた」
キース君はコーヒーカップをテーブルに置き、ソファから立つとガバッと土下座をしたのでした。
「頼む、助けると思って来てほしい。…親父がブルーを招待したんだ。年末年始という節目の時にブルーなんかが寺に来てみろ、いったい何をやらかされるか…。下手すりゃ初日の出前に坊主頭だ」
「「「………」」」
会長さんが元老寺に招待されたとは初耳でした。キース君のパパの恰幅のいい姿が目に浮かびます。高僧である会長さんにペコペコ頭を下げてましたっけ。…あのアドス和尚を会長さんが上手に焚きつけ、キース君を坊主頭にしてしまうことはありそうです。…絶対ないとは言い切れません。
「ブルーの暴走を止められるのはお前たちくらいしかいないんだ。…お前たちがいてもダメかもしれんが、ベストは尽くしておきたいんだ! 頼む」
このとおりだ、と絨毯に頭を擦りつけているキース君。土下座なんてしてくれなくても、窮状を知った今となっては断る方が鬼ってものです。私は「行く」と答えました。スウェナちゃんもサム君も。そしてマツカ君は…。
「よかったです、早めに連絡して下さって。…明日から両親と出かけるところだったんですよ」
自家用ジェットで外国へ行く予定だったらしいですけど、マツカ君は穏やかに微笑んで。
「お城は逃げたりしませんしね。次の機会がありますよ」
観光だとばかり思っていたら、マツカ君のパパのお城だそうです。マツカ君、どこまで凄いんだか…。
大惨事を回避するアイテムならぬ助っ人を得たキース君はようやく笑顔を取り戻しました。大晦日は私たち全員、キース君の家にお泊まりです。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」もお泊まりに行くわけですが…。
「君たちを巻き込んじゃうとは思わなかったな」
会長さんが紅茶を口に運びます。
「ぼくとしては久しぶりにお寺で過ごす年末年始を満喫したかっただけなんだけどね?」
「久しぶりというのが恐ろしいんだ! 来るわけないと思ったのに…」
フィシスさんはどうする気だ、とキース君。
「親父はフィシスさんのことなんか知らないからな、悪いとも思っていないようだが…。フィシスさんはあんたの嫁も同然だろう? 一人ぼっちで年越しさせて、あんたは胸が痛まないのか? フィシスさんの手前、なんだかんだと理由をつけて断ってくると信じてたんだ!」
「…フィシスならいないよ?」
旅行に行った、と会長さんはニッコリ笑いました。
「フィシスは未来が読めるだろう? 冬休みはどう過ごそうか、と希望を訊いたら言われたんだ。キースのお父さんがぼくを誘ってくる筈だ、って。断るかどうかはぼく次第だ…ともね」
フィシスさんはシャングリラ学園の女の先生たちと食べ歩きツアーに出かけたそうです。女の先生ばかりのツアーにいつも誘われるらしいのですが、会長さんと一緒に行くことは出来ませんから滅多に参加しないのだとか。
「ほら、ぼくだって男だし…あのツアー、男子禁制だしね。いい機会だからフィシスは旅行、ぼくはキースの家に行くことにした。何も問題ないと思うな」
「…俺をどうするつもりなんだ?」
「別に? ぼくはご招待をお受けしただけで、元老寺の内部事情に口出しする気はさらさら無いさ。君の父上がご希望ならばともかく、そうでなければ衣を着ようって気もないし」
「親父は期待してると思うぞ…」
溜息をつくキース君。会長さんの緋色の法衣は最高位のお坊さんのシンボルです。会長さんを招待したからには、アドス和尚は緋色の衣とセットで考えているでしょう。もちろん会長さんだって無関心を装いながらも、衣を用意して行くに決まっています。
「ぼくはね、君の将来をとやかく言おうとは思っていない。君が自分で決めるんでなけりゃ、道は決して開けやしないよ。…それだけは肝に銘じておくんだね」
珍しく真面目な言葉を口にして、会長さんは私たちを見回しました。
「夜中に呼び出しちゃって驚いただろう? でもサイオンでやりとりするより分かりやすかったと思うんだ。キースの土下座はサイオンで密談してても見られないし…。じゃあ、大晦日に元老寺で会おう。ぶるぅも君たちがいた方が退屈しなくていいかもしれない」
万年十八歳未満お断りだし、とウインクしてから会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と協力して私たちを瞬間移動で順番に家へ。青い光に包まれ、自分の部屋に帰った時には借り物のガウンはありませんでした。…夢を見てたわけじゃ…ないですよね?
