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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

桜の木の下で   (後日談)

今年も桜の季節がやって来ました。シャングリラ学園の入学式も終わり、私たち七人グループは毎度の1年A組です。担任もグレイブ先生ですけど、この春は賑やかなことになりそうで。
ソルジャーと「ぶるぅ」にとっては二回目、去年の秋に来たキャプテンにとっては初めてとなる私たちの世界での桜の季節。いえ、三人ともこちらでの春は何度も経験済みですけれど、それは別の世界からの訪問者としてで、あくまでゲスト。それが今では…。
「やあ、いらっしゃい」
「かみお~ん♪ こっち、こっち!」
会長さんが住むマンションを訪ねた土曜日、私たちを庭で手招きしているのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」たちだけではなくて、ソルジャーと「ぶるぅ」、キャプテンが顔を揃えています。ソルジャーたちも同じマンションの住人ですから、私たちの方が「いらっしゃい」と言われるゲストになってしまったのでした。
「うわぁ、今年も綺麗に咲いたね」
歓声を上げるジョミー君。マンションの庭の桜はまさに満開、立派な枝を青空に広げ、今日は絶好のお花見日和。会長さんの家から見えるアルテメシア公園の桜も素晴らしいのですが、そちらは人で一杯です。みんなでのんびり出来る穴場がマンションの庭というわけで。
「本当に見事な桜ですねえ…」
キャプテンが感慨深そうに。
「私たちの世界のシャングリラでも今頃はきっと満開でしょう。けれど空を遮るものが無い桜を好きな時間に好きなだけ見られる時が来るとは、夢を見ている気分です。…それも青い地球でブルーと一緒に」
「だよね、お前にとっては一度は失くした夢なんだしね。…ぼくがいなくなって」
心配かけてごめん、とキャプテンにそっと寄り添うソルジャー。庭には緋色の毛氈が敷かれ、ソルジャーたちはその上に座って一足お先にお花見中。私たちも腰を下ろして桜の大木を見上げ、ソルジャーとキャプテンの語らいに耳を傾けて…。去年もお花見はしましたけれど、ソルジャーは何処か寂しげだったのです。
「ハーレイ、ぼくがどれほど幸せなのか分かるかい? お前と桜を見られる日なんて二度と来ないと思ってたんだ。…いくら一番好きな花でも、一人で見るのは辛かったよ。なまじ綺麗な桜だけに…ね」
「ぼくもいたもん!」
ブルーとお花見したんだもん、と叫んだ「ぶるぅ」は無視されました。会長さんや私たちもいたというのに、やはりソルジャーには「いないも同然」の存在だったみたいです。そのソルジャーとキャプテンは「ぶるぅ」つきとはいえ、晴れて新婚生活の日々。昨年の暮れにキャプテンが退院して以来、熱々で。
「ブルー、私こそ…。あなたがいなくなった後、桜を見るのは辛かったです。ブリッジからよく見える場所に植えたでしょう? それをどれほど後悔したか…」
まさか切り倒すわけにもいきませんしね、とキャプテンは桜の枝を仰いで。
「シャングリラの皆が毎年、楽しみにしていた桜です。まして人類側との戦いで心身ともに疲れ果てた者たちが安らげる唯一の場所とあっては、咲き誇るのをただ見ているしか…」
「…ごめん。あそこに植えようと言い出したのはぼくだったよね。あの時は地球に行けると思っていたんだ、そしてお前と暮らすんだ…って。庭に桜の木を植えてさ」
何処で間違えちゃったんだろうね、と計算違いを嘆きながらもソルジャーは幸せそうでした。此処はソルジャーが行きたいと願った地球とは別物の地球で、桜もシャングリラの桜の子孫ではなく、家だって一戸建てではなくて…。それでもソルジャーとキャプテンにとっては充分すぎるものだそうです。
二人は別の世界の住人だったとはいえ、元ソルジャーと元キャプテン。私たちの世界よりも過酷な世界でシャングリラだけを拠り所に生き抜いてきた経験を長老の先生方に評価され、万一の時のためのアドバイザーとして生活費の他にもお給料などが出ているのだとか。
会長さんの家の下のフロアで二人と「ぶるぅ」がマイペースな生活を送れる裏にはそういう事情があるようです…。

それはさておき、今日のお花見。桜餅や花見団子などを詰めたお重が並んでいますが、何か足りない気がします。お昼にはまだ早いですけど、お花見と言えば欠かせないのは…。それとも「そるじゃぁ・ぶるぅ」が用意していて絶妙のタイミングで瞬間移動で出て来るのかな、と考えていた時。
「あっ、ハーレイ! 持って来てくれた?」
ソルジャーが立ち上がって手を振る先に現れたのは教頭先生。大きな袋を両手に提げて重そうにしているのですけど、それよりも愕然とした様子のあの表情は…?
