シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が生まれた伝説の島、アルタミラ。その島が火山の噴火で海に沈んだ日に行われる灯籠流しに参加した私たちの旅はいつもと全く別物でした。二泊三日も会長さんと一緒にいたのに、なんの騒ぎも悪戯も無し。こんなことは一度も無かっただけに、すっかり調子が狂ってしまって…。
「本当にこれでいいのかな?」
ジョミー君が首を傾げたのは旅から数日経った朝。私たちは会長さんのマンションに近いバス停に集まり、キース君に注目しています。キース君の手には袱紗包みが。
「一応、親父に確認してみた。子供が出すなら十分だろうと言っていたぞ」
「そっか、それなら安心だよね」
袱紗包みの中身は『御本尊前』と書かれた熨斗袋。旅の費用を会長さんに負担してもらっただけに、何か御礼を…と相談した末にこういう結果に落ち着きました。お小遣いを出し合ってなんとか工面したお札が一枚。本当は三枚にしたかったのですが、夏休みはこれからが本番だと思うと思い切った額は出せません。二枚という案も出ましたけれど、まあ一枚でいいんじゃないかと…。
「じゃあ、行くか」
キース君を先頭にして私たちはマンションに向かい、入口のロックを開けて貰ってエレベーターで最上階へ。玄関のチャイムを鳴らすまでもなく扉が中から開けられて…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「おはよう。時間どおりだね」
出迎えてくれた会長さんにキース君が袱紗包みを差し出しました。
「この間は世話になった。…少ないんだが、俺たちの気持ちだ」
「え? 気を遣ってもらわなくても…」
「そういうわけにはいかんだろう。阿弥陀様の前にお供えしてくれ」
「お参りに来てくれるだけで良かったのにさ。それも言い出したのは君たちだったし」
要らないよ、と押し返す会長さんにキース君は強引に熨斗袋を押し付け、それから私たちは中に入って阿弥陀様のある和室へと。会長さんの家族の人たちに改めてお参りさせて欲しい、と申し入れたらこういうことになったのでした。
「見ての通り、位牌の類は無いんだけどね。そういうのは全部お任せしてある」
和室には阿弥陀様の御厨子や仏具がありましたけど、言われてみれば御位牌は一つも置かれていません。会長さんの家族の人には戒名とかは無いのかな? キース君が代表で尋ねると、会長さんは。
「この前に行ったカンタブリアの称念寺を覚えているだろう? アルタミラを一番最初に供養しておられた御住職が戒名をつけて下さった。位牌も作って下さったんで、そのままお世話になっているのさ」
「それで回向料を届けていたのか…」
「まあね。島に住んでた他の人の縁者も今は一人も残ってないから…全員の分をお願いするわけ」
称念寺はアルタミラで亡くなった人の御位牌を幾つか預かっているのだそうです。そうだったのか、と改めてしんみりしていると。
「ほら、お参りに来てくれたんだろう? 早く済ませて食事にしよう」
ぶるぅが朝粥を用意してるよ、と促されて私たちは阿弥陀様の前に座りました。お経はキース君とサム君に任せておいて、唱和したのはお念仏だけ。それでも会長さんは嬉しかったようで…。
「ありがとう。ぼくの家族も喜ぶよ。カンタブリアに連れて行ったのは間違ってなかったみたいだね」
「…すっかり調子が狂ったけどな」
キース君の遠慮のない言葉を会長さんはサラッと右から左に流し、ダイニングの方へと歩いていきます。朝粥って言ってましたし、食事としてはハズレかも…と思ったのですが。
「本格的じゃないですか!」
マツカ君が驚きの声を上げました。えっ、なになに? お粥だけではないようですけど、何が凄いの?
