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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

扉を開けよう  第2話

会長さんが教頭先生にプレゼントしたツキまくるというラッキー・アイテムは御利益があったようでした。麻雀大会は圧勝ではなくボロ負けに負けてしまったのですが、ブービー賞が取れたみたいです。最下位はグレイブ先生だったとか。おかげで長老の先生方の御機嫌も良く、長老会議の審議の方も…。
「かみお~ん♪ お部屋の公開、オッケーだって!」
長老会議から三日後の放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと御機嫌な声が迎えてくれました。会長さんも嬉しそうです。
「ほら、許可証。学園祭の期間中、ぶるぅの部屋を公開することを認める…ってさ。だからね、入り口を確保しないといけないんだ。普通の人には入れないから」
「「「あ…」」」
そうでした。このお部屋はサイオンを持つ仲間だけに見える壁の紋章に触れ、壁を通り抜ける形で出入りする仕組み。一種の瞬間移動なのだと聞いていますが、公開中は普通の人にも瞬間移動してもらうとか…?
「う~ん…。理屈では可能なんだけどね。それに普通の人でも波長が合えば入ってこられることもある。ぶるぅの部屋が何処かにあると言われてきたのはそのせいさ」
迷い込んだ人が何人かあるのだ、と会長さんは教えてくれました。
「身近な例で言えばサムがそうだね。入試の前に来ただろう? ぶるぅに頭を噛んでもらいに。あの時はサイオンの因子も無かった筈だよ、入学式の後でぶるぅが手形を押したんだから」
「…言われてみればそうだよな…」
サム君が首を捻っています。
「毎日ここに入り浸ってるから忘れてたけど、俺、ブルーがみんなに送ったっていう思念波を聞いていないんだっけ。ぶるぅの手形で仲間になれて、ブルーにも会えて幸せだけどさ。…手形を押して貰う前に来られたってことは因子がなくても縁があったとか?」
「…ふふ、縁結びの御縁とか? ぼくと公認カップルだしね」
「えっ、べ、別にそういうわけじゃ…!」
純情なサム君が真っ赤になると会長さんは「そう?」と綺麗に微笑んで。
「ぼくは縁結びでもかまわないけど、あの時サムが求めていたのは縁は縁でも別物だろうね。この学校との御縁だろう? 何が何でも入学したい、と」
「うん…。楽しそうな学校だって聞いていたけど、俺の成績では難しいし…」
藁にも縋りたかったのだ、とサム君は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に初めて来た時のことを語り始めました。
「この学校には座敷童子みたいに滅多に見られない子供がいてさ…。特別な部屋に住んでるんだ、って。それを見つけて頭を噛んで貰うことが出来たら、どんな試験も一発合格間違いなし、って聞いたんだよ」
「…それは獅子舞と混ざってないか?」
突っ込んだのはキース君。
「前から気になっていたんだけどな…。祭りの時に獅子舞の獅子に頭を噛んで貰うと病気をしないと聞いてるぞ。…子供限定だが」
「おや。キースも気付いていたのかい?」
奇遇だねえ、と会長さんがウインクしました。
「ぼくもそうだと思っていたんだ。何処かで獅子舞と混ざったんだろうね、手形なんてピンと来ないから…。合格するなら、ぶるぅの手形!」
「…俺は頭を噛んで貰うと聞いたんだよ」
前の学校で噂だった、とサム君は力説しています。
「でもさ、マントをつけた小さな子供だとしか知らなかったし、根性で探すしかないと思ってさ…。こう、お守りをギュッと握って学校中を」
「お守りね…。それが効果を発揮したのさ」
会長さんが笑みを浮かべて。
「サムは霊感があるだろう? サイオンとは少し違うけれども、念じる力は強いわけ。お守りを握ってぶるぅの部屋を探したってことは、必死に念じていたんだよ。強い思いは力を生む。…因子がなくてもぶるぅの部屋に入れるほどにね」
「そうだったのかぁ…。ごめんな、ぶるぅ。殴っちまって」
また謝っているサム君ですが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は全く気にしていませんでした。
「ううん、平気! ぼく、サムのこと大好きだもん」
だってブルーの大事な人だし、とニッコリ笑う「そるじゃぁ・ぶるぅ」。公認カップルの意味は子供なりに分かっているようです。会長さんも大きく頷き、サム君の肩をポンと叩いて。
「ぼくとサムとは結果的に縁があったんだけど、普通の人はそうはいかない。強く念じないと入れない部屋じゃ一般公開できないしね…。当日はドアをつけるんだ」
「「「ドア?」」」
「そう。キースのバーストで全壊した時、こんなこともあるかと思って手配した。…そこに」
会長さんが指差したのは何の変哲もない壁でした。あの壁の何処にドアがあると?
