シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
ピラミッドの旅と温泉の旅。春休みを満喫した私たち七人グループは三度目の入学式の日を迎えました。もはや入学式に関してはベテランの域に達してますから、校門前に集合するのも慣れたもの。記念写真を撮っている新入生や保護者を横目に、探しているのはアルトちゃんとrちゃん。二人とも特別生として戻ってくると聞いていますし、一緒に写真を撮りたいじゃないですか。
「あっ、来た、来た!」
ジョミー君が大きく手を振る方からアルトちゃんたちがやって来ました。数学同好会のセルジュ君と並んで歩いています。そういえばセルジュ君もアルトちゃんたちと同じ寮生でしたっけ。
「おーい、こっち、こっち! みんなで記念写真を撮ろうよ!」
待ってたんだ、というジョミー君の声にアルトちゃんたちの足が速まり、再会した私たちは『入学式』と書かれた看板を囲んで記念撮影。カメラのシャッターはセルジュ君が押してくれて…。
「アルトさんたちは今年も君たちと同じクラスになる筈だ。数学同好会の貴重なメンバーをよろしく頼むよ」
「「「え?」」」
クラス発表は入学式の後ですけども、さも知っていると言わんばかりのセルジュ君。地獄耳なのか、年季の入った特別生にはフライングで名簿が公開されるのか。驚いている私たちにセルジュ君は…。
「特別生っていうのはクラスが固定しがちなんだ。大抵の特別生は同期同士で繋がりがあるし、纏めておいた方が管理しやすいらしい。ぼくの場合はジルベールとセットで1年B組。君たちは1年A組だよね。アルトさんたちは二年前からA組だったし、これからも同じクラスだと思う」
なるほど。特別生は纏めて管理というわけですか。一年目はC組だったサム君とシロエ君が去年からA組に来たのにはそんな理由が…。だったら最初からA組にいたアルトちゃんとrちゃんもA組の確率が高そうです。
「じゃあ、ぼくはこれで。…パスカル先輩に呼ばれているから」
入学式はサボって買い出し、とセルジュ君は爽やかな笑顔で立ち去りました。アルトちゃんたちの話によると今日は数学同好会主催の歓迎会があるのだとか。
「アルテメシア公園でお花見しながら宴会なの」
楽しみなんだ、とrちゃん。アルトちゃんもニコニコしています。
「特別生ってどんなものかと思ってたけど、今までとあんまり変わらないみたい。寮のお部屋も前のままだし、会長さんも親切だし…」
歓迎会をして貰っちゃった、とアルトちゃんたちは嬉しそうでした。昨日の夜にホテル・アルテメシアのメインダイニングでディナーを奢ってもらったとか。歓迎会の費用の出どころが何処か、私たちはすぐにピンと来ました。会長さんが温泉旅行で教頭先生から毟った慰謝料です。アルトちゃんたちにはとても言えません。…いえ、言っても信じてくれないでしょうが…。
「おい、そろそろ行った方がいいんじゃないか?」
入学式が始まるぞ、とキース君が腕時計を指差したので私たちは講堂へ。教頭先生が司会をする入学式は校長先生や来賓の退屈なお話に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が登場しての三本締めと相変わらずのパターンです。その最中に会長さんの思念波が…。
『居眠るな、仲間たち!』
それは私たちと同じサイオンを持つ仲間たちへの呼びかけの声。去年はアルトちゃんとrちゃんが応えましたが、今年は誰が来るのでしょう? 会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」と遊ぶ時間を共有できる人が来てくれればいいんですけど、こればっかりは分かりません。式が終わって廊下に貼り出されたクラス発表を見ると…。
「あ。またA組だ…」
セルジュが言ってたとおりだね、とジョミー君。A組には私たち七人グループ全員とアルトちゃんとrちゃんの名前がありました。『担任は見てのお楽しみ』との但し書きもお馴染みですけど、ひょっとして…? ドキドキしながら教室に行って指定された席に座っているとカツカツと聞き慣れた靴音が…。
「諸君、入学おめでとう」
ガラリと扉を開けたのは予想通りの人物でした。背筋をピンと伸ばして教卓の側に立ち、ツイと眼鏡を押し上げて…。
「私が1年A組の担任、グレイブ・マードックだ。グレイブ先生と呼んでくれたまえ。初めましての諸君も、そうでない諸君も、大いに歓迎させて頂く」
ひぃぃぃっ! またまたグレイブ先生ですか~!
