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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

待降節のリンゴ

 今年もクリスマスシーズンが近付いて来た。
 シャングリラの公園に大きなクリスマスツリーが飾り付けられたら、クリスマスに向けてのカウントダウンだ。公園には他にも小さめのツリー。
 「お願いツリー」と名付けられたそれは、欲しいプレゼントのリクエストを書いて吊るすもの。子供が吊るせばサンタクロースが可愛い願いを叶えてくれるし、大人の場合は専門の係がいるのだけれど。係の他にも虎視眈々と狙っている者たちがいたりする。
 すなわち、意中の人に向けてのプレゼント。年に一度のビッグイベント、気になる相手が吊るしたカードを密かに回収、そしてクリスマスにプレゼントを贈って射止めるのが人気。



(んーと…)
 今年も沢山下がってるよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「お願いツリー」に吊るされたカードをじっと見詰めた。
 今年は何を注文しようか、サンタクロースに?
(去年は大きな土鍋を頼んで、ブルーと一緒に土鍋カステラ作ったもんね!)
 アルテメシアで人気を博した土鍋カステラ、超特大のを作った思い出は今でも胸に燦然と。大好きなブルーに教えて貰って卵を泡立て、特製のオーブンで焼いて貰って黄金色のふわふわのカステラが出来た。大きな土鍋一杯に。
 カステラの寝床にコロンと転がり、食べては眠って、また食べて。
 そんなカステラを何度も作った。ブルーも付き合って作ってくれたし、そういう時には二人で食べた。食の細いブルーは「ぶるぅみたいには食べられないよ」と言ったけれども、それでも美味しそうに食べてくれたし、実際、土鍋に溢れた黄金色のカステラは美味だったから。
 鍋料理のシーズンが終わり、アルテメシアの街から「土鍋カステラはじめました」と書かれたポスターが消える頃まで何度も何度も、心ゆくまで土鍋カステラを作っては食べて…。



(土鍋カステラ、今年も流行っているんだけれど…)
 超特大の土鍋はもう持っているし、作り方だってマスターしたから欲しい時にはいつでも作れる。それに人類が暮らす街へ降りれば、シーズン中なら食べ放題。
(今年は土鍋は要らないよね?)
 他に何か、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は考えた。
 シャングリラ中を悩ませる悪戯小僧なのだけれども、クリスマスツリーが登場したら悪戯の方は当分、お預け。サンタクロースに「いい子なんです」とアピールしないとプレゼントを届けて貰えないから。それどころか…。
(悪い子供は靴下の中に鞭が入っているって聞いたし…)
 大好きなブルーがそう言った。いい子にしないとサンタクロースはプレゼントの代わりに鞭を入れると、悪い子供のお尻を鞭で叩けるようにと。
(今年もいい子にしなくっちゃ!)
 そしてプレゼントを貰うんだよ、と期待に胸を膨らませる。「お願いツリー」で注文した品物の他にも毎年沢山貰えるのだから。
(でも、何を注文しようかなあ…)
 普段は悪戯とアルテメシアでのグルメ三昧に燃えているだけに、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に計画性などはまるで無かった。早い時期から「これが欲しい」と考えたりもしなかった。
 それだけに「お願いツリー」が登場して来た今頃になって小さな頭を悩ませるわけで。
(何がいいかなあ…?)
 カラオケマイクも欲しいけれども、もっとビッグなプレゼントもいい。
 何年か前に叶えて貰った、劇場を貸し切ってのリサイタルは最高に楽しかったし…。