「壁紙で隠してあるんだよ。生徒会室から見ても同じだ。そして普段はサイオンでシールドされてて開かない。公開前日に業者の人に壁紙を剥がして貰ってドアノブをつけて出来上がり…とね」
工事自体は簡単なのだ、と説明してくれる会長さん。そんな仕掛けをしたとは知りませんでした。お部屋の公開計画といい、会長さんはやはり仲間の未来のために色々と考えているソルジャーでもあったみたいです。…普段は悪戯三昧ですけど…。

こうして「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋の一般公開が決定しました。出入り口になるドアの工事は全壊した時に修理を任せた業者さんがしてくれますし、私たちの出番はありません。公開当日の案内係も大した仕事があるわけでもなく、学園祭の準備に忙しい生徒たちを横目にのんびりまったり。たった一つだけ変わったことは…。
「…キース、やっぱり来なかったね…」
今日は来るかと思ったんだけど、とジョミー君が言いました。キース君は一週間以上学校に来ていないのです。大学の講義日程からして今日は空いてる筈なんですが…。
「そうですよね。いつもなら丸一日うちの学校にいる日ですよね、キース先輩」
一般教養は出なくても楽勝みたいですし、とシロエ君。勉強家のキース君は専門科目の講義も内容を先取りしているらしく、試験は絶対大丈夫だから…と大学の友人に代返を頼んでシャングリラ学園に来ていることもあるほどでした。ですから今日は会えると思っていたんですが…。
「キースは慎重になってるんだよ」
会長さんが口を挟んだのは放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋。今日のおやつはタルトタタンです。
「ほら、髪型のことがあるからね…。カツラをかぶったことにして押し通すとは言っていたけど、修行の間はそうはいかない。…でも、うちの学校で五分刈り姿は嫌だと思うし、普段の髪型に戻してしまってそのまま忘れていたらどうなる? 修行中はこっちに来ないのが一番なんだよ」
「そっかぁ…。じゃあ、まだまだ先だね、キースに会えるの」
退屈だよね、とジョミー君が大きな欠伸をしました。
「修行の息抜きに来るかと思っていたのになぁ…。ブルーもあんなに誘ってたのに」
「まあね。だけどキースは一度決めたら一直線なタイプだから…。今日で半分は過ぎたっけ? 再来週にはきっと会えるさ、自称カツラのキースにね」
クスクスと笑う会長さん。そう、キース君はついに道場に入ったのでした。五分刈りにするのは道場入りの前夜だから、とかで私たちが最後に会った日はいつも通りのヘアスタイル。その後のことは知りません。今頃はきっと璃慕恩院で朝晩みっちり修行の日々を…。
「璃慕恩院に行ったんじゃないよ?」
「「「えっ!?」」」
訂正を入れた会長さんに私たちはビックリ仰天。修行といえば璃慕恩院だと思っていたのに…ジョミー君とサム君が修行体験をしたのも璃慕恩院なのに、キース君はいったい何処へ?
