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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

誕生月を過ぎても

   ※2010年ぶるぅお誕生日記念の短編です。
    ちょっと出遅れましたので「誕生月を過ぎても」になってしまいました…。




惑星アルテメシアの雲海に潜むミュウたちの船、シャングリラ。そこには白く輝く優美な船と人類が暮らす地上の街とを自由自在に行き来している謎の生き物が住んでいた。ミュウの長、ソルジャー・ブルーを幼児サイズに縮めたならばこうなるかも、という姿形に、名前までが長の名をそのままパクッたような「そるじゃぁ・ぶるぅ」。…しかし中身は孤高の長とは似ても似つかぬ悪戯小僧で、長老たちのお小言すらも右から左に抜けてゆく。
「待ちなさい、ぶるぅ!」
今日もキャプテンの怒声がブリッジの空気を震わせた。下に広がる公園の芝生で「そるじゃぁ・ぶるぅ」がピョンピョン飛び跳ねている。
「やだよ、おやつの時間だもーん! アイスいっぱい買ってきたんだ♪」
言うなり「そるじゃぁ・ぶるぅ」の姿はかき消え、ブリッジに盛大な溜息が満ちた。
「…キャプテン、これってどうするんですか…」
「きちんと巻いて戻すしかあるまい。消毒すれば使えるだろう」
「いやいや、溶かして再生すべきじゃ! ばら撒かれたもので尻を拭くなど、わしにはとても耐えられん」
再生紙でないと使わんぞ、と断言するゼルやブリッジクルーの周囲の床にはトイレット・ペーパーが大量に転がっていた。ついさっき「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「パァーン!」とクラッカーの口真似をして公園から放り込んだのである。色とりどりの四角い色紙も混じり、さながら巨大花吹雪。…いや、明らかに巨大クラッカーだ。
「しかし、やるねえ」
ブラウが伸び切ってしまったトイレットペーパーを巻き取りながらチラリと公園の方を見た。
「クリスマス・パーティーのクラッカーがヒントだろうけど、ビッグサイズとは驚いた。確かにトイレット・ペーパーは使い勝手が良さそうだよ」
「だからといって資源の無駄遣いは許されないぞ」
眉間の皺を深くするハーレイにブラウは「そうだけどさ」と頷いてから。
「燃やしちまったわけじゃないんだし、これはこれで消毒するなり、再生するなり……まあ、それなりに使えるじゃないか。ぶるぅが元気なのはいいことだよ」
「…そうだな、悪戯は元気な証拠だな…。落ち込まれるよりマシとしておくか」
ハーレイも床に屈み込んでトイレット・ペーパーを巻き始めた。ゼルはまだブツブツと自説を主張し続けている。ブリッジ中に溢れ返ったトイレット・ペーパーは再生紙への道を辿りそうだ。

「…つまんない…」
その頃、悪戯を仕掛けた張本人は自分の部屋の炬燵でアイスを食べつつ暇と時間を持て余していた。新年恒例の青の間での麻雀大会も三が日のお祭り騒ぎも終わり、艦内はクリスマス・シーズンからの華やいだ空気が失せて火が消えたよう。それどころか『お屠蘇気分は三日まで』というスローガンの下、各セクションで整備や訓練などが始まっている。こうなってくると少々の悪戯では誰も騒がず、先ほどの巨大クラッカーの如く淡々と始末をされて終わりだ。
「ショップ調査に行こうかなぁ…」
ふと思い付いてアタラクシアの街をサイオンで探った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「ダメかぁ…」とガックリ肩を落とす。アイスを買いに出掛けた時には気付かなかったが、街からもお正月気分は消えていた。バレンタインデー商戦が幕を開けるまで「そるじゃぁ・ぶるぅ」好みのお祭りイベントは無さそうだ。小さな子供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」にバーゲンセールは楽しめない。
「つまんないよう…」
カラオケセットの電源を入れ、久しぶりに歌おうとマイクを握ってみたものの…。
「………」
前奏が終わらない内にマイクを置いて電源をプツリと切ってしまった。
