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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

奇跡の始まり

 ハーレイと再会してから、もうすぐ一ヶ月になるんだけれど。
 週末は必ずハーレイが来てくれて、平日だって時間が取れれば夕食を一緒に食べたりしている。前の生でメギドへ飛んだ時には思いもしなかった、この奇跡。
 あの日、メギドで失くしてしまった最後にハーレイに触れた手に残った温もり。それを失くしたことが悲しくて、もうハーレイには会えないんだと、独りぼっちになってしまったと心の奥深くで泣きながらソルジャー・ブルーだったぼくの命は終わった。
 右の手が冷たくて泣いた遠い日のぼく。凍えた右手が失くした温もりは二度と戻ってこないと、ハーレイから遠く離れた所で独りぼっちで死んでゆくのだと。
 それなのに、ぼくはハーレイに会えた。
 ずっと見たかった青い地球の上で、ハーレイと生きて巡り会えた。
 ぼくは十四歳の子供で、ハーレイは二十三歳も年上の先生だったけれど、ぼくたちは会うことが出来たんだ。これが奇跡で無いと言うなら何だろう?
 そう、奇跡でしか有り得ない。
 だから神様は絶対に居る。ぼくたちの目には映らないだけで、神様は何処かに居る筈なんだ。



 今から思えば、十四歳の誕生日に奇跡は始まっていたんだと思う。
 だって、ハーレイと再会した場所は十四歳になった子供が行く学校。
 それにソルジャー・ブルーだったぼくのサイオンが目覚めた日だって、いつだったのか記憶にも残ってはいない十四歳の誕生日。
 前の生の頃は十四歳の誕生日は誰でも『目覚めの日』だった。成人検査を受けて養父母や育った家と別れて、大人の世界へ歩み出してゆく日。
 成人検査に落っこちたぼくは大人の世界へ出てゆく代わりにミュウになった。
 オリジンと呼ばれて残酷な人体実験ばかりの日々だったけれど、其処からソルジャー・ブルーの記憶が始まる。
 だから十四歳の誕生日はきっと、ぼくにとって特別だったんだ。
 ハーレイに会える日までのカウントダウンがあの日に始まり、ぼくたちは地球で再び出会った。
 最高の奇跡が起こったその日に、ぼくの身体に現れた前の生での最期の傷痕。
 その兆候だった右の瞳からの一番最初の出血の日は…。



 十四歳の誕生日の次の日、四月の一番最初の日にあった今の学校の入学前の説明会。
 ママと二人で出掛けて行った。其処で「はじめまして」と挨拶をした校長先生が言ったんだ。
「ずっと昔は十四歳の誕生日を目覚めの日と呼び、別の人生が始まる日でした。その時代に苦しめられていたミュウを救うために立ち上がってくれたソルジャー・ブルー。命を捨ててミュウの未来を守ってくれた彼のお蔭で、あなたたちは此処に居るのです」
 後はお決まりの「頑張って勉強して下さい」とかだったと思う。
 ジョミーと、ぼくをメギドで撃ったキースも今では英雄だったけれども、こういう挨拶で最初に必ず出て来る名前はソルジャー・ブルー。
 ぼくの名前と同じ「ブルー」と、パパとママがぼくに「ブルー」と名付けた理由の同じ瞳の色と髪。それがちょっぴり誇らしくなって、恥ずかしくも思う学校でよく聞く先生の話。
 前の学校でも何かと言えば「ソルジャー・ブルーに感謝しましょう」とか、ジョミーやキースの名前まで出る長ったらしい挨拶だとか。
 もう充分に聞き飽きていたし、ぼくは行儀よく座っていたけど他の子は欠伸なんかをしていた。
 それから後は学校生活のごく簡単な説明があって、入学式の案内も。全部済んだらママと一緒に家に帰って、貰って来たプリントなんかを読んで…。



 その日の夜になって初めて、右目の奥がツキンと痛んだ。
 校長先生の挨拶で聞いたソルジャー・ブルーという名前。それに反応したんだと思う。
 自分の部屋で本を読んでいた時、急に右目から零れた赤い血。
 怪我したのかと酷く驚いたし、見えなくなるのかと泣きそうになった。右の瞳が傷ついたんだと思ったから。見えなくなっても移植再生手術で治るけれども、そんなのは嫌だ。生まれつき身体がとても弱くて学校も休みがちなぼく。入学する前に手術のために入院だなんて…!
 半ばパニック状態で鏡を覗き込んでみたら、ぼくの瞳に傷は無かった。血だって一筋流れ落ちた後はもう出なかったし、目もちゃんと見える。
 新しい学校を最初から休むなんて嫌だったから、ママたちには黙っていることにした。
 それが最初に血を流した日。
 誕生日の三日ほど前にパパが読んでいた本を覗き込んだらミュウの歴史で、ソルジャー・ブルーの名前も写真もあった。でも、その時は平気だったんだ。
 右目の奥は痛まなかったし、もちろん血だって出なかった。
 だから十四歳の誕生日にぼくの中で何かが変わって、今の奇跡の日に繋がったんだと信じてる。
 生まれ変わったハーレイに会って、ソルジャー・ブルーだった頃の記憶が戻って…。
 特別だった十四歳の誕生日。
 お祝いのケーキを食べていた時には知らなかったけど、あの日が奇跡の始まりなんだ。