「修行道場はカナリアさんさ」
「「「カナリアさん???」」」
なんですか、その可愛い名前は? 璃慕恩院をリボン院だと小さい頃に勘違いした私ですけど、カナリアさんは初耳です。ジョミー君たちも知らないらしくて小鳥がどうこうと騒いでいますが、会長さんが。
「違う、違う。鳥のカナリアじゃなくってさ…。そうか、お寺関係の人かお年寄りしか言わないかもね、カナリアさん。本当の名前は光明寺って言うんだけども、お寺には何々山っていうのがつくだろ? それがカナリア」
キース君が行ったのは迦那里阿山・光明寺という大きなお寺だそうです。光明寺よりも親しみやすい、と付いた通称が『カナリアさん』。なんとも可愛い名前ですけど、実態は…。
「あそこは修行専門の道場なんだよ。璃慕恩院でも修行できるけど、キースが目指してる住職の資格を取るヤツとかがメインでね。なんと言っても総本山だし…。カナリアさんの方は修行を積むのが目的だから、年単位での厳しいコースもあるんだよ」
えっ。会長さんの属する宗派は厳しい修行は無いと言ってませんでしたっけ? みんなも口々に尋ねています。会長さんは苦笑しながら丁寧に解説してくれて…。
「つまりさ、カナリアさんでの修行は掃除以外は運動せずに読経と勉強。厳しい修行をしている人は家族と連絡を取るのもダメだし、精神的にキツイよね。そんな所へ行っちゃったから、きっとキースも大変だろうと」
「「「………」」」
なんとも驚きの事実でした。カナリアさんこと光明寺はアルテメシアの市街地の外れの小高い丘に建つお寺ですけど、麓は普通の住宅街。そこを抜ければ花街のパルテノンも近いというのに、丘の上は別の世界でしたか…。
「だからキースは此処へは来ないさ。…分かっちゃいたけど、つまらないかな」
会長さんの呟きに私たちの心臓が跳ね上がりました。この流れ、危なくないですか? 会長さんが退屈するとロクな結果にならないことは既に学習しています。触らぬ神に祟りなし、と私たちは無言を通したのですが…。
「うん、つまらないよね。…このままじゃやっぱりつまらない。修行の醍醐味は高飛びだし!」
「「「高飛び?」」」
しまった、うっかり反応しちゃいましたよ! 会長さんはニヤリと笑うと「そう、高飛び」と繰り返して。
「修行期間中に道場を抜け出して遊びに行くことを高飛びと言う。せっかくだからキースの所に面会に行って、そのまま高飛びさせちゃおう! そうと決まれば…」
資金調達、と会長さんは立ち上がりました。私たちは家に「遅くなります」と連絡させられ、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の後に続いて本館へ…。資金調達と言えば本館、本館と言えば教頭室。先日の麻雀でブービー賞の教頭先生、今度こそツキが落ちそうです…。

お馴染みになった重厚な扉を会長さんが軽くノックし、「失礼します」と入って行くと教頭先生は羽根ペンで書類チェックの最中でした。
「なんだ、ブルー? ぶるぅの部屋の工事のことなら発注済みだぞ、工務店から実施時間の連絡も来ている」
「ありがとう。あの時は色々お世話になったね、長老会議でも頑張ってくれたみたいじゃないか」
「それはまあ…。私も一応、キャプテンだからな。仲間たちの未来についても責任がある。お前の言うようにサイオンのことは少しずつでも広めてゆく方がいいだろう。そう思ったから同意した。ゼルとエラも分かってくれたし、後は騒ぎを起こさんようにな」
なんと言っても学校行事だ、と教頭先生は釘を刺すのを忘れません。
「分かってるよ。ぶるぅの部屋が人気を呼ぶよう、普通の人に受け入れられるよう、誠意を持って公開する。…だから工事をよろしく頼むよ、ドアのない部屋は変だものね。…それと、お願いがあるんだけれど」
「お願いだと? まだ何かあるのか、足りないものが?」
「うん。…軍資金が」
「軍資金だと? 予算はキッチリ出した筈だぞ、お前が要求してきた分を」
不審そうな顔の教頭先生。『そるじゃぁ・ぶるぅを応援する会』は特に何をするというわけでもないのに、会長さんは学園祭の準備委員会に予算を要求したのでした。どう考えても私たち用の飲食費だと思うんですけど、通ってしまったのは流石ソルジャーというか何と言うか…。
「そっちの方じゃないんだな」
チッチッと人差し指を左右に振って見せる会長さん。
「これから慰問に行ってくるんだ。ちょっと用立ててほしくってさ」
「…慰問? 聞いていないぞ、何処の施設だ? それに慰問に行くんだったら生徒会の予算か、学校の方に頼むのが筋と言うものだろう。個人的な慰問の場合はお前が出せばいいと思うが」
「うーん…。個人的には違いないけど、ハーレイにもカンパを頼むべきだと思うんだよね。だってキースの慰問だよ? 柔道部の可愛い弟子だろう?」
「は…?」
教頭先生はポカンと口を開けました。そりゃそうでしょう、慰問と言えば普通は施設に行くものです。福祉施設とか行き先は多々ありますけども、たった一人の対象者のために慰問というのは…皆無じゃなくても珍し過ぎます。しかもキース君は慰問を受ける立場ではなく、お坊さんの肩書きからして慰問する方じゃないのでしょうか?
