シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
ハロウィンにはまだ早いですけど、しっかり十月、気分は秋です。衣替えが済んだ直後は暑い日も何日かあったとはいえ、もう長袖にも馴染みました。今日は秋晴れ、空気も爽やか。予鈴が鳴って、間もなく朝のホームルームが始まる時間で…。
「諸君、おはよう」
靴音も高く現れたグレイブ先生、何故か普段よりも厳しい顔つき。それに気付いた何人かがコソコソ小声で話していると。
「そこの馬鹿ども! 遅刻でいいな」
「「「えっ?」」」
「遅刻扱いでいいな、と言ったのだ。出欠を取っている時に雑談するなら返事をする意欲も無いだろう。返事が無い者は存在しない。要するに遅刻だ。反論は認めん」
出席簿に書き込まれる遅刻の証。犠牲者は全部で八名でした。
「これに懲りたら、以後、雑談は慎むことだ。今日の一時間目は数学だ。…雑音の無い授業を期待している」
シーン…と凍りつく教室の空気。グレイブ先生は淡々と朝の連絡事項を告げ、日直当番が今日の委員会活動などについて話してホームルームは終わりましたが…。
「な、なんだったんだよ、アレ…」
グレイブ先生が数学科の準備室へと戻って行った後、1年A組は上を下への大騒ぎ。遅刻マークを書かれた人は元より、そうでないクラスメイトたちもザワザワと。
「雑談で遅刻ってあったっけ?」
「いや、知らない。…待てよ、前にはあったかも…」
どうだった、と訊かれる対象は当然、私たち特別生の七人組とアルトちゃん、rちゃんの九人ですが、生憎とそんな記憶はありません。1年A組で学び始めて長いですけど、たかが雑談、それもヒソヒソ声で遅刻扱いになるなんて…。
「そうか、無いのか…。俺たち、運が悪かったのかも」
「仕方ないよな、書かれちゃったら…。グレイブ先生、何かあったのかな」
あの顔つきがくせものだ、という点についてはクラス全員の意見が見事に一致しました。私たちもグレイブ先生の機嫌の良し悪しは顔つきでほぼ分かります。今日の御機嫌は相当に斜め、仏滅級だと思われますが…。
「ぶ、仏滅って…。それじゃ十三日の金曜日とかは?」
「まだ分からん。ついでに俺はキリスト教とは無縁なんでな」
まあ頑張って静かにしておけ、とキース君が突き放した所でキンコーンと一時間目の五分前を告げる予鈴の音が。私たちの周りに群がっていたクラスメイトたちはバタバタと自分の席へ駆けてゆき、授業の支度を始めました。教科書にノート、筆箱などなど。これで準備はオッケーですよね?
本鈴が鳴って緊張し切った教室の外の廊下にグレイブ先生の靴音がカツカツカツ。やがてガラリと扉が開いて、噂の当人の御登場です。グレイブ先生は真っ直ぐ教卓に向い、クラス全体を見回すと。
「よろしい、全員出席、と…。では、教科書とノートを片付けたまえ」
「「「え?」」」
「片付けたまえ、と言ったのだ! 今から抜き打ちテストを行う」
「「「えぇぇっ!?」」」
そんな殺生な、とクラス中から上がる悲鳴を無視してグレイブ先生は教科書とノートをカンニング出来ないように鞄に入れさせ、前から順にレポート用紙が配られて。
「問題は今から黒板に書く。制限時間は十五分だ。それが終わったら即、回収。授業時間内に採点を行い、間違えた者は昼休みにグラウンドを駆け足で五周としておく」
「「「ご、五周…」」」
シャングリラ学園自慢のグラウンド。五周ともなれば半端な距離ではありません。死ぬ、という声も上がっていますがグレイブ先生はサラッと無視して黒板にチョークで問題を。げげっ、ただの数式じゃないんですか! よりにもよって証明問題、これはキツイかも…。
『ヤバイんじゃないの?』
ジョミー君の思念波が届きました。
『ぼくたちは普通に解けるけれどさ、他のみんなは…』
『ヤバイだろうな』
下手をすればクラスの殆どがアウト、とキース君も同意しています。
『しかし今からあいつを呼んでも手遅れだぞ』
『会長、今日は登校していないんでしょうか?』
シロエ君の思念に、サム君が。
『俺、今朝も一緒に来たけどなぁ…。朝のお勤めに行って来たから』
『だったら、どうして…』
クラスのピンチに来ないんでしょう、というマツカ君の疑問に対する答えは誰も持ち合わせていませんでした。たまには実力を思い知れ、との考えで放置プレイとか…?