 パパとママの見ている前で右の瞳から赤い血が出て、病院に連れて行かれた日。
 四月の二十七日だった。
 ぼくを診てくれた先生が『聖痕』という言葉を教えてくれた。
 そして笑って言ったんだ。先生と同じ名字の従兄弟がキャプテン・ハーレイそっくりだ、って。その人は学校の先生をしていて、もうすぐぼくの学校に来ると。
 もし会った時に右の瞳から血が流れるようなら、ぼくはソルジャー・ブルーの生まれ変わりかもしれないと聞いて怖かった。
 だって、ぼくは十四歳になったばかりの子供。伝説の英雄みたいなソルジャー・ブルーと同じだなんて言われても困る。そんなことになったら、どうしたらいいか分からない。
 絶対に違うと思いたかった。ぼくは普通の十四歳の子供で、ソルジャー・ブルーの生まれ変わりなんかじゃないと。
 どうか生まれ変わりじゃありませんように、と神様に毎日お祈りをした。神様はお祈りを聞いてくれたらしくて、それからは歴史の授業でソルジャー・ブルーの名前を聞いても大丈夫だった。
 ぼくの右目から血は流れなかったし、初代のミュウについて習う時間も終わった。
 これでもう、ぼくは大丈夫。ぼくはソルジャー・ブルーじゃなかった。
 血が流れたのは聖痕とかいう不思議な現象かもしれないけど、それはそれ。
 ソルジャー・ブルーの傷痕を写していただけだったら、ぼくはソルジャー・ブルーじゃない。
 違って良かった、とホントに思った。
 ぼくが本当はぼくじゃないなんて怖すぎる。ぼくはぼく。
 ソルジャー・ブルーじゃなくて良かった、と本当にホッとしてたんだ。
 奇跡なんて知らなかったから。生まれ変わることが幸せだなんて、夢にも思わなかったから…。



 そして奇跡の日がやって来た。
 きっと一生忘れはしない、五月三日の月曜日。
 いつもどおりに学校に行って、本を読んでいたら友達が言った。古典の先生が変わる、って。
 普通だったら先生は途中で変わらないけど、その先生は前の学校で欠員が出たから着任するのが遅れたらしい。「宿題出さねえ先生だといいな」って友達が言って、ぼくは笑った。
 情報通の友達と違って、ぼくは何にも知らなかったんだ。その先生が誰なのか、なんて。病院の先生が話してくれた「キャプテン・ハーレイそっくりの従兄弟」が、その人だなんて…。
 授業開始のチャイムが鳴って、教室に入って来た新しい先生。
 教科書に載ってるキャプテン・ハーレイにそっくりな姿を目にした途端に、右目の奥がズキンと痛んだ。今までの痛みとは桁違いな痛み。右の瞳を潰されたような痛さに呻くよりも前に、両方の肩に、左の脇腹に走った激痛。
 撃たれたんだ、と直ぐに分かった。黒い髪の男がぼくを撃った。
 地球の男。ミュウの敵のメンバーズ・エリート、キース・アニアン。
 激しい痛みと、溢れ出す血と。床に倒れてゆくぼくの中で鮮明に蘇ってくる記憶。銃で撃たれた傷の痛みがぼくに全てを思い出させた。ぼくの記憶を取り戻してくれた。
 ぼくはミュウの長、ソルジャー・ブルー。
 倒れたぼくを抱き起こしてくれた逞しい腕は、ぼくが愛したキャプテン・ハーレイのものだと。
 それから後のことは覚えていない。
 酷い痛みと出血のせいで気を失ったぼくは、救急車で病院に搬送された。病院へと走る救急車の中で、ハーレイがぼくの手を握って「大丈夫だからな」「すぐ病院に着くからな」と何度も何度も呼びかけてくれたらしいんだけれど、ぼくは覚えていないんだ。
 覚えているのは、傷の痛みが思い出させてくれたこと。ぼくは誰なのか、誰を愛していたのか。
 病院の先生が『聖痕』と診断を下した何の傷痕も残さなかった傷が、ぼくに奇跡を運んで来た。ハーレイの記憶を戻したのもまた、ぼくが起こした大量出血。
 ぼくたちが再び出会うために現れた奇跡の傷痕。
 本物の聖痕は神様の身体の傷らしいけれど、ぼくの傷だって奇跡なんだから聖痕っていう名前は好きだ。ぼくにとっては大切な傷。痛かったけども、傷のお蔭でハーレイと再会出来たんだから。