グレイブ先生は出席を取った後、私たち七人グループとアルトちゃんたちを立たせて「特別生だ」とクラス全員に紹介しました。
「我がシャングリラ学園の特別生は様々な点で一般生徒と異なっている。まず出席の義務がない。試験の点数も問われない。…いいかね、この連中を見習っていると諸君の未来は真っ暗だ。彼らは置物のようなモノだと思って気にしないように」
「「「…………」」」
クラスメイトの視線が私たちに集中しています。なんとも酷い言われようですが、確かに私たちを真似ていたのではロクな結果にならないかも。会長さんに誘われて授業中に堂々と抜け出したこともありましたし…。グレイブ先生は私たちを着席させると「さて」と教卓に手をついて。
「私の担当は数学だ。まずは諸君への挨拶代りに実力テストを実施する」
「「「えぇぇっ!?」」」
悲鳴とブーイングの嵐の中で問題用紙が裏向けに配られ、グレイブ先生がストップウォッチを手にした時。
「ごめん、ごめん。…遅刻しちゃった」
カラリと後ろの扉が開いて会長さんが入って来ました。銀色の髪に赤い瞳で超絶美形の会長さん。初対面のクラスメイトは上を下への大騒ぎに…。
「静粛に!!!」
バン! とグレイブ先生が出席簿で教卓を叩き、一瞬クラスが鎮まった間に会長さんはスタスタとグレイブ先生の前まで行ってパチンとウインク。
「今から実力テストだって? ぼくの机が見当たらないから教卓と君の椅子を借りるよ」
「あっ、こらっ! そこは私の…」
監督用の、とグレイブ先生が椅子を押さえるよりも早く、会長さんはストンと座ってしまいました。
「はじめまして、1年A組のみんな。…ぼくは生徒会長をしているブルー。入試の時に会った人もいるかもしれないね。で、ぼくは本当は3年生で、おまけに特別生なんだけど……君たちのクラスに混ぜてくれるなら、1年生の間の全てのテストで満点を取らせてあげることができる」
「…満点?」
「満点だって…?」
漣のように広がってゆく声に会長さんは満足そうに微笑んで。
「そう、満点。…そるじゃぁ・ぶるぅを覚えてるかい? 入学式で土鍋に入って出てきただろう、この学園のマスコット。ぼくはぶるぅと呼んでいるけど、ぶるぅには不思議な力があるっていう説明は聞いたよね? テストで満点を取らせるくらいは簡単なんだ。ぼくをこのクラスに入れてくれれば、ぶるぅの御利益があるってわけ」
どうする? と尋ねる会長さんにクラスメイトたちは顔を見合わせ、それから私たちの方を見て…。
「今の話って本当なわけ?」
「そるじゃぁ・ぶるぅってそんなに凄い御利益が…?」
口々に質問された私たちは素直に頷き、クラスメイトたちはガッツポーズ。目指せ、満点一年間! 会長さんは全員一致で1年A組に迎え入れられ、グレイブ先生の椅子と教卓で実力テストを受け始めました。さてと、私も答えを書かなくちゃ。答えは会長さんがいつもどおりに意識の下に……って、あれ? 今年の問題は何の捻りもないみたい。
前は見ただけでクラッとしそうなヤツだったのに、グレイブ先生、あまり時間が無かったのかな…?
