シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
今年も夏休みがやって来ました。柔道部三人組の合宿も無事に終わって数日が過ぎ、今日からマツカ君の山の別荘へみんな揃ってお出掛けです。お弁当を買って貸し切りの車両に乗り込み、最初はワイワイ騒いでましたが…。
「あれっ、キースは寝ちゃったわけ?」
声がしないと思ったら、と言うジョミー君の後ろのシートでキース君はぐっすり眠ってしまっていました。封を開けたポテトチップスの袋を落とさないよう握っているのが流石です。
「寝かせてあげればいいと思うよ、きっと疲れているんだろう」
なにしろお盆が近いから、と会長さん。ジョミー君とサム君は棚経にお供しますけれども、最初のような地獄の自転車修行とかは最近ありません。直前に師僧の会長さんが作法や読経の特訓をして元老寺へと送り込むのが定番です。
「あー、お盆かぁ…。あれって準備が大変だしなぁ」
寝かせとこうぜ、とサム君が応じ、そろそろお弁当でも食べようか、ということになった所でキース君の声が響き渡りました。
「くっそぉ、卒塔婆五十本!!!」
「「「!!?」」」
起きたのか、と振り向いてみればキース君は変わらず爆睡中。ただ、叫ぶと同時に振り回したらしくポテトチップスが床に飛び散っています。
「…なんとも派手な寝言だったねえ…」
会長さんが苦笑し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「あーあ、空っぽになっちゃってる…。もったいないけど落ちちゃったしね」
お掃除しなきゃ、とポテトチップスを拾ってゴミ袋に入れ、キース君の手には空の袋だけが残りました。後でネタにして笑ってやろう、とジョミー君たちと話していると、会長さんがそれを制して。
「電車の中でサラッと流すのは勿体ない。別荘に着いてから尋問したまえ、夕食の後がお勧めだね」
「「「えっ?」」」
「君たちには察知出来なかっただろうけど、寝言を叫んだ瞬間にさ…。キースの心が零れたわけ。面白いからゆっくり話を聞くといい」
今はポテチの袋と寝かせておこう、と微笑む会長さんは優しいんだか怖いんだか。卒塔婆五十本は気になりますけど、そういうことなら話は別です。私たちは和やかに駅弁を食べ、やがて目覚めたキース君は空のポテチを不思議そうに眺めたものの、食べられてしまったと思ったらしく。
「…すまん、眠ってしまったようだ。申し訳ない。……だが、俺のをポテチを食っていいとは言っていないぞ」
「寝た方が悪いね、食べ盛りの高校生に仁義は無いよ」
それこそあっちの世界の「ぶるぅ」並み、と会長さんがピシャリと切り捨て、ポテチの件はそれでおしまい。ソルジャーの世界の「ぶるぅ」だったらキース君の駅弁も消えていたでしょう。キース君、駅弁が残っていただけ良かったと思わなきゃですねえ…。
こうして電車は順調に走り、山の別荘地の最寄り駅へ。そこから迎えのマイクロバスに乗り、マツカ君の別荘に到着です。出迎えてくれる執事さんの姿は出会った頃と殆ど変わり無し。独身人生だった執事さんはシャングリラ・プロジェクトに参加を申し出、今や私たちのお仲間でした。
「いらっしゃいませ。いつものお部屋を御用意いたしました」
「「「お世話になりまーす!!!」」」
元気に返事し、勝手知ったるゲストルームへ。荷物を置いたら旅での運動不足解消を兼ねて軽く散歩し、それからシェフ特製のレモンシャーベットやレモンパイなどを食べつつ明日の相談。乗馬だ、ボートだ、トレッキングだと騒いでいる内に日は暮れて…。