『迷惑をかけてすまなかった』
キース君の思念波が届きました。
『年末年始はよろしく頼む。詳しいことは後でメールするから』
本当に夢じゃなかったみたいです。今年の大晦日はキース君の家で除夜の鐘。…なんだかワクワクしてきましたけど、キース君は会長さんの訪問を控えてブルブル震えているのかな?
郊外の山沿いにある元老寺に私たちが到着したのは大晦日の昼前のことでした。電車と路線バスを乗り継いでくるとかなり時間がかかります。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はリッチに迎えのタクシーか何かで来るのでしょうが…。石段の上に山門という本格的なお寺の構えは何回見ても非日常です。
「えっと…庫裏の方へ行けばいいんだよね?」
ジョミー君が荷物片手に先頭に立って境内を進み、庫裏の入口まで行ったところで。
「かみお~ん♪」
元気な声が聞こえて「そるじゃぁ・ぶるぅ」が宙返りしながら降って来ました。
「ブルー、とっくに着いてるよ? ご飯の用意もできてるんだ」
ほらこっち、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」に案内された先は前に泊まった宿坊でした。扉を開けてキース君のお母さんが出てきます。黒髪美人の着物姿って素敵ですよねえ。
「こんにちは。いつもキースがお世話になって…。どうぞお入り下さいな」
イライザさんは私たちに部屋を割り当ててくれ、荷物を置くと食堂へ連れて行ってくれました。これから二日間、正座が基本の生活です。畳敷きの食堂には既に会長さんの姿があって…。
「やあ、遅かったね。同じような時間に出た筈なのに、この差はいったい何なんだろう?」
「ブルーは車で来たんだろ!」
唇を尖らせたのはジョミー君です。
「ぼくたちは電車とバスなんだから! これでも乗り継ぎは上手くいったと思ってるんだよ!」
ちゃんと時刻表を調べて来たんだ、とジョミー君は膨れっ面。元老寺へのバスは通勤時間帯を除くとあまり本数がないのでした。とはいえ一時間に三本は走っていますし、ド田舎ではないんですけども。
「ごめん、ごめん。ぼくとぶるぅは迎えの車が来たものだから…。アドス和尚も心得てるよね」
そう言っている会長さんは緋の衣どころか制服でもなく、普段着のセーター姿でした。招待を受けたというならそれなりの服装というものがあるのでは…? しかも会長さんが座っているのは私たちの前にあるものよりも遥かに立派な座布団です。…と、サム君がハッと姿勢を正して。
「あ。俺、この席じゃマズイんだ。…えっと…」
入った順番で座ろうとしていた私たちの後ろをサム君が通り抜け、入口に一番近い所へ。もしかして下座ってヤツでしょうか? 普段は会長さんの隣や向いが指定席なサム君ですが、お寺に来たら師弟関係優先ですか? 会長さんはサム君を見て満足そうです。正式に弟子入りしたわけでもないのに、サム君、とっても健気かも…。
「これはこれは。ようこそ、皆さん」
ドスドスと重い足音と共にアドス和尚が現れました。墨染の衣ですけど、袈裟は着けていません。その後ろから同じく墨染の衣のキース君が入ってきて、サム君と席を譲り合った後、一番下座へ。アドス和尚は会長さんに手招きされて「そるじゃぁ・ぶるぅ」を間に挟んで座ることに。
「キース、今日はお坊さんをやってるんだ?」
軽いノリで尋ねるジョミー君。サイオンで坊主頭に見せかける訓練をキース君と一緒にやってるくせに、除夜の鐘と聞いて元老寺行きを即決したのと同じで危機感というものが無いようです。キース君は苦笑しながら「俺も一応、坊主だからな」と答えました。
「住職を任される資格は無いが、ちゃんと得度はしてるんだ。寺を継ぐという決心もしたし、行事のある日は衣を着るのが当然だろう」
「そっか。でも袈裟までは着けていないんだね。…それが普段着?」
明日は我が身という危機感ゼロのジョミー君は好奇心の塊でした。そんなことを聞いて大丈夫…?