「試験終了! 後ろから順に集めるように」
解答用紙を回収したグレイブ先生は明日からの行事予定などを淡々と話し、終礼をして立ち去りました。会長さんはクラスメイトたちにワッと囲まれ、実力テストの件でお礼を言われています。
「問題を見た時はもうダメだって思いましたけど、スラスラ答えが書けちゃって…。あれがそるじゃぁ・ぶるぅの力ですか?」
「感激しました! 数学、とっても苦手なんです。白紙で出したことも多かったのに、今日のは全部書けました!」
会長さんに感謝しまくるクラスメイト。みんなの心をガッチリ掴んだ会長さんは今年も1年A組に居座るようです。まあ、滅多に姿を見せないんですし、さほど被害はないんですけどね……私たち七人を除いては。あぁぁ、またも受難の一年間が…。
クラスメイトの質問攻めから解放された会長さんと私たち七人グループは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に向かいました。アルトちゃんとrちゃんは迎えに来たボナール先輩たちとアルテメシア公園へお花見に。今夜はオールでカラオケだとか聞こえてきましたけれど、寮の門限は夜の8時では…?
「特別生には門限はないよ」
大丈夫、と会長さんが微笑んでいます。そして生徒会室の壁の紋章に触れ、先頭に立って壁の向こうへ…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
今日は新年度のスペシャルケーキ、と胸を張る「そるじゃぁ・ぶるぅ」の横には立派なウェディング・ケーキがありました。スペシャルには違いないですけども、ウェディング・ケーキっていったい何故に…?
「えっとね、ハーレイとブルーの婚前旅行があったでしょ? ぼく、婚前旅行って何なのか知らなかったんだけど、ぶるぅが教えてくれたんだ。結婚式の前に行くんだよ、って。…でも、婚前旅行、失敗しちゃったみたいだし……結婚式は無さそうだから…。ウェディング・ケーキ、一度作ってみたかったんだ」
「そういうこと。ぶるぅは言い出したら最後、聞かないからね」
苦笑交じりの会長さん。
「だから、とことんこだわってみた。ほら、てっぺんの人形を見て」
「「「…………」」」
豪華なケーキの塔の一番上に乗っていたのは砂糖細工らしき新郎新婦の像でした。白いタキシードの新郎の肌は褐色、真っ白なドレスを纏った花嫁の瞳は鮮やかな赤。この色彩はどう見ても…。
「もちろんハーレイとぼくがモデルさ。…ただし…」
ケーキカットはこうやるんだ、とケーキナイフを持ってきた会長さんが一番上の段を一刀両断。仲良く並んだ新郎新婦の像の間を引き裂くようにド真ん中からザックリと…。
「はい、おしまい。ぼくとハーレイが結婚だなんて、どう転んでもあり得ない。…で、ハーレイ人形はこうなるわけ」
会長さんが宙に取り出したのは鍋でした。この部屋で何度か食べたチョコレート・フォンデュ用のフォンデュ鍋。テーブルの中央には専用コンロが出現していて、鍋の中にはいい感じに溶けたチョコレート。鍋をコンロにセットした会長さんは教頭先生を模した人形を摘み上げて…。
「釜茹での刑」
ポチャン、とチョコレートの中に落ちた人形は沈んでいって二度と浮かんできませんでした。会長さんが鍋をかき混ぜ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がフルーツやビスケットを盛ったお皿を運んできます。
「今日のおやつはチョコレート・フォンデュとウェディング・ケーキ! いっぱい食べてね」
そ、そんなことを言われても……教頭先生人形は? 釜茹でになったその先は? お砂糖ってチョコに溶けるんでしょうか? 溶けるとしても短時間では難しそうです。チョコを絡めた時に教頭先生人形がくっついてきたらどうしましょう…。
「ああ、ハーレイ人形が当たった人は今日の王様。素敵な役目を進呈するから頑張ってみてよ」
そう言いながら会長さんが専用フォークにイチゴを刺して鍋に突っ込み、上手にチョコを絡めています。それを口に運んでニッコリ笑うと…。
「うん、美味しい。ハーレイが釜茹でにされている横で楽しく食べるというのがいいんだ。…誰も食べないなら一人で食べて王様も勝手に任命するけど、それでいい?」