「えっと…。父と何度か行ったんですけど、有名な老舗料亭のメニューですよ」
それだけを食べに朝早くから出掛ける人があるんです、とマツカ君。そのメニューをそっくり再現したらしい「そるじゃぁ・ぶるぅ」は得意そうです。炊き合わせや蒸し魚、白和えなどが並んでいる中、一番の目玉は二つに切られた卵だとか。
「美味しい!」
「半熟でもないし、固ゆでってわけでもないね。その中間…?」
「これが朝粥の名物なんです。作るのは難しいらしいんですけど…」
凄いですね、とマツカ君が手放しで褒めています。本当に美味しい卵でした。お粥の方もいい味ですし、こんな朝食、たまにはいいかも…。
食事の後はリビングに移って夏休みの過ごし方の計画。まだまだ休みは続くのですから、少なくとも海には行かなくては! 今年もマツカ君が別荘を用意してくれるのです。
「ああ、それだけどね」
会長さんが手帳を広げて。
「今年もブルーが来るんだってさ。…断ったらノルディの別荘に泊まりに行くって脅してきたし、ブルーとぶるぅは確実に来るよ」
「「「………」」」
「ただし希望が無いこともない。ぼくたちが行く日程に合わせてブルーの休暇が取れなかったらおしまいだ。…多分無理だと思うけどさ」
希望の日にちを言ってたから、と会長さんが挙げてきたのは来週からの一週間。残念なことに誰もが暇な時期でした。断る口実が無いのです。これは諦めるしかない、と別荘行きはそこに決定。早速マツカ君が執事さんに電話をかけようとした所へ。
「あ、ハーレイもお願いしたいんだ」
ニッコリ笑う会長さん。
「毎年、なんだかんだでハーレイも行っているだろう? だからいないと物足りなくて…。一応、ハーレイにも訊いてはみたんだ。ブルーとぶるぅが一緒に来るけど、それでも今年も来たいかい、って。…そしたら、あれだけ散々な目に遭ってるくせに来たいらしいよ」
懲りないねえ、と会長さんは笑っていますが、教頭先生は会長さん一筋三百年以上。会長さんと旅行に行ける機会を見逃すわけがありません。教頭先生とソルジャーが揃うとなると心配ですけど、先日の旅が平穏だったツケが回ってきたと思っておくしかないでしょう。
「それじゃ海に行くのはその日だとして…」
会長さんはマツカ君が手配を終えるのを待って切り出しました。
「その前に夏祭りに行くのはどうかな? マザー農場でやるんだけども」
「「「マザー農場?」」」
そんなお祭りは初耳でした。シャングリラ学園と密接な関係のあるマザー農場ですが、普段は広く一般の人を受け入れています。夏祭りなんかをやってるとしたら話題になりそうですけども…。
「ああ、お祭りと言っても内輪なんだよ。前に話さなかったっけ? シャングリラ号の大規模な乗員交替は夏休み中にあるんだってこと」
「「「???」」」
「忘れちゃった? 君たちが入学した年の納涼お化け大会で脅かしてたのが、交替を終えて戻ったクルー。そんな話を教えたことがある筈だよ」
そう聞いて思い出しました。納涼お化け大会はサイオニック・ドリームなどで様々な仕掛けが施されていて、半端ではなく怖かったのです。当時の私たちはサイオンという言葉も知らない頃でしたから、ただただ不気味でしたっけ。後になって聞けば、脅かす役目は宇宙での勤務を終えたクルーに人気だという話で…。
「思い出した? それでね、乗員交替はもうすぐなんだ。勤務期間は基本が一年。その間に何度か地球に戻りはするけど、長期滞在は出来ないし…。つまり乗り込むクルーの送別会かな、夏祭りは」
露店なんかも出るんだよ、と会長さんが取り出したのはチケットの束。
「これはソルジャーとしてのぼくが配るチケット。乗り込むクルーと関係者向けに作っているんだ。露店とかが全部タダになる。功労者にも配ってるから、はい、君たちに」
「「「え?」」」
「さっきお供えをくれただろう? その御礼さ」
海老で鯛を釣るとはこのことでしょうか? お供えした金額は頭割にすると微々たるもの。露店のタコ焼きを3皿も買えばゼロになります。露店が全部タダになるチケットの方が絶対高いと思うんですが…。いいのかな、と顔を見合わせていると。
「いいんだってば、ぼくがあげるって言うんだしね。その代わり、もう少しだけ思い出話に付き合ってもらうことになるけど」
夏祭りに行くなら予備知識は必須、と会長さんは微笑みました。
「シャングリラ号のクルーの送別会だよ? 仲間のことを全く知らずに参加してると恥をかくかも…。そうでなくてもソルジャーの友達ってことで注目されているからね」
クスクスクス…と笑う会長さん。えっと、思い出話って…? アルタミラの他にもまだ色々とあるんですか?
