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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

相応しき伴侶

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv





シャングリラ学園は今日から楽しい夏休み。今年の夏は何をしようかと相談するため、私たちは会長さんの家にお邪魔していました。大体の予定は既に立っています。柔道部の合宿が終わるのを待ってマツカ君の山の別荘にお出掛けするか、はたまた別の所へ旅行に行くか。
「海の別荘行きはもう確定になっちゃってるしねえ…」
会長さんが苦笑しながらアイスティーを一口飲んで。
「ブルーの結婚記念日と何処かで必ず重なるように、と日付指定までついてるしさ。自由になるのは其処以外! 山の別荘? それとも旅行?」
「んーと…。キースの予定は?」
どうなってるの、とジョミー君。夏休みに一番自由が無いのは副住職なキース君です。お盆を控えて卒塔婆書きやら、他にも色々。
「俺か? 俺はお前と違うからな…。卒塔婆はきちんと計画的に書いている。葬式の二つや三つくらいは乱入したって問題無い。親父の分を押し付けられてもイチ徹くらいで多分、なんとか」
「だったら旅行も大丈夫なわけ?」
「そのつもりで準備しているぞ。親父も俺が遊びに行くのは仕方が無いと思っているしな、高校生活をやっている以上」
だから全く問題ない、とキース君は余裕たっぷりでした。そうなると何処へ行くかは選び放題、好き放題。山の別荘もいいんですけど…。



「南の島でリゾートなんかも良さそうですよ」
シロエ君がパンフレットを広げました。旅行会社の国内旅行のを端から掴んで来たようです。
「水牛が引く車で海を渡るって楽しそうだと思うんですけど」
「かみお~ん♪ それ、行きたい!」
楽しいんだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は水牛車の写真に見入っています。
「あのね、これってゆっくり動くんだけど、暴走しちゃったら凄いんだから!」
「「「暴走!?」」」
「うん! 牛さんがビックリしたらガタガタガタって走り出すの! 放り出されそうなくらい揺れて楽しいの!」
絶叫マシーンとは違う楽しさ、と言われましても。それは危険と言うのでは…。
「ぶるぅ、それって怖くねえか?」
サム君の問いに「そるじゃぁ・ぶるぅ」はケロリとして。
「んーと…。お尻がちょびっと痛いだけだよ、だけど泣いてた人もいたかなぁ?」
「「「………」」」
そう言えば「そるじゃぁ・ぶるぅ」も会長さんと同じくタイプ・ブルーです。第一宇宙速度とやらを突破して飛べる能力を持っていましたっけ。暴走水牛車のスピードなんかはスローモーションみたいなもので。
「…す、水牛の車はやめといた方が良さそうですね…」
他のにしましょう、とシロエ君。スキューバダイビングの体験だとか、もっと手軽に海中散歩をしたい人のためのシーウォークとか。南の島は遊べるもので一杯です。
「俺は外国でもかまわないぞ?」
非日常に惹かれるんだ、とキース君が割り込みました。
「南の島でもお盆はついてくるからな…。この際、一切、忘れてパァーッと」
「ふうん? 副住職の台詞とも思えないねえ…」
アドス和尚が聞いたら何と言うやら、と会長さんに皮肉られてもキース君はフンと鼻を鳴らしただけで。
「俺は早々に副住職になっちまったが、同期はまだまだ遊んでいるぞ。自転車で世界中を旅してるヤツもいるんだからな。あれはあれで修行になるらしい。それに檀家さんと世間話をするには旅は格好のネタなんだ」
国外を推すぜ、とキース君はパンフレットを取り出しました。えーっと、B級グルメツアーですか? いろんな国で三泊四日くらいのコースが組まれているみたいですが、こんなのあるんだ…?



