シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
夏の初めの土曜日の朝。いつものように部屋の掃除を終えたブルーは、閉じた窓から下を眺めてハーレイが来るのを待っていた。少し前までハーレイが来る日は窓を開け放っていたのだけれど、そうするにはもう暑すぎる季節。生まれつき身体の弱いブルーは暑さにも弱い。
(…ハーレイ、まだかな…)
今日は朝から良く晴れているし、ハーレイは歩いて来るだろう。眩しい日射しに目を細めながら待っていたブルーの瞳が待ち人を捉える。
(あっ、半袖!)
その姿に胸がドキリと跳ねた。学校では長袖のワイシャツを着ているハーレイ。今週は今日より暑い日もあったというのにハーレイは長袖、ボタンも襟元までキッチリ留めていた。
そんなハーレイが半袖姿で、襟元も大きく開いたラフなシャツ。家で過ごすのと同じ服装で来てくれたのだ、と実感できる。ブルーの家を訪ねて来る時、ハーレイはいつも普段着なのだが、より寛いだ姿に思える半袖シャツがなんだか嬉しい。
(…ふふっ)
早くもっと近くで見たいな、とブルーは窓に張り付いた。門扉の前で待っているハーレイ。母は急いで開けに行ったのに、それでも遅いと感じてしまう。
(半袖かあ…)
シャングリラでは見なかったよね、と幸せな気分に包まれた。アルタミラの研究所から脱出した直後は半袖シャツだったけれど、研究所を思い出させる半袖の服は皆に不評で、自分の身体に合う服が手に入った者から順に長袖に切り替わっていったと記憶している。
一番身体が大きかったハーレイは最後の方。それでも一ヶ月もかかりはしなかった。
いつしか半袖に対する抵抗が無い世代が増えても、シャングリラのクルーは基本は長袖。長老と呼ばれるようになったハーレイやゼルたちはもちろん長袖、プライベートでも長袖で…。
遠い過去に思いを馳せている内に扉がノックされ、母がハーレイを案内してきた。
「ブルー、おはよう。今日は暑いな」
「うん。ハーレイの半袖を見たら分かるよ」
母が用意したアイスティーとお菓子を前にして向かい合う。扉が閉まって、足音が階段を下りて消えると二人きりの時間。
ブルーは半袖姿のハーレイをまじまじと見詰め、袖から覗いた逞しい腕に見惚れたのだけれど。
(…あれ?)
もしかして、もしかしなくても。
ハーレイのむき出しの腕を目にすることなど、ソルジャーとしては一度も無かったのでは…。
ソルジャー・ブルーだった前世で何度も見ているけれど、その時の自分はソルジャーではなく、ハーレイもまたキャプテンではない時しか腕など見せなかったのでは…?
(…そうだったっけ…!)
ブルーの鼓動が早くなる。
前の生でハーレイのむき出しの腕を目にしていたのは、青の間か、もしくはハーレイの部屋で。バスローブの袖から覗いた腕とか、肩に羽織った大判のタオルの下からだとか。
今の半袖から覗いているほどの範囲の肌が見える時と言えば、ベッドで愛し合う時とその前後。それ以外では見ていないのだ、と気付いたブルーは頬がカッと熱くなるのを感じた。
(…ど、どうしよう……!)
ハーレイに変に思われる、とキュッと目を瞑ったのがまずかった。頬が赤らんだだけならさして気に留めずに流されていたかもしれないけれど、俯き加減で目を閉じた上に頬が赤くては…。
「どうした、ブルー?」
大きな手が頬に触れてきて、ブルーはますます真っ赤になった。
前の生ではこうして目を閉じている時に頬に触れられたら、続いてキスが降ってきた。それから逞しい腕にふわりと抱き上げられてベッドに運ばれ、ハーレイがキャプテンの制服を脱いで…。
筋肉に覆われた褐色の腕。
二人きりの時間を、恋人同士の時を過ごす時しか見ることが無かったハーレイの腕。
「……ブルー?」
もうダメだ。ブルーは俯いたままでキュッと閉じていた瞼を開くと、両方の頬に触れている恋人を上目遣いに睨んで小さく叫んだ。
「…ハーレイのバカッ!」
「な、なんだ、いきなり?」
驚いて手を離したハーレイに「バカッ!」ともう一度叫んでやった。
自分の気持ちが、ドキドキ脈打つ鼓動の早さが分からないなんて酷すぎる。こういう時はなんて言えばいいんだったっけ?