「………。ダブルデートだと聞いていたが…」
騙されたのか、と項垂れながら教頭先生は緋毛氈の上に袋を置いて。
「あなたのぶるぅは胃袋の底が抜けているから、人数分のお弁当では足りないと…。十五人前を用意するならブルーを誘い出してダブルデートをセッティングする、と仰ったと記憶しておりますが…。ぶるぅつきでも構わないなら、と」
教頭先生の視線の先でクッと笑ったのはソルジャーです。
「まさかホントに騙されたわけ? その案、ぼくのじゃないからね。考えたのはそこのブルーで、実行係がぼくだっただけ。…そうだよね、ブルー?」
「ふふ、ハーレイ、今日は御馳走様。ダブルデートの面子が六人、そこの子たちが七人だからさ、十三個でも良かったんだけど…。どうせならキリ良く十五個ってね。余分の二個はぶるぅがペロリと食べてくれるよ、大食いの方の」
ニッコリ微笑む会長さん。そう、足りなかったものはお弁当でした。会長さんの罠だか悪戯だかに引っ掛かってしまった教頭先生が持ってきたのは老舗料亭のお花見弁当。二段重ねの器には豪華な蒔絵が施されており、お値段の高さがうかがえます。それを十五個も買わされたとなれば、お気の毒としか言いようが…。
「なにをガックリしてるのさ?」
悄然としている教頭先生に向かって、会長さんは。
「黄昏れてないで座ったら? ちょっと面子が増えただけだよ、ダブルデートには違いないって! ブルーとハーレイは新婚さんだし、負けずに熱くイチャついてみれば?」
ヘタレずにチャレンジ出来たらだけど、とウインクされた教頭先生の顔は真っ赤です。頭の中には色々な妄想が渦巻いていそうでしたが、会長さんがそれを気にする筈もなく…。
「はい、お待ちかねのお花見弁当! 此処のはホントに美味しいんだよ、ぶるぅもお勧め」
「かみお~ん♪ 同じ食べるなら最高のヤツがいいもんね!」
去年は手作りしたけれど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も嬉しそう。今年はキャプテンが加わったことでソルジャーの気分も晴れましたから、それに相応しくお祝いを…とのことで豪華弁当にしたのだそうです。そう聞かされた教頭先生、一気に気持ちが浮上したようで。
「そうか、ブルーたちのための祝いだったのか…。そういうことなら文句は言えんな」
高かったが、と苦笑しつつもソルジャーとキャプテンの方に向き直ると。
「良かったですね、地球の御自分の家でお花見という積年の夢が叶われたそうで…。これからも末永くお幸せに」
「うん。言われなくても幸せになるよ、ぼくたちは」
ねえ、ハーレイ? とソルジャーがキャプテンの首に腕を回して、たちまち始まる濃厚なキス。教頭先生が涎の垂れそうな顔で見ていますけれど、会長さんはフンと鼻先で笑っただけで早速お花見弁当を…。バカップルは放っておいて私たちも食べるとしましょうか。教頭先生、御馳走様です~!