 何にしようか、と考え込んでいたら、賑やかな歓声が響いて来た。
 永遠の子供な「そるじゃぁ・ぶるぅ」と変わらないほどの背丈の子たちや、もっと大きな子供たちの声。キャーキャー、ワイワイとはしゃぎながら公園へ駆け込んで来た子供たちだが。
「今日も貰えたーっ!」
「リンゴ、毎日、貰わなくっちゃーっ!」
 クリスマスツリーにはリンゴだよね、と大きなツリーを見上げる子たちの手にはリンゴが乗っかっていた。真っ赤な色のリンゴだけれども、作り物のリンゴ。小さなリンゴ。
(…リンゴ?)
 何だろう、と首を傾げた「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
 食べられもしない作り物のリンゴに特に興味は無いと言えば無いが、どうして誰もが小さなリンゴを持っているのか。よくよく見れば、吊るすための紐もくっついているし…。
(クリスマスツリーに飾るのかな?)
 きっとそうだ、と思ったのに。
 子供たちは公園のクリスマスツリーを囲んで走り回った後、リンゴを手にして駆け去って行った。飾りもしないで、しっかりと持って。
(…なんで?)
 クリスマスツリーにはリンゴなのだ、と子供たちは確かに言っていたのに。
 公園のツリーにもリンゴのオーナメントが幾つも飾られているのに、どうして飾らずに持ち去ったのか。それに…。
(毎日、貰わなくちゃ、って言った…?)
 いったい誰がリンゴを配っているのだろう?
 貰えば何か素敵なことでも起こるのだろうか、さっき見た作り物のリンゴは…?



 分かんないや、と不思議に思った「そるじゃぁ・ぶるぅ」だったのだけれど。
 リンゴの謎が解けるまでには、さほど時間はかからなかった。三日ばかり経った頃のこと。いつものようにアルテメシアの街で食べ歩いて、瞬間移動でシャングリラにヒョイと戻って来たら。
「ヒルマン先生、さようならーっ!」
「リンゴ、ありがとうーっ!」
 口々に叫んで、勢いよく通路に飛び出して来た子供たち。例のリンゴを持っている。まだ開いたままの扉の向こうはヒルマンが子供たちに勉強を教える教室、いわば学校。
(…此処でリンゴが貰えるわけ?)
 ならば自分も、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は迷わず教室に入って行った。リンゴが何かは分からないけれど、貰えるものなら是非とも欲しい。真っ赤なリンゴはちょっと素敵だし、子供は誰でも貰えるようだし…。
「おや、珍しいお客様だね」
 片付けをしていたヒルマンが振り返って笑顔を向けてくれた。
「どうかしたのかな、勉強する気になったのかね?」
「そうじゃなくって…。ぼくにもリンゴ!」
 一つちょうだい、と指差した先にリンゴが盛られた籐の籠があった。作り物の赤いリンゴが沢山、籠の中で艶々と輝いている。あんなに沢山あるのだから、と小さな手を開いて差し出したのに。
「…悪いね、あれは御褒美だから…。ぶるぅの分は無いんだよ」
「えーーーっ!」
 どうして、と抗議の声を上げたら。
「授業に出た子に、毎日、一個。リンゴはそういう決まりなんだよ」
 ぶるぅは授業に出ていないだろう、と断られた。自分の授業に出ていない子には御褒美は無いと、だからリンゴはあげられないよ、と。



(…リンゴ…)
 あれが欲しいのに、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は肩を落として教室を出た。
 長い通路を自分の部屋まで歩く間も、真っ赤なリンゴが頭の中でクルクル、クルクル、軽やかに幾つも回り続ける。
(授業に出た子に、一日一個…)
 ヒルマンが教えてくれたのだけれど、赤いリンゴはクリスマスを控えて気分が浮つき、授業に身が入らない子供たちへの対策らしい。
 真面目に授業に出席したなら、一日一個をプレゼント。
 アドベントだとか待降節と呼ばれるクリスマスを待つためのシーズン開始と同時に始まり、初日は真っ赤なリンゴとセットで小さなツリーも配ったそうだ。何の飾りもついていなくて、ただのモミの木、本物ではない作り物。
 子供たちはモミの木に貰ったリンゴを吊るす。順調にいけば毎日一個ずつ増える勘定。
 クリスマス・イブの日、自分のツリーをヒルマンに見せてリンゴの数を数えて貰って、パーティーの前にリンゴの数だけ、お菓子が貰えるという仕組み。
(お菓子、欲しいな…)
 どうせクッキーかキャンディーだろうと思うけれども、自分の方がもっと美味しいお菓子を食べてはいるだろうけれど。
 貰えないとなると惜しくて悔しい。他の子たちは貰えるのに、と。
(ぼくにもリンゴ…)
 頼めばリンゴを貰えるだろうか、リンゴを吊るすためのツリーも?
 けれども自分はリンゴが配られるイベントに気付いていなかったのだし、既に出遅れたと言ってもいい。他の子たちより幾つ足りないのか、例のリンゴは…?
(…ツリーを貰って、足りないリンゴも貰える仕組みって無いのかな?)
 リンゴは惜しい。本当に惜しい。
 部屋に帰り着いて、気分転換にカラオケでも、とマイクを握っても頭にリンゴ。
 頭の中でクルクル、クルクル、回り続ける真っ赤なリンゴ。
「やっぱり欲しいーーーっ!」
 駄目で元々、あわよくば。
 直訴あるのみ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はヒルマンの部屋へと瞬間移動で飛び込んだ。