『それは大いに有り得るな…。いつも頼りっぱなしだからな』
こんな日もあるさ、とキース君。思念波を交わしながらも私たちはサラサラと答えを書いていますが、クラスメイトたちの方はサッパリで。
「十五分経過! テストはこれで終了とする。後ろから順番に前へ回すように」
採点時間中は各自で自習、とグレイブ先生。列の後ろから回されてきたレポート用紙は大部分が白紙で、ジョミー君たちが座っている列も同じ状態。グラウンド五周が目の前に迫った1年A組、阿鼻叫喚の地獄になりそうな…。
定期試験は会長さんに全てお任せな1年A組。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーなのだと称して意識の下に正解が送り込まれてくるのですから、それさえ書けば満点です。何もしなくても全科目で満点を取れるとあって、予習復習を舐め切って今日まで暮らした結末は。
「諸君。…私は深く絶望している。なんなのだ、この悲惨さは!」
満点が九人しかいないではないか、とグレイブ先生は赤ペンで教卓をコツコツと。九人ってことは特別生以外は全滅だったということで…。
「辛うじて半分解いた者もいるが、最後まで解いていない以上はそれも間違いに含まれる。いいな、特別生の諸君以外は昼休みにグラウンドを駆け足で五周!」
「「「えーーーっ!!!」」」
「えーっ、ではないっ! 自分の力不足を反省しつつ、今日からの予習復習に生かしたまえ」
「「「そ、そんな……」」」
あちこちで悲鳴が上がる中、私たちは思念でヒソヒソと。
『アレって絶対難しすぎよね、この前、習ったばかりのトコでしょ?』
『ああ。普通に復習していたとしても難しかったかもしれないな』
それにしても…、とキース君。
『グレイブ先生に何があったんだ? 朝の遅刻の扱いといい、かなり機嫌が悪そうだが…。十三日の金曜日並みと言ってもいいようなレベルだぞ』
『だよなあ、おまけに仏滅で三隣亡だぜ』
本当に何があったんだろう、とサム君が思念で呟いた時。
「多分、栗御飯の祟りなんだよ」
『『『え?』』』
いきなりジョミー君の肉声が聞こえ、ギョッと息を飲む私たち。ジョミー君は慌てて口を押さえていますが、グレイブ先生の耳にも入ったようで。
「ジョミー・マーキス・シン! 今、栗御飯と聞こえたが…?」
「それとチキンの竜田揚げです、変わり卵焼きと大学芋も」
ザワワッと教室中がどよめき、言い放ったジョミー君もまた顔面蒼白。グレイブ先生は両手の拳をグッと握り締めてブルブルと…。
「ふざけるのも大概にしておきたまえ! どうやらグラウンドを走りたいようだな、特別に貴様も追加する。いいか、昼休みに五周だぞ!」
そこでキンコーンとチャイムが鳴って、恐怖の一時間目は終了しました。ジョミー君までグラウンド五周になった理由は謎の栗御飯な発言ですけど、アレっていったい何だったの…?
「おい、栗御飯って何だよ、ジョミー」
グレイブ先生が出て行った後、サム君が早速尋ねましたが、ジョミー君は。
「…ぼくにも分からないんだよ…。どうしてなんだろう、口が勝手に」
「竜田揚げもか?」
キース君が念を押し、シロエ君も。
「変わり卵焼きって言いましたよね? それに大学芋」
「う、うん…。おかしいなぁ、ママはそんなの作ってないけど…。昨日の夜はチキンカレーで、朝は普通にソーセージと目玉焼きだった」
「栗御飯が入り込む余地は無さそうだな」
カレーではな、とキース君。
「チキンは確かに竜田揚げと被るが、お前の頭に献立表が入っているとは思えない。俺もチキンとだけ言われて料理が幾つ浮かんでくるか…。そういうのはぶるぅが得意そうだが」
「ぶるぅ……ですか?」
シロエ君が顎に手を当てて。
「もしかしたら、あれは会長の昼御飯かもしれません。ジョミー先輩にグラウンド五周をさせてみたくて口走らせたとか、ありそうですよ」
「ブルーが…? ぼくって恨みを買っていたっけ?」
「何を今更…。何年越しで買っていると思っているんだ」
いつまで経っても仏弟子の自覚ゼロ、とキース君が呆れ果てた口調で首を振っています。
「俺の大学の専修コースに入るどころか、朝のお勤めにも行かないしな。不肖の弟子にも程がある。破門の代わりにグラウンド五周の刑なんだろうさ」
「そうなるわけ? そんな理由で栗御飯だとか言わされたわけ…?」
「祟りだと言っていただろう? 間違いなくあいつの祟りだな」
諦めて五周走ってこい、とキース君はにべもありません。そういう理由なら庇いだてすることも同情すらも特に必要無さそうです。昼休みにはクラスメイトと仲良く走ればいいじゃないか、と私たちは結論付けました。
「酷いや、なんでぼくだけ走らされるのさ!」
「やかましい、走るのは得意だろうが!」
たまにサッカー部の練習に混ざってグラウンド中を走っているよな、とのキース君の指摘にグウの音も出ないジョミー君。ボールを追うのと黙々と走るのとは全く別物という気もしますが、この際、頑張って走りましょうよ~!