「分からないかな、慰問だってば。ほら、慰問にも色々あるだろ、戦場の兵士を見舞うとかさ。…キースは最前線で奮闘中だよ? 修行道場は大変なんだ」
「ああ、あれか…。なんと言ったか、柔道部に休部届が出ていたな」
「それのことさ。特別生はいつでも好きに学校を休めるけれど、キースときたらグレイブ宛にも欠席届を提出してた。そんな生真面目な彼が修行中だ。ここは励ましてあげないと」
「………。面会に行くと言うなら分かるが、なぜ軍資金が必要なんだ? 手土産か? だったら…」
これで菓子折りでも買いなさい、と教頭先生は財布からお札を三枚出しました。けれど会長さんは即座に首を横に振って…。
「ゼロが足りない。ついでに数も足りないよ。…焼肉を食べに行くんだからさ」
「「「焼肉!?」」」
教頭先生ばかりか私たちまで目が点でした。キース君は精進料理を食べて修行していると聞いています。なのに焼肉って…第一、食べに行くなんて言えば教頭先生に高飛びがバレるじゃないですか! 案の定、教頭先生は眉間に皺を寄せています。
「焼肉だと? キースは修行中だろう? 昼間は大学に行くと聞いたが、寺で寝泊まりしている筈だ。それを連れ出そうと言うのか、お前は?」
「もちろん。正しい修行のあり方というのを伝授しようと思ってね」
悪びれもせずに答える会長さんですが、教頭先生は渋い顔。
「…お前が高僧として有名なのは知っている。キースを連れ出すのも簡単なのかもしれないが…焼肉というのは感心せんな。第一、あれは匂いが残る」
「平気だってば、そういうのはね。…それよりも、お金。持ってないなんて言わせないよ。こないだの麻雀、負けたとはいえブービー賞でかなり割戻しがあっただろう? せめてこれだけ」
会長さんが出した指の数に教頭先生は目をむきました。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、ブルー! そんなに出したら給料日までの食料が…」
「米と味噌だけにはならないと思う。たまにはカップ麺も買えるよね? 財布の中身は読めてるんだ。それにタダとは言わないし」
今なら出血大サービス、と会長さんは宙に封筒を取り出すと…。
「この前、ツキまくりの写真をあげただろう? 他にも色々あるんだよ。ブルーもノルディもスキモノらしいね、セクシーショットが何十枚も…。厳選したのがここに十枚。軍資金をくれるんだったら渡してあげるよ、鼻血で失血死できるレベルのブルーの写真」
「…………」
ゴクリと唾を飲む教頭先生。本当に分かり易いです。それから間もなく会長さんは軍資金を手に入れ、教頭先生は交換に封筒を受け取りました。
「いいかい、ハーレイ。学校で恥をかきたくなければ家に帰って開けるんだよ? なんと言っても十枚だからね」
「うむ…。気をつけて行って来なさい」
修行の妨げにならないように、と注意しつつも教頭先生の頬は緩んでいました。バニーちゃん姿のソルジャーのセクシーショットが十枚ともなれば無理ないですけど、会長さんったら自分でなければ瓜二つの人のアヤシイ写真を平気でプレゼントしちゃえるみたいですねえ…。

教頭室での攻防戦から一時間ほど経った頃。晩秋の日暮れは早く、もう真っ暗になった光明寺の客間に私たちは座っていました。会長さんはここでも顔パス。正確に言うとタクシーで乗り付けた門前で誰かと携帯で話し、お迎えのお坊さんが駆け付けてきて…という展開です。
「失礼致します。キースさんをお連れしました」
どう見てもキース君より修行が板についていそうな若いお坊さんが襖を開けてお辞儀をします。その後ろでは五分刈り頭のキース君が作務衣で平伏していました。そんな二人に声をかけたのは光明寺で一番偉いと聞く老僧。