「リンゴちょうだい!」
 挨拶も抜きで叫んでしまった「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
 しかしヒルマンは子供相手の日々でそういったことには慣れていたから、「ほほう…」と髭を引っ張っただけで、驚きも叱りもしなかった。明日の授業の準備だろうか、机で書き物をしていた手を止めて「そるじゃぁ・ぶるぅ」の瞳を見詰める。
「リンゴというのは、さっき言ってたリンゴかな? あれが欲しいと言うのかい?」
「そう! 集めたらお菓子が貰えるんでしょ、クリスマス・イブに!」
 ぼくにもリンゴとツリーをちょうだい、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は頭を下げた。貰い損ねた分のリンゴも貰いたいのだと、クリスマス・イブまでにリンゴを立派に揃えるのだと。
「ふむ…。方法は一応、あるのだがねえ…。貰い損ねた分のリンゴを貰える方法」
「ホント!?」
「ただし、リンゴは授業に出たことの御褒美だから…。授業が終わった後の時間に行う補習に出席したなら、一回に一個。そういう形で貰えはするね」
 病気で休む子供もいるものだから、とヒルマンは説明してくれた。
 つまりはリンゴを揃えるためには、明日から欠かさず授業に出ること。貰い損ねた分が欲しいのなら、その回数分、補習にも。
「…ぶるぅは勉強、嫌いだろう? リンゴのオマケはただのお菓子だよ」
 貰わなくてもいいんじゃないかね、と言われたけれども、欲しいからこそ来たわけで。
「それでもいいから! ぼくにもリンゴ!」
 明日から頑張る、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は食い下がった。忘れないよう授業に出掛けて、補習も必要な分だけ受けると。だからリンゴとツリーが欲しいと。
「ふうむ…。そこまで言うなら、頑張ってみなさい」
 明日からだよ、とヒルマンは立ち上がって奥の戸棚の中からツリーを取り出して渡してくれた。
 何の飾りもついていないツリー、作り物のモミの木のクリスマスツリー。
「いいかね、授業に出たらリンゴが一個。補習が一度で一個だからね」
「はぁーい!」
 ツリー、ありがとう! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は踊るような足取りでヒルマンの部屋を後にした。こうしてツリーを手に入れたのだし、残るはリンゴ。明日から一日一個のリンゴ。
「補習もうんと頑張らなくっちゃ!」
 そしてリンゴを増やすんだもんね、と跳ねてゆく。真っ赤なリンゴを飾るんだよ、と。