「流石だね、ジョミー。見どころがあるよ」
あぁぁ、やっぱり~! 声の主は上座の会長さんです。
「普段着っていうわけじゃないんだ。袈裟は神聖なものだから、不浄な場所では外す決まりになっている。トイレなんかはもっての外だし、食事も同じさ。…それで外しているんだよ。細かい所に気を配るのは修行の大事なポイントだ。ジョミーは素質十分だね」
「ほほう…。せがれが修行を共に出来そうな友達が出来たと言っておりましたが、あなたでしたか」
キースを宜しくお願いします、と相好を崩すアドス和尚。ジョミー君は真っ青になり、キース君は舌打ちをして「馬鹿め…」と呟いたのでした。
精進料理のお昼御飯を運んできてくれたのはイライザさんとお手伝いのおばさんたち。去年の夏もお手伝いの人が何人もいましたし、元老寺の宿坊って儲かるのかな? 私たちの他に泊まり客の姿は無いですけれど…。
「年越しでやってる宿坊は少ないんだよ」
私の疑問を読み取ったらしく、会長さんが言いました。
「元老寺の宿坊も休業中だ。ぼくたちは例外みたいなものさ。いわばお客様。…そうだよね、キース?」
「ああ。休業してる間にブルーを呼びたい、と言ったのが親父。ついでだから友達を呼びたい、と言ったのが俺だ」
どうせ大晦日は手伝いの人を頼むんだし、とキース君。除夜の鐘の時のお接待は人手が要るので、宿坊に勤めている人を呼ぶのだそうです。
「イライザはせがれに甘いもので…。恥ずかしながら、わしも妻には頭が上がらんのです」
婿養子でして、とアドス和尚は恐縮中。そういえばお寺の三男坊だ、って会長さんに聞きましたっけ。でもイライザさんは昼食の席には来ていませんし、お寺の奥さん…確か大黒さんでしたか……として裏方に徹しているのでしょうか。
「キースのお母さんは忙しくなさってるんですか?」
マツカ君が尋ねました。
「大晦日ですし、正月の準備もありますしな。…せっかくお越し頂いたのですし、せがれのことなどお話したいと申してまして…。除夜の鐘が終わりましたら、皆様とぜひご一緒したいと」
アドス和尚の答えに会長さんが頷きます。
「うん、そうだね。ぼくもそういうつもりで来たし…堅苦しいことは抜きで話をしたいな」
「もったいないお言葉でございます。お偉い方にお目をかけて頂き、せがれは本当に幸せ者で…」
ペコペコと頭を下げるアドス和尚。会長さんの正体を知っているのか、いないのか…。昼食が終わるとキース君を残してドスドスと出て行ってしまいました。迎春の飾り付けやお供え物の点検だとか、今年最後のお勤めのための準備とか…仕事は山のようにあるのだそうです。
「俺も手伝えとは言われているが、あんたのおもてなしが最優先だというんでな」
仏頂面で会長さんを見詰めるキース君。
「そのまま大人しくしててくれれば非常に助かる。…頼むから騒ぎを起こさんでくれ」
「頼まれなくてもやらないよ。これでも高僧なんだからね」
お寺の行事に悪戯を仕掛けることはない、と会長さんは約束しました。
「元老寺で派手にやらかしたら璃慕恩院に聞こえかねない。…普段だったら平気だろうけど、大晦日だけは流石にちょっと…」
「「「???」」」
大晦日はマズイって…何故でしょう? 璃慕恩院といえばジョミー君とサム君が修行体験ツアーに行かされた山奥にある総本山。元老寺とは格が違うと思ってましたが、私たちが知らないだけで元老寺も実は由緒があるとか…?
「…ここは璃慕恩院に近いんだよ。近いと言ってもそこそこ距離はあるんだけどさ」
会長さんが指差したのは裏山がある方向でした。
「あの山の奥に聳えてる山に璃慕恩院があるのは知ってるだろう? 璃慕恩院の除夜の鐘撞きは有名だ。君たちもテレビで見たことくらいはあるんじゃないかな」
「「「あ…」」」
璃慕恩院の除夜の鐘撞きは、前日の練習風景が毎年ニュースに出るのでした。撞木にぶら下がって加速させたお坊さんが補助の綱を握るお坊さんたちと力を合わせて巨大な鐘を撞くんですけど、テレビで見ても迫力満点。
「心当たりがあったようだね。親綱にお坊さんが一人、補助の子綱には十六人。息が合わないと上手くいかないから事前の練習が必要だ。一回撞くのに時間もかかる。だから撞き始めが他のお寺より一時間ほど早いんだよ」
「へえ…」
知らなかった、とサム君が感心しています。
「ブルーが修行していた寺なんだろう? ブルーも撞いたことがあるわけ?」
「…どうだろうね。それはともかく、あの鐘撞きは見物客が多いんだ。一般人は見るだけなのに、観光バスで駐車場が埋まるくらいさ。撞き始めが早いから、見物してからアルテメシアの街へ戻ってくれば自分で除夜の鐘を撞くことができる」
なるほど。一時間も早く始まるのなら、余裕で戻ってこられそうです。会長さんに続いてキース君が。
「百八回にこだわらないで無制限に撞ける寺も沢山あるしな。…うちもそうだが」
「そこなんだよね。璃慕恩院からの帰り道にあって、同じ宗派で、撞きたい人はもれなく撞ける。それに惹かれて元老寺の除夜の鐘を撞きたいという信者さんが来ちゃうんだよ。信者さんの前で騒ぎを起こすのは非常にマズイ」
「「「………」」」
「大丈夫、今夜は何もやらかさないさ。安心したまえ、キース・アニアン」
フルネームでキース君を呼んでるあたりが怪しいような気もしましたが、会長さんが高僧なのは事実です。除夜の鐘が鳴り終わるまでは何も起こらないと安心していていいんですよね…?