「かみお~ん♪ 御飯が済んだら尋問だよね?」
そうだったよね、と夕食のテーブルで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が無邪気に聞くまで忘れていました、例の件。豪華な食事は既に終わって紅茶とコーヒーが出ています。
「ああ、卒塔婆!」
そう叫んだのは誰だったのか。ワクワク気分の私たちの中で、キース君だけが怪訝そうに。
「何の話だ?」
「忘れたのかい? 君が電車で叫んだんだよ」
ぼくはバッチリ覚えている、と会長さんがニッコリと。
「君が寝ている間に消えたポテチは盗み食いされたわけじゃない。君が寝呆けて振り回したんだ。床に飛び散って誰の胃袋にも収まることなくゴミ箱行きさ。…食べ物を粗末にしてしまったお詫びに、まずは罰礼十回だね」
そっちの床で、と指差した先は絨毯の無い板敷きの部分でした。罰礼は南無阿弥陀仏に合わせて五体投地をするモノだ、と私たちも学習しています。気の毒に板敷きで十回ですか…。
「く、くっそぉ…。だが、本当なら仕方がないか…。阿弥陀様、申し訳ありませんでした」
南無阿弥陀仏、と頭を垂れたキース君は椅子から立って行って罰礼十回。まあ、本職のお坊さんですし、アドス和尚に千回とかもやらされてますし、十回くらいは軽いでしょう。罰礼を終えたキース君は再び席に着き、コーヒーを一口飲んでから。
「で、俺が卒塔婆と叫んだのか? ポテチの袋を振り回して?」
「うん。ぼくの記憶に間違いなければ、「くっそぉ、卒塔婆五十本!!!」とね」
会長さんが同意を求めてテーブルを見回し、一斉に頷く私たち。さあ、尋問タイムの始まりです。
「卒塔婆五十本でキレるようでは副住職は務まらないと思うけど? この時期、お寺と卒塔婆は切っても切れない関係だよねえ。元老寺ほどの規模になったら何本なんだか」
「やかましい! 俺だってちゃんと計画的に書いているんだ、卒塔婆をな!」
来る日も来る日も卒塔婆書き、と呻くキース君。お盆といえばお墓参りで、お墓に欠かせないのが卒塔婆。お盆の法要で檀家さんが納める卒塔婆を供養し、お墓に供えて貰うのですが…。大前提としてキース君とアドス和尚が大量の卒塔婆を用意することになるわけです。
「親父と俺とで分業なんだが、お互いのノルマは決まっている。それなのに親父が昨日、押し付けてきやがったんだ! 自分の分を五十本も!」
「五十本ねえ…。遊びに行くならやっとけって?」
如何にもありそうな話だよね、と会長さんが相槌を打てば。
「そうじゃない! ミスッた現場を見られちまって、「明日から遊びで弛んでいるな」と五十本なんだ、クソ親父め!」
「それなら自業自得じゃないか」
文句を言えた筋合いではない、と会長さんは冷たく流しましたが、キース君も負けてはいません。
「本当に弛んでたんならな! そうじゃないんだ、俺はだな…」
「俺は?」
「こう、延々と卒塔婆を書いているとだ、無我の境地に入ることもあるが、他のヤツらはどうしてるだろう、と雑念が入ることもある」
何処の寺でも今頃は卒塔婆、とキース君は前置きをして。
「昨日は雑念が浮かぶパターンで、先輩の顔が浮かんでな。そこから色々と芋蔓で…。まだ着られないのに紫の衣を着やがったヤツがいたっけな、と」
「「「紫?」」」
「そうだ、紫だ。俺の歳ではまだ着られん。ついでに着られる資格も無い。どう頑張っても四十歳までは着られないんだが、最近、手伝いに行った法要で……俺の同期が堂々と!」
ド田舎寺だと思いやがって、とキース君は拳を握り締めています。えーっと、ド田舎寺って、何が?
