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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

二人一緒に

 荒廃していた地球が青い水の星の姿を取り戻し、其処でミュウへと進化を遂げた人間たちが平和を謳歌する時代。
 まだサイオンを持たない人類が多数派であった頃、虐げられていたミュウたちを守り導いた長、ソルジャー・ブルーは長い時を経て蘇った地球に生まれ変わった。
 アルビノであることを除けば普通の少年として育ったブルーだったが、十四歳の誕生日を迎えて間もなく前世の記憶を取り戻す。前世での恋人、キャプテン・ハーレイとも再会を遂げ、前世では夢にも思わなかった幸せな日々を過ごしているのだけれど…。



「…どうして今まで会えなかったんだろう?」
 ブルーはこの所、気になっていた疑問を口にした。
 此処はブルーが両親と共に暮らしている家で、その二階にあるブルーの部屋。休日に訪ねて来てくれたハーレイと二人きりで向き合い、小さなテーブルの上には母が置いて行った紅茶とクッキー。
「どうしてって…。今もこうして会ってるじゃないか」
 学校ではなかなかそうもいかんが、と返すハーレイにブルーは「ううん」と首を横に振る。
「今じゃなくって、もっと前だよ。…ぼくはこの目で見ていないけれど、ハーレイたちが辿り着いた地球はとても酷かったと何度も習った。教科書にもその頃の写真があるよ。…今みたいな星に戻るまでにかかった年数だって書いてある。その間、ぼくは何処でどうしていたんだろう、って」
 幾つもある植民惑星の一つに居たのではないか、とブルーはここ数日間、考えていた。記憶が蘇る切っ掛けが無かっただけで、幾度も生まれ変わっていたのでは……と。
「もしもハーレイに会わなかったら、今度も何も知らないままで大きくなっていたのかも…。今までも何度も普通に生きてて、もしかしたら結婚して子供も居たかも…」
「…それで?」
 不安そうな顔をするブルーにハーレイは先を促した。
「だとしたら凄く酷いよね、って…。今のぼくは昔と同じでハーレイが好きで、ハーレイしか好きになれないんだけど…。出会う前は何度も他の誰かを好きになってしまって、ハーレイを裏切っていたのかも……って」
 シュンと項垂れるブルーだったが、その頭をハーレイがポンポンと叩く。
「それを言うならお互い様だな。俺もお前のことを忘れて、結婚して子供がいたかもしれん。だがな、そういう気がしないんだ。…お前に出会ってから、俺も何度も考えた。キャプテン・ハーレイだった俺が死んでから、お前とはすれ違い続けただけで何処かに生まれていたかもしれん、と」
 しかし、とハーレイは項垂れたブルーの頬に手を添えて顔を上げさせた。
「…いくら考えても他の人生を生きて来たとは思えないんだ。お前は十四年しか生きていないから分からんだろうが、俺はお前の倍以上の長さを生きている。その人生を何度振り返ってみても、俺はお前を待ち続けたとしか考えられんし、それで全ての符号が合うんだ」