ゴージャスなお花見弁当の余分の二個は本当に「ぶるぅ」が平らげました。お弁当を全員が完食した後もお花見は続き、のどかな午後の日差しを透かして満開の桜が見下ろしています。
「…本当に本物の地球の桜だ…。ぼくたちの家の」
うっとりと呟くソルジャーはキャプテンの膝を枕に寝そべっていて、白い両手を桜にかざして。
「ぼくたちの世界の地球に辿り着けていても、こんな景色は見られずに終わっていたんだよね…。お前の記憶に刻まれた地球は人の住めない星だったから。ぼくが好きだった桜の子孫を連れて来られなかったのは残念だけど、この桜ほどの大きさに育つ年月を考えてみたら不満なんかは言えないさ」
ぼくの夢は叶ったんだから、と赤い瞳に桜を映すソルジャー。
「お前と結婚して地球で暮らすのが夢だった。大好きな桜を庭に植えて…ね。ぼくの命は地球に着くまで保たない、って覚悟したのはいつだっただろう? ジョミーの力で生き延びた時も、地球には行けてもそこで終わりだと分かってた。…お前と二人で暮らせる日なんて来ないと分かっていたんだよ…」
それでも夢を見たかったんだ、と独り言のように語り続けるソルジャーの唇をキャプテンがそっと指でなぞって。
「私も夢を見ていましたよ、あなたとこんな風に桜を見る日を…。なのに、あなたは一人で逝ってしまわれた。地球に着いても独りなのだ、と何度絶望に囚われたことか…。それでも私はキャプテンでしたし、地球に行かねばならなかった。地球に着いたら桜を植えようと、それだけを思っていたのですよ…」
あなたのための桜ですよ、とキャプテンは桜の花を仰いで。
「あなたは桜がお好きでしたし、地球に桜の木を植えたいとも仰っていた。ですから地球で桜を育てれば、きっと喜んで下さると…。花の季節には私と一緒に見て下さると、それだけを頼みに生きていました。極楽とやらに行ってしまわれていても、桜だけは見に来て下さるだろうと…」
「そうだったのかい? お前が育ててくれた桜も見たかったような気がするな…。ああ、でも、それだと桜の花が見られるだけで、お前には触れられないんだっけね」
それは困る、とソルジャーはキャプテンの膝に柔らかな頬を擦り寄せて。
「どちらにしても夢だったんだよ、二人で暮らす家の桜も、お前が育てようと思った桜も。…ぼくたちの地球は青くなかった。桜が生きられる星じゃなかった…。だから夢に過ぎなかった地球よりもさ………この地球が本物なんだよ、きっと。ぼくとお前と、ぶるぅにとっては…」
何度も遊びに来ていた時にはこっちが夢の地球だったけど、と銀色の睫毛でソルジャーの瞳が隠されて。
「…ちょっと食べすぎちゃったかな…。それとも夢の話をしていたせいかな、眠くなってきたから一休み…」
桜の下で少しお昼寝、という言葉を残してソルジャーは眠ってしまいました。キャプテンが「風邪を引きますよ」と肩を揺すっても、「ぶるぅ」が頬をつついてみても、穏やかな寝息が聞こえるだけで。
「食べすぎねえ…」
会長さんが呆れた口調で。
「まあ、確かにガッツリ食べたよね。こっちの世界に最後に遊びに来た時にはさ、完食どころか残りをお土産に出来るくらいに食欲が無くて、心配してたのを思い出したよ」
「…ああ、あの時のお弁当ですね」
覚えていますよ、と頷くキャプテン。
「お前のために残しておいてやったんだ、と恩着せがましく渡されましたが、そうではないと分かっていました。もう食べることすら辛くなるほどにブルーは弱ってしまったのだ、と思い知らされながら頂きましたよ、私の部屋で…。もしかしたらブルーは地球まで辿り着けないのかもしれない、と…」
「「「………」」」
ソルジャーが食べ残したお花見弁当のことは今でも鮮明に覚えています。あれが私たちが自分の力で空間を越えて来たソルジャーに最後に会った時で、その次に会ったのは向こうの世界でのソルジャーの命が尽きた日で。
それからの日々を思い返すと、今、キャプテンの膝でソルジャーが眠っているのは奇跡そのもの。キャプテンに二つの世界を行き来する力はありません。それだけにソルジャーと「ぶるぅ」が戻れなくなった時点で、キャプテンとの再会は二度と叶わないと誰もが思っていたわけで…。
「何もかも本当に夢のようです。…ブルーも、地球も、この桜も…」
叶う筈のない夢でしたが、と目を細めてソルジャーの寝顔を見守るキャプテンは全てを失ってしまった記憶を持つ人。ソルジャーを喪い、約束の場所だった地球は死の星で、そこに桜を植える夢すら叶わないのだと絶望の淵に沈んだ人。深い深い嘆きと悲しみの果てに、キャプテンは此処にいるのです。