南の島か、国外ツアーでB級グルメか。B級グルメツアーの方は、いわゆる豪華なエスニック料理を食べ歩く旅とは違うようです。下町の食堂や屋台がメインで、地元民御用達の現地料理を味わう趣向。間にちょこっと観光もあって。
「かみお~ん♪ これも楽しそう!」
お料理のお勉強も出来ちゃいそう、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が釣れました。今日の昼食はトムヤムクンと白身魚のカレー炒めだと聞いていますが、現地で食べればバリエーションも豊富そうです。私たちの胃袋のためにはB級グルメツアーがいいかも?
「ぶるぅのレパートリーが増えそうなのは南の島より国外だよなあ…」
俺もそっち、とサム君が挙手。ジョミー君も手を挙げ、スウェナちゃんも。えーっと、どっちにしましょうか? 南の島も捨て難いですけど…。
「ぼくは南の島に一票」
「「「!!?」」」
いきなり余計な声が聞こえて、バッと振り返った先にはソルジャーが。紫のマントを優雅に翻し、ソファにストンと腰を下ろすと。
「ぶるぅ、ぼくにもアイスティーとケーキ」
「オッケー!」
ちょっと待ってね、とキッチンに走った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が注文の品を運んで来ました。今日のケーキはバニラムースを涼やかなミントグリーンのメロンムースで包んだ一品。真ん中には赤肉メロンムースも入っているという凝りようで。
「うん、美味しい! ホテルのデザートも素敵だけれどね、やっぱりこっちが落ち着くかなぁ…」
大きく伸びをするソルジャー。
「これってマナー違反なんだってね、食事中に身体を伸ばすってヤツ。だからノルディはいつも個室を予約してくれてるんだよ、ぼくが自由に振る舞えるように」
「「「は?」」」
「え? ああ、ノルディね。昨日もちょっとデートをしてきたものだから…。ミュージカルを観に連れてくれてさ、その後でマナーの話題になって。…なんだったっけ、マイ・フェア・レディだったかな?」
「なるほどね…。マナーの話になるわけだ」
うんうん、と頷く会長さん。『マイ・フェア・レディ』と言えば下町の花売り娘にレディ教育を施すお話。エロドクターはソルジャーをレディに仕立て上げたい下心でもあるんでしょうか?
「え、そこの所は諦めてるって言ってたけれど? 「ブルーのようにはいきませんねえ…」って溜息つきつつ、ちょっぴり未練はあるってトコかな」
それで『マイ・フェア・レディ』なんだろ、と笑うソルジャー。



「どう考えても無理だよねえ? ぼくはマナーを仕込まれるどころか実験動物だったんだしさ。アルタミラから脱出した後も、生きるの優先でマナーどころじゃあ…。だけどノルディが残念そうに言ってた話じゃ、持って生まれた立ち居振る舞いだけは優雅らしいねえ?」
「「「あー…」」」
それは分かる、とソルジャーを見詰める私たち。空間を越えて現れる時に翻るマントはなんとも優雅な動きです。歩き方も決してガサツではなく、滑るようなと評してもいいほど。なのに食事の最中に伸びをするとか、気に入ったものは夢中でガツガツ食べまくるとか、こう、残念な部分も多く…。
「その点、ブルーは完璧なのに…ってノルディがブツブツ呟いてたよ。デートの相手が君の方なら、多分、文句は無いんだろうなぁ」
「ぼくが文句をつけるから! なんでノルディとデートなんか!」
御免こうむる、と仏頂面の会長さんに、ソルジャーは。
「えーっと…。君のマナーは何処で身についたんだろう? やっぱり、お寺で修行した時?」
「どうしてお寺が出てくるわけ?」
「ノルディが「高僧ともなれば色々と心得があるでしょうしね」と話してたから」
お茶にお花に…、と記憶を辿るソルジャー。
「でもって、そこまでの心得があれば相手への注文もうるさくなるって…。それこそマイ・フェア・レディの世界で」
「何さ、それ?」
「ん? ハーレイよりかは自分の方に分が有るだろうって言っていたけど? 君に釣り合う結婚相手」
「お断りだし!」
そういう以前の問題だから、と会長さんは眉を吊り上げています。いくらエロドクターが紳士であると主張したって、会長さんが結婚なんかするわけないじゃないですか…。