こうしてグラウンド五周の刑に処されたジョミー君。私たちがサッサと見捨てて学食に出掛け、先にランチを食べていたことを放課後になってもブツブツと。
「…なんで買っといてくれなかったのさ! ぼくの食券!」
「分からねえだろ、何を食うのか」
そんなの勝手に買えるかよ、と中庭を歩きながらサム君が。
「席は取っといたんだし、それで恩に着てくれなきゃな」
「まったくだ。お前が連絡を寄越したんならともかく、何もしないで買っておけは無い」
お目当ての食券が売り切れていても別のメニューがあるだろう、とキース君。
「でもさ、ハンバーグ定食だったし! アレのある時は必ず買うし!」
「そうかぁ? ラーメン食ってた時もあるだろ」
覚えてるぜ、とサム君が返せば、ジョミー君も負けじとばかりに。
「アレは特別出店だったよ! ゼル先生のコネで来たラーメン屋さんの!」
一日限りのメニューだった、とゴネるジョミー君。そのラーメンは記憶にあります。料理の腕はプロ顔負けのゼル先生が何処かで飲んでいて知り合ったらしい頑固一徹のラーメン屋さん。行列が出来ようとも売り切れ御免で店を閉めると評判なのが来たわけで。
「いいじゃねえかよ、そのラーメンを逃したわけじゃねえんだからよ」
たかがハンバーグ定食くらい、とサム君は冷たく、他のみんなも似たようなもの。そりゃ、グラウンドを五周も走らされてから来た食堂で好物のメニューが売り切れだったらショックでしょうけど…。
「とにかく、お前は自業自得だ。グラウンドに行かなきゃ食えたんだしな」
諦めろ、とキース君が切り捨て、シロエ君が。
「そうですよ。会長の恨みを買ったりするから栗御飯だとか言わされるんです」
ハンバーグ定食も祟りの続きということで、との説に誰もが大賛成。
「うんうん、七代後まで祟ってやる、とか言うもんな」
「そうでしょう? グラウンド五周とハンバーグ定食完売までで二代です」
「それじゃ、あと五代ほどあるのかしら?」
楽しみよね、とスウェナちゃんがクスクスと。
「残りの五つはこの先よ、きっと」
「うえ~…。それは勘弁…」
私たちは生徒会室まで来ていました。目の前の壁にシャングリラ学園の紋章が。それに触れれば放課後の溜まり場、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入れます。ジョミー君がまだ祟られるのか、それとも祟りは打ち止めなのか。会長さん、今、行きますよ~!
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「やあ、来たね。グラウンド五周、お疲れ様」
どうぞ座って、と会長さんが微笑み、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が焼き立てのお菓子を運んで来ました。一瞬、パイかと思いましたが、スポンジケーキをパイ皮に包んで焼いたもの。ケーキの中には栗とカスタードクリームがサンドされているという凝りようです。
「…これも栗なんだ…」
食べたら思い切りヤバイかも、と腰が引けているジョミー君の姿に、会長さんは。
「祟りかい? そっちの方はもう打ち止めだよ、それに食券はぼくのせいじゃない」
「やっぱりブルーのせいだったんだ? あの栗御飯!」
「だって、君以外にいないだろう? ぼくの恨みを買いそうなのは」
「え?」
どういう意味、とジョミー君が訊き返し、私たちのフォークも止まりました。ジョミー君以外に会長さんの恨みを買っている人がいたなら、グラウンド五周はその人だったとか?