キャプテンが手に入れた夢の世界の価値と重さは誰にも分からないでしょう。ソルジャーがいる地球と、そして桜と。これは幻ではないのですよ、と告げるかのように、ひらり、と花びらが一枚だけ舞い落ちてきてソルジャーの肩に乗っかったのを、キャプテンは褐色の手で細い肩ごと優しく包み込みました。

一番好きな花だという桜と、誰よりも好きなキャプテンと。幸せな眠りに浸るソルジャーは一向に起きず、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が瞬間移動で運び込んだ追加のお菓子などで賑やかに…。お弁当十五個で痛手を蒙った教頭先生も、会長さんと一緒にお花見とあってすっかり復活しましたが。
「そこは少し冷えてきたのではないですか?」
陰になってきていますよ、と教頭先生が指摘したのはキャプテンの席。まだ夕方ではありませんけど、太陽が移動していった結果、桜の枝越しに陽が燦々と輝いていた場所に先刻までの煌めきは無く。
「…そうですね…。ブルーに風邪を引かせてしまいますね」
桜に見惚れてウッカリしていました、とキャプテンはソルジャーを揺り起こそうとしたのですが。
「……ん……。あと…一分だけ……」
「あなたが一分で起きて下さった試しが無いのですけどね…」
キャプテンは溜息をついたものの、その表情は柔らかいもので。
「ぶるぅ、すまないが頼んでもいいか? 私の部屋の引き出しに…」
「どのお部屋? ベッドのある部屋、本だらけの部屋?」
尋ね返したのは「ぶるぅ」です。キャプテンは「本の方だ」と答えると。
「机の一番下の引き出しにリボンのかかった箱があるから、それを運んで欲しいのだが」
「かみお~ん♪ これだね?」
はい、と「ぶるぅ」が宙に取り出したのはプレゼント用と一目で分かる平たい箱。かつての悪戯小僧はシャングリラの中だけという狭い世界から解き放たれてストレスが無くなったからなのでしょうか、すっかり良い子になっていました。大食いだけは未だに直る気配が無いですが…。でも、あの箱の正体は?
「ぶるぅ、ついでに中身も頼む。ブルーへのプレゼントなんだ、開けずにおきたい」
「中身だけ出すの? 簡単、簡単!」
ヒョイと「ぶるぅ」が差し出したものをキャプテンがフワリとソルジャーの上に…。それは桜の色をした柔らかな布。薄いのにふんわり暖かそうで、お昼寝のお供にピッタリです。丁度いいアイテムがあったものだ、と私たちは感心しながら再びワイワイガヤガヤと。それから優に半時間が経ち、ようやく目覚めたソルジャーは…。
「…あれ? こんなの被って寝てたっけ?」
見覚えが無い、と桜色の布を広げて首を傾げるソルジャーに、キャプテンが。
「桜からの贈り物ですよ、ブルー。…あなたなら何か分かりませんか?」
「えっ? 桜って…」
布を手にしたソルジャーの顔に、驚きの色が広がって。
「……桜だ……。アルテメシアにあった桜みたいだ、大きい……とても綺麗な桜が見える…」
「ああ、やっぱり…。どうぞ、あなたへのプレゼントです。中身だけ先に出てしまいましたが」
この箱に入っていたのですよ、と示された箱をソルジャーが開けると、出て来たものは一枚の紙。
「…桜染め?」
「桜の幹や皮を使って染めるのだそうです。工事のために伐られた木などが多いようですが、たまたまニュースを目にしまして…。長年親しまれていた有名な桜が枯れてしまったのを桜染めの形で蘇らせた、と。その桜がとても良く似ていたのですよ、あなたが好きだった桜の木に」
それで探して手に入れました、と微笑むキャプテン。
「何種類かの品物があったのですが、あなたはすぐにうたた寝なさいますしね。「お昼寝用にも」という謳い文句の大判のストールにしてみました。…如何ですか?」
「うん…。桜に抱かれているような気がする。あの桜の木に…」
桜色のストールにくるまったソルジャーは懐かしそうに遠い記憶に想いを馳せていましたけれど、キャプテンが細い身体を両腕で強く抱き締めて。
「…困りましたね、あなたを桜に譲るつもりは無いのですが…。それはあくまで「お昼寝用」です」
桜に抱かれるのはその時だけにして下さい、と真顔で言い切ったキャプテンの腕の中でソルジャーがクスクスと小さく笑いながら。
「お前は桜にも嫉妬するのかい? しかも自分で贈ったくせに…。じゃあ、今夜は三人で試してみる? ぼくと桜と、それからお前と」