鈍感な恋人にぶつける言葉で、「バカ」よりももっとピッタリな言葉があった筈。
(…えーっと、えーっと……)
懸命に考えるブルーの心も知らずに、またハーレイが「どうしたんだ?」と頬に触れて来た。
とっくに耳の先まで赤いだろうに、もっと赤くなれと言わんばかりに頬を優しく撫でる手。普段なら甘えて頬を擦り寄せてしまうのだけれど、今日ばかりは違う。
(酷いってば…!)
こんなに真っ赤になっているのに、この仕打ち。この無神経さ。その瞬間にパッと閃いた。
「デリカシーに欠けているってば!」
ブルーの愛らしい唇から放たれたそれに、ハーレイは文字通りポカンと口を開けたのだった。
脹れっ面になったブルーからハーレイが事情を聞き出すまでには、かなりかかった。
完全に機嫌を損ねたブルーは拗ねてしまって唇を固く引き結んでしまい、そのくせにチラチラと赤い瞳がハーレイを見ては逸らされる。そして不自然に赤い頬。
何事なのか、と慌てたハーレイはブルーの好きな菓子を自分の分も譲ってやったり、機嫌を取るべく小さな右の手をそっと握ってやったり。
前の生の最期にハーレイの温もりを失くしたと泣いたらしいブルーは右手を握ってやると喜ぶ。赤ん坊をあやすようなものだな、と思ったことまであったくらいに小さな右手は温もりを求める。その右の手を握り、もう片方の手で何度も何度も撫でてやる内に、ようようブルーは口を開いた。
そして聞かされた「バカ」の理由は、実にとんでもないもので。
「…つまりだ。…俺は半袖シャツを着ているだけで、デリカシーに欠けているんだな?」
ハーレイはフウと溜息をついた。
「仕方ないな、次から長袖で来るか。今日の所は勘弁してくれ…って、そいつはダメだな」
デリカシーに欠けるんだったな、とさっきよりも深い溜息をつくと椅子から立ち上がった。
「…ハーレイ?」
怪訝そうなブルーにこう答える。
「一度帰って着替えて来るさ。ついでに昼飯も食ってくるから、また後でな」
「えっ……」
ブルーの表情がみるみる変わった。ブルーの家から何ブロックも離れたハーレイの家。そこまで歩いて往復するだけでも一時間では終わらない。そこへ昼食の時間が加わると、ハーレイの帰りは早くて昼過ぎ、下手をすればもっと後になるかもしれないわけで…。
縋るような赤い瞳が「行かないで」と揺れているのを承知の上でハーレイは軽く手を振った。
「じゃあな、また来る」
「ダメッ…!」
行っちゃ嫌だ、とブルーが部屋を出ようとするハーレイの腕に両腕でギュッとしがみ付く。
離すまいと力をこめて身体ごとピタリとくっついているブルーの頭をハーレイは笑いながら軽くポンポンと叩いてやった。
「…ほら見ろ、克服できたじゃないか。もう半袖でも大丈夫だな?」
「…あっ……!」
直視出来なかった筈のハーレイの腕に密着している自分に気付いたブルーは真っ赤になったが、もうハーレイに文句は言えない。それに恥ずかしさも何処かへ吹き飛んだ気がするし…。
「……ごめんなさい……」
八つ当たりしちゃった、とブルーは素直に謝った。最初は嬉しいと思った半袖。それなのに自分一人で勝手に怒って、膨れて、拗ねて。
(……ぼくって子供だ……)
ごめんなさい、と謝るブルーを、ハーレイは笑って許してくれた。
こうしてブルーは半袖姿のハーレイにも慣れ、心臓がやたらと脈打つことも無くなった。初めて見た日に感じたとおりの気取らない姿を見られることが嬉しく、心浮き立つ間に夏休みが来て。
平日でもハーレイが訪ねて来る日々が始まったものの、毎日というわけにはいかない。ハーレイの仕事は教師なのだし、夏休み中でも研修もあれば、顧問を務める柔道部で一日潰れることも。
しかし部活のある日も基本は午前中のみ、午後になれば学校で昼食を済ませたハーレイが来る。そういう日には朝から首を長くして待つのが常となったある日。
「…ハーレイ、まだかな…」
ブルーは壁の時計を見上げた。もうすぐ正午で、母と階下で昼食の時間。食べ終えて部屋に戻る頃にはハーレイの部活もとうに終わって、昼食か、あるいはプールで泳いでいるか。
(…ホント、ハーレイ、凄すぎだよね)
夏休みの初日に教えて貰った柔道部がある日のハーレイ自身のスケジュール。朝から柔道部員と一緒に走って、それから技の指導など。部活が終わればプールに出掛けて軽く泳いでくるという。水泳部の生徒たちに混ざってコースを何往復もするのが「軽く」だなんて信じられないけれど。
その後はブルーがバスで通う距離を歩いて家までやって来るわけで…。
(…プールで泳いだ後だし涼しい、って言っているけど暑いよね…)
ブルーにはとても無理な芸当。運動も無理だし、暑い盛りに歩くのも無理。
「ブルー、そろそろお昼にしましょう!」
母の呼ぶ声に「はーい!」と返事し、ブルーは軽い足取りで階下に向かった。ハーレイも今頃は食事だろうか? 早く来てくれるといいのだけれど…。
昼食が済んで部屋に戻って、また時計を見る。ハーレイが来る時間まではもう少しあって、多分今頃は食事か、プールか。食べた後に直ぐに泳げるハーレイは凄い。
(…今日もお昼の後だよね、きっと)
その方が涼しく歩いて来られる、と前にハーレイが言っていた。きっと髪の毛は軽く撫でつけただけで、太陽の光で乾かしながらの道中だろう。
(もうプールから上がったかな?)