「恨みはどうでも良かったんだよ、グラウンドを五周させたいほど恨んじゃいないさ。ただ、誰に言わせるかが問題で…。グレイブは確実に怒るだろうから、犠牲になっても良さそうな人に」
そういう理由で君を選んだ、とジョミー君を指差す会長さん。
「女の子はまず論外だしねえ…。誰にしようかと考えた結果、日頃から逃げてばかりいる弟子にしたんだ。グラウンド五周の感想は?」
「もう沢山だよ! それより、なんで栗御飯なんて言わせるのさ!」
ぼくの発言怪しすぎ、と頭を抱えるジョミー君。あの時はグレイブ先生が激怒したために誰も追及しませんでしたが、家に帰って冷静になったら大笑いするかもしれません。会長さんの昼御飯だとは思わないでしょうし、ジョミー君の家の夕食メニューだと思われそうで…。
「グレイブがブチ切れる原因が栗御飯だから」
「「「は?」」」
何故に会長さんの昼御飯の中身でグレイブ先生がキレるんですか? キョトンとする私たちの前で会長さんは指を折りながら。
「栗御飯にチキンの竜田揚げ。変わり卵焼きと大学芋と、後は彩りにブロッコリーって所かな。…グレイブが昨夜から段取りしていた今日のお弁当」
「「「お弁当?」」」
ジョミー君が口走らされた献立は会長さんのお昼ではなく、グレイブ先生のお弁当。だけど中身を当てられたからって、何もキレなくてもいいんじゃあ…?
お弁当の中身を言い当てただけでグラウンド五周はちょっと酷過ぎ。グレイブ先生、やり過ぎだろうと思ったのですが。
「ちゃんとジョミーに言わせただろう? 祟りだって」
そこが大切、と会長さん。
「グレイブは朝から機嫌が悪かった。雑談した生徒を遅刻扱い、おまけにグラウンド五周の罰則つきの抜き打ちテスト。…この辺が全部祟りなんだよ、ぼくじゃなくってグレイブのね」
「それと栗御飯がどう繋がるんだ?」
サッパリ分からん、とキース君が返し、私たちも揃ってコクコクと。会長さんはパイ皮包みの栗のケーキを頬張ってから。
「うん、栗が美味しいシーズンだよね。だからグレイブも栗御飯! 今日のお弁当に間に合うように昨夜に剥いて炊飯器に入れて、ちゃんとタイマーをセットして寝た。ところがウッカリ寝過ごした上に、タイマーの午前と午後とを間違えててさ」
「じゃあ、お弁当は…」
どうなったの、とジョミー君が尋ね、会長さんがニッコリと。
「間に合うわけがないだろう? せめて栗御飯が炊けていたなら、佃煮とかお漬物を詰めて誤魔化すことも出来たんだ。なのに御飯は炊けていないし、おかずを作る時間も無い。…というわけで、愛妻弁当、大失敗ってね」
「「「愛妻弁当!?」」」
なんじゃそりゃ、と目をむく私たち。グレイブ先生は愛妻家ですが、愛妻弁当と呼ばれるモノは普通は奥さんが作るんじゃあ? つまりはミシェル先生が…。
「違うね、グレイブたちの夫婦仲の良さは半端じゃない。普段は教職員専用食堂で仲良くランチをしているけれど、月に一度は手作り弁当! ミシェルが作る日とグレイブが作る日、それぞれ一日ずつなんだな」
「「「………」」」
「でもって、今日がグレイブの日。気合を入れて用意したのにズッコケちゃったら、八つ当たりだってしたくなる。それをジョミーがものの見事にズバリと言い当てちゃったわけ。多分、栗御飯の祟りだよ、とね」
あの瞬間のグレイブの顔といったら…、と会長さんは可笑しそうにケタケタ笑っています。
「ね、ぶるぅだって見てただろう? 楽しかったよね」
「かみお~ん♪ 大学芋はミシェル先生の好物なんだよね!」
お弁当が無くってガッカリだったもんね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。教職員用の食堂に大学芋は無いそうです。グレイブ先生、お昼休みに学校の近くの和菓子屋さんに出掛けて行って、芋羊羹をお詫びに買ったのだとか。実に素晴らしい愛妻家ぶりに、ちょっとホロリとしてしまったり…。
月に一度は愛妻弁当なグレイブ先生。いえ、それを言うなら愛妻弁当の日と愛妻家弁当の日が一日ずつ、と言うべきか…。お弁当持参なのに二人で使っている教職員専用棟にある部屋では食べず、わざわざ食堂に行くのだそうです。