ソファに座り直した私たちに「そるじゃぁ・ぶるぅ」が冷たい飲み物とカラフルなゼリーを運んできました。花の形のゼリーですけど、中身がムースになっています。色によって味が違うのだそうで、早速始まるジャンケン勝負。ううっ、負けた…。欲しかった薔薇のはスウェナちゃんに持っていかれました。
「ぶるぅのお菓子は大人気だね」
会長さんがウインクして。
「思い出話はぶるぅのことから始めよう。ぼくの一番最初の仲間で、シャングリラ学園のマスコット。そして最強のタイプ・ブルー…。ぶるぅは今年何歳になるか知っている?」
「え、えっと…」
即答できた人はいませんでした。お誕生日パーティーには何度も出てますけれど、ケーキの蝋燭はいつも1本だからです。キース君が指を折って数え、天井を仰いで数え直して。
「…記憶違いでなければ5歳…じゃないかと…」
「うん、正解」
よくできました、と会長さん。
「ぶるぅは今年のクリスマスで5歳。…毎年1歳だと主張してるけど、卵から孵って5年目になるのは事実なんだ。それから、これは覚えてる? ぶるぅは決して6歳にならないっていう話」
「「「あ…」」」
そっちは何度も聞いています。卵から生まれた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は6歳の誕生日を迎える前に卵に戻り、また0歳からやり直す、と。今年で5歳になるということは、来年のクリスマスまでに「そるじゃぁ・ぶるぅ」は卵に戻ってしまうのでした。そうなると何が起こるんでしょう…? 心配になった私たちに、会長さんは。
「記憶は全部引き継がれるから問題ない。それは分かるよね? ただ、ぶるぅが暫くいなくなる。ぼくは思念で会話できるけど、君たちはちょっと無理かもしれない」
「ごめんね、卵の中って思念が届きにくくって…」
普段はそうでもないんだけど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。青い卵に化けた姿は今までに何度か目にしています。その時は普通の生徒にも届くレベルの思念波を使っていましたけれど、本格的な卵になると違うのかな…?
「えっとね、最初は眠くなるんだよ」
眠くて仕方なくなるのだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は教えてくれました。眠気に逆らえなくなると卵になって、フィシスさんが作ったクッションの上で孵化するまで眠っているのだそうです。フィシスさんの前はエラ先生が作っていたというクッションは会長さんの思念が残り易いらしく、安心して眠っていられるとか…。
「ぼくね、卵に戻るとお誕生日が変わるんだ。ずっとそうだったし、それでいいやと思ってたけど…。次のお誕生日もクリスマスがいいな、って」
みんなと楽しく遊べるもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニッコリ笑って。
「だから頑張るね、クリスマスの朝に間に合うように! 眠くなるのも我慢するんだ♪」
「そういうことに決めたらしいよ」
会長さんの言葉を聞くなり、キース君が。
「決めたって…。ぶるぅの意思でなんとかなるのか? 簡単にどうこう出来るんだったら誕生日が統一されていそうだが」
「…普通ならね。だけどぶるぅは子供なんだ」
大人の考えは通用しない、と会長さんは人差し指を立ててみせると。
「今までは誕生日にしたい日が無かった。この期間だけは卵になれない、という時があっただけで…。卒業式と入学式にはぶるぅがいないといけないからね、そこさえ外せば良かったんだよ。だからぶるぅは気紛れに卵に戻ってやり直してた。でも今回は…違うんだってさ」
「あのね、クリスマス・パーティーの次の日がお誕生日でしょ? みんなお祝いしに来てくれるし、この日が一番良さそうだなぁ…って。ブルー、クリスマスの朝は絶対起こしてね!」