「どうせ下手くそな歌だもん…。点数だってつかないもん…」
一人カラオケをしにアタラクシアの街へ何度も行ったが、採点機能がついている機種を試した時に嫌と言うほど思い知った。自分の歌がお話にならないレベルであるということを。シャングリラの劇場で得意になってリサイタルを開催しても、お客の入りは常に最悪。それはそうだろう、歌が上手くはないのだから。
「…リサイタルやってみたかったなあ…。満員の劇場で歌いたかったのに…。ブルーにも見に来て欲しかったのに…。サンタさん、ぼくのお願い忘れちゃった?」
クリスマス前に公園の入口付近にクリスマス・ツリーが立てられた。公園の中央にはもっと大きなツリーがあってイルミネーションの点灯式なども行われたが、入口のツリーはそれとは別に据えられたもの。ガラス玉や星のオーナメントが煌めく小ぶりのツリーはお願い専用ツリーだった。子供も大人もクリスマスに欲しいプレゼントと自分の名前を書いたカードを吊るすのだ。
「大人のカードは大人が持っていくんだよね。…ぼく、見てたもん」
女性が吊るしたお願いカードをキョロキョロ周囲を見回しながら持ち去る男性を何度か見かけた。逆もまた然り。それでもツリーに残ったカードはクリスマスの数日前に物資調達班が回収したし、大人用のプレゼントは彼らが用意したのだろう。だが、子供たちが吊るしたカードはクリスマスの日までそのままだった。

「サンタクロースはちゃんと何処かで見ているよ、ってブルーが教えてくれたのに…。みんなカードに書いたプレゼントをサンタクロースに貰っていたのに、なんでぼくだけダメだったのかな?」
長老たちが耳にしたなら「悪戯ばっかりしているからだ!」と即答されそうな疑問だったが、幸い、彼らはいなかった。そもそも「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋に踏み込もうという猛者が少ない。清掃班のみ仕方なく…、が現状である。悪戯されるか噛みつかれるかの二者択一ではそれが自然というものだろう。
「せっかくお願い書いたのに…」
綺麗な字でないとサンタクロースに読んで貰えないかも、と心配になった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は精一杯頑張ってカードを書いた。『お誕生日に劇場が満員になって、紫の薔薇の人も来てくれますように』と。紫の薔薇の人というのはブルーのことで、劇場には決して来てくれない。代わりに紫の薔薇の花束とカードを託された長老の誰かが現れるのだ。
初めてのクリスマスの時、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はサンタクロースに「ブルーと一緒に地球へ行けますように」と頼もうとしたが、それはブルーに止められた。サンタクロースからプレゼントを貰えるのは子供だけだからブルーと一緒というのは無理だ、と。以来、特にプレゼントを頼んではいない。だから今年のお願い事は叶うだろうと思っていたのに…。
「…プレゼントなんか要らなかったから、お誕生日リサイタルやりたかったな…」
クリスマスの朝、部屋には沢山のプレゼントが置かれていた。ハーレイがサンタクロースに扮して届けたのだが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は本当にサンタクロースが来たと信じている。そしてリサイタル開催が断られたらしいことも分かった。劇場に行くと大人たちが賑やかにクリスマス・コンサートの準備を始めていたからだ。クリスマスの日が「そるじゃぁ・ぶるぅ」の4歳の誕生日。その日に劇場が塞がっているならリサイタルはお流れ決定で…。
「サンタさんのケチ!」
悔しかったクリスマスを思い返して「そるじゃぁ・ぶるぅ」はプウッと頬を膨らませた。大好きなブルーから誕生日プレゼントは貰えたけども、それを披露しに行く気にもなれない。ブルーの補聴器を真似たヘッドフォン形の頭飾りの耳を覆う部分に被せる黄色いアヒルちゃんの形のカバー。
「アヒルちゃんをくっつけて劇場で歌いたかったのに…。ブルーにも見せたかったのに!」