「たまにゼルが評価をつけるらしいよ。この辺にコレを入れるべき、とかね。ミシェルが作った時はベタ褒め、グレイブの時は注文いろいろ」
「じゃあ、今日は?」
どうなったの、とジョミー君も今となっては興味津々。
「ん? 今日はね、そりゃあ手酷い評価がついたさ。グレイブはあれで顔に出るから、お弁当の日だったことが即バレで…。タイマーの件はともかく、寝過ごした方をネチネチ言われて、ブラウまで来て二人がかりで「愛が足りない」とフルボッコ」
お蔭で午後の授業でも抜き打ちテストを食らったクラスが…、と聞かされて私たちは震え上がりました。三年生のクラスらしいですけど、放課後にグラウンドを五周していたみたいです。よくぞ終礼で何も起こらずに済んだものよ、と犠牲になった三年生に心で合掌。
「栗御飯はそこまで祟るのか…」
恐ろしいな、とキース君が呟けば、サム君が。
「祟るのは愛妻弁当だろ? あ、グレイブ先生が作る方なら愛妻家弁当だったっけ?」
「どっちでもいいよ、グラウンド五周はキツかったんだよ~」
愛妻弁当は二度と御免だ、とジョミー君が栗のケーキを口へと放り込んだ時。
「…ぼくは素敵だと思うけどねえ?」
「「「!!?」」」
会長さんそっくりの声が聞こえて、振り向いた先に紫のマント。別の世界からのお客様は部屋を横切り、ソファにストンと腰を下ろすと。
「ぶるぅ、ぼくにもケーキが欲しいな。それと紅茶も」
「かみお~ん♪ ちょっと待っててね!」
お客様だぁ、と大喜びの「そるじゃぁ・ぶるぅ」はすぐにケーキを切り分けて渡し、熱々の紅茶も淹れて来ました。栗御飯の祟りがソルジャーの心にどう響いたのかは分かりませんけど、グラウンド五周の刑を素敵だなんて思ってるわけがないですよねえ?
紅茶をお供に栗のケーキをパクパクと食べているソルジャー。甘いお菓子は大好きとあって二切れも食べ、更にお代わりを要求しながら。
「これがギッシリ詰まってるのもいいかもねえ…」
「「「は?」」」
なんのこっちゃ、と意味不明な発言に首を傾げると、ソルジャーは。
「お弁当だよ、ぼく用の! 大学芋よりはこっちかな、うん」
「えーっと……。それは愛妻弁当のこと?」
素敵だと言っていたっけね、と会長さんが問えば、頷くソルジャー。
「お弁当を作って貰えるなんて素敵じゃないか。それも好物ばかりを詰めてさ、愛してますってアピールだよね? ぼくも作って欲しいんだけど…」
「………誰に?」
「もちろん、ハーレイ! 昼間はブリッジに行ったきりだし、寂しくて…。そんな時にハーレイの手作り弁当があったらいいと思うわけ。好物たっぷりの美味しいヤツが」
「言っとくけれど、栄養バランス第一だから!」
おやつはお弁当に含まれない、と会長さんが眉を吊り上げ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も。
「えとえと…。お菓子を詰めるなら、他にもサンドイッチとか! お肉は無くてもお野菜は要るよ、でないと病気になっちゃうもん!」
「ああ、その点は大丈夫! ぼくの世界は薬の類も発達してるし、必要な栄養はそっちの方で」
「却下!!!」
それじゃ愛妻弁当にならない、とダメ出しをする会長さん。
「いいかい、愛妻弁当ってヤツは相手を想って作るんだ。より健康に過ごせるように、と腕を奮ってなんぼなんだよ。グレイブの場合は美容にも気を遣ってメニューを考えているさ」
「…美容って?」
「そりゃあ、相手がミシェルだから…。女性だからねえ、美肌効果のある食材とか! 栗は美容にいいんだよ。それで栗御飯をチョイスしたんだ、メインは栗御飯だったわけ」
「なるほど、栗御飯が大切だったのか…。そこでコケたら怒るかもねえ…」
ぼくの場合はどうだろう、とソルジャーは少し考え込んで。
「基本、お菓子が入っていれば何でもオッケーなんだけど…。お菓子の代わりに味気ない料理が詰まっていたらキレるかな? 違った、グレイブが怒ってたのは自分が失敗したからだっけ。ぼくがハーレイに作る方だね、そうなると」
料理は得意じゃないんだけれど…、とソルジャーは真剣な表情で考え中。えっと、それ以前の問題として、キャプテンにお弁当はアリなんでしょうか…?