 そう言ったハーレイは「よく聞けよ」と向かいに座ったブルーの瞳を覗き込んだ。
「俺の年だと結婚しているヤツも多いというのは分かるな? これでも学生時代はモテた方だし、告白されたことも何度もあった。なのに付き合おうとは思わなかったし、身を固めようとも思わなかった。…そういう気持ちになれなかったんだ。このまま一生独身だろうな、と思ってたんだぞ」
「…ホント?」
「ああ。お前に会うまではそう思っていた。それなのに…。俺の頭は今はお前で一杯だ。俺はお前に出会える日だけを待っていたんだ、自分ではそうと知らずにな。…そんな俺が他の人生を生きたとはとても思えん。俺はお前に会うためだけに生まれ変わらずに待ち続けたんだ、と信じている」
 お前が再びこの世に生まれて来る時まで…、とハーレイは言った。
「もしもお前が今よりも前に生まれていたなら、俺もお前を追っただろう。年下になってしまったとしても気にしやしないさ、前のお前は俺よりも年上だったんだからな。…小さかったが」
「小さいっていうのは余計だよ! 今だって凄く気にしてるのに!」
 ブルーは抗議の声を上げた。十四歳のブルーは同じ年頃の少年たちよりもかなり小さく、そうでなくてもハーレイに「前世と同じくらいに育つまでは」と恋人同士の付き合いを制限されている。キスさえもまだで、その先となれば何年かかるか考えただけでガッカリで…。
「すまん、すまん。だが、本当の事だろう? 前世のお前は年上だったし、俺が年下でも問題はない。それなのに出会えなかったんだ。…お前も多分、今が最初の生まれ変わりだ」
 お前がいれば俺が追わない筈はない、とハーレイの手がブルーの手を温かく包み込む。
「だからお前は他の人生を生きて俺と離れていたりはしないし、俺もお前と離れてはいない。…お互い今まで何処に居たのかはまるで謎だが、出会うべくして出会ったんだよ」
「でも…。それならどうして今まで会えずにいたんだろう? ぼくが死んだのは遙か昔で、ハーレイだって…。そんなに長い間、ぼくはハーレイを忘れていたわけ?」
 今も十四年間も忘れていたけど、とブルーの胸がツキンと痛む。
 誰よりも好きで、二度と離れたくないと思う恋人。そのハーレイを十四年どころか地球が再生を遂げるほどの長い年数、忘れ去ったままで過ごしただなんて…。
「それも違うな。少なくとも、俺は違うと思う」
 お前も俺も時が来るのをただひたすらに待ったんだろう、とハーレイがブルーの手を強く握った。
「お前にはお前の、俺には俺の…。前世と全く同じ姿に育つ器が必要で、そういう巡り合わせになる時が来るまで待ち続けた結果が今なんだ」
 長い長い時を待つことになってしまったが…、とハーレイは穏やかな笑みを浮かべてみせた。



 銀色の髪に赤い瞳の、ソルジャー・ブルーの十四歳の頃に生き写しのブルー。
 人並み外れて大きな身体に褐色の肌の、キャプテン・ハーレイそのままなハーレイ。
 前世とそっくり同じ姿で出会うことに意味があったのだろう、とハーレイは真摯な瞳で語った。
「この器でなければ駄目だったんだ、多分。…生まれ変わって全く違う姿形になっていたとしても、俺はお前を見付けたと思うし、お前も見付けてくれたと思う。…それでもいいんだが、この姿で会えたのが嬉しかった」
 お前の右手、とハーレイがブルーの手をキュッと握って、それから撫でた。
「…この手。あの時はもう少し大きかったが、この手が俺に触れて、「頼んだよ、ハーレイ」…。お前はそれしか言わなかったし、俺も言葉を返せなかった。あれが最後だと分かっていたのに」
「…だって、あの時は…!」
「分かっているさ、そうするしか道が無かったことは。…だが、俺たちは「さよなら」も言えなかったんだ。アルタミラからずっと共に過ごして、これが別れだという時に…!」
 ハーレイの鳶色の瞳に光るものがあった。ブルーも切ない気持ちになる。そうだ、自分たちは互いを抱き締めることも出来ずに運命に引き裂かれ、別れの言葉も口付けさえも叶わなかった。ブルーは独りでメギドへと飛び、ハーレイはシャングリラを守らねばならず…。
 最後に触れ合った時に感じた温もりだけしか、自分たちには許されなかった。
「ブルー。…もう一度だけ会いたかったと、あの後、どれほど思ったことか…! お前を独りで逝かせてしまって、俺はどれほど辛かったか…! だから、お前に会えて嬉しい。あの時に失くしたお前の姿を、もう一度この目に映せることが」
 ハーレイはその鳶色の瞳に、心に刻み付けるかのようにブルーを見詰めた。そしてブルーもコクリと頷く。遠いあの日に別れた時のままのハーレイに再び出会えたからこそ、心が温かく満たされるのだと。違う姿で巡り会えても嬉しいけれど、失われた時はこの姿でしか取り戻せない。
「…ぼくもハーレイに会えて嬉しい。あの時のままのハーレイに会えて…」
 ハーレイの側に帰って来られた、とブルーは懐かしい姿に頬を緩ませる。
「…ハーレイは本当に変わっていない…。何もかもあの日と変わらない。キャプテンの制服を着たら直ぐにブリッジに立てそうなほどに」
「そうだな。だが、シャングリラはもう歴史の中にしか存在しない。お前も俺も、新しい人生を生きて行くんだ。もうソルジャーもキャプテンも要らないんだからな」
「…うん。それに、ぼくたちは地球に生まれたんだものね」
 ブルーが焦がれてやまなかった星、地球。
 ハーレイの前世の記憶の中では無残に朽ち果てた星だったものが、今はブルーが憧れた青く美しい星として蘇っていて、その地球に二人して再び生まれた。