「お断りねえ…」
もったいない、とソルジャーはケーキを頬張りながら。
「結婚以前の問題だから、って君は言うけど、ハーレイが理想のタイプだったら? 結婚したいと思ったりして」
「思わないっ!」
「さあ、どうだか…」
喋りながらもケーキを口に入れるのですから、これまたマナー違反です。会長さんなら一口サイズにカットして食べて、頬張ったままでは決して話さないような…。そういう細かい部分を除けばソルジャーの仕草は優雅なもので。
「君の理想は高そうだっていうノルディの意見にぼくも賛成。もしかしてハーレイを理想のタイプに教育出来たらロマンスが芽生えたりしないかい? マイ・フェア・レディみたいにさ」
「有り得ないし、それ!」
結婚するなら絶対に女性、と会長さんは顔を顰めて。
「フィシスという女神がいるっていうのに、なんで男と結婚なんか! フィシスはぼくの理想の女神で、もう何もかもが最高で…。……ん……?」
ちょっと待てよ、と言葉を切った会長さん。
「マイ・フェア・レディか……。旅行するよりいいかもしれない」
「「「は?」」」
「夏休みはハーレイも暇にしてるし、マイ・フェア・ハーレイはどうだろう? 旅行の代わりにハーレイを仕込む!」
「いいねえ、やっぱりヌカロクとか?」
相槌を打ったソルジャーに会長さんの鉄拳ならぬサイオンが飛び、パシーン! と派手な音がしました。シールドに跳ね返されたのです。でも、ヌカロクって未だに意味が不明ですよね…。
「危ないじゃないか、いきなり攻撃するなんて!」
「君は余裕で避けられるだろう、今みたいにさ! ハーレイだってタイプ・グリーンだ、サイオン攻撃は通用しない。だから言葉でネチネチと! その程度のことも出来ないのか、といびり倒して遊ぶわけだよ。それがマイ・フェア・ハーレイ計画!」
面白くなるに違いない、と会長さんの赤い瞳が煌めいています。
「ぼくがハーレイの家に一人で行くのは禁止だけれど、ハーレイがぼくの家に来るっていうのは特に禁止はされてない。ハーレイをこの家に住み込ませてさ、理想の男とやらに教育」
「ヌカロクは外せないだろう?」
懲りずに口にしたソルジャーの頭に会長さんの拳がゴツン。直接攻撃は想定していなかったらしいソルジャー、頭を押さえて呻く羽目に。



「いたたたたた…。暴力反対!」
「それなら黙っているんだね。そっち方面の教育を施すつもりは無いんだ、あくまで日頃の生活態度! 高僧としての視点から見た、非の打ちどころのない仏弟子ってヤツさ」
「「「仏弟子!?」」」
なんじゃそりゃ、と私たちは目をむき、キース君が。
「お、おい…! 俺はお盆を忘れたいんだと言った筈だが…」
「君も協力するんだよ! 後輩いびりは道場の華だ。殴る蹴るは指導員の愛だと噂の鉄拳道場、今も存在してるよね。あそこの教師になったつもりで日頃の憂さを晴らしたまえ」
お盆の前には道場も地獄、と会長さんはニヤニヤと。
「毎日の修行だけでも大変な所へ本山のお手伝いが入るからねえ、愛の鞭も自然と多くなる。君もお盆を忘れる勢いでハーレイをビシバシ殴ればいいさ」
「い、いや、俺はそこまでは…!」
「じゃあ、柔道部の合宿で受けた厳しい指導を返すつもりでビシビシと! いいかい、マイ・フェア・ハーレイ計画だ。ぼくの予定に変更は無い。君たち全員、泊まり込みでハーレイを指導するように!」
教育方針はぼくが決める、とブチ上げている会長さん。教頭先生には『理想の花婿養成道場』と銘打った案内を出すのだそうで…。
「ぼくの家に泊まれるというだけでハーレイが釣れるのは間違いない。旅行がオシャカになった恨みはハーレイへの鉄拳に変えるんだね」
「「「て、鉄拳…」」」
そんなの無理です、と言いかけた横からソルジャーが。
「君たちに無理なら、ぼくがやってもいいんだけれど? あ、それだと逆に喜んじゃうかな?」
「ハーレイにマゾっ気は無いと思うけど…。って、君も来るわけ!?」
なんでまた、と会長さんが口をパクパクさせればソルジャーは。
「南の島に一票と言ったよ、旅行に行こうと思ってたんだよ! ハーレイと二人じゃ出られないけど、ぼく一人なら四日くらいは…。それでマイ・フェア・ハーレイ計画は何日からかな?」
予定を空けておかなくちゃ、とソルジャーは既にノリノリでした。この人がミュージカルを観に行かなかったら南の島か外国に旅行だったのに…。エロドクターもお怨み申し上げます、なんでマイ・フェア・レディなんか観にソルジャーを誘ったんですか…!