キャプテンに愛妻弁当を作って欲しい、と言っていたのがキャプテン用のお弁当を作る方へと転んだソルジャー。キャプテン用のお弁当で失敗した場合に悲しくなるポイントをあれこれ想像してますけれど…。
「うーん、やっぱり全然思い付かないや。そもそもハーレイの好物が何か知らないし」
「「「へ?」」」
思わず間抜けな声が出ました。好物が何か知らないだなんて、ソルジャーとキャプテン、確か結婚してたんじゃあ…。
「知らなかったらマズイのかい? 夫婦として?」
「そ、そりゃあ…。普通は押さえるポイントだよ、それ」
単なる恋人同士でも、と会長さんは呆れ顔。
「でないとデートに誘った時とか、困るだろう! 何処で食事をすればいいのか、何を頼めば喜ばれるか。相手の好きな食べ物くらいは押さえておくのが基本だってば」
「ハーレイの好きな食べ物ねえ…。強いて言うならぼくなのかな?」
「その先、禁止!」
会長さんがピシャリとイエローカードを突き付けましたが、ソルジャーは。
「えっ、ハーレイはいつも美味しそうに吸ったり舐めたりしてるけど? 噛むのも好きだし、飲むのも好きだね」
「退場!!!」
今すぐ出て行け、と怒鳴り散らしている会長さんとソルジャーの会話は既に異次元でした。万年十八歳未満お断りの私たちには理解できない専門用語がバンバン飛び出し、会長さんは今にもソルジャーを蹴り出しそうな勢いで。
「そこまで言うなら君がお弁当箱に入ればいいだろ、何処で食べるのか知らないけどさ!」
「あ、そうか…。食べる場所が問題なんだっけ…」
やっとグレイブの気持ちが分かったかも、とソルジャーは突然、意気消沈。
「好きな食べ物が分からないなら、ぼくを出せば…と思ったんだけど…。ブリッジでは流石に無理だよねえ…。食堂でも無理だし、用意したって大失敗っていうのはこういうことか…」
栗御飯になった気分がする、と残念そうに零すソルジャー。
「ぼくはどうしたらいいんだろう? ハーレイにお弁当を作って貰った方がいいのか、それとも作るべきなのか…。作る方がハードル高そうだけど」
「君を料理として出さないんなら、お勧めは作る方だけど?」
それが王道、と会長さんがレッドカードをちらつかせながら答えましたが、何故に王道? ソルジャーは料理が苦手な上に、キャプテンの好物すらも把握していない人なんですが…?
愛妻弁当なる言葉に釣られて出てきたソルジャー。最初は自分が作って貰う方向性でいたのが一転、自分が作る方へと。ところがそちらは色々難アリ、どう考えても難しそうなのに会長さん曰く、それが王道。
「いいかい、愛妻弁当ってヤツは君が最初に言っていたとおり、愛してますってアピールなんだ。それと同時に、愛されてますってアピールでもある。グレイブとミシェルがいい例だよね」
「…どういう意味さ?」
「あの二人、お弁当を用意した日も職員食堂に行くんだよ。そこで食べながら周囲の評価を受けるわけ。グレイブはゼルに辛辣なことを言われる時もあるけど、それでも必ず食堂に行く。その理由はねえ、相手のために作りました、ってアピールと、作って貰ったっていうアピール」
見せびらかすのが重要なポイントなのだ、と会長さんは指を一本立てて。
「一人きりの部屋で食べていたって誰も見てくれないし、見せられない。君が作って貰った場合はそのパターン! 青の間で一人で食べるんだろう?」
「そうなるねえ…。そりゃあ、ブリッジとか食堂とかに持って行って食べてもいいけど……そうなると君じゃないけど栄養バランス云々ってことに」
好物満載のお弁当どころか逆パターン、とソルジャーは悔しそうな顔。
「ぼくの世界のゼルも食べ物にうるさいタイプなんだ。お菓子だけしか入っていないお弁当を持っているのがバレたら、籠いっぱいの野菜を持って来そうで」
「かみお~ん♪ ミキサーにかけて青汁なんだね!」
アレって美味しくないんだよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。美味しく飲める青汁も作れるらしいですけど、普通に野菜をミックスすればもれなくマズイ青汁だそうで。