「そうか、お前たちは知らないか…。アルテメシアは璃慕恩院があるし、絶対に有り得ないんだが…。地方へ行くと本山の睨みが効かなくなる分、決まりを守らないヤツが出る。俺の同期もそのパターンなんだ。俺が突っ込んだら、「俺の地元ではこれが普通だ、習慣だ」と!」
アレは絶対に嘘八百だ、とキース君はブツブツと。
「習慣で紫が着られる地域は確かにある。だが、そういうのは老僧だ。年を重ねた熟練の人なら資格だけ持った若造などより素晴らしい方もおられるからな…。資格が無くても紫というのは理解出来る。しかし俺と同期で紫は無い!」
ただの自慢で見せびらかしだ、とキース君。
「おまけに相当いいのを仕立てたらしい。すげえだろ、と俺たちの前で衣の袖をヒラヒラとな…。アレを思い出してブチッとキレたら、卒塔婆の上に墨がボタッと」
「「「………」」」
「マズイと思って使った道具も悪かった。レトロにやったらバレなかったかもな…」
失敗した、と嘆くキース君が使った道具は卒塔婆文字削り機。なんでもケーキ作りとかに使うハンディミキサーそっくりなモノで、泡立て器の代わりに円盤型のヤスリが付いているのだとか。スイッチを入れれば泡立て器ならぬヤスリが回転、間違った部分だけ綺麗に削れる仕組みで。
「電動式だけに音が出るんだ、地道に俺の手で削ればよかった…」
キース君は運悪く廊下を通りかかったアドス和尚に音を聞かれてミスをしたのがバレたのです。一ヶ所を削る手間を惜しんだばかりに卒塔婆五十本。文字通り「急がば回れ」というヤツで。
「くっそぉ、余分に五十本も! 親父も憎いが紫が憎い!」
俺も着られる歳になったら最高級のを仕立ててやる、とキース君はマジ切れでした。法衣なんてどれも同じかと思ってましたが、同じ色でもピンからキリまであるようです…。
山の別荘ライフの間にキース君の寝言と卒塔婆五十本は何度も話題に上りました。帰ったら卒塔婆五十本だぜ、とからかわれる度にキース君が黄昏れるため、ついつい言ってしまうのです。そんな楽しい別荘ライフも今夜で終わり、という夜のこと。
「紫かぁ…」
会長さんがボソッと呟きました。とっくの昔に夕食は済み、一番広い会長さんの部屋に皆で集まっていた時です。
「ぼくも紫は着られるんだよねえ、せっかくだから作ろうかな? キースのとセットで最高級のを」
「おい、それは俺へのあてつけか!? 俺は紫はまだ無理なんだぞ!」
「だからさ、いつか着られる身になった時に自慢するのにピッタリのヤツを」
君は自慢するタイプじゃないけど、と会長さんは断ってから。
「最高級の紫を着るのに相応しい器になるよう努力するのさ、言わば目の前のニンジンだね。そういう法衣を持っていたなら頑張れるだろう?」
「………。あんたがプレゼントしてくれるのか?」
高いんだよな、とキース君が尋ねれば、会長さんは。
「うーん、そもそも販売してないと思う。最高級のは紫根染めだろ?」
「よく分からんが、天然染料のヤツらしいな」
アレは高い、とキース君。首を傾げる私たちに会長さんが説明してくれましたが、紫根染めは紫草という植物の根っこを使って染めるそうです。化学染料より手間がかかる分、お値段もグンと跳ね上がるわけで。
「紫草を育てる所から始まるしねえ…。でもさ、それどころじゃない紫がある。王様しか着られませんでした、ってくらいに高級なのがね。キース、君なら知っていそうだけれど?」
「…貝紫か?」
「そう、それそれ!」
「「「カイムラサキ?」」」
なんのこっちゃ、とオウム返しな私たち。会長さんはニッコリ笑って。
「貝から採れる染料なんだよ、ストールを一枚染めるだけでも二十キロ以上の貝が必要。これで法衣を染めるとなったら百キロじゃとても足りないね。貝紫の着物は売られてるけど、法衣は無いかと」
「あんた、法衣を注文する気か?」
「それじゃ全然面白くない。染めちゃうんだよ、ぼくたちでね」
「「「は?」」」
会長さん、なんて言いました?
