シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
シャングリラ学園は今年も平和。私たちは毎度の1年A組、担任はグレイブ先生で……例によって会長さんが乱入してきて、ドタバタと。そうこうする内にゴールデンウィーク、運よくシャングリラ号で過ごせましたから満足したのに、人間は欲が深いもの。
「退屈だよねえ…。校外学習の発表、まだかな?」
ジョミー君が漏らした言葉は私たちの気分そのものです。特別生の生活は判で押したように毎年殆ど変わりません。目に見えて変わる可能性があるのが校外学習などの行事で…。
「まだだろうねえ、その前に中間試験もあるし」
会長さんの返事に私たちは全員ガックリ項垂れ、代わりに元気一杯の声が。
「かみお~ん♪ 退屈だったら遊びに行く? 学校サボッてドリームワールドとか!」
平日は空いてて楽しいよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。放課後の溜まり場が「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋というのも相変わらずです。今日も美味しい抹茶ティラミスのタルトがテーブルに。
「そっか、サボリもいいかもね?」
何処へ行こうか、とジョミー君が飛び付き、たちまち盛り上がるサボリ計画。出席義務の無い特別生だけに、サボリは問題ありません。
「日帰りツアーも楽しそうですよ」
前日まで予約OKなのがありますから、とシロエ君が端末で情報を表示してくれ、ズラリ並んだグルメツアーや日帰り観光。行き先不明のミステリーツアー・コースがいいかな、と意見が纏まり、いざ申し込みという段になって。
「…すまん、水曜と木曜は外してくれるか?」
キース君が口を挟みました。
「えっ、キース先輩、月参りですか?」
だったら明日か金曜ですね、とシロエ君。私たちは再び額を集め、それから天気予報を調べてみて。
「んーと…。金曜日も天気は良さそうだよね」
そこにしようか、とジョミー君がカレンダーを見れば、サム君が。
「待てよ、ミステリーツアーだぜ? アルテメシアの天気予報はあんまり意味がねえと思うぞ」
「あー、そっか…。だったら明日かな、急だけどさ」
明日なら全国的に晴れの予報です。ミステリーツアーの出発時間は朝の7時半と早めですけど、さっさと帰って夜更かしせずにベッドに入れば大丈夫かな?
「じゃあ、明日で予約を入れますよ」
シロエ君が端末を操作しようとした所へ、キース君が横から割り込んで。
「待て、そういうのは焦らなくても…。ミステリーツアーってヤツはだな、それなりに情報が出ているものだ。メインが名物の鍋だろう? 特産の果物をお持ち帰りで、露天風呂の宿でゆったり昼食。それと岬からの眺望をお楽しみとなると…」
表示されている写真を手がかりに検索を始めるキース君。目にも止まらない速さで画像を調べまくり、「此処だ!」と示された場所はズバリそのものの宿と食事でした。
「すげえや、キース! たったこれだけで分かるのかよ?」
サム君の感動の声に、キース君は。
「まあな。日頃の情報収集の賜物だ。檀家さんと話をするには旅の情報も必須なんだ」
旅行ネタは会話の潤滑材になるらしいです。月参りに行ってお茶とお菓子を頂く間にあれこれ話をするそうで…。
「というわけで、行き先が此処なら金曜の天気も大丈夫だが」
「それなら金曜が良さそうですね」
慌てなくてもいいですし、とシロエ君が予約フォームを呼び出しています。私たちと会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」で合計九人、空きは充分ありました。
「代表者は誰にしましょうか? やっぱり会長の名前でしょうか」
どうします? と会長さんにお伺いを立てるシロエ君に。
「ぼくの名前で構わないけど、その前に」
「…は?」
「ミステリーツアーとかより楽しめそうな行き先があるよ」
「何処ですか? だったら、そっちにした方が…。早めに言って下さいよ」
どれですか、と日帰りツアーの一覧に戻した端末を示された会長さんは。
「狙い目は水曜と木曜なんだ」
「「「えぇっ!?」」」
そこはキース君が参加できない曜日では? 確かに其処しか開催されないツアーは幾つかありますけれども、キース君を捨てるのは気の毒なのでは…。