「…そう、その…青汁だっけ? 絶対、飲め! と押し付けられるよ。ゼルは薬で栄養を摂るのに反対だから間違いない」
そんな展開は嫌過ぎる、とソルジャーは顔を顰めています。会長さんはここぞとばかりに。
「君が作って貰った場合は一人で食べるんじゃなくてもアウト、と。やっぱり作る方に回るしかないね、でもって存在を周囲にアピール! 君のハーレイが手作りっぽいお弁当を食べていたなら、それはもう愛妻弁当しか無い。ブリッジだろうが、食堂だろうが」
「いいね、それ! 作ったのは誰か、って自然と話題になるわけだ」
ついにハーレイがぼくとの仲を認める時が、とソルジャーの瞳に強い光が。ソルジャーとキャプテンとの仲は二人のシャングリラではバレバレになっているそうですけれど、頑なにそれを認めないのがキャプテンだとも聞いています。
「ハーレイは思い切り抜けてるトコがあるから、誰が作ったお弁当ですか、と訊かれたら素直に答えそうだ。お弁当を作って貰える程に愛されているという自分の立場に気付かずに……ね」
目指せ、ハーレイとの公認の仲! とソルジャーは思い切り燃え上がりました。明日から愛妻弁当だとか叫んでますけど、キャプテンの好物も知らない人に愛妻弁当なんて作れますかねえ…?
それから一週間ほどが経った土曜日のこと。いつものように会長さんの家のリビングでダラダラと過ごしていた私たちの前に、突然の来客が。
「かみお~ん♪ ぶるぅ、久しぶり~!」
「わぁ、ぶるぅだあー! いらっしゃい!」
ゆっくりしていってね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜び。そっくりさんの「ぶるぅ」にお気に入りのアヒルちゃんのクッションを勧め、お茶とお菓子を用意しようとキッチンに走りかけましたが。
「えっとね、ぼくと、もう一人いるの!」
「「「は?」」」
「…すみません、お邪魔いたします…」
私が来たことは御内密に、とキャプテンが現れたではありませんか! えっと、御内密に…って、ソルジャーは? あ、ソルジャーに内緒でこっちに来るために「ぶるぅ」の力を?
「実は、秘密がバレそうでして…。その前にブルーを皆さんに止めて頂きたいと…」
お願いします、とキャプテンは深々と頭を下げました。秘密がバレるって、いったい誰に? それにソルジャーを止めろと言われても、私たちは向こうの世界に手を出すことは出来ないのですが…? 悩んでいる間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が塩煎餅をテーブルに。
「甘い物が苦手な人には御煎餅! 他の人は栗のスコーンでいいよね、お昼前だし」
「あ、そのぅ…。そんなに長い時間は…」
お昼までには戻りませんと、とキャプテンが慌て、横から「ぶるぅ」が。
「ブルー、今日も朝から頑張ってたよ! なんかね、ピンクのハートがどうとかって」
「……ぴ、ピンクのハート……」
それはマズイ、とキャプテンの額にびっしり汗が。
「こ、この通りの有様でございまして…。ブルーが毎日、お弁当を作ってくれるのです…」
「マズイわけ?」
料理の腕は良くなさそうだね、と会長さんが訊くと、キャプテンは。
「いえ、味はそこそこいけるのです。…なんでも、こちらのドクター・ノルディに初心者向けのレシピを色々貰ったとかで、正直、まずくはありません。むしろ美味しいと言った方が…」
「だったら問題ないじゃないか。ブルーの愛妻弁当だろう?」
「それです、愛妻弁当です!」
そこが非常にマズイのです、とキャプテンは大きな身体を竦ませ、おませな「ぶるぅ」が。
「ブルー、愛妻弁当って言っているけど、大人の時間に効く薬とかは入れていないよ? そういう食べ物も入れていないし、いいんじゃないかと思うんだけど…」
おっきなピンクのハートマークくらい、とニコニコニコ。どうやらソルジャー、今日のお弁当にピンクのハートを描いてしまったみたいです。愛妻弁当の王道ですけど、何処がマズイの?