ザバッと水から出て来る姿を思い浮かべた、その瞬間に。
(ダメダメダメ~~~ッ!)
ブルーは真っ赤になった顔を両手で覆った。
(…は、は、裸……!)
どうして今まで全く気付かなかったのだろう。ハーレイは昔から水泳が得意だったと聞いていたから、颯爽と泳ぐ姿ばかりを想像していて服装にまで気が回らなかった。
プールで泳いでいるということは水着姿で、どう考えても最小限の部分しか覆われていない。
いつだったかハーレイの前で膨れてしまった半袖どころの騒ぎではなくて、殆ど裸。前の生では愛し合う時かその前後にしか見てはいなかったハーレイの身体。
(…………)
たとえ水着を着けていたって直視出来ない、とブルーは耳の先まで熱くしたのだけれど。
(……でも……)
その一方で見たい気もする。今の生ではキスすら許してくれないハーレイ。その先となればいつになるやら見当も付かず、本物の恋人同士として結ばれる日は遠そうで…。
(………それまでは見られないんだよね?)
前の生で強く抱き締めてくれたハーレイの身体。華奢だった前世の自分と違ってガッシリとした筋肉質の褐色の身体を思い出すと胸がドキドキしてくる。
キスすらダメでも、その先のことはもっとダメでも、気分だけでも…、とブルーは思った。あの懐かしい身体を見てみたい。そうしたらきっと幸せ一杯、希望も膨らむに違いない。いつかは必ずあの身体と…、と夢見るだけでも幸せな気分が訪れる筈で。
「…見に行きたいな……」
そう呟くともう止まらなかった。ハーレイがプールで泳ぐ姿を、いや、プールから上がった水着姿のハーレイを見たい。夏の暑さは苦手だけれども、見られるのならば外出くらい…!
しっかり決意を固めたブルーはハーレイの来訪を胸を高鳴らせて待ち、自分の部屋で二人きりになって向かい合うなりアイスティーも飲まずに切り出した。
「ねえ、ハーレイ。…次に柔道部がある日って、いつ?」
「……明後日だが?」
だから明日は朝から来られる、とハーレイは普段どおりにアイスティーを飲んでいるのだが。
「えっとね、明後日、行ってもいい?」
「何処にだ? 用事があるなら別に止めはせんが、俺は来なくてかまわないのか?」
ブルーの目的が何処にあるのか知らないハーレイの返事は些か的外れだった。しかしブルーは気にするでもなく、ニッコリ微笑む。
「帰りはハーレイと一緒がいいな。ぼくと一緒にバスに乗ってよ」
「は?」
「だ・か・ら! 明後日はぼくも学校に行くから、プールが済んだら帰ろうよ」
「お前、明後日は登校日だったか?」
一向に噛み合ってこない会話に、ブルーは「もうっ!」と焦れながら。
「そうじゃないってば、ぼくは見学! ハーレイを見に行くんだってば!」
「……柔道部をか? それは構わないが、だったらプールはやめておくかな」
「なんで?」
「帰りが遅くなるだろう? その分、余計に暑くなるしな。昼飯もお前の家で食べるか」
お母さんの手を煩わせないように何か適当に買って帰るか、というハーレイの意見は至極当然なものなのだけれど、それではブルーの目指す所から大きく外れる。ブルーが見たいのは柔道部ではなくて水着姿のハーレイで…。だから「ダメッ!」と即座に叫んだ。
「お昼は別にどうでもいいけど、プールはダメっ!」
「だから入らないと言っただろうが」
「違うよ、プールは入らなきゃダメ! ぼくはプールを見に行くんだから!」
「………プール?」
プールはハーレイの担当ではなく、あくまで趣味の範疇である。どうしてブルーが柔道部ならぬプールなんぞを見学したいと希望するのかサッパリ分からず、ハーレイは首を捻るしかなかった。
「なんでプールを見たいんだ? 俺は適当に泳いでるだけで、指導は全くしていないんだが」
「水泳のことはよく分かんないけど、ハーレイ、プールじゃ水着だよね?」
「当然だろうが、プールだぞ?」
「だったら充分! ぼくは水着が見たいんだから!」
行っていいよね? と強請るブルーの真意が全く掴めないまま、「ああ」と答えそうになった所でハーレイの勘が働いた。もしやブルーがプールにこだわる理由は…!