山の別荘か旅行だという夏休みの予定は見事に砕け散りました。会長さん曰く、マイ・フェア・ハーレイ。理想の花婿養成道場と称して教頭先生をいびり倒す計画です。そんな事とは夢にも知らない教頭先生、大喜びで参加を表明なさったそうで…。
「えーっと…。本気でやるわけ、マイ・フェア・ハーレイ?」
おずおずと尋ねるジョミー君。柔道部の合宿は一昨日で終わり、休養期間を経て今日から養成道場が始まる予定。キース君が行きたかったB級グルメツアーに因んで日程は三泊四日です。
「本気でやらずにどうするんだい?」
もうハーレイを呼んだんだから、と会長さんがニッコリと。
「君も今日から指導員だよ、璃慕恩院での経験を大いに生かしたまえ。柔道部の合宿期間中は君とサムは璃慕恩院で修行体験! 毎年のことだし、もう慣れただろ?」
「そりゃそうだけど…。なんか年々、厳しくなってる気がするけれど…。でも鉄拳は飛ばないよ?」
「子供相手の修行体験だし、鉄拳は無いさ。だけど指導員は怖いだろう? 廊下に立てとか、正座してろとか」
「う、うん…。今年も派手にやられちゃった…」
毎年失敗するんだよね、とジョミー君は肩を落としています。一緒に行くサム君の方は順調に修行を積んでいるのに、それとは真逆のジョミー君。今年もお念仏の声が小さいと怒鳴られ、境内で発声練習の刑を食らったとか。
「その恨みを全部ハーレイにぶつけるんだよ、仏弟子修行に来るわけだしね。本人は花婿養成道場だと信じてるけど、そこは上手に誤魔化すからさ」
「…どうする気さ?」
ソルジャーが疑問をぶつけました。
「花婿と仏弟子じゃ似ても似つかないよ、マイ・フェア・ハーレイにならないけれど?」
「分かってないねえ、ハーレイが来たらすぐに解けるよ、その辺の謎! 君も指導員をやるんだろう? ちゃんとマニュアルをチェックする! 他のみんなも!」
「「「はーい…」」」
会長さんが作ったマニュアルはプリント数枚。教頭先生の行動と会長さんの指導方針を照らし合わせた上で鉄拳だとか報告だとか、実に細かく書かれています。覚えられるわけがない、と思ったのですが、そこはサイオンでの反則技。会長さんに叩き込まれてサラッと頭に入ってしまい。
「歩幅までチェックが入るんですねえ…」
厳しいですね、とシロエ君が肩を竦めれば、キース君が。
「いや、坊主の世界では歩幅は基本だ。茶道もそうだが、美しい所作をしようと思えば必須になる。教頭先生のお身体ではキツイ幅だと思うがな…」
「畳を三歩ですからねえ…。教頭先生なら長い方でも三歩だっていう気がしてきましたよ」
大股で行けば、とシロエ君。畳の狭い方の幅を三歩で歩くというのがマイ・フェア・ハーレイの鉄則でした。長い方なら六歩です。これを叩き込むために廊下に目印が付けられ、私たちが監視する仕組み。畳敷きの和室では会長さんとキース君、マツカ君が監視するそうで。
「大丈夫なのかよ、教頭先生…」
ヤバそうだぜ、とサム君が頭を振り振りマニュアルをチェック。鬼の指導員にはなれそうもないとか言ってますけど、会長さんの愛弟子で公認カップルを名乗るのがサム君。いざとなったら凄かったりして…、と期待しないでもありません。教頭先生、頑張ってクリア出来るといいんですけど…。