「おお、食事前に呼んですまんのう。…キース、お前にお客さんじゃ」
「…はい…?」
顔を上げたキース君の表情が凍り、会長さんが微笑んで。
「食事、これからだったんだろう? 精進料理も飽きただろうし、そろそろ高飛びの時期かと思って…。ぶるぅもみんなも連れて来たから一緒に行こうよ、表にタクシーを待たせてあるんだ」
「えっ…。ちょっ……」
言葉も出ないキース君に老僧が穏やかな笑みを湛えて…。
「いいから一緒に出掛けなさい。このようなお誘いがあるというのも御仏縁じゃ。色々とためになるお話も聞けるじゃろうし、それも修行の内じゃでな」
「は…。で、でも…」
「朋輩に顔向け出来んと言うのか? わしが許すと言っておるのじゃ、これも御仏のお導きじゃ。今夜はお前は気分が悪うて別の部屋で休むと言うておく。帰りの時間も問題ない、ない」
大丈夫じゃ、と背中を押される形でキース君は作務衣のままで私たちとタクシーに乗り込みました。行き先は「そるじゃぁ・ぶるぅ」お勧めの焼肉店です。お店の構えもお肉も高級、個室あり。けれどキース君は個室に案内されても五分刈りをキープし続けました。
「どうして元に戻さないのさ? お店の人も気にしてないよ」
見ちゃいないもの、とジョミー君が言ったのですが。
「…これだけは譲れん。お前たちにも会わずに懸命に修行に励んでいたのに、押しかけられてこの始末だ。形くらいは守らせてくれ」
「そんなものなの? でも焼肉は食べてるよね」
「うっ…。それはブルーに言ってくれ! 高飛びしたら普段は食えない物を食うんだ、とブルーが俺に言ってくるから…!」
それは嘘ではありませんでした。サラダや野菜ばかりを頼もうとしたキース君に肉を勧めたのは会長さんです。栄養をつけなくては身体が持たないとか、感謝して食べれば問題ないとか…。トドメの一言が「老師には焼肉を食べさせに行くと言ってある」でした。開き直ったキース君、もうガーリックまで焼いてます。ここまできたら匂いも気にしないってことなんでしょうね。
「葷酒、山門に入るべからず…か。キース、君もなかなか根性があるよ」
「「「クンシュ…?」」」
首を傾げる私たちに会長さんが教えてくれた所によると、ニラやニンニク、お酒などはお寺では禁止って意味らしいです。座禅をするお寺なんかは今でも『不許葷酒入山門』と書かれた石碑があるそうですが、会長さんの宗派ではそこまでは書いてないのだとか。けれど一応、心得として修行の間はニンニク厳禁。ガーリックはもちろんニンニクです。
「いいんですか、キース先輩? そんなモノまで食べちゃって…」
心配そうなシロエ君にキース君は。
「無理やり高飛びさせられたんだぞ、体裁なんか気にしてられるか! どうせなら羽目を外してやる! …まあ、酒は流石に飲まんがな…」
未成年だし、と踏みとどまっているキース君を他所に「そるじゃぁ・ぶるぅ」はチューハイなんかを頼んでいます。すぐ酔っ払って眠くなるのに、少しだけ寝ると復活するのはタイプ・ブルーならではでしょうか。会長さんもザルですし…。今日も地酒を注文しては手酌で好きに飲み放題。
「ところでさ…。キースもいい感じに緊張が解けたようだし、ちょっと相談があるんだけども」
会長さんがよく焼けたお肉に特製のタレを絡めて頬張りながら言いました。
「相談? …俺に何の用だ?」
「あ、君だけじゃなくて、みんなに相談。そのために一席設けたわけではないけどさ」
まずは聞いてよ、と膝を乗り出す会長さんの赤い瞳は悪戯っぽく煌めいています。相談って…何? キース君を高飛びさせてまで何をしようとしてるんですか~?