キース君を放って日帰りツアーに出掛けようと言い出した会長さん。それは流石にあんまりだ、と誰もが反対し始めましたが、キース君は。
「いや、俺は…。副住職を務める以上は坊主の方が優先だ。俺の分まで楽しんできてくれ」
「なんか悪いなぁ…。まあ、確かに寺の仕事が最優先だし、土産を買ってくることにしようぜ。で、行き先は何処なんだよ?」
サム君が端末を覗き込み、私たちも頭を切り替えて端末に視線を。グルメツアーか、観光か。はたまた体験型の楽しいツアーか…。
「どれも違うね、行き先はアルテメシアだよ」
「「「アルテメシア?」」」
それじゃコレですか、非公開の寺院を回ってパルテノンの高級料亭で食事? それとも芸舞妓さんと楽しむお茶屋遊びの体験コース? どちらも馴染みの薄いものではありますが…。
「ま、まさか…。お寺巡りに出掛けるわけ?」
あんまりだよ、とジョミー君が嘆けば、シロエ君が。
「お茶屋遊びじゃないですか? いくらなんでもお寺はちょっと」
「そうかい? お寺も楽しい所だけどねえ?」
会長さんがニヤニヤしています。あぁぁ、お寺巡りよりミステリーツアーの方がいいですってば、絶対に! しかも今更アルテメシアのお寺だなんて、非公開でも面白いとは思えません。とはいえ、会長さんに逆らえる猛者がいるわけもなく。
「…分かりましたよ、非公開寺院のヤツですね。水曜ですか、木曜ですか?」
曜日も勝手に決めて下さい、と投げやりなシロエ君に会長さんは。
「誰がツアーに行くって言った? 水曜と木曜が狙い目で行き先がアルテメシアとしか言ってない。付け加えるなら、お寺も楽しい所だ、ってくらい」
「「「???」」」
サッパリ意味が分からなくなった私たち。会長さんはシロエ君に端末を閉じさせ、キース君の顔を見据えながら。
「…たかが月参りで楽しい旅行をパスだって? いくら日帰りツアーと言っても充分遠くへ行けるんだ。檀家さんとの会話の糸口にもなる。アドス和尚も君の旅行を優先してくれそうな気がするけどね?」
「いや、それは…」
「だったらズバリと言っちゃおうか? 水曜と木曜、君は欠席。月参りなら欠席とまではいかない筈だ。いつも終わり次第、学校に来てる。…休まなくてはならない理由は?」
「えっ、キース先輩、欠席ですか? お葬式ですか!?」
それもデカイの、とシロエ君。お葬式でキース君が欠席することは無いのですけど、大規模なヤツなら丸二日間の拘束というのもアリかもです。ひょっとして璃慕恩院とかの偉いお坊さんが亡くなったとか?
「違う、葬式というわけではなくて……そのぅ……」
妙に歯切れの悪いキース君の態度に、会長さんがクスクスと。
「隠しても無駄だよ、ぼくにはバレバレ。…アドス和尚とイライザさんは水曜日から一泊二日の旅に出る。木曜日は友引、お葬式が入る心配は無い。副住職のキースに元老寺を任せてのんびりと…ね。宿坊の方は休業だ。…違うかい?」
「……そのとおりだが……」
「だからさ、あの広い寺で留守番をする君を手伝ってあげようかと…。境内と墓地は掃除する人が来るようだけど、本堂と庫裏は君一人だろ?」
これだけいれば掃除も楽勝、と指差されたのは私たちでした。
「宿坊を開けて貰わなくても庫裏で充分寝泊まり出来るし、用心棒も兼ねて行ってあげよう。君の一存では決められないならアドス和尚に電話をかけて…」
「そ、そんな…。親父はあんたの言う事だったら二つ返事に決まっているのに……」
「じゃあ、決まり。水曜と木曜は元老寺! 心配しなくてもアドス和尚に余計な気遣いをさせないために顔を合わせない方向で行くさ」
「それが困ると言っているんだ、無事に済むわけがないだろう!」
こんな面子が押し掛けてきて、とキース君は顔面蒼白ですが。
「ふうん? なんだか楽しそうな話だねえ?」
「「「!!?」」」
バッと全員が振り返った先には紫のマントのソルジャーが笑顔で立っていました。
「ミステリーツアーとか言っていたから、都合でお邪魔しようかなあ…って思ってたんだ。ちょうどシャングリラが暇な時期でさ、退屈しかけていた所。…ぼくも仲間に入れて欲しいな、キースの家にも興味があるしね」
いつも祈って貰っているし、とソルジャーが言うのはミュウの供養のことでしょう。私たちのサボリ計画は思ってもいなかった方に向かって爆走しつつあるようでした。元老寺に泊まってお留守番。そこへソルジャーまで加わるだなんて、キース君でなくても心配ですよ~!