「おい、ブルー」
嫌な予感に襲われながらも顔には出さずに、ハーレイは赤い瞳を見詰めた。
「…お前、いつだったか俺に言ったよな? デリカシーに欠けるとか、そういうことを」
「えっ?」
「俺が半袖で初めて来た日だ。…そう言ったお前に同じ台詞を二度も言われたくはないからな…。いいか、俺はプールじゃ水着一丁で、半袖どころの騒ぎじゃないぞ」
分かっているのか? と顔を覗き込めば、ブルーの頬がみるみる赤く染まって。
「………それでもいいよ」
そう答えて下を向いてしまったブルーの姿に、ハーレイは己の勘が当たっていたことを知った。ブルーがプールに来たがる目的は、あろうことか水着姿の自分を見るため。それも格好いいとかの憧れの気持ちでは無く、同じ憧れでも至ってけしからぬ発想からで…。
「ブルー、お前な…」
ハーレイはフウと大きな溜息をついた。
「お前、ロクでもないことを考えてるな? 俺の裸の一歩手前を見たいんだろうが」
「…………」
沈黙は金とは誰が言ったか、今の場合は全く当てはまらない。ブルーが下手に言い訳するより、その沈黙こそが何を考えていたかの動かぬ証拠だ。
まったく、年相応に小さくて幼いくせに、何を考え付くのやら…。
苦笑いしたいハーレイだったが、いくらブルーが子供であっても譲れないものは存在する。水着姿目当ての見学などは言語道断、それはキッパリ断らなければ。
「ブルー。…そういう不純な目的を持って神聖な水泳部の活動場所を覗きに来るな」
いいな、と念を押せばブルーがキッと視線を上げた。
「誰も絶対、気が付かないって!」
「そりゃそうだろうさ、傍目にはチビが居るだけだしな」
「チビは酷いよ!」
噛み付いてきたブルーに、ハーレイは「そうか?」と笑ってみせる。
「俺の目には小さなお前が映るが、それでも俺には大きな脅威だ」
「…何が?」
「お前がだよ。…小さくてもお前は俺のブルーだ。そのお前が良からぬ目的を持ってプールの俺を見に来たとなれば、俺はとっても困るんだがな?」
「どうして?」
見てるだけだよ、と首を傾げるブルーは分かっていない。そんなブルーが愛しいけれども、この愛くるしい赤い瞳でまじまじと水着姿を見詰められたら……。
「……お前なあ……」
ハーレイは眉間の皺を深くしつつも、唇には笑みを湛えて言った。
「お前がそういう目で見ていると気付いちまったら、俺はプールから出られんだろうが」
「恥ずかしいのはハーレイだけだよ、ちゃんと水着を着てるんだもの」
「だから余計に出られないんだ、どうしてくれる」
「なんで?」
何故ハーレイがプールから出られないのか、ブルーは不思議でたまらなかった。
いくら自分が眺めていたって気にせずに出ればいいものを…。ドキドキするのは自分だけだし、ハーレイには関係ない筈だ。いつもどおりにすればいいのに、どうして出られないのだろう?
キョトンとしているブルーの額をハーレイの指がチョンとつついた。
「なあ、ブルー。お前、いつも俺になんて言っているんだ? 本物の恋人同士とやらはどうした」
「えっ…???」
それに気が付いたから、見に行きたいのに。
そう言わんばかりの顔をしたブルーに向かって、ハーレイは「ん?」と微笑みかけた。
「長い間やらなかったら忘れちまったか? 俺はどうやってそういうことをしてたんだっけな?」
「…そういうことって?」
「お前と本物の恋人同士になる時だ。そういう時には…」
「あっ…!」
其処まで言われて、ブルーはようやく気が付いた。ハーレイが水着で覆っている部分。その下にあるものがどう変化を遂げ、前の生での自分を愛したのかを…。
もしも自分が見ていたばかりに、同じ変化が起こったら。
ハーレイはプールから出られないだろうし、それは確かにマズすぎる。でも、でも、でも…。
「ハーレイのバカッ!」
ブルーはまたしても耳の先まで真っ赤に染めると、「バカバカバカッ!」を連発した。
気付かなかった自分も悪いが、前の生での秘めごとについて具体的に説明しなくても…!