 ヒルマンに貰った、ただのモミの木。何の飾りもまだ無いツリー。
 それをワクワクと部屋に飾った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、次の日、勇んでヒルマンが授業を行う部屋へと出掛けて行った。普段だったらアルテメシアでショップ調査か食べ歩きをしている時間だけれども、それは夜でも出来るのだし…。
 机と椅子とが並んだ教室。一番前の席に陣取っていると、ヒルマンがやって来て褒めてくれた。
 「ちゃんと来たね」と、「いい子だね」と。
 間もなく始まったヒルマンの授業。ヒルマンは教室をぐるりと見渡し、微笑んで。
 「今日は初めて来た子がいるから、クリスマスについて復習しよう。どうしてリンゴを配っているのか、クリスマスツリーにはリンゴの飾りを付けるのかをね」
(ふうん…)
 何か理由があったんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は胸を高鳴らせた。リンゴのお菓子は美味しいのだから、きっと食べ物の話なのだと思ったのに…。
「クリスマスツリーを飾る習慣は、SD体制が始まるよりもずっと昔に、地球のドイツという国で始まったのだよ。その国ではクリスマスに劇をすることになっていてね…」
 劇の中身は「アダムとイブの知識の木」。エデンの園にあったと伝わる知恵の木の実で、リンゴのことだと言われるらしい。劇の舞台にリンゴの木を飾る必要があるが、生憎と冬。クリスマスの頃にはリンゴの葉っぱは落ちてしまって、すっかり枯れ木なものだから。
 それでは舞台の上で映えない、と代わりにモミの木が選ばれた。青々とした葉を茂らせているし、赤いリンゴも見栄えがするし…。
「そういうわけだから、クリスマスツリーにはリンゴの飾りが欠かせない。私がリンゴを配っているのも、クリスマスツリーの本来の形を示すためでね…」
 ヒルマンの授業は続いていった。クリスマスツリーに飾る星や杖。どれにも由来があると話して、更にはクリスマスそのものを巡る歴史にまで発展しつつあったのだけれど。
(…なんだか全然、分かんないし!)
 とっても退屈! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は立ち上がった。
 こんな授業を聞いているより、同じクリスマスなら、断然、本物。クリスマスツリーを眺めて、見上げて、周りを走りたいわけで…。
「かみお~ん♪ ツリー、みんなで見に行こうよ!」
 公園のツリー、綺麗だよ! とダッと駆け出すと、小さな子たちがついて来た。これは遊ばねば損だから、と先頭を切って駆けてゆく。いざ公園へと、みんなで楽しく遊ぼうと。



 あまりにも堂々と抜け出して行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」。後に続いた何人かの子供。
 他の子供たちも、我慢して教室に座っているには幼すぎる子が多かったから。
 ブリッジが見える公園のクリスマスツリーの周りはアッと言う間に子供の楽園、それは賑やかな騒ぎになってしまって、ヒルマンの授業は見事に潰れた。
 途中でハーレイやエラが気付いて、子供たちを教室に追い返したけれど。その子たちはヒルマンに大目玉を食らいはしたのだけれども、なんとかリンゴを貰うことが出来た。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」の悪戯に巻き込まれただけで仕方ないのだと、わざとではないと。
 しかし…。
「…ぼくのリンゴは?」
 ぼくにくれる分のリンゴは無いの、と右手を出した「そるじゃぁ・ぶるぅ」の分のリンゴは当然、無かった。授業は潰れてしまったのだし、その犯人がリンゴを貰えるわけがない。
 ヒルマンは「そるじゃぁ・ぶるぅ」を怖い顔で見下ろし、重々しく、こう宣言した。
「やはり君には無理なようだね、私の授業は。もう明日からは来なくていいから」
 補習をしようとも思わないから、と苦い顔つき。
 悪戯小僧は学校なんかに来なくてもいいと、好きに遊んでいるのがいいと。
「…それじゃ、リンゴは?」
「あるわけがないね」
 もちろんクリスマス・イブのお菓子も無いよ、と冷たく突き放されてしまった。
 クリスマスツリーを返せとまでは言われなかったが、何の飾りも無いモミの木につける真っ赤なリンゴはもう永遠に貰えないわけで…。



(どうしよう…)
 ぼくのリンゴ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は半泣きで公園に戻って行った。公園に聳えるクリスマスツリーにリンゴは幾つも飾られているが、それはヒルマンの授業で貰える赤いリンゴとはまるで別物、毟って自分のツリーに飾っても何の効果もありはしなくて。
(リンゴが無かったら、ぼくのお菓子も…)
 クリスマス・イブには貰える筈だった、子供たちのための特別なお菓子。アルテメシアの街に溢れる絢爛豪華なクリスマス用の菓子とは違って、ごくごく素朴なものだろうけれど。
(ぼくだけ一つも貰えないなんて…)
 あんまりだよう、と涙がポロリと零れた所で気が付いた。こんな時のための素敵なアイテム、「お願いツリー」。願い事を書いてツリーに吊るせばサンタクロースが叶えてくれる。
(そうだ、お願いツリーだよ!)
 サンタさんに頼めばきっとリンゴが手に入るんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は目を輝かせた。
 なんて素敵なアイデアだろう。今年のお願い事はこれに決まりで、手に入らない筈のヒルマンが配る真っ赤なリンゴを、一番沢山貰う子供と同じ数だけサンタクロースが届けてくれる。
(リンゴ、リンゴ…)
 それにしよう、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「お願いツリー」の側に置かれた専用の用紙を手に取った。ついでにペンも。
(ぼくにリンゴを沢山下さい、っと…!)
 デカデカと書いて、自分の名前も書き付けて。
「これで良し、っと!」
 願い事を書いたカードを吊るして、足取りも軽くホップ、ステップ、それからジャンプ。ウキウキと通路へとスキップしてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」は全く気付いていなかった。
 ヒルマンがリンゴの数に応じてお菓子を配る日はクリスマス・イブ。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「リンゴを下さい」と願いを託したサンタクロースがやって来るのは、そのクリスマス・イブの夜が更けた後だということに…。