それから間もなく、リビングにいた私たちの耳にチャイムの音が聞こえて来ました。教頭先生の御到着です。すかさず玄関へと駆け出した「そるじゃぁ・ぶるぅ」の声が元気良く…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「すまないな、ぶるぅ。今日から暫く世話になるが…」
ボストンバッグを提げた教頭先生が「そるじゃぁ・ぶるぅ」に案内されてリビングへ。花婿養成道場ですから緊張しておられるのが分かります。
「やあ、ハーレイ。よく来てくれたね」
「い、いや、こちらこそ、よろしく頼む」
深々と一礼なさった教頭先生に、会長さんがソファを勧めて。
「どうぞ、座って。…まずは道場の心構えについて話しておこうと思うんだ」
「う、うむ…。花婿養成道場と聞いたが、そのぅ……」
頬を赤らめる教頭先生。誰の花婿かは一目瞭然、赤くならない方が変でしょう。会長さんはクスクスと笑い、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が淹れた紅茶を一口飲むと。
「ハーレイ、君も道場の前に紅茶で一服しておきたまえ。道場が始まった後に自由は無いよ?」
「分かっている。お前に相応しい男を目指すんだったな」
「うん。道場のサブタイトルも見てくれたよね? マイ・フェア・ハーレイ」
「あ、ああ…。本当なのか?」
何やら恥ずかしいのだが、と教頭先生が頬を染めれば、会長さんは艶やかな笑み。
「あれはね、ブルーが観てきたっていうミュージカルから拝借したわけ。君も知ってるよね、マイ・フェア・レディは?」
「もちろんだ。…つまり私ではお前の花婿にはまだ不足だと…」
「そういうこと。君はキャプテンだし、シャングリラ学園の教頭でもある。それなりの地位はあるわけだけど、ぼくのパートナーとしてはどうだろう? ソルジャーや生徒会長としてのぼくなら充分に釣り合っているんだけれども、ぼくにはもう一つの顔がある」
普段は表に出さないけれど、と会長さん。
「…銀青としての顔というのも大切なんだよ、ぼくにはね。その銀青はもはや伝説の域だ。いつか自坊を…自分のお寺を構えるとなったら、君は釣り合うと言えるのかい?」
「……そ、それは……」
ウッと息を飲む教頭先生。なるほど、花婿と仏弟子はこうやって結び付きますか! ソルジャーが小さく吹き出していますが、教頭先生は気付いていません。



「こ、高僧としてのお前とは……釣り合わないかもしれないな……」
「一応、自覚はあるんだね? 坊主の世界は上下関係に厳しいんだよ。お坊さん同士で結婚した場合、生まれたお寺の格が違えば結婚生活に差し障る。花嫁が住職を務めるお寺に格下のお寺から婿入りするとね、法要にも出して貰えなかったりしちゃうわけ」
これは本当のことだから、と会長さんがキース君に確認をすれば、キース君は。
「…そういう事実もあるようです。そして花嫁が住職でしたらまだマシです。住職になる気は無い女性が住職にする婿を探した場合、婿入りした後にいびられるケースも多々あります」
「そ、そうか…。で、では、私がブルーを嫁にするなら…」
「思い切り日蔭の立場になるかと…。だからと言って一切表に出ないわけにもいきません。法要を営む場合は裏方が必須になりますので」
俺の家だと母がそうです、とキース君。
「自分は表だって動かないとしても、法要に出て下さる人に失礼が無いか、色々と気配りが必要です。細やかな心遣いをするには、お寺というものを知っていないと難しいかと思いますが」
「て、寺か…? 私には縁が無いのだが…」
教頭先生の額に汗が噴き出し、会長さんが嫣然と。
「それでマイ・フェア・ハーレイなんだよ。あれに倣って君を厳しく指導しようと思ってる。三泊四日でモノになったら、ぼくの花婿候補の資格有り。ダメな場合は顔を洗って出直して来いってことになるけど、トライしてみる?」
「もちろんだ! 銀青としてのお前と釣り合うためには何が要るのか分からんが…。私も男だ、申し込んでおいて回れ右するような真似はせん!」
「いい覚悟だねえ、大いに結構。それじゃ頑張って貰おうか。三泊四日、形だけでも僧侶の世界を体験しながら身につけてもらう。…ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
トトトトト…と走って行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が抱えて来た物は法衣一式。白い着物と墨染の紗のセットものです。それと輪袈裟と。
「まずは形から入ることだね、出家しろとは言わないからさ。銀青を嫁に貰った男ともなれば、誰もが出家を期待する。そうなった時に慌てないよう、今から修行を」
「…しゅ、出家…?」
「嫌ならやめていいんだよ? 花婿の資格が無くなるだけだし…。ぼくも銀青の名を名乗る以上、パートナーが在家というのは外聞が……ね。あ、出家は結婚してから、いずれ折を見て」
「わ、分かった、覚悟はしておこう…」
今すぐ出家では無いのだしな、と教頭先生は腹をくくったみたいです。いきなり法衣はビックリでしょうが、ジョミー君だって棚経のお供で着てますしねえ?