「染めるんだってば、法衣用の生地を二人分! 海の別荘行きがあるだろ、その時にさ。染めたら仕立てはプロにお任せ、かかる費用は生地代と仕立て代だけってね」
格安コースで最高級の貝紫! と会長さんはブチ上げましたが、キース君が。
「…それは殺生と言わないか? 紫草なら植物だがな、貝紫となったら貝を思い切り殺しまくりで、法衣に相応しくないような…」
「それを言うかな、坊主の君が? この夏だって誂えてただろ、正絹の法衣! 絹ってヤツはね、繭の中の蚕が死んじゃっていたら規格外。生きたまんまで熱乾燥するか、釜茹でだよ? 法衣一枚に蚕が何匹必要なのかな?」
既に殺生しまくりだよね、と指摘されてしまいグウの音も出ないキース君。そこへ会長さんがダメ押しの如く。
「ぼくの知り合いが体験しちゃった実話だけどさ。檀家さんの家で法事があって、紫の衣を着て行ったわけ。お布施の額が多い檀家さんだし、もちろん最高級の絹をね。家での法事だと、読経の間に香炉を回してお焼香だろ?」
それは会長さんの家の和室で何度か体験済みでした。一番最初は会長さんの留守中にキース君が仕切った仏道修行体験だったっけ、と懐かしく思い返していると。
「そうやって香炉を回していくと、最後はお仏壇の前に戻るよね? でもって、法事の締めは法話だ。ぼくの知り合いも法話をしていた。すると何処からか匂いがするわけ」
お線香だろ、と誰もが思ったのですが、さに非ず。漂う匂いは動物性の、なんとも臭い代物で。
「妙な匂いがしているな、と気になりつつも法話をしてたら、檀家さんが「和尚さん、衣が焦げてます!」と…。香炉の上に袖が乗ってたんだね、それがブスブス焦げてたってさ。衣は焦げたら臭いんだよ。動物性だという証拠だよね」
草木を燃やしても臭くはならない、と法衣のための殺生の正当性を主張してのけた会長さんはウキウキとして。
「というわけで、海の別荘で貝紫! 素敵な生地が出来ると思うよ、それに使う貝は美味しく食べられるんだ」
無駄な殺生というわけではない、と聞かされて納得の私たち。今年の海の別荘ライフも楽しいことになりそうです。染める生地はマツカ君が用意してくれることに決まって、いざ、貝紫とやらにチャレンジですよ~!
海の別荘へ出掛けるまでの間に、キース君は自分のノルマの卒塔婆に加えてアドス和尚に押し付けられた分を五十本。それが済んだらジョミー君とサム君も巻き込んで猛暑の中を棚経に回り、お盆の法要などと大忙しで。やっと終わった、と海の別荘行きの貸し切り車両に乗り込んでみれば。
「凄い紫を染めるんだって?」
ぼくも欲しいな、と赤い瞳を輝かせる人物が約一名。そう、私たちは綺麗サッパリ忘れ去ってしまっていたのです。例年、自分たちの結婚記念日に合わせて海の別荘行きの日程を仕切り倒しているソルジャーを。
「あっ、ぼくが欲しいのは法衣じゃないよ? ぼくのマントも紫だからさ、一緒に染めて貰おうかなぁ…って。色が薄めだから貝はそんなに沢山要らないと思うんだ、うん」
「ブルーの分も是非、お願いします。地球の海の貝で染めた紫はさぞ美しいかと…」
ブルーに着せたらきっと映えます、とキャプテンが力説しています。バカップルだけにソルジャーを着飾らせたい気持ちは分かりますけど、でも、マントですよ? 普段と全く変わりませんよ? それでも別にいいのかな、などと考えていると、会長さんが。
「マントは無理だね、生地が特殊すぎる。…貝紫で染められるようなものじゃない」
「えーーっ? だったら似たような生地だけでも…。実用じゃなくて御洒落着で!」
シャングリラの中だけで着ることにするから、と食い下がるソルジャー。王様くらいしか着られなかったという高級品に惹かれまくっているようです。おまけに憧れの地球の海に棲む貝を使って染める辺りがツボらしく。
「頼むよ、ぼくのマントの分も! 生地だけでいいから!」
欲しいんだよ、と駅弁の蓋も開けずにソルジャーは拝み倒しています。会長さんがフウと溜息をついて。