「…何の相談かと思ったら…」
気が抜けた、とキース君が呆れた声で呟いたのは少し後。私たちも安堵した半面、ちょっぴり肩すかし気分です。
「だって…」
やりたかったんだもん、と膨れっ面なのは酔っ払いから復活してきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ぼくのお部屋を使うんだよ? やっぱりお料理したいもん! それに学園祭ってお店を出してるクラブもあるし、ぼくもお店をやりたいんだもん…。ブルーに言ったら予算が出たから喫茶店にしたらいいよ、って!」
「そりゃまあ…反対する理由はないですよねえ?」
喫茶店くらい、とマツカ君が尋ね、サム君が。
「だよな。俺たちが料理をするわけじゃなくて、ぶるぅが全部やるんだもんな。お客さんが大勢来たら俺たちの居場所が狭くなる…って所くらいか、問題は?」
「そうだよねえ。でもさ、奥の部屋ならのんびりできるよ、椅子を置いてさ」
普段は使わない部屋なんだし、とジョミー君が言うのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の作業部屋。ミシンが置いてあったりしますが、きちんと整理されているので人数分の椅子が並べられそう。お部屋公開の間くらいは快適なソファにお別れしたっていいですよね?
「ぶるぅの部屋が塞がるんなら、催し物を見に出掛けるって手もあるぞ」
俺たちはすっかり暇なんだし、とキース君がニッと笑いました。
「部屋の公開なら案内係も必要になるが、喫茶店をするなら要らないじゃないか。入口あたりに二人ほど交替で立てば充分だろう」
「まあね。…じゃあ、喫茶店をやるってことでかまわないかな?」
会長さんの問いに私たちは揃って頷き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜びです。
「わーい! 何を作ったら喜ばれるかな? レシピも色々考えなくちゃ♪」
喫茶店、喫茶店…と個室の中を跳ね回った後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はクッタリと寝てしまいました。時計を見ればもう深夜です。タクシーを呼んで貰ってみんなで乗り込み、キース君を光明寺の山門前まで送って行って…。
「元気でやれよ~! 帰って来るのを待ってるからな!」
「シッ、静かに! サム、声が大きい」
老師公認とはいえコッソリだしね、と会長さんが指を唇に当てています。キース君は私たちに笑顔で手を振り、山門の奥に消えました。会長さんが手配していたのか、真っ暗な境内に迎えの人の懐中電灯の明かりが見えます。キース君の高飛びは無事に終わったようでした。
「お寺ライフは楽しまなくちゃね。…次の楽しみは学園祭だ。ぶるぅが腕を揮ってくれるし、喫茶店はウケると思うよ。なにしろ幻の部屋でやるんだからさ」
舞台も最高、とニッコリ笑った会長さんは私たち全員が家までタクシーで帰れるようにお金を渡してくれました。教頭先生から巻き上げてきたお金ですけど、素敵な写真と交換ですから問題なし。写真を貰った教頭先生、今頃はきっと鼻血の海に…。キース君も教頭先生も、いい夢を見て下さいです~!




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