 子供ゆえの迂闊さ、ピントのずれた「お願いツリー」の願い事。
 それはたちまちソルジャー・ブルーの知る所となり、ハーレイをはじめブリッジ・クルーも大いに笑った。これではどうにもなりはしないと、願い事など叶いはしないと。
 けれども、そこはソルジャー・ブルー。悪戯小僧の「そるじゃぁ・ぶるぅ」を大切に思い、可愛がっている人物だから。
 例の願い事を吊るした翌日の朝、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はブルーに思念で呼ばれた。すぐに青の間まで来るように、と。
「かみお~ん♪ なあに?」
 何か用事? と瞬間移動で現れた悪戯小僧に、ブルーが炬燵で「これ」と指差す。炬燵の上には定番のミカンがあったけれども、その他に…。
「国語、算数、それからミュウの歴史かな。ヒルマンに借りた教科書だけどね」
 これで一緒に勉強しよう、とブルーに微笑み掛けられた。今日から毎日、一時間。希望するなら補習も可能で、勉強をすればこれをあげよう、と宙に取り出された真っ赤なリンゴ。
「あっ、リンゴ!」
「そうだよ、ヒルマンに頼んで分けて貰った。ぶるぅはみんなと一緒の授業は向かないようだし、ぼくが特別に授業をね…」
 ソルジャーの授業だからヒルマンのよりも短い時間でリンゴが一個、という提案。真面目にやるなら教えてあげると、一時間でリンゴを一個あげると。
「どうする、ぶるぅ? ぼくと一緒に勉強するかい、クリスマス・イブのお菓子のために?」
 リンゴさえあればお菓子は貰えるそうだよ、と聞かされた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は躍り上がって喜んだ。退屈な授業は御免だけれども、大好きなブルーと勉強ならば…。
「ぼく、勉強する!」
 そしてリンゴを貰うんだあ! と元気に答えた悪戯小僧。
 かくして青の間でソルジャー直々の特別授業が始まり、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は毎日、教科書やドリルを抱えて炬燵での勉強会に励んで。
「えーっと、百かける五は…。ひい、ふう、みい…。六百!」
「ぶるぅ、よくよく考えてごらん? ラーメン一個の値段が百としたなら、五個でいくら?」
「五百だよ! あっ、そっかあ…」
 食べ物の計算は得意なんだけど…、と頭を振っている「そるじゃぁ・ぶるぅ」。そんな調子で毎日勉強、来る日も来る日も勉強と補習。真っ赤なリンゴはしっかり揃って…。



 クリスマス・イブの日、パーティーの前に「そるじゃぁ・ぶるぅ」は得意満面、真っ赤なリンゴを一面に飾ったツリーを抱えてヒルマンが待っている教室に行った。
 大勢の子供が自分のツリーを机に置いていたけれど。
「おめでとう、ぶるぅ。一番は君と…」
 他に何人かの名前が挙げられ、ヒルマンが大きなバスケットからクッキーを一個ずつ包んで連ねた立派な首飾りを首にかけてくれた。一番沢山リンゴを集めた子だけが貰える、一種の勲章。チョコレートのメダルもくっついている。
 その他にリンゴの数に応じてクッキーが貰えて、もちろんこれも一番多くて。
「やったー、クッキー!」
 メダルも貰ったあ! と飛び跳ねて喜ぶ「そるじゃぁ・ぶるぅ」に、ヒルマンが「ソルジャーによくよく御礼を言うんだよ」と言ったのだけれど。
 そんなことなど聞いていないのが「そるじゃぁ・ぶるぅ」で、御礼なんかはスッパリ忘れた。
 そしてチョコレートのメダルがついたクッキーの首飾りを下げてエヘンと胸を張り、パーティーの御馳走をお腹一杯食べて食べまくって、夜になって。
「今日はサンタさんが来るんだもんね!」
 うんと素敵なプレゼントが届く筈なんだよ、とリンゴを飾ったツリーの隣に大きな靴下を吊るし、土鍋の寝床に潜り込んだ。
 ヒルマンのお菓子も貰えたことだし、もう最高のクリスマス。明日の朝にはサンタクロースが届けてくれたプレゼントが溢れているだろう。ドキドキワクワク、眠ったのだけれど…。