サボリどころか元老寺へ行ってお留守番。とんでもない提案をした会長さんもソルジャーが来るという可能性までは読み切れなかったみたいです。けれどソルジャーは興味津々、来るなと言っても聞く筈もなく…。
「ワクワクするねえ、初めての場所って」
私服のソルジャーは私たちと一緒に元老寺へ行く路線バスの中。今日から二日間、キース君が一人で留守番している元老寺にお邪魔するのです。ソルジャーがキャプテンを連れてこなかったのは不幸中の幸いと言うべきか…。
「え、だって。仕方ないだろ、ソルジャーは暇でもキャプテンの方は色々と仕事があるんだよ。二人揃って休もうとすると特別休暇を取るしかないし、せっかくの休暇を無駄にするのはつまらない」
「その先、禁止!」
バスは公共の交通機関、と会長さんが注意をすれば、ソルジャーは。
「ぼくたちしか乗っていないじゃないか。問題ないと思うけど?」
「運転手さんもいるんだよ! とにかく禁止!」
「あ、そう。…命拾いをしたかな、君たち」
意味深な笑みを浮かべるソルジャー。バスの中からこの調子では先々が思いやられます。キース君が副住職としてビシバシ厳しく締めてかかれば大丈夫なのかもしれませんけど、そうなった時は私たちも漏れなく厳しいお寺ライフなわけで。
「あれっ、お寺ライフって楽しくないわけ?」
それは困るな、と呟くソルジャーに会長さんが。
「帰るんだったら今の内だよ、バスから消えるのは許さないけど降りてからなら人目に付かない。それとも途中でギブアップ? お寺ライフは厳しさが売りだ」
「うーん…。だけどキースの困りっぷりは凄かったし? 厳しさが楽しさに化けない保証は何処にも無いよね、この面子だしさ」
楽しくなるに決まっている、とソルジャーは思い切り前向き思考。そうこうする内にバスは元老寺の最寄りの停留所に着き、私たちは会長さんを先頭にゾロゾロと…。初めて来たソルジャーは山門や境内をキョロキョロ見回し、心浮き立つ様子です。
「へえ…。ノルディの家も大きいけれど、キースの家も大きいねえ」
「あんなのと比べないでくれるかな? お寺が穢れる」
会長さんが口を尖らせましたが、ソルジャーはまるで気にしていません。そもそもお寺という概念を正しく理解しているかどうか、その辺からして怪しいです。ミュウの供養を頼むのとセットで極楽の蓮の花をゲットしてくれと頼んでいるのはソルジャーですし…。
「ああ、あれね。極楽の蓮はゲットしなくちゃ! なんと言っても…」
「そこまで!」
会長さんがビシッと遮り、庫裏の玄関脇のチャイムを押すと暫くしてからパタパタと走る足音が。やがて玄関の戸がガラリと開いて。
「…なんだ、お前たちか」
墨染の衣に輪袈裟を着けたキース君が私たちを招き入れてくれました。
「物凄く悩んだんだがな…。結局、親父に白状したんだ。ブルーが留守番を申し出てくれたらオマケがゾロゾロついてきた、と。そしたら感激していたぞ。でもって、銀青様に気に掛けて頂けるとは有難い、この機会にお前も精進しろと」
「それはそれは。じゃあ、遠慮なく泊めて貰っていいんだね?」
「余計なヤツが一人いるのは黙っておいたが、誤差の範囲だと思っておく。そして精進しろと言われたからには規律正しく厳しくいくぞ」
俺が元老寺の法律だ、と告げたキース君はソルジャーにサラッと無視されて。
「法律はブルーじゃないのかい? ブルーの方が偉いんだしさ。ブルーそっくりな姿形のぼくもブルーと似たような立場だよね?」
「似ていないっ!」
あんたは普通の一般人だ、と言い返したキース君にソルジャーが。
「えーっと…。SD体制の下で苦労しているのに一般人? もう少し丁重に扱って欲しいな、確かに坊主じゃないけどさ」
「…分かった、客人として遇しよう。しかし、それにも限度はあるぞ」
寺の規律は守って貰う、とキース君は副住職の威厳を守るべく頑張っています。しかし会長さんだけでも頭が上がらないのに、そこへソルジャー。アドス和尚とイライザさんの代わりに留守番、無事に最後まで務まるんでしょうか…?
