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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

守られる者

 青い地球に生まれ変わって再び出会ったハーレイとブルー。
 ハーレイはブルーが通う学校の古典の教師で、ブルーは十四歳になったばかりの少年だった。
 年度初めに少し遅れて赴任してきたハーレイに会って、ブルーの前世の記憶が蘇る。同時にハーレイの記憶も戻って、前世で恋人同士であった二人は巡り会うことが出来たのだけれど。



「ハーレイ先生、ブルーをよろしくお願いします」
 ブルーの母が紅茶と焼き菓子をテーブルに置いて出て行った。此処はブルーの家の二階で、足音がトントンと階段を下りてゆき…。
「…もういいかな?」
 聞き耳を立てていたブルーは母の足音が消えるのを待って立ち上がり、向かいに座るハーレイの椅子に近付いた。がっしりとしたハーレイの首に腕を回せば、ヒョイと膝の上に抱え上げられる。
「ふふっ。…好きだよ、ハーレイ」
 すりすりと広い胸に頬を擦り寄せるブルーをハーレイの腕が抱き締めてくれた。前世よりも小さなブルーの身体はすっぽりとハーレイの温もりに包まれ、幸せな気持ちが溢れ出す。
 ハーレイの腕の中に戻れて良かった。帰ってこられて本当に良かった…。
(……あったかい……)
 瞼を閉じて幸せを噛み締めていると、大きな手が頭を優しく撫でてくる。嬉しい気持ちになると同時に、複雑な気分も感じるそれ。前の生では頭を撫でられることなど滅多に無くて…。
「…ハーレイ。ぼくは子供じゃないってば!」
 目を開け、唇を尖らせて見上げれば「どうだかな」と答えが返って来た。
「小さい上に甘えん坊だと思うがな? …前のお前はくっついてばかりじゃなかったぞ」
「今だけだよ! ずっとハーレイと離れていたから、その分だってば!」
 ブルーは懸命に言い返す。ハーレイと再び巡り会ってから、まだ充分に逢瀬を重ねてはいない。前世で引き裂かれるように別れて、「さよなら」すらも言えなくて……。最期まで覚えていたいと思ったハーレイの温もりも失くしてしまって、どんなに悲しく寂しかったか。
 そのハーレイともう一度出会えて、本当ならずっと一緒に居たい。それなのに二人の家は別々、学校に行けば教師と生徒。二人きりになれるチャンスは少なく、おまけにハーレイはキスすら許してくれない。そんな状態で失くした温もりを取り戻すためには甘えるより他に無いわけで…。
「分かった、分かった。…好きなだけくっついていればいいさ」
「うん…」
 ハーレイの鼓動が聞こえてくるのが嬉しい。自分もハーレイもちゃんと生きていて、此処は焦がれてやまなかった地球。ただ、問題が一つだけ。
(…小さすぎたなんて…。本物の恋人同士になれないだなんて……)
 ハーレイの大きな身体に包まれるのは幸せだけれど、自分がもっと大きかったならばキスも出来たし、結ばれることだって出来たのだ。なのにキスさえ許して貰えず、ブルーは小さな子供扱い。こればっかりは時が経つのを待つ他は無く、いつになったらちゃんと大きくなれるやら…。