ブルーは「船の中も満足に視察出来ない自分が劇場へ行くというのは好ましくないから」とリサイタルへの出席を拒んでいる。サンタクロースに頼めば地球行きは無理でも劇場くらい…と考えた自分が甘すぎたのかもしれなかった。
「他のものにすればよかったかなあ? 新しいカラオケマイクとか…」
新型が次々出てるもんね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は溜息をつく。しかし今となっては手遅れだ。クリスマスはとっくに終わってしまって、お正月まで過ぎ去った。悪戯は殆ど手応えがないし、何もかもつまらないことばかり。
「サンタさんのバカ…」
座っていた炬燵からゴソゴソ這い出し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はお気に入りの土鍋に収まった。こういう時はフテ寝に限る。夢の中で思う存分歌えばいいや、とカラオケマイクを抱き締めて…。

悪戯小僧が眠ってしまったシャングリラではハーレイが各部署に檄を飛ばしていた。青の間のブルーから連絡を受けて戦闘訓練の真っ最中だ。
「音波発信、10秒前! 総員、対ショック、対騒音防御!」
シャングリラ中に緊張が走る。ブリッジクルーも防御セクションも一般のミュウも自分自身のサイオンを高め…。
「3、2、1……シールド展開!」
全員が身体の周りにシールドを張った次の瞬間、艦内に大音響が響き渡った。
「ねえ♪ 答えはないお~ん!」
それは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の破壊力抜群の歌を録音したもの。何曲ものメドレーが流れ、シールドを保てなくなった者が耳を塞いで苦悶する。三半規管を狂わせる歌はサイオンも乱し、歌声を直接耳にするのはミュウにとっては拷問だった。…ただし絶好調の時の歌のみだが。
「この程度のことで怯んでどうする! まだまだ続くぞ、フィナーレまで残り3曲だ!」
ぐえぇっ、とカエルを踏み潰したような悲鳴が上がっても「そるじゃぁ・ぶるぅ」ヒットメドレーは止まらなかった。締めの『かみほー♪』が終わる頃には艦内は死屍累々で…。
「駄目です、ソルジャー。…やはり全員に耐えろと言うのは無理があるかと…」
ハーレイの報告に、スクリーンにブルーの姿が映し出された。
「御苦労だった。しかし本番では全部の曲がこの調子ではないだろう? せいぜい最初の3曲くらいだ。…まあ、アンコールを求められたらテンションが上がって全力で歌い始めるだろうが…。すまない、明日も訓練を頼む」
「明日もですか!?」
「…当日を迎えるまで何度でも、だ。明日からはぼくも参加しよう。シールドを保てなくなった者をフォローする」
「しかし!」
お身体に負担が…と言いかけたハーレイをブルーが遮る。
「大丈夫だ。ぼくも訓練しておいた方が心の準備が出来るからね。どの程度の力が必要なのかを見ておかなくては。本番ではドクターに待機して貰うし、医療班も配置する。…ドクターと医療班のシールド補助が最優先だな、倒れられては治療が出来ない」
「…そこまでしてでも実行しようと?」
「サンタクロースは子供のお願いを聞くものだよ。…一昨年、ぶるぅはクリスマスどころじゃなかったんだ。もう忘れたとは言わないだろうね?」
「……覚えております……」
ハーレイが答え、ブリッジにいた長老たちも頭を下げた。一昨年と言っても一年ちょっと前のことだが、長老たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」をソルジャー候補として厳しく訓練しまくったのだ。結果的にソルジャー候補にはならなかったものの、訓練で疲れ果ててしまった「そるじゃぁ・ぶるぅ」はクリスマス・パーティーにも出ずに爆睡していた。これには流石にシャングリラ中のミュウが可哀想という気持ちを抱いたわけで…。
「あの一件を覚えているなら、叶えてやってもいいだろう? 訓練期間のことも考えてクリスマス当日は避けたんだ。…そして年末年始はイベントなどが目白押しだし、皆も楽しみにしていたし…。お屠蘇気分が抜け切ってから訓練開始と思ったんだが」
それに、とブルーは付け加えるのを忘れなかった。