形からと言われた教頭先生。並べられた法衣一式を前に腕組みをして…。
「…ブルー、これはどうやって着ればいいのだ? 普通の着物と同じなのか?」
「さあねえ、仮装で着せられたことがあっただろう? 覚えてないかな、とにかく自力で着てみることだね」
指導員はそこに大勢いるから、と指差されたのは私たち。副住職なキース君と僧籍のサム君、ジョミー君の三人は朱扇と呼ばれる骨の部分が朱色に塗られたお坊さん仕様の扇子を右手に持っていました。教頭先生がミスをした時、それでバシッと叩くのです。
「じ、自力でか…。ふうむ……」
とにかく脱ぐか、と教頭先生は着てきたワイシャツを脱ぎ捨てましたが、そこでパシッと朱扇の音が。キース君が床を打った音です。
「教頭先生、お脱ぎになった服はきちんと畳んで頂きます。後で纏めてというのではなく、順番に」
「す、すまん…!」
迂闊だった、と平謝りの教頭先生。会長さんの声がのんびりと…。
「坊主たる者、いかなる時でも他人様の目があると思っていないとねえ…。人に見られて困る姿はしないことだよ、畳んでない服って、みっともないだろ?」
「あ、ああ…。これからは気を付ける」
教頭先生はズボンを脱いでキッチリと畳み、続いて脱いだ夏物のステテコを畳もうとしたのですけれど。パシッと鳴らされたキース君の朱扇。
「…な、なんだ!?」
「畳むようにとは申し上げましたが、パンツ一丁というのは如何なものかと…。先に襦袢を着けて下さい」
TPOが大切です、とキース君。確かに紅白縞だけの姿で人に見られるのと、襦袢姿を見られるのとでは恥ずかしさの度合いが違います。教頭先生はオタオタしながら襦袢を身に着け、ステテコを畳み…。そこで会長さんの声が再び。
「ステテコは履いてても良かったんだよ、多少暑いかもしれないけどね。ステテコを脱いだ以上は腰巻が要るよ、頑張りたまえ」
「こ、腰巻…」
どうするんだ、と一枚布な腰巻を広げた教頭先生にキース君の朱扇が炸裂。
「そんな巻き方では歩けません。法衣もそうですが、動けないと話になりませんので」
此処と此処、と教頭先生の身体をパシパシと朱扇で打つキース君はマイ・フェア・ハーレイのマニュアルを忠実に実行中です。殴る蹴るとは行かないまでも朱扇攻撃は打たれる方には精神的なダメージが大。ジョミー君が小声でボソボソと。
「怖いんだよねえ、朱扇ってさ…。アレをパシッと鳴らされるだけで軽くパニックになったりするんだ、修行体験ツアーのトラウマってヤツ」
「そうなんですか? ジョミー先輩でもパニックだったら教頭先生は…」
初体験だけにショックですよね、とシロエ君。
「かなり萎縮してらっしゃいますけど、キース先輩、容赦ないですし…。あ、またやってる」
パッシーン! と響く朱扇の音。教頭先生が法衣を着け終わるまでの間に朱扇は何度も鋭い音を響かせ、恐ろしいアイテムとしての地位を確立しました。ジョミー君が面白半分に自分の手のひらを朱扇でパシンと一発叩いただけで、教頭先生は直立不動。
「い、今のは何かマズかったか!? 遠慮しないで言ってくれ…!」
「いえ、あのぅ…。ちょっと鳴らしただけなんですけど…」
ごめんなさい、とペコリと頭を下げるジョミー君と、大爆笑の私たちと。もはやパブロフの犬状態の教頭先生、三泊四日のマイ・フェア・ハーレイ、無事に乗り切れるでしょうか…?