秘密がバレる前にソルジャーを止めてくれ、と依頼に来たキャプテン。そもそも秘密がどうバレるのか、ソルジャーをどう止めるのかすらも私たちには分かりません。会長さんが「ハッキリ言わないと分からないよ」と突っ込むと。
「………。ブルーとの仲がバレそうなのです、お弁当のせいで」
あんなお弁当を渡されましても、とキャプテンの眉間にググッと皺が。
「最初にお弁当を渡されたのは一週間前のことでした。作ってみたから是非ブリッジで食べてくれ、と言われまして…。何か意味でもあるのだろうか、と昼休みに蓋を開けましたら…」
「ハートマークでもついていた?」
会長さんの問いに、キャプテンは首を左右に振って。
「ごくごく普通のお弁当でした。ただし、こちらの世界のスタイルの…。そこに気付かず、添えられたお箸で食べておりましたら、ゼルが横から覗き込みまして…」
料理の腕前が素晴らしいというキャプテンの世界のゼル機関長。お弁当を見るなり「クラシックスタイルだのう」と呟き、自作したのかと質問が。キャプテンは素直に「これはソルジャーが…」と答えてしまい、その日以来、ブリッジクルーの誰もが昼食時間を楽しみにしているそうで。
「ブラウなどは肘で私をつついてニヤニヤしながら「ハーレイ、今日も愛妻弁当だねえ」と言うのです! ソルジャーのお心遣いなのです、と何度言っても聞き入れて貰えず…」
このままでは私たちの仲がバレます、と懸命に訴えているキャプテン。バレるも何も、とっくにバレバレじゃないですか、と言おうものなら卒倒しそうな雰囲気で…。
「ブルーは愛妻弁当呼ばわりを面白がっておりまして…。恐らく、それで今日はピンクのハートマークを…。お願いします、原因はこちらの世界にあるかと思いますので、どうかブルーを!」
「おやおや、ぼくがどうかしたかい?」
「「「!!!」」」
捜したよ、と声がしてフワリと優雅に翻るマント。ソルジャーの手にはランチョンマットに包まれたお弁当箱が。
「ハーレイ、今日のは力作なんだよ。こっちのノルディが愛妻弁当の定番ですって教えてくれてね、御飯の上にピンクのハートを描いたんだ。桜でんぶってヤツを使って」
「…ぴ、ピンク……」
「大丈夫、見た目ほど甘くはないから! 材料は魚らしいしさ」
今日もブリッジの人気者だよ、とキャプテンの首根っこを引っ掴むようにしてソルジャーは消えてしまいました。後を追うように「ぶるぅ」も大量のスコーンを抱えて姿を消して。
「…エスカレートしているみたいですね…」
本当に止めなくていいんでしょうか、とシロエ君が首を捻れば、キース君が。
「どうやってアレを止めるんだ? あっちの世界に行けるのか?」
「そ、それは…。ということは、このまま行ったら本当に秘密がバレバレに…」
マズイですよ、とシロエ君は焦っていますが、会長さんはのんびりと。
「問題ないだろ、ブルーは元々バレバレなんだって言ってるし。…それにね、ブルーの性格からして長期間続くわけがない! そしたら今度はどうなると思う?」
「「「…???」」」
「愛妻弁当がパッタリと消えてなくなるんだよ? こっちの世界なら夫婦喧嘩だとか仲が冷めたとか、離婚寸前とか、他にも色々」
「「「あー……」」」
容易に想像がつきました。ソルジャーがお弁当作りに飽きたら、キャプテンを待っているのは「別れたのか」とか「捨てられた」とかの不名誉な噂の乱舞です。早い話が放っておいてもカップル解消となるわけで…。
「ね? だから問題ないんだよ。それじゃ賭けようか、愛妻弁当がいつまで続くか」
「俺、あと三日!」
「ぼくは一週間で行きます、キース先輩はどうしますか?」
無責任に始まるトトカルチョ。グレイブ先生の八つ当たりに端を発した愛妻弁当を巡る騒ぎはまだ暫くは続きそうです。私は二週間に賭けましたから、ソルジャー、どうかあと二週間ほど、心をこめて愛妻弁当お願いします~!
お弁当に愛を・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
今回、珍しい人に脚光が当たってましたが、グレイブ先生、愛妻家ですよ?
そして来たる11月8日でシャングリラ学園番外編は連載開始から6周年です。
感謝セールとは参りませんが、感謝の気持ちで今月は月2更新にさせて頂きます。
次回は 「第3月曜」 11月17日の更新となります、よろしくお願いいたします。
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こちらでの場外編、11月はスッポンタケ狩りの悪夢を引き摺っているようで…。
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