「ぶるぅは見事に忘れたねえ…」
 青の間の炬燵でソルジャー・ブルーがクスクスと笑う。その手の中に、お願いカード。クリスマスのプレゼントに間に合うように、と係が回収しておいたカード。
 そのカードには「そるじゃぁ・ぶるぅ」の下手くそな字でこう書き殴ってあった。
 「ぼくにリンゴを沢山下さい」。
 ブルーの向かいでサンタクロースの衣装や真っ白な髭を着けたハーレイが尋ねる。
「それで、ソルジャー…。今年は本気でリンゴですか?」
「ぶるぅのお願い事だしね? サンタクロースは願いを叶えるものだろう?」
 よろしく頼むよ、とブルーが瞬間移動で取り出した木箱。リンゴがギッシリ詰まった木箱。
「去年の土鍋は少々大きすぎたけど…。これくらいなら持てるだろう?」
「もちろんですが…。ぶるぅはこれで怒りませんか? リンゴ箱一杯のリンゴですよ?」
「大丈夫。ちゃんと工夫はしてあるからね」
 これをセットで届けておいて、とブルーがハーレイに手渡した冊子。ハーレイはそれを見るなり頬を緩めて、パラパラめくって中を確かめて。
「なるほど、お考えになりましたね」
「ぶるぅのお願い事を叶えてやるなら、素敵に演出したいだろう?」
「心得ました。では、届けに行って参ります」
 ハーレイはサンタクロースのシンボルとも言える白い袋に冊子を入れると、リンゴ箱を抱えて大股で青の間を出て行った。白い袋の中にはエラやブラウたち、長老からのプレゼント。ハーレイの分も入っている。今年も色々、盛り沢山。
 夜更けのシャングリラの通路をキャプテン扮するサンタクロースが「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋へと向かって、寝床になっている土鍋の隣にリンゴ箱などを並べてやって…。



 そして、翌朝。
「クリスマスだあーっ!」
 ガバッと起き上がった「そるじゃぁ・ぶるぅ」はプレゼントを見付けて歓声を上げた。今年も素敵なものが一杯、嬉しくてたまらないけれど。
「…あれ?」
 どれよりも大きく、いいものが入っていそうだと一目で思った箱。木箱だけれども、きっと中には素晴らしいものが、と考えたのに。
「…リンゴ?」
 産地直送と書かれたリンゴ箱からは、甘酸っぱい香りが漂っていた。どう考えても中身はリンゴ。木箱一杯のリンゴなんかがどうして…、と首を捻ってから思い当たった。
(お願いツリーのお願い事…!)
 ブルーの特別授業で毎日リンゴを貰えていたから、喜びのあまり忘れていた。「リンゴを下さい」とサンタクロースにお願いしたまま、書き換えることをド忘れしていた。
 願い事を叶えるのが仕事のサンタクロースは、ちゃんと願いを聞いてくれたわけで…。
(……リンゴ……)
 本物のリンゴが木箱にドッサリ、こんなものを貰ってしまっても…、と自分の間抜けさに愕然としたってもう遅い。今年のサンタクロースからのプレゼントは…。
「リンゴだなんてーっ!」
 こんなの要らない! と叫んだ「そるじゃぁ・ぶるぅ」の心にフワリとブルーの思念が届いて。
『おやおや、ぶるぅ。サンタクロースのプレゼントは全部見たのかい?』
「見たよ、見たけどリンゴばっかり…!」
『そうかな、箱の下に何かがあるようだけれど?』
「箱の下…?」
 えっと、と重たい木箱をサイオンで持ち上げた「そるじゃぁ・ぶるぅ」の目が丸くなった。
「レシピ集…?」
『サンタクロースが集めてくれたようだよ、リンゴのお菓子のレシピをね』
 最新流行のからクラシックなものまで揃っているよ、と大好きなブルーの思念が告げる。本当なのか、と手に取ってめくればその通りで。
「うわあ、見たことのないお菓子がいっぱい…!」
『ぼくから厨房のみんなに頼んであげるよ、ぶるぅが作って欲しいお菓子を全部』
 リンゴ箱のリンゴがある間はね、と言われた「そるじゃぁ・ぶるぅ」の気分はドン底から一転、天にも昇る心地で大歓声で…。