宿坊が休業中だというので少し心配していたのですが、広い庫裏には寝泊まりするための部屋が充分にありました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」とソルジャーには床の間つきの立派なお座敷。偉い人が泊まる部屋だそうです。そして私たちには…。
「この辺を好きに使ってくれ。風呂と洗面所はそっちにある」
「これってキースも使う部屋なの?」
部屋が多いね、とジョミー君が尋ねると。
「…いや、俺たちは使わんな。それに最近は使うこともない」
「「「は?」」」
「昔は寺で葬式をする人が多かったそうだ。俺が子供の頃にも数回あったか…。寺で葬式となると通夜も寺だし、仏様を寺に置く事になる。当然、家族や親族が泊まる。そのための部屋だな、この辺りのは。風呂と洗面所も檀家さん用だ」
「「「…うわぁ…」」」
お葬式用のスペースでしたか、この区画! いえ、お葬式ではないですけれども、関連というか、何と言うか。とりあえず家に仏様が出た人が使うスペースというわけで…。
「安心しろ、出たという話は聞いていない。畳や襖も取り換えているし、葬式の名残は無い筈だ」
そうは言われても複雑なもの。ジョミー君が余計なことさえ訊かなかったら知らずにいられたと思うんですけど…。キース君が立ち去った後、私たちはサム君を拝み倒しました。霊感があるサム君だったらヤバイ部屋があれば分かる筈です。
「えーっと…。この部屋は何もいないぜ、大丈夫だな。こっちは…。うーん、ちょっと電気が暗く見えるし、ひょっとしたら何か…。ああ、あの隅っこに染みがあるよな」
「「「ひぃぃぃっ!!!」」」
「え、別に問題ないんだぜ? ほら、裏山に墓地があるだろ? あそこから霊道が延びてるんだな、お盆とかにこの部屋を通ってお帰りになるだけで……って、ダメなのかよ?」
そんなのダメに決まってる、と両手で大きな×印を作る私たち。サム君は会長さんの弟子として朝のお勤めをやってますから平気なのかもしれませんけど、一般人には仏様が通る道というのはアウトでした。同じ仏様でも阿弥陀様とかお釈迦様なら良かったんですが…。
「キース先輩、酷いですよね。霊道を避けたら二つしか無いじゃないですか、部屋が」
「女の子に一つ渡さなきゃだし、ぼくたち、ギュウギュウ詰めだよね…」
ジョミー君たちは六畳の部屋に四人で泊まる羽目に陥りました。サム君が霊道のある部屋に一人で行こうかと言ったのですけど、必死に引き止めた結果です。なんでもウッカリ何かが出てきた時に、少しでもお経が読めるサム君が部屋にいないと困るとか…。
「おやおや、男子は鮨詰めなのかい?」
みっともないね、と廊下の向こうから登場したのは会長さん。ソルジャーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」もくっついています。
「霊道がどうとかと騒いでるのは見えていたから、通られたって問題ないように祈祷しようかと思ったのにさ。…お経が読めるサムを御守りにして女子を放置は頂けない。せいぜい鮨詰めになっていたまえ、ご祈祷は女子の部屋だけだ」
「「「えーーー!!!」」」
それはヒドイ、と騒ぐ男子には目もくれないで、会長さんはスウェナちゃんと私が泊まる事になった部屋でお経を唱えてくれました。緋色の衣は着ていなくても、伝説の高僧、銀青様のお経です。これで今夜は大丈夫、とホッと安心、鮨詰め男子は羨ましそうで。
「心配しなくても出やしないってば、霊道のある部屋の方でもね。アドス和尚とキースが日頃しっかり守っているから、悪いものは何もいないんだよ」