こうして始まった会長さんの花婿養成道場の華は歩幅とお掃除タイムでした。畳の幅の狭い方を三歩、長い方なら必ず六歩。歩幅の大きい教頭先生、これがどうにもなりません。
「かみお~ん♪ ここで畳はおしまいだもんね! 歩きすぎ!」
ブルーがやれって言ったんだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がハリセンで教頭先生の頭をパァン! 同時に気付いた他の誰かが朱扇でパシンと音を立てたり、ソルジャーが足を引っ掛けたり。足を取られた教頭先生が派手に転べば「静かに歩け」と朱扇と声とで警告が。
「た、畳がこんなに難しいとは…」
泣きの涙の教頭先生、何度やっても歩幅は直らず。しかし会長さんは冷たい声で。
「困ったよねえ、お寺と畳はセットものだし…。これじゃ恥ずかしくて人前に出すなんて出来やしないし、結婚式だって挙げられやしない。言っておくけど仏前式だよ、銀青としての結婚式はね」
畳敷きの本堂で挙げるものだ、とキツイ言葉を投げかけられても直らないのが歩幅です。けれど直さないとマイ・フェア・ハーレイな花婿養成道場の意味が無く、結婚式も挙げられず…。更に地獄なのがお掃除タイムで。
「教頭先生、掃除は本堂も対象ですので、歩幅は守って頂きます」
キース君の朱扇がパシパシ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のハリセンがパコーン! おまけに掃除の練習に協力すると称してソルジャーがスナック菓子の袋をあちこちで広げ、お菓子の欠片がポロポロと。
「あっ、零れた! ハーレイ、こっちも綺麗にしてよね」
「ま、またですか……」
疲れ果てた声の教頭先生を背後からキース君が朱扇でパッシーン!
「また一歩半のオーバーです。お急ぎになるのは分かるのですが、ガサツな動きはNGです」
それでは寺で暮らせません、と鉄拳ならぬ朱扇攻撃。お寺の修行は一に読経で二に掃除だとかで、掃除の時間が道場のスケジュールの大半を占めていたから大変です。教頭先生は朱扇に怯え、歩幅で萎縮し、あと一日という三日目の夜にはヨレヨレで。
「…す、すまん…。今夜は休んでいいだろうか?」
まだ明日が残っているのだから、と英気を養うべく就寝時間を迎えた途端に会長さんに申し出ましたが…。
「ふうん? 今日まで三日もあったんだけどさ、何処か向上してたっけ?」
何一つクリアしていないよね、と会長さんの冷ややかな笑み。
「お寺に必須の掃除もダメなら、歩く姿も人前に出せるものじゃない。明日があるって言っているけど、それで出来ると思ってる? 余裕があり過ぎて涙が出るよ。なんかアレだね、夏休みはまだ一日あるって言ってさ、宿題を全くやらずに全部残してる小学生とか思い出すよね」
「…そ、そんなつもりは…! 明日こそ必ず…!」
「徹夜してでもクリアしようとは思わないんだ? ぼくは徹夜でも付き合うつもりでいたんだけれどさ、練習に」
なのに寝るなんて最低だよね、と呆れられた教頭先生は。
「や、やる! お前が付き合うと言ってくれるなら、私は徹夜で」
「ヤリまくるって?」
「もちろんだ!」
決意を固めた教頭先生、相の手を入れてきたのが誰だったのかも確認せずに勢いよく返事したのが運の尽き。これぞ地獄の一丁目で…。