 ずっとずっと昔、人間たちの世界に下りた神様が身体に負った傷痕。
 その傷と同じ傷が身体に現れることを、昔の人たちは聖痕と呼んでいたらしい。
 ぼくの身体に現れた傷は神様が負った傷の痕じゃなくて、前の生でぼくが撃たれた傷痕。
 ソルジャー・ブルーだったぼくが撃たれて、痛みの酷さで最期まで覚えていようと思った大切な温もりを失くした傷痕。右手に残ったハーレイの温もりを消してしまった悲しい傷痕。
 その傷痕をぼくの身体に刻み付けたのは誰なんだろう?
 本物の聖痕は、神様が強い信仰を持った人の身体に刻むものだと信じられていた。
 もしもそうなら、ぼくの傷痕も神様が刻んでくれたんだろうか?
 ぼくがハーレイと巡り会えるように、ハーレイがぼくを思い出せるように。
 うん、きっと神様のお蔭だと思う。
 だってぼくたちは地球に生まれたし、離れ離れじゃなくてきちんと出会えた。
 神様が起こしてくれた奇跡なんだもの、大切に生きていかなくちゃ…。
 今度こそ温もりを失くさないように。
 冷たくて泣きながら死んでいったぼくの右手が、二度と凍えてしまわないように。
 神様がくれた奇跡の命を大切に生きて、いつかハーレイと結婚するんだ。
 今はまだキスも出来ないけれども、大きくなったらキスを交わして、それから、それから…。



「ブルー? 何を考えてるんだ?」
 ハーレイの声で我に返った。ずいぶん長い間、考え事をしていたような気がしていたのに、目の前のテーブルに置かれた紅茶のカップからはまだ温かい湯気が上がってる。
 此処はぼくの部屋で、さっきハーレイが訪ねて来てくれて向かい合わせで座ったんだっけ。すぐ側にハーレイが居てくれる嬉しさでボーッとなってしまって、そのまま色々と考えちゃって…。
 だからハーレイにも話してみた。十四歳だから出会えたのかな、って。
 そうしたら…。
「俺が十四歳の時には、そういう目出度いイベントは何ひとつ無かったんだがな」
 ハーレイが「うーん…」と頭を掻いた。
「柔道の大会で優勝したのと、水泳で記録を出した程度だ。俺の学校の記録を一つ更新したな」
 その他には特に何も無かった、とハーレイは笑っているけれど…。それだって充分凄いと思う。柔道の大会で優勝するのも、水泳で学校の新記録を出すのも、どっちもぼくには絶対に無理だ。
 ついでに、ぼくがそういうことをやったらパパもママも大喜びでお祝いしてくれそうだけど…。
 思ったままを口にしてみたら、ハーレイは「はははっ」と大笑いをして。
「そうか、あれも目出度いイベントなのか。俺の家では普通に扱われただけで」
「そうだよ、ぼくの家ならパーティーだよ!」
「なるほど、なるほど。イベントの方でも人を選ぶか、そうだったのか」
 あれが目出度いとは知らなかったな、と可笑しそうに笑い続けるハーレイ。
 どうやらハーレイが十四歳の誕生日を迎えた時には何も無かったみたいだけれど…。
 だけど、ぼくの十四歳の誕生日は特別だったと思う。
 ぼく限定の特別イベントだったんだろうか、ハーレイと再会出来た奇跡は?
 だってハーレイが十四歳の子供だった頃には、ぼくは生まれていなかったんだし…。



 そう考えていて、ふっと気付いた。
 ハーレイが生まれてから、ぼくが生まれるまでの間に二十三年間もある。
 その間、ぼくは何処にいたのかな?
 一人ぼっちで居たんだろうか、と思うけれども、分からない。
 でも、なんでそういう風に感じるのか、どうしてなのか…。一人だった気がしないんだ。
 いつも誰かがぼくの側に居て、ふんわりとした温もりに包まれていたような…。
 メギドで失くした筈の温もりを、ぼくは持っていたような感じがする。
 もしかしたら、ハーレイと一緒に居たんだろうか?
 死の星だった地球が蘇るまでの長い長い時を、ハーレイと過ごしていたんだろうか?
 きっと時間なんか無いような場所にハーレイと二人で居たんだよね、と思いたい。
 思いたいけれど、自信がないや。
 だけど聖痕なんていう凄い奇跡があるなら、そういう場所もあるかもしれない。
 きっとそうだよ、ぼくはハーレイと二十三年間も離れて一人ではいられないから…。
 時間の無い場所で二人過ごして、青い水の星が蘇って。
 其処に前世のハーレイそっくりに育つ器が出来て、ハーレイは生まれ変わって行ったんだ。
 「待ってるからな」って、ぼくに手を振って、ぼくの大好きな笑顔を見せて。
 そして時間が無い場所だったから、ぼくもハーレイが行ってしまった後は独りぼっちで待たずに済んで直ぐに生まれて来たんだと思う。
 この地球の上に、ハーレイを追って。
 二十三年間もの時間さえ、一瞬に変えてしまった神様。
 ぼくとハーレイとをもう一度会わせてくれた神様。ぼくの身体に傷痕を刻んでくれた神様。
 沢山の奇跡が始まった日が、ぼくの十四歳の誕生日。
 身体が弱いぼくが凍えないよう、暖かくなる春を選んで神様が送り出してくれた三月の末の日。
 学年で一番の年下だけれど、奇跡の始まりになった誕生日だから、この日が大好き。
 ぼくが生まれた三月の末。三月の三十一日から始まった奇跡を、ぼくは一生忘れないよ…。




       奇跡の始まり・了




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