 前の生でのソルジャー・ブルーと変わらない姿に成長するまで、本物の恋人同士の仲はお預け。せっかくハーレイと巡り会えても何かが欠けているように思う。
(…やっぱりキスくらい許して欲しいよ…)
 唇が触れるだけでいいから、とブルーはハーレイの首に腕を絡めようとしたのだけれど。
「こらっ!」
 コツン、と頭を小突かれた。
「キスは駄目だと言っただろう! お前はたったの十四歳だぞ」
「見た目だけだよ!」
「いや、中身もだ。聞き分けがないのは子供の証拠だ」
 何度言えば分かる、とハーレイの眉間に皺が寄る。
「…まったく、本当にお前ときたら…。少しは自覚しろ、今の自分というヤツを。…お前は本物の十四歳だ。何と言おうがそれは変わらん」
そう言ってブルーの銀色の髪をクシャリと撫でたハーレイの頬がフッと緩んだ。
「……考えてみれば俺は随分と偉そうな口を叩いてるんだな、ソルジャー・ブルーに」
「えっ?」
「お前と呼ぶのが普通だなんて酷いもんだ。…エラが聞いたら何と言われるか」
 前の生でのシャングリラの長老の一人、エラは礼儀にうるさかった。ソルジャーだったブルーの立場は誰よりも上で、ハーレイがその次の地位であっても礼は必ず取らねばならない。
「でも、ハーレイ…。最初の間は「お前」だったよ」
 ブルーは遠い記憶を遡る。ソルジャー・ブルーと呼ばれるよりも前、アルタミラを脱出してから間もない頃は…。
「そうだな、最初は「お前」だったな。お前が今と同じくらいに小さかった頃か…」
「うん。…ぼくはハーレイから見れば小さな子供で、ハーレイはうんと大人だったよ」
 今よりはずっと若かったけれど、とブルーが微笑むとハーレイが「うーむ…」と短く唸った。
「少しばかり年を取り過ぎたか? お前と違って」
「ううん。…今の姿のハーレイが好きだよ、だって恋人同士になった時には…」
 その姿のハーレイだったもの、と口にしかけて慌てて飲み込む。ハーレイと育んだ恋が実って、青の間で初めて結ばれた時。…思い出すとやっぱり少し恥ずかしい。
「…そういえば俺が今の姿になってからだったな、お前も立派なソルジャーだったし」
 ハーレイの指がブルーの髪をそうっと梳いて、鳶色の瞳が懐かしそうに細められた。
「ソルジャーとキャプテンだったんだなあ、あの頃は…。お前を「あなた」と呼んでたっけな」



 遠い遠い彼方に過ぎ去った過去の生へとブルーは思いを馳せる。
 アルタミラで皆で乗り込んだ船がシャングリラへと名を変え、その船体もが形をすっかり変える間にブルーとハーレイも仲間同士からソルジャーとキャプテンに立場を変えた。
 いつの間にかハーレイがブルーを呼ぶのも「お前」から「あなた」に変わってしまって、言葉も敬語になってしまった。それが普段の言葉だったし、それで普通だとも思っていた。
 でも、今は…。
 ハーレイの方がずっと大人で、ずっと大きくて、ブルーが通う学校の教師。
 ブルーを呼ぶ言葉も「あなた」ではなくて「お前」になった。
 子供扱いは悲しいけれども、言葉遣いは今の方がいい。「あなた」と呼ばれるのも、敬語で話すハーレイも好きだったけれど、普通の言葉で話してくれるハーレイと過ごす今が嬉しい。
 前の生でもハーレイは何度もブルーを守ると言ってくれたのに、実際はブルーが守る者だった。シャングリラを守り、ミュウたちを守り、ハーレイもその中に含まれる者だったから。
 しかし今度の生では違う。
 ブルーは十四歳にしかならない子供で、ハーレイは倍以上もの年を重ねた大人。
 平和な地球に生まれたブルーに守らねばならぬ存在は無くて、ハーレイの方がブルーの守り役。
 これが幸せでなくて何だろう?
 小さすぎたせいで本物の恋人同士にはなれないけれども、これで幸せ、今が幸せ。
「…ねえ、ハーレイ…」
 ブルーは自分を腕の中に抱くハーレイの顔を見上げた。
「前の話し方も好きだったけれど、今度はずっと…「お前」がいいな」
「ん?」
「普通に「お前」って呼んで話してくれるのがいい。「あなた」みたいに丁寧な言葉じゃなくて」
 ぼくが大きく育ってからも、と強請ってみれば「当たり前だろうが」と呆れられた。
「お前、俺よりも幾つ年下なんだ? 綺麗な美人に育ったからって敬語で話す義理なんか無いぞ」
 思い上がるな、と指で額をつつかれ、「ふふっ」と擽ったそうに首を竦めると、ハーレイの瞳がすうっと真剣な光を湛えて…。
「…実は、俺もだ」
 強い両腕で抱き締められた。
「俺もお前をずっと「お前」と呼び続けていたい。…今と変わらない喋り方でな」
 お前が昔と変わらない姿に育った後も、と熱い声が囁く。好きでたまらないハーレイの声が。