「…だってさ。ヤリまくるらしいよ、今夜は徹夜で」
凄いよねえ、と目を丸くして感心しているソルジャー。
「徹夜となったら一気にヌカロク、それとも四十八手を全部かな? どっちにしてもハードルの高さは半端じゃないけど、挑もうという心意気だけでも拍手モノだね」
パチパチパチ…とソルジャーは笑顔で拍手喝采。
「だけど、ブルーは花婿養成道場なんて言ってる段階だけに君の相手になりっこないし…。ヤリまくる相手は必然的にぼくだよねえ?」
「「「………」」」
話の趣旨がズレていることに私たちはようやく気が付きました。そして教頭先生も耳まで真っ赤になってしまって、オロオロと。
「…わ、私はそんなつもりでは…! や、やると言うのは練習でして…!」
「だから練習するんだろ? 花婿養成道場なんだし、そっちの稽古も必須だよ、うん」
でないとブルーに怪我をさせるし、とソルジャーは唇に笑みを湛えて。
「ぼくは経験多数だからねえ、相手が下手でも大丈夫! 手取り足取り教えてあげるさ、花婿の大事な心得ってヤツを。まずは何から練習したい? お望みだったらキスからでも…」
初歩の初歩でも奥が深いし、と唇をペロリと舐めるソルジャーに教頭先生の喉がゴクリと。ソルジャーは赤い瞳を悪戯っぽく煌めかせて。
「あ、ぼくを食べたくなってきた? それじゃ花婿養成道場らしく、最後の夜は実地で練習! ぼくを満足させられるレベルに到達してこそ真のマイ・フェア・ハーレイってね。ベッドがいい? それとも和室の方がいいかな、お寺なら畳に布団かなぁ? まずは二人で布団を敷こうか」
そして仲良くお床入り…、とソルジャーが教頭先生の手をギュッと握った途端。



「……お、お床入り……」
ツツーッと教頭先生の鼻から赤い筋が垂れ、大きな身体が仰向けにドッターン! と倒れて、それっきり。養成道場の制服である法衣を着たまま憐れ失神、鼻血の海に轟沈で…。
「ブルー? 君のせいだよ、この結末はね」
どうしてくれる、と会長さんが怒れば、ソルジャーは。
「えっ? 明日の朝までには起きるだろ? レクチャーをし損なっちゃったけれど、君のお望みは歩幅とか見た目だけだしねえ? そっちが残り一日で無理なんだったら特に問題ないと思うな」
でも歩幅よりも夜が問題、と譲らないのがソルジャーで。
「本気でマイ・フェア・ハーレイだったら夜も絶対大切だってば、君の理想に近づくためには避けて通れないトコなんだよ! そっちの方で自信がついたら男の魅力がグッと増すって!」
いつかはそっちも指導しなくちゃ、と燃えるソルジャーと、歩幅を理由に教頭先生を蹴り飛ばしたい会長さんとの言い争いは平行線。えーっと、今回の花婿養成道場とやらは遊びですから失敗したっていいんですよね? どうなんですか、会長さん…?
「失敗しちゃってなんぼなんだよ、今回は! マイ・フェア・ハーレイは最初から冗談、誰も本気じゃないってば!」
「でもさ、本物のマイ・フェア・ハーレイが出来上がるかもしれないよ? 今回はダメでも次回とか! 二回、三回と重ねて行こうよ、このイベントを!」
全面的に協力するから、と叫ぶソルジャーが心の底から夢見るものは会長さんと教頭先生の結婚生活に違いありません。自分の尺度で測っている以上、それが素敵なハッピーエンド。ですが、会長さんにはその結末は…。きっと合わないと思いますから、マイ・フェア・ハーレイは二度と勘弁です~!




                   相応しき伴侶・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 シャングリラ学園シリーズ、4月2日が本編の連載開始から6周年の記念日でした。
 完結後も書き続けて6周年を迎えられました、来て下さる皆様に感謝です。
 シャングリラ学園番外編はまだ続きます、しつこく続いてまいります。
 6周年記念の御挨拶を兼ねまして、今月は月に2回の更新です。
 次回は 「第3月曜」 4月21日の更新となります、よろしくお願いいたします。

 ハレブル別館の方で始まりました転生ネタは、全て短編となっております。
 14歳の可愛いブルーと、大人で紳士なハーレイ先生のラブラブほのぼのストーリー。
 よろしかったらお立ち寄り下さいv
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 毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませ~。

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 こちらでの場外編、4月は恒例のお花見に出かけようとしておりますが…。
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