みんな成仏してるんだ、とアドス和尚たちを褒める会長さんにソルジャーが。
「それを聞いたら嬉しくなったよ。キースは頑張ってくれるだろうし、ミュウも成仏出来るだろう。ぼくとハーレイも極楽に行けるに違いないから、素敵な蓮をゲットしなくちゃ」
「蓮をゲットとか言い出す前にね、こうしてお寺に来たんだからさ、君もしっかりお念仏を」
「そっちはパス! ぼくはキースにお願いしたんだ。ソルジャーの仕事にお念仏は含まれていないんだよ」
ミュウの救出やら戦闘やらで手いっぱい、と逃げを打つソルジャーが元老寺までやって来たのは明らかに物見遊山でした。会長さんの家ともエロドクターの豪邸とも違い、マツカ君の別荘とも違う建物が並ぶ元老寺。普段と違う生活ってヤツをしてみたくって飛び込んできたみたいです…。
「…えっ、これだけ?」
物見遊山で来たソルジャーが目を丸くしたのは昼食の席。元老寺に着いた時間が遅かった上に部屋割などで揉めていたため、アッと言う間にお昼の時間に。キース君に呼ばれて庫裏のお座敷に出掛けてみれば、机の上には丼鉢がドカンと置かれていたのですけれど。
「俺の料理に文句があるのか?」
ギロリと睨むキース君。丼鉢の中にはたっぷりの出汁と太いウドンに油揚げ。いわゆるキツネうどんです。たったそれだけ、他には無し。この昼食は酷すぎる、と私たちも思ったのですが…。
「お前たちまで文句を言う気か? 寺の昼飯はこんなものだぞ、宿坊の方とは違うんだ。さっさと食べて午後の仕事に備える、それが坊主の基本だが?」
座禅の宗派よりはマシな食事だ、とキース君。あちらは朝、昼、夜とお粥に漬物、おかずがついても胡麻豆腐とかの精進料理が一品、二品と言われても…。
「それは確かに基本だけどねえ…。あっちの世界も裏技があるって言っただろうに」
大きな声では決して言えないすき焼きパーティー、と切り返した会長さんにキース君は。
「前にあんたが言ってたっけな。だが、お接待の時の話だろう? 普段の食事は厳しいものだと聞いている」
「本当に君は頭が固いね。そんな粗食じゃ肉体労働出来ないよ。あそこは薪割りだって修行なんだし、そのためのエネルギーが要る。あれでなかなかバラエティー豊かな食事だってば」
表舞台に出てこないだけ、と会長さんが挙げた中にはカレーライスまでありました。匂いが強いため、元老寺でも滅多に作らないのがカレーライスだと聞いています。そんな食事を羅列されるとキツネうどんは粗食としか…。
「すまん、手抜きは認めよう。…せめてチャーハンにするべきだった」
「分かればいいんだ、夕食はマシなのを期待してるよ」
「うんうん、ぼくが来て良かったと思えるような豪華なヤツをドッカンと!」
ひとつよろしく、というソルジャーの希望はアッサリ却下されました。キース君はご本尊様に供える御膳も作らなくてはならない上に、夕方のお勤めがあるのです。手の込んだ夕食を作る暇は無く、大鍋で煮込むポトフくらいが限界だそうで。
「うーん…。お寺の食生活って悲惨なんだねえ…」
同情するよ、とソルジャーに言われてしまったキース君は。
「普段、おふくろ任せだからな…。坊主も裏方も兼任となると手が回らん」
「かみお~ん♪ ぼくが作ってあげようか?」
ご本尊様の御膳もオッケー、と挙手した「そるじゃぁ・ぶるぅ」を伏し拝んだのはキース君とソルジャーだけではありませんでした。いくら留守番生活とはいえ、食事は豪華にいきたいものです。これで夕食はバッチリですし、お寺ライフも悪くはないかも?