「…その生地、どうするつもりだい? 君も、君のハーレイも裁縫が得意なタイプじゃないよね? かといって、君のシャングリラの服飾部に生地を回せば大変なことになりそうだけど?」
「えっ? あっ、そうか…。持ち込みだから耐久性とかをテストするよね、その段階で燃えるか溶けるか…。テストするのはサンプルだけど、布本体も適性無しとしてお蔵入りかぁ…」
ぼくのマントは作れないね、とガックリ肩を落とすソルジャー。よほど貝紫のマントが欲しかったのか、もう本当に残念そうで。
「おい、ぶるぅで何とか出来ないのか?」
キース君の声に「ぶるぅ」がブンブン首を横に振って。
「無理、無理、無理! ぼく、お裁縫なんか出来ないもん!」
「お前じゃないっ! こっちのぶるぅに決まってるだろう! どうなんだ、ぶるぅ?」
「え? えーっとね、本物は無理! だけど見た目にソックリなヤツってだけなら縫えそうだけど…。仕上げにサイオンでコーティングしたら丈夫になるし、御洒落着だったら大丈夫かも…」
だけど外には着て行かないでよ、と念を押した「そるじゃぁ・ぶるぅ」にソルジャーは大感激でした。本物の地球でも最高級の紫、しかも海から採れる色。それをマントに出来るというのが嬉しくてたまらないようで。
「ありがとう、ぶるぅ! 絶対に外には着て行かないよ、大切にする。シャングリラの中だけで大事に着るね」
だからよろしく、とペコリと頭を下げるソルジャー。キャプテンも深々とお辞儀しています。マツカ君が執事さんに早速連絡を入れ、布地の追加が決定しました。マントの質感に近い素材を調達するため、大量のサンプルが別荘に先回りしていそうです…。
海の別荘に到着するなり、私たちは二階の広間に案内されてソルジャーのために生地選び。会長さんとキース君の法衣用の生地は納入済みで今日からだって染められますけど、ソルジャーの分を早く決めないと時間が無駄になっちゃいますから。
「こちらの生地など、どうでしょう?」
質感がよく似ていますよ、と真っ白い生地の海から教頭先生が一枚選び出しました。ソルジャーはそれを肩に掛けてみて。
「うーん、なんというか、もうちょっと…。でも、今までで一番近いかな? ぼくのハーレイが選んだヤツも、ブルーが選んだヤツもイマイチ感がもっと」
「ありがとうございます。…では、もう少し探してみましょうか」
似たようなので…、と探しまくっている教頭先生。会長さんとキャプテン、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も頑張っていますが、私たちはソルジャー服自体に馴染みが薄いので見ているだけ。最終的にソルジャーがOKを出した生地は教頭先生が選んだものでした。
「凄いね、君は。ぼくのハーレイでもロクに分かってないのにさ」
毎晩脱がせているくせに、とソルジャーが笑い、教頭先生は耳まで真っ赤に。言われてみれば教頭先生、会長さんのマントなんかに馴染みがあるとは思えませんけど…。まさか密かに脱がせてるとか、着せているとかはない…ですよねえ…?
「失礼な! なんだってぼくがハーレイなんかに!」
会長さんの怒声に首を竦めたのは私だけではなく、殆ど全員。会長さんは唇を尖らせながら。
「…ハーレイがプロのエステティシャンなのは知ってるだろう? 指先の感覚が優れてるわけ。ついでにシャングリラ号に乗ってる時にエステを頼めばマントに触る機会もあるしね、似たような生地を選べて当然!」
別に不思議でも何でもない、と言い切る会長さんに、ソルジャーが。
「そうかなぁ? それだけじゃなくて、やっぱり愛かと…。ねえ、ハーレイ?」
尋ねられたキャプテンも頷いて。
「私も愛だと思いますが…。職人技というだけでは無理でしょう。やはり、こちらのブルーを深く愛しておられるのが大きいですよ」
「……いえ、私はブルーに着せるならどれかと思って選んだだけで……」
教頭先生が頬を赤く染め、会長さんが。
「違う、違う、違うーーーっ!!! ハーレイのヤツは職人技!」
愛なんかあってたまるものか、と怒鳴り散らしている会長さん。生地選びからして揉めてますけど、こんなので上手く染められるかな…?