「本物の戦闘となったらあんなものでは済まないよ。想像してみたまえ、シャングリラに爆弾が降り注いできたらどうなると思う? ぶるぅの歌には殺傷力は無いのだからね、精神集中の特訓のつもりで頑張ってほしい。それも出来ない乗員たちならシャングリラが沈められても文句は言えない」
「承知いたしました…」
続けます、とハーレイは悲壮な面持ちで言った。そして戦闘訓練と名付けられたそれは「そるじゃぁ・ぶるぅ」がアタラクシアへ買い物に出掛けた隙や昼寝している時間を狙って二週間ほど続行されて…。

「えぇっ!?」
ある日、久しぶりのショップ調査から戻った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は部屋の前で待っていたハーレイの言葉に仰天した。扉にぶら下げてあった『おでかけ』と書かれた札を手にしたままで目を丸くして立っている。
「…リサイタル? ぼくの?」
「そうだ。劇場にはいつものように私の名前で貸し切り予約を入れてある。夕食が済んでから開幕だ」
「でも…。ぼく、リサイタルをするって言ったっけ?」
「いや。私の所にサンタクロースから手紙が来ていた。ぶるぅの誕生日リサイタルをするように、と書いてあったが、クリスマスの日は他の予約があったからな…。ソルジャーに相談したら一月遅れでいいんじゃないか、と仰ったのだ」
だから今日だ、とハーレイは身体を屈めて「そるじゃぁ・ぶるぅ」の顔を覗き込んだ。
「1月25日だろう? クリスマスからちょうど一ヵ月だな。…どうだ、一月遅れじゃ嫌か?」
「ううん!」
満面の笑みを湛えて「そるじゃぁ・ぶるぅ」は部屋の扉を開け放った。
「わーい、お誕生日リサイタルだぁ! すぐに練習しなくっちゃ!」
カラオケセットの方へとすっ飛んで行く「そるじゃぁ・ぶるぅ」の背中に向かってハーレイは叫ぶ。
「戸を開けたまま練習するな! 音が漏れると体調を崩す者がいるからな! それとステージ衣装を忘れないように、とソルジャーからの伝言だ!」
「…ステージ衣装?」
扉を閉めに戻ってきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が首を傾げる。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の服はブルーの衣装によく似た意匠で、着替えもそれで統一されていた。ゆえに特別な服など無い筈なのだが…。
「誕生日にプレゼントを貰っただろう? アヒルちゃんの耳飾りだ」
ハーレイはそう応じてから「ちょっと違うか…」と呟いて。
「耳飾りではないな、ピアスではないし…。耳当ての上に被せるものらしいが」
「あっ…」
あれのことか、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は閃いたようで。
「じゃあ、ハーレイにも教えてくれた御礼につけてあげるね! はい、ウサギ耳~!」
ハーレイの頭にポフッと載せられたのは真っ白なウサギ耳がついたカチューシャだった。このパターンは確か数年前にも…、とハーレイは部屋の壁の鏡に写った自分の姿にデジャビュを覚える。あの時のウサギ耳は新年の麻雀大会が発端で…。
「あのね、ウサギさんは今年の干支なんだって! ショッピングモールで子供のお客さんに配ってたんだ」
子供用だからハーレイには小さすぎるよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がケタケタ笑い転げる。ウサギ耳が前回にも増してミスマッチなのはそのせいか、とハーレイは酷い疲れを覚えた。引っ張ってみたがカチューシャは頭に張り付いてビクともしない。
「一週間ほど取れないよ、それ。リサイタルは耳が多い方が音がクリアに聞こえていいよね♪ ウサギさんの耳と合わせて四つ~!」
じゃあね、と扉がパタンと閉まった。早速カラオケの練習だろう。ハーレイは回れ右をし、誰とも顔を合わさないよう緊急用の通路を通って青の間に駆け込んで行ったのだが…。
「おや、ハーレイ。ウサギ耳とは懐かしいねえ…。あの時は君が猫耳でウサギの耳はゼルだったっけね。…リサイタルに備えて仮装かい?」