キツネうどんの昼食の後、キース君は部屋に籠って事務をしながら電話番。御布施とかもキッチリ帳簿をつけておかないと大変なことになるのだとか。お寺に税務署がやって来るなんて初耳です。その合間には檀家さんが世間話をしに来たりして、副住職って大変そう…。
「そりゃね、お寺を預かるとなると色々と…ね。ぼくがフリーなのはその辺かな?」
住職まではやってられない、と会長さん。ソルジャーも帳簿と聞いて思い切り顔を顰めてますから、そういうのは嫌いなのでしょう。副住職を頑張っているキース君を他所に私たちは庫裏でスナック菓子を食べたりしながら遊び呆けている内に…。
「御膳、出来たよ!」
夕食を作ってくると出掛けて行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が戻って来ました。
「えっと、えっとね、キースが本堂に来て下さいって! 御膳を供えてお勤めするからって!」
「「「………」」」
ついに来たか、と私たちは足の痺れを覚悟しながら本堂へ。ソルジャーもついて来ましたけれども、第一声が。
「そこの椅子って、座っていいよね?」
「貴様ぁ!」
声を荒げたキース君に、会長さんが唇に人差し指を当てて。
「シーッ! ブルーは正座に慣れてないんだ、途中でゴソゴソされるよりかは椅子席の方が」
「くっそぉ…。おい、他の連中は正座だぞ? 例外はあいつだけだからな!」
あーあ、やっぱりダメでしたか…。ソルジャーが椅子席OKだったら私たちも、と一瞬だけ夢を見てたのに…。ソルジャーは悠々と椅子に陣取り、私たちは畳に並んで正座。キース君が厳かに鐘を鳴らして読経が始まり、会長さんとサム君が唱和して。
「「「…南無阿弥陀仏」」」
キース君たちが深く頭を下げ、夕方のお勤め終了です。明日の朝にもお勤めしなくちゃダメなのでしょうが、これで半分過ぎたのですから上々かと…。ん…? ソルジャーがスタスタと内陣に入って行きますが…?
「なんだ、あんたは?」
用があるのか、と訊くキース君に、ソルジャーは。
「これが阿弥陀様ってヤツだよねえ?」
「指を指すな、指を! 失礼だろうが! …ご本尊様に何か用か?」
「んーと…。蓮かな、って思ってさ」
「蓮以外の何に見えると言うんだ!」
何処から見ても蓮だろうが、とイラついているキース君。阿弥陀様の前にはキンキラキンの一対の蓮が飾られています。立体的、かつ写実的な出来の蓮の花と葉は見間違えようがありません。
「それが蓮だと言うのは分かるよ。そうじゃなくって、阿弥陀様の下にあるヤツのこと。蓮の花びらみたいに見えるんだけど…」
「なんだ、そっちか。そいつは蓮台と呼ばれている。あんたの言うとおり蓮の花だが、よく気付いたな。そもそも蓮台というヤツは…」
解説を始めようとしたキース君でしたが、ソルジャーは。
「やっぱり蓮の花だったんだ? でもって頭がポコポコしてるのってさ、髪の毛なのかな? ちょっとノルディに似てるよね」
「あんな野郎を引き合いに出すな! 髪の毛なのは認めるが…。いいか、あの髪は螺髪と言って」
「エロイのかな?」
「偉いに決まっているだろうが!」
阿弥陀様だぞ、とキース君は畳に座り直して。
「…これも御仏縁というものだろう。阿弥陀様がどういう御方か、この機会に聞いておくといい」
「いいよ、聞かなくても分かったからさ。理想の極楽を体現しているらしいってことは」
「「「えぇぇっ!?」」」
まさかソルジャー、夕方のお勤めに一度出ただけで見事に悟りを開きましたか? あまりの展開にキース君も会長さんもポカンと口を開けてますけど…。
「エロイんだよ、うん、阿弥陀様は」
お寺ならではの大きくて立派な阿弥陀様の立像をしみじみと見上げ、ソルジャーは感慨深そうに。
「ぼくがキースにお願いしたのは極楽往生だったよね? ハーレイと同じ蓮の花の上に生まれられますように、って代わりに祈って貰ってる。ハーレイの肌が映える色の蓮でお願いします、って」
「…おい、それ以上を口にするなよ? ご本尊様の前なんだぞ」
やんわりと注意したキース君に、ソルジャーは「なんで?」と首を傾げて。
「別に問題無いだろう? それに阿弥陀様から遠い蓮がいいってお願いしたけど、その必要はなさそうだ。阿弥陀様は理解がありそうだしさ」
「何の話だ?」
「えっ、ハーレイと同じ蓮の上に生まれた後だけど? エネルギー切れを気にせずヤリまくるには阿弥陀様から遠い所、と思ってたけど大丈夫そうだね、エロイ人なら」
「…すまん、もう一度言ってくれるか? エロイ人とか聞こえたんだが」
俺の聞き間違いだよな、とキース君が尋ね、私たちもハッと息を飲みました。ソルジャーは「エライ人」と言っているのだと思い込んでいましたけれど、まさか、もしかして「エロイ人」って…?