それから夜まではお寺ライフかと思ったものの、大晦日の元老寺は関係者以外は立ち入り禁止な雰囲気でした。本堂もピカピカに磨き上げられ、私たちはお掃除もさせて貰えません。キース君が墨染の衣でスックと立って。
「馴れてないヤツに掃除をされて失礼があったら困るからな。俺は昨日まで必死に掃除をしてたんだ。努力を無駄にしたら怒るぞ」
手出し無用、と言われたのでは宿坊の中でゴロゴロするしかなさそうです。会長さんはイライザさんが用意したお茶とお菓子で寛いでますし、私たちも怠惰に過ごすのが一番みたい。忙しそうに走り回っているキース君を他所にゲームにお喋り、日が暮れると早めの夕食で…。
「昼間にも言ったが、うちの除夜の鐘は無制限だ」
夕食を済ませた食堂でキース君が言いました。
「だが、放っておいたら朝になっても終わらないからな…。一応期限は設けてある。年が明けてから一時間以内に並んだ人が対象だ。そして百八回目と最後の鐘は親父が撞く」
大トリはアドス和尚でしたか! 元老寺の住職ですし、当然と言えば当然かも。
「…そういう決まりになっていたんだが、今年はブルーが撞くことになった」
「「「えぇっ!?」」」
私たちの声が裏返りました。よりにもよって会長さんにそんな大事なお役目を…? けれど会長さんは涼しい笑みを浮かべただけで、悪戯心は無さそうです。
「ぼくって信用ないみたいだねえ…。煩悩を祓う除夜の鐘だよ? そんな所で悪戯するわけないじゃないか。ね、ぶるぅ?」
「うん! ブルー、真面目な時は真面目だよ。でなきゃソルジャーやってないもん! とっくにクビになってるもん!」
「…ありがとう、ぶるぅ…」
フォローになってないけどね、と苦笑いをする会長さん。そう言いつつも緋の衣に着替えてキース君と小坊主スタイルの「そるじゃぁ・ぶるぅ」を従えて本堂に向かう姿は高僧らしく見えました。除夜の鐘の前に今年最後のお勤めがあり、私たちも見学です。それが終わると除夜の鐘で…。わあっ、寒い! おまけにけっこう並んでますよ!
「最初が親父で、次が俺だ。…お前たちは一般の列に並んでくれ。俺は関係者だから別行動で頼む」
キース君が鐘楼の方へ歩いて行きます。その後ろには会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ごめんね、ぶるぅもぼくと一緒で別枠なんだ。関係者席はあっちなんだよ」
鐘楼の近くに仮設テントがありました。甘酒のお接待をするための場所と、関係者席と。ストーブも置かれて暖かそうです。でも一般客の列に暖を取るものはありません。こんな時にサイオンでシールドできる力があれば…と思念波でグチを言い合いながらも誰一人として脱落しないのは物見高さの所以でしょうか。やっとのことで順番が回り、一番先にジョミー君。それから後は次々に…。
「うー、寒かった!」
「手が完全に凍えちゃってる…」
イライザさんやお手伝いのおばさんたちから甘酒を受け取り、私たちはストーブの側で震えていました。鐘はもうすぐ百八回目。年明けと同時に鳴らす百八回目を会長さんが鳴らす筈ですが…。あっ、隣の関係者用テントから会長さんが出てゆきます。アドス和尚の先導でキース君と「そるじゃぁ・ぶるぅ」をお供に連れた会長さんに、見物客…もとい鐘撞きに来た人たちの目が釘付けに。
「やっぱり凄く目立ちますよね…」
シロエ君が言い、サム君が。
「当然だろう、ブルーだぜ? あんな綺麗な人は他にいないさ」
「中身は分からないけどね…」
「なんだと、ジョミー!?」
やる気か、と身構えるサム君の肩をマツカ君がポンと叩いて。
「言いたいことは分かりますけど、始まりますよ? もう階段を上ってます」
「あっ、ホントだ! サンキューな、マツカ」
会長さんが優雅な身のこなしで鐘楼に上り、撞木の綱を握りました。腕時計とかはしていませんが、サイオンで情報を得ているのでしょう。ゆっくりと綱を引き、緋色の衣の袖を翻して鐘をゴーン…と厳かに鳴らした瞬間、新しい年が始まりました。あけましておめでとうございます。今年もいい年でありますように…。