なかなか気の利くキャプテンだねえ、と笑顔で褒められ、ハーレイはとても言い出せなかった。このウサギ耳を外してくれ、と…。更にブルーにリサイタルの司会と進行を任せられてはどうにもならない。晒し者になる我が身を思って心の中で男泣きに泣くハーレイをブルーが笑いを噛み殺しながら見送ったことにも、ハーレイは当然気付かなかった…。

一ヵ月遅れの誕生日リサイタル開催に「そるじゃぁ・ぶるぅ」はワクワクしながらブルーに貰ったアヒルちゃんの飾りを補聴器もどきに取り付けた。黄色いアヒルちゃんが2羽も頭にくっついているのは嬉しいものだ。これでブルーがリサイタルに来てくれたなら、どんなに楽しいことだろう。
「でも……ブルーはきっと来ないよね…」
紫の薔薇が50本とカードを預かってくるのはハーレイに決まっている、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は頭から決めてかかっていた。だから悪戯と八つ当たりを兼ねてウサギ耳カチューシャをくっつけたのだ。
「サンタさん、いい子にしなさいって言ってなかったみたいだし! 満員のお客さんもブルーもいるわけないもん、どうせハーレイだけだもん…」
薔薇を届ける役回りは圧倒的にハーレイのことが多かった。その理由はハーレイが防御能力に優れたタイプ・グリーンだったからだが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自分の歌が下手くそなことは分かっていても破壊力があるとまでは思っておらず、船長職は暇なのだろうと解釈している。きっと今夜も会場にはハーレイ一人だけだ。
「でもでも、お誕生日リサイタルは出来るんだもんね! サンタさん、お願いを少しは聞いてくれたんだぁ!」
歌って歌って歌いまくろう、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はウキウキ通路を跳ねてゆく。劇場のあるエリアに入るとテレポートをして楽屋入り。音響機器は劇場スタッフが整えてくれている筈だ。…もっとも彼らはセットを終えたら逃げ出してしまい、歌を聴いてはくれないのだが…。
「そろそろかな?」
完璧に防音された楽屋で時計を見ていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はハーレイに教えられた開幕の時間に合わせて舞台の方へと出て行った。眩いライトが光っている。七色に輝くミラーボールにスモークも…。最高の気分で歌えそうだ、と舞台袖から出た瞬間に。
「「「ハッピーバースデー、そるじゃぁ・ぶるぅ!!!」」」
大歓声が観客席から飛んできた。
「え? えぇぇっ!?」
劇場は超のつく満席状態、立ち見の人も大勢いる。どうなったのか、とキョロキョロ見回した瞳にウサギ耳をつけたハーレイが映り、そのハーレイはマイクを持っていて…。
「ぶるぅ、誕生日おめでとう。サンタクロースが満員のお客さんを呼ぶようにと手紙に書いていた。…もちろん嫌がる者も多かったのだが、お前の誕生日のお祝いだからと最終的には殆ど全員揃ったぞ。持ち場を離れられない者以外はな」
「……そうなんだ……」
会場を埋め尽くす人々を見た「そるじゃぁ・ぶるぅ」はクリスマスから後にやらかしてきた悪戯をちょっぴり反省した。噛みついてしまった人や蹴飛ばした人、他にも色々…。それなのに皆がリサイタルを聴きに来てくれている。でも…。
(どうせブルーはいないんだ…)
スウッと深く息を吸い込み、声の限りに歌い始める。観客はすぐに耳を塞いでしまうだろう。…そんな光景には慣れっこだ。あちこちのセクションに押し掛けて行っては歌いまくってきたのだから。なのに…。
(???)
割れんばかりの拍手に手拍子、ペンライトを振る人もいる。調子っぱずれな歌に合わせて会場が揺れる。まるで本物のリサイタルだ。映像でしか見たことが無いが、プロの歌手が歌う会場ではこんな具合で…。
(気持ちいい~! サンタクロースって凄いんだ♪)
歌い踊りながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」はリサイタル気分を満喫していた。これで会場にブルーがいてくれたなら最高なのだが、サンタクロースにそこまで出来はしないだろうし…。と、観客席の中央辺りに青い光がチラリと見えた。まさか…。
(ブルー!!?)