げげっ。強制的に指名されるのは避けたいです。私たちは一斉にフォークを握り、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が切り分けてくれるウェディング・ケーキと交互に食べ始めました。えっ、そんなに食べても平気なのかって? 今日は入学式しか無かったですし、時間はちょうどお昼時。お昼御飯の代わりですからケーキもチョコもドンと来い、です。
フォンデュ鍋に入ったチョコは一向に減りませんでした。みんな少しずつしか絡めようとせず、どちらかと言えばウェディング・ケーキをメインに食べているのですから。
「おい。教頭先生人形はいいとして…」
あまり良くもないが、と断ってからキース君が尋ねました。
「あんたの人形はどうする気だ? 家に飾っておくつもりなのか?」
「ううん、使い道は一応決めてあるんだ。…プレゼント」
「「「プレゼント!??」
プレゼントって…いったい誰に? 私たちの視線はごくごく自然にサム君に集中していきます。会長さんと公認カップルのサム君だったら喜んで貰って帰りそう。もちろん食べるためではなくて、ケースに入れて飾って眺めて…。それもいいかもしれません。しかし…。
「…サムか……。それは考えてなかったなぁ…」
会長さんはサム君を見詰め、「欲しい?」と真顔で尋ねました。
「欲しいんだったらあげてもいいよ。ぶるぅにケースを買ってこさせようか?」
「え? えっと……欲しいのは欲しいけど……誰かにあげる気だったんじゃあ…」
モゴモゴと呟くサム君に、会長さんは「まあね」と悪戯っぽい笑みを浮かべて。
「でもサムの方がいいかもしれない。サムなら絶対食べないだろうし、大切にしてくれるだろうし…。よし、決めた。ぼくの人形はサムにあげるよ。ぶるぅ、ケースを買ってきて」
「オッケー!」
行ってくるね、と飛び出していった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は5分もしない内に透明なケースを抱えて帰って来ました。会長さん人形はケースに入れられ、瞬間移動でサム君の部屋へ。持って帰る途中で壊してしまって悲しい思いをしないようにとの気遣いだったみたいです。サム君は大喜びで何度もお礼を言っていますが…。
「本当は誰にあげようと思っていたの?」
ジョミー君の質問に会長さんが。
「ブルーだよ」
「「「えぇっ!?」」」
ソルジャーの甘いもの好きは私たちもよく知っています。でも、会長さんの形の砂糖細工なんかをプレゼントされて喜ぶでしょうか、ソルジャーが…?
「…喜ばないとは思うけどね。嫌がらせだから」
嫌がらせ? 砂糖細工の会長さんの人形をプレゼントするのが嫌がらせって、どういう意味…?
「ブルーがぼくの家に遊びに来るとうるさいんだよ、一度くらい味見させろって。…ぼくを食べたくてたまらないらしい。だから代わりに食べさせようと思ってたんだ。じっくり味わって食べればいいし」
「「「………」」」
それは『食べる』の意味が違うのでは…と気付く程度には私たちもスレてきています。会長さん人形はソルジャーの胃袋に収まるよりも、サム君の家で家宝になるのがお似合いですし幸せでしょう。釜茹での刑の真っ最中な教頭先生人形の方はお気の毒としか言えませんけど。
教頭先生人形を釣り上げないよう気を付けながらチョコを絡める私たち。チョコがたっぷり入っていた間は良かったのですが、次第に量が減ってきて……たまにコツンと嫌な手応えがあったりします。砂糖細工の教頭先生、やはり溶けてはいないみたい。シロエ君がフォークを握った右手をビクッと震わせ、それからホッと溜息をついてチョコつきバナナを引き上げながら。
「そういえば……今年は誰も来ませんね。去年はアルトさんたちが来てたのに」
あ。ウェディング・ケーキとチョコレート・フォンデュで頭が一杯になって忘れてましたが、今日は新しい仲間が来る日でした。会長さんが入学式でメッセージを送りましたし、因子が目覚めた新入生が「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を目指して集まってくる筈なのです。教頭先生人形なんかを使ってゲームしててもいいんでしょうか?