「…なあ、ブルー」
 優しくて温かな手がブルーの背を撫で、愛おしげに、大切な宝物のように抱き締めた。
「お前が十四歳の小さな子供で、俺はどんなに嬉しかったか…。お前は不満だらけかもしれんが、俺は本当に嬉しかったんだ」
 本当だぞ、と腕に力が籠もる。
「今度こそ本当にお前を守れる。俺はお前よりもずっと年上で、お前を守ってやることが出来る。…前はお前を守ると口では言えても、実際は何ひとつ出来なかった。しかし今度は違うんだ」
 お前はこんなに小さくて弱い、と膝の上で抱え直された。
「俺の腕の中にすっぽり収まる小さなお前が今のお前で、育ってもソルジャーになる必要はない。お前は俺よりも年下のままで、俺に守られるままでいい。…今度こそ俺がお前を守る」
 そのままでいろ、と強い腕がブルーを包み込んで広い胸へと押し付けた。
「ブルー、ゆっくり大きくなれ。…お前が守らなくてはいけないものなど今の世界には何もない。だから急がなくてもいいんだ。年相応の子供でいい」
「……うん……」
 いつもだったら逆らいたくなる「年相応」だの「子供でいい」だのという言葉だったが、逆らう気持ちは起こらなかった。ハーレイが何を言っているのか、ブルーにも感じ取れたから。どういう思いで紡がれた言葉か、その優しさが、その暖かさが泣きたくなるほどに嬉しかったから…。
「…ブルー。俺はお前の幸せそうな姿を見ていたいんだ。…前のお前には叶わなかった分まで、幸せに包まれて育って欲しい。普通の子供に生まれたお前の幸せな笑顔を俺に沢山見せてくれ」
「…うん……」
「分かるな、お前は俺の大切な宝物だ。お前がこれから育つ時間も、俺にとっては何にも替え難い宝物になる。…お前の笑顔を見ていられるだけで、俺は誰よりも幸せなんだ」
 ……俺だけの小さなブルーでいてくれ。
 その言葉にブルーはコクリと頷いた。普段なら口にされる度に唇を尖らせ、脹れっ面になってしまう筈の言葉が、今は嬉しくて心地よい。
 前の生でもハーレイの「守る」という言葉に嘘偽りは無かったけれども、現実がそれを許さなかった。いくらハーレイが願い、誓いを立ててもブルーを守れはしなかった。
 でも、今は違う。
 ハーレイはブルーよりもずっと年上で、身体だってずっと大きくて…。
 それにブルーが通う学校の教師で、ブルーはハーレイに教えて貰う立場の小さな教え子。
 何もかもが「ハーレイがブルーを守れる」ように設えられた世界が今で、ブルーはハーレイに守られて生きる者。それが当たり前で普通な世界にブルーは生まれて来たのだから…。



 小さなブルー、とハーレイが呼び掛けてくれることが嬉しいなんて、とブルーは微笑む。
 もしも十四歳の子供でなければ今頃はとうにハーレイと結ばれ、共に暮らしていただろう。早く一緒に暮らしたいのに、それを阻むのがこの身体。
 十四歳になったばかりの子供で、おまけにハーレイとは教師と生徒。
 こんな立場でなかったならば、と何度思ったことだろう。…これから先も幾度となく不平不満を抱いて文句を言ってはハーレイを困らせ、自分でも悔しくなるだろうけれど、今だけは…。
 今度はハーレイに守って貰える。
 前の生では約束だけに終わった言葉を果たそうとしてくれるハーレイの腕に、その広い胸に。
「……ハーレイ……」
 温かなハーレイの胸に抱かれて、ブルーは幸せに酔いながら呟いた。
「…ハーレイが守ってくれるんだったら、ぼくは小さなブルーでもいい。…今だけだったら」
 今だけだよ、と繰り返す。
「…早く大きくなりたいもの。…でないとハーレイと本物の恋人同士になれないもの」
「またそれか…」
 そればっかりだな、とハーレイは苦い笑みを浮かべた。
「お前は小さな子供なんだし、そういう話は早過ぎるんだと何度も言っているんだが…。だがな、本当を言えば俺だって早くお前が欲しい」
 鳶色の瞳の底に一瞬だけ揺らめいた焔にブルーは気付かなかったが、その焔こそがハーレイが心の深い奥底に秘めるブルーへの想い。キャプテン・ハーレイであった頃から愛し続けて、ブルーを一度失くしたからこそ激しく強く燃え盛る焔。
 けれどハーレイは苦しいほどの想いを抑えて腕の中の小さなブルーを抱き締める。
 無垢で幼く、愛らしいブルー。
 前の生ではミュウたちを乗せた船を守るため、同じ姿でも果敢に戦い続けたブルー。細い身体で負っていた重荷を、痛々しいとまでに思ったその生き様を、ブルーには二度と味わわせたくない。
 ブルーが幸せに笑う姿を、十四歳の子供らしい姿を側で見守り、ただ微笑んでやりたいと思う。
 だからブルーを求めてはいけない。
 どんなにブルーが求めようとも、時が来るまではブルーと結ばれるわけにはいかない。
「…ブルー。俺は大きくなったお前を見たいし、お前を早く欲しいとも思う。……だがな、お前は急がなくていい。お前には子供でいられる時間がまだたっぷりとあるんだからな」
 急いで大きくならなくていい、とハーレイはブルーの前髪をそっとかき上げた。
「いいか? 前に失くした子供としての時の分まで、その姿で幸せに生きてくれ、ブルー」
「…うん…」
 分かるけれど、と返したブルーの額に唇を落とし、柔らかな頬を両手で包む。前の生であれば、そのまま唇に口付けたであろう所を、口付けは再びブルーの額に。