新鮮で刺激的だよね、と瞳を悪戯っぽく輝かせるソルジャーと「あなたという人は…!」と呆れ顔をするキャプテンと。二人の間に桜が入り込む余地が無いことは誰の目から見ても明らかでした。ソルジャーとキャプテンは昔も今もバカップル。御馳走様としか言いようが…。

「「「バイト!?」」」
私たちの声が引っくり返ったのはストールが畳まれて箱の中へと戻された後。キャプテンがソルジャーに贈った桜染めのストールはお給料から買ったものではなかったのです。それを暴露したのは他ならぬ教頭先生で…。
「いや、どうも本人は話すつもりが無いようだしな…。せっかくの美談だ、話しておいた方がいいだろうと…。その方がきっとブルーも喜ぶ」
「ふうん? ぼくのハーレイが何をしたって? バイトだなんて」
興味津々のソルジャーは「あなたは御存知なくていいのです」と慌てるキャプテンを遮って。
「新婚生活ってヤツについては君の方がやたらと詳しいもんねえ、未婚のくせにさ。家具選びでもお世話になったし、その君が話しておきたいってことは聞く価値は充分あると見た。…ぼくたちの仲が深まるんだろう? 聞いておいたら」
「そういうことになりますね」
ソルジャー向けの言葉に切り替えた教頭先生の話によると、桜染めのニュースを知ったキャプテンはソルジャーのためにプレゼントを買いたいから、と仕事探しを依頼したのだそうです。
「お給料には余裕がある筈ですが、と申し上げても、それでは駄目だと…。なんでも、生まれてから一度も自分で稼いだことが無いので、ささやかなプレゼントが出来る程度のお金が欲しい…と」
「「「………」」」
言われてみればその通りでした。キャプテンは元の世界で成人検査と呼ばれるシステムに異端として弾き出された人。そのまま研究施設に送られ、人体実験を繰り返されて、研究施設のあった惑星ごと殲滅されそうになった所でソルジャーたちと脱出して。
それ以来、後にシャングリラとなる宇宙船の中だけで生きて来たのがキャプテンです。海賊たちの拠点にいたという時期も、場所が場所だけに働いて稼ぐ所ではなく、ましてシャングリラは閉じた世界で…。
「稼いだことが無い、と聞いた時には驚きましたが、確かに一般社会で通用する通貨を稼げる生活ではなかったようですし…。そして今の世界なら何か仕事が出来そうだ、と頼み込まれると断れませんね。ただ、おいでになってから時間があまり経っていませんので…」
普通の仕事は難しいと判断いたしました、と教頭先生。確かにキャプテンの外見年齢でバイトとなると、それなりの経験が要りそうです。皿洗いとかならいけるでしょうが、どう見ても高価そうだった桜染めのストールが買えるだけのお金をソルジャーに悟られずに短期間で稼ぐのは無理っぽいですし…。
「それじゃ、ハーレイはどうやってバイトしたんだい?」
ソルジャーの問いに、教頭先生は「奥の手ですよ」と微笑んで。
「私の手伝いをお願いしました。シャングリラ学園にはサイオンの力を借りて教職員間で仕事を助け合うシステムがあります。そこに登録して頂いて、私がやるべき仕事の一部を」
「「「えぇっ!?」」」
「お蔭様で年度末の忙しい時期に楽をさせて頂きましたよ、持ちつ持たれつとでも申しましょうか」
助かりました、と笑う教頭先生。キャプテンは自宅の書斎で専用の端末に送られてくるデータを処理していたようです。それならソルジャーにもバイトをしているのがバレませんから安心、安全というわけですが。
「ご本人が隠しておきたいというお気持ちも分からないではないのですが…。長い人生で初めてお稼ぎになったお金ですよ? 大いに語っておくべきだろう、と私は思うわけでして」
「…そうか……。ハーレイが生まれて初めて稼いだお金でプレゼントしてくれたんだ…」
そんなの夢にも思わなかった、とソルジャーは赤い瞳を瞬かせて。
「ぼくは人類側の施設に入り込んで研究員をやったりしてたから…。それにシャングリラで必要な物資は買って手に入れるものじゃなかったし、色々と感覚がズレてたかもね。この世界でも元ソルジャーってだけで食べていけるし、お金もきちんと入ってくるしさ。でもハーレイは違ったのか…」
普通の感覚を持ってたんだ、とソルジャーにまじまじと見詰められたキャプテンの顔は真っ赤でした。
「い、いえ、その…。け、決して大した話では…。た、たかがデータの処理でしたし…」
「でも、ぼくのために稼いでくれたんだろう? あのストールを買うためにさ。ぼくの好きだった桜にそっくりな桜の姿を見せてくれるために」
その気持ちだけで嬉しいんだよ、とソルジャーはキャプテンの首に抱きついて。