こういう時に叫ぶ台詞は、確か前にも叫んだ言葉で…。
「デリカシーに欠けているってば!」
桜色の唇から飛び出した叫び。
かくしてハーレイは二度目の罵声を浴びせられたわけだが、その表情は「してやったり」と言わんばかりのものだった。
これでブルーはプールには来ない。これから先も思う存分、水を満喫できるのだ。
あまりと言えばあんまりであり、当然と言われれば当然とも言うべき理由で門前払い。
プール見学の夢が空しく潰えたブルーは、ハーレイがプールで泳いでいるであろう時間に時計を眺めては小さくも熱い溜息をつく。
今の生では当分見られそうもないハーレイの褐色の大きな身体。
それを自分が目にする時には、多分、本物の恋人同士。その日が来るまでは見られそうになく、だからこそ余計に想いが募る。
前の生で自分を抱き締めてくれた、あの逞しくて大きな身体。
自分が大きく育った時まで見られないなんて酷いと思うし、お預けだなんて酷すぎる。
(…やっぱり、ちょっとだけ見たいんだけどな…)
でもハーレイは困るかな、と「デリカシーに欠けた」例の発言を思い出す。
大好きなハーレイを困らせることはしたくなかったし、諦めるしかないのだけれど。
(……でも見たいよね……)
この時間には、学校のプールかプールサイドに水着姿のハーレイが居る。
自分には決して見せてくれない褐色の身体を惜しげなく晒して、夏の日射しの下に居る。
(…見たいんだけどな…)
でもダメだよね、とブルーは前の生へと思いを馳せる。
あの褐色の大きな身体が自分を包んで、愛してくれた遠い日のこと。
幸せに満ちた恋人同士の熱い時間を再び手に出来る日まで、どれだけ待てばいいのだろうか…。
同じ頃、ハーレイの方も水から上がってプールサイドをぐるりと見渡す。
見学者用の屋根のある場所にも、柵の向こうにもブルーはいない。
(よしよし、ちゃんと言い付けを守っているな)
見たい気持ちは分からんでもないが、と心の中で呟きながら着替えのためにロッカー室へと歩くハーレイには実は前科があった。
まだ夏休みに入る前のこと。自分の授業が無い空き時間にプールの脇を歩いていたら。
「おーい、ブルー!」
そう叫ぶ男子の声が聞こえた。ブルーという名の生徒はこの学校には一人しかいない。反射的に声がした方を振り向こうとしてハッタと気付いた。
声がしたのはプールから。ブルーのクラスが水泳の授業中なのだ。
(…水着か!)
水着のブルーか、とハーレイの鼓動が早くなった。
今の生では当分先まで拝めそうもないブルーの裸身。水着つきでも拝んでみたい。
(……す、少し小さいが…。いや、かなり小さすぎるんだが…!)
だが見たい、と透き通るような白い肌への想いが募る一方で。
(いや、いかん! これでは覗きと変わらないぞ…!)
教え子の水着姿を覗くなんぞは最低なんだ、と自分自身を叱咤したものの。
(しかしだ、俺が体育の教師だったら当たり前のように見るわけだしな?)
たまたま古典の教師になったが、体育教師の選択肢も無かったわけではなかった。もしも体育の教師として出会っていたなら水着姿は拝み放題、見て当然の職だったわけで…。
(よしっ!)
葛藤の末に「俺は今だけ体育教師だ」と自分自身に言い訳をして「えいっ!」とばかりに視線を向けたブルーが授業中の魅惑のプール。
其処にブルーは居なかった。正確に言えば期待通りのブルーが居なかったと言うべきか…。
(…ブ、ブルーは見学だったのか…!)
見学者用の屋根の下の椅子にチョコンと座った制服のブルー。その赤い瞳が自分を捉える前に、と慌てて走り去った日から、もうどのくらい経ったのか。
「……あの時の罰が当たったかもなあ……」
夏休みの間中、居もしないブルーの影に脅かされるのだろうか、とハーレイは深い溜息をつく。
とはいえ、やはりブルーは愛おしい。今日も急いで行ってやらねば、と気持ちを切り替え、服に着替えて暑い日射しの下へ出た。
(待ってろよ、ブルー。もうすぐ行くから)
道の照り返しもなんのその。恋人の許へと歩くハーレイの足は疲れ知らずで軽かった。
夏に着る物・了