 ピョンピョンと跳ねて喜んでいたら、ブルーの思念がクスッと笑った。
『ぶるぅ、リンゴのお菓子もいいけど、今日は何の日だったっけ?』
「えっ? えーっと…?」
 何だったかな、とリンゴの木箱を見詰めた途端に、シャングリラ中から上がった思念。
『『『ハッピーバースデー、そるじゃぁ・ぶるぅ!』』』
「えっ? えっ、えっ…?」
 忘れてたぁーっ! と叫んだ「そるじゃぁ・ぶるぅ」。クリスマス・イブのリンゴ集めに夢中で誕生日まで忘れ果てていた。それはもう素敵なサプライズ。今日が自分の誕生日なんて。
『ホントに忘れていたのかい? でもね、ケーキはちゃんとあるから』
 ブルーがクスクス笑い続ける。今年も大きなケーキがあるよと、みんなが巨大なケーキを公園に運んでくれるからね、と。
「ありがとう、ブルー! ケーキ、ブルーも食べるよね!」
 リンゴのお菓子も一緒に食べよう! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は青の間に向かって瞬間移動。
 大好きなブルーと誕生日のケーキを食べに行かねば、と。
「行こうよ、ブルー! ぼくの誕生日のケーキを食べに!」
「そうだね、それにリンゴのお菓子も頼まなくちゃね」
 サンタクロースのレシピでね、と微笑むブルー。リンゴ箱一杯分のリンゴのためにと、ありとあらゆるレシピを探したソルジャー・ブルー。サンタクロースに扮したハーレイが届けたレシピ集はソルジャー・ブルーのお手製、この世に、宇宙に一冊しかないレシピ本。
「ブルー、リンゴのお菓子は何がいい?」
「何がいいかな、後で一緒にレシピを見ようか。でも、その前に…」
 お誕生日おめでとう、と頬っぺたにキスが贈られた。公園からは仲間たちの思念が呼んでいる。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」、本日をもって満八歳。
 悪戯小僧で、永遠の子供で、リンゴで失敗もするのだけれど。
 ハッピーバースデー、「そるじゃぁ・ぶるぅ」。八歳のお誕生日おめでとう!




         待降節のリンゴ・了


※「そるじゃぁ・ぶるぅ」お誕生日記念創作、お読み下さってありがとうございました。
 悪戯小僧な「そるじゃぁ・ぶるぅ」との出会いは2007年の11月末でしたね。
 アニテラが放映された年の暮れです、葵アルト様のクリスマス企画での出会いでした。
 期間限定ペットだった「そるじゃぁ・ぶるぅ」に一目惚れ。
 せっせと阿呆な創作を特設BBSに投下してました、それが全ての始まりです。

 悪戯小僧とのドタバタな日々が初創作でした、あれから早くも7年ですねえ…。
 「そるじゃぁ・ぶるぅ」との出会いが無ければ、今のシャン学はありません。
 シャン学が無ければ、ハレブル別館も誕生しておりません。
 原点は「そるじゃぁ・ぶるぅ」なのです、それも悪戯小僧の方の。
 ゆえに年に一回、お誕生日だけは祝ってあげませんとねv

 クリスマス企画の中で満1歳を迎えましたから、今年で8歳の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
 8歳のお誕生日おめでとう! 

※過去のお誕生日創作へは、下のバナーからどうぞですv
 お誕生日とは無関係ですが、ブルー生存EDも混じっていたりして…(笑)
 ←過去のお誕生日創作などなどv






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