「「「起こす!?」」」
そんなことが可能なのか、と私たちは驚きましたが、会長さんは孵化する時の目覚まし役を引き受けることもあるそうで…。
「ぶるぅがクリスマスには起きると言うならそうするまでさ。たとえ卵に戻ったのがイブの夜でもね」
「「「イブ?」」」
それってまさかクリスマス・イブではないでしょうね? いくらなんでも一夜で孵化するとは思えませんし…。けれど会長さんはチッチッと指を左右に振って。
「ぶるぅが卵に戻るのは大人になりたくないからさ。…6歳になれば学校に行くし、ぶるぅにとってはそれは子供じゃないらしい。6歳までにリセットしたくて卵に戻っているだけだからね、思い切り深く眠ってしまえば一晩で孵化してもいいんだってば」
「「「……一晩……」」」
呆然とする私たち。短くても一ヵ月くらいは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に会えなくなるのだと思っていたのに、最短の場合は一晩ですか! ホッとしたような、馬鹿にされたような、なんとも複雑な気分です。でもでも、これは仲間の間ではきっと常識なのでしょう。今まで全く知らなかっただけに、会長さんに感謝しなくっちゃ!
「ぶるぅが初めて卵に戻ったのは二人で旅をしていた時でね」
あの時はとても驚いたよ、と会長さんは語り始めました。アルタミラを失くした会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は宿屋に住み込んで働きながらお金を貯めて、それから二人で旅に出て…。そんなある夜、「眠くなっちゃった」と寝床に入った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は青い卵に。
「…話しかけても返事しないし、何処から見ても卵だし…。アルタミラでぶるぅの卵が孵化するまでにはかなりかかった。だから長く待たないと駄目なんだろう、と思うと涙が出てね…。だって、今度こそ一人ぼっちじゃないか。ぶるぅの卵が孵るまでは、さ」
会長さんは旅を続ける気力も失くして泣きながら眠ってしまったそうです。ところが翌朝、卵は見事にパカッと割れて。
「おはよう、ブルー、って言うんだよ。どうしたの、って心配そうに訊かれて泣いていることに気がついた。あの時、ぼくは決意したんだ。ぶるぅと二人も気楽でいいけど、仲間がいるなら探さなきゃ…って」
それからの会長さんは宿に泊まる度に思念波を方向を定めずに送り、仲間を集めようと頑張って…。
「最初に呼び掛けに応えてくれたのがハーレイだった。…思念波でぼくたちの宿を伝えて、次の日に来てくれるよう頼んだんだよ。ぶるぅと二人でワクワクしながら待ってたっけね。そうだよね、ぶるぅ?」
「うん! ブルーが友達が来るよ、って教えてくれたから楽しみで…。どんな人かなぁ、って色々お話してたんだ」
え。友達? 仲間じゃなくって友達ですか? 凄く若そうな感じですけど、教頭先生、昔は私たちとあまり変わらなかったとか? そりゃあ…最初から今の外見なわけがないですが…。私たちは教頭先生の少年時代を懸命に想像してみました。でも…。
「普通は想像つかないよねえ?」
ぼくにも無理、と会長さんが必死に笑いを堪えながら。
「ぼくたちも誤解していたんだよ。仲間はきっと同い年くらいで、同じ力を持ってるだろう…って。だってさ、ぼくもぶるぅも力は同じで、二人とも年を取らないし…。それが普通だと思うじゃないか」
「……違ったわけ?」
ジョミー君の問いに、会長さんは。
「宿の食堂で待っていたのに入ってくるのは大人ばかりで、夕方になってもぼくの仲間は現れない。おかしいね、って話をしていて、朝からずっと居座ってる人に気がついた。ウドンとか天丼とかをお代わりしながら粘ってるんだ。待ち合わせするには変な場所だし、もしかして…と思念を送ったら振り向いた」