「…いいんだよ。フィシスの予言通りだから」
会長さんが微笑みました。
「今年は一人も来ないらしい。そういう予言は聞いてたけどね……メッセージを流すのは入学式の行事に組み込まれてるし、ソルジャーとして実行しないわけにはいかない。出席している先生たちもあのメッセージを聞き取ることが出来るだろう? だからサボリは許されないんだ」
「毎年、何人か入学してくるんじゃないんですか? ぼくたちの仲間」
シロエ君の問いに会長さんは静かに首を左右に振って。
「いつもいるとは限らない。…それに仲間はシャングリラ学園に必ず来るってわけでもない。他の学校に入学したり、社会に出てから突然因子に目覚めたり…色々なケースがあるんだよ。そういう仲間を探し出すのもぼくの役目になっている。地球上の全ての場所に届く思念波はタイプ・ブルーにしか操れないし」
「…そうなんだ…」
大変だね、とジョミー君が言い、サム君が。
「だったらジョミーも頑張ってくれよ。お前もタイプ・ブルーなんだろ? 早くブルーを手伝ってやれよ」
「無理! ぼくって全然才能無いし!!」
坊主頭の危機も去ってないのに、とジョミー君は嘆いています。相変わらずキース君と二人で「坊主頭に見せかける訓練」を続けているのに、全く進歩がないのでした。キース君は5分間ほどなら坊主頭の状態を保てるのですが、ジョミー君ときたら1分間も持ちません。これではいつか会長さんに本当に髪の毛を剃られてしまうかも…。
「ジョミー、君は集中力が足りないんだよ」
あーあ、今日も始まっちゃいましたよ……会長さんのお説教。
「それと根性の問題だね。キースは今年の秋に一度目の修行道場が迫っているから必死なんだ。秋までにサイオニック・ドリームをマスターできなきゃ自慢の髪が五分刈りになるし…。君にもそういう切羽詰まった事情が出来たら努力する気になれるかな? 強引に得度する日を決めちゃうとか?」
「ぼくはお坊さんにはならないってば!」
不毛な争いは日常茶飯事。私たちは黙々とケーキを頬張り、チョコを絡めて知らんぷりです。とにかく教頭先生人形を釣り上げないことが最重要な問題で…。ん? 問題? そういえば実力テストの問題がやたら簡単に思えましたが…。
「えっと…。今日の実力テスト、変じゃなかった?」
私が口を開くとマツカ君が「そういえば」と応じてくれました。
「グレイブ先生にしては内容が単純すぎましたね。去年はもっと意地悪な問題が多かったですが…」
「だよな。俺にも分かる問題だなんてビックリしたぜ」
サム君が同意し、スウェナちゃんが。
「私も楽勝だったのよ。…グレイブ先生、今年はサービスしてくれたとか?」
そうかもしれない、とサービスに至った理由を詮索していると…。
「ぼくには去年と同じレベルに見えましたよ?」
シロエ君が割り込み、キース君も「最初の年から変わっていない」と言い出したではありませんか。
「グレイブ先生の出題傾向はだいたい分かる。年度始めの実力テストの場合は特に……な」
中学校で習った数学を総決算して捻ったものだ、とキース君は断言しました。
「応用問題そのものだぜ。これだけのことを習ったんなら解ける筈だ、というヤツだ。数学が得意でなければ気付かないかもしれないが…。まあ、俺たちも三年目だし、苦手な数学も多少は得意になったってことか? お前たちも」
「そうかあ? 俺、自慢じゃないけど復習も予習もサボリっぱなし」
だってブルーがいるもんな、とサム君が手放しで誉め讃えた時。
「…それでも実力はついてる筈だよ」
会長さんが私たちの方を振り向き、ジョミー君を手で制して。
「ジョミー、大事な話だから君も聞きたまえ。坊主頭の話はまた今度だ。…で、今日のテストが簡単だったか…という話だよね? 結論から言えば簡単ではない。グレイブは真剣に問題を作ってきたし、サービス問題も混じっていない。簡単に見えたというだけなんだ、君たちにはね」
「「「えっ?」」」
会長さんの言葉の意味が分かりません。簡単じゃない問題が簡単に見えるって…どういうこと? 会長さんが意識下に流してくれる情報量が今までよりも増えたとか…?