「エロイ人って言ってるよ? 君も「エロイに決まっている」と答えたじゃないか」
こっちのノルディに似たヘアスタイルでピンと来たのだ、とソルジャーは得意そうに胸を張って。
「あの髪形ならエロも好きかな、と思ってさ。君に訊いたらそうだと言うし、おまけに蓮の花に乗ってるし…。極楽って本当にエネルギー切れせずにヤリまくれるんだね、期待してるよ。あっ、でも……やっぱり阿弥陀様から離れた蓮がいいのかな? ハーレイは見られているとダメなんだっけ…」
どっちの蓮がいいと思う? と訊くソルジャーは阿弥陀様という存在を完全に誤解していたのでした。偉いのではなくてエロイ人。ソルジャーの理想の蓮の花の上での極楽ライフを肯定するのに都合がいい方向に勘違いされた阿弥陀如来像に、私たちは声も言葉も無くて。
「……バカヤロー!!!」
キース君の怒声が本堂に響き渡るまでの間にソルジャーはウットリと阿弥陀様を見詰め、妄想の世界にドップリと。一度間違えて覚え込んだ事を忘れさせるのは大変です。それもタイプ・ブルーな上に会長さんよりも経験値の高いソルジャーともなれば難しすぎで。
「元老寺に来て良かったよ。お念仏を唱える気にはなれないけれど、極楽往生はしないとね」
阿弥陀様という素晴らしい御手本もあることだし、と熱い口調で語りまくるソルジャーは夜が更けてからも勘違いをしたままでした。会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒に泊まる立派なお座敷に私たちを呼び、蓮の花の位置をどうするべきかを真面目に検討し続けています。
「…ハーレイのヘタレっぷりから考えるとねえ、阿弥陀様から遠い方がいいと思うんだ。だけど阿弥陀様はエロイ人だし、近いとパワーが凄いかも…。ハーレイのヘタレも治りそうだけど、どう思う? ブルー、専門家としての君の意見は?」
「…いい加減、寝たら? 明日の朝にはキースがお勤めの後で有難い法話をしてくれるってさ」
それを聞いてから考えろ、と会長さん。
「阿弥陀様と極楽について色々と話すそうだから…。ここでグルグル考えてるより、すっきり目覚めた朝の頭で答えを出すのがいいと思うよ」
「ああ、そういうのもいいかもね! 冴えた頭が一番だよね」
ついでに寝る前にハーレイと思念で相談しよう、とソルジャーが布団に潜り込むのを見届けてから私たちは部屋に戻ってゆきました。出る部屋だとか霊道だとかは疲れ果てた頭にあるわけもなく。
「…なあ、明日の法話ってどうなるんだよ?」
キースだよな、とサム君が眉を寄せ、シロエ君が。
「会長がなんとかするんでしょう。キース先輩の法話に集中している間に意識をチョチョイと修正するとか…」
きっとその方法で直りますよ、と力説しているシロエ君。廊下から真っ暗な庭を覗くと、キース君の部屋の窓から今も明かりが漏れていました。ソルジャーの勘違いを訂正するべく、明日の法話の原稿や内容をせっせと練っているのでしょう。
「…エロイ人ねえ…」
ぼくでも其処まで間違えないよ、とジョミー君が溜息をつき、私たちは自然と本堂の方に向かって両手を合わせてお念仏。偉くて立派な阿弥陀如来様、ソルジャーをよろしくお願いします。ぶっ飛びすぎた勘違いですけど、正してあげて下さいです。そして仏罰が当たりませんよう、南無阿弥陀仏…。
副住職の受難・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
元老寺の副住職になったキース君の苦労の一端、少し感じて頂けたでしょうか?
7月、8月と月2更新が続きましたが、9月は月イチ更新です。
来月は 「第3月曜」 9月16日の更新となります、よろしくお願いいたします。
そして去る7月28日に 『ハレブル別館』 に短編をUPいたしました。
ブルー生存ネタな 『奇跡の狭間で』 、読んで頂けると嬉しいです。
←ハレブル別館は、こちらからv
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、8月はハーレイの日でございます。今年も中継をするようですが…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
生徒会室の過去ログ置き場も設置しました。1ヶ月分ずつ順を追って纏めてあります。
1ヵ月で1話が基本ですので、「毎日なんて読めない!」という方はどうぞですv
ソルジャー夫妻と一緒に心霊スポットへお出掛けな7月分もUPしました!
←過去ログ置き場へは、こちらからv