「それが教頭先生ですか?」
シロエ君が言い、会長さんが。
「…残念ながらそうだったんだよ。そりゃ今よりは若かったけど、どこから見ても立派な大人さ。声を掛けたら真っ赤になって、ガチガチに緊張しちゃってね。…かなり後になってからやっと気付いた。あの瞬間に一目惚れしたらしい」
「「「………」」」
「ハーレイは外見どおりの年上だった。だけどサイオンは遙かに弱くて、もちろん瞬間移動も出来ない。それでも仲間探しの旅をするなら一緒に行く、と言ってくれたし、大人がいれば用心棒になるからね。…そして三人での旅が始まったわけ」
そこにゼル先生が加わったのは数年後。ゼル先生は教頭先生より少し年上で、身体の弱い弟さんがいたので出会ってすぐに旅に誘ったら「今は行けない」と断られたとか。その後、旅先に「弟が危篤になった」と手紙が届いて、大急ぎでゼル先生の家を訪ねると…。
「…ぼくたちが駆けつけた時、ゼルの弟は……ハンスって名前だったんだけど、もう口も利けない状態で…。ゼルは大声で泣いていた。目を開けてくれ、頼む、ってね。そしたらぶるぅが可哀想だって泣きだして……力を分けてあげたいよう、って」
「だって可哀想だったんだもん…。ゼルに言いたいことがあるのに声が出ない、って心で泣いてたんだもん…。だから力をあげられるかな、って触ったんだよ。そしたら…」
小さな手がハンスさんの身体に触れた瞬間、青い光が溢れたそうです。一瞬浮かんだ赤い手形が吸い込まれるように消え失せた時、ハンスさんは目を開けて若き日のゼル先生に「俺はいいから兄貴は旅に行ってくれ」と言い、眠るように息を引き取ったとか。
「それがぶるぅの最初の手形。…ハンスの葬儀を終えたゼルが旅の仲間に加わった後、ヒルマンやエラやブラウに会って……アルテメシアまで来たんだよ。そろそろ腰を落ち着けようって話になって、家を借りてさ。ぼくとぶるぅ以外は大人だったし、稼ぐには塾でも開こうかって」
「…それがシャングリラ学園になったわけか」
キース君の言葉に、会長さんは頷いて。
「みんなサイオンを持ってるからね、専門知識を仕入れてくるのはお手の物だろ? いい先生がいるって評判になって、生徒も増えて…。そんな頃に校長と知り合った。校長のサイオンは遅咲きだったし、理事長もそうだ。二人ともアルテメシアの有力者でさ、私財をポンと寄付してくれて、シャングリラ学園が出来たわけ」
それから後はトントン拍子、と会長さんは微笑みました。学校は順調に大きくなって仲間の数も少しずつ増え、特別生なんて制度も出来て、その裏でシャングリラ号まで建造して…。マザー農場はシャングリラ学園で使う食材を調達するためと、仲間たちの就職場所とを兼ねて作られた施設だそうです。
会長さんの思い出話はスケールの大きなものでした。シャングリラ学園創立秘話と言ってもいいような話です。ちなみにゼル先生の弟さんを一時的に持ち直させたという「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手形パワーは、会長さんのサイオンと同じで次第にパワーアップしていって……今では因子の無い人にサイオンを与えることが可能なレベル。
「だけどやっぱり子供なんだよ」
無邪気なものさ、と会長さんが笑っています。思い出話から数日が経ち、私たちはマザー農場で夕方から開催される夏祭り会場に来ていました。チケットが無くても顔パスだという「そるじゃぁ・ぶるぅ」は金魚すくいに綿飴に…、とお祭り気分を満喫中。
「かみお~ん♪ あっちにグレイブがいるよ!」
トコトコと駆けてきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が指差す先には浴衣姿のグレイブ先生とミシェル先生。どうやら射的をしているようです。今日のマザー農場は夕方以降は仲間だけしか入れませんし、先生たちがいてもおかしくないかも…。二人とも射的の達人みたいですね。