「ブルー。…お前は地球に生まれたかったのかもしれないな。他の星でも良かったのなら、もっと早くに俺たちは出会っていたかもしれない」
「えっ…? それじゃ、ぼくがハーレイを待たせたわけ?」
「そうなるな。…おまけに、まだまだ待たされそうだ」
 まさかこんなに小さなお前に出会うとは、とハーレイは立ち上がり、ブルーの椅子の後ろに回って椅子ごとブルーを抱き締めた。
「何年、待つことになるんだか…。お前があの日の姿のままだったなら、一秒も待ちはしないんだがな」
「……キスしてもいいよ?」
「馬鹿! それは駄目だと何度言えば分かる? …それに待つのは苦痛じゃないさ」
 お前は此処に居るんだからな、とハーレイの腕に力が籠もった。
「あの日はお前を止められなかった。…お前が二度と戻らないとも分かっていた。それでも見送るしかなかった時に比べれば、俺は何十年でも待てる」
 しっかり食べて大きくなれよ、という決まり文句がブルーの耳を心地よく擽る。子供扱いが腹立たしいけれど、同時に嬉しくもある言葉。いつか昔の自分そっくりの姿になったら、その時には…。
「…ハーレイ。待っていて、早く大きくなるから」
「ああ、楽しみに待つとしよう。…俺たちがこの地球に生まれ変わるまでに待ち続けた長い時間を思えば、それこそアッと言う間だからな」
「うん。……そうだね」
 何処に居たのかも思い出せない、前の生で引き裂かれてからの長い長い時。
 でも、これからの日々は二人で一緒に時を刻んで、本物の恋人同士になって…。



(…ハーレイ。昔のままの君に会えて良かった。ぼくもこの姿に生まれて良かった…)
 小さすぎたのは失敗だけど、とブルーは自分の身体に回されたハーレイの腕の温もりに酔う。
 いつか必ず、この腕に、この手に、身体中を隈なく愛して貰える時が来る。
 その時はきっと、今の自分に生まれたことを心から感謝するだろう。
 ハーレイが「さよなら」も言えなかったと悔やみ続けた頃の自分の姿を、もう一度見せることが出来るのだから。
 前の自分と似ても似つかない姿に生まれていたなら、それは不可能。だからこそ今の姿でかまわないのだし、そういう器が見付かる時まで生まれ変わらずにいたのだろうけど…。
「…でも、やっぱり……」
「どうした、ブルー?」
「最初からきちんと育った姿で会いたかったな」
 だって待つのは嫌だもの、とハーレイの腕に甘えるブルーは全く分かっていなかった。椅子ごと自分を抱き締めてくれているハーレイが、今この瞬間も必死の思いで我慢し続けていることを。
 ブルーを欲望のままに貪りたい、という気持ちを抑えてハーレイは今日も優しく微笑む。
 その腕の中に奇跡のように戻って来てくれた、愛してやまないブルーのために……。




              二人一緒に・了





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