「…ハーレイ…」
 唇へのキスを強請ろうとするブルーの仕草に、「駄目だ」とハーレイは首を左右に振った。
「言ったろう、俺だけの小さなブルーでいてくれ、と。お前はゆっくり大きくなるんだ」
 いいな、とブルーの唇を人差し指で押さえ、念を押してから苦笑する。
「…こう格好をつけていてもだ、明日には違うことを言っていそうな気もするんだがな。…いや、明日まで持たないかもしれん」
「…なんて?」
 ブルーの期待に満ちた瞳に、ハーレイは喉の奥でククッと笑った。
「残念ながら、お前が思っているような甘い台詞じゃないな。…俺の定番の台詞だ、ブルー」
「えっ?」
「しっかり食べて大きくなれよ、と何回も言っているだろう?」
「……それだったの?」
 心底ガッカリした様子のブルーの頭をハーレイの大きな手がポンポンと叩く。
「当然だろうが、何を期待してた? ほら、そろそろ自分の椅子に戻れよ」
 ……お母さんが様子を見に来るぞ。
 そう囁かれたブルーは慌ててハーレイの膝から飛び降り、チョコンと自分の椅子に座った。
 すっかり冷めてしまった紅茶を急いで飲み干し、焼き菓子を懸命に頬張る姿が可愛らしい。
「…よし。年相応の姿だな、うん」
 しっかり食べろよ、と口にしたハーレイにブルーが小さく吹き出した。
「もう言ってる! ハーレイ、明日まで持たないどころか、もう言っちゃってる!」
「………。いや、食べろとしか言ってない。大きくなれとは言わなかったぞ」
 渋面を作ってみせるハーレイにブルーはコロコロと笑う。その屈託のない子供らしい笑顔に心を満たされ、ハーレイの顰めっ面は脆くも崩れた。
「…降参だ、ブルー。……どうやら俺の決意は一瞬で崩れてしまったらしいな。…しっかり食べて大きくなれよ。待っているから」
「うんっ!」
 無邪気に答えたブルーの皿に自分の分の焼き菓子も乗せてやる。食が細いブルーが喜んで食べる数少ない好物、母が焼く軽い口当たりの菓子。
 ゆっくり育って欲しいけれども、その一方で「早く」とも願ってしまう小さな恋人。
 ハーレイはブルーを愛しげに眺め、自分の心に固く誓いを立てた。
 今度こそ俺がブルーを守る。前は叶わなかった分まで、俺の大切なブルーをこの手で……。




        守られる者・了


※いつもハレブル別館にお越し下さってありがとうございます。
 あの17話から7月28日で7年になります、早いものです。
 昨年までは7月28日のみの更新だったハレブル別館もすっかり様変わり致しました。
 まさか転生ネタを始めるとは思ってもいなかったですねえ、自分でも。
 とんでもないスロースターターだったのだな、と呆れるしかない新連載開始…。

 というわけで、今年の7月28日は14歳ブルー君に登場して頂きます。
 7月28日に新しいお話をUPしますので、遊びにいらして下さいねv





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