「ありがとう、あれは大切にする。昼寝する時に抱いてくれるのは桜だけじゃなくて、お前もだ。お前の想いが籠ってるんだよ、いつでも桜とお前と一緒に昼寝出来るよね、今日みたいに」
桜の季節が過ぎ去っても…、と綺麗な笑みを浮かべるソルジャーの昼寝のお供は桜とキャプテンになりそうです。一人でソファでうたた寝していても、キャプテンの温もりと満開の桜。好きでたまらないキャプテンと桜に守られて眠るソルジャーはきっと幸せに違いなくて…。

「流石だよねえ、教頭先生」
ダテに長生きしてないや、とジョミー君が感心しているのは会長さんの家のリビング。お花見は終わり、教頭先生やソルジャーたちは自分の家に帰りました。私たちは夕食の後で夜桜を見にアルテメシア公園へ繰り出す予定になっています。
「ハーレイの場合は年の功とは言えないね。あれこれ妄想しまくった果てに無駄に頭が良く回るんだよ、色恋ってヤツに関しては…さ。その割にサッパリ役立たないけど」
自分のヘタレが直らないから、とバッサリ切り捨てる会長さん。
「今日だってそうだろ、ブルーたちの絆が深まっただけ! 自分はダブルデートの罠に嵌まって豪華弁当を十五人前で終わっちゃったし…。もう馬鹿としか言いようがない。お花見はこれでお開きだ、って宣言したらアッサリ帰るし、間抜け以外の何なんだ、とね」
デートというものは夜が本番、と会長さんがブチ上げていたのが正しかったと証明されたのは夜桜見物からの帰り路。露店巡りなどもしている間にすっかり遅くなってしまって、会長さんの家に泊めて貰おうとマンションまで戻って来たのですが…。
「かみお~ん♪ お庭の桜も見てから帰る?」
「そうだね、月が明るいから綺麗そうだ」
見て行こうか、と庭の方へと回りかかった会長さんの足がピタリと止まって。
「…ダメだ、先客が約二名」
「「「先客?」」」
「ブルーとハーレイが来ているんだよ」
「なんだ、だったら…」
問題ないじゃないか、とキース君が言ったのですけど、会長さんは。
「…そりゃね、問題が無いと言ったら問題は無い。向こうはシールドを張っているから君たちの力じゃ見えないし」
「「「シールド?」」」
「ブルーは桜染めが気に入ったらしいね、サイオンでコーティングしたようだ。これで長持ち、もちろん丈夫で汚れもしない。だからと言ってまさかやるとは思わなかった…」
よりにもよってその日の内に、と額を押さえる会長さんが何を見たのかは分かりません。ソルジャーとキャプテンが桜の下にいるのは確かなようですが…。とにかくデートは夜が本番ということだけは本当です。私たちも「ぶるぅ」も抜きで、二人仲良く熱々で。
「桜も入れて三人だって? まったく、もう…。塩を撒いてやりたい気分だけれど、塩を撒いたら桜が枯れるし…」
ブツブツと文句を言い続けている会長さんの思考が珍しく零れていました。ソルジャーが桜の精を気取っているとか、ストールは素肌に纏うものではないとか、いったいどういう意味なんでしょう? ジョミー君たちも頻りに首を捻っていますが、答えは誰にも掴めなくって…。
その夜、桜を見下ろせる方の窓から庭を見るのは禁止だと言われ、私たちは激しくブーイング。どうせソルジャーたちのデートは見えやしない、と反論しても無駄でした。たかがデートで夜桜を断念、なんとも迷惑な話です。でもソルジャーに文句をつける勇気のある人はいませんし…。残念無念で泣いておきます~!



              桜の木の下で・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 後日談 『桜の木の下で』 は、ソルジャーとキャプテンの幸せな日常を書かせて
 頂きました。完結編よりも後のお話はこれが最後だと思います。
 まだまだ続きそうな感じの結びは「こんな調子でいつまでも…」という気持ちです。
 次回は余談として「そるじゃぁ・ぶるぅ」と土鍋のお話を1話。
 シャングリラ学園はそこまでで一区切り、以後は月イチ更新になります。
 季節の流れも時系列も関係なしに、思い付くまま、気の向くまま。
 夏真っ盛りに冬のお話とか、その逆もあるかもしれません。
 読み切り形式で書いてゆきますから、お馴染みの全3話形式は無くなります。
 「毎月第3月曜」 更新で参りますので、どうぞ御贔屓にv
 場外編の方は引き続き 「毎日更新」 ですから、よろしくお願いいたします。
 ←場外編「シャングリラ学園生徒会室」は、こちらからv







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