その日は海で軽く泳いで夕食、翌日からの作業に備えて早寝。ソルジャー夫妻は早寝どころか熱々だったかもしれません。海の別荘は二人が結婚した場所で、初日が結婚記念日です。もちろん夕食も二人のために豪華料理でお祝いのケーキもついていましたが、毎年のことだけに慣れてしまって。
「かみお~ん♪ みんな、早いね!」
「おう! あいつらのことは知らないけどな」
まだ寝てるかもしれねえぜ、とサム君が上を指差す朝の食堂。ソルジャー夫妻と「ぶるぅ」以外は貝紫染めに挑戦するべく早々と起き出して来たのです。そもそも「貝で染める」としか聞いていませんし、どんな作業になるんだか…。楽しみだね、などと言いつつ食べ終える頃に。
「おはよう、もうすぐ出掛けるのかい?」
「おはようございます」
ソルジャー夫妻が入って来ました。後ろから「ぶるぅ」が眠そうな顔で。
「かみお~ん♪ ぶるぅのお部屋に泊めて貰った方が良かったかも…」
大人の時間が凄すぎて、と朝っぱらから爆弾発言。うるさくて眠れなかったわけではなく、興味津々で見ていた結果、寝不足になったらしいです。ああでこうで、と難解な専門用語の嵐に私たちは悩むばかりで、教頭先生は派手に鼻血を。会長さんは頭を抱えて呻いてますし…。
「うう…。ぶるぅ、その辺でやめてくれるかな? ハーレイが倒れたら困るんだよ」
「えっ、なんで? こっちのハーレイ、ブルーと大人の時間なの?」
そういう関係になっちゃってたの、と目を丸くする「ぶるぅ」と、テーブルに突っ伏す会長さん。なんとも前途多難です。やっとのことで立ち直った会長さんはオレンジジュースを一気飲みして。
「いいかい、ぶるぅ。こっちのハーレイはただの戦力! 夜はしっかり眠って貰って昼間はガンガン働いて貰う。ブルーのマントを染めるためには貝を沢山採らないとね」
「ああ、そっか! いつもサザエとか採ってくれるもんね!」
サザエにアワビ、と歓声を上げる「ぶるぅ」の頭の中は美味しいもので一杯になり、アヤシイ発言は収まりました。私たちがオタオタしていた間にソルジャー夫妻は朝食をすっかり食べ終えていて。
「これで一緒に出掛けられるね、水着に着替えて出発だよね?」
「痕をつけないよう気を付けましたし、ブルーも泳ぎに行けますから」
「かみお~ん♪ ハーレイ、頑張ったもんね!」
「「「………」」」
トドメの一撃を食らったような気がしましたが、メゲたら負けというもので。私たちは水着に着替えてプライベート・ビーチに出掛けてゆきました。いつものパラソルと椅子やバーベキュー用の竈なんかが揃っています。その他に特設テントがあって、会長さんが。
「貝紫染めの作業用に頼んだんだよ、あのテント。でも、その前に…。まずは貝紫染めの実演からだね。ちょっと反則技だけど、こう」
ザブザブと海に入って行った会長さんが海中に突っ込んだ右手を上げると、握り拳ほどのサイズの巻貝が。全体的に赤っぽい色をしています。会長さんは浜辺に戻って来て。
「これはアカニシ貝と言うんだ。潮干狩りの時期だと今みたいに浅瀬で採れるんだけど、この季節はもっと深い場所にいる。ハーレイやキースたちの出番だね。海の中の砂地で探してみてよ」
頑張って潜ってひたすら採るべし、と会長さん。手に持った貝は瞬間移動で沖から採ってきたそうです。
「この貝の身を、こう出して…と。肝の所を切って出てくるコレが貝紫の素のパープル腺!」
「「「???」」」
パープル腺の何処が紫? なんか黄色い色ですよ? 会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に白いハンカチを広げさせ、パープル腺から搾った黄色い液で可愛い魚の絵を描きました。やっぱり黄色い魚です。紫色には見えませんけど…。
「まあ、待って。これをお日様の光に当てて…、と。お昼頃には綺麗な紫の魚になる筈! 貝紫染めはそういう仕組みさ。さあ、貝集めを頑張ろうか。法衣二着とマントが一枚、貝はどれだけあっても問題なし!」
レッツゴー! という会長さんの合図で教頭先生と男の子たちが海に飛び込んで行きました。ソルジャー夫妻はソルジャーの反則技に頼るつもりらしく、パラソルの下でイチャイチャと。そして「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」は…。
「ねぇねぇ、どうやって食べるの、これ?」
「かみお~ん♪ 基本はサザエとおんなじだよ!」
壺焼きも出来るし炊き込み御飯も作れちゃうんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が会長さんがパープル腺を取ってしまったアカニシ貝を刻んでいます。どうするのかな、と眺めていると刻んだものを殻に詰め込み、お醤油を注いでバーベキュー用の焼き網の上に。間もなく美味しそうな磯の香りが…。
「はい、壺焼き! 味見してね♪」
つまようじに刺して渡された切り身は絶品でした。ソルジャー夫妻も「ぶるぅ」もスウェナちゃんも大喜びで、会長さんはニコニコと。
「これから沢山採れ始めるしね、壺焼きに飽きたらガーリック炒めも試してみようよ。そうそう、観光地なんかのサザエの壺焼き。殻だけサザエで中身はアカニシっていう酷いお店もあるんだってさ」
値段がグンと安いから、と教えて貰ってビックリ仰天。まさかサザエの偽物だなんて…。おまけにアカニシ貝の方が身が柔らかくて美味しいらしい、と聞かされ二度ビックリ。これは食べ比べてみなくては…! 教頭先生、サザエもよろしくお願いします~!