そこにはフィシスを従えたブルーが花束を抱えて座っていた。紫の薔薇を束ねたものだ。サンタクロースは『紫の薔薇の人も見に来てくれますように』というお願いも聞いてくれたのだ!
「かみお~ん♪」
曲の途中だったというのに「そるじゃぁ・ぶるぅ」は感激のあまり十八番の『かみほー♪』を始めてしまった。本来はアンコール用に最後まで取っておく、どんな時でも絶好調で歌える曲。湧き返る会場でブルーが全力を尽くして皆のシールドを補助したことも、満席の観客を守り抜くためにブルー自らが会場入りをしていたことも「そるじゃぁ・ぶるぅ」は知る由もない。もちろんそれまでの艦内一斉訓練のことも…。

最後は総立ちになったリサイタルを終え、アンコールの『かみほー♪』を歌い上げた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が立つステージにブルーが薔薇の花束を抱えてやって来た。
「ごめんよ、ぶるぅ…。みんなが立っていたというのに、ぼくだけ椅子に座ったままで」
詫びるブルーに「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「ううん」と首を横に振る。
「ブルーがいてくれただけで嬉しかった! 全部サンタさんのお蔭なんだね」
「そうだね。ぶるぅのリサイタルを初めて見られて嬉しいよ。シャングリラ中のみんなが集まる場所なら、ぼくも堂々と出てこられるから…。はい、ぶるぅ。…直接渡すのは初めてだね」
ブルーが差し出した紫の薔薇を「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜びで受け取った。ついに『紫の薔薇の人』と劇場で会うことが出来たのだ。一ヵ月遅れの誕生日だろうが構わない。こんな誕生日なら半年遅れでも一年遅れでも全然、全く気にしない。
「そのアヒルちゃんも似合っているよ。ぶるぅ、誕生日おめでとう」
これを言うのは二度目だけどね、とブルーはニッコリ微笑んだ。それが合図であったかのように。
「「「誕生日おめでとう、そるじゃぁ・ぶるぅ!!!」」」
盛大な拍手の嵐が起こり、クラッカーがあちこちで鳴らされた。客席の後ろの扉が開いて大きなバースデーケーキを御神輿さながらに担いだ厨房のスタッフたちが入ってくる。1歳の誕生日に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がリクエストした巨大ケーキよりも更に大きく、担ぐだけでも大変そうだ。
「あれもサンタクロースが注文していったみたいだよ」
全部ハーレイに聞いたんだけど、とブルーはウサギ耳をくっつけたままの船長の方へと視線を向けた。
「だからね、ぶるぅ? ハーレイはサンタクロースの注文を実行するために頑張ったんだ。ウサギ耳をくっつけられたままじゃ可哀想だよ。誕生日パーティーが終わった後でいいから外しておあげ」
「うん! えっ、パーティー?」
「お誕生日のパーティーさ。一月遅れになっちゃったけど、クリスマスにはお前が拗ねていたからねえ…。誕生日は一年に一度きりだし、最高の気分でお祝いしなくちゃ。ほら、ケーキをカットするのを手伝っておいで」
悪戯せずにね…、と指示したブルーは満場の観客に微笑みかけて。
『ぼくの我儘に付き合ってくれてありがとう、みんな。…ぶるぅのリサイタルを見に来られたことに感謝する。訓練ではとても苦労をかけたし、ぶるぅの悪戯も治りそうにはないけれど……どうか、これからも』
ぶるぅをよろしく、と伝えられた思念はブルーによってブロックされて「そるじゃぁ・ぶるぅ」には届かなかった。代わりに沸き起こる「お誕生日おめでとう」コール。切り分けられたケーキがお皿に乗せられ、会場中に配られてゆく。戦闘訓練と称して実戦さながらにシールドを張り、消耗した身体に甘いケーキは絶品だろう。
悪戯小僧な「そるじゃぁ・ぶるぅ」、本日をもって目出度く4歳。一月遅れの誕生日でも、心の底から祝い合える日がきっと本当のバースデー。
「そるじゃぁ・ぶるぅ」、4歳の誕生日おめでとう!




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