「違う、違う。…そうじゃなくって、君たちの知識が増えてるんだよ。一年目よりも二年目、二年目よりも三年目。ぼくは君たちのクラスを常に学年1位にしてきたけれど、勉強しないでも満点が取れると分かってしまえば誰も勉強しないだろう? そのままで進級したらどうなると思う?」
授業についていけなくなるよ、と会長さんは笑いました。
「ぼくと一緒に行動している君たちはいいけど、他の子たちは進級するよね。2年生になった途端に落第だなんて悲惨じゃないか。だから定期試験の度に、解答と一緒に必要な知識も意識の下に植え込むようにしてたんだ。…その積み重ねが芽を出したのが今日の実力テストなのさ」
「…それじゃ簡単だったんじゃなくて……俺の実力が上がったわけ?」
サム君がポカンとしています。会長さんは笑顔で頷き、私たちは会長さんの力の凄さを改めて思い知らされました。クラス全員にテストの答えを教えるだけでも大変そうなのに、更に知識のフォローまで…。そういえば去年、2年生に進級していった元1年A組のクラスメイトたちは今は全員3年生。一人も落第していません。1年生をやっていた間、遊び呆けていた筈なのに…。
「…ブルーって…」
感動した様子のジョミー君は坊主頭を巡る攻防戦をすっかり忘れたようでした。
「ブルーって、ちゃんとみんなのことまで考えてたんだ…。やっぱり生徒会長なんだね、いつも無茶苦茶やってるけどさ」
「ありがとう、ジョミー。誉め言葉だと受け取っておくよ、多少引っかかる部分もあるけど」
嬉しそうな会長さんにキース君が。
「正直、俺も驚いている。あんたは満点を取らせるだけだと思っていた。それじゃ力がつかないだろう、と心の底では非難していた。2年生に進級してから大変な目に遭うんじゃないかと…。言われてみれば嘆き節は一度も聞かなかったな、2年生になった連中からは」
ヤツらも今年は3年生か…と感慨深げなキース君。私たちと一緒にシャングリラ学園に合格した友達は3年生になっているのに、私たちはまだ1年生。来年みんなが卒業しても1年生のままなんです。
「…不思議だよねえ、特別生って。去年だけでも色々なことが分かったけれど、ぼくたち、まだまだヒヨコだし…知らないことも多いのかな? 三百年ほど生きないと無理?」
ジョミー君が会長さんの顔を見ながらフォークに刺したマシュマロにチョコを絡めて…。
「「「あっ!!!」」」
引き上げられたジョミー君のフォークの先に余計な物がついていました。煮詰まってきたチョコにまみれた砂糖細工の……教頭先生のお人形。
「かみお~ん♪ 王様、ジョミーだね!」
パァン! とクラッカーが鳴り、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が金色の紙で作った王冠を奥の部屋から運んできます。
「…王様? ぼく、王様になっちゃったの?」
呆然としているジョミー君の頭に会長さんが金色の冠を載せて。
「おめでとう、君が王様だ。さて、ハーレイの人形は…」
どうしようかな、とチョコレートまみれの人形を宙に浮かべる会長さん。えっと、王様って何なんですか? ジョミー君はこれからどうなるのでしょう。ウェディング・ケーキはすっかり無くなり、フォンデュの具もそろそろ終わりですけど、そんな所で教頭先生人形を釣り上げる人が出るなんて…。ジョミー君、油断してたのですね。注意してれば避けられたのに…。王様が何かは知りませんけど、ジョミー陛下に栄光あれ~!
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