会長さんがハンカチに描いた可愛い魚は少しずつ色が濃くなってゆき、昼食の頃には見事な赤紫色に変色しました。なるほど、これが貝紫…。
「おい、法衣の紫よりも赤が濃すぎる気がするんだが…」
大丈夫なのか、と心配そうなキース君の問いに、会長さんは。
「その辺は染める過程で調整可能さ、ブルーのマントの色にしてもね。資料はバッチリ揃えてあるから大丈夫! 君たちは染料集めに専念したまえ、ぼくたちは浜辺で加工と調理担当」
まだまだ全然足りないよ、とクーラーボックスを指差す会長さん。教頭先生と男の子たちが採って来た貝は会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が手際よく捌き、パープル腺の中身をボウルに集めています。変質しないようクーラーボックスに入れて保管し、最後に纏めて染めるのだとか。
「ふうむ…。確かにサザエより美味い気がするな」
教頭先生が壺焼きの食べ比べに挑み、私たちも昼食のお供に一個ずつ。うん、美味しいかも、アカニシ貝! ガーリック炒めも食べてみたいな、炊き込みご飯も美味しそう…。
「ハーレイ、あ~ん♪」
ああ、またしてもバカップル。つまようじ片手の壺焼きであっても「あ~ん♪」なのか、と泣きたい気持ちの私たちを他所に、結婚記念日合わせの旅行のソルジャー夫妻は熱々です。ソルジャーが瞬間移動でアカニシ貝を採ってる以外は二人の世界で過ごしてますけど、バカップルは放置の方向で~。
来る日も来る日もプライベートビーチを拠点にアカニシ貝を採り、パープル腺を取って残りを調理して。例年とは違ったパターンの日々を過ごした別荘ライフは順調に過ぎ、染料が充分に集まった五日目の昼前に染色作業が始まりました。
「各自、ボウルは持ったよね?」
会長さんが全員に配って回った黄色い染料入りのボウルとすり潰すための棒。直射日光の下で染料をひたすらすり潰し、太陽に当てながら練るよう指示されました。
「全体が濃い紫になるまで根性で混ぜる! 分業だから早い筈!」
作業開始! の合図で悪戯小僧の「ぶるぅ」も練り練り。こういう遊びは嫌いではないみたいです。バカップルも会長さんも、私たち全員も練って練りまくって、真夏の強い日差しのお蔭で思ったよりも短い時間でボウルの中身は紫色に。
「さてと…。それじゃ、こっちの大鍋に入れてよ、零さないようにね」
特設テントには竈が築かれ、大鍋で煮えているのは会長さんが資料を元に調整したという染色用の溶剤でした。透明ですけど、これが綺麗な紫色になるんだろうな、とボウルの中身を入れてみれば。
「「「…黄色くなった…?」」」
元の木阿弥、と呆然とする私たち。会長さん、何か間違えたりしませんでしたか? 皆の視線を一身に浴びた会長さんは。
「これでいいんだってば! ぶるぅ、布を」
「かみお~ん♪ 法衣用のが先だね!」
よいしょ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が運んで来た法衣用の布が二枚、大鍋にドボンと浸けられました。続いてソルジャーのマント用がドボン。会長さんはパチンとウインクをして。
「この先が大変らしいんだけどね、サイオンを使えば簡単なんだな。均等に染まるよう調整するのは楽勝だから! 手で混ぜるんだと一苦労だよ」
後は引き上げるタイミングだけ、と会長さんが教頭先生と男の子たちに干場を設置させています。やがて黄色く染まったソルジャーのマント用の布が物干しに干され、暫く後に濃い黄色になった法衣用の布が二枚加わり…。
「日射しが強くて日が長いしねえ、もう夕方にはバッチリさ。作業完了、後はのんびり遊ぶだけ!」
泳いでこよう、と会長さんが海に入ってゆき、私たちも先を争ってバシャバシャと。バカップルはゴムボートで沖に出るようです。どうせ沖でもイチャイチャでしょうねえ…。
別荘ライフの大半を費やした貝紫染めは夕方に立派に出来上がりました。キース君に卒塔婆五十本の墓穴を掘らせた紫の法衣も霞むであろう素晴らしい紫の布が二枚と、ソルジャーのマントにそっくりの紫が一枚です。ソルジャーは嬉しそうに布を触っていましたが…。