「あれってサイオン使ってるよね?」
ジョミー君がグレイブ先生たちの腕前を見ながら言ったのですが。
「使用禁止に決まってるだろう」
会長さんがアッサリ否定しました。
「いくらクルーの送別会でも、サイオンのレベルは色々だから仲間内でも使用は禁止。グレイブたちの腕は本物さ。大学時代に射撃をやっていたらしい」
「「「………」」」
グレイブ先生夫妻の意外な特技に私たちはビックリ仰天。会長さんの思い出話も衝撃でしたが、仲間しかいない場所というのも意外な発見があるものです。粋な浴衣で金魚すくいに興じるエラ先生とか! 生ビールのジョッキを掲げて乾杯中の人たちはシャングリラ号に乗り込んで行くメンバーだとかで、会長さんもその輪に引っ張り込まれて…。
「やっぱりブルーってソルジャーなんだね…」
しみじみと呟くジョミー君に、キース君が。
「そのようだな。…あいつが高僧でソルジャーだなんて、何度言われても目にしていても、さっぱりピンとこなかったんだが……ちょっと見直す気になった。悪戯してない時のあいつは俺たちには想像もつかない程の重荷を背負っているのかもしれん。アルタミラにしても、シャングリラ学園のことにしても…」
「そうだよなあ…」
寂しげな声はサム君でした。
「俺、ブルーに色々よくしてもらって、すっかり舞い上がっていたけどさ…。俺にブルーの恋人なんかを名乗る資格があるのかな? 公認カップルって冗談なんじゃあ…」
「大丈夫ですってば、サム先輩は!」
きちんと贔屓されていますし、とシロエ君が背中を叩きました。
「資格が無いならとっくの昔にオモチャにされてると思いますよ。将来有望だとかそういうことも絶対言ってはくれないでしょうし…。って、そういえば…」
シロエ君は首を捻って。
「ここってマザー農場ですよね? ジョミー先輩、来ちゃってよかったんですか? 会長がテラズ様のことを思い出したらおしまいなんじゃあ…」
「げっ!」
やばい、と叫んだジョミー君。テラズ様というのはマザー農場の宿泊棟の屋根裏に納められた上棟式の人形でした。付喪神になっていたのを会長さんが鎮めたのですが、このテラズ様、何故かジョミー君に惚れてしまって、ジョミー君が仏門に入る妨げにならないよう成仏したという因縁があり…。
「ど、どうしよう…。ぶるぅに頼んで家へ送って貰おうかな? 逃げるが勝ちって言うもんね…」
キョロキョロと見回すジョミー君ですが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は露店巡りを終えてグルメ三昧しに行ったのか姿が見えませんでした。宿泊棟の食堂でバイキングをやっているのです。宿泊棟に行けば「そるじゃぁ・ぶるぅ」は捕まるでしょうが、そこにはもれなくテラズ様が…。
「やばい、やばいよ、宿泊棟には行けないし…。ブルーがあっちで盛り上がっててくれれば安心だけど…」
会長さんは今期に乗り込むクルーに囲まれて私たちを忘れているようです。もう一押し、と縋るような瞳のジョミー君が発見したのは遅れてやって来た教頭先生。ジョミー君はキャプテンの制服で颯爽と歩く教頭先生を捕まえて…。
「えっと、ブルーはあそこです! お願いします!」
「…何をだ?」
「とにかく頑張って欲しいんです!!!」
「………? よく分からないが、努力しよう。ブルーに会えるのは嬉しいしな」
支離滅裂なジョミー君に背中を押された教頭先生が会長さんに熱烈なプロポーズをしたのは数分後のこと。怒り心頭の会長さんがジョミー君を引き摺って宿泊棟に向かったのは当然の結果でした。…ジョミー君、今日の所はテラズ様のためにお念仏を唱えさせられるだけで済みましたけど、いつかは絶対、仏門行きですよね…。