「ねえ、ぶるぅ。これってマントにするのに時間がかかる?」
「んーと…。御洒落用だよね、それなら普通に仕立てるだけだし、すぐ作れるよ?」
「本当かい? 明後日に帰る予定だけども、明日には出来る?」
「うん! 着てみたいんなら頑張って作る!」
お洋服ってすぐに着てみたいよね、と元気に返事した「そるじゃぁ・ぶるぅ」は会長さんのマント用のパーツを使って夕食後すぐに縫製を開始。私たちがワイワイやっている広間にミシンを持ち込み、お喋りしながらダダダダダ…と縫いまくって。
「わーい、完成! はい、どうぞ!」
「ありがとう、ぶるぅ。早速サイオンでコーティング…とね」
キラリと青い光が走って貝紫のマントに吸い込まれます。これでマントは丈夫で長持ち、汚れもしないことでしょう。ソルジャーは憧れのマントを肩に羽織ってみて満足そうで、キャプテンがその肩を抱き寄せ、熱いキス。翌朝、バカップルが朝食に来なかったのは至極当然の成り行きです。
「…あいつのマントまで作らされたのは誤算だったが、まあ、いい衣が出来そうだよな」
有難い、とキース君がトーストを頬張り、会長さんが。
「仕立てられる日は遠いけれどね。ぼくもそれまで大事に仕舞っておこうかと…」
特注品より凄い布だし、と会長さんもキース君も貝紫の法衣を着る日を心待ちにしているようでした。教頭先生やジョミー君たちも達成感に溢れています。そこへ「ぶるぅ」がトコトコと。
「かみお~ん♪ 凄いね、あのマント!」
「「「は?」」」
貝紫の価値が悪戯小僧に分かるのでしょうか?
「すっごくブルーに似合っていたの! ハーレイも凄い勢いだったの!」
「「「???」」」
「二人とも凄く喜んでいたよ、普段のマントじゃ絶対に思い付かなかったって! 御洒落用だから出来たよね、って! えーっと、なんだっけ……。そう、裸マント!」
「「「裸マント!!?」」」
バカップルの部屋で何が起こったのか、万年十八歳未満お断りでも一部は想像出来ました。教頭先生は鼻血を噴いて倒れてしまい、会長さんとキース君は疲れ果てた声で。
「…キース、どうする、法衣用の布?」
「………多分、一生、出番は無いかと………」
みんなには申し訳ないが、とテーブルにめり込むキース君。ソルジャーだけが大満足した貝紫染め、法衣用の二枚は後日、璃慕恩院に寄進されたと聞きました。総本山でお役に立つなら何より、キース君の立身出世の助けになれば幸いです、はい~。
染めたい貝紫・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
1月に完結しましたシャングリラ学園番外編、お蔭様で年内最後の更新を迎えられました。
来月は 「第3月曜」 更新ですと、今回の更新から1ヵ月以上経ってしまいます。
ですから 「第1月曜」 にオマケ更新をして、月2更新の予定です。
次回は 「第1月曜」 1月6日の更新となります、よろしくお願いいたします。
今年もお付き合い下さってありがとうございました。来年もどうぞ御贔屓のほどを。
皆様、良いお年をお迎え下さいませ~v
そして、本家ぶるぅこと悪戯っ子な 「そるじゃぁ・ぶるぅ」、今年のクリスマスに
満7歳のお誕生日を迎えます。一足お先にお誕生日記念創作をUPいたしました!
記念創作は 『クリスマスの土鍋』 でございます。
TOPページに貼ってある 「ぶるぅ絵」 のバナーからお入り下さいv
←こちらからは直接入れます!
毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませ~。
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、12月はソルジャーがお正月の準備に燃えているようですv
←シャングリラ学園生